パナマ攻略戦での敗退はプラントに暗い影を落としていた。

報道管制こそひかれて正確な情報は市民には伝わってはいないものの、ザフトが再度敗北した事は噂として広まっていた。

多くの市民は戦場に出征している自分達の家族を憂い、そして正確な情報の提示を政府に求めるようになっていた。

「情報管制はどうなっているのだ!」

パトリック・ザラは執務室で補佐官を怒鳴った。

すでにあちらこちらから責任追及の声が挙がっていることが彼を苛立たせている。

彼から言わせれば、この一連の敗北の原因はクライン親子の情報漏えいであり、自分の責任ではない。

それにも関わらず自分の責任と言い立てる穏健派議員や市民……そんな彼らにパトリックは憎悪を超えて殺意すら抱いていた。

「情報管制は敷いていますが、何せこれだけの敗北が重なるとどうしても情報の漏洩は防ぎきれません」

「それをどうにかするのが貴様の役目だろうが!」

んなことできるかい、と心の中で突っ込みを入れる補佐官。色々と出てくる不満を喉もとで押しとどめて宥めるように言った。

「わかりました。こちらでも色々と手段を講じてみます」

そう言った補佐官を睨みつけて、不機嫌そうにパトリックは退室を命じた。

だがパトリックも怒鳴り散らすだけの無能ではなかった。と言うか無能では最高評議会議長に上り詰める事などできない。

「ナチュラルどもは恐らく調子の乗って宇宙に上がってくるだろう。それにビクトリアを奪い返しに来る可能性があるな」

頭を冷静にして、パトリックは現在の戦況を分析する。

「グングニールは使えなかったものを、ビクトリアとカオシュンに設置させるか。

 ナチュラルどもにこれ以上マスドライバーを与えるのは拙い」

超伝導体であるマスドライバーなら、グングニールで破壊できると彼は踏んだ。

「それに地上から全軍を引き上げるべきだな。これ以上地上での戦線維持は効率が悪い」

ジェネシスと言う切り札の完成を急がせているパトリックは、地球軍と蹴りをつける舞台を宇宙にする方針に転換した。

そしてもうひとつ、彼は史実にない決定を下す。

「バルトフェルドには、今一度地上で踏ん張ってもらうか」

それは史実になかった様々な影響を歴史に与えることとなる。







          青の軌跡 第7話




 地球連合軍最高司令部『グリーンランド』では今後の戦略についての話し合いが開かれていた。

「パナマ防衛戦は見事だったよ、アズラエル」

連合首脳はアズラエルの手腕を褒め称えた。

何せパナマを守りきった事で、連合軍は迅速に宇宙で反撃に移ることが出来るのだ。

「いえいえ、僕だけの成果だけじゃありませんよ。兵士達ひとりひとりのおかげです」

アズラエルは連合首脳陣の賞賛に対して謙遜してみせるも、決して悪い気分ではなかった。

「それよりも問題は宇宙での反撃準備です。まぁこちらのほうは急ピッチで進んでいますが」

ストライクダガーの量産は急ピッチで進んでおり、すでに1000機近くが配備されている。

宇宙艦隊の再建も急ピッチで進んでおり、宇宙での反撃作戦の準備は整いつつあるのだ。

「こちらとしては、ビクトリア奪還作戦を行いたいのだが………」

「わかっています。そちらに供給するMSの生産も順調ですのでご安心ください」

これに安心する首脳陣。だが、その中で東アジア共和国外相のタケウチ・コウゾウがある懸案事項を口にした。

「オーブはどうします? かの国は未だに中立を崩そうとしない」

「確かにビクトリア奪還を目指すより、オーブにマスドライバーを寄越させたほうが効率がいい」

「それにモルゲンレイテ社も使えれば文句はありませんな」

タケウチの発言に数人の首脳陣がオーブの参戦を促すような発言をする。

(馬鹿な、何で史実では反対したはずのユーラシアとアジアがそんな発言をする?)

ユーラシア連邦と東アジア共和国の発言に内心で驚きを隠せないアズラエル。

「まぁあなた方の意見も分かりますが、早急に彼らが必要と言うわけじゃありませんから、現状維持って言う所が妥当でしょう」

オーブ戦は避けたいアズラエルはそう言ってオーブを庇う。

(オーブ戦にMS回すならビクトリア、ジブラルタルの攻略戦に回したほうが遥かに有益だろうが。

 それに仮にオーブを攻めても得られるものなんてひとつも無いんだぞ?)

