第十七話 ガウルンの企み
戻ってきたフラガと共に、マリューは『明けの砂漠』のメンバーと対面していた。
「私は連邦軍第八艦隊所属、マリュー・ラミアスです」
「あれ? 第八艦隊って、再編中だろ? 誰を新しい責任者にするか揉めてるって」
「アフメド」
彼女を嘲る様に笑った少年を、サイーブがじろりと睨みながら制する。
「俺達は『明けの砂漠』だ。俺は、サイーブ。こっちはこっちの敵を討つのに出張って来ただけだ」
「って事は、あんた等地元の反ザフト派のレジスタンスか? 砂漠の虎相手にずっとこんな事してんの?」
フラガが半ば呆れた様な表情で問いかけると、サイーブはじろりと彼を見て、
「・・・あんたの顔、どっかで見た事があるな」
「ムウ・ラ・フラガだ。この辺には知り合いはいないけどな?」
「へえ・・・アムロ・レイだけじゃなく、エンデミュオンの鷹までいるのか。こんな場所で、2人の英雄様に会えるとはよ」
フラガが僅かに意表を突かれた顔になり、マリューも内心驚いた。
アムロの顔は知れ渡っていても不思議ではないが、フラガの様なつい最近エースとして知れ渡った人物の情報まで知っている。
こんな所で、ハンドランチャーを片手に戦っているにしてはゲリラ部隊にしては情報通だ。
「情報もいろいろとお持ちのようですね。では、私達の事も?」
「連邦軍新型特装艦、アークエンジェルだろ? クルーゼ隊から逃げて・・・いや、クルーゼ隊を討ち損ねたまま降りてきた。
まあ、ほとんどがロンド・ベル隊のおかげみたいな様だが・・・」
そう言いながら、他の連中とカトルやデュオを交えながら話している、アムロやキョウスケをちらりと見る。
(・・・なんか、既に彼等と馴染んでいるし・・・)
マリューは彼等の適応能力に半ば呆れ、息を吐いた。
「ここで話すのもなんだな・・・着いて来な、俺達のねぐらに案内してやるよ」
サイーブの言葉にマリューとフラガは驚き、思わず聞き返した。
「オイオイ、良いのか? 俺達があんた等の味方とは・・・」
限らんだろう? と言い終える前に、サイーブは肩をすくめて返す。
「敵にはならんだろう? 『弱者を守る剣であり盾』の見本と言えるロンド・ベル隊が一緒なんだからよ。
最も、カトルとデュオの坊主達が、案内するって言い出すだろうしな・・・それと兄ちゃん、一つさっきの質問に答えてやるよ。
俺達が今戦ってるのは、ザフトだけじゃねえ・・・ポセイダルって言う連中ともだ」
『両名とも無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している』
「まあ・・・2回ほど死にそうになりましたけど・・・」
上官であるクルーゼの労いに、ディアッカは皮肉な笑みを浮かべた。
バリュート、ウェブライダー無しで大気圏に落ちると判った瞬間、本気で終わりかと思ったが、イザークの機転・・・否、
イザークが昔から集めていたアムロ・レイの戦果や記録を覚えていたので、それを真似たおかげで助かった。
だが、大気圏を突破した先は運悪く連邦の勢力下の端であり、それに気付いた瞬間高射砲を撃たれ、
ご丁寧に、多くの戦闘機が迎撃に向かってきた。
彼等も流石に戦おうとはせず、否、出来ず逃げの一手でバーニアを吹かして、何とか海にまで逃げて無事に着水できたのだが。
着水した瞬間にバッテリーが切れた時は、2人とも冷たい汗をかいた。
『残念ながら、足つきとストライク、ロンド・ベル隊を討つ事は出来なかったが、君らが不本意とはいえ地上に降りたのは幸いだったかもしれん
―――今後、連中はザフト、ポセイダル軍問わず、地球駐留部隊の標的になるだろうが、君たちもしばらくジブラルタルに留まり、
ともに追ってくれ・・・敵は連中だけではない事を忘れるなよ?』
最後にそう言い、クルーゼは通信を切った。
ディアッカは椅子に仰け反り、傍らに立っているイザークを見上げる。
「―――だとさ。宇宙(ソラ)には戻ってくるなって事?」
「・・・違うな。それならば、機体を上げろ位言うだろう。宇宙にはポセイダル軍の他に、異星人の存在もあるからな。
デュエルとバスターの戦力は必要になる筈だ」
イザークは答えながら、顔の包帯を外していく。
「オイ、イザーク・・・」
傷の程度を聞いていなかった―――最も、戦闘が出来た位だからそう深くはない、とディアッカは思っていたのだが・・・
「それもないって事は、別部隊を編成して俺達とその部隊で攻撃させるんだろう―――降りてくるのは十中八九、アスラン達だろうが・・・どうした?」
イザークは自分の顔を見て、驚きで息を止めているディアッカに聞き返す。
「お前、傷・・・」
イザークの顔には、大きく斜めに傷跡が横切っていた。
プラントの医療技術ならば、それは簡単に消せるはずであるので、この傷はイザークが望んで残した物と考えても良い。
「ん? ああ、これか? 少し思う所があってな。あえて消さなかった。取りあえず、機体の調整、修理もあるが・・・俺達も重力に慣れなければな。
身体が慣れて、整備と修理が終り次第出るぞ」
「出るって・・・オイ、まさか!?」
嫌な予感を感じ、ディアッカは聞き返した。
「地上の部隊に協力して仕掛ける・・・何度だろうと挑戦してやるさ、アムロ・レイに・・・!!」
(つか、ストライクはどうした・・・?)
暴走されるよりはマシかと思いながらも、ディアッカは呆れて肩を竦めた。
岩山を利用した明けの砂漠の本拠地に着くと、人とMSとでアークエンジェルに隠蔽用のネットをかけていく。
「サイーブ! どういう事だ、これは!?」
「すいません、僕達の仲間なんです」
奥から出て来た男達がサイーブに食ってかかるが、カトルが間に入り事情を説明すると、
「・・・カトル坊主とラシードの身内みたいな連中か? なら、しょうがなねぇ、納得してやるよ」
渋々ながらも了承し、奥へと戻っていく。
「ここの人達は、あなた達とどういう関係なんですか?」
不思議の思ったコウが、ラシードに問いかける。
「元々、俺達マグアナック隊の殆どがこの地方の出身なんです。私とサイーブは子供の頃の友人ですので」
「だから、ここの連中とカトル達が協力してたのか・・・」
キースが納得した様に頷いた。
サイーブに連れられて、マリュー、ナタル、フラガ、アムロ、ダバが奥に進んでいく。
物資の搬入をしている男達が、マリューとナタルを見て口笛を吹く。
マリューは慣れた様にニッコリと受け流すが、ナタルはむっと睨みつける。
(まあ、むさ苦しいし見た所、女性がいないみたいだから無理はないか・・・)
フラガは彼等の気持ちが何となく判り、胸中で頷く・・・アムロはそんな彼の胸中を察し、1人苦笑いを浮かべていた。
奥に通されると、通信機や情報分析用のコンピューターが並ぶ司令室の様な場所に着いた。
「大したものだな・・・だが、ここで暮らしている訳ではないだろう?」
「・・・よく気付いたな?」
アムロの言葉にサイーブが感心した様に彼を見る。
「そりゃ、気付くさ。女性、子供、老人がいない。これだけの人数がいるんだ、家族を持ってる奴だっているだろう?」
フラガもアムロの指摘した事に気付いており、それを告げるとサイーブは頷き、
「そうだ、ここは前線基地だ。みな家は街にある・・・まだ焼かれてなければな」
「街・・・?」
ポットを手に取り、コーヒーを入れながら言うサイーブに、ナタルが聞き返す。
「タッシル、ムーラ、バナディーヤ・・・中にはラシード達みたいに、コロニーから戻ってきた奴もいる。
俺達はそういう有志の一団だ―――コーヒーは?」
