ブラジリア基地陥落……その情報は、シアの(正確には彼女の部下の)手によってジブリールの元に届けられた。

「そうかブラジリア基地が陥落したか」

無駄に豪華な執務室でジブリールは満足げに肯いた。ジブリールの前に立っている男秘書は、そんな主人の様子を見て報告を続ける。

「こちらが細工しておいた輸送機もすでに飛び立った模様です」

「そうか……管制センターへの細工は万全だろうな? 下手に証拠が残っていれば」

「その点は心配ないとのことです」

「ならいい。マスコミへのリークの準備は?」

「かの大地には様々なルートで、フリージャーナリストを送りつけています。間違いなく多くのジャーナリストが目撃するでしょう」

そういって秘書はフリージャーナリストのファイルをジブリールに手渡した。

「ほう、かなりの数だな。まあこの程度いれば、アズラエルもそう簡単に情報を隠蔽できないだろうな」

これから起こる事を夢想して、愉快で愉快で堪らないという顔をするジブリール。

(軍への根回しも済ませてある。あとは、パナマ攻防戦の開幕を待つだけだ。ふふ、それにしても軍の連中には俗物的な奴等が多くて助かる)

ジブリールは密かにパナマ基地に配備されている部隊にも手を回していた。アズラエル達は南米での活動に気をとられていたが、こちらの工作も重要なものだったのだ。そしてそれらの工作はジブリールの目論見どおり順調に進んだ。

(出世を気にかける士官というのは本当に操りやすい……まあ空の化け物たちが軍に増えれば自分達のポストが減るから当然といえば当然だが)

戦前、コーディネイターはその非常に優れた能力で社会の上層に食い込んでいた。それは軍も例外ではない。それゆえにナチュラルの士官の中には自分達が座るポストがすべてコーディネイターに抑えられるのではないかと焦っている者も多くいた。彼らの多くはブルーコスモスシンパとしてジブリールに協力していたのだ。さらにアズラエルがコーディネイターの排斥論を撤廃したこともこれに拍車をかけていた。

「全ては、あの忌々しい砂時計を砕く為に。あの忌々しい化け物たちを打ち滅ぼす為に」

そこには間違いなく狂気が、純粋な狂気があった。

「我々は、我々こそが糸を紡ぐのだ。青き清浄なる世界を手繰り寄せる為の糸を……」

そして暫くすると席から立ち上がる。

「さて私も行くとしよう。私の戦場に」

そういうと、ジブリールは執務室をあとにした。





 ジブリールが動き始めた頃、アズラエルの元には信じられない話がもたらされていた。

「アンダーソン将軍が、僕に会いたいと?」

ジブリールの部屋よりは簡素な執務室で、女秘書から聞いた話に、アズラエルは素っ頓狂な声を挙げた。

「あの頑固者で、根っからの反ブルーコスモス派の将軍が?」

「はい。その頑固者で、根っからの反ブルーコスモス派で、アズラエル様が以前毛嫌いされていたその将軍閣下がです」

「そこまで言っていませんが……」

「総帥が覚えておられないだけでしょう。最近、お忙しかったようですし」

「……何分、毒が含まれているように聞こえますが、まあ良いでしょう。で、将軍は何の話をしたいと?」

「ジブリール様についてです」

「……嫌味でも言いに来るんですかね?」

「将軍閣下も、この非常時にそんな非効率的なことはしないでしょう」

「分っていますよ。恐らく、ジブリールを抑えるためにでしょう。将軍からすれば、テロを煽るジブリールは好ましくない存在でしょうし」

「……」

「何か、言いたい事があるんだったらはっきり言ったらどうです?」

「いえ、特には」

「全く。まあ良いでしょう。あの将軍の力を借りれればジブリールを抑えられるかもしれませんし」

「それではお会いになると?」

「ええ。ここ数日中のスケジュールを調整して会う事にしましょう」

「分りました。早速調整に入ります」

「お願いします」

そういって出て行く秘書を見ながら、アズラエルはそっと溜息をついた。

「………はぁ潤いが欲しい。周りには嫌味な秘書と、むさいオッサンと、馬鹿ばかり。どこかに癒し系美少女でも転がっていないかな」

誰かに聞こえたらロリコンと思われそうなことを呟くアズラエル。美少女といえばフレイがそうと言えなくともないが、アズラエルの趣味にはあわなかった。さらに言えばシアはもっと趣味に合わなかった。一応、目の保養にはなるかもしれないが。

