D装備のジンが派手に攻撃したせいで、中立コロニーのヘリオポリスは一昼にして完璧に破壊されてしまった。 無論、俺だって努力はした。 けれどクルーゼが妙にしつこく粘るし、ムゥだってイージスの相手で手一杯だったのだ。 アークエンジェルも殆どの人員を失っていた事もあるが、艦長代理として指揮を執る事になったマリューも初めての指揮に戸惑い、殆どのジンを撃破する事は叶わなかった。 だから俺はこう、どうにもならないSEEDの現実に歯噛みしながら原作通り宇宙をプカプカ浮いているわけだが―――。 「うみゅ?救難信号?」 電子音がコクピットに鳴り響き、モニターに映し出される。 レバーを握りなおし、ストライクをその宇宙に漂っている小型船に近づける。 「フレイ嬢‥‥‥か」 マニュピレーターで慎重に掴む。 その宇宙の漂流物の中身である、“我が侭お嬢様”とどう接しようかとアークエンジェルに帰艦するまでずっと悩み続けた。 俺、禿るかも知れぬな。 「そして、目出度く『フレイ嬢』と『サイ坊』は再開を果たした訳です」 「キラ、誰に言ってるんだ?」 「いいんだ。気にしちゃだめ」 トール、ミリアリア、カズィと俺達三人の視線の先では脱出ポッドから飛び出してきたフレイと抱擁を交わすサイの二人いる。 『一体何があったの、ヘリオポリスは!?私一人で、とても心細かったのよ!』 『フレイ。大丈夫、もう大丈夫だから』 なんだろう。モテナイ暦、云十年を誇る俺にだけ捉える事が可能の“ハートマーク”があの二人の周りから見えやがる。 くそ。ラブラブしやがって、他所でやれよ。ちきしょう。ラブラブは死語ってか! 「ふーん。でも以外、キラって‥‥‥フレイの事」 「どうした?ミリアリア」 「なんでもない」 「そう‥‥?」 ミリアリアの疑問は尤もだと思う。 なんたって今のキラは俺という人格が憑依している。つまり全くの別人。 だから、フレイに対する反応を疑わしく捉えても仕方が無い。 それを別にしてもフレイ嬢は可愛い娘だと思うが、あそこまで好き合っていられると―――むしろ、微笑ましく感じる。 「キラ。なんかお父さんになってる」 「え、マジで?」 「うん」 「まいったな」 そういう心算じゃなかったんだが、ミリアリアが指摘するには顔に出ていたようだ。 隣ではミリアリアがニコニコ笑っている。そういえばミリアリアはトールと恋人同士だっけ? トールの死に様には当時は友人たちと一緒に爆笑したが、今では命の遣り取りを行ったせいで不謹慎としか思えない。 「はぁ‥‥‥」 「大丈夫?」 「悪い。少し疲れているんだ。寝かせてくれよ」 「そんな子育てに疲れた妻を拒む夫の様なセリフを言わなくても」 「そうか。じゃ先に寝る」 ミリアリアの気遣いを丁重に断り、俺は連戦で疲労した体を休めるべく格納庫を後にした。 ラブラブなんか、見てられるか! 格納庫から宛がわれた居住区へ向かう途中、ちょっと珍しい人物と通路で出会った。 パイロットスーツから連合軍の制服に着替えた金髪蒼眼の掴み所が無い男。ムゥ・ラ・フラガ。 彼は挨拶がてらにこちらに声を掛けてきた。 「よ、ごくろうさん。ほらよ」 「ムゥさん」 そのままドリンクを手渡される。 壁に寄りかかり、ムゥはチューブに口をつける。 俺もそれに習い、ドリンクを口にする。 アクエリアスを髣髴とさせる味だ。悪くない。 「そんで、どうだった。実戦の感想は?」 相変わらず飄然とした態度で、ムゥはドリンクを口にしながら俺に初めての実戦について尋ねて来た。 その質問に俺はあまり深く考えず、素直な気持ちで答えた。 「怖い‥‥というよりも、むしろ自分の命が惜しいという気持ちが強かったです」 「ふーん」 「撃たれれば殺される。それだけで必死でした」 「冷静なんだな」 「そうでもない。今でも恐怖と興奮がごっちゃになってる」 拳を握り締める。 胸が熱い。心臓のベクトルは戦の臭いを思い起こす度に雄叫びをあげる。 引鉄を引く度に恐怖が段々と薄くなって、代わりに危険を覚えた時の頭を占める呪詛染みた“死”が、他者の“生”を略奪する躊躇いを極端にまで減退させる。 他人の命を奪う行為に恐怖が磨耗してきている。こんなに早くだ。 MSという関節的存在がいる為か、それとも―――。 「馴れているんだな」 「え?」 「いや、なんでもないさ」 そういって、ムゥは俺の肩を“ポン”と軽く叩いた。 「この後、また戦闘が始まるかもしれない。だが、今のところアークエンジェルの他に戦える機体は俺のメビウス・ゼロと虎の子のストライクだけだ。しかしストライクのOSを覗かせてもらったが、ありゃ俺や他の人間じゃとても操れるもんじゃない。だから、頼む」 「‥‥‥戦え、と」 「無理強いはしないさ」 嘘を―――。 結局、状況だけでこうも容易く選択肢になってない選択を強要させられるなんて、とんでもない世界だ。 俺は溜息を吐き。 「‥‥‥少し考えさせてもらっていいですか、今日一日で疲れてるんで」 「ああ。