「ありがとう、5人ぶ「好きなの使え」
マリューが全て言い終える前に、カップを置きながらぶっきら棒に言い残し、その場を離れた。
彼女は周囲を見るが、カップはもうない。
コーヒーを断念してサイーブの方に顔を向け、礼を言う。
「艦の事、助かりました」
あの巨体で、砂漠の真ん中に置いておいたら目立ってしかたないが、この岩山の間なら見つかる可能性も低く、隠し場所としては申し分ない。
「礼は必要ない。こっちはあんた等の戦力を利用するだけなんだからよ。で、アラスカに向かうんだったか?」
コーヒーを置き、サイーブは地図を広げるとこの辺りの勢力を説明しだした。
「まず、この大陸を出る算段だが・・・こんな砂漠中に軍隊がいる訳じゃねえが、1週間前にビクトリア宇宙港が落とされちまってからこっち、
ザフトの勢いは強い」
淡々と語るサイーブの言葉に、マリュー達の驚愕の声がかぶった。
「ビクトリアが!?」
「1週間前!?」
「元々、この大陸はザフト寄りだからな・・・しかし、陥落が想像以上に早いな?」
アムロの問いかけにサイーブは頷き、言葉を続ける。
「相手がザフトだけだったら、もう少し持ったんだろうが・・・別口の敵が増えたからな」
「別口・・・? まさか、ポセイダル軍!?」
ダバの言葉にサイーブは重々しく頷く。
「そうだ。地球に降下してから、あちこちの基地に攻撃を仕掛けている。他の所は何処が落ちたのかは判らんが、
この大陸はキリマンジャロ基地が落とされて、占領されている」
『なっ・・・!!』
先程以上に、アムロ達は驚いた。
キリマンジャロ基地は、元々ティターンズの基地であり、ティターンズが壊滅した後は連邦軍がそのまま利用しており、
戦力もかなり保有してあったはずだ。それが、あっさりと陥落した事が信じられなかった。
「ザフトも仕掛けていたからじゃないのか?」
「いや、連中は部隊を2つに分けて攻略戦を展開していた。まあ、ビクトリアに向かわせてた戦力は、多くは無かったようだが」
「なら元々、ポセイダル軍の本命はキリマンジャロだったんでしょう。自分達の真意を気付かせない為、ビクトリアには
カモフラージュ程度にしか、戦力を傾けなかったと思います・・・となると、指揮官となる13人衆が2人はいる事になるか・・・」
フラガに返すサイーブの言葉に、ダバが自分の見解を述べる。
「ポセイダル軍の内情に詳しいな? お前さん何者だ?」
不審な目を向けるサイーブに、フラガが軽く肩を竦めて、
「なに、遠い国から来てくれた助っ人だよ。正体を明かさないのはお互い様だろ? あの『物騒な女神様』もさ?」
その言葉に反論は出来ず、サイーブはむっつりとしながらコーヒーに口をつける。
「しかし・・・ビクトリア宇宙港、キリマンジャロ基地と落とされたとなると、連邦の戦力はかなり削がれている事になりますね・・・
これでパナマをも落とされたら、巻き返しどころの話ではなくなってきます」
暗い気分でナタルが呟く。
「こんな状況で、良く頑張れるねえあんた等」
フラガが気を取り直して笑いかけると、サイーブはジロリと睨み。
「あのな。俺達、この地方生まれの奴にすれば連邦、ジオン、ザフト、ポセイダルの連中も、旧西暦の支配者と同じなんだよ。
支配し、奪いに来るだけだ。いい時は富を独占し、悪い時は自分達が持っている物を手放さない為に、俺達にそのしわ寄せを押し付ける・・・」
「じゃあ、なんで俺達を助けたんだ? カトル達の仲間だからだけでは、理由としては弱い気がするが?」
「それに、この辺りの連中でジオンやザフトに協力してる連中はどうなんだ? あんたらにとっては、ザフトも連邦と同じなんだろ?」
アムロとフラガが疑問に思い問いかけた。
「ジオンとザフトに協力してる連中は、元々連邦の敵対勢力の連中だ。あいつ等は、連邦を倒した後、新たな支配者に取って代わろうとしてるだけだ。
だが、俺達は支配しない、支配されない生活がしたくて戦ってるんだ。連中とは違う。
だから、あんたらを助けた訳じゃないといってるだろう?・・・そうだな、『敵の敵は味方』って事だ」
サイーブは最後に、にやりと笑みを作り、地図を広げた。
「で、あの艦は大気圏内だとどれだけ高度を取れる?」
「そう高度は取れない」
「ホワイトベースはある程度の高度は取れたんだが・・・アークエンジェルだと、雲を抜ける事も無理だ」
ナタル、アムロの言葉を聞いて、サイーブは顎に手をあて、
「・・・となると、この辺りの山脈越えは無理か。あとはジブラルタルを突破するしか・・・」
「オイオイ、ロンド・ベル隊がいるとはいえ、この辺りで一番でかい勢力圏を突破しろってのかよ!?
ロンド・ベル隊が、かつての全戦力を揃えなけりゃ無茶だぜ?」
フラガが顔を顰めて言うと、サイーブはあっさりと言い放つ。
「なら、頑張って紅海を抜けて、インド洋から太平洋に出るしかねえな」
「・・・かなりの距離になりますよ? 補給無しで行けるとは思えません」
ダバが地図を見ながら、意見を求める様にマリューに問いかける。
「でも、これしか道がありそうにないわ・・・ザフトはどの辺りまで勢力を延ばしているの?」
マリューがサイーブに問いかけると、彼は呆れた声を出した。
「オイオイ、気が早えな。もうそんなとこの心配か?」
不審気な顔をするマリュー達に教えるように、サイーブは地図中に赤い線を引き、この大陸の一点を指差した。
「ここのラインが、今ザフトとポセイダルの小競り合い、勢力争いがある所だ。全部が全部、海岸線に出る進路上にあたるだろ!
なにより、ココ! バナディーアにはレセップスが、『虎』がいるんだぜ!!」
一瞬の沈黙の後に、フラガが誤魔化し笑いを浮かべた。
「あ・・・『頑張って抜けて』ってそういう事?」
「最悪ザフト、ポセイダル軍の両方を一編に相手しなくてはならなくなるか・・・」
アムロも深刻な顔で言うと、マリューは深くため息をついた。
(やっぱり、コーヒーを貰っておけば良かったわ・・・気付けとして・・・)
迷彩ネットを掛け終えて、ストライクから降りたキラは、先程カミーユに殴られた頬に手を当て考え込んでいた。
そこに、反対側のネットを掛け終えたカトルがキラに近づいてきた。
「―――何を考えているんです? キラ・ヤマト君」
「あっ・・・カトルさん」
キラは思わず他人行儀の言い方をするが、カトルは優しく笑い、
「そんな敬語は使わなくてもいいですよ。歳は同じ位なんですから」
「あ、うん。わかった、僕の方もキラでいいから・・・」
「分かりました。で、何を考えていたんですか?」
カトルに問いかけられ、一瞬愚痴ともいえる言葉が出そうになり、キラはぐっと飲み込むが
「―――さっきのカミーユさんの言葉ですか?」
「!?」
カトルにあっさりと言い当てられ、キラは言葉を失った。
「キラ君がみんなを守りたくて戦った事は分かります。でも、全て自分で抱え込もうとしないでください。
君には、僕達ロンド・ベル隊が、仲間が大勢いるんですから」
そう諭した時、下からアストナージ達に呼ばれた。
「カトル、ちょっと良いか?」
「はい、今行きます!」
カトルは応じ、アストナージ達の方へと下りて行った。
残されたキラは、1人ポツリと呟いた。
「仲間がいる、か・・・そうだった」
自分は何を勘違いしていたんだろう? 自分の力だけで、アークエンジェルを、みんなを守りきれる訳がない、
否、守りきれたてきた訳ではないと言うのに・・・ここに辿り着くまで、自分だけだったら何度死んでいた? 何度アークエンジェルが沈んでいた?
