第十三話 分けられた道 






サイやトール達がフレイを連れてブリッジを出ると、マリューは重く息を吐いた。

「・・・まさか、こんな事になるとはね・・・」

自分達が取った行動ではないのだが、フレイが民間人だと知らない者があの通信を聞けば、『民間人を盾にした軍艦』としか取らないだろう。

「申し訳ありません。私があの時気付いていれば・・・」

ナタルはブリッジのマイクがオンになっており、全通信チャンネルが送信になっている事に気付かなかった事を詫びる。

「しょうがないわ、ナタル。あの状況でそこまで気付ける者が、ブリッジに居たとは思えないし・・・」

フレイがラクスを連れて来ただけでも全員が驚いたのだ。

更に続けて発せられた言葉を聞いても、冷静で居られた人間があの場に居るとは思えない。

その時、通信を担当していた士官が報告を上げて来た。

「艦長、ナデシコから通信が入ってます」

「・・・さっきの事ね。正面に回して」

ため息をついてから言うと、正面に怒っているユリカのアップが映った。

『ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです。先程の通信はどういう事なんですか!? 詳しい事情を聞かせてください!!』

マリューが応えるよりも先に、ナタルが口を開いた。

「その質問にお答えする前に、何故8ヶ月も行方不明になっていた貴艦が、突如チューリップから出て来たかの説明をお願いしたいのだが?」

ナタルの言葉の意味が理解できなかったのか、ユリカは不思議そうに首を傾げる。

『ほえ? 8ヶ月・・・?』

「あなた達が火星に降りたという報告が最後で、それを最後にナデシコの行方が掴めなくなった・・・この発表はネルガルが8ヶ月前にしたものよ」

事情を掴みきれていないユリカに、マリューが当時公表された情報を教える。

つまり!チューリップを通り抜けると、瞬間移動する・・・とは限らないという訳ね』

突然、通信に割り込んできたイネスにマリューとナタルが驚くが、ナタルが直ぐに気を取り直し今の言葉を聞き返した。

「瞬間移動する・・・だと!?」

『あら? 連邦軍はまだその結論に辿り着いてないのね? 艦長、双方ともかなりの情報交換の必要があるみたいだし、直接来てもらえば?』

イネスに問いかけられ、少しユリカは考えると、

『そうですね・・・そちらの都合が良ければですけど・・・』

「こちらは構いません。では、その時に先程の通信についても説明します」

マリューはそう告げて通信を切ると、

「何人か連れてナデシコに行ってくるわ。バジルール少尉、アークエンジェルの指揮をお願い」

「判りました。人選の方は?」

珍しく反論せずにナタルは頷く。

ナデシコの空白の8ヶ月や、チューリップの情報が重要だと理解しているからだ。

「そうね・・・さっきの戦闘でロンド・ベル隊のスーパーロボットが確認できたから、アムロ少佐とカミーユを連れて行くわ。
他にも何人か付いて行きたいって言うかも知れないけど・・・」

マリューの意見にナタルは頷き、返す。

「ええ、何時追撃が来るか判りません。残りの者には待機を命じておきます」

ナタルの言葉を聞きながら、マリューはインターフォンを格納庫へ繋げた。




アストナージは酷く損傷したリ・ガズィを見て頭をかいていた。

シャアやハマーン以外で、アムロの機体にここまでダメージを与えられる者がいるとは思わなかったからだ。

「・・・珍しく、ハデにやられましたね?」

アストナージの言葉にアムロは頷き、

「ああ。あの機体は、シャアと同レベルの動きだった・・・カミーユのゼータとも互角の戦いをしたからな」

「あれはあの距離、中距離だったからですよ。もし、接近されてたら捌ききれなかったかもしれません」

カミーユの言葉を聞いて、アストナージは難しい顔をする。

「カミーユもそこまで言う相手・・・か。クワトロ大尉・・・シャアが相手の時もゼータでは少し厳しい時があったからな・・・」

あの戦いの時は、シャアの相手は殆どアムロのHi-νガンダムがしていたが、機動性の高いΖガンダムが先に攻撃を仕掛ける事が多々あった。

ネオ・ジオンのMSや、大型MA相手に互角以上に戦えたΖガンダムもシャア相手には押される事が多く、機体の性能差に悩む事があった。

「だが、あれは相手がシャアだったからとも言えるな。現に、ミケーネとの最終決戦、ガン・エデンとの戦いもゼータで充分に戦えてたからな」

「確かにそうですけど・・・一応、こっちで何か対策を考えておきますよ。カミーユ、お前も一度設計図を見直して、改善できる所を探しておいてくれ」

「わかった」

カミーユは頷きながら、ストライクの方に目をやる。

「キラは・・・大丈夫なのか?」

あの通信を聞き、キラがショックを受けてないのか、とカミーユは少し心配だった。

「確か、あの通信をしたのはフレイだったそうだな? 一瞬、バジルール少尉がしたのかと間違えてしまったが・・・」

「キラよりも、甲児とタスクの方が大変でしたよ」

アストナージの言葉にアムロとカミーユは少し不思議な表情になるが、すぐに察しがつき格納庫の周りを見渡す。

「そうか、機体整備が終わってないのにキョウスケ達がいないのは・・・」

「ええ。甲児とタスクを抑えるのに狩り出されてるんです」



アークエンジェルに戻ってきて早々、甲児はマジンガーZから飛び降り格納庫から出て行こうとする。

「甲児! どこへ行くんだ!?」

グルンガスト改から降りたブリットが、機体の整備もせずに出て行こうとする甲児を呼び止める。

「決まってんだろ!! あの、フレイって奴の所だ!! ミケーネや恐竜帝国の連中と同じ手段を取りやがって・・・!!」

拳を握り締めて怒気を吐く甲児に近くにいたタスクも同意する。

「付き合うっすよ、甲児さん。俺も今度ばかりは頭にきたっすから」

「ちょ、タスクまで・・・!」

「どうした、ブリット?」

騒ぎに気付いたキョウスケがブリットに話しかける。

「キョウスケ少尉も2人を止めてください!! フレイの所に怒鳴り込むって・・・」

ブリットがキョウスケの方を振り返ってから、甲児達の方を見直すと既に2人は格納庫の出口にいた。

「って、待てよ! キョウスケ少尉、手伝ってください!!」

「判った。マードック軍曹、アストナージさん、機体の整備を頼みます」

キョウスケは頷き、アストナージ達に声をかけてから甲児達を追いかける。



「キラは騒ぎの事は・・・?」

カミーユがアストナージに聞き返す。

「ストライクの整備をウラキ少尉と一緒にやっていたからな。多分、知らないだろう。多少、表情が暗かったのが少し気にかかったが」

その時、格納庫内のインターフォンが鳴り、近くにいたマードックが受ける。

「居ますが・・・? はい、了解しやした。 アムロ少佐! カミーユ! 艦長と一緒にナデシコに向かう準備をしてください!!」

インターフォンを置きながら、アムロ達に声をかける。

「ナデシコに・・・?」

不思議そうにいうカミーユに、アムロが答える。

「恐らくさっきの通信と、この8ヶ月間の行方不明の情報を交換するんだろうな。俺もナデシコに、万丈達に用事があるから丁度いいな」

「タスク!! あのヤロ、どこに行きやがった!?」

アムロの言葉を遮り、カチーナの声が格納庫内に響き渡る。

「彼女は・・・確か先遣隊にいた・・・どうしたんだ?」

アムロに呼ばれ、カチーナが歩み寄ってくる。

「ああ。物を取りに行かせたタスクが戻って来なくてな・・・っと、挨拶がまだだったか、第8艦隊所属のカチーナ・タラスク中尉だ。
部下2名と共にアークエンジェルの指揮下に入る様に辞令を受けてる。これから世話になるぜ、『伝説のニュータイプ』のアムロ・レイ少佐」

敬語も使わずに軽く敬礼をして、挨拶をするカチーナ。

「ああ、よろしく頼むよ中尉」

アムロが大して気にした風も無く返すのを見ると、カチーナは嬉しさと驚きを混ぜた様な表情で軽く口笛を吹く。

「・・・大抵、この挨拶は怒られるんだが、ここは違うようだな・・・気に入ったぜ」

「以前の仲間にも、中尉と似た者が多く居ましたからね。タスクですが、甲児と一緒に出て行きましたけど・・・?」

「・・・逃げやがったな・・・あん野郎・・・」

カミーユの言葉にカチーナが唸るように呟く。

「一体、何を頼んだんです?」

「・・・ちょっとした塗装材だ。しゃあねえ、俺とラッセ達で塗るか・・・朱色の塗装材は何処にあるんだ?」

「? ああ、それなら―――」

アストナージはカチーナの小声に少し疑問を覚えるが、頼む物が塗装材なので大して気にせずある場所を教える。

「アストナージ、ランチの用意は俺達がやるから、リ・ガズィの修理を頼む。何時、敵の追撃があるか解らないからな」

アムロは声をかけると、カミーユと共にその場を後にした。

(何か対策を考えるといっても、Ζガンダムに欠点らしいものや性能が跳ね上がる改良点は何処にも無い・・・)

アストナージは先程の言葉を思い出しながら、Ζガンダムを見上げる。

(こんな時、あいつならどうするかな・・・?)

違法改造が得意だった友人を思い出しながらアストナージは頭をかいた。




「くそっ! あと少しだったのに!!」

アスランは通路の壁を悔しそうに殴りつけた。

(あの時、あんな通信が無ければキラをこっちに連れて来れたのに・・・!)

