第二十話 嵐の前
閑静な住宅街の中を、アスランのエレカが走る。
アスランはエレカを走らせながら、助手席に置かれた花束に一瞬、目を向けた。
(花・・・か。そういえば、リムに言われた様に、一度もプレゼントした事がないな・・・)
胸中で呟き、アスランはプラントに戻ってからリムに言われた時の事を思い返した。
「じゃ、演奏会の時にまた」
「ああ。必ず行くよ」
「チケットまで貰ってるんだしね」
ニコルからピアノの演奏会のチケットを貰い、アスランとリムは返す。
ニコルは優しげに微笑むと、軽く手を振ってアスラン達と別れた。
「さて・・・と、どうするの? 今回の休暇? 予定の上では結構長いけど」
「―――結構やるべき事が多いからな・・・報告書も幾つか書かなくちゃいけないし、他に色々用事が・・・って、なんで拳を握り締める!?」
リムの問いかけに、アスランは予定を数え上げていたが、彼女がニッコリと笑いながら―――コメカミに青筋を立てて―――
拳を握り締めている事に気付き、慌てて距離を取る。
「―――もっと重要な事があるでしょうが!! あの子の―――ラクスの所に行く予定は!? あの事件の後の、初めての休暇なのよ!!」
リムに吼えられ―――怒られ、アスランはすぐに気がついた様に頷き、
「そ、そりゃ行くさ! 約束してるし、色々の用事の中に入ってる事さ!!」
「イの一番に言いなさいよ!! 報告書なんて、何時でも作れるでしょうが!!―――で、やっぱりハロを造って行くの?」
半眼で問いかけるリムに、アスランはキョトンとし、
「そうだけど・・・? 何か問題でもあるのか?」
当たり前の事の様に返すアスランに、リムは盛大なため息を吐き、
「貴方ね・・・あの子の家をハロ屋敷にするつもり? 一体、何個のハロがあると思っているのよ・・・」
「いや、だって喜んでくれるし・・・今度のハロは、アムロ・レイが造った様に、収納可能な手足をつけたのを・・・」
イマイチ解っていないアスランに、リムは軽い頭痛を覚え、コメカミを指で押さえる。
「あのね・・・好きな人がくれる物は何でも嬉しいものなの。 あの子の性格なら尚更よ・・・この調子じゃ、貴方、花も送った事無いでしょ?」
「花・・・? だって、ラクスの家って、広い庭園があるじゃないか?」
何処までも解っていないアスランの言葉に、リムは疲れ、肩を落とした。
「この、朴念仁!! 好きな人がくれた花って特別な意味があるの!! どんな庭園を持っていても、
それとこれとは女の子にとって、まったくの別物なのよ!!」
アスランの襟首を掴み上げ―――これで理解しなかったら、ドツキ倒すと心に決め―――リムは叫ぶ。
「―――そういうものなのか・・・?」
ようやく理解を示したアスランの言葉を聞き、リムは襟首を放す。
「ったく・・・キラ君の事になると、何処までも敏感なくせに・・・」
小声で呟き、リムは自分の荷物を持つと、その場から立ち去ろうとする。
「リム、一つ聞くけど・・・それは君にも当てはまるのか?」
ふと、沸き起こった疑問をアスランが問いかける。
「私は当てはまらないわよ? 花ってあんまり好きじゃないから―――花粉症なのよ、私」
ひらひらと手を振り、振り返る事無く返したリムの言葉に、アスランは一つ不思議に思った。
(・・・君も、コーディネーターなのに?)
答えを聞こうにも、彼女は既に人込みに紛れてしまっていた。
思い返しているうちに、目的地の一軒の邸宅へと続く私道へと乗り入れ、門の前で止まった。
門柱に備え付けられたカメラが車両を認識―――する筈だが、反応が無い。
「・・・故障か?」
アスランは妙に思い、門柱を注視すると―――殴られ、破壊された跡があるのに気づいた。
「! まさか・・・!?」
最悪な展開―――内部に潜入したブルーコスモスによるテロ―――を想像し、そのままエレカを全速で進ませた。
(電子ロックがされていない・・・ラクス・・・!)
エレカで門を押し開け、玄関にエレカを横付けし―――飛び降りた。
「ラクス!!」
アスランは叫び、玄関に飛び込むと―――
「あら・・・? どうしました、アスラン? そんなに慌てて・・・」
ちょうど、玄関を通りかかり―――驚く事無く、何時もの調子で出迎えるラクスの姿があった。
その無事な姿に、アスランは目を丸くし、硬直する。
「え・・・? ラクス・・・あの、門柱が壊れてて、何かあったのかと・・・」
シドロモドロになりながら、アスランは事を説明する。
「まあ、それは北斗様が―――」
「この、球体共がーーーー!!」
ラクスの言葉を遮り、1階の奥の部屋から叫び声が聞こえて来た。
「ほ、北ちゃん、落ち着いて―――!」
「北斗殿、これはラクス嬢の婚約者からのプレゼントです。あまり粗野に扱うべきでは―――!」
何やら暴れる者を抑えようとする2人の声まで聞こえてきて―――扉が開き、数多くのハロがアスランの元に跳ねて来る。
『ハロハロ・アスラーン』
ハロ達が、アスランの背後に回ると同時に、奥の部屋から紅い髪の女性が―――北斗が飛び出してきた。
「まあ、どうしましたか? 北斗様?」
北斗の怒気にも怯まず、ラクスがのんびりと問いかけた。
「ラクス! この球体―――『はろ』とか言ったか?―――を大人しくさせろ! 人が寝ようとした瞬間、耳元で音程の外れた
大音響の歌を合唱しやがったぞ!!」
「あら、この子達、子守唄を歌ってあげてたんですよ?」
何処までものんびりと応えるラクス。
「あれでか!? 大きなお世話だ! 並みの人間なら脳がやられる程の酷さだったぞ!?―――って、居たのか、貴様?」
ここでようやくアスランに気づいた北斗は、不躾に話しかけた。
「あ、ああ・・・しかし、なんでプラント―――ラクスの家に? 木連に帰ったんじゃ・・・?」
「舞歌の・・・いや、草壁の命令だ。俺と優華隊の全員は、クルーゼ隊―――お前と同じ部隊と行動をする事になった」
アスランの質問に、北斗は不機嫌な面持ちで答える。
「俺達と一緒に!?」
(―――リムの読みが当たった・・・? 本当に、俺達が地球に降下する可能性も出て来たという訳か・・・)
驚きながら、胸中でアスランは呟いた。
「本当はホテルに泊まっていたんだが・・・ちょっと、追い出されてな。難儀してる所を、ラクスが屋敷を提供してくれた」
鼻の頭をかく北斗に、背後から零夜が突っ込む。
「だって、北ちゃん、ホテルの中で迷子になったからって、廊下とか部屋の壁、破壊しながら直進して進むんだもん・・・
幾らなんでも、追い出されるよ・・・」
「―――破壊されるほど、脆く作ってある方が悪い」
「北斗殿、視線を逸らしていては、説得力がありませんが―――どうも、ヴェサリウスではお世話になりました」
万葉も北斗に突っ込みを入れ、アスランに軽く会釈をする。
「あ、いえ・・・他の優華隊の方は・・・?」
「全員がラクスさんの所に厄介になる訳にもいきませんから、京子さん達は軍の宿舎の方にお世話になってます」
アスランの問いかけに、零夜が答える。
「わたくしは、全員で来られても良かったのですが・・・そちらの方が賑やかですし」
頬に手を当て、おっとりというラクス。
「―――その子達が―――ハロがいるだけで、十分賑やかでしょ?」
そのラクスに突っ込みを入れる様な声が、アスランの背後からかけられた。
「ハイ、ラクス。なんか門が壊れてたから、勝手にお邪魔させて貰ったわ。修理業者の方にも連絡はしておいたから」
リムが片手を挙げ、微笑みながらラクスに話しかけ、そのまま北斗達の方に目をやり、
「で・・・壊したのは、誰? まあ、こういう事が出来るのって、北斗さん位だと思うけど・・・」
「―――解っているなら、聞くな・・・開け方が解らなかったんだ。ノブも無いし、押しても開かん・・・俺は飛び越える事が出来るが、
万葉と零夜は無理だと思ってな・・・」
「北斗殿はその、機械の扱いが苦手で・・・私達が駆けつけた時にはもう・・・」
北斗、万葉の言葉を聞き、リムは呆れてため息を吐く。
「はあ・・・北斗さん、お願いだから一般常識と簡単な機械の扱い方を覚えてね? その内、戦艦のキングストン弁とか、
『混ぜるな危険』って書いてある洗剤を混ぜそうだし・・・」
「・・・全部、北ちゃんならやりそうだよ・・・」
零夜は疲れた笑いを浮かべ、リムは同情の眼差しを向けてから足元のハロを一つ手に取って北斗に話しかける。
「ハロの相手はこっちでするから、休んでも大丈夫よ―――それとも、私達とお茶する?」
リムの指先でクルクルと―――否、凄まじい速度で―――回転するハロを見ながら、北斗が返す。
「そいつ等の所為で、目が覚めた―――暇つぶしに付き合ってやる」
「私達も、お邪魔でないのなら・・・」
零夜と万葉も控えめながら、招待を受ける。
「・・・事後承諾になったけど、良いわよね? 2人とも」
「ええ。お茶は大勢の方が楽しいですわ」
「俺も構わない」
問いかけに頷く2人を見て、リムは胸中で1人愚痴た。
(―――ここで、ちょっとは『邪魔かな〜』って顔になるなら、仲は進歩してるんだけど・・・)
口に出してもしょうがないので、リムはあえて何も言わなかった。
庭に向かう途中、リムはアスランが手ぶらなのを見て、
「ね、アスラン―――貴方、花は?」
「あ゛・・・」
助手席に置いたままだった事を思い出すと、アスランは急いでエレカに引き返した。
アスランが持ってきた花束を受け取ると、ラクスは『ありがとうございます』と嬉しそうに受け取り、香りを嗅いだ。
「―――解らんな? これだけ広い庭園を持っているのに、花束一つで喜ぶとは」
ラクスの様子を見ながら、北斗が不思議そうに言う。
「う〜ん・・・北ちゃんには、ちょっと向かない次元の話だから」
「千沙殿や三姫、京子に聞けば、詳しく話してくれると思いますが―――舞歌様も多分話してくれますよ?」
