「一体、何が起こっている?」
突如の襲撃に捕虜収容所は大混乱に陥っていた。何しろ超大国たる大西洋連邦の聖域である北米にある、この捕虜収容所を
襲撃してくる存在などいるわけがない、と考えていた軍人が殆どであったためにまったく対応がとれないでいた。
「判りません!」
「センサーは?」
「まったく使い物になりません!! 監視カメラもです!!」
「くそ!!」
「しょ、所長大変です、MSが!!」
所長と呼ばれた男は、今、彼がいる建物から見えるMSの数を確認して絶句した。
「8機だと? たかが捕虜収容所に8機のMSだと?!」
最強の兵器であるMSを8機も投入されたとなれば、もはや彼らに勝ち目がないことは明らかだった。
何しろ、ここにある兵器はせいぜい捕虜のコーディネイターを威圧するための装甲車程度。
どう転んでも勝てる見込みはない。近くの基地も全く通信が通じない状況から全滅したものと彼は判断した。
「・・・・・・友軍基地に救援信号を出した後に、脱出する」
次々に脱出していく収容所守備隊。一方でサーペントテールは通信施設を中心に攻撃を加えて通信を完全にシャットダウンした。
敵の指揮系統を断ち、さらに敵が援軍を呼ぶまでの時間を稼ぐのに必要な処置であった。
これによって大西洋連邦軍は初動がかなり遅れる羽目になる。尤もこの収容所が大西洋連邦本土である以上、敵の増援は必至だ。
「急がせろ。そう長くは持たないぞ」
劾の声が通じたのかは分からないが、収容所に侵入した歩兵部隊は次々に抵抗する連合軍兵士を拘束、あるいは無力化していく。
さらに劾は、連合軍の駐屯地の武器庫を破壊して、連合軍の戦意をあっけなく挫いた。
元々この収容所の守備隊は三等級の部隊であり、突入した兵士達は逆に一流ぞろい。戦意と武器を失った為に勝負にならず、守備隊は
大した血を流すことなく無力化された。尤もこれはサーペントテールがいち早く指揮系統を麻痺させ、武器庫を破壊したためだ。
仮に軽装備とは言え、組織的に連合が応戦していれば流血沙汰は必至だっただろう。
捕虜収容所が襲撃を受けたとの情報は、多少時間が経ってから他の基地に伝達された。
これはNJの影響で無線が使えないこと、さらに襲撃した陣営の手によって通信が妨害されていたためであった。
だが、一旦情報が伝達されると大西洋連邦軍の動きはすばやかった。すぐさま、支援に出られるMS、戦闘機が発進する。
さらに騒ぎに乗じて脱走するであろうコーディネイターの捕虜を射殺するべく、陸軍部隊が動員される。
生かして捕らえると言う思考はない。何しろコーディネイターとナチュラルの能力は隔絶している。
仮に生かしたまま捕らえようとすれば、思わぬ逆襲にあう。生き残るために殺す・・・・・・それが陸軍兵士、そして士官の意志だった。
重装備をした歩兵部隊が、相次いでトラックに乗り込み、順次捕虜収容所に向かう。
「いいか、相手はコーディネイターだ! 情け容赦は無用だ!!」
捕虜収容所に向かうトラックの中では、多くの士官がそう言って部下達を鼓舞していた。
「「「了解!!」」」
これに大音量の声で答える部下達。だがその中には憎悪と、そして恐怖が入り混じっていた。
コーディネイター誕生以来、コーディネイターによる犯罪は確実に増えていた。彼らはその卓越した能力で警察を返り討ちに
し、時には軍隊が出動することも多々あった。だが出撃した軍隊でも苦戦することがあったのだ。
それを身をもって知っている兵士は、軍人として訓練を受けたコーディネイターと殺し合いをすることに恐怖を覚えていた。
(俺達で勝てるのか・・・・・・)
(相手は空の化け物だ。それもプロ・・・・・・俺達で歯が立つのか?)
