地球連合軍艦隊を迎撃する為に、オーブは全軍に臨戦態勢を発令した。

しかしその軍を束ねる首長達の大半は、フリーダムという厄介者のせいでオーブが巻き込まれたと言う感情が強かった。

「全く、あの厄介者は一体、どれだけわが国に迷惑をかければ気が済むんだ」

「その通りだ。ウズミ前代表にも困ったものだよ」

「あれがザフトの兵器であったことも、拙かったですな。あれの存在のせいでわが国はザフトの同盟国家と見なされた」

オーブがザフトの最新鋭MSを有しているとの情報は、オーブがザフトと繋がっていると言うイメージを多くの国の市民に与えた。

真実を知る者からすればオーブが無実であることは明白なのだが、その真実を知る者は殆どいない。

その為にオーブの対外的な立場は刻一刻と悪化した。すでに在外のオーブ人が暴行を受けているとの情報もある。

状況を悪化させるすべての元凶はフリーダム……その事実が彼らに暗い感情を抱かせる。

「あれさえ無ければ!」

吐き捨てるように呟かれる台詞に、今の首長達の心境が克明に表されていた。



 実際に前線で戦う多くの兵士や、後方でその支援をする技術者の心境も首長達のそれと大して変りはしなかった。

フリーダムを見る事があるモルゲンレイテの技術者達はさも忌々しそうにフリーダムを眺めていた。

様々な悪意がフリーダムに向けられ、その全てがキラに向けられていた。

「………」

モルゲンレイテ社の格納庫で押し黙ったままで、フリーダムの整備を続けるキラ。だが彼に声を掛ける者はいない。

尤も誰かが声を掛けたとしても、キラが受け答えできるかは大分怪しかった。何せキラは地球連合によるオーブの弾劾を

聞いたときから、自分のせいでオーブが戦渦に巻き込まれたと言う自責の念で一杯だった。

ラクスから託されたフリーダムで戦いを終わらせる……そんな気概はすでに影も形もない。

(ごめん、カガリ………オーブを戦争に巻き込んじゃって)

先ほどキラとあったカガリは何故オーブが戦争に巻き込まれなければならないのかと泣いていた。

だがその原因が自分であることを知っているキラとしては、それに答えることが出来なかった。

(僕は、正しいんだろうか……)

キラは自分が良かれと思ってやったことが、全て裏目に出ているのではないかと考えるようになっていた。

アラスカで辛うじて基地の自爆から免れたものの、機体に大なり小なり損傷を被っていた。

このためにキラはカガリのいるオーブを頼ってきたのだが……その行為は見事にオーブを滅亡に向かわせようとしていた。

キラは多くの同胞を殺してきた。そしてアスランの友人までを殺し、その報復(?)にトールは殺された。

殺されたから殺す……憎しみの連鎖は断ち切れず、今度はより大きな戦火を自分が広げようとしている。

(誰か教えてよ……)