TV本編でウズミが自爆したのを思い出す。

(……しかし、あの爺さんは碌に戦後処理もせずに勝手にマスドライバーや各施設ごと自爆したよな。

 よく考えると、あれってかなり無責任じゃないのか……オーブの国民が後でどういう目にあうか分かってやったのか?)

アズラエルはウズミの行動を思い浮かべて検証した。

しかし深く考えれば考えるほど頭が痛くなるのが分かったので、アズラエルはそこで考えるのを止めた。

(まぁ……ようするに、オーブに攻め込んでも骨折り損のくたびれもうけになる可能性が大だからな。

 それに俺としてはオーブにはプラントとの停戦交渉の仲介役になってほしいし……)

また、戦後にコーディネイターの迫害がさらに加速した場合にはコーディネイターを受け入れるオーブの存在は貴重なものとなる。

ましてもし強硬派を止められずにプラントに核を打ち込むようなこととなったら……コーディネイターは絶滅する。

コーディネイターの力が今のところは必要であることを理解しているアズラエルはそんな事態は避けたかった。

同時に国民に後始末押し付けて自爆するような爺さんに助けを請わなければならない状況に忸怩たるものを感じていた。

(何であんな奴に頭を下げて頼む必要があるんだよ? 全く……)

心中で溜息をつきながら、サラリーマンって言うのはこんなに辛い思いをしなくちゃいけないのかね、と

モー○ングでやっているサラリーマン漫画を思い出す。

そんなアズラエルの心の内など知る由もない首脳達はなおもオーブ攻略を望んだ。

彼らにとって見れば、オーブはザフトよりも捻じ伏せやすい相手なのだ。それにオーブ制圧は様々な利益を彼らにもたらす。

逆にビクトリアのザフトは未だにそれなりの勢力を有している。下手をすればマスドライバーを自爆させかねない。

そのために確実な成果(利益)を出せそうなオーブ攻略作戦に彼らは固執した。

「だがね、アズラエル。ここでオーブを叩いておけば地上では完全に覇権を手に入れられるのだよ?」

「オーブのような小国を屈服させても利益などありませんよ。邪魔なら戦後に封じ込めれば良いだけです」

「しかしオーブ企業が最近こちらの市場を侵食していると財界から苦情が来ているのだよ」

「中立を気取って甘い汁だけをすっている輩には、戦後にその代価を支払わせればいい話です。

 だいたい、連中を屈服させるのだったら経済封鎖をすれば良いのです。資源の輸出を止めるだけで事足りるでしょう」

武力行使に持ち込みたがる連合の首脳を、アズラエルは何とか説得させようとする。

(おいおい、史実とはまったく逆の展開かよ……それとも歴史は異なる流れを修正しようとしているのか?)

内心で『どうしてこうなるんだ?』、と呟きつつもアズラエルは強硬意見を抑えることに成功した。

かくしてこの日の連合の首脳会議は、ビクトリア奪還作戦の実施と中立国に対するさらなる圧力強化を決めただけに終わった。

しかし数日後の緊急報告で事態は風雲急を告げる。




「オーブを攻撃する!?」

アズラエルは本社の執務室で大西洋連邦のお偉方から入ってきた連絡に耳を疑った。

「そんな馬鹿な!? 前回の首脳会議ではオーブへは警告のみと決まったはずだ!」

アズラエルは冗談だったら許さないぞ、と言わんばかりにモニターに映る大西洋連邦の高官相手に聞き返した。

『これは地球連合の首脳陣が決定したことなのだ。アズラエル理事、君でも逆らう事は許されない』

「一体何があったんだ!?」

アズラエルの詰問口調の声に多少顔を顰めながら高官は答える。

『オーブはザフトと手を結んでいることが判明したのだ』

「オーブがザフトと手を組んだ? その証拠は?」

『オーブにはザフトの最新鋭MSがある。君がパナマで鹵獲したジャスティスとか言うふざけたネーミングのMSの兄弟機、

 軍の情報部の調査の結果では『フリーダム』とか言われる機体だ』

「つまりフリーダムがあることがザフトとオーブが手を組んでいる証拠だ、と?」

アズラエルは不味い時に拙いところに逃げ込んでくれたキラに対して殺意を抱き始めた。

(あの馬鹿が! お前のやっている事は単に戦火を拡大させているだけだろうが!!)

