紅の軌跡 第24話

 

 

 

 

 眼下から水平線へと広がるコバルトブルー

 頭上から水平線へと広がるスカイブルー

 

 今この時、世界は青かった。

 そして、時折視界に入ってくるエメラルドグリーンの島影と南国特有の真っ白なスコール雲が天地をつなぐ柱のようにぽつぽつとアクセントを加えている。

 

 照りつけるような南国の太陽は天頂を過ぎ、傾きを大きくしながらようやくその陽射しを弱めつつあった。

 ただ、真っ青な海原を白波を割くように進んでいく巨大な船体は、それまでに暖められた日光によって場所によっては甲板の上で玉子焼きが焼ける箇所も残っており、その残熱は未だうっすらと陽炎を纏うほどだった。

 それでも、約18ノットの速度で進む船体上では常に船首方向から風が吹いており、体感温度はそれほどでもなかった。

 そんな船上でひとり海を見ていた女性の傍らに、船内から歩み出てきたもうひとりの女性が並ぶ。

 両者とも強い日差しを避けるためのサングラスを掛けているが、そのシャープな顔のラインとメリハリの利いたボディラインからも紛れもなく美女であることが見て取れる。後から船内より出てきた女性は、腰まで届く長い髪をそのまま風に吹かせ流し、そのまましばらくの間じっと海を見やる。

 「・・・こうしてみると、南国の楽園という話もわかるような気がするねえ。

  プラントじゃ、これほど広大でこうまで色鮮やかな景色はお目にかかれないし。

  まあ、この強すぎる日差しはちょっとばかり肌にはよくないかもしれないけど」

 「貴方の面の皮の厚さなら問題ないでしょ。

  それに隊長達は、ここほど色鮮やかじゃなく、かつここ以上に陽射しが強い場所で過ごしているはずよ」

 「言ってくれるね。

  ・・・で、そのマリー隊長たちのいるアフリカ戦線の様子はどんな按配だ?」

 沈黙の時間はそれほどは続かず、それまで海に向けていた視線をヘルガの方に戻し、ちょっとした言葉のジャブのやり取りを交わした後、自分達の大切な仲間の様子を尋ねる。

 「それほど詳しい情報が入ってきているわけじゃないけど、聞いた限りでは大した変化はないようね。

  機動防御と遅滞戦術で連合軍を翻弄し続けているわ。

  なかなか素敵なブービートラップを相手にプレゼントしているみたい」

 纏わり付く髪をそっと押さえながら、サングラス越しに切れ長の瞳に力強い光を浮かべ情報を伝える。

 「こっちの損害状況は?」

 「前線に配備されていた部隊の物的被害は、やはり相手の数が数だけにそれなりに発生しているみたいね。

  それでも、人的なものは0ではないけれど極めて少ないという話よ。

  もっともマリーの部隊はまだ前線には出ていないようだから、あいつらに被害はまだ出ているはずもないけどね」

 瞳に浮かぶ光を一瞬強く煌めかせながらそう言い切る。

 そこには、仲間に対する全幅の信頼が込められている。

 「そうすると、現在戦闘を行っているのはヴァシュタール隊の面々が中心か。

  ウェルズ隊もまだ前線には出ていないんだろ?」

 「そろそろ前線に繰り出す頃かもしれないわね。

  でもまあ、ヴァシュタール隊は地上戦のエキスパート揃いだし、いきなり援軍を最前線に投入するほど緊迫した戦況にはなかったということでしょう」

 「違いない。

  あいつらなら大丈夫だと思うが、戦場に慣れる期間が取れれば生き残る確率も高くなるだろしな」

 「その通りね

  遠く離れた場所にいる今の私たちには祈るぐらいしかできないし」

 「隊長たちも今頃同じ事を言ってるんじゃないか?

  相手は違うだろうけど」

 「そうかもね」

 そう言い合うと、くすっと笑いを浮かべ彼女らは再び視線を青い世界へと戻した。

 

 

 彼女たちを乗せたザフト洋上艦隊は一路オーブ連合首長国を目指し、東へ東へと航海を続けていた。

 カーペンタリア基地を出航し、完全なザフトの勢力範囲となっているアラフラ海を北上せずに、あえてアフリカ方面への主海上補給路と同じコースを取りいったん西へと向かったのは、東太平洋に展開しているであろう地球連合軍の潜水艦隊を警戒してのことであった。が、遠回りとなったスンダ海峡の通過も無事に終了し、今はただ作戦海域となるであろうオーブ近海へとまっしぐらに進むだけであった。

 

 

