第二十二話 隠れた脅威




ヴェサリウスの内部通路を、アスランとリムはロッカールームへと向っていた。

「アスラン、リム」

その背後から声をかけられ、2人は振り向いて微笑む。

「ニコル」

「ハイ、お互い早いわね」

ニコルは何時も通り柔らかい微笑を浮かべ、2人に追いつく。

「2人とも、この間はありがとうございました」

そう言われて、2人は一瞬顔を見合わせて記憶を辿る―――アスランが『ああ』と思い出し、

「いや・・・良いコンサートだったね」

「ああ! そ、そうね!!」

アスランと違い、リムは慌てて返事をし・・・コメカミにも少々汗を浮かばせる―――そんな2人をニコルは悪戯っぽい目で見やり、

「・・・寝てませんでした?」

「うっ・・・」

「あう・・・」

図星を刺され、2人は声を洩らす―――ラクスの影響で両者とも音楽は嫌いではないのだが、クラシック方面には疎く、
ニコルの奏でる音楽を聴く内に、心地よく眠ってしまったのだ。

「そ―――そんな事ないよ。なあ、リム?」

「そ、そうよ」

誤魔化すが、ニコルの目からからかいの色は消えない。

「あそこの椅子は座り心地がいいですから、さぞ気持ちよく眠れただろうと・・・」

「あー、確かに。殆ど徹夜した後だったから余計に・・・」

「リム、リム!! 頷いてる頷いてる!!」

思わず頷いているリムに、アスランがツッコミを入れる。

そんなやり取りにニコルはクスクスと笑った後、ふと寂しそうな顔になる。

「―――本当は、もっとちゃんとしたのをやりたいんですけどね・・・」

「・・・今はな」

顔を引き締めて言うアスランに、リムも無言で頷く。

「オペレーションスピットブレイクが終れば、少しは情勢も変わるだろうから・・・」

「ですね・・・」

「成功すれば、だけどね」

リムの言葉に、2人は驚き彼女を見る。

2人の表情を察して、リムは息を吐くと、

「今地上にロンド・ベル隊がいるの忘れたの? あの、『砂漠の虎』バルトフェルド隊長がロンド・ベル隊にやられたのよ? 
しかも、極東方面にはグレートマジンガー、真・ゲッターとか多数のスーパーロボットがいるし、
おまけに地下勢力の連中もそこそこ活動してるみたいだし、トドメにあちこちで勢力を拡大しているポセイダル軍の存在―――
ある意味、宇宙以上に厄介な状況よ。当初のスピットブレイクの仮想敵は、連邦軍のみ・・・これだけ戦線が変わったっていうのに、
未だに勝てる公算が高いなんて思う『奴』の頭の中を見てみたいわ・・・まあ、どうせ何にも入ってないんでしょうけど!」

スピットブレイクの作戦提出者がパトリックである事を知っているので、リムの口調は最後にはかなり辛辣になる。

「ま、まあ。いくら何でも作戦に変更点が無いって訳じゃないんだから」

リムを落ち着かせる様にアスランは言う。

険悪な顔になったリムを宥める様に、ニコルは話題を変える。

「こんな形になったのは残念ですけど、僕は結構楽しみなんですよ―――地球に降りるのは初めてなんで」

「俺だってそうだよ―――リムは?」

アスランはニコルに返すと不機嫌な顔になっているリムに話を振る。

「・・・私もよ。というか、今回地球に降りるメンバーで、初めてじゃないのってそうはいないわよ」

「やっぱり、一緒に降りる優華隊の方達も初めてですよね? どういう人達が所属してるんですか?
女性だけのエース部隊という話は聞きましたが・・・」

顔見せは地上に降りてから・・・というより、イザーク達と合流してからになるが、構成員が全員女性と聞いたのでニコルも少々気になるのだろう。

ニコルの問いかけに、リムはハッと気がつき、

「そういえばニコル君は零夜さん達とは初対面だったわね・・・先に1つ言っておくわ、優華隊の人達の中に、北斗さん
―――枝織ちゃんになってるかもしれないけど―――接し方には十分注意してね」

「―――どういう意味ですか?」

リムの表情を見て、ニコルはやや緊張の面持ちで聞き返す。

「実は―――」

リムは北斗と枝織の関係と、昨夜ラクスの屋敷で起きたある事件について話し始めた。



リムは休暇の初日に約束したとおり、地球に出発する前の晩にラクスの屋敷へと訪れていた。

「ハイ、ラクス。約束どおり、ご馳走になりにきたわよ」

「ええ。ようこそいらっしゃいました。あと少しでアスランも来るそうです」

「OK、それまで適当に寛がせてもらうわ」

微笑むラクスに軽く返すと、慣れた足取りで客間に向かう。

リムが客間に入ると、大きなソファーの上で北斗が横になり眠っていた。

「あらら・・・何も掛けないで・・・いくらコロニーの中でも、身体が冷えるわよ―――取りあえず」

リムは微笑むと自分が着ていた薄手の上着を脱ぎ、北斗に掛けようと近づいた―――その時、リムの背中に戦場で何度も感じた気配―――
『死の気配』ともいえる感覚が走った。

半ば反射的にリムは上着を手放し、向けられた気配が一番強い首を腕で守りながら後ろに跳ぶ。

次の瞬間、手放した上着はズタズタに引き裂かれ、防御に回した腕に強い衝撃が襲い―――後ろに弾き飛ばされ、壁に激突する。

「かはっ―――!!」

その衝撃に肺の中の空気が全て吐き出され、続けて背中に鈍い痛みが走るが如何にか意識を保たせる。

よろめきながらリムは立ち上がり、防御に回した腕を見ると、ザフト軍で採用されている時計―――ナチュラル、コーディネーターの
腕力程度では決して破壊されない程の強度を持っている―――が完全に砕けている。

「一体、何が・・・?」

訳が判らず、ほんの一瞬前まで自分が立っていた場所を見るが、北斗が寝息を立てているだけである。

リムが首を傾げていると、トタトタとこちらに近づいて来る駆け足が聞こえて来た。

「今、物凄い音がしたんですけど―――リムさん!? 大丈夫ですか!?」

薄手の布団を手に、部屋に駆け込んできた零夜は立っているのがやっとの状態のリムと大きくへこんだ壁、
北斗の直ぐ傍に、ボロボロになって落ちている布切れを見て、何が起きたのかを察する。

「リムさん―――北ちゃんに、近づいたんですか・・・?」

「ええ。何も掛けないでいたら、身体に障るかなって思って、上着を掛けようとしたんだけど・・・」

リムの言葉に零夜は深く息を吐き、北斗に近づくと持ってきた布団をかける。

「リムさん、よく無事でしたね・・・?」

「無事って言うほど、無事って訳じゃないんだけど―――あちこち痛いし」

零夜に言葉にリムは返すが、彼女は首をゆっくりと振り、

「無事と言ったのは、『よく生きていましたね』っていう意味です―――無意識下で手加減の無い北ちゃんの攻撃を受けて」

その言葉に、リムは目を大きく見開き、

「ちょ、ちょっと待って―――私を襲ったのは、北斗さんだっていうの!? 何で!? 北斗さん今も寝てるし、私は殺気とか放ってないし
気配も消して近づいても無い、第一、顔見知りの私に本気で攻撃を仕掛けるって・・・!?」

「―――北ちゃんは意識がない時は、近づいた者を誰であろうと攻撃してしまうんです」

北斗がこうなった原因を上手く語らず、零夜は話し始め―――話が終わった時、リムは難しい顔で唸っていた。

「う〜ん・・・つまり、北斗さんと枝織ちゃんは、寝ている時に近づいた人は敵味方関係無しで攻撃をする『癖』がある。
寝ていて意識がないから、当然手加減も無し―――その対象外が、零夜さんだけ・・・こういう事?」

「ええ。そうです」

リムの確認に零夜は頷く。

「一種の夢遊病みたいなものかしらね―――かなり、物騒なものだけど」

リムは未だ傷む腕を摩りながら呟く―――あの攻撃を受けられたのは、完全に運が良かったからだ。

もし、もう一度攻撃を仕掛けられればとてもではないが、防ぐ自信は無い。

「全く、これは北斗さんと付き合う事になった男は苦労―――というより、常に命の危険に晒されるわね。
『一緒に寝ていて、彼女に無意識で殺された』なんて、事情が知らない人が聞けば、痴情のもつれにしか聞こえな・・・モガ」

リムの言葉を聞いて、零夜は慌てて口を塞がせる。

「まみしゅるにょよ?(何するのよ?)」

口を塞がれた状態で、器用に零夜に問いかけるリム。

零夜はチラリと北斗の方を見て、起きていない事を確認すると安心したように息を吐いた。

「リムさん―――北ちゃんの前で、北ちゃんが女性だっていう意味合いの言葉は言わないでください・・・これも冗談抜きで危ないです」

「・・・マジ?」

「はい。マジです」



「―――って事があってね」

リムの話が終ると、ニコルだけでなくアスランも眉を引きつらせていた。

「俺が来る前にそんな事があったのか・・・? だからか!? 何時もは客間に一度通されるのに、昨日は直接大広間に通されたのは!!」

「流石に2人で・・・途中で万葉さんも手を貸してくれたけど・・・短時間じゃ、壁の修理は出来なかったからね〜
ラクスは『気にしないでください』って笑ってたけど」

リムは苦笑いを浮かべてアスランに返した時、ちょうどロッカールームに着いた。

「ニコル君、そういうことだから―――言っとくけど、そんな事態になったら、私でも手助けは出来ないからね」

最後にニコルに言い、リムは女性用のロッカールームへと入っていった。



パイロットスーツに着替え、アスラン達はそれぞれ機体に乗り込んだ。

イージスのコックピットシートに座ったアスランは、近づいて来る地球を見ながら複雑な思いを抱いていた。

(―――キラ・・・やはりお前と戦わなくてはならないのか・・・?)

ラクスを引き渡した時のキラの言葉に、自分は覚悟を決めた筈だった―――しかし未だ完全に吹っ切れずに、心の奥底では
キラと戦う事を、キラを『敵』として討つ事を拒否している自分がいる事をアスランは感じていた。

アスランの心の葛藤とは関係なく、彼等を乗せたカプセルは大気圏へと突入していった




「あー!! 風が気持ち良い!!」

「そうね。 地球の海なんて、久しぶりだしね」

アークエンジェルの甲板に出たトールとミリアリアが大きく伸びをする。

「俺達も海に出るのは久々だな」

「全くだ。ラサの復興作業が忙しくて、休む暇もなかったし、作業が一段落したと思ったらヘリオポリス行きだったもんな」

コウの言葉にキースが頷きながら返す。

アークエンジェルは現在海上を進んでいた。

レセップス、ポセイダル軍、デビルガンダムとの3つ巴の戦闘を突破し、アフリカ大陸を離れた彼等はアラスカへと向かう航路にあった。

海上に出て間もなく、マリューは乗員が交代で甲板に出る事を許可した―――整備班の様に甲板に出れる時間が無い者も多数いるが。

厳しい戦闘を切り抜けた後、ひとまず予想される敵襲もない海に出た事で、顔の明るい者が多い。

「地球の海も蒼いんだな」

「そうだね。ペンタゴナの海も蒼かったけど、こっちもそれに負けない位澄んでいるね」

地球の海を直接見るのが初めてなダバとレッシィは、自分達の星を思い出しながら眺める。

「へえ。ダバさん達の星の海も綺麗なんですか?」

「ええ、そうよ。生き物もいっぱいいるし。この海にもいっぱい生き物がいるの?」

リリスは飛びながらトール達に問いかける。

「ああ。だけど、どの位いるか具体的には判らないな―――自分達が住んでいる星だけど、全部を知っている訳じゃないんだ。
銀河をいく宇宙船が沈んでた時も、それが自分で浮上する時まで気付かなかったし、他にも色々とあるかもしれないな」

「あ、甲児さん。それって、前大戦時に少しニュースでやっていた―――」



キラは甲児達の話を聞き流しながら、少し離れた所に座り込み、ボンヤリと水平線を眺め、バルトフェルドに投げかけられた言葉を思い出していた。

『どこで勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい?』

この言葉をかけられた時からずっと考えてるのだが、未だに答えは見つからない。

『戦うしかなかろう―――! 敵である以上、どちらかが滅びるまでな!!』

本当にこれしか道がないのだろうか? 戦いを終らせるには、敵を全て滅ぼすしかないのか?