しかも、その通信はラクスを人質しているという通信だった。

その事を思い出すと、再びこみ上げて来た怒りを抑える為に拳を振り上げるが、

「・・・やめなさいよ。そんな事しても、キラ君もラクスもこっちに来ないわよ」

リムに腕を掴まれ止められる。

「そんな事、判っているさ!! だけど!!」

「ねえねえ? 何、怒ってるの?」

突如割って入って来た第3者の声にアスランとリムは驚き、振り向いた。

「聞こえますか〜? 何怒ってるの〜?」

再び聞いてくる人物を見て、リムは胸中で驚いた。

(私が気配を感じなかった・・・!? 何者なの、この子・・・?)

「・・・えっと、君は?」

動揺を抑えたアスランが、紅髪の女性に戸惑いながら名前を尋ねる。

「私の名前は枝織だよ。えっと・・・」

自分の名前を名乗ってなかった事に気付いたアスランが、微笑みながら名乗る。

「俺はアスラン。アスラン・ザラだ」

「私はリムだけど・・・あなたの名前、何処かで・・・?」

リムが自分の名前を教えると、枝織の名前を思い出そうとする。

「えっと、スー君とリーさんだね」

「なんなんだ・・・その呼び方は・・・?」

枝織のあまりの呼び方に、アスランが少し肩を落しながら呻く。

「私って人の名前を覚えるの、苦手なんで、一文字だけで覚えちゃうの。あ、2人とも年下みたいだから敬語は無くてもいいよね?」

「別にいいですけど・・・あの、なんでスー君なんですか? 最初の一文字なら判りますが・・・?」

枝織の方が年上だと言われて、アスランは敬語を使って聞き返す。

「う〜ん、アー君って名前はもう1人いるから、君までアー君だと私が混乱しちゃうんだ」

腕を組み、難しい顔をしながら枝織は答える。

「―――思い出した! あの時、シーゲルおじさん・・・じゃなくって、議長が東舞歌少将に話してた時に聞いたんだった!」

「あれ? リーさん、舞歌姉さんを知ってるの?」

リムの言葉と枝織の反応にアスランは驚き、枝織とリムを交互に見やる。

「え? じゃあ、枝織さんって、さっき収容した木連の機動兵器に乗っていたのか!?」

「枝織ちゃんでいいよ。う〜ん、正確には操縦してたのは北ちゃんなんだけど・・・」

枝織の言葉の意味が解らず、アスランとリムは首を傾げる。

「操縦していたのは別の人って事かしら? 枝織ちゃんはサブパイロットなの?」

「う〜ん・・・そういう意味じゃ・・・」

リムの質問にどう答えていいか判らず、枝織が頭を悩ませてると、

「あ〜、枝織ちゃん!! こんな所にいた!!」

「あ、零ちゃん」

零夜が枝織を見つけて駆け寄ってくる。

「もう! 1人でいなくなるから心配したんだよ? この艦に来るのは私も枝織ちゃんも初めてなんだから・・・あれ? こちらは・・?」

アスランとリムを見て、零夜が枝織に聞く。

「スー君とリーさん! さっき友達になったんだよ!!」

「その呼び方じゃあ、枝織ちゃん以外は判らないわよ。 こっちはアスランで私はリムよ」

枝織に軽くつっこんでから、零夜に名乗る。

「私は優華隊所属の紫苑零夜です。枝織ちゃんを引き止めてくれてありがとうございます」

零夜は名乗りながら頭を下げて礼を言い、続ける。

「枝織ちゃん方向オンチなのに、すぐ何所かに言っちゃう癖があるんで、格納庫からあっさり姿を消したから探してたんですよ」

「あら、零夜さん1人で探してたの?」

「いえ、枝織ちゃん探すのに、私1人ではちょっと手が足りないので、優華隊全員で探してたんです」

「なあ、リム」

零夜と話してるリムに、アスランが申し訳差なそうに声をかける。

「その枝織ちゃんだが・・・何時の間にかいなくなってるんだが?」

『えっ! 嘘!?』

リムと零夜が辺りを見渡すが、本当に枝織の姿が何処にもない。

「ちょっと、アスラン!! なんで声をかけてくれなかったの!?」

「無茶言うな! さっきだって枝織ちゃんに声をかけられるまで、存在に気付かなかったんだぞ!?」

「あう〜・・・枝織ちゃ〜ん」

言い争うリムとアスランの横で零夜がシクシクと涙を流す。

「ああっ! 零夜さん泣かないで・・・私達も手伝いますから」




『こんな奴を守る為に戦うのがお前の正義なのか!?』

戦闘中にかけられたアスランの叫びがキラの頭から離れない。

フレイもキラにとっては守りたい人であるが、あの時彼女が発した言葉がその決意を揺るがしている。

『コーディネーターのくせに、なれなれしくしないで!!』

2つの言葉を忘れたくて、ストライクの整備に集中していたのだが、整備が終わるとこの2つの言葉をまた思い出してしまう。

暗い気持ちで居住区へ向かおうとすると、通路の向こう側から小さな悲鳴が聞こえてきて足を止めた。

「いや・・・いやあぁぁぁぁっ! ・・・パ・・・っ!!」

(・・・何処からだろう・・・?)

あまりにも小さく、誰のかも内容も聞き取れない声を辿る様にキラは歩みを進めていく。

声は医務室から聞こえており、転がったドリンクのパッケージが自動ドアに挟まり、ドアが際限なく開け閉めを繰り返している。

医務室の中には半狂乱のフレイと、宥めようとするサイとトール、ミリアリアの姿があった。

「うそ・・・うそよぉ! そんなのうそ!!」

「落ち着け! フレヴぃっ!!

振り回したフレイの肘がトールの横腹に突き刺さり、顔が落ちた所に追撃の様に裏拳が叩き込まれる。

キラが立つと、ドアが開閉を止め、ミリアリアと崩れ落ちそうなトールがキラに気付く。

フレイは衣服を乱し、髪もクシャクシャの、普段の彼女から想像できない姿で泣きじゃくっていた。

(守れなかった―――何も・・・!)

かける言葉が見つけられず、キラがその場で俯いて佇んでいると、泣いていたフレイがギッと睨みつけてきた。

「―――うそつき!!」

その目つきの凄さにキラだけでなく、サイ達もびくっと立ち竦む。

「『大丈夫』って言ったじゃない! 『僕達も行くから、大丈夫』って・・・! なんでパパの船を守ってくれなかったの!?
ロンド・ベル隊も、アムロ・レイもいたのに、なんであいつらをやっつけてくれなかったのよ!!」

「フレイ! キラだって必死で戦ったんだ! それに、木星蜥蜴の新型はカミーユさんと互角で、数もあっちの方が多かった! あの状況じゃ・・・」

金切り声を上げて罵るフレイを、サイがあの時の状況を教えながら宥めるが、聞こうともせずにキラに詰め寄る。

「―――あんた、自分もコーディネーターだからって本気で戦ってないんでしょ!!」

その言葉がキラの胸に突き刺さる。

フレイは左手で信じられない力でキラの袖を掴み、右の拳で何度もキラの胸を叩く。

「パパを返せ・・・! パパを返して・・・! 返して・・・! 返して!!」

泣きながら叩くフレイを振り払う事は当然出来ず、振るわれる拳を俯きながら受け続ける。

だんだんと拳から力が抜けていき、フレイはその場で崩れる様に膝を着き大きく泣き叫んだ。

「パパを・・・返してよぉッ!!」

キラは沈痛な表情で首を振り、その場を逃げるように走り去った。

「待てよ! キラ!!」

トールが慌てて声をかけるが、キラはそれを振り切るように走っていった。




ランチでナデシコに着艦したアムロ達は、格納庫で万丈達と再会した。

「久しぶりだな。万丈、一矢、ユウ」

「ガン・エデンとの戦い以来、僕も一矢も火星に行ったきりでしたしね」

万丈が笑いながら、アムロに返す。

「ボルテスチームの姿が見えないが・・・彼等は一緒ではないのか?」

アムロは一矢に問いかける。

「ええ。木星蜥蜴の攻撃が始まる半年ほど前に、ボアザン星へ旅立って行きました」

「そうか。無事解放できていればいいんだが・・・」

「ユウ、お前がナデシコにいるとは思わなかったぞ? 今まで何処に?」

「まぁ、後でな・・・アムロ大・・・少佐」

カミーユに短く返してから、ユウキはアムロに話しかける。

「少し、お話したい事があります」

ユウキの言葉に驚かず、念の為に内容を確認をする。

「・・・木星蜥蜴の機体について・・・か?」

「アムロ少佐達もですか」

万丈は驚くこともなく、聞き返すとアムロとカミーユは黙って頷いた。

「カミーユ、例の事を万丈達と話し合ってくれ。恐らく、彼等も俺達と同じ見解だろうからな。俺とラミアス艦長はブリッジへ向かう」

「判りました」

アムロの指示にカミーユは頷くと、万丈達と共に近くの部屋に入っていった。

「さて、俺達はブリッジへ・・・ラミアス艦長?」

ランチを降りた時から声がしなかったのを、不思議に思いながらマリューに呼びかけ後ろを振り向く。

マリューはランチを降りた所で、ウリバタケを筆頭にした整備班に群がられて対応に困っていた。

「女性で、美人な艦長だ!!」

「しかも、うちの艦長みたいに天然系じゃない!!」

「お名前は!?」

「やっぱり、恋人とかいるんですか!?」

「班長! 奥さんがいるのにいいんですか!?」

「いいんだよ!! 俺は改造の為と女房から逃げる為ナデシコに乗ってるんだ!! ・・・でも、オリエには内緒にしてくれ

「えっと、アムロ少佐・・・どうしましょう?」

今まで何人かに似た様な事は聞かれてきたが、鬼気迫っている表情の集団に声をかけられるのは初めてであり、アムロに助けを求める。

その時、整備班を目掛けて小型のコンテナが振ってきた。

『ぎゃああああああっ!!』

何人かが下敷きになるが、何個かのコンテナが続けて振ってくる。

「なんじゃああああ!!」

「ぎょえええええっ!!」

突然の信じられない出来事に、マリューとアムロは呆然とするが直ぐに正気に戻ると、

「だ、大丈夫ですか!?」

「誰か! すぐに救護班を!!」

「あ〜、大丈夫ですよ。あのコンテナの中は空で軽いですし、この人達、これ位の怪我は日常茶飯事ですから」

慌てるマリューとアムロに、格納庫に入って来たヒカルがのんきに答える。

(日常茶飯事・・・? これが・・・!?)

