第十九話  宿敵との邂逅  




「―――じゃ、4時間後だな」

威勢良く車から飛び降りたカガリが言い、続けてキラも降りると、2台目のバギーからキョウスケ達が降りてくる。

「気をつけろよ? お前達の顔が割れてないとは言え、一応敵の本拠地なんだからな」

2台目のバギーの運転席からデュオが、カガリに向かって忠告する。

「解ってる。そっちこそ、アル・ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ?」

「大丈夫だって。バルマー戦役時にも何回か取引してるんだ。扱いには慣れてる―――カトル、お前も気をつけろよ。
ここにいる面子で、この地域でも一番顔が売れてるのはお前なんだからな」

カガリに軽く返し、途中でカトルの方を見て言う。

カトルはウィナー家の若き頭首として、経済新聞や一般の雑誌の紙面にも取り上げられる事があり、
ロンド・ベル隊ではアムロ、万丈に次いで一般知名度が高い人物だからだ。

「ええ。解ってます。僕がロンド・ベル隊に所属してる事は、一般に公表はしてませんが・・・念の為、気をつけておきます」

「そういえば、アレンビーちゃん達もこの街に詳しいんだっけ?」

エクセレンに話を振られて、アレンビーは『ああ』と頷くと、

「ちょっと前まで、この街を拠点にして情報を集めてたからね。どこに何の店があるか位は分かるよ」

「そろそろ行かないか? ここで固まっていると、人の目を集める事になるぞ」

周囲に注意を放っているドモンに促され、2台のバギーはエンジンを始動させる。

ナタルは最後にキラの方を見て、

「ヤマト少・・・うねん」

何時もの様に階級で呼ぼうとして、慌てて誤魔化す。

ここで少尉とでも呼ばれたら、折角現地の人間らしく変装し、ロンド・ベル隊として顔が割れてない―――エクセレンと甲児、カチーナに言わせると、
軍人らしくない―――メンバーを揃えた意味が無くなってしまう。

隣りのノイマンと声が聞こえていたデュオ、そして何時もは無表情のキサカも笑いを堪えていた。

「た、頼んだぞ」

僅かに赤面しながら、ギクシャクとナタルは言い前を向いた。

サイーブ達を乗せた2台のジープが走り去り、雑踏の中にキラ、カガリ、キョウスケ、エクセレン、カトル、そしてドモンとアレンビーが残された。

「では、分かれて早めに済ますか。何処で集まる?」

キョウスケの問いかけに、カガリは少し考え、

「そうだな・・・この先の大通りを少し行った所に、少し大きいカフェがあるんだ。そこに終った奴から集合、でいいか?」

「OK。行こう、ドモン!!」

「じゃ、行きましょうか。キョウスケ、カトル君」

それぞれ女性陣に引きずられる形で、3組に分かれ散っていった。




時間は戻り―――バナディーアに向かう事を決めた少し後。

アークエンジェルでは誰が買い出しに―――もとい、補給に向かうかで少し揉めていた。

敵陣とはいえ、久方ぶりに街に出られるので希望者が多く出たのだ。

埒が明かないので希望者を確認し、後で連絡すると指示を出し、一旦その場を解散したのだった。

「―――全員、これも任務だと自覚してるんでしょうか?」

ナタルは希望者のメンバーの名前を見ながら、コメカミを少し痙攣させ、アムロに問いかける。

「まあ、良いじゃないか。ロンデニオンから、こういう気晴らしの機会が無かったんだ。行きたがるのも無理はないさ」

「確かに。あいつ等、まだ若いからね〜。遊びに行けるかもしれないのに、艦の中でジッとはしてらんないんだろ」

アムロの言葉にフラガが肩を竦ませながら同意する。

「そういえば、お2人とも希望してない様ですが・・・?」

ナタルはメンバー表を見ながらアムロ達に問いかける。

「ああ。敵味方問わずに、俺の顔は知られすぎているからな。俺が行くと事件が起こる可能性が高い―――今回は諦めるさ」

「坊主達を差し置いて、俺が行く訳にはいかないからな―――艦長、決まったか?」

フラガはメンバー表を見ていたマリューに問いかける。

「―――ええ。まず医薬品や弾薬、水、食料の調達は、バジルール中尉、デュオ、ノイマン少尉。日用品の調達は、ロンド・ベル隊として
顔が割れていないメンバー・・・ナンブ少尉、エクセレン少尉、ヤマト少尉、カトル、、ドモン・カッシュ、アレンビー・ビアズリー以上です」

最後に確認を取るように、アムロに視線を向けると、彼は頷き、

「ああ、それで良いだろう。 後、レジスタンスの方から街に詳しい者を何人か手伝いに出して貰おう」

「んじゃ、知らせてきますか。他の連中にも、必要な物はメモして渡しておけって言っとかないといけないな」

アムロとフラガはそう言い、艦長室から退室して行った。




カガリと街の中を歩きながら、キラはぼうっと住人達を見ていた。

砂漠特有の明るい日差しの中、人々が行き交い、物売りの声が響く。

(本当に、占拠されているのか・・・? 普通の街と活気が同じじゃないか・・・)

「オイ! なにボケッとしてるんだ!?」

声をかけられ我に返ると、カガリがむくれた顔で待っている。

「お前な、見た目からしてあまりにも頼りないけど、一応護衛なんだろ」

あまりにも酷い評価に、キラは苦笑いを浮かべ再びカガリと共に歩き出した。

「ねえ、本当にここって虎の本拠地? 随分と賑やかで平和そうだけど・・・」

緊張感のないキラの問いかけに、カガリは鼻に皺を寄せて彼を見ると、ついて来いという様に顎をしゃくった。

雑踏から逃れ、家と家の間の道に入り、少し歩いた所でキラは足を止めた。

窓に張り巡らされたロープに、洗濯物が翻り、子供達が駆け抜けていく。

しかし、その少し向こうには大きな爆撃の跡があった。

「平和そうに見えたって、そんなものは見せ掛けだ。この街の支配者、砂漠の虎に逆らえば容赦なく消される。
―――そんな恐怖の上に作られたモノを、平和だとお前は言えるのか?」

カガリの言葉を聞きながら、キラは瓦礫の散らばる地面と、平和そうな街を見比べる。

解らない―――と、キラは思った。

消されるというのなら、逆らわなければいいのではないか? 見た所、兵士が横暴に振舞っている様子はなく、街を行く人々は幸せそうに見える。

その場所に住む人々が、幸せに暮らしていけるのに、何故戦わなければならない?

焦土と化したタッシルから逃れてきた人々の様に、戦いの代償が守るべき家族や住み慣れた街だとしたら、キラにはとても戦えない。

(守るべきものを―――愛する者達を代償にしてまで、戦う理由が一体、何処にあるんだ・・・?)




「はい。キョウスケ、これ持ってね。じゃ、次は・・・」

エクセレンは大量の袋をキョウスケに渡すと、メモではなく通りに並ぶ店に目を向ける。

「―――エクセレン、メモに書かれていないものが大量に入っている様だが?」

袋の中をパッと見て、キョウスケがエクセレンに問い詰める。

「んふふ〜♪ 一目見て気にいったのがあってね〜」

「返して来い。唯でさえ、今回は買う物が多い・・・何時もの調子で買われたら、流石に持てん」

「ま、まあ、キョウスケさん。僕も持つの手伝いますから・・・」

半眼で返すキョウスケに、カトルがフォローに入る。

「あらあら、カトル君がそう言うのなら、お言葉に甘えて・・・次は、あのお店に行って見ましょうか」

カトルにニッコリと笑いかけ、エクセレンは目をつけていた店へと向かう。

エクセレンの後ろ姿を追いながら、キョウスケは苦笑いをすると、急に真剣な面持ちになりカトルに話しかけた。

「・・・しかし、意外なほどに平和だな。兵士の巡回ぐらいはあると踏んでいたのだが・・・」

「ええ。今まで兵士らしき人間は見てませんし、治安が安定してます。今の所、虎の統治は上手く行っている様ですね」

「ああ。強硬な策を執れば、住民は反発するが、友好な手段で出て来られれば受けいられ易いからな・・・だが」

キョウスケが言わんとする事に気付き、カトルは頷きながら返す。

「・・・ここを占拠するのに、少なからずの死傷者が出ています。何かの拍子で報復行為が起こる可能性を秘めている状態ですね」

カトル達の目に映る範囲からでも、焼け落ちた建物の跡が見える所が多々ある。

これだけの規模で戦闘をしたのだ。死傷者、負傷者・・・肉親や大事なものを失った者がいるだろう。

一見、街は平和そうに見えるが、裏では大きな憎しみを抱いている者も決して少なくはない。

そういった者達が一斉に蜂起すれば、ザフトだけではなく一般の市民達にも被害が出る。

この街は束の間の平和と大きな危険、憎悪が入り混じり、何時その表裏が入れ替わってもおかしくない状態だとカトルは感じた。




「アレンビー、後どの位だ?」

ドモンは自分の上半身が隠れる程の荷物を持ちながら、アレンビーに問いかける。

「えっと・・・後3分の1位だよ・・・って、ドモンまだ持てる?」

流石に持つスペースがない事にアレンビーは気付き、確認する。

「重さはそう大した事はないが、次辺りからは腕に掛けなければ持ち辛いな」

「じゃ、次のお店で手提げ袋を貰わなくちゃね」

アレンビーはそう返すと、メモに視線を落とした―――その瞬間、2人は幾つかの殺気を感じた。

「―――アレンビー、そのままで聞け・・・気付いたか?」

「うん・・・狙いはアタシ達じゃないみたいだけど・・・どうする? 荷物、散乱しちゃうけど蹴散らすの?」

2人は表情、歩み、気配を変える事無く囁く。

「・・・数は12人か・・・奴等の様子だと、他の地区にも仲間がいる様だな。右手の路地の入り口にいる奴を見ろ。首を動かさず、目だけでな・・・
無線で連絡を取っている・・・シュバルツなら、口の動きで読む事が出来るんだが・・・」

「倒し損ねたら、他の味方を呼ばれて騒ぎになるか・・・じゃあ、キョウスケ達と合流するまでは手を出さない方が良いね」

アレンビーの言葉にドモンはやや不満そうに頷き、

「ああ・・・俺達だけの行動ならば、気にせずに戦えるというのに・・・まったく、軍隊とは窮屈なものだ」

「あのさドモン、ロンド・ベル隊って軍の中じゃ、規律が無いに等しいって言われてるんだけど・・・」

アレンビーは苦笑いをしつつドモンに返すと、2人は次の店へと向かっていった。

―――殺気を放つ連中の位置と数を常に警戒しながら。




「師匠ー! マジンガーZとアルトアイゼンはどうしやすかー!!」

「ああ。マジンガーZのオーバーホールはこの艦じゃ無理だ。光子力研究所か科学要塞研究所じゃなきゃな。
アルトはこの間、クレイモアの修理ついでにやっといたから別にいい。カトル達のガンダムを優先してくれ。
あいつ等、まともな設備がなかったからオーバーホールやってないらしいんだ」