フレイの言葉に酔って、肝心な事を忘れていた自分が恥ずかしくなった。
(僕には仲間がいるんだ。何も、僕1人で全てを守ろうなんて思う必要はないんだ・・・)
そう結論を出した時、カガリがキラを見つけて近寄ってきた。
「あー・・・その・・・」
しばし、カガリはどう話し出そうか迷っていたが、覚悟を決めてキラを上目遣いで睨みつける様にして、ボソッと言った。
「さっきは、悪かったな。殴るつもりはなかった・・・」
とそこまで言いかけ、自分でも途中で気付いて言い直す。
「・・・訳でもないが、あれははずみだ。許せ」
生真面目に締めくくるが、その態度は誰が如何見ても謝ってる様には見えず、キラは思わず吹き出してしまった。
「むっ、なにがおかしい!!」
カガリはキラを心外そうに睨みつける。
「何がって・・・気付いてないの?」
キラがそう聞き返しても、カガリはムッとした表情で―――キラが指摘している事に気付かず―――彼を睨んでいる。
だが、カガリはすぐに怒りを引っ込め、目を逸らした。
「・・・ずっと気になっていた。あの後、お前はどうしたんだろうと・・・」
相変わらず、怒った様なぶっきら棒さで言うが、それは気まずさを隠す為のものだとキラは気付いた。
あの時、満員だと言うシェルターにキラは1人だけでも、とカガリを押し込んだ。
自分はコーディネーターだし、相手は女の子―――始め見た時は気づかなかったとしても―――だと考えたのだが、
彼女はキラの事なんて知らない。
もし見も知れぬ人間が自分を助け、その後のコロニーの崩壊に巻き込まれたとしたら―――と、考えるとカガリの気持ちが分かった。
(あの時は、そこまで考えてなかったから・・・)
そう口に出せば、また拳が飛んできただろうが、キラは思わず謝っていた。
「・・・・・・・ごめん」
「そうだ。二度とあんな事をしてみろ。許さないからな」
カガリはそう言うが、キラはもしまた同じ状況になったら、同じ事を自分だけではなく、ロンド・ベル隊の誰もがする様な気がした。
キラの考えに気付かず、カガリは更に怒った様な口調になり、
「で―――そのお前が、何でこんな物に乗って現れる!? おまけに今は連邦軍、いや、ロンド・ベル隊か!?」
彼女に咎められる筋はないのだが、何故か怒られて当然ともキラは思ってしまう。
「所属はロンド・ベル隊じゃないけど・・・ここまで色々あったんだ・・・色々、ね」
今まであった事を思い出しつつ、キラが疲れた声で低く言うと、カガリはそれ以上は追求しようとせず、彼を探る様な目で見つめた。
「あ、そういえば―――君こそ何でここにいるんだ?」
ふと、キラは最初に疑問に思った事を思い出し、訊ねた。
「オーブの子じゃなかったの? それとも、元々こっちの人で、何かの理由でヘリオポリスにいたの?」
「えっ・・・えーっと、それは・・・」
カガリは困った顔でそっぽを向き、どう誤魔化そうかと思案した時、
「カガリ」
後ろから屈強な男に声をかけられた。
「キサカ・・・悪い、後でな」
カガリは、ほっとした様な顔になり、キサカの方へと駆けて行った。
(・・・話したくなかったのかな?)
キラの方もそう察し、カガリを追いかけたり、呼び止めようとはしなかった。
アストナージの所には、キョウスケ達が集まって難しい顔をしていた。
「どうかしたんですか? 難しい顔をして・・・」
「ああ、あの紅いASについてな・・・お前達はここに降りてから戦った事はあるか?」
問いかけてきたカトルに、キョウスケが応える。
「紅いAS・・・ですか? いえ、ありませんね。それ以前に旧式のASは何度か確認してましたが、その中に紅い機体はなかったと思います」
「情報はないに等しいか・・・」
深刻な顔で唸るアストナージに、デュオは不思議に思い聞く。
「なんだ? そんな悩む様な相手だったのか?」
「ああ、パイロットの腕も立つが、それ以上に厄介な妙な武器と障壁を持っている」
「スーパーロボットの攻撃で貫けなかったのか?」
答えたブリットにトロワが聞き返すが、甲児が首を振り、
「ああ・・・マジンパワー全開のブレストファイヤーでも無理だった・・・それにあの変な攻撃で、超合金Zにひびが入った」
『なっ・・・!?』
バルマー戦役時、ロンド・ベル隊と戦った事のあるデュオ達は驚き声を上げた。
ハッキリ言って、並みの、否、並以上の火力を持っているMSでも、あの装甲を破る事は容易ではない事を身で持って体験しているからだ。
「まあ、ロンデニオンから幾つかパーツを持ってきてたからな、これ位なら何とかなるよ。回路も配線が切れてただけだったし。
ただ、そう何度もやられたり、もっと酷い損傷を負ったら、ここじゃあ直せない所だったけどな」
アストナージは肩を竦めて、回路の修復作業をしている整備員を見やった。
「しかし、何なんだ? あの武器と障壁は? バルマー戦役時に戦った『使徒』のATフィールドや、ネオ・グランゾンの障壁でも、
マジンガーZの攻撃を完全に防げる程の出力はなかった筈だ」
「・・・・・・ひょっとしたら、念動フィールドと似た種類かもしれないですね・・・」
カミーユの言葉に、ブリットが少し考え込んでから考えを述べた。
「念動フィールドと似た・・・だと?」
「じゃあ、相手もサイコドライバーだというのか?」
キョウスケ、コウの問いかけにブリットは眉を顰めて、考えながら返す。
「いや・・・そういう訳じゃないです。もし、相手がサイコドライバーなら、俺やアムロさん、カミーユが何らかを感じている筈ですから・・・
それに、念動フィールドであそこまでの出力を発揮する事が可能とも思えませんし・・・」
「それ以前に、どうしてそう思ったんだ? サイコドライバーって奴でないと、そのフィールドは張れないんだろ?」
自分が分からない単語が飛び交い、話に着いていけなくなったタスクが、分かる範囲での不に落ちない点を聞く。
「あの攻撃、グルンガスト改の念動フィールドで防げたからな。グルンガスト改の念動フィールドの出力は高いとは言えないんだ。
それなのに、マジンガーZにあれだけの損傷を負わせた攻撃を防げた・・・なら、似た種類であるから相殺できたのかなって」
「そういえば、良くあのタイミングで防げたな? 視認出来ないから回避のしようがなかった筈だが・・・?」
あの時、目の前で見ていたキョウスケは、防御が間に合わないと思い、最悪の結果を覚悟していたのだが・・・
「念動フィールドは、本人が『防ごう』とか『守れ』とか意識すると発生するんですよ。あの手の構えを見て、ヤバイって思いましたから・・・」
「なるほどね〜・・・フィールドを張る時のあの叫びは、甲児君達の影響じゃなかったのね〜」
「・・・すみません、リュウセイと一緒にしないでください・・・」
エクセレンの納得と安心の入り混じった言葉に、ブリットは力なく突っ込んだ。
「と言う事は、今度あの機体と戦う時はブリットが中心となるな・・・」
「しかし、防げてもこっちからダメージを負わせる事は出来ないぞ?」
カミーユの言葉にコウが意見するが、キョウスケが脇から話に入る。
「手が無い訳ではない。あの機体、アルトの攻撃を防ぎきった後、身動きが止まった。恐らく、あの妙な武器と障壁は使用可能回数に
限りがあるか、短時間での連続使用が出来ない・・・もしくは使用した場合、機体の機能が停止してしまうんだろうな」
「そうか! 機能を停止させれば、恐らくあの障壁も発生しない! その状態に陥らせれば・・・!!」
コウの言葉にキョウスケは頷き、
「恐らくな・・・常時発動タイプのフィールドの可能性もあるが、そう分の悪い賭けではない筈だ」
