「陸軍部隊は壊滅したか……艦隊だけでも守れた事は僥倖と言うべきなのか」
新型偵察機『バロール』とレイダーから送られてくる映像を見て、アズラエルは苦々しく呟いた。
その様子を第4洋上艦隊司令部の幕僚達は別に問題ないだろうに、と言わんばかりの表情をする。
彼らから言わせれば、他国の、しかもライバル意識剥き出しのユーラシアがいくら疲弊しても問題にはならなかった。
「航空隊の発進用意は?」
そんな友軍に対する冷淡な反応をする幕僚達など全く気にせず、アズラエルは尋ねた。
「いつでも発進できます」
アズラエルの乗っている旗艦『パウエル』の艦長が淡々と答える。
「すぐに出してくれ。それと救援部隊も出すように」
アズラエルはそう命じると、再びスクリーンを見つめた。
(ユーラシアと東アジアにもっと早く伝えるべきだったか?)
アズラエルはオーブ戦開始前に、2つのルートから『核が使用される可能性あり』との情報を入手していた。
2つのルートのうち、ひとつは連合軍情報部に命じてザフト中枢で諜報活動を行わせていたスパイから、
そしてもうひとつは………。
(マルキオ導師か…………あの男、中々食えない男のようだ。本編じゃあ何のためにいたのか分からないキャラだったのにな)
マルキオ導師の底知れぬ狡猾さを見て、アズラエルは改めて自分の未熟さを知った。
(まぁマルキオと情報部の情報から、オーブ戦で使用される可能性があると言う結論には至ったが、確定とは言えなかった。
それにこのオーブ戦はユーラシアと東アジアとの領分……間違いだったらそれこそ責任問題だからな)
アズラエルとて、連合の全てを支配しているわけではない。
特にユーラシア連邦や東アジア共和国では反ブルーコスモス派である穏健派、もしくは中道派が多い。
それに、お膝元の大西洋連邦でさえ決して敵が多くないとは言えないのだ。
政府内ではサカイ国務長官率いる穏健派、軍ではアンダーソン大将を中心にする反ブルーコスモス派の制服組。
民間ではアズラエル財閥傘下の企業によって軍の受注から外された企業群………具体的な名前を挙げればきりが無い。
ブルーコスモスによって煽動された世論の支持で強硬派が実権を握ってはいるが、決して楽観できるものではない。
アズラエルが失態を犯せば、それこそ鬼の首を取ったかのように騒ぎ立てるだろう。
(まったく、どいつもこいつも!)
内心で政府内穏健派と自称良識派の軍人を罵りながら、アズラエルはさらに命じる。
「オーブ軍残党はとりあえず無視。第一目標はザフト潜水艦隊にしてください」
「わかりました」
「騎兵隊の登場だ!」
対潜兵器を装着した攻撃隊が次々に母艦から飛び立ち、ユーラシア連邦、東アジア共和国連合艦隊に群がるザフト軍に襲い掛かる。
無数の対潜ロケット、対潜魚雷がザフトの水中用MS、潜水母艦を包み込むような形で襲った。
ユーラシア連邦、東アジア共和国連合艦隊のそれを遥かに上回る規模の、まさしく飽和攻撃であった。
『数だけが頼りか、ナチュラルめ!』
『ええい、しつこい!』
決死に防戦するザフトであったが、余りの規模の攻撃に対処しきれない。
クルーゼの見つめるスクリーンには、次々にザフト軍を示す光点が消えていく。
(ここまでか……だが、これで最後の扉は開く……)
彼はやたらと手回しが良い地球軍を忌々しげに思う一方で、自分の望みが叶うことに歓喜を覚えた。
(やることはやった。あとは撤収するだけだな、鍵も渡しておいてやるか……)
クルーゼは全部隊に撤収命令を発令する。そして一方で、ある置き土産を行う事にした。