しかし、敵だって大人しく殺されてくれる筈はない―――殺しあって、多くの屍を築き、最後まで生き残りその上に立っている方が勝者なのか?

考えが行き詰まり、キラはそんな事を考えてしまう。

「・・・ラ、オイ、キラ!! 聞こえてないのか!?」

「うわぁ!!」

突然大声で呼ばれ、キラは驚きながら顔を上げると―――カガリが自分を覗き込んでいた。



宴の翌日―――アークエンジェルがレジスタンスの基地から出発する際、カガリが『自分も連れて行け』とマリュー達に直談判をしたのだ。

「連れて行けって・・・?」

カガリの申し出に、マリューは困惑してナタルの方を見て意見を求めようとしたが―――どうやら二日酔いらしく、青い顔で頭を押さえている。

反論させるタイミングを掴ませない様に、カガリはそのまま一気にまくし立てる。

「お前達よりは、私の―――あ、いや私達の方が地球の情勢に詳しい。途中で補給が必要になったら、力になってやれるしな」

補給の部分を聞きとがめたフラガが、何気なく聞き返す。

「力に? どうやってだい? 武器商人とか裏の商売の連中相手なら、デュオ達の方が顔が利くんじゃないか?」

その言葉にカガリは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに気を取り直し、

「あ、だから・・・デュオ達が知らない、顔が通用しない相手の時は私が力になる!」

「しかし、俺達と一緒に行くという事は、この砂漠以上の戦いに巻き込まれる事になるぞ?」

アムロは純粋にカガリの身を案じて諦めさせようとするが、彼女は首を振り、

「その辺りも承知の上だ! それに、アラスカまで着いて行くって訳じゃない!」

「じゃあ、何処まで着いてきてくれるんだ? 途中で近くを通る日本辺りか?」

「あ、そ、それは・・・・と、兎に角! 私は決めたからな!! 駄目と言われても聞かないぞ!!」

フラガの更に深く入った突っ込みに、カガリはこれ以上は自分がボロ出すと判断し、一方的に告げてその場から離れる。

カガリの後ろ姿を見つつ、マリューはため息を吐き、

「アムロ少佐、どうしましょう・・・? 出立時間を早めて、彼女が乗り込む前に出るという事も出来ますが・・・」

「いや、それは止めた方が良いと思いますよ」

近くで話を聞いていたカトルが話に加わる。

「黙って出立しようとしても、必ず気付いて密航するでしょうし―――それなら僕達の目が届く様に、乗艦を許可した方が安全だと思います」

「・・・確かに、そういう考えもあるか」

カトルの意見に、アムロが少し考えてから頷く。

「じゃあ、どうする艦長さん? 今更民間人の1人や2人―――『善意の協力者』が増えた所で、そう問題があるって訳じゃないと思うけどね?」

フラガはカガリの行動力の高さを見知っているので、半ば諦めがちにマリューに問いかける。

「・・・・はあ」

―――結局、マリューも諦めた様に息を吐くと渋々カガリとキサカの乗艦を許可したのだった。




「あ、カガリ・・・」

「『あ、カガリ・・・』じゃない! 私が呼んでいるのに、全然返事をしないから、ちょっと心配したんだぞ!?」

不機嫌な顔で返すカガリの言葉に、キラは首を傾げる。

「心配・・・? なんの?」

「それは・・・どこか調子が悪いのかと思ってさ」

カガリは言いながらキラの隣りに腰掛ける。

「お前、ここ最近ずっと元気がないし、あの宴の時だって何時の間にか1人で部屋に戻っていたんだってな」

キラは結局あの宴には参加せずに、頃合を見て艦に戻りそのまま部屋で休んでいたのだ。

「調子が悪いんなら、無理はしないでファって人か、レインさんに診て貰えよ」

「あ、いや。大丈夫だよ。別に調子が悪いって訳じゃないから・・・」

慌てて首を振って返すと、カガリはジッとキラの顔を見つめ、

「―――まあ、顔色は悪くない様だから大丈夫か。ああ、そういえば―――」

キラが無理をしていない事を悟り、カガリは視線を外したが、当初聞こうとしていた事を思い出すと、再度キラを見て、

「あの宴の時に聞こうと思っていたんだが・・・何でお前、コーディネーターなんだ?」

「・・・・・へっ?」

(いや、なんでって言われても・・・)

胸中でツッコミを入れつつもキョトンとするキラ。

その反応を見て、自分に言葉が足りなかったと気付き、

「あ、すまない―――えっと、何でお前コーディネーターなのにロンド・ベル隊に、連邦にいるんだ?」

キラは苦笑いをしつつ、バルトフェルドがカガリに言った『真っ直ぐすぎるのも問題だぞ』という言葉を思い出した。

「やっぱり、おかしいのかな?」

「あ、いや・・・ロンド・ベル隊の中から見れば、そうおかしいって訳でもないが・・・」

ちらりと、海を見ながら話しているダバ達―――視線は主にリリスに向けている様だが―――を見て、考えながら話す。

「けど、今ってナチュラルとコーディネーターとで敵対してる状況だろう? お前に、そういうのは無いのかって事だよ」

「―――カガリは?」

キラが聞き返すと、カガリはムッとして返す。

「ロンド・ベル隊の連中と一緒さ―――コーディネーターだからどうこうって、気持ちは無い!」

「・・・僕も」

「ただ―――戦争で、攻撃されるから戦わなくちゃならないだけで・・・出来るなら、こっちとしてもやり合いたくは無いさ」

「僕も・・・」

「・・・お前さ、自分の意見とか言えよ!」

キラがふざけている、もしくは話を聞いていないと思ったカガリが睨みながら怒鳴る。

「あ、いや。たまたま意見が同じだったから頷いていただけで・・・」

怒るカガリを宥めつつ、キラはふと投げかけられた言葉を考えた。

『何でお前、コーディネーターなんだ?』

他人にこんな事を訊かれたのは初めてだ―――フレイとの一件以来、自分でも何度か問い続けていたが。

何故、自分はコーディネーターなんだろう? 何故、自分は他の人とは違うのだろう? 何故、自分が生まれ方を選んだ訳ではないのに、
それだけで、フレイに嫌われなければならないのだろう?

「コーディネーターだって同じなのに・・・同じ地球人なのに・・・」

キラが呟くと、カガリは腕で膝を抱える。

それは開戦した時から、キラがずっと考えている事だった。

―――異星の人達と解り合えるのに、何で同じ星で2つに別れて戦わなくちゃいけないのだろう?―――僕達はそれほどまでに違っているのか?

「でも、お前達は何でも出来るんだろ、生まれつき」

「ちゃんと練習したり、勉強したり、訓練すればね。コーディネーターだからって、最初から何でも出来る訳じゃないよ。
それに、コーディネーターと言っても人間だからね。限界・・・というか、無理な事もあるし」

コーディネーターは何の苦労も努力もなく人を超えた超人になれる―――と世間では思われがちだが、事実は微妙に違う。

人を超えれるのではなく、人が本来持っている能力を最大近くまで使える様になるだけだ。

コーディネーターも人の身である以上、足の速さは馬に劣り、その腕力は熊に劣る。

ただ、ナチュラルよりもほんの少しだけ、持っている才能を開花させやすく、人の身の限界に近づき易くなるだけなのだ。

「そりゃ、そうだよな―――幾ら、コーディネーターでも、ガンダムファイターみたくなれる訳ないし」

「・・・そうだね」

カガリの相槌に、キラは格納庫で見たドモン達の動きを思い出しつつ重々しく頷く。

「それに・・・見た所、私達とあんまり変わらないよな、お前。ボケ〜としてる事多いし、何か抜けてるし」

「う・・・」

カガリが近づいて来る事に気付かなかった身として―――足音の1つにも気付かなかった―――反論は出来ない。

「でも、そうなんだよ。コーディネーターだって、悲しい事は悲しい、怖い事は怖い、大事な人、物を守りたいと思うし守ろうとする。
そういうのは、ナチュラルもコーディネーターも同じなんだよ」

「うん・・・そうだよな」

カガリはポツンと答えると、眉を顰めて真剣に何かを考え始めた。

そんな彼女の様子を見ていると、キラは不思議と心が落ち着くように感じた。

改めて考えると、こんな風に自分の存在について、ナチュラルの誰かと語り合った事はこれまでなかった。

トールやミリアリア、タスクはキラがコーディネーターである事を、あまり突き詰めて考える事がなかった様だし、
サイはあえてその話題を避けていた様に思える。

ロンド・ベル隊はキラが何者かではなく、『キラ』個人として、1人の普通の人間、少年、仲間として
見て、接するので、コーディネーターという点を意識すらしてないのだろう。

「なのに、なんで・・・」

話を続けようとしたキラだったが、背後から声をかけられ言葉を切った。

「あ、キラ。こんな所にいたの?」

2人はハッとして振り向くと、フレイが上着を脱ぎ、タンクトップ姿で甲板に歩み出て来た。

「もう、捜しちゃったわよ―――甲板に出るなら、誘ってくれればいいのに」

言いながらフレイは前屈みになり、キラを見下ろす。

「あ・・・ああ、ゴメン・・・」

胸元からふくよかな胸の谷間が見え、キラは赤面して視線を逸らす―――その時、キラの目に、不機嫌な目で自分を睨んでいるカガリが映った。

「あ、あのさ、カガリ・・・?」

何故カガリがそんな目で自分を睨んでいるのかが判らず、恐る恐るカガリの話しかけるキラ。

そんなカガリに気付きつつも、フレイは言葉を続ける。

「気持ち良いわね―――でも、あんまり長くいたら、日に焼けちゃうな」

最後に日に焼け放題のカガリをチラリと見やって言い、キラの腕を掴む。

「少ししたら、戻りましょ? 私、エクセレンさん達に呼ばれてるし」

そのままフレイはキラを立たせようとするが―――空いている腕を、カガリが掴む。

「あ、え? カガリ・・・?」

「悪いな、まだコイツと話している最中なんだ―――戻るなら、1人で行け」

「―――!」

カガリがフレイを見て言い放つと、彼女は敵意を込めて睨み返す。

「あ、え―――?」

状況が判らず、ひたすら険悪になっていく空気の中、キラは2人を見比べる。

(何で、2人が・・・!?)