「ふぅ・・・・・・酒でも飲んで気でも晴らしたいけど、仕事もあるし、馬鹿(ジブリール)の後始末もあるし。全く、どいつもこいつも」

権力者も楽じゃないな……と呟きながら、アズラエルは仕事に取り掛かる。だがその前に彼はあることを決意をした。

「今度、癒し系の美人女秘書を探しておこう」

せめて仕事場に心のオアシスを作ろうと決意するアズラエルだった。





                    青の軌跡 第41話




 ブラジリア基地陥落、さらに南アメリカ方面軍司令部が移動中に全滅したとの報告はパナマ基地に激震を走らせた。

パナマ基地司令官フィリップス少将は、司令部のオペレーターに驚きを隠せない顔で尋ね返した。

「それは本当か?」

「間違いありません。カッツ少将を含めた方面軍司令部は全滅したとのことです。ただブラジリア基地から包囲網を突破した部隊がパナマに向ったとのことです」

「あの包囲網を突破したのか?」

「はい。陸路と空路でこちらに向っていますが、かなりの犠牲がでたとのことで……救援を求めています」

「それはやむを得ないだろう」

フィリップスからすれば、ブラジリア基地から脱出できただけでも十分に幸運といえる。

「仕方あるまい。友軍を見捨てるわけにはいかん。それにあんなに簡単にブラジリア基地が陥落した理由も知りたいからな」

「では?」

「まだ戦端は開いていないからな。輸送機には戦闘機を出して誘導してやれ。陸路の連中には……一応、救援物資を届けろ」

「了解しました。早速手配します」

この世界では、史実とは違って味方の救出にはかなり気が配られていた。これはアラスカのような先例がないこと、さらに史実以上の宇宙艦隊を編成しているために経験豊富な兵士の不足が深刻なためだった。

工業力が史実以上に回復したことで、艦隊の再建は非常にスムーズに進んだものの、それを操る人間の消耗は無視できないレベルとなっていた。

開戦初頭の宇宙艦隊の壊滅、泥沼化した地上戦線で蒙った人的損害はそう簡単に補充できるものではない。まして主要な戦場が宇宙に移りつつある今、地上軍に配備される兵士の数は減らされつつある。

「全く宇宙軍の兵力を回してくれればもう少し楽なものを」

フィリップスは思わずぼやいた。

南米動乱も、宇宙軍に配備された部隊がいくらか地上軍に回されていれば防げた筈だ……彼はそう思わずにはいられなかった。

「まあいい。これだけの兵力が配備されていれば、パナマ基地はそう簡単に落ちはしない」

彼の手元にある兵力は、南アメリカ・ザフト連合軍を圧倒しうる規模だった。だが彼は忘れていた。

第一次パナマ基地防衛戦では、圧倒的兵力を誇る連合軍が危機に立たされた事を。そして敵も優秀な作戦立案能力を持っていることを。





 フィリップスの命令で発進した戦闘機部隊は、約30分後にブラジリア基地から脱出してきたとされる輸送機とコンタクトをとった。

戦闘機部隊は輸送機から所々煙が出ていることから、無視できない損害を受けていると判断し、その旨を司令部に伝える。

「そんなに損傷しているのか?」

「はい。4機の輸送機のうち、1機は今にも墜落しそうだとのことです」

「胴体着陸させるしかないか」

フィリップスにとって南アメリカ軍とザフト軍との戦いに備えて、滑走路がひとつでも使えなくなるのは好ましくなかった。かといってボロボロの友軍機を滑走路以外に降ろすのも拙い。下手に着陸に失敗して爆発されたら目も当てられない。