アストナージがνガンダムの調整をしながらマードックに返す。

格納庫ではこの機会に全MS、PT、HMのオーバーホールが行われていた。

バナディーアでの補給が上手くいけば、アークエンジェルはいよいよ大陸を脱出し、アラスカに向かう事になる。

その為にザフト、ポセイダル軍、そしてデビルガンダム・・・この3勢力と戦い打ち破らなければならない。

最悪3つの勢力を一斉に相手しなければならなくなるので、機体の状態を今の内に完璧にしておく必要があった。

キャットウォークで控えていたフレイは、顔を歪ませながらオイルが付着したタオルや、汚れたツナギで一杯になった籠をカーゴに乗せた。

エクセレンに仕事を説明されているとはいえ、初めての仕事が洗濯―――しかも、機械油と少し汗臭い―――とは不本意なのだろう。

「でも・・・何時からそんな・・・?」

別のキャットウォーク上で、マリューはフレイを見ながら声を潜めてフラガに訊ねた。

「さあ・・・? けど、地球に降りてからじゃないの? 宇宙でテンカワって奴に言われてから、誰かしら嬢ちゃんを注意して見てたんだし・・・
誰の目にも止まらず、そういう機会があったのは、タッシルが焼かれた前後位しか無かったぜ?」

フラガの言葉に、自分の提案が仇となった事に気付き、マリューは僅かに後悔した。

「でも、あの子はサイ君の、その、彼女でしょう? なのに、本当にキラ君と・・・?」

ここまで話されていたのは、キラの眉を顰めたくなるような情報だった。

露骨な表現をすれば―――キラが、サイの恋人を寝取ったという噂がフラガの耳に入ったのだ。

「意外? だよねえ。俺もそう思うし、第一、坊主の素振りとかが全然変化が無いってのがおかしいとは思うんだけどさ」

キラの行動や素振りが何一つ変わりが無く、フラガは半分は信じていなかった。

彼としては、レジスタンスの1人から聞いた噂―――キラとカガリが付き合っている―――の方が信憑性が高いと思ったからだ。

しかし、ここ最近のサイの素振りがおかしくなった事と、前にアキトから忠告された事が頭で重なり、
マリュー達の耳にも入れておくべきだと判断したのだ。

マリューはため息をついて格納庫を離れ、フラガもそれに続く。

「地球に降りてからすぐの戦闘の時、キラ君がおかしかったから、それであの子と・・・」

「いや。それは無いだろうな・・・あの後カミーユとキョウスケに拳つきで忠告されて、カトルにも諭された様だからな。
まあ、それでも何かに悩んではいる様だが、おかしいって程の様子じゃ無かった」

フラガの言葉にマリューは眉を顰めて考え込む。

「じゃあ、原因はあの子の方にある、と? テンカワ・アキトが忠告した様に?」

「或いは両者それぞれに何らかの要因があって、こうなったか・・・嬢ちゃんの方は、アムロ少佐とフォウ達に話しておいた。
折を見て、話をしてみるそうだ」

フラガの意外と早い対応に、マリューは半ば驚きながら返す。

「キラ君の方は?」

「ああ。今回の外出が気分転換になるかも知れないからな。少し様子を見て、それから聞いて見るさ」

マリューはフラガがアムロと共にいる事が多かったので、気付かなかった。

この男は軽く見えるようで、意外と面倒見が良い事に―――マリューは初めて、フラガに尊敬の念を覚えた。




フレイは洗濯物が一杯になったカーゴを不機嫌な顔で押していた。

お嬢さん育ちの彼女は、家で洗濯機を回した事もない。

(洗濯に掃除だなんて・・・これって、メイドの仕事じゃない・・・! 幾ら他に仕事が出来ないからって、軍人が、ロンド・ベル隊がする仕事じゃ・・・)

内心で不満を言いながら、カーゴルームの扉を開ける。

フォウとファが既におり、フレイに気付くと洗濯機を操作しながら話しかけた。

「あら? フレイも洗濯?」

「多いわね・・・貸して、入れるの手伝うわ」

「・・・なんで、フォウさん達が洗濯物を?」

一瞬状況が掴めず、フレイは間の抜けた質問をする。

今さっき自分が否定した仕事―――軍人なのに洗濯―――をロンド・ベル隊がしている事が信じられなかった。

彼女は更に混乱する様な、信じられない事態を目の当たりにする。

いきなり扉が開き、アムロが洗濯機を押してカーゴルームに入って来た。

「修理が済んだ。次は、乾燥機だったか? ん? どうかしたのか、フレイ?」

アムロの問いかけに応えず、フレイは信じられないという表情で叫ぶ。

「アムロ少佐!? 修理が済んだって・・・!? あなたが修理したんですか!? 連邦のトップエースが!?」

「意外か? 整備班が手を離せないからな。 家電製品位なら俺かカミーユで修理出来る」

「それに、カミーユは食堂でレンジの修理をしてるわよ?」

「トロワも食堂でジャガイモの皮むきをやってたわね・・・曲芸みたいにクルクル回しながら」

アムロ、フォウ、ファの言葉にフレイはショックを受けた様に膝を着く。

「れ、連邦のエースが・・・ニュータイプが家電の修理・・・ガンダムのパイロットが芋の皮向き・・・」

「軍人、エース、ニュータイプ、コーディネーターといっても人間さ。戦闘をするだけのマシンじゃない。
こういう事をやると、自分達は戦うだけの存在じゃないって再認識出来るしな―――君もそうじゃないか?」

アムロは洗濯機を台車から下ろすと、フレイに向き直り語り掛けた。

その言葉に、フレイは動揺し肩をビクッと跳ね上げる。

「・・・・・・・・・・な、何の事ですか?」

「―――君が軍に志願した『理由』さ。君はその目的の為に生きている訳じゃ、その為の存在じゃない」

(まさか・・・気付かれてる!?)

アムロの言葉にフレイは恐怖を覚えた。

もし、自分の本当の目的がばれれば、艦を降ろされる―――キラに、父を殺したコーディネーターと蜥蜴に復讐が出来なくなると思った。

「―――私が志願したのは、バジルール中尉に話したのが理由です・・・ニュータイプのアムロ少佐でも、人の心を読み損ねる事があるんですね」

この場これ以上いたら、本当に気付かれる―――そう思ったフレイは、誤魔化す様に言葉を残し、逃げる様に扉に向かう。

その背後にアムロの言葉がかけられる。

「―――誤解があるようだな。ニュータイプだからって、人の心を読めるわけじゃない。それじゃエスパーだ。今のは人生の先輩としての助言だよ。
それともう一つ、そんな生き方だと―――人の好意を無下にする様だと、敵を作るだけだぞ。
君を心配し、力になってくれる友人達の存在を、気持ちを忘れるな」

しかし、アムロの言葉を振り切る様に、フレイは耳を塞ぐとそのまま通路を駆けて行った。

「フレイ・・・聞いてくれるでしょうか?」

フォウの言葉に、アムロは苦い顔で首を振り、

「これは解らないな・・・聞き入れてくれたとしても、時間がかかりそうだ」




「しかし、驚きましたよ。デュオ・マックスウェルは兎も角、あなたまで私の所へおいでになるとは」

豪勢な応接間に通され、2、30分程待った後に現れた男は、優しい口調でベタベタと喋る。

「ここ最近のアンタの噂話は聞いてるぜ。 この辺りの裏だけじゃなく、表の流通も殆ど占めて値を吊り上げてんだってな?」

デュオの皮肉の入り混じった言葉に男―――アル・ジャイリーは表情を変える事無く返す。

「望んで独占している訳ではありませんよ。ただ、大きな商いを出来る程のネットワークを持っている者が、先日に私以外亡くなってしまったので、
結果としてこうなってしまっただけですからね」

その言葉を聞きながら、サイーブは無骨な調子で話しかける。

「出来れば、貴様の顔など二度と見たくなかったが、仕方がない。俺達の水瓶を枯らす訳にはいかんからな」

すると、ジャイリーはニンマリと笑い、

「お考えを変えればよろしいものを・・・大事なのは、信念ではなく、命ですよ。
水場も変わる物です。が、どんな所でも水は水だ。飲めれば、いい。それで、命が繋がるのならね」

「・・・あのよ、俺達は話をする為に来たんじゃないんだ。頼んだ物はキチンとあるのか?」

デュオが話に割り込み、本題を訊ねると男は『そうでしたな』と言い、立ち上がった。

「詳しい話はファクトリーで・・・」

ジャイリーの後に続き、デュオ達も立ち上がると男の後ろについて行く。

「―――お前は怒らないんだな?」

ふと、先程のジャイリーの言葉を気にも留めなかったデュオを意外に思い、ナタルがすぐ前を歩く彼に話しかける。

「さっきの言葉か? 別に怒るほどのものじゃねぇよ。闇市場ってのは、私情とか挟んで商売する所じゃないし、
闇商人、死の商人って連中も私情や信念なんてのは挟んで商売をしないからな。
俺達は物を、こいつらは金が欲しくて取引する―――ただ、それだけさ。
ああ―――でも、表の大企業もそうだっけな。アナハイムとかさ」

デュオの軽い口調でありながら、乾いた言葉に唖然とし、ナタルはそのまま押し黙った。



ジャイリーが言う『ファクトリー』は、街外れにある古びた建物の地下にあった。

「―――水と食料は既に用意させました。あと、問題の品は・・・こちらになります」

話している最中に運ばれた木箱を開けると、ノイマンとナタルに目録を渡し中身も検めさせる。

「うわ、これって・・・・!?」

「ああ。軍が使う純正品だ・・・呆れたな。まったく、どこから」

「世界には知られていない地下水脈があるものですよ・・・何時の時代にもね」

ナタルとノイマンの驚きに満足したジャイリーはニンマリと笑う。

「で、これで揃ったか?」

サイーブの言葉にナタルは戸惑いつつも頷く。

「では、これを―――」

ジャイリーは笑ってサイーブに計算書を手渡した。

サイーブは動揺をしていなかったが、背後からそれを覗いたノイマンは『げっ・・・!』と声を洩らし、目眩を覚えた。

デュオも隣りから計算書を覗くと、眉を顰めた。

「貴重な水は高いものです―――命を繋ぐモノでございましょう?」

ジャイリーは当たり前の様に、しれっと言う。

「まあ、そうだけどよ・・・これはふっかけすぎだぜ? せめて・・・この位にならないか?」

ナタルから見えない角度で、手の平に数字を書きデュオが値切る。

「これはこれは・・・ご自身だけでなく、お仲間の命も安く見るとは・・・」

ジャイリーの言葉に、デュオはムッとしながら返す。

「オイオイ・・・バルマー戦役の時、連邦、ジオン、ティターンズのMSのジャンク安くしてやっただろうが。
今のネットワークって、その時稼いだ資金を元手にしてるんだろ?」