カガリの方はキラとどうこうしようなどとは、欠片も思っていない―――が、このままフレイにキラを連れて行かれるのは、
『何となく』だが面白くない。

そう―――まるで、自分の『弟』・・・尤も、自分に弟はいないが・・・が自分が気に入らない女と遊びに行くような感覚だ。

「それに日に焼けるだ? キラは色が白すぎるんだよ。少し位、焼いた方が健康そうに見えるだろ」

「あら? キラは今ぐらいの色が似合うわよ―――誰かさんの砂漠での感覚に合う訳無いじゃない」

お互い冷たい火花を散らしながら、睨みあうフレイとカガリ―――そして何故、こんな状況になったか判らず、オロオロと両者を見るキラ。

そんな3人を見て、トール達は冷たい汗を流す。

「なんか・・・凄いね―――フレイってああいう顔も出来るんだ」

「つーか、キラ、気の毒だな・・・」

そんな彼等とは別に、リリスは見慣れた光景だと思った―――その理由は直ぐに判った。

(そっか、ダバの目の前で喧嘩する、アムとレッシィに似てるんだ・・・)




格納庫では整備班とキョウスケ達が忙しなく動いていた。

「ゲシュペンストの装甲板は―――!?」

「それよか酷いのは、アルトとサンドロックだ! こいつ等を優先的に―――!」

「ゼータの脚部のアポジモーターの交換は済んだのか!?」

あの砂漠での戦いで手酷く損傷した機体の修理が未だに終っていないのだ。

別段、整備班が仕事を怠けていた訳ではない―――マードックだけでなく、アストナージも目を光らせているのだ。

その上で仕事を怠けられる様な神経を持った者はそうそういないだろう。

では、何故、今まで修理が終っていなかったのか? それは、機体の修理よりも艦の修理に殆どの人員が割かれていたからだ。

あの戦いで損傷したのは何も機体だけではない―――アークエンジェルも機関部等に多大な損傷を負っていたのだ。

アフリカ大陸に駐留していたザフト軍、ポセイダル軍の戦力を突破はしたが、両軍共に何時、戦力を補充して来るか判らない状況だ。

幾ら残存の戦力が少ないとはいえ、何時までも大陸に留まっている訳にもいかないので、取りあえず機関部を優先的に修理をし、
他の損傷箇所、損傷した機動兵器は移動しながら修理をしていたのだ。

艦の損傷箇所の修理に目途が立ち、アストナージ達が損傷した機体の修理に取りかかれたのはつい先程の事なのだ。

「どうですか、キョウスケ少尉?」

アルトの損傷箇所のチェックをしているキョウスケに、カトルが話しかける。

「想像以上に手酷くやられた様だ・・・上半身の殆どの装甲は取り替えなければならん。
それに、脚部のサーボモーターも交換しなければならないな―――お前は?」

「サンドロックも似た様な状態です。右腕と左脚は丸ごと交換しなければいけませんね」

カトルの答えに、キョウスケはアルトアイゼンを見上げ、

「流石に時間がかかるな。お互い、次の出撃は無理か・・・」

「ええ。それに、カチーナ中尉のゲシュペンストもだそうです」

その言葉にキョウスケは1つ息を吐いた時、ヴァイスの整備を終えたエクセレンが、キョロキョロと周囲を見ながら歩み寄って来た。

「ねえ、キョウスケ? レインさんとアレンビーちゃん知らない?」

「レインさん達か? 確か、ドモンとゴットガンダムの方で見たが・・・?」

「あらら、修羅場かしらん?」

ゴットガンダムの方を見ながら、軽く言うエクセレン。

「・・・それなら、タスクが一騒ぎしているだろう」

「あらん、ご尤も―――レインさん、アレンビーちゃん! そろそろよん!!」



ゴットガンダムの各部の調整をしながら、レインは難しい顔をしていた。

「どうだ、レイン?」

「・・・関節と右腕、拳の調整が必要ね」

「どれ位かかりそう?」

アレンビーの問いかけに、レインは少しコメカミを押さえ、

「少し時間が掛かるかも知れないわね・・・マスターとあれだけの拳劇を繰り広げたから、結構ボロボロになってるし」

「そうか・・・出来るだけ、急いで頼む。デビルガンダムと何時、遭遇するかは判らないからな」

「―――レインさん、アレンビーちゃん! そろそろよん!!」

その時、エクセレンがレイン達に声をかけた。

「あ、もうそんな時間なの? レインさんはどうする?」

「ゴットガンダムの調整があるし、今回は遠慮するわ」

「判った。伝えとくよ―――ドモン、もしも・・・いいや、止めとく」

アレンビーは何かを言おうとしたが、首を振って取り消し、エクセレンの方へと歩いていった。

「アレンビー・・・? 待て!!」

その表情と言葉に引っ掛かりを覚え、ドモンは思わず叫びアレンビーの後を追いかけた。



レイン達に声を掛けたエクセレンは、キョウスケに向き直り表情を曇らせた。

「キョウスケ・・・もし私が戻って来れなかったら・・・あとは・・・よろしくね」

「何・・・? おい、どこへいく気だ」

エクセレンの言葉が気に掛かり、キョウスケは思わず問いかける。

「エクセレンさん、お待たせ」

「アレンビー、何処に行く気だ!? エクセレン、お前も一緒なのか?」

アレンビーの後を追って来たドモンも、エクセレンに問いかける。

「ラーダさんに、美容にいいっていうアサナを習いにいくのよん」

肩を竦めて何て事は無いという様に答えるエクセレン。

「び、美容って・・・そんなに顔を曇らせる様な事ではないんじゃ・・・?」

カトルの疑問ももっともであるが、それを説明する様にエクセレンは言葉を続ける。

「これがまた・・・ヤバいのよ、骨が。アレンビーちゃんでも、生還率は分の悪い賭けになるわねん」

「・・・それがわかっているのにやる意味があるのか?」

何故それだけの為に命を掛けるのか解らないキョウスケは―――ドモン達も解らず妙な顔をしている―――聞き返す。

「効果はお墨付きよん? ラトゥーニちゃん以外のロンド・ベル隊の女性陣、フレイちゃんも行くんだって」

エクセレンはカガリも誘ったのだが、ただ一言、『興味ない』と返しただけだった。

「だ、大丈夫なんでしょうね?」

ラーダのヨガの体勢がどういうものかは、間近で見たタスクによって全クルーに知らされている。

カトルが心配するのも無理は無いだろう。

「さあね? ま、賭ける価値はあるんじゃない? んじゃ、また後で〜」

去っていくエクセレンとアレンビーを見送りながら、ポツリとドモンが呟く。

「・・・女の見栄か。わからん世界だ」

その言葉にキョウスケも重々しく頷き返した。

「判りたいとも思えんがな・・・」




「お願いします、隊長! 足つきを、ロンド・ベル隊を追わせてください!!」

ジブラルタル基地に降り、ブリーフィングルームへ足を踏み入れたアスラン、ニコル、リムは、クルーゼに殆ど食ってかかる様に
懇願しているイザークの声に、驚いて足を止めた。

「イザーク、感情的になりすぎだぞ?」

クルーゼがやんわりと窘めているが、3人はそれよりもイザークの顔の傷が気にかかった。

「イザーク、その傷・・・!」

「派手にやられたわね? アムロ・レイが相手?」

「違う」

アスランとリムの問いかけに、イザークはぶっきら棒に返す。

ディアッカはイザークの様にクルーゼに懇願はせず、何時もの様に斜に構えた態度で壁に寄りかかっており、3人に気付くと、
『よう』と軽く手を上げる。

「傷はもう良いそうだが、ロンド・ベル隊でもない相手、ストライクにしてやられた自分を許せないそうでな。
戒めとして、自分が納得するまで残しておくそうだ」

(ストライク・・・キラに!?)

クルーゼが本人に代わって説明し、アスランは思わず息を飲んだ。

「足つきがデータをもってアラスカに入るのは、何としても阻止せねばならん。だが、それは既に、カーペンタリアのモラシム隊の任務となっている」

「我々の仕事です!! 隊長! 生半可の腕では、足つきは、ロンド・ベル隊は倒せません!!」

「―――私も、イザーク君の意見に賛成です」

『リム!?』

突然、リムがイザークと口を揃えた事にニコルは―――アスランとディアッカ、イザークも―――驚き、彼女を見る。

「モラシム隊の腕が悪いとは言いませんが、ロンド・ベル隊がいる以上、出来るだけ戦力が高い部隊で仕掛けた方がいいでしょう。
私達だけではどうにもなりませんが、幸い、優華隊の方々も一緒に降りてますし」

「優華隊・・・? 何だ、それ?」

優華隊の事を知らないのか、ディアッカが眉を顰める。

「ああ。そういえば、イザーク達には話して・・・紹介していなかったな。そろそろ、こちらに来る筈だが・・・」

クルーゼがそう言った時、ブリーフィングルームの扉が開き、5人の女性達が入ってくる。

「失礼します! 優華隊、隊長、各務千紗以下7名、ただ今到着しました!!」

千沙が1歩前に進み出て、敬礼しながらクルーゼに報告する。

全員が女性であると見て、ディアッカが小さく口笛を吹くと、リムが半眼で見やり、

「ディアッカ君、『下手な事』しようとすると、色々と痛い目に遭うわよ?
皆さん、機動兵器でも生身でもかなりの腕を持っているからね」

「だ、誰がするか!!」

痛い所を突かれたのか、ディアッカは慌ててリムに怒鳴り返す。

ふと、北斗と零夜の姿が無い事に気付いたクルーゼが千沙に問いかける。

「千沙殿、北斗殿と零夜殿の姿が無いようだが・・・?」

「はあ、その・・・北斗殿が我々とはぐれてしまいまして・・・零夜が今探しているのですが・・・」

千沙が答えた時、再び扉が開き―――息を切らした零夜と、平然としている北斗が入って来た。

「ここか・・・?」

「はあ・・・はあ・・・も、申し訳ありません・・・遅れました・・・」

謝りもしない北斗の代わって、零夜がクルーゼに詫びる。

「いえ。大した遅れではありません。気にしないでください」

クルーゼは気にした風も無く返すと、イザーク達に向き直り、

「彼女達が木連の優華隊だ―――今後、お前達と行動を共にする事になっているが・・・」

「なっ・・・!? おん「はい、ストップ!!」」

クルーゼの言葉が終る前に、イザークは反論しようとしたが、それよりも早く、リムの右のブローが彼のボディに突き刺さっていた。

「お、まえっ・・・!!」

息がつまり、成す術もなく崩れ落ち意識を失うイザーク。

もしあのままイザークが反論していれば、北斗に運が良くても半殺し―――それでも再起不能な位―――にされていただろう。

「うわ・・・ひでぇ・・・久々に手加減なしでやりやがった」

ディアッカが倒れたイザークを見ながら顔を引きつらせる。

「ほう・・・あいつはこの中では一番腕が立つようだな。インパクトの瞬間に、腕を回転させて威力を上げたか」

「北ちゃん、関心するような事態じゃないんだけど・・・」

北斗に力なく突っ込む零夜。

「やれやれ・・・後でイザークにも話してやれ。 私はスピットブレイクの準備もある為に動けん―――が、そこまで言うのなら、
君達だけでやってみるかね? 戦力的には北斗殿もいるから問題は無い筈だ」

「すみませんが、何の話でしょうか?」

話の途中から参加した千沙達には事情が掴めず、クルーゼに問いかける。

「実は―――」

簡単にクルーゼが事情を説明すると、北斗がぶしつけに聞き返した。

「その艦には、前にオレが戦った連中が乗っているのか?」

「ええ。アムロ・レイも本来の自分の機体、νガンダムに乗り換えてましたから、前よりも手強くなっている筈です」

北斗はその答えに満足そうに頷くと、

「参加させてもらう。あの時も、テンカワ・アキト以上に楽しませてくれた連中だ―――本当の力がどれ程か、試させてもらう」

「千沙殿達もそれで宜しいですか?」

クルーゼは念の為に千沙に確認する。

(ロンド・ベル隊と戦う、か・・・舞歌様からの頼みがあるし、これは好機と見るべきね・・・)

千沙は胸中で一瞬だけ考えると、すぐさま頷く。

「では、優華隊とは別にイザーク、ディアッカ、ニコル、アスラン、リムで隊を結成し、指揮は・・・そうだな・・・リム『それだけは勘弁してください!』」

リムを含めたクルーゼ隊の全員が異口同音で反論する

「アカデミー時代に、リムが小隊長で模擬戦をした事があるのですが・・・どういう訳か、リムが隊長をした時に限って、事故が起こるんです!」

ディアッカの説明に、3人とも頷く。

「全員の弾が全部不発弾って時があったな?」

「逆に暴発した時もあったわね・・・ペイント弾で助かったけど」

「整備したばかりジンが、出撃と同時に原因不明で頓挫した事もありましたよね? 毎回何らかの、実戦だったら部隊が全滅している様な
事故が起きてましたからね」

全てが不慮の事故、と判断されたが多少の減点もされていた―――そんな事故、事件が起きつつもトップの成績を収め続けたからこそ、
彼等は赤服を着れている訳なのだが。

「・・・呪われているんじゃないのか?」

アスラン、リム、ニコルの昔話を聞いた万葉が重々しく訊ねる。

「・・・話は最後まで聞くんだ。その話は私も知っている―――リムは除外して、アスラン、君に任せる、と言うつもりだったのだが?」

ニコルとディアッカは胸を撫で下ろすが、リムとアスランは凍りつく。

2人の動揺に気付かない様子で、クルーゼは言葉を続ける。

「カーペンタリアで母艦を受領出来る様に手配する。 移動準備にかかれ」

「隊長・・・私が?」

アスランが戸惑うのは、例え即席の隊とはいえ、イザークやディアッカを差し置いて自分が隊長になる事だけではなかった。

この任務の目的はつまり、ストライクを―――自分の幼い頃からの親友であるキラを討つ事なのだ。

そして、クルーゼはこの事実を知っている。それなのに何故?

