其の1 早すぎる『来訪者』
アークエンジェルが地球に降下した同じ頃、ナデシコは未だにデブリベルトを突破出来ずにいた。
「メグちゃん、なんか時間掛かりすぎてない?」
「しょうがないんじゃないですか? 今稼動してるの相転移エンジンだけだし・・・」
ユリカの質問に、メグミは雑誌を読みながら返した。
今、目付け役ともいえるプロスが居ないので、全員が微妙にダラケ気味である。
「それにしても、遅すぎませんか? それに、長時間稼動してると止まっちゃうって・・・」
「イネスさんがいないので、私が説・・・解説します。火星に向かう時もNジャマーが散布されてたので、核融合炉エンジンは使えませんでしたよね?
あの時は、相転移エンジンの出力が全開だったんですが、今は全開で40%ですし、長時間の最大出力での連続運転出来ないので、
現在、20%で騙し騙し使っている状況ですから・・・」
ルリがユリカに応えるとと、同時にブザーがブリッジに鳴り響く。
「はいは〜い、ルリルリ達は交代ね」
すると、タイミングよくミナトがブリッジに入って来て操舵席に座る。
(アキトさんは、一矢さんとトレーニング室でしたね・・・)
先程、映像で確認した事を思い出しながらルリはトレーニング室へと駆けて行った。
一方、ユリカとメグミも走っていた・・・自分の部屋へと向かって。
(今まで、ルリちゃんに先を越されてたけど、もう負けないんだから!!)
(ルリちゃん、もうさせませんよ・・・この手料理で、今までの分挽回するんだから!!)
そして、2人は―――その場にはいないのでお互いに気付かなかっただろうが―――同じタイミングで笑みを浮かべた。
(特製、スタミナ料理改DXで・・・!!)
(スペシャル栄養ドリンク、『リパビダンMX』で・・・!!)
(アキト(さん)のハートは・・・うふふふふふふっ・・・!!)
ちなみに・・・通路でその光景を見た整備班は、余りの不気味さにその場から逃げ出したそうだ。
トレーニング室では、一矢がアキトの組み手の相手をしていた。
構えを取らずに、アキトは自然体で佇み、一矢は基本的な円心の構えを取る。
アキトの身体がゆらりと揺れたと思った瞬間、アキトは一矢に肉迫していた。
最少の動き、最速の軌道でアキトの突きが一矢の腹を狙うが、それを一矢は手刀で下に弾いた。
それはアキトも予測していた事であり、驚きもせずにそのまま左肩を一矢に接触させると、右足を蹴りだし肩当てをする。
だが一矢はそのタイミングを見極め、身体を回転させて衝撃を逃がしながら、裏拳を繰り出した。
「くっ!」
肩当てが避けられたのを驚く間もなく、アキトは身体を引いて拳を回避するが、次の瞬間には自分の顔の前に一矢の左の拳があった。
「・・・参った」
アキトが負けを宣言すると、一矢は拳を引き、
「結構やるじゃないか、テンカワ君。その動き、我流ではないみたいだが、流派はどこなんだい?」
「あ、えっと」
アキトの格闘の動きは、かつて自分が居た世界で元一郎に習った木連式柔であるが、そう答えると後々面倒なので適当に誤魔化す事にした。
「流派は分かりませんっていうより、知らないんですよ。両親の造ったトレーニングマシンに入ってた型を、
必死で繰り返して覚えた物ですから」
「そうなのか? 動きからして、古武術の一種だと思うんだが・・・」
一矢が考え込んでいると、部屋にルリが入って来た。
「アキトさん、一矢さん、組み手は終りましたか?」
「ああ、3回やって一本も取れなかった。まだまだ、鍛錬が必要だな」
汗を拭きながら、アキトがルリに返すと再度扉が開き、メグミが入って来た。
「アキトさん、お疲れ様です。 飲み物を持ってきたんですが、飲んでくれませんか?」
その言葉に、アキトはビクッと身体を震わせ警戒する。
「・・・メグミさん、何時ぞやのスタミナドリンクではありませんよね・・・?」
ルリが静かに聞くと、メグミはにこやかに笑いながら、
「今回はちゃんとした、市販されている物ですよ。ホラ、見た事のあるビンでしょ?」
ビンをルリに見せ、もう一本をアキトに手渡す。
「あ、ああ。ありがとう、メグちゃん」
市販されている物と知り、アキトは警戒を解くとビンを受け取り蓋を開けようとする。
「・・・ちょっと待ってください」
その瞬間に、ルリが2つの矛盾に気付き制止の声をかける。
「ど、どうしたのルリちゃん・・・?」
「アキトさん、そのビン貸してください」
メグミに応えず、アキトからビンを受け取ると、
「メグミさん、このドリンクの封が空いてますよ・・・? 中身は別物、ですね?」
「あうっ・・・!」
メグミは『しまったー!!』 と言うように呟き、ルリは静かに蓋を開け・・・床に中身を数滴垂らした。
ジュワッ!! ブシュー、ブシュー!!
「ゆ、床が溶けた!?」
その信じられない光景に、一矢は目を疑う。
「・・・一体何を混ぜたんですか・・・? これは、イネスさんに頼んで、危険物として処理しましょう」
「何で・・・? 普通に、身体に良さそうな物を混ぜたんだけど・・・?」
何が理由か判らず、シクシクと涙を流しながら頭を抱える。
その直後、今度はユリカが部屋に入って来た。
「アキトー!! スタミナ料理作ったの、食べて!!」
そういい、ユリカが皿にかけてあった布を取ると、そこにはサンドイッチがあった。
「食べやすいように、サンドイッチにしてみたんだ。凄いでしょ!!」
えっへん! と言うように自信満々で胸を張るユリカ。
「・・・ユリカさん・・・何で挟んである物が毒々しい紫色と極めて濃い青色なんですか?」
「艦長、それ以前に味見しましたか?」
ルリ、メグミはサンドイッチを見ながらユリカに問いかける。
「ううん、してないよ? だって、私の愛が詰まってるんだもん! 美味しいに決まってるよ!!」
何の根拠もなく、ユリカは言い放つ。
メグミは何も言わずに、手近にあったリストバンド用の重りを一枚手に取り、サンドイッチの具材の中に突っ込んだ。
「ああ!? 何するの!!」
ユリカは抗議の声を上げるが、メグミは聞こうともせずに重りを引き出すと・・・具材に触れてた部分が溶けて無くなっていた。
「て、鉄が溶けた!? 本当に料理なのか!?」
「ルリちゃん・・・これも、危険物だよね?」
メグミの邪悪な笑みを浮かべた問いかけに、ルリは呆れた様にため息を吐き、
「はい・・・ユリカさん、厨房の後始末は?」
「あう〜・・・ジュン君が医務室から復活していたから、やっといてくれるって・・・」
シクシクと涙を流しながら答えるユリカの言葉に、アキトは一つの悲劇が予想できた。
(・・・ジュンの奴、摘み食いして死んでなければいいんだけどな・・・?)
時同じ頃、厨房ではちょっとした騒ぎになっていた。
「しっかりしろ、ジュン!! 傷は多分浅いぞ!!」
「BC兵器でも食らったのか!? 顔色がかなり酷い・・・を通り越して、愉快な色になってるぞ!?」
「う〜ん・・・ゆ、ユリカ・・・・」
ようやく医務室から復帰できたジュンは、整備班に抱えられて再び医務室に戻る事になった。
「衛生班、厨房を消毒して!! その謎の物質は、回収して私の部屋に! 新手のBC兵器かしらね・・・?」
イネスはジュンが食べたと思われる、妙な物体を見ながら呟き、それを見て苦笑いを浮かべているホウメイに、
紅茶を飲んでいた―――丁度、お茶の時間だったらしい―――ユウキが疑問に思い、話しかける。
「この惨状に心当たりでも?」
「まあね。恋の劇薬ってところさね」
ホウメイの言葉を聞き、ユウキは妙な色をしている物体を見やり、昔の仲間の事を思い出す。
(そういえば、クスハの栄養ドリンクもこんな色をしていたな・・・)
クスハの栄養ドリンクと違い、身体に害しか与えない事をユウキは知らなかったが。
ユリカ、メグミが肩を落として去り、一矢もダイモスの調整でトレーニング室を後にすると、ルリとアキトだけになる。
「ルリちゃん、『北斗』って名前、前の世界で聞いた事は・・・?」
北斗との戦闘から時間がかなり経過していたのだが、今まで2人で話せる時間が取れなかった為、確認するのが遅くなってしまった。
「北斗・・・ですか? 小学生くらいの男の子みたいな名前ですけど・・・ありませんね。ちなみに、誰ですか?」
「・・・北辰の息子らしい・・・さっきの戦闘で夜天光を操っていた」
アキトの言葉にルリはかなりの衝撃を受ける。
「子供が・・・いたんですか!? あの男に!?」
「本人も『信じられないだろう』って言ってた・・・で?」
アキトの問いかけに、ルリは首を振る。
「すみません。聞いた事ないです・・・こんな事なら、サブロウタさんから昔の木連の話をもっと聞いておけば・・・」
「それはしょうがないよ、ルリちゃん。 俺達がこんな事になるなんて、『あの頃』は想像も出来なかったんだしさ?」
口惜しげに言うルリに、『気にしないで』と言うように軽く微笑みながら応えるアキト。
「となると・・・ラピスに聞くしかないか・・・ユーチャリスで行動している時、あちこちにハッキングしいたから知っているかもしれないな・・・」
アキトは言いながら、フィールド発生装置を取り出す。
「直接、行くんですか? リンク越しでも・・・」
「顔見せも兼ねて、ね。事情を知っているとは言え、8ヶ月も音信不通だったんだ。寂しかっただろうし・・・ブラック・サレナの事もある。
想像以上に早く必要になったからね、『例の機体』の現状とブラック・サレナの受け渡し場所も打ち合わせて来るよ」
ちょっとした嫉妬心を含んでルリは聞くが、そんな彼女の胸中など気付きもせずアキトは答える。
「はあ・・・判りました。・・・・それと、一つ聞きたいんですけど?」
疲れと呆れを含んだため息を吐き、ルリは今までのユリカとアキトのやり取りで、違和感に感じていた事を切り出した。
「アキトさん・・・ユリカさんの事、避けてませんか?」
「・・・・」
アキトは何も言えずに立ち尽くしている。
ここまで、アキトは自からは極力ユリカに関わろうとしていない事をルリは気付いていた。
前の世界と似たようなやり取りはするが、それ以上はしない・・・アキトの行動に、当初ルリは嬉しくも思った。
アキトを自分で独占できると―――だが、そんなアキトの行動を見ているうちに、心の何処かが痛んできたのだ。
そして自分はこんな事を、こういう事態を望んでいた訳ではないと気付き、アキトの本心を聞こうと思った。
「・・・そうだね。確かに、俺はユリカを避けているね・・・」
ポツリと、罪を告白するかのようにアキトは言葉をもらす。
「どうしてですか? この世界のユリカさんは、『私達の世界』のユリカさんではないからですか?」
「違うんだよ、ルリちゃん・・・問題はユリカにじゃない、俺に・・・『今の俺』にあるんだ・・・」
「えっ・・・?」
アキトの言葉の意味が解らずルリは声をもらし、その疑問に答える様に彼は言葉を続けた。
「『今の俺』は、『この世界のテンカワ・アキト』の中に魂が入っている状態で、意識は『今の俺』しか存在しない・・・記憶も、だ。
俺が持っている記憶は、『俺達の世界』だけで『この世界のテンカワ・アキト』の記憶は一切持っていない。
解るかい、ルリちゃん? 『この世界で生きていたテンカワ・アキト』と『今の俺』は全くの別人と言えるんだ。遺伝子、姿形が全く同じなだけのね・・・
ユリカが見ているのは、好きなのは『この世界のテンカワ・アキト』なんだ・・・その男の中に存在するのが、別の男だったって知ったら・・・
ユリカは確実に傷つく・・・いや、俺を罵倒、軽蔑するだろう―――『今の俺』は『この世界のテンカワ・アキト』を殺して、
存在している様な者なんだからな―――そんなアイツを・・・俺は見たくない」
アキトの独白を聞いて、ルリは何も言えなくなった。
この世界のユリカが、自分にとっての別人だから避けていたのではなく、自分がこの世界のユリカにとっての別人だから避けていた・・・
彼女を傷つけない為に―――傷つく彼女を見たくないが為に―――。
(そんな・・・アキトさん、貴方は何処まで、自分を邪魔者にするつもりですか・・・!?)