ゆえに彼らは容赦は出来ない。たとえ病人だろうと、けが人だろうと、コーディネイターなら容赦せずに殺すつもりだった。
そこに奇麗事はない、あるのはどの生物にも存在する生存本能。殺されないために殺す・・・・・・ただそれだけだ。
そのころ当の捕虜収容所では、ある人物が救出されようとしていた。
「あ、貴方達は?」
捕虜収容所の特別病棟・・・・・・そこで治療を受けていた少年は、突如として現れた乱入者に目を見開く。
「私達は君を救出するために来た」
「救出? 僕を?」
「そうだ。尤も詳しいことはあとだ。今はここを脱出することを優先する」
そう言って、突入して来た兵士はキラの手をつかむ。
「は、離してください!」
さすがに得体の知れない人間に着いていくことに抵抗を覚えた彼は必死に抵抗するが、入院生活で衰えた体では
抵抗と言っても弱弱しいものに過ぎなかった。さらにこの抵抗を邪魔に感じた兵士は、少年をスタンガンで気絶させた。
「良いんですか?」
「餓鬼の我侭に構っていられるほど我々は暇じゃない」
同僚の問いにその兵士は淡々と答える。かくして少年、キラ・ヤマトは拉致同然に連れ去られていった。
そして目的となる人間を確保すると、襲撃者達の撤退は迅速だった。彼らはまるで潮がひくように去っていく。
残されたのは無力化された連合軍兵士と、破壊された通信施設、そして同じく破壊された周辺の駐屯地のみ。
人的損害はサーペントテールの攻撃で初期のうちに連合軍が殆ど戦闘不能に陥っていたことから、非常に少なかった。
尤も連合軍兵士の大半は、初期の攻撃で戦意を喪失してさっさと逃亡した為に大した被害など出るはずもなかったのだが……。
同時にこの騒乱で脱走できたコーディネイターの兵士も大勢いた。彼らはこの混乱の中、持ち前の能力を使って次々に脱走したのだ。
尤も彼らの多くは急行してきた陸軍によって徹底的に殺戮される憂き目に会う。
破壊されてあちこちが炎上している収容所と、周辺の駐屯地、さらに脱出してきた兵士達の『MSが襲ってきた』との証言から
現地司令部はザフトによる捕虜の救出作戦と判断、さらに脱走した兵士によって破壊活動や犯罪が引き起こされることを危惧し、
最終的には殲滅を命じたのだ。捕虜収容所に残っている捕虜はともかく、脱走した兵士に関しては容赦なく射殺することとなった。
かくして周辺では徹底したコーディネイター狩りが行われることとなる。さらに下手人を仕留めるべく非常線が敷かれた。
尤も下手人の捕縛は残念ながら失敗し、大西洋連邦は本土の捕虜収容所を襲撃され、その下手人に逃げられると言う
大失態を曝すはめになる。大西洋連邦政府はこの大失態を隠そうとするが、反ブルーコスモス派のジャーナリストに
暴露されてしまい、何人かの担当者の首が飛ぶ羽目になる。この失態隠しが明らかになったことで市民の怒りは下手人より
連邦政府に向けられる羽目になる。
また、今回の事件に不安を覚えた各州の州政府は州軍の増強を決定、さらに連邦政府に対して駐屯部隊の増強を要請した。
失態を隠そうとしたことを暴露された連邦政府はこれに応じざるを得ず、予備戦力を切り崩して各地の部隊を増強することとなった。
一方で連邦政府はこの捕虜収容所襲撃事件によって、コーディネイターの捕虜収容所はすべて本土ではなく、
大西洋連邦本土周辺の島に移すことも決定された。何しろ今回のようにまた収容所を襲撃され、捕虜を脱走させられては堪らない。
脱走しても逃げられない孤島、それも制海権を確保したカリブ海沿岸の島々に、彼らを隔離するのは当然だった。
尤も捕虜が増えているので、新たに収容所を建設しなければならないのは金がかかるが……。
青の軌跡 第25話
捕虜収容所襲撃の報は、大西洋連邦軍参謀本部を経由してアズラエルに届けられた。
「国内の治安は軍と連邦警察の仕事だったと思いますが……彼らは寝ていたんでしょうかね?」
MSを含む多数の武装集団が、事もあろうに大西洋連邦の本土である北米に上陸したことは、アズラエルの眉を顰めさせた。