クルーゼはそんな彼等の胸中を見透かした様に、ふっと笑った。

「・・・色々と因縁のある艦と最強の部隊が相手だ。難しいとは思うが・・・君に期待する、アスラン。リム、フォローを頼むぞ? 以上だ」

そうまで言われて―――いや、上官の命令に背く訳にもいかず、アスランは複雑な表情で黙り込んだ。

一方、ディアッカはアスランの下で働く事を快く思ってはいない。

「リムが指揮するよりかはマシだけど、『ザラ隊』ね・・・イザークの奴がどういうかな」

ディアッカは鼻先を笑うと、イザークを担いで退室する。

「京子、機体の搬入をお願い―――お互い、頑張りましょう。アスラン・ザラ」

京子に指示すると、千沙は右手をアスランに差し出す。

「あ、はい―――お願いします」

アスランも思わず手を差し出し、軽く握手を返す。

優華隊に続き、アスラン達も部屋から出ようとするが、クルーゼに呼び止められる。

振り返ったアスランに、クルーゼは一言だけ言う。

「ストライク―――撃たねば、次に討たれるのは君かもしれんぞ?」

その言葉にアスランは表情を強張らせるが、リムがクルーゼに言い返した。

「大丈夫です―――あの時、私が言った様にそれは私が担当しますから」

リムの言葉に、アスランは驚いて彼女を見る―――冗談を言っている様な口調と、表情ではなかったからだ。

「・・・ならば、その言葉を信じるとしよう」

クルーゼの言葉を聞き流しつつ、リムはアスランの襟首を掴んで部屋から出て行った。



「リム! お前、本気で言っているのか!? お前が、キラを討つって・・・!!」

周囲に人がいない事を確認すると、アスランは襟首を摑まれたままリムに怒鳴る。

「―――貴方、未だ覚悟が・・・いえ、決めていないの?」

アスランの質問にに応えず、微妙にイラついた声でリムが聞き返す。

「これが3度目よ? 解りやすく聞いてあげる・・・部隊とキラ君、どっちを選ぶの?」

「え、な・・・それは・・・!」

いきなりの問いかけに、答えられずアスランは言いよどむ。

個人としてなら、軍に所属してなければキラの方が大切ではあるが、今の自分は軍人だ。

軍人である以上、部隊を放って置く訳にはいかない―――が、こちらを選ぶとキラを討たなければならなくなる。

答えられないアスランに、リムは一方的に告げる。

「もう時間は殆ど残ってないわ―――貴方にはベストな選択肢は残っていない。比較的マシな選択肢が残っているだけ。
それすらも選ばないでいると、貴方は両方を失う・・・いい? 忠告はしたわよ」

リムはそう言うと襟首を放し、1人で歩いて行き―――アスランはただ1人、その場に残され、吐き捨てる。

「どちらかを選べ・・・? 選べる様な事なら、とっくに選んでいるさ・・・!!」

キラも仲間も自分のとって掛け替えのない大切なものだ―――選べないからこそ、アスランは未だに迷っているのだ。




「―――確かに、赤道周辺はまだザフトやポセイダル軍の勢力下には入ってはいないが・・・」

アークエンジェルのブリッジでは、キサカがモニターを前に、マリュー達と航路の再検討をしていた。

「しかし、呆れたものだな、連邦も。アラスカまで自力で来いと言っておいて、補給の1つも寄越さないとは・・・
素人の集まりで、地球に降下したばかりのホワイトベースでも、補給くらいはあったのだろう?」

キサカの問いかけに、アムロは苦い表情で頷き、

「ああ。当時のジオンの勢力のど真ん中にいて、補給を受け取るのも一苦労だったが、何度か補給は受けられた。
しかし、今は敵の勢力中でもないというのに、補給を送らないとはどういう事だろうな・・・」

(ひょっとして、連邦の状況が、ティターンズと近い状況にある事に関係があるのか・・・?)

アムロはふとそう思った―――ティターンズのその実は、ジャミトフやその一派の高官達の私設軍に近い物だった。

もし、今の連邦軍の内部がその時同様、一部の政府高官、もしくはその派閥によって掌握されているのだとすれば、自分達が―――
否、ハルバートン提督が残したアークエンジェルとストライク、そして、ロンド・ベル隊は邪魔でしかないだろう。

「・・・アムロ少佐、何か?」

アムロが渋い顔で考え込んでいる事に気付いたナタルが、声をかける。

「あ、いや。何でもない。続けてくれ」

今は唯でさえ明るい材料がない状況だ―――態々、更に暗くなる様な説を言わなくてもいいだろう・・・アムロはそう判断した。

「戦闘は極力避けるのが賢明だろうな―――幾ら、ロンド・ベル隊がいると言っても、数で押されれば不利だ。
弾薬等の物資にも限りがある事だしな」

キサカが映し出された地図を見ながら言うと、ナタルがすぐさま反論する。

「だが、海洋のど真ん中を行くというのは、こちらにとっても厳しいぞ。 何かあった場合、艦を隠す場所がない―――
スペースノア級と違って、このアークエンジェルは潜れないんだぞ?」

「スペースノア級・・・?」

聞きなれない言葉にキサカが眉を顰めると、アムロは1つ頷き、

「そうか、一般にはそう出回っている情報じゃないからな―――スーパーエクセリヲン級と平行して建造されている戦艦さ。
エクセリヲン級が大型の機体、ガンバスターやシズラータイプ用の旗艦なら、スペースノア級はMSやPTが外宇宙で行動する際の旗艦だ。
まだ、壱番艦シロガネ、弐番艦ハガネしか配備されていないけどね」

「壱番艦は月基地に配備されたと聞きましたが、弐番艦は?」

「確か、アステロイドベルトのイカロス基地に配備された筈だ―――スーパーエクセリヲン級の建造が追いつくまで、
当分の間、トップ部隊の旗艦になるそうだ」

マリューとアムロの話を聞き、キサカは納得したように頷く。

「成る程な。1隻は月にあって戦場には出ず、もう1隻は戦場には出ているが、遠いアステロイドベルト―――情報を耳にしない訳だ。
さて、話を戻すぞ? 確かに艦を隠す場所はないが、そう心配する事もない筈だ」

キサカはそう言うと、モニターに自分の知る限りの連邦軍、ザフト軍、ポセイダル軍の勢力を映す。

「見て解るとおり、全部の勢力が隣り合わせの状態だ―――連邦軍、ザフト、ポセイダル軍共に、領土拡大に回す戦力はない。
それぞれ自分の領土を守るのに精一杯だ」

キサカの意見に全員が無言で頷く。

どれか1つの勢力が領土拡大の為に戦力を動かし、他の領土に攻め込むと、その隙を狙って、もう一方が自分の領土に攻め込む事が解る。

「今は地上のあちこちで、3竦みの状態って訳ね・・・」

マリューの的を得た表現に、キサカは頷き、

「そうだ。そういう訳で、今は海洋の真ん中が一番手薄さ―――ただ・・・この艦はその両方の軍に目を付けられているからな
運が悪ければ、いきなり両方に攻められるって事も、頭に入れとかないといけないがな」




時間は戻り―――アスラン達が地球に着く少し前・・・

『バルトフェルド隊長戦死の報に、私も大変驚いております。地球に『足つき』、ロンド・ベル隊を降ろしてしまったのは、もとより私の失態。
復雑な思いです。オペレーションスピットブレイクもある事ですし、私も地球に降ります』

「降りてこなくていい、永久に」

「た、隊長・・・」

ブリッジでクルーゼからの通信を聞いたモラシムが盛大に毒つきながら通信を切り、その言葉に副官が冷汗をかく。

副官の言葉を鼻で笑い飛ばしつつ、カップのコーヒーを不機嫌そうに傾かせる。

モラシムとしては、サイフォンでコーヒーを飲みたかったのだが、潜水艦内でそんな事は出来ないので、
中身は暖めたインスタントの物であり、それが彼の不機嫌を更に倍増させる。

「こんな通信をしてきおって・・・挑発をしているつもりか? だとしたら、下手な演技だ」

クルーゼ、バルトフェルドというザフト軍の中でも名の知られた者を撃破した部隊が自分の縄張りを通る―――
これを討つ事が出来れば、必然的に自分の実力が彼等以上の物だと知らしめる機会だ―――と
クルーゼは自分を嗾けている事が容易に見て取れる。

モラシムの言葉に、副官は確認を取る様に問いかける。

「では、このまま『トイ・ボックス』の探索に?」

彼等が現在受けている任務は、各地でザフト軍潜水母艦に攻撃を仕掛けてくる謎の大型潜水艦―――通称『トイ・ボックス』の探索任務だった。

その速度、性能共にザフト、連邦の潜水艦は足元にも及ばず、運良く遭遇しても本拠地を突き止める前に振り切られ、
遭遇と同時に攻撃を仕掛けても、放った魚雷を振り切るだけでなく、水中戦専用のMSの機動力を大きく凌駕し、艦に取り付かせなかったという。

どんな技術を―――中に何が入っているのか―――まるで子供の『オモチャ箱』の様に判らない、故に連邦、ザフト両軍が共通して
名付けた通称が『トイ・ボックス』である。

「いや・・・あえてこの挑発に乗ってやるさ。カーペンタリアに通達しろ、 我々は足つきの追撃に入る。
『トイ・ボックス』の探索に別の連中を回すようにな。 地球圏最強の部隊、ロンド・ベル隊―――アークエンジェル共々インド洋に沈めてやる」




時間は少し流れ―――取りあえず、当面はこのまま海上を進んでいく事に決めたマリュー達は、それぞれ持ち場に戻っていた。

「違うよ、パッシブソナーは基本的に―――」

「いや! そうじゃないって、こっちのマニュアルだと・・・」

「トール、そのマニュアル、ソナーの形式番号と違うんだけど?」

「え゛!?」

ソナーのマニュアルと、軍の水中戦における教本を片手に議論しているサイ達の声を聞き、ナタルはため息を付いた。

元々アークエンジェルは宇宙艦であり、水中用のソナーは装備されていないので、バナディーアで仕入れた物を使用している。

正規の訓練を受けていないので、彼等が戸惑うのも仕方がない気もするが、こう間近で話を聞いていると、本当に実戦では大丈夫なのか?
と不安になってくる―――彼等も一生懸命にやっているのがよく解るので、あえて声を荒げる事はしないが。