信じられない物を見る様に、マリューとアムロは整備班とヒカルを交互に見る。

「あっ、自己紹介まだでしたね。アマノ・ヒカルです! 私がブリッジまで案内します!!
・・・で、アムロ・レイ少佐・・・出来ればサインお願いできませんか?」

「あ、ああ。構わない」

差し出してくる色紙に、アムロはサインを書いてヒカルに渡す。

「ありがとうございます!! では、案内します。どうぞこちらへ」

ヒカルは渡された色紙を大事に胸に抱くと、マリューとアムロをブリッジへと案内する。

マリューとアムロは狐に摘まれた様な顔で格納庫を後にした。

その頃、コンテナを落とした犯人は、小さいウインドウで整備班の様子を見ながら小さく呟いた。

「この世界で言うとは思いませんでしたけど・・・馬鹿ばっか・・・」



ナデシコのブリッジで簡単な自己紹介を終えたマリューは、この8ヶ月間に起こった事を説明した。

「―――と、言うのが今の地球圏の現状です」

「ふむ・・・木星蜥蜴、ザフトだけでなく、地下勢力や新たな異星人まで攻めてくるとは厄介な事になってますな〜」

プロスが頭をかきながら、苦い表情をする。

「それだけじゃない。『刈取り』とされる謎の事件も、頻度は少ないが起きているんだ。今の地球圏の状況はバルマー戦役の時と同じ・・・
最悪、それよりも悪いかもしれない」

「・・・むぅ・・・軍とネルガルの関係はどうなっているんです? この状況で、軍と企業がいがみ合っている余裕は無い筈ですが?」

ゴートが低く唸ってから、アムロに聞き返す。

「君達が行方不明になってから、1月後に和解したよ。その頃は、近々月攻略戦が再び開始されると言われてたからな。
互いの利権を守るのに、いがみ合っている場合じゃないと気付いたんだろうな」

「と、なると・・・現在、ネルガル本社は、アナハイム社やマオ社の様に連邦軍と共同戦線をはっているんでしょうな〜・・・」

「おそらくは・・・各地でエステバリスが標準配備された、という話を聞いた事がありますし」

プロスの質問に、マリューがモルゲンレーテで聞いた話を思い出しながら応えた。

「あれ〜? じゃあ、ナデシコはどうなるのよ? この船もネルガル所属でしょ?」

「はあ・・・恐らく、何処かの軍に編入される事になると思いますが・・・」

ミナトの言葉にプロスが自分の憶測を話した時、メグミが驚きと拒絶の声を上げた。

「そんな!! 私達に軍人になれって言うんですか!?」

「落ち着けよ。まだ、そう決まった訳じゃねぇだろ」

「そうだね〜。多分、ロンド・ベル隊の人達と同じ状態になるんじゃないの?」

「・・・そういえば、ロンド・ベル隊の半分以上は民間人だったわね・・・」

リョーコ、ヒカル、イズミがメグミに返す。

「・・・これで、こちらが話せる事は全てです」

「では、ナデシコの情報は私が『説明』するわ」

マリューが告げると、イネスが嬉しそうにしながら前に出てくる。

「は、はあ・・・」

マリューはやや気圧されながら頷く。

「まず、火星で起こった事だけど・・・」

「ああ、それはまたの話しで! チューリップについてお願いします!!」

長くなると判断したプロスが声を上げる。

イネスは少し不満顔になるが、咳払いを一つして、

「コホン・・・チューリップについて、連邦はどういった結論を出しているの?」

「艦隊の輸送手段、もしくは何処かに通じているゲート・・・と言うのが今の主流ですが」

マリューの返答にイネスは少し感心した様に頷き、

「そこまで辿り着いてるなら、あと少しね。 チューリップの正体は、一種のワームホール。 火星に居た頃は仮説だったけど、現に私達が
火星圏から地球圏にワープアウトした事が裏付けになったわね。ただ、気になるのは・・・」

「ワープ装置なら、この8ヶ月のタイム・ラグの説明がつかない・・・ですね?」

イネスの言葉を続けるようにマリューが聞き返す。

「そう、そこなのよ・・・火星で発見したクロッカスもかなりの年月放置されたような状態になってたし・・・」

イネスは説明を切り、腕を組んでマリューと一緒に考えこむ。

「結論はイネスさんの研究に期待する事にして・・・あの通信は?」

ユリカが問いかけると、マリューは少し言い辛そうな表情をし、それを察したアムロが代わりに答える。

「一つ言っておくが、アークエンジェルのクルーが発言した訳ではないぞ。
ラミアス艦長達はあの会話が全チャンネルで送信されているとは判らなかったんだ」

「どういう事です?」

聞き返すユリカに、アムロは上手くフレイの名前を伏せてあの時の状況を説明する。

「―――と、いう事だ。理解してくれたか?」

「―――アムロ少佐」

黙って話を聞いていたアキトがアムロに話しかける。

「その人物、今後少し注意して見た方が良いかも知れません」

その言葉に、アムロは少し怪訝な表情をする。

「何故だ?」

聞き返すアムロになんの感情も含まない声でアキトは答えた。

「・・・復讐や憎しみに駆られた者ほど危険な人間はいません。 そういった者は、自分を含めた全てを利用、殴り捨て、犠牲にしながら
目標を達成しようとします」

(・・・かつての俺がそうだった様に・・・)

アキトは胸中で苦々しく付け足す。

(この感情・・・憎しみ・・・? いや、虚無か!? 一体、彼は何者なんだ・・・?)

声に僅かに含まれている感情に気付いたアムロは、驚きを含んだままアキトを見て頷き、

「・・・わかった。気持ちが落ち着き次第、エクセレン少尉達にフォローしてもらう。ミスマル艦長、ナデシコは今後どうするんだ?」

「はいっ!? えっと・・・」

急に話を振られたユリカは、驚いて声を上げると、それを誤魔化す様に一つ咳払いをしてから、

「出来ればアークエンジェルと一緒に月に向かいたいんですが・・・ウリバタケさん、現在の機動兵器で動けるのは?
それとルリちゃん、相転移エンジンの状態はどう?」

現状の艦の状況を正確に掴もうと、ウリバタケ―――何時の間にか復活した―――とルリに問いかける。

「言い難いんだが、エステはしばらく全機動けねぇ。全機がリミッター解除しちまったし、各機の損傷が大きすぎる。
修理と平行しながらだから、かなり時間を食っちまうな・・・ロンド・ベル隊の機体以外は暫く無理だ」

「相転移エンジンは現在出力40%・・・今はこれが最大出力になっちゃいます。フィールドも通常の30%程度の出力になっちゃいますし、
このまま長距離を航行すれば、確実にエンジン止まっちゃいますね」

「・・・月までは無理か」

「でしょうね・・・それに、今のナデシコでは次の戦闘にも耐えられるかどうか・・・」

報告を聞いていたアムロが呟き、マリューも頷き同意する。

ユリカもウリバタケ達の報告を聞き、腕を組んで手を考える。

「そうだ。ミスマル艦長、ロンデニオンに向かうのはどうだ?」

アムロの提案にプロスが感心した様に手を打つ。

「なるほど。その手がありましたか。ロンデニオンまではデブリベルトの中を通っていけば、そうそう敵に遭遇する事もないでしょうし、
距離も月に行くよりはずっと近い。入港する際は、万丈さん達、ロンド・ベル隊の方々が通信してくだされば手間が省けます。
なにより、ドック使用料がかからない。良い事ずくめですな」

「しかし、ミスター。ロンデニオンで相転移エンジンは修理できんぞ?」

ゴートが疑問に思った事を聞くが、

「その辺りも大丈夫です。とりあえず、ロンデニオンに行けば装甲等の最低限の修理は出来ますし、避難民のみなさんも降ろせます。
相転移エンジンの修理は、ロンデニオンから通信を送って部品を持ってきてもらいましょう。
まぁ、その際本社から正式な今後の事を告げられると思いますし・・・如何ですかな艦長?」

プロスがテキパキと今後の予定を告げていき、ユリカに問いかける。

「・・・・現状では、それが一番ベストな手段ですね。その案で行きましょう」

ユリカは少し黙考した後、頷き賛成した。




万丈達と共に別室に入ったカミーユは、あの戦闘中に感じた事をそのまま告げる。

「木星蜥蜴の人型兵器・・・多分、あれは無人機じゃない」

その言葉に万丈は頷き返す。

「だろうね。しかも、あの小型機だけじゃない。甲児と戦っていた大型の機体もそうだろう」

「ええ。攻撃の回避、反撃のタイミングに人工知能の様な無機質なものを感じられなかった」

一矢も万丈に同意し頷く。

「カミーユ、ロンド・ベル隊で・・・いや、アークエンジェルでそう感じてる人は、感じてると思うのは何人いる?」

ユウキの言葉にカミーユは頭の中で何人か数える。

「・・・俺とアムロ少佐を混ぜれば、多分4、いや5人位か。だが、3人は俺がそう思うだけだ・・・ナデシコの方は?」

「とりあえず、僕ら3人は確定だけど・・・残りは誰も・・・」

問い返すカミーユに万丈が答えるが、

「いや、アキトは始めから気付いていたんだと思う」

ユウキが答えを遮り告げると、万丈は少し驚いた表情になる。

(また彼、テンカワ・アキトか・・・一体、何者なんだ・・・?)