「仕方あるまい。予備の滑走路に下ろさせろ」

「了解しました」

「敵軍は?」

「基地の南方に展開したままで、まだ動きはありません。恐らく増援を待っているものと思われます」

「ブラジリア基地を制圧した部隊を待っていると?」

「恐らく」

「・・・・・・参謀本部に増援を要請しろ。あと空軍に南米の主要軍事拠点を攻撃するように要請しろ」

「ですが基地によっては都市への誤爆も考えられますが……」

「ふん。NJを地上に打ち込んで数百万の同胞を殺した奴等に組した連中だぞ。多少死んだところで世論も文句はつけないだろう」

忌々しそうにフィリップスは呟く。プラントではNJの散布はユニウス7の報復であり、正当な、いやむしろ慈悲深い行為だと思っている人間が少なからずいる。

だがNJでエネルギー不足に追い込まれ、通信を遮断されたことによる混乱で生じた地上の犠牲者は数百万の大台に昇る。

はっきり言って、NJ投下でプラントは核兵器のよる報復攻撃を行った場合以上の恨みを、大西洋連邦だけではなく、世界各国から買っていた。

「それに、このままだとこちらの圧力が増える一方だ。パナマ基地を守れるなら敵国の民間人が1000人ほど死んでもお釣りがくる」

「判りました」

そういってオペレータが参謀本部に要請を出した直後、輸送機のうち2機が予備の滑走路への進路から外れたとの報告が入る。

「何をしている?!」

「コントロール不能と緊急連絡が入りました!!」

「何?!」

さらにメインモニターに、輸送機の1機が黒煙を噴出しながら司令部のある方向に向かっているのが映される。そしてさらに目を凝らしていると

信じられない光景が映し出された。

「MSだと?!」

突然、南米軍のマークがつけられたMSが輸送機から飛び出した。数は2機。機種はデュエルダガー・フォルテストラ。ダガーの改良型である

かの2機は、低高度からの降下からとは言え、パラシュートも開かずに地表に降りてくる。

「う、撃ち落せ!」

フィリップスは慌てて迎撃を命じるが、遅かった。2機のデュエルダガー・フォルテストラは司令部周辺に降下すると、手当たり次第に破壊活動を開始する。さらに……。

「輸送機がこちらに突っ込んできます!」

「何?!」

メインモニターには、黒煙を吐きながらまっすぐに司令部に向かってくる輸送機の姿があった。そしてフィリップスが呆然とした直後、司令部に激震が走った。輸送機は司令部の建物と、周辺の通信施設を巻き添えにして大爆発を起こした。

ジャスティスの強襲によって司令部を破壊された教訓から、司令部周辺は大幅に防御力を強化されていたものの、指揮命令に必要なアンテナ類に鉄壁の防御力を与えることは困難だった。勿論、地下に埋められた通信回線こそ生き残ったものの、実質的に司令部の指揮機能は停止してしまう。

そしてそれこそが、南米軍の待ち望んでいた瞬間だった。

「全軍攻撃を開始せよ!!」

南米合衆国軍パナマ攻略軍は攻撃開始の命令と同時に一斉にパナマ基地に向けて進撃を開始する。一方の連合軍は一時的にとはいえ、司令部の機能が停止しており、組織的な反撃が難しかった。

さらに新米兵士が多かったことも、混乱をさらに助長していた。ベテラン兵士達とは異なりパニックに陥りやすい彼らは、組織系統が混乱したことで右往左往しあっさり討ち取られていく。

さらに相手は少数とは言え意気軒昂であり精鋭たるザフト軍も助っ人として参戦している。これらの複合的要因によって連邦軍の防衛ラインはすぐに綻びを見せ始める。

「よし、このままいけばパナマを落とせるな」

攻撃軍の先陣に加わっていたエドは、連邦軍の前線が崩れかけていることを肌で感じていた。

「そうね。このままいけばパナマ基地に侵入できる」

ジェーンはエドの意見に肯くと、パナマ基地への一番乗りを目指すかのように前進を開始する。だがこの連邦軍の苦戦がこの戦乱を仕掛けた人間には織り込み済みであったことを彼らは知る由も無かった。








 パナマ守備軍のW(西)フィールド方面守備隊の司令部が置かれている陸上戦艦コレヒドール。そのブリッジでシアは戦況を眺めていた。

「パナマ基地司令部の機能は停止したようですね」

「南米軍がS(南部)フィールドから押し寄せています。組織だった反撃ができずに友軍は各個撃破されているようです。全く情けない限りです」

Wフィールド守備隊司令官キャメル准将は味方の醜態を見て、あきれ果てた表情をしていた。尤も彼もブルーコスモス過激派の一派であり今回の策謀に一枚噛んでいるので、この言動は不当なものと言えなくもない。