どちらにしろ、これで大西洋連邦軍内部でも足元にもっと目を向けるべきだとの意見が強くなる。
「イギリスに送る予定だったダガーを国内に振り分けるべきだとの意見が参謀本部でもあります」
サザーランドの報告にアズラエルは溜息をついた。虎の子のMS部隊を本国で遊兵にしなければならないのは頭の痛い問題だった。
「やれやれ……宇宙では謎のテロリストが暴れ回って、地上では地上でテロが横行か……まったく」
「ですが、一刻も早く奴らを叩き潰しておきませんと経済活動にも影響を与えかねません」
「判っていますよ。南米の治安が未だに完全に回復しない現状では、南米から部隊を引き抜くのは不可能ですし、
残った選択肢は北米の予備を投入するしかありません……まったく戦争ってのはお金が掛かりますね〜」
軍と言うのは維持するだけで金が掛かる。燃料費、武器購入費、人件費、研究費……金食い虫の最もたるものなのだ。
アズラエル財閥などの軍需産業はそれで莫大な金を儲けている訳なのだが、アズラエルなどブルーコスモス派の企業は軍における
影響力を確保する為に様々な出資を行っている。そのせいもあって、アズラエルは軍でかなりの影響力を有している。
だが、それでもあまりに金をかけすぎれば本業である財閥の経営にも影響が出る。かと言って今更出資を止める事もできない。
(まったくこっちの懐も考えてほしいよね……)
金の勘定を頭の中でしつつ、アズラエルは思考を切り替える。
「まぁ財閥の経営に支障がでなければ問題ないさ。幸いNJC関係の利権でかなり潤っているからね」
NJCに関連する技術は、すべてアズラエル財閥が管理しており、それは莫大な富をもたらしていた。
史実を超える力と資金をアズラエルは手にしつつある。だが、それが史実以上に敵対勢力を結集させる結果にもなっている。
今回の事件は、その一例なのだがさすがにそこまで知ることは出来ない。彼は神ではないのだ。
「まぁ今は再発の防止と、犯人の検挙に総力を挙げさせましょう」
かくして彼はこの一件を、すべて連邦軍と連邦警察に丸投げにした。
彼からすれば餅屋は餅屋に……と言う考えでの決定だったのだが、今回に限ってはやや軽率だったと言わざるを得なかった。
キラ・ヤマト……史実において、地球連合軍、ザフト軍双方に甚大な損害を与えた三隻同盟の主戦力がこの収容所にいたこと、
そしてその彼の遺体が発見されなかったことを彼は知るべきだった。後日、彼はこの日の決定を大いに悔やむことになる。
「さて、それよりも問題は『フェイタル・アロー』だね」
アズラエルは、話題を彼が現在進行形で推し進めている極秘の作戦に向けた。
「アークエンジェル、ドミニオンは現地で応急修理を終えた後、月基地で修理改装を受け、目的地に向かうことになりました」
「間に合うのかい?」
「ドックの責任者には5日で済ませるように指示しました。恐らく大丈夫でしょう」
(5日?……ドックの責任者と、工員は死ぬな……)
たった5日で修理と改装をこなす……かなり無茶のあるスケジュールだ。それに付き合わされる人間に、彼は内心で頭を下げる。
尤も最終的には連合ご自慢の人海戦術で何とかすることとなる。
(だけどやって貰うしかない……まぁ工員には特別ボーナスが出るように取り計らっておくか。それよりも……)
「それにしても、未だに細かい場所が分からないのは痛いですね……もう少し場所が割れていれば成功の可能性が上がるんですが」
「……申し訳御座いません。押収したクルーゼの資料を使っても、中々割り出せません」
参加する2隻のことも問題だったが、彼らをより不安にさせているのは、V01がヤキン・ドゥーエのどこにあるかを完全には
把握できていないことだった。一応、Wブロックと呼ばれる場所にあることは判明しているが、そのWブロックのどこにあるか
までは割り出せなかった。クルーゼから押収した資料や、自白罪で吐かせた各種軍事機密などからヤキン・ドゥーエの構造は
大まかに把握しているものの、やはり具体的な場所を彼らとしては知りたかった。
