第一波のディープフォビドゥン部隊とダガー部隊の報告から沿岸部を制圧したと判断した連合軍は第二波の上陸準備を急がせた。

最初の奇襲でマスドライバーを確保しているとは言え、長期戦になれば奪還されるのは時間の問題となる。投入した部隊の質こそ高いもののザフトが物量を前面に押して攻め込んでくればいつまで持つかは判らないのだ。

カオシュンのマスドライバーを無事に奪還できなければ、この作戦の意義は半減してしまう。

「第5軍のケツを叩きなさい。モタモタしているとビクトリアの二の舞よ」

ノアの言い回しに何人かの幕僚は渋い顔をするがそれを諫める人間はいない。何せビクトリアでの失敗は連合軍にとって非常に痛手だった。貴重なマスドライバーを失っただけでなく、投入した部隊の半数近くがグングニールの餌食となり、再建に多大な労力を必要としたのだ。その点から考慮すれば、彼女の言うことは正論ではあった。

「ですがトラップの処理などにも時間がかかりますし。艦載機の消耗も……」

「多少の損害は許容範囲。いざとなったら上海や香港に待機している部隊を回してもらうわ」

旗艦である空母サン・ジャシントを含む連合軍空母の艦載機は少なからざる損害を被っているが連合軍は中国大陸の基地に多くの予備兵力を展開しており、現状の消耗ならすぐに補充して部隊の再編が可能だった。

「我々の仕事はただ進み、全ての障害を押しつぶし粉砕する。それだけよ」

鋼の濁流がザフトを飲み込もうとしていた。



 一方、沿岸部をほぼ制圧されたザフト軍は決死に戦線の建て直しを図っていた。

「レオニード、メティス隊、音信途絶! オガタ隊が撤退の許可を求めています!」

「第7師団から増援は回せないのか!? このままでは北部戦線が崩壊するぞ!」

連合軍は主力である第5軍をカオシュン海岸に上陸させると同時に、台南を制圧させた別働隊をカオシュンに向けて南下させていた。

これに加えてカオシュン南方、東港にはオーブ軍を主力としたもう1つの別働隊を侵攻させカオシュンを包囲するのが本来の作戦だった。

幸い東港への侵攻はディアス隊の奮闘で食い止めたために、彼らは何とか包囲殲滅と言う事態は避けられたが、それでも状況は苦しかった。

元々、彼らカオシュン守備軍は捨て石、太平洋戦争における沖縄の第32軍のような存在であり定数を満たしていない部隊が多い。

物資こそ潤沢だったが、兵士の数が少なくてはどうにもならない。

「無理です! 第7師団の被害も大きく増援を回す余裕はありません!」

沿岸部に上陸した連合軍の第一波の攻撃で、すでに戦線は崩壊寸前だった。各地では残った部隊が決死に応戦しているものの、このままでは押し切られるのは目に見えていた。クライスラーは懸命に冷静さを保とうとするが、やはり焦りを完全には隠し切れない。

「ザウード部隊で敵を牽制しろ! ディンは何をやっている!?」

「スカイグラスパーと戦闘中です。ですが余りに敵の数が多く対処し切れません!!」

「くそったれ! 連中の兵力は無尽蔵か!」

このとき、ザフトは連合軍に少なからざる消耗を強いていた。兵力差を考慮すれば、彼らの奮闘は特筆すべきものだ。しかし残念ながら連合軍の持つ予備兵力はザフトに強いられた消耗を補って尚あまりあるものがあったのだ。無論、それとて無尽蔵というわけではないが……。

「第9師団から、ベルナドット隊を出せ! 戦線の崩壊だけは何とか防ぐんだ!!」

増援を指示したクライスラーだったが、内心ではベルナドット隊だけでは連合軍を押し返すことは難しいだろうなと呟く。

(沿岸部は放棄するべきか……だが簡単には後退させてはくれんだろうな……)





                     青の軌跡 第25話





 カオシュン基地の沿岸部を制圧した連合軍は、ついに第二波の上陸を開始した。

機雷など色々とトラップも多く設置されてはいたが、水中用MSなどを動員してその多くを排除したために連合軍の被害は極小で抑えられていた。

今回、カオシュン攻略戦の主力を勤めるのは東アジア共和国軍陸軍第5軍。MS師団を中核とした東アジア共和国軍でも指折りの精鋭部隊だ。

さらに第5軍司令官も東アジア共和国軍きっての名将と謳われたチャオ大将が勤めており、連合軍のこの作戦にかける意気込みが並々ならぬことが伺える。

強襲揚陸母艦『項羽』ではチャオ大将が直々に指揮を取っていた。喧騒に包まれているブリッジで机に置かれたカオシュン周辺の地図に手を突きながら彼はザフトが取りうる迎撃作戦について考えている。

