オーストラリア決戦と呼ばれる本大戦における最大の地上戦は連合軍第8、第9、第12任務部隊、基地航空隊の航空攻撃と
オーストラリア近海に待機していた潜水艦群による巡航ミサイル攻撃によって開始された。
全機あわせて300機近くの第一波攻撃隊から放たれたミサイル1000発以上、これに巡航ミサイル合せて2000発にも
なるミサイルがオーストラリア東岸の主要軍事基地、及び近海に展開していた洋上艦艇を襲撃した。
この文字通りの飽和攻撃には大洋州連合軍も対抗できなかった。
雨霰と降り注ぐミサイルは、大洋州連合軍が決死に放った迎撃ミサイルを掻い潜り次々に目標に命中していく。
「シドニー海軍基地、音信途絶!」
「北部防空軍司令部応答なし! 第13航空団、戦力の半数を喪失!!」
「第4巡洋戦隊、旗艦オーストラリア撃沈、アデレード大破! 第3駆逐戦隊、全滅した模様!」
メルボルンの地下に存在する大洋州連合軍統合作戦本部では、次々に舞い込む凶報に政府首脳が頭を抱えていた。
「第一撃で防衛軍の30%あまりが戦闘不能か」
「ここまで戦力がかけ離れていたとは……」
地球連合軍のこの一撃で、大洋州連合の軍事力は大幅にすり減らされた。
海軍艦艇など、まるで的のようにミサイルで打ちのめされ、残存艦艇など数えるほどしか生き残っていない。
空軍も戦闘機を繰り出して防戦しているが、スカイグラスパーなど強力な戦闘機を有する大西洋連邦軍を中心とする
航空隊の前にまるで赤子がその手をひねられるように叩き落されていた。
嵐のような惨状を引き起こした連合軍の第一波攻撃隊は、その後も散々に暴れ回り大洋州連合軍に手痛い打撃を与え続けた。
「第25航空団司令部音信途絶!」
「キャンベラ防空軍司令部壊滅!! 第3航空団も壊滅した模様!」
「くそ、ザフトの連中の援軍は来ないのか?!」
統合作戦本部の中央司令室に設置されたモニターに映る自軍の劣勢ぶりを見て、大洋州連合主席はオペレータに怒鳴るように尋ねる。
それほどまでに状況は悪い。すでに副主席などは顔面を蒼白にしている。
「カーペンタリア基地はまだ指揮系統の再建が終わっていない為に出撃できないと言っています」
「くっ、あの役立たずどもが!!」
主席はそう怒鳴るが、怒鳴り散らして敵が退散するわけではない。
いや、怒鳴り散らす彼にも刺客が迫っていた。
数日前にカーペンタリアを襲ったステルス攻撃機『ジャべリン』3機がメルボルンに向かっていたのだ。
しかも搭載している爆弾はバンカーバスターと呼ばれる物であり、これを浴びれば彼らがいる司令部も壊滅は間逃れない。
だが迫りくる危機を彼らは知ることは無かった。レーダーにも映らず、目にも見えない彼らを発見することなど不可能だ。
仮に見つけたとしても、迎撃することなどほぼ困難だっただろう。すでに防空軍は軒並み沈黙していたのだから……。
かくして、第一波攻撃隊がその仕事を終えた頃、メルボルンの大洋州連合統合作戦本部は永遠にその機能を停止することとなる。
だが大洋州連合の試練は、それで終わりではなかった。
その後も巡航ミサイルや空爆によって徹底的に痛めつけられた大洋州連合軍は水際で連合を食い止める手立てを失った。
さらに徹底的な爆撃で通信網を完全に寸断されてしまい、部隊同士の連携すら覚束なくなる状況に追いやられた。
大洋州連合軍の頼みの綱であったザフトは指揮系統が崩壊状態で、動かせる部隊が無かった。
いや、水陸両用MSの部隊はクルーゼの判断で動かせたが、アラスカの消耗で満足な数の潜水母艦を確保できなかったのだ。
さすがの水中MSも単独でカーペンタリアから東海岸に到着することは出来ない。
かくして、障害となるものを全て排除した連合は悠々と沿岸に接近して艦砲射撃を浴びせはじめた。