そう、彼にとって最後の扉を開く鍵を持った少女を……。
しかし彼は気付いてはいなかった。もう世界は彼の思うようには動いてはいないことを……。
青の軌跡 第10話
ザフトの潜水艦隊がそれこそ潮が引くかのように見事に撤収した後、アズラエル率いる第4洋上艦隊は友軍の救助に当たっていた。
「こいつは酷いですね………」
アズラエルは、パウエルの艦橋において提出された被害報告書を見て唸った。
判っているだけでも陸軍3個師団が全滅。航空機も損失は数百機にのぼり、さらに海上艦艇も大規模な修理を必要としている。
まともに動いているのは潜水艦だけと言う惨状だ。
大西洋連邦軍の損害ではないとしても、これだけの被害が出れば今後の戦略に大きく影響を与えるだろう。
今後の展望を考えて、アズラエルはため息をもらす。
「ユーラシア、東アジアの救援部隊は?」
「NJによって長距離通信が妨害されている為か、なかなか連絡がつきません。
今のところ、ハワイ基地に連絡機をとばしていますが………まだ返事は来ていません」
ダーレスの言葉に、アズラエルはやれやれと頭を横に振る。
「まぁ仕方ないでしょう。オーブの放射能汚染は?」
アズラエルは、核によって汚染されたであろうオーブのダメージを尋ねる。
「正確なことは判りません。ですが、カグヤ周辺は非常に高いレベルの放射能が計測されています。
浅い海底で爆発させたせいか、その周辺の汚染度が非常に高いものとなっています。また巻き上げられた放射性物質が
カグヤだけでなく、オノゴロを筆頭にオーブ各地に降り注いでおり、酷い被害をもたらしています」
そう、使用された2発の核爆弾は、ものの見事にオーブを地獄へと変えた。
単なる灼熱地獄ではなく、放射能と言う何十億年も消えることのない毒まで撒き散らしたのだ。
オーブ各地に放射性物質が降り注いでおり、もはや生命が存続することすら叶わない土地に成り果ててつつある。
こんな状況では、仮にオーブ国内に生存者がいたとしても救出部隊を向かわせることなど現行の装備では出来るわけが無い。
アズラエルは今回の一件がもたらすであろう事態を考えて、頭痛を覚えた。
(ザフトが核兵器を使用したなんて公言すれば、それこそとんでもないことになるな)
そう、核兵器を使用することが出来るという環境をザフトが手に入れたことが明らかになれば、
中立国は連合に加わる事に躊躇いを憶えるだろう。核を使える敵に喧嘩を吹っかける馬鹿はいないのだから。
それに加えて、心配なのは彼が統治する組織の反応だった。
(それこそ、コーディネイターを皆殺しにせよ、何てほざく輩が出てくるんだろうな〜)
さらに頭痛が酷くなるのをアズラエルは感じた。
さてさて、どうやって強硬派を抑えれば良い物やら………そう思考をめぐらせるアズラエルの元に、新たな報告がふたつ入った。
「フレイ・アルスターを回収したって? それに例のフリーダムとか言う機体を発見した?」
ふたつの報告はどちらもアズラエルを驚かすのに充分であった。
尤もフリーダムは放射能汚染が激しく、原子炉から放射能がもれていることが確認された為に簡単に近づけないとの報告だったが…。
「イージス艦『フレッチャー』がザフトの救助ポットで漂流していたフレイ・アルスターを保護した模様です」
(歴史が変わり始めたのか? アークエンジェルが味方にいるから俺がドミニオンごと沈められる危険性は減ったわけだが、
いや……今回のオーブ戦も史実どおりとまではいかないが勃発した。結局は歴史は史実に近い方向に修正しようとしている?)