(敵軍の沿岸防衛ラインは実質的に崩壊しているか……連中に残された手は複雑な地形を持つ内陸部での迎撃か)

先ほどまでの空爆とミサイル攻撃、そして上陸した第5軍の第一波の攻撃で沿岸部に展開していたザフト軍部隊は実質的に総崩れとなっていた。

さらに連合軍はMS師団主力隊及び歩兵部隊を含む第二波の上陸を開始しはじめており、沿岸部には大量の物資が積み上げられつつあった。

あと数時間以内に圧倒的な物量を誇る第5軍の上陸は完了するだろう。そうなればザフトの運命は明らかだ。

(……籠城戦は援軍がある場合にのみ有効だ。それを判っているのか?)

彼らに援軍の可能性があるのなら、遅滞戦術も取れるだろうが、すでに制海権を喪失し、制宙権も半ば失っている状態では援軍などこれるわけがない。ちなみにカオシュン上空の制宙権を握る事が出来たのは、彼にとっては少し気に入らないが、新たに参戦したオーブのおかげであった。

(まぁオーブのおかげで宇宙の封鎖が出来たのが大きかったな。連中は多少気に食わないが、同盟国として相応の態度を取る必要があるな)

オーブは、これまでの経緯から裏切り者として扱われており、地球連合軍内部での扱いも決してよいものだとは言えない物だった。

だがそれも今回の参戦、特に海軍に加えて宇宙軍を派遣したことで、その扱いは大きく変わろうとしていた。

現オーブ代表を勤めているミナは、地球連合軍が宇宙艦隊の再建に梃子摺っているとみると、即座にアメノミハシラから艦隊を派遣したのだ。

無論オーブは小国ゆえに出せる艦艇もイズモ級2隻と駆逐艦8隻、改装空母1隻と言うお寒い限りであったが、それでもなけなしの艦艇を送った

ことは連合、特に連合軍幹部、特に良識派のオーブに対する印象を大きく変えた。

(オーブ海軍の活躍も目覚しいと聞く。オーブも赤道連合と同等の扱いをしてやったほうが好ましいだろう。この戦いが終わったら政府の連中に言い含めておくべきだろうな)

チャオの意見は何も彼一人の見解ではなかった。艦隊司令官であるノアでさえ、オーブの扱いについて再考したほうが良いのではないかとさえ考えていたのだ。これは絶妙のタイミングで連合軍に恩を売ったミナの功績と言えるだろう。

(まぁオーブの扱いについては置いておいてだ。やはり内陸部では苦戦する可能性が高いはずだ)

現在、沿岸部こそ連合軍が制圧しているものの、内陸部は未だにザフトの支配下にある。しかもザフトはこの前の補給でかなりの数のMS、特に宇宙で連合軍を苦しめているゲイツを配備されたとの情報があったため、彼としては複雑な地形、特に市街地での戦闘は不利になるだろうと判断していた。無論、勝てないことは無いだろうが、犠牲はできるだけ抑えなければならない。

(強力な火力支援がいるな……それに一刻も早くマスドライバーは確保しなければならない)

彼は暫く悩んだ後、ノアにある要請を行った。

『アークエンジェルを?』

モニタに映るノアの言葉に、チャオは淡々と頷く。

「そうだ。アークエンジェルを第5軍の支援に回して欲しい。あと指揮権もこちらに回して欲しい」

この言葉にノアは黙り込んだ。アークエンジェルを貸すのはやぶさかではないが、アークエンジェル級の運用に疎い東アジア共和国軍の軍人に何をやらされるのか解ったものではない。下手にローエングリンでも撃たされたら、後々カオシュンの環境に害を残す可能性が高い。

そうなった場合、ローエングリンが危険な兵器であったと正確に知らさなかった大西洋連邦が悪いと東アジア共和国が逆切れしかねない。

これまでの彼らの所業を知るがゆえに、ノアは即答できなかった。そんなノアの懸念をチャオは即座に察した。

「カオシュンで起こる全ての責任は私達が取る、大西洋連邦に迷惑は掛けないし、アークエンジェル級の機密を探るようなこともしない。東アジア共和国軍陸軍大将の名に掛けて誓おう」