 「さて、いつまでも潮風に吹かれっぱなしというのも芸がないから船内に戻るとしますか」

 そういって両手を高々と天に向かって伸びをしながら、颯爽と歩んでいく。

 モデルの経験がある彼女の立ち振る舞いは、きびきびとしていながら優雅でもある。

 その後ろを付いていきながら

 「船内に戻ってもどうせやることはないでしょうに」

 と、ちょっとばかり恨みがましくヘルガが言う。

 未だ隊長として経験が不足しているアスランの補佐として、ヘルガはそれなりに忙しい日々を送っている。

 一方のデラは、腕を鈍らせないよう訓練はするものの、その内容は、カモフラージュがばれないように空中で訓練をするわけにはいかず、船内に格納されている愛機を使ってのシミュレーションと肉体的な訓練だけで、それほど忙しくはない。

 海軍に運んでもらっている他の軍は、航海の間中、暇をもてあますという伝統は今でも有効であった。

 それを知っているデラはからかい交じりに言う。

 「まあ、マリー隊長から直々にザラ隊長をお願いされたヘルガ副隊長ほどには忙しくはありませんな」

 「言ってくれるわね。何なら手伝ってくれてもいいのよ?」

 その言葉を告げた瞬間、ヘルガの眼がきらりと光る。だが、前を歩くデラが気づくはずもなく。

 「謹んでご辞退申し上げます」

 と、気楽に返事をするのだった。

 その後も互いに気軽な言葉のキャッチボールを繰り返しながら船内に戻っていく。

 それを見送るかのように南国の太陽から注がれる陽射しは海面はできらきらと輝いたままであった。

 

 

 「で、どうだったんだい、坊やの腕前は?」

 船内に戻り、レクリエーションルームに陣取った彼女たちは、目下の一番興味ある出来事について早速確認を始めた。といっても、その様子にはそれほど深刻なものはなく、すこしばかりの茶目っ気も含まれているようだ。

 そんなデラのからかい混じりの言葉にすぐに答えることなくヘルガはソファにゆっくりと身体を沈めた。

 「随分とお疲れのようだね。」

 「まあね。ちょっと精神的に疲れたよ」

 「精神的?」

 思わぬ返事が返ってきたことに怪訝そうに聞きなおすデラ。

 そんなデラの様子に構わず視線を下に向けたままポツリと続ける。

 「・・・あの坊や、一体何者なんだろうねえ?」

 「・・・おやおや、それを確認するためにあの子のシミュレーションを覗きにいったんだろう?

  同じ隊の一員としてどの程度の腕前なのか知る必要があると言って」

 「そうなんだけどね・・・・・・」

 深々と太いため息をつくヘルガ。

 「なんと言えばいいのか、相当変わっているのは確かなんだけど。

  そう、ちぐはぐというのが一番的確かな?」

 「いや、そう尋ねるように言われてもね。

  腕前はたいしたことはなかったということかい?」

 ヘルガの様子に、上層部のごり押しで貧乏くじを引かされたのかと思いながら確認する。

 「いいえ。MS戦闘で少なくとも横にいて邪魔にならないくらいの腕前は持っていたわ」

 「ほおう?」

 デラの瞳がすっとすがめられる。

 ローズバンク隊は、ザフトに数多ある隊の中でも勇名を馳せている部隊である。その中でもヘルガ・ミッターマイヤーとデライラ・カンクネンは、前衛と後衛の中心として戦ってきた歴戦のMSパイロットである。

 彼女らは、たとえラウ・ル・クルーゼを初めとするトップエースの誰かを相手にしても互角に戦えるだけの力を持っていると自負しているし、客観的に見てそれが偽りではないだけの戦果も上げてきた。

 両者とも艦艇5隻以上撃沈のシップエースと、MA5機以上撃墜のMAエースの両方の称号を持っている。艦艇についてはダブルスコアも目前だし、MAに至ってはトリプルスコアを当の昔に超えている。