ラクスが喜んでいる理由が解る零夜、万葉が北斗に応える。
万葉の言葉を聞いた瞬間、北斗は顔を顰め、
「いや・・・止めておく。この間、九十九や月臣の話をした時、千沙と京子に2時間ほど惚気話を聞かされた―――
俺は、あいつ等の腕の程度を聞いただけなのにな―――舞歌は、それをタネにしばらく、からかってくるだろうし・・・」
「なんというか・・・仲間に恵まれてるね」
横で話を聞いていたリムが、苦笑いをしながらポツリと感想を洩らす。
「・・・今の話で、如何聞いたらそう思えるんだ?」
半ばウンザリしながら、北斗が聞き返してきた。
「北斗さんの『気』に恐れる事無く、普通の仲間として接してくれる人達が、身近にいる仲間だからよ。
―――存在が異端なら、それは敵味方問わずに迫害、隔離されるのが普通だから、ね」
「リム―――あまり、そう言うものではありませんよ」
リムの後半の言葉を聞きとがめたラクスが、足元に寄って来た箱形のロボット―――彼女はオカピと呼んでいる―――に
花束を置きながらリムを窘めた。
「解っているわよ。そういう事も関係なく受け入れてくれる人達が、居るって事ぐらいは―――
ただ、世間の大部分を占めている考えを言っただけよ」
彼女の返事に満足した様にラクスは頷くと、オカピに『お茶をお願いします』と話しかけ、
椅子に腰をかけると、テーブルの物入れからペンを取り出し、ネイビーブルーのハロを呼んだ。
呼ばれてネイビーブルーのハロが、ピョンと彼女の膝の上に飛び乗った。
『ハロ・ゲンキ』
ラクスはハロに上向きの髭を描き、ぽんと離した。
「さあ、お髭の子が鬼ですよぉ」
その声を聞き、ハロ達は一斉に髭を描かれたネイビーブルーのハロを追って、庭の向こう側に跳んで行った。
「・・・なんで、ラクスの言う事はあっさり聞くんだ?」
納得のいかない顔で、北斗がハロ達を見ながら呟いた。
「―――と、言うより、人の言語を理解し、実行、独力での応用できるOSがある事・・・しかも、趣味で作った範囲の物である事が驚きですね。
木連の無人機のOSでは、そこまでの柔軟性は―――その水準にまで達していませんし」
「木連はハードウェアは優れているけど、ソフトの面がね・・・ザフトはその逆―――まあ、だからこそ技術交換が成り立つんだけど」
万葉の言葉にリムが応える。
彼女達の会話に耳を傾けながら、アスランは口を開く。
「―――追悼式典に戻れず、申し訳ありませんでした」
「いいえ、お母様とリムのお父様の為に、わたくしが代わりに祈らせていただきましたわ」
アスランの言葉に、ラクスは優しく首を振り言うと、リムが少し困った様に―――ほんの少しだけ、嬉しそうに―――苦笑いをした。
「間違っても、公の場所で言わないでよ? 父さんも、貴女に迷惑をかけるのは喜ばないと思うし・・・」
「すまんが・・・さっきから、何の話をしているんだ? 追悼式典が如何のと言っていたが?」
話の内容が解らない北斗が、リムに聞く。
「―――って、北斗さん知らないの?」
「あう・・・えっと、北ちゃんって、ずっと修行しかしてなかったから、木連の外の情報に疎いんです・・・」
「地球圏の情報の殆どは、舞歌様に教えてもらった物ばかりですし・・・舞歌様と共にプラントに来た時も、
周囲の話に興味を抱いた事がないので・・・」
流石に、北斗の育ってきた環境―――木連に戻れば座敷牢に籠もるのみ―――を説明する訳にもいかないので、零夜と万葉が誤魔化しながら
リムの問いかけに答える。
「まあ、北斗さんらしいと言えば、らしい話ね―――ラクス、貴女が話した事ってないの?」
納得したようにリムは笑い、ラクスに問いかけると、彼女は思い当たった様に手を撃ち、
「そういえば、わたくしもお父さまも、話してませんでしたわ」
どこかのんびりとした言い方に、アスランだけでなく、リムも力が抜ける。
「その辺りの事も含めて、ここ最近のプラントの事についてお話いたしますわ」
「ありがたいわね―――どこぞの国防委員長の手が加わっていない、情報が聞けるんだから」
リムの毒のある言葉を聞き、アスランは僅かに顔を俯かせた。
「リム―――」
即座に、ラクスのおっとりとした―――しかし、どこか燐とした響きのある―――窘めの言葉が入ると、彼女はすまなそうな顔で肩を竦めた。
『血のバレンタイン』について、一般に流れている情報、そして、ここ最近のプラントの動きを話し終えると、ラクスは最後に呟く様に言った。
「・・・この頃は、また軍に入る方が増えてきているようですわね。わたくしのお友達も、何人か志願されて・・・
戦争が、かつての一年戦争の様に大きくなっていく気がします・・・」
「そうかもしれません・・・実際、連邦だけでなくポセイダル軍、月周辺に出没する事が多い謎の異星人、そして、『刈取り』・・・
戦わなくてはならない勢力の規模は、既に一年戦争時の比では・・・いえ、バルマー戦役と同等になるかもしれません」
呟くように答えるアスランの言葉に、ラクスは少し顔を俯かせる。
「はいはい、折角久々に来たんだから、そんな葬式みたいな空気にならないの! 気分転換に、2人で歩いてきたら?」
暗くなった2人の空気を吹き散らす様に、リムは『パンパン』と手を打ちながら言う。
「え、でも・・・」
「いいから―――私達とお茶を一緒にしてくれるのもありがたいけど、少しは婚約者と2人っきりの時間を大切にしなさいって」
「リ、リム! からかわないでくれ!!」
ラクスの言葉を打消し、リムが悪戯っぽく笑いながら言うと、アスランは赤面しながら叫んだ。
「オカピが戻ってきたら呼ぶわ―――それまでは、北斗さん達の相手は私がするわよ」
「では、お言葉に甘えいたしますわ」
ラクスはリムに微笑みかけ、アスランと一緒に席を立った。
ラクス達が離れると、リムは北斗に視線を移し、
「で・・・さっきから、何を考えてるの?」
北斗は、ラクスの話を聞いた時から、眉を顰めてなにやら考え込んでいたので、少し気になっていた。
「北ちゃん?」
「ん? ああ、ちょっと引っかかってな」
「何がです?」
零夜、万葉に聞かれ、北斗はリムに確認する様に話を切り出した。
「その、ユニウスセブンへの核攻撃だが・・・撃ったのは、本当に地球の連中か?」
北斗の言葉に、リムは訳がわからないという表情で応える。
「は・・・? あの後、連邦政府が正式に発表したわよ。正式な手続きで会議を招集し、満場一致で核を発射したって」
「その発表も引っかかるな。その当時のプラントの反連邦感情は高かったんだろう? なら、早かれ遅かれ開戦という手段に出る事は
簡単に予測がつく筈だ。戦いを始まる前に終らせる、回避させるのに一番有効な手段はなんだ?」
リムは少し考えてから、
「世間一般的には、交渉を行うのが常識ね。お互いの妥協点を見つけて、戦いを回避させる」
しかし、北斗は首を振り、
「それだと、色々手続きやなんだで時間が掛かる・・・舞歌の奴も交渉の場を設けるのに、苦労してたしな。
一番手っ取り早いのは、その騒動の元凶、大元、頭、一番大きな勢力を排除する事だ―――この場合、このプラントがそれに当たるな」
『!!』
北斗の言葉に、全員に衝撃が走る。
「大体、そんな状況だというのに、何も関係ないコロニーに攻撃を仕掛ける方が俺は変だと思うがな?
そんな事は、燃え盛っている火に油と火薬を放り込むような事だと、連邦の連中は解らなかったのか?」
「じゃ、じゃあ、北斗さんは、連邦が撃ったのなら、狙いはユニウスセブンじゃなくて、此処になる筈だって言いたいの?」
リムは僅かに動揺しながらも、北斗が言いたい事を確認する。
「ああ、そうだ―――尤も、連邦の連中がそんな事も想像がつかなかった、馬鹿どもの集まりの可能性も否定できないがな」
北斗が返したちょうどその時、オカピがお茶とお茶菓子を運んできた。
「そういえば・・・」
アスランが何を話そうと思案してると、先にラクスがふんわりとした口調で話しかけてきた。
「―――キラさまは、今頃どうなさっているのでしょうね?」
その名を出され、アスランの背筋が強張るが、ラクスはそれに気づかず首を傾げる。
「あの後、お会いになりまして?」
アスランの脳裏に、ウェブライダーと共に地球に降下していくストライクの記憶が蘇える。
「・・・あいつは、今、地球でしょう―――ロンド・ベル隊と一緒だから、無事だとは思いますが・・・」
自らの願望も込めて、アスランは答えた。
幾ら、ロンド・ベル隊と一緒でも、戦場に出る―――MSに乗って戦っている以上、常に命の危険に晒される事に変わりはない。
しかも、地上は地域によっては宇宙以上の激戦区になっている所もあるらしい。
そんな状況下で、今も―――明日も無事だという保障は何処にも無いのだ。
だが、そんな事を、自分の親友に不思議なほど親しみを覚えているらしい彼女に、聞かせる事などない。
「小さい頃からのお友達だったのでしょう? そう、聞きました」
アスランは、一瞬誰に? と思ったが、すぐに察しがついた―――キラだと。
ラクスがアークエンジェルに捕らえられた―――もとい、保護された時にキラと自分の事を話したのだ。
「そうです・・・ずっと、兄弟の様に育って・・・」
アスランは言葉に詰まった。
輝かしい、懐かしい日々の記憶が蘇えり、現在の自分を打ち倒しそうになる。
あの頃は、キラと喧嘩をするなんて事もなく―――ましてや、敵味方に分かれて戦争をするとは夢にも思わなかった。
「ハロの事もお話しましたの」
ラクスはおっとりと、話を続ける。
「そうしましたら、貴方の事『相変わらずなんだな』って、嬉しそうに笑っておられましたわ・・・」
アスランは黙って空を―――空を映し出しているコロニーの内壁を―――見上げ、
(まったく・・・相変わらずなのは、お互い様だろ・・・?)
