地球連合軍艦隊旗艦『ワスプ』の格納庫でアズラエルは顔を顰めて御目当ての機体、いやガラクタと言っても良い物体を見上げる。
「ここまで破壊されるなんて……NJCにダメージは?」
アズラエルは目の前に横たわる物体の惨状に頭痛を感じながらも、ワスプに派遣しておいた自分の会社の技術者に尋ねる。
「はい。損傷はありましたが、参考になります。
すでに我が社もNJCの研究はある程度は完成していますので、これで一気に完成品が出来ると思われます」
連合はNJが登場して以降、それを無効化する研究に心血を注いでいた。アズラエルも自社の技術陣に開発を加速させるように
命じており、ある程度基礎的な研究は完成していた。このために、今回鹵獲したジャスティスのNJCを比較的短期間の間で
コピーして大量生産することが可能だ。
「そうですか………出来るだけ早くして下さい。
NJCがこちらの手に落ちたことをザフトに悟られる前に量産体制を確立しなければ彼らがどんな暴挙に出るかわかりませんし」
「判っております。一ヶ月以内に量産体制を確立させます」
アズラエルは自信たっぷりに答える技術者の顔を見て念押しをする。
「頼みますよ」
そう言うと、アズラエルは格納庫を後にした。
そして自室に戻るべく廊下を歩いていると、あちこちから歓喜の声が聞こえてくる。
「ざまぁ見ろ、コーディネイターどもめ!」
「勝った、勝ったぞ〜〜!」
「これで反撃開始だ! 俺達を見下してきたあの宇宙人たちをあっと言わせてくれる!」
このパナマでの戦勝に沸く艦内の騒ぎを避けるように廊下を歩いて、自室に戻った。
「やれやれ、すごいドンちゃん騒ぎだ。まぁ無理も無いか。何せ連合にとってはアラスカに続く勝利だからな」
そう、パナマ攻防戦は地球連合軍の大勝利で幕を閉じた。アズラエルが危惧していたグングニールは使用されること無く、逆にザフト
の立場から言えば使用できず終わった。これによりパナマのマスドライバーは連合の手に残り、迅速な宇宙反攻作戦が可能になった。
そして史実を大きく違うのはやや損傷しているがNJCの現物を入手できたことだ。
ジャスティスは地上に叩きつけられた後、今まで散々にやられていたダガー部隊の復讐を受けた。
手を、足を、頭を次々に潰されこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく叩かれたが、アズラエルの指示を受けた
ブラットレーの命令によってストライクダガーは渋々だが攻撃を中止。その後、レイダーによってワスプに運び込まれたのだ。
最初はジャスティスを見たことのあるはずのアズラエルですらガラクタと見間違えたほどなのでどれだけ破壊されて
いるかは想像に難くないだろう。最もアズラエルにとってみれば重要なのはNJCなのでそれ以外などは大した価値は無い。
技術者から言えば十分に価値はあるかもしれないが、あまりに破壊されていて研究対象となるものが少ないのも事実だ。
「そう言えば、アスランは瀕死の重傷だったな……」
アズラエルはふと思い出したように呟くと、書類が散乱する机の中からお目当ての書類を取り出した。
「……よく生きてたよな。本当、さすがはコーディネイター……いや、神(F監督)の加護でもあるのか?」
書類に記されているアスランの容態は、ナチュラルだったら間違いなく死亡している程のものだった。
まぁホ○っぽいキャラを修は嫌っていたので敢えて見舞いに行こうとは思わなかったが。
(○モっぽい男にわざわざ会いに行きたくはないからな〜さすがに……)
内心でそう呟くとアズラエルはアスランの事を頭の片隅に追いやり、戦死者が書かれた書類に目をやる。
(戦死者は3000人は下らないか……やはり陸上戦艦がやられたのが痛かったか)
3000人もの戦死者は、平和ボケした日本の学生にとってはかなりの衝撃であった。
少なくとも自衛隊は公式には戦死者はいないし、日本の同盟国であるアメリカ合衆国軍も20世紀末からただ一度の戦闘で
3000人もの死者を出したことは、少なくとも修が知る限りはなかった。
アラスカ戦を含めれば、たった二戦で一万人を超える人間が彼の指示によって死んだことになる。
(彼らにも家族も友人も、そして夢も希望もあっただろう。俺はそんな彼らを犠牲にしてしまった。それに……)
戦果が書かれた書類を横目で見る。