「―――今の所、それしか手がなさそうだが・・・なんか、気が乗らねえな」
カチーナは少し不満な表情で言う。相手が動けなくなるのを待つという戦法が面白くない様だった。
一方、レセップスでは―――。
「ダコスタです、失礼します」
ノックして、ドアを開けると凄まじい臭気―――色々なコーヒーの匂いが―――彼を包み込み、思わず鼻を押さえた。
部屋の主はその匂いを気にした風も無く、コーヒーを竹べらでかき回していた。
「う・・・隊長、換気しませんか?」
やっとの事で言うと、バルトフェルドは不満気な顔でダコスタを見て、
「そんな事、わざわざ言いに来たの?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
(だめだ・・・コーヒーに熱中してる時の・・・というより、隊長に常識なんて言葉が通じる訳ない・・・)
今更ながらの事にため息を吐き、ダコスタは諦めて報告をする。
「―――出撃準備、整いました」
「はい」
バルトフェルドは立ったばかりのコーヒーをカップに注ぎ、立ち上る湯気を吸い込んで満足そうにため息をついた。
―――なんでこの香りの濃霧の中で、匂いを嗅ぎ分けられるのか解らない・・・これさえなければ、最高の上司なのだが・・・
ダコスタは彼のその他の奇行を思い出し、『彼女』への報告に補足しておこうと思った。
あくまでマイペースな上官は、急ぐ様子もなくコーヒーを味わい、幸せな顔になる。
「うん、いいね―――今度のには、ハワイコナを少し足してみたんだ」
「・・・・・・はあ」
ダコスタは注意深く相槌をうつ―――以前、不用意に『どんな豆なんですか?』と聞いて、延々と蘊蓄を聞かされたからだ。
ちょうど、その時近くにいたガウルンもその話に加わり、2人がかりで話を聞かされていた。
・・・ガウルンにも、コーヒーの知識がある事をかなり以外に思ったが。
「・・・・あまり、『こういう事』はやりたくないんだがね・・・」
そう呟き、カップを置くとバルトフェルドは艦長室を出た。
レセップスの外には、出撃準備の整った8機のバクゥと装甲車、そして兵士達が整列し、指揮官を待っていた。
バルトフェルドは彼等を見渡し、ガウルン達―――ジブラルタルから派遣されているAS部隊の連中がいない事に気付く。
「ダコスタ、ガウルン達はどうしてる?」
「今回の作戦には参加しないと、本人は言ってましたが・・・何か?」
ダコスタの言葉に、バルトフェルドは少し考え込み、
「レセップスに待機してる連中に彼等が、いや、ガウルンがいるか確認させてくれ―――最悪、もう遅いかもしれないが・・・」
バルトフェルドの指示に嫌な予感を感じながらも、ダコスタは通信を繋げ指示を出した。
「では、これよりレジスタンスの拠点に攻撃を行う―――今までおいたが過ぎた。悪い子には、きっちりお仕置きをせんとな」
通信を終えたダコスタが、号令を出す。
「目標はタッシル!―――総員搭乗!!」
兵士達がそれぞれの機体に乗り込むと、バルトフェルド達も装甲車へと乗り込む。
「―――で、どうだった?」
「はい。ガウルンと他2、3名の姿が見えないそうです」
ダコスタの返答に、バルトフェルドは珍しく苦い顔になる。
「間に合えば良いが―――ダコスタ、進軍速度を上げてくれ。間に合わんかも知れんが、何もしない訳にはいかないからな」
「なんか、おかしな事になっちゃったね・・・」
明けの砂漠の連中と、火を囲みながら食事を取っているロンド・ベル隊を見ながら、ミリアリアは口を開く。
ちょっとした交流も兼ねて、とマリューが提案した物だ。
「直接アラスカに降りる筈だったのに、何で俺達ゲリラ基地にいるんだ・・・?」
トールも同感して頷くが、近くにいた甲児が少し驚き、
「これをおかしい事というのか・・・?」
『えっ・・・?』
サイ達はその言葉が信じられず、唖然とした声を出す。
「甲児・・・お前、またロンド・ベル隊を基準に考えてるだろ?」
キースの言葉に甲児は思い出したように頷き、
「あ、悪い悪い・・・地球での戦闘中に、いきなり雷王星に飛ばされたり、未来世界に飛ばされたりしたから感覚が狂っててな」
「・・・話には聞いてたけど・・・とんでもない経験ですね、それって・・・」
「つか、俺達もそれを体験する可能性があるんだよな・・・ロンド・ベル隊と一緒って事は・・・」
甲児の返答に、サイとトールは顔を引きつらせて呟いた。
そこに辺りを不安気に見渡しながら、フレイがサイ達に近づいてきた。
「あっ、サイ・・・キラは・・・?」
フレイは気まずげにサイに話しかけるが、当の本人は何時もと―――あの話の前と変わらない口調で応える。
「ん? 確かストライクの所にいるって・・・」
「そ、そう・・・」
サイの反応にフレイは少し戸惑ったが、直ぐに踵返し―――自分の内面が読まれない内に―――その場を立ち去ろうとする。
「あ、フレイ。キラの所に行くなら、今は止めといた方がいい―――って、聞いてくれよ・・・頼むから」
サイは、キラが『機体の調整をしてくる』と言ってたのを思い出し、フレイを呼び止めるが、彼女は聞こうともせずに走り出していた。
「はぁ・・・ゴメン、ちょっと行って来る」
ため息を吐くと、サイも―――仕方ない―――というように後を追いかけた。
「なんか、サイ何時もと変わらないね・・・ショック位受けてると思ってたけど・・・」
サイの後ろ姿を見送りながら、ミリアリアが意外そうにトールに話すが、
「いや、結構無理してるぜ? 今のサイは」
彼はあっさりとミリアリアの発言を否定し、驚く彼女を見て言葉を続ける。
「ミリィよりも、俺の方がサイとの付き合いは長いからな・・・何となく解るんだ。こんな状況だろ? あんまり、俺達を余計なトラブルとかに巻き込んで
迷惑をかけさせたくないんだよ。だから、極力波風が立たない様に自分の感情を抑え付けてるんだ・・・
昔から面倒見が良い分、損な役を受けてたからさ・・・」
「じゃあ、サイはずっとこのままだって言うのか?」
甲児の問いかけに、トールは首を振り、
「・・・そこまでは解らないですよ。ただ―――サイは何処かでケリは着けると思います。何時までも、引きずる性格ではない筈ですからね」
同じ頃、カガリもまたキラを探していた。
「オイ、カガリ。誰探してるんだ?」
辺りをキョロキョロしながら歩くカガリを見つけたアフメドが、声をかけて来た。
「あ、ああ。ストライクのパイロットを探してるんだ・・・」
「ストライクの・・・・ああ、カガリに殴られた奴か。何の用だ?」
アフメドは面白くないと思い、眉を顰めながら訊ねるがカガリは気まずそうに俯き・・・
「名前・・・また聞くの忘れたから・・・」
「はぁ? お前達、知り合いじゃなかったのか?」
昼間のやり取りからして、この場にいる誰もが知り合いだと思い込んでいた。
しかし、当の本人は、お前呼ばわりし、しかも殴った相手の名前も知らないと言う・・・アフメドが聞き返すのも無理はない。
「あ、いや・・・知り合いって言うか、そうでもないと言うか・・・」
「カガリ」
カガリが返答に困っている所に、キサカが声をかけて視線でこっちに来る様にと促す。
「キサカ。悪い、アフメド!」
カガリはキサカの方へと駆け出し、その場には狐に摘まれた様な顔のアフメドだけが取り残された。
少し離れた所で、キサカは呆れた様にカガリに注意していた。
「気をつけてください。ばれますよ?」
「わかってる!!」
「昼間にも同じ事で注意されています・・・あまりにも説得力がありませんよ?」
「あう・・・」
カガリはあっさりと項垂れ、言葉を失くす。
