廃棄コロニー多数が浮遊するラグランジュ4の一角にある廃棄コロニー・メンデルに根拠地を置くラクスの下にマルキオからの情報が届けられた。それは地球連合軍とブルースウェア艦隊が月基地から出撃したことを告げるものであった。
艦隊の出撃準備を整えた状態で、この情報を受け取ったラクスは即座に出撃を決意する。
「すべての艦と回線をつなげて下さい」
ラクスはオペレーターに命じて自分の指揮下にある全艦艇とエターナルとの間の無線回線をつなげさせる。
「皆さん、ついにブルーコスモスがコーディネイターを滅ぼすべく動き出しました。これを見過ごせば、コーディネイターとナチュラルの間の 溝は決定的なものになるでしょう」
アズラエルがいたら、突っ込む気力も湧かなくなるようなことを堂々と言うラクス。しかし彼女の取り巻きは彼女の言葉を真実として捉え自分達が、このコーディネイターとナチュラルの種族間戦争を終わらせるのだと気炎を上げる。
「私達の戦力は、彼らと比較してあまりにも少ないといえます。ですが、皆さんの力を併せれば、彼らに太刀打ちできると信じています」
ラクスの手元にある戦力は旗艦エターナルを中心にした30隻強の艦隊だ。数的には相当の部類だが質的な面ではかなりお寒い面も抱えている。
彼らの主力MSはジンやダガーであるが、双方共に部品の規格が異なっており互換性がない。要するに整備が面倒なのだ。
艦船についても連合の駆逐艦、戦艦、輸送艦を改造した仮装巡洋艦とザフト製のローラシア級と色々混じっている。おまけに燃料事情からそう頻繁に訓練することも出来なかったので、うまく動けるか心もとない。人員も旧オーブ軍や、ザフト、傭兵など入り混じっていると問題は山積みだ。
実際に、ラクスの演説に共感しているのは、元からラクスに付き従ってきた人間ばかりで、他のメンバーはかなり冷静、或は冷ややかに彼女の演説を見守っていた。
「演説で戦争に勝てるなら苦労はしない。こっちが欲しいのは豊富な弾薬、燃料、信頼性のある兵器と、優秀な指揮官だ」
カガリの無能ぶりに悩まされた旧オーブ軍の将校はそう呟いた。かつてのオーブ攻防戦で、カガリが仕出かした数々の失策によって多くの部下を失い、大西洋連邦の傀儡と化した(と彼は思っている)サハク家を嫌ってラクスについた彼は判断を早まったかもしれないと思った。
演説を聞き流しながら、彼はラクスの正体が戦略家でも政治家でもなく、単なるカリスマのある夢想家に過ぎないのでは……そう思い始めた。
(ウズミ代表と同じことにならなければ良いが………)
彼の危惧を他所に、ラクスは全艦隊に対して出撃を命じた。
「全艦隊発進!!」
ラクス派の艦隊が出撃したとの情報は、マルキオ経由でアンダーソン達の手元に届けられた。
「最も望ましいのはブルースウェアと彼らが共倒れになるような展開なのでしょうが……果たしてそううまくいきますか?」
情報部長のカリウスは半信半疑の様子でアンダーソンに尋ねる。
「ブルースウェアと彼らが正面きって勝つとは思わん。両者共に深く傷つくことが望ましいのだ」
ブルーコスモスを毛嫌いしているアンダーソンだが、内心ではラクスも信用していない。敵の敵は味方の論理でラクスを支援しているに過ぎない。
尤も戦争が終われば、ラクスは厄介者になるのは間違いないので消すつもりだ。まあ敵の敵は、やっぱり敵だったと言える。
「それにこの戦いでザフトも消耗する。そうなれば補充能力で勝る連合に戦況はより傾く」
祖国を蝕むブルーコスモスを排除し、祖国を危機に陥らせたザフトを叩く……その意思がありありと感じられる。だがその様子を見たカリウスは内心でそっと溜息をつく。
(今は毒を持って毒を制すやり方をする方法が得策なのですよ。将軍が愛する祖国にとってもね……)
地球、宇宙での様々な思惑をよそに、出撃した各艦隊は進撃する。それぞれの任務を果たすために。
青の軌跡 第30話
第7艦隊を中心とする地球連合軍艦隊は、当初の作戦通りボアズに対する攻撃を開始しようとしていた。尤も幕僚達の間では事前の偵察の結果ボアズの戦力が当初の想定よりも上だったことで、慎重論が台頭していた。