「どういう事だ? ユウ?」

「一矢、お前は火星での戦いで少し遅れて来たから知らないだろうが、アキトが紅い機体見た瞬間、
あいつから殺気と憎しみが入り混じった『念』を感じたんだ。あの殺気は、他の機体ではなく、あの紅い機体のみに向けられていた」

「前にその機体と戦った事があるという可能性は・・・?」

カミーユはユウキに聞き返すが、一矢は首を振り、

「その可能性は無いだろう。俺も万丈さんも長い間火星にいたが、あの機体は火星でとさっきの戦いでしか見た事がない。
アキトがエステに乗って戦い始めたのは、地球からだ。地球から火星に来るまでに、あの機体と戦った事は無いんだろう?」

最後はユウキに確認する。

「ああ、無いな。それに、これが一番の根拠なんだが・・・火星で俺はあの機体の内1機を落としたのだが・・・
その際、アサルトピットにあたる部分が射出されているんだ。どう見ても、あれは脱出装置だろう。
アキトも直ぐ近くにいて、あの角度からして見えていない訳は無いが・・・あいつは驚きもしなかったし、後になっても何も聞いてこなかったからな」

ユウキの言葉で疑問を覚えたカミーユは念の為に聞く。

「・・・まさか、シラカワ博士やイングラム少佐の様な・・・」

しかし、ユウキはあっさりと首を振り否定する。

「それは無いだろう。アキトから、あの時のイングラム少佐の様な邪悪な『念』は感じないし、時が来れば隠している事全てを話してくれると約束もした。 ただ、今はまだ話せないと言っていた」

「それを信じる・・・と? まぁ、ロンド・ベル隊では何時もの事だけどね」

万丈は肩をすくめ、苦笑いしながら同意するが、ユウキが表情を引き締め、

「だが、有人機がいる言う事は、軍の発表と食い違いが大きいな・・・今でも連邦は木星に過去の勢力は以外は無いと発表してるのか?」



開戦初期、とあるジャーナリストが公の場で連邦の官僚にこう質問した事があった。

「今、地球に攻撃をしている木星蜥蜴ですが、過去の勢力・・・ジュピトリアンや木星帝国の様に、
地球出身の者達の新国家の可能性は無いんですかね?」

その質問に、サザーラント大佐は馬鹿にした様に息をついてから、

「その可能性はありえん。木星から飛来したと判明した時点で、ジュピトリアン、木星帝国と外交をしていた者に確認をとった。
その者の話だと、木星帝国以外の勢力はもう存在しない。あの連中は、無人兵器の集団でしかない」

その答えに、ジャーナリストは納得した様に頷いたが、目の奥には疑いの光を燈したままだった。



「ああ。あの発言が撤回されたって言う話はきいてないな」

カミーユが頷いた所で、一矢が話に入る。

「ハマーン・カーンに連絡をとって確認しなかったのか? あの人も木星圏にいた事があるんだ。多少の事情を知っているかもしれないぞ?」

「・・・ブライト艦長もその事を考えたんだが、断念した。 ロンデニオンにいるのは、ロンド・ベル隊の者だけじゃないんだ。
ただでさえ、極東支部以外の殆どの軍上層部は、俺達を嫌っている・・・上層部への許可なしにアクシズに連絡を着けようとしたら、
連中は難癖つけて部隊の縮小を命令させてくるぞ」

「この状況で、ロンド・ベル隊を縮小する事は無いと思うが・・・」

カミーユの言葉に、一矢は『まさか』と言う様に返すが、万丈が首を振り答える。

「そうとも言い切れないぞ・・・バルマー戦役の終盤、連邦の上層部はロンド・ベル隊等に地球退去命令を出した事がある・・・
表向きは地球圏に戦火や混乱を持ち込まない為と言われてたが、実際は自分達の命が惜しかっただけさ。
現に、ノリコ達と合流する半年の間に地球から補給や情報が入って来た事がなかったからな・・・
あの手の連中にとって、大事なのは自分達の利権と命だけなのさ」

「確かにそうだったな・・・『あの船』がなかったら、補給が大変な事になってたろうな」

ユウキも当時の事を思い出しながら頷く。

「・・・カミーユ、この事は極力誰にも洩らさないでくれ。この、情報と現実の差といい、
どうも、今回の戦争・・・裏がある様に思える・・・現段階で、上層部に知られると面倒な事になりそうだ・・・他のそう3人にも伝えてくれ」

「わかりました」

万丈の言葉にカミーユは頷いた。




時間は少し戻り、甲児とタスクがフレイの所へ向かおうとしたが、途中でキョウスケ、ブリット、通路で手助けを求めたフラガに捕まり
近くの部屋へと連行された。

「何で止めるんだ!!」

「いいから落ち着けよ、甲児!! お前、さっきから怒ってるけど、フレイの気持ちも考えてるのか?」

息巻く甲児に、ブリットが気付かせる様に言う。

「あいつの気持ち、だと?」

「あの子、目の前で父親が殺されたんだぞ? それを見た直後、冷静な判断が出来るか・・・? 似たような経験があるお前なら判るだろう!?」

「それは・・・!」

そこまで言われて、甲児はマジンガーZを祖父から託された時を思い出した。

あの時、Dr・ヘルの部下に祖父を殺された直後、自分は冷静な判断が出来ていたか・・・?

答えは否である。あの時は、次から次に起こる出来事に向き合うだけで必死だったのだ。

「・・・少しは冷静になったようだな」

「ああ・・・すまねぇ・・・」

キョウスケの言葉に申し訳無さそうに返す甲児。

「とりあえず、今はフレイが落ち着くのを待て・・・今行った所で、まともに話が出来るとは思えん・・・」

「ああ、そうだな」

「やれやれ、落ち着いてくれて助かったぜ・・・ブライト艦長みたいに修正しなきゃいけないかとも思っちまったし」

甲児の答えを聞きながら、フラガが壁に寄りかかりながら腕を組んで言うが、甲児はジロリと睨み、

「軽く言うけどな・・・あんた、あんな情けない手を使われて、なんとも思わなかったのか?」

「―――そういう情けない事しか出来ないのは、俺達が何も守れなかったからだろ」

フラガが表情を厳しくして、甲児に返す。

「!?」

言って欲しくは無い真実を言われ、甲児は思わず怯んだ。

「あの方法は最悪な手だが、あの状況で艦隊を助ける為のブラフとしては最適だ・・・俺達じゃ何とも出来ねえから、あの嬢ちゃんは動いたんだ・・・
俺にも、お前にも・・・あの戦場にいた誰も、嬢ちゃんを非難する権利はねえよ・・・くそっ!!

フラガは最後に小さく、悔しそうに吐き捨てる。

「う〜ん・・・ここまで話を聞いちまって、フレイの所に行ったら悪者だな」

タスクが頭をかきながら、参った様に言う。

「? やけにあっさりしてるな、タスク?」

「いや、甲児さんに同行したのは、カチーナ中尉から逃げる為の方便みたいなもんだし」

ブリットの言葉に、同行した本当の理由を洩らす。

「・・・それぞれ、持ち場に戻るとしよう。何時追撃が来るか判らんからな」

キョウスケがそう締めくくり、部屋の扉を開けた時、前をキラが走り抜けていった。

「あれは・・・キラ?」

「あらら・・・凄いスピードで走ってどうしたのかしら?」

シャワーを浴びていたのか、斜め前の部屋から少し髪が濡れている状態のままエクセレンが出てきて、キラの後ろ姿を見る。

「・・・気になるな」

「ええ。なんか、表情がね」




(みんなを守る為に―――みんなの為にアスランを敵に回してまで必死でやって来たのに・・・!!)

キラの胸中はやり切れない気持ちで一杯にになる。

その時、アスランにかけられた言葉が頭に過ぎる。

『何故お前が戦う必要がある!? あの艦には今、ロンド・ベル隊がいるんだろう!? 軍人でも無いお前がなんで戦うんだ!?』

アスランの言うとおり、自分が戦う必要が無いんじゃないか?

地球圏最強のロンド・ベル隊がアークエンジェルにいる・・・自分が戦わなくとも、アムロ達が艦をみんなを守ってくれる。

大した力も無い自分は、こちら側にいる意味は無いんじゃないか?

