紅の軌跡 第10話
プラントを構成する宇宙に浮かぶ砂時計のようなスペースコロニー群。
その一角に位置するアプリリウス市の行政府ビルの中で巨大な化石を見上げながらパトリック・ザラがひとり立っている。
「アンドリュー・バルトフェルドではないが、これの通称がくじら石というのも安直過ぎるかもしれんな。」
エヴィデンス01の前でとある人物を待ちながらひとりごちる。
目の前にあるのは、ファーストコーディネイターと呼ばれたジョージ・グレンが木星より持ち帰った地球外生命体の証拠となる代物だ。
こんなものが木星圏で発見されるとは、まるで昔の映画のようだが・・・・・まさかとは思うが、月の地層からサイズの違う同様のものが発掘されたりはするまいな?
そんなばかばかしいどうでもよいようなことを考えるパトリックの耳にこちらに向けて歩いてくる足音が聞こえてきた。
おそらくは、この度の密会相手だろう。
「すまない。待たせたようだな。」
「いや、たいして待っていたわけではない。気にする必要はないぞ、シーゲル。」
俺の返事に軽くうなずいたのは、穏健派の領袖たるシーゲル・クラインだった。
「では、お互い忙しい身の上だ。話を進めてもかまわないか。」
「わざわざ呼び出すほどの用件なのだろう?かまわないから進めてくれ。」
返ってくる言葉に若干の硬さがある。
まあ、無理もない。
テレビ本編ではパトリックのほとんど独断によるアラスカ侵攻で甚大な損害を受けたため、穏健派の勢力拡大を許してしまった。もっとも、その後のパナマ侵攻できちんとマスドライバーを破壊できたから政治的に致命傷にはならないで済んだのだが。
しかし、今回は評議会で決められたパナマ侵攻を実施し、ほぼ想定どおりの目的を達成している。従って、急進派の筆頭たるパトリックの発言力及び影響力はかつてないほど増大しているし、逆に穏健派の勢力は本編と比較すれば小さいものに過ぎない。
そんな状態で友人とはいえ、パトリックからわざわざ内密に呼び出されれば、多少なりとも警戒するのはやむを得まい。
「オペレーション・スピットブレイク成功後の停戦の呼びかけを、地球連合は拒絶した。」
「・・・・・」
「作戦前、彼等はオルバーニの譲歩案をこちらに送りつけ話し合いを求めた。そして、地球連合との対話を開始すべきだというのが穏健派の主張だったはずだな。
だが、相手が話をする気がないというように状況が変わったいま、シーゲル、お前は如何にして今後の戦局の行方を考えているのだ?」
「・・・・・」
シーゲルからの返答はない。
「対話のチャンネルそのものは、まだかろうじて閉じていないようだが、大規模な戦闘で敗北続きのまま赤道地域一帯を制圧された状態で講和を結んだ場合にどうなるか、地球連合は疑心暗鬼になっている。
再び情勢が大きく変わらない限り、対話の機会は今後もそうは巡ってこないはずだ。
何より、大きな敗北を知らない状態で地球連合に大幅に譲歩した講和を結ぶことは市民たちが許しはしまい。」
「・・・だが、互いの国力の違いは大きい。我々に長期戦を戦うだけの余力はない。」
「シーゲル、それは正確ではない。」
あえて彼もわかっていることを告げる。
「余力がないのは地球連合も同様だ。かつて、プラントから流れ込んだ安価な資材や工業製品を利用する形に変化した産業構造は一朝一夕には元に戻すことはできん。」
実際、それは事実である。
プラントとは、もともと大規模生産基地としての意味合いを持ち、その名の通りの開発が進められた。その主な目的は工業製品と精錬済の各種資材の地球への供給であった。
目的を果たすために、まず、月面で採掘された資源および運び込まれた小惑星から鉱物資源を採掘/精錬するための精錬施設が建造され、次に精錬された各種資材を加工するための大規模無重力冶金施設が設置された。