 その二人と肩を並べて戦うだけの力量を持った少年。

 アスランのMSパイロットしての腕前がかなりのものであることは把握していたが、キラ・ヤマトがそれほどの腕前を持つとは全く調べがついていなかったのだ。

 確かに不思議に思わざるを得ない。

 「そうね、ちょっとした例え話をしましょうか。

  ここに円があると思ってくれる?」

 そういって白魚のような指先で空中にすいっときれいな丸を描く。

 いきなりまるで関係のなさそうなことを言い始めた同僚に、怪訝そうな表情を受けべたものの、特に何か言うことなく説明を受けるデラ。

 そんな相手の様子を見ながらヘルガの話は続く。

 「そして円の中央に縦線がある」

 空中に描いた丸を上から下に真っ二つにするようにさっと指を動かす。

 そして、視線をデラに向け尋ねる。

 「この円と直線の交じった下の交点から上の交点に最短距離で移動するにはどうする?」

 「はあん?そんなの真ん中の直線を通るに決まっているだろうに?」

 何を言っているという表情で問い返す。

 それに頷きを返しながら

 「ええ、普通はそうでしょうね。

  でも、それは図形の全体像を把握しているからこそそう言えるのよ。

  もし、この円のうちこの部分が全く見えないとしたら・・・」

 そういってヘルガが円のほとんどを覆い隠すように大きな長方形を描く。

 「こうすると、見えているのは上下に残った円弧の部分と中心に飛び出ているちょっとした線だけ。

  向かう先は先ほどと同じ場所。

  もし、何も知らない人間であれば、正しい経路を選ぶ可能性は3分の1しかない」

 「それで?」

 「MSの操縦方法は、ザフトではそれなりに洗練されてきているわ。

  ある戦闘行動を取るのに必要な行動は何か?

  それを行うのに最適なコマンドはどれとどれで、どのように組み合わせればよいのか?

  そういった知識は隠されて見えない部分を見えるようにする作業、すなわち全体像を把握するための行為。

  これまでに多数の先人たちによって蓄積されてきた知識があるからこそ私たちは真ん中の線を選べる」

 そこまで言ってヘルガは言葉を切った。

 ふたりの間に静寂が広がる。

 デラの視線がじっと宙に固定されたままとなる。

 「・・・じゃあ、あの坊やは真ん中の線を選んでいないと?」

 ヘルガの言葉を間違って理解していないかの検証が終わったのか視線がヘルガに戻されると同時に発せられた確認に、頷きと共に肯定の返事が返る。

 「そういうこと。あの坊やのMSの操縦方法は完全に我流ね。

  それも突き詰めればひとつの道となるのかもしれないけど、今はそんなレベルのはるか手前。

  はっきり言って無駄だらけだわ」

 「だけど、おまえさん。さっきはあの坊やの腕前はそれなりのものがあると言っていたじゃないか?」

 合点がいかないというように首を傾げるデラ。

 先ほどデラがしばし考え込んだポイントがそこであった。

 確かにキラが最適の行動を取っていないとすれば、動作に遅れが生じるはずである。

 それは、高機動戦闘の多いMS戦において致命的なもののはずだ。

 「・・・・・・そこがあの坊やの尋常じゃないところなの。

  確かに真ん中の線を通っていけば最短時間で下から上へ移動できるわ。

  でも、その移動時間と同じかあるいはもっと短い時間で円の部分を移動できればどう?」

 そういって、右手で中心の線をゆっくりとなぞりなから下へと動かし、それよりも早い動きで左手を円に沿うように動かす。結果は、左手が先に交差点にたどり付いた。

 「おいおいおい。正気かい?」

 完全にあきれた表情でヘルガを見やっているデラ。

 実際、ヘルガ自身も信じたくないのだが、シミュレーションのデータを実際に見てしまい、なおかつ自身で確認してしまった以上信じないわけにもいかない。

 そして、その時にキラに課せられていた訓練メニューも確認していたヘルガは、さらに信じられない事実を同僚に伝える。

 「それだけじゃないの。

  おそらく、あの坊やはアカデミーを出ていない」

 「というと?」

 「我流でMSをコントロールしているだけじゃなく、兵士としての基本がまるで出来ていないのさ。

  だから、今現在アカデミーで習う基本を座学しているときてる。

  それでいてMSの操縦だけは相当な腕前ときてる。

  ・・・一体全体、どこからあんなアンバランスなパイロットを引っ張ってきたのやら」

 「そいつはまた・・・・・・」

 さすがの冷静沈着なスナイパーも呆れが表情に出るのを押さえられないようだ。

 そんなとんでもない人材を前線に投入するとは、完全に彼女の思考の外をいっている。

 「もっとも、近接白兵戦の戦闘訓練をザラ隊長から頼まれたんで他人事のようには言っていられないんだけどね」

 デラの懸念をよそに、さらにため息をつきながらぼやくように言う。

 「おやおや、ご愁傷様」

 「あんたも射撃に関することを教えるんだけどね」

 その様子に口元に笑みを浮かべながら相棒をねぎらうがカウンターパンチを食らって絶句するデラ。

 沈黙の数瞬が過ぎた後、再起動したデラが文句をつける。

 「ちょっと、聞いてないよそんな話!」

 「だから今話しているでしょう」

 「そうじゃなくて!」

 「わかっているわよ。でも戦闘海域に着くまでは暇なのも確かでしょ?