胸中で苦笑いをしながら呟くと、キラの嬉しそうな笑顔が脳裏に過ぎった。
「自分のトリィも、貴方に作ってもらった―――と。キラさまも、大事にしていらっしゃるようでしたわ」
ラクスの最後の言葉に、アスランは驚いて視線を彼女に戻す。
「あいつ・・・まだ持って・・・?」
「ええ・・・『今度お見せします』と。拝見する機会がなかったのが残念です・・・」
「そう・・・ですか・・・」
胸が温かくなると同時に、聞かなければ良かった―――という感情が生まれる。
キラの方もアスランの事を・・・あの時、共に過ごした日々、別れた日の事を覚えている。
自分と敵対する事に、痛みを感じているに違いない―――知らずに、聞かずにいた方が、次に会う時・・・戦場で会い、撃ち合わねばならない時
躊躇わずに済むというのに・・・と、ここまで考えた時、アスランは自分を自嘲した。
―――聞かなくとも、自分はキラを撃つのに・・・キラが乗っているMSと戦っている時は、常に躊躇っている、と。
自分の思いの中に沈んでいたアスランは、次に発せられたラクスの言葉に、一瞬反応出来なかった。
「わたくし・・・あの方、好きですわ・・・」
アスランは驚いて、ラクスの顔を注視する。
その顔に、自分をからかう様な―――よくリムがする様な―――表情があったのなら、アスランは安心したかもしれない。
しかし、彼女は注視するアスランの顔をキョトンと見つめ返すだけで、どう返せば―――問いかければ良いのか、判断がつかない。
(好きって・・・どういう意味で・・・?)
キラが彼女に好かれる事に、悪い気はしない・・・否、むしろ喜ばしい事だ。
だが、それが友人としてではなく、異性として、男女としての『好き』なら、婚約者として・・・1人の男として少々寂しい。
アスランは意を決し、その言葉の真意を問おうとしたが、
「2人とも――!! オカピが戻ってきたわよ―――!!」
「わかりましたわー! アスラン、戻りましょうか?」
呼びかけたリムに返し、アスランの方を向いたラクスは、先程の自分の言葉を気にした風も無く、微笑んでいた。
「え・・・あ、はい」
その笑顔に毒気を抜かれたアスランは、問いかけるキッカケをなくし、流されるまま頷いた。
ラクスの少し後ろを歩きながら、アスランは1人考えていた。
自分とラクスは、始めから親同士が決めた婚約者として出会った。
自分は他に付き合いたい女の子がいる訳もなく、密かに憧れてもいた歌姫が相手だった事もあり、この関係に不満は無い。
ラクスの方も、不満を感じたり、疑問を抱く様な素振りが無い。
ただ―――自分がラクスに寄せる感情が恋か、と問われると―――リムにはとても言えない、知らせられないが―――解らない、と答えるだろう。
(なにせ、ラクスに会うまで女子と付き合った事どころか・・・異性を好きになった事がないからな・・・『恋』というのが、解らないな・・・)
月に居た頃は、キラと遊んでいる事の方が楽しくて、異性に目を向けようとしなかった・・・というよりも、思わなかった。
プラントに戻ってすぐに、ラクスが自分の婚約者だと父に言われ・・・その時、この邸で初めて彼女とリムに出会った。
元々の自分の性格と、リムの目―――イザークが言うには、監視・・・場合によってはそのまま殲滅―――もあり、他の異性に目が向かなかった。
恋と言う感情は解らないが、ラクスの事が好きかと問われれば好きだし、尊敬でき、守りたいとも思う存在だ―――生涯を通してでも否やない。
しかし、ふと、こう思う時がある―――自分は兎も角、ラクスの方は如何なのだろう、と。
何時もはリムがアスランをからかいながら話を進め、盛り上げていくのだが、今回は北斗達も一緒であり、何時も以上に話が盛り上がった。
リムが話題を振り、ラクスが応え、それを元にリムがアスランをからかうのだが・・・間に北斗の世間から3次元ほどずれた
感想が入り、万葉、零夜がそれを修正し、その様子を見てラクス達が笑う―――そんな事が繰り返していた。
そして、アスランが辞去する時間が近づき、愉快なお茶会はお開きになり、
「お夕食をご一緒下さったらよろしいのに・・・議会が終われば父も戻ります。貴方にお会いしたいと申しておりましたのよ」
ラクスはひどく残念そうにアスランを引き止める。
「すいません・・・こちらに居る内に、やっておかなければならない事もありまして・・・」
「―――何なら、それ私がやる?」
リムが2人の会話に割り込み、問いかける。
「え!? で、でも・・・」
「いいから! 取りあえず、やる予定って何なのか教えてくれない?」
言いよどむアスランを押し切り、一通りの予定を聞き出すと、リムは一つ頷き、
「―――OK、半分は私が引き受けるわ。これなら、此処2、3日・・・ニコル君の演奏会の日までは暇になるでしょ?」
「まあ! なら、その間は一緒にいられますわね?」
「え、あ、しかし・・・」
話が進んでいき、アスランはついて行けずに取り残される。
「―――で、此処までお膳立てしたのに、拒否なんてしないわよね・・・?」
最後通告の様に、リムがジト目で睨むと―――アスランは諦めた様に息を吐き、
「・・・判った。という事で、ご一緒させていただきます」
「まあ!」
誘いを受け、ラクスは歓喜の声を上げるが、リムはそれでもやや不満だったらしく―――ちょっとした、爆弾を投下する。
「夕飯だけとは言わず、そのまま泊り込んじゃいなさいよ」
「な、ななななな、何を言っていきなりなんだ!?」
動揺し、上手く言葉を喋れなくなるアスラン―――そして、顔を赤くしながらラクスは頬を押さえている。
「・・・婚約者同士がそんなリアクションをしてどうするのよ―――何も、一緒のベットに入れなんていってる訳でもないでしょ?」
(・・・リムの性格からして、そう言ってるも同然じゃないか・・・?)
リムの呆れた様な声に、アスランが胸中で突っ込んだ―――口に出せば命が危ない。
「まあ、そこまでは流石に期待してないわよ。じゃ、私はこれで―――出発前に、もう一度来るから、その時は一緒にさせてもらうわね」
引き止めようとするラクスの表情に気づき、リムは最後に告げると門から出た
―――その時、台所から『飯はまだか?』と聞いてくる、北斗の声が聞こえて来た
リムはエレカを走らせながら、北斗が話した考えを自分なりに検証していた。
(『核を撃ったのは、本当に連邦か?』・・・こっちの事を何も知らない、北斗さんらしい考えね―――でも、確かに)
少し考えると、おかしな事が多い事に気付く。
核を撃った後、何故わざわざ『核を撃ったのは連邦』だと自らが声明を発表したのだろうか?
例えば、表向きの発表でも核の発射は事故―――あるいは、連邦の一部勢力・・・ブルーコスモスの暴走とでも発表すれば、
多少の時間を稼ぐ事が出来て、連邦は自軍の戦力を整える事が―――バッテリー型のMSの開発が今以上に進んだ筈だ。
では、見せしめが目的か? だが、リムはそれを考えるまでも無く却下する。
見せしめでコロニー1つを核で攻撃したのなら、プラントどころか、他のコロニーでも反連邦運動が活発になるのは、
どんな無能の政治屋でもすぐに予測がつくだろう―――事実、血のバレンタインの後、あちこちのコロニーで暴動などが多数発生し、
連邦はその鎮静の為にかなりの労力を割いていた。
(なら―――北斗さんの考えに基づいて考えてみましょうか・・・)
信号待ちをしている間に、別の考えをしてみる―――核を撃ったのは、本当は連邦ではない場合だ。
しかし、すぐに考えは行き詰った―――肝心の核を何処から持って来たのか? そして、ユニウスセブンを狙う理由がないからだ。
地下勢力の可能性も考えたが、連中が地上を放っておいて、最初に宇宙に手を出してくる理由が思い当たらない。
(やっぱり、突拍子の無い考えかしらね〜。地球にある核を用意出来るのは、地球にいる勢力、連邦だけ・・・)
「―――ちょっと待って!?」
胸中で呟き、思考を停止しようとした時、何かに引っかかり、リムは思わず叫んでエレカを止めた。
「地球にある核を『用意出来る』のは、連邦だけだけど・・・それを『撃つ事が出来る』のは連邦だけとは限らないんじゃ・・・!?」
ユニウスセブンに核を放ったメビウスは、無人機・・・MD(モビルドール)だった―――核を放った後、その場で自爆したらしい。
(もし、MDシステムに何らかの手段でハッキング・・・または、何者かにプログラムが事前に変更されていたら・・・?)
その可能性を視野に入れるなら、北斗の考えがかなりの高い確率であっている事になる。
「―――出来れば、核が放たれる事になったプロセスと、核を撃ったMDの詳細なデータが欲しいわね・・・アラスカに直接、乗り込めれば・・・」
時間は少し流れ―――アスランがラクス邸に招かれてから、数日後。
小会議室の一室で、パトリックはMS戦の映像を見ていた―――それは、ヘリオポリス内で繰り広げられたロンド・ベル隊との戦い、
ロンデニオンでの一戦、そして、連邦軍第八艦隊との戦闘で、ザフト軍の圧倒的有利の戦況をあっさりと覆す、
ロンド・ベル隊の戦いぶりが映し出されていた。
編集したのはアスラン―――という事になっているが、実際したのはリムだ。
しかし、パトリックはその事実を知らない―――リムがアスランの回線を使って、データを送信しただけなのだから。
「この状況で、こんなものを見せて、次の会議で更に駄目押しをするつもりなのかね?」
背後からかけられた言葉に、映像を見ていたパトリックは振り返った。
ドアの所に、現最高評議会議長のシーゲル・クラインが立っていた。
しかし、パトリックは突然入った横槍に動じもせずに切り返した。
「正確な情報を提示したいだけですよ」
だが、シーゲルは歩み寄りながらこう返す。
「正確に君が選んだ情報をか? それに、正確な情報というのなら―――」
シーゲルは言葉を切り、パネルを操作しパトリックの見ていた映像を止める。
パトリックは文句を言いたそうにし、振り向くが、
「こちらの情報も見せるべきではないのかね?」
シーゲルに促され、スクリーンを見て顔を顰めた。
そこには、多数のHMと戦い、苦戦を強いられていくザフトのMSと木連の無人兵器―――そして、素手でMSを殴り飛ばし破壊する生身の人間達
ガンダムファイトの映像だった。
全てパトリックが情報を操作し、一般市民、兵士に知らせず、議会の者でも極一部にしか知られていない代物だ。
「宇宙でのポセイダル軍との戦いは苦戦を強いられている―――木連と合同戦線を張って、如何にか押さえ込んでいるのが現実だ。
今宇宙に、ポセイダル軍が他に仕掛けている勢力は、アクシズしかない。あそこに割かれている戦力が、此方にも向かって来れば、
押さえ込むどころか、戦線を維持する事も難しくなるのだぞ? 何故、この状況で地球に更に戦力を向けるというのだ!?」
シーゲルの言う通り、今宇宙のポセイダル軍はプラントと木連の連合軍の他に、アクシズにも攻撃を仕掛けている。
開戦時にアクシズが動かなかった為、あの宙域にNジャマーを散布していない事が幸いした形だ。
今はアクシズ艦隊とハマーン・カーン達の力によって、アクシズに向けられた戦力は尽く蹴散らされているが、一部の組織の力だけで
何処まで支えきれるか判らない。
「こんな状況だからこそです。早急に、地球との戦争を終らせて、ポセイダル軍の殲滅、『刈取り』事件の解決を目指さなければなりません」
血のバレンタインから始まった、開戦以降の流れを経て、今回連邦が極秘裏に開発していた新型MSが発見された時点で、
プラント内の世論は急速に好戦へと傾いていった。
市民達も『刈取り』事件、ポセイダル軍の来襲は知っているが、己が能力に対する自信―――過信からか、連邦を早急に打倒し、
その後から対応しても充分だと言う意見が大半を占めていた。
「確かに評議会の大半の意見も君と同じ様だ―――事実、君の提出案件『オペレーション・スピットブレイク』は本日可決されるだろう。
世論もポセイダル軍や、『刈取り』といった外宇宙からの襲撃者よりも、連邦を危険視するものの方が多い。
木連も同様だ・・・もはや、止める術は無い」
「―――我々は総意で動いているのです、シーゲル。それを忘れないで頂きたい」
「前大戦時にロンド・ベル隊が見せた『人の心の光』を見て、何も感じなかったのかね! 人は解り合える存在だという事を!!」
2人の男は睨みあい―――パトリックが卓上のパネルに触れ、部屋の照明を点ける。
「―――我等コーディネーターは別の―――そう、ニュータイプなどと言ったナチュラルからの進化とは違う―――新たな種です。
ナチュラルと共にある必要も、解り合う必要などもない」
うそぶくパトリックにシーゲルは迫る。
「地球圏の技術どころか、地球人以外の手で生み出された我々の何処が、新たな種だね!?