(ザフトも多大な死者を出した。コーディネイターとは言え、彼らも人間だ。彼にも守るべき者がいただろうに)
両軍併せれば一万五千人近くの死者を出しているだろう。
さすがにこれだけの死者が出ている事を数字で突きつけられると、彼も怯まざるを得なかった。
(いや、俺は連合を勝利させなければならないんだ。そのためにはザフトの兵士を殺さなければならない)
アズラエルは怯んでいる己を叱責するが、敢えて敵をコーディネイターとは言わなかった。コーディネイターすべてを敵に回すのは
阿呆の所業なのだ。彼からすれば味方になるコーディネターは使えばよいのだ。
(使えるものは何でも使って、倒すべき敵を速やかに打倒する。そうしてさっさと戦争を終わらせよう)
連合にとって有利な形での戦争の早期終結こそが犠牲者を少なくする。
それならば早期の戦争終結こそ自分の役目だ、と自分に言い聞かせてアズラエルは自分の仕事に取り掛かった。
青の軌跡 第6話
ザフトのパナマ攻撃軍はアスランの攻撃で地球軍旗艦コレヒドールがダメージを受けた事によって発生した地球連合軍の一時的な
指揮系統の混乱の隙を突く形で脱出を果たした。だが、アズラエルの乗った第5洋上艦隊と航空部隊の執拗な攻撃もあり、最終的には
かなりの深手を負ってしまった。アラスカでの消耗と併せて考えれば、地上に展開していた軍の余剰戦力の大半を僅か二戦で殆ど消耗
しつくしたことになる。この報告を聞いたザフト軍作戦本部は顔面を蒼白にして、今後の兵力のやり繰りに汲々としていた。
だがこのとき、ザフトにとって兵力の消耗もひどいがより憂慮すべき事態が発生していた。
「ジャスティスが帰ってこない!?」
イザークはクルーゼからジャスティスが未帰還であることを知らされた途端、我を忘れて叫んだ。
「まさか落とされたんですか!? あいつが!!?」
「いや、それはわからない。ただ地球軍の通信を傍受するとどうやらアスランは敵の旗艦に攻撃を仕掛けていたようだ」
「敵の旗艦にですか!?」
「そうだ。恐らく我々が撤退している際に地球軍の動きが急に鈍ったのはそのためだろう」
そう、アスランの攻撃は決してムダにはならなかった。
ジャスティスによる攻撃で受けたコレヒドールが受けたダメージはかなり大きいもので旗艦として機能を維持出来なかったのだ。
ゆえに再び指揮系統が分断され追撃が鈍ったのだ。そのおかげでザフトは全滅の危機を間逃れたのだが……。
「旗艦を攻撃しているときに撃墜された可能性がある……しかし、それよりもっと拙いのは機体が地球軍の手に渡ることだ」
「何故です? 機体が残っていればあいつが、アスランが生き残っている可能性も」
「……イザークには言ってはいなかったが、あの機体『ジャスティス』は核動力で動いている」
このクルーゼの言葉にイザークは息を呑んだ。
「か、核動力? と言う事は……」
「そうだ。我々ザフトはNJを無効化するNJCの開発に成功したのだ。そしてジャスティスにはそれが搭載されている」
「!!」
さすがのイザークも絶句した。
もしクルーゼの危惧どおりにジャスティスが地球軍の手に落ちていたら、それは地球軍が再び核を手に入れることに他ならない。
プラントが核攻撃に晒される可能性がある……そう理解したイザークは文字通り背中に冷たいものを感じた。
一方のクルーゼは冷徹な、いや狂気に犯されているとしか言いようのない思考に基づいて苦悩をしていた。
(もし、アズラエルがNJCを手に入れたとしたら私のシナリオが狂うな……)
この冷酷と言っても良い男は、このままでは自分のシナリオが狂いかねないと危惧していたのだ。
(このままではコーディネイターだけが殲滅されてしまうかもしれん。多少シナリオを変更する必要があるか)
己を神に代わって人を裁くものとする男は、己の望みである人類抹殺を達成するために新たなシナリオを描こうとしていた。
様々な思いを秘めつつ、ザフト艦隊はカーペンタリアへ向かう。
パナマ戦の翌日、アズラエルはジャスティスだった物を積み込んだ輸送機と共に北アメリカの本社施設に向かった。
特別機を用意することも出来たのだが、わざわざ自分ひとりの為に貴重な燃料を使うのは惜しいと考えて輸送機に同行した。
最も乗ってすぐにその決断を後悔したが……。
(尻が痛いな〜座り心地も悪いし。民間機にすればよかったかな?)