胸中にしまっておくつもりの叫びが、彼女の口から漏れる。
「それで・・・! それで、アキトさんは良いんですか!? そんな、自分を追い込んだって、救いも見返りもないのに・・・!!」
ルリの叫びにアキトは少し驚いていたが、優しげに微笑みながらジャンプフィールドを発生させる。
「・・・ああ、そうだね。確かにルリちゃんの言う通り、救いも見返りもない・・・だけど、全く別人の筈の俺が、
あの時と全く同じのユリカの近くにいられる・・・それだけで、俺は充分幸せだよ。
―――でも、許されるなら・・・『俺達の世界』と同じ様に、『この世界』のユリカと一緒に、生きて行きたい・・・そうも思うよ。
・・・喋り過ぎたね、じゃ行ってくる―――ジャンプ」
最後に自嘲気味に笑い―――アキトの身体が消失した。
何ともいえない後味の悪さが、ルリの中に残る・・・アキトの触れてはならない傷に触れてしまった気がしたからだ。
(・・・どうすれば・・・純粋に自分の幸せを望んでくれるのですか・・・アキトさん・・・)
時間は少し戻り、舞歌が草壁からの通信を受けた8時間後・・・
「それでは、行ってまいります。舞歌様」
「ええ。ゴメンなさいね、本当は貴方と千沙に休暇を取らせようと思ってたんだけど・・・」
敬礼をして、挨拶をする九十九に舞歌がすまなそうに告げる。
「いえ、お心使いだけで充分です」
「・・・そんなに私と居たくはないのですか・・・?」
シリアスに決めたつもりだったが、千沙に恨みがましく言われて九十九はすぐに表情を崩した。
「あ、いえ、別にそんな訳では・・・!」
「―――白鳥少佐、シャトルの準備が完了しました」
言い訳をしている九十九を救うかの様なタイミングで、ザフトの整備員が話しかけて来た。
「いや、シャトルはいいです。自分は、ダイテツジンで直接合流しますので」
九十九の言葉を受けて、整備員は疑わしげな目でダイテツジンを見上げた。
「・・・本気ですか? 確かに修理は終ってますが、機材が足りなかったので完全ではありませんよ?」
「ええ。ですが、この状態でもシャトルより足が速いですし、例のポセイダル軍とやらと遭遇した場合、応戦の仕様が無くなってしまうので」
そこまで言われると立場上強くは言えず、整備員は渋々ながら納得した。
「はあ・・・そこまで言うのでしたら、止めませんが・・・」
「すみません」
去っていく整備員に礼を言い、九十九はコックピットへと向かう。
「九十九君、無理はしない様にね! 千沙を不幸にしたら、優華隊全員にあの世から呼び戻されて、再度殺されるわよ!?」
「解ってます! では!!」
九十九が発進すると、舞歌は息を吐き、
「千沙、例の件お願いね。私は―――他の仕事もあるからすぐに帰らなきゃいけないから・・・」
「はい。舞歌様、気をつけてください・・・北斗殿も草壁達が何らかの形で仕掛けくる、と言ってましたし」
「ええ。心に留めておくわ」
ナデシコのブリッジでは、ゴートがミナトに一枚の書類を差し出していた。
「・・・何、これ?」
「・・・退艦、いや退職届けだ。ナデシコがロンデニオンに着く前に、サインをすればコロニーで降りられる・・・まだ軍に編入されてはいないからな」
不機嫌に問いかけるミナトに、ゴートは表情を変える事無く答える。
彼女もその書類が何なのか判りきっていて聞いたのだが―――
「私、降りない」
「俺に・・・どうしろと言うのだ」
無表情ながらも、声には幾らかの戸惑いがあった。
ミナトはそれに応えようとせず、逆に問い返してくる。
「ねえ・・・あなたは何でナデシコに乗ってるの・・・? 仕事だから、命令だから?」
「ナデシコに乗っているのは仕事だからだ。木星蜥蜴、ザフト、異星人達・・・地下勢力に何の恨みも無い」
ゴートはミナトの肩に手を置き答え、ミナトはその手に頬を寄せる。
「そして、戦争が終れば暖かい家庭が待ってるの?」
「公私混同はしたくない」
自分への戒めという訳ではなく、ゴートは本心からそう思っていた。
自分が住む世界の住人で、公私混同をしたばかりに死んでいった者が多くいるからだ。
ゴートの答えに、ミナトは疲れた様にため息を吐き、ルリの席の方を見る。
「・・・私がナデシコに乗るのは、半分はあの子の事が心配だから。あんな小さな女の子が戦場に行かなくちゃいけないのに、
私達大人が逃げる訳にはいかないわ・・・それにルリルリ、アキト君と何か抱え込んでいるみたいだしね」
(抱え込んでいる、か・・・確かに、テンカワから時折そんな感じはするが・・・)
ゴートが胸中で呟き、どうにか彼女を説得しようかと考えた時、咳払いが一つ聞こえた。
「ゴホン・・・! あの、お2人とも・・・契約違反はやめて頂きたいですな?」
「・・・いたのか、ミスター・・・」
入り口でやや気まずそうにしているプロスに気付き、ゴートは少し驚いた。
「ええ、ルリさんの話辺りからですが・・・ミナトさんが降りないと言っているのですから、その話はこれ以上は無理ですぞ?
ナデシコ内の人事、契約は私に、解雇権は会長とその役員にしかないのですからな」
「だ、そうよ?」
ミナトが最後にそう言い、『これ以上は話したくはない』と言う様にゴートから視線を外し、席を立つ。
「プロスさん、ちょっと席を外しても構わないかしら?」
「ええ、10分程度でしたら私が見ておきますよ」
プロスは快く頷き、ミナトと入れ替わりに操舵席へ座る。
「・・・ゴートさん、そんなに心配ならば、自分が艦を守るというお考えにならないのですかな?
そう決意し、ロンド・ベル隊と共に戦った少年達がいる事は、あなたも知っているはずですが・・?」
操舵席に座り、横で佇むゴートにプロスは問いかける。
「・・・俺は、ロンド・ベル隊の連中やその少年達ほど―――いや、仕事と同時に誰かの命を守ると思えるほど、強くはない」
そう返しながらも、胸中で呟く。
(・・・情けないな。結局、自分の力がその少年達以下だと認めるのだからな)
「う〜ん・・・出来れば装甲は超合金Zを・・・」
「無理言わないでよ、ラピス・・・それって、光子力研究所と科学要塞研究所にしかないんだから」
「なら、動力にゲッター炉・・・」
「そ、それはもっと危ないって!!」
ラピスが立て続けに言う無茶に、ハーリーは冷汗をかきながら制止する。
もし冗談だと思い頷きでもすれば、ラピスはどんな手段を使ってでも実行するだろう。
現に、当初の操縦方法がIFSのみだったのに、最初にラピスの提案に―――冗談だと思い―――頷いてしまった為、
ゲッターロボと同じ音声マルチ入力型が追加されていた。
(テンカワさん・・・チャットとかを勧めたのはボクですが、ラピスがこうなったのは『リュウ』って人の所為です!!
ボクには一切責任はありませんからね!!)
ハーリーは胸中で弁明し、アキトがこれを知って怒らないようにと祈った―――その時、
「あれ? 相談中だったか、ラピス?」
不意に、ラピスの背後からアキトの声が聞こえて来た。
「あ、アキトー!!」
ラピスは振り向くと同時に、アキトに駆け寄り抱きついた。
「アキト、戻ってきたのならリンクで教えてくれれば良かったのに!!」
「ゴメンゴメン。8ヶ月も会えなかったんだから、直接顔を見せようかと思ってね・・・君がハーリー君か?」
ラピスに応え、ウインドウに映っているハーリーに話しかける。
「あ、はい! 直接お会いするのは、初めてですね」
(この人が、艦長・・・ルリさんの・・・)
ハーリーは胸中で微かな敵意―――嫉妬を持ちながらアキトに答える。
「ああ。ラピスと仲良くしてくれてるみたいだね。ありがとう」
「違うよ、アキト。私がハーリーと仲良くしてあげているんだよ!! そうだ、アキトもハーリーを説得してよ!!」
ラピスは訂正の声を上げ、先程の提案にアキトを味方につける事にした。
「説得って? 何の相談をしてたんだ?」
「・・・実はですね。『例の機体』・・・『ブローディア』の事で・・・」
ハーリーが事情を説明しようとした時、アキトは当初の予定を思い出した。
「あ・・・! 忘れる所だった・・・ラピス、ブラック・サレナはもう出来上がっているか?」
「え・・・? うん、出来ているよ。今は、日本にあるネルガルの工場で最終チェック中の筈だけど・・・」
「すまないが、予定が変わってきた。思っていたよりも早く、ブラック・サレナが必要になった」
「・・・何かあったんですか?」
アキトの緊迫した答えに、ハーリーが真剣な表情で聞く。
「実は・・・」
アキトは、北斗の実力と北辰の息子である事を2人に話した。
「―――という訳なんだ。2人とも、『俺達の世界』で北斗の名前に聞き覚えは・・・?」
「・・・私はないよ。 ユーチャリスで色々とハッキングしたけど、そんな情報は・・・」
ラピスはすまなそうに首を振るが、ハーリーは難しい顔のまま首を捻り、
「―――北斗・・・? どこかで・・・・・・・・・・・・・・・思い出した!! サブロウタさんから聞いたんだ!!」
「本当か!?」
「ええ。『真紅の羅刹』と呼ばれていた木連最強の戦士だそうです―――ただ、例の『熱血クーデター』の少し後に、亡くなったそうですけど」
「死んだ・・・? あの力からして、戦死はない―――病気か?」
アキトは少し考えてから、ハーリーに聞き返す。
「いえ、詳しくは―――でも、最強の戦士なら、何で1度も戦場に出なかったんですかね? 火星での『遺跡』攻防戦に出撃させてれば
戦局がまた違っていたと思うんですけど・・・」
「簡単だよ。最強の戦士が、最強の兵士とは限らないって事だよ」
ハーリーの疑問に、ラピスがあっさりと答える。
「ああ。多分そういう事だろうね」
「え? どういう事ですか?」
アキトがラピスの言葉に頷くが、ハーリーは判らず首を傾げる。
「つまり、あの当時木連を掌握していた草壁にとって、北斗は扱い難い―――もしくは扱えない存在だったって事さ。
指導者にとって自分の命令を聞かず、大きな力を持っている存在は邪魔者以外の何者でもないからね。
動かす事で、メリット以上のデメリットがあったって事だろうな」
「そうそう。良い例がロンド・ベル隊だよ。この世界の地球圏で最強の力を持っているのに、連邦の大半の上層部が良い感情を持っていないもん。
自分達を脅かせる程の強大な力を持っていて、しかも独自権が与えられているしね」
「ああ、確かに―――」
アキト、ラピスの説明にハーリーは納得し頷く。
「その北斗が出て来たという事は、そのデメリットを考えても戦わせる価値があると考えたからか―――やはり、ロンド・ベル隊の存在が理由か?