引き止めてスマン」 「‥‥‥それじゃ」 チューブを口につけ、未だに脳裏を過ぎる戦闘光景に辟易しつつ本来の目的地である居住区へと向かった。 口に含む清涼飲料水が、今では酷く鉄臭い味に覚えた。 『第二話・恋人はガンダム?』 気づいたのなら、判断は早かった。 男は体を投げ出す様にして地面を転がる。しかし、それだけで直面した危機を回避できる筈がない。 轢き飛ばすトラック。破壊されるバイク。 それが交通事故だというのは明白であった。 潰れた醜い貌。 流れる朱色の水はまるで花びらを連想させる。 これではまるで三流ホラーの巻き直しだ。 だが、その一連の映像に恐れない。当たり前だ。これはただの『幻想』。 『幻想』が『現実』ではない以上、たとえどんな凄惨な光景だろうとそれは滑稽としか思えない。 だけど、何故だろう。 トラックに撥ねられた男の顔が、良く見覚えのある男の顔に見えたのは―――。 「起きろ、キラ・ヤマト!」 煩い。 そう思ったが口には出さず、代わりに―――。 「はいよ」 気怠そうに挨拶を返した。 夢見が悪い。最低な気分だ。 「なんか用っすか?」 俺が今いるのは宛がわれた居住区の一室。 その戸口に立つのは、硬く口を閉ざしたマリューとムゥ。 マリューは厳しい表情をしたまま、俺にもう一度ストライクで出撃して欲しいと話を切り出してきた。 俺は首の関節を鳴らし、体を解しながらその依頼を了承した。 「いいですよ。乗りましょう」 「!本当にいいのね」 「本当も何もないでしょう。ここでやらなきゃ、“俺が死ぬかもしれない”」 「‥‥‥ええ」 「なら、やります」 なんか前にも似たような遣り取りをしたような、と不思議な感覚に襲われた。 眠気で足元が覚束無い。 俺はのそのそとベッドから立ち上がり、部屋から出ようとする。 瞬間、背後から怒声とも取れる大きな声が聞こえた。 「キラ!俺たちは軍人じゃないんだぞ!無関係な人間なんだ!なら、戦う必要なんてないんだぞ―――!」 言葉を呑む。 それは、俺がそうであって欲しいと願う懇願にも近い声。 キラ・ヤマトは本当に友人として好かれていたんだな。 「大丈夫だよ。俺は」 不安げに身を寄せ合う皆に振り返り。 「―――それじゃ、行ってくるわ」 “コンビニにでも行ってツマミでも買って来る”のと似た様な気楽な調子で、俺は制止を振り払い、部屋を後にした。 それが今の俺にできる精一杯の強がりだった。 格納庫は慌しかった。 戦闘の前触れ、警報が鳴り続けている中で整備班も忙しなく動いている。 そんな緊張感の漂う中、俺はパイロットスーツを着用して格納庫に訪れた。少しぶかぶかする。 「早いな、もう決心はついたのかい」 「しなきゃ、こっちが殺される」 格納庫に現れた俺を見て、ムゥがからかうように声を掛けた。 駆け足で近寄る。 「状況は?」 「敵はナスカ級、ローレシア級が各種共に一ずつ。多分、ヘリオポリスを襲った奴らだ。先のイージスと同様に奪取したGを用いてくるかもしれない、気をつけろ」 「Gはストライクが対処するとして、ナスカ級とローレシア級への攻撃はどうするんです?」 「なぁに‥‥‥逆に其処を狙うのさ」 ニヤリと笑う。 表情からして、何か策があるようだ。 俺はこの時の原作のシチュエーションを記憶から掘り起こし、告げた。 「アークエンジェルを囮に?」 「ああ。厳密に言うとアークエンジェルとストライクをな」 「で、その間にムゥさんのメビウス・ゼロで」 「バーンってな!」 手で形作った拳銃の指先を突きつけ、ムゥは愉快に笑った。 まるで子供みたいな人だ。 そのおかげか、この時ばかりは肩に張った緊張が解れた気がした。 「わかりました。それじゃこちらは囮に徹します」 「ああ‥‥‥そうだ、余り前へはでるなよ。艦から離れ過ぎると厄介だし、バッテリーの問題もある。生き残る事に徹しろ。いいな」 「はい!」 威勢のいい返事に気を良くしたムゥは俺の背中をバンッと景気付けに叩いた。 背中が痺れるが、むしろ戦地へと赴くために動揺していた心が落ち着いた。 用を済ませたムゥは己の愛機の元へ向かった。俺も自分の機体に向かって歩く。 「ストライクガンダム‥‥‥力を借りるぜ、お前も死にたくはないだろ」 返事は当然の如く返ってこない。 灰色の機体。改めて見上げる。 シルエット、フォーム、サイズ。全ての要素が渾然一体と成しており、こういう緊迫した状況だとこの図体が頼もしく、また恨めしくも思う。 「――――」 そういえばこの世界に初めて来た時、俺はこいつの頑丈さに命を幾度も救われてきた。 ストーリーが進めばストライクは必然的に俺の愛機となる。 ならば俺はストライクを使いこなせる程の腕前にならねば、救ってくれたストライクに対して失礼だし、命を無駄にするわけにもいかない。 ん?まてよ。これじゃまるで――― 「一目惚れじゃないか‥‥‥」 額を押さえて呻く。 確かにこの機体の在り方にはどこか惹かれていた。それは本当だ。 三種類の換装。アーマーシュナイダーによる二刀流。対艦刀。マイダスメッサー。 なんだ、俺の好物とぴったりじゃないか。