今度はジャイリーが苦笑いを受けべる。

「これは・・・痛い所を突いて来ますな。そうですな・・・値段はこのままで、サービスの品を一つ付けましょう。これなら、如何です?」

「物にもよるぜ? プチモビとか付けるんなら、その分安くしてくれ」

「いえいえ・・・そんな物は付けませんよ―――こちら等、如何です?」

ジャイリーが差し出した目録に目を通すと、デュオは面白い物を見つけた様な表情になる。

「へぇ・・・面白い物持ってたんだな・・・・これも、純正品か?」

デュオの確認にジャイリーは頷き、答える。

「はい。ロンド・ベル隊には、ガンダムが多く所属してると聞きます。ならば、そちらが持つのが正当かと」

「ガンダムで使えなくても、ちょっと弄ればゲシュペンストに着けられそうだな・・・いいぜ、買った」

そう言うと、デュオは懐から一枚のカードを出した。

事前にカトルから渡された、ウィナー家のクレジットカードの一枚だった。

「はい。少々、お待ちを・・・」

カードを受け取ると、ジャイリーは懐から出した機械にカードを差し込み操作する。

「ウィナー家の財力支援があって、良かった・・・」

ノイマンが安堵の息を吐く傍らで、ナタルがデュオに問いかける。

「一体、品物はなんだったんだ?」

「慌てんなって。帰ってからのお楽しみ・・・ストライク辺りに着けると面白そうな物さ」

デュオはそれだけ言うと、ジャイリーからカードを受け取り、懐にしまった。




キョウスケ達がカガリに指定されたカフェに入ると、そこには既にドモンとアレンビーが来ていた。

「あらあら・・・お邪魔だったかしら? 何なら、もう一回りしてくるけど?」

「・・・何がだ?」

エクセレンの言葉の意味に気付かず―――解らずドモンが聞き返した。

「はあ・・・まあ、気付いてくれるとは思ってないけど・・・」

「・・・お互い、苦労するわね〜」

アレンビーのため息混じりの言葉に、エクセレンは苦笑いをしながら同情する。

「・・・何の事だ? キラとカガリはまだなのか?」

キョウスケは2人に深く関わらない様に注意し、ドモンに話しかけた。

「ああ。俺達も今さっき来た所だからな」

ドモンの言葉を聞きながら、それぞれ適当に席に着く。

「そうか―――お前達と合流した時、聞きそびれた事があるんだが・・・いいか?」

「構わんが・・・大抵の事は話したと思うぞ?」

ドモンの返答にキョウスケは頷くが、続ける。

「これはお前とシュバルツの会話を聞いていて、ガンダムファイトの知識を持っている人間で無いと察しがつかない事なんだが・・・
東方不敗、マスターアジアが敵とはどういう事だ? お前とマスターアジアは師弟関係だろう?」

「キョウスケ、それってマジ?」

エクセレンが驚愕の表情でキョウスケに聞き返すと、彼は黙って頷く。

「すみません。僕は格闘技にあまり詳しくないので、良く解らないのですが・・・その、東方不敗とは?」

「―――先代のキング・オブ・ハートで、前回のガンダムファイトの優勝者・・・今、キョウスケが言った様にドモンのお師匠様」

「・・・『師匠』だった男、だ。あんな・・・デビルガンダムの手先に成り下がった男など、敵であって・・・師匠ではない!!」

カトルの問いかけにアレンビーが応え、ドモンが言葉を継ぎ足す。

「デビルガンダムの手先、か・・・あの男の実力は、今のお前とほぼ同等か、やや上ぐらいだろう?。その男がデビルガンダムの軍門に下った・・・
何か目的があると考えるべきだ」

「何が目的か等、関係ない・・・! デビルガンダムに組するならば・・・倒すのみだ」

キョウスケの言葉を考えようとせず、ドモンは言い切った。

その時、カガリとキラらしき人物―――上半身が完全に袋に隠れて顔が見えない―――が店に入って来た。



「あ、もうみんな来てる。まったく、お前が歩くの遅いからだぞ!!」

「そんな事、言ったって・・・」

カガリの無茶な言い分にキラはよろけながら―――荷物の重さもあるが、バランスが取り難い―――返した。

「先に座ってろ。私は注文をしてくる」

カガリはそう言うと、カウンターに向かい、キラはよろけながらも如何にかキョウスケ達のテーブルに辿り着く。

「・・・大丈夫ですか、キラ君?」

「なんとか・・・」

カトルに返しながら、キラは椅子にへたり込んだ。

「あらあら? これ位でバテてちゃ、もっと大きな街でのデートの相手、務まらないわよん?」

完璧にバテているキラに、エクセレンが笑いながら語りかける。

「そうそう。買い物になると、この位は序の口だよ?」

「・・・これで?」

アレンビーからも同じ事を言われ、キラは自分達の荷物を見ながら顔を引きつらせた。

「―――これ位で顔色を変えるな。ドモンやキョウスケ、カトルはまだまだ平気そうだぞ」

注文を終えたカガリが、キラの顔色を見て言う。

キョウスケはその言葉を聞き、キラに同情の思いを込めた苦笑いを送る。

「で、そっちは揃ったのか?」

カガリは椅子に座り、エクセレン達に問いかける。

「ああ。エクセレンがメモに書かれていない物まで買っていたが・・・こちらが担当した物は揃った」

「こっちもだ」

キョウスケ、ドモンの返答にカガリは頷くと、メモを取り出し、

「こっちも大体揃ったが・・・このフレイって奴の注文は無茶だ。『エリザリオ』の乳液や化粧水が、こんな所にあるもんか」

「あら〜・・・良いの使っているわね〜。少し持っているなら、私にも使わせてもらおうかしら?」

「エクセレンは何使っているの?」

「んふふ〜私はね〜・・・」

女性陣だけで話が盛り上がるが、キョウスケやドモン達にとって、サッパリな言葉ばかりだ。

そんな彼等の前に、給仕がお茶と料理を並べた。

先程、カガリがカウンターで注文したものだった。

「・・・何、これ?」

キラが珍しそうにカガリに訊ねる。

「ドネル・ケバブですね。この辺りの料理です」

カトルの答えにカガリは頷き、

「あーっ、腹減った。ここは奢るからさ。お前達も食えよ!」

カガリはそう言い、食べ方を知らないキラに教えるようにしながら、

「いいか? このチリソースをかけてだ「あいや待った!!」

彼女がチリソースを手にした瞬間、脇から声がかかり、全員が驚いてそちらを見やった。

そこに立っていた男の姿に更に目を丸くする。

「ケバブにチリソースなんて何を言っているんだ、キミは! ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうがっ!!」

拳を握り締めて力説する男は、派手なアロハシャツに大きなサングラス・・・更にビーチサンダルを履いており、目立つ―――を通り越して
胡散臭い格好をしていた。

カガリが『はぁ?』と聞き返すと、男は更に両手を振り回し大仰に訴える。

「いや常識と言うよりも、もっとこう―――そう! ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!!」

「・・・・・なんなんだ、お前は?」

カガリは男の言い分を無視して、ケバブにこれ見よがしにチリソースをぶっかける。

「ああっ!」

「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いは無い!」

最もな意見を言い、カガリはわざとらしくアグッと頬張り、

「あーっ、美味い!!」

「ああ・・・なんという・・・」

「・・・2人とも、大人気ないぞ」

カガリと男のやり取りを見ながら、キョウスケが呆れながら突っ込む。

と、2人はその言葉をキッカケにしたのか、図った様なタイミングでキョウスケ達の方に向き、

「ほら、お前達も!!」

「ああっ、待ちたまえ! 彼等まで邪道に落とすつもりか!?」

「何を言う! ケバブにはチリソースが当たり前だ!!」

「いいや、ヨーグルトだ! ヨーグルトソース以外考えられない!!」

2人の言い分を聞きながら、キョウスケ達はそれぞれ好みのソースを取る。

ちなみに、チリソース派はエクセレン、ドモン、カトル。

ヨーグルトソース派は、キョウスケ、アレンビーとなった。

「勝負あったな?」

「くっ・・・! ならば、少年! キミは正しい道を選ぶんだ!!」

カガリの言葉に悔しげに呻くと、男はキラのケバブにヨーグルトソースをかけようとする。

「あっ! コラ、キラを変な方に引きずり込もうとするな!!」

カガリはさせじとチリソースを握り締め、それを阻止する。

「あの・・・えっと・・・」

(そのまま食べる・・・っていうのは駄目かな?)

2人が争わないで済む方法を考え付き、キラは口を開こうとしたが、

「キラく〜ん、何もつけないって言う選択肢は無いわよん♪」

エクセレンに考えを読まれ、先に釘を刺される。

「そのまま食べるだとっ!? それこそ、この料理に対する冒涜だ!!」

「そうだ! 中途半端は認めないぞ、少年!!」

皿の上で争いを続けている両者にまで責められ、キラは逃げ場を失う。

その瞬間、ケバブの上に両方のソースが大量にぶっちゃけた。

『ああっ・・・!』

2人の叫びが響き、しばしテーブルに静寂が訪れる。

しばしの後、カガリと男は申し訳無さそうにキラの様子を窺う。

キラは情けない顔で皿の上を見つめると、意を決しそれを手に取った。

「・・・多分食べられると思うが・・・無理はするな」

「大丈夫ですよ・・・死にはしないと思いますし・・・」

キョウスケの言葉に返しながら、キラはそれを頬張った。

「いや・・・悪かったね」

何時の間にか男は、彼等のテーブルにしっかりと腰を落ち着けていた。

「いえ・・・まあ、ミックスもなかなか・・・」

そう言いながらも、キラはお茶に手を伸ばす―――確かに不味くは無いが、ソースの味以外しなかったからだ。

「―――しかし、凄い買い物だねえ、パーティーでもやるの?」

男が買い物袋を覗き込み、キョウスケ達が誤魔化そうとする前にカガリが噛み付いた。

「余計なお世話だ! 大体お前、さっきからなんなんだ? 誰もお前なんか招待してないぞ!!」

「まあまあ・・・」

男がカガリを宥めかけたが、ふと言葉を切って外に目をやった。

同時にキラだけではなく、キョウスケ、ドモン達もさっと身構えた。

(―――外の殺気の数が増えた!? 狙いは・・・此処か!?)

ドモンは外に幾つかの殺気がある事に気付いていたが、狙いが自分達ではなかった為と、騒ぎを起こさない為に仕掛けようとはしなかった。

だが、この事が完全に裏目に出てしまった様だ。

「―――それなのに、勝手に座り込んで・・・」

外の殺気に気付かず、未だ文句を言い続けているカガリの腕を、キラが掴みそのまま押し倒す。

次の瞬間―――空気を切り裂く鋭い音を立てて、店の中に何かが飛び込んで来た。

「ロケット弾!?」

カトルの言葉と同時にキョウスケ達はその場から散り、それぞれ近くのテーブルを跳ね上げる。

「全員、テーブルを跳ね上げて、伏せろ!!」

キョウスケは他の客達に叫ぶと、近くにいた民間人の目の前にテーブルを跳ね上げる。

自分達と同席していた男もテーブルを既に跳ね上げており、その陰にキラはカガリを引っ張り込んだ。

テーブルの上に載っていたケバブとお茶が、カガリの上に盛大に降り注いだが、構わずキラはその顔を押さえる様に伏せさせる。

同時に店内に撃ち込まれたロケット弾が炸裂し、あちこちから悲鳴が上がった。

「―――無事か!?」

傷一つ負っていない同席の男が、足首のホルスターから銃を抜きながら、大声で訊ねる。

外では銃撃戦が始まっており、キョウスケ達がテーブルに身を隠しながら応戦をしていた。

店の外からマシンガンを連射しながら、男達が突入してくる―――が、銃弾をかわし、接近したドモンとアレンビーに次々と叩きのめされていく。

「数が多いな・・・3、40人って所か・・・アレンビー、手分けして片付けるぞ!!」

「うん! キョウスケ、そっちは任せたからね!!」

その言葉と同時に2人に向かって銃弾が飛来するが、既に2人の姿は無く、少し離れた所で打撃音と男達の断末魔が聞こえて来た。

「―――あちらは、2人に任せても大丈夫だな」

キョウスケは打撃音を聞きながら呟き、叫びながら突っ込んで来た男に狙いをつける。

「死ね、コーディネーター! 宇宙(ソラ)の化け物め!!」

「青き清浄な世界の為・・・グッ・・・!」

「こいつ等・・・ブルーコスモスか!?」

襲撃者の1人を撃ち抜いたキョウスケが、彼等の言葉を聞き目を見開いた。

(キラがコーディネーターだと知れ渡っている筈は無い・・・なら、狙いは・・・)

そこまで考えると、キョウスケの目は自分達と同席していた―――今はキラ達を守りながら応戦している男に向いた。



テーブルの陰から、同席の男が身を乗り出して撃つと、襲撃者達の銃口は一斉に彼に向いた。

その時、テーブルに隠れていた客の1人が―――否、1人だけではなく、
店のあちこちから銃を構えた者達が立ち上がり、襲撃者を撃ち殺していく。

「何? 仲間割れ!?」

「違う、俺の部下だ―――構わん、すべて排除しろ!」

驚くエクセレンに返すと、彼等に向けて、同席の男が命令する。

先程までの軽薄さが嘘の様な、命令する事に慣れた鋭い声だ。

(―――何者なんだ、この人・・・?)