「まああまり味方を見下すのも問題ものですよ。キャメル准将閣下」

そうたしなめた後に、シアは声を潜めて尋ねる。尤もその言葉遣いは先ほどとは違い、やや横暴なものであったが。

「例の輸送機は?」

「予定通りルートを外れて、目標地点に到達します。あれがばら撒かれれば間違いなく……」

「そう、犠牲になるのは?」

「このままいけば第15師団の第3中隊です」

「そう」

表向き、キャメルはシアより上官であるが、ジブリールがバックにいるのを考慮すれば、シアに格別の配慮が必要だった。

そのことにキャメルは忌々しさを感じていることをシアは察していたが、わざわざフォローするつもりもなかった。自分達がバックにいなければ将官にすらなれなかった男に、彼女は敬意を払う必要性を感じていなかったのだ。彼女にとって重要なのは現時点で進めている計画だった。

「生贄には十分な数ね」

そこにはこれから犠牲になる味方に対する憐憫も同情もなかった。ただあるのは生贄の数が十分なことに対する満足のみだった。

「あれがばら撒かれたあとに強化人間部隊とMS2個中隊を差し向けて、戦線の穴をふさぐように。私は直属部隊でザフトをつぶすから」

「了解しました」

指示を出し終わるとシアは、落ち着いた様子で自分の機体に乗り込むべくブリッジを後にした。

ブルーコスモスが落ちついて事態に対処している頃、南米軍の司令部の面々は輸送機の1機が予定されていたコースを外れたことに慌てふためいていた。

「何をしているのだ?!」

「判りません。全く答えが返ってこないので」

オペレータたちも困惑した様子で答えるしかなかった。何しろ基地から遠ざかっている輸送機には降下した部隊へ補給する弾薬が載っていた。

幸い、もう1機は無事に弾薬を投下したのですぐに戦闘不能になるわけではないが、継戦能力が低下したことは否めない。

「くっまあいい。敵の司令系統が混乱している今がチャンスだ。何としても敵防衛ラインを突破しろ! ザフト軍にもさらなる攻撃を要請しろ!!」

「了解しました」

そのザフト軍は、大西洋連邦軍の大部隊と正面からぶつかっていた。南米軍の情報リークによって、ザフト軍の指揮官がクルーゼであることを知った連邦は、あらかじめかなりの部隊をザフト軍の正面に配備していたのだ。クルーゼは自身が乗るゲイツで、これまでに3機のダガーと2両の戦車を撃破していたが、連邦軍は未だに抵抗を続けていた。

「連中め、我々を磨り潰す気だな」

クルーゼは自分達がよい囮にされたことを悟り、忌々しそうにつぶやく。

ザフト軍は、ジャンク屋から多数の物資を購入することで、かなりの数のバクゥやディンなどを投入することに成功していた。だが最盛期に比べると、涙を誘うほど部隊の陣容は貧弱になってはいた。

逆に連邦軍はダガーに加えて、デュエルダガーやバスターダガーなどの強力な機体が配備されていた。消耗した兵士や兵器を補充できない軍隊と、出来る軍隊……どちらが勝つかは明白だった。

「本来ならば、ジェネシスを使った殲滅戦になっていたものを……」

クルーゼは己のシナリオが完全に破綻していることに歯噛みした。だがそれでも彼は諦めるつもりはなかった。

「この戦いで生き延びれば私は宇宙軍に戻ることになっている。そうなればまだ挽回は可能だ」

連合の宇宙反攻を遅らせることが出来れば、何とかシナリオの再構築するまでの時間が稼げる……彼はそう思うことで自分を奮い立たせる。

彼にはまだ人類を滅亡に追い込むための方策があったのだ。

「イザーク、左翼の敵を拘束しろ。私はその隙に中央突破を図る」

『了解!』

イザークから返事を受け取った直後、コックピットに連合軍の輸送機が迫ってきているとの報告が表示された。

クルーゼは撃墜しようとかと思ったが、連合軍の攻撃を受けているとの追加報告から南米軍が、パナマ攻略のために使った輸送機のうちの1機だと判断した。彼が知る限り、現在彼らの方向に向かってくる輸送機にはかなりの量の弾薬が載せてあるはずだった。