ならば惚れない方がどうかしている。 コクピットに体を滑り込ませ、各システムを起動する。 「――――ふぅ」 レバーを握り締める。 汗がジンッと額を濡らす。 チクチクと背中を刺す怖気。未だ人を撃つこと、戦場へ出る事に恐怖が残っているのか。 経験した戦闘光景が脳裏を掠める。 その時、聞き覚えのある少女の声が耳に響いた。 『キラっ』 「ん、ミリアリア?どうしたんだ、そこで」 モニターの上部。緊張で顔を強張らせたミリアリアの顔が映し出されている。 よく見ると何故か女性士官の制服に着替えている。 『これからは私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘官制となります‥‥‥やっぱりキラひとりだけ戦わせて私たちだけ守ってもらうなんて事できないもん。だから、私たちもできることをやるだけだから‥‥‥それでは以後、よろしくね』 つまり俺を見習って自分たちも戦う。と。 ミリアリアがモニター越しで慣れないウインクをした。サンキュ。 「了解‥‥‥ありがと、けっこう助かった」 『?‥‥‥どういたしまして』 疑問符をつけるのも当然か。 だけど、おかげで気合が入った。これなら戦える。 「“私たち”って事はトールたちもか?」 『うん。皆もブリッジで船の手伝いをね』 会話が進む中、エールストライカーパックが背部に装着され、ビームライフルとシールドがストライクの両手に装備された。 俺はレバーを握り直し、肺一杯に空気を吸い込む。 そして―――。 「キラ・ヤマト!ストライク、行くぞ!」 咆哮と共にストライクをカタパルトから発進させた。 発進シークエンス時の激しい衝撃が自身の肉体をシートに叩きつけられ、そのまま宇宙空間に放り出された。 「ふぅ――――」 漏らす様に呼吸する。 モニターの映す広大な宇宙はそれだけでも圧倒される。 生の宇宙空間。 点々と輝く膨大な数の星々は、都会では味わえない純粋な光の圧倒感を表現していた。 光景に感慨深く耽っていると無機質なレーダー音がコクピット内に響き渡った。 「反応、早い」 瞬間、レーダーに反応があった。機体は四つ。 数から察するにイージス、デュエル、バスター、ブリッツの物だろう。 「そのままだな。原作どおりなら必死になっていれば死ぬ事はないはずだが!」 マルチロックオン。ビームライフルを構える。 必中の手、ギリギリまで敵機を引き付ける。 刹那、唸るビームライフル。 収束された讒毀の粒子が接近してきた未確認のG四機に向かって放たれた。 目視すら許されない光。だが如何な奇蹟かソイツ等は視認することすら不可能とされるビームを難なく躱した。 「マジで?おいおいビームを躱すなんてアニメだけに‥‥‥」 言おうとして絶句した。 そういや、ここはアニメでSEEDだった。 「――――」 直後、反応が二手に分かれた。 二体はアークエンジェルの方へ。おそらくバスターとブリッツ。 ならば、こちらに急速で接近する真紅の機体は―――。 『キラ!キラなのか!?』 「その声はアスラン。アスラン・ザラか!」 折り重なる様にすれ違う、二体のMS。 乗り手はアスラン・ザラ。イージスのパイロットであり、キラの無二の親友。 必死めいた声が直接、通信を割り込んで介して来た。 『やめろ、キラ!コーディネーターであるお前が、何でそんなところにいるんだ!』 「好きでいる訳じゃない!だけど誰だって、自分の命が危ないと思ったら迷わず引鉄を引く!それと同じ道理だ!」 負けじと大音声で反論する。 それは俺が銃を取る意義。アスランとは違う一途な自己防衛。 『な、ふざけるな!同じコーディネーターのお前と俺達が、どうして戦わなくちゃいけないんだ!?』 「関係ない!これはザフトが地球軍に仕掛けた独立戦争。俺がコーディネーターだろうがナチュラルだろうがそこはさして問題じゃないんだ!それを履き違えたのか、アスラン!」 『キラ!?お前は戦いが嫌いなやつだろうに!なのに、だからってなんで地球軍に加担する!?』 「それこそ間違っている!―――アスラン、お前は何の為に戦っている?」 アスランの息を呑む声。 もし、これ以上言ってしまったら俺は引き返せない道を行きそうで、そのまま自分の命が朽ち果てるまで戦わねばならぬ気がする―――。 「お前が乗っている、その機体はなんだ?その真意を汲み取れ」 やめろ。 意識が鮮明とクリアー。 指先はトリガーに引っ掛けてある。 キラ・ヤマトでは成せぬ戦闘欲、闘争理念、戦闘技術、戦術意識。 アスランに一言を吐くたびに侵食していく言霊染みた衝動は何事か。 「お前がGに乗っているのなら、例えそれが命乞いを差し向けるものだとしても俺はお前を打倒する」 決死、収束、放射。 ワザと射線から外したビームライフルがイージスの真横を過ぎる。 それで、決まった。 弱い自分なんて要らない。必要なのは生き残るために銃を取る自分。 「ゆくぞ、お前は俺の敵だ。迷えば死ぬのはお前だぞ」 “待てっ!”とアスランの制止する声を遮り、通信を切る。 