そう思いつつ輸送機のやや座り心地の悪い椅子の上でアズラエルは最近の国内の情勢についての報告書を読む。
(想像以上に拙いな。まぁTV本編じゃあ全然描写無かったからな〜)
アズラエルは国内の状況に顔を顰める。何せ書類に記された報告は余りに酷かった。
(電力不足か……何とか北アメリカは立て直したが、南アメリカあたりは酷いな)
エネルギー不足によって超大国の大西洋連邦と言えども疲弊は免れ得なかった。
火力発電、水力発電、太陽光発電、風力発電等考えられるだけの方法で電力を供給することで北アメリカはかろうじて持ち直したが
南アメリカなどはまだ酷い電力不足に悩まされており、治安悪化の原因になっていた。
(こんな戦争は一刻も早く終わらせる必要があるな………最も大西洋連邦の勝利による終戦だけど)
プラントに勝利する……それだけの為に多くの民間人はこの苦境に耐え凌いでいるのだ。
これを裏切るような事があれば、現政権はあっさりとひっくり返るだろう。
いやそれだけではない。元々プラント理事国は資源をプラントに依存していたのだ。
今は何とかやりくりしているが、プラントの独立など絶対に認められるわけがない。
大体、プラントを建設するのに必要な資金を出資したのはアズラエル財閥を含めた財界なのだ。
投資した資金も完全に回収できないうちに手放せるわけがない。
(投資家としてはプラントは出来るだけ無傷で制圧したいな……農業用プラントはぶち壊しても構わないだろうけど。
と言うか何で本編ではああもあっさりとプラントをぶち壊そうとしたんだ?
戦前までの関係からみれば、プラントは出来れば無傷で制圧する必要があったのは分かりきっている事だろうが……)
思わず本編の穴だらけの設定に頭痛を覚えるアズラエル。
(しかしジェネシスの問題もあるし、どうするかだな。はぁ……)
地球上の全生命の半数を一瞬のうちに焼き滅ぼす事の出来る悪魔の兵器ジェネシス。
いずれは潰さなければならないが、もしジェネシスの存在が表沙汰になればコーディネイター脅威論がますます台頭するだろう。
誰しも自分達を一瞬で焼き殺す事の出来る兵器を自分達の頭上に作る事のできる相手を心から信用しないだろう。
ましてや、その兵器を作り上げるのは自分達ナチュラルに取って代わろうとするコーディネイター。
最悪の場合、コーディネイターの殲滅を実践しようとするキチ○イが出てきてもおかしくない。
TV本編ではコーディネイターに対する虐待ばかりが大きく取り上げられていたが、実際にはコーディネイターによって
引き起こされた犯罪も多く存在した事をアズラエルの記憶から修は知った。
コーディネイターの力はナチュラルのそれを大きく上回る。彼らが本気で犯罪を起せば簡単には捕まらない。
コーディネイターの一部がナチュラルに植えた恐怖心がさらにコーディネイターに対する迫害を強めていったことは疑いもなかった。
そう言った積み重ねが大西洋連邦の世論をコーディネイター憎しで固めたのだ。
さらに悪い事に一部の政治家にはコーディネイターを本気で殲滅せよと声高に叫ぶ人物もいる。
多くの政治家は戦前の状況に戻せば事足りると考えているようだが、世論の動きによっては議会がコーディネイター殲滅を
決定しかねないと言う状況でもある。いつの世も政治家とは世論を気にするのだ。
尤も本当に有能な政治家は世論を作り上げて、自分の意思を通すものなのだが……そこまで優秀な政治家はそう多くはない。
政治工作には長けていても、本当に優秀な政治家が多いかと言えばうそになる。
まぁそれでも修が住んでいた日本よりは有能そうな人間が多いのがせめてもの救いだが……。
(強硬派を抑えるにはやはり穏健派を強めないといけないか……かと言って俺が根回しするわけにもいかないし)
アズラエルはこれからやらなければならないことの多さと、その難しさに胃痛すら感じ始める。
(くそ、面倒ごとばかり起こる。はぁ……)
さすがのアズラエルも連日の激務の疲れが出たのか眠気に襲われる。
(新型機の設計についての書類を書き終わったら寝よう)
眠気と戦いつつ書類に必要事項を書き込み終ると、アズラエルは押し寄せる眠気にその身を委ねた。
アズラエルは輸送機の中で僅かな休息を取った後、北アメリカの本社に戻るや否や仕事に取り掛かった。
「NJCを搭載したMSですか?」