戦艦アーネスト・J・キングとネルソンの主砲46センチ砲9門から放たれる主砲弾を筆頭に、スコールと表現しても過言ではない
ほどの砲弾、ミサイルの束が東海岸に残っていたトーチカや軍事施設を吹き飛ばす。
特に46センチ砲から放たれた砲弾に直撃された場所は、そこを中心に巨大なクレーターが開き、全てが消滅していた。
トーチカや地下壕など空爆だけではそうそう破壊されないはずの施設も容赦なく消滅している。
尤も良く見るとクレーターの周辺には人の成れの果てと思われる人肉がばら撒かれていた……いや、現在進行形で
コンクリート片や金属片に混じってかつて人だったものが空を舞っている。まさにその場は地獄と言える光景だった。
だが、そんな地獄絵図が繰り広げられている事など、その地獄を作り上げた人間達は思ってもいなかった。
「想像以上に弱体化しているな」
艦隊旗艦のハルから大洋州連合軍のあっけない崩壊を見た連合軍艦隊総司令官キンメル中将は、敵の不甲斐なさに驚く。
所詮、指揮を執る者から見れば前線のことなどモニター越しの出来事に過ぎない。
彼らは己の指揮が一体、どれほどの人を死に至らしめるかなど気にとめることなどない。
「海岸線の部隊は軒並み壊滅状態ですので、これ以上の艦砲射撃を行う意味も無いでしょう」
「このままだと、3週間もあればカーペンタリアも落ちるでしょう」
そんな楽観論が満ちる中、第6艦隊からのレーザー通信が入る。
「司令、宇宙軍第6艦隊のマッケーン准将が降下部隊を発進させた、と」
「そうか。予定通りだな」
そう、キンメルの言うとおり連合軍の侵攻は予定通り…いや、すでに幾つかの分野では予定より遥かに早く進捗していた。
橋頭堡の確保は終わっているし、周辺の制空権、制海権は完全に連合軍の手のうちだ。
これで降下部隊が予定通りに降下すれば作戦は想定されている第二段階に、予定より数日早く移行することとなるだろう。
「……ザフト地上軍もこれで終わりだな」
第6艦隊から発進した降下部隊は、降下カプセルを使い、トリントン基地や大洋州連合首都メルボルンなどに降下作戦を展開した。
降下カプセルから出てきたMSを前に、大洋州連合軍の防衛隊は決死の防戦を繰り広げるが、あえなく排除されていく。
特にPS装甲を有しているGの前に、実弾兵器しか有していない大洋州連合軍では歯が立たなかった。
首都メルボルンは、大洋州連合軍の首都守備隊が都市の地形を利用して防戦した為に落とす事はできなかったが、
トリントン基地はあっさり陥落。連合は宇宙から大量の兵力を宇宙港のあるトリントンに送ることが可能となった。
これは連合が内陸と海岸の双方に拠点を持った事を意味していた。
青の軌跡 第13話
地球連合軍はオーストラリア北東部、東部海岸にそれぞれ第5軍、第13軍と呼ぶ部隊を上陸させて周辺地域の制圧を開始した。
残存していた大洋州連合軍の中には死に物狂いで反撃する部隊もあったが、多くは戦意を喪失して次々に降伏した。
かくして連合軍は、予想以上のスピードで進撃を続けている。この状況を多くの者は喜んだが、少数の将官は疑問に思い始めていた。
「何故ザフトは出てこない?」
第5軍の旗艦であるホバークラフトタイプの陸上戦艦ニューヨークの作戦室で、ザフトの沈黙振りへの疑問を口にした。
「確かにカーペンタリアの中枢を叩いたが、全てを叩いたわけじゃあない。
それに、ある程度時間が経てば指揮系統はある程度は再建できているはずだ。それなのに何故出て来ない?」
「戦力差が隔絶しているからではないのでしょうか? 情報部の調べでは連中の戦力はMSが400機程度のはずです。
連中の戦力はMSが主体ですから、他の兵力は大したものはないはずですし」