刹那、二人の間を裂くようにして一条の光線が割って入った。 射手はデュエルガンダム。 パイロットはイザーク・ジュール。 俺の説得が上手くいかずに苛立ち、討ちに来たか。 「――――」 だが、どうでもいい。 討ちに来たのなら返り討ちにすればいい。 技術、戦力、戦術全てにおいて劣っている事には変わりない。 けれどこちらにも意地がある。負けるつもりは毛頭ない。 ビームライフルはいらない。中距離以下まで近接された以上は命中する事もないし、ロックオンするのに集中力を割くわけにはいかない。 ビームサーベルを引き抜き、四基のスラスターを全開にして疾駆した。 相手はイザークだ。 何事にも一直線で意固地な性格。ならば、彼の辞書にはおめおめと“逃げる”などという言葉は無い筈だ。 デュエルに急速で肉薄。機動力ではこちらが上を行く。 だが、振り向きざまにデュエルの頭部バルカンが火を噴いた。 しかし、怖気づく必要はない。PS装甲にとって実態弾など掠り傷にもならないからだ。 「――――やはり真正面から迎え撃つ気か」 バルカンの雨をPS装甲で弾き返しつつ、上段から打ち下ろす。 渾然とした威力を込めた光の刃をデュエル目掛けて炸裂させる。 しかし、その数瞬をイザークは当然の如く見切りビームサーベルで弾き返した。 「――――」 構わず、敵が繰り出した光剣に対してアンチビームシールドを真正面から構える。 間一髪。 眩い光を放ちながらシールドが火花を散らした。 「――――ッ!」 敵のビームサーベルを防いだまま四基のスラスターを最高速で叩き込み、デュエルの姿勢を崩しながら押し返す。 堪らずスラスターを真横に噴かすデュエル。擦れ違い様に間合いが離れた。 「アーマーシュナイダー!シューッ!」 振り向き様に盾を投げ捨てる。 空いた左手にはアーマーシュナイダーを装備。 だが、あちらはビームライフルを装備して反撃に徹しようとしている。そうはさせない。 瞬時にダガーを投げる。 羽ばたく様にして踊る刃翼(じんよく)は、絶対の殺意を秘めてストライクの手から一投された デュエルに迫る無骨な短剣。 理由はわからない。だがそこには確信めいたものがあり、放たれたダガーは悪魔染みた正確さでデュエルが構え様としたビームライフルに喰らいついた。 爆発。収束し欠けた光の粒子がデュエルの視界を一時的に奪った。 「―――躱せよ、阿呆が」 超疾する。 疾風の如き速度でストライクが絶対の隙を狩りに赴く。 一刀両断。 ビームサーベルを逆袈裟に斬り下ろした。 しかし、その無防備な姿勢を突いた斬撃を敵は右腕を犠牲にして間一髪で避けた。 「―――さて」 残るは二順。 必要とあらばデュエルは撃破できる。 相手がライフルやサーベルも装備していない丸腰の状態なのだ。そこに確信はあった。 しかし俺の目的はデュエルを撃破する事ではない。 故に五手目。 “ぐるんっ”と敵を目前において機体を一回転。背面蹴りを浴びせる。 衝撃で離れる両機体。 そのまま俺はスラスターを噴かしつつ、宙域に放り投げたシールドを回収。ビームサーベルからビームライフルに交換する。 「―――じゃあな」 イージスはデュエルの元へ向かい、撤退していく。 これで二体分の戦力を分散させ。本来の目的である囮を果たしたことになる。 アスランもあそこまで言われて直、俺と戦う気は無いようだ。 いや、だからか。なんせ昔馴染みの幼馴染がこれだ。躊躇いもする。 俺は二体分の戦力を撤退させたという結果に満足しながら、アークエンジェルの援護へと向かった。 数分後。メビウス・ゼロから作戦成功の報告が入り、俺達は無事にナスカ級とローレシア級の二艦の追撃から逃れることが出来た。 4/閑話 「離せ!アスラン!あいつをぉおお、ミゲルの仇を!ストライクを倒す!!」 「落ち着けイザーク!お前のデュエルは片腕をやられた状態なんだぞ、それでまた返り討ちにあったらどうする!?」 「煩い、煩い!煩い!!」 「イザークいい加減にしろ!お前は負けたんだ。ストライクに!」 「!?」 アスランの容赦のない激昂。 それはイザークが最も認めたくない事実であった。 衝撃で口を紡ぎ、通信回線からは怒りで震えるイザークの呼吸音のみが聞こえた。 (キラ‥‥なんで地球軍に。ヘリオポリスにいたのは戦いから逃れる為だった筈なんだ。あいつは臆病で気の弱い奴だから) しかし、彼の言った事は全くの逆。 唇を噛み締める。 キラが告げた先刻の言葉。 「お前は何のために戦っている‥‥‥か」 祖国のため? 婚約者のため? 名声のため? 富のため? 理由は様々だ。だが、アスランには昔馴染みの親友を撃てる程の『志』があるのかと問われてみればなかった。 つまり、キラには自分を撃てる程の覚悟があったという事。彼はそれだけ己を突き動かす必死めいた『何か』があったのだ。 「そして、この機体の真意」 無論、敵を効率よく駆逐するための武器だろう。 MSはそのためにあり、それ以外の何者でもない。 剣から銃。銃から戦車。戦車から航空機。