戦場の原則として攻撃側は防御側の3倍の戦力を必要とする。今回、彼らの手元にある兵力は3倍どころか、よくて互角かそれ以下に過ぎない。
物量で圧倒されては、戦えない……彼らはそう主張する。しかしバークはそれを却下する。
「この作戦はもともと陽動だ。陽動作戦は派手にしなければ意味が無いだろう?」
「ですが……」
バークは事前に、多くの策を練っていた。猪突猛進だけが能と思っていた一部の幕僚からは、バークがそのような策を練れたことに驚愕する声も挙がったほどだ。
だが、こうもボアズが警戒厳重では、果たして旨くいくかどうか、心もとない……と幕僚達は思っている。
「まあ見ていろ。奴らは慌てて穴倉から出てくる。その時を狙えばいい」
そういうと、彼は旗艦ワシントンの近くを航行しているボアズ作戦の切り札の一つとして数えている艦艇を見つめた。
「自然の摂理に反した者は大人しく箱庭の世界にいればよかったものを……」
彼はそう薄く笑うと、オペレーターに命じて全艦艇に無線回線を繋げさせる。
「第7艦隊、全艦横一文字隊形。全艦出撃!!」
第7艦隊が動き出したことは、ボアズでも確認されていた。ボアズの司令室のメインモニターに映し出されている敵艦隊の様子を見て、ボアズ基地司令官ローゼンバーグは忌々しげな顔をする。
「生意気なナチュラルどもが……旧人類は重力の井戸の中で大人しくしてればよいものを」
コーディネイター至上主義者である彼からすれば、自分達に比べて遥かに能力が劣るナチュラルが、自分達コーディネイターの領域である宇宙でしたり顔で動き回るのは、自分の家に土足で入られるほど屈辱的なことだった。
加えて、ナチュラルが核を持ち込んだかもしれないとの情報は彼の怒りに油を注いでいた。彼は家族をユニウス7で失っていたのだ。
「まあいい。ユニウス7で死んだ妻と、娘の痛み、貴様達にも思い知らせてやる」
彼はそう呟くと直ちに迎撃のために艦隊を出撃させる。本当なら消耗を抑えるために、ボアズに配置されたレールガンなどの近距離専用の火器の射程内で戦ったほうが良いのだが、あまり連合軍の接近を許せば、ボアズへの核攻撃を許してしまうと彼は判断していた。
今回は本国から回してもらった艦艇もいるので、迎撃艦隊は数的には第7艦隊と互角だ。さらに要塞内部には予備兵力もある。
「同数で、我が軍が負けるはずが無い」
これまで、ザフトが負けたのは連合の圧倒的生産力によって生み出された圧倒的兵力によって敗れた……そう考える彼は同数なら負けないと信じていた。
確かに彼の判断は正しい面がある。実際に連合は圧倒的兵力でザフトを押しつぶしてはいたが、そのたびに莫大な損害を被っている。
同数で戦えば、ザフトが勝つと言うのは間違った判断とは言えない。
しかしそれは正面から戦った場合だけだ。今回、バークは真正面から殴りあうような真似をするつもりはなかった……。
迎撃艦隊がボアズから発進した直後、ボアズ司令室に第7艦隊が盛んに何かを発射しているとの報告が飛び込む。
「距離は30000以上はある。艦砲も射程外のはず……ナチュラルどもは何を考えているのだ?」
こんな長距離で撃っても、大した効果は無い……ローゼンバーグはそう判断するが、その判断は直後の報告によって覆される。
「司令、地球軍は大量の隕石を投射している模様です!」
「何!?」
オペレーターの報告に、おもわずローゼンバーグは腰を浮かせる。
「くそ、考えたなナチュラルども!」
今回バークは最も安価で、かつ宇宙で簡単に調達できる隕石を質量兵器として使用した。これは決して安くないミサイルを撃ち落されるのを前提にポンポン使うのは経済的ではないため、そして着弾の際により大きなダメージを見込めるためだ。
このバークの思惑によって放たれた大量の隕石群は、猛スピードで要塞に接近しつつあった。ザフト艦隊は慌てて迎撃しようとするが余りに数が多すぎた。隕石群はザフト艦隊が慌てて形成した弾幕を次々にすり抜けて、ボアズに向かう。