  その暇の時間を少々貸して頂けないかとの懇切丁寧なザラ隊長からの頼みをあんた断れるの?」

 「それはその・・・・・・・」

 もっかの空き時間について指摘されるとデラの口調に力がなくなる。

 実際、暇だったから南国の陽射しの下、景色を延々と眺めるという行為にでていたのだから。

 「それにあの坊や、間違いなく磨けば光る原石よ。

  一体どんな成長を見せてくれるのか、実のところ楽しみな面もあるのよ」

 「へえ?白兵戦で勇名を馳せたあんたがそういうとはね。

  だけど、本当に磨けば光るんだろうね?いくら暇だからってものにならない奴を鍛えるのはつまらないのは知っているだろう?」

 「私が何年マリーの相棒を務めてきたと思っているの?

  人を見る目はマリーほどじゃないけど十分持っているつもりよ」

 「まあ確かに。マリー隊長ほど部下の長所を見抜いて力を伸ばすのがうまい人いないし」

 「あれはもう一種の天才よ」

 そう断言したヘルガに頷くしかないデラだった。

 「まあ、ともかくそんなわけで頼んだよ」

 「へいへい。わかりましたよ」

 そう拗ねたように言って窓の外を向く。窓から見える外の世界は、そんな彼女たちとは無縁のようにただ陽光の只中に浮かんでいるかのようだ。

 

 

 

 海面をまるで宝石をばら撒いたかのように光り輝かせている太陽光の下、ザフトの洋上艦隊は貨物船団としての擬装を被ったまま粛々と戦場へと向かっていく。彼らが本来の姿を現すためには今しばらくの時間が必要であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂と岩と風に包まれた大地を凄まじいまでの鉄の奔流が通過する・・・

 

 カスピ海東部より南下を開始した地球連合軍アフリカ反攻軍東部反攻軍集団の一部が、かつてイランと呼ばれた国の北部国境を成していたコッペ山脈を乗り越えようと移動している。

 山脈に存在する比較的広めの峡谷を移動するその集団は、まるで鋼鉄の大河のようであった。

 はるか高空には戦闘哨戒任務についている戦闘機が飛行機雲を引き連れながら飛んでいる。

 峡谷の脇を占める山地部分には、低空から哨戒ヘリが周囲の警戒にあたっている。

 

 そんな峡谷の階段状になっている部分に巧妙に隠されていた存在があった。

 崖からせり出した岩塊に挟まれるように設置されたそれは、地球連合軍に発見されることなく眼下を移動する流れの中で登録に合致する存在を光学センサー内に捕らえる度にカウントを1つずつアップさせていった。

 そして、規定の数値に達した段階で自身の内部に蓄えられているものの射出を始めた。

 射出されたものは、その形状から山岳部を吹き降ろす風に乗り鋼鉄の流れに向かって次々と飛んでいく。

 

 けたたましい騒音と共に進む鋼鉄の縦隊が織り成す土煙に紛れ、音もなく滑空してきた円盤状の物体は、最後まで気づかれることなく彼らの間に割って入り、次の瞬間履帯に踏まれ装備された圧力センサーが作動、高性能爆薬が点火された。

 

 ドォォォン・・・

 

 鈍い爆発音とともにリニアガンタンクの転輪が吹き飛び履帯が千切れ飛んだ。炎を伴って停止した車両を避けようと慌てて進路を変えた後続のリニアガンタンクが、先の車両と同様に履帯を千切れ飛ばし擱座する。

 後方からの爆発音で何が起こったか即座に把握したミヒャエル・ヴィットマン大尉が、指揮下の車両に散開を命じようとした瞬間、部下からの狼狽した声が耳元のレシーバーから流れ出す。

 「隊長、後方で爆発が!?」

 チッと舌打ちをひとつ打つと、落ち着いた声音で当初の命令を下した。

 「わかっている。全周囲索敵を行いつつ車間距離を広げろ」

 「しかし、それでは!車両防御システムは動かさないんですか?」

 「ばかやろう!ろくな回避行動のとれないこんなところで動かしても意味がないだろうが。

  一網打尽にされたいのでなければとっとと散開しろ!」

 「りょ、了解です!」

 うろたえた声で無線を繋いできた部下を叱り飛ばし、戦場における鉄則を実行させる。部下達の練度の低さに眩暈を覚えたくなるほどの怒りを抑えつつ、ミヒャエル・ヴィットマン大尉はハッチから身体を乗り出させたまま周囲の警戒を続行する。

