出撃したデュエル、バスターの二機は即座にアークエンジェルとモンドゴメリーに攻撃を仕掛けた。

重度の損傷を被ったヴェサリウスから合流したイージスはガモフの護衛を任されている。

ストライクのパイロットと多少なりとも縁を持つアスランは作戦の妨げになりかねないと二人は疑い、居残りを命じたのだ。

ニコルが生きていればこの様な扱いはされずに済んだのかも知れないが。

だが、肝心の仇であるストライクが現れないのを不審に思い、周囲を隈無く見渡すが影も形も見当たらなかった。





「どういうことだ?奴はっ!」



「さぁあって?だが、一番面倒なのが留守の今なら、手短に終わらせようぜ。イザーク」



「つッ!‥‥‥俺に指図するなッ!」

現れない仇敵の存在に口惜しく舌を鳴らし、イザークは吼えた。

同時に、闇色の宙域を隼の如く駆け抜けるデュエル。

放射状に拡散して放たれる機銃をPS装甲の頑丈な防御力で弾き飛ばし、アークエンジェルに取り付こうと超接近戦を試みようとする。

だが、肉薄するMSの疾駆をアークエンジェルが黙って見過ごすはずが無い。

機銃と絡ませながら、艦首に備え付けられたミサイルを相手の予断を許さず連射した。





「―――チィッ!」

放つミサイル、打ち落とすビームの一撃。

そうはさせじと放たれた誘導ミサイルを丁寧に迎撃するものの、鋼鉄の如く分厚い弾幕に疾走を阻まれ、再び舌を打ち鳴らすイザーク。

MSなどの小型の人型戦闘機は戦艦などの大型の敵を対象とした場合、密着さえすればその攻撃力をほぼ無力化することが出来る。

故に、戦艦が自ら打って出る機会はない。

しかし、敢えて接近戦を好みとするイザークの様なタイプは自らの射程範囲に飛び込んだ際に迎撃するだけでいい。

飛んで火にいる夏の虫とはこのことである。





「ふざけるな!!」

いなしに掛かるアークエンジェルの豪雨じみた連弾の嵐を上手く捌き、浅く踏み込むが、その度にデュエルを出迎える強力な一撃が振舞われた。

一進一退の攻防。

弾雨を避けながら、攻めあぐねつつもビームライフルを連射する。

だが、アークエンジェルを中心として炸裂させたアンチビーム粒子がデュエルの撃ち放つビームの威力を半減させ、効果的なダメージを全く与えられなかった。





「クッソォオ!奴は不沈艦だとでも言うのかァ!」

激烈の咆哮を上げ、十分間しかない作戦時間の短さに焦りを見出すイザーク。

そもそも、今までザフトが撃沈してきた戦艦とアークエンジェルの設計思想の根幹は別種の物に当て嵌められている。

この艦は『対MS戦』を想定した機体を運用する設計がなされている。

ならば『対MS用のMS』を搭載する戦艦もまた『対MS攻略』の設計がなされていて当然なのだ。

ならば、たかがデュエル単機で大天使を沈められる訳が無い。





「ぐおっ―――――!!」

弾数で物を言わし押し留め、一斉に繰り出される弾雨の重圧に抑え込まれるデュエル。

PS装甲を備えたデュエルを実弾で仕留める事は出来ないにしても、その衝撃でパイロットにダメージを与えることはできる。

それにPS装甲とて永遠に起動し続けていられる訳ではないのだ。

バッテリーの残量を底尽かせるには一撃でも多く、更なる強撃で敵機を弾き飛ばし続けるしかない。

もしくは、第八艦隊と合流し戦力差で圧倒するかの二択―――。





「ちッ‥‥‥あと数分か!」

翻り、ディアッカの操るバスターを一瞥する。

二門の砲銃を直結させた超高インパルス長射程狙撃ライフルを構えるバスター。

注意深く、だが、必殺と称される一撃を確実に命中させようとする、その姿勢はまるで一流のスナイパーを彷彿とさせた。

そして、アークエンジェルに付き従う様に佇む先遣隊の生き残り『モンドゴメリー』に照準を合わせ、渾然とした二極の一射を爆裂させた―――!

