「何としても着弾を阻止しろ!!」
ローゼンバークの命令と共に、ボアズに設置されている大量の火器が次々に火を噴く。ビームが、ミサイルが、砲弾が次々に隕石群を捉えて
撃破していく。だがそれでも尚、多くの隕石が炎の壁とも言っても過言ではない防空網を突破してボアズに降り注ぐ。
「「「うわあああああああ!」」」
断続的な揺れが司令部を襲う。あまりの揺れに何人かのオペレーターが席から投げ出されて強かに床に打ちつけられる。
サブモニターの幾つかは被害を状況を示すデーターを映し出したり、警告文を表示する。
「落ち着け! 被害状況は!?」
「……要塞の対空火力は、当初の50%に低下! 索敵機能は60%に低下しました!」
「ドック内部にも被害が発生! さらに発進口でハーダーが擱座しています!!」
「くそったれが!! 近くにいる艦の艦砲でハーダーを破壊しろ!」
メインモニターに映される発進口で各座するローラシア級の姿を見て、ローゼンバーグは即座に爆破を命じた。
「ですが、そのようなことをすれば湾口施設に被害が……」
「敵が目の前にいるのに、そんなことを気にしていられるか! さっさとしろ!!」
「了解しました!!」
だが、彼らが対応に追われているうちに、さらなる攻撃がボアズに降り注ぐ。しかしさすがに第二波以降の攻撃はボアズから発進したザフト艦隊の濃密な迎撃にあい、相当数の隕石が阻止された。だが、それはバークも予期していたことだった。
「さすがに二度は通用しないか。ま、そうでなくては……」
バークはそう呟くとニヤリと笑う。
「予定通り、次のマスドライバーシップによる攻撃終了後に、艦隊を前進させる。長距離ミサイルの装填を忘れるな」
(さて、最終攻撃は多少趣向を凝らせて貰った。たっぷりと受け取れ)
今回の隕石による攻撃は、小型のマスドライバーを搭載させたマスドライバーシップを使って実行したものだった。ある意味、古来からよくある投石器による攻城戦の再現とも言える。今回、彼はこの攻撃でボアズを弱体化させると同時にザフト艦隊をおびき出す事を狙っていた。
(それにしても、何故連中は要塞からあっさり出てくるんだ? 本来なら要塞の近くで戦うのが有利だろうに……)
バークは内心で、嵌められたのは実は自分達のほうなのではないかと疑心暗鬼にかられたが、取り立てて異常が無い以上はどうしようもない。
(まあ連中が巣穴から出てきたのだから歓迎するべきか……)
バークが自分を納得させていたころ、第7艦隊から放たれた最後の隕石群が、ザフト艦隊の迎撃にあっていた。ナスカ級やローラシア級戦艦から放たれるビームや砲弾が、隕石群を正確に捉えていく。だがこれらの隕石の中には、彼らの予期しないタイプのものがあった。
「高速熱原体接近!! 数12!!」
「何だと?!」
「これは……対艦ミサイルです!!」
隕石の中には、ダミーのものがあり、その中には意地の悪い事に熱源探知型の誘導ミサイルが搭載されていたのだ。彼らは景気良くビームや砲弾を発射しているザフト艦隊に目標を定めて次々に襲い掛かる。
ザフト艦隊は必死に迎撃するが、少なからざる数のミサイルがザフト艦に直撃してダメージを与えていく。これに追い討ちを掛けるように、前進してきた第7艦隊が長距離ミサイルと主砲を一斉に発射して飽和攻撃を仕掛ける。
だが、これを黙ってみているローゼンバーグではない。
「残っている長距離ミサイルと、要塞砲を使って敵艦隊を牽制しろ! 必要なら応急修理は後回しにしても構わん!!」
「了解しました!!」
傷ついたボアズだったが、残されたミサイルポットから次々に長距離ミサイルを第7艦隊に向けて発射する。勿論、第7艦隊がこれを探知しない筈が無い。
「要塞から熱源反応多数接近。恐らくミサイルでしょう」
「照準精度は? 危険なら迎撃しろ」
「8%が直撃コースを取っています。迎撃ミサイルだけでは防ぎきれない可能性が高いと思われます」
バークは仕方がないと言った表情で、敵艦隊に向けていた火力の一部をミサイルの迎撃にあてることにした。だがこれによって艦隊に向けられていた火力が分散し、結果としてザフト艦隊は体勢を立て直すことに成功した。