「こんなところで何をしているのだ?」

クルーゼは不審に思ったものの、連合軍の反撃でうまく着陸できなかったのだと判断した。

「よし、ならばあれを使うか」

クルーゼは即座に、輸送機に連絡をとると、ある要請を出した。輸送機のパイロットはしばらくの熟考のあとに、その申し出を了承する。

「よし、ミサカ隊はあの輸送機の支援に回れ。くれぐれも目標までは落とされるな」

このクルーゼの指示によって、4機のディンからなるミサカ隊が輸送機の護衛に回った。尤も護衛を任された当事者にとってはあまり好ましい任務ではなかったが。

「今度はあの馬鹿でかい輸送機の護衛? 全く……人使いが荒いことこの上ない」

カオシュンからやっと生還したと思ったら、次はディンを与えられて南米に連れて来られた彼女は露骨に不満を漏らすものの現状を理解していた。

「もうローテーションを組む余裕も無いってことでしょうね」

相次ぐ兵士の戦死によってすでにザフトには人的資源の余裕は無かった。また地上軍の補給線であるプラント−地球間航路は寸断され本国からの補充を当てにすることもできない。

「……もう勝ち目は無いのかも」

ふと弱気になるものの、すぐに彼女は頭を振って己を奮い立たせる。自分達がしていることが無駄ではないと言い聞かせる為に。

自分の命を賭けるだけの価値があると思い込む為に。彼女は輸送機に取り付こうとする連邦軍の戦闘機を次々に排除していく。

そんな悲壮な思いで献身的に護衛の役を果たす彼女達のディンを見て、輸送機を操っているパイロットは嘲笑う。

「馬鹿な連中だ。俺がこれからどんなことをするとも知らずに」

操縦桿を握るザフト軍の軍服を着込んだ男はこれから起こることを思い、暗い笑みをこぼす。そんな彼の近くには銃で撃たれた南米軍の兵士の姿があった。

その大半は絶命しているが、一人だけ生きている人間がいた。だがそれももはや虫の息。目の前の男を止めることは出来ない。

「き、貴様、何をしようと……」

「ふっ、貴様達のような低脳どもに教えてやる事は無い」

「お、お前は南米のコーディネイターだろう。何故、わ、我々を裏切る?」

「コーディネイターだからこそ、だからこそだ」

「?」

「お前達は知らないのさ。遺伝子改造の闇を、そして生を祝福されなかった子供達を。ふん、もうそろそろ目的地だな」

「何をするつもりだ?」

「見ていればいい。安心しろ、そうそう時間はかからない」

そういうと彼は輸送機を急降下させる。ザフト軍から状況を尋ねる通信が入るが、彼は答えようともしない。いや、もう答える必要が無かった。

「つ、墜落するぞ!!」

「墜落させるのさ!」

見る見るうちに、輸送機は連邦軍の部隊に向けて落下していく。連邦軍の地上部隊は必死に対空砲火を打ち上げるが、もはや意味を成さない。

あまりに近すぎた。

「青き清浄なる世界のために!!」




 ザフト軍の攻撃を受けている連邦軍の陣地では、何人かの記者が連邦軍の輸送機が自軍に攻撃されているシーンを目撃していた。

「あれは友軍じゃあないのか?!」

何人かのジャーナリストが軍人達に尋ねる。だが彼らは驚きべき返答を聞くことになる。

「連中はこちらの敵味方識別信号を使って味方の振りをして攻撃してきた。司令部は輸送機の体当たりで機能が停止した」

「つまり、あれは敵だと?」

「そうだ」

記者達は敵軍の行動に思わずうなる。何しろ、それはあまりにフェアー精神からかけ離れたやり方だった。記者の中にはテロリストのような攻撃だと憤るものもいる。そんな中、輸送機が突如として急降下を開始する。

「墜落するぞ!」

輸送機の落下地点周辺にいる人間達は一様に体を屈めるなり、地面に伏せる。そしてその直後、衝撃波と轟音、そして熱風が彼らの周囲を襲う。

直撃を受けた人間は粉々の肉片となり、不幸にも爆炎に巻き込まれた人間達は火達磨になって転げまわっている。

「消火作業急げ!!」

「被害報告!!」

軍人達は慌てて態勢を整えようとする。何しろ目の前にはザフト軍もいる。このままでは良い的になる。そんな彼等はこのあととんでもない報告を聞く事になる。それはザフト軍による突撃以上の凶報であった。