「確かに連中の戦力はMSが主力で、他の兵科は弱体だ。しかし、それだけが連中が完全に沈黙する理由になるのか?」
「………」
黙り込む幕僚達を見て、ブラットレーは内心でため息をつく。
(こんなことで黙り込むのか? 全く……もう少し頭を使え)
軍人の質の低下にブラットレーは頭痛を憶えた。物量で隔絶する連合だが、その内情はお寒い限りだ。
長く続く戦争は優秀な兵士、指揮官の多くを戦死させ、彼の元にいるのは即席の兵士と有能とは言いがたい参謀ばかり。
前線で常に陣頭指揮を取り続けてきたブラットレーはこの事態を非常に憂いていた。
「連中は制宙権を奪われて宇宙に脱出することすら覚束ない。そのうえ地上は東北部、東部から第5軍、第13軍が、
さらに南部のトリントンからは第7軍が侵攻を開始している。さらに大洋州連合の主要都市の多くは我が軍の占領下にある。
この状況で黙っているのは、すでに抗戦不能状態になっているのか、それとも我が軍を撃退できる策があるかのどちらかだ。
だが私の経験上、ザフトはMS400機を戦わずにこちらに引き渡すような連中ではない」
ブラットレーは参謀達が判りやすいように説明した。
「少将は、連中が我が軍を撃退する策を有しているとお考えなのですか?」
そんな馬鹿な、そう顔で言う参謀を内心で侮蔑しながらブラットレーは頷く。
「可能性はある。何せ相手はコーディネイターだ。頭は我々よりはきれるだろうからな」
オーストラリア東北部の都市ケアンズを拠点とする連合軍第5軍は、そのままカーペンタリアに向かって進撃を続けていた。
この先鋒を務めるのは第34師団とアークエンジェルだった。第34師団には運び込まれた陸上戦艦4隻が配備されており、
アークエンジェルとあわせれば第5軍随一の火力を有していた。尤もそれを発揮する機会はなかったが……。
大した戦闘行為などしないまま、カーペンタリアへの直撃コースを驀進中の第34師団にはあちこちで気の緩みさえ出始めていた。
「……暇ですね」
「そうだな」
アークエンジェルのブリッジでは、上陸してから散々緊張を強いられてきたノイマンやトノムラが思わずあくびをした。
何せ、『ザフト地上軍の総本山』、『大量破壊兵器の貯蔵場所』等など様々な情報が駆け巡り、将兵達は緊張していた。
だが実際には敵とは殆ど遭遇せず、あったとしても相手はあっさりと降伏している。
それゆえに気の緩みと言うのが、艦内に充満しつつあった。尤もそれを艦長に就任したナタルは戒めているのだがどうも効果が薄い。
そんな艦内の中、ごく少数だが緊張感を持った人間達がナタル以外にもいた。それはパイロットになったフレイとサイだった。
フレイとサイは常に自分の乗ることとなった機体の整備に力を注ぎ、シミュレーションをぎりぎりまで続けている。
特にサイの頑張り様は異常で、それを近くで見るマードックは彼の身を案じていた。
「おい、坊主、あんまり無茶をするなよ?」
幾度もかけられた言葉だが、返ってくる答えはいつも同じ。
「判っています。これが終わったら寝ますから」
サイはマードックにそう答えると、すぐに自分の機体となったバスターの調整を再開する。
これを見たマードックは肩をすくめるが、何か思いついたかのようにコックピットから離れていった。
マードックが離れていってから、数分、サイは目の疲れを感じて小休憩した。
(それにしても、俺がMSに乗る事になるなんてキラが聞いたらどう思うだろうな……)
彼はカリフォルニア基地で地球連合軍がオーブに攻め込んだと聞いたときに、連合軍を除隊することを考えていた。
まぁ祖国を滅ぼそうとする軍にあえて所属したいと思う人間はいないだろう。
だがその考えはフレイが新型MS、ストライクルージュのパイロットにされると聞いたときに吹き飛んだ。
(フレイだけを残していけない!)