だがその問に答えるものは無く、キラは運命の日を迎えることとなる。






             青の軌跡 第8話



 オーブ領海線上に集結した地球連合軍艦隊はまさしく海を埋め尽くすと言う言葉が相応しい陣容を見せ付けている。

その大艦隊の旗艦を務めるMS強襲揚陸艦『ジュコーフ』の艦橋でひとりの老人が一枚の書類を見て苦笑いをしていた。

「『フリーダムはザフトの脱走兵が持ち込んだ兵器でザフトとは無関係であり、連合の要求は不当である。

 また、オーブ連合首長国はこれからも中立を貫く意思に変りは無いか』……やれやれさっさと降伏すればよいものを」

艦隊司令官ウラソフ中将はそう言ってオーブの政策を批判する。

何せ相手は軍事技術においては世界でも一目おかれている国なのだ。楽に勝てる戦いではないことを彼は分かっている。

勿論、ウラソフ本人としては確保するべきMSが核動力で動いていることを知らされているので、任務の重要性は理解している。

しかし死んでいくのは自分の部下なのだ。それなら死人は少ないほうが良い。

「尤も相手が拒んでは仕方ない………か」

そう言うと、ウラソフは顔を引き締める。そして幾ばくかの間をおいて命令を下した。

「全艦隊攻撃開始!」

この命令を受け、地球連合軍艦隊から次々に巡航ミサイルが発射され、それに続くように戦闘機隊が発進する。

この様子を見たウラソフ中将は直ちに別の命令を発する。

「第2空挺師団、第4潜水艦隊に連絡。直ちに行動を開始せよ」

「了解しました」




 海上の戦闘艦艇や戦闘機から放たれる無数と言っても良いミサイルがオーブ軍艦隊と海岸の軍事施設に押し寄せる。

これらの押し寄せるミサイル攻撃を前線に配備されたM1や戦車が迎え撃つ。

その数は小国の軍隊とは言えないほどの規模のものであったが、残念なことに敵との物量の差が大きすぎた。

押し寄せるミサイルは彼らの弾幕を突破して次々に着弾していく。オーブ艦が、防空施設が、戦車部隊が次々に紅蓮の炎に包まれる。

「何としても、食い止めるんだ!」

その決死の呼びかけも虚しく、次々に沿岸に配備されたオーブ軍の防空施設や戦車部隊は次々に撃ち減らされていく。

地球連合軍航空隊の一部は沿岸の防空網をすり抜けて、後方のオーブ軍補給施設や空軍基地を叩きに掛かる。

オーブも迎撃機を向かわせるも、前線に戦力を集中しすぎたせいか数が足りず撃退する事が出来ない。

『こちらデルタ小隊、敵が多すぎる!』

『こちらベータ小隊、AAM残弾なし!』

軍本部に入ってくる報告はどれも凶報ばかりであった。カガリが歯噛みする中、連合軍航空隊は空軍基地や補給基地を叩きに掛かる。

管制塔が、格納庫が積み木の建物のようにあっけなく破壊され、そこにいた人が木の葉のように吹き飛ばされる。

しかし全ての基地を叩かれたわけではない。それに叩かれた空軍基地の中には地下に重要施設を築いたものもある。

補給はそこで行えば問題ない……そうキサカが判断した。

だがキサカは、そのときの判断が如何に甘かったかを後に思い知らされる。




 海岸の防衛戦ではフリーダムの奮闘があるものの、確実に兵力をすり減らしていた。

これを見たカガリはキサカの反対を押し切って、かなりの数の予備部隊を前線に送ることを指示した。

この決定で軍本部や各施設を守る最低限の守備隊を除いた部隊が増援として送られる。だがその隙を見逃すような連合軍ではなかった。

「よし、予想通りだな。全艦攻撃開始!」

偵察機からの報告を受けて、近海に潜んでいた潜水艦隊が次々に巡航ミサイルを発射する。

百発をくだらない数のミサイル群はそれぞれに入力された目標に向かって殺到した。

無論、これに気づかないオーブではない。即座に軍本部に情報が伝わる。

「巡航ミサイル多数接近!」

緊張したオペレータの声がオーブ軍本部に響く。

そしてスクリーンに巡航ミサイルを示す多数の光点が映し出された。

キサカはその光点がどこに向かっているかを理解すると、一瞬絶句した後にオペレータに慌てた口調で尋ねる。

「拙い、空軍基地の守備隊は!?」

「守備隊の大半はすでに前線に送っています。最低限の兵力しか残されていません!」

「何だと!」

そう、すでに戦力の大半はカガリの指示で上陸ポイントとなるであろう海岸線付近に優先的に振り分けられている。

後方の空軍基地を守る兵力は皆無に近い。しかし、ここを叩かれては制空権を喪失することとなる。何としてもそれは防がなければならない。

「周囲で駆けつけられる部隊は?」

カガリは縋るように尋ねるが、帰ってきた答えは非情だった。

「駄目です。どんなに急いでも着弾のほうが速いと思われます」

このオペレータの報告を聞いたカガリは下唇をかみ、己の失策を悔いる。