ラピス、そういう訳だ。北斗が相手だと、性能の劣るエステじゃ次は勝てない。性能が五分のブラック・サレナが出来るだけ早く必要なんだが・・・」
「・・・わかったよ。でも、現状の宇宙に上げるのは少し危険だよ? せめて、地上なら・・・」
ラピスの言葉にアキトは頷き、
「わかった。多分、ナデシコも地球に降りる事になると思う。その時、寄港地が判り次第連絡するよ」
「うん。で、相談なんだけど・・・ブローディアにドリルとか、外部追加武装つける気ない?」
ドリルと言った瞬間、ラピスの目は輝いていた。
「いや、ドリルはちょっと・・・」
ハーリーが顔を引きつらせて答えるが、ラピスは更に熱を込めて勧める。
「だって、ドリルだよ!? 『漢』の浪漫だよ!? アキトなら、解ってくれるよね?」
「いや、えっと・・・やっぱり、それも『リュウ』って人の?」
何か嫌な予感を感じながらも、アキトは話を逸らそうとする。
「うん!! 他にも色々アイディアをくれたよ。月からマイクロ線を照射して、チャージするキャノン砲とか、音速で飛んで来るドリルとか、
直接は見れなかったらしいけど、違うロボットが変形して使える、大きいハンマーとか!!」
(・・・やっぱりか!!)
アキトは頭を抱えたくなる衝動を堪えると、ハーリーの方を見て、
「・・・ハーリー君、俺はナデシコに戻らなくちゃいけない。後は任せた」
「えーーーー!! 僕1人でですか!?」
どうやって、ラピスを止めろと!? とハーリーの顔が物語っている。
「すまない。今ナデシコは、戦闘可能の状態じゃないから、長居は出来ないんだ・・・」
見た目だけは心底すまなそうに謝るアキトに、ハーリーは胸中で呟く。
(テンカワさんが逃げるんなら、僕だって考えがあるもんね!! ブローディアに、ラピスのアイディアを全部入れてやる・・・!!)
しかし、その胸中を読んでいたのかは判らないが、アキトが一言。
「あ、ルリちゃんもブローディアの仕上がり、楽しみにしていたから」
そう言ってから、アキトの身体が消失した。
その言葉を聞いて、ハーリーの頭の中で思考が纏まる。
(ルリさんが楽しみにしてる・・・? なら、まともな機体に仕上げなくちゃいけない・・・ラピスの趣味が丸出しの機体にする事は出来ない・・・
という事は・・・僕がラピスを止めなきちゃいけない訳だから・・・嫌がらせ、不可能!?)
そして、その場には・・・
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
唯一の嫌がらせも封じられた少年の泣き声と、走る足音がウインドウ越しに聞こえていた。
「万丈様、これが『ナデシコ内では公式』のテンカワ・アキト様のデータになります」
「ああ。すまないね、スパイの真似をさせてしまって」
「いえいえ。私もビューティ様達もそれなりに楽しくやりましたし、プロスペクター殿の協力も得られましたので」
ギャリソンの答えに万丈は少し意外な顔になる。
「彼が・・・? 彼の『本来の役職』からして、妨害をしてくる可能性が高かった筈だが・・・?」
「どうやら、ネルガルの方・・・いえ、プロスペクター殿達も彼の調査をしているようですな」
「彼等もか・・・確かに、アキト君には謎が、矛盾が多すぎるからね・・・ところで、『ナデシコ内では公式』って?」
「なんでも、彼の個人データはホシノ・ルリ様の管理下にあり、電子化されているので・・・」
「・・・彼女も彼と同じ立場だとすれば、改ざんされた可能性も否定できない、か」
ギャリソンが言わんとする事を続けて言いながら、プリントアウトされたデータに目を落とす。
順々に目を通していくが、記載されている事は、かつて火星の復興作業で見た時のアキトの個人データと変わりがない。
―――最後の履歴の項目に、『スカウト先、雪谷食堂(推薦)』と書いてある以外は。
収穫が望めないと判断しながらも、万丈は全てのページに目を通していくと、最後のページで怪訝そうに眉を跳ね上げた。
「・・・ギャリソン、何で最後のページに、ネルガルの株情報があるんだ? 僕にもう一度財閥を建てろって言うのかい?」
最後の言葉は完璧に冗談であり、ギャリソンもそれを承知して返す。
「いえ。それならば、地球圏全部の企業の株情報を持ってきますが・・・私が調べた所、少々引っ掛かる事がありまして・・・
株の持ち主の欄を、見てくだされば判るかと・・・」
「ん・・・? 左が開戦前、右が開戦後・・・いや、ナデシコが出港してから3日後か・・・」
万丈は2つの欄を見て、ある事に気付いた。
「・・・株の持ち主の半数以上が、代わっている? この49%がネルガル会長の持ち株だから・・・全員か!?」
「はい。わずか3日で起こる事ではないと思いまして・・・」
「確かに・・・ネルガルで何らかの事件、トラブルが起こり、株価が暴落でもしない限り、早々起こることじゃない・・・しかもナデシコの出港直後・・・
偶然にしては、引っ掛かるね・・・ギャリソン、コロニーについてからでいいから、この株主の調査も平行して進めてくれ」
「はい。かしこまりました、万丈様」
その時、艦内放送が入って来た。
『総員警戒態勢パターンBに移行、ロンド・ベル隊の人は機体に搭乗ください!!』
「参りましたな〜、こんな所で戦闘が行われているとは・・・」
デブリの合間から見える戦闘光を見ながら、プロスが言う。
「ルリちゃん、識別は何処の部隊になってる?」
「1つは例の新手の異星人、ポセイダル軍のものです。もう1つは、こっちに出て来た時にいたゲキガンタイプです」
「ゲキガンタイプは1機だけか?」
ユリカの問いかけに応えたルリに、ゴートが聞き返すと無言で頷いた。
「単独行動とは・・・何かの作戦中でしたのかな?」
「あるいは、何処かに合流する途中だったか・・・どうする、艦長?」
プロスにゴートは返し、ユリカに指示を仰ぐ。
「艦がこんな状態です。戦場を迂回して行くのがベストなんですが・・・ミナトさん、戦場を迂回するとして、
相転移エンジンはロンデニオンまで持ちそうですか?」
「ちょっと、無理っぽいかな? 今取っている最短ルートを騙し騙しながら突っ切るのだって、結構ギリギリだし・・・」
「この残留ミノフスキー粒子の濃度です。敵がこちらにも気づきませんが、こちらも敵に気付きません。
移動距離が伸びれば、出会い頭に敵と遭遇する可能性も高くなるます」/p>
ユリカの問いかけにミナト、ルリが応える。
「ここであっちの戦闘が終るまで待ってるっていうのは・・・?」
メグミがそう提案するが、すぐさまイネスが口を出す。
「それはオススメ出来ないわね。ここで止まっていればあちらがナデシコに気付かないとも限らないわ。
それに、戦闘が終わった後に周囲を索敵されれば気付くかもしれないし、万が一気付かなかったとして、
敵の進行方向がこちらの可能性もあるんだから」
「・・・敵の目を何処かに引きつけて、その間に戦闘宙域を離脱―――この方法しかありません」
考え込んでいたユリカが、提案する。
「しかし、艦長―――敵の目を引きつけるというが、どうやってだ? この艦にはダミーバルーンは装備されていないぞ?」
「それに、ミサイルも火星であらかた使い果たしてしまいましたからな〜」
『―――その役目は、僕達に任せてもらおうか』
ゴート、プロスがユリカに聞いた時、万丈が通信機越しに話しに入って来た。
『僕達の機体は目立つ事この上ないからね。囮としてはうってつけさ』
「良いんですか、万丈さん? 現状のナデシコでは、何があってもそちらに援護に迎えません
―――それに、エステバリスの援護も付かないんですよ?」
『おっと! そうでもないぜ!!』
万丈がユリカに返す前に、ウリバタケが割り込んできた。
『急ピッチで修理作業、オーバーホールをしたからな。どうにか、アキトとヤマダの馬鹿のエステの修理が、今終った所だ』
ウリバタケ達、整備班は故障箇所の少ないエステから最優先で修理していた。
アキト、ガイの機体は幸い胴体部に損傷がなく、腕と両脚のパーツ交換だけで修理が済み、機体のオーバーホールをするだけだったのだ。
「流石、ウリバタケさん! いい仕事してます!!」
『まあな! って言いたいが、流石にリミッター解除に耐え切れる程の状態じゃねえんだ。何しろ時間がなかったからな。
取りあえず、それ以外の動作には何の問題もないぞ』
「いえ、それでも十分です。メグちゃん、アキトとヤマダさんにも連絡をお願いします」
(アキトさんは・・・丁度、戻ってきた所ですね)
ルリは小さなウインドウでアキトが戻ってきている事を確認し、用意しておいたダミー
―――簡単な受け答えが出来るアキトの声入りプログラム―――の作動を、オモイカネに止めさせた。
「くっ、ゲキガンパーンチ!!」
グライアのパワーランチャーを食らいつつ、九十九はロケットパンチを放つ。
グライアにロケットパンチが突き刺さり爆発するが、次から次へと別のグライア、アローン達がパワーランチャーを放ってくる。
「くそっ! まさか、ここでポセイダル軍と鉢合わせるとは・・・!!」
九十九は呻き、少し離れた所にあるポセイダル軍の艦―――サージェ・オーバスを睨む。
「まさか、こんな所で木連軍の機体に出会うとはな・・・」
一方サージェ・オーバスのブリッジでダイテツジンを見たチャイが、同じく呟いていた。
この部隊は地上に駐留しているネイ・モー・ハンの所に送られる補充戦力と補給物資だ。
チャイにはこの部隊とともに地球へ―――という命令は出ていないが、志願して補充戦力の護衛を願い出たのだ。
ここ最近に13人衆になったばかりギャブレーが、地球で一部隊の指揮を与えられたのに対し、チャイへの命令は本国での待機だった。
ポセイダルだけではなく、ギワザすらも自分よりギャブレーを買っていると思ったチャイは焦り、護衛と称して自らも地上に降りるつもりなのだ。
「しかし、意外と手こずるな?」
敵はたった1機であるが、未だに落とせない事を不満に思い、部下に問いかける。
「どうやら、敵の装甲が思っていたよりも厚く、B級の出力では決定打に中々ならないかと・・・」
「そうか。グルーンを用意しろ、オレが出てケリをつける――‐何時までも雑魚に構っていられんからな!」
「ゲキガン・・・ビィィィムッ!!」
小型レーザーを放ちアローンを撃墜するが、背中にグライアが放ったパワーランチャーが直撃する。
「くっ・・・! 歪曲場と跳躍が使えれば・・・!!」
今のテツジンはディストーションフィールドと空間跳躍が使えない状態だった。
あの時、応急処置をしたのが木連の技術者ならば、この2つは完全に遠い状態とはいえ使えはしただろう。
だが、まだザフトの技術者にこの2点の技術の情報は提供していない為、損傷したままだったのだ。
プラント、木連との技術交換はしているが、木連の技術者でも未だに解らない事が多い空間跳躍の技術は、まだプラントには伝わっていなのだ。