「アンチビーム爆雷、発射!」



「続けて艦尾ミサイル! 外すなよ、テェーッ!!」

ガモフから発進した二機のGを迎撃する事自体は、アークエンジェル側からしてみれば容易に片づけられる戦力ではなかった。

迎撃に出られる機体や人材がいないからだ。

ゴッドフリートを放つ事でデュエルのPS装甲に対抗するが、その悉くが躱され、宇宙の果てに消えていった。

バスターもその例に漏れず、躱し、冷笑を浮かべ反撃に撃ち出ていた。





「―――クッ!」

苦渋に溢れた顔で、歯噛みする。

切迫する状況、そこへ―――。





「パパッ!!」



「フレイっ!?」



「‥‥‥なんで民間人の子が!?戦闘時はブリッジを出てって!」

三者の悲鳴と怒号が同時に飛び交った。

状況を知りたい一心で、ブリッジに無断で入室したフレイはモニターに映し出された激化の一方を辿る戦況に顔を蒼褪めた。

カズィの呼び掛けやマリューの叱咤にすら気付いていない。





「パパっ‥‥‥パパぁ!」



「フレイっ!」



「離してっ。パパの船は?どーなってんのよ!」

混乱するフレイをCICから飛び出したサイが、抱き抱えるようにしてブリッジから連れ出そうとするが、尚もサイの腕の中で激しく暴れ泣き叫んだ。

錯乱したフレイを強引に艦橋から連れ出すサイ。

その彼にフレイは詰め寄り、問い詰めた。





「キラは‥‥‥!あの子は何やってるの!?」



「‥‥‥怪我をして、今は医務室で寝ているんだ。あの後、すぐに戦闘が始まったから知らないだろうけど」



「‥‥‥っなんでこんな時に暢気に寝てるのよ!!」



「止すんだっ!フレイ」



「何よ!?サイっ―――離してっ!」

憎悪に顔を歪ませたフレイはサイの腕を振り払う。

幽鬼の様な顔つきを宿し、昔どこか途方にくれた少年と酷似した鋭い殺気を放ちながら、医務室に向かって駆け出したのであった。

















]V/interlude

















肉体が大きな岩に押し潰されたみたいに、起き上がろうとするのを頑なに拒む。

付け加えて、二日酔い染みた激しい頭痛が脳髄を容赦なく襲い掛かるから堪ったものじゃない。

苦痛の訴えを無視し、俺は激痛で痛む頭を抑え付けながら目を覚ました。





「‥‥‥いつぅ」

肘を突き立て、体に覆い被さる白く清潔なシーツを押し退けた。

避難民が住処としていた自室とは違って、この部屋には医療関係の薬品が所狭に並べられ、その匂いに満ち溢れていた。





「医務室か‥‥‥」

簡素でたった一つの使用目的にのみ絞られている部屋。

つまり此処が医務室だという事だけは頭痛に苦しむ俺の思考でも理解できた。





「そういえば俺は―――」

ぼんやりとベッドの天井を眺めて先刻の記憶を思い起こす。

確かアークエンジェルに襲い掛かって来たヴェサリウスを相手に真正面から迎え撃って出たのがついさっき。

それで一撃必殺砲とか必殺技っぽい名前を叫びながらアグニを撃った。

それから‥‥‥確か。





「あれ‥‥‥?」

霞掛かったみたいにベッドに居る間の前後の記憶が薄ぼんやりとしている。

完全に思い出さない訳ではないが、脳の中の映像が酷く曖昧な形で再生を繰り返している。

でも、こうやって無事に五体満足で生きているという事はクルーゼ達を撃退できたという何よりの証だろう。

うん。取り敢えず納得。

ちょうど俺の他にも医務室に担ぎ込まれた人がいるのだろう。隣向いのベッドから定期的に人の息遣いが聞こえた。





「ま、フレイの親父さんも死なずにすんだ筈だし、俺は頑張ったよな」



「はい。キラ様はよく戦いましたわ」



「‥‥‥‥!?」

ギョッとして眼を見開き、ベッドの外を覗いた。





「ラク――!?つぅ〜〜〜〜〜」



「あらあら。起き抜けに激しい運動は毒ですわ」



「うっさい。それより、なんであんた此処にいるんだ?元の部屋に帰れよ」

急激な動作で響く頭痛と肉体の激しい痛みを堪えながら、鬱陶しげにラクスに、宛がわれた士官室に帰れと半眼で睨みつける。

その言葉に彼女は形の整った睫毛を悲しそうに“ふっ”と下げた。





「それが‥‥‥私のピンクちゃんが退屈で遊びたいと駄々を申しまして部屋から勝手に飛び出してしまったんです。それで仕方なくここに‥‥‥」

‥‥‥うそつけ。





「なんで人工知能が、遊びがてらに医務室なんかに来るんだよ。下手な嘘つくなっ」

自分の事を棚に上げて叱るが、彼女は俯いた睫毛を元の端整な形に戻し、無邪気な様子でニコニコと笑いだした。





「でも、半分は本当の事ですのよ。見張りの方々からお返事もありませんでしたので良いかと思いまして‥‥‥ですが、何処も戦闘中で閑散としていたので、せめて人気のあったここに‥‥‥」



「‥‥‥はぁ」

見張りぐらいキチンと全うしろよ、と怒りよりも呆れが先行して、自然と溜息が漏れ出た。

だいたい戦闘中だからと言えどラクスがザフトの重要人物であることには変わりない―――って、あれ?





「なぁ、今、戦闘中って言わなかったか?」



「警報のような音が鳴っていましたから、おそらく間違いないと思われますけれど」

ガツンッ!と金槌で思い切り殴られた様な衝撃が脳蓋に駆け上がり、一瞬だけ強制的に思考を停止させられた。

なんだって、寝ているんだよ!?俺は!

自分の不甲斐なさに腹が立つ。

原作ではあの後、イザークとディアッカとニコル―――は、俺が殺害したから戦力は二つだけだ。なら、医務室で熟睡している場合じゃない。





「‥‥‥どこへお出かけですの?」



「格納庫」

そう一言だけ言い残し、もはや一歩ずつ足を踏み出すのにも痛みを覚える事の無い肉体を駆使しながら歩き出した。

本当コーディネーターの体は都合が良すぎるくらいに使い勝手がいい。

散々、人を苦しませた頭痛も殆ど消滅しかけていた。





「よしっ―――これなら」

と、両手を握り締める。

背後からラクスが何かざわめき立てているが、今の俺には雑音以外の何者でもない。

頬を叩き、乾いた音を鳴らしながらすぐさま格納庫へと駆け出した。

そこへ―――本来いない‥‥‥替えた筈の未来の象徴がそこにいた。





「キラっ!!」

呼びかけられ、コーディネーターであるキラ君の驚異的な脚力で走り出そうとした足を止めた。

振り返る。

艶やかな赤い髪は乱れに乱れ、荒々しく肩で呼吸している。

必死の形相でこちらを呼び止めた少女の目元は赤く腫れ上がり、苦しげに息を吐き出す度に咳き込んでいた。





「フレイ。なぜここに?」



「キラこそ‥‥‥どこへ‥‥‥いこうとっ‥‥‥してるのよ?」



「俺は格納庫に―――」

行こうと、と口にしようとした瞬間、医務室から通路に顔を出したラクスがフレイと目が合った。

嫌な予感がした。背筋をナイフで突き刺す様なとてつもない悪い予感がした。

憎憎しげに顔を歪ませるフレイは何かを閃いた様子で、ラクスの手を乱暴に掴んだ。

突然、己の手を強く握られてキョトンとするラクスを他所にフレイは元来た道を戻ろうとした。

マズイ。まさかアレか?





「フレイッ!!」

叫ぶ様にして呼び止める。

だが、双眸をギラつかせる彼女の耳には俺の言葉は欠片も入っていないのか、強引にラクスを医務室から連れ出した。

俺の存在すら眼中に無い。

よほど戦況が不利に傾いているのか、だとしたらこんな処で足踏みなどしている場合じゃないのだが―――クソッ!





「ッ―――!」

一息で通路を走りぬける。

冗談じみた走力は生前では人智及ばぬ脚力を成していた。

フレイが向った先は見当がついている。故に行先に迷う事はない。

だから時間を最小限にかける事無くブリッジに到着した。彼女が赴いた場所は此処に違いない。記憶にもそう刻まれている。

扉が開く合間が妙にじれったい。早くしろ。早く、早く、早く。

そして、扉が開いたのと同時に戦闘中だというのを気にも留めず、躊躇なくブリッジに足を踏み入れた。

その刹那―――。





「嫌ァアアああ!!」

身を引き裂くような甲高い悲鳴がブリッジに響き渡り、目を見開いた。

モニターには先遣隊の唯一の残存艦『モンドゴメリー』が、敵の攻撃に耐えられず爆沈したのだから。

閃光が景色を白く染め上げた。

目前で起きた凄惨な出来事に茫然自失したフレイがふらふらとブリッジの宙を漂い、その弱弱しい華奢な体をサイが抱きとめた。





「ああ‥‥‥あ、あああ」

意味不明な呻き声を垂れ流し続けている。

その痛ましい様子を沈痛な面持ちで見詰めるマリュー。

だが、俺は見逃さなかった。

モンドゴメリーを撃沈し、目標をアークエンジェルに変えたバスターがデュエルと組んで勝利を我が物とする為に新たな獲物を狩り殺さんとするのを―――。





「艦長!」

俺と同様に悪化する戦況を察したナタルが叫んだ。

だが、マリューは動かない。

決意したナタルはシートを蹴って上階にのぼり、ひったくるようにしてカズィのインカムを奪い取った。





「ザフト軍に告ぐ!」

気付いたマリューの咎める声を無視し、全周波放送でガモフに交渉―――いや、脅迫を仕掛けた。





「―――こちらは地球連合所属艦“アークエンジェル”!当艦は現在、“プラント”最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!」

