その次は、生産した資材を輸送する船団の補給/修理施設が建造され、やがては輸送船そのものを建造する為の宇宙船ドックも大小さまざまなものが多数建造された。
また、施設の大規模化に伴い、輸送船団の受け入れ/送り出しをコントロールする管制施設も常備され、その充実した設備から、木星圏やアステロイドベルトを始めとする外惑星の開発事業の拠点としても整備されることとなり、最大規模の大型ドックや超遠距離管制設備も備えることとなった。
その発展がさらに資源用小惑星の積極的な移動にもつながり、後のヤキンドゥーエを始めとする巨大な小惑星の移動が活発に行われていた。
CE40年代から50年代にかけて、プラントの生産力は飛躍的に上昇し、それに伴ってプラント理事国に流れ込む様々な物資・資材・製品もまた爆発的に拡大し、理事国に未曾有の繁栄をもたらしていたのである。
だが、その未曾有の繁栄がプラント理事国の産業構造に変化を引き起こした。
プラントの生産力の増大に伴って、それまで理事国で実施されていた同じ種類の資源の採掘や工業製品の生産が縮小し始めたのである。
その時点での、地球上の資源の枯渇は非常に深刻化していた。
AD時代末期の石油資源のほぼ完全な枯渇を初めとして、幾種類もの鉱物資源の採掘量が激減していたのである。もちろん、全ての資源が枯渇したわけではなく、CE時代になってもその他各種の鉱物については埋蔵量自体はそれなりのものを誇っていた。
しかしながら、表層の掘り出しやすい資源は掘り出しつくしているため、様々な掘削技術を用いてさえ、採掘量は減少傾向にあり、また資源を掘り出すコストもじりじりと上がり続け、経済を圧迫しつつあったのだ。
高度文明社会は、大量の物資・資源そしてエネルギーを消費することで成り立っている。
かつて発展途上国と呼ばれていた国々が一応の工業化に成功し、近代化を加速するにつれ、地球上で必要とされる資源の総量は爆発的増大を遂げていた。にもかかわらず、地球上の資源採掘の状況は芳しくない。
そんな状態で、宇宙から安価な資源が大量に流れ込めばどうなるか、それほど想像力を働かさなくとも火を見るより明らかであろう。
地球上で、コストの高い採掘に関わっていた企業は採算が合わなくなり、やがては採掘事業そのものから撤退していった。
工業製品についても、地球上で競合する製品を生産していた企業が採算割れを起こし、採掘事業同様に、業務を縮小ないしは撤退を行っていった。
これほどまでの産業構造の変化は、かつての英国で起こった産業革命以来のものだったといえる。
最終的に、プラント理事国は必要とする資源・資材や工業製品等のうち4割近くを宇宙から輸入するようになっていたのである。
だが、その繁栄はCE60年代の徐々にエスカレートした緊張状態により陰りを見せ始め、CE70年2月11日の開戦を持って崩壊した。
そして、そのことは地球連合を構成する各国の生産力に多大なる影響を及ぼしたのである。
単純に考えても、必要とする資源の4割が不足することもさりながら、産業構造の変化によって撤退した分野の穴埋めが極めて困難な状態にあったのだ。
もちろん、対立の激化とともに、最悪の場合に備えて壊滅状態だった資源採掘及び工業製品の生産に国費が投じられ可能な限りの復活が図られていたが、それには膨大な資金を必要とし、さらに、そこまでてこ入れを図っても、プラントからの輸入量をまかなうだけの生産を回復することはいまだできていないのである。
しかも、Nジャマーにより核融合発電所の電力全てを失った地球連合は、甚大なエネルギー不足に陥り、開戦当初に凍死者を出すまでに至っているのである。
一概に国力と呼ばれるものは、戦争遂行に必要とされる能力として、資源供給、工業生産、食料生産、経済力、人口、の5つの分野の総合値で算出される。そして、地球連合はそのうちの2つ、資源供給と工業生産に弱点を抱えたままで戦争を継続してきたのだ。
