ここ地球連合軍最高司令部ではクルーゼを逮捕したこと、さらに彼のやっていたことをアズラエルが各国首脳に報告していた。

「ですから、今回の作戦は彼の独断によって推し進められたことが判明しました」

「なるほど」

「さすがにコーディネイターも、理性を失っては居ないということですな」

ザフトの暴挙が、組織的なものではなく、一指揮官の暴挙と言うことで片付けようとするアズラエルだったが、それに

反発するものがいた。しかもそれは身内からだった。

「だが、たかが一指揮官が核や生物兵器を使うことの出来る軍事組織と言うのは危険極まりないな」

「その通り。まったくあんな民兵組織あがりの軍隊が我が軍に匹敵する、いや分野によっては凌駕する兵器を持っていると

 言うのだから物騒なこと極まりない」

「あんな組織は一人残らず叩き潰すべきだ。いやそんな組織を生んだ母体たるプラントも徹底的に叩くべきだ」

大西洋連邦首脳陣、特に強硬派高官はザフトの暴走をプラント全体そのものの責任とする者もいた。

尤も彼らの言い分も分からないことはないが、過去の所業があるだけに説得力がない。そんな彼らにサカイが言う。

「罪があるとすれば軍事組織であるザフトとその統括機関である国防委員会であってプラントではありません。

 我が軍はあくまでもザフトを打ち破ることを第一とすべきで、懲罰に関しては戦後に関係者を裁判にかければ良いだけです」

彼はぞろぞろとプラントごとコーディネイターを殲滅しようとする主張する連中を牽制して黙らせた。

そんな様子を見て、アズラエルは強硬派路線と言うか過激派がある程度制御できつつあると感じた。

(ブルーコスモスの過激派がある程度静まりつつある。まぁマリアみたいな『うるさ型』の女史がいるんだから当たり前か。

 それにしても女って言うのは怖いな。まぁ女と口喧嘩して勝てる男なんていないというし)

ブルーコスモスの会議で、散々にマリアに論破されて見るも無残に敗退していった強硬派の論客を思い浮かべて苦笑する。

「まぁ今はその危険な軍隊を懲らしめるための作戦、エルビスの準備を急ぎましょう」

そう言ってアズラエルは話題をエルビス作戦に変える。

「エルビス作戦の準備は?」

「現在、第5艦隊、第6艦隊、第7艦隊が出撃準備に入っています。予定通りに作戦の発動は可能です」

第5艦隊、第6艦隊、第7艦隊の3個艦隊はすべてMSの配備が完了した艦隊であり、地球連合軍の主力と言って良い。

現在月には1000機ものMSが配備されているのが、そのうちの多くが上記の3個艦隊に配備されている。

「反攻の時、至れりですな」

大西洋連邦軍高官はしたり顔に頷く。

このエルビス作戦は大西洋連邦軍が主導で推し進めている作戦で、ボアズ攻略後はプラント本土のあるL5に侵攻してザフト軍に

打撃を与えるのが作戦の趣旨であった。しかし連合は補給の問題もあって長期間にわたりL5で行動するのは困難と見ていた。

このためL5でザフトに消耗を強いたあとはさっさと撤収し、再度の総攻撃を敢行する予定だった。

いわば、ザフトの抵抗力を削ぐのがこの作戦の趣旨なのだが、アズラエルの目論みは別の所にある。

(何としてもジェネシスは叩き壊さないとな)

建造中の全艦艇が揃うまでは動きたくないが、手をこまねいて居れば史実の二の舞、下手をすれば連合の敗北に終わる。

そんなことになれば、死者も史実の比ではなくなる。下手をすれば地球環境が致命的打撃を受けかねない。

(それだけは何としても阻止しないといけない……そうでなければこれまでの犠牲が無駄になる)