「そう。できれば開発期間は一ヶ月」
アズラエルは本社に帰ってくるなりNJCを搭載したMSの開発を指示した。しかも期限付きで。
彼はザフトはジャスティス、フリーダム等の強力な機体を投入してくるだろうと考えていた。
それらに対抗する為にはどうしてもこちらも強力な機体が必要になる。そう思いアズラエルは指示したのだが技術者達は浮かない顔だ。
「しかし、新型機の開発には時間がかかりすぎます。短期間では不可能です」
一ヶ月で完成させろと言う命令に難色を示す技術者達だが、アズラエルは引かなかった。
「別に全く別の新型を作れとは言わない。バスターやデュエル等の既存の機体に核動力炉を搭載できない?」
「設計の変更ですか?」
「出来ない、と?」
アズラエルの問いに会議室にいた技術者達の多くは首を横に振る。
「いえ不可能ではありませんが、整備性と操縦性から判断すると非常に扱いにくい機体になります」
原子炉は決して扱いやすいものではない。ましてそんな物騒な品物を抱えてMSが機動戦闘をするというのだ……安全(?)に戦闘を
を行うためには、整備兵たちの並々ならぬ苦労が居るだろう。いや、仮に機体が被弾して放射能が漏れたら目も当てられない。
「それに出力に関してはやや鹵獲した機体よりは落ちます」
技術者はガラクタとなったジャスティスを調査した結果を思い出しながら答える。
「構わないよ。別にあれと同等の物を量産するつもりはないし」
「宜しいので?」
「良いよ。戦争は数が物を言う。多少の質の差は物量で押しつぶせばいい」
「……わかりました。それではこれから新型機の設計に掛かります」
「頼みますよ。ああ、それと白兵戦用MSのほかに拠点攻撃用の大型MSの開発をやってもらいます」
アズラエルの言葉に多くの技術者達が顔をしかめる。
「拠点攻撃用MSですか?」
「そう。拠点攻撃用MS。こいつは時間を掛けても構わないけど、これもしっかり頼みますよ。
それはそうと、例の要塞攻略兵器の完成具合はどうです?」
開発を任せておいた技術者の方を見て尋ねるアズラエル。
「はい。原理は単純なために順調に開発は進んでいます。あと1ヶ月〜2ヶ月程度あれば完成できるかと」
「よろしい、頼みますよ」
その後も幾つかの打ち合わせを済ませると、次にアズラエルは大西洋連邦軍参謀本部に赴いた。
軍の重鎮達と今後の建艦計画の打ち合わせをするために。
ワシントンに置かれている大西洋連邦軍参謀本部に向かう車の中でアズラエルは建艦計画の進捗状況を記したレポートを読んだ。
(中々順調だな……このままいけばかなりの数のMSとその運用母艦を手に入れられる)
そこにはサザーランド大佐を通じて行わせているMSを運用可能な艦艇の建造状況がこと細かく記されていた。
そしてそのどれもが順調に進んでいることを示していた。
新型機の開発を急かせる一方で、アズラエルはMSを運用可能な艦艇の建造も急がせている。
月面基地ではアークエンジェル級の建造と、既存の艦艇にMSを搭載できるように改装する工事が急ピッチで行われていた。
これにアズラエルは短期間で建造可能な輸送船を改造した空母の建造を後押しした。
『戦いは数だよ、兄貴!』等と言った某中将殿のようにアズラエルに宿る修は物量主義者であるためだ。
これからの宇宙での戦いはMSで制空権を握れるかどうかに掛かっている。それなら1機でも多くのMSを戦場に持って
いけるように1隻でも空母は増やすべきだ、それがアズラエルの考えだった。だがこれに懐疑の声を挙げるものも少なくなかった。
「輸送船改造の空母では耐久性に問題があるのではないかね?」
大西洋連邦の高官が集まる会議では、多くの軍人たちがそう言って難色を示す。
特にブルーコスモスの細胞の侵食を嫌う自称良識派たちが文句をつける。
政治家はこの事業で利益を得られる造船業界に懐柔させたが、愛国心溢れる一部の軍人たちにはそんな下賎な手段は通用しない。
よって理屈で納得してもらうしかなかった。
「ですが今から多数の正規空母を建造するよりかは安上がりですよ。それにこれを前線に出す必要は無いと思いますが?」
「前線に出さないと?」
「ええ。アガメムノン級をMSを運用できるように改装した艦を前線で補給母艦にすればよいのです。
まぁ欲を言えば現在建造中のMS運用母艦のエセックス級空母が揃えば問題はないのですが」