しかし、敵がソナーが扱える様になるまで待ってくれる筈はない。

取りあえず、アドバイスの1つでもしてやろうかとナタルが思った時、サイがレーダーの反応に気付いた。

「レーダーに反応! ―――ミノフスキー粒子の影響で数の特定は出来ませんが、速度からしてザフト軍、ディンです!!」

ザフト、ポセイダル軍、両方からの攻撃でない事を祈りつつ、マリューは叫んだ。

「総員、第二戦闘配備! 出撃可能な機体は出撃を!!」




「ラミアス艦長、敵の編成は!?」

アムロが手近なインターフォンを掴み、状況を確認する。

『ザフト軍、空中戦高機動MSのディンです。数は―――』

その時、マリューの報告を遮り、サイが声を上げる。

『ソナーに感あり!―――5・・・いや、7つ! 恐らく、MSと思われます!!』

「くっ、空と海の両方からか!!」

アムロはインターフォンを切ると、νガンダムへと向かう途中で、カミーユに声をかける。

「カミーユ、ゼータの修理は未だ済んでいないそうだ。今回はMK-Uに乗ってくれ!」

アムロの指示に、カミーユは少し眉を顰める。

「Mk-Uにですか? リ・ガズィは使えますよね?」

「使えるが、ゲッターチームがいない今、水中戦が可能なMSが潜る事になる―――主に、デュオのデスサイズと
キラのソードストライクだ。MKーUならバズーカを装備している分、水中でもある程度優位に戦えるはずだ」

その言葉を聞いたキラが、驚きアムロに聞き返す。

「えっ!? 僕もですか!?」

その言葉に、デュオが呆れた様な声を洩らし、

「あのなぁ・・・対艦刀なら実剣で振るえるし、ハンマーもあるだろうが!!」

「あ、そうか・・・!」

ハンマーにはブースターが付いているので、水中でも大して勢いが減る事もない。 そんな2人の様子を見つつ、アムロはカミーユに向き直り、

「デュオは水中戦にも慣れているだろうが、キラにとっては全く経験がない事だからな・・・MKーUでフォローに回ってくれ」

「判りました。じゃあ、リ・ガズィはフォウに」

アムロの言葉に頷くと、カミーユはMK-Uの方に向って走る。

「レイン! ゴットガンダムは出せるか!?」

「待って! まだ無理よ!! まだ、装甲を着けていないんだから!!」

ゴットガンダムに乗り込もうとするドモンを、レインが押し留めている。

「くっ・・・! なら生身で出るまでだ!!」

「駄目よ!! ここは海の上なのよ!? 幾らドモンでも、生身じゃ海中でMSと戦えないでしょ!!」

確かに、幾らガンダムファイターでも水中ともなると、陸上と比べて動きが格段に落ちるだろう。

「指を銜えて見てるしかないのか・・・!?」

ドモンが忌々しげに拳を手に叩きつける。

「ドモンさん、大丈夫ですよ。これ位の事、ロンド・ベル隊じゃよくある事です。今回は俺達に任せてください―――それとも・・・
俺達の力、信じられませんか?」

グルンガスト改に乗り込んだブリットが、ドモンに問いかける。

ブリットに問われ、ドモンは何かに気付いた様にハッとなり―――口元に笑みを浮かべた。

今は昔の様に、1人で戦っている訳ではない―――ここには自分が認めるほどの力と、意思を持った仲間が大勢いる。

「いや・・・判った、今回は大人しく見物させてもらおう―――無様な槍の振るい方をするなよ、ブリット?」

「判ってます!!」




フラガのスカイグラスパーが飛び立つと同時に、2機のディンがライフルを連射する。

「こいつ等何処から・・・? カーペンタリアからだと距離がありすぎる」

フラガはそれをあっさりと回避し、呟きながらアグニを撃ち返し、1機の翼を撃ち抜く。

残された1機がスカイグラスパーを背後から狙うが、1条のビームがディンを背中から貫いた。

「アムロ少佐か!? あの距離からよく当てられる―――って・・・?」

フラガが感心した様にアークエンジェルの方に目をやった時、違和感を覚えた。

「出撃した機体が少ないぞ? ヴァイスリッターとかは出せるんじゃなかったのか!?」




フラガが感じた違和感―――否、異常はブリッジでも気付いていた。

「どうした!? 出撃できる機体はこれだけなのか!? ヴァイスリッターやカルバリーに異常があったという報告はなかったぞ!?」

ナタルが格納庫に通信をつなげて声を荒げる―――その時、医務室からブリッジに通信が入った。

「艦長、カチーナ中尉、エクセレン少尉、ファさん、フォウさん、レッシィさん、アムさん、アレンビーさんが出撃できないそうです!」

通信を受けたミリアリアの報告に、ナタルは―――心当たりがあるのか―――苦い顔になる。

「『あのメンバー』か!!」

「と、取りあえず、ラーダさんに早く気を付かせるように伝えて!!」

指示を出しながら、マリューとナタルは同じ事を思った―――あの時、誘いを断っておいて良かった、と。




エクセレン達が出撃できない事は、アムロ達にも直ぐに伝わった。

「唯でさえ動ける機体が少ないっていうのに、俺達だけで海と空の敵を叩けって!? 幾ら何でもこの勝負・・・」

弱気を言うタスクに、甲児が発破をかけようとする―――が、すぐさま表情を明るくして、

「燃えて来るぜ!!」

「そ、そっちなのか・・・?」

「紛らわしい事すんな!!」

キースは呆れ、甲児はいきなり表情を変えたタスクに突っ込みを入れる。

「キラ、汎用型のMSは水中だと機体の動きが鈍る。陸での感覚でいると、痛い目に合うぞ」

「判りました。行きます!!」

アムロのアドバイスを受け、キラは海中へと飛び込んだ。




海中に潜ったキラは、初めて見る薄青く色づいた世界に少し戸惑いつつも、機体を動かす。

「確かに反応・・・というよりも、動きが鈍るか」

呟きながら、手早く計器類を微調整する。

(・・・これが、全部水か・・・)

装甲を一枚隔てた外は、冷たく重い水なのだと思うと、キラはコックピットが周囲から圧迫されている様な感覚を覚えた。

今までの人生を宇宙で過ごし、海に潜る事は今回が初めてなのだから無理もない。

落ち着かないキラの視野を、白い影がさっと過ぎり―――それを捉える前に、横殴りの衝撃がキラを襲った。

「―――くっ・・・!」

流線型の機体がストライクに体当たりし、そのままの勢いで離れて行く。

後を追う様にキラはバルカンを撃つが、あっという間に射程外に機体が離れて行く。

「速い!? 水中戦用のMSがこんなに速いなんて・・・!」

キラが驚いている間にも、もう1機のグーンがストライクに迫る。

キラは慌てて対艦刀を抜き放ち、体当たりを食らいつつも、衝撃に耐えながら剣を一閃させる。

グーンの背びれの様な突端を斬りおとすが、ダメージらしいダメージを受けた様子はない。

キラは呻きながら、衝撃で吹き飛ばされた機体を立て直した。



同じ頃、キラと少し離れた所に潜っていたカミーユ達も、グーンからの攻撃を受けていた。

グーンがガンダムMKーUを狙い魚雷を放つが、カミーユは命中しそうな魚雷だけバルカンで破壊する。

しかし、爆発の衝撃で濁った水流を突っ切り、別のグーンが体当たりをしてきた。

咄嗟にシールドを前に出し直撃は防ぐが、衝撃で機体が吹っ飛ばされる。

「くっ! やってくれる!!」

機体を立て直し、カミーユは再度突撃を仕掛けてくるグーンにハイパーバズーカを連射する。

しかし、高速で水中を動き回るグーンをあっさりとは捉えられず、1射目は回避され、2射目も回避されそうになったが、
グーンが射線から完全に回避するよりも早く、弾頭が炸裂した。

ガンダムMKーUのハイパーバズーカには、2種類の弾頭がある―――通常弾と炸裂弾だ。

カミーユは1発目は回避される事を見越して、2発目には予め炸裂弾を装填しておいたのだ。

幾ら水中を高速で動き回れても、いきなり目の前で炸裂した無数の弾丸を回避する術はなく、散弾の殆どが着弾する。

着弾の衝撃で動きが鈍った隙に、カミーユはMKーUを接近させる。

それに気付いたグーンは咄嗟に腕を突き出し、MKーUの頭部を串刺しにしようとするが、カミーユは頭部を少し傾かせるだけで回避し、
グーンの胴体部にビームサーベルの柄を押し当て―――サーベルにエネルギーを送った。

水による出力の低下もなく発生したビームサーベルが、グーンを貫き爆発させる。

一瞬動きの止まったMKーUを狙い、横から別のグーンが魚雷を放つが、デスサイズヘルが割り込み、魚雷を全て斬り裂いた。

「カミーユ、こっちは俺が引き受ける! キラのフォローに回ってくれ!! 初めての水中戦で、結構苦戦しているぜ!」

普通、水中戦用のMSではない機体で、水中戦専用の機体を一対多数で相手する事はかなり厳しい事であり、
ガンダムタイプといえど例外ではない。

カミーユがキラのフォローに回ると、デュオが1機で―――今確認しているだけでも―――3機の水中戦用のMSを相手しなければならなくなる。

本来の機体の動き、ビームの出力を出せない状況ではかなりの危機に自分から入る事になるのだが・・・

「判った、こっちは頼む!」

カミーユはその事を判っていながらも頷き、ストライクが戦闘している水域へと向って行く。

グーンのパイロット達は、1機を見捨てたと思ったのだろう―――2機のグーンがデスサイズヘルに魚雷を放ち、残る1機が続けて突撃をする。

迫る魚雷を、デュオはマシンキャノンで撃ち落し―――自分の間合いに入ってきたグーンに、振り向き際ビームシザースを横薙ぎに振り切る。

ここまでは突撃を仕掛けたパイロットも予測していた事だ―――こうなっても、水中で出力の低下したビームでは
グーンの装甲は切り裂けないと、踏んでいたのだが・・・その考えとは裏腹に、ビームシザースは易々とグーンを2つに切断した。