アズラエルは黙り込んだ。
(いや、パナマのマスドライバーは死守したんだ。充分に歴史は変わっている。歴史はそれなりに変えられるはずだ……)
自分の考えにひたるアズラエルだったが、その思考はダーレスの言葉によって中断された。
「それと、フレイ・アルスターは『戦争を終わらせる鍵を持っている』などと言っているようですが?」
「鍵?」
アズラエルは眉をひそめた。周りの人間は眉唾物と思っているのだろう、と考えたがそれは違っていた。
(NJCのデータか……と言うことはメンデルイベントの前倒しか? これも歴史の改変の影響なのか?)
アズラエルはフレイが帰還したことそのものに対して内心驚いていた。
尤もそのことを表には出しはしないが……。
「会ってみる。こちらに寄越す事は出来るか?」
「出来ますが………信じるのですか?」
ダーレスのような普通の軍人から言えば、戦争を終わらせる鍵など戯言にしか過ぎない。
「ああ。その鍵に興味があるしね」
鍵の内容を知っているアズラエルはそう言って、ヘリを使ってフレイをパウエルに招いた。
アズラエルはフレイをパウエル内の私室に招いた。
「これが、鍵?」
ディスクを右手で受け取ると、アズラエルはフレイに尋ねた。
「は、はい。ク、クルーゼって隊長が……」
「ふ〜ん………わかった。早速確かめてみるよ。これが本当に鍵かどうかをね」
フレイは不安な様子で見つめ中、アズラエルはそう言ってコンピュータにディスクを差し込んで読み込ませる。
そして、コンピュータのモニターにフリーダム、ジャスティスの2機のデータが映し出される。
「………やはりか」
アズラエルは小声で呟くと、次から次へとデータを切り替えていく。そして……
「あの男は、最後の扉を開くつもりなのか………」
(ラウ・ル・クルーゼ………世界を破滅に導こうとしている男は、これを自分に渡す事で望みが叶うとでも思っているのか?)
アズラエルは黙り込んで、クルーゼの望みを改めて理解した。
(ふん、奴は自分ひとりで世界を動かせると思ってるようだな……だが、そうそう上手くいくと思うなよ)
そう心の中で仮面男を嘲笑すると、アズラエルは顔を上げてフレイに感謝の言葉を言った。
「ありがとう。確かに、これは鍵だったよ」
NJCのデータはすでに入手済みなのだが、フリーダムやジャスティスそのもののデータを入手できた事は大きい。
これを技術者に渡せば、現在開発中のNJC搭載型MSの役に立つ。
そう考えながら、アズラエルはフレイに退出を許可する。
(それにしても、元気ないね〜彼女は………本編序盤の黒さは一体何処に行ったんだろうね〜)
彼はフレイ様とすら呼ばれた前半の腹黒いお嬢様キャラと今の弱々しいキャラとのギャップに苦笑した。
(まぁいいさ。彼女は予定通りに後方で働いてもらうとしよう)
フレイは悲劇のヒロインとして、後方で働いてもらうのが良いだろう………そう、アズラエルは考えた。
だが、彼の思惑は全く予期しないところからの要請で頓挫することとなる。
アズラエルはハワイ基地に帰還後、予想もしなかったことを聞かされた。
「フレイ・アルスターを前線でパイロットにする? 正気かい?」
ハワイ基地の一室でアズラエルは、サザーランドの提案を聞いた途端、慌てて聞き返した。
「はい。彼女には前線でパイロットとして活躍してもらおうと思っています。何せ話題性がありますから」
「確かに……否定はしないが、彼女は後方で働いてもらった方が良いんじゃないかな?