 マイヤー少佐のところに、熟練の戦車兵を引っこ抜かれた影響が如実に出てしまっているな・・・・・・

 引き抜かれた兵の代わりに与えられたのは、急速練成されたもやし共でしかない。ならばこの程度の混乱で済んでいるのはむしろ僥倖なのかもしれない。

 部下たちに対する怒りと同時に、現状に対する冷徹な分析が脳裏の一部をかすめていく。

 

 と、上半身をぐりぐり回しながら、主に通常の目線よりもやや上あたりを警戒し続けていた彼の視界にこちらに飛んでくる丸い物体が入った。

 「右だ!」

 咄嗟に喉頭式マイクに叫んだ彼の指示に従い、ドライバーがリニアガンタンクの進路を右に捻じ曲げる。

 丸かった物体は、すーっと音もなく滑るように近づいてくるにつれ扁平になり、彼の車両の左の空間をすり抜け、やがて地面に二度三度とバウンドしながら転がりそのまま道路にぺたりと張り付いた。

 「3号車、地雷を避けろ!」

 そう叫ぶが彼の視線がその物体にとどまっていたホンの数秒の間に後続車両がそれを踏みつけ、次の瞬間先の車両と同様に履帯と転輪を吹き飛ばされた。

 「くそっ!やはり密集に近い状態じゃフリスビーは避けずらい!

  ザフトめ、やっかいな代物を投入しやがって!」

 そう吐き捨てた彼の視線は既に周囲の警戒に戻っている。

 戦場では死神が平等にその鎌を首筋に当てているが、その鎌が引かれないよう、生者と死者を分ける道を生者の方へ選択するには絶え間ない警戒が必要ということをヴィットマン大尉はよく知っている。

 

 

 警戒を続ける一部の軍人たちと狼狽し喚き騒ぎ立てる多数の軍人たちをよそに、地球連合軍による喧騒に満ちたそのすぐそばにザフト謹製のとある精密機械が存在していた。

 オーバーハング気味に突き出した岩棚の根元に斜め下向きに存在していたそれは、爆発的な温度変化を備え付けのサーモセンサーで確認すると、事前にプログラムされていた条件を満たしたと判断し、それまで休眠モードとなっていたあらゆる機器を励起させた。

 励起した機器のうち、デジタル照合装置が直ちに冬眠する前にメモリーに焼き付けていた地形と現在の状況を照合する。

 その結果、光学映像に写る地形の中に、メモリーバンクに登録されていた物体、すなわち地球連合軍のリニアガンタンクを確認する。

 その中で自らにとって最良の標的を選択したそれは、役目を果たすべく自らを包む筒、ザフトが退却する時に設置していった試作対空地雷の対戦車ミサイル版の中から勢いよく飛び出した。

 

 

 

 警戒していたヴィットマンの目に、側面の崖から飛び出してきた火の矢が映った。それは脇目も振らずまっしぐらに目標へと突進していく。

 「!?ミサイル、回避しろ!」

 マイクに向かって標的となった車両に回避を命じたが、あまりにも距離がなさすぎた。しかも、前方のリニアガンタンクが自分が標的になっていると勘違いしたのかスモーク弾を撒き散らしてしまう。

 あっというまに視界を遮るスモークを前に、標的となっていたリニアガンタンクのドライバーはアクセルを踏み込むのにほんの僅かに躊躇した。ドライバーとして衝突を懸念したのはやむを得ないことだったが、それが生死の境界線となってしまった。

 結局、その車両のドライバーにできたのは咄嗟にハンドルを切り、命中する角度を時計の5時の方向から4時の方向へとわずかなりとも浅くすることだけだった。

 5号車が進路を変えたその瞬間に飛んできた火の矢、ザフト製の対戦車ミサイルが砲塔側面に命中する。

 着弾の瞬間に弾頭部から放たれたメタルジェットは、スペースドアーマーと複合装甲に威力を減じられつつも車内に侵入し、手当たり次第に内部のものを焼き尽くした。

 そのまま車体各所から一瞬、炎を吹き出すとわずかに惰性で前に進み、そして砲身に俯角を掛けたままその車両は天国への階を勢いよく上っていくこととなった。

 