「こうなれば、一か八か重力波砲で突破口を開くか・・・」
最大出力で放てはしないが、取りあえずは撃てる状態のグラビティブラストを放ち、戦場を離脱しようかと思ったとき、
サージェ・オーバスから角の生やしたHMが出撃してきた。
「角の生えた機体・・・? 隊長機か!?」
出撃してきた機体に気付いた九十九は、小型レーザーを放つが目の前で拡散されてしまう。
「弾かれた!?」
「効かんな! これでもくらえ!!」
驚愕し僅かに動きが鈍ったダイテツジンに、チャイはパワーランチャーを放つ。
九十九は回避しようとするが、元々修理が完全でない上に、先程背中に損傷を負いバーニアの出力が更に下がっていた。
パワーランチャーを回避できずに、左肩に被弾―――否、貫通し脱落する。
「なっ!? 損傷しているとはいえ、テツジンの装甲を!?」
フィールドを張れなくとも、ダイテツジンの装甲はMSやPTの比ではない。
並みの攻撃なら多少持ち堪えられると、技術部門から説明を受けていただけに九十九は驚いた。
続けて放たれるパワーランチャーを回避しようとするが、やはり避け切れず脚に被弾し破壊される。
「ぐうっ・・・! あれが隊長機なら、アイツを落とせば突破口は開ける―――ならば!」
九十九は覚悟を決めると、グルーン目掛けて機体を突っ込ませていく。
「わざわざ落とされに来たか!!」
突っ込んで来るダイテツジンに、チャイはパワーランチャーを連射する。
フィールドを張れないダイテツジンは、残った腕を盾にし致命傷を避けながら距離を詰める。
距離がある程度近づいた時、九十九は残った腕をグルーンに目掛けて発射した。
「遅いわっ!!」
放たれた腕を、チャイはロングスピアで弾く―――その時には、目の前にダイテツジンが迫っていた。
「この距離なら、かわせまい! ゲキガンシュート!!」
グルーンの動きを見て、距離を空けてのグラビティブラストは回避されると踏んだ九十九は、賭けに出たのだ。
回避不可能な程に近づき、攻撃を回避、弾いた後の隙を狙ってのほぼ零距離からのグラビティブラストに。
九十九はこの賭けに勝ったと言える―――ただ、チャイの機体がグルーンでなかったらであるが。
「そうかな?」
チャイは口元に笑みを浮かべると、目の前のダイテツジンに角を接触させ―――電撃を発生させた。
「なっ!? うわあああああぁっ!!」
コックピット内に火花が散り、回路が次々とショートしていく。
回路がショートし、動かなくなったダイテツジンにチャイはロングスピアを向け、
「手こずらせてくれたな・・・!」
突き刺そうと振り下ろした―――が、突然ライフルが飛来し、スピアが半ばから破壊された。
「なにっ・・・!?」
チャイが弾が飛来した方を見ると、ライフルを構えたピンクのエステバリスとダイターン3達が近づいてきていた。
(有人タイプのテツジンだと・・・? まさか、『三羽鴉』の1人が乗っているんじゃ・・・!?)
アキトは1機で単独行動をとっていたダイテツジンを見た瞬間、直感的にそう思った。
行動不能になったダイテツジンにロングスピアが振り下ろされた時、アキトは反射的にスピアを狙ってライフルを放っていた。
放たれた銃弾は、スピアの一点に全弾突き刺さり―――スピアを半ばから破壊した。
それを見たユウキはふと疑問を感じた―――アキトが行動不能になった機体を助けた様に見えたからだ。
「アキト、あの機体はどうする?」
ユウキは今のアキトの行動を確かめる意味を兼ねて問いかける。
『ああ、出来れば撃破せずに鹵獲してください。木星蜥蜴の情報を得られるかもしれませんからな』
アキトが応えるのよりも早く、プロスが通信に割り込む。
「了解!」
プロスの指示にアキトは胸をなで下ろし―――助けた後の事を考えてなかったのだ―――機体を加速させた。
「前に戦った連中とは違うが、こいつ等も正規軍か!?」
アキトが続けて放ったライフルを回避しつつ、ダイテツジンから離れるチャイ。
「だが、たった5機で何が出来る!? 総員攻撃を開始しろ! 数はこちらの方が上なのだからな!!」
チャイが全機に指示を出すと、アローン、グライアが一斉にパワーランチャーを放ってきた。
「なんの! ゲキガンバリ「ガイ、回避しろ!!」」
フィールドを発生させ、パワーランチャーを弾こうとしたガイに、ユウキは咄嗟に叫んだ。
「っと! なんでだよ!?」
パワーランチャーが当たる直前にガイは回避し、ユウキに怒鳴る。
「エステに搭載されているバッテリーを忘れたのか!? ここは重力ビームの範囲外だぞ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだったな」
ガイはユウキの言葉に、少し間を空けてから応えた。
「・・・ガイ、忘れてたな? じゃあ、俺達はあまり動きを取らない方がいいですね?」
アキトはガイに苦笑いをすると、万丈に問いかけた。
「まあ、そういう事だね。こんな所で行動不能になったら、終わりだからね」
「前衛は俺達に任せろ!!」
万丈、一矢はそういうと機体を加速させグライア達に仕掛けていく。
「アキト、ガイ、バッテリーが危険域に入ったら、その機体を持ってナデシコに戻るんだ」
「オイオイ! あれだけの数を、お前等3機だけで引き受けるって言うのか!?」
ユウキの言葉に、ガイがグライアやアローンを見て叫ぶ。
「忘れるな、俺達の目的はナデシコがこの宙域を離脱するまでの時間稼ぎだ―――MKーUの機動力と、ダイファイターなら
ナデシコが離脱した後、敵機を振り切って逃げる位は出来る」
「あ、そうか。ダイターンの大きさなら、ダイモスを乗せて移動する事は出来るな」
「そういう事だ。アキト、援護を頼むぞ」
「判った」
射程内に入って来たグライアを、ライフルで撃墜しながらアキトは応えた。
グライア、アローンのパワーランチャーをものともせず、ダイターンとダイモスは敵機を次々と蹴散らしていく。
ヒュッケバインMK-Uと2機のエステも、パワーランチャーを尽く回避しつつ、ライフルを撃ち返し確実に敵機の数を減らしていく。
そんな彼等を見て、チャイは信じられないという顔をしていた。
「な、なんなんだ、こいつ等は!? たった5機だというのに、何故こちらが押されるのだ!!
あの時ダバ・マイロード達を助けに来た連中は、バルマー艦隊を撃破したロンド・ベル隊だというのだから判る!
だが、こいつ等は違うはずだ! 何故、我等が押されるのだ!?」
バルマー艦隊を撃破した部隊の事は、外宇宙の組織にも知れ渡っているが、その構成メンバーまで把握している者は少ない。
故に、チャイはこの場にいる万丈達、3人がロンド・ベル隊のメンバーである事を知らなかった。
「くそ、サージェ・オーバス! 主砲で援護しろ!! あの馬鹿デカイ2機なら、狙いやすかろう!!」
B級の出力では話しにならないと判断し、チャイは自分の戦艦、サージェ・オーバスも戦闘に参加させる。
「まさか、たった5機相手に戦艦の援護が必要に・・・?」
苦々しく呟くと、自分の言葉にはっと気付いた。
「たった、『5機』だと? こんな所で、何故5機で行動してるんだ・・・?」
単独行動をするには数が多く、あれだけ巨大な機体―――ダイターン3―――がいるのだ。隠密行動の訳はない。
「と、なると・・・目立つ行動をする事が目的か―――何機か散開し、索敵をしろ! この周囲に何かがある筈だ!!」
「一部の敵が散開した!? まさか、ナデシコに気付いたのか!?」
敵の動きを見て、一矢が行かせまいとダイモガンを放つ。
しかし、距離が開きすぎている事もあり、尽く回避されるかデブリに阻まれHMまで攻撃が届かなかった。
その行動を見て、チャイは自分の考えが正しいと確信し、この場に居るHMにダイターン達の足止めを指示する。
「くっ! 俺達をこの場に止まらせるつもりか・・・!!」
数多く放たれるパワーランチャーを回避しながら、ユウキはフォトンライフルを撃ち返すが、あまりにも敵機の数が多く、なかなか数が減らない。
「どうする、アキト!? 俺かお前、どっちかがナデシコの防衛に着くか!?」
グライアのセイバーを紙一重で回避し、カウンターで頭部を殴り砕いたガイがアキトに聞く。
「そうしたいが、それだと相手にナデシコの位置を教える事になるな・・・だが、このままでは発見も時間の問題か・・・?」
アキトはガイに返しながら、グライアとアローンをすれ違い際に2つに断ち、パワーランチャーを構えていたグライアをライフルで撃ち落した。
アキトの言葉に、ガイは1つ思いつき、
「アキト、ここはお前に任せても大丈夫だな?」
「ガイ? 何をするつもりだ?」
アキトがガイに聞き返すが、答えず機体をその場から離脱させ始めた。
「ヤマダ君!? 何処に行くんだ!?」
「バッテリーが危険域に入ったのか!? しかし、ナデシコはそっちじゃないぞ!!」
万丈、一矢がガイの突然の行動に驚き通信を繋ぐ。
「ああ、判ってる! バッテリーもまだ充分にあるから、この手を使うんだよ!!」
1機のエステが戦場を離脱していくのを見て、チャイは細く笑みを浮かべた。
「しびれを切らしたバカが出たか! あの機体の後を追え!! 連中が隠そうとする何かがある筈だ!!」
ガイが2人に言い返すと同時に、散開した敵機の殆どがガイの機体を追い始めた。
「散開した機体の殆どが、ガイを追って行く・・・? まさか、囮になる気か!? 1機じゃ無理だ、俺も―――」
ユウキがガイの作戦に気付き、後を追おうとするが、
「来るんじゃねえ! 散開した機体はこいつ等で全部じゃない。現に何機かナデシコが向っているのと同じ方に行った。
お前の機体は足が速いんだ、そいつ等を追ってくれ!!」
「なら、俺が・・・!!」
「アキト、お前は残るんだ。 まだ、そっちの方が敵の数が多いんだ、これ以上戦力を分散しない方が良い!」
「しかし、1機でその数の相手は・・・!」
一矢がガイの後を追う機体を見て呻く。
その数は10機を超えており、幾ら何でも1機で相手するには多すぎる数であり、今回はバッテリーの制限もあるのだ。
「へっ! 大丈夫だ、こっちには作戦があるんだからな!!」
「作戦・・・? ガイ!!」
少し嫌な予感を覚えたアキトは聞き返すが、距離が開き、ミノフスキー粒子の影響でこれ以上通信が繋がらなくなった。
「ちっ、ミノフスキー粒子の影響か!? どうする、ユウ?」
アキトは顔を顰め、ユウキに問いかける。
「・・・ガイの考えもあながち間違いじゃない、か―――俺は他の敵機を追う。アキト、この場を任せても大丈夫か?」
ユウキはしばし考えた後、アキトに聞き返す。
「ああ。フィールドを展開しなければ、もう暫くは持つ」
「判った。出来るだけ早く戻る」
グライア、アローンのパワーランチャーをものともせず、万丈はサンレーザーを撃ち返すが、そこに1条のレーザーがダイターンに直撃する。
「くっ、この威力は・・・!」