ジョージ・グレンは何の為に、我等に出生の秘密を残したか!!」
シーゲルはロンド・ベル隊―――ブライトとアムロだけだが―――に自分たちの事を話した事があったが、それは全てではなかった。
いや、この事実を知っているのはファースト世代の中でも極一部―――市民や兵士達どころか、第2世代以降の者は誰も知らない事だ。
ファースト世代よりも前に存在し、初のコーディネーターであるジョージ・グレン。
彼の存在は、連邦どころか木連、ジオン、そしてプラントにも知る者はいない。
彼はファースト世代が10代半ばに達した時、一枚のディスクを若き日のシーゲルに託し―――そのまま行方不明になった。
彼が残したディスクには驚くべき事実があった―――それは、自分達、ファースト世代と呼ばれている者達の出生の秘密。
自分達はナチュラルに生まれた者でも、ましてや地球人の手、技術で生まれたものではない―――
他の星系の技術、他の星系の者達の手によって『造り出された物』だという事・・・そして、生み出された目的も・・・
このディスクを見た者達が少なかった為、彼等はこの事を生涯の秘密とした。
独立宣言―――自分達がコーディネーターだと地球圏全土に知らせてから、相次いだブルーコスモスのテロによって
この事実を知る者は減って行き・・・今はシーゲルとパトリックのみしか知らない事になった。
「我等はナチュラルと敵対するのではない、共に在る為にジョージ・グレンはこの事実を残したのだぞ!!」
しかし、シーゲルの言葉を聞かずにパトリックは頑なに言い返す。
「今となってはそうとは思えんな!! 私には、ナチュラルに代わって新しい人類になり、歴史を作って行けと取れるものでもあると思うがな!!
今、我等が直面している問題―――新生児の出生率の低下は、我らの英知を集結すれば、必ず解決できる!!」
パトリックはせせら笑いながら言葉を続けた。
「人は進むものだ! 常により良き明日を、未来を求めて!」
「そうして進んだ未来が、本当に幸福か!?」
だが、シーゲルはもはやどんな言葉も虚しい事を知る。
旧来の人類に対して、自らの優位性を確信し、自分達、コーディネーターが創られた理由を知るパトリックは、自分達が間違った存在だなどと
認めたりはしない―――否、むしろその確信を強め、自分達が存在する理由を作る為にもナチュラルを打ち破らなければならないのだ、と。
その為に、百年以上過去に地球から追放され、存在そのものをも抹消された木連との渡りをつけ、共に連邦を―――
ナチュラルを打倒する為に、木連の指導者、草壁と手を結ぶ事をシーゲルに薦めた。
シーゲルは草壁が瞳の奥に持っている信念を危険に感じ、タカ派の草壁とではなく、ハト派の東舞歌と主に会談し、
和平への道を今も模索しているのだが、彼とは別にパトリックは独自で草壁と会談を続けていた。
もし、ここでパトリックを止められたとしても、草壁までは止まらない―――自分には、もはやこの流れを止める事など出来ないのだ・・・
シーゲルが敗北感に打ちひしがれると、壁のスピーカーから呼び出しの声が届いた。
その言葉に応える様に、パトリックは立ち上がるとシーゲルに背を向けた。
「・・・これは総意なのです。クライン議長閣下。市民達も、もはやナチュラルを必要と思ってはおりませんしな」
最後に念を押すように、彼は冷たく言い放つと部屋を出て行った。
1人残されたシーゲルは、拳を握り締める。
「―――この流れこそが、連中の狙いかもしれんと、何故思わんか・・・パトリック」
呻き声を上げ、クルーゼはベットから転げ落ちた。
苦痛に悶えながら、近くに置いてあるビンを手に取り、中身の錠剤を噛みつくように口に入れた。
やがて呼吸が落ち着き、ぐったりと体が床に伸びる。
(あいつに早めに貰っておいて、正解だったな―――以前の薬よりは、効き目が長いらしいが・・・)
クルーゼはプラントに帰還する少し前に、ヴェサリウスの医務室に足を運んだ。
「―――入るぞ」
「ん? ああ、そろそろ来る頃だと思ってたぞ」
医務室に入って来たクルーゼを見て、船医は敬礼も敬語も使わずに応じる。
「ほれ、コイツだろ? 今のより少し効能を強めにしておいた」
引き出しの中―――ではなく、足元の隠し棚から一つのビンを取り出し、クルーゼに放る。
「どの位持つ?」
ビンを受け取り、クルーゼが船医に問いかけると、彼は怪訝な顔になり、
「どっちがだ?」
と、簡潔に聞き返した。
「この薬の方だ―――もう一つの方は、この前、聞いたからな」
「ああ、そうだったな」
クルーゼの応えに頭をかきながら小声で『やっぱ、飲み過ぎたか・・・』と呟く船医。
(解らんな・・・やはり、アルコールの匂いはしないが・・・?)
胸中で呟くクルーゼの疑問に気づかず、船医は答える。
「3〜4日って所だ。効き目を長くした分、反動もデカイ―――3日目の寝る前に、あらかじめ飲んでおく事を薦める」
「フン・・・まるで風邪薬だな」
自嘲の笑みを浮かべ、クルーゼはビンを胸のポケットにいれ、そのまま医務室を後にした。
(今の発作より、次は大きくなるのか―――下手をすれば、そのまま死ぬな)
そんな考えがクルーゼの頭に過ぎるが、すぐに頭を振り、
(いや・・・まだ、死なない、か。私が見―――)
その時、電話が鳴り、クルーゼは思考を停止し、受話器を取った―――既に、体は通常にまで回復している。
「・・・クルーゼです」
『私だ』
「これは、ザラ委員長閣下―――この時間では、まだ評議会の筈では・・・?」
クルーゼは銀のマスクをつけながら、時計を見遣り尋ねる。
『こちらの案件は通った―――今は休憩中でな。他に後2、3案件があるが、そう時間もかからんだろう。
終ったらまた、君と細かい話がしたいが、取りあえず先に知らせておこうと思ってな―――真のオペレーション・スピットブレイクを
任せる事になる君にはな』
パトリックの声には抑えきれない興奮があった―――自分の思う通りに事が進んでおり、感情を抑えきれなくなったのだろう。
「わかりました。では、後ほど」
クルーゼは通話を終えると、冷たい笑みを浮かべた。
「せいぜい、いい気になっているがいい―――地球も、プラントも、木連も・・・いや、この地球圏に住むあらゆる者は
滅びという名の未来しか残っていないのだからな―――無論、私もな」
その頃、地球のロンド・ベル隊は―――
自習室の前でファは立ち止まり、一緒に付いて来たキラに話しかけた。
「あ、キラはちょっとここで待ってて」
「え?」
「サイが大丈夫そうだったら、教えるから―――自習室内で喧嘩でも起こしたら、サイは自習室から独房に移されるし、その期間も長くなるわ。
それに―――キラまで自習室に入る事になるわよ?」
ファに忠告され、キラはやっとその事に気付く。
先日、無断でストライクを動かし―――事故は未然に防がれたが―――クルーに危険を及ぼした理由で、自習室に入らされている。
当初、ナタルはそれでは甘いと言っていたが、アムロの言葉で不承不承ながら自習室入りに頷いたのだ。
一方、アークエンジェルに戻ったキラは、この事件を聞いた時、自分の耳を疑った―――あまりにも信じられなかったのだ。
自分達のまとめ役でもあるサイが、こんな事件を起こすとは想像すら出来なかった。
「サイ、入るわよ」
ファが扉のロックを外し、自習室の中に入るとキラは扉の死角に隠れた。
「―――大丈夫? 少し、やつれてるみたいだけど・・・?」
「あ・・・はい、平気です」
薄暗い部屋の中で、サイは壁に寄りかかって座っており、こんな状況だというのに平静だった。
「4日間、少しキツイだろうけど我慢して」
「大丈夫ですよ・・・」
ファの気遣った言葉に、言葉少なく返す。
キラはサイの平静な声を聞いて、少し安堵したが、彼の次の言葉を聞いて心臓が跳ね上がった。
「・・・キラ、そこに来てますよね? 少し、話す事できませんか?」
「え・・・?」
突然の質問と、キラがすぐそこに居る事にサイが気付いている事に驚き、ファは思わず聞き返していた。
「キラとの付き合いは長いですからね。あいつが様子を見に来ると思ってましたし―――大丈夫です。
殴りかかろうとか、文句を言おうとかじゃありませんから・・・ただ、ちょっと話しておきたい事があって・・・」
ファはそう言うサイの瞳を見て―――暴れたり、言い争う事はないと判断すると、
「解ったわ。でも、2人きりにさせる事は出来ないから、扉を開けて、私も一緒に聞く事になるけど・・・構わない?」
「構いません」
サイが頷くと、ファは部屋の外のいるキラに声をかけた。
「キラ―――入って」
ファに呼ばれ、キラは部屋に入り―――サイはキラの顔を見て少し驚いた。
「キラ―――顔、どうした?」
キラの右の頬が殴られた様に赤く腫れていた。
「ストライクの起動システムのロックをしていなかったからさ―――今回の事件は僕にも非があるんだ」
そう、サイが自習室入り程度で済み、ナタルが不承不承ながらも納得した理由はこれだった。
全MS、PTがオーバーホール中だったので、コックピットハッチのロックがされていないのは仕方がないが、万が一、敵のスパイが入り込み、
機体をそのまま乗り逃げされない様にと、起動システムをロックしておくのが常識だ。