「つまり輸送船を改造した母艦は単に前線にMSを運ぶだけだと?」
「その通り。いざ戦闘になった際には防御力の低い彼らは後方で待機させ、前線での補給は一線の艦艇に任せれば良いのですよ」
「だがそれだけの数の艦船やMSを建造できるかね?」
「そのためのNJCです。あれを量産してエネルギー不足を解決すれば上手くいきますよ」
アズラエルは入手し、量産を可能にしたNJCをまずは原子力発電所に配備してエネルギー不足の解消を図ることを提案した。
本来ならさっさと核ミサイルを使って戦争を終わらせたいのだが、艦隊を動かすにはそれなりの準備が要るので方針を変えたのだ。
搭載するMSの生産と配備したMS部隊の訓練、それに新造艦やMSを搭載できるように改装した艦船の完熟訓練などと
動員する前には色々とやることがあった。
よって、まずは十分な戦力を整えた後に改めてプラント本土に攻め込むことにしたのだ。
NJCの設置によってエネルギー事情が好転すれば、大西洋連邦、いや地球連合各国はその隔絶した生産能力をフルに使って
史実を遥かに上回る兵器を量産することが出来る。そうなれば国力に劣るプラントでは数では太刀打ちできなくなる。
最もザフトがジェネシスを使用すれば話は別だが、アズラエルはそのことも考慮に入れていた。
(現時点で準備を進めれば史実よりは戦力が増した状態で戦えるな)
設定資料の年表を頭の中で思い浮かべながら、アズラエルは日程を決めていく。
何せ相手がトチ狂ってジェネシスを地球に向けて撃てば、地球上の生命は半数が死に絶える。
そんな事態だけは避けなければならない。しかし今から準備出来る戦力だけではザフトの宇宙軍をすべて殲滅するのは難しい。
出来ないことはないだろうが、戦えばかなりの消耗は免れない。味方の犠牲は最小限にするのは彼のポリシーだ。
(………まぁ狙いをジェネシスに絞れば、作戦の立てようはいくらでもあるか)
ただいずれにしても、ジェネシスの情報が入らないことには正式な軍事作戦として提案できない。
(どちらにしても情報が入らないことには動けないか。しばらくは雌伏の時だな)
今後の戦略を考えつつも、アズラエルは軍人達との質疑応答を繰り返した。
「疲れたな………」
会議が休憩になると、アズラエルは与えられた休憩室でネクタイを緩めてだらけた。
「まったく疲れるな、軍人の相手は」
アズラエルはこちらの提案に中々首を縦に振ってくれない将軍連中に悪態をつく。
最も彼ら軍人から言えば戦争に素人が口を出すなと言う感情があることはアズラエルも感じてはいた。
しかし自説を正しいと考えるアズラエルからすれば、それは頭が固いとしか思えなかった。
(まぁ良い。こちらにはNJCの確保とマスドライバーの防衛成功と言う功績があるんだ)
ふたつの功績を盾にしてアズラエルは前例が無いだのと言う将軍達を説き伏せることを決意した。
NJCによってエネルギー不足が回復した地球連合は、その絶大な国力で次々にMSや艦艇の量産を加速した。
戦艦、駆逐艦が次々にドックで組み立てられていく。MSも現在生産しているGAT−Bシリーズに替わり、より生産性を重視した
Dナンバーで量産が始まるのは、デュエル、バスターで、他に特殊部隊用、偵察部隊用としてブリッツなどがあった。
また、ストライクの代わりに105ダガー、イージスの代わりに正式採用されたタイプのレイダーの生産も決定した。
一応ストライクの生産は続行されるが、あくまでも指揮官機に割り当てる程度にとどめることになる。
このように一旦エネルギー不足を解消すると、地球連合の戦力の回復は急速に進む。
この回復力の差が戦場で現れる日もそう遠くはなかった。
だが、このように戦力が急速に回復しつつあるのを見た強硬派はそれこそ鼻息をあらくして、反撃作戦を叫びはじめた。
その叫びにはコーディネイターによって、精神的に虐げられてきたナチュラルたちの鬱憤が満ちていた。
コーディネイターと言うナチュラルを超えた者達によって種として駆逐されていく恐怖は、憎悪と怒り、拒絶を呼んでいた。
膨れ上がる憎悪の連鎖を止める手立てはアズラエルにはなかった。
「鼻息が荒くなっているな、強硬派は……こっちの苦労も知らないで」
さすがのアズラエルも、これには手を付けられない。下手をすれば己の暗殺を招く。