今までグライア、アローンの集中砲火を受けてもものともしなかった装甲に多大な損傷を与えられ、万丈は目をむく。
「万丈さん! おっと!!」
一矢がダイターンの方に注意を向けると同時に、ダイモスの方にもレーザーが飛来し慌てて避ける。
「ポセイダル軍の戦艦か!?」
「前に出て来た!? こっちとしては好都合だ!!」
前進してくるサージェ・オーバスを見て、一矢は果敢にサージェ・オーバスの懐に飛び込もうとするが、
地球の戦艦とは比にならない程の分厚い弾幕―――実弾ではなくレーザーだが―――が張り巡らされる。
一矢は咄嗟に回避行動を取るが、全ては回避しきれず、何発もレーザーを受けながらも如何にか射程外に逃れる。
「くっ!! なんて弾幕の厚さだ!? まるで近づけない!!」
「砲門の数が確認しただけでも500を超えている?―――これは、近づくのは少々骨だね」
万丈はセンサーを見ながら、飛来してくるレーザーをダイターンファンで防ぐ。
このレーザーの出力が大した事なければ―――ダイターン3とダイモスの耐久度を基準にしてだが―――強行突破して、接近していただろう。
しかし、レーザーの出力はかなり高く、砲門の数も尋常ではない。
立て続けに受ければ、いくらダイターンとダイモスの装甲でも長くは持たない。
「ダンクーガかライディーンがいれば、遠距離からでも致命傷を与えられるんだけど―――仕方がないか!!」
万丈は叫ぶと、サンレーザーを放ち砲門の1つを破壊した。
ガイは後を追ってくるグライア8機、アローン7機を振り切らない程度の速度でデブリ間を飛び回っていた。
「よ〜し、もうちょいだ・・・もうちょっと来い・・・!」
エステを追いつつ、グライア達はパワーランチャーを放つが、ガイは機体を左右にずらさせ、振り向く事無く攻撃を回避する。
「っと、邪魔か・・・?」
ガイはライフルを手に取ると、追って来るグライア達にではなく、目の前に漂っていたデブリを撃ち進路を作り、そこから更に進むと、
「良い具合に、一直線になってきたな―――そろそろ行くぜ!!」
急に機体を反転させ、グライア達へと真っ直ぐ突っ込んで行った。
今グライア、アローン達の隊列は殆ど一直線になっていた―――ガイがそうなる様に、ここまで敵を誘導してきたのだ。
グライアやアローンの全機が、同じ地点からガイの機体を追い始めた訳ではなく、同じ全速でも離れていた距離、
パイロット同士の僅かな技量の差によって、個人差というものが出てくる。
更に唯でさえ、デブリの所為である程度の速度を保ったまま通り抜けられる空間というのが限られている。
ここまで条件が揃えば、自ずと隊列が1列―――1直線に近くなる。、
「全エネルギー、フィールドに集中! ハイパーモード、オン!!」
ガイの作戦は―――戦略は正しい・・・しかし、肝心の部分が彼の性格からして当然の様に忘れている所があった。
「いっくぜぇぇぇっ!! ゲキガン・フレアーーーッ!!」
出撃前に、ウリバタケが『今回、リミッターを外すなよ?』と注意していた事を完全に忘れ―――否、聞いていなかったのだ。
グライアが咄嗟に放ったパワーランチャーを弾き、次々と正面から撃破していく―――が、5機目を撃墜した時、急に機体が激しく振動を始めた。
「な、なんだぁ!?」
ガイは声を上げた時、ウインドウが次々と開き、その全てに『機体に異常発生! 緊急停止!!』と表れた。
それと同時に機体の機能が全て―――生命維持装置以外―――が止まり、フィールドも消失する。
「ど、どういうこった!?」
状況の掴めないガイは、あれこれと操作するが機体は何一つ反応しない。
機体に限界以上の負荷がかかり、セーフティが働いたのだ―――機体が持たない筈なのに、短時間とはいえリミッターを解除して
5機撃墜できただけでも奇跡に近い・・・運が悪ければ、セーフティが働く前に機体が爆散していたであろう。
だが、今の状況では自爆してもしなくとも同じである―――まだこの場に、グライアが3機、アローンが7機も無傷で残っているのだから。
少し離れた所を通り過ぎようとした2隻の船が戦闘に気付いた。
その内の1隻の甲板に作業用MS―――開戦前の物かバッテリー式かは判別できない―――が括り付けられているので、
恐らくデブリ帯に漂っているジャンクを目当てにしたジャンク屋だろう。
「戦闘・・・!? 一体何処と・・・!?」
「まっとれ、今モニターに出す!」
船長席に座る少女に応え、老人がモニターに映像を出す。
そのモニターに映し出された映像―――機体を見て、老人と少女の傍にいた少年は驚き目を見開いた。
「あれは・・・ダイターン3とダイモス!? 万丈さん達だ!!」
「あやつら、やはり生きておったか!!」
戦っているダイターン3とダイモスを見て、少年と老人が声をあげる。
その時、急に動きが止まったガイのエステもモニターに映し出された。
「あの機体、急に動きが・・・?」
動かなくなったガイのエステに、残ったグライアやアローンが攻撃を仕掛けていく。
スラスター等も作動しないようだが、機体のあちこちをパージしその反動で攻撃を避け、致命傷を避けてはいるがあれでは長くは持たないだろう。
その光景を少年は見ていられなくなり、ブリッジの出口へと向き、
「ベルナデット、ウモンさん。ここで待っていてくれ。俺、援護に行ってくる!!」
艦長席に座る少女―――ベルナデットとすぐ隣りにいるウモンに声をかけ、少年は外の機体に向う。
「待つんじゃ、トビア! いくらお前さんでも1機だけでは・・・!!」
「でも! あのままじゃ、あの機体のパイロットは助からない!! 万丈さん達もあの距離じゃフォローに入れないんですよ!?」
ウモンの制止にトビアは振り向き吼える。
「トビア、待って。今、劾さん達と通信を―――ロレッタさん、聞こえますか?」
ベルナデットはトビアに言いながら、もう1隻の船―――『サーペントテール』の母船に通信を繋げる。
『ええ、聞こえてるわ。トビア君、出るって? まあ、昔の仲間がピンチだからね』
ロレッタの確認の言葉に、ベルナデットは目を丸くする。
『あ、驚いた? あなた達は隠そうとしている様だけど、結構、私達の世界じゃ知られているわよ? ロンド・ベル隊とあなた達の関係って』
「なら、話は早いわい。すまんが、トビアと一緒に・・・」
『残念だが、その気はない』
ウモンの言葉を遮り、男が通信に割り込む。
「劾!? 何故じゃ!!」
劾は先程、『ジャンク屋』に譲られた機体のOSを調整しながら、怒鳴るウモンに返す。
「オレがトビアとトビアの昔の仲間を助ける理由がない―――そちらがオレを雇うというのなら、話は別だがな」
『お前は、どこまで『判りました、雇います』』
ウモンが劾を罵倒しようとした直前に、ベルナデットがあっさりと応える。
『オ、オイ・・・』
『今、喧嘩していられる状況じゃありません。すみませんが、報酬の交渉は後で・・・』
劾は頷くと、プログラム用のキーボードをしまい、
「判った―――内容は、ダイターン3達及びエステバリスの援護だな?」
「劾、僕も行こうか?」
出撃しようとする劾に、イライジャが聞く。
「いや、ここで船を守っていてくれ。オレ達の方は兎も角、彼等の船は『今は』非武装の民間船だ」
グライア、アローンのパワーランチャーを掻い潜り、アキトはグルーンを狙って距離を詰めていく。
(バッテリーは―――まだ大丈夫か)
グルーンを射程に捉えると、アキトはバッテリーの残量を確認してからイミディエットソードを抜き放った。
「ほう、このタイプと戦うのは初めてだな!」
アキトのエステを見て、チャイは笑みを浮かべ、パワーランチャーを放った。
パワーランチャーを回避しつつ、アキトは徐々にグルーンとの距離を詰める。
「ええいっ! ちょこまかと!!」
「腕は悪くはないが、北斗達ほどじゃない!」
あっさりとグルーンの懐に入り込み、アキトはイミディエットソードを振るうが、チャイはロングスピアで受け止め、
そこを支点にしてスピアを回転させる。
「ちっ!」
アキトは機体を半身引かせて、下から襲い掛かる石突を回避しつつ、グルーンの頭部に右の上段蹴りを叩き込んだ。
グルーンは左に機体が流れるが、損傷らしいものはなく、そのままパワーランチャーを撃ち返してきた。
「このっ! パワー不足なんだよ!!」
「予想以上に、堅い!?」
近距離で放たれたパワーランチャーを回避し、アキトは一度距離を取った。
「あれが、他星系の機体の力か―――このエステだって、そう性能は低い方ではないんだがな・・・」
アキトはグルーンを睨みながらぼやく。
かつていた自分の世界、そしてこの世界の技術基準―――アキトが見てきた限りだが―――から見ても、エステの性能は決して低くはない。
だがそれを基準に見ても、彼等、ポセイダル軍の技術水準が少々高いのだ。
パイロットとしての腕では、アキトはチャイよりも勝ってはいる―――だが、その差を埋めれる位の機体性能の開きがあった。
「くそ、今はバッテリーの余裕がないというのに・・・!」
こうしている間にもバッテリーは常に減っており、このままではこちらが身動きできなくなる。
今の蹴りの手ごたえからして、手持ちのライフルでは、装甲を貫通するのに少々骨が折れるだろう。
(・・・レールキャノンでも持ってくるべきだったか? いや、そう簡単に当たる様な腕ではないな)
チャイの腕は自分よりは低いが、それでも油断して構えていられる程度の腕ではない。
「手持ちの火器では倒すのに時間がかかりすぎるか―――結局、コイツ頼りか!」
アキトはイミディエットソードを見やると、再びグルーンに向って行った。
アローンが動かなくなったガイのエステに、パワーランチャーを放つ。
「ち! ウリバタケの旦那、後で怒らないでくれよ!!」
既に十分怒られる様な事をしているが、本人にそんな自覚は全くなく―――ガイは左脚の膝から下をパージする。
その反動で機体が動き、放たれたパワーランチャーの回避に成功する。
続けてグライアもパワーランチャーを放つが、今度は右腕の肘から先をパージし回避する。
「今は撃ってくるだけだからいいが、接近戦をされたらヤバイか・・・って、言っているそばから!!」
埒がないと思ったのか、2機のグライアがセイバーを抜き放ち斬りかかってきた。
ガイは右脚の膝から下、関節から上、続けて残っていた左脚を連続して切り離し、1機目のグライアのセイバーを回避するが、
その先に、別のグライアが回りこみセイバーを振り下ろした。
ガイもやられる、と覚悟を決めた時、1条のビームがセイバーを手にしたグライアの腕を撃ち抜いていた。
「!? なんだ!?」
ガイは驚きながら、飛んで来たビームの方を見ると―――ビームライフルにしては妙に長い形態の銃を構えつつ、
こちらに接近してくる作業用MSと思われる機体が見えた。
『そのまま後退して下さい! ここは俺が引き受けます!!』
「子供の声!? しかも工事作業用のMSでだと!? オイ、バカな事は止めて、とっとと逃げろ!!」