だが、その考えと同時に心の隅でささやく声があった。

―――本当に、そうなのか? 自分は本当に必死で戦っているのか? 大した力も無いと感じるのは、アスランと戦うのが
―――殺しあうのが嫌だから、フレイの言ったとおり、心の底から真剣に、本気で戦っていないからなんじゃないのか・・・? と。

(違う!! 確かに、アスランと戦うのは嫌だけど、今まで本気で戦って来た・・・! みんなを守るのに真剣に戦って来たんだ!!)

ささやいてくる声を頭を振って追い出し、キラは人気のない展望デッキへと飛び込み、滅茶苦茶に泣き喚いた。

そうしないと、頭に浮かんでくる言葉で自分が壊れてしまいそうだった。

「―――どうなさいましたの?」

「えっ―――?」

不意に間近で声がしたので、キラは驚いて振り向いた。

目の前に、ラクスの無邪気な顔があった。

その目が問いかける様に瞬き、白い指がキラの顔に触れようとした。

キラは自分が泣いていた事を思い出し、慌ててその指を避けて涙を拭う。

(・・・何回目だろう、この子に不意を突かれるのは・・・?)

そう思い、ラクスの方を再び見た時、それ以前の重大な事に気がついた。

「・・・って、何やってるんですか! こんな所で!?」

出撃の際、キラは確かにラクスの部屋のロックをした。

艦の誰かが、ロックを外す事は考えられないのでラクスがこの場に来れる筈がないのだが・・・

「お散歩をしてましたの。そうしましたら、こちらから大きなお声が聞こえてきたので・・・」

キラの驚き等に気付く事無く、ニコニコとラクスは答える。

「駄目ですよ! 勝手に出歩いてスパイだと思われたら・・・」

「でも、このピンクちゃんはお散歩好きで・・・」

『テヤンデイッ!!』

彼女はパタパタとはばたきながら、妙な言葉を喋るハロを見て言う。

「だから、鍵がかかっていると必ず開けてしまいますの・・・あら? どうしました?」

「いえ・・・大丈夫です・・・」

キラは額をおさえながら応えるが、一つ疑問が浮かんでくる。

(・・・市販されていたり、アムロさんが造ったハロにはそんな機能はない筈だけど・・・? 誰かがカスタムしたのか?)

ラクスは床を軽く蹴り、無重力の展望デッキの宙に浮かび上がった。

「・・・戦いは終わりましたのね?」

「ええ、まあ・・・」

言いかけて、キラはどういう形で戦いが終わったのかを思い出し俯いた。

「なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃるわ・・・」

彼女の言葉にキラは目を上げた。

ラクスは包み込む様な笑顔で彼を見つめていた。

彼女なら解ってくれる気がして、キラの口からずっと誰かに打ち明けたくて仕方のなかった思いがこぼれた。

「僕は・・・本当は戦いたくないんです・・・」

ラクスは黙って聞いている。

「僕だって・・・コーディネーターだし・・・アスランは・・・僕の親友だったんです・・・」

「アスラン?」

アスランの名前に、ラクスは少し驚いた様に小首を傾げるがそれだけで、後はキラが話し終えるまで黙って聞いていた。

キラが全てを話し終えた時、何時の間にかラクスはキラの横に寄り添う様にして立っていた。

柔らかい小さな手が、キラの手を包む。

「そうでしたの・・・」

優しい声で発せられた一言に、キラは涙が出そうになって戸惑った。

「―――アスランも貴方も良い人ですもの・・・それは悲しい事ですね・・・」

ラクスの言葉に、キラは驚き目を見開いた。

「アスランを、知ってるんですか?」

「アスラン・ザラは、わたくしがいずれ結婚するお方ですわ」

ごく当たり前の事を言う様にラクスは言い、ふふっと笑った。

「・・・優しいんですでれども、とても無口な人・・・よく、リムに―――わたくしの幼馴染なんですけれど―――からかわれたりしてました」

「リムさんと幼馴染だったんですか?」

アスラン以外の知っている名前が出て来て、キラは思っていたよりも世間が狭い事に驚く。

「あら? リムの事もご存知でしたの?」

「ええ・・・ちょっと・・・」

流石に危うく撃墜しそうになりました、とは言えずに適当に言葉を濁す。

「彼女はわたくしの親友でもあり、姉みたいな人なんですの。アスランの無口な所をよく注意してましたわ。
その時まではリムの言うとおり、わたくしもアスランはただ無口な方かと思っていましたけれど・・・このハロをくださいましたの」

『ハロ、ゲンキ!!』

喋りながら漂っているハロを、ラクスは嬉しそうに抱きしめた。

「わたくしが、『とても気に入りました』と申し上げましたら―――その次もハロを・・・」

呆気に取られ固まっていたキラだが、不意に吹き出した。

「ははっ、相変わらずなんだな、アスラン。そういえば、月でハロを買おうとか言ってました・・・そうか、そのハロはアスランが改造したのか・・・」

月で、アスランが言っていた事を思い出し、納得がいった様にキラは頷く。

「ええ。構造が解ったので、今では自分で一から作っているそうですわ」

ラクスが微笑みながら応えるのを聞いて、キラは再び小さく吹き出した。

何個も何個もハロを作って持ってくるアスランと、嬉しそうにそれを受け取るラクスの姿がとても簡単に想像出来たからだ。

「そうかぁ・・・僕のトリィもアスランが一から作ってくれたんです」

「まあ、そうですの?」

ラクスは目を輝かせた。

「ええ。今度お見せしますよ」

「嬉しい。楽しみにしてますわ」

最初は彼女の行動等に驚いていたが、今は共通の友人を介して、その距離がずっと近くなった様な気がした。

―――それだけに、ラクスを人質の様にしている事にキラは辛くなる。

だが、ラクスは彼の顔が曇ったのを見て、またそっと手を握ってくれる。

「―――お二人が戦わないですむようになれば、いいですわね」

何処までも自分を気遣ってくれる彼女の優しさが、傷口に沁みるように切なかった。

「―――駄目だよ」

キラの呟きに、ラクスが不思議そうに首を傾げる。

「やっぱり、駄目だ・・・」

(この人を、無事アスランに返してあげなくちゃ・・・!)

先程の戦闘からそれなりに時間が経過しており、艦内は半舷休息の状態だ。

(チャンスは今しかない・・・!)

キラは決断するとラクスの手を取り、

「黙って、僕について来てください」

ラクスはまだ理解していないようだが、ただキラを信じきった様子で、こくりと頷いた。




キラとラクスが一緒に展望デッキから出て行く所を、キョウスケ、エクセレン、口を塞がれ押さえ込まれているトールが物陰から見ていた。

「・・・行ったぞ」

キョウスケの一言で、エクセレンは手をトールの口から放す。

「はぁ、ビックリした・・・いきなり押さえ込むんですから・・・」

トールが息をついて、エクセレン達を見やる。

「まあまあ、お姫様とのランデブーを邪魔すると、馬に蹴られて地獄行きよん」

エクセレンは軽く笑って返すが直ぐに真剣な表情になり、キョウスケに話しかける。

「で、どうするのキョウスケ? 私としては、キラ君を応援したいんだけど・・・」

「・・・本来は、正規の手続きをしてから捕虜の返還はするものだが・・・ラクス・クラインは民間人で捕虜ではない。
その辺りの事は省略しても不具合はないだろう」

「え・・・? と、いう事は?」

いまいち状況が飲み込めないトールが、首を傾げてエクセレンを見る。

「要するに、手伝おうって事よ」

「・・・用意が出来たら声をかけてくれ。俺とエクセレンで、整備班達の注意を引く。その間にMSに乗り込む様に伝えてくれ」

キョウスケはそう言い残し、エクセレンと共にその場を立ち去る。

トールも走って、キラの後を追った。



「最初に会った時、あの機体のパイロットと何か訳ありぽかったけど、こんな事情があるなんてね〜・・・で、どうするの?
この話・・・アムロ少佐達に報告する?」

エクセレンはキョウスケの隣りに追いつき、問いかける。

「いや・・・する必要はない。ここだけの話にしておいた方が得策だな。知られれば騒ぎが大きくなるし、あんな事の後だ・・・
キラにスパイ容疑をかける奴が出てくる可能性もある」

「オーケイ。貝の様に口を閉じろってやつね」

「・・・誰にも話すなよ」

珍しく、言葉が合っていたエクセレンを疑わしい目でキョウスケは見る。

「あら、私があっさり誰かに話しちゃうと思ってるんでしょ〜?」

「ああ」

何を今更、と言う様にキョウスケはあっさりと肯定する。

「あら〜。そんなストレートに言わなくても・・・とにかく、大丈夫よ。早速話したくてうずうずしてるけど・・・」

「そんなに話したいのなら、穴でも掘ってその中に話せ」

「艦内で何処に穴を掘るって言うのよ・・・でも、その話なら知ってるわよ。馬耳東風ね」

「・・・王様の耳はロバの耳、だ」




ラクスを連れて、ロッカールームへ向かう途中、前から歩いてくるダバ達を見つけて慌ててラクスを物陰に隠す。

「―――しかし、あの子の気持ちも判らなくはないけど、やり方がね・・・」

「ああいう手を使うのは、悪役の方だって事、判って無いのかしら?」

「レッシィ、アム、止すんだ。フレイって子も使いたくて使った手段じゃ・・・キラくん、どうしたんだ?」

ダバがレッシィ達をたしなめた時、壁に寄りかかっているキラに気付いて声をかけた。

「あ、いえ。別に・・・」

キラが愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとするが、

「あれ? この子、あのポットに乗っていた子じゃない?」

何時の間にか背後に回りこんでいたリリスに、ラクスを見つけられてしまう。

「あら? そういえば、お礼を申し上げてませんでしたね。あの時は、どうもありがとうございました」

ラクスは物陰から出て来て、リリスとダバ達に深々と礼をいう。

キラは苦しげに顔を背けると、ダバは直ぐに察しが付き、

「キラくん、君はまさか・・・!」

「すみません、ダバさん・・・黙って行かせてください。僕は嫌なんです、こういうの・・・!」

ダバは少しの間、キラを黙って見つめた。そして一つ頷き、

「1人で出来る事じゃないだろう? ボクも手伝おう」

キラはその言葉に驚き、ダバの方を見る。

「ちょ、いいのダバ!? アムロ少佐達に話さなくて・・・?」

アムも驚いてダバに聞くが、

「でも、話した所でアムロ少佐達は兎も角、他の軍人が頷くとは思えないね・・・月とかいう所に着いたら、この子がどうなるか判らないし・・・
逃がすタイミングは今しか無いよ」