「・・・これでは、事情を話さなくとも察してくれているラシードと、カトル殿に申し訳がないですよ。
今ばれれば、事情を既に知っている2人にも迷惑がかかると言う事をお忘れなく」
「ああ。すまない」
カガリがキチンと反省し、返事をするとキサカは優しく微笑み、
「あのストライクのパイロットの少年は、他のロンド・ベル隊の者と共に機体の整備、調整をしているそうです」
「機体の整備・・・格納庫か。ありがとう、キサカ!!」
カガリはそう言い、元気にアークエンジェルへと走って行った。
格納庫ではコダールから損傷を受けた機体の修理、合流したカトル達のガンダムの整備に多くの整備班やパイロット達が狩り出されていた。
「オイ、坊主。バーニア、足回りの調整、終ったぜ」
マードックがコックピットを覗き込み、キラに声をかける。
「―――って、まだOSの微調整、終ってなかったのか?」
「・・・バーニアが宇宙用のままだったのに、OSの殆どを無理して適応させちゃったから・・・一度ニュートラルに戻して、調整後のデータと
昨日変えた接地圧と、バーニアのデータを見ながら微調整しないと・・・」
凄まじい速度でキーボードを叩きながら、マードックに返す。
「へぇ・・・やる気じゃねえか。ヤマト少尉さんよ?」
からかいの笑みが混じった声で、マードックが問いかける。
「・・・アムロ少佐達、ロンド・ベル隊の足手まといにはなりたくないですから」
ちょうど調整が終わり、キーボードを退かしながらキラは応えると、マードックはニンマリと笑い、キラの背中を叩いた。
「あいた・・・っ! 何するんですか!?」
「その心構えだよ。昨日のお前さん、なんか切羽詰ってたつーか、自分しか艦を守れないって顔して飛び出したからな。
ヒヨッコが始めからあんな心構えしなくともいいんだよ。最初は今ぐらいの、足手まといにはならない位ので丁度良いのさ・・・
まっ、ずっとそのままだと困り者だけどな」
キラはマードックも注意して自分を見ていた事に少なからず驚いていた。
こう言っては失礼だが・・・マードックはその辺りを良く見ない男だと、見た目で思っていたからだ。
「オーイ、オッサン」
「誰がオッサンだコラ!!」
その時、下から声をかけてきたデュオに怒鳴り返しながらスパナを投げつける。
しかし、デュオはあっさりとスパナを掴み、
「防塵フィルターって何処にあるんだ?」
「防塵だ〜? お前さん達のガンダムに必要ないだろうが!!」
「それはカトルの機体だけだ。 俺達のガンダムで砂漠用にもなってるのは、カトルのサンドロックだけなんだよ。
俺のデスサイズとかは、他のガンダム同様に汎用型なんでね」
「そうか、師匠は・・・アルトの最終チェック中か。お前達の機体は、軍の物とは違うし、
何より俺は扱うの初めてだからな・・・探すの手伝えよ」
マードックはそう言うと、デュオと共に奥に積まれているコンテナへと向かっていった。
機体の調整を終えたキラは食事を摂る為に外に出ると、カガリと鉢合わせた。
「あっ・・・」
「あ・・・カガリ・・・?」
カガリは咄嗟になんて呼べばいいか判らず―――名前を聞いていないので、当たり前だが―――言葉を詰まらすが、
キラはさらりとカガリ名を出した。
その瞬間、カガリがムッとしキラを睨みつけた。
「オイ、何でお前が私の名前を知っている!? 私は名乗った覚えはないし、お前は自分の名を明かさないのに!!」
「え? だって、サイーブさんとか『カガリ』って呼んでたじゃないか? 名前、違ってた?」
「あ、いや・・・違ってはいないが・・・その、不公平だ!! 私はお前の名前を知らない!!」
しどろもどろになりつつも、どうにか本来の目的にカガリは辿り着くが、キラは首を傾げ、
「あれ・・・僕が名前呼ばれてる所に、君いなかったけ・・・?」
「そんな訳・・・あ!!」
途中まで言いかけて、カガリは思い出した―――キラが砂の上から起き上がってる時、デュオに名前だけは聞いていた事を。
「すまん・・・聞いていた・・・が、その頭に入ってはなかった様だ」
自分の失態に恥ずかしくなり、カガリは俯いて詫びる。
キラは一瞬―――カガリの視線がこちらに向いていないのを見てから―――苦笑いを浮かべ、
「改めて名乗るよ。僕は、キラ。キラ・ヤマトだ―――よろしく、カガリ」
「あ、ああ―――よろしく」
カガリは照れくさそうに視線を逸らして返す。
「で・・・何か用?」
「え!? あ、いや・・・」
キラに用件を聞かれ、カガリは慌てた―――名前を聞くこと以外、考えてなかったからだ。
「そ、そうだ!! しょ、食事!! まだ摂ってないのか!? まだなら、一緒に・・・」
自分が食事を摂っていない事を思い出し、キラを食事に誘うが・・・その時、言い争う男女の声が断片的に聞こえて来た。
時間は少し戻り―――キラとカガリが鉢合わせる少し前。
アークエンジェルの近くで、サイはようやくフレイを捕まえていた。
「何するのよ!! サイ、離して!!」
「人の話を聞いてくれよ、フレイ!! キラはまだ機体の調整中だ!! 今行ったら邪魔になるだろう!!」
フレイは捉まれた手を振り解こうとするが、サイの力には勝てなかった。
フレイは、苛立ちながらサイをキッと見据え、
「そんな事言って、本当はキラに私を獲られたくないだけでしょ!? もう、遅いわよ!! だって私・・・昨夜、キラの部屋にいたんだから!!」
その言葉に、サイの手から力が抜け落ちる。
(キラの部屋に・・・? じゃあ、あの時フレイは部屋にいなかったのか・・・? いや、それ以前に、フレイはキラの部屋で『ナニ』をしていた・・・?)
サイの頭の中でそこまで思考した時、タイミングが良いのか悪いのか、声を聞きつけ近づいてきたキラとカガリが彼のの視界に入った。
「サイ、フレイ・・・? 何を・・・?」
キラの問いかけが全て終るよりも、フレイが彼に駆け寄るよりも早く、サイはその場を蹴り出していた。
「キラぁぁぁぁぁぁッ!!」
「え?」
いきなりサイに殴りかかられ、キラは事情が掴めなかったが、身体能力の差のおかげで紙一重で拳を避ける事が出来た。
「ちょ、ちょっと。サイ、いきなり何を・・・!?」
「五月蝿い!!」
「オイ、止めろ!!」
カガリがサイを止めようと間に入るが、彼女を押しのけ再度キラに殴りかかってくる。
キラはサイの拳を全て見切っていたが、殴り返す訳にもいかないのでひたすら避けに専念していた。
「サイ、何をするんだよ!! フレイ、一体何があったんだ!?」
サイの両拳を受け止め、力比べの状態になったキラが、サイと共にいたと思われるフレイに聞く。
「別に・・・? 昨日の夜の事を教えてあげただけよ? そうしたら、いきなりこうなって・・・」
フレイは怯えた様な目で俯き応える。
「なっ!? そんな事で!?」
「そんな事だと・・・!? キラァァァァッ!!」
キラの呆れと怒りが混じった返事に、サイは更に吼える。
フレイはサイにも、キラにも嘘はついてはいない・・・確かに、フレイは昨夜キラの部屋にいた・・・キラの看病の為に。
しかし、サイにもキラにも真実も語ってはいなかった。
フレイがサイに言った言い方では、誤解するのも無理はないかもしれない。
サイが誤解している事に気付いていないのならば兎も角、フレイは彼が誤解している事を知っていてその事をキラに伝えなかった。
フレイ以外の2人は、お互いにこう考えている。
(確かにフレイの行動を見守ると誓った・・・でも!! これは許せない!! 婚約者に手を出すとは思ってなかったぞ、キラ!!)
(看病してくれただけでの事で、ここまで怒るなんて・・・! サイがこんなに独占欲が強くて、自分勝手な奴だと思わなかったよ!!)