しかし、今回キラは、起動システムのロックを忘れていたので、サイ1人だけの責任ではないとアムロは判断し、
キラもその場で自分の過失を認め、修正1発と当分の減給の処分を受けていた。
「そうか―――悪かったな」
「いや、気にしなくていいよ。でも、何でストライクを動かそうと?」
ずっと疑問に思っていた事をキラは口にする。
「―――戦う力が欲しかったんだ・・・お前やフレイ、みんなを守るのにさ」
「―――でも、だからってストライクに乗ろうだなんて無茶だぜ?」
急に割って入った第3者の声に、キラ達は驚き振り向いた。
自習室の入り口にタスクが―――少し疲れた表情で立っていた。
「タスク―――なんか疲れてない・・・?」
タスクがまるで長距離を全力疾走した後の様な顔をしているのに気づき、キラが問いかけた。
「カチーナ中尉に訓練を積んでもらってるんだよ―――次の出撃から、俺もPTに・・・ゲシュペンストTTに乗る事になったから」
「えっ・・・!?」
タスクの言葉に、キラは驚いた―――キラはタスクがグルンガスト改を動かした事を知らないのだ。
「なんでタスクが戦わなくちゃいけないんだ!! 戦うのは―――」
「おっと、キラ。『戦うのは自分だけでいい』なんて言うのはナシだぜ? サイが今回そう思ったみたいに、俺もトールもお前が戦っているのに
大した手助けも出来なくて歯噛みはしてたんだ―――それで、今トール達もスカイグラスパーのシュミレーターで訓練してるんだぞ」
「トール達まで・・・!?」
「ああ。カチーナ中尉は、『少しキツメに鍛えれば、使いものになるかもな』って言ってたぞ」
その言葉で、ふとファは引っかかりを覚えてタスクに問いかける。
「ねえ、タスクは此処に居て良いの? カチーナ中尉の性格からして、訓練中に休憩をくれると思えないんだけど・・・?」
「うっ・・・」
ファの言葉に、タスクは言葉を詰まらせた。
タスクが自習室に現れる少し前―――
アークエンジェルの格納庫の隅で、3台のシュミレーターが稼動していた。
1つはスカイグラスパー、残る2台はPT用のものだ。
PT用のシュミレーターの中から、ヘロヘロになったタスクが這い出してくる。
「おらおら、タスク! この程度でへばってどうすんだ!?」
隣りのPT用のシュミレーターから、カチーナが怒鳴りながら出て来た。
「ちょ、ちょっとタンマ! 少し休みましょうよ、中尉」
「うるせえ! お前はただでさえも訓練時間が足りねえんだ! いいか? 実戦で死にたくなかったら、あたしとのタイマン、もう10セットだ!!」
タスクの懇願を聞かず、カチーナは更にキツイメニューを提示する。
「じゅ、10セットォ!?」
「グダグダ言うな! さっさとシミュレーターに入れ!」
「は〜い・・・」
カチーナに言われ、渋々ながらもシュミレーターに足を運ぶタスク。
「・・・なんか、大変だね。タスク・・・」
隣りでスカイグラスパーのシュミレーションをしているミリアリアが、タスクを見ながら『ご愁傷様』という様な顔になった。
「オラ! 手前もよそ見すんじゃねぇ!! 戦場だとよそ見した瞬間に死ぬぞ!!」
よそ見をしていたミリアリアに気づき、カチーナが彼女の方にも激を飛ばす。
「は、はい!!」
ミリアリアは慌てて視線を戻すが、その瞬間、敵機の銃弾が飛来し―――撃墜される。
「あ〜・・・戦場に入ったばっかりなのに・・・」
「ほら、言わんこっちゃねぇ・・・いいか? 戦場に入った時と、戦場を抜け出す時は最大まで集中するんだ―――
新米が撃墜される場合の殆どが、この2つの状況がなんだからな」
(よっしゃ、今の内にアノ手で・・・)
カチーナがミリアリア達にアドバイスをしている内に、タスクはこっそりとちょっとした変わり身を用意する。
「ラトゥーニ! こいつ等の方を見ていてやれ!」
ミリアリア達にアドバイスを終え、近くにいたラトゥーニに彼女達を任せると、カチーナはラッセルに指示を出した。
「ラッセル、状況セット! 地上戦、Dパターンで行く!」
しかし、ラッセルの方ではもう1台のシュミレーターに『搭乗者ナシ』と表示される。
「あの、中尉・・・シミュレーターの中にタスク曹長がいませんが?」
「何!? さっき確かに中へ・・・」
ミリアリア達にアドバイスをしている時も、こちらに注意を向けるのを怠らなかった筈だ。
カチーナは胸中で首を傾げながら、シュミレーターを覗くと―――『ハズレ』と名札が付けられている、帽子の被った妙なぬいぐるみがあった。
「・・・なんだ、コレ?」
「おっ? 『ふもふも動くボン太くん人形』じゃねえか? タスクの奴、これ持ってたのか」
カチーナが手に持ったぬいぐるみを見て、甲児が珍しそうに言う。
ラトゥーニも騒ぎに気付きカチーナを・・・否、カチーナが持っているぬいぐるみを見ている。
「ははあ・・・彼、お得意のトリックでだまされましたね、中尉」
ラッセルの感心したような呟きを聞くと、カチーナはボン太くんのぬいぐるみをシュミレーターのシートに叩きつける。
ラトゥーニの視線がボン太くんの動きを追う。
「なに感心してやがる! さっさとあいつを捕まえてこい! 代わりに200セットやらせるぞ!」
「は、はいっ!」
「あ、ラッセル! 途中でキラを見つけたら、格納庫に来るように言ってくれ!!」
カチーナに怒鳴られ、走って格納庫を出て行く途中で、アストナージにも頼まれ事をされるラッセル。
(代わりにって、タスク200セットやらされるのか・・・?)
その場に居た全員が、胸中で突っ込みを入れていた。
ちなみに後日、そのボン太くん人形は、何故かラトゥーニの部屋で発見される事になるが―――それはまた別の話である。
「やっぱり、逃げてきたのね?」
ファの呆れた声に、タスクが力なく笑い返す。
「つーことで、此処に長居は出来ないんすよ」
そう言い、タスクが再び逃亡を開始しようとしたが、急に思い立った様に足を止めて、
「なあ、サイ。MSを動かせなくて、自分の事、下手に追い込んじゃいないだろうな?」
タスクの言葉に、反応しサイははっと顔を上げる。
「自分の事、無力だとか、何も出来ないなんて思うんじゃねぇぞ?―――何でポーカーで最弱のカード、3があると思うんだよ?
ゲームの為だとか、ルールとかじゃねぇ。それぞれのカードに役割があるんだ・・・
最強のカード、ジョーカーを切れる唯一の存在だから3がある、3がなくちゃ出来ない役がある。
・・・大富豪、大貧民でもあんまり数がでかくない8が場を、流れを変える事があるだろうが・・・つまりはそういう事さ。
何も部隊の全員がエースやジョーカー、絵札である必要は無いんだよ。
それぞれそいつにしか出来ない役割ってのがある筈なんだからさ・・・そいつが何なのか、少し考えてから結論をだそうぜ?」
「・・・タスク、お前はそれを見つけられたのか・・・?」
反射的に、サイはタスクに問いかけるが、彼は1つ肩を竦め、
「まさか。そうあっさりと見つけられるもんじゃねえだろ? 取りあえず、今は出来る事は全部やっとくだけだ」
「そう思うなら、訓練に戻ったら?」
「うわ、ヤブヘビだったか・・・」
ファに釘を刺され、タスクは自習室から退散し―――そのすぐ後にラッセルが自習室を覗き込んできた。
「すみません! タスク、見ませんでしたか!?」
「あ・・・ついさっきまで、此処に居ましたけど・・・」
キラがそう答えると、ラッセルは通路の向こう側に目をやり、
「参ったな・・・早く捕まえないと、カチーナ中尉が・・・あ、ヤマト少尉、アストナージさんが用があるって」
キラに伝言を伝えると、再びタスクの捜索を開始した。
「―――じゃあサイ。僕、行くから」
「キラ―――!」
自習室から出て行こうとするキラを、サイは呼びとめ、
「肝心な事、話してなかった―――フレイを、頼む。今は俺よりも、お前の方を彼女は必要としているから・・・」
サイの言葉は、ある意味合っている―――確かに彼女はキラを必要としている・・・復讐の対象、そして、その為の道具として。
ファはアムロからの話で、何となく察しは付いていたが―――ここで2人に言うべきか迷った。
全てが心情的なものであり、物的な証拠が何もなく・・・何より、この事を聞いてキラ達が耐えられるか―――今まで通りの
友人関係でいられるかが心配だった。
ファは迷った挙句―――ここでは何も言わない事にした。
なにもこんな辛い―――まだ、確たる証拠がある訳ではないが―――事を話す必要はない。
この先もキラやフレイ達と共に行動するのだ―――この間のカーゴルームのやり取りの様に、少しずつフレイと話していき、
思いを改めさせられれば良い。
第3者からではなく、当事者から―――本人が自ら全てを話し、友人達との関係を修復して行こうとすれば蟠りもなくなるだろう。
―――大丈夫。ロンド・ベル隊では味方同士で何度も衝突して―――でも必ず、最後には解り合えて来たんだから。
ファは最後にそう自分に言い聞かせた。
「ああ―――解った」
ファの心情に気づく事無く―――キラはハッキリと、頷いて答え―――自習室から出ると、誰かが通路の陰に隠れたのに気づいた。
そして、その直後にパタパタとその場を走り去る足音が聞こえる。
一瞬だけだが、見えた長い髪は鮮やかな赤い色をしていた。
(フレイ・・・? 来てたのか・・・?)