 その様を見せ付けられた周囲の車両によって、地雷によって巻き起こっていた喧騒が、別の火種を放り込まれて狂騒へと成長する。

 そんな中、歴戦の兵士である彼は苦い表情で自らの指揮下にある車輌を狂騒から抜け出させようと指示を下しながらも、次にザフトの取るであろう行動を予測していた。

 「フリスビーにロケット地雷と来たか。

  なら、おそらく次に来るのは・・・

  くそ、騒ぎ立てるばかりでまともな対応をする奴はいないのか」

 非常時にこそ、その軍隊の持つ練度が問われる。

 そして、急速練成された兵士たちを多く含む集団の練度は高いと言えるはずがなく、各所で訓練不足、経験不足による失敗を如実に曝け出していた。

 

 呻吟(しんぎん)するヴィットマンの予想を裏付けるかのように、峡谷から数キロ離れたちょっとした丘陵の向こう側からくぐもった音がしたのを喧騒にまみれた地球連合軍の誰も聞きはしなかった。

 

 音響センサーに爆発音特有のドップラーシフトをキャッチした自走リニア榴弾砲は、自らに課せられた稼働時間制限に違反しないことを確認した。そして直ちにそれまで自身を覆っていた砂漠迷彩シートをウインチを巻き上げて外すと、設定された角度まで高々と砲身を掲げる。

 高さ30メートルほどの崖に穿たれた谷の奥からは、丘陵が視界を遮り峡谷を占領している鋼鉄の軍団を見ることができない。しかしながらプログラムにより自動制御された機械は気にすることなく、自身の成しうる最大の発射速度で体内の砲弾をばら撒きはじめた。

 

 リニアガンタンクに備わっている音響センサーが、周囲の喧騒の中から高初速で砲弾が放たれる音と同時に高速で飛来する飛翔物体が発する風切り音をキャッチしたのは僥倖に近かった。

 

 「やはりそうか!

  各車、砲撃がくるぞ!散開しつつ対砲撃防御!」

 そう怒鳴りつつ、身体を落とし込むように車内に納め、叩き付ける様にハッチを閉じる。

 さらに両手で内側にあるレバーを回し、それを完全にロックする。

 そのまま、潜り込ませた身体をずらし車長席のペリスコープを覗き込む。

 ペリスコープに張り付いたまま、ぐるっと回転させ、周囲の状況を確認した時に、腹の底に響く振動が周囲から伝わってくると同時に、車体に榴弾の破片が当たる金属質の反響音が連続して木霊する。

 ヴィットマンは最初の感知から着弾までの時間と散布状況から、高い弾道を取った砲撃であることを把握する。

 この場合、戦車兵にできることは2つのみ。

 だが峡谷という地理上では取りうる手段は唯ひとつ。

 ここから急いで逃げることだけだ。

 「ちょい左に曲げろ。そのまま全速前進。」

 「了解。」

 阿吽の呼吸でドライバーが返事をすると同時に車体がぐいっと加速する。

 「こいつもほぼ間違いなく無人兵器のはず。ならば想定の範囲を抜ければ・・・」

 そういいながらもいったんペリスコープを手放し、指揮車として強化されている指揮統制システムを経由して、周囲の状況を把握し続ける。

 だが、あいにくと彼の車両ほど周囲の車両群は迅速に行動に移れていない。

 パニック状態に陥り、あたふたしているのが手に取るようにわかる。ここでも兵の練度の低さが垣間見え、ヴィットマンの眉間に深く皺が寄る。

 

 連続して砲弾を打ち続ける自走リニア榴弾砲は、ほんの少しずつ砲身の方位をずらしていく。その結果、当初の着弾箇所よりも北の方へと標的がずれていく。

 それは、先陣にいる地球連合軍将兵にとっての福音であり、後続の将兵にとっては死神が振り下ろす鎌の風鳴りであった。

 

 

 「よし、抜けた。速度上げろ!回り込む!

  後続車輌もそのまま散開しつつ前に進め!」

 いち早く混乱の渦を潜り抜けてきたヴィットマン率いる部隊が、砂塵を巻き上げながら全速で突進する。

 指揮システムから離れ再びペリスコープに取り付き後方に回したヴィットマンの視界に、黒煙をたなびかせている後続部隊の様子が入ってくる。

 

 「っ!対戦車ヘリはまだなのか!」

 

 ヴィットマン大尉の憤懣やるかたない声が聞こえたかのごとく、頭上を2機のヘリが通過していく。ようやく戦闘哨戒に当たっていた機体が騒ぎに気づいてやってきたらしい。

 もっとも、ヴィットマンからすればとてつもない時間が経過したように感じられていたかもしれないが、最初の地雷が爆発してから今までに経過した時間はせいぜい30秒程度でしかない。