陣形を再編したザフト艦隊は、ありったけの火力を前面に展開する第7艦隊に叩きつける。勿論、第7艦隊も負けてはいない。
「民兵あがりの軍隊に砲撃戦で負けるようなことをしたら、減給ものだぞ!!」
各艦の砲術長は、そう言って部下達にはっぱを掛ける。確かにMSというファクターが戦場に登場して以降は、戦場は大きく様変わりした。
しかし宇宙軍を立ち上げたのは連合軍が先であり、かつ砲戦についても研究してきた年数は彼らのほうが上なのだ。先駆者として簡単に負けるわけにはいかない。
「初弾から命中させるぐらいの気合でやれ!」
補給艦を後方に下がらせて、第7艦隊各艦は猛烈な砲撃をザフト艦隊に浴びせる。無数のビームがこの宙域で交差し、空間を沸騰させる。
ザフトはローラシア級戦艦で連合軍と砲撃戦を継続する一方で、高速艦であるナスカ級を利用して一撃離脱を繰り返す戦術に出る。高い練度を
誇るザフトは、これを一糸乱れぬ精密な艦隊運動で行い、連合軍に少しずつだが確実にダメージを与えていく。
「忌々しい連中だ……だが優秀であることは認めなければならないな」
ナスカ級を叩こうとすれば、火力的にはアークエンジェル級を持っていかざるを得ない。だがアークエンジェル級をもって行けば正面の火力密度が一気に落ちる。我が軍にもあれだけの動きを行える将校と兵士がいれば……と歯噛みする。
「仕方ない、使うのはもう少しあとにしたかったのだが……」
舌打ちすると、バークはオペレーターに命じてエセックス級宇宙空母レイテに置かれている空母群司令部に通信をつなげさせる。
「例の装備をつけて、第1MS大隊と第3MA大隊を発進させろ」
『しかし距離がありすぎます……いくら新装備があっても』
空母群司令部は、この命令にあまり乗り気な反応を示さないが、バークはそれを上官の権限と強い口調で押し切った。
「分かっている。だがこれ以上、砲撃戦を繰り返していては消耗が大きすぎる。勝てても被害が大きすぎれば意味が無い」
人的損害が多くなればそれだけ再建が遅れる。緒戦の大敗、第8艦隊の壊滅、第二次軌道会戦での消耗と連合宇宙軍の人的損害は洒落にならないレベルに達している。
兵器は幾らでも作れるが、それを操ることの出来る将兵を作るのは容易ではないのだ。
「それに彼らを片道特攻でだすつもりはない。敵艦隊の陣形が乱れるのを見計らって、積極的に攻勢にでるつもりだ」
『分かりました。それでは早速、発進させます』
「頼む」
そう言うとバークは通信回線を切った。
「参謀長、独立部隊は?」
「特に連絡はありません。予定通り進行していると思われます」
「そうか。だが、連中の作戦を成功させるには、もう少し連中を引きずり回さないといけないな」
やる気満々の顔で言い切るバークを見て、幕僚達は不安にかられる。
「……司令、まさか本気でボアズを攻め落とすおつもりですか?」
無謀です……彼らの顔にはそう書いてあった。勿論、彼らの顔を見たバークは、幕僚達が何を言いたいのかを理解する。
「さぁな。チャンスがあれば、落としてみたいとは思うが……まあ無理はしないさ。連中、何故かいつもより必死だからな」
(ザフトの連中は何かあったのか? まるで何かに怯えているように感じられるのだが……)
安堵する幕僚達を横目にみながら、彼はこの戦場から何か違和感を感じていた。
バークの命令を受けて、艦隊後方に展開していた空母群から慌しく第1MS大隊が発進しようとしていた。
この大隊は105ダガー、追加装甲のフォルテストラを装備したダガーなど、通常の部隊では中々見つけられない高性能MSが多数配備された精鋭部隊であると同時に、非常に変わり者の人間が配備されていたことで知られていた。
『第1MS大隊、発進急げ!!』
「判っているわよ、そんなこと」
105ダガーの中で、18歳程度の少女が通信回線越しに何回も流れてくる命令に不満を漏らす。
『シア様……』
「判っているわよ。でも、こうも何回も流されると煩くてしょうがないでしょう?」