「・・・確かに資源供給と工業生産の点では地球連合も問題を抱えているのは認めよう。だが、プラントも食糧生産を輸入に頼っている状況と絶対的な人口の不足はどうしようもないだろう?」
「それは認めよう。」
シーゲルの指摘に頷く。
「プラントに居住している我らコーディネイターが1億に満たないのに対し、ナチュラルの総数は100億を優に超える。」
「その通りだ。」
「食糧生産もユニウス市の食糧供給プラント化を推し進め、状況は改善しつつあるとはいえ、いまだ大洋州連合及びアフリカ共同体からの輸入が重要な地位を占めている。」
「改善の見通しは明るいものとはいえ、現状はその通りだ。」
指摘された部分は事実であるのでパトリックはシーゲルの言葉を認める。
「経済力も、主に人口差から地球連合がその規模でプラントを大きく上回る。」
「経済規模そのものはプラント側が地球連合よりも小さいことは事実だ。
しかし、その中身については地球連合とプラントでは大きく違う点があることも忘れてはなるまい。」
「むっ。」
これもまた、事実であった。その原因は、開戦前の両者の状況にある。
開戦前、地球連合はプラントの生産物を不当なほど安く買い叩き、そしてプラントが必要とする食料をこれまた理不尽な値段で売りつけていた。その差額は、当然、地球連合の懐に入り、彼等の財政を潤していた。
つまり、プラント理事国の実質的な経済植民地であったプラントは、一方的に搾取されるだけだったのだ。
その状況が、開戦によって一変する。
その変化の度合いを地球連合をA、プラントをB、親プラント国家及び中立国をCという擬人化した極端な例で示そう。
開戦前:
Aは、Bが生産した100万円相当の商品を10万円で購入していた。
Bは、Aから1万円相当の食品を5万円で購入していた。
この場合、Bの手元に残る金額は5万円であり、Aは労せずして94万円の利益を得ている。
開戦後:
Bは、Aに商品を売るのを止め、Cに100万円相当の商品をそのまま100万円で売る。
Bは、Cから1万円相当の食品を1万円で購入する。
この場合、Bの手元に残るのは99万円であり、Aには利益も損失も発生していない。
お分かりだろうか?
開戦前と開戦後では、Bが使用可能な金額が約20倍に増えており、Aは損失は発生していないもののそれまで得ていた利益を全て失っているのだ。
通常、戦争状態に入った国家の財政は極端に悪化する。それは、戦争が壮大な無駄遣いの具現なのだからやむを得ないのだ。
当然、巨大な経済規模を誇る地球連合とはいえ、必要とされる軍事費は膨大で、通常の予算だけでは不足もいいところなので、臨時に組まれた予算と大量の戦時国債を発行することでその戦費を賄っている。
だが、プラントは先に述べた例が示すように、開戦によって国家予算が一時的に増えた状況にある。もちろん、現実にはこんな単純なことにはならず、需要と供給のバランスや親プラント国家への友好価格での輸出を初めとする数々の可変パラメータにより違った結果となるのだが、それでも使用可能な予算がとんでもなく増加したことは事実である。
その結果、プラントは戦時国債を発行することなしに戦争の継続が可能となっているのだ。もっとも、資金はいくらあってもありすぎることはないので、プラントもまた戦時国債は発行しているのだが。
「いまだプラントの財政は健全な状態を保っている。これからも当分の間、悪化するようなことはあるまい。
地球連合が我らから搾取していたものはそれほどまでに巨大だったのだからな。」
「確かに、その点は認めよう。しかし、全体としての国力は、地球連合のほうが上なのも間違いない。