アラスカ、パナマ、オーブ、オーストラリアで散って逝った多くの将兵。彼らに報いるためにもそれだけは阻止しなければならない。

現在、アズラエルの手元に入っているジェネシス関係の情報はザフトが新たな要塞らしきものを建設しているとの情報だけだった。

アズラエルはこの情報を元に、新たな要塞を叩き壊す口実にするつもりであったが、それを表沙汰にできない事情があった。

(地球連合軍内部に不穏な動きがあるなんてね。さすがに気づかなかった)

数日前の、マリアとの会話をアズラエルは思い出して、内心で苦い顔をした。






             青の軌跡 第22話






 地球連合軍最高司令部で会議が開かれる数日前、ブルーコスモス本部でアズラエルは予期せぬ報告を受け取っていた。

「地球連合軍内部で不穏な動きが?」

「はい。政府内部でも不穏な動きがチラホラとみられます」

アズラエルはマリアの報告に眉をひそめた。

「どういうことです?」

「確固たる証拠があるわけではないのですが、ブルーコスモスを快く思わない人間が動いている模様です。

 特にアズラエル財閥と敵対関係にある企業で最近、奇妙な動きが見られるとの情報が情報省や連邦警察から入っています」

マリアは下院議員でありながら、非常に顔が広い。連邦警察は勿論、連邦情報省、軍情報部にも繋がりを持っている。

噂に過ぎないが、軍高官の中にも彼女に頭が上がらないと言う人間もいるらしい。そんな彼女だからこそ情報を集めることが出来た。

マリアは自分が持っている情報が書かれている書類をアズラエルに手渡した。

「……確かにこれだけの物が、闇に消えているとなると不穏としか言いようがありませんね」

書類に書かれている情報を見て、アズラエルはうなる。

尤もMS、MAだけではなく、駆逐艦クラスの艦艇が消えているとなれば誰でも唸るだろうが……。

「ですが何故ここまでのものがなくなっているのに、誰も気付かなかったんですかね」

「恐らく、それが一箇所で同時に消えたものではなく、時間を置いて別々の場所で消えたためでしょう。

 軍内部では一箇所で消えたものは大したものではなかったために、長らく放置されていたようです」

「それを何故、貴方は見つけたのです?」

「私は国民の税金がムダに使われるのが嫌いなので、そういったことにもある程度目を配っているんです」

「……そうですか」

ちなみに、この問題は後に問題視され担当者は見事に首が飛ぶ事となる。

「それに闇に消えた資金も多い。こいつは問題ですね」

「個人的な横領にしては額が多すぎます。これに関連すると考えられるものとして最近のジャンク屋の動きがあります」

「ジャンク屋?」

「はい。最近彼らは莫大な資金を投じて沈没した戦闘艦、ザフト、連合を問わずにサルベージしているようです。

 他に傭兵をどこかに集めているとの未確認情報も入ってきています。資金、物資、人員の規模から半個艦隊程度にはなります」

確認できているだけでも半個艦隊だとすれば、最悪の場合は一個艦隊を超える規模の勢力が登場することになる。

「エルビス作戦を前にしてこうも動くとは……裏で動いている連中は何を考えているんでしょうね」

あきれ果てた、とばかりにため息をつくアズラエルだったが、マリアはさも当然とばかりに言った。

「ブルーコスモス派将兵の暴走を危惧する連中からみればブルーコスモスの行動を制限できる勢力が必要なのでしょう」

アラスカのサイクロプスの使用、オーストラリアでの第5軍将兵の暴走を思い出してアズラエルは反論できなかった。

「つまり、こちらは後ろから刺される可能性を考えないといけないと?」

「そういうことになります」