フレイによって仕組まれた誤解が、2人に生じる筈もなかった怒りを生み出させていた。
力比べでは勝てないと判断したサイは、残った最後の手―――頭をキラにぶつけようとしたが、キラは重心がずれたのを感じると、
身体を後ろに引き、両手を離した。
前で支えられたいた体重が全て消失し、サイは大きく身体を崩し―――そこに、痛烈なボディブローを食らってしまった。
「がぁっ、ぐっ・・・があ・・・!!」
息を吸う事も、吐く事も出来ずにサイはその場でのたうつ。
「いい加減にしてよね・・・本気で喧嘩すれば、サイは僕に勝てないんだから・・・今の一撃だって、かなり手加減したんだから・・・」
キラはサイを見下ろし、歯を食いしばりながら冷たく―――悲しい目で言い放った。
キラは、フレイが看病してくれた事に腹を立てて、サイが殴りかかってきた事が悲しかった。
そんなキラを、サイは驚愕の目で見上げていた。
自分とキラとの力の差に―――日頃、大人しいキラの突然の反旗に。
湧き上がって来る罪悪感に耐えられず、キラは顔をそむけて言った。
「フレイは、優しかったんだ・・・ずっと傍に着いていてくれて・・・そりゃ、婚約者のサイに悪いとも思ったけどさ・・・」
最後の方は声が震えてきていた。
「いいえ・・・私とサイは、もう婚約者じゃないわ・・・だから、貴方が気に病む事はないのよ、キラ・・・」
フレイは慰める様に優しく言い、キラを後ろから抱きしめた。
話の展開にカガリは着いていけなかったが、一つ引っ掛かる事があった。
(結局、キラと・・・フレイ? は何をしていたかが判らないな・・・何してたか、キラもフレイも話さなかったし・・・)
キラならあっさりと話してくれそうだと判断し、事情を問い詰めようとした時―――笛の音が響いた。
キラとカガリは、はっと顔を上げて広場の方に視線を向けると、駆け出した。
「あっ、キラ!!」
「―――フレイ!!」
呼び止めて追い駆けようとするフレイを―――如何にか呼吸を整えられた―――サイが声だけで制止する。
「煩いわね!! さっきから―――!」
「これが最後さ・・・1つだけ答えてくれ―――俺と付き合っていたのは、自分の意思だったのか・・・?」
その言葉に、睨んでいたフレイの目が、心が揺れた。
「・・・それは」
直ぐには答えられず、俯くフレイの姿がサイにとっては答えにも等しかった。
「―――そうか・・・悪かったな、フレイ」
何時もの様に、何時も彼女を呼ぶ時の様にサイは優しく言うと、その場を去っていった。
「サイ・・・」
フレイは、サイの後ろ姿を見つめながら声を洩らし、涙を流したが―――
「あれ・・・? なんで泣いてるの、私・・・?」
自分が何故泣いているのかを理解出来ず、目を擦った。
心の奥底では気付いていたのかもしれない―――自分が、大切な何かを失った事に―――
時間は戻り―――笛が鳴り響く前、ガウルンはタッシルの近くで車を止めた。
「まさしく『草木も眠る丑三つ時』だな」
「は・・・?」
ガウルンの言葉の意味が解らず、通信機越しに部下が聞き返した。
「前の仕事で少し日本の高校生と関わってな、ちょっとした雑学だ」
ガウルンは何かを思い出した様に、喉の奥で低く笑い声を洩らす。
(まさか、『カシム』が日本の高校生とはな・・・あん時は意外を通り越して、笑えたぜ)
ガウルンは笑うのを止めて、時間を確認する。
「虎の出立予想時間と、『連中』に流した情報の到達、出撃、移動時間を考えるとそろそろか・・・始めるぞ」
ガウルンは口元に笑みを浮かべ、焼夷弾の装填されたランチャーを街へと放った。
鋭い笛の音がキャンプに鳴り響いた。
「どうした!?」
サイーブが見張りをしていた少年に叫ぶと、高い声で少年は返した。
「そ、空が燃えてる!!」
みながはっと息をのみ、ラシードが無線を手に取るが、既に試した男がスピーカーを殴りつける。
「駄目だ、通じん!!」
その一言が引き金となり、みなが口々に怒鳴りながら行き交い、車を発進させる。
「弾薬を早く!!」
「あいつら・・・! お袋が病気で寝てるんだよ!!」
「早く乗れ! もたもたしてっと置いてくぞ!!」
そこに、笛の音を聞いたカガリがキラと共に到着し、サイーブに声をかけた。
「サイーブ!! 何があった!?」
「・・・恐らく、街が焼かれてる・・・」
サイーブの返答に、キラもカガリも言葉を失う。
「待て、慌てるな!! 半分は残るんだ!! 別働隊があるかもしれない!!」
ラシードは全員で飛び出して行こうとする彼等に指示を飛ばしていた。
彼等の動きを見ながら、マリューは隣りにいたフラガとアムロに声を落として囁きかける。
「―――どう、思います?」
フラガは腕を組んで、少し考え込むと、
「うーん・・・砂漠の虎は残虐非道―――なんて話聞かないけどなー」
「ああ。それに、このタイミングで街を焼くなんて引っ掛かるな・・・こう言っては酷いが・・・連中の戦力なら、もっと前に焼き討ち出来た筈だ。
それに―――この焼き討ちが、本当にバルトフェルドが・・・ザフト軍がやったという確証はない。ポセイダル軍の可能性もあるからな」
「・・・じゃあ、アークエンジェルは動かない方がいいですね」
マリューの判断にアムロは頷き、
「ああ。別働隊の心配もあるしな。フラガ少佐、カミーユとエクセレン少尉達と一緒に行ってくれないか?
スカイグラスパーとウェブライダー、ヴァイスリッターなら足がある」
「・・・俺?」
フラガは意外そうに自分を指差した。
「―――まさか、傍観するつもりだった訳じゃ、無いですよね?」
マリューがニッコリと笑い、フラガを問い詰める。
「いや、まさか・・・んじゃいっちょ、行ってみますか」
億劫そうに肩を回しながら、アークエンジェルに向かう彼の後ろ姿に、マリューとアムロが念を押した。
「私達に出来るのは、あくまで救援です! バギーでも医師と誰かを向かわせますから!!」
「敵が残っていても手は出すな。負傷者の救援が最優先だ! 俺もリ・ガズィの準備が整い次第出る!!」
距離が距離なだけに、νガンダムよりもリ・ガズィの方が適してるとアムロは判断していた。
「ほーい」
フラガは振り返らずに、手だけを振って走り始めた。
彼の横を走り抜けたカガリが、アフメドを呼び止めて彼が運転するバギーに飛び乗る。
キサカも後部座席に飛び乗ると、バギーを発進させる。
バギーがあらかた発進すると、マリューは周囲に向かって呼びかけた。
「総員、直ちに帰投! 警戒態勢に入れ!!」
タッシルに間もなく着くかという距離で、バルトフェルド達は燃え上がる空に気付いた。
「隊長・・・これは・・・?」
「恐らく、ガウルン達だ・・・くそ、遅かったか・・・!!」
空を睨みながら、バルトフェルドは苦い顔になった。
移動を止め、空を見あがるバルトフェルド達に3機のASと装甲車が街の方から走ってきた。
「よお、出迎えにしちゃ豪勢じゃねえか」
装甲車に乗るガウルンが、今自分がしてきた事を気にした風もなく、軽く言いながら手を上げる。
「・・・今、街を焼いたのは、お前達か?」
表情を変える事無く、静かに問いかけバルトフェルドに、ガウルンは呆れた様に肩を竦め、
「当たり前だろ? この地域の建造物でここまで燃え上がる火事はありゃしないしねえよ。
今更、人道主義を掲げてる訳じゃねえだろうが」
ガウルンの言う通り、バルトフェルドは人道主義者ではない。
必要とならば、街の1つや2つ焼き払うのに躊躇ったりしないし、住民も殺す場合もある。
しかし、ダコスタはこう思っている。自分の上官は、『気分の悪い事はしない』主義なのだと。
非戦闘員―――女、子供、年寄りを殺したり、傷つけたりする事は気分が悪いからしない。