閑話/9















「何故、ラクスがあの艦に!」



「オレが知るかよ、チッ」

アスランの疑問に半眼で睨みつけ、足付きを撃墜できずに作戦が終了した悔しさに舌を打ち鳴らすディアッカ。

それはイザークも同じ気持ちであった。

ラクス・クラインの身柄を盾にし、ザフト軍を脅迫したアークエンジェルは残り数分間を膠着状態に縺れ込む事で時間を稼ぎ、第八艦隊と合流した。

逆転した圧倒的な戦力差とラクス・クラインの人命もある。

迂闊には足付きに手出しが出来ず、撤退するしか他に無かった。





「畜生、畜生、畜生!!」

ロッカーを殴る。我武者羅に殴る。ひたすらに殴る。

両拳の皮が剥け、鮮血で赤く染まるが怒りと無念の一心で殴る。

これは彼らの心情を代弁する行為でもあった。

無心だが、傍から見ればこのまま憎悪の対象である“足つき”と“ストライク”を呪い殺さんばかりだ。





「イザーク、やめろ。血が出ている」



「煩い!!チッ〜〜クショゥウオオ!!」

諌めるディアッカを一喝し、沈黙させたイザークは肺に溜めた酸素を全開投入し、雄叫びを上げながら乱暴に構えた右拳を真正面に打ち貫いた。

一際高い、鈍い音が室内に鳴り響く。





「はぁ―――ハァ―――はぁ」

両肩で呼吸をするイザーク。

落ち着きを幾分か取り戻し、筋肉を軋ませるイザークを尻目にアスランは乱雑に散らかったロッカールームを後にした。





「人質を取る事が、お前の選んだ『真意』なのか?‥‥‥」

アスランは侮蔑を含んだ声音で呟いた。

















アークエンジェルの危機に駆けつけた、地球連合軍第八艦隊。

それは大小の駆逐艦・戦艦を幾十も率いた知将ハルバートンが抱える月基地の大隊。

その最後尾に佇む『メネラオス』―――味方艦に取り囲まれた知将の乗る旗艦である。

駆逐艦と戦艦の群れに狭まれるメネラオスと接舷したアークエンジェルはハルバートンを艦内に招き入れ、今後の針路の会談を艦長室で執り行っていた。





「ラクス・クライン嬢だが、このままアラスカ基地にて“保護”してもらう」



「はい」

マリューは頷き、淡々と肯定した。

歌姫の扱いについては拒否する理由が無かった。

アラスカに保護されれば、人柱として連合軍の勝利を獲得する為の礎となるだろう。

それは人として心苦しい事だが、彼女は連合に属するもの。ならば是非を問う必要は無い。





「では、アークエンジェルは現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらう」

厳粛な声が響き渡り、マリューたちは息を殺して頷いた。



















]V/interlude

















愛着はあるがね。だからといって、此処が寝床でもなければ揺り籠でもないのは承知している。

けど、あんな泣き顔を見せられ、八つ当たりでしかない文句を言われても平気でいられるほど、俺は大人なんかじゃない。





「はぁ―――」

自然と溜息が零れた。

ガモフに襲撃された先の一戦のすぐ後だ。

モンドゴメリーが撃沈され、ショックでそのまま呆然としていた俺達はブリッジから摘み出された。

俺は無力感からその場に立ち尽くし、フレイはサイの肩を借りながら部屋に戻って行った。

自室に戻っても安眠出来るはずがない。行く当てが無かった俺はストライクのコクピットに先程からずっと閉じ篭っていた。

哀愁を漂わせ、フレイに言われた怒罵(どば)を思い出す。





「‥‥‥‥」

思い出して、反芻して、噛み締めて、胸が痛んだ。

嫌な気分。今どうしているのだろう。

フレイはベッドで寝ているのだろうか?彼女はやはり軍に志願するのだろうか?原作を忠実に再現するのならそうなるが―――。





「‥‥‥はぁ」

コクピットの無骨な天井を見上げながら物思いに耽る。

全霊を賭して戦場に臨んだ。その結果がこれだ。

不戯けている。気を抜いて気絶した俺に言える言葉ではないが、この報酬は納得できない。

俺は生きる為に銃を取る道を選んだ。

だが、他者の命を犠牲にした俺の志では人一人救うことすら許されないというのか。





「ああ!!もうっ、お前がそうするなら、俺だって考えがあるぞ!!」

憤然とコクピットで拳を高々と上げる。空元気だが、何もしないよりはマシだ。

除隊はしない。当然の決断だ。

ならば、これから連続して起きる戦闘の自身の生存率を確実に上げるには、まずMS戦の戦術理論を自力で組み立てるべきだ。

アニメなどでの聞き齧った半端な武器では生きてはいけない。経験や書物で補うしかあるまい。

そういえば、医務室で治療中のムゥもMS戦で実績のある人だ。怪我が治ったら質問し、参考にしよう。

あとビームを目視で捉えなければ―――って無理だろ。銃口の先端から弾道を予測し回避するしか手段がない。

他にもストライクのOSのバージョンアップを目指す。二足歩行の利点&欠点を重視した対MS戦の格闘術のプログラミング。ビームライフルの射撃精度の充実。





「他にも、やるべき事は山ほどある」

一応は子供の俺を戦場に送る事に苦辛したマリューにはすまないが、こっちは自身の命が掛かっている。

なにより少女の父親を自身の不甲斐なさで失くしてしまった―――って、俺は自分の命を生かす為に戦い続けたんだろ!?根本を履き違えるな!