過去、我らから搾取したものを大量に蓄えていることも折り込めば、開戦前の時点では、地球連合とプラントの国力比は5:1だったはずだ。」
「戦局の推移から現在の国力比は3:1程度と見ている。」
これもまた事実であった。
先に、プラント理事国は必要とする資源の約4割を宇宙から輸入していたと述べたが、その全てがプラントからの輸入であったわけではない。月面の鉱山や他のラグランジュポイントに設けられたコロニー群や小惑星からも輸入が行われおり、それを合計した値が4割だったのだ。
そして、当然プラント側もそのことを承知しており、プラントを威圧するために駐留していた地球連合の艦隊を撃破した後は、宇宙における地球連合の資源供給の拠点を次々と制圧している。
例えばL1に存在する、かつてジョージ・グレンが木星への旅に使用した木星往還船「ツィオルコフスキー」を建造した、連合の月への橋頭堡「世界樹」には真っ先に侵攻し、激戦の末、「世界樹」をデブリベルトと化している。
また、月のエンデュミオン・クレーターに存在した連合の月面有数の資源供給基地は、戦線を突破された地球連合軍が、鉱床・施設破壊を兼ねてレアメタルの混ざった氷を融解するための設備「サイクロプス」を暴走させ、ザフト軍を味方もろとも吹き飛ばし、撃破に成功するのと引き換えに鉱山地帯は壊滅している。
さらに、L4に存在した資源衛星「新星」に対しても攻撃を仕掛け、最終的に連合側が衛星を破棄するに至っている(なお、資源衛星「新星」はその後プラントに移動され、宇宙要塞ボアズに改装されている)。
このように地球連合は、戦争初期に次々と重要な資源供給源を失い、また、その戦闘の際に文字通り壊滅した多数の宇宙艦隊再建のために膨大な資金と資源を投入しており、その国力を大きく落とす結果になっていた。
そして、さらに地球連合の国力を低下させる原因となったこととして、地球上の海上通商路の4つの主要な結節点、すなわち、ジブラルタル海峡、スエズ運河、マラッカ海峡、パナマ運河を次々と制圧されていったことが上げられる。
CE71年5月の段階で、地球連合が使用可能なのは赤道連合の支配下にあるマラッカ海峡のみ。
ジブラルタル海峡とスエズ運河は、ザフト地上軍の要のひとつジブラルタル基地が存在することからもわかるように、アフリカ共同体が親プラント側にたったこともあって戦争初期から使用不能となり、スピットブレイクの成功でパナマ運河の使用も不可能となった。
この海上通商路の結節点を失うことの恐ろしさは信じがたいものがあり、例えば、パナマ運河の失陥により北米大陸の生産力はおそらく15〜25%程度低下すると見られている。東海岸と西海岸の物流が遮断された状態に等しいため、輸送量の低下、輸送時間の長期化が激しくなることがその理由のひとつだ。
かつて「プラントに作れないものはない」といわれたように自己完結しているに等しいプラントと違い、地上の工業都市は、物流網によって結び付けれた外部から流れ込む各種資源がなければその能力を発揮できない。そして、物流網の主役を担っているのは今も昔も海上輸送なのだ。
俗に陸上輸送と海上輸送ではコストに100倍の差があるといわれているが(例えば1万トンの積荷を運ぶのに海上輸送の場合、輸送船1隻と乗組員10数名で済むのに対し、陸上輸送の場合、4トントラックであれば2500台と交代要員も含めれば5000人の運転手が必要となる)、大西洋連邦の兵站担当者などは、現在、真っ青な顔で様々な生産計画の下方修正の見直しを図っていることだろう。
これはユーラシア連邦も同様で、彼等も大陸の東側と西側を結ぶシベリア鉄道以外に満足な輸送路が残っていない(砂漠や湿地帯が山ほどある)ことから物資や人員の移動に酷く苦労している。
そう、生産設備を直接破壊できなくとも、生産力を低下させるのは十分に可能であり、プラントはそのことを正しく認識していた。