この言葉に部下のパイロット達は苦笑するしかない。何しろ彼女は……。
「まあ、ロードお兄様のためだから、仕方ないわね。我慢しましょう」
彼女の名前はプリンシア・ジブリール、かのブルーコスモス過激派の最右翼であるロード・ジブリールの義理の妹だ。輝く銀髪に整った目鼻、さらに均整の取れたプロポーション……西洋の人形師が作り上げた芸術品のように思えるほどだ。彼女は第1大隊でMS中隊の指揮官を務めている。
才色兼備がぴったりと当てはまる彼女がジブリールの妹だとアズラエルが知れば、卒倒するのは確実だろう……。
「第1大隊第2中隊発進する。青き清浄なる世界の為に!」
『『『青き清浄なる世界のために!!』』』
彼女の付き従うのは、ジブリール派に属するブルーコスモス構成員だ。第1MS大隊は精鋭であったが、同時に過激なブルーコスモス派軍人の巣窟とも言えた。
故郷を焼かれた恨みを晴らす、或は知人、友人、家族の仇を取るために技術を磨いた者は自然と高い錬度を持つようになる。
このため、高い技能を持つパイロットには過激なブルーコスモスの思想が蔓延っている。勿論全員がそうだと言うわけではないのだが、絶対数で言えば無視できない数と言える。
第7艦隊からMS部隊が発進していくのを、ザフト艦隊でも確認はしていた。しかしながらこの距離ではMSが発進しても、大した戦闘は出来ないと判断した。
何しろMSの活動時間はそう長くは無い。たとえバッテリーが持ったとしても、推進剤が無くなればただの的なのだ。
「ナチュラルめ、トチ狂ったのか? まあどちらでも良い。一応、迎撃の用意をしておけ」
推進剤の量から余り動けないだろうと彼らは判断したが、それは非常に甘い考えだった。連合軍は非常にシンプルな方法で、MSの欠点である行動半径の短さを克服したのだ。彼らはすぐにそれを思い知ることになる。
「全機、着いてきている?」
『勿論です』
「よろしい。もうそろそろ化け物どもが、私達をもてなしにやってくるわ。たっぷりと相手をしてやりなさい。失礼のないようにね」
シアは唇を少し吊り上げて、薄い笑いを浮かべながら命じる。そのとき、彼女の告げたように第1MS大隊大隊長から敵MSの接近が告げられる。
「さて、いくわよ」
そういうなり、彼女の操る105ダガーは、二等辺三角形の形状をした平べったい航宙機から離れる。他の機体も同様に次々に分離していく。
この航宙機『カタリナ』こそが、MSの行動半径の短さをカバーする切り札であった。
実質、使い捨てではあったがMSを載せてMA並、いやそれ以上の速度を出せて、長い航続距離を持つ優秀な機体だった。
勿論、決して安くはないし、生産するにもMA以上の労力がいるのだが、連合の圧倒的生産力がそれを可能にしていた。ザフト軍では到底真似できないことだった。
ちなみにMA部隊は、切り離しが可能な予備の燃料タンクを機体に取り付けて航続距離を増大させている。
突如として連合軍の反応が2つに分かれたことで、一瞬だがザフト軍の迎撃部隊は虚を突かれる。そしてそれこそが彼らにとって致命傷となった。
分離した第1MS大隊は、迎撃に来たザフト軍MS部隊に対して、ビームライフルを使った徹底した集中砲火を浴びせ次々に撃破していく。
ザフト軍は慌てて対応しようとするが、全く歯が立たず多くの機体が撃墜されていく。
「こいつら、本当にナチュラルか?!」
ザフト軍の新型機であるゲイツで全く歯が立たないと言う事実に、彼らは軽い恐慌状態となる。と言ってもこの場合は、相手が悪かったとしか言うしかない。
何しろ彼らが相手にしているのは対ビーム防御能力に秀でたラミネイト装甲を持つ105ダガーなのだ。ビーム装備のゲイツではやや分が悪い。
おまけに105ダガーを操るパイロット達は百戦錬磨の精鋭で集団戦法に秀でていると来ている。
「これがナチュラルの力よ!」
すでに3機を撃墜したシアはそう言って誇る。集団戦法、大量の物量、そして鍛え上げられた技能……これらをまともにぶつけられてはザフトとはいえ溜まった物ではない。あっという間に防衛ラインは突破され、対艦装備を装着したMA部隊がザフト艦隊に襲い掛かる。