「なっ・・・!? 馬鹿な! 水中でこれだけの出力を・・・!!」

信じられない事態を体験し、叫びながら彼の身体も機体の爆発に飲まれる。

他のパイロット達も同じ様に、驚愕が顔中に広がっている。

水中ではビームの出力が低下し、先程カミーユが使った様な手段でなければ、本来の威力は発揮出来ない筈だからだ。

「へっ・・・俺の相棒の鎌はちょっと特別でね!」

デスサイズヘルのビームシザースは、水中でも威力が低下しないという事を彼等は知らなかったのだ。

デュオ達と付き合いの長いロンド・ベル隊の全員はこの事を知っており、カミーユがデュオ1人に任せたのもこれが理由だった。

「悪いな、さっさと壊させてもらうぜ!!」




水中で戦闘が繰り広げられている間も、空では激しい戦闘が続いていた。

「ドリルミサイル!!」

マジンガーZが放った大量のドリルミサイルを、ディン達はひらりと回避しつつライフルを撃ち返す。

ライフルが直撃するが、マジンガーZに損傷らしきものはない。

「ちっ! すばしっこい奴等だぜ!」

「確かに、グルンガストやマジンガーZとの相性が良いとは言えない相手だな」

ブリットもソニックトンファーを回避され、苦い顔をして頷く。

「ヴァイスリッターみたいに、高機動の空中戦が得意な機体がもう1機いれば楽なんですけど」

ダバがパワーランチャーを連射しつつ呻く。

「サイバスターかゲッターチームがいれば・・・!」

「そういう事を言うのは無しだぞ、キース。今動ける戦力で如何にかするしかないんだ!」

コウは機体を跳躍させ接近してきたディンを斬りおとしながらキースに返す。

「残りの数も多くないんだし、このまま押し込めるっすよ」

タスクが残っているディンの数を見て、楽観的に言った瞬間、アークエンジェルのレーダーとソナーに新たな反応が現れた。

「! 敵機、接近!! ディン20、海中から―――ゾノ1、グーン10!!」

ミリアリアの報告を聞いたラトゥーニは、引っ掛かりを覚えて眉を顰め、アムロに通信を繋げる。

「アムロ少佐・・・この増援、基地から来たにしては速すぎます・・・」

「ああ。どこかに母艦があると見るのが妥当だな―――ラミアス艦長、そちらで敵母艦の位置を割り出せるか?」



時間は少し戻り―――フラガは補給の為、一度アークエンジェルに帰艦し、先程から考えていた事もマリューに報告していた。

「潜水母艦―――?」

「ああ、幾ら何でもカーペンタリアから直接は無理だ―――こっちだって動いてるんだからさ、ギリギリ来て戦えたって帰れないからな」

確かにMSのバッテリーを考えるならば、カーペンタリアから直接来ているというより、こちらに探知できない距離―――しかも海中―――に
母艦の存在を想定する方が当たっているだろう。

それとほぼ同時に、アムロから通信が入る。

『ラミアス艦長、そちらで敵母艦の位置を割り出せるか?』

アムロからも同じ事を聞かれ、マリューは更にフラガの意見に確信を持ち、

「今、フラガ少佐からの指示で調べる所です。MSの航跡から、敵母艦の位置を割り出して」

「待ってください―――!」

アムロに返しながら指示を出すと、サイ達がデータを洗い直し始めた。



フラガがインターフォンを置くと、スカイグラスパー2号機の所でカガリがマードック達に噛み付いていた。

「だから、何で機体を遊ばせておくんだよ!! 私は乗れるんだぞ!?」

「いや、でも、あんたは・・・」

「お前さん、民間人だから・・・」

アストナージの指摘に、カガリはムッとなり、

「甲児達も民間人だろうが!! 何で私は駄目なんだ!!」

「甲児とブリットは自分の所属している研究所の機体を使ってるからだ。お前さんが乗ろうとしているコイツは、軍の物なんだぞ?
民間人が軍の物を使うとなると、色々と問題が出るんだよ」

アストナージは事情を説明し、何とかカガリを諦めさせようとする。

民間人の少女に機体を任せ、問題が出る事を恐れての事ではなく、戦場に送り出して撃墜されでもしたら―――と、カガリの身を案じての言葉だ。

しかし、カガリは言い募った。

「アークエンジェルが沈んだらみんな終わりだろう! なのに規則だからって何にもさせないで、もしそれでやられたら、化けて出てやるぞ!!」

「・・・死んだ人間同士で化かしあいって出来るのか?」

「そういう意味じゃない!!」

ポツリと突っ込みを入れたキャオに怒鳴り返し、カガリはマードック達を睨む。

「今度はお嬢ちゃんの勝ちだな! 曹長。2号機、用意してやれよ」

メットを小脇に持ちながら、フラガが笑って声をかける。

「うえ!?」

「フラガ少佐!?」

心外そうに振り返るマードックとアストナージに、フラガは言う。

「キョウスケがヴァイスを扱えるんなら諦めさせるんだが、あれだけクセが強い機体じゃエクセレン少尉以外は無理だろう。
この状況じゃ、スカイグラスパーだけで母艦を叩くしかない。なら、火力に多いに越した事はないさ」

そして笑みを引っ込め、カガリに向き直った。

「だが、遊びじゃないんだぜ、お嬢ちゃん。言い出した以上は、解ってるんだろうな?」

「カガリだ―――解っているさ、そんな事!!」




キラが機体を立て直すと、再びグーンが体当たりを仕掛けてきた。

キラは体当たりを回避し際、グーンに取り付くと対艦刀を突き刺そうとするが、横手から飛来した魚雷がストライクに命中し振り落とされる。

「くそ・・・! 最初の奴か!?」

キラは呻きながら機体を立て直すと、ストライクを振り落としたグーンが旋回し三度突っ込んで来る。

しかし、グーンがストライクの間合いに入る前に、ストライクの後方から砲弾が放たれ、グーンの目の前で炸裂した。

無数の弾丸を受け、グーンの速度が落ちた所を狙い、キラは対艦刀を突き刺した。

「キラ、大丈夫か!?」

「カミーユさん! はい、なんとか」

ガンダムMKーUがストライクと合流した所を狙い、グーンが魚雷を放つが、2機が一斉に放ったバルカンで尽く撃ち落される。

魚雷の爆発で発生した水煙に紛れ、ストライクがグーンへと接近する。

しかし、水煙を突破する前に警報が鳴り響き、キラははっと左を見た瞬間、魚雷が着弾し機体が流された。

「増援!?」

カミーユが魚雷の飛来した方を見ると、ゾノ1機、グーン10機が接近して来ていた。



「この辺りの深度が深くないのが災いしたな―――4機は足つきを狙え、俺が新型を抑える。残りはガンダムに仕掛けろ!!」

ゾノに乗るモラシムの指示を受け、編隊を組んでいたグーンが散開する。

「いかにガンダム、ロンド・ベル隊といっても、水中で充分に動ける機体ではない筈だ!」




海中から顔を出しミサイルを放ったグーンにコウがビームライフルを放つが、直前で潜られ回避されてしまう。

更にアークエンジェルの下に回りこんだグーンが次々とミサイルを放ち、艦が大きく揺れる。

イーゲルシュテルン、バリアントで迎撃するが、グーンは着弾する前に海中へと退避してしまう。

MSで直接叩こうにも、艦の下に潜り込まれ攻撃のしようがない。

「ちぃ! ストライクとMK-U、デスサイズヘルは何をやっている!?」

「それぞれ敵の増援と戦闘中です! ストライクもそうですが、ガンダムって言ったって汎用型なんですよ!? 
地上と同じ様に動ける訳ないじゃないですか!!」

「解ってる、それを言うな・・・!!」

苛立ったナタルはサイに叫び返され、顔を歪ませる。

アークエンジェルだけでなく、今のロンド・ベル隊に水中戦も出来る機体がない事はナタルも承知の事だ。

だが、今は『ないのだから仕方がない』で済まされる状況ではない―――比較的マシな手を打ち続けるしかないのだ。

「せめて、ゴットフリートの射線が取れれば・・・!」

「そうか!!」

ナタルの呟きに、マリューははっとした様に振り向き、続けてノイマンに向き直る。

「ノイマン少尉! 一度でいい、アークエンジェルをバレルロールさせて!!」

「ええっ!?」

マリューの言葉に、ノイマンが唖然とした顔で振り返った―――ナタルを含めた他のクルーも唖然としている。

「アムロ少佐達にも伝えて! 飛べないMSやPTでもバーニアを吹かしていれば、短い間滞空する事が出来る筈よ!」

「は、はい!!」

マリューの指示に我に返ったミリアリアがアムロ達に知らせる。

「ゴットフリートの射線を取る! 1度で当ててよ、ナタル!!」

「う、わ、わかりました」

「少尉、やれるわね?」

「は、はい!!」

「全艦内に通達急いで!」

マリューは矢継ぎに指示を出しながらシートベルトを締める。

「グーン2機、来ます!」

「ゴットフリート、照準いいか!?」

サイの報告を聞き、ナタルも確認しつつ身体を固定する。

「―――行きますよ!」

そしてノイマンがスラスターを操作し、操縦桿を引いた。



「バレルロールだとっ!? 全機、アークエンジェルから飛び上がれ!!」

全機がアムロの指示に従い、アークエンジェルから飛び上がった途端―――巨大な艦が勢いよく傾き始めた。



モニターの視界が回り、頭上に映るのが海面だけになった時、海面を割って2機のグーンが飛び出した。

グーンのパイロット達は一瞬、状況が掴めず硬直した―――無理もないだろう。

戦闘機やMAなら兎も角、戦艦がバレルロールをするなど、予想できる者がそうそういる訳はない。

「ゴットフリート、てぇーっ!!」

すかさずナタルの号令が響き、2門のゴットフリートが放たれ、2機のグーンを貫いた。

しかし、バレルロールをすると、当然ブリッジが海面近くになる―――そこはグーンのミサイルが届く距離だ。

そこを狙い、残った別のグーン2機がブリッジに狙いを着けるが、

「撃たせるかって! T-LINKリッパー!!」

それに気付いたタスクがT-LINKリッパーを放ち、2機のグーンの両腕を斬りおとし、
続けてラトゥーニとラッセルのゲシュペンストが降下しながら、プラズマステークを構える。

「BMセレクト、インファイト・・・」

「プラズマステークセット! 打ち砕いてみせる!!」

グーンが再び海中に潜る前に、頭部にプラズマステークを叩き込むと、グーンを踏みつけ再び空中へと跳ぶ。

その直後、2機のグーンは同時に爆発した。



同じ頃、デスサイズヘルとグーン4機の戦闘も決着が着こうとしていた。

水中でもその威力を失わないビームシザースを警戒し、グーン達は接近戦を避け、ミサイルでの遠距離戦に徹していた。

デスサイズヘルは接近戦を得意とする機体であり、装備も接近戦のものしかないのでこの戦法は正しいが、彼等は1つ見落としていた。

デスサイズヘルが得意とするもう1つの戦いに―――

2機のグーンが放った魚雷が命中し、衝撃で濁った水がデスサイズヘルを隠す。

例え視認出来なくとも、レーダー、ソナーがあるので普通は敵機を見失う事などそうないが、そのレーダー類のセンサーが一斉に沈黙した。

「なっ!? センサーが!? ジャマー、いや、ECMか!?」

次の瞬間、2機のグーンが爆発し、グーンのパイロットはこのECMを出している機体が何なのかに気付く。

「あのガンダムが出しているのか!?」

デスサイズヘルは隠密性に特化した機体でもあり、強力なECM、ハイパージャマーを搭載している。

デュオは魚雷をワザと受け、一瞬だけ機体の姿が隠れると同時にハイパージャマーを作動して機体を移動させたのだ。

警戒しながら周囲を見渡すが、デスサイズヘルの姿はなく、センサー類も相変わらずノイズが走るだけだ。

不意に海面で大きな爆発が起こり―――アークエンジェルが2機のグーンを破壊したのだ―――彼はそちらの方に目を向ける。

それで彼は気付かなかった、デスサイズヘルが背後でビームシザースを大きく振り被っている事に。

結局、彼ともう1機のグーンは最後に敵機の姿を見る事無くビームシザースに切り裂かれた。



ストライクとガンダムMKーUがグーンとゾノ相手に苦しい戦闘を続けていた。

キラが水中での戦いに不慣れな事もあるが、ストライクもMKーUも汎用型のMSであり、水中では性能を完全に引き出せない事が
何よりの理由だった。

キラがゾノに取り付こうとロケットアンカーを射出するが、鍵爪で叩き落し、真っ直ぐ突っ込んで切る。

右に避けようとするが、キラの予想以上にゾノが速く、間に合わずに弾き飛ばされる。

「キラ!」

グーンの攻撃を回避しつつ、カミーユが援護のバズーカを撃つが高速で動くゾノに回避されてしまう。

バズーカは水中でもその爆発力が減じる事はないが、唯でさえ遅い弾速が更に遅くなる。

先程の様な手段でも使わなければ、そうそう当たるものではない。

バズーカを回避しつつゾノはそのままストライクに突進しようとした時、海面で激しい爆発が起こった。

アークエンジェルが2機のグーンを破壊したのだ。

僚機を撃破され、モラシムの注意がわずか一瞬だけそちらに逸れる。

「―――そこだ!」

キラはその隙を見逃さず、一気に間合いを詰め、対艦刀を突き出した。

「!? なめるな!」

しかし、対艦刀が突き刺さるのよりも早くモラシムが我に返り、腕を持ち上げ―――照準用の緑のレーザーが放たれた。

キラは何か危険を感じ、無理矢理ストライクの軌道を変えようとしたが、完全には間に合わなかった。

次の瞬間、ゾノが放ったフォノンメーザーがストライクの左上腕部を破壊した。

幾ら水中でも片手では対艦刀を振るう事は無理だ―――キラは対艦刀を手放すと、アーマーシュナイダーを手に取った。

ゾノが続けてフォノンメーザーを放つが、キラは照準を着けられる前に機体を回避させる。

「このままじゃ・・・!」

今使える武器は2本のアーマーシュナイダーの他には、ハイパーハンマーしかない。

アーマーシュナイダーでは対艦刀以上に接近しなければ攻撃は当たらず、何より致命傷を与えるには深く敵機に突き刺すしかない。

ハイパーハンマーならある程度の距離からでも攻撃できるし、何より威力的にも充分だ。

しかし、ハンマーの軌道は直進しかなく、何より回避されたらこちらに大きな隙が出来てしまう。

(せめて、ハンマーの軌道を自分で変えられれば・・・!)