そんな思いが彼を突き動かした。
彼は自分だけが逃げ出し、フレイだけを戦場と言う名の地獄へ置き去りにすることをしたくなかったのだ。
まして彼女はアラスカで一度ザフトに捕虜にされている。
尤もアラスカは全滅したと言うのだから助かったフレイは幸運な方だが、サイはそんな幸運がそうそう何度もあるとは思えなかった。
フレイを死なせないため、サイはMSのパイロットに志願し、最終的に射撃の才能を評価されてバスターのパイロットに選出された。
尤も新米の少年兵を連合でも数少ない高級機であるガンダムのパイロットに選出されることは普通はありえない。
この選出の影にはブルーコスモス盟主の影が噂されているが、すべての真実は闇の中。
しかしそんな噂など、サイにとっては大したことではなかった。
彼はただフレイを戦場で助ける事の出来る力を与えてくれたことを感謝した。
(とにかく、俺は自分の出来る事をしよう。これ以上俺の知り合いが死ぬのはご免だ)
サイの友人達、トール、キラ……彼らはアークエンジェルを守るために死んで逝った。
そして今そこにフレイが加わるかもしれないと思った時、彼は至ってもいられなくなる。
すでに彼女は婚約者でもなんでもない知人のひとりだ。だがそれでも彼は彼女を見捨てる事はできない。
「さて、整備を再開するか」
バスターの調整を再開しようとした矢先、先ほど離れていったマードックが帰ってきた。
そして両手にひとつづつ持ったドリンクの入った容器の一方をサイに渡す。
「坊主、こいつでも飲んで少し気分を落ち着かせろ。実戦はまだ先なんだから」
「良いんですか? コックピットの中で飲み物飲んでも?」
「良いって。そんなことよりお前さんは自分の体調こそ気をつけな。機体の整備は俺達に任せて休んどけ」
「でも……」
なお自分で機体の整備をしようとするサイに、マードックは諭すように言う。
「お前さんの仕事は体調を整えて戦闘に備えることだ。整備は俺達がする。
パイロットは戦闘がお仕事だ。わかるな? 疲れたまま出撃しても良い的だぞ」
「……判りました。お願いします」
そう言って、バスターのコックピットから出るサイに、マードックはストライクルージュを指差して頼んだ。
「ついでにあの御嬢ちゃんも一緒に休ませてくれ。ここのところ篭りっ放しなんだ」
「フレイをですか?」
「そうだ。お前さんにとっちゃ話しにくい相手だろうが、頼むぜ」
そう言って、マードックはバスターの整備を開始する。
一方のサイは、ストライクルージュのコックピットにいるであろうフレイのもとに向かった。
「フレイ、マードックさんが休憩しろって」
そう言ってサイは整備の為に横たわっているルージュにのぼり、ハッチが開いているコックピットの中に向かって言った。
サイが呼びかけてから、やや時間をおいて返事が帰ってくる。
「すぐに行くから、先に帰ってて」
「フレイ……」
無理をするなよ、そう言おうとしたサイだったが言葉が出なかった。
彼は知っていたのだ。キラがザフトに殺されたと聞いた彼女が如何に己の行いを後悔したのかを……。
これに声を掛けるべき同性のミリアリアはトールの死、オーブの滅亡、さらに彼女の両親の死亡と言うショッキングな
出来事が連続して起きたことで虚脱状態に陥っており、到底他人のことを慰める余裕などなかった。
カズイなどはさっさとアークエンジェルから降りてしまい、現在は大西洋連邦の難民収容センターにいる。
残ったサイは、フレイの酷い自責の念を感じてしまい、慰めることすら出来なかった。
そんな閉塞状態が消えたのは、フレイがMSに実際に乗り始めてからだった。
彼女は専用機であるストライクの改良機ストライクルージュを与えられて以来、がむしゃらに訓練をはじめたのだ。
いやフレイがしたのはパイロットの訓練だけではない。
彼女はナタルやフラガ、そしてフレイの護衛を命じられたMSパイロットから、様々な知識を吸収しはじめた。
具体的には戦術はナタルから、戦場での心構えなどはフラガ達パイロットから教わっていた。
それこそ寝食を惜しむように勉強し、訓練し、その腕をメキメキと上げていった。模擬戦闘ではすでに普通のパイロットに
勝るとも劣らない腕を持つようになっている。あとは実戦あるのみ。
そんな風に才覚を見せていくフレイを、サイは複雑な思いで見ていた。
(キラ、何でお前はフレイを残して死んだんだよ……フレイを止められるのはお前だけなんだぞ)