ザフト艦隊は対空砲で迎え撃つが、MA部隊はそれに全く怯むことなく艦隊に肉薄する。
『距離3000!!』
『この距離ではまだ当たらん!! 徹底的に距離を詰めろ、ナチュラルの根性を見せてやれ!!』
メビウスやコスモグラスパーからなるMA部隊は、少なからざる数を対空砲で喰われるが、怯むことなく突貫してついに必中距離に達する。
次の瞬間、彼らはその腹に抱え込んだ対艦ミサイルやレールガンを思う存分、目標にたたきつけた。あちこちのザフト艦が次々に炎に呑まれる。
『こちら第3MA大隊、我、攻撃に成功!! ローラシア級2隻撃沈、ローラシア級1隻、ナスカ級1隻撃破!!』
この大戦果に第7艦隊は沸き返る。士気が向上し、敵の隊列に乱れが生じたのを見たバークは即座に積極的攻勢に転じる。
「よし、一気に押し込め!!」
第1MS大隊、第3MA大隊の攻撃で生じたザフト艦隊の綻びに向けて、第7艦隊は集中砲火を叩き込む。2、3隻が同時に一点に砲撃を集中するのだから、集中されるほうはたまったものではない。防御力に秀でた筈のザフト軍艦艇は、次々に装甲を破られて撃沈されていく。
さらに第7艦隊は距離を詰めると、一気にMS部隊を発進させて、ザフト艦隊に開いた穴に突撃させる。
慌てて陣形に開いた穴をふさごうとしても、他の部隊を動かせば、そこに穴が生じてしまう……彼らは要塞司令部に増援を要請するしかなかった。
「増援要請だと? 同数相手のナチュラルに苦戦しているのか?!」
ローゼンバーグは、艦隊からの要請に苦い顔をする。
「そのようです。どうやら連中はMSによるアウトレンジを実行した模様で、艦隊はかなりの損害を受けたようです」
「ナチュラルが生意気な……」
ローゼンバーグは苦々しい口調で呟くが、内心では自分達の不甲斐なさに憤りを感じていた。要するに何で、自分達はそのような戦術を思い付かなかったのか……という自責の念だ。
(ナチュラルですら、MSによる新戦術を練り上げていると言うのに、我々はMSの質の向上ばかり気にかけている。もう少し別の方向からMS部隊の強化を行うべきだった……)
しかし後悔先に立たずだ。彼は苦渋の表情で増援部隊を送り出すことを決めた。
「仕方が無い。ナスカ級3隻とフリーダムとジャスティスを回せ。これ以上、連中を要塞に近寄らせるな」
しかしこの動きこそがバークが望んでいたことだった。バークは要塞から増援が出てくるとの報告を受けて満足げに頷く。
「参謀長、作戦をセカンドステージに移行する。各戦隊司令部に伝達いそげ」
「では、予定通り独立部隊を……」
「ああ、連中の度肝を抜いてやる」
ボアズ周辺のメインモニターに映る宙域図を睨みながら、バークは意味深に笑みを浮かべた。
かくして、互いの思惑を錯綜させながら、ボアズ攻防戦は次の局面を迎えることになる。
あとがき
明けましておめでとうございます。earthです。青の軌跡第30話をお送りしました。
ある提督の憂鬱の練り直していたら、書くのが遅れてしまいました(汗)。さてこのボアズ戦は連合軍が繰り出した新戦術が次々に披露されます。
本編では連合軍軍人が頭を絞って戦うことが余り見られなかったので、このたびは連合軍人代表としてバークに活躍してもらいました。
能力で劣るナチュラルが、知恵と勇気を振り絞って頑張ります。
今回登場したプリンシア・ジブリール(通称シア)ですが、レギュラー化するかどうかは未定です。
自分的なイメージとしてローゼンメイデンの銀様です。まあ書ききれるかどうか微妙です(汗)。
拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。青の軌跡第31話でお会いしましょう。
代理人の感想
水銀燈かぁ・・・原作は知らないけど、紹介されて読んだ二次創作ではどれもこれもへっぽこだったような(爆)。
プリンシアが実はへっぽこなのかどうかは分かりませんが、微妙にブラコンの香りはしますね(更爆)。