「そうだ“俺にはフレイを助けない”‥‥‥」

絶対の一は硬いが故に脆い。

それ以外の道に進む事を拒絶したのに、それ以外の道に進むのを渇望している俺がいた。

腹が立つ。俺はこんなにも浮気性だったのか。

俺は正義の味方でもなければ救世主でもない。ましてや物語の主人公でもないんだ。たかが一個人の人間でしかないんだ。勘違いするな。





「だから、俺は俺の為に戦う」

では再度、決意を固めた処で今後の対策を―――。





「ちょっと、いいかな」



「OSを砂漠戦用に‥‥‥はい?」

突然、コクピットの外から除き込む形で声をかけられた。見覚えの無い男性だ。

初老の男性。四十過ぎにも見えるが、三十代前半に見えなくも無い。

制帽を被り、黄褐色の口髭と制服の上からでも分かる引き締まった肉体が更に年齢を若くしていた。

第一印象。年齢不詳のおっさん。だが、見覚えのない人物の筈なのに後ろ髪を微かに引っ張られる。





「キラ・ヤマト君だな」

はい、そうですよ。





「はい、そうですよ」

声に出して言った。





「報告書を見ているんでね―――しかし、改めて、驚かされたよ。君達コーディネーターの力というものに」



「はぁ‥‥‥ところで、どなた様ですか?」

名前を窺うと目前の男は目を丸くし、大きく口を広げて笑い出した。

む、見ず知らずのおっさんに馬鹿笑いされる覚えは俺には無いぞ。





「いや、すまない。私はハルバートン。階級は准将。宇宙(そら)では知将ハルバートンなどと呼ばれているが、空を知らぬ雛鳥には知れ渡っていないようだ」



「ああ‥‥‥はぁ」

曖昧に頷き、誤魔化す。

SEEDは一度しか見ていないから覚えていなかったが、そういえばこの人は第八艦隊の大将だ。ようやく、思い出せた。





「ザフトのMSに対抗せんと造った物だというのに、君らが扱うと、とんでもない兵器になってしまうようだな、こいつは」



「いや‥‥‥まぁ、ども」

一応は褒められてはいるのか。

よく解らなかったのでもう一度、曖昧に頷いた。





「君のご両親はナチュラルだそうだが」



「はい‥‥」



「どんな夢を託して君をコーディネーターとしたのか」

知らないし、興味も無い。知る必要も無い。





「なんにせよ、早く終わらせたいものだな。こんな戦争は」



「閣下“メネラオス”から至急お戻りいただきたいと‥‥‥」



「やれやれ、君らとゆっくり話す暇も無いわ」

部下に声を掛けられたハルバートンは肩を竦めた。

そのまま身を翻し、自分の旗艦に戻ろうとしたハルバートンは思い出した様に振り返った。





「そういえば、なぜ君はそこにいるんだ?」



「え‥‥‥」



「アークエンジェルとストライクを守ってもらった事には感謝している。だが、そこはもう君の居場所ではない」

俺は言うべきかと思考を巡らせ、判断した。





「‥‥‥戦う理由が、俺にはありますから」

だが、ハルバートンは酷くつまらない見世物でも見せられたかの様な視線で睨み返した。





「思い上がるな、若造。お前一人で何が出来る」



「ですが、俺は生きる為に―――!」



「自惚れるな。生きるため?そんなに生きたいのならさっさと避難民のシャトルへと何処へともなく行けばいい」



「それが―――チッ」

本来知り得るはずも無い未来を知っているが故に伝わらない、もどかしさ。このままでは埒が明かない。

避難民シャトルに乗ってしまったら、イザークに殺されるかもしれないだろうが。

人質としてラクスが此方側にいるが、それでも諸手を上げて乗り込むほど無計画ではない。

もっと確実な状況を採る。





「確かに君の力は軍にとっては魅力的だ。だが、君がいれば勝てるものではない、戦争はそんなに甘いものではない。忠告しておく、自惚れるな」



「解っています。けど!」



「生きたいが為に戦う信念では!何も救えん、犠牲だけが湯水の如く増すだけだ。わからんのか!」

響いた。

真実、俺は自分の身は救えたがフレイとフレイの父親は救えなかった。

救う事はできない。自身を救うことは出来ても、他人は救えない。

でも提督は前提を履き違えている。それは“他人を救うことも”苦慮しての信念だ。

俺は違う。もとから自分以外救おうなどと考えていないのだから。

だが、なんだか腑に落ちない。永遠に解けない呪いじみた魔法を心に掛けられたかのようだ。





「生存する意志があっても、戦う意義の持たぬものに何一つ救う事はできんよ」

―――後悔する。

―――きっとお前は後悔する。

―――必ずお前は後悔する。





「‥‥‥‥」

―――もし、お前がその真の道を捨てたならば必ず己自身に罰せられるだろう。

―――後悔する。その道は後悔する。引き返せ。

―――人を救うことはできない。何一つ。

それはもしや自分自身も含んでの救いであり、絶望なのだろうか?

ハルバートンの姿が格納庫から消えるまで、俺はその後姿をじっと眺めていた。

























アークエンジェルの避難民ブロックでナタルから除隊許可証を手渡されたトール、ミリアリア、サイ、カズィは狐につままれた様な表情で、その薄っぺらな書類を凝視した。

手渡された書類の意味合いが理解できず、不審そうに挙動する彼らをホフマン大佐が四人に説明する。

そこへ、俯いたフレイが遠慮がちに手を上げた。





「私、軍に志願したいんです」

その場に居た全員が驚きの声を上げ、唖然とした。

フレイの婚約者であるサイも驚いた様子を見せていた。婚約者である彼にすら話は聞かされていなかった様である。

ナタルは眉を顰めた。





「なにを馬鹿な」



「いい加減な気持ちでいっているんじゃありません!先遣隊と共に父が殺されて‥‥‥私‥‥‥色々と考えたんです」



「あ‥‥‥では君があの、アルスター事務官の‥‥‥」

尚も必死に食い下がるフレイを傍らにいた大佐が思い当たった様に頷いた。

俯いたフレイはギュッと拳を握り合わせ、涙混じりに語った。





「父が討たれたときはショックで‥‥‥もう、こんなのは嫌だ。こんなところにいたくない―――と、そう思うばかりでした‥‥‥でも!艦隊と合流できて、やっと地球に降りられると思ったとき、何かとても、おかしいと思ったんです」



「―――おかしい?」



「だって‥‥‥!これで、もう安心なのでしょうか?これでもう平和なんでしょうか?そんなこと、全然無い!」

フレイは激しく首を振り、潤んだ目でナタルを見た。





「世界は依然として、戦争のままなんです」

周囲が彼女の言葉でシンッと静まり返った。





「私‥‥‥今まで中立の国にいて、全然、気づかなかった‥‥‥父は戦争を終わらせようと必死で働いていたのに‥‥‥」

トールたちは唇を噛み締めた。

自分達にも言えた事だからだ。自分達が平和の中にいて、それがどれ程の幸福かということさえ知らなかった。





「本当に平和が、本当の安心が、戦う事によってしか得られないのなら‥‥‥私も父の意志を継いで戦いたいと‥‥‥私の力など、何の役にも立たないかもしれませんが‥‥‥っ」