レッシィがダバに代わって答え、ダバもその言葉に無言で頷いたのでアムは一つため息をついた。

「はぁ・・・じゃあ、整備班の人も如何にかしないとね・・・キャオも巻き込めば・・・」

「それなら、大丈夫ですよ」

アムの言葉を遮り、トールがキラ達の所へ歩み寄ってくる。

「トール・・・なんで!?」

「さっき、展望室で話してる所、聞いちゃってな・・・こういうのって本来、悪者がやる事だろ? だから俺も、キョウスケさん達も手伝うって」

驚くキラにトールは簡単に事情を説明すると、ダバ達の方を向いて、

「整備班の人達の方は、キョウスケさんとエクセレンさんが注意を引くそうです。キラ、お前はその内にMSに乗り込めだって」

キョウスケの計画を教えると、ダバは頷き、

「判った。でも、キャオにも事情を話して協力をさせた方が成功率が上がるな・・・アム、先に行ってキャオに話してきてくれ」

「わかったわ」



リリスに通路を偵察させながら、5人は何とかロッカールームにまで辿り着いた。

入り口の見張りをトール達に任せて、キラはラクスの為にノーマルスーツを取り出す。

「これを着て。その上から・・・」

で、いいです。と言おうとしたが、ラクスのロングスカートを見て言い止まる。

ラクスはキラの視線に気付くとニッコリと笑い、肩のストラップを外し、するりとスカートの部分から足を引き出した。

「わっ!? ごめんなさい!!」

キラは慌てて後ろを向き、ラクスの着替えを見ないようにした。

「?」

ラクスはキラの気づかいに気がつかず、ただ不思議そうに首を傾げた。

スカートを詰め込んで、ぽっこりと膨れたノーマルスーツを見たトールが、

「・・・・・・・いきなり、何ヶ月?」

と呟き、レッシィとリリスに殴られたが、ダバとキラ、ラクスは意味が判らず首を傾げる。

レッシィは3人の表情に気付いて、忘れて、と手を振る。

格納庫の入り口でエクセレンがトール達の事を待っていた。

「エクセレンさん、整備班の人は?」

トールの言葉にエクセレンは格納庫を見ながら、

「機体の整備が大体終わって、マードック軍曹と殆どの整備班は休憩を取ってるわ。アストナージさんはキャオ君が連れ出してくれたし、
キョウスケがまだ残っていた中尉さんと話して気を逸らしているし、ストライクはアルトの所から死角になっているから、今がチャンスよ」



「こいつが、ATX計画の機体、か」

カチーナはアルトアイゼンを見上げながら呟く。

「・・・中尉、アルトに興味があるのですか?」

キョウスケがカチーナに近づきながら問いかける。

「この機体、ってよりもテスト機そのものにな。名乗ってなかったな、カチーナ・タラスク中尉だ。今日から世話になる」

「自分は・・・」

名乗ろうとするキョウスケを手で差し止め、

「知ってる。キョウスケ・ナンブだろ? ビルトラプターの元テストパイロット・・・だったな」

「!? 知っていたのですか」

カチーナの言葉にキョウスケは少し驚愕する。

ビルトラプターは極秘テスト中に空中で爆発大破し、その存在を知っている者は決して多くは無い。

ましてや、そのパイロットの事になると尚更だ。

事故の規模が規模だっただけに、事件を知った大抵の者はパイロットがどうなったか等は聞こうとは考えない。

余程の強運、奇跡級の運の持ち主でもなければ助からないと判るからだ。

・・・最も彼の元上司が、あちらこちらで吹聴していなければ、だが・・・。

「アタシもテストパイロットに志願してたからな。トライアル中に事故ったって話を聞いて、当時のあの基地勤めの奴を片っ端から
締め上げて吐かせた。アタシが選ばれていりゃ、大破なんて事にはならなかったのによ」

カチーナはからかいの含んだ口調で言うが、キョウスケはさらりと受け流し、

「・・・かもしれません。あの機体は変形の段階で構造的な欠陥が出ましたが、腕の良いパイロットならばあんな結果にはならなかったでしょう」

「アタシもその事は知っているって、今のは冗談みたいなもんだ」

カチーナは軽く笑って言うと、アルトの方を見て聞く。

「この機体はそんな事は無いだろうが、特機でもないのに結構デカイじゃないのさ」

「両肩のクレイモアの所為です。宇宙では大して気になりませんが、重力下ではこれの所為で空中制御が取りにくい・・・
とはいえ、こいつの生命線でもあります」

キョウスケの言葉にカチーナは呆れと感心が入り混じった息を吐き、

「とんがった試作機だぜ。で、お前はあの事故の直ぐ後にこいつの辞令を受けたのか?」

「・・・中尉、何か言いたい事があるのなら、はっきり言ってください」

カチーナの言葉の裏に気付き、キョウスケは彼女を真っ直ぐ見る。

「・・・この試作機、アタシに譲らないか? 言っとくが、これはマジだぜ」

「命令ならば」

あっさりとしたキョウスケの返答に、カチーナは少し驚き、

「いや、そんなあっさり・・・思い入れとかは無いのかよ? 自分用の試作機を手に入れたんだぞ?
自分がこの機体を一番上手く扱えるんだって、風な気概とかさ」

「・・・最後の言葉は何処かで聞いた事がありますが・・・自分は別に・・・」

「!? あなた達、そこで何してるの!!」

その時、格納庫内に少女の声が響き渡った。

「ラトゥーニ! どうした!!」

(!? キラ達が見つかったか!?)