今回の様に街を焼くだけで同じ効果があるのなら、彼は住民を避難させ、街だけを焼くつもりだったのだろうと。
そんな彼等の胸中に気付く事無く―――否、ガウルンは気付きながらも、知らないふりをして言葉を続けた。
「そんなに心配なら、救助活動をしてくるんだな。お前はバターの原料なんだから、熱で溶かされてもしらないがな」
ガウルンは喉の奥で楽しそうに低く笑いながら、タッシルを指差す。
バルトフェルドは、苦虫を噛み潰した様な顔になり、
「地球の童話に出てくる『虎』と一緒にしないでくれ・・・仕方ない、引き上げる。グズグズしてると、ダンナ方が帰ってくるからな」
先行しているフラガ達は、燃え上がる街に近づくと気流に流されない様に注意しつつ、上空を旋回する。
「ああ・・・ひでえな・・・」
流石の彼も、口調に苦いものが滲むのを抑えきれなかった。
「これは、最悪・・・」
カミーユは最後まで言葉を出す事は出来ず、炎に焼かれていく街を見下ろす。
無事に残っている区画は殆どなく、残ったそこも直に炎がまわり灰と化すだろう。
視認できる角度では、街に動いている人の影はなく、家の入り口で力尽きたのか、外に出ている人の腕らしき物が見えた。
「うわっと・・・!」
火の勢いで生まれた気流に、ヴァイスリッターが煽られ僅かに体勢を崩した―――その時、エクセレンは視界の端に何かを捉えた。
街外れの小高い丘に、人影が見えた―――しかも、結構多く。
「2人とも、生存者!! 右手の丘の所!!」
「なに・・・! 本当だ―――って、結構多い?」
「事前に察して、避難していたのか・・・?」
フラガ、カミーユは生存者の姿を確認すると、エクセレンと共に付近に機体を着陸させた。
ヴァイスリッターから降りながら、エクセレンがフラガ達に問いかけた。
「う〜ん・・・街の規模からして、人口はそう多くないと思うけど・・・避難出来た人の数が尋常じゃないわね?」
「ああ・・・事前に気付いたのかとも思ったけど、そうなら上で確認できた、死体の数が多すぎる・・・」
カミーユはそう返しながら、丘にいる人達を見る。
人々は天を呪い、呆然とし―――家族を亡くしたのか、泣きながら名前を叫ぶ者もいた。
フラガはその声を聞きながら、苦い顔で通信を開く。
「こちら・・・フラガ。生存者を確認」
『そう・・・よかったわ』
少し荒れた画面の中で、マリューの顔が少し微笑む。
「・・・ていうか、結構な人数が無事みたいだぜ? 街の規模からして・・・半分以上だと思うが・・・」
『え?』
「こりゃ、一体どういう事かな? エクセレン少尉とカミーユも頭を悩ませてる」
フラガがエクセレン達の方に視線を向けながら言うと、マリューは咳き込んで訊ねた。
『敵の待ち伏せ、別働隊は!?』
「いんや、それもなかった。こっちに着く途中で、怪しい連中も見かけなかったし・・・まあ、ゲッター2とかみたく、地中に潜ってたら気付かんが・・・」
『じゃあ、焼いたと思われる敵機も、解らないという事ですか・・・』
マリューの言葉に、フラガは頷き、
「ああ。まあ、現場を押さえられるとは考えてなかったけどな・・・っと、バギーが来た。一度切るぞ」
フラガが一度通信を終えると、レジスタンス達のバギーが砂煙を上げ、近づいてきた。
彼等は家族の姿を見つけ、車から飛び降り駆け出した。
あちこちで、家族の無事を確認する者―――そして家族が、肉親の誰かが見つからず号泣する者が見えた。
そこへ、少し遅れてアークエンジェルのバギーも到着し、ナタルとファがその光景を眺めていたフラガ達に駆け寄る。
「少佐・・・これは・・・?」
「犠牲者も多くいるみたいですが・・・それ以上に避難民が多いですね」
2人ともここまで無事な者がいるとは思っていなかった為、驚いていた。
「怪我人はこっちへ運べ!! 動ける者は手を貸せ!!」
サイーブはバギーから飛び降りると、早速指示をだしながら避難民の中を歩き回る。
カガリが1人の老人と、彼に付き添っている少年に気付き、
「長老、ヤルー!!」
カガリが呼んだ名前に反応して、サイーブはそちらへぱっと目を向けた。
(あらら・・・サイーブさんの息子さんかしら・・・? 父親に似ない、可愛い顔で良かったわね〜)
エクセレンは、かなり失礼な事を胸中で呟いた。
「無事だったか、ヤルー。母さんとネネは・・・?」
「シャムセディンの爺さまが、火傷したからそっちに付いてる」
少年が気丈に答えると、サイーブは安堵の息を吐き、彼の頭を撫でた。
「そうか・・・どの位やられた?」
サイーブは直ぐにリーダーの顔に戻り、長老に問いかけた。
「・・・2割か、3割弱程、やられた・・・」
「・・・これだけの規模でか?」
傍にいたカガリが驚きの声を上げる頃には、フラガ達も事情を聞く為に近くまで近づいていた。
「何発もの焼夷弾が降り注ぎ、街は炎に包まれたが・・・昨日から、街に泊まっていた男が殆どの者を救助し、ここまで導いてくれた・・・」
長老の言葉に、レジスタンスだけでなく、フラガ達も耳を疑った。
「あの炎の中を!? まさか、1人で!?」
「うむ。かなり妙な格好をしておったわ・・・わしも、炎の中に生身で飛び込み、子供を担い出て来た姿を見た時は、目を疑ったからの」
フラガの問いかけに、長老は重々しく頷く。
(ひょっとして、GGGの誰かか・・・?)
カミーユは唯一考えられる可能性を思うが、その『妙な格好』の所が引っ掛かっていた。
生身に近い者は―――1人しかしないが、妙な格好はしていないからだ。
「えっ・・・って事は―――その人1人で、これだけの人数を助けたって事!?」
「うむ・・・助からなかった者の殆どは、焼夷弾が家に直撃された者だけ位だ」
「―――で、その男は?」
長老の話を聞いて呆けていたナタルが、如何にか正気に戻り―――男の正体を突き止めようとするが、
「・・・もう、おらん。そこの戦闘機や、PTが来たのを見て―――わしらは見えなかったが―――後は、お前さん達が面倒を見てくれると
言って、何処かに向かって行ったわ・・・探し物と探し人がいると言っておったが・・・」
そこで、長老は言葉を切ると、街に目を向けた。
「かなりの者が生き残った事は喜ばしいが・・・全てを焼かれた。弾薬、水、食料、燃料・・・全てな。
これで、明日からどう生きろと? 今日生き残っても、明日には死ぬかもしれなくなっただけじゃ・・・!!」
フラガは頭をかくと、淡々と言葉を発した。
「まだ良かったじゃないか、焼いた連中の狙いがあんた等の全滅じゃなくてさ」
「どういう事だ」
「焼いたのがザフト軍にしろ、ポセイダル軍にしろ本気だったら、街に機体を突入させてる筈だからさ。
そんな事態になってたら、今頃全滅してるぜ?」
彼としては現実を解らせるつもりで言った言葉だ。
バクゥやAS、A級、B級問わずHMなら、2、3機あればここの住人ぐらい短時間で全員を虐殺できるだろう。
「じゃあ、敵の狙いは一体・・・?」
「ああ、そいつは多分・・・」
問いかけてきたナタルに、フラガが答え様とした時、レジスタンスの何人かがジープのエンジンを始動させた。
「お前等、何処へ行く!?」
サイーブの鋭い声に、ジープに乗った男達は武器を掲げ、
「奴等の装甲車と機体の跡を見つけた! そう時間は経っていない、今なら追いつける!!」
「ちょ、ちょっとマジ!?」
エクセレンも彼等の言葉に驚き、否、信じられず声を洩らす。
MSやAS、HMを相手にする可能性が高いと言うのに、彼等はハンドランチャーと野戦用のバギーのみで戦おうとしてるからだ。
「あいつ等は卑怯な臆病者だ!! 我々が留守の時に街を焼いたのだって、こんな方法でなくちゃ勝てないからだ!!