銃声が入り乱れる中、カガリを体の陰に庇いながら、キラは男を見上げた。

襲撃者か、彼の『部下』の誰かが撃たれ、倒れた弾みでキラの足元に拳銃が転がってくる。

装備、人数の差をものともせず―――恐らく、ドモンとアレンビーが殆どを引き受けたからであろうが―――同席の男とその仲間達
そして、キョウスケ達はテロリスト達を着実に倒していった。

テーブルに身を隠し、弾装を入れ替えていた男は立ち上がり、逃げようとする襲撃者に銃を向けた。

様子を窺っていたキラは、視界の端でキラリと光るものに気付いてハッとする。

壁に身を潜める様にしていた1人のテロリストが、立ち上がった男に銃を向けたのだ。

思わず、キラはテーブルの陰から飛び出し、さっき飛んで来た銃を拾って―――投げた。

銃は一直線に狙撃者に向かって飛び、当たった衝撃で暴発する。

突然飛んできた銃と暴発に驚き、相手が怯んだ所をキラは殆ど助走もなく飛び上がり、顎を狙って蹴りを放った。

キラの足が顎に直撃し、『ゴキャッ!』と鈍い音が響き―――男は倒れ伏した。

仲間が子供に倒されたのを目にして、襲撃者の1人がキラに銃口を向ける。

その時、男の手の甲に凄まじい速度で弾き飛ばされた石が突き刺さった。

ドモンが男の狙いに気付き、指弾を放ったのだ。

「なっ―――」

突然の鋭い痛みに男は銃を取り落とす。

次の瞬間―――目にも止まらぬスピードで接近したドモンの掌蹄が鳩尾に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされ―――壁に激突し、意識を失った。



銃撃戦が―――戦闘が終った店内は、薄っすらと硝煙が漂い、滅茶苦茶に破壊され、死人や怪我人がいたる所に横たわっている。

その光景を目の当たりにし、キラは一瞬暗い顔になった。

「おい! お前、銃の使い方も知らないのか!? この馬鹿!!」

テーブルから飛び出したカガリが、キラに真っ直ぐ駆け寄り大声で怒鳴った。

しかし、その顔はキラの無事を見て安堵に包まれている。

これが、彼女なりの気の使い方なのだと、キラは気付き、笑い出しそうになった。

―――頭から、ケバブのソースや飲み物を被ったカガリは、かなり悲惨な状態になっているからだ。

「なに笑ってるんだ!!」

「いや、だって・・・」

「2人とも、無事か?」

笑いを堪えているキラにキョウスケが声をかける。

「あ、はい。キョウスケさん達の方は?」

キラの問いかけに、キョウスケは黙って肯定の頷きをする。

「―――そっちも無事な様だな」

ドモンとアレンビーがキョウスケ達に歩み寄り、声をかける。

「ああ。お前達がいてくれて、助かった。俺達だけでは、危なかったかもしれん」

キョウスケがドモン達に礼を言うと、カトルがドモンが負っているかすり傷に気付く。

「大丈夫ですか? あちこちに、小さな怪我をしている様ですが・・・?」

「あら? ホント・・・連中にガンダムファイターでもいたの?」

カトルとエクセレンの問いかけに、ドモンは首を振り、

「いや・・・恐らくファイターではない・・・が、腕が立つのが1人いた。倒す事が出来なかったが・・・」



ドモンは銃弾を掻い潜り、テロリストに肉迫すると銃を叩き落し、一撃で相手の意識を刈取る。

そして、別のテロリストが狙いを付け、トリガーを引く時には既にその場に居らず、次の標的に襲い掛かり、次々とその数を減らしていく。

「さて・・・ここは貴様で最後だ」

ドモンは残った1人に向かって、鋭い気を放ちながら言い放つ。

「そ、そんな・・・これだけ、数を揃えたのに・・・たった1分で・・・!?」

男の目には、ドモンの後ろで倒れ伏す15人の仲間が映っていた。

「流派東方不敗・・・キング・オブ・ハートを甘く見ないで貰おう。貴様等がこの3倍連れて来ても、3分あれば、全て蹴散らせる!!」

ドモンの言葉に、男の顔色が更に青くなった。

「キ、キング・オブ・ハートだと!? こんな奴がいるなんて・・・話が違う!!

「話が違う・・・? どういう意味だ?」

ドモンが男の言葉を聞き返した瞬間、銃声が響き―――男は頭の中心から血を流し、即死した。

「―――口は災いの元ってな。口の軽い奴は、敵だろうと味方だろうと、あっさり死ぬもんだ・・・敵、味方、どっちかに撃たれてな。
・・・お前もそう思うよな? カシム!!

銃を構えた男―――ガウルンは口元に笑みを浮かべて言うが、ドモンの姿を見て、珍しく―――自分でも驚くほど珍しく―――驚いた顔になる。

「カシム・・・? 誰だ、それは?」

「カシム、じゃねえ・・・? 声がそっくりだったから、間違えちまったか・・・しかし、本当に似てるな」

ドモンの問いかけに応えようとせず、ガウルンは後頭部をかく。

「・・・その男の口を封じたと言う事は、貴様が知っていると言う事だな? 話せ」

「はっ! 話すと思ってんのか? 今言っただろうが、口の軽い奴はあっさりと・・・って、な!!」

ガウルンは吐き捨て、ドモンに肉迫する。

「ちっ!」

不意を突かれたドモンは左の拳を放つが、ガウルンは肘で軌道を逸らて回避し、掌蹄で顎を狙う。

半身退いて掌蹄を回避するが、そこを狙い左の蹴りがドモンのわき腹に迫る。

「甘い!!」

ドモンは吼え、戻した左腕で蹴りを叩き落すと前に踏み込み、右の拳をガウルンの胸に叩き込んだ。

「―――っと、やるな?」

後ろに吹き飛ばされながらも、ガウルンは口元を吊り上げて笑い、さしたるダメージを受けてはいない。

「―――咄嗟に、自分から後ろに跳んだか・・・貴様もそれなりに出来る様だな?」

ドモンは不敵に笑い返し、本格的に構える。

ガウルンも片手をポケットに入れてはいるが、警戒を強める。

「この距離じゃ、銃は使えないか・・・」

今の踏み込みのドモンの速さで、ガウルンは銃は通用しない―――当たらないと判断し、呟いた。

「そういう事だ。貴様もそれ程の力を持っているのなら、拳で語ってみろ!!」

「そうだな―――」

ドモンの言葉に返した瞬間―――片手をポケットから出し、一緒に取り出した2つの手榴弾を放り投げた。

「―――なっ!?」

一瞬、ドモンの注意が放物線を描く手榴弾に移る。

その機を逃さず、ガウルンはドモンに肉迫し、右の肘を右頬に叩き込み―――わずかに体勢が崩れた隙に、襟元を掴み
―――そのまま、背負い投げをした。

「くっ―――!」

地面に叩きつけられる前に、ガウルンの手を無理矢理こじ開け、脱出すると身体を捻って着地する。

しかし、ガウルンは追撃をかけようとはせず、ドモンに背を向けて走り出した。

「この、待て!!」

ドモンはガウルンを追おうとしたが、先程放り投げた手榴弾が地面に落ち―――その瞬間、爆発した。

小さな破片が、爆風が襲い掛かり、ドモンは足を止め両腕でガードする。

距離が開いていた事もあり、怪我と呼べるべきものは負わずに済んだが、ガウルンは既に姿を消しており、
ドモンが叩きのめし、気絶させただけの襲撃者達は、今の爆発で全て死んでいた。

「あの男・・・始めから、口封じが狙いか・・・!!」

ドモンは忌々しげに呟き、拳を地面に叩きつけた。



「あんな手に掛かるとは・・・俺もまだ修行が足りんか・・・!」

ドモンは悔しげに拳で掌を叩く。

「あ〜っと、君たち大丈夫かい?」

例の同席の男が、キョウスケ達に声をかける。

「あ、はい。ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはボクの方さ。君には、直接命を救われたんだからね」

キラに笑いながら返すが、キョウスケはその笑みに奇妙さを覚えた。

礼を言う際に浮かべる笑みではなく―――まるで、探していたものを見つけた時に浮かべる笑みに似ていたからだ。

その彼に、店内にいた仲間らしき―――本人は部下と言っていたが―――者が駆け寄る。

「隊長! ご無事で!?」

―――隊長!?

その単語を、キョウスケ達全員が聞きとがめる。

「ああ、私は平気だよ。彼と、彼等のおかげでな」

キラ達に顎をしゃくりながら応え、顔を隠していたサングラスを取る。

傍らで、カガリが息を呑む音をキラは聞いた。

「―――アンドリュー・バルトフェルド・・・!」

小声で呟かれた言葉に、キラは硬直する。

(・・・なるほどな。この街で、ブルーコスモスの標的になる人物は、コイツしかいないか・・・)

キョウスケは納得しながらも、バルトフェルドを鋭い目で見据えた。




「なんだと!? キョウスケ達が戻らない!?」

デュオからの通信を受けたアムロが、ブリッジで声を上げる。

ちょうど、そこにマリューがブリッジに入って来て、アムロに事情を尋ねる。

「アムロ少佐、何か・・・?」

「キョウスケ達が時間になっても戻らないらしい―――デュオ、街で何か騒ぎが起こったりはしたのか!?」

マリューに返しながら、アムロは詳しい情報を確認する。

『ちょっと待ってくれ―――』

『キサカだ。今、住民に話を聞いたのだが・・・市街でかなりの規模のブルーコスモスによる、テロがあったそうだ』

デュオに代わって、キサカが報告するとブリッジの全員が青ざめた。

「まさか、キラの事が・・・!?」

青ざめながらサイが思った事を口にするが、アムロは首を振り、

「・・・キラの事を知っている人間が、あの街にいる可能性は低い―――それは無いと思うが・・・」

『電波状況が悪くて、彼等と連絡が取れん。何か探そうにも、人手が足りん』

キサカの無感動な顔にも、わずかな不安が窺えた。

「バジルール中尉を呼び出して!」

『そっちで呼び出せたら、何人か街に戻るように言ってくれ―――俺達も、もう少し街を探してみる』

マリューとデュオのやり取りを聞きながら、フラガが難しい顔で呟く。

「ドモンとアレンビーの嬢ちゃんとずっと一緒に動いているんなら、ここまで心配しないんだが・・・別行動を取っていた可能性も考えるとな・・・」

キラ達の安否を気遣う、クルー達の不安が波紋の様に広がる中、1人サイだけが別の感情を胸に秘めていた。

キラが戻らない―――その事をサイの心は何処かで望んでいた。

(キラはドモンさん達と別行動を取っていて、テロに巻き込まれた―――そうならいいのに)