この言葉を受けた後もノアはしばし躊躇ったが、すぐに了承した。

『解りました。アークエンジェルを第5軍の指揮下に入れます』

この言葉を聞いたチャオは自分のほうが階級が上にもかかわらず、ノアに対して深く頭を下げた。

「感謝します」

『ですがアークエンジェル級1隻を貸す以上、それなりの戦果をお願いします。あと空挺部隊の救援も』

「解っています。連合のために孤軍奮闘している勇者達を見殺しにするようなヘマはしません」

第5軍の指揮下に入るように命じられたアークエンジェルは空母部隊から離れて、最大戦速で第5軍将兵が乗り込んでいる揚陸艦隊に向かう。

そのアークエンジェルのブリッジでは一人の男が苦笑していた。

「まったく、この船はいつも無茶をさせられるな」

そう言って苦笑いしていたのは、ナタルの後任としてアークエンジェル艦長に任じられたユウ・ミナカタ中佐。彼は30代後半という年齢にも関わらず、未だに伊達眼鏡をかけていないと学生に間違われるというある意味でとんでもない(童顔の)優男だ。そんな彼の感想にブリッジやCICメンバーは苦笑いしかできなかった。何分、彼の感想は的確すぎだ。

(そういえば、俺たちって、いつも激戦区にいるよな……)

操舵士のノイマンはこれまでの船旅を省みて、よく自分達が生き残ってこれたなと感心せざるを得なかった。

何しろヘリオポリス、アルテミス、第8艦隊、アラスカと彼らが通った道はその悉くが戦場と化し、残ったものは瓦礫と屍の山だった。

(今回も生き延びれれば良いんだけれど……)

ノイマン達はそう願わずにはいられなかった。そんな彼らの心境を察したのか、察していないのかミナカタは非常に明るい声で言う。

「ま、今回はこれまでほどじゃないさ。友軍の支援も約束されているし、そう悲観するほどのものじゃない」

しかしながらそんな彼の期待とは裏腹に、アークエンジェルはカオシュン攻防戦において有数の激戦に放り込まれることになる。






 連合軍の第二波がカオシュン基地へ侵攻を開始した頃、宇宙港付近の市街地では両軍を代表するパイロット達が対峙していた。

ナギ・ミサカは部下達にソードカラミティ以外のGの相手を任せ、自分ひとりでソードカラミティとの対決に臨んでいる。

現在ソードカラミティは対艦刀を、ジンは重突撃銃を構えており、一触即発の状態だ。

「お前さん一人で挑むのかい?」

「勿論よ。切り裂きエド。貴方みたいなパイロットに部下達をけしかけたらどれだけ犠牲が出るか分からないわ」

「まるでお前さん一人のほうが部下全員より強いみたいな言い草だな?」

「そう言う貴方だって似たようなものでしょう?」

「俺はそこまで驕っちゃいないさ」

「そうかしら?」

「……気の強い嬢ちゃんだ。そう言う所はジェーンそっくりだな」

「連合でも名高い白鯨に例えられるとは光栄の極みね」

旧式であるジンで己のソードカラミティと相対しても尚、全く動じない精神力にエドは感嘆する。そして相手がかなりの兵だと悟る。

(ビクトリアと言い、目の前の奴と言い、俺は強敵と出会うのが運命みたいだな)

しかし、いつまでもこうしていられるほど彼らに時間的な余裕があるわけではない。エド達からすればミサカ隊を放置しておけば宇宙港を奪還されかねないし、ミサカ隊からみればエド達を放置しておけば宇宙港付近にいつまでも多くの戦力を置いておかなければならないのだ。

「さっさと決めさせてもらう」

ナギはそういうと同時に、目の前のソードカラミティに向かって重突撃機銃とシヴァを放つ。重突撃機銃だけならいざ知らず、レールガンのシヴァの直撃はダメージが大きすぎると判断したエドは咄嗟に機体を射線上から逸らす。だがそうは問屋が降ろさない。ナギの操るジンから放たれた弾丸はソードカラミティを捉える。一発、二発、数えるのも面倒になるほどの数が命中する。

いくらTP装甲といえども、無敵と言うわけではない。さらにいえば仮に装甲が破られなかったとしても着弾の衝撃はかなりのダメージを機体とパイロットの双方に与える。

「くそ、こいつは手強い……」

アラームが鳴り響くコックピットでエドは舌打ちしつつも、素早く建物の影にソードカラミティを移動させる。これを追うようにジンも建物の影に向かう。しかし……。

「いない?!」

馬鹿なと思った瞬間、彼女は頭上からかすかな殺気を感じて上を向く。そこにはロケットアンカーで建物に取り付いているソードカラミティがいた。

慌てて重突撃機銃を向けようとするナギだったが、今回はエドが先手を取った。

「遅いぜ!!」

アンカーを切り離して落下してくるソードカラミティを見て、咄嗟にその場を離れようとするナギだったがまともな方法では間に合わない。

彼女は咄嗟にアサルトシュラウドを分離して機体を身軽にして機体をその場から遠ざける。おかげでソードカラミティが振り降ろした対艦刀からは免れたものの、火力の大半を彼女は失った。