そのころ、ザフト軍は輸送機が連邦軍部隊の近くに落下したことを察知して攻勢に出ることを決意した。

「多少予定が狂うが……まあいい手間が省けた」

クルーゼは元々はべつの場所にその輸送機を落下させようと考えていた。一応はパイロットなどは直前に脱出するように勧告するつもりだったが。

「攻撃を開始しろ、今なら突破できる」

クルーゼの指示を受けたバクゥがその機動力に物を言わせて一気に連邦軍の防衛線を突破する。輸送機の墜落で混乱していた連邦軍はこれを

阻止できなかった。バクゥによって後方をかき回された連邦軍に追い討ちをかけるように、ジンやゲイツが攻撃を仕掛ける。3機のダガーが応戦するがザフト軍の勢いを押し留める事は出来ず、逆に撃破されていった。

攻撃開始から十数分後、ザフト軍の主力もついに連邦軍の防衛線を突破した。だがそこで彼等は連邦軍の軍人達と同様にとんでもない報告を耳にすることになる。

それは神経ガスがばら撒かれているとの報告だった。そしてこの凶報はザフト、南米軍、連邦軍司令部すべてに齎され、混乱を呼ぶ事になる。

「何て酷いことを……」

コレヒドールのブリッジのメインモニタには、苦悶表情で息絶えている兵士たちの映像が映されていた。

キャメルは神経ガスがばら撒かれたとの報告を聞いて表面上は驚いて見せた後、指揮下の部隊に対NBC戦の用意を命令した。

(サリンをばら撒くとは、やれやれとんでもないことをするものだ……)

前もってシアから教えられていた彼にとって現在進んでいる苦戦も、混乱も規定事項にすぎなかった。前線は混乱しているが、コレヒドールの指揮が行き届くようになれば混乱はある程度は収拾できる。第一次パナマ攻防戦で指揮系統を混乱させられて苦戦した戦訓は生かされているのだ。

「各エリア指揮官にコレヒドールが司令部機能を代行すると伝えろ。独立部隊は敵正面に展開して遊撃戦を行って友軍再編までの時間を稼げ」

「了解しました」

「南米の田舎軍人と宇宙人どもに、我等の世界で無作法を働く輩が、どれほど高い対価を払わされるかを思い知らせてやれ!」

このあとコレヒドールの指示がある程度届くようになると、連邦軍の動きは徐々に組織立ったものに変わっていった。勿論、錬度不足による混乱は未だに続いていたが、それでも命令系統が復活したことでその混乱は少しずつであるが収束していった。

この煽りを食らったのが攻撃に集中していたザフトと南米軍だった。彼等は何者かが神経ガスをばら撒いたとの報告を受けて混乱していた。

これに加えて連邦軍が態勢を整え始めたことで、進撃速度が鈍り始めたのだ。そしてそれにさらなる追い討ちをかける者が現れる。

「今度はパナマかよ、あのおっさん本当に人使い荒いぜ」

「そうそう。全くこれじゃあ新作のゲームもできないよ」

カラミティを操るオルガとレイダーを操るクロトは、自分達を良いようにこき使うアズラエルに対して露骨に不満を漏らす。この様子だと彼の人望と言うのは元々高くなさそうなことが分る。そんな彼等をフォビドゥンのパイロットが諌める。

「五月蝿いよ。仕事に集中しろよ。またお仕置きされるぞ?」

ステファン・ヒルパートはそういって気まぐれな同僚達に仕事をしろと釘をさす。

「わかってるよ、そんなことは」

露骨に嫌そうな顔をしつつも、オルガはシュラークやスキュラを使い、南米軍のダガーや戦車を次々に吹き飛ばす。

基地内部で使えば基地施設も破壊してしまうその破壊力は、遮蔽物の少ない場所で前進してきた南米軍にとっては、カラミティガンダムの名と同じく『災厄』同然だった。

この厄介なカラミティを撃破するべく戦闘爆撃機も向ってきたが、こちらは軒並みレイダーの機関砲やミョルニルによって叩き落されていく。

また強化人間が乗り込んだ他のレイダーは戦場に駆けつけると、次々と南米軍の戦闘機部隊を駆逐してき、南米軍は次第に制空権を失っていく。

そんな急速に劣勢に立たされていく南米軍に容赦の無い攻撃が連邦軍によって加えられる。それは陸と空、そして遥か後方からのものだった。

まず陸からはスキュラを省略し、機体構造そのものも量産に適したものにした量産型ソードカラミティであるツヴァイが押し寄せた。

この機体はソードカラミティのように接近戦だけに特化しているわけではない。機能的にはストライクやアヴァリスに近い。つまりパックの交換によって長距離戦、中距離戦、近距離戦に対応できる機体だった。