「フレイ‥‥‥」

サイがそっとフレイの肩を抱いた。

泣きじゃくるフレイをナタル達が伴って部屋から退出したあと、部屋には沈黙だけが支配した

世界は依然として戦争のまま―――その言葉に大きな衝撃を受けた四人は、無事に地球に降りられると浮かれていた自分を恥じた。

不意に、じっと書類を見詰めていたサイが除隊許可証を勢いよく引き裂いた。





「サイ!?」



「フレイの言った事は俺も感じてた事だ―――それに、彼女だけ置いていくなんてできないしさ」

その清清した笑顔を見たトールも心を決め、書類を破り捨てた。





「“アークエンジェル”の人手が増えたってホンの少しだしさ、俺が降りたあと落とされちゃたら、なんかやっぱ嫌だし」



「じゃ、トールが残るんなら私も」



「みんな残るってのに、おれだけじゃな」

トールに続いてミリアリア、カズィも除隊許可証をビリビリに破り、引き裂いた。

結局。全員が残る事になったのだ。

ふと、トールは片手に所持したままの『キラ・ヤマト』宛ての除隊許可証を目に留めた。

キラの立場と自分達の立場は異なっている。

同じ選択は強要できないし、元よりさせるつもりは欠片も無い。





「あいつは、降りるよな」

寂しげに、トールは呟いた。

















閑話/10

















「本作戦の概要は以上だ。これは議長が直接、許可を下した貞淑なミッションだ。失敗は許されない。レディに恥をかかせるな」

失笑が漏れる。

ブリーフィングルームで先頭に立つアスランは、本部に帰還したクルーゼ隊長の後釜としてツィーグラー、ガモフの部隊の指揮を執り行っていた。

年端も無い一兵に任される規模ではないが、事実として部隊の指揮権を手渡された。

ザフト軍の赤服は単なる装飾ではないという。何よりの証だろう。





「それでは、ラクス・クライン救出作戦の状況を開始する。各員健闘を祈る。特にイザーク、お前は今作戦の鍵だからな。絶対に失敗を犯すな」



「ふん」

鼻を軽く鳴らし、イザークは席を立ち上がった。

他の兵達も後を追う様にして格納庫へと向う。

ツィーグラーに搭載されたジンは六機。ガモフにはイージス、バスター、デュエルを含んで総勢で九機。

大艦隊を相手にするには乏しい戦力だ。ジンが三機ほど確保できれば戦力的にも余裕で撃滅できるのだが。





「――――」

パイロットスーツに着替えた面々は各々のモビルスーツへと飛び乗る。

イザークも赤色を基調としたエース用のパイロットスーツに着替え、今作戦仕様に特別に追加武装を施されたデュエルに乗り込んだ。

といっても外見的にはあまり変化は見られない。むしろ内部において、かなりの改造が強いられている。





<同じ開発過程の生まれた産物で、お前の機体が五機の基礎となっているから出来た無茶だ。一発限りだし、長持ちできると思うな、一瞬で決めろ>



「煩い。ニコルの死は無駄にはしない!それよりも、さっさと俺を誘導しろ!」



<目標は飽く迄も『ラクスの救出』だ!ほかに時間を食うなよ!>

アスランの忠告は既に承知していた。

デュエルを空間に溶け込ませたイザークは、無間に広がる闇の中、大艦隊を前にしてハッチから単機で飛び出したのであった。

















ザフト艦を二隻補足した地球連合軍の駆逐艦、戦艦から次々とメビウスが飛び立ち、迎え撃つ。

アークエンジェルもハルバートン准将の指示の下、武装を展開し、多数の戦艦に守られながら戦闘準備を進める。





「どういうことでしょうか。ラクス・クラインの命がどうなっても構わないのでしょうか?」



「解らないわ。けど、彼らが迂闊に手を出さないというのは間違いないはず」

切り札として現最高議長の子女が艦内にいるのだ。ならば、ザフトは戦闘行為など仕掛けないはずである

意味不明な不安が募る。相手の出方を窺うしかない。そのとき―――





「すみません。遅れました!」



「あなたたち‥‥‥」



「志願兵です。ホフマン大佐が承認し、私が受領しました」

少年たちの姿に呆然と呟くマリューに、事態を知っていたらしいナタルが短く説明した。





「あ、キラも降りませんから」



「え‥‥‥キラ君も?」

ナタルも驚いた表情でいる。どうやらキラの事態は承知していない様子だ。

各々の席に入る少年達に呆気に取られていたクルー達も、今は嬉しそうに彼らの存在を受け入れていた。

マリューもその決意はありがたいと感謝したが、同時に、その幼い決意には彼女の重荷となって肩に圧し掛かる。

今後の彼らの人生にどの様な影を落としていくのか―――彼女は考えずにはいられなかった。

だが、治療中のムゥ・ラ・フラガ以外に万全を期して戦える貴重な戦力を手にしたナタルは嬉しそうに目元を僅かに緩めた。

















]W/interlude















ストライクのコクピットから降りたカタパルトハッチで、あの女の子‥‥‥名前は、えっと、訊くの忘れた。

その子から貰った花の形をした折紙を弄びながら、俺はトールから手渡された除隊許可証を目の前で破り捨てた。

声を上げて驚いたあいつらだが、むしろ自分の意志で別の道を断ち切ったせいか、俺の心は晴々としていた。

途端、戦闘準備を報せる警報が艦内に鳴り響いた。やはり、シャトルに乗らなかったのは正解だった。

俺はラクスの人命を如何するつもりなのかと相手の謀略を考えながら、パイロットロッカーに駆け込んだ。

だが、そこには先客がいた。

艶やかな赤髪を垂らし俯いた少女が、俺のパイロットスーツを納めたロッカーの前で立ち尽くしていた。

―――ああ。もうそんな時期か。





「フレイ‥‥‥なにをしている」



「キラ‥‥‥」

弾かれたように振り向く。

俺は無重力に体を任せながら、彼女の傍らにまで飛んだ。