「今度はこっちからいくぞ!」

エドは得意な接近戦に持ち込むべく、ジンに向かう。ナギは重突撃機銃を放つがシヴァを失った以上、火力の低下は否めない。さらにエドは撃たれっ放しにするような男ではなかった。ソードカラミティからロケットアンカーが放たれ、ジンの持つ重突撃機銃をもぎ取る。

尤もエドの本当の目的はジンの腕を掴み、こちらに引き寄せることだったのだが、ナギの咄嗟の回避のためにそれは果たせなかった。

だがこれによってジンが持っていた唯一の銃器を失ったのも事実。

一気に決着をつけるべく、ソードカラミティは一気にジンとの距離を詰める。これを見たナギは必死に機体を操りソードカラミティとの距離を取ろうとする。だが機体の性能の差で中々距離は開かない。

「くっ、さすがは切り裂きエド……」

ナギは必死にソードカラミティの動きから、太刀筋を読んで対艦刀の直撃を避ける。対艦刀は文字通り戦艦の装甲すら切り裂くことが出来る。

そんなもので切られたら、ジンの装甲などダンボールどころかティッシュ程度の役割しか果たさない。掠るだけでも装甲が焼ける。

だがこの時は、エドが対艦刀に頼っていることが幸いした。対艦刀は威力が大きい分だけ隙が多い。このために彼女はエドの斬撃を避け続けることが出来た。そして回避になれると逆に彼女は反撃の隙をうかがうようになる。そして……

「今!」

ソードカラミティの斬撃を機体を右に流して避けると同時に避けると同時に、ナギは重斬刀をソードカラミティの左腕の根元の関節部目掛けて振り下ろした。TP装甲が施されて居ないため、重斬刀の一撃を受けてソードカラミティの左腕は根元から切り落とされる。

「形勢逆転ってところかしら?」

対艦刀によって、あちらこちらの装甲をボロボロにされながらも、彼女は勝ち誇ったように言った。

「まだだ、まだ終らない」

だがエドもまだ戦意を失ったわけではない。右手に対艦刀を構え、戦闘態勢を維持する。激闘はまだ終らない。

エドとナギが激しい火花を散らしている頃、宇宙港では周辺に展開していたザフト軍が再度の攻勢に出ていた。脅威であったエド達はミサカ隊と交戦中であり、今なら宇宙港を奪還できると判断したためだ。エドを欠いた連合軍はかなりの苦戦を余儀なくされる。