ベースとなったのがソードカラミティなのでソードカラミティの量産型と言われるが実質的にはストライクガンダムの派生機といえるMSであった。さらにそれを操るのは強化人間達。途轍もなく凶悪な組み合わせと言えた。

遠距離戦用の砲撃タイプのパックにはシュラークを搭載しており、その破壊力はオルガのカラミティに勝るとも劣らない。さらにストライクのエールストライクを参考にして作られた中距離戦タイプのパックを持つ機体は、空中機動で南米軍の側面に回りこむと、わき腹から攻撃を浴びせる。

ダガーが主力の南米軍は、これらの次世代の高性能機の攻撃の前になすすべもなかった。加えて105ダガーや少数ながら投入されたダガーLが登場するやいなや攻撃隊の先鋒は総崩れになる。そしてさらなる追い討ちが、戦線のはるか後方から放たれた。

「目標、敵後方部隊。味方に当てるなよ」

キャメルが乗るコレヒドールが、南米軍の後方部隊、特に歩兵部隊に対して砲撃を開始したのだ。制空権で優勢に立ったことで観測機を用いた精密な砲撃が可能となった連邦軍はこれまでの鬱憤を晴らすかのように砲弾を撃ち込む。

40cm砲弾を筆頭に次々と大口径の砲弾が降り注ぎ南米軍部隊は次々になぎ払われていく。それは余りに苛烈な攻撃であり容赦がなかった。何しろ南米軍が神経ガスを使用したという情報が全軍に伝わり、そのことが怒りと報復を呼んでいたのだ。司令部へのだまし討ち同然の攻撃がさらに怒りを煽っていた。

「神経ガスを使うような輩に情け容赦はいらん! 徹底的に叩いて潰せ!! 薙ぎ倒せ!!」

「死んだ南米兵だけがよい南米兵だ!!」

苛烈きわまる連邦軍の反撃によって、壊滅、壊走する部隊が相次ぐ。基地に降下した部隊も反撃を開始した連邦軍よって袋叩きにあって全滅する。

「おいおい、これは何の冗談だよ」

これまで順調だった南米軍の進撃が、連邦軍が体制を整えるや否やあっというまに押し止められただけでなく敗走に追い込まれていく姿を見てエドは唖然とした表情でつぶやいた。ジェーンは悔しそうにつぶやく。

「……これが世界最強の大西洋連邦軍の実力ってやつでしょうね」

「所詮、南米軍は弱小国家の寄せ集め軍隊に過ぎないってことか」

もろくも崩れていく南米軍には指揮統制のしの字もなかった。

「引き上げるしかないのか」

そう彼がつぶやいたあと、司令部からの命令がエドのもとに届く。それはパナマ攻略作戦の中止と撤退を告げるものだった。

エドはこの瞬間、この戦争に勝ち目がなくなったことを悟った。



 そのころ、連邦軍の怒りの反撃によって、戦線が崩壊寸前になったことを知ったクルーゼは潮時であることを悟った。

「このあたりで引き上げるか」

もはや戦機は去ったことは明らかだった。このままいても無駄に消耗するだけだった。加えて南米軍が神経ガスを使ったとの情報が駆け巡っておりこのままでは怒り狂った連邦軍によって殲滅されかねない。南米軍の無能ぶりに憤りを感じつつもクルーゼは撤収命令を出す。

「撤退する。各自、指定されたポイントに向かえ」

だがここまでやりたい放題をした彼らをみすみす見逃すほど連邦軍は甘くはなかった。キャメルが放った刺客が彼らを襲う。

追撃部隊としてまずデュエル3機、105ダガー6機、さらにダガーL3機が姿を現した。ラミネート装甲を施したダガーLには、ゲイツのビームライフルは通用せず、逆に返り討ちにあう機体が続出した。機体性能そのものもダガーLが優越しておりゲイツは劣勢に立たされた。