自習室を後にしたタスクは、食堂で一息ついていた。
「ちょっと休憩・・・カチーナ中尉のペースじゃ、実戦前に訓練で死んじまうぜ・・・」
タスクがぼやいた時、エクセレンとレッシィが食堂に入って来た。
「あらん、タスク君・・・こんな所でくつろいじゃって。訓練中じゃなかったっけ?」
「いや、もう。カチーナ中尉が厳しくて厳しくて。抜け出して、ちょっと一休みっす」
タスクは手で顔を仰ぎながらエクセレンに応える。
「でも、しっかり訓練を積んで錬度を高めとかないと、実戦であっさり死ぬ事になるよ?」
「その前に、訓練で死ぬっすよあれじゃ・・・」
レッシィの助言をにタスクはヘタレながら返す。
「あらん、お疲れさま。でも・・・私は不正とバーゲンは見逃さないわよ?」
「ついでに言うと、私もね」
「ヘ!?」
エクセレン、レッシィの言葉をタスクが理解するよりも早く、
「はぁ〜い、ラッセル君! 授業を抜け出しちゃった生徒はここにいるわよん?」
ちょうど、食堂の前を通り過ぎようとしたラッセルをエクセレンが呼び止めた。
「ゲ!!」
「タスク、こんな所に・・・! カチーナ中尉がカンカンですよ!」
ラッセルは言いながら歩み寄ると、タスクの首根っこを掴んで、格納庫に歩みを向ける。
「あ、あんまりだ〜」
引き摺られていくタスクに、なぐさめらしき言葉をレッシィとエクセレンがかける。
「あの女鬼隊長だって、別にあなたをいじめたくてやってるわけじゃないよ?」
「ん〜・・・多分だけどね」
「自信ねえんじゃん!」
最後のエクセレンへの突っ込みを最後に、タスクは格納庫へと連行されていった。
キラが格納庫に入ると、あちこちで人だかりが出来ていた。
シュミレーターの方では、誰かを喝采する声と―――恐らくタスクのものであろう、今にも消え入りそうなギブアップの声と、カチーナの罵声が、
少し離れた所では、まるで真剣勝負を見守る様な緊張感が漂っていた。
「おおっとぉ!!」
カガリは声を上げて、敵ミサイルを回避すると、ミサイルを撃ち返して敵機を撃破する。
「すごーい! これで15機目よ!」
キャオの肩に座って、画面を見ていたリリスが喝采の声を上げる。
「確かに、やるな・・・カガリ、君は空中戦とかMSの操縦経験は?」
隣りで見ていたコウも、感心の声を洩らし、カガリに聞く。
「いや、別に・・・っと!」
コウに返しながら、最後の敵機を撃ち落し、シュミレーションが終了する。
被験者の成績が並び、トップにカガリの名前が表示されると、みなが感嘆の声を上げた。
「まっ、2発くらっちゃったけどな」
そう言いながらも、カガリは満更でもないという表情で笑っている。
「なあ、MS用のシュミレーターとかもあるんだろ? 何処にあるんだ?」
カガリはシュミレーターから降りながら、コウに問いかけ、格納庫を見渡す。
「いや、あれって軍事機密扱いだから・・・」
言わなければ勝手に探して、勝手に起動させそうなカガリをコウが注意する。
「ちぇ、案外ケチなんだな・・・あ、キラ!!」
不満そうにカガリは呟くが、こちらを見ているキラに気づき、駆けて行った。
「キラ! シュミレーションで16機撃破! どうだ!!」
キラに駆け寄り、自慢する様にカガリは言い放つ。
「シュミレーションでって、あの人だかりはカガリの・・・!?」
「そうだ。今の時点でダントツトップの成績だぞ! 今、トールって奴がやっているけど、そう簡単には塗り変えれれないぞ」
驚くキラの表情に満足したのか、ニッコリと笑って言うカガリ。
「で、お前は? ストライクの整備とかは終ってるんだろ?」
「え? ああ、終ってるんだけど、アストナージさんが用があるって・・・ねえ、カガリ? あっちは何をしてるの?」
カガリに返すついでに、もう1つの人だかりを見て問いかける。
「ああ、ドモンがブリットって奴に稽古をつけてやってるんだって」
槍を構えたブリットはジリジリとすり足で近づきながら、ドモンの隙を窺っている。
一方ドモンは、木刀を構えたまま動かずブリットの出方を窺う。
―――ブリットは隙を見せれば、そこから攻められ、押し込まれると判断しているからだが、ドモンは違う。
隙を見せた所で、そこからカウンターを取る事は容易く出来るし、隙が無くとも先の先を取り、容易く一本を取る事も出来る。
それでもドモンが動かないのは、ブリットがドモンに稽古をつけて欲しいと願った理由からだ。
ブリットがドモンに稽古を願った理由―――それは、最初に紅いASと戦った時に、ガウルンに言われた事、槍の技術、特に攻撃面を磨く事だ。
虎龍王で戦っている時は大して問題とは思わなかったが、虎龍王よりも数段遅いグルンガスト改で戦っていると
その問題を痛感する事が多々あった。
それは―――速度だ。
機体の足が遅いのはまだ諦めがつくが、武器を特に槍の速度が虎龍王に比べると格段に落ちている。
虎龍王以上の速さを出せない事は解るが、それなら自分が槍を今まで以上に扱えるようになれば、
少しでも虎龍王の槍の速度に追いつけるのでは・・・?
そう考えての頼みだった。
ふとブリットのすり足が止まると、集中力が高まっていき、姿勢を徐々に低く―――まるで、これから短距離走をする様な姿勢になっていく。
(来るか・・・!?)
充分の気の入った一撃だ―――自分も気を込めて受けなければ、ただでは済まない。
ドモンはそう判断し、切っ先に気を集中させていく。
辺りに漂う緊張が更に高まり―――ブリットは一足に踏み込み、槍を放った。
その踏み込み、槍の速さは誰の目から見ても―――コーディネーターであるキラの眼から見ても―――速い一撃だったが、
「甘い!!」
ドモンは吼え、その一撃をそれ以上の速さで振るった木刀で撥ね上げ―――返す刀をブリットの肩口に叩き込んだ。
「くっ・・・!」
「まだまだだが・・・いい一撃だったぞ」
構えを解き、肩を押さえるブリットにドモンは言葉をかける。
「かする位は出来ると思ったんだけどな・・・」
ブリットが悔しそうに呟くと、見物していたダバがアドバイスをする。
「今のは右半身しかバネとして使ってませんでしたから・・・上半身全部をバネにしてみれば・・・?」
「上半身全部を―――ですか?」
そう言われ、ブリットは何度か上半身全体をバネにして槍を振るってみる。
「でも、これだと1撃かわされたら終わりだよ?」
「そうね・・・そんなにバネを溜めないで、もっと溜めを少なくして連続で突き出した方が、槍の場合は有効なんじゃ・・・?」
アレンビー、レインが更に意見を言う。
「これを、連続でですか・・・」
ブリットは言われた通りに槍をかなりの速さを維持したままで連続して突くが―――少し時間が経つと、その速度は徐々に落ちていった。
「さ、流石に、このスピードを、維持するのは・・・」
「まだ、鍛錬が足りんな―――速さだけじゃなく、型も徐々に崩れていってたぞ」
息切れをしながら言うブリットに、ドモンが指摘する。
「一定の速度を保ったまま連続攻撃は、今のお前ではまだ無理だ。今は上半身をバネにした一撃を練習するんだな」
「ああ。そうするよ―――ゼンガー少佐も言ってたからな『二の太刀があると思うな! 敵は一撃で倒せ!』ってな」
ブリットの言葉に、ドモンは興味深そうに眉をはね上げた。
「ほう・・・そう言った漢がいるのか? 一度、会ってみたいものだ」
「で、名前どうするの?」
「名前?」
アレンビーの言葉の意味が解らず、ブリットは聞き返した。
「そう! だって、それグルンガスト改でも再現して使うんでしょ?」
「ああ、そういう事か。考えてはあるんだ―――ゲイボル「それは止めた方が・・・」」
ブリットが全部を言う前に、アレンビーが突っ込みを入れる。
「・・・なんで?」
「え、だって・・・色々と問題が・・・他の名前、アタシも考えてあげるからさ」
首を傾げるブリットを誤魔化し、アレンビーは幾つかの名前を言い始めた。
「ところで、ダバ・マイロード、お前は俺達の太刀筋が見えていたのか? 今のアドバイスは、ブリットの槍が見えてなければ言えない事だったが?」
少し驚きながら、ドモンがダバに問いかけると彼は頷く。
「辛うじて、ですけど。ドモンの太刀は閃光が走った様にしか見えませんでしたが・・・」
「それでも中々のものだぞ・・・どうだ? 一つ手合わせしないか?」
その誘いにダバは頷くと、ドモンからもう一振りの木刀を受け取り構えると―――ほぼ同時に動き出した。
ブリットとドモンの動き、そして今戦っているダバの動きを見て、キラは改めてこの部隊の異常性に気づいた。
(今の動き・・・ナチュラルとは思えない―――いや、僕よりも確実に速かった・・・他の星の人だけど、
ダバさん達の身体能力はナチュラルと大して差が無い筈だ・・・
でも、そうとは思えないほど、身体能力が高い・・・ロンド・ベル隊の人達って、本当にナチュラルなのか・・・?)
カガリはそんな難しい事を気にせず、今はただドモンとダバの戦いを熱心に見ていた。
「お、来たなキラ」
呆然としていたキラにアストナージが声をかけた。
「あ、アストナージさん。用って一体・・・?」
「ああ。ストライクに新しい装備をつけたんだ―――実物を見せながら話すから、こっちに来てくれ」
アストナージに言われ、カガリと共にストライクの元に向かうキラ。
ストライクの周りでは、マードックとデュオが新装備の調整―――否、改造ともいえる作業をしていた。
「これは・・・? ファーストガンダムのガンダムハンマー!?」
「いや、ハイパーハンマーだろ? 後ろの所に、ブースターが付いてんだし」
置かれている武器を見て驚くキラを、別の角度から見たカガリが訂正する。
「本当だ・・・でも、どうしてここに?」
「アムロも同じ事言ってたな。買出しの時に、サービス品で付いて来たんだよ。 今、端子をストライクのマニュピレーターに合わせてる
どうだ? 扱えそうか?」
デュオが作業の手を止め、キラに聞いてくる。
「―――取りあえず、使い方は頭では解りますけど・・・何でストライクに付けるんですか? アムロ少佐の方が、使い慣れてるんじゃ?」
「アムロ少佐の指示なんだよ。HMが相手だと、エールの装備じゃ相性が悪い―――かといって、ソードだと近距離は強くなるが、
中距離より外に対応出来るのは、マイダスメッサーのみ・・・ランチャーは、言わなくても解るよな?