キョウスケは声がした方に駆けて行くカチーナを追いかけた。



こっそりと、ストライクに近づき、キラとラクスがコックピットに収まると全員がほっとした顔になる。

キラの膝の上に乗ったラクスが、ダバ達に向かっておっとりと言う。

「またお会いしましょうね?」

「ええ。出来れば、戦争が終わった時に・・・」

ダバは頷いて返し、

「そうね〜、その時はちょっとした宴会を開けるわね」

「あんた・・・子供に酒を飲ませる気かい・・・」

エクセレンの言葉をレッシィが疑いの目を向けて返した。

しかし、トールは1人表情を硬くしてキラに問いかける。

「キラ・・・お前は、帰ってくるよな?」

「え・・・・」

OSを立ち上げていたキラが、はっと顔を上げる。

事情を知らないダバ達はキョトンとしてるが、エクセレンは少し苦い顔になる。

その時、1人の眼鏡をかけた少女が格納庫に入って来て、運悪くダバ達の事に気付くと声を上げた。

「!? あなた達、そこで何してるの!!」

「ばれた!? キラ、急ぎな!!」

レッシィはラトゥーニに目をやりながらキラを急かす。

「お前はちゃんと帰ってくるよな!? 俺達の所へ!!」

トールは泣きそうな顔になりながら繰り返す。

「キラ君、あなたがどう選択しようと私は恨まないわ。でも、これだけは覚えておいて。ここにはあなたの帰りを待っている人がいるって事を」

エクセレンが真面目に、まともな事を言ったのでトールもキラも少し感心するが、

「まっ、女教師としてこれ位は言っとかないとねん♪」

直ぐに何時もの調子に戻り、トールはこけるがその際見た。

ハッチを閉めながら、キラが強く頷き、笑みを浮かべている所を。



「―――きっとだぞ! 約束だぞ!!」

閉じたコックピットの中にも、遠ざかっていくトールの声が響く。

「良い、お友達ですわね」

「・・・ええ、アスランと同じ位、大切な友達です」

トールの言葉を聞いたラクスに、キラは静かに、少し嬉しそうに返した。

騒ぎを駆けつけた整備員が格納庫に入ってくるが、

「全員、戻れ!! ハッチを開放するぞ!!」

キョウスケが大声で退避を呼びかける。

「オイ、キョウスケ!! どういう事だ!?」

「理由は後で話します! 今は、ストライクを行かせてください!!」

怒鳴るカチーナの手を引きながら、キョウスケは言う。

ストライクはカタパルトへ向かい、エールストライカーを装着する。

トールは退避する際、ストライクの後ろ姿に呼びかけた。

「―――キラ、きっとだぞ!! 俺はお前を信じてる!!」




突然なり始めた警報に、ナタルは驚きドリンクを咳き込ませた。

ゴホッ・・・!ど、どうした!?」

「格納庫で、騒ぎが・・・!? MSが、ストライクが発進しようとしてます!!」

「なんだと!? どういう事だ!!」

士官の報告にナタルが声をあげる。そこに、フラガから通信が入った。

『坊主がピンクのお姫様を連れ出したんだよ! 駄目だ、もうエア・ロックを開けられちまった』

人名をとてつもなく略した言い方だが、前にブリッジでフラガの言い方を聞いていたナタルは、直ぐに誰と誰の事だか察しがついた。

「なんだとぉ!?」

民間人が捕虜の脱走の手助けを、否、捕虜を逃がす・・・信じられない事態にナタルの声は上ずった。

『驚いてる暇はないだろう? 艦長と、アムロ少佐達にも連絡をつけるんだ』

ナタルはフラガの言葉に正気に戻ると、直ぐにナデシコへと通信を繋いだ。




ヴェサリウスのブリッジでは、白鳥、クルーゼ、アデスがラクス奪還の作戦を立てていた。

MSで陽動及び撹乱、強襲小型揚陸シャトルで少数精鋭がアークエンジェルに侵入し内部から制圧。

その際、ラクスの身柄を確保する・・・という案が決まり、後は人選だけになった時、ブリッジにリム達3人が入って来た。

「おや・・・? ブリッジに出頭しろという命令は出していないが・・・?」

「いえ、ちょっと人探しで・・・」

問いかけるクルーゼに、リムが手をパタパタ振り答える。

「人探し・・・? 零夜殿も一緒と言う事は、まさか・・・?」

「はい・・・枝織ちゃんが迷子なんです」

その問いかけに、零夜が答えると白鳥の顔が蒼白になる。

「白鳥少佐? 顔色が優れないようですが・・・?」

「・・・大丈夫です。ええ、もう慣れてますから・・・この手の苦労は・・・」

心配するアデスに諦めの入った声で返して、

「アデス艦長、クルーゼ隊長。乗員に被害が出る前に、全力で枝織殿の捜査に当たってください」

「は・・・?」

アデスが訳が判らないと言う様に、声を上げるが、

「アデス。手の空いている何人かに艦内を捜査させろ」

クルーゼは白鳥の頼みにあっさりと頷く。

「隊長、それはどういう事ですか?」

「枝織殿の戦闘能力はリム以上だ。しかも、リムと同じで加減を知らない・・・何かの拍子で乗員が被害にあいかねないぞ」

「・・・隊長、また酷い事を・・・」

アデスの質問に返すクルーゼの言葉を聞き、リムは前回同様のショックを受ける。

しかし、その時医務室から通信が入った。

『おい、クルーゼ。何時の間にか医務室のベットに紅髪のガキが寝てるんだが・・・お前らの関係者か?』

船医が上官であるクルーゼに敬語も使わずに聞く。

「ああ、恐らくな。直ぐに保護者を行かせる、それまで子守をしていろ」

『わかった』

クルーゼは零夜に向き直り、

「聞いての通りです。この艦に紅髪の人間はいないので、ほぼ枝織殿に間違いありません」

「よかった・・・じゃあ私、迎えに行ってきます」

嬉しそうにブリッジを出て行く零夜を見ながら、リムは小声でアスランに問いかける。

「ねえ、アスラン・・・毎回思うんだけど・・・あの船医さん、何者・・・?」

「さあ・・・? 隊長に敬語を使ってる所、見たこと無いな・・・仮病を使うと、妙な薬を注射されるってディアッカが言ってけど・・・」

「2人とも、雑談は外でやれ。ラクス様奪還の作戦が立ち次第・・・」

アデスが2人に待機を命じようとした時、アークエンジェルから発進したMSをレーダーが捉えた。




アークエンジェルから発進したキラは、全周波数で呼びかけた。

「こちら、地球連邦軍アークエンジェル所属のMS、ストライク! ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す!」

キラは前もって、考えていた通りに言い続ける。

「ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスのパイロットが単機で来る事が条件だ! この条件を破られた場合・・・」

ここまでは一気に言い続けられたが、流石にこの先の言葉は躊躇いがあった。

「・・・・・・・・・彼女の命は、保障しない・・・!」

ラクスはその言葉を聞いても、眉一つ動かさない。

何時もどおりの穏やかな顔で、キラを見つめていた。

彼女はキラが自分に危害を加える事など、少しも考えていない。

自分の事を信じて、理解してくれているからだとキラには思えた。




「足つきの奴、どういうつもりだ・・・?」

アデスは眉を顰めて相手の真意を探ろうとする。

「自分は、これが罠だと思います。先程、あんな手を使った地球人が、あっさりラクス殿を返すとは思えません!
イージスという機体は、元々連邦の物です。1機で出た所を、破壊、もしくは奪取するのが目的だと思います」

白鳥が告げるが、アスランは聞かずにクルーゼに言う。

「隊長! 行かせてください!!」

「敵の真意は判らんのだぞ! 本当にラクス様が乗っているのかどうかも判らんぞ!!」

「そうだ! もし乗っていたとしても、確実に何か卑怯な手を使って来るに決まっている!!」

アデスと白鳥が一斉に反対の声を上げるが、

「アスラン、行ってきなさい」

リムが2人の言葉を聞かずに、アスランに告げる。

「リム、それは越権行為だぞ!?」

アデスは声を荒げて注意するが、リムは何ら気にする事無く言い放つ。

「・・・じゃあ、聞きますけど、ここで許可しないと言ったとしても、アスランが大人しく待機してると?
ありえませんよ、そんなの。絶対に無断で出撃しようとしますし、しないとしたら・・・そんなヘタレ、私が生かしておきません

最後の言葉に含まれた殺気に、アデスだけでなく、白鳥、アスランも冷汗をかく。

「・・・まあ、リムが言うのにも一理あるな。いいだろう、許可する」

1人動じなかったクルーゼが許可を出す。

「ありがとうございます!」

「じゃあ、私は枝織ちゃんの様子を見てきます」

アスランと共にリムがブリッジを出て行くと、白鳥が問いかける。

「いいんですか? 罠の可能性も・・・」

「チャンスである事も確かですからね。ロンド・ベル隊がいるのに、そんな卑怯な手を使ってくるとは思えません。
なにより、向こうのパイロットも幼いようです」

クルーゼはニヤリと笑うとアデスに指示を出す。

「艦を止め、私のシグーを用意しろ」




ナデシコにもキラの通信が入って来ていた。

「やれやれ・・・若いね」

万丈が半ば感心した様に言う。

『艦長、あれが勝手に言っている事です!! 攻撃許可を!!』

通信越しでナタルが叫ぶが、フラガが通信に割り込んできてさらりと言い放つ。

『んな事したら、今度はストライクがこっちを撃ってくるぜ―――多分な』

『キラだけじゃねえさ。俺も・・・いや、ロンド・ベル隊全員が敵に回るぜ?』

甲児も通信に割り込み、怒りの混じった声を出す。

「甲児、ナデシコ全員の分も追加しおいてくれ」

更にユウキが追い討ちをかけ、ナタルは絶句した。

軍規に忠実な彼女には、こんなイレギュラーに対応出来るマニュアルを持っていないのだろう。

「・・・このまま事がキラの思惑通りに運んでくれればいいんだが、確実にあちらが何か仕掛けてくるな・・・ラミアス艦長、アークエンジェルに戻るぞ」

「あっ、はい。では、失礼します」

アムロに言われ、マリューはアムロとカミーユに続いてブリッジを出る。

「―――ところで、ラミアス艦長。顔がほころんでいるぞ」

歩きながらアムロに指摘され、マリューは頬を押さえた。




アスランはストライクの手前でイージスを停止させた。

『アスラン・ザラか?』

「そうだ」

緊張でお互いの声が自然と硬くなる。

『コックピットを開け』

アスランは言われるまま、コックピットを開いた。

ストライクのビームライフルは威嚇する様に、コックピットに狙いを付けているが、アスランは気にした風も無い。

(キラが騙まし討ちするなんて、絶対にありえないからな・・・)

胸中で言いつつ、怯えも恐怖も含まない相手を信じきった目でストライクを見つめる。

すぐに、ストライクのハッチも開いて中の2人の人影が見えた。

通信機から、2人のやりとりが聞こえてきた。

『話して』

『え?』

キラの言葉にラクスがキョトンと聞き返す。

『顔が見えないでしょ? 本当にあなただって事、判らせないと・・・』

『ああ、そういう事ですの』

キラの膝の上に乗ったラクスが、ひらひらとアスランに向かって手を振り、

『こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ』

バイザーが反射して、顔が見えないが、アスランは最初の一声からラクスだという事が判っていた。

2人の親密そうなやり取りに、小さく笑みを浮かべながらほっと息をつく。

「確認した」

『なら、彼女を連れて行け』

アスランはハッチの上に立ち、体を固定し、キラもそれを確認してからラクスの背中を押し出した。

渡って来たラクスの体を慎重に受け止め、2人は一瞬視線を交わしすと並んでキラの方を見やった。

「いろいろとありがとう、キラ様」

ラクスの声の柔らかさに、彼らの関わりが判った。

(軍艦の中でも、ラクスにキラは優しく接してくれてたんだな・・・相変わらずだ、あいつは・・・)

キラが自分の記憶通り、変わらないでいてくれている事に嬉しく思える反面、辛くもなった。

このまま別れては、またキラと戦う事になってしまう・・・。

そう思った時、半ば衝動的にアスランは叫んでいた。

「―――キラ! お前も一緒に来い!!」

(今なら、連れて行ける・・・誰も邪魔はしない)