それに、彼女のようなド素人を前線に出せば、すぐにやられるはずだ」
「いえ。勿論そのようなことは致しません。十分な護衛をつけて戦わせます」
アズラエルはこのとき、サザーランドが何を言おうとしているのか理解した。
「つまり、前線での広告塔か」
「はい。後方で宣伝して回らせるよりも、実際に前線で戦ってもらい活躍させた方が効果が大きいと思われますので」
「………」
アズラエルの、いや修の理性はその効果を認めるが、感情がそれを認めようとしなかった。
「それは決定なのか?」
「いえ、私案です。ですが軍上層部の多くはフレイ・アルスターを前線で活躍させることを望むでしょう。
何しろオーブで大敗したあとですから、何か良い宣伝が必要ですし」
オーブでの連合の大敗は、かなりの悪影響を出している。それを誤魔化すためにも新たな英雄が必要なのだ。
(監督のせいであんな不憫な扱いを受けたキャラなんだ。俺がいる世界ではせめて幸せにしてやりたいんだけどな……)
そう思いつつも、アズラエルはその意見に同意した。
(戦争だからな。多少の手段は選んではいられないか)
しかし、フレイが生き残れるように出来る限りの手段をとることを彼は決意した。
それは人間としての良心の他に、健全な男としての精神が働いていたことも否めない。
何せ、かつての自分の彼女である瑞樹と比較すると明らかにフレイの方が容姿、スタイル、様々な面で勝っている。
(あれだけの美少女を死なせるなんて勿体無さ過ぎる。あと数年すればかなりの美女になるだろし)
アズラエルに宿る修としては、そんな貴重な美少女に死んでほしくはない……と言うのが本音の一つでもあった。
(すまん、瑞樹。俺も男なんだ。可愛い女の子の味方をしたいんだ。
いや、別に俺は別にフレイを狙っているからじゃないんだぞ! これはあくまでも貴重な美少女を守るためなんだからな!!)
この時、そう言い訳する自分を見て嫉妬で頬を膨らませる瑞樹の姿をアズラエルは見たような気がした。
「………さて、それでは早速、手を打たせてもらいますか」
だがこのオーブの大敗に輪をかけて酷い凶報が入る事を、このときアズラエルは予想だにしなかったのであった。
オーブ戦は連合、そしてオーブに多大なダメージを与えながらも終了した。
連合は太平洋に展開していた海上兵力の実に30%近くが前線から離れざるを得なくなり、熟練兵士も多数失った。
それは物量で勝る連合でも決して軽視できないレベルの損害であった。
いや、一番大きなダメージを受けたのは他ならぬオーブ自身だろう。
この国は2発の核を使用され、国土の多くを放射能によって汚染された。
十数億年は消えない放射能が国土を蝕み、人間を、いや全ての生命を拒絶している。
もはやオーブ国民は自分の国に戻る事すら不可能となっており、完全に難民化した市民の対応に各国政府は四苦八苦した。
NJが引き起こしたエネルギー不足によって唯でさえ国内の事情が逼迫している各国は予想外の支出を余儀なくされ、
最終的には計画していた反攻作戦にすら多少の遅れをきたす事となる。
だがアズラエルにとってそれ以上に痛手だったのは、講和の仲介役になるであろう唯一の中立国であるオーブが
滅亡したことだろう。これで彼の講和のプランは半ば崩壊を余儀なくされた。
しかし反攻作戦が遅れたとしても、連合は確実にザフトを地上から駆逐しつつあった。
決戦の場である宇宙において、両軍が激突する日はそう遠い未来の事ではない。
だがその決戦が輝かしい未来をもたらすのか、それとも滅びへの前奏曲になるものなのかを知る者はいない。
あとがき
青の軌跡第10話改訂版お送りしました。さてオーブ戦はやっと終了です。
まぁアークエンジェルが登場しなかったことを除けば大して変わりませんでしたが(笑)。
それでは。
代理人の感想
おお〜〜〜〜〜〜。
アークエンジェルメインキャラごと撃沈ですか。
まぁ、ほうっておくと勝手にこちらのエースパイロットを軒並み撃墜しやがってくれますし(違)。
ラクスも気になりますが、へんた・・・おっとと、クルーゼの思惑がどう逸れていくかも気になりますね。
と、いうかそこが一番楽しみだったり。