無論、そんな怒り狂うアズラエルの内心に気付く由もなく、高官は話を続ける。

『そうだ。NJCと言う最高機密に値する物を搭載しているMSを持っていることがオーブとザフトが手を組んでいる証拠だ』

アズラエルの指示したプラントにおける情報収集の強化で、連合には次々にザフト軍の情報が入ってきている。

ザフトの防諜意識が薄いのか、最高機密に属するものも簡単に手に入ってしまうのだ。

ゆえにフリーダムがNJCを搭載している機体であることも即座に判明した。

アズラエルは高官の話を聞いて『まぁ普通はそう思ってもおかしくないか』と思い、やや冷静さを取り戻す。

そしてある程度冷静さを取り戻すと、アズラエルは高官の話で気になった事を尋ねた。

「……ひとつ聞きますが、そちらは他の連合諸国にNJCの存在を」

『いや、教えてはいない。だがわが国の情報機関の中に潜り込ませたスパイからNJCの存在をつかんだようだ』

「まさか、こちらがNJCをすでに持っていると言うことも?」

『それは言っていない。だが連中は薄々こちらがNJC、もしくはそれに繋がる情報を手に入れたことを察知しているようだ。

 だからユーラシアはオーブ攻撃を主張したよ。恐らく我が大西洋連邦に対抗するためにフリーダムを手に入れたいのだろう』

「だがユーラシア連邦は先のアラスカ戦で消耗しているはずですよ。そんな彼らにオーブに戦力を回せるほどの兵力が?」

アズラエルの指摘したことは他ならぬ事実であった。

ユーラシア連邦軍は先のアラスカで少なくない兵力を失っている。

さらにビクトリア奪還作戦を間近にして、オーブにまで上陸部隊を派遣する兵力があるわけがない。

『どうやらユーラシア連邦はこちらがビクトリア奪還の為に供与したMSを、オーブ攻略戦に振り分けるらしい』

「!!」

さしものアズラエルもこのユーラシアの暴挙には絶句した。

「連合首脳会議での決定を覆すことを見逃すつもりですか?」

怒気をはらんだアズラエルの問に高官は涼しい顔で答える。

『彼らはビクトリア奪還もするから不履行ではないと言っている。それに連中は君の会社にMSの追加注文を出すようだ。

 そちらから見れば、絶好の金儲けの機会ではないのかね?』

高官から言えば死の商人であるアズラエルが儲ける事は自分への政治献金の増加を期待できることであり、

パナマのマスドライバーが確保できている現状から言えば別にビクトリアの奪還が失敗しても構わないらしい。

このお気楽な高官の言葉を聞いたアズラエルは頭痛が限界に達した為か、軽い会釈をした後に通信を切った。

そして頭を抱えつつ、アズラエルは今後の展開を憂慮した。

「拙いな………ビクトリア奪還が失敗する可能性もある。それにオーブ攻略戦も上手くいくか?」

あの反則的なパワーを持った機体を思い浮かべて、アズラエルは思いっきり顔を顰めた。

それにユーラシアがやる気満々であると言う事は、あちらは大西洋連邦軍が介入する事を嫌うだろう。

そうなればGATシリーズを介入させることも難しい。

ビクトリアに向かわせなかったソキウス達や二馬鹿がいないとフリーダムを叩くのは難しくなる。

それは戦死する人間が、いや死ぬ人間が増える事を意味する。

フリーダムが介入する事で戦闘が長期化すれば、いや仮にユーラシアの攻勢を頓挫させれば連合は本気でオーブに攻め込まざるを得ない。

そうなればどう足掻いてもオーブの滅亡は避けられない。そしてそれは史実と同じ事態が引き起こすだろう。

「くそ、折角死ぬ人間の数を少なくしようと俺が動いているのに、どうしてこうも他の連中はそれを台無しにする!