航空機からMSへと人類の文化の発展と共に武器も同様に進化を遂げている。 ならばキラの言った事はつまり―――。 「銃を向けられた。だから撃った。そういうことか」 溜息をつく。 単純明快なことこの上ないし、理由としても至極尤もだ。 それに彼は最初にそう言ったではないか。 しかしそれは飽く迄も個人で戦う理由。連合軍で戦う理由ではない筈だ。 キラの動機に深く悩むアスラン。 しばらくして彼等の元に撤退信号が入った。 「―――各機撤退!」 戦闘終了。どうやらキラは口ではああ言っていて、本当は陽動のため時間を稼ぐために口を動かしていたようだ。 「してやられた。か。」 ブリッツ、バスターも敵艦を牽制しつつ後退している。 何時の間にあんなに戦上手になったのだろう。 疑問は尽きないばかりだが、取り敢えずの問題はどうやって不貞腐れたイザークを諌めようかとアスランは思考を巡らせたのであった。 Y/interlude 味方の勢力圏である。アルテミス基地。 傘状のバリアーに包まれたそこは、外敵を全く寄せ付ける事のない鉄壁の要塞だ。 それは兎も角。正直こんな所を頼らなきゃいけないなんて。 神様、俺が何か悪い事しましたか?いや、したといえばしたけど。それでもこの仕打ちはあんまりです。 アルテミスに入港した直後、武装したMAと兵士にアークエンジェルは包囲された。 現在はエアロックを解いた途端に雪崩れ込む様にして進入した兵士たちの手によって、俺たち艦のクルーは食堂に集められた。 「私たちこれからどうなるのかしら?」 「さぁ?なるようになるんじゃないか?少なくとも危害を加えるつもりはないようだし」 「キラはホンと、暢気だよな」 悪かったな。 ぶすっと悪態を吐く俺に苦笑するフレイやサイ達。 艦長であるマリューとパイロットのムゥ。副官であるナタルの三人は既に基地指令の元へと向かっている。 ガルシアの事だ。どうせあの三人と俺のストライクの件でひと悶着起こるだろう。 だから、こんな辺境の基地に左遷されてしまったというのにあのハゲはその事が理解できんのかね。 「さて」 「どうしたんだ?キラ」 「ん、ちょっと水を‥‥‥それぐらいいいですよね」 隣で銃を構えている兵士に尋ねた。 未だ年若い兵士は難しい表情を作ったが、それぐらい構わないと判断したのか一分ほど経った後で軽く頷いた。 それを了承のサインだと受け取った俺は、手にしたプラスチック容器のコップに水を注いで席に戻る。 よく透き通った水が渇いた喉を潤す。これなら一口で飲み干してしまいそうだ。 「ふぅ」 軽く息を吐き、もう一口と水を飲もうと思った。 その時、食堂の入り口から野太い、横柄な声が聞こえてきた。 俺はコップに口を付けながら声のした方へと視線を向けた。 「当衛星基地司令官。ジェラード・ガルシアだ。この艦に積まれているMSのパイロットと技術者は何処だね?」 俺は自然と隣のテーブルにいるマードックの方へ気づかれない様に、ちらっと視線を僅かに逸らした。 するとマードックと視線が合った。どうやら返答はするなという。 俺はその注意に従い、テーブルに視線を落とした、 「なぜ、我々にお聞きになるんです?艦長たちが言わなかったからですか?」 「別に、どうもせんよ。せっかく公式発表より先に見せて頂く機会に恵まれたのだよ。色々聞きたくてね。パイロットは?」 「フラガ大尉ですよ。お聞きになりたいことがあるのでしたら、大尉にどうぞ」 マードックが嘘八百を並びたてるが、ガルシアはそれを鼻で笑い、食堂の周囲を見渡しながら答えた。 「先の戦闘はこちらでもモニターしていた。メビウス・ゼロを扱えるのはあの男だけだし、それくらい私でも知っている」 常に己が禿頭を誇張するガルシアはミリアリアの腕を乱暴に掴んだ。 「きゃっ」 「まさか女性がパイロットとは思えんが、この艦の艦長も女性という事だしな‥‥‥」 「ミリィを放してください!」 短く悲鳴を上げたミリアリアの態度にトールが威勢良く立ち上がり、キッとガルシアを睨み付けた。 しかし、ガルシアは相変わらず無遠慮な態度でトールに向き直り。 「威勢が良いな、坊主。なら誰がパイロットなのか、言ってもらおうか?」 「そ、それは・・・・・・」 その言葉にたじろぐトール。 僅かに食堂の空気が重くなり、それから誰も言葉を発さず鉛でも溶け込んだ様な沈黙のみが支配した。 その静寂の雰囲気の中、ただ一人。 ガルシアだけは変わらず、まるで商品の品定めをする卑しい目つきで不安に身を寄せ合うクルーを見渡し続けた。 そして―――。 「この子よ!この子がパイロットよ!」 「ぶっっ!」 ガルシアの目線と重苦しい空気に耐え切れなくなったフレイ嬢が立ち上がり、俺を指で指し示した。 そのフレイ嬢の突然の恐慌に俺はうろたえ、飲みかけの水を噴出してしまう。それが―――。 「小僧‥‥‥きさま」 「あわ、わ、あわわわ」 彫りの深いガルシアの顔全体に吹きかかってしまった。 慌てた俺は、粗末な表情から一気に怒りで真っ赤に顔を染めたガルシアの機嫌を少しでも良くしようと愛想笑いを浮かべ。 