入って来た通信にガイは怒鳴り返すが、そのMSが反転するのよりも早く、グライアとアローンがパワーランチャーを放った。
MSは片手を『何故か』前に出すだけで回避行動は取らず、そのまま突っ込んでいく。
「馬鹿野郎!! 避けろ!!」
思わずガイは叫んだが、この後信じられない光景を目にする―――MSにビームが当たる直前に、ビームが弾かれたのだ。
「なっ!? ビームコーティング・・・? いや、Iフィールドか!?」
ただの作業用MSにIフィールド、ビーム兵器の使用を可能にする程のジェネレーターが装備されている訳がない。
ガイがそう思った矢先、MSが装甲のあちこちを爆破させ始め―――中から額と胸にドクロを付けたガンダムが現れる。
「カ―――カッコいい・・・何処のガンダムだ?」
「どけぇー!! 加減なんか出来ねえぞ!!」
トビアは手にしたビームサーベルを抜き放つと、ガイのエステへの進路を塞いでいたアローンとグライアをすれ違い際に2つに断つ。
そのままガイのエステを守る様に立ち塞がった。
「大丈夫ですか!? 動けるのなら、そのまま後退を!!」
「そうしたいが、機体が動かねえんだよ。このままパーツを切り離した反動で、下がるしか方法がねえ」
ガイがトビアに返した時、残っていたグライアとアローン達がパワーランチャーを連射してきた。
トビアはそのまま腕を左腕を向け、Iフィールドを展開させる。
「―――左腕の作動時間が後20秒・・・右腕の作動時間は丸々残っているけど、この人が離脱する前に作動時間が切れるか」
エステのバーニアが1つでも生きていれば、充分過ぎる時間ではあるが、今は慣性エネルギーでしかこの場を離脱する術がない。
「まだ、テストが済んでないけど・・・仕方がないか!!」
トビアはそう言い、ハモニカ砲の様に横に7つの銃口が並んだビームランチャーを取り出し、左右の3つの銃口を回転させる。
「ランダム、シュート!!」
左右合わせて6つ、中央の1つの銃口から狙いを付けずに放たれた高出力のビームが戦場を切り裂く。
この攻撃にグライア、アローン達は驚き、攻撃を止め回避に専念するが、回避し損ねたアローンが2機、ビームの直撃を受け爆発する。
更に今の攻撃でグライア達はX3から距離を取り、しかも態勢を崩しておりすぐには反撃に移れなかった。
「今だ! 懐に飛び込んでやる!!」
X3のマスクを開かせ、トビアはムラマサブラスターを手に取り、比較的近くに居たアローンに接近する。
アローンは慌ててX3に狙いを定めるが、先にムラマサブラスターが放たれ撃墜される。
その光景に残っていた者も我に返り、自分達に向ってくる機体―――X3に狙いを定めた。
連続して放たれるパワーランチャーを、トビアはIフィールドを作動させる事なく、次々と回避していく。
「これ位ならかわせる! セーフティ、解除! いくぞっ!!」
アローンの懐に入り、ムラマサブラスターの両側にビームを発生させ、横に切り裂いた。
その背後からグライアがセイバーで斬りかかって来る。
トビアはムラマサブラスターを両手に持ち、機体を回転させセイバーを受け止める―――が、ムラマサブラスターは接触したセイバーをも切り裂き、
そのままグライアを横に断っていた。
「せ、接触したビームサーベルごと!? なんなんだ、あの武器は!?」
ガイは戦場を徐々に離脱しながら、見えた光景に驚く。
ガイは知らない事―――否、クロスボーンガンダムの存在は公式記録にはなく、知る者は殆どいない―――だが、ムラマサブラスターは
縁にそって合計14本のビームサーベルが連なっており、事実上斬れぬものはないという代物であり、これに対抗するには受け止める部分に
Iフィールドを発生させるか、同等の出力を持って受け止める、もしくは参式斬艦刀に使用されている様な
耐久度の高いレアメタルで受け止めるしかない。
アローン達は徐々に離れて行くガイのエステに手を割く余裕はなく―――時間制限付きではあるが―――
最強の盾と矛を持つガンダム、X3に仕掛けていった。
グルーンはイミディエットソードをロングスピアで受け止めるが、続けて放たれた膝蹴りをまともに受け、後ろに弾き飛ばされる。
弾かれたグルーンを追いアキトは追撃をかけ、頭部を狙ってイミディエットソードを突き出す。
しかし、その一撃はチャイにロングスピアでソードの軌道をずらされ、グルーンの肩口を少し切り裂いただけだった。
「こいつ、さっきからイミディエットソードの攻撃だけは確実に避けている・・・それ以外の攻撃が通用しないと判ったのか」
先程から振るわれるイミディエットソードは確実に回避、もしくはその軌道を逸らされている。
イミディエットソードと織り交ぜて繰り出す拳、蹴り、肩当てはほぼ確実に入るのだが、損傷らしい損傷を与えられない。
「やはりな、この剣だけを警戒していればどうとでもなるか・・・だが」
チャイは再び振るわれたイミディエットソードを受け止めるが、その表情に余裕がなかった。
確かにイミディエットソードの攻撃は回避しているが、それは全精神を集中させてようやく出来る事だ。
言い換えれば、イミディエットソードを回避するのに精一杯で他の攻撃も回避する余裕がないのだ。
しかし、それももう限界が近い―――常に全精神を集中させた状態を長く続けてはいられない。
このままでは、近いうちに2つに断たれる―――チャイはそう判断すると、1つの賭けに出た。
アキトが三度イミディエットソードを振るおうとした瞬間、グルーンが自らロングスピアを突き出してきた。
「自分から仕掛けてきた!?」
今まで自分の攻撃を受け、返すだけだったグルーンの突然の行動にアキトは驚き、スピアを回避すると一度距離を取った。
しかし、距離を取ったアキトにグルーンは正面から距離を詰めてくる。
「こいつ、正気か!? それともカウンターを狙っているのか!? 」
回避行動らしい事もせずに、正面から突っ込んでくるグルーンにアキトは何かの策があるのかと思ったが、あえて迎え撃つ事にした。
何か策がある様な気もするが、エステのバッテリーがもう殆どなく、そろそろ勝負を決めないとこちらが動けなくなるからだ。
あちらが自ら接近戦を仕掛けくる事は、アキトとしてはありがたい。
(スピアを蹴り上げるか、下に蹴り落として頭から縦に斬る―――出来るか!?)
アキトは簡単に作戦を立て、自らもグルーンに向って行く。
獲物が長い分、グルーンが先にエステを間合いに捉えロングスピアを突き出す。
「今だ!!」
突き出されたロングスピアを、イミディエットソードの柄で下に叩き落し―――その反動で、ロングスピアを飛び越え、
グルーンの懐にアキトのエステが入り込む。
「この状態でなら反撃は出来まい! 終わりだ!!」
アキトは吼え、グルーンを頭から2つに断とうとイミディエットソードを振り下ろす。
―――その瞬間、アキトは嫌な予感を感じた。
それを感じた瞬間、反射的にイミディエットソードを掴んでいた腕を切り離したのと、それが起こったのはほぼ同時だった。
グルーンの2本の角が放電し、その間に振り下ろされたイミディエットソードと咄嗟に切り離された腕が巻き込まれる。
「電撃!? あんなものを隠していたのか!?」
予想していなかった攻撃に、アキトは驚き切り離した腕とイミディエットソードを見る。
腕は小さくスパークを起こしているが、イミディエットソードの方は異常は見られない―――恐らく、ウリバタケが
妙なコーティングをしておいたのだろう。
「ち、気付かれたか・・・だが、これで貴様の打つ手はあるまい!」
無事なエステを見て、チャイは悔しげに呟くがイミディエットソードを手放した事に気付き、すぐさま笑みを浮かべる。
あの剣以外の攻撃は通用しない事は、身を持って証明済みだ―――ならば、後はどうとでもなる。
チャイがそう思った瞬間、警告音が鳴り響いた。
チャイが反応するのよりも早く、衝撃がグルーンを襲い、機体が横に流される。
「なんだ!?」
チャイは機体を立て直すが、そこを狙ったかの様に砲弾が飛来してくる。
咄嗟にパワーランチャーで撃ち落そうとしたが、間に合わず砲弾が命中し、更に吹っ飛ばされた。
「一体、誰が・・・?」
突然の出来事にアキトも驚き、砲弾が飛来した方を見やると、1機のMSが見えた。
「あれは・・・ガンダム!?」
その機体は青を基調にしたカラーリングであり、その頭部はつい先程共に戦った部隊、ロンド・ベル隊に数多く所属しており、
この世界で最も有名なMSのタイプにそっくりだった。
その機体がアキト達に通信を繋げて来た。
『こちらは傭兵部隊『サーペントテール』の業雲劾だ。お前達、ロンド・ベル隊の援護を依頼に受けている』
「サーペントテール―――業雲劾だって・・・!?」
「知っているんですか、万丈さん?」
サーペントテールと劾の名前を聞き、驚く万丈に一矢が問いかける。
「ああ。前にJ9のアイザックから少し話を聞いた事がある―――自分が知る限り、最高かつ、最強の傭兵だってね」
万丈の説明を聞いた時、一矢はふと疑問に思った。
「しかし、万丈さん。一体誰がこの依頼を?」
一矢の疑問は尤もな事であり、万丈本人もそう思っている事であるが、彼は1つ肩を竦め、
「さあね? ただ、状況が状況だ。援護をしてくれるというのはありがたい―――ここのケリが着いたら、直接彼に聞いてみるとしようか」
「この・・・邪魔を、するな!!」
機体を立て直したチャイは吼えつつ、バズーカを放ってきたブルーフレームにパワーランチャーを撃ち返す。
ブルーフレームはパワーランチャーを回避しながらバズーカを撃ち返し、しかもグルーンとの距離を確実に縮めていく。
チャイは放たれた砲弾を何とか回避しつつ、負けじとパワーランチャーを撃ち返すが、狙いと呼べるほどの精度はなく、
ブルーフレームに当たるどころか、掠める事すら出来ない。
「回避をしながらの射撃でこの精度・・・! 前に戦った連中といい、この連中といい、この星の連中は化け物揃いなのか!?」
チャイがそう思ってしまうのも無理はないだろう―――前回、そして今回と2回連続でその星の最強クラスの連中に当たる程、
運が悪い者がいる訳がない―――否、確率上存在はする・・・ただ、それが自分だと思う者はそういないのだから。
チャイが不利と見ると、近くにいたアローンやグライアがブルーフレームを狙い、パワーランチャーを放って来た。
しかし、劾はそれを尽く回避するとビームライフルを撃ち返し、アローンやグライアを次々と撃ち落していく。
「この程度の戦力ではオレを倒せんぞ」
劾は次々と放たれるパワーランチャーを避けつつ、確実に敵機を撃ち落していく。
チャイがこのままでは拙いと思った時、先程散開したグライア達の内の1機からチャイに通信が入った。
『損傷し、この宙域を通り抜けようとする戦艦を発見いたしました!』
「! もしや、こいつらの母艦か!? こいつら、艦を逃す為の囮だったというのか―――攻撃を開始しろ!