何とも救いようのない結論だった。最近、ストレスによる胃痛と偏頭痛が起こり始めたアズラエルは思わず胃の辺りをさすった。

そして、引き出しから最近になって買った良く効く頭痛薬と胃薬を出す。

「どうぞ」

マリアはどこからともなく、水の入ったコップをよこす。

「すいませんね」

礼を言ってコップを受け取ると、アズラエルは一気に薬を飲み干した。

「ふ〜・・・・・・これで大分、楽になるか」

心底疲れたとばかりにため息をつくアズラエル。その姿を見てマリアはぼそっと呟く。

「まるで40過ぎて疲労を溜め込んだ中年おじさんみたいですよ・・・・・・」

「!!!」

『おじさん』・・・・・・実年齢が21であった修にとってこれほど痛い言葉はなかった。

「ふふふふふふふふふ・・・・・・・」

おじさん、おじさん、おじさん、おじさん・・・・・・エンドレスに頭の中で鳴り響く単語にアズラエルは精神が逝きかけた。

「め、盟主?」

さすがにこの反応を予想していなかったのか、マリアは冷や汗を流す。

「お、俺は、俺はまだ20代だ!!!!」

「30代のはずでは?」

魂の慟哭のような叫びをあげるアズラエルだったが、マリアはすかさずツッコミを入れる。

「精神は20代だ! 病は気からという言葉もある! 気が若ければ大丈夫なんだ!!」

「・・・・・・それは些か強引な論理だと思いますが。それに精神が若くても、実年齢には関係ないのでは?」

「・・・・・・・・・うぐぅ」

「・・・・・・何を言っているんですか」

「気にしないでください。少し人生の不条理について考えただけです(この世界にカ○ンはないのか・・・・・・)」

そう言えばアズラエルって三十路だったんだよな〜と、どこぞの設定資料を思い出しながら落ち込む修ことアズラエル。

(ちくしょう、花の20代が、俺の青春が〜〜〜〜!)

今更ながら、何でこんな状況になったんだと思うアズラエルだったが、そんなことを思っても仕方ないと思考を切り替える。

「まぁ話を元に戻しましょう」

そう言って話を元に戻すアズラエル。ブルーコスモス盟主と言う肩書きは伊達ではない。

「兎にも角にも、ミス・クラウスはこちらの調査を急いでください」

「判りました。盟主も気をつけてください。彼らは盟主を暗殺することも視野に入れている可能性がありますので」

「無論です。僕もここまで来て暗殺されるなんて御免ですからね」



「まったく、何でこうも厄介なことが・・・・・・」

地球連合高官が中身の薄い会話を交わすのを見ながら、彼は今後のことを考える。

(地球連合軍内部に裏切り者が存在するということは、こちらの作戦が漏れる可能性があるということだ。

 その状態でジェネシスを作戦目標として公表するのは危険すぎる・・・・・・ふむ、ここはレビル将軍を真似るしかないか)

一年戦争においてレビル将軍は、ジオン本土攻略作戦『星一号作戦』の目標をソロモン攻略が完了するまで公表しなかった。

この故事を真似て、攻撃目標を隠匿する必要があるとアズラエルは考えた。

(ボアズをつぶした後に、本当の作戦目標を公開するか・・・・・・まぁ艦隊指揮官には知らせておかないとまずいが)

しかし艦隊指揮官の中に内通者がいては洒落にならない。下手をすればアラスカにおけるザフトの二の舞となる。

(ブルーコスモス派の将官を配属させるしかないな)

だがそれは軍の人事への介入を意味する。下手をすれば総スカンを喰らう可能性もあるが、背に腹は変えられない。

(しかしそれだけでは効果が薄いかもしれないな。ここは何かしら一芝居する必要があるか・・・・・・)

スタンドプレーと批判されそうだな・・・・・・と、今後のことを思い浮かべてため息をつくアズラエルだった。

(今は胃痛と頭痛だけど、下手したら今度は脱毛になるかも・・・・・・って洒落にならん!)