 だが、そのわずか数十秒の間にも、着弾地点は移動し続け、全長数キロになる回廊部を満遍なく砲撃し続けた。わずか4輌による砲撃のため、その着弾密度は高くなかったが場所が場所だけに装甲車輌は周囲に散開して回避することができない。そのため予想以上の被害が出続けていた。砲撃に慌てた新兵が搭乗する車両が防御システムを起動させ煙幕を展張、他の車両の行動を阻害したことも影響が大きかった。回廊後部に位置していた歩兵戦闘車の中には、頭上からの砲弾に直撃され搭乗していた歩兵部隊もろとも叩き潰された車両もいるようだ。

 

 そんな被害を出し続ける地上部隊を救うために、鋭い角度で大地に刻まれた峡谷の奥に潜んだ自走リニア榴弾砲を叩こうと、対戦車ヘリが開口部へと近づく。

 やはり無人操縦なのか、ヘリに向かって搭載された機銃で反撃してくることはない。ただひたすら大角度のままリニアガンを打ち続けるだけである。

 そんな目標に対し、対戦車ヘリのガンナーがロックオンしトリガーを引いた瞬間、彼らの機体が向かい合っていた崖からもミサイルが発射された。

 回避の余裕などなかったが、うち1機は神業的な手腕を見せ近接信管による爆風と破片による被害だけでこれを切り抜け、無事不時着することに成功した。もう1機は、さすがに幸運の女神もネタが尽きたのかミサイルの直撃を受け、空中にて巨大な爆炎の華を咲かせることとなった。

 もっとも、彼らは無駄死にではなく、放った計8発の対戦車ミサイルはそれぞれ目標とされた自走リニア榴弾砲全車両に見事命中し、完全に破壊していた。

 

 炎に包まれた車両から黒煙が空へと立ち昇っていく。

 それは、まるでこの場での戦闘の終結を告げる狼煙のようだった。

 

 

 

 

 「・・・ザフトとの境界線を突破してからこっち、奴らはまともに戦っていない」

 より正確には、平野部から防御のし易い山岳部に戦力を後退させたというべきだろうなと、内心でザフトの戦術の正しさを認めながら呟く。

 先ほど対戦車ヘリが向かった先で爆音が聞こえてきてから砲撃は止んだままである。

 今回の襲撃はおそらくこれで打ち止めだろうと見極めつつも、そう思わせて裏をかかれては堪らないため、峡谷から出たところで戦闘態勢を維持しつつ、周囲の警戒を続行しながらヴィットマン大尉は自問自答を続ける。

 「それに対してこちらは、無人兵器を相手に被害続出、後送される人員や機材は山のように生まれ出ている。

  こんなペースで被害を受け続けていたらいくら補給が順調とはいえ、アフリカ大陸にたどり着くころにはまともな戦力など残らんぞ」

 中央部と東部反攻軍の補給状況は黒海及びカスピ海を巨大な補給路として利用できることで、今のところ潤沢と言っていい常態にあり、水路の発揮する補給効率の素晴らしさを実感させてくれている。

 だが進撃を続け陸上補給路、それも過酷な地形の筆頭ともいうべき砂漠地帯でのそれが伸びるにつれ状況が信じられないほどの勢いで悪化していくことは、少しでもロジスティックをかじったことのある人間ならば容易に想像がつくことだ。

 それに、武器弾薬や食料ならば簡単に補給を受けられても、全損した車両の補充はそれなりに手間がかかる。

 今回のわずか十分間に満たない待ち伏せで発生した損害は、全損がリニアガンタンク4両、歩兵戦闘車3両となっている。現地で修理可能なものを除き、後送が必要な損傷を受けたのがリニアガンタンク3両、歩兵戦闘車8両。砲撃のせいで装甲の薄い歩兵先頭車の損害が多い。

 これだけでおおよそ1個機甲中隊分の戦力が失われた計算になる。当然、人員においてはいわずもがなで特に歩兵戦闘車の装甲を突き抜けた榴弾の欠片によって、損傷車両の数量以上に死傷者の数は多かった。

 そして彼らの行く手には、長大なザグロス山脈を筆頭に、エシュゲル山地、パランガーン山脈、コフルード山脈等々手強い地形がこれでもかといわんばかりに立ちはだかっている。

 迂回するにしても世界の天嶮ヒマラヤ山脈を作り出した造山運動の余波を受けて形成された無数の山岳部が中東の各所を網羅しており、どちらにしても障害にぶち当たることは避けられない。

 「上層部の連中は、一体何を考えている?