「最悪の場合はWブロックを丸ごと吹き飛ばす必要があります」
「だけどWブロックを外部から丸ごと吹き飛ばせるだけの核は使えません。何しろ穏健派がうるさいですし……」
穏健派はザフトの核と生物兵器の使用を、外交で封じ込めるつもりだったので、連合の核の使用に関してはとことん口うるさかった。
アズラエルからすれば現状での外交交渉など全く意味がない試みとしか思えないが、少なくとも彼らは本気であった。
「まぁ今回のように破壊工作程度なら問題ないでしょう。それにうまくいけば連中の目をエルビスの時に騙せるかもしれませんし」
そう言って、アズラエルはこの話題を打ち切る。そんな彼にサザーランドが思い出したかのように言った。
「そう言えばアズラエル様、フレイ・アルスターが北米に帰還することをご存知ですか?」
「アルスター嬢が?……いいえ、知りませんでした。いつごろに?」
「一週間後だそうです。軍は彼女を本土に呼び戻して来週ワシントンで開かれるパーティーに出席させると言っています」
「なるほど。最近は何かと暗いニュースが多いですからね……」
アズラエルは単なる士気高揚に役立てるために呼び戻すのかと思ったのだが、それをサザーランドは否定した。
「確かに士気高揚に役立てると言う目的もあるのですが……本当の所は彼女を取り込もうとする派閥が動いているようでして」
「彼女を取り込む?」
たかが一官僚の遺児になぜそこまで拘るのか……そう心の中で疑問に感じたが、次のサザーランドの言葉に納得せざるを得なかった。
「アルスター次官は我が国でも屈指の官僚であると同時に、かなりの資産家だったのです。
さらに彼は軍にもかなり顔が利きましたから、その遺児を取り込むことは非常に意義がある事なのです」
「なるほど……」
「それに彼女は民間でも人気が高い。それにあやかりたい者もいますので……」
劇的な死をとげたアルスター次官の遺児が、前線でMSパイロットとして戦っている。
そんな彼女は英雄を好む庶民にとって、まさに漫画か小説から出てきたような存在だった。
実際に彼女の活躍を知ってMSパイロットに志願する若者が増えており、軍は嬉しい悲鳴をあげている。
そんな彼女を自分達に取り込みたいと思うのは、政治に関わるものなら誰しも持つ願望だろう。
「では用心が必要ですね。仮に彼女を反ブルーコスモス派に取り込まれることがあったら拙いですからね」
「ではアズラエル様もパーティーに参加なされますか?」
「参加するしかありませんね。
……それに最近はブルーコスモスに対する反感を持ったお方が多いようですから、情報収集も必要でしょうし」
そう言いつつも、アズラエルは内心で苦虫を潰したような表情で、ため息をついていた。
(何で庶民の俺がそんなパーティーに出席しなくちゃいけないんだよ……出たくない……でも、出ないと拙いし……はぁ〜)
上流階級が集うパーティーに出ることになれば、そんな上級階級の雰囲気になれていない、いや知らない修が
精神的にダメージを負う事は間違いない。それにアズラエルの記憶からマナーは分かるが、実際に上手く振舞えるかは判らない。
(ため息をつくと幸せが逃げる……確かに至言だったよ瑞樹……最近、ため息ばっかりついてるから、本当に幸せが逃げてる。
でもため息をつかなくちゃやってられない気分だよ……はぁ〜俺も幸せが欲しいよ。いや、幸せなくても良いから平穏をくれ)
癖のある部下を統率し、暴走する下部組織の尻拭いをして、さらには反ブルーコスモス派、強硬派の動きに注意を配る。
この上、プラントに潜入させた諜報員からの報告を分析して、次の手を打つ準備をする。それらに加えて財閥の経営が加わるのだ。
(俺を殺す気かよ!……オレが何をしたって……いや、してるよな)
アラスカ、パナマと直接、作戦に介入し多くの人間を死に追いやっていることを思い出して彼はうな垂れる。
(でもあれは戦争だったんだからやむを得ないこと・・・・・・いや、やっぱりアラスカでサイクロプスを使ったのは拙かったか)