 何でたった一つしかない命をもっと大事にしようとは思わない!」

何とか自分に出来る限り穏便な方向で戦争に決着を付けようとしているアズラエルにとってはこれは到底容認できない。

死人を少なくして、できるだけ穏便な戦後を迎えると言うアズラエルの計画は、早くも危機に陥っていた。

しかしそれを是正する手段がないこともアズラエルは自覚していた。

「もう俺に打てる手は無い。あとは後始末を上手くやるだけだな」

これから死ななければならない人間達のことを思い、アズラエルはため息をつき、そして心のそこから怒鳴った。

「どいつもこいつも人の邪魔ばかりしやがって! そんなに戦争をしたいのか!!」

オーブ戦はユーラシアに任せるしかない……アズラエルに出来ることは死者が史実より少なくなるように願うだけだった。

しかし……その願いは神に届く事無く、人類は再び大罪を犯すこととなる。








 地球連合軍は数日後にオーブがザフトと繋がっているとの情報を、入手したフリーダムの映像つきで全世界に流した。

この情報にオーブ、そしてプラントに動揺が走る中、地球連合軍はオーブに最後通告を送りつけた。

「最後通告だと!?」

ウズミは吠えた。オーブ行政府の会議室に集まった首長達は地球連合軍から突きつけられた要求に唖然としていた。

ホムラが重苦しい表情で通告文を読み上げる。

「『現状の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄したばかりでなく、ザフトと協力体制を築いた

 オーブ連合首長国に対して地球連合軍はその構成国を代表して以下の要求を通告する――』」

「『1.オーブ連合首長国現政権の即時退陣、2.連合のマスドライバー無条件使用の認可、

  3.ザフト軍の新型MSの連合への引渡し』」

首長達の間に困惑した声が広がる。

「『四十八時間以内にこれらの要求の受け入れなき場合、地球連合軍構成国はオーブをザフトの同盟国家と見做し

 武力を持って対峙するものである』」

「一体、どういう茶番だ!」

ウズミの怒声に、他の首長達は顔を見合わせる。

だが他の首長からすれば、2番以外の条件なら呑んでも構わないのではないか、そう思う人間が少なからずいた。

「大西洋連邦のある筋からの情報では、この動きの背後にはユーラシアと東アジアのごり押しがあったそうです。

 特にユーラシアはあのフリーダムと言う機体を引き渡せば、要求を緩和することもありうるそうです」

「あの機体をか?」

つい先日、突如オーブに転がり込んだ謎のMS。核エネルギーで動いているこの機体はアスハ家によって匿われた。

だがアスハ家の者以外の他の家の者は心の中で厄介者扱いしていた。故に彼らはフリーダムの売り渡しを求めた。

「あの機体を引き渡して条件闘争に入れば、連中も無理な要求を引っ込めるかもしれません」

「その通りです。あのザフト製MS1機の為にオーブを戦火に曝すわけには行きません!」

パナマのマスドライバーが健在な今、オーブのマスドライバーが絶対に必要と言うわけではない。

何とか交渉次第では穏便に、とまではいかないが何とか戦火を免れるかもしれない……その思いが他の首長達を動かしていた。

だが首長達の思いを裏切ることが起こる。

「た、大変です。プラントがフリーダムの返還を要求してきました」

飛び込んできた秘書官の台詞に多くの首長達は腰を浮かして驚いた。

「「「何!!?」」」

「どういうことだ?」

ウズミが秘書官に説明を求める。

「はい。プラント政府はあのMS『フリーダム』は先日に軍の工廠から奪取されたザフトの最新鋭MSであると言っており、

 フリーダムの即時無条件の返還を求めてきたのです。もしこの要求が履行されない場合は武力を持ってこれに対処すると」

「「「………」」」

首長達は顔を見合わせて押し黙った。

もし連合にフリーダムを引き渡せば、ザフトが敵。ザフトに引き渡せば、連合が敵。

どちらの道を選んでも破滅しかない。

ここに至り、オーブが完全に追い詰められたことを首長達は悟らざるを得なかった。





 カーペンタリア基地では、クルーゼが執務室でパトリックから送られてきた命令書を読んで冷酷な笑みを浮かべていた。

「なるほど、議長閣下はオーブがこちらの要求を呑まない場合はフリーダムごとオーブを潰すつもりか」

そうパトリック・ザラは連合の発表でオーブにフリーダムが存在することを知り、慌てて返還要求を突きつけた。

仮にオーブが連合に屈してフリーダムを引き渡せば、連合にNJCだけでなく、最新鋭MSの技術が渡ることとなる。

ジャスティスがパナマで行方不明になっていることも深刻な問題だが、フリーダムがそっくりそのまま敵に渡るのはさらに容認できない。

故にパトリックは非人道的とも言える決断を下した。

「パナマでは使用できなかったグングニール、そして……」

クルーゼは書類に書かれている兵器の名前を見て笑みを深くする。

「私が思っていた以上に、扉は早く開くかもしれんな」






 ユーラシア連邦海軍、東アジア共和国海軍の洋上艦隊を中心とする地球連合軍艦隊が太平洋を南下する。

また、この地球軍の動きに呼応するようにザフト艦隊もカーペンタリア基地を出航、一路オーブに向かう。

後々の世まで語り継がれることとなるオーブ戦が始まろうとしていた。




























代理人の感想

うーむ、歴史を変えるのって難しいですねぇ。

そこらの逆行SSでも散々に証明されてますが(笑)。

 

作中にもありますが、大西洋連合が出張らないって事はアズラエルが関わらない可能性も高そうですが・・・・。

今回ばかりはただの傍観者か、あるいは裏方かな?