「くっ」

これを見たキサカはカガリに気を強く持つように言う。何せ戦場では将がしっかりしないと勝てる戦いも勝てないのだ。

この程度、とまではいかないが序盤からカガリが落ち込んでいては兵士達が明るい展望など持ちようが無い。

「わかってる。でも……」

カガリの見つめるモニターにはモニターには巡航ミサイルで相次いで破壊されていく空軍基地の様子が映し出されている。

それを見れば、己の責任を否応にも感じざるを得ない。

さらに敵のMS部隊が空軍基地周辺に降下したとの報告を聞いたとき、ついにカガリは自分も前線に出て戦おうとした。

もっともそれを見過ごすキサカではない。司令室に叱責が響く。

「指揮官がそんなことをでどうするのです!?」

確かにキサカの言う事は正しい。

指揮官の役目とは戦況を冷静に分析して最善の結果に繋がると思われる指示を出す事なのだ。

だが、カガリにそれをこなす事が出来る訳が無い。

味方が死にそうになっているのを見ながら、冷静な思考をすると言う仕事はそれなりの経験が無ければ不可能なのだ。

いや非情な性格をしているなら、それも可能かもしれない。しかし幸か不幸か、彼女は非情でも冷静沈着でもなかった。

それ故に彼女に軍の指揮は向いていない。そしてそのことがオーブ軍を次第に窮地に追い込むこととなる。



 空軍基地の壊滅によって、オーブ軍戦闘機は補給基地を喪失し次々に継戦能力を失った。

彼らに残された道は圧倒的物量を誇る連合軍戦闘機に嬲り殺されるか、不時着するだけだ。

連合軍の奇襲攻撃によって空軍が実質的に壊滅したことで、オーブ軍は一気に窮地に追い込まれる。

特にエアカバーを失った護衛艦隊は攻撃機から放たれた対艦ミサイルによって次々に撃沈され、数をすり減らしていった。

「この!」

何とか護衛艦隊を救おうとミサイルを撃ち落していくキラだったが、さすがのフリーダムでも全てのミサイルを落とせはしない。

何せ艦艇から放たれる巡航ミサイルや戦闘機から放たれる対艦ミサイルは百を下らない。しかも様々な方位から撃ち込まれて来る。

これを一発残らず落とすことなどさすがのフリーダムでも不可能だ。

ミサイルの直撃を受けて成す術も無く沈んでいく護衛艦。
如何にフリーダムとは言え、これだけの物量の差をひっくり返すことは出来ない。

いや、この戦況をひっくり返す手段が一つだけあった。それはフリーダムで地球軍艦隊旗艦を叩くことだろう。

キラが普段どおりで、そのことに気づいていたら旗艦ジュコーフを撃沈することは容易いだろう。

しかしそのことを、オーブ軍首脳を含めて誰も考えはしなかった。

何故なら、オーブ軍はフリーダムのことを詳しく知らなかった(キラが教えていない)うえに、パイロットであるキラは

オーブの人間から受ける様々な悪意を受けて思考が鈍っておりそんなことを考える余力などなかった。

そしていざ戦闘が始まると敵将ウラソフの采配の前にオーブ軍は防戦一方を強いられ、誰も大局を考える余裕が無くなっていた。

戦争を経験した事の無い軍隊はいざ戦争になった際には大して役に立たないと言う典型的な例であった。

だがフリーダムが連合に与えた損害も馬鹿にならない位のものとなっている。

「これ以上、殺させはしない!!」

フリーダムの放つ攻撃は正確無比。音速を超える戦闘機すら、キラに補足されれば成すすべもない。

彼の反撃だけで40機以上の戦闘機を撃墜し、発射されたミサイルの20%以上を撃ち落していた。

この影響は決して見逃せる事ではない。そう彼らは確実に、僅かながらも連合の攻勢を鈍化させていたのだ。

「たった1機のMSにこれだけのダメージを受けるとは!」

ウラソフ中将は被害報告を聞いて唸る。

確かに現在の戦況は彼の思い通りになってはいたが、そのための代価が高すぎる。

旧式化したとはいえ戦闘機だって安いものではないのだ。それに人的被害が無いとはいえミサイルはただではない。

「それにしてもザフトの新型機の戦力がここまでとは……」

忌々しげにフリーダムを見つめるウラソフだったが、即座に気分を切り替える。

「まぁ良い。オーブ海軍と空軍は排除した。あとはMSを陸に揚げるだけだ」

ウラソフは用意しておいたMS部隊に上陸開始を指示した。この指示の後、ウラソフはやや疲れた表情で呟く。

「それにしてもあのフリーダムと言う機体、侮れんな。正直言ってあれを鹵獲するのは困難だ」

この司令官の言葉に慌てた作戦参謀が反論する。

「ですが、あの機体を確保することが本作戦の最大の目的です」

「判っている。しかしあの機体を鹵獲しようと思ったらあれを地上に引き摺り落とさなければなるまい」

「戦闘中に鹵獲することを諦めると言うのはどうでしょうか?