「ええ‥‥と。水も滴るいい男?」 「ソイツを連れて行け!!」 場を和ませようとして発した軽いジョークが、迂闊にもガルシアの怒りを余計に買ってしまった。 憤怒で顔を紅潮させたガルシアは荒々しく周囲の兵士に指示を飛ばす。 周囲の兵士の二人が絡めるようにして俺の両腕を掴み、食堂から引っ張り出した。 「なんで〜〜〜!!?」 結構あの状況ではナイスなジョークだと思ったんだけどなぁ。 ストライクの元へ連れて行かれる間、食堂からは責めるトールたちの怒声とフレイ嬢の息を呑む声が響き渡っていた。 これからは原作とは違うトリッキーな事態にも対応できるように周囲に気を配らなきゃいけないな。 格納庫へ連れて行かれる間、友人を売ったも同然の罪悪感で一杯に落ち込んでいるかも知れないフレイを俺は心配し続けながら、悲鳴染みた声をあげ続けていた。 格納庫にはアルテミスの技術者とマシンガンを抱えた兵士で埋め尽くされていた。 ガルシアとその兵士に連れてこられた俺を見つけると遠巻きに道を開けた。 コクピット内にたどり着くと俺は背中に銃口を突きつけられ、仕方なくロックしたストライクのシステムを『牛歩戦術』を駆使しながら解除していた。 予想されるザフトの奇襲が始まるまで―――。 「まだか?」 「まだですね。何せ厳重にロックしてあるものですから『コーディネーターなら簡単でしょうけど』」 「ふんっ」 俺の軽口にガルシアは彫りの深い眉を顰め、鼻を鳴らした。 ガルシアは俺を唯の子供だと侮り、事実ストライクのシステムをロックした張本人である俺の言葉を疑っていない。 そんな調子でよく基地指令が勤まると思ったが、勤まらないからこんな辺境にいるのだと思い至り俺は僅かに唇を歪めた。 そういえばサイ達も何故、俺がコーディネーターである事を隠すのか訊ねて来ないが、おそらく艦内部の事情を察しての事なのだろう。 まぁ、それはキラ・ヤマトに憑依した俺としては非常に大助かりなわけだが―――。 「つまりな、こいつを解析して同じものを作るなり、逆にMSに対抗できる兵器を作り事は可能だろう?」 「ええ、そのための試作機ですからね」 ガルシアの疑問に俺はさらりと肯定した。 「でだ。それをこの基地で―――」 「そんなことして、どうするんです?どうせユーラシア本部で解析して量産機を設計するでしょう?」 そう、それだけがこの場面において俺が抱いた疑問。 そもそもこの基地で解析しても何の意味もないのだ。 プロトタイプガンダムはユーラシアに届けられれば、連合軍本部が勝手に対MS用のMSを設計する。 故にガルシアの行う事は無駄の極みだ。 それでも原作で一度抱いた疑問を解消せずにはいられない俺はガルシアの言葉を遮り、聞き訊ねた。 「ふん‥‥‥貴様の様な小僧には言っても分からんだろうが、冥土の土産ぐらいには教えてやろう」 冥土って、俺死ぬのか? 俺の戸惑いを他所にガルシアは野太い声で流暢に話し始めた。 「この機体のデータを用いてユーラシア本部より、早く新型のMSを設計する事で、私をこんな何の拠点利益にならないところに閉じ込めた奴らに一泡吹かせるのだよ。ふ、瞼を閉じれば奴らの驚く顔が映し出されていく」 「そうですか」 なんだ。 結局、ただの逆恨みだったのか。 本当に何の意味もないのだと思い知り、得得と語るガルシアの言葉に俺は溜息混じりに頷いた。 「なんだ!?その態度は、不服か?」 「別に‥‥‥ただ」 呆れ混じりの俺の溜息に激昂するガルシアを諌め様と言葉を刻もうとした。 その時、格納庫が大きく揺れた。 基地全体を揺さぶる程の激しい振動。 突発的な事態に驚愕し、コクピットハッチに手を掛けるガルシア。 その満を持した絶好の機会を得た俺は、振り向き様にガルシアの腹部目掛けて拳を放った。 「―――!」 驚きと同時に堪え切れない激痛で悶絶するガルシア。 そのまま呼吸が碌に出来ずにいるガルシアを外へ押し退け、すぐさまハッチを閉じる。 突然の事態に呆けた周囲の兵士たちだが、基地司令を殴打した俺を目撃するとコクピット目掛けて銃弾を撃った。 しかし、寸前の所でコクピットが完全に閉ざされ、弾かれる弾雨の虚しい音だけがコクピットに響き渡った。 俺はキーボードを瞬時に叩き、パスを解除する。 「ストライク、起動‥‥‥死にたくなければ其処から退くんだ!!」 外部スピーカー越しから大音声で、周囲の技術者と兵士達に伝える。 散らばる様にして一目散に格納庫から別室に逃げ出すアルテミスの人員たち。 俺は最後の一人が格納庫からいなくなったのを確認するとソードストライカーをマニュアルで換装し、装着する。 「ブリッツ相手なら、射撃の得意なバスターやデュエルではない以上。対艦刀で十分!」 ミラージュコロイド以外ではこの基地を攻略することなど不可能だし、史実どおりならばブリッツと対峙する筈だ。 ならば。俺はMSの規格からするとストライクの背丈と同じ長さを持つ巨大な対艦刀を振るい、アークエンジェルの後部ハッチから自力で飛び出した。 