どこぞの某巨大掲示板に張られていたアズラエルの禿げた姿を思い出して、彼は身震いした。

「育毛剤も買うべきか・・・・・・」

ボソリと呟いた言葉は、彼の近くにいたある軍高官の耳に入り、後に『アズラエルは生え際が後退しつつあるそうだ』という

噂が蔓延する事態になる。ちなみにそれに驚愕したサザーランドは急いで日本の某育毛会社を北米に呼び寄せることになる(爆)。



 地球連合軍最高司令部での会議を終え、アズラエルは専用機でさっさと大西洋連邦本国に帰国した。

尤も本国に戻ったからといって暇と言うわけではない。彼は速やかに自分の仕事(書類決済、要人との会談)に取り掛かる。

「・・・・・・忙しいですね〜」

アズラエル財閥傘下の企業、取引相手の大企業、あるいは大西洋連邦軍の軍工廠などあちこち飛び回っているので疲れもたまる。

「休みが欲しい・・・・・・」

「この決済が終わったら、いくらでもお取りください」

「・・・・・・これをかい?」

目の前に高く積まれている書類の山。アズラエルの執務室にはこの山が幾つかある。秘書官は冷静に続ける。

「いたし方ありません。社長はブルーコスモスの活動で執務をおろそかにすることが多いので」

「その結果がこの山かい? 役員連中は何をしているんだ・・・・・・」

「これは全部、社長ご自身の決済がなければならないものばかりです」

「はははは・・・・・・はぁ〜」

もはや笑うしかない。かくしてアズラエルはまる一日ほど缶詰となった。

「し、死んだ・・・・・・・・・」

やっとすべての書類の決裁を終えたとき、窓から朝日が差し込んでいた。どうやら完璧に徹夜したようだ。

奮闘した証として彼の周りには多数の空瓶の栄養ドリンクが転がっている。

「も、もう嫌・・・・・・」

戦争とは別にドンパチするだけではない。戦闘は後方から補給があってこそ成り立つ。

補給と聞けば地味な仕事に思えるだろうが(実際、見た目は地味)、実際のところはとんでもなく大変なのだ。

戦争が激化し、消費する物資が増えれば増えるほどアズラエルのような死の商人は商売繁盛となるので良いことなのだが、

その分だけ仕事は増えるのが道理だ。さらに彼はこれまでの活躍で影響力は拡大しているため、それに見合った仕事が回ってくる。

「つ、疲れ果てた・・・・・・と、いうか本当に俺が処理しないといけない仕事か?」

書類の中には、ブルーコスモス派の暴走によって被害が出たことに対する軍からの抗議や、どっかのコーディネイター擁護派からの

抗議文などがかなりあった。部下の不始末で頭を下げるのは上司の仕事とはいえ、顔も見たことのない自称ブルコス構成員のことまで

こっちで処理しないといけないとなると、やってられるかと言う気分になる。

尤も書類の中には、いくつかの朗報も存在したのがせめてもの慰めだった。

「拠点攻撃用MSがやっとロールアウトか。まぁ何といってもミーティアを装備したジャスティス、フリーダムへの対抗馬だからな」

そう、アズラエルが命じていた拠点攻撃用MSがやっと完成したのだ。OSの関係で複座型だがその性能は高い。

攻撃力、防御力、ともにミーティアを装備したジャスティス、フリーダムにだって引けはとらないだろう。

尤もパイロットの質はひっくり返しようがないので、アズラエルとしては強化人間とソキウスを乗せるつもりだった。

「エルビスには6機ほど持っていけるか。本当はもっと欲しいんだけど、価格が・・・・・・」

史上最強の攻撃力、防御力を誇る拠点攻撃用MS『トライデント』、そのお値段は実に駆逐艦3隻分。

その値段を聞いたキンケード大将は椅子からずり落ちたとさえ言われている。

尤もこれに原子炉の整備費用、武器の代金、その他を加えると、一年の維持費は戦艦1隻分の維持費に匹敵する。

現時点では史上最強にして、史上最悪の金食い虫。それがトライデントだった。

「・・・・・・さて、まぁ他に新型MSもあるし」

アズラエルは現実逃避するように、別の新型機の資料を見る。そこにはGAT−A105ストライクのデータがあった。