アラスカの消耗でユーラシア連邦は弱体化し、さらにオーブでの消耗が加わったことで大西洋連邦の優勢は確固たるものとなった。
まぁ外交面では険悪となったが、ユーラシアの単独停戦の情報をつかんだことで、こちらもイーブンに持ち込んだ。
一応、アズラエルの策は今のとことはうまくいっている。そう、ナチュラル、コーディネイター双方の犠牲の元に・・・・・・。
彼は改めて自分が死に追いやってきた人間達のことを思い浮かべて、思わず身震いをした。
(俺を殺したがっている人間は星の数ほどいそうだな・・・・・・)
だが、彼はその考えをすぐに振り切る。もはや後戻りは出来ないのだ。彼はそう腹をくくって目の前の仕事に取り掛かる。
(この際、時間は黄金より重要だ。現代は時間が勝負の鍵になることが多いからな……って一日28時間くらいにならないかな)
尤も、すぐに自分のする仕事の量を考えて現実逃避的な願望を持ってしまった・・・・・・尤もすぐに現実に引き戻される羽目になる。
「盟主、何故このような暴挙を許したのです?!」
「そうです!! 空の化け物を叩き潰すには核兵器が必要不可欠なのですぞ!!」
そう、ブルーコスモス強硬派が事情を質しにアズラエルの部屋に押しかけたのだ。
何せコーディネイター完全殲滅を標榜する彼らからすればこの交渉は絶対に認められない。
さらに彼らは、コーディネイターが約束事を守るなどとは端から思っておらず、必ず騙し撃ちしてくると決め付けていた。
尤もそれは正しく、実際にザフトはいざとなったらV01やジェネシスを使う心算だった。
ようするに、彼らは自分の思い込みと偏見の末に真実にたどり着いたと言える。尤もそれを真実だと他人に証明する術も無いが……。
「まぁ落ち着いてください。あまり怒鳴ると血圧があがって健康によくないですよ?」
もの凄い剣幕で迫る強硬派をアズラエルは、何とか宥めようとする。だが彼らは納まらない。
「血圧のことなど構いません!! それより盟主、何故穏健派の暴挙を止めれなかったのですか!」
「そうです! 連中には断固たる姿勢を見せなくてはならないのは承知のはずです!!」
執務室で気勢を上げる強硬派の面々に、アズラエルは内心でゲンナリしていた。さらに胃が痛みを訴えており、内心で顔をしかめた。
(・・・・・・いっそのこと、破壊工作のことを教えてやるかな? いや、機密事項だからここで言うのは拙いか? でもな〜)
アズラエルは、この交渉が単なる時間稼ぎに過ぎないことを教えてやるべきかどうかを考えた。
そして彼はしばしの熟考の末、大まかな点だけを彼らに教えた。
「つまり、今回の交渉はカモフラージュと、穏健派に恩を売ることが目的だと?」
「そのとおりです。僕も連中が条約を守る訳がないことぐらい予想が着きます。
ですから、今回は穏健派に交渉させておき、その隙に連中の切り札であるヴェノムの工場を叩くのです」
「ですが、破壊に成功したとしても、第二、第三のヴェノムが発生する可能性があります」
「それに失敗すれば、連中が何をするか判りません」
「成功する確率は高いですから安心してください。それに失敗したとしても次の手も考えていますから・・・・・・」
アズラエルはそう言って、強硬派の面々を宥めた。
(やれやれ・・・・・・コーディネイター殲滅を信条にしている人間とは馬が合わないね、全く・・・・・・)
「ですが、下部組織のメンバーにはブルーコスモスの方針転換に不満を漏らすものもいます」
「確かに不満はあるでしょうが、戦後のことを考えれば仕方のないことです。私達は霞を食べて生きているわけではありませんから」
プラントを残す決定をしたのも全ては戦後の復興を迅速に行うために過ぎない。
(それに・・・・・・さすがに、老若男女、無差別に皆殺しと言うのは俺の趣味じゃないし)
コーディネイターの悪行の数々を、アズラエルの記録から見た修はコーディネイターに嫌悪を持ってはいたが、
皆殺しにしようとまでは考えていない。だが実際に、コーディネイターによって被害を受けたことのある人間は違った。