刹那、目前において巻き上がる。死を運ぶ旋風。 「ちぃ!」 すんでの所でPS装甲を起動させ、急速に迫った黒い突風を体で弾いた。 弾かれた事で宙を泳ぐ、黒い突風の正体はアンカーめいた投擲武器『グレイプニール』だった。 それは紛れもない『ブリッツガンダム』の主兵装のひとつだ。 「ブリッツ?―――やるじゃないのさ!」 ニコルだというのは分かってはいるが、こちらが後部ハッチから出撃するのを先読みしていたとしたら、アニメとは違い随分と食えない輩だ。 スラスターを噴かし、艦橋に躍り出る。 「―――ク」 艦橋の上で対峙するは奇しくも白と黒のガンダム。 互いの武装から、必殺は近接戦のみしかないと判断している。 俺はその必殺の機会を計りながら―――コクピットに通信が入った。 聞き知った少女の声。ミリアリアの必死めいた声だった。 『キラっ!』 「ミリアリアか!?兵士達はどうした?」 『その説明は後で!今は進行している状況だけを伝えます。アークエンジェルはアルテミスからの発進準備を進行中ですが、艦外ではブリッツとその他Gの反応を確認。アークエンジェルが発進するまでおよそ十分間の間、艦の護衛をお願いします!』 「十分間だと!?」 『キラっ』 驚愕。 ミリアリアの悲鳴染みた声を遮り、俺は続けて言った―――。 Z/interlude 「必要ない。五分間‥‥‥それだけあれば決着を付けられる」 ミリアリアの心配を杞憂に終わらせようと、俺は大きく息を吸い込み。 確信を込めた声で宣言した。 「―――ブリッツを撃破する」 『キラ‥‥‥うん。頑張ってね』 ミリアリアの声援を最後に通信が切れた。 さて。しんがりを任された以上、ここから―――。 「ここから先は辿り着けると思うな。ニコル・アマルフィ」 故に、対艦刀を腰溜めに構えたまま一撃の元に斬り伏せるのみ―――! 「―――――」 ギアをハイに叩き込み、スラスターを全開にした。 渦巻く白刃の超駆。 アークエンジェルを撃墜するのが目的だろうが、そうはさせない。 防御と回避の一切を切り捨てて、目前の敵に踏み込んだ。 「―――――」 唸る剣風。 袈裟懸けに切り伏せに行った。 だが、直撃すれば確実に死に至る一刀を敵は機体を後退させる事により、寸前で回避した。 「―――――!」 身を翻す様に踊るブリッツガンダム。 敵はこれ以上の接近は許さないとばかりに、『攻盾トリケロス』に内蔵されたビームライフルをストライク目掛けて放った その生命、根こそぎ刈り取らんとする光の穂先は、体勢を戻そうとしていたストライクの左肩を容赦なく撃ち貫いた。 「‥‥‥失念していた」 赫奕(かくやく)たる白刃の一撃を受け、熱くなった思考が鮮明かつ冷静に落ちついた。 そして、俺は振り翳す対艦刀の隙が大きい事を再認識した。 ―――その形容から近接戦では強大な威力を誇る対艦刀だが、対MS戦においては小回りが利き、なおかつ運動性の高い機体に対しては必中の可能性が低くなるのだ。故に一撃で仕留められない此方が圧倒的な不利。 確かにクルーゼ戦において活躍した“マイダスメッサー”のカウンターを用いれば、現状打破の可能性はあるだろうが―――。 「壊されている‥‥‥」 左肩をビームで撃ち貫かれた時に、ちょうど破壊されてしまったようだ。 「少々。厄介な事になりそうだ」 俺が乗り移ったキラの肉体の潜在能力は、未だ完全には引き出せずにいる。 それに俺はほんの数日前まで、唯のしがない大学生でいたのだ。 例え訓練であっても経験を積んだ兵士と唯の凡人である学生では経験は元より、操縦技術も雲泥の差がある。 「なんだ元から俺は―――」 攻撃の一手に賭け、今まで回避など戦術に入れなかった俺だ。 幾らPS装甲でも状況が進めば、こういう危機的状況に陥ってしまう可能性は何時でも考えられたのだろうに。 ならば、元から勝てる道理など―――。 「何を考えているんだ!―――たわけ!俺は馬鹿か!!」 さっき、ミリアリアと約束したばかりだろう。 俺は必ず目前の敵を打倒し、絶対に勝利すると。 そう、俺は―――。 「生きる為にストライクという剣を取る!」 ないのなら、探す。 ないのなら、作る。 ないのなら、騙す。 より深遠に広大に限界に届け、俺は化け物の体を乗り移ったのだ。 ならば、勝てる道理が元からなくとも。負ける道理など何処にある!! 「シャ!気合が入った。行くぜ、ストライク!」 俺の咆哮にまるで呼応する様にストライクの瞳に力強い輝きが放たれた。 「ストライク!?そうか、お前も」 戦意はかつて無いほどに好調だ。 これなら、例えどんな敵だろうと俺たちは負けたりしない。 昂る士気を感じ取ったのか、ブリッツが高速で踏み込んで来た。 俺は迎え撃つ様に対艦刀を構え、曰く。 「一人で勝てずとも、二人ならってな!!」 その気性は列昂の如く。 それ以上はいかせぬと両断せしめる対艦刀を上段から稲妻の如く斬り下ろし、踏み込んだ。 「―――俺にはこの世界で信じられるものはない」 ブリッツが反転するように躱す。 