「核動力MS・・・・・・まぁ戦闘能力はジャスティスには劣るけど、それなりの性能があるか」

性能はジャスティスよりは低いものだった。だが数で勝る連合軍なら性能の差を物量でひっくり返すのは難しいことではない。

尤もこれだけの物量を戦場に投入すると言うことは、民間が非常に圧迫されていることを意味している。

「やれやれ、酷いもんだな。またどこかを切り捨てないといけないな………」

大西洋連邦はNJCによって核エネルギーが使用可能になったことから、エネルギー事情は急速に回復している。

資源に関しても月、アステロイドベルト、それにジャンク屋から回ってくる資源を利用することで辛うじて戦線を支えている。

だが、さすがにプラントから資源の流入が途絶えたのは痛かった。地球の鉱物資源はほぼ枯渇しているし、開戦以降、資源採掘場が

いくつも潰されたのも痛かった。これによって民間に回る物資は限られることになった。

この資源の流入が先細りになるにつれ、物価の上昇が発生して経済に悪影響を与えている。

だが比較的、物資に余裕のある大西洋連邦は比較的ましなほうであった。


「ひどいものね……」

フレイは破壊されつくされた建物を見て、そう答えることしかできなかった。

彼女がいるのはシドニー郊外の旧大洋州連合軍基地。だが、その街は熾烈な爆撃と砲撃でその姿を変えていた。

だが市街地もまた甚大な損害を受けている。NJでエネルギー不足に陥っている大洋州連合では、資源を持っていても

それを加工する工業力がなかった。それはさらに復興を遅らせると言う事態をもたらしていた。

今まではプラントから工業製品を輸入できたので問題にはならなかったが、それが途絶えた為、大洋州連合は危機に陥っていた。

「これが戦争か・・・・・・・・・」

彼女達、第5軍の将兵は第7軍と合流したあと、徹底的な身体検査を受けた。

何せ核兵器と生物兵器の洗礼を受けているために、かなり念入りに検査は行われた。何十もの検査項目をクリアーしたフレイは

久しぶりにアークエンジェルから降りて、基地の中を歩いていたのだ。無論、お供をつれて・・・・・・。

「フレイ、やっぱり戻ったほうがいいって」

許婚を寝取った男を友人として接し続けた、ガンダム史上最高(?)の良い人、サイ・アーガイルだ。

「まだ色々と危険なんだから・・・・・・」

大洋州連合政府はカーペンタリア壊滅を見て、即座に無条件降伏を宣言した。これによって7月4日以降は戦闘は終結した

といってよかった。だがかといって全ての基地が安全と言うわけではない。復興の遅れは市民の不満となり、治安の悪化を

招いていた。だがそれでも彼女は首を横に振る。

「大丈夫よ。それに・・・・・・色々と見ておきたいの、私達がしたことを・・・・・・」

あの都市部での戦闘……彼女は初めての戦闘で多くの人間、それも不可抗力とは言え、民間人も殺してしまった。

最初はそのことを病み、精神を病みかけたがナタルやサイの励ましによって今は辛うじて立ち直った。

そして立ち直った彼女は、自分達がしたことを直に見ようと制圧されてまもない基地に降り立ったのだ。

アークエンジェルは修理中であり、当面は暇なので簡単に許可は下りた。尤もサイは、またフレイが落ち込むのではないかと

心配してこの基地を見て回ることに反対したのだが、フレイの意思は硬く、結局一緒について回ることにしたのだ。

彼らが眺める先には、多くの残骸と死骸があったが、連合軍の兵士達は腐敗臭すら漂わせる死体もテキパキと処理していく。

「これが戦争か……」

漂う腐敗臭、多くの残骸、そして人間だった物……そこには彼女が決して感じなかった死があった。

そしてその現場を離れれば、多くの兵士が手当てを受けている臨時の野戦病院がある。

そこには第5軍、第7軍の負傷した将兵でも、最も酷い傷を負ったものが収容されていた。

「痛い、痛い……」

「足、俺の足を見つけてくれ……頼む」

「目が、光がない。嫌だ。嫌だ……」