「だが、かなり低下したとはいえ、それでも連合の国力はプラントを大きく上回っているではないか。
それに、プラントの人口減少は長引く戦争によって極めて悪化しているはずだ。
戦火の影響で第一世代コーディネイターのプラント移住も困難になり、そのうえ第三世代コーディネイターの出生率は低下する一方で、婚姻統制を用いてさえ歯止めすらかからない状態だったはずだぞ。」
「ああ、今も出生率の回復はなされていない。」
単純に工業生産力だけを比較するならば、今のプラントは地球連合の約6割にあたる生産力をもつのだがな・・・
内心でそう思いながらもシーゲルの指摘にうなづく。
「パトリック、数の暴力という言葉があるように、数の差はそれだけで力をもつ。
地球連合を相手にするには、我らコーディネイターはあまりにも数が少なすぎる。いまはともかく、やがては破断点を迎えることは避けられない。それはお前にもわかっているはずだ!」
強い口調と鋭い眼光でパトリックを射抜くシーゲル。
「・・・シーゲル、お前の言う通り、プラントもまた弱点を抱えたまま戦争を実施してきた。
仮に、地球上の中立国、及び親プラント国家を計算にいれても、我らの方もまた危機的状況に陥りつつあることは認めざるを得ない。」
これまでのやり取りを忘れたかのように、あっさりと自分の意見が受け入れられたことに怪訝そうな顔をするシーゲル。
思わずといったように言葉が零れ落ちる。
「パトリック、コーディネイターの優越性を信じ一切の妥協を排除してきたお前がコーディネイターの弱さを認めるとはな。」
「評議会議長になって、それまで見えていなかったものが見えることもある、そう理解してもらえればよい。」
まあ、ここしばらくはシーゲルと意見の一致をみることなどなかったからな。
つまりはアレだ。
なぜ、こんなところで長々とシーゲルと話をしているかというと、戦争状態にありながら派閥抗争などしてはおれんというのが現実的要求としてあるからだ。ましてや、テレビ本編のようにプラント内部を穏健派と急進派の二つに割るような状態になるのは絶対に不許可だ。
そんなことで戦争資源を無駄遣いなんぞしてはおれん。
・・・とすれば、穏健派をうまくあしらわないといけない。
そんなわけで穏便な策として出てきたのが、穏健派の領袖たるシーゲル・クラインと直談判というわけだ。
・・・ちまちまやるのが面倒くさいという面が無きにしも非ずだったりするのは内緒だ(爆)
まあそれはともかく、アラスカ侵攻を取りやめたことでラクスからキラにフリーダムが渡されるという状態にはなっていない。
キラは、いまだクライン邸の客人として滞在しており、つまりは、クライン親子は反逆者扱いになってはいないわけで、交渉の余地は十分にあるのだ。
「すこし言葉をはしょりすぎたようだな。
シーゲル、この戦争を講和を結び終わりとする、そのこと自体は私も賛成だ。」
「なんだと!?」
愕然とした声を上げるのを聞いて、うわあ、パトリックってばそんなにいけいけGOGOと見られてたのねと内心、苦笑してしまう。
「だが、穏健派が望んでいるような対等の状態での講和は非常に困難であり、連合も今の時点では講和するつもりはないと思われるのだ。
まずは、それを理解してもらいたい。」
「どういうことだ?何か情報を得ているのか?」
直前の混乱した状態から素早く立ち直り、シーゲルの目が前議長を務めていた頃と同様の理性を包んだ光を放つ。
「まずは連合のソフトウェア的な軍備増強の点から説明しよう。
シーゲル、ナチュラルとコーディネイターは生まれながらにその基礎能力が違うが、その能力差を埋める方法について聞いたことがあるか?」
「確かに聞いたことはあるが、あれは極めて危険な方法だ。まさか・・・」