この苦戦は即座に『項羽』で指揮を執っているチャオ大将の元に知らされた。

「拙いな……」

この作戦の目的は、宇宙港、特にマスドライバーを出来るだけ無傷で奪還することである。ここで宇宙港を奪い返されるようなことがあれば

全ては水泡に帰す。いや、再奪還できるとしてもかなりの労力を必要とするだろう。

「……一番、宇宙港に近い部隊は?」

「第1師団の第2連隊です。ですが消耗が激しいので後方に下がらせる必要があります」

「……第2連隊を宇宙港にそのまま向かわせる」

「大将!?」

参謀達は何とか決定を覆そうと必死にチャオ大将に翻意を促した。

「第2連隊を引き抜けば第1師団の戦力は大幅に低下します。せめて第4連隊を……」

第2連隊には105ダガーに加えて、Gも多数配備されている。これに抜けられたら戦力の低下は否めない。

「MSが配備された第2連隊でなければ意味が無い。それに別に第2連隊だけで突撃しろとは言っては居ない。アークエンジェルも向かわせる」

「しかし、宇宙港付近はかなりの数の敵部隊が展開しています! 第2連隊だけでは支援があると言っても……」

「勇者の命の価格は、通常の兵とは比較にならん。まして宇宙港にいるのは貴重なベテランだ。第2連隊をすり減らしてでもやる価値はある」

そう言うと、彼はアークエンジェルと第2連隊に突撃を命じる。

「それと第3連隊を第2連隊の増援に送れ。開いた穴はオーブ軍部隊に任せろ」

「良いのですか?」

オーブ軍について今一歩信用できない参謀長の質問に、チャオは「構わん」と短く応えた。

第2連隊の穴埋めとして前線へ配備されたのは、オーブ陸軍第7連隊。再軍備が許されたオーブでM1を定数一杯満たした数少ない部隊だ。

ダガーを上回る性能を持つM1部隊の参戦は喜ばしいはずなのだが、参謀達には気に入らないことがあった。

「ですがコーディネイターも大勢混じっています。同胞相手に戦えるのですしょうか?」

海での活躍ぶりを見ても尚、オーブを信用できない参謀達をチャオは不機嫌そうに睨む。

「出来ないのなら、最初から送ってこないだろう。新しく元首になったサハク家の人間は無能ではない」

この命令を受けて、オーブ軍第7連隊は第2連隊の後詰めとして前線に立つ。だが連合軍の中にはオーブ軍と共に戦うことについて露骨に不満を漏らす人間も少なくなかった。

「オーブの連中と一緒に戦え? 連中に俺たちの背中を任せられるわけがないだろうが!」

中にはこう言って司令部に不満を伝える指揮官も存在した。まぁ宇宙港だけでなく、本国沿岸部の主要都市も散々に荒らされた彼らにとってはコーディネイターなど不倶戴天の敵でしかない。海での戦いでの奮闘振りを知らされても尚、オーブを信頼することが出来ない者達もいたのだ。

しかし司令部の命令を無視することは出来ないし、第2連隊が抜けた穴はどうにかして埋めなければならない。最終的に彼らは司令部の決定を受け入れることになる。納得はしていない人間も大勢いるが。

オーブ軍第7連隊の将校は険悪な雰囲気を敏感に感じていた。しかし同時に何を言っても無駄であることをも理解していた。

「これまでの経緯から、我々が何を言っても信用されないだろう」

連隊長であるソガ一佐は、幕僚達の前で淡々と話す。

「我々が成すべきことは一つ。我々が連合にとって、有益な同胞であることを行動で示すことだ。コーディネイターの諸君には気の毒だが、同胞と殺し合いをしてもらうことになる」

この言葉にMS隊の隊長を務めているコーディネイターのフェリオール一尉は首を横に振る。

「私達は祖国であるオーブのために戦うためにここにいます。そのような心遣いは不要です」

「そう言ってもらうと有難い」

ソガは礼を言うと、幕僚達を見回して言った。

「さて諸君、祖国のために仕事に取り掛かるとしよう」

M1を多数保有する第7連隊は、第2連隊が移動して開いた穴をすばやく埋めるだけでなく、周辺の友軍を支援するために積極的な攻勢に出た。

ザフト軍はすばやくこのオーブ軍の攻勢を食い止めようと、虎の子のディン8機とゲイツ4機、ジン12機を送り込む。

当初は、経験が浅いオーブ軍を潰すには十分過ぎる戦力だとザフト軍は考えていたが虎の子のディンが次々に撃破されるのを見て、それが如何に甘い考えであったかを知ることになる。

「M1が空を飛んでいると? 馬鹿な!!」

ディンのパイロットはM1が空を飛んでいる光景に目を剥いた。彼の前で飛んでいるM1はモルゲンレーテで研究が進められていた次世代MS、後にムラサメと呼ばれることになるMSの技術が試験的に使われた機体であり、飛行能力を有していたのだ。さらにパイロットの腕も、かなりのものであり、ザフト軍にとっては十分に脅威になりえる存在だった。

「使えますね。この機体は」

M1改と呼ばれているこの機体を操るフェリオールは、この機体の性能に満足していた。

『隊長、敵機が多数接近してきます』

「我々のほうがより脅威であると感じたのでしょう。ですが、ここは踏ん張りどころです」

『判っています。信頼と信用を勝ち取るには、勝ち続けるしかありませんから』

彼らはこんなところで負けるわけにはいかない。オーブへの、そしてコーディネイターである自分達への信用と信頼を勝ち取るために。


 一方、第2連隊と共に宇宙港への進撃を命じられたアークエンジェルのブリッジでは、艦長のミナカタが命令の内容に苦笑いしていた。

「よりにもよって、あの大軍を突っ切って宇宙港への道を開けとは……無茶言ってくれるな」

アークエンジェルのブリッジでは、司令部の命令を聞いたミナカタがやれやれ、と溜息をつく。

「また激戦区に投入ですか……」

「ああ。よっぽどこの船は激戦区と縁があるらしい。まあこの船の性能を考えれば当然かもしれないが」

ノイマンの不平に、苦笑いしながらミナカタは命じる。

「第2連隊と合流後、宇宙港への進撃を開始する。宇宙港の友軍が殲滅される前に何としてもたどり着くぞ」

このアークエンジェルが宇宙港に向かっているとの報告は、やや時間を置いてザフト軍司令部に伝達された。

「足付きが?!」

クライスラーは、この信じたくない類の報告に思わず眉を顰めた。何しろアークエンジェルはこれまでの戦績からザフトにとっての疫病神とされており、アークエンジェルもしくはその同型と戦場で合間見えるとなると、かなりの犠牲を覚悟しなければならない……それが主だった将官の感想だったのだ。その疫病神がよりにもよって制空権、制海権を半ば喪失していると言う自軍にとって危機的な状況でやって来るのだから、彼としては死活問題であることは間違いない。