手を、足を、目を失い苦痛にうめく将兵。それは今までまともに人の死を見たことの無いフレイにすればかなり衝撃的だった。

「……フレイ」

気遣うサイの声に、辛うじて彼女は気を持ち直す。

「大丈夫、大丈夫よ……(私はこんな地獄をキラに………)」

自分がしてきたことの罪深さを思い知り、彼女は内心で涙を流す。そんな彼女に声をかける者がいた。

「お前達、ここで何をしている?」

彼らが振り返った先には、中佐の階級章をつけた軍人がいた。40代と思わしき男だったが、全身から出るオーラは

決して体が衰えていないことを表していた。そのオーラに二人は一瞬だが立ちすくむ。

「いえ、その……」

言葉に詰まるフレイをフォローするかのように、サイが口を挟む。

「何か自分達にできることか無いかと思いまして、色々と基地を散策していました」

さすがに基地の様子を見るために、ブラブラしていました……などと言ったら拙いと判断したサイは敬礼した後にそう答えた。

「なるほど……名前と階級、所属部隊は?」

「あ、フ、フレイ・アルスター少尉、所属部隊はアークエンジェルです」

「サイ・アーガイル准尉、所属は同じくアークエンジェルです!」

「ほぉ……あのアークエンジェルの?」

この感嘆したような問に、サイは尋ね返した。

「アークエンジェルって、そんなに知られているんですか?」

「知っているも、何も、アークエンジェルと言えば単独でヘリオポリスからアラスカまで辿り付いた武勲艦だよ。

 そんな艦が有名にならないわけが無いだろう?」

アークエンジェルの異常とも言ってもよい戦果は、地球連合軍では有名となっていた。

クルーゼ隊を振りきり、アフリカで砂漠の虎と謳われたアンドリュー・バルトフェルドのバルトフェルド隊、さらにインド洋で

地球連合軍を苦しめたモラシム隊を壊滅させたことは、こう着状態を余儀なくされていた連合軍将兵を歓喜させた。

少なくとも士気向上と言う面において、アークエンジェルが多大な役目を果たしたことは間違いない。

「(彼らがアークエンジェル隊の………)君達はパイロットか?」

「は、はい」

「ならば、基地の手伝いなどせずにきちんと静養をとっていた方がよい。パイロットはMSの操縦が仕事だ」

そう言って、彼はその場を去ろうとする。

「あ、すいません、中佐は?」

「ん? ああ、まだ名乗って居なかったか……私はユウ・ミナカタ中佐。

 アークエンジェル級2番艦『ドミニオン』艦長を務めさせてもらっているものだ」

「ドミニオンですか?」

サイの疑問に、ミナカタは頷く。

「そうだ。地球連合軍上層部はアークエンジェル級を評価している。そのためにアークエンジェル級をある程度建造しているのだ」

初めて聞く事実に、ふたりは顔をあわせる。

「まぁ最近は準同型艦の建造計画があると言うがね。ザフトとの決戦も間近だからな、上も必死だ」

戦争のことを笑って話すミナカタに、やや不満そうにフレイは尋ねた。

「………中佐はザフトとの決戦が楽しみなんですか」

責めるような響きを持つ言葉にミナカタは言った。

「楽しみなどとは思ってはいない。だが待ち遠しいことは確かだ。ザフト軍を叩き潰せばこの戦争は終わるからな」

「……それで終わるんでしょうか?」

「終わるだろう。こんな馬鹿げた戦争をズルズルと続けるほど、世界に余裕があるわけではない」

「馬鹿げたって……」

聞き様によっては非常に危険な発言を聞いて、フレイは言葉に詰まる。しかし彼は気にもせずに話を続ける。

「馬鹿げているのは事実だ。この戦争は馬鹿な政治家が引き起こし、それを馬鹿な軍人と政治家が泥沼にした。

 だいたい戦争の原因も、実際のところは昔ながらの経済問題。人間と言うのは何百年たっても進化できない生物だよ」

ミナカタはコーディネイターがナチュラルの進化した形とは思っていない。所詮は能力が高いだけの人間だ。

だがそれゆえに脅威でもあると考えていた。

(連中が本当に進化した存在ならばこんな戦争は起こらん)