「そうだ。連合は戦闘用の強化人間を実戦に投入しようとしている。
第一世代のコーディネイターが受精卵に遺伝子調整を施すのに対し、強化人間はナチュラルに外科的手術を施し、無理やりその能力を高める方法だ。
入手した情報では連合の強化人間は特定の薬物を摂取しなければ、肉体に激烈な痛みが走り最終的には人格崩壊を迎えるらしい。明らかに強化人間の反抗を恐れた薬物コントロールだな。あるいは、そこまでしないと満足な性能を得られなかったのかもしれん。」
「いかに勝つためとはいえ、そこまでのことを行うというのか・・・」
「それだけではない。
連合は毒を制するには毒を持ってするということわざを実践するようだ。」
「プラント居住者ではないコーディネイターを利用するつもりなのか?」
「そうではない。連合は新しいコーディネイターを作り出したのだ。
ナチュラルに絶対服従をインプットされた、反乱の恐れのないコーディネイターをな。」
「ばかな。自由意志を奪ったというのか?」
「そうだ。詳しい方法まではまだ入手していないが、深度の深いマインドコントロールの一種だろう。
新しく生まれ出でたコーディネイターは、たとえ自分が殺されるとわかっていてもナチュラルに逆らうことは許されない。」
「・・・・・そうまでして、そうまでして連合は勝利を望むのか?」
立て続けに明かされた外道とも言える情報に、穏健派の領袖といえどもさすがに揺らいでいる。
「さらにパナマで入手した連合のMSがある。
あれはヘリオポリスで奪取したMSとは違い、戦時量産タイプのMSだ。
パナマではせいぜい数十機しか戦場に投入されなかったが、大西洋連邦やユーラシア連邦の本土では急ピッチで生産が行われているようだ。
これまでの敗北をMSによるものと判断している連合からすればようやく反撃の準備が整いつつあると考え、これからが本番だと思っているふしがある。」
「・・・確かに、連合がそのように判断してもおかしくはない。」
ため息をつくようにシーゲルが同意する。
「連合が戦争の継続を望んでいると思われる理由はまだある。
いや、むしろこれが本命といっていいかもしれん。」
「その情報とはなんだ?」
「地球連合は、中立国に対し連合への加盟を要求している。それも軍事的圧力を背景にした強圧的な要求だ。」
「ばかな!?」
「事実だ。特に大規模な宇宙港を持つオーブ連合首長国に対して最も強い圧力をかけているようだ。その圧力手段の中にはオーブ侵攻作戦も含まれるようだが。」
「・・・・・中立国すら巻き込み、これ以上さらに戦火を広げるつもりなのか、地球連合は!」
憤りをこらえるようにこぶしを強く握り締めている。
「他にも様々な要因があるが、これだけの行動を起こしておいて講和に応じるとは考えにくい。
最初にも言ったが、敗北続きの現状を打破し大規模戦闘で少なからず勝利を収め、自分たちの交渉の札を手に入れるまでは連合からプラントに歩み寄る意思はないと判断すべきだろう。」
「・・・認めよう。プラントの世論も急進派を支持している。
このように両者が戦闘の継続を望んでいる状態で、我々の主張する講和は極めて難しい。」
講和の望みが限りなく小さく、当面は戦争が続くと判断したシーゲルの顔色は悪い。
だが、完全能力主義で運営されているプラントの世界で議長まで務めた男がこれしきの打撃で崩れさるはずもない。
そんな男だからこそ敵にまわせばやっかいだし、味方になれば信頼に値する。
「そこでだシーゲル、頼みがあるのだ。」
「頼み?」
俺から与えられた情報を咀嚼(そしゃく)し、あきらめることなく講和に向けて今後の方策を脳裏で検討しているであろうシーゲルに、今回の会談の目的を告げることにする。
「エクソダス計画の指揮を執ってもらいたい。」
「エクソダス計画だと!?」