キラが胸中で呻いた時、カミーユのMKーUが手放した対艦刀の近くでグーンと戦闘中だった。

位置的には、現在のストライクとゾノと直線上からやや左にずれた所にあたる。

それに気付いた瞬間、キラの脳裏にある作戦が閃いた。

「カミーユさん、近くに対艦刀があります! 拾ってください!!」

『キラ!? どういう・・・』

いぶし気に聞き返すカミーユに応えず、キラはハイパーハンマーを手に取り、ゾノに向って放った。



「あれは・・・RXー78のハイパーハンマーか!? そんな骨董品に!!」

予想だにしていなかった武器にモラシムは驚くが、ハンマーの軌道は直進しか出来ない事は知っている。

易々とハンマーを回避し、続けてフォノンメーザーを放とうとしたが、いきなり横殴りの衝撃が機体を襲い吹っ飛ばされた。

「な、に!?」

モラシムが衝撃が来た方を見やると、回避した筈のハイパーハンマーが機体に突き刺さっていた。



回避されたハイパーハンマーがガンダムMKーUの方へと向ってくる。

軌道はやや左側なので、このまま回避しなくとも当たる事はない。

カミーユが対艦刀を拾った時、キラが叫んだ。

「対艦刀の峰で鎖を!!」

その言葉でキラが何を狙っているのかカミーユには解った。

拾った対艦刀の峰を鎖に当てると、そこを支点にしてハンマーが弧を描く。

遠心力によって更に勢いを付けたハンマーはそのままゾノの左側に直撃したのだ。



ハンマーを手放し、武器をアーマーシュナイダーへと持ち直すと、吹っ飛んだゾノに向ってストライクが迫る。

モラシムが距離を取る為に機体を下がらせようとしたが、思う様には動かなかった。

古い武器とはいえ、その威力は現行のMSを一撃で沈黙させられる程のものだ―――何の損傷がない訳がない。

下がるのが不可能と判断し、モラシムが右腕のフォノンメーザーを構えるが、それは少し遅かった。

腕が持ち上がるのと同時に、キラは機体を屈ませゾノの懐に入り込むとアーマーシュナイダーを胸部に―――
丁度、コックピット付近に深々と突き刺した。



カミーユが対艦刀で鎖の支点を作った所を狙い、残っていた2機のグーンが魚雷を放ってきた。

バルカンで撃ち落すには数が多すぎる、とカミーユは判断し、咄嗟にシールドを投げつけた。

多くの魚雷が投げられたシールドに着弾し、爆発する。

その爆発で濁った水を突っ切り、ガンダムMK-Uがグーン達に接近する―――対艦刀を手にして。

マニュピレーターの端子が合わなくてはMS同士でも使えない武器がある。

対艦刀もまさにそれだったが、端子接続が必要なのはビーム刃を発生させる場合のみだ。

実剣として振るうには端子が合わなくとも、巨大な対艦刀を振るえるだけの馬力、その力に耐えれるだけのフレーム強度があれば充分だ。

咄嗟に距離を取ろうとするが、それよりも早くカミーユが対艦刀を横薙ぎに振るい、2機のグーンを2つに断っていた。




「くそ! どこだい、子猫ちゃんは!?」

「子猫ちゃん・・・?」

通信機越しにフラガの罵りを聞き、言葉の真意を理解できなかったカガリは顔を顰める。

その時、目の前に大きな水柱が立ちレーダーに反応が現れる。

「あれか!?」

「多分な―――だが・・・」

カガリに返しつつ、フラガは胸中で呟く。

(あの水柱・・・明らかに水中での爆発、魚雷によるものだぞ。俺達以外に、戦闘している連中がいるのか?)

レーダーに目をやってみるが、浮かび上がってくるザフト潜水艦以外の反応はない―――尤も、スカイグラスパーに搭載されているレーダーは
そう深い深度まで探知できないのだが。

「だが、なんだよ?」

フラガの呟きが気になり、カガリが聞き返してくる。

フラガは一瞬、教えようかとも思ったが―――止めておいた。姿の見えないものを気にするあまり、姿の見えている敵機、
敵艦に撃ち落されては元も子もない。

ならば、自分がこの事を頭に入れて立ち回り、何時でもカガリのフォローに回れる様にしていた方が彼女は安全だろうと。

「こっちの話だ。行くぞ、お嬢ちゃん!」

「カガリだっ!!」

浮かび上がってくる潜水艦に向って、2機のスカイグラスパーは降下していった。



時間は少し戻り―――水柱が立つ少し前。

2機のスカイグラスパーが飛来してくるのをザフトの潜水母艦は探知していた。

「どうします? ディンは2機残っていますが・・・」

士官の言葉に副官は首を振り、返す。

「いや、このまま潜水してやり過ごす。この深度なら、連中のレーダーにも引っかからない筈だ。諦めて引き返すか、
燃料切れで戻る所を背後から仕掛けるぞ。深度はこのままで対空ミサイルの用意、2機のうちどちらかを常にレンジ内に捕らえておけよ」

副官がそう指示を出した時、緊急警報が鳴り響いた。

「これは・・・後方に巨大な艦影を確認、魚雷接近!! 回避間に合いません!!」

「何だとっ!?」

次の瞬間、艦に大きな衝撃が走り、狙撃した潜水艦は彼等を嘲笑うかのように目の前を高速で通過していく。

「被害状況知らせ! 何故発見が遅れた!?」

「異常な速度で こちらが気付くのと同時に、いえ、気付くよりも早く魚雷を発射し、それを追いかけてきたとしか・・・!!」

ソナー士の報告と推測に副官はハッと気付く。

「魚雷と並走出来る程の速さを持った潜水艦!? まさか、『トイ・ボックス』!?」

「バラストタンク損傷! 水の取り入れ、遮断できません!!」

その報告に副官は顔を顰める―――このままでは2度と浮上出来なくなるが、海面に浮上すればスカイグラスパーに頭を叩かれる。

「止む終えん、急速ブロー! 浮上だ!! 浮上と同時に対空ミサイル発射、続けてディン発進!」



ザフト潜水艦を狙撃した『トイ・ボックス』、トゥアハー・デ・ダナンの艦長席でテッサは軽く息を吐いた。

「後はロンド・ベル隊の方々に任せましょう」

「アイ・マム。しかし、監視の目が多くなってきましたな」

隣りに立つマデューカスが険しい表情で応える。

ザフト潜水艦が張っていたルートは、デ・ダナンがメリダ島へ帰還する際に使用するルートの1つだった。

ここだけでなく、最近デ・ダナンの使用するルートの多くにザフト軍潜水艦が探索を行っている。

「そうですね。まだ私達の本拠地がメリダ島だという事に気付いてはいない様ですが、
ルートが1つでも発見されると気付かれる可能性も出てきますし・・・近くにロンド・ベル隊がいて助かりましたね」

あの潜水艦を撃沈するだけならこのデ・ダナンで充分可能だ。

しかし、撃沈するまでの僅かな時間でカーペンタリア基地に発見の報告をするかもしれない。

そうなれば、このルートがばれ、メリダ島に目が向いてくる可能性が出てくる。

故に自ら仕掛けず、ロンド・ベル隊が敵母艦の存在に気付くのを待っていたのだ。

「新しいルートを選定しなくてはなりませんな」

マデューカスが進言したおり、艦のマザーAIがテッサを呼び出すアラームを鳴らす。

「なんです?」

『回線G1 カリーニン少佐です』

「繋いで」

『アイ・マム』

程なく別任務で日本に出かけていたカリーニンと通信が繋がる。

『大佐殿、訓練キャンプの件は如何でしたか?』

「前回のは外れ、今回は既にもぬけの殻でした」

その言葉を聞いても、カリーニンは驚いた様子もなく、

『その“A21”なのですが。構成員の1人が日本の空港で逮捕された情報が入りました』

「・・・それは結構な事ですけど。でも、悪い知らせのようですね」

『はい。その捕まった少年に、例の反応が出ているようなのです』

その言葉を聞いて、テッサは顔を曇らせた。

「・・・つまり?」

『その少年は、ラムダ・ドライバを駆動させられる可能性が高い、という事です』

その言葉に、テッサは三つ編みの毛先を玩びながら顔を顰める。

ラムダ・ドライバ―――使い方を誤れば、EOTやトロニウムの様に危険極まりない未知の装置。

使用者の精神力を糧にして、核をも無効化するポテンシャルを持つ。

『身柄を警察ではなく、連邦軍基地に抑えられている為、精密検査が出来ません。大佐殿に、直接ご足労願いたいのですが』

「判りました、手筈は後で」

答えてからテッサは通信を切り、そのまま考え込む。

(陣代高校修学旅行時の事件といい、一体誰がラムダ・ドラバを・・・?)