今は亡き友人……婚約者を寝取られた彼からすればキラは怨敵と言ってもよいかも知れないのだが、少なくとも彼は死者に
鞭打つような不毛なことをしない人間だった。
(確かに、俺はお前の事をよく思っていない。でもキラ、お前はフレイに選ばれたんだぞ。それなのにフレイだけ残して逝くなんて)
あの時、自分が身代わりになれば、いや身代わりになるくらいの力があれば……そう彼は後悔せずには居られない。
だからこそ、今度こそ……彼は誓うのだ。大事な人を守る為に。
(俺にキラの代わりはできない。でも、俺にも出来ることがあるはずだ。俺はそれを精一杯しよう)
サイが去るのを見たフレイは、内心で彼に頭を下げた。
(ごめん、サイ。でもこれは必要な事なの……キラの意思を継ぐ為にも……)
彼女は良心の呵責に苦しんでいた。サイを裏切り、キラを騙した挙句に死に至らしめた……そのことは彼女の心を蝕んでいた。
だがそんな日々を送っている彼女に、ある転機が訪れた。そう、パイロットへの転向である。
最初こそ、彼女は恐怖した。自分が死ぬかもしれないと考えたからだ。
だが自分が戦場に出てアークエンジェルを守る事がことがキラを騙したことへの贖罪になるのではないか……
そんな考えが生まれるに連れて彼女の怯えは消えていき、逆にパイロットになることへの意欲さえ生まれてきたのだ。
なぜそんな結論に至ったのかは彼女にも判らない。
しかし、その考えが彼女に勇気と意欲を与えた事には間違いない。
「私は……キラのやろうとしたことを継ぐ。この船を最後まで守ってみせる」
その決意を表すため、彼女は自慢の長い赤髪を切った。今では彼女の髪は肩に掛かるか掛からないくらいかの長さしかない。
だが、それこそが彼女の決意の深さを物語っていた。
アークエンジェル、第34師団を先鋒にした第5軍がカーペンタリアに向かって突き進んでいる頃、
迎え撃つザフト軍は苦境に立たされていた。数日前の空爆でザフト軍は多くの指揮官を失ったばかりか、
カーペンタリアに貯蔵してあった物資の多くを失った。これらの影響による食料、燃料、弾薬……戦争に必要な物資の不足は
部隊の運用に暗い影を落としていた。
「これだけしかないのか?」
臨時司令部となった野戦テントの中で受け取った報告にクルーゼは呻く。
「はい。地下に建設されていた弾薬庫はバンカーバスターで吹き飛ばされ、燃料貯蔵庫は気化爆弾で根こそぎ叩かれたので……」
「くそ、これでは戦闘機を使った制空権の維持もままならないか」
ザフトが動けなかったのは、兵力が少ないからだけではなく、それを動かすための物資の不足があった。
仮に全軍を動かせば、二会戦分の燃料、弾薬しかないのだからそうそう軍を動かせる訳が無い。
連合軍最高司令部は、かなりの量の物資を吹き飛ばしたとは考えたが、そこまでザフトに打撃を与えていたとは
知らなかったのだ。ゆえに前線のブラットレーもそのことを知る由も無く、ザフトの沈黙が何か策あってのこととではないかと
考えてしまったのだ。尤も考えなしに進撃するよりかは大分ましだが……。
クルーゼは、オーストラリアの戦況が描かれた地図を見て考え込む。
(第5軍が東北から、第13軍が東海岸から、そして第7軍がトリントンから進撃中か……
敵の規模は一個軍がこちらの全軍に匹敵する規模。しかもこちらに増援の見込みは無い)
プラント本国からは徹底抗戦の命令しか来ない。すでに上層部はこちらを見捨てたとしか彼には思えなかった。
宇宙に脱出するためには、連合が攻略していないマスドライバーを持つカオシュン基地にまで脱出するしかないのだが、
潜水艦の数が絶望的なまでに不足しているために断念せざるを得なかった。
無論、クルーゼ本人や直属部隊が逃げるには十分な数があるが、そんなことをすれば本国に帰還した途端に
軍法会議にかけられた挙句に敵前逃亡罪で銃殺刑になるのがオチだ。
(それだけは回避しなければならない。私のシナリオはまだ道半ばだからな)
彼は考え込んだ。そう、この危機を脱して生還する方法を……。
(現段階で尤もカーペンタリアに接近しているのは、ブラットレーの第5軍だな。
だが奴は連合陸軍の中でも指折りの野戦指揮官だ。まともにぶつかってはこちらの損害も大きくなる可能性が高い。
それなら第13軍のパウルスのほうが叩きやすい相手だ)
クルーゼは現在、カーペンタリアに迫っている連合軍部隊の指揮官を頭に思い浮かべて策を練る。
(ブラットレーは用心深いし、それなりに頭もきれる。これに対してパウルスは優柔不断の元事務屋だ。