「そうだ。連合との確執が深まりつつあった時期に、お前たち穏健派が検討したエクソダス計画だ。」
仮にザフトが敗北したとしても、それが即、プラントひいてはコーディネイターの壊滅にならないように、あらかじめ再起可能な程度の人的資源と物資をアステロイドベルトと木星圏に分散しておく計画がエクソダス計画だ。
開戦前、いかにMSの有用性を信じてはいても、敗北した場合を考慮せざるを得なかった当時のプラント最高評議会議員で検討された代物である。
「なぜ今になってエクソダス計画を発動するのだ?」
「それはザフトがNジャマーキャンセラーの実用化に成功したことが理由だ。」
「Nジャマーキャンセラーだと!?」
「そうだ。」
「ばかな、ユニウスセブンの悲劇を繰り返すつもりか、パトリック!」
シーゲルが声を荒げて詰め寄ってくる。
「落ち着け。少なくとも私にその引き金を引く意志はない。」
あくまで冷静に応える俺に、瞬時に感情をコントロールし続きを促す視線を飛ばしてくる。
「我らは数千にも上るNジャマーを地上に打ち込んだ。当然、機械的な理由からそれなりの数の不発弾が発生し、それらのいくつかは連合の手に落ちたはずだ。」
沈黙したまま続きを待っているシーゲルを見つめる。
「Nジャマーによって核分裂を利用した発電システムをすべて失った連合は手に入れたNジャマーをどうするだろうな?」
「・・・なるほど、そういうことか。」
「そういうことだ。
Nジャマーを解析し、何とかして発電システムを復旧させようとするだろう。そのためにはNジャマーキャンセラーが必要となる。」
俺の話がどのように流れ着くか既に理解したのだろう。苦い表情を浮かべている。
「地球連合でNジャマーキャンセラーの研究が進んでいるとの情報も入手している。
今はまだ実用化に至っていないようだが、追い詰められたナチュラルの底力はお前のほうがよく知っているだろう?」
「ああ。だからこそ和平を目指しているのだ。」
「その不屈の意志は賞賛に値する。
だが、Nジャマーキャンセラーを手に入れた地球連合が発電システムの復旧にのみそれを使用すると思うか?」
「・・・・・」
「わかっているようだな。彼らは既にユニウスセブンに対し核攻撃を行っている。
ならば再びプラントに対し核攻撃が行われる恐れがあるということも理解できよう?戦局逆転のために。」
「その恐れがあることは認めよう。」
苦い表情のまま頷く。
「むろん、ザフトは全力を挙げてそのような暴挙を防ぐ準備を整えている。
だが、戦争に絶対はない。」
今度は俺が苦い表情を浮かべる。
そう、俺はある程度の未来をテレビ本編という形で知っていたが、既に知っている流れとはまったく違う流れに乗ってしまっている。
これから先、どんな予想外のことが起こるかわからないのだ。
「だからこそ、今まさにエクソダス計画が必要となったのだ、シーゲル。」
「なるほど。状況は理解した。」
近い将来、いったんは封じ込めた核攻撃がプラントに対して行われる可能性がある以上、エクソダス計画を発動する理由としては十分である。
「だが、なぜ私に計画の指揮を取らせようとする?」
「挙国一致体制の強化のためだ。」
間髪いれず断言する。
「連合に対してプラントが持つ優位な点として、完全能力主義にもとづく効率的な組織運営と人的資源の極端なまでの質の高さ、さらに同胞意識の強さがあげられる。
だが、長引く戦争によりプラント内部にも平和を望む声が上がりつつある。
それは、穏健派と急進派という二つの派閥を作り、軋轢(あつれき)を生み出す温床となりかねない。事実その片鱗はあらわれている。
もしも、このまま派閥抗争が始まったとすれば、それは戦争の敗北の要因になりかねん。
それを防ぎ、この非常時において深く協力していることを市民に表す必要があるのだ。」
「了解した。だが、それだけではないだろう?