そう思った瞬間、サイは正気にハッと自分が思った事を気付き、頭を振る。

―――例え、キラがいなくなってもフレイが自分の所に戻ってくる事は無い―――元々、彼女は自分の事が好きだった訳ではないのだから。

(でも・・・キラが戻ってこなかったら・・・泣くよな、やっぱり・・・)

ふと、フレイの―――彼女の父親が死んだ時と同じ―――泣き顔が頭をよぎる。

もう自分とは関係ないが、元婚約者の―――仲間の、友人の泣き顔はもう見たくない。

サイはそう思い立つと、ざわめくブリッジから気付かれない様に抜け出し、そのまま格納庫へと向かった。



ストライクの周りには、人影はなかった―――殆どの整備班がロンド・ベル隊の機体のオーバーホールに割かれている。

サイはしばし、ストライクを見上げると―――コックピットへと足を踏み入れた。

あの時のフレイの泣き顔を思い出した時、サイはあの時と同様、『戦う力が欲しい』と思った。

戦える力があれば、キラの援護も出来るし・・・フレイを泣かせないで済む。

自分にもMSを動かせるだけの力があると、キラ達の窮地を救えるだけの力があると、ロンド・ベル隊に認めてもらい、
MSかPT―――幸い、1機余っているゲシュペンスト―――を与えてもらい、戦う力をつけようと画策しての事だった。

(キラがOSを組み立てたといっても、MSだ・・・基本は―――雑誌で読んだ―――ジムやザクと同じ筈―――大丈夫、やれる)

サイは身の内に湧き上がる高揚と不安に震えながら、スロットルとレバーに両手を添えた。



「タスク―――! あれ? オイ、タスクの奴見なかったか?」

マードックが格納庫の端で、素振りをしていた―――出かける際、ドモンに槍の素振り3千回を言い渡された―――ブリットに聞く。

「え? タスクですか―――ラーダさんに、言われて、グルンガスト改の、T-LINK、システムの、データを撮って、ますけど?」

素振りをする事を止めずに、グルンガスト改を見上げて応える。

「ああ、そうか・・・しかし、素振りは良いが、型が崩れたら意味無いだろう? 型が合ってるかって、自分で解るのか?」

「型が、崩れたら、ゴットガンダムの、調整を、している、レインさん、が教えて、くれ、ますから」

ブリットに言われ、ゴットガンダムを見上げると、確かにレインがちょくちょく彼の様子を窺っていた。

「―――マードックさん、何時の間にキラ帰ってきたんだ?」

ストライクの目に灯が入っているのを見たキャオが、マードックに問いかける。

「いや・・・ブリッジからは、キョウスケ達と一緒に行方不明って話が来ているぞ?」

近くに居たアストナージがキャオに返すと、同時に―――ストライクが動き始めた。

「行方不明!? じゃあ、アレって誰が動かしてるんだ!?」

ストライクはメンテナンスベットから離れ、よろけながら脚を踏み出した。

「動きからして、キラとは違う―――!? 誰だ、一体!?」

アストナージが怒りの声を上げ、近くの端末から直接パイロットに呼びかけるが、応答が無い。

騒ぎを聞きつけて、カーゴルームから逃げ出したフレイや、外にいたトールとミリアリア、ダバ達も驚いて飛び込んで来た。

「一体、何の騒ぎだい!?」

「私達も今来た所ですから―――」

レッシィの問いかけに、ミリアリアが首を振りながら応える。

「誰が一体―――?」

トールの問いかけに、ラトゥーニが答える。

「そういえば―――さっき、ストライクの周りにサイって人が居た様な・・・」

『サイが!?』

トール達は友人の名前を聞き、目を見開いた。

ストライクはギクシャクと動き、前に踏み出そうとして、完全にバランスを崩した。

「! 危ない!! 倒れる!?」

「全員ストライクから離れて!!」

ラーダ、ラトゥーニが声を上げ、全員に呼びかけた。

しかし、ストライクは懸命にバランスを取ろうと体を捻って踏みとどまろうとし―――どうにか機体がピタッと制止させた。

「・・・踏みとどまったか?」

カチーナがストライクを見上げ、呟く。

「―――よし、今の内に・・・」

アストナージが指示を出そうとした瞬間、ストライクがゆっくりと、グラリと傾き始めた。

再びストライクがバランスを取ろうとしたが―――今度は制止する事無く、つんのめる様に前に倒れ込んでいく。

「今度こそ倒れる!!」

リリスが悲鳴を上げ、全員が来るであろう大音響と振動に備え目を閉じ、身を竦ませるが―――それは何時まで経っても来なかった。

「一体何が―――」

不思議に思い、マードックが目を開けると―――倒れそうになったストライクを、グルンガスト改が受け止めていた。

「グルンガスト改―――!? そうか、ブリットが・・・」

「いや・・・俺は此処に居るんですが?」

アストナージの言葉に返す様に、ブリットが隣りで手を上げて応える。

「じゃあ、誰が・・・まさか!?」

マードックはハッと思い当たり、グルンガスト改のコックピットを見上げた。

今、グルンガスト改のコックピットに居る人物が思い当たったからだ―――それは、T-LINKのデータを撮っていたタスク。

「―――まさに、危機一髪ってやつか?」

マードックの考えを肯定するかの様に、タスクがコックピットから顔を出した。

「タスク! お前がグルンガスト改を動かしたのか!?」

「え? ああ、なんかストライクが倒れそうだったから、つい手を出しちまった―――ひょっとして、何か問題でもあるんすか?」

アストナージの問いかけに、やや恐る恐るタスクが応える―――無断でロンド・ベル隊の機体を動かしたから、問題が出たと思ったのだろう。

「いや・・・別に無いが・・・」

「しっかし、良く操縦が判ったな? グルンガストシリーズって、ゲシュペンストと基本が違うってのに」

「う〜ん・・・なんて言うのかな? 手を出さなくちゃって思った瞬間、操縦の仕方が頭に入って来たんすよ」

カチーナの疑問に、自分でも良く判らないという表情で返す。

そのやり取りを、ブリットは驚愕を覚えながら聞いていた。

(直接頭に入って来ただって・・・!? それじゃ、クスハの時と同じ―――いや、それ以前に、グルンガスト改は全部の動作にT-LINKシステムを
通さなくちゃ動かない筈だ―――しかも、一定のレベルのサイコドライバーでないと反応もしない・・・まさか、タスクも・・・!?)

一方、ラーダも同じ様に驚愕を覚えていた。

(まさか、新たなサイコドライバーが見つかるなんて・・・今回、ゲシュペンストTTの搬入を決めたのはリン社長だから、バルマー戦役時の様な
仕組まれた事ではない筈だけど、これは偶然なの・・・?)



コクピットの中では、サイが呆然とコンソロールを見つめていた。

モニターにはグルンガスト改の胸部が映し出されている。

彼の動かすストライクはハッチまで辿り着く事も叶わなかったのだ。

(―――基本は同じ筈だ?―――何処がだ、基本OSから何から何までジムやザクのと大違い―――とんでもなく複雑な代物じゃないか!!)

動かす前の自分の甘すぎる認識に、サイは己を怒鳴りつけた。

(ヘリオポリスで、ウラキ少尉が『ナチュラルでは扱えない』って言っていたのは、こういう事だったのか・・・
―――俺とキラとの差は、こんなにも開いているのか!!)

サイの胸をジワジワと失望―――己に対する―――が侵食していく。

更に惨めなのは、タスクがあっさりとグルンガスト改を動かし、自分が引き起こした大惨事を防いだ事だ。

成績がほぼ同じで、同じナチュラルのタスクと同じ事が出来ない―――サイの口から微かな嗚咽が漏れる。

醜い自分、キラを憎んで、妬んで―――ほんの一瞬でも、二度と戻らない事を願ってしまい、同じナチュラルであるのに、自分に出来ない事を
あっさりやってのけてしまった、タスクをも妬んだ自分―――汚れ切った自分。

「う・・・ううっ・・・く・・・くそぉ・・・っ・・・!

サイは密やかに泣いた―――此処に居ない、キラの存在を感じられる様な、狭い空間に閉じ込められたまま―――
外から自分を無事を問うタスクの声を聞きながら―――




キョウスケ達は、バルトフェルドに押し切られる形で、彼等が宿舎にしているホテルに招待された。

ホテルを目にした時から、キラとカガリは緊張しっぱなしだったが、キョウスケ達は何時もと変わらず平静だった。

(・・・さて、敵の懐に飛び込んだが・・・この賭け、吉と出るか・・・?)

キョウスケは胸中で呟きながら、バルトフェルドの動きに注意を向ける。

ホテルの通路を先に行く、バルトフェルドの姿に気付くと、兵士達が敬礼する。

―――誰も、彼の服装を不自然だとは思っていないらしい。

途中で一つの扉が開き、赤毛の兵士が1人飛び出してきた。

「隊長! ブルーコスモスに狙われたんですって!?」

「そこまで知っているんなら、わざわざボクに確かめる必要もないでしょ?」

「1人、2人だったらこうは言いませんよ! 今回30人以上も居たそうじゃないですか!?
これだから、ひょこひょこ街に出るのは止めてくださいと―――先日だって、ロンド・ベル隊相手に自ら打って出るなんて・・・!」

(・・・あの時は、この人が直接戦っていたのか・・・!?)