「随伴部隊は?」

「足付きは1個連隊程度の地上軍と共に、宇宙港へ西南方向から進撃しています」

「あの周辺は確か第3大隊が守備していたはずだが……」

幕僚達は即座にクライスラーの言葉を否定する。

「第3大隊だけでは足付きの侵攻を阻止する戦力はありません。できればもう2個大隊必要です」

「どこからそれだけの戦力を抽出するんだ? 予備兵力など殆ど残っていないぞ」

「戦線を縮小すれば可能です。この際、内陸の第二次防衛ラインまで引き下げるべきです」

クライスラーは戦線を縮小して反撃密度を上げることにした。

「消耗した部隊の再編を急げ。ザウード部隊は第二次防衛ラインまでの友軍の後退を援護しろ。あとグングニールの設置を急がせろ」

「了解しました」

すでに沿岸部に構築していた第一次防衛ラインはズタズタであり、宇宙港の奪還は未だに成していない。余りの戦況の悪さにさすがのクライスラーも顔色が悪い。

「最悪の場合、敵が来ていない南部から脱出するしかないな」

クライスラーは潜水艦隊を温存しておくことを決めた。さらに輸送機の何機かを南部で未だに無事な飛行場に移すように命じる。

「脱出路は確保しておいたほうが良い。包囲殲滅されることはだけは避けなければ」

沿岸部には、連合軍第5軍が次々に上陸しており、一部は内陸への侵攻を開始している。このままでは圧倒的兵力で包囲殲滅されかねない。

出来るだけ連合軍に損害を与えて、時間を稼ぐことが任務であることを彼は自覚しているが、世の中には出来ることと出来ないことがある。

今回の任務は明らかに後者であった。



 ザフトにとって正しく疫病神と言えるアークエンジェルは、第2連隊との合流後宇宙港への進撃を開始していた。勿論、これを見過ごすようなザフト軍ではない。アークエンジェルの進路上に展開していた部隊は一斉に攻撃を開始する。だが彼らは程なく、自分達が相手にした敵が如何に凶悪で、最悪なものだったかを知ることになる。

アークエンジェルの前方ではソードカラミティ、ストライク、105ダガー、バスターの4機のMSが自由自在に動き回り、ザフト軍MS部隊を圧倒していた。特にソードカラミティの働き振りは圧倒的だった。

「数は多いけど、腕はそこまでじゃないわね」

ソードカラミティを操るのはカリフォルニア基地で教官を務めた事もあるパイロットのレナ・メイリア。元々、射撃が得意とされていた彼女だったが、実際には接近戦闘もかなりの腕を誇る。彼女はスキュラやマイダスメッサー、対艦刀を自由自在に操って次々とザフト軍MSを撃破する。

エドは対艦刀をメインにしていたが、彼女はあらゆる武器を適切に使いこなすため、隙が無かった。

コーディネイターも凌駕する反射神経を持つパイロットと、ソードカラミティと言う凶悪な組み合わせはザフト軍パイロットにとって災厄でしかない。

大口径のビーム砲であるスキュラの直撃を受けたゲイツは一撃で完全に破壊され、上空からの攻撃を試みたディンはマイダスメッサーでその翼を切り刻まれて墜落する。

このソードカラミティの背中を守るように展開するストライクのパイロットもかなりの腕を持っていた。迫り来るジンやザウードを正確な射撃で撃破していく。PSと言う反則的な装甲を持つGを撃破するために、少なからざる数のゲイツも展開していたが、ストライクはABシールドでゲイツから放たれたビームを巧みに受け止め、逆に正確な射撃で次々ゲイツを撃破していく。

『無茶をするなよ、サイ・アーガイル准尉』

「了解しました」

ストライクを操るパイロットのサイは、メイリアの命令どおり無茶な攻撃を避けた。かつての友人であったキラ・ヤマトが敵の圧倒な物量の前に敗れ去った姿を見た彼は連携プレイによる戦いを重視するようになっていたのだ。

(あれだけ強かったキラも、数の差に敗れたんだ。キラよりも弱い俺は、皆と連携して戦うしかない)