「ですが盟主、構成員の中にはコーディネイターによって友人を、子を、親を、恋人を奪われた者が大勢います」
「そうです。彼らはそうそう簡単に納得はしません! それにコーディネイターを生かしておけば新たな災いを生みます!!」
「だからこそ、僕はザフトを完膚なきまでに叩き潰し、同時にプラントを完全に連合の管理下におこうと思っているのです。
空の化け物を野放しには出来ませんし、何よりこちらが莫大な予算を出して建造したプラントを私物化されてはたまりません」
ザフトを完膚なきまでに叩きのめし、プラントを武装解除して連合の完全な管理下におく。
今のところ、それこそがアズラエルの目標だった。アズラエルは連合が勝利した暁にはザフトに新規のMS開発を
完全に禁止させて牙を奪ってしおうと考えていた。
「青き清浄なる世界のためにも、コーディネイターは地球上から根絶しなくてはいけません。
その点は判っていますよ。地球はこの星で正しい進化を遂げた僕達ナチュラルのものです。まがい物の進化をとげた
化け物たちにこの星を扱う権利などありませんからね」
アズラエルはコーディネイターの排斥を諦めていないと伝えて、強硬派幹部を納得させようとした。
(お前らと話をしていると仕事が進まないから、さっさと帰れ……全く……)
尤も内心では悪態をついていたが……。
アズラエルが『24時間働けますか?』と言うどこかで聞いたことのあるフレーズを実践しつつあるころ……
プラント本国でも、それに近いことを実践させられている人間がいた。
彼の名はイザーク・ジュール。今や歴戦の戦士と言っても良い彼だが、今、彼は書類の山の前に屈しようとしていた。
「……まだ書類があるのか?」
プラント本国に帰還した彼は、一個部隊を与えられて、晴れて指揮官となったのだが……現在の彼の苦労は想像を絶するものだった。
何せ彼は今まで指揮官としての経験がなく、勿論のことだが責任者として事務処理などやったことがなかった。
いや、パイロットのころに事務処理はやったことはあるのだが、今彼が要求される量、質はともに過去のそれを隔絶している。
この場合、部下がサポートすれば良いのだろうが、残念ながら事務処理を得意とする部下は彼の下にはいなかった。
「隊長、まだまだ書類はありますよ」
疲れ果てたイザークに、結成されたジュール隊に配属された隊員のシホ・ハーネスフーンは駄目押しをした。
彼女によってさらに積み上げられる書類の山に、イザークは顔を引きつらせた。
尤も書類から逃げ出すわけにはいかないので、渋々ながらイザークは書類を処理し始める。
だが書類に目を通しているうちに、イザークは顔をしかめた。
「何なんだ、このゲイツの故障率は……それに動作不良?」
期待の新型機ゲイツ……その性能は連合のGATシリーズに劣らないと軍内で宣伝されていたが、稼働率はかなり低かった。
「何しろ、ゲイツ自体がロールアウトしたばかりの機体ですから、まだまだ改善点が多いんです」
「馬鹿な、俺達は低脳なナチュラルとは違うんだ。そんなことが・・・・・・」
「起こるんです。それにゲイツはかなり凝った造りになっていまして(何より熟練の整備員が少ないので……)」
シホは後半の言葉を喉元で止めた。一方のイザークはそれに気づかず、不満を漏らす。
「使えないゲイツを配備するんだったら、シグーでも配備すればよいものを・・・・・」
イザークの隊にもゲイツが配備されているが、その稼働率はお世辞にも高いとは言えない状況だった。
本土防衛に携わる部隊であるゆえに、それなりの人員を回してもらってはいるが、戦争初期に比べてその質は確実に低下していた。
長期に渡る戦争は、ついにザフトの人的資源を枯渇させようとしていたのだ。
そして、さらに深刻なのはこの現状を十分に認識している人間が上層部には少ないことだった。
「核、生物兵器の使用禁止だと?」
「はい」
プラント最高評議会では、地球連合から提案された戦時条約の内容について話し合っていた。