直ぐに、サージェ・オーバスからも援護をさせる! 逃がすなよ!!」
「艦長、敵機が接近して来ました―――どうやら、見つかっちゃったみたいです」
ルリの言葉に、ブリッジに緊張が走る。
「もう少しで安全圏まで逃げられたと言うのに・・・!」
「メグちゃん、すぐアキト達に連絡を着けて! ウリバタケさん、リョーコちゃん達のエステの方は!?」
ゴートの苦い声を聞きながら、ユリカは次々と指示を出す。
『駄目だ、まだ出せねえ!!』
「艦長、ミノフスキー粒子の影響でアキトさん達との連絡が取れません!!」
返されてくる悪い報告に戸惑わず、ユリカは間をおかず次の指示を出す。
「ルリちゃん、ミサイルを発射、当たらなくても発射から12秒後に爆発させて。 信号弾代わりにして、アキト達に敵機の存在を教えます。
あとは、今張れる最大出力の半分の出力でフィールドを展開して防御に専念。ミナトさん、進路と速度はこのままを維持してください」
「了解」
「艦長。なんか、フィールド張るだけで大丈夫みたいよ?」
「ほえ?」
ミナトがのんびりと返した理由が判らず、ユリカはキョトンとするが、理由は直ぐに判った。
ナデシコに接近していたグライアが2機、立て続けに背後から撃たれ爆発したのだ。
ミノフスキー粒子の影響でレーダーが役に立たず、肉眼で敵機を発見しようにも、デブリの数があまりにも多くそれすらも難しい。
しかし、T-LINKシステムはミノフスキー粒子等のジャマーの影響を全く受けないので、容易にナデシコに向って行った敵機の追跡が出来た。
「どうにか間に合ったか!」
ユウキはフォトンライフルを連射し、ナデシコに仕掛けようとしていたグライア達の注意を自分へと向けさせる。
その場に残っていた7機のグライアの内、4機がヒュッケバインMK-Uに狙いを変えるが、残り3機はそのままナデシコに攻撃を続ける。
「標的はあくまでナデシコか!?」
パワーランチャーを回避しながらフォトンライフルを撃ち返し、2機のグライアを撃ち落す。
そのまま爆炎を突っ切り、ナデシコに攻撃をしていた3機の内の1機に肉迫しライトソードで2つに断つ。
その背後から2機のグライアがパワーランチャーを放ってくるが、ライトソードを持ち替えながら機体を回転させ、
振り向き際ライトソードをグライアに投げつけ、同時にチャクラムシューターも射出する。
意外な攻撃だったので驚いたのか回避行動も取れず、グライアの胸部にライトソードが突き刺さり、
もう1機のグライアも、チャクラムによって2つに断たれる。
ユウキはそのままチャクラムを収納しようとはせず、チャクラムシューターが装備されている腕を横に振り払った。
丁度、ヒュッケバインMK-Uを中心とした半径内に、残ったグライア2機がいるからだ。
振るわれた腕に引っ張られる形でチャクラムは弧を描き―――範囲内にいた2機のグライアを切り裂いた。
一部のレーザー砲―――といっても、かなりの数だが―――が狙いをダイターン達から外し、ある方向に狙いを定める。
「あの方向は―――ナデシコの予想航路!? ここから狙って、デブリが多数あるというのに当たると思っているのか!?」
「いや、あれだけの砲門を一点に集中させて撃てば、その威力は何倍にも跳ね上がる・・・位置さえ合えば、
遮蔽物であるデブリの有無は関係なくなる!?」
「くっ! ナデシコにはみんなが、エリカがいるんだ!! やらせるものか!!」
一矢は吼え、ダイモスをサージェ・オーバスへと突っ込ませる。
多くのレーザー砲がダイモスに集中砲火するが、後退する事無く更に機体を加速させる。
「一矢! まったく、無茶をする―――目くらましと、突破口を作る事は出来るか・・・?」
万丈は呟くとダイターン3の額にエネルギーを集中させる。
「一矢、少々派手にいく。当たるなよ!! サン・アタック、乱れうち!!」
通常よりも威力はない―――それでも並みのエネルギー量ではない―――サン・アタックが何発も放たれ、サージェ・オーバスに命中する。
レーザー砲も数多く破壊され、ダイモスへと向けられていたレーザーの数が格段に減ったが、ナデシコの方へと向けられている
砲門は今だ無事であった。
「撃たせるか! ダブルブリザード!!」
レーザーが放たれる前に、一矢がダブルブリザードを放ち砲門とその周囲を凍りつかせる。
「烈風! ダイモキーック!!」
続けざま、機体を更に加速させた跳び蹴りを叩き込みレーザー砲の周囲を破壊する。
その時、一矢や万丈が思ってもいなかった事が起こった―――レーザー砲の爆発が『何故か』あちこちに移り―――戦艦が爆発、四散したのだ。
「・・・あの辺り、動力炉だったのか・・・?」
チャイは炎に包まれるサージェ・オーバスを驚愕の表情で見ていた。
「馬鹿な! サージェ・オーバスが!? まさか、弾薬に引火して・・・!?」
あのサージェオーバスには補給物資である弾薬―――火薬の殆どが、大量のSマインである―――が積んであった。
ちょうど、ダイモスが蹴り破ったレーザー砲の近くにもそれが保管してあったのだ。
運悪く、レーザー砲周辺ブロックの爆発に巻き込まれ、Sマインが次々と誘爆し、それが艦全体に広がってしまったのだ。
チャイが爆発するサージェ・オーバスに注意を向けている間に、アキトのエステバリスがグルーンの懐に飛び込んだ。
「悪いが・・・ガラ空きだ!!」
「ちぃ、貴様!!」
咄嗟に距離を取ろうとするが、それよりも早くエステの拳が頭部に叩き込まれる。
「ちっ! 効かんと―――!」
「確かにただの拳では効かないだろうな・・・だが、フィールドを纏った一撃ならどうだ!!」
アキトは吼えると今度はフィールドを拳に纏わせ、再び拳を振るう。
振るわれた拳をチャイはギリギリで回避しようとするが、完全には回避できず、左の角に拳が当たり―――へし折られる。
「何だと!? こいつ、いきなり―――!!」
今までの一撃とは桁違いの威力に、チャイは驚く。
純粋なエステのパワーだけでは、確かにA級HM―――特に格闘戦に主体を置いて造られたグルーンには歯が立たないだろう。
しかし、フィールドを纏っていれば話は別だ。
単純な拳の威力にフィールドの出力、強度がプラスされるのだ―――例え機体のパワーが少なくとも、
フィールドの出力次第では強力な一撃を叩き込む事が出来る。
今までアキトがフィールドを使わなかったのは、チャイを甘く見ていたわけではない。
敵戦艦があり、増援が出てくる可能性が―――戦闘が長引く可能性もあったので、極力バッテリーを温存しておきたかったのだ。
万丈達が戦艦を落とした今、増援の可能性が無いに等しくなるほど低くなったので、フィールドを使用した攻撃をするようになったのだ。
接近戦は不利だと判断したチャイは、エステバリスから距離を取り、パワーランチャーを構えるが、
「させんぞ!」
脇からブルーフレームがアーマーシュナイダーで斬りかかり、パワーランチャーの砲身を斬りおとす。
「こいつ―――なめるな! そんなナイフ一本で!!」
チャイは吼えながらロングスピアを手に取り、ブルーフレームに斬りかかる。
しかし、劾はビームサーベルに手をかけようとせず、アーマーシュナイダーを構える。
「あの機体、ナイフ一本で戦うつもりか!? 無茶だ! リーチが違いすぎる!! ビームサーベルを搭載してないのか!?」
アキトはその光景を見て声を上げるが、信じられない事態を目の当たりにする。
振るわれるロングスピアを、ブルーフレームはアーマーシュナイダーだけで尽く受け、避け、受け流し、一瞬の隙を突くと
グルーンの懐に入り込み、左腕の関節にアーマーシュナイダーを滑り込ませ、斬りおとした。
「くそ、何故だ!? 何故ナイフ一本の相手に・・・!!」
チャイは苦い顔で呻きつつ、ブルーフレームから一度距離を取る。
アキトも驚愕の表情でブルーフレームを見ながら呟く。
「凄い・・・この間のアムロ・レイ達といい、この世界には、こんなレベルの高い連中が一杯いるのか・・・?」
本当はアキトが思う様に、劾やアムロ級のパイロットがそう多くいる訳ではないが、今まで出会ってきた連中の殆どが
エースと呼ぶに足る力の持ち主だったのだ―――勘違いもするだろう。
ブルーフレーム、エステバリスから離れたチャイは、どちらも自分の手に負える相手ではないと判断すると、散開した僚機に呼びかける。
「全機、戻って来い!―――どうした、応答しろ!!」
呼びかけても何の返事も返ってこない事に、チャイは信じられないという顔になり、
「まさか・・・全滅したというのか!? 馬鹿な、横槍が入ったとはいえ、こんな少数の敵に・・・!!」
全ての機体がB級のHMとはいえ、1中隊ほどの数がいた筈だ―――しかも、全員が一通りの訓練を終え、使い物になる程度の腕を持っていた。
それがこんな少数の敵に全滅する事を信じられなかった。
チャイが呆然とした隙に、ブルーフレームがグルーンの懐に入り込む。
「くっ! しまっ・・・!」
「遅い!!」
チャイが慌てて距離を取ろうとするが、それよりも早く、アーマーシュナイダーがグルーンの胸部―――コックピットに突き刺さった。
「がっ・・・!」
「敵は倒せる時に倒す―――それが、傭兵のやり方だ」
劾はそう言い放つと、アーマーシュナイダーを抜かずに周囲を見る。
「・・・敵反応、無し―――任務完了だ」
敵の反応が全てない事を確認すると、万丈達に何も告げずその宙域を離脱する。
「待つんだ、劾! 一体、君は誰に・・・」
万丈が咄嗟に劾を呼び止めた時、通信が入った。
『万丈さん、聞こえますか?』
「その声は・・・トビアか!?」
通信機に入って来た声に万丈は驚く。
『はい。お久しぶりです。 こっちにエステバリスが1機、身動きできなくなっているんで、回収をお願いします』
「ああ。判った―――1つ、聞くけど・・・サーペントテールに依頼したのは、君かい?」
通信が入ったタイミングが良すぎると思った万丈は、トビアに訊ねる。
『ええ。正確には、依頼したのはベルナデットですけどね―――では、オレ達はこれで』
「行ってしまうのか? 俺達と一緒にナデシコに・・・」
一矢がトビアを誘うが、しばしの沈黙の後、
『出来ればそうしたいんですけど、オレの機体は公の場には出せない機体です。それに・・・この機体の動力を、企業や軍に
知られてはいけないんで・・・失礼します』
トビアは最後にすまなそうに謝ると、通信を切った。
トビアの言葉に引っかかりを覚え、万丈は眉を顰める。
(動力・・・? そういえば、アムロ少佐達の機体も動力炉を換装した様に見えなかったが・・・トビアのガンダムも?)