浮上した潜水艦は、海面にその表面を現したのと同時に対空ミサイルの発射口を開き、上部のハッチからディンも発進させようとする。

「―――そうは、させるか!」

対空ミサイルが放たれるより早く、フラガ機のアグニが火を噴き甲板に突き刺さった。

発射直前になっていた対空ミサイルに次々と引火し、一拍をおいて艦が大爆発を起こす。

しかし、2機のディンは火に撒かれる前に甲板から飛び立つ。

「ちっ!」

舌打ちをしてカガリがバルカンを撃つが、ディン達は散開しつつライフルを連射した。

カガリはライフルをバレルロールで回避し、ディンの背後に回り込もうとする。

させじともう1機がライフルで撃ちかけるが、横手からフラガにアグニを放たれ慌てて回避行動を取る。

カガリ機に背後に回りこまれ、ディンは振り切ろうと旋回するが、カガリは離されずにバルカンを撃ち続ける。

目の前のディンしか写っていなかったのだろう、カガリはフラガとディンの間に割り込んでしまった事に気付かなかった。

ディンを照準内に捉え、トリガーを引こうとしていたフラガは慌てて機体を上昇させ、ロックを外すと盛大な舌打ちをする。

「ちょろちょろするなよ! 俺が撃っちゃうだろう!!」

「なにを・・・! うわ!?」

邪魔者扱いされ、カッとなったカガリが言い返そうとした所で、振り向き際ディンが放ったライフルが機体を掠め、衝撃が機体を襲う。

カガリは機体を立て直しながら後ろを見やった―――被弾箇所からうっすらと煙が上がっている。

「大丈夫か!?」

フラガが少し焦った声を出して訊ねる。

「ナビをやられただけだ! 大丈夫」

カガリが答えるとフラガは小さく息を吐いてから命じる。

「帰投出来るな? 早く離脱しろ、ここは俺が抑える!」

「大丈夫だ、まだ・・・!」

心外に思ってカガリが言い返すと、邪険な答えが返ってくる。

「フラフラ飛ばれても邪魔なだけなんだよ! それ位の事、解らないのか!?」

先程の爆発が第3の勢力による、しかも自分達と敵対関係に回る者達の可能性も考えると、
被弾した機体がこのまま戦闘を続けるのはあまりにも危険だ。

その点に気付かず、表面の屈辱的な言葉にカガリは言い返そうとするが、ぐっと堪えた。

フラガの言葉が正しいと解ったからだ。

既に敵母艦を叩いた以上、被弾したまま戦闘空域にいては、かえってフラガの邪魔にしかならない。

それに、フラガの腕なら並みの相手が2、3機でかかって来た所で落とされる事はない筈だ。

「―――判ったよ!」

カガリは悔しげに吐き捨てると、機体を反転させ高度を上げた。

反転し、離脱しようとするカガリ機をディンが追撃しようとしたが、

「行かせるかよ!」

背後からフラガが放ったアグニに貫かれ、爆発した。

(あの爆発も気に掛かる・・・出来るだけ早くケリをつけないとな!)

フラガは胸中で呟くと、背後から撃たれたライフルを回避し、ディンの後ろに回りこんだ。




イザーク達の輸送機は予告時間通りにジブラルタルから出立したが、アスランが乗り込む輸送機と北斗、万葉が乗る輸送機は出立が遅れた。

1機の輸送機の準備が済み、万葉がアスランを先に勧めたのだが、彼は彼女達に譲った。

ジッとしている事が嫌いな北斗が、腕を組み、苛立った表情を隠す事無く睨んでいる事に気付いたからだ。

「何で、零夜さんと一緒じゃないんです?」

ふと不思議に思い、万葉に訊ねるアスラン。

「舞歌様からの命令、いえ、頼みなんです。北斗殿と枝織殿が、零夜から離れても一般的な常識を踏まえて行動できる様にして欲しい、と」

戦場に立つ以上、どちらかが死に、どちらかが生き残るという場合もあるだろう。

戦死する確立は、単純な戦闘能力からして北斗よりも零夜の方が高い。

もし零夜が戦死、あるいは戦場に立てなくなった時、北斗と枝織を抑える、支える事が出来る人間が誰もいなくなる。

そうなった時の事と北斗達の将来を考えての舞歌からの頼みとも言える命令だった。

「なかなか大変な事ですね」

アスランの言葉に、万葉は苦笑いをして返す。

「まったくです。しかし、初めて会った時より進歩してますよ。北斗殿は私達、優華隊に対しても敵意を向けてましたから」

万葉が応え終ると、出立の準備が整った事をパイロットに告げられ、彼女達は輸送機に乗り込んで行った。

そして、約3時間遅れでアスランも輸送機に乗り込み、ジブラルタルを出立し―――4時間ほど過ぎた頃、

「ん? これは・・・?」

「ああ、間違いない。だが、何処の勢力が?」

輸送機のコックピットで交わされる会話に、アスランは不審に思ってアスランが訊ねる。

「どうしたんです?」

「ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている。この近くで戦闘が起こっているぞ」

パイロットの言葉に、アスランは反射的に前方の雲海を見たが、雲以外何も見えない。

「この辺りは連邦やポセイダル軍の勢力下ではなかった筈だが―――コースを変更しよう。 巻き込まれたら厄介だ」

パイロットがコースを修正しようとした時、目の前にスカイグラスパーが飛び出してきた。

「連邦軍か!? 何でこんな所に!!」

パイロットは歯噛みして機銃を放つと、スカイグラスパーは翼を傾かせ雲の中に隠れた。

「君はMSのコックピットへ! いざとなったら、機体をパージする!!」

「しかし!!」

一旦雲の中に隠れたスカイグラスパーが再び飛び出し、機銃を放ってくる。

重い機体で回避行動を取りながら、パイロットが叱る様に命じる。

「行け! 積み荷ごと落ちたら、俺達の恥なんだよ!」

「―――了解!」

ここにいても、自分に出来る事はない―――そう判断するとコックピットから飛び出し、イージスへと向かう。

イージスのコックピットに飛び込むと同時に、機体に嫌な振動が走る。

『被弾した! 高度を維持できない! すまないが、機体をパージするぞ!!』

「あなた方は!?」

『その後に脱出するさ。気遣いはいらん!!』

その言葉と同時に、輸送機のハッチが開く。

「・・・ご武運を」

『―――そっちもな』

充分に高度が下がっている事を確認すると、パイロットとお互いに言葉を交わし、イージスを宙に躍らせた。




「これでラストだ!」

コウが放ったロングライフルが最後のディンを撃ち抜き、爆発させる。

「これで全部か―――しかし、ラミアス艦長。無茶な手を使ったな?」

「す、すみません。有効な手が、アレ以外思い浮かばなくて・・・」

アムロの言葉にマリューは恐縮するが、彼は軽く笑い、

「謝る事はないさ。ミライさんもホワイトベースで同じ事をしている―――尤も、MSを振り落とす為だったけどね」

『アークエンジェル、お嬢ちゃんは戻ったか!?』

唐突にフラガから緊張した通信が飛び込んでくる。

「カガリか? いや、まだだが・・・フラガ少佐、何があった?」

『ナビがぶっ壊れたからお嬢ちゃんを先に戻したんですが、今海面にザフト軍中型輸送機の残骸を発見したんです
―――見た感じ、撃墜されてからあんまり時間は経ってない』

アムロに応えるフラガの言葉を聞き、全員が事態を予想できた―――カガリが撃墜し、彼女もこちらに戻れないほどの損傷を受けたのだと。

「―――ラミアス艦長、全機の収容を急いでくれ。航空可能機体の補給が終り次第、捜索に向かう」

「正気ですか、アムロ少佐!? 一応、ここはザフトの勢力圏内ですよ!? それに日没まで時間は・・・」

「何もしないで、カガリを見殺しにするって言うんですか!?」

反論するナタルに、ブリットが歯をむき出しにして吼える。

「同感だ! 死体を確認しない限り、生死の確立は半々だ!! 言っとくがな、止めても俺達は勝手に探すからな!!」

更に甲児がナタルに半ば脅してるとも思える事を怒鳴り、流石に言いすぎだと思ったカミーユが咎める。

「甲児、言い方が悪いぞ!」

「・・・嫌な感じなんだよ。何か、武蔵の時と状況が同じで」

甲児の言葉に、前大戦を共に戦った者達が表情を曇らせる。

「言い方が悪かったのは謝るさ。ただあんな事、もう2度と味わいたくない」

「甲児・・・バジルール中尉、自分からもお願いします。カガリ機の捜索許可を!」

甲児の苦々しい呟きにコウもナタルに申し入れ、アムロも彼女の説得に回る。

「・・・バジルール中尉、君の意見が正論だと判る。確かに1人の為にクルーの全員を危険に晒す訳にはいかないからな。
この場合、MIAに認定してここを離れるのが正解だろう―――だが、俺達ロンド・ベル隊は今まで、そんな事はしなかったし、これからも
仲間を見捨てる様な手を取るつもりはない。仲間が生きている可能性、探し出せる手があるなら、俺達はそれを信じ、手をつくし続けてきた」

「そのおかげか、撃墜されたり、完璧にヤバイやられかたしても、ひょっこり無事で帰ってくる連中が多いんだよな。俺らって」

最後にデュオが軽く―――傍から聞いたら信じられない事を―――言うと、ナタルは観念したように息を吐いた。

「―――判りました。しかし、日没までそう時間が・・・」

「判ってる。みんな、2時間だ。出て2時間したら一旦戻れ―――エクセレン少尉たちは?」

『はいは〜い。いつでも出られるわよん』

アムロの通信に応える様にエクセレンが割り込んでくる。

『痛てて・・・まったく、ひどい目に遭ったぜ』

首を摩りつつSF−29に乗り込んだカチーナも割り込んでくる。

「カチーナ中尉!」

『おう、ラッセル。地獄の淵から戻って来たぜ!』

「じ、地獄って・・・? いったい何をしていたんだ?」

カチーナの言葉に甲児だけでなく、全員が顔を引きつらせる。

『いやいや、ちょ〜っと気を失っちゃってて・・・かなり人には見せられない状態になってたのよね。
アレンビーちゃんとフレイちゃんは今も動けないけど・・・』

『ご、ごめんなさい・・・私がみんなに無理をさせすぎたせいで』

ラーダが通信回線を使って全員に詫びると、タスクは―――彼だけでなく全員が気付いた。

「って・・・まさか、またヨガ!?」

「フ、フレイも、って!? 大丈夫なんですか!?」

『い、一応意識はあるけど・・・』

キラの確認にファが少々言いよどむ。

『動けないから、今ラーダさんが『元』に戻してる最中よ。キラに、「絶対に見ないで」って』

「は、はあ・・・」

フォウからフレイの伝言を聞いたキラは、顔を引きつらせて生返事をする。

『ままっ、詳しくは後日という事で。兎に角、カガリちゃんの捜索ね?』

「そうだ。エクセレン少尉、俺達も補給が終り次第すぐに向かう。一度、2時間で戻るんだぞ」

『了〜解』

エクセレンは軽く答え、フォウ達はアークエンジェルから飛び出していった。




第二十三話に続く

あとがき

作:また外伝よりも先に本編が出来てしまった・・・(汗) 外伝が詰まったから、息抜きのつもりだったのに・・・
ちなみに、何故外伝の方を気にかけるかというと、次回は本編と外伝の時間軸が重なり、ナデシコサイドの話も混じるからなのです。
ナデシコが地球にいたり、元大関スケコマシが合流していたり、『おてんばなお姫様』がナデシコにいたり・・・
何の説明もなく、これらを書いてしまうとSEEDの『キラワープ』事件と同じになっちゃいます。
冗談抜きで、本気で外伝書き上げないと(滝汗)
今回の本編ですが、戦闘は完全にオマケ、あのイベントを発生させる為だけのものです。
前は宇宙のザフトとアクシズ、木連の状況を説明したので、今回は地上の状況と遠く離れたアステロイドベルトと、シロガネ、ハガネの現状の
説明が必要だったので、そちらに頭を使いました。
何か、ここまでの戦闘を見てみると・・・原作でほぼ無敵の頑丈さを誇っていたストライクが、ポカポカ小破しているような・・・?
ちなみに、今回のタイトルが指しているのは、事態が表面化してきたフルメタル・パニックとOGでは名物になりつつある『ヨガ』です。





管理人の感想
コワレ1号さんからの投稿です。

ヨガのせいで戦線離脱って理由は・・・凄いですね(苦笑)
健気に悩んで奮闘をしているキラ君・・・やっぱり影が薄いですね(苦笑)
ま、ストーリーの性質上、突出した強さは演出できませんしねぇ。
しかし、この世界でもトゥアハー・デ・ダナンはトイ・ボックスと呼ばれているんですね。
前回ちらっと出てきたソウスケ達は今回は未登場・・・次回に活躍の場あるのか?(笑)

では、次回の作品を楽しみして待っています。