無論、この地球連合側から提案された条約に噛み付いたのは強硬派議員達だ。
「信用できるわけがない! だいたいユニウス7を核で破壊した連中の言う事など……」
エザリア・ジュールは、地球連合のこの提案がこちらの油断を誘うものだとして、猛烈に反対する。
「しかしこちらはすでに核兵器に加えて、細菌兵器も使っています。これで、あちらからの提案を無視すれば……」
「連中が暴走するのなら、させれば良い! こちらにはフリーダム、ジャスティスがある。
それに運用母艦であるエターナルもある。連中が物量を前面に押して攻め込んできても守りきることはできる!」
「そうだ。逆に連中に手ひどい打撃を与えてやれば良い!」
ワルシャワ基地を壊滅させたジャスティス、フリーダムの能力は議員達の多くを強気にさせていた。
何しろ、たった3機のMSによって、地球軍のヨーロッパ奪還作戦を頓挫させたのだ。
本国には10機近くのジャスティス、フリーダムがある。これらを使えば連合など恐れる必要はないと彼らは信じていた。
「まぁせいぜい交渉を引き延ばして、こちらの戦力が整うまでの時間稼ぎにするのが上策でしょう」
プラントではゲイツの量産が急ピッチで進んでおり、さらにミーティアの生産も進められている。
国力で劣るプラントにとって、かなり無茶を強いられる軍備増強ではあるが、今の所はそれなりに順調に進んでいる。
尤もパイロットなどの専門的な知識を要する兵士の補充には苦戦しているが……。
「議長、如何なさいますか?」
エザリアの、決定を促す問いかけにパトリックはおもむろに答えた。
「カナーバ議員、君に交渉を任せる……交渉要員についても君に一任する。ただし出来うる限りプラントに有利な条件を勝ち取れ」
この言葉に強硬派は一斉に驚愕した。だがパトリックは応じず、そのままアイリーン・カナーバを議場から退席させた。
「ぎ、議長?!」
カナーバが出ていった後も議場はざわめいていたが、パトリックが鋭い視線を向けると、次第に収まっていった。
そして完全に静まったころ、パトリックは交渉に応じる理由を話し始めた。
「まず、今の所強硬路線に疑問を感じている市民に表向きはこちらも対話に応じているとのポーズを見せる必要がある。
何しろ連戦連敗に加えて、核、生物兵器の無断使用と失態続きだからな。ワルシャワを叩いたことで多少は点数を稼げたが、
さらに何かしら市民に対して功績を見せておかないと、政権の立場はより悪化しかねない」
この言葉に、強硬派も沈黙せざるを得なかった。実際に強硬派への支持は低下している。
尤も穏健派もラクスの裏切り(?)と言うハプニングで支持率を大幅に低下させており、政権交代は見込めない状態だった。
それゆえに仕方なく強硬派を支持している市民も多い。だが、仮に現状を解決できれなければ、さらに穏健派とも一線を画す勢力が
登場したら市民の支持はそちらに流れる。そうなれば政権が崩壊する可能性は大だ。
「交渉と言っても実際には1ヶ月はかかるはずだ。それまでに、こちらは準備を整える」
確かに、数の面では補充が出来るだろう。だが、その中身は甚だお寒いとしか言い様がない。
パイロットの多くは学徒で占められるようになり、それをサポートする人員も学徒兵が多くを占めつつある。
兵役に適した若者は長く続く戦争で消耗しており、すでにザフトは兵役に適さない年齢の人間を戦線に送りだすはめになっている。
地球戦線を縮小したおかげで辛うじて、人員は宇宙に戻すことが出来たがそれでも宇宙軍全体を強化するには至らない。
そしてそのツケは前線の兵士に押し付けられる形となっている。
このことをよく自覚している指揮官のひとりであるユウキはこの現状を憂慮していた。
(前線の苦境をまったく知らない・・・・・・前線も視察しない政治家が数字のデータだけで戦争を指導している・・・・・・)
戦場を見ることなく、知ることなく戦争を指導する。それはある意味で自殺行為だった。