コーディネイターは頭がよい。それは間違いないが……それゆえに彼らは他人と深く会話をしようとはしない。

彼らはあっという間に物事を理解してしまう。それゆえに長々と話し合う必要が無かったのだ。

それゆえに彼らはナチュラルと話をする必要を認めなかった。彼らからすればナチュラルは一々教えないと判らない猿なのだ。

勿論、ナチュラルから見ればこれは面白くない。彼らはコーディネイターが自分達を見下していると肌で感じ、能力に対する劣等感

と相まって、ますますコーディネイターに対する排斥ムードが強まる。

最終的にコーディネイターは自分達の世界たるプラントに逃避し、そこで外界とは遮断された世界を作り上げた。

「所詮、連中は遺伝子をすこしだけ弄って能力を得た人間に過ぎない。まぁ一般の人間から見れば十分、宇宙人だろうがね。

 だが、彼らがそう思われるようになった原因は彼らにもある。彼らがもう少しナチュラルと話し合い、相互理解を図っていれば

 こんなことにはならなかっただろう(尤も、それでも摩擦はなくならなかっただろうがね)」

所詮、人間とは自分に無いものを妬むものだ。完全な相互理解は無理だ。

(人類はコーディネイター誕生以前から肌の違い、宗教の違い、イデオロギーの違いで争ってきた。

 ましてこれに種族が加われば、対立は必至だろう。だがそれでも十分に話し合いがなされていれば……)