前回の戦いを思い出し、キラは肌がざわめく様な感じを覚えた。

「ダコスタ君、客人の前だよ」

「あ・・・これは失礼しました」

ダコスタは小言を中断し、キラ達に目礼した。

ふと、カトルとドモン、アレンビーに気付いてダコスタは眉を顰める。

「あれ・・・? あなた達・・・どこかで・・・?」

『!』

素性がばれると思い、キョウスケ達に緊張が走る。

しかし、ダコスタの注意を引くように、バルトフェルドが彼に話しかけた。

「ダコスタ、ガウルンは今何処にいる?」

その問いかけに、ダコスタはキョウスケ達を見据えるのを止め、

「あ、はい。それが・・・隊長が出かけたすぐ後に、ここから外出したそうですが・・・足取りが掴めていません」

「尾行は? 3、4人は尾けているんだろう?」

バルトフェルドの言葉に、ダコスタは少し苦い顔になり、

「4名に尾行させていましたが・・・3人が撒かれ、1人と連絡が着きません・・・」

「そうか・・・ガウルンの発見と連絡が着かない者の捜索を頼む。ジブラルタルからの答え次第で、如何転ぶか判らん。慎重にな」

「はっ、了解しました」

ダコスタは敬礼して返すと、外へと向かう―――手の空いている者を引き連れて、街の中を探す気なのだろう。

「気にしないでくれたまえ」

再び歩き始め、バルトフェルドは相変わらず気さくな調子で言う。

「ボクなんかには勿体無い、良い副官なんだが・・・どうも、人生の楽しみ方を知らなくてね」

「あなたが楽しみすぎなだけなんじゃ・・・?」

「エクセレン・・・お前も似た様なものだ」

エクセレンの突っ込みに、キョウスケが即座に返す。

「手厳しいね。彼」

キョウスケの言葉に苦笑いを浮かべるバルトフェルド。

「あの・・・何時も、街に出る時はああなんですか?」

バルトフェルドを交え和やかに会話をするエクセレン達に驚きながら、キラは恐る恐る訊ねる。

バルトフェルドは『ん?』と眉を上げた後、笑った。

「ああ、黒子くん達? 鬱陶しいから、止せって言ってるんだが・・・止めないんだよね」

当然だろう、とキラは―――否、バルトフェルド以外の全員が思った。

今日の様な事があった時、黒子くん―――護衛がいなくては話にならない。

毎回ああやって、民間人に成り済まして護衛しなくてはならないとしたら、並大抵の苦労では済まないだろう。

「お帰りなさい、アンディ」

不意に、柔らかな声が聞こえ、キラは驚いて顔を上げた。

行く手に現れたのは、艶やかな黒髪を肩に流した美しい女性だった。

「ああ。ただいま、アイシャ」

バルトフェルドが彼女の腰に手を回し、キスするのを見守ると、

「あら〜お熱い事・・・ねえ、キョウスケ私達も・・・」

「口付けなら幾らでもしてやる―――心肺停止状態になればな」

「いや、それって違うし―――って、どうしたの?」

こういう光景に免疫がなかったのか、キョウスケとエクセレン以外の全員が顔を赤くしていた。

アイシャはバルトフェルドから離れると、こちらに向き直りニッコリと微笑む。

「この子ですの? アンディ」

「ああ、如何にかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、おまけにお茶までかぶっちゃったんだ」

「あらあら、ケバブね?―――さ、いらっしゃい。貴女達も」

アイシャが優しくカガリの手を引きながら、エクセレンとアレンビーにも声をかける。

「私たちも?」

アレンビーが聞き返すと、アイシャは頷き、

「そう。この子の服、洗わなくちゃいけないから、代わりの服を一緒に選ばない?」

「わお! 良いわね〜。ささっ、行きましょう」

「ま、待て! 私は着せ替え人形じゃ・・・!」

エクセレンが賛成すると、3人はカガリを楽しそう―――本人の文句を聞かずに―――に連れ去る。

「おーい、キミ達はこっちだ」

一室に入りかけたバルトフェルドが、呆然と通路に残されたキョウスケ達を呼ぶ。

キラが心配そうにカガリが連れて行かれた方を見ていると、ドモンが声をかけた。

「大丈夫、アレンビーが一緒なんだ。そうそう、危険な目に遭いはしない」

ドモンの言葉に、キラは頷くと、意を決して部屋に入った。



「ボクは、コーヒーにちょっと凝っていてね―――まあ、適当に掛けてくれ。自分の家だと思って寛いでくれよ」

バルトフェルドは言いながら、サイフォンをいじっている。

キョウスケ達はソファに座り、部屋の中をざっと見渡す。

置いてある家具が殆どアンティークである事にカトルは気付いたが、それ以上に彼が目を引いた物があった。

壁にかけられている何枚かの写真―――その内の一枚にカトルは驚き、声をあげていた。

「南アタリア島・・・!?」

ただ島の写真ならばカトルは驚きはしなかった。本当に驚いた理由は別にある。

バルマー戦役の発端ともいえる船―――当時の呼び方だと、『ASS-1』が写っていたからだ。

「その通り、南アタリア島だ。写っている船―――常識外れな大きさだが―――は、『ASS−1』と呼ばれていた、
地球にEOTを運んで来たと言われている物さ―――実際、見た事は?」

バルトフェルドがカトル達の目の前にカップを置き、コーヒーを注ぎながら問いかける。

ドモン、キラ、キョウスケは本当に見た事が無いので首を振る。

カトルは見るだけではなく、実際にこの船に乗って、バルマー戦役を戦い抜いたのだが―――キョウスケ達と同じく首を振った。

この船を見た事のある者は、あの島―――当時、重要機密扱いされていた―――に行った事のある人間は、ロンド・ベル隊、SDF、
テストケースとして、あの船で生活をしていた人間、そしてDC本部に所属していた者だけだからだ。

―――普通の一般人が、行った事がある筈がない。

「今では、どこぞの街のシンボルに―――いや、イージス計画の発動前に、原因不明の爆発に巻き込まれて、
ボロボロになったそうだけど・・・あ、で、どうだい、コーヒーの味は?」

キョウスケ達は既に口をつけているのを見て、キラも口をつける。

「ほう・・・良いブレンドをしてるな―――少々、主調が強いが・・・嫌いな味と香りではない」

「そう! 少しモカの比率を下げてみたんだ。 もう一つの方が中々の曲者でね。比率をちょっと増やすだけで、とんでもない事になる」

キョウスケの感想に嬉々としてバルトフェルドが話す。

ドモンやカトルも『悪くない』という表情で飲んでいるが、キラにはただ苦いとしか思えなかった。

そんなキラを見て、バルトフェルドは気を悪くした風もなく、

「ふむ、キミにはまだ解らんかな? 大人の味は」

悦に入って言い、自分は美味そうに真っ黒な液体をすすりながら、ドカッと―――キラ達と向かい合う位置に―――座る。

「しかし・・・なんでこの写真を?」

カトルの問いかけに、バルトフェルドは写真に視線を向けながら、

「ここ数年の戦争の元でもあり―――楽しくとも、厄介な存在だからさ」

「厄介・・・ですか?」

聞き返すカトルに頷き、続ける。

「そりゃあ、そうでしょ? これが地球に来たから、人類は2つの思いを抱いてしまった―――『絶望』と『希望』をね」

相手の言葉の意味を理解できず、キラは首を傾げる。

「外宇宙に、地球よりも優れた文明を持った星が存在し、戦争を繰り広げている・・・かつて、ビアン博士が掲げた『人類に逃げ場なし』
って知っているだろう? まともに戦ったら勝てない、そして逃げ場もない絶望。
そして、この技術を使えば、自分達は―――『人はまだ・・・もっと先まで行ける』という希望さ」

言いながら、バルトフェルドはキョウスケ達を真正面から見据える。

「ここ数年、繰り返されている戦争の、一番根っこにあるものさ」

一瞬、お気楽だった男の目に物騒な何かが光る。

「人類に逃げ場がなく、外宇宙にも敵が存在する以上、力が必要とし、ティターンズが生まれた。
人はまだ先に行けるとし、全人類を地球から巣立ちさせようとし、シャア・アズナブルは反乱を起こした―――そう、言いたいのか?」

ドモンの問いかけに、バルトフェルドは満足そうに頷く。

(そして・・・その巣立ちを止める為に、ガン・エデンが発動した・・・確かに、そうも考えられる)

カトルが胸中で継ぎ足しをする。

「人の進化に対する―――自分達の可能性による探究心と、未知のへの恐れが、ここ最近の戦争を引き起こす原因じゃないか
・・・って、ボクは思うんだがね?」

「・・・そんな風に考えた事はありませんでした」

「ああ・・・新しい着眼点だな」

キラが呟くように言い、キョウスケもそれに感心した様に頷く。

「でも・・・もう一つの希望でもあるんじゃないですか? 人類にとっての」

「もう一つの希望?」

バルトフェルドが興味深そうに、眉を跳ね上げキラを見る。

「だって・・・この広い宇宙でに存在する生命、文明が僕ら人類だけだったら、それはとても寂しい事だと思います」

「そうですね。外宇宙にも人類以外の生命がいると解ったからこそ、パーム星の人達や他の星の人達とも知り合い、解り合えたんですし」

キラは自分が言った意見に、恥ずかしくなるが、カトルが同意してくれて―――自分と同じ考えを持っている人がいる事に安心する。

だが、バルトフェルドはキラを見据えて優しい声音で問いかけた。

「・・・キミは、寂しいのかね?」

キラはドキッとし、目を上げる。彼は温かい、だが、何となく、悲しげな目でキラを見ていた。

「キラ・・・君?」

心配そうに、カトルが呼びかける。

そうかも知れない―――とキラは思った。ロンド・ベル隊は自分がコーディネーターであっても、何ら変わりなく接してくれる。

だが、全てのナチュラルが彼等の様に接してくれる訳ではない。

かつて、ロンデニオンであった軍人―――名前を忘れた―――が言っていた様に、自分の事を『裏切り者のコーディネーター』と
呼ぶ者が大勢いるだろう。

ナチュラル側に居ても、決して彼等と同じ側に立つ事が出来ず、決して混じる事の出来ない異質な者―――それが、自分だ。

対岸の明かりが近くにあるだけに、極稀に寂しいと思うときがある。

キラが返す言葉を捜している時、控えめなノックの音が響いた。

ドアが開き、アイシャとエクセレン、アレンビーそして、彼女達の背後に隠れる様にしてカガリが入って来た。

「なあに? 恥ずかしがる事ないじゃない?」

「そうそう。似合っているんだからさ」

「じゃ〜ん! お披露目で〜す」

3人は笑って、カガリを前に押し出すと―――キラはポカンと口を開けた。

「ほ、ほーう」

バルトフェルドが立ち上がって、ジロジロと検分する。

カガリは髪を結い、薄く化粧を施された上に、裾の長いドレスに身を包んでいた。

「どう? 私達3人のコーディネートの結晶は?」

アレンビーの言葉に、ドモンが呟く。

「―――動き難そうだな、そんなに裾が長いと」

「・・・アレンビーちゃん、苦労するわね?」

「うん・・・」

ドモンの言葉に、エクセレンが同情しアレンビーを慰める。

「ほら、キミはどう思う?」

アイシャが未だにポカンとしているキラに感想を求める。

「・・・おんな・・・の子・・・?」

キラが思わず呟いた言葉に、カガリがカッとなって喚いた。

「てっめえ!」

「あ、いやっ! 『だったんだよね』って言おうとしただけで・・・」

「同じだろうが、それじゃ!!」

「あらら・・・どこぞの朴念仁でも、そんな事は言わないわよ〜?」

2人のやり取りを、エクセレンがキョウスケを見ながら言う。

「・・・誰の事だ?」

本当に心当たりがないのか、キョウスケが聞き返す。

「・・・キミ達を見ていると飽きないね〜」

バルトフェルドはキョウスケ達のやり取りを見ながら笑い、カガリ達もソファに座らせ、コーヒーを勧める。

「なんで、私がこんな鬱陶しい服を着なくちゃならないんだ!」

依然、憤慨しているカガリに、アレンビーが応える。

「しょうがないじゃない。あの服洗濯中なんだし」

「人を散々着せ替え人形にして・・・! どうして他の服を選ばなかったんだ!?」

「いや〜最初、冗談のつもりでドレス着せたんだけど・・・思いのほか似合っていたから、その方向で行こうって、ねえ?」

エクセレンの言葉にアイシャも頷き、

「ええ。いいじゃない? 女の子なんだから、たまにおしゃれしないと。ほら、彼も喜んでるでしょ?」

「えっ・・・?」

急にお鉢が回ってきて、キラはビクッとする。

にこやかなアイシャとケンカ腰のカガリ―――同じくにこやかではあるが、何故か目に脅迫する様な光を宿しているエクセレンとアレンビー
―――に見つめられ、キラは慌てて首を上下に振る。

「う・・・うん・・・良いと思うよ」

その言葉に、カガリはぶすっとしながらも、顔を赤らめる。

アイシャはその答えに満足そうに微笑を浮かべると、部屋から出て行った。

「さっきまでの服も似合っているけど、ドレスもいいね。そっちの姿も、板に着いている感じだ」

(まさか・・・知っている!?)