サイはメイリアの猛特訓を受けたのでかなりの腕を持っていると言えるのだが、キラのように切り込み隊長のような真似はしなかった。無論彼の腕では切り込み隊長も務められるのだが、むしろ彼の場合は切り込み隊長の後衛を務め、フォローすることの方が向いていた。このために彼は、この年でメイリンの背中を任されていたのだ。

このコンビに加えて、ランチャーを装備した105ダガーとバスターが後方から援護するのだから、ザフト軍は堪ったものではなかった。おまけに第2連隊所属の戦車やダガーも次々に進撃している状態だ。しかし、おめおめと引き下がるザフトではなかった。彼らも己の責務を果たすべく反撃を行う。近くの高台にザウートを展開させて砲撃を行い、ディン部隊と地上部隊はアークエンジェルとその所属MS部隊を牽制すると同時に編成した別働隊を左翼に展開させて第2連隊の横を突こうとする。しかしその行動はアークエンジェルのミナカタに見抜かれる。

「対地弾頭ミサイル全門装填、ゴッドフリート、バリアント用意、全兵装を12時から3時の方向に向けて連続で扇状発射」

「了解」

データの入力が終るのを確認すると、ミナカタは小さく頷く。

「撃て!」

アークエンジェルが有する圧倒的火力が、相次いで別働隊に叩きつけられる。別働隊はカオシュンの建物を盾にしていたのだが、そんなものはアークエンジェル級の火力の前では全く意味を成さなかった。対地ミサイルに加えて、大口径のビーム、砲弾が別働隊に降り注ぐ。

対地ミサイルの爆発が齎した爆風と破片によって、ザフト軍MSは次々に吹き飛ばされる。だがこの程度は可愛いものだった。バリアントから打ち出された大口径の砲弾は、着弾した瞬間の衝撃波で周辺のものを一切合財消滅させた。歩兵、車両、MSあらゆる物が等しく消滅を余儀なくされたのだ。残ったのは着弾時に生まれたクレーターのみ。ゴットフリートの直撃を受けた場所は、完全に融解し何も残っていない。

こんな攻撃を受けた別働隊は、あっと言う間に戦力をすり減らしていき、攻勢は頓挫する。

だが連合軍の進撃速度も宇宙港に近づくに連れて遅くならざるを得なかった。元々宇宙港周辺にはかなりの数の部隊が展開しており、さらにザフトが戦線を縮小して反撃密度を上げたために、より多くの敵と戦わなければならなくなったのだ。

これは他の戦域でも見られ、火力密度を上げたザフトによって、各地で連合は多大な消耗を被った。

圧倒的火力で、ザフト軍MSを蹴散らしてきたアークエンジェルも立て続けの激戦に次第に消耗を重ねていた。

「左舷、イーゲルシュテルン3基機能停止。ヴァリアント2番機能停止」

「センサーに異常発生。索敵能力が25%低下します!」

「機関出力、70%まで低下!」

だがそんな中、ザフトにさらなる増援が現れる。

「新たな反応多数接近!」

「また来たのか、陣容は?!」

「ゲイツ3機、ジン6機、ディン2機!」

「連中、どれだけの戦力を集めているんだ……」

これまでアークエンジェルと第2連隊が撃破したMSの数は、30は下らない。だが未だにザフトは戦線を保ち続けている。

「第2連隊より入電。『我、ダガー部隊の過半を喪失。後退許可を求む』」

「くそ。第3連隊は何をしている?」

「第3連隊は敵部隊と交戦中とのことです。あちらも消耗しており、増援としては期待できないとのことです」

「各戦線でも、ザフトの激しい抵抗にあっている模様です」

予想以上の相手の攻勢に、ミナカタは思わず歯をかみ締める。

「連中には豊富な予備兵力があると言うのか?」

だがミナカタの予想は大外れであった。ザフト軍には、もはやまとった予備兵力は存在せず、それどころかアークエンジェルと第2連隊との戦闘で被った損害で、宇宙港付近の戦線の維持が難しくなっている。他の戦線もクライスラーの必死の指揮で辛うじて維持していたが、彼の努力も次第に限界を迎えつつあった。アークエンジェルとの戦闘に加えて、第5軍の大攻勢、再編成を完了した空母艦載機による攻撃を防ぎ切れるほどの兵力を彼らは有しては居なかったのだ。