まあ、対HM用の装備だと考えてくれや」
マードックはアムロからの指示をそのまま伝えると、改修作業に戻る。
確かに、ビームコートを装備しているA級HM相手には、ビームライフルよりも有効な手段だろう。
破壊力も高いので、他の敵機に対してもなかなか使い勝手がありそうだが―――
(動きが速い敵機・・・Xナンバーや、あの紅いAS相手には通用しないだろうな・・・)
キラは胸中で呟くと、再びハイパーハンマーを見上げた。
「キラに新装備か・・・なら、私も・・・」
カガリは呟き、まだ一度も飛ばしていないスカイグラスパー2号機に視線を向ける。
「・・・なにを考えているか、大体想像は着くが―――本物は駄目だからな? 腕は兎も角、単純に訓練時間が足りないぞ」
「ちぇ・・・」
カガリの思惑に気づいたアストナージに釘を刺され、彼女は小さく舌打ちをした。
レジスタンスの司令室では、マリュー、ナタル、アムロ、フラガ、キョウスケがサイーブの立てた作戦を聞いていた。
「この辺りは廃坑の空洞だらけだ―――で、こっちには俺達が仕掛けた地雷原がある・・・戦場にしようってんなら、この辺だろ」
サイーブは地図の一点を指差し、くるりと円を描いた。
「虎もポセイダル軍の連中もそう考えるだろうし、あの妙な連中―――デスアーミーだったか? あいつ等を相手するにも、
仕掛けがあった方が楽だろう」
フラガがマリューの方をちらりと見た後、訊ねる。
「本当にそれでいいのか? 俺達は兎も角、そっちの装備じゃかなりの被害が―――最悪、全滅って可能性も出てくるぞ?」
アムロもフラガの言葉に頷き言う。
「フラガ少佐の言う通りだ。歩兵装備程度で、2つの勢力・・・いや、デビルガンダムが出てくる可能性もあるから3つになるか。
これだけの数相手に、戦うなんて無茶だぞ? ここまで協力してくれたんだ。後は、俺達だけでも―――」
しかし、アムロの言葉をサイーブは手で制止し、
「その提案は、余計なお世話ってやつだ―――『虎』に従い、奴の下で働けば、安全な暮らしが約束できるだろうよ・・・バナディーアの様にな。
実際、女達や一部の男どもからそういう声もある。だが、支配者の手は気まぐれだ。何百年、俺達の一族が、この大陸に住む連中が
泣かされて来て、今も戦い続けていると思う?」
マリュー達の顔に、重苦しい表情が浮かぶ。
彼女達は―――連邦に属する土地で生まれ、生きてきた者は間違いなくサイーブ達を泣かせてきた立場にいる。
そういった者達が全て、彼等に何かをした訳ではないが、連邦に属する世界は遠い過去より、反抗する力を持たない弱者から
搾取し、不利な立場に置く事で、自らの富を築き上げてきた。
だが、サイーブは自らの境遇に卑屈になる事無く、むしろ誇り高い口調で続けた。
「―――支配はされない、支配しない。俺達が望むのはそれだけだ。だが、それには俺達も戦わなくちゃ意味がないんだ。
自らが掴み取った平和ではなく、与えられた平和になんの意味がある?」
「―――確かにな」
サイーブの言葉にキョウスケが応え、アムロは重々しく頷いた―――覚えがあり、彼等の考えに共感出来るのだ。
ただ、生きていくだけならば、バルマー戦役最終決戦時に、ラオデキヤの言葉に頷けば良かった。
だが、ロンド・ベル隊の誰もがその言葉を跳ね除け―――分の悪いとも言える戦いの道を選んだのだ。
あの戦いを生き抜いた、戦い抜いた者達の誰もが、そんなものに何の価値もない事を解っていたからだ。
平和も、生きていく意味も、自分達の手で掴み取るからこそ価値があり―――掴み取ったものだからこそ、誰もがそれを守ろうとする。
「虎に押さえられた、東の鉱区を取り戻せれば、旧式だがASが手に入る資金を得る事が出来るからな。
そうすりゃ、こっちの望みも叶う」
サイーブは髭面に太い笑みを浮かべた。
「こっちはこっちの目的で、あんたらを利用しようってんだ。そこまでの気遣いは無用だ」
「―――オーケイ、解った」
「だが、無茶はしないでくれよ?」
フラガ、アムロが頷きマリューの方を見ると、彼女も頷き、
「わかりました―――では、突破作戦へのご協力、喜んでお受けします」
「しかし、艦長―――彼等が本当に戦力になるとお考えで?」
アークエンジェルに戻る途中、ナタルが周りにレジスタンスがいない事を確認しながら問いかけてきた。
「・・・心配なのは判るけどね」
ナタルの指摘している事に気付き、マリューは息を吐いた。
「武器は歩兵武器しかない、機動兵器は1つもない、戦闘員の半分は動けない―――ないない尽くしだな」
「確かに、あの戦力では焼け石に水だな」
フラガとアムロもナタルの言わんとする事に頷く。
「まあ、かく乱程度にはなるかもしれませんが―――全滅する公算の方が高いですよ?」
「そうならないように、俺達が上手く立ち回るしかないな・・・」
ナタルの言葉に、アムロは少し困った様に言葉を吐いた。
「そういえばナンブ少尉、あなたには連絡していない事がありました―――タスク・シングウジ伍長がグルンガスト改を動かした事は?」
「ええ。聞き及んでいます」
マリューの問いかけに、キョウスケは頷く。
「それで、タスク・シングウジ伍長を曹長へ戦時昇任させ、配置を整備班からゲシュペンストTTへの搭乗者に変更します」
「では、パイロットに?」
キョウスケの問いかけに、フラガが頷く。
「まあ、タスクが適性検査で落ちたのは、体技試験の点が足りなかっただけって話を聞いたからな―――ゲシュペンストは下手なMS・・・
ネモとかジェガンよりは頑丈だからな。当たり所が余程悪くなきゃ、そうそう落とされないだろうし―――
足りない分は、カチーナ中尉のシゴキと持ち前の勘の良さで補ってもらう」
(勝負勘に優れているとなれば・・・パイロット向きか)
キョウスケはそう思い、マリュー達が言わんとしている事に気付いた。
「自分にそれを伝えたという事は・・・タスクへのフォローの事ですね?」
「そうだ。3勢力を同時に相手する事を視野に入れると、どうしても手が足りなくなるからな。本来なら、もっと訓練を積ませてから
送り出したいんだが―――状況がそうも言ってられない。すまんが、頼めるか?」
アムロの頼みに、キョウスケは無言で頷いた。
『少年、キミもロンド・ベル隊と共に行動するなら、どうすれば戦争が終わるのか・・・自分なりの答えを見つける、
いや、見つけられればいいな』
ベットに寝転がったキラの脳裏に、去り際、バルトフェルドが投げかけた言葉が過ぎる。
(これから、あの人と戦う事になるのか・・・)
アークエンジェルは今、ザフト軍、ポセイダル軍の包囲網を突破する為、レジスタンス達が仕掛けた地雷原がある所に移動中だ。
前回の結果を踏んで、両軍とも持ちうる最大の戦力をだしてくるだろう―――そうなると、当然バルトフェルド自らが戦いに出て来る。
(どうすれば、戦争が終わる、か・・・)
重い気分になりながらも、バルトフェルドがかけた言葉を考える。
―――この短い期間に答えの出せるものではない事は判っているが、何も考えずに、答えを見つけ出そうとせずにいる事はしたくはなかった。
その時ノックの音が耳に入り、キラは考えを中断する。
「―――キラ?」
ドアが開き、もうすっかり見慣れたシルエットが戸口に立っていた。
「どうしたの? 暗いままで―――ひょっとして、寝てた?」
「・・・僕ってそんなに、寝てるイメージがあるかな?」
怪訝な顔をするフレイに、キラは苦笑いをして返す。
フレイは『ん〜、結構』と答えながら照明のスイッチを入れ、当然の様に部屋につかつかと入ってくる。
地球に降下して以来、フレイは暇を見つけてはキラの部屋に入り浸っていた。
就寝の時こそ、自分の部屋に戻る―――否、そのまま泊り込もうとして、エクセレンやフォウに見つかり部屋に戻される―――が、
それ以外の殆どの時間は、キラの部屋で過ごしており、かなりの量の私物も運び込んでいる。
しかし、キラとフレイが部屋で2人きりになる事はあまりない―――エクセレンやアレンビー達、ロンド・ベル隊の女性陣がよく顔を出し、
化粧品の話等をしながらお茶をする時、キラは巻き込まれない内に部屋から退散するからだ。
故に、今日の様に2人きりになり―――隣りに座られてもキラは何を話していいものか判らなかった。
「―――サイと話せた?」
「えっ?」
その言葉に、何故かフレイは驚いてキラを見た―――キラとしては、他に話す話題がないので、
取りあえず気になった事を聞いておこうと思ったからだ。
「だって、自習室の所に来てたし・・・」
先程、自習室の前で見たのは間違いなくフレイだった。
あの時は、自分達がいたのであの場から去ったと思い、キラは問いかけたのだが―――彼女の反応を見る限り、去った意味は少々違うようだ。
フレイはすぐには返さず、キラの肩に頭を乗せると―――キラが赤面している事に気付かず―――唐突に囁いた。
「・・・サイ、馬鹿よね」
予想だにしなかった言葉に、キラは戸惑うがフレイは続ける。
「自分に出来もしない事して、キラに―――皆に迷惑をかけそうになって・・・本当に、馬鹿なんだから・・・」
苛立たせながら発せられた言葉だったが、その語尾は切なげな響きが揺れた。
「・・・フレイ」
その声を聞き、キラは彼女の本心を―――前々からもしやと思っていた―――悟ると、その誤解とサイの心を伝えようと思い、口を開いた。
「そんな風に言わないでよ・・・サイは、僕を、フレイを―――みんなを守る手助けが、手助け出来る力が欲しくてやったんだから・・・」
「キラ・・・? 何? サイに同情する事は・・・」
その言葉を聞き、フレイはキラを見上げる―――キラは目を逸らさず、フレイの目を見て言葉を続ける。
―――大丈夫・・・元々、覚悟していた事だ、と胸中でそう自分に言い聞かせながら。
「同情なんかじゃない。確かに、サイは無茶をしたけど・・・誰かの手助けがしたい―――その考え、思いは非難される事じゃないと思うんだ」
キラはフレイにそれだけ話すと、やんわりと彼女を押し退け立ち上がり、出口へと足を向ける。
「キラ―――!!」
「ゴメン。そろそろ、出撃準備をしなくちゃいけないから・・・」
追いかけようとするフレイに遠回しな拒絶の言葉をかけると―――そのまま駆け出した。
フレイの気持ちが何も変わっていない事は解っていた。
自分はフレイの嫌いなコーディネーターだ―――そんな彼女が、急に心変わりをして自分の事を好いてくれる訳がない。