多くの良識派の人間が、一度は思う歴史のIF……しかしそれを論じても意味は無いとミナカタは振り払った。

「とにかく、我々の敵はザフトだ。最終的にザフトを打倒すれば戦争は終わる(一旦はな……)」

「でもコーディネイターをすべて皆殺しにしろって言われたら、どうするんですか?」

「それが為政者の命令なら従わなければならない。それが軍人だからな……だが、そんな国家に敬意を払う必要は無い」

「………」

「君が戦争そのものに関与したいなら、政治家になることだ。軍人は単に政治家に従って、物を破壊するしか能のない人間だからな」

そう言って、ミナカタはフレイ達のもとを後にした。





 地球連合軍の決死の追撃を振りきり、さらに辛うじてカオシュン基地を経由してプラントに帰還したイザークだったが

久しぶりに帰還したプラントは暗然たる雰囲気があった。街を歩きながらイザークはその雰囲気に不機嫌になった。

「カーペンタリアは核で壊滅、クルーゼ隊長は捕縛、歌姫は反逆、宇宙軍は大敗して熟練パイロットが不足、おまけに……」

明らかに品揃えが悪くなった商店を見る。

「水、食糧不足か……」

食糧、水を輸出していた大洋州連合が連合に敗北し、また中立国のオーブも亡き今、地球から食糧を輸出してくれる勢力は消滅した。

ましてオーストラリアでのクルーゼの暴走振りから、反プラント感情が地球圏の国家に巻き起こっており、新たに食糧を

輸出してくれる国家、勢力を見つけるのは困難となっていた。

「ザラ議長はどうするつもりなんだ?」

ユニウス7のように食糧を生産するプラントはあるが、それとてプラント市民全員を養えるほどの量は賄えない。

このままずるずると戦いが長引けば、プラントは内部から自壊しかねなかった。

「母上に尋ねてみるか……」

イザークの母であるエザリア・ジュールは強硬派であり、パトリック・ザラの派閥を構成する幹部だった。

彼女ならば、ある程度の見通しは持っているとイザークは判断する。

「一体、プラントはどこに向かおうとしている?」

この戦いの先に、明るい未来が待っている……かつて何の疑いも無く信じていたもの、それが儚くも崩れ去ろうとしていた。

彼がプラントの未来について問いただそうとしたエザリア・ジュールはそんな答えを持ち合わせてはいなかった。

彼女達、プラント最高評議会議員はほぼ全員が迫りくる地球連合軍との決戦に備えることしか頭に無かった。

「ナスカ級、エターナル級の建造を中止すると?」

『そうだ。核兵器を手にしたナチュラルどものことだ、3ヶ月以内にはプラントに総攻撃にくる筈だ』

モニター越しに見えるパトリック・ザラは核を手に入れた地球軍が即座にプラントに総攻撃をかけてくると信じて疑わなかった。

そのために時間がかかる戦艦の建造を取りやめ、それで浮いた労力をすべてMSの建造に傾けようとしていた。

『エターナル級は建造が進んでいる2番艦を除いて建造を中止。ナスカ級も新造艦の建造は取りやめる』

「で、ですがそれでは戦艦の数で圧倒的に不利になります」

『構わん。今から急いで建造したとしても、一体何時になったら一線に参加できると思う?』

「それは……」

エザリアは答えに詰まる。仮に建造を進めたとしても、半年で加えられるのは多く見積もってエターナル級1隻、ナスカ級2隻。

他の艦はまだドックの中。最悪、本土決戦になった場合はドックごと破壊される可能性もある。

「判りました。建造は中止。MSの製造ラインに資材を回します」

『それと砲塔は解体せずにヤキン・ドゥーエ、ボアズに設置させろ。多少の火力アップにはなるだろう』

「了解しました」

この言葉を聞いたあと、パトリックは満足げに頷く。そして少し間をおいて尋ねた。

『フリーダム、ジャスティスは?』

「すでに任務部隊と共に衛星軌道に向かっています。2日後には作戦を開始できると思われます」

『あとは指揮官の手腕に期待だな……(クルーゼめ、我らの足を引っ張るどころか、あっさり捕縛されおって!)』

荒れ狂う感情を押し殺してパトリックは通信を切った。


 ザフトはヨーロッパに対する救援を送り出し、同時に宇宙における決戦での備えを進めていた。

地球連合軍もザフトとの決戦に備えて、順次軍備の増強を推し進めている。だが、その両者の狭間で蠢く勢力もあった。

「かなりの戦力が整っているんですね」

プラントの中にある隠れ家でラクスはダコスタから近況報告を受けていた。

「はい。地球連合軍の中にもブルーコスモス派を嫌う勢力が多く、かなりの協力が得られました」

「バルトフェルド隊長は?」

「はい、恐らく救出部隊と共に帰還するかと……」

「……エターナルの奪取は?」

「残念ながら現状では困難です」

「仕方ありませんね……エターナル奪取は後回しにします。私達は予定通りL4に向かうとしましょう」

「わかりました」

かくして、第3の勢力の胎動が始まる。ザフト、プラントの各所に潜伏している彼らの同志が活動を始めるのだ。

そう、すべては平和な世界を実現するために……だが、それが如何なる事態を引き起こすかを予想出来る者はいない。





 あとがき

 青の軌跡第22話をお送りしました。さて、ついにラクスが動き始めます。

まぁTV本編では何をしたかったのかさっぱり判らなかったので彼女は書きにくいですね・・・・・・本当に(怒)。

え〜、決戦(?)までもう少し波乱がありそうですが、どうなるかな(汗)。

胃薬とか頭痛薬とか飲まないといけなくなった主人公・・・・・何気にあれですか、彼が主人公ですよ(一応)。

それにしてもアズラエル・・・・・・体調がもつかな(爆)。血を吐いて倒れそうな気がしなくともないこのごろです。

駄文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

青の軌跡第23話でお会いしましょう。



感想代理人プロフィール

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代理人の感想

わはははは、この手の作品では定番シーンですな(笑)。>脱毛アズラエル

しかしあっちもこっちも満身創痍の内憂外患、火傷火達磨火の車。

そんな中で「さぁて、どう戦い抜くかな?」ってのが面白くなってきつつあります。

今回のこう言う描写が、なんかツボでした。