「お前が連邦軍で、ロンド・ベル隊と共に戦う理由が何処にある!? 来い、キラ!!」

子供の頃、キラと一緒なら何処までも行けると、何でも出来ると信じていた。

キラを連れて行ければ、あの時間が再び取り戻せる―――今はラクスも一緒だ。3人でならあの時より素晴しい時間が過ごせる。

アスランはそう信じていた。



アスランの言葉に、キラは思わず頷きそうになった。

もし、艦を出る時にトール、エクセレンの言葉を聞いていなかったら頷いていただろう。

しかし、脳裏に2人の言葉が横切り、頷くのを何とか堪える事が出来た。

「僕だって、君と戦いたくはない・・・!!」

キラ辛そうに、声を絞り出すようにして答える。

「でも、あの艦には・・・守りたい人達が・・・友達がいるんだ・・・」

『ロンド・ベル隊が守っている船だぞ!? お前が戦わなくとも・・・!』

アスランがすがる様に、問いかけてくるが、キラは首を振り、

「アスラン・・・僕は、友達を守るって決めたんだ・・・自分の力は、アムロさん達からすれば微々たる物かもしれない・・・
でも、そんな力でも友達を守る事、その手助けをする事は出来るんだ・・・だから、ごめん・・・」

・・・一緒には行けない―――その言葉だけはどうしても出せなかった。

だが、アスランはその先に続くであろう言葉が解った。

『ならば仕方がない・・・』

アスランは苦痛に耐える様に顔を歪め、叫んだ。

『次に戦う時は・・・俺がお前を撃つ!』

「僕もだ・・・アスラン」

キラは声を震わせながら答えると、ストライクのハッチを閉め、その場から離脱させた。

アスランは遠ざかっていくストライクを、拳を握りしめながら黙って見送っていた。




『敵MS離れます!』

「エンジン始動だ、アデス!」

アデスの報告と同時にクルーゼが命じ、シグーを発進させる。

「すみません。本来は、我々も手助けをするのがスジなのですが・・・」

白鳥がアデスにすまなそうに詫びる。

「いえ、そちらは機体の損傷が大きいですからな。お気持ちだけで充分です」

アデスが白鳥に返した時、アークエンジェルから出撃する機体が確認された。



アークエンジェルはヴェサリウスの動きを捉えた。

「艦長達は間に合わんか・・・! 総員第一戦闘配備、MS隊全機出撃!!」

ナタルは苦い顔をして呟くと、指示を出す。

「こうなると思ってたぜ!!」

フラガが叫び、ほぼ指示が出ると同時に出撃して行き、それとほぼ同じタイミングでアルトアイゼンも続いて出る。

「お? キョウスケ、早いな?」

「あちらが何か仕掛けて来ると踏んでいたので用意はしていた・・・」

キョウスケは返すとそのまま機体を加速させる。

両者の動きに、キラは憤るよりも先に驚いた。

「フラガ大尉とキョウスケさん!? なんで・・・!?」

『何もして来ないと思ったか?』

『こちらはサマを打つ気はなかったのだが・・・向こうの指揮官は始めからそのつもりだったようだ』

スピーカーから入って来た2人の言葉にキラはぐっと詰まる。

自分とアスランはそんな事しない・・・そう考えて上手くいくと思っていたのだが、そこを第3者につけ込まれた。

その可能性を一切考えてなかった故に、アークエンジェルが危険に晒される事にキラは自責と焦りに苛まれた。




『ラクス嬢を連れて帰艦しろ』

通信機からクルーゼの指示が入り、アスランは思わず問い返した。

「隊長、まさか始めから・・・!?」

『アスラン、我々は戦争をしているのだよ。敵を叩けるのなら叩いておかなければな!!』

アスランの言葉を否定せずに返し、シグーはその速度を上げた。

しかし、その時、

「ラウ・ル・クルーゼ隊長」

「通信機のスイッチを入れ、凛とした口調でラクスは呼びかける。

「やめてください。追悼慰霊団代表がいるわたくしの場所を、戦場にするおつもりですか!? そんな事は許しません」

アスランは驚いてラクスを見ていた。

何時もおっとりとしていて、穏やかに笑う彼女の姿しか見た事がなかったからだ。

「すぐに、戦闘を中止してください! 聞こえませんか!?」

彼女は猛々しくとも思える口調で駄目を押す。

少しの後にクルーゼからの返答が返って来た。

『―――了解しました。ラクス・クライン』

唖然としているアスランの顔を見ると、ラクスは何時も通りにニッコリと微笑んだ。




何もせずに反転し、帰艦していくシグーをキラとフラガ、キョウスケは呆気に取られて見送った。

「なんなんだ? 一体・・・?」

遅れて出撃した甲児が全員の意見を代弁するかの様に呟く。

「ちぃっ! 折角、こいつの慣らしが出来ると思ってたのによ!!」

カチーナがゲシュペンストの中で苛立ち叫んだ。

「あらん? 中尉、何時の間にゲシュちゃんに? しかも、色が変わってる様ですけど・・・?」

「ん? 搭乗許可は下りてるぞ。元々、キョウスケが乗ってた奴だが、その辺は事後承諾だ。構わないか?」

エクセレンに返しながら、キョウスケに問いかける。

「構いませんが・・・フラガ大尉、戻りましょう」

「だな。追撃してヤブヘビはつまらんしな」

キョウスケの言葉に頷き、フラガは機体を反転させ、キラもそれに続く。

「しっかし、とんでもねえお姫さまだったな・・・」

「何言ってるんだよ? お姫様は大抵、とんでもないだろ?」

フラガの言葉に甲児が返す。

「なんだよ、そりゃ?」

意味が解らないと言う様に、フラガが聞き返してくる。

「お姫様ってのは、宇宙海賊船の艦長をやってたり、瓜二つのそっくりな子と入れ替わってたりするもんだろ?」

「いや・・・そんなお姫様は聞いた事がないな・・・と言うより、本当にお姫様か?」

甲児の言葉にフラガが眉を顰める。

「甲児・・・俺達が会ったお姫様を基準にするな・・・」

コウは苦笑いをしながら甲児につっこみを入れる。

「キラ・・・どうした?」

先程から一言も言わないキラに、キョウスケが音声のみで通信を繋げる。

「いえ・・・大丈夫です・・・」

キラはキョウスケの心遣いに感謝しながら、短く返事をした。

映像付きで通信を繋げられ、目から溢れ出る涙を見られたくはなかったからだ。




「ザフト艦、この宙域から離脱していきます」

ルリの報告に、ユリカは安堵の息を吐き確認する。

「周囲に敵の反応は?」

「ありません」

ルリ言葉を聞いて、ユリカは頷くと、

「じゃあ、ナデシコ発進です!! 進路はロンデニオンで!! それと、アークエンジェルにお礼を言っといてください」

しかし、ユリカの指示にガイが異を唱える。

「待ってくれ、艦長!! まだマジンガーZと記念撮影をしていない!!」

(・・・リュウセイも最初、同じ事を言ってたな・・・)

ガイを見ながらユウキは胸中で呟く。

「ナデシコ、発進します」

ガイの言葉をブリッジの全員が聞き流し、ルリが無情にも止めを刺す。

「あ〜!! 宇宙(ソラ)にそびえる鉄の城が〜!!」

「ちなみに、本当は『空』なので、あしからず」

ガイの叫びにヒカルがツッコミを入れた。

一方、アキトは北斗の登場、そしてコスモス、アカツキが救援に来なかった事を考えていた。

(結局、コスモスも、アカツキ、エリナさんも来なかったか・・・ここまで世界が、展開が変わると、俺のアドバンテージは殆ど意味を成さないか
・・・今の所、一番の問題は北斗だな・・・俺達の世界にも存在していたのかを調べなくてはいけないし・・・
何より、奴の力・・・性能が劣るエステではもう太刀打ちが出来ないな・・・ブラック・サレナ・・・そして、
『あの機体』が思ったよりも早く必要になりそうだ・・・)




第十四話に続く




あとがき

作:長かった・・・今回の話・・・ナデシコの視点も書くから何時もより余計に長く感じました・・・の割には、原作と大して展開が変わらないし・・・
今回でまた暫く、ナデシコはお休みです。次、出るのは・・・早くて最初のオーブ入港ぐらいかな? 北斗達はちょこちょこ出てきますが・・・
本来出番がある筈だった、元大関スケコマシとエリナさんですが、次、登場する時にちゃっかりナデシコに合流しています。
何時合流したのかは、その際書きますが・・・
アストナージの友人は・・・まあ、書かなくとも判りますね? 違法改造が得意な人物は1人しかいませんし・・・ジャーナリストの正体は・・・
これも、後半に明かされます。察しがいい人はすぐに気付く人物です。ちなみに、アムロが調査を依頼してる人物と同じだったりします。

 

管理人の感想

コワレ1号さんからの投稿です。

いやぁ、SEEDのストーリー展開を軸にして、上手く話が進められてますね。

今後、ナデシコの場面が当分ないのが残念ですが(苦笑)

ま、その分北斗と枝織が暴れそうなので、楽しみにしていますw

 

> 「それを信じる・・・と? まぁ、ロンド・ベル隊では何時もの事だけどね」

 

いや、まったく、おっしゃるとおりで(爆)