取りあえず、今の話は自分の胸だけに留めておく事にし、万丈はアキト達に指示を出す。
「テンカワ君、山田君のエステの回収に向ってくれ。一矢、僕達はあのゲキガンタイプの回収にまわろう」
「判りました」
アキトは万丈に返すと、ガイのエステの方へと向かう―――途中でチラリと、ダイテツジンを見やる。
(まさか、白鳥さんじゃないだろうな・・・乗っているの)
「いいの? トビア? 万丈さん達と一緒に行かなくて・・・?」
船に戻ったトビアに、ベルナデットが問いかける。
劾達は、次の依頼の為に既にトビア達と別れていた―――次の依頼の場所は地球だそうだ。
「ん〜・・・出来れば一緒に行きたかったけど、機体の動力炉に付いている『アレ』がさ」
「確かに、あの『アンドレイ・セルゲイビッチ』っていう人は、そう言ってたけど・・・」
ベルナデットは自分達の初めて―――ジャンク屋兼運送屋『ブラック・クロー』に来た―――依頼者の事を思い出した。
その依頼は、簡単かつ奇妙なものだった―――アンドレイ・セルゲイビッチと名乗ったガッチリとした男は
『ASが宇宙で活動できるように、見合ったスラスターを見つけて、改修して欲しい』という依頼をしてきた。
ロンド・ベル隊で色々な機体を、宇宙用に改修しているアストナージを見てきたトビア達にとっては簡単な依頼であった。
しかし、現行のASは動力がガスタービンであり、宇宙に上げればタービンが回らないのではないか? とも思った。
当然、その辺りの事をウモンが突っ込むと、彼は表情を変える事もなくこう返したのだ。
『その事は私も知っている―――が、私も第3者から頼まれたのでね。 どういうつもりなのかは、私も解らない。
だが、仕事である以上は、責任は果さねばなるまい』
トビア達は奇妙に思いながらも、取りあえずASサイズに合うスラスターを見繕って改修すると、彼に引き渡した。
その際に、報酬と一緒にMS1機分だけの妙な装置を渡された。
『君の『本来の機体』に付けるといい―――この状況下でも、以前と同じ様に動く筈だ―――地球圏の平和を望むなら、
軍や企業にそれのデータと存在を知られないようにな』
「あの物腰からして、一般人って事はあるめえな」
ウモンの言葉にトビアも頷く―――雰囲気が軍人に近く、足運びに至っては自分の教師であり、木星帝国の工作員だった
カラスと似ていたからだ。
「でも、悪者って感じじゃなかったですし、『アレ』のおかげでX3も動くようになったんですから。
そう警戒するような人じゃないと思いますよ」
「そうですよね。もし、仮にあの人がどこかの組織に所属してるとしても、ガンダム1機、しかもただの宇宙海賊だった私達を
罠に落とすような事をしても、何のメリットもありませんし」
トビア、ベルナデットの言葉に、ウモンは頭をかきむしり、
「ったく、お前さん達といい、キンケドゥ達といい―――あっさりと人を信用しすぎるぞ?」
文句は言いつつも、顔には苦笑いが浮かんでいる。
「そういえば、キンケドゥさん―――シーブックさん達から手紙が来たんですって?」
「おお。お前さん達は未だ見てなかったか」
手紙が来たのとほぼ同時に、事務所に依頼者が来たので、トビアとベルナデットはそちらの応対をしていたのだ。
依頼者が急ぎの仕事というので、その足でそのままヘリオポリスへ―――正確に言うなら、ヘリオポリスだったコロニーに―――
向ったので、手紙を読んでいる暇はなかったのだ。
「今は地球のオーブって国でパン屋をやっているそうじゃ―――後は、戻って手紙を見てからのお楽しみじゃな」
ウモンはそう漂々と言うと操舵席へと座り、自分達のコロニーへと進路を取った。
ナデシコの格納庫ではちょっとした騒ぎになっていた。
「オラ! そこもっとスペース空けとけ!! 木星蜥蜴の新型兵器をバラすんだからな!」
「・・・張り切ってるね〜ウリピー」
整備班に怒鳴りなるウリバタケを見て、ヒカルが呆れたように言う。
「ふっふっふ・・・どんな動力で動いてるのか、どんな装甲をしているのか・・・あ〜!! 待ち遠しい!!―――来たか!?」
アキト達が戻ってきた事に気付き、ウリバタケは意気揚々とそちらに走る―――が、
「な・・・なんじゃこりゃ〜!!」
ダイモスが運び込んだダイテツジンを見て―――ではなく、その後方からアキトのエステが肩を担いで収容したガイのエステを見て叫んだ、。
取りあえずだが、動ける程度にまで修理が終ったばかりの機体が、腕や足を失くして戻ってきたのだから無理もないだろう。
そこにタイミング悪く、ガイがエステから降りてウリバタケに声をかけた。
「オイ、ウリバタケの旦那! オレのエステ、急に動かなくなったぞ!? まだ修理は済んでなかったのか!?」
「んな訳ねえだろう! 普通に戦闘をするだけなら、何の問題も出ないはずだ!!」
怒鳴り返すウリバタケの言葉に、アキトはあの時感じた嫌な予感の正体に気付いた。
「ガイ、まさかとは思うが・・・リミッターを解除した訳じゃないよな?」
アキトの言葉にガイは変な事を聞かれた、という様な表情になり、
「解除したけどよ、何か問題でもあるのか?」
「この・・・大馬鹿野郎が!!」
その返答と同時に、ウリバタケが投げたモンキーレンチが、ガイの頭に直撃する。
「手前はオレの話を聞いてなかったのか!? リミッターを外すなって、出撃前に言ったぞコラ!!」
「・・・言ってたか?」
レンチがかなりの勢いで直撃したというのに、出血もせずに頭をかきながらアキトに聞き返すガイ。
「ちゃんと言ってたって。時間がなかったから、直接じゃなくてコミュニケで、しかも受信オンリーでだったけど」
アキトの応えに納得した・・・もとい、思い出した様にガイは手を打つと、
「ああ! なら聞いてる訳ねえや―――あん時、コックピットの中でゲキガンガーを聴いてたからな」
「出撃前に音楽を聴くパイロットもいるとは聞くが・・・」
「ロボットのアニメソングを聴くっていうのは、そういないだろうね」
ユウキ、万丈が半ば呆れたように言うと・・・ウリバタケはふるふると肩を震わせていた。
「お前は・・・脳みその代わりにゲキガンガーでも詰まってんのか!!」
「待て! そのハンドドリルは止めろ!!」
「と、止めろー!! 班長がキレた!!」
「ウ、ウリバタケさん! 気持ちは判るが、ドリルは危ない!!」
「ウリバタケさん、落ち着いて! 幾らガイでも、頭にドリル叩き込まれたら死ぬって!!」
唯でさえ忙しいというのに、更に仕事が増えた―――しかも、ガイの自爆とも言える所為で―――事でキレて、ドリルを片手にガイを追い掛け回す
ウリバタケを、整備班、一矢、万丈、アキトが必死で押さえる。
―――その騒ぎの所為で、誰も気付かなかった―――回収したダイテツジンから、1人の男が降りた事に。
しばし後、騒ぎを聞きつけたプロスが、ウリバタケとガイに説教と小言をし、どうにか騒ぎを収めると、
「ミスター、回収した機体はどうするんだい?」
「そうですな〜・・・ロンデニオンに着いてから調査するつもりでしたが、何か?」
万丈の質問に何か引っかかったのか、プロスは即座に聞き返す。
「出来れば、今、この場で調査して欲しいんだ―――ちょっとした、推論の裏を取りたい」
その言葉に、プロスは興味深そうな目を万丈に向ける。
「はて・・・それは、どういう事ですかな?」
アムロ達との約束があるので、あの機体が有人機である可能性を言う訳にもいかない。
さて、どうやってプロスを説得しようか、と思った時―――歌が聞こえて来た。
『・・・夢が明日を呼んでる〜♪ 魂の叫びさ・・・』
「誰だ? ゲキガンガーなんか歌ってる奴は?」
ウリバタケの言葉に、ユウキがテツジンの方を見やり、
「これは・・・あの機体の方から聞こえてくる!?」
「そんな訳あるか! 無人機だぞ!! オイ、クレーンだ!!」
ユウキに返しながら、指示を出し―――クレーンで機体の胸部を開く。
『レッツゴー、ゲキガンガー3!』
胸部が開かれると、そこにはコックピットがあり、ゲキガンガーのグッズが所狭しと飾られていた。
その光景に、ウリバタケは驚きながら呻き、万丈は渋い顔になる。
「・・・こいつは、まさかパイロットがいたのか!?」
(やはりか・・・これで、軍上層部が何かを隠している事は決定したな・・・)
「白鳥さんですか・・・幾らなんでも早過ぎますね」
ブリッジでこの光景を見ていたルリは、ボソリと呟いてた。
其の2に続く
あとがき
作:ゴメンなさい、遅くなりました。いや、外伝の筆が進まなくて、先に同じ時間軸の本編が終っちゃいました。
この話は、本編、アークエンジェルが砂漠に降りる直前、直後にあたります。本当は、砂漠編の前にやろうと思ってたんですが・・・(汗)
さて、『外伝』の方のコンセプトの説、もとい、解説を・・・外伝は、基本的に本編では語られなかった者達の物語になります。
今回と次回の外伝はナデシコサイドの話になりますが、その次に当たるのは誰たちになるのかは判りません。
いや、考えてない訳じゃないんですよ? 候補としては、本編と同じ時間軸、別の場所で戦っている事になっている(オイ)勇者王と
『剣狼』の物語がありますが・・・こっちは単純に、原種編とクロノスのクロスオーバーになりますし・・・ネタのレベルのままです。
補完が必要かな? と思った時に、ちょこちょこ書く事になるかと思います。
次に、SEEDの主人公よりも主人公らしい、アストレイサイドの連中ですが―――本編でもちょこちょこ出る事になると思います。
ただ、今回の劾の様に戦ったり、仲間になったりする事はないと思います。
例の『キラワープ』の時には、原作? どおり、ジャンク屋を出しますが、その後の出番は・・・劾の方が多くなるかと。
管理人の感想
コワレ1号さんからの投稿です。
とうとうナデシコサイドが出てきましたね(笑)
しかし、これだけのエース級に遭遇するとは、チャイも不幸な奴です・・・
大分早期に九十九がナデシコに乗り込みました。
きっと、木星蜥蜴の正体がバレるのも早いでしょう。
でも、木星で勇者王は例の敵と戦っているんですかね?
・・・・その余波で木連が滅んでなければいいけれど(苦笑)