 敵空軍は壊滅していますし、空挺部隊が後方で暴れているのでいずれ敵の防衛網は瓦解します。

 オーブはあと半日もあれば落ちるでしょう。オーブ政府が降伏して武装解除した際に接収すれば問題ないと思いますが」

作戦参謀はフリーダムをオーブ軍のものと考えているので、そう提案した。

まあ確かに普通ならそう思うだろう。

NJCと言う最高機密に値するものを積んだ兵器が、実は脱走兵に操られているなどとは普通の軍人は考えない。

「……それもそうだな。だが、それまでにどれほどの損害が生まれることやら」

フリーダムによって生み出されるであろう損失を考えて頭痛を覚えるウラソフ。

だが彼はまだ知らない。地球連合軍に最も手ひどい損失を与えるのはフリーダムではなく、本来の敵ザフトであることを。




「オーブも粘るな……地球軍がむきになるのもわかる」

オーブ近海に進入したクルーゼ率いる潜水艦隊は、地球連合軍とオーブ軍の戦闘を観察していた。

本来なら地球連合軍より早くオーブ軍と接触しなければならないのだが、何分兵力を失っているので正面きってオーブと

戦えるだけの兵力はない。最も正面から戦わなければ幾らでも方法はある。

「しかし良いのですか? グングニ―ルを海上に降ろすなどしたら」

潜水母艦の艦長が心配そうに言うが、クルーゼは気にもしない。

「構わんさ。連中もオーブ軍への攻撃に夢中だ。艦隊に被害を与えないものに気を配りはしない。

 それよりも例のもの、予定通りに設置したか?」

「送られてきた物の内、2つはミサイルに搭載。もう1つはゾノが既に予定箇所に運搬している最中です」

「そうか……なら良い。気をつけてさせろ、あれは作戦の要だからな」

「はい……」

浮かない顔をする艦長にクルーゼは尋ねる。

「どうした? 何か問題が起こったのか?」

「いえ……我々はあれを使っても良いのでしょうか? あれを使えば……」

艦長の懸念を知ったクルーゼは内心で冷笑を浮かべる。そしてそれをおくびにも出さず答えた。

「我々に手段を選んでいられる余裕は無いのだ。現状ではどんな手段を使っても奴らを少しでも地上に縛り付けておく必要がある」

「………」

「それにこれを使わなければ、確認できないからな」

見れば誰もがぞっとするであろう冷笑を口元に浮かべるクルーゼ。

だが作戦内容を知る他の指揮官や艦長は皆浮かない顔をして、いや中には顔面を蒼白にしている者もいる。

彼らに共通する思いはひとつ。

(我々は、同じ過ちを繰り返そうとしているのではないだろうか…いや、それどころか破滅への扉を開こうとしているのでは無いか)

人間としての良心以外から来る何かが、彼らを不安にしていた。






 地球連合軍は制空権、制海権を掌握したと判断して上陸作戦を開始した。

巡洋艦、駆逐艦が海岸に接近して海岸線に展開するオーブ軍部隊に砲撃を浴びせる一方で、多数の強行揚陸艇が海岸に向かう。

無論、これを黙っているほどオーブ軍も無能ではない。即座に生き残ったトーチカやM1が攻撃を加える。しかし……

「こちら第3航空隊、目標を確認。これより攻撃を開始する」

ダガー隊の支援要請によって駆けつけてきた航空隊に次々に潰されていった。

いやM1については、地球軍の航空部隊にそれなりの反撃を加えるのだがその分、火力が分散してダガー隊の上陸を許すこととなる。

「第4中隊はXエリアのトーチカの制圧を急げ。第7中隊は第9中隊と共同でZエリアの敵MS集団の殲滅しろ」

「第3、8航空隊は補給作業後に直ちに発進させろ! 第5護衛隊群は前面のフリーダムを抑えろ!」

艦隊旗艦のジュコーフでは次々に指示が飛ぶ。また前線からの被害報告も同じくらいの勢いで帰ってくる。

「フリーダムと交戦中だった駆逐艦ザクセン、サラミスが戦闘不能! 巡洋艦ボルゴグラード、ミサイル発射管全損」

艦艇をある程度戦闘不能に陥れると、フリーダムは今度は内陸に侵攻してくるMS隊に襲い掛かる。

「第3中隊、フリーダムと接触。全機戦闘不能!」

「第7中隊、第9中隊もフリーダムによって全機戦闘不能にされました!」

「第14中隊は敵MS群と接触。増援を要請しています」

「第23〜第31中隊、敵MS多数を殲滅。しかし消耗が激しく補給が必要との事です」

報告で一番ウラソフの目に付いたのは、やはりフリーダムによって受けた損害だった。

「わずか1機で3個中隊のMSを戦闘不能にさせたか。しかも操縦者を殺すことなく」

ウラソフは呆れたように呟く。これに作戦参謀が付け加える。

「それだけではありません。巡洋艦2隻、駆逐艦3隻が戦闘不能です。他にも多数の艦艇が戦闘力を大なり小なり奪われています」

「5隻も戦闘不能か。で、あのMSには大して損害を与えられないと?」

「はい。さすがに軍本部が最優先で確保しろと命じた機体です」

作戦参謀はフリーダムの奮闘振りを表面上褒める。もっとも賞賛と忌々しさの内訳は2:8程度だったが……。

だがフリーダムの奮戦も空しく戦況は急速に連合に傾きつつあった。

フリーダムがこれだけ叩いても叩いても、連合の兵力は減る気配を見せないのだ。

さらにオーブにとって拙い事に、後方に降下した空挺部隊が各地の通信中継施設やレーダーサイトを潰しまわっている為に

オーブ軍の動きは急速に鈍化している。

どんなに優秀な兵士を有していても、指揮官が目耳を封じられた状態で戦争は出来ない。

オーブは確実に追い詰められていた。







 あとがき

青の軌跡第8話改訂版をお送りしました。

続けて第9話改訂版もお送りします。














代理人の感想

クルーゼの用意してるもの・・・まさか、アレでしょうか。

なんかこのまんま話が進んでも全人類共倒れになりそうな気がしてきたなぁ(爆)。