我々は何時だって勇敢に戦ってきた!! この間だって、ポセイダル軍の機体を倒せたんだ!!」
エクセレンの言葉にカガリは激昂し、叫び返す。
「・・・そうなのか?」
「ああ、初めて遭遇した時にな。だが、それ以来一度も戦った事はない・・・」
ナタルの問いかけに、キサカが表情を変える事無く返す。
「馬鹿な事を言うな!!そんな暇があったら怪我人の手当てをしろ! 女房や子供についてやれ!そっちの方が先だろう!!」
サイーブがバギーに乗り込んだ男達とカガリを止めようとするが、男達はサイーブの倍の声で怒鳴り返す
「それで何になる! 見ろ!! タッシルはもう終わりさ! 家も食料も全て焼かれて! なのに女房子供と一緒に泣いていろと言うのか!!」
「それに、俺の家族が殺された・・・! ここで大人しくしてられるかよ・・・!! 奴等を地獄に送ってやる・・・!!」
「まさか俺達に虎か異星人の飼い犬にでもなれって言うんじゃないだろうな、サイーブ!!」
サイーブがぐっと詰まった隙に、バギー達は走り出した。
残されたサイーブは、苛立ちをぶつけるかの様に砂を踏みつけた後、
「―――エドル!!」
「―――行くのか? あんたも気付いてんだろ? ここを焼いた連中の狙いに・・・」
フラガの言葉にサイーブはムッツリと頷き、エドルが回したバギーに乗り込む。
「ああ・・・焼き討ちは本命を釣る為の餌の餌。だから街に機体を突入させ、殲滅させる必要はなかった。
餌は、俺達―――レジスタンスだ。本命はあんた等だろうな。
感情に駆られて、後を追うレジスタンス―――そこを待ち受け殲滅し、それの救援に現れるロンド・ベル隊を釣り上げる。
あんた等を倒せなくとも、避難民の救助に物資が少なくなり、干上がらせる事が出来る―――
ってのが妥当だろうな―――だからといって、放ってはおけん!」
「私も行く!!」
続けてカガリが乗り込もうとしたが、猫の様に首根っこを掴まれ―――そのまま放り投げられた。
「お前は残れ」
その言葉だけ残して、バギーが走り去る。
言葉に含まれた意味を考えもせず、カガリは恨めしそうに視線を送った。
その彼女の前に、アフメドとキサカが乗ったバギーが止まり、
「乗れ!!」
その一言に、カガリは嬉しそうに顔を輝かせるとすぐに飛び乗ろうとした―――が、
「ちょ〜っと、待った!!」
間一髪の所で、エクセレンの手がカガリを押し留める。
「何するんだ!!」
睨みつけるカガリの視線を、エクセレンは漂々と受け流し、
「遊びに行く前に、宿題を片付けなきゃいけないわね〜」
「宿題だ〜? こんな時にふざけて・・・」
何時とも変わらぬ、ふざけてる様な軽い口調のエクセレンに怒鳴り返そうとしたが、途中で言葉に詰まった。
言い返せなかったのだ。エクセレンの目が普段とは比べられない程に真剣になっており、それにカガリは呑まれていた。
「なんで、サイーブさんが残れって言ったのか・・・その理由は考えたの?」
「それは・・・」
即座に言い返せないカガリに、エクセレンが代わりに答える。
「―――彼、死ぬ気よ」
「!?」
「敵との戦力差があり過ぎるわ。死ぬのが、生きて帰って来れない可能性が高いから、あなたを連れて行かなかった―――と思うんだけど?」
しかし、エクセレンの―――珍しく真面目な―――言葉を聞こうとはせず、カガリは首を振り、
「嘘だ!! あんな臆病者共に、勇敢な我々がやられる訳がない!! それに戦力差があっても、戦いようはいくらでもある!!」
押し留めるエクセレンの手を振り払い、そのままバギーへと飛び乗った。
「なんとまあ・・・」
説得に失敗したエクセレン、そして走り去った彼等の後を眺めながらフラガは深くため息をついた。
「風も人も熱いお土地がらだなー・・・」
「あらあら? それなら、カトル君も当てはまっちゃうわね? あの顔で熱血する所・・・想像出来ないわ〜」
エクセレンは照れ隠しの様に、軽くフラガに返した。
「って、こんな事言ってる場合じゃないでしょう!? 全滅しますよ? あんな装備で、MSやAS、HMを相手にしたら・・・」
緊張感のない会話をする2人に、ナタルが声をあげた。
「だよねぇ・・・」
「まあ、今回はミサイル担いでバイクで戦う副司令は出てこないしね〜・・・」
「・・・何の話をしてるんですか、何の・・・」
カミーユはそんな3人の会話を聞きながら、アークエンジェルに通信を繋げた。
『追っていった!? 何で止めなかったの!?』
「あの様子じゃ、止めたこっちが撃たれてましたよ。それに、俺達が後を追うと避難民の警護、救援作業に支障が出ますし・・・」
カミーユはそう返しながら、怪我をして泣いている子供に悪戦苦闘しているナタルの方を見る。
「えー、い、痛いのか? ほら、もう泣くな」
子供をあやすのに慣れていない彼女は、泣きわめく子供に向かってスナック菓子―――非常用のレーションなのだが―――を差し出した。
子供はピタッと泣くのを止め、夢中で菓子を頬張り、彼女はホッとするのだが・・・周りにそれを見ていた子供達の山が出来ていた。
「あ・・・その、そんなにないんだ。こ、困ったな・・・え、エクセレン少尉!!」
事態に困り果てたナタルは、エクセレンに助けを求めた。
「はいは〜い。呼ばれて飛び出て、なんとやら・・・って、うわっ・・・」
一斉に子供達の視線が集中し、エクセレンは一瞬硬直する。
「バジルール中尉・・・この子達は・・・?」
エクセレンは我に返り、ナタルに問いかけるが―――直ぐに原因に気付いた。
ナタルの直ぐ近くにいる子供が、モキュモキュと菓子を頬張っている。
「・・・生徒全員分のお菓子は用意しないと、喧嘩の元になるわよ。ナタル教頭先生?」
「教頭!?」
呆れた口調で言うエクセレンに、ナタルは思わず突っ込んでいた。
エクセレンは子供達の人数を数え、頭の中で何かを計算する様に眉を顰め―――しばし経つと、計算が終わり、子供達に呼びかけた。
「う〜ん、ちょっと待っててね? 確かヴァイスちゃんの中に、非常用のお菓子が・・・多分、人数分はあると思うんだけど」
「―――何でPTのコックピット内に、お菓子があるんですか・・・?」
「部屋に置いておくと、ダイエットの時に誘惑してくるのよん」
フラガがその光景を見ながら笑っているのも見えたが、取りあえず報告するほどのものではない。
しばし間が開き、マリューは息を吐いた後、
『・・・解りました。レジスタンスの方はアムロ少佐達を向かわせます。見殺しには出来ません。そちらには残った車両で、物資を運ばせます』
「・・・ガウルン。レジスタンスの連中、追ってくると思うか?」
バルトフェルドはシートにふんぞり返ったまま、後ろの席に座る―――わざわざ乗り移ってきた―――ガウルンに問いかけた。
「自走砲とバクゥ、ASではケンカにもならん・・・死んだ方がマシ―――という言葉は良く聞くが、本当にそうなのかね?」
最後の方はガウルンを見ながらではなく、空を見上げて発した言葉だった。
「さあな? そんな事考えた事も、考える必要もないからな」
ガウルンは考える間もなく、あっさりと言い放つ。
「必要ない?」
問い返すダコスタに、ガウルンはニヤリと笑いながら、
「生きようが、死のうが関係ないという事だ。例え、それが自分だろうが他人だろうがな。
どんな時だろうと、楽しければいい」
ガウルンの返答に、ダコスタは彼の狂気の源が解った様な気がした。
つまり、この男にとっては全てが―――自分の命さえもが―――玩具なのだ。
故に、あっさりと他人を殺し、自分をも死の危険に晒したりもする。
今後、この男の所為で部隊が危険に晒されないかと不安になり、出来るだけ早く縁を切りたいものだとダコスタは思った。
一方、ガウルンはダコスタに返した後、じっと時計を見ていた。
(そろそろか・・・連中が情報に食いついてれば、だが・・・)
その時、バクゥのパイロットから通信が入った。
『隊長、レーダーに反応がありました。かなり後方です―――更に、レーダーに反応!! おそらく車両だと思われます!!
あ、今接触しました!!』
「最初の方は・・・恐らくポセイダル軍だな・・・レジスタンスは我々を追って、ポセイダル軍と鉢合わせたか・・・
戦う相手が我々だとしても、戦力の差は歴然としてるというのにな・・・」
バルトフェルドは空を見上げ、最後に呟いた。
「・・・・やはり、死んだ方がマシなのかね?」
ガウルンは後部座席で、2人に気付かれない角度で鋭い笑みを口元に浮かべていた。
「食いついたか・・・」
第十八話に続く
あとがき
作:予想外に長い回になっちゃいましたね・・・(汗) 本当は戦闘シーンも入れる筈だったんですが、これが予定上の半分の長さになるので、
一度区切る事にしました。
今回、流れは原作のままでしたが、細部を結構変更しました。
あの焼き討ちのシーンですが、バルトフェルドではなく、ガウルンに実行させて見ました・・・最初の予定では、全滅の筈でしたが、
そうなると、キラ達がバナディーアに向かわなくとも済んでしまうので、2、3割の被害に押さえ込みました。
まあ、この程度の被害で済んだ種明かしに、覆面を被ったガンダムファイターを利用させてもらいましたが・・・
嗚呼、またあちこちから非難を浴びそうで怖いです。
この大陸での戦いでは、ガウルンが裏に表に活躍する事になりそうです。
こういう時、こいつの能力と性格は便利ですね〜・・・一種の万能キャラなんでしょうか?
管理人の感想
コワレ1号さんからの投稿です。
う〜ん、懲りずにフレイ嬢が活躍してますねぇ
そして、不幸の道を邁進するサイw
焼け落ちる街から、住人を助けたのはあの(自称)忍者ですか?
じゃ、もう直ぐ人間離れをした方々が登場しますねぇ(笑)
あの必殺技でガウルンが倒せるのかどうか、是非戦って欲しいですねぇ
> 「なるほどね〜・・・フィールドを張る時のあの叫びは、甲児君達の影響じゃなかったのね〜」
> 「・・・すみません、リュウセイと一緒にしないでください・・・」
> エクセレンの納得と安心の入り混じった言葉に、ブリットは力なく突っ込んだ。
爆笑