くるりとまるでコマの様に斬撃を回避した敵はそのままストライクの真横へと機体を移動させると、コクピットごとストライクを打ち抜こうとした。 けれどそうはさせない。 左手を対艦刀から離し、瞬時に機体を反転。 猛然と裏拳を叩き込み、ブリッツの顔面を烈火の気勢で殴打した。 「けれど、俺はコイツだけは―――ガンダムだけは信じられる」 一節のうちに確実に踏み越える。 瀑布染みた右手の対艦刀を間髪入れず、真横へと薙ぎ払った。 まるで空間が切り裂かれ、そこに真空が生まれたかのような絶殺の一撃。 超接近戦の間合いで殴打された事で、よろめいた敵はそのまま碌に間合いを空ける事は出来ず―――。 「斬り抜けぇぇ!―――シュベルトゲーベル!」 膨大な熱量を伴う、絶大な威力を込めた必殺の光剣が、ブリッツの上半身を容赦なく確実に両断した。 刹那爆発、炎上。生きている可能性はおそらく皆無だろう。 真横へとなぎ払った渾身の一撃はそれだけでも相手を確実に打倒する必殺となる。 しかもストライクの持つ身の丈ほどの長さの大剣は『対艦』なのだ。 敵戦艦攻略の為の剣が、ましてや装甲の脆弱なブリッツに耐え切れるはずがない。 故に、“一刀両断”。 「‥‥‥約束は守った。ミリアリア。少々、遅刻してしまったようだが」 見ると時間は当に約束の五分を切っていた。 俺はブリッツ撃破で、何か重大な失点を同時に犯してしまったような気がしたが、戦争なのだから。と自分を納得しつけながら『傘のアルテミス』から脱出したアークエンジェルの後を追いかけた。 ―――しばらくして、バスターやデュエルの攻撃を受けたが、崩れ落ちるアルテミスの障害物を駆使しつつ、俺は無事にアークエンジェルの元へと帰還した。 ミリアリアは俺の約束を守ってくれた事に喜んでいたが、時間が五分ほど遅れた事を話したら苦笑混じりに笑いながら涙を流した。 「ありがとう」と―――。 5/閑話 「キサマの甘さが!!ニコルを殺した!ミゲルもだ!!」 「‥‥‥」 「俺のデュエルの腕もだ!わかってるのか!アスラン!!」 赤服に身を包んだ銀髪の男『イザーク・ジュール』がアスランの胸倉を荒々しく乱暴に引っ掴む。 その今にも殴り兼ねないイザークの勢いに、二人の背後にいた金髪で黒人の青年『ディアッカ・エルスマン』が場を諌めようと二人を引き離した。 「やめろ、イザーク!」 「ディアッカ!お前は悔しくないのか!?」 「悔しいに決まっているだろ!!だけど、俺たちが喧嘩したところでどうする!俺たちがやるべき事は仇であるストライクを討つ事だ!違うか?」 「そんなことは分っている!‥‥‥クソッ!!クソッ!!」 やり場のない怒りの矛先を、今度はロッカーへと向けるイザーク。 なんども殴り続け、自身の憤怒を抑え続けようとしている。 その見るに耐え切れない悲痛な光景にディアッカはアスランに向き直り、告げた。 「だけど、イザークの言っている事は正しい。アスラン。もしお前がこれ以上、ストライクを庇うというなら俺はこの作戦から下ろさせて貰う」 「‥‥‥ディアッカ」 「ニコルの仇は獲る。けど、俺は情に縛られた隊長の下で動くのはごめんだ」 首を振り、ディアッカは冷酷に宣言した。 そしてアスランは―――迷いもなく。決断した。 「わかった。ストライクを討つ。ニコルとミゲルの仇を獲るぞ」 ゆっくりと頷きながら、アスランは静かにストライクガンダムの撃破を宣言した。 ―――それは同時に昔馴染みの親友を撃つ。という覚悟の表れでもあった。 [/interlude 補給もままならなかった俺たちアークエンジェルの一行は、せめて水の補給はとデフリ帯で補給していた。 墓荒らし染みた行為はキラ君でなくとも、俺だって嫌だったかそうするとしばらく水は絶たねばならない。 そうなったら艦内では死活問題だ。 途中、ザフトのジンを発見したがすぐさまビームライフルで打ち落とし。作業は着々と進んだ。 まぁ、その途中で拾っちゃったわけですわ。彼女をね。 「ハロッハロッ」 「あら‥‥あらあら?」 デフリ帯で拾った救難船。 その船から姿を現したのは「ハロ」と喋るピンク色の丸い球体と桃色の髪色を宿した中世貴族風の少女だった。 完全に毒気を抜かれた周囲のクルー。 当然だ。俺もその暢気さに思わず呆けてしまった。 慣性に抗えず宙を漂う少女。俺は彼女の腕を掴み地面に下ろした。 「ありがとうございます」 「ああ。うん」 なんというか、変だ。 いや、決して恋ではない。 ただ彼女の醸し出す雰囲気が別の意味で異常だ。なんというか敵意を自然と忘れさせるというかなんというか。 そんな戸惑う俺を綺麗に無視しつつ彼女は俺たちの制服を見詰めると相変わらず“のほほん”としたまま言った。 「あらあら‥‥‥まぁ、これはザフトのお船ではありませんのね?」 「‥‥‥まぁね。お姫様」 俺の軽いジョークに「まぁっ」と和やかに笑う少女に溜息を吐いた。 これが“SEED”という現実世界において生涯、俺にとって最大最凶の天敵である桃色少女『ラクス・クライン』との初めての邂逅なのであった―――。 |