「貸して」

彼女がふっくらとした胸元に押し当てていたパイロットスーツを横から強引に奪い取る。

コクコクとおとなしくフレイは従った。





「あなた‥‥‥行っちゃったと思ってた」

顔立ちの良い表情が、涙で崩れる。

その哀れんでくれと言わんばかりの表情に、急速に心が乾いた。

俺は彼女のお涙頂戴で語る言葉を無視して、さっさと上着を脱ぎ捨てた。





「私‥‥‥みんな残って戦っているのに‥‥‥最初に言い出した私だけが‥‥‥なにも」



「どうでもいいんだけどさ―――」



「だから‥‥‥私‥‥‥え?」

彼女の涙で掠れる声がいい加減に鬱陶しくて仕方がないので、俺は酷く冷淡に遮った。

外道へと落ちていく精神。善悪の観念を斬殺し、生者として生存の道を進む。





「あんたの同情に付き合っている暇はこっちにはないんだ。わかる?‥‥‥わかるよね。じゃあ、さっさと出て行け。着替えられないだろ」



「え‥‥え、キラ?」

俺とは余り接触する機会がない故に、彼女が知るキラ・ヤマトの“予想外の”行動に困惑するフレイ。





「キラキラ煩いな。そんなに構ってもらいたいのか?」



「そんな事‥‥‥私は‥‥‥」



「『賭けに勝ったのよ。私は』‥‥‥だっけ?」



「!!?」

どうして知ってるの?なんて顔している。

まぁ、そんな事は本当に如何でもいい。

彼女が戦おうが、死のうが俺の与り知らぬ所だ。勝手にすればいい。女の涙に付き合っていられるほどこちらも暇ではない。

痛々しい沈黙だけが流れる。俺は視線で、この部屋から出て行けと促す。

泣いているのか、肩を震わせ出て行くフレイ。その後ろ姿が消え行くまでじっと見守っていた。

でも、まぁ―――。





「どうでもいいか‥‥」

その一言で彼女の扱いはあっさりと切り捨てた。





「“今まで守ってくれて、ありがとう”‥‥‥か」

あの女の子から受けた感謝の言葉。だが、今の俺には皮肉としか受け取れない程に心が殺伐と渇き切っていた。

そして、さっさとパイロットスーツに着替えた俺は足早に格納庫へと駆け出した。

もう曇りは一片も無い。心を刃に変えるのは容易い作業であった。

提督が忠告した通り“他者を救う道”ではなく“他者を救えない道”を選んだ。

殺して、殺して、最後には自分が生き残る。卑しくも何者を犠牲にしてでも掴み取る。必ず、絶対に―――。

















『第四話・苦悩気取りのクソ野朗共』

















「変‥‥‥だな」

第一戦闘配備のまま、俺はストライクのコクピット内で疑問を漏らした。

第八艦隊の砲撃射程外から一歩も動こうとしない敵艦と張り詰めた絃の如く、緊張した睨み合いが依然として続いていた。

敵艦からは一機もMSが発進されていない。殺そうと思えば容易く刈り取れる無警戒さだ。

故に、知将ハルバートンは警戒した。相手の出方しだいだが、ラクスの命もある。戦闘に入り次第は脅迫するなり危機を脱する手段はある。

だが、何度も戦闘を繰り返した僅かな経験から来るものか、背筋に嫌な感覚がゾワリッと迸った。

ブリッジに通信を回し、俺は出撃許可を貰おうとした。





『キラ君‥‥‥あなた、いつからそこに』



「さっきから居ました。処で、相手の出方も解らないですし、念のため俺も出撃した方がいいと思いますが」



『‥‥‥本艦への出撃指示はありません。引き続き待機していて』

そう言って、通信は一方的に切られた。

やはり俺がシャトルに避難しなかった事に怒っているのだろうか。

出撃許可が下されないのなら、仕方が無い。

俺は修理し終えたばかりの計器に挟んだ、花の折り紙を弄んだ。

刹那―――艦内が大きく振動した。





「‥‥‥!なんだ!?」

地震でも起きたのかと錯覚しかねない大きな振動。

一体アークエンジェルに何があった?第一戦闘配備は解かれていない。ならば、なぜ?

胸中で急速に膨れ上がる不安。

俺は躊躇せずに、再びブリッジに連絡を入れようとした。

けれど、それは―――艦内に響く、関智一に良く似た男の声に制止させられた。





『こちらザフト軍所属GAT−105デュエル。当機は貴艦に保護されているラクス・クライン嬢の引渡しを要求する。無論、其方の返答しだいではブリッジを破壊する事も辞さないつもりだ!』

















閑話/12

















アークエンジェルのブリッジの眼前に突如として現れ、闇に映える鉛色のビームライフルを突きつけるデュエル。

先刻まで数多の艦のレーダーに存在を察知されず、目視される事も無く、まるで忍者の如く空気と一体化していた。

可視光線を歪に彎曲し、自身の姿を霧の如く掻き消すステルス・システムを搭載したブリッツの恩恵を授かりしデュエルの新たなる力。

その力が先程まで敵に発見されず、察知されず、存在を悟られることなく、幽霊めいた透明色に変化させたのだ。







―――デュエルガンダム・ブリッツシュラウド。







アルテミス攻城戦時にストライクに撃破されたブリッツガンダムを密かに回収したイザークとディアッカがデュエルの追加武装として流用したのだ。

これはXナンバーの開発においてデュエルが他四機のベースとなった機体だから可能とした無茶である。

特徴は一度きりのミラージュコロイド。

時間を省いて行った改造作業を完遂するために“短時間・使用回数は一回のみ”という制限に縛られていたが、無事に作戦が成功した事にアスランはほくそ笑んだ。





「全機出撃!」

即座に指示を下す。

待機を命じられたMS部隊は束縛を失くした否や、すぐさまカタパルトから連合艦隊に向けて放出された。

相手は知将と名高いハルバートンだ。

アークエンジェルとラクス・クラインの二つを同時に失うか?

ラクス・クラインを逃がし、せめて連合軍新型艦と新型兵器を地球に降ろすか?