かと言ってこのまま最果てのない殲滅戦争になれば、戦後に損をするのは自分達であることを理解しているアズラエルは
何とか状況を変える必要性があると理解はしていた。
「……連中を頼るしかないか」
アズラエルの頭に浮かんだのは、オーブのウズミ代表と、アズラエルの記憶の中に忌々しい感情と共に記憶されている赤毛の美女。
「マリア・クラウス………彼女に今一度、組織に復帰してもらうしかないか」
かつてブルーコスモス穏健派の代表格だった才女……今は史上最年少の大西洋連邦上院議員を務める彼女こそ
強硬派を抑える切り札だった。現在、彼女はブルーコスモスとは距離を置き、穏健派に比較的近い中道派であった。
その彼女が今一度ブルーコスモスに加わることはかなりの波乱を起すだろうが、アズラエルにはそれしか手がない。
(彼女で強硬派を抑えつつ、オーブを仲介役にしてプラントとこの戦争の落としどころを探るしかないか……)
「面倒なことになったよ。全く」
戦争やるより、こっち(内政)のほうが精神的に胃に悪いんじゃないのか、と思い始めるアズラエルであった。
だが彼の目論見の一方は、後に敢え無く崩れることとなる。
アズラエルが反攻作戦のための準備を整えようとしている頃、彼が予期せぬ動きが、ある場所でうごめいていた。
『アズラエルがNJCを確保した。これで戦争の早期終結の道筋がついたと考えるべきかな?』
『しかしプラントを叩き壊されては、我らが投資した資金を回収できなくなりますが』
『否定はせんが……このような大戦を二度も三度も起こされては溜まらん。何かしらの手を打つ必要があるだろう』
アズラエルの要求を受けてパナマに増援部隊を出させた軍需産業連合のお偉方が、通信回線を通じて密談を繰り広げている。
彼らの議題は今後の戦争を如何に展開させて自分達の利益と安全を確保するかであった。
『プラントを殲滅するにしても、属国に戻すにしても、それを判断する時期ではない』
『確かに。彼らを地球からたたき出すことが優先ですな』
彼らにとって自分達が投資した企業群を失う戦争は好ましいものではない。そんな彼らにとって、今のザフトの動きは非常に
目障りであり、脅威であった。
『今のところ、問題は中立国、特にオーブですな。かの国は未だに太平楽を決め込んでいる』
『彼らはプラント製の安い工業製品をラベルを張り替えて輸出し莫大な外貨を稼いでいる。これは我らにとって好ましいことではない』
プラント理事国は、プラントから大量の資源と工業製品を安値で搾取することで莫大な富をなしてきた。しかしそれは逆に各国の
製造業の衰退を意味している。理事国の産業構造はプラント稼動以来、大きく変わり金融、娯楽、軍需などが中心になっていた。
だがさすがにプラントとの関係悪化が懸念され始めると、彼らは莫大な資金を投資して製造業の復活を促した。実際には、NJに
よるエネルギー不足とザフト軍の降下作戦によって製造業の復活は大きく遅れたものの、アラスカ戦の前あたりには本格的に復活を
果たした。だがここで問題となるが、オーブから流れる大量の安いプラント製品だった。地球連合各国にプラントからの工業製品が
出回れば、必然的に理事国所属の企業が作った製品は売れなくなる。それは、戦争に必要となる製造業の衰退を意味する。
そして同時に、彼らの財政事情を著しく悪化させるものになるだろう。
『確かに生産ラインが復活するまでは、奴らの製品が必要だったのは否めん。だが、今は状況が違う』
『特にオーブに対して何らかの処置が必要ですな』
この言葉に、大勢が頷いた。
『そういえば、大西洋連邦国務省がアンダーソン将軍と手を組んで独自に交渉を行おうとしているようだが……』
『水面下の交渉だろう? 私のところにも入ってきているが……それがどうかしたのかね?』
『この交渉の相手であるクライン派が、アラスカ、パナマでの敗退の責任を追及することで勢力を盛り返しているらしい』
『つまり早期に和平が実現する可能性があると?』
『私は無理だと思っているがね。少なくとも今のプラントが呑めるような条件を、こちらの市民が認めるとは思えん』
『まぁ彼らの交渉が我らにとってどれだけの利益になるか、それを見てから判断しても遅くは無い』
『では、今しばらくは戦争の継続を』
この言葉を最後に通信は途絶えた。