第7軍司令官のミッチャーは可もなく不可もなくの指揮官だが突発的事態に弱いと聞く。
ふむ……第13軍を壊滅させてやれば、ミッチャーは作戦の練り直しを要求する可能性が高い。
そのときこそがこちらにとって最後のチャンスとなるだろう)
クルーゼは地図を眺めつつ、己の採るべき行動を頭の中でシュミレートする。
そしてクルーゼが黙り込み、数分、さらに部下達が怪訝そうな顔で彼を見始めてから数十秒後、彼は決断を下した。
「よし、カーペンタリアの全軍を動かす」
「!? 司令、まさか守備軍全軍を動かすおつもりなのですか?」
慌てた幕僚達に、クルーゼは冷たい笑みを浮かべて言った。
「当たり前だ、我々に遊兵を作っているほどの余裕はない」
「で、ですがカーペンタリアを留守にしておくのは」
「カーペンタリアにこだわり続け、いたずらに戦力を分散すれば優勢な連合に各個撃破される。
そうなる前にこちらから打って出るしかないと私は思うが?」
クルーゼの言うことは正論であるが、保有する物資の面からなおも幕僚達は反論する。
「ですが、こちらの武器弾薬、燃料は二会戦分しかないのですよ? 敵を撃退するには不足が」
武器弾薬が不足するのが目に見えていると言うのに作戦を強行するなど愚の骨頂であった。
それゆえに幕僚達は何とかクルーゼを止めようとするのだが、彼の思いもよらない言葉によってその意図は頓挫した。
「誰が連合の全軍と戦うと言った?」
「は?」
クルーゼの言葉に、幕僚達は思わず言葉を失った。
「我々の目的はこの場をうまく切り抜けることだ。目的を取り違えるな」
クルーゼはそう言うと、己の作戦の要綱を説明した。
だが彼のあまりの常識外の作戦、いやある意味外道とっても良い作戦に幕僚達は反対した。
何故なら作戦が成功したとしても、下手をすれば自分達は友軍を見捨てたと後ろ指を指されかねないからだ。
だが反対する幕僚も次第に沈黙せざるを得なくなる。
「ではここで死ぬかね? それともナチュラルの靴の裏でもなめて命乞いでもするか?」
「そ、それは……」
「私とてこの作戦が外道だと判っている。だが100のすべてを救おうとして全てを失う危険を犯すよりは
40を切り捨てても、60を救う方法を選ぶ。それとも君は100の全てを救う方法を持っているのかね?」
幕僚達に代案などなかった。そして代案がない彼らには司令官たるクルーゼが決めたことには従うしかないのだ。
「……わかりました。速やかに準備に入ります」
「それで良い」
しかし、なおも戸惑う幕僚達を見てクルーゼは嘲笑の笑みを浮かべて言い放った。
「心配するな。こちらが目的を達成すれば、全てが正当化される。上もそうそう咎めはしない」
幕僚達がクルーゼが発する狂気を感じて黙り込むが、当の本人は気にもとめなかった。
(戦争は勝たなければならない。そのためにはどんな手段も使う……それがいつの世も人を、世界を地獄に叩き込んできたと言うのに
人はそれに気づこうともしない。いや気づいていてもそれを是正しようともしない。
新人類を気取るコーディネイターも、所詮は能力が高いだけでナチュラルと違いは無い)
己を生んだ世界の愚かさを嘲笑しながら、クルーゼは重ねて言った。
「戦争は勝たなければならないのだ。そのためにはどんなことも許されるのだよ」
かくしてカーペンタリア奇襲後、混乱してきたザフト軍が態勢を立て直して反撃が移ることが決定した。
同時にオーストラリア大陸における最大クラスの会戦が勃発することが決まった瞬間だった。
あとがき
青の軌跡第13話をお送りしました。
さて次回あたりにサイがバスターに乗って出撃すると思います。アークエンジェルにもがんばって貰わないといけません。
まぁ艦長がナタルさんですら活躍できるでしょう。ついでにクルーゼも活躍する予定です。
まぁこれだけ劣勢ですから、クルーゼの指揮官としての腕の見せ所となるでしょう。
本来、知恵と勇気を絞って戦うのは主人公サイドなんですけど(苦笑)。
それでは駄文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
青の軌跡第14話でお会いしましょう。
代理人の感想
サイがバスターと聞いて、風の魔装機神を連想してしまう私はMX猿。
知恵と勇気云々ですけど、問題ないです。
種で、主人公サイドが知恵と勇気を振り絞る場面なんて一度もないんですから(爆死)。