バルトフェルドの言葉に、カトルは一瞬ドキリとするが、誰もカトルの動揺に気付いた風もない。

その本人であるカガリも、気にした風もなく・・・更に不機嫌になってバルトフェルドに噛み付く。

「勝手に言ってろ」

「うん、喋らなきゃ完璧」

「余計なお世話だ!!」

漫才の様な会話を聞きながら、キョウスケは疑問に思っている事を口にする。

「念の為に聞くが・・・お前は本当に砂漠の虎か?」

キョウスケの鋭い目に睨まれても、バルトフェルドは動じる事もなく首を傾げる。

「そんなに信じられない?」

「信じろって言うのが無理だろ。一部隊を預かる隊長が、変装して街に出かけたり―――人にこんな扮装をさせてみたりするなんてな」

カガリがコーヒーを傾けながら睨む。

「その服を選んだのは、アイシャと彼女達だろ?」

「ふざけるな!!」

笑いながら返された答えに、カガリが爆発した。

テーブルを叩きつけ、立ち上がろうとしたカガリの肩をキラが押さえつける。

「カガリ―――!」

カガリの肩が震えている事に気付き、キラは思い出す。

彼女達はずっとこの相手と―――砂漠の虎と戦ってきたのだ。

そんな相手が端向かいに座り、自分をからかう様に笑いながらコーヒーを傾けている―――落ち着けと言う方が無理だろう。

バルトフェルドは、先程までの人の良さが嘘に思えるほど、冷たい目でカガリを見る。

「だったら、少し真面目に話そうか―――キミも『死んだ方がマシ』なクチか?」

その視線、言葉に縫い付けられた様にカガリは立ち竦んだ。

相手は冗談みたいな服装をし、ソファにダラリと座っているままだというのに、その体から立ち上る雰囲気は肉食獣の酷薄さを漂わせ、
カガリだけではなく、キョウスケ達をも威圧する。

(―――なるほど、今までは牙を見せていなかっただけか・・・)

(中々の気の持ち主だ・・・)

キラは完全に気にのまれ立ち竦むが、キョウスケ、ドモン達は少し驚く程度の反応以上は示さない。

そんな彼等に気付き、バルトフェルドはキョウスケ達に話を振る。

「キミ達はどう思っている? どうしたら、地球圏での戦争は終ると思う? 地球圏最強の部隊である、ロンド・ベル隊、そして
―――歴史を裏から守ってきた、シャッフル同盟の一員としては

前半はキョウスケ達に、後半はドモンを見据えて話す。

「お前・・・どうしてそれを!」

キラが、キョウスケ達が息をつめようとした時、既にカガリが叫んでいた。途端に、バルトフェルドが噴き出した。

「オイオイ・・・あんまり真っ直ぐ過ぎるのも問題だぞ!」

「―――ブラフだった・・・と言う訳ではないな? あのカフェからのお前の様子からすると、あの銃撃戦の後には確信を持っていた筈だ・・・」

キョウスケの指摘に、バルトフェルドは頷き、

「まあね。そこの、カトル君―――ウィナー家の若き頭首がロンド・ベル隊に参加していると言うのは、耳に挟んだ事があるんでね。
そっちの彼が、ガンダムファイター、シャッフル同盟だって事は元から知っていたしね」

その言葉に、アレンビーが眉を顰める。

「知っていた・・・? ガンダムファイトをプラントは放送していないのに?」

「へぇ・・・良く知ってるじゃないの? 放送していない、と言うより、放送出来ないのさ。
プラントの国民に流されるのは、正確な情報じゃない。『ザラ委員長が正確に選んだ情報』さ」

親友の父親の名前が出て、キラは顔を俯かせる。

「自分達、コーディネーターこそ『進化した、より優れた新人類』と謳っているのに、その『新人類』以上の身体能力・・・人間とは思えない
―――MSを素手で殴り飛ばして撃破出来る、ナチュラルの集団の事なんて公表出来ないって。
キミ達、ガンダムファイターって、この情報を知っている本国の連中は突然変異種・・・ミュータントとして
研究対象にする事を本気で検討してるそうだよ」

「あの・・・素手でMSを破壊出来るって表現がオーバーじゃ・・・? 確かに、ドモンさん達は強いですけど・・・」

バルトフェルドの言葉が信じられず、キラは思わず聞き返した。

「気持ちは解るが、事実さ。ボクも最初、その映像を見た時何かの冗談・・・どこぞの漫画や映画の出来事かと思ったからな」

「修行を積み、実力のあるガンダムファイターなら、出来る事だ。俺は勿論、他のシャッフル同盟の連中・・・
アレンビーもやろうと思えば出来る」

バルトフェルド、ドモンの言葉にキラは呆然とする。

(MSを素手で破壊出来るなんて・・・この人達、本当にナチュラルなのか?)

キラの胸中を他所に、エクセレンが気になった事を聞く。

「ジャーナリズムは動かないの? 政府が―――、一部の政府高官が情報操作してるって事、誰も気付かない訳無いと思うんだけど?」

「さあ? 今の所、そういう記事をプラントで目にした事はない。ザラ委員長が、そういうジャーナリスト達を秘密裏に如何こうしているか・・・
あるいは、何処かの暗殺者集団辺りが始末しているか・・・さて」

バルトフェルドはエクセレンに返しながら立ち上がる。

「―――戦争には制限時間も得点もない―――スポーツやゲームみたいにはね・・・そうだろ? なら・・・どうやって勝ち負けを決める?
何処で終わりにすれば良い?」

カガリを引き寄せ、男の隙を窺っていたキラは同時に男の問いかけに対する答えを探す。

―――どこで終わりになるんだろう? これまで、敵と戦うだけで精一杯でそんな事を考える余裕がなかった。

「敵である者を、全て滅ぼして・・・かね?」

バルトフェルドは一瞬身を屈め―――次にこちらを向いた時、その手には銃を握っていた―――が、

「―――例え、撃つ気が無くとも銃を相手に向けるべきではない。それは、脅しの為の道具ではない・・・!」

何時の間にか、バルトフェルドの背後に回っていたドモンが腕を掴み、制止させる。

「・・・やれやれ、キミにも注意を払っていたんだが・・・全然気付かなかったな」

バルトフェルドは『降参だ』と言うように肩を竦め、銃を手放す。

ドモンの言葉にキラは不思議に思い、思わず聞く。

「あの、撃つ気が無くとも・・・って?」

「この男から、殺気が感じられなかった。始めから、俺達を撃つつもりはなかった様だ」

「だろうな。俺達を撃つつもりなら、何度も機会があった・・・それをしなかったという事は、俺達を・・・キラを試したな?」

ドモン、キョウスケの指摘に、バルトフェルドは困った様に肩を竦め、

「お見通しか―――まあ、そういう事だ。少年、銃を奪って事態を突破しようと思ったな? そうしなくて賢明―――いや、キング・オブ・ハート君
が居てくれて良かったな。いくら、キミがバーサーカーでも、無事に脱出できたとは思えない。
ここに居るのは、全員キミと同じコーディネーターなんだからね」

キラは目を見開き、カガリとドモン、アレンビーが『えっ!?』と声をあげる。

(―――気付かれていた!?)

「お前っ・・・!」

たじろぐキラを、カガリは咎める様な目で見た―――何故、教えてくれなかったのだ、と。

その表情、仕草に全く嫌悪感が無く、キラはそれを少し嬉しく感じる。

「―――ロンド・ベル隊、全員は知っているんですか?」

「ああ、知っている・・・すまんな、途中参加のお前達に教えていなかった・・・」

あまり驚かずに、カトルがキョウスケに確認する。

「―――気付かなかったな・・・身体能力が高いと言うが、あまりそうは思えなかったからな・・・」

「うん・・・今まで私達の周りにいた連中と比べるとね」

ドモンとアレンビーも似た様な―――否、以外な結果を見た、という感じでキラを見ている。

「そこ、キミ達の世界を基準にしない様に―――キミは大戦前からロンド・ベル隊に所属している機体には乗っていないね?
それぞれの機体の動きが、過去のデータに類似している。なら、消去法でキミが乗っている可能性がある機体は、赤いPTか新型機だ。
これは、ボクの勘だが・・・あの新型機―――ストライクだな?」

2人に注意してから、バルトフェルドは確認する様にキラに聞く―――振りをして、カガリの表情を見る。

彼が思った通り、彼女は驚きで目を見開いていた。

(―――本当に真っ直ぐ過ぎるのも問題だ)

胸中で呟き、言葉を続ける。

「キミの戦闘を2回見て、1度戦った―――高速で移動するバクゥを踏み台に出来る反応速度・・・
あれだけなら、キミをナチュラル・・・もしくは、ニュータイプだと思ったかもしれんが・・・最初の戦闘で、砂漠の接地圧を戦闘中に適応させたな?
あの場面も見ているのに、キミをナチュラル、ニュータイプと見誤るほど、私は呑気ではない」

バルトフェルドは数え上げ、キラは驚く。つまり―――全員の素性が最初からばれていたのだ、と。

「キミが何故、同胞と敵対する道を選んだのかは知らんが・・・キミがあのMSのパイロットであり、キミ達がロンド・ベル隊である以上
私達は敵同士という事だな」

「ええ・・・ですが、敵に分かれていても・・・!」

「解り合える、かね? 確かに、キミ達、ロンド・ベル隊は敵のパイロット達とも解り合えて来た・・・だが、全部の勢力、
敵になった全員と解り合えて来た訳ではないだろう? 全員と解り合えれば、それこそ戦争は終る。
だが、より解り合える筈のニュータイプ同士・・・アムロ・レイとシャア・アズナブルでも戦うしかなかった。
―――なら、どちらかが滅びるしか、無いのかもしれないぞ・・・?」

カトルの言葉の先を読み、バルトフェルドは応える。

しかし、最後の言葉を発した時の目は、キラに語りかけていた時の様な優しくて、少し切なげな色をしていた。

「そんな事はありません―――この戦いが何年続いても、どちらかが滅びる前に必ず終わります。いえ、終らせてみせます」

カトルがバルトフェルドを正面から見据え、応える。

その目には誰にも曲げられない、強い輝きが写っていた。

「キミ達ロンド・ベル隊が、かね? どうやって? 連邦、ザフト、そして異星人―――この3勢力が同時に
戦争を止める事などありえないんじゃないか? キミ達は確かに最強部隊だ、しかし・・・所詮は1部隊。
かのトレーズ・クシュリナーダが明言した様に、キミ達が武力で地球を纏め上げなければ、少なくとも連邦は戦うのを止めないんじゃないかな?」

キョウスケはコーヒーを全て飲み干し、カップを置くと、

「この戦争・・・まだ全てが見えた訳ではない。連邦、ザフト、異星人・・・それぞれ裏がある様だ。
これが判らなくては、この戦争、どう終らせるか等言い様が無い―――だが、これだけは言える・・・
武力で地球を纏め上げる様な方法だけは、ロンド・ベル隊は―――俺達は取らん・・・!!