無論、アズラエルも似たようなものだが、アズラエルにはそれをフォローする軍人、スタッフがいる。
また大西洋連邦を筆頭に連合国は、プラントと開戦する前から散々嫌になるほど地上で戦争を繰り返してきた。
その際に得た戦訓、ノウハウは、NJやMSの登場で意味がなくなった物も多いが、それでもなお有効なものが多い。
逆にザフトは民兵組織の上に、組織が設立されてから日も浅く、経験が少ないのだ。
これに加えて絶対的な頭数の不足がある。このためにザフトは個々人の技能に頼らざるを得ないのだ。
逆に言えば、技能が未熟な人間が多くを占めるようになれば必然的に力はがた落ちとなる。
(何とかしなければならない・・・・・・そう、何とかしなければ)
焦燥に駆られる彼だったが、軍人である以上は、彼は議会の決定に従わざるを得ない。
彼に出来るのは選挙の時に、市民がまともな政治家にその一票を投じるのを祈ることくらいだ。
かくして地球連合、プラント双方の思惑の結果、両者は月面の中立都市であるコペルニクスで交渉を開始することとなる。
両陣営のTOPが共に交渉を成功させる必要はないと考えている滑稽な交渉が………。
「やれやれ……」
交渉の開始が報道されるのを、部屋で見ながらアズラエルはため息をつく。
「この交渉が実は茶番劇に過ぎないって事を知っていると、なんとも言えないね」
交渉開始を喜ぶもの、逆にこの交渉に抗議するデモなどがTVで放映されるのを見て、アズラエルは何とも言えない思いに囚われる。
すでにアークエンジェル、ドミニオンには極秘裏に命令が下されている。
さらに必要となるMSも順次、月基地、パナマ基地で用意されており作戦の準備は滞りなく進められている。
「まさか、あの機体を使う事になるとはね……やれやれ、運命って言うのは皮肉なもんだね」
アズラエルがそう呟いているころ、マーシャル諸島に向かう輸送機の中でひとりの少年が目覚めようとしていた。
「ここは・・・・・・・・・」
彼は捕虜収容所から救出(拉致?)された少年、キラ・ヤマト。あの脱走劇の後、しばらく眠っていたのだ。
「やっと起きたか・・・・・・」
あまりにも起きないために、やや彼の体を心配していた劾は安堵の声を出した。尤も彼を安堵させた人物は露骨に警戒しているが・・・
「貴方達は一体、何者なんですか?! 何で僕を・・・・・・」
「俺達は君をあの捕虜収容所から助け出してくれと依頼されただけだ。詳しいことは依頼人に聞いてくれ」
「僕の救出を依頼? 僕を救出して何の意味があるって言うんですか?」
キラの問いに、劾は首を横に振る。
「俺は答えを持ち合わせていない。答えは依頼人に聞いてくれ」
そう言って、劾はキラのいる部屋を後にした。その姿を見ながらキラは自分が何故助け出されたのかを考えた。
「また僕を戦わせるつもりなのか・・・・・・」
彼はオーブが文字通り滅亡したことを知って苦悩していた。
戦争を止める、そう意気込んだ挙句に無関係だったオーブを巻き添えにして滅亡させてしまったのではないか……
いや、自分が戦うたびに大切なひとが死んでいく事になるのではないか……そう考えると彼は戦うことが怖かった。
しかしそんな彼の思いは全く考慮されることなく、彼は再度戦場に放り込まれようとしていた。
あとがき
青の軌跡第25話改訂版をお送りしました。
第26話については年明けになると思います。来年もよろしくお願いします。
ちなみに私も、自分のホームページを立ち上げましたのでその件を報告します。
蒼の混沌
上記のサイトが私のサイトです。出来ればいらしてください。
それでは第26話でお会いしましょう。
代理人の感想
でました、主人公(笑)。
守るべきもの(オーブ他)も打ち破るべきアンチテーゼ(クルーゼ)も失い、
本当に主人公たる存在意義を失いつつある彼(爆)が、果たしてどう動くか。これは見ものかなと(笑)。
史実と全く違う状況でのキラ対フレイはちょっと興味がありますねー。
逆カテジナ化したキラに、必死に立ち向かうフレイ&サイなんてのも見てみたくはありますが。(爆)