頼みの綱のゲイツがダガーLや105ダガーとの交戦に手一杯になったために、ジンやバクゥは実弾攻撃には無類の打たれ強さを持つデュエルと相対することになった。それは実弾兵器がメインのこれらのMSにとっては悪夢と言えた。

PS装甲によって自分たちの攻撃はあっさり弾かれ、逆に相手のビームライフルは、当たり所が悪ければ一撃で自分たちを撃破できるのだ。初期のザフト軍のパイロットや、かろうじて残っている一部のエースパイロットならば何とか対抗できたかもしれないが、現在のパイロットたちにそれを求めるのは難しかった。

「南米軍に支援を要請しろ!!」

クルーゼは南米軍へ支援を求めたが、南米軍もすでにボロボロの状態であり支援どころではなかった。ザフト軍は連邦軍の防衛線を突破したことで戦線の中で突出した形になり、文字通り袋叩きを受けることになったのだ。

「やれやれ、また負け戦か」

ミサカはザフト軍地上部隊がボコボコに叩かれていく様を見て嘆息した。

『隊長、逃げますか?』

部下からの質問に、ミサカは苦笑いしながら答える。

「それもいいかも知れないわね。私たちになら逃げ切れる……でも、そうやって逃げ延びた後に食べる飯と酒は、きっと美味しくないわ」

『ということは助けますか』

答えを予測していた部下たちは半ば確認する形で尋ねる。

「そうね。あなたたちには迷惑をかけるわね」

『いえ、もう覚悟していました。それに下にいるパイロットたちには餓鬼が多いです。子供を助けるのは大人の仕事です』

「言ってくれるじゃない。それじゃあ覚悟を決めて行くとしましょうか」

ミサカたちが、友軍を支援するべく行動を開始した直後、さらなる災厄を齎す者であるシアとその直属部隊が戦場に姿を現したのだ。

「相手はザフト軍の残存部隊よ。連中はよく踊ってくれたから、せめてのお礼として楽に逝かせてやらないとね」

『判っています』

「それじゃあいくわよ。すべては青き清浄なる世界のために」

ダガーLや105ダガーのみで構成される精鋭部隊が姿を現す。それはすでに崩壊寸前だったザフトからすれば死神同然の存在だった。






 南米軍とザフト軍がパナマで追い詰められていた頃、デブリ帯でザフト宇宙軍が、ある作業に取り掛かっていた。

「核パルスエンジンの装着は終わったか?」

「あと、2時間で終了します」

ナスカ級戦艦で指揮を執っていた指揮官は、この答えにあせる。

「何を手間取っているのだ?」

「連合軍の哨戒部隊に見つからないように作業しようとすれば、多少遅くなるのはやむをえないかと」

「それでもだ。奴らの注意が地上に向いている今しか、チャンスはないのだ。それに特務部隊も動いているのだ!」

「………」

「あと1時間だ。急がせろ」

指揮官の視線の先にあるメインモニタには、小隕石に核パルスエンジンを取り付けているジンの姿が映されていた。








 あとがき

 青の軌跡第41話をお送りしました。次回で南米戦争は終結です。

連邦軍結構苦戦しましたが、結局は反撃でザフト軍と南米軍を文字通り押しつぶし始めます。

地力が違いすぎるので、攻撃側が奮戦した方でしょう。まあこの作戦で敗退した以上、南米の独立戦争での敗北は決定的ですが。

次回では南米軍&ザフト軍包囲殲滅戦(?)と連邦軍の反攻、そして今回の戦いで少しずつ世界はジブリールの望む方向に動きだします。

それでは駄文にもかかわらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

青の軌跡第42話でお会いしましょう。





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代理人の感想

あ、言われた(爆)>趣味に合わない

でもまぁ秘書としては一言言いたくなるのは当然っちゃ当然ですな(笑)。

種本編そのままだったアズラエルがああ言うセリフを吐いたら彼女ならずとも突っ込みたくもなろうってもんで。

しかし癒し系秘書ねぇ・・・その発想自体が既にかなり終わってるような(爆)。

大丈夫かアズラエル。