「そうね〜それだと、ティターンズの連中と何にも変わらないわ―――まあ、こんな道しか―――戦いしか出来ないからこそ、
ロンド・ベル隊はロンド・ベル隊でいられるんだろうしね〜♪」

キョウスケ、エクセレン口調こそ違うが―――その目には、カトル同様強い意思が宿っていた。

「キミ達も同じ意見かい?」

バルトフェルドに問われ、ドモン、アレンビーは頷き、

「その通りだ。もし、ロンド・ベル隊がティターンズやOZの様に力で支配、統一をするいうのならば、俺のこの掌が光って唸るだろうな。
力に溺れし者達を倒せ、とな」

「まあ、今までの戦いとか、部隊の気質からして大丈夫とは思うけどね」

「そうか―――だが、今は戦うしか道がないのであらば、戦うしかなかろう?」

そう言い、バルトフェルドは視線を置いた銃に移す。

ドモン達が何時でも飛びかかれるように―――今度は拳を止めるつもりはない―――構えるが、唐突に彼は視線をキョウスケ達に向けた。

「・・・ま、今日のキミ達は命の恩人だし、ここは戦場じゃない」

その言葉に全員が呆気に取られ、その間にバルトフェルドは銃をしまった。

「帰りたまえ。今日はキミ達と話が出来て楽しかった―――良かったかどうかは、判らんがね」

「バルトフェルド・・・あなた・・・?」

語尾に苦いものを漂うのを、エクセレンは不思議に思い、問いかけようとし―――首を振った。

確かに、現状ではお互い戦うしかない―――だから、こんな事を問いかけても意味はないだろう。

(―――ひょっとして、キラ君達の事、気に入っちゃったの?)

キラが外に出ようとした時、バルトフェルドは背中を向けたまま、声をかけた。

「少年、キミもロンド・ベル隊と共に行動するなら、どうすれば戦争が終わるのか・・・自分なりの答えを見つける、
いや、見つけられればいいな―――また、戦場でな」

キラはその言葉に一度足を止め―――返す言葉を思いつかず、そのまま外に出る。

(どうすれば、戦争が終わる―――か)



廊下にはアイシャが―――カガリの服を持って―――佇んでいた。

「あなたの服よ」

「あ、じ、じゃあ、ドレスを・・・」

カガリは慌てて、ドレスの結び目に手をかけようとする。

「ちょ、カガリちゃん! ここで脱ごうとしないの!!」

エクセレンに止められ、その手を止める。

「いいの。あなたにあげるわ、その服。私より、似合っているもの」

アイシャはさらりと言う。

「で、でも・・・」

早くここから離れたい気持ちと、義理高い性格の板挟みになってカガリが迷う。

「本当にいいの。自分より似合う人のいる服なんて、私要らないから」

微笑んで返すアイシャに、カガリは一瞬絶句する。

「なら、私達も何着か試着ぐらいしておくべきだったかしらね?」

「いや・・・そんな事言ってる場合じゃないでしょ・・・?」

呑気に問いかけるエクセレンに、アレンビーが返す。

「時間があれば、そうしても良かったかもね?―――お行きなさい。他の人達は、あなた達の事、まだ知らないわ」

「―――世話になった」

微笑を絶やさぬまま促すアイシャに、キョウスケは一言返し―――キラ達を引き連れてその場を後にした。




「―――どうでした?」

窓辺に佇むバルトフェルドの背中に、アイシャが声をかけた。

「・・・酷い気分だ」

「あらあら」

半ば呆れた様な口調でアイシャは言い、バルトフェルドに歩み寄る。

「面白い、良い人達だったじゃないの? 何が気に入らなかったの?」

「気に入った―――だから、気分が悪い」

一度、ロンド・ベル隊と話してみたかった―――彼等が何を考えて戦っているのかが知りたかった―――
ただ、それだけの為にこの場を設けたのだ。

そして―――キョウスケ達が返した答えは、彼を充分満足させるものだった。

(あの少年・・・今後もロンド・ベル隊と共に行動するのならば、彼等と似た様な答えを手にするのか
―――もしくは、まったく別の答えを選ぶのか―――)

不覚にも、今は未だ、何を考えて戦うかを知らない少年―――キラが選ぶ道を、彼が出す答えを見てみたいとも思ってしまった。
そして―――ロンド・ベル隊が選ぶ答えの結果も―――

この事がバルトフェルドの気分を悪くしていた。

敵に回っている以上、それを見る事は出来ないというのに。

「お馬鹿さんね。こうなる事も考えていた筈なのに」

「まったくだ」

バルトフェルドは笑うと、遠くから駆けて来る―――ついでに何かを叫んでいる―――ダコスタの声が聞こえて来た。

「マーチン君ね。声からして、ガウルンが見つかった訳ではないみたいね?」

「ああ。彼等の事がばれたか・・・まあ、誤魔化せてた方だろう」

バルトフェルドはそう応えると、駆け込んでくる部下の気持ちを落ち着かせる為の、コーヒの準備を始めた。




その頃―――少し街の裏通りで、ガウルンと1人のザフト兵がある人物にディスクを渡していた。

「ほら、希望のお届け物だ」

「はい。ご苦労様」

ザフト兵からアッシュブロンドの少年がディスクを受け取る。

「―――まさか、ザフトの方にも『アマルガム』に所属してる奴が居るとはな・・・」

「不満かい? ミスタFe(アイアン)」

胸を抑えながら言うガウルンに、少年が問いかける。

「まさか。俺やAS部隊の連中がカモフラージュに使われてるのには気づいてた。虎の奴も、おかしいって思ってた様だからな。
ただ―――俺が気づかなかったってのが、驚きさ―――こいつ、俺に一回殺されかけてるんだぜ?」

そのザフト兵は、ガウルンがバルトフェルドの部隊に配属された際、腕の骨を折られ重傷を負わされた者だったからだ。

もし、バルトフェルドが駆けつけるのが遅かったのなら、続けて首を骨を踏み砕かれていたであろう。

「ホテル内から、2人の足音が近づいていたのが聞こえていたからな―――あれは、ワザと折られたんだ。
おかげで、ゆっくりと調べ物が出来た」

まるで、『そうでもなかったら、貴様に負けん』と言う様な口調で返すザフト兵に、ガウルンは愉快そうに笑い返した。

その笑いは、相手に対する死刑宣告である事を『理解している』少年が間に入り、

「まあ、気を悪くしないでよ。僕も、彼の事を聞いたのは君が出た後なんだしさ―――それに、契約内容はまだ有効だからね?」

「はっ、分かったよ。雇い主の命令は、それなりに聞かねえとな」

肩を竦めるガウルンに、ザフト兵が表情を変える事無く話しかける。

「で、虎を罠にはめたんだろ? 狩れたのか? それに―――さっきから、何故、胸を抑えている?」

「いや、ブルーコスモスに情報を流して扇動したまでは計画通りだったんだが―――ちっと、妙な連中も混じっててな」

「『ミスリル』か?」

問い返すザフト兵に、ガウルンは首を振り、

「いや、どういう連中かまでは判らなかったが・・・1人だけは身元が判った。ガンダムファイター、キング・オブ・ハートだ。
俺も一発、良いの貰っちまってな・・・威力は殺したんだが、胸骨にヒビくらいは入ってるだろう」

「それ位で済んで幸運だと思うんだね。彼等の生身の戦闘力は、僕でも『理解出来ない』部類に入る代物だからね。
ガンダムファイターって言えば、デビルガンダムが出たんだって?」

少年の言葉に、ガウルンは首を振り訂正する。

「正確には、デスアーミーだけだ。だが、大元も近くにいる可能性が高いな」

「どうします? 虎の暗殺は? 今回の事で、私もガウルンも怪しく思われる可能性も・・・」

「―――無理にやろうとしなくともいいよ。多分、そろそろロンド・ベル隊が、アークエンジェルが動き出すと思うから、時期を見てポセイダル軍にも
情報を流すんだ。彼等とロンド・ベル隊、それにザフト軍・・・ここまでエネルギーが集まれば、デビルガンダムも出現すると思うから。
そうなれば、虎といえどもそうそう生き残れるとも思えないしね」

「了解」

ザフト兵は少年に返すと、そのまま踵を返し、その場を後にした。

ザフト兵が完全に去った事を確認すると、ガウルンは少年に話しかけた。

「で―――本当は?」

「君は、その混戦中にコッソリと戦線を抜け出して欲しい。いくら、ラムダ・ドライバでもDG細胞の侵食を防げるとは限らないから。
それに―――ロンド・ベル隊や『彼等』に、まだラムダ・ドライバの技術を渡す訳にはいかないからさ」

「オイオイ、アイツは良いのかよ?」

からかいを含んだ笑みを浮かべ、先程のザフト兵の事を聞くガウルン。

「ああ。彼の様な手合いは、多いし・・・ザフトにいるメンバーは彼だけじゃない。ロンド・ベルと戦う以上、彼の利用価値はもう無いよ」

さらりと、切り捨てる発言をする少年。

「判ったよ―――と、一つ、聞いくが・・・なんで、わざわざお前が取りに来たんだ?」

帰ろうとして、ふと疑問に思った事を少年にを聞く。

「この辺り、来た事が無くてね。観光のついでさ」

なんて事は無い、という様に返すと、少年はその場から離れて行った。

―――まるで、初めて観光に来た少年の様な足取り歩き・・・人込みの中に紛れていった。




第二十話に続く

あとがき

作:まず、ここまで明記してませんでしたが、この世界には原作のクジラ石はありません。
いや、だって、もう既に他の銀河系とかに生命体どころか、帝国や宇宙怪獣もいる世界ですし・・・木連がある木星であんなもの見つけても、
『ふ〜ん、それが?』で終っちゃう世界ですので・・・代わりに、ASS−1『あの船』を使わせて貰いました。
大まかな展開は原作通りですが、ブルーコスモス襲撃辺りは多少、ガウルンに暗躍してもらいました。
どの場面でもいえる事なんですが・・・キラが目立たない(爆)・・・襲撃シーン、バルトフェルドが銃を突きつけるシーン・・・
全て、ドモン君に良い所を取られています。
そして、ガウルンが『某戦争バカ』とドモンを間違えるシーンは・・・言うまでもないですか?(爆)
原作でキラの転機の一つとも言えるシーンに到っては、まだ答えを見つけていないキラに対し、
ロンド・ベル隊とドモン達は既に答えを持っている状況なんですよね。
さて・・・ここからどうキラに答えを出させようかな・・・?
ちなみに・・・今回デュオが買った代物は、決戦時に明らかになります。
ストライクに着ける予定ですが、あまりにも抗議や不評が多い場合は、ゲシュペンストにでも着けようかと・・・思っています。
反論などはお手柔らかに頼みます(滝汗)

 

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管理人の感想

コワレ1号さんからの投稿です。

あははははは、やっぱり出番をドモンに喰われまくってますね、キラ(苦笑)

ま、役者が違うという事で、納得するしかないでしょうなぁ

というか、『師匠』が出てきたら、ストライクに乗ってても素手で倒されかねないしなぁ(汗)

ガンダムファイターの強さについては、そりゃあマンガやアニメかと思いたくもなるでしょうな・・・ザラ議長も。

さて、今回は声優繋がりで登場した『戦争馬鹿』ですが、出番はまだまだ先なのでしょうかね。