―――元々届かない・・・叶わない想いだったのだ。
それでも、彼女の傍に居られた・・・フレイのぬくもりに触れられただけでも良かったと思う。
キラはそう自分に言い聞かせながらも、心の奥底にもう1つの相反する想いを抱いているのに気付かなかった。
―――どうすれば、彼女に好きになってもらえるのだろう・・・と。
自分が彼女への想いをまだ諦めきれていない事に気付かないまま、キラは食堂へと走り続けた。
食堂はかなりの賑わいを見せていた。
ロンド・ベル隊の殆ど―――特に、甲児とドモン、カチーナ―――が正規のメニューよりも、かなり多めに料理をよそっている。
これから大規模の戦いに出るというのに、そんな事を微塵も感じさせない賑やかさと、食欲にキラは圧倒される。
「なんだぁ? まだ食ってないのか?」
キラのトレイを後ろから覗き込んだフラガが咎めた。
「フラガ少佐・・・キラは今よそってきたばかりですか・・・?」
キラの向かい側に座っているキョウスケがフォローに入る。
「食い始めてもなかったのか・・・しっかし、それじゃ足りないだろう―――甲児達ぐらい・・・」
ちらりと、正規の3倍は食べているのに、おかわりに向かう甲児と同じ位に料理を取っているドモンを見て、フラガは1つ咳払いをし、
「―――とは、言わねえけど・・・もうちょっと食っとけ」
言いながら、自分が取ってきた料理を―――ドネル・ケバブを1つ、キラのトレイに投げ入れる。
フラガはキラの隣りに座り、自分のケバブにかぶりつくと満足気に唸る。
「やっぱ現地調達物は美味いねぇ。レーションは腹は膨れるが、美味いとは言えないからな」
「・・・少佐、そんなに食べるんですか?」
キラはフラガのトレイを見てゲンナリしながら訊ねる―――甲児達程ではないが、それでもキラの2倍以上の量がある。
「腹が減ってたら力が出ないでしょ? ほらほら、お前も食えって。ソースはヨーグルトが美味いぞ―――って、どうした?」
途中から目を落としたキラを妙に思い、フラガが声をかける。
「・・・バルトフェルドの事か?」
キョウスケの言葉に、キラは黙って頷くのを見て、事情を知らないフラガはケバブを頬張りながら首を傾げる。
「どういう事だ?」
「バルトフェルドもケバブはヨーグルトソース派でした。これから戦う事になる、しかもお互い顔を合わせた間柄です・・・気も重くはなるでしょう」
キョウスケの返答に、フラガはケバブを食べるのを止める。
「・・・ふむ、味のわかる男だな」
キョウスケ達が『砂漠の虎』に直接会った事は、フラガも聞いているが、気に止めた風もなく残ったケバブを口に放り込む。
キラの脳裏には、あのソースの味しかしなかったケバブと硝煙の匂い―――そして、印象的な敵将の姿がよみがえる。
「―――けど、敵の事なんか知らない方がいいんだ。早く忘れちまえ」
「え・・・?」
意味が判らず、キラは聞き返す。
「これから、命の取り合いをする相手の事なんざ、知っててもやり難いだけだろうが」
コップに口をつけながら、フラガは言い、キョウスケもその言葉に頷く。
「確かにな―――こちらが顔見知りだからといって、手加減をしてくる様な相手ではない筈だ・・・
お前が・・・俺達が躊躇おうが、バルトフェルドは容赦なく撃ってくるぞ―――場から降りるつもりがないのなら、こちらも戦うしかない。
忘れろ、とは言わん・・・だが、決断する事だ―――でないと、死ぬ事になる」
キョウスケの静かな―――決意が混じる声に、キラは息をのんだ。
―――敵として立ち塞がる以上は・・・何であろうと撃ち貫くのみ、とキョウスケの眼は語っている。
顔を合わせ、直接話した事もある相手にどうして・・・? とキラが思った時、バルトフェルドが言った言葉を思い出し、悟った。
『キミ達と話が出来て楽しかった―――良かったかどうかは、判らんがね』
あの言葉はこの事を、戦う相手を知ってしまった事を指しており―――キョウスケは既に、その相手を討つ覚悟を決めているのだ。
バルトフェルドも今のキラの様に、殺さねばならぬ相手にうっかり好意を抱いてしまった事を悔やみ―――
キョウスケの様に、それを乗り越え覚悟を決めているのだろうか?
『なら・・・どうやって勝ち負けを決める? 何処で終わりにすれば良い? 敵である者を、全て滅ぼして・・・かね?』
中断していた考え事が、バルトフェルドの声と共にキラの頭によみがえる。
(あの人を滅ぼして・・・コーディネーターを滅ぼして・・・蜥蜴や異星人全てを滅ぼしたら、戦争は終るのか・・・?
それで、その先には何が残るんだ・・・?)
「・・・ラ、キラ、どうした?」
キラがハッとすると、キョウスケがこちらを見ていた―――何度か呼びかけたのだろう、フラガも心配そうに自分を見ている。
「あ、いえ・・・何でもありません」
キラは誤魔化すと、チリソースとヨーグルトソースをケバブにかけた―――どちらか片方を選ぶと、カガリかバルトフェルド・・・
選ばなかった方のソース派が怒る所を想像してしまいそうだったからだ。
キラがケバブに噛り付いた時、艦内に第一戦闘配備が鳴り響いた―――熱砂の決戦が今、始まる。
一方、ポセイダル軍が占拠しているキリマンジャロ基地―――
現在、この基地の責任者―――最高司令官を任されている、ネイ・モー・ハンは本星のギワザからの通信を送っていた。
『補充部隊の消息が断った、だと!?』
「はい。本来の到着日時になっても此方に着いておりません。ここ3日ほど、通信を送り続けてはいるのですが・・・」
ギワザの言葉に、ネイは重々しく頷いた。
キリマンジャロ基地を占拠したネイは、この大陸のザフト軍との戦いに備え、本星にかなりの規模の補充を要請していた。
この基地にもHMは多数あるが、この基地を占拠した時のままの戦力―――A級のHMで殆ど構成されており、簡単に量産が利かない代物だ。
更に、機体の数よりも兵士の人数の方が多く、大規模な作戦運用に難があった。
そこで、量産可能な大量なB級HMとそれなりに錬度を高めた兵士の派遣を要請し―――彼女が要請した事ではないが、
同じ13人衆のチャイ・チャーが援軍で来る事になっていたのだが―――
『むう・・・最後にチャイと通信をした時、『前回、ダバ・マイロードと戦闘した宙域に入る』と言っていたが・・・まさか、そこで敵に?』
「恐らくは。あの辺りは、電波撹乱剤等の影響で通信も、敵機の察知も困難な場所ですし・・・」
ギワザの頭には、途中で補充部隊が敵勢力と衝突する可能性も考えてあった。
しかし、仮にも―――新参者のギャブレー以下の腕であるが―――13人衆の1人であるチャイ・チャーが一緒なのだ。
そう部隊の全滅―――等という結果にならないだろうと、思っていたのだが・・・
『―――早急に新たな補充部隊を派遣させるが・・・早くとも部隊を揃えるのに半月、そちらに着くには更に1週間ははかかる』
「今度の作戦は現存の戦力で向かうしかありませんか・・・」
他の地域にいる13人衆に援軍を頼む事もネイは考えたが、すぐに諦めた。
一番近い地域―――東南アジア地区と西欧地域―――にいるギャブレーとワザンに援軍を要請しても、次の作戦には間に合いそうもない。
次の作戦―――この大陸から脱出しようとする、地球圏最強の部隊が乗っている艦を撃破する事だ。
前回、マクトミンが掴んだ情報の時同様、連邦軍の通信を傍受して掴んだ情報だが、ネイはこれがザフト軍の工作であると見抜いていた。
この基地にあった過去の記録を見る限り、この大陸にいるザフト軍の戦力だけでは適わないとネイは判断していた。
もし、自分ならこの大陸にいるもう1つの勢力の戦力を利用するだろう、と。
『うむ。しかし、全軍は動かすな。基地を保持するだけの最低限の戦力は残せよ? いっその事、ダバ・マイロード達にザフト軍を倒させ、
その後、この大陸で戦力を整えてから再戦をした方が、此方は有利なのだからな』
ギワザはそう言うと、通信を切った。
ネイとしても今度の戦いに全戦力を注ぎ込むつもりはない。
ロンド・ベル隊を倒すのに、13人衆2人と、この基地の戦力全てをかけてもまだ足りないと思うからだ。
なら、こちらが地上での戦力を整える間、ロンド・ベル隊とザフト軍でお互い潰しあっていれば良い。
取りあえず、今回はロンド・ベル隊の戦力を削る事―――そして、この大陸のザフト軍の殲滅を目的としよう、と。
ネイは作戦目的を決めると、自分直属の部下―――ヘッケラーとアントン、そして同僚であるマフ・マクトミンを呼び出した。
「最低限の兵力を残し、出撃準備だ―――ロンド・ベル隊とザフト軍に仕掛けるよ」
第二十一話に続く
作:今回は幾つかの謎解き・・・と言うより、この世界の設定を語った回でした。
作中で書いたとおり、一応ジョージ・グレンはこの世界にも存在しますが、今どうなっているのか? 何故失踪したのか?
その辺りは、物語の後半に語る事になるかと思います。
そして謝る事が2つほど・・・1つはガンダムハンマー、もとい、ハイパーハンマーです。
ストライクに漢らしい武器が、対艦刀しかないのでつい勢いで着けちゃいました(滝汗)
皆様の意見を見てから、今後どうするか・・・ゲシュペンスト辺りに付け替えるか決めようと思っています。
そして・・・某『月型』の『槍の兄貴』の技等と同じ名前が出てきましたが・・・ネタです。
多分本気ではないので、安心してください―――次までにまともな名前考えなくては・・・(汗)
さて、結構質問があった『戦争バカ』ですが、次回辺りに登場する予定です。
―――問題は、1話で戦闘シーンが収まるか? って事なんですが・・・(オイ)
そして、最後に行方不明・・・というより、戦死したっぽいチャイですが、この事はこの戦いが終わった後に書く予定の外伝、
まあ、ナデシコサイドですが・・・これに書こうかと思います。
こちらの方には、『海賊なガンダム』に乗る『少年』を登場させようかな〜っと思っております。
―――唐突に予定が変わるかもしれませんが・・・(コラ)
管理人の感想
コワレ1号さんからの投稿です。
キラが色々と悩んでいます。
その隣で、ひたすら己の食欲を満たす甲児とドモン・・・実に対照的ですなぁ(苦笑)
すっかりロンド・ベルの空気に染まって溶け込んでいるドモンは流石だと思いますw
さて、次回ではとうとう戦争バカの登場ですか?そうなんですか?
彼の生き様と行動を見れば、ますますキラはナチュラルという存在に疑問を持つでしょうな(笑)