穏健派の労力がエクソダス計画に割かれることで戦争に関知する人員が減る。
その結果、急進派が戦争を主導し続けることができるようになる。
それも狙いだな?」
「むろん、それもある。」
こちらの狙いをあっさりと見抜かれたが特に動揺はない。
前議長シーゲル・クラインはそれだけの眼力を持つ男だからな。
「だが、先に説明したように現状では穏健派の望む講和の動きは取れない以上、効率的な人員の配置となるはずだ。」
「では、パトリック。お前の考えている講和への道筋はどういうものなのだ?」
「力ずくで交渉のテーブルに相手を座らせる。それだけだ。」
一瞬、シーゲルの言葉が詰まる。
まさか、そこまで強引な言葉が返ってくるとは思ってもいなかったのかもしれない。
「評議会に報告したように、現在ザフトはパナマ攻略戦の後始末と同時に、通商破壊の強化と衛星軌道からの本土爆撃を実施している。だがこれは、連合をかく乱するのが目的だ。
統合作戦本部では、さらに決定的な勝利を得るための作戦がいくつか検討されている。それをもって連合を講和のテーブルに着かせる予定だ。」
「・・・・・可能なのか?」
「私は可能だと考えている。また、当然講和に応じなかった場合も検討している。」
「・・・・・」
その俺の言葉を最後に、しばらくの間、お互いの間を沈黙のみが漂う。
だが、いつまでもこのまま睨み合っているわけにもいかない。こちらがもう一歩譲歩するか。
「シーゲル、講和条件を詰める委員会に穏健派からの人員の受け入れを約束しよう。」
「・・・わかった。エクソダス計画の指揮を取ろう。」
現在のプラントの世論、穏健派と急進派の勢力バランス、地球連合の戦力増強等、さまざまな要因から最終的な判断を下したシーゲルは、こちらの申し出を受けた。
「助かる。エクソダス計画の発動の準備は整っている。主要な人員については一任するので近日中に開始して欲しい。」
「相変わらず手際の良いことだ。」
苦笑を浮かべながら右手を出してくる。
俺も右手を出し、しっかりと握手する。
エヴィデンス01の前でがっちりと握手する急進派と穏健派の領袖達。
和解の象徴としては出来すぎかもな。
まあ、これでプラントの内輪もめの危機は遠のいた。
この後もそれなりに政治的闘争が必要になるだろうけど、とりあえずは穏健派を押さえ込むことに成功したからな。
問題なしとしよう、うん。
数日後、シーゲル・クラインとパトリック・ザラの和解の情報がザフト内部に流れ、カーペンタリア基地でもその噂があちこちで話されていた。
そして、噂話にふけるグループを余所に、ラウンジの一角では、琥珀色の液体の入ったグラスを前に一人の青年士官がたたずんでいる。
「穏健派と和解だと?・・・アラスカ侵攻の中止といい、パトリック・ザラ、いったい何をもくろんでいる?」
ラウ・ル・クルーゼは、仮面の奥の瞳を鈍く光らせたままそうつぶやいた。
あとがき
とりあえず、穏健派をなんとかすることに成功〜。
まあ、失敗もない上に世論はパトリックを支持していますから、シーゲルとしても従わざるを得ない面がありますからねえ。
無理に講和を唱えても、支持されなければ意味がない。
その辺は議長を務めたほどの男ですからきちんと理解しているでしょう。
・・・つーか、私に思いつく説得材料はこれくらいなんで、納得いかない方もこれで勘弁して下さい(笑)
それにしても、妙にシーゲルを高く買っているな主人公?
なんでだろ?最後のほうはせりふもなしに射殺されてしまったのに(爆)
で、今回のテレビ本編からの登場は、ラクスの父親シーゲル・クラインさんでした。
・・・えっ、メインキャラですか?(汗)
最後にちょびっとだけ出てますが・・・駄目ですかねえ?(爆)
>流石にセリフが説明口調過ぎますかねぇ
・・・あははは、対処したつもりなのに、何故か悪化しているかもしれない(滝汗)
代理人の感想
むしろ火星の極冠に古代生物の遺跡がげふんげふん。
それはさておき、世の中偉い人が凶弾にあっさり倒れることもあるのでしょうがない部分はあるかと。
特にクライン議長は神様に嫌われてしまったようですし(爆)
>説明口調
今回は気になりませんでしたね。
気になるかならないかはテンポの問題もあるので人によって感想は違うかもですが。