 第5軍の主力部隊との激闘を繰り広げたザフト軍だったが、自分達の4倍近い兵力を持つ連合軍の前に、ついに総崩れの危機に陥っていた。

第5軍の数は、ザフト軍の約4倍近くになる。このため第5軍はザフト軍のあちこちの陣地を攻撃する事が出来た。逆にザフトは相手の4分の1の兵力でこの攻勢を支えざるを得ず、多大な消耗を強いられている。しかも連合軍は最も弱体化したと思われる陣地に対してレイダーやエールパックを装備した105ダガーなど機動力の高い部隊を即座に刺し向けて、素早く切り崩す作戦に出たのだ。補給する暇も撤退する暇も与えられず、玉砕する部隊が各地で続出した。無論、彼らは玉砕と引き換えに連合軍に多大な損害を与えてはいる。

しかしながら、それでも尚圧倒的兵力を有する連合の優勢を覆すことはできなかった。

「第9師団、消耗率が20%を超えました!」

「北部戦線で、敵が防衛ラインを突破し始めました!!」

「宇宙港付近の戦闘で、第8大隊が壊滅。このままでは戦線が崩壊します!」

第二次防衛ラインで抵抗を続けていたものの、余りの物量にザフト軍の消耗は鰻上りだった。クライスラーはすでに第二防衛ラインが崩壊寸前であることを悟る。このまま戦い続けてもイタズラに犠牲が大きくなるだけだ……そう判断した彼はついにカオシュンの放棄を決意する。

「作戦遂行中の全部隊に伝えろ。カオシュン基地を放棄すると」

「司令?!」

「これ以上は犠牲が大きくなるだけだ。地上部隊は南部の東港へ脱出。そこで潜水艦隊と合流する。グングニールの設置は?」

「4基の設置が完了しています」

「タイマーを2時間後にセットしておけ。自爆装置も同様だ」

「ですが、現状では脱出は難しいと思われます。どうなさるおつもりですか?」

「時間稼ぎをするしかないだろう。殿を務める部隊を編成する」

「指揮は誰が?」

このあと、クライスラーはザフト軍創設以降、最も短い言葉で宣言した。

「私がする」

カオシュン放棄を聞いたナギは、部隊を急いで後退させる。すでに両軍共に戦う力を残して居ないので追撃される心配はない。

「噂に違わぬ実力ね」

ナギはボロボロにされたジンのコックピットでそうぼやいた。彼女のジンは右腕を失い、武装も殆ど失った。重斬刀は上半分が折れている。

あちこちの装甲にも切れ目が走っており、よくこれで動けるなと感心するほどのダメージだった。

エドのソードカラミティも似たようなもので、エネルギー不足ですでに対艦刀は使用できなくなり、右手にアーマーシュナイダーを握っている。

「今度は、もっと上等な機体で戦いたいものね」

彼女はそう呟くと機体を翻して戦場から離脱していった。この様子を見ていたエドは思わず安堵した。

「やれやれ、やっといったか」

ナギのジンと似たようにボロボロになったソードカラミティはもはや殆ど戦闘能力を有していない。エネルギーも尽きかけており、このままだと良い的だろう。

「生きてるか、お前ら?」

彼は部下達の生存を確認し、全員生きていることを確認する。だが全員が機体を失うか、戦闘不能な状態であったことも彼はすぐに知る。

「やれやれ、おっかない連中だった。ビクトリアにいた敵のほうがよっぽど可愛かったぜ」

ザフトが撤収して十数分後、第2連隊のMS部隊が彼らの前に姿を現した。尤もあちらもボロボロだったが。

宇宙港に到達したとの報告と第2連隊から受けたチャオは作戦の6割を達成できたと考えたが、すぐにそんな考えを捨てた。

(いや油断は禁物だ。相手はザフト、コーディネイターだ。予想もしない方法で逆襲することも考えられる)

チャオはそう言って自分を戒める。だがカオシュン攻略戦が最終局面に移行しつつあることも理解していた。

双方に多大な犠牲を生じさせたカオシュン攻略戦は、いよいよ終幕を迎えつつあった。







 あとがき

お久しぶり、earthです。青の軌跡第25話をお送りしました。

カオシュン攻防戦、書くのが大変でした。本当に戦闘って言うのは書くのにすごい労力が掛かりますね。

さて次回でカオシュン攻防戦は終わりです。クライスラー司令官、生き残れるかな(汗)。

それにしてもオーブ軍の出番が少なかったような気が……ちなみに彼らが今後活躍するのかは未定です。

それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

第26話でまたお会いしましょう。





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代理人の感想

オーブ軍頑張りましたねぇ。

エドとナギの対決が未決着に終ったのはいささか残念ながら、続きもあるかもしれないと期待させてくれます。

でも二人ともこれからまた苦労の連続になりそうな感じだなぁ。

戦後に会ったら案外意気投合して酒でも飲んでたりしてw