私情を抜きにし、リスクだけ重視すれば、自ずと結論は出始めている頃だ。





「アスラン・ザラ!イージス、出る!」

紅色の真紅の機体が怒号と共に、イザークの駆るデュエル目掛けて発進された。

数瞬し、バスターも駆けつける。





「ディアッカは俺に続け!他の部隊は艦の周囲を警戒!遅れるなっ」



『わかってる。そう気張んなよ』

気楽だが、ディアッカも周囲の警戒を怠らず、砲身を左右に構えたままイージスの傍らで艦隊の中央にまで慎重に進む。

交渉―――否、脅迫を脅迫で返す。毒を以って毒を制すというのならば、勝利の天秤は確実にザフト側へと傾いていた。

暫くすればイザークの指示に従い、完全に威力を拘束された足付きから、完全に無力化されたストライクに乗せたラクス・クラインを保護する『予定』だ。





『上手くいくと思うか?』



「上手くやってくれなければ、困る」

だよな、そう語尾に付け加えてデュエルが引き返すまで待機し続ける。

無論、他の駆逐艦や戦艦。メビウスの機銃やミサイルのロックオンは禁止してもらう手筈だ。

数十分した頃か―――カタパルトから何の武装パックも装備されず、灰色の状態のストライクが発進された。

デュエルもストライクの背後からライフルを突きつけ、さっさと進めと催促を促している。





『どうやら、上手く行ったみたいだぜ』



「ああ」

だが、彼らの声音に安堵の色は含まれていない。

なんせ敵艦隊のド真中に佇んでいるのだ。いつ砲撃されても可笑しくない。

艦隊に見守られながら、三機に前後を囲まれる形でストライクはイージスと接触した、





『アスラン・ザラか?』



「そうだ」

変わっていない。

だが、前回に邂逅した時よりも声に冷徹さが滲み出ていた。





「コクピットを開けろ」

一言二言の会話音が微かに通信に漏れて聞こえる。

暫くして、PS装甲をダウンしたストライクのコクピットハッチが重々しく開いた。

まず彼が真先に視認したのは、キラの膝の上に抱えられ、宇宙服に身を包んだラクスの姿であった。

彼女はアスランに片手を振りながら―――。





『こんにちわ、アスラン。お久しぶりですわ』

とても殺伐とした雰囲気にそぐわない穏やかな声で喋った。

間違いなく、本物のラクスの声だ。

彼は込み上げる感情を抑え込み、拷問の類をされていない事に息をついた。





「確認した」



『では、さっさと彼女を連れて行け』

乱暴に彼女の背中を押し出すキラの行為を見て、僅かに眉を吊り上げたアスランはハッチの上に出て体を固定させた。

黒い大海を渡ってきた彼女の体をアスランは丁寧に抱き止める。ラクスと僅かに視線が交錯した。

そして、再び悠然と対峙する前方のストライク―――否、キラ・ヤマトを睨んだ。





『いろいろありがとう、キラ様』



『死刑宣告のつもりか?あんたに様付けで、感謝される言われは此方には無い』

皮肉めいた言葉に気にも留めず、彼女はニコリと微笑んだ。

だが、アスランは終始無言のまま緊迫する空気を軋ませながら見据えた。



『こうして会うのは初めてだな、アスラン・ザラ。初めまして、俺が“キラ・ヤマト”だ』



「――――――」

アスランは何も答えない。

彼との思い出は何もかもが今では儚く、懐かしい記憶。

綺麗な思い出―――だが、目前に見据えるのは雪辱の仇敵。





『何故、きた?』



「何故‥‥‥?」

突然の問いかけにアスランは反芻する様に訊き返した。





『お前達が来なければ、事務次官は死なかった。彼女も‥‥‥悲しむ事は無かった』



「お前だって!‥‥‥ミゲルを殺し、二コルを討った!」

憎悪に身を任せ、全霊を篭めて罵倒する。

だが、彼は冷笑を浮かべたまま淡々と語る。





『ああ。わかっている。仕方が無いなどと愚かな事も吐かない。だから、これは唯の八つ当たりだ』



「八つ当たりだと?」



『私闘さ‥‥‥俺が売り、お前が買う。天下を隔てる訳でもない、戦争が終結するわけでもない。精々、両軍のどちらかの被害が僅かに減る程度の利益しか持たない‥‥‥私情のみを孕んだ“死闘”さ』



「きさま‥‥‥」

背中がギシリッと軋み、膨れ上がる殺意に両拳に力が入る。





『ケリ‥‥‥つけようぜ。俺もお前の醜い面なんて二度と拝みたくないからな』

そう確然と宣言して、彼はコクピットハッチを閉じた。

同時に、周囲の艦の主砲の総てが此方に集束した―――。

















]Y/interlude

















そうして―――予定していた通り、第八艦隊の総ての砲火の矛先がデュエル、バスター、イージスに戦渦の口火を切る勢いで一撃された。

卑怯と罵られればソレまでだが、別に構いもしない。討てば勝ちだ。

俺を囲んでいた三機も一斉の迫撃砲による攻撃で、獣の如く瞬時に飛び退いた。





「タイムリミットはフェイズ3まで―――いくぞ、ストライク!」

実弾兵器による威力を完全に無効化する無敵の盾“PS装甲”を瞬時に展開。

ストライクの瞳に熱い炎が灯り、流れ弾が各部に接触し霧散した。

現在のストライクにはアーマーシュナイダーすら装備されていない、正に丸裸状態だ。

一旦はアークエンジェルに撤退してエールストライカーに武装を換装。再度の攻勢に出る。





「こちらストライク!ミリアリア!三秒後にエールを射出、頼むぞ!」



『了解!』

俺の指示に応えたミリアリアが叫ぶ。

ストライクの全推進力を叩き込み、白い弾丸となって敵と味方の堰火を切った砲火の嵐を物怖じせずに超疾する。

だが、その進行を阻む形でデュエルが視認さえ許さずにビームを真上から狙撃する。

反射―――否、それでは手遅れだ。

直感的に機体を止め、寸前に光の粒子がコンマ一秒と掛からず眼前を通過する。





「チッ―――!」

あと一歩、確実に踏み込んでいれば直撃していた事に戦慄した。

舌を軽く鳴らし、額に濡れる冷や汗を拭うことも出来ず、嫌忌した。

牽制の手段であるイーゲルシュテルンも無い。

必殺の武器の一つであるアーマーシュナイダーも無い。

そう―――現状のストライクでは、デュエルに太刀打ちできない。

見渡せば、駆逐艦やメビウスの大部隊はジンの部隊や略奪されたGと交戦している―――援護も期待できない。





「―――やるしかない!」

突風と化し、アークエンジェルに駆け戻る。

時間は三秒と持たずにいるのだ。急がねば、間に合わない。

デュエルは尚も必殺の光弾をストライクの真上から雨の如く降り注いだ。

その爆撃めいた連撃に間断はない。命中すれば容赦の欠片も無く、あの世いきだ―――て、冗談になってない!





「‥‥‥アークエンジェル!援護を!」

俺が叫ぶのと同時に、ストライクの強化装備であるエールパックが弾丸じみた速度で放出された。

間を置かずして、俺の真上に浮かぶデュエルの銃撃を妨害せんと主砲とミサイルの連弾がデュエル目掛けて炸裂した。

闇を奔る極光の一閃。

寸前に危機を察知したデュエルは機体を仰ぐ様に逸らし、水平に撃ち放たれた援護射撃を回避する。

だが、全ての攻撃を躱す事は出来ず、ミサイルの数発が直撃。

通常のMSならその一手で必殺となるが、相手はPS装甲を備えた怪物だ。

通常の攻撃では必殺とはなり得ない。直撃した衝撃で、そのまま遠くへと弾き飛ばされた。

その間を縫うように、俺はエールパックをストライクに装着させた





「―――――」

現状の装備は瞬時に把握した。

57ミリ高エネルギービームライフルが一丁、ビームサーベルが二本。

そして背面に備え付けられた四基のスラスターが爆発的な推進力を生む。

周囲の状況を確認。

数で勝る第八艦隊がジン部隊とバスターを相手に苦戦している。遅かれ早かれ、全滅させられるだろう。

それを救う術を俺は持っていない。故に、その愚考を捨てた。

イージスは母艦へと撤退した。

ラクスを乗せては満足に戦えないからだろう。暫くすればまた戦場に舞い戻る筈だ。

次に、デュエルだ。

原作には無いデュエルのミラージュコロイドには驚かされたが、ドモンでもない関智一に臆する事など微塵も無い。先程の借りは―――。





「返させてもらう!」

四基のスラスターを全力投球。短距離ランナーの如く疾走する。

仰け反り、弾き飛ばされたデュエルも姿勢を直しストライクを迎撃する。

互いに射殺せんと繰り出す無数の光の矢。どれも必殺―――だが、不利なのは此方だ。

なんせ、ビームの弾道の予測がつかないのだ。

これでは間も無く、撃殺されるのは明瞭だ。

だが、その見当は―――相手の愚策により、呆気なく崩れた。





「接近?―――馬鹿がっ!」

都合十発。

その殆どを何だか良く分からない頑丈な素材で構成された盾で防いでいたが、それでも仕留め切れない事に痺れを切らしたのだろう。

武装をビームサーベルに切り替え、鬼気迫る勢いでバルカンを矢継ぎ早に繰り出した。

無論、その様な愚行に応じるほど俺は気の利いた人間ではない。

すぐさまビームを応射する。

だが、やたら頑丈な盾を構えながら突き進むデュエルは、撃ち放たれるビームの悉くを弾き散らす。

そして、後退しながら光弾を放つストライクに体当たりを当て、姿勢を崩した。

その間隙を渾身の力を篭め、手にした白刃を必殺の意思の下に斬り降ろした。





「ちぃいい!」

袈裟懸けに切り伏せられ、ありえない方角に弾け飛ぶ左腕。

肩口から血飛沫の様に噴出すオイルやバッテリーの紫電。

まるで―――これじゃ。





「痛い?痛いって言うのか!?ストライク!」

だけどよ、倒さなきゃ終わらないんだ。

堪える。右腕に構えたままのビームライフルをデュエルの懐に潜り込ませる。

斬撃は同時に多大なリスクを背負う。

だから愚行だというのだ。一撃で決めるのなら必殺にまで昇華させなければ意味が無い。

即ち、この勝負の勝者は―――ストライク以外にありえない。

あと数瞬で放たれようとした殲滅の光弾。

刹那―――必殺が託された右腕が突如、ありえない方向へと吹き飛んだ。





「アスランちゃん!―――か」

踏み込み、姿勢の崩れたデュエルに膝蹴りを浴びせ距離を取り直す。

イージスの援護射撃で右腕を抉られ、デュエルの必至の斬撃で左腕を斬り裂かれた。

もう手持ちの武装の殆どを失い、両腕は脆くも斬り砕かれた。

絶望的な状況下―――勝ち目は失われた。

だが、それでも不思議と諦める等という選択肢は沸かなかった。

変わりに死の淵に立つ高揚感が脳髄を刺激する。





「ふぅ――――」

汗で滲む指をトリガーに引っ掛ける。

俺は促す。そう、これは『必至』―――どんな抵抗をしても回避不可能の『必至』だ。

今までの勝利が奇蹟の様なモノだ。

その幸運も使い果たし、敗北は喫した

だから、俺が今から行うのは単なる自己満足。





「ケリ‥‥‥つけようぜ」

猪の様に熱り立つイザークを片手で制したアスラン―――真紅のイージスは、俺を迎え撃たんとサーベルを構えた。

心の中で渇をいれ、俺は活動可能である四基のバー二アを全開に噴出、音速めいた速度で駆け抜ける。

目標は一点―――悠然と構えるイージスのみ。

右足を胸元まで持ち上げ、全ての推力をこの一撃に託し放たれた。

その全力の一撃をイージスは―――僅かに機体を横に逸らす事で容易く躱した。

回避したイージス。返す刃で眩しく輝く光熱の白刃を通過しようとしたストライクの右足に目掛けて炸裂させた。

片足を切断され、踉くストライク。

そのままイージスはストライクを眼下に聳える地表に向け、満身の力を込めて蹴り落とした。





「グゥ―――!」

存外に揺れる衝撃と共に大気が唸りを上げた。

擦れる熱気と耳を劈くアラームの音。

意識が遠のく―――早く、フェイズ3に入るまでに撤退しなければ焼け死んでしまう。

忘れてはならない。絶対に何があっても生きると決めたのだ。だから、早くアークエンジェルに戻らねば。

俺は間違ってなんかいない。生きる事は当然の選択だから、俺は絶対に間違ってなんかいない。

例え、世界中の人間が俺の理想を否定したとしても、俺だけは信じ続けてみせると。だから、早く。早く。早く。

―――その時、計器に鋏まれていた紙の花が衝撃で外れ、宙を舞った。

―――その光景は、まるで迫り来る死を必死で抗う俺を憐れんでいるかのように見えた。

―――地表へと落ちるストライク。死は目前まで迫っていた。



















<『憑依編』・終幕―――次回・『皆殺し編』へと続く>

















『人物紹介・機体紹介』



カズィ・バスカーク『俺と種の真の主人公。そのベールの全てが闇に包まれている。包まれ過ぎていて原作では影の薄い主人公で終わった。今SSでは如何活躍するのか?吼えろ、カズィ!』



アスラン・ザラ『キラとの対立は避けられそうに無く、最近は若禿が気になる。搭乗機をよく自爆させるので自爆王の異名を持つ』



キラ・ヤマト(俺)『一般的にクズ野朗と蔑まされる最低の人格者。キャラが固まるのに四話も掛かった』



フレイ・アルスター『SEEDのメインヒロインになりたいと切に願う少女。BPOに呼び出される事で一発逆転に出るが裏目に出て、監督の凶弾の前に倒れた』



ミリアリア・ハウ『将来はスポニチに入社を希望している新聞記者志望。恋人トールとの掛け合いは絶品』



ムゥ・ラ・フラガ『戦闘面での美味しい活躍はストライクとキラに奪われてしまい“某ミラコロ主人公”と似た様な立場に立つ男。階級は自称大尉』



ストライク『キラきゅんを守る事で、自身の存在意義を見出す健気な戦闘兵器。基本的に無口。口癖は“硬ければなんともないのです”』



ニコル・ラスティ・ミゲル『死人』



ラゥ・ル・クルーゼ『中ボス』



イザークとディアッカ『ザフト軍のギャグ担当』



カガリ・ユラ・アスハ『キラカガって近親相姦だよね』



ラクス・クライン『私の歌を聞けぇえ!のキャッチフレーズで有名なプラントの歌姫』



ホルツヴィア『第三クールでSEEDを見るのを止めた』



『ストライクガンダム』

悪のプラント星人を滅ぼす為に生まれた地球の凄い秘密兵器。

凄いビームやサーベルを装備しており、各状況に合わせた変身形態で幾多の危機を潜り抜ける凄いマシーン。

弱点は二カドやマンガン電池ではなく、タミヤ製のアルカリ電池でないと不機嫌になり正常に動作しなくなる。

必殺技はフェイズシフトで極限にまで強化した必殺拳『必殺烈風正拳突き』。



『イージスガンダム』

悪のプラント星人の総帥が遅々として進まない地球侵略に苛立ち、開発部が総力を挙げて対ストライクガンダム用に開発したライバル機。

宇宙空間をもの凄い速さで駆け巡り、もの凄いビーム砲で一撃必殺を狙う、もの凄い最凶マシーン。

その威力は必殺烈風正拳突き十発相当に及ぶ。しかし、燃費が非常に悪い。



『デュエルガンダム・ブリッツシュラウド』

アルテミス攻城戦時にストライクのシュベルドゲベールコンボで、呆気なく胴体を真っ二つにされたブリッツガンダムを密かに回収したイザークとディアッカがデュエルの追加武装として流用した。

特徴は一度きりの使い捨てミラージュコロイド。

厨房並みのネーミングセンスが輝いている。



『バスターガンダム』

近未来。ザフト社製の作業用MSを悪用した犯罪事件の増加に対処するためオーブ重工と連合警察が合同で設計・開発したMP(モビルパトロール)の試作型。

装備は“94ミリ高粘着トリモチ収束火線ライフル”“対装甲腐食散弾砲”の二門を備えている。

更に二門の砲銃を直結させる事で“超高インパルス長射程狙撃ライフル”に変形する。



『ブリッツガンダム』

全略。