  いくら政治的な環境が勝利を欲しているとはいえ、限度というものを知らないわけでもあるまいに。

  まさかとは思うが、MSだけあれば戦場の問題を全て解決できるとでも思っているんじゃなかろうな?

  ・・・・・・ミサイル万能論ならぬMS万能論の再来か。洒落ではすまんぞ」

 これまでにザフトが仕掛けてきた攻撃を思い出しつつ、かつ上層部の無策ぶりという心配の種を何とか押さえつけようとする。

 第8艦隊のハルバートン提督が言っていたように、上層部は被害を唯の数字としてしか認識していない。そのことを前線の生き残った熟練士官達は認識している。

 逆に言えば数字に表れない戦力の低下は、上層部に認識されないということも理解している。そして、実際の戦争では数字として眼に見える戦力だけでなく、熟練度、士気、そして運などの眼に見えないかあるいは見えにくい戦力もまた重要な要素であることを皮膚感覚で察知している。

 だからこそ、ヴィットマンはうそ寒い感覚が全身に広がるのを無視しながら考え続ける。

 だが、ザフトはありとあらゆる手法を用いて連合軍の戦力を削りに掛かっている。もしもこのまま損害状況が描くグラフが変化しなければ、先の発言は文字通りのカッサンドラの予言になってしまう。

 そんな不吉な予感の中、これまでに喰らった方法がまざまざと脳裏に呼び起こされる。

 

 先のフリスビーと呼ばれる自動投擲型地雷によるものやポップコーンと呼ばれるこれまた自動散布型の地雷、あるいは敵が大戦前半に手に入れたこちらの機材を用いてのブービートラップ。

 今のところザフトしか保有していない地上戦艦による艦砲射撃や巡航ミサイルによる後方への攻撃、あるいは先の回廊部などの地形への攻撃による土砂災害の誘発。

 そしてザフトのお家芸であるMSバクゥによる野営地への強襲攻撃。

 さらに対戦車壕を利用した落とし穴・・・・・・

 

 最後の方法を思い浮かべた瞬間、ヴィットマンの口元で軋る様な音が立つ。

 先日の野営地強襲を掛けてきたバクゥを追撃に出た部隊が深追いし過ぎて、間抜けな玩具のように幅4メートル、深さ8メートルほどの壕に揃って前のめりに落下。結局10両以上のリニアガンタンクが壕から脱出できず、待ち構えていたザウートの砲撃を避けて退避せざるを得なくなった。もちろん、残してきた車両は砲撃により全損である。それもこれも、促成栽培された戦車兵が周囲の状況を確認せずに突進するという信じられない行為をしでかしたからだ。いくら一通りの訓練が施されているとしても、戦場という極限状態で我を失えばこんな簡単な罠に引っかかる。

 もやし共の行為を思い出しおもわず額の血管が膨れ上がりそうになりながら、ヴィットマンは何度か深呼吸を繰り返し自らの精神を落ち着かせる。

 それに現時点で真に厄介なのはMSではなく知能化地雷である。

 特にこれまでの地雷処理車両では極めて対処しにくい地雷は、部隊の進撃速度を著しく落とすと共に被害を拡大させている。ましてや、先のような自走砲や牽引野砲までを地雷代わり?に使われては、これまでの地雷除去の方法など全く役に立たない。まさかザフトに新たな地雷除去のノウハウを確立するまで待ってくれなどと世迷いごとを言うわけにもいかず、ある程度の損害を覚悟した上で前進するしかない。

 上空から偵察機がレーザー測量で精細な地図を作成してくれているが、さすがに地雷を検知するほどの精度はない。また仮にそれだけの精度があったとしても、こんな些細なところにまで優秀な科学力を発揮している、ザフトが用いている迷彩ステルスシートを見抜くことは甚だ困難で、現時点ではお話にならないレベルであろう。

 そもそも低コストで防衛ラインを形成するという地雷の基本コンセプトから著しく外れている、と半ば八つ当たり気味にヴィットマンは思う。

 だが、高価な機材(といっても所詮はリサイクル兵器なのだが)を惜しげもなく投入するその方法が効果的に我々の戦力を削っているのは事実として受け止めねばならないと頭の片隅で理性がささやく。

 さらに、奴らの取っている方法はひとつひとつでもそれなりの被害が出るが、ほとんどの場合それら複数を組み合わせ、出来うる限り損害を拡大させようとしている。それとは逆に、奴らは人的被害を局限しようと無人兵器を多数使用しているため、今のところの人的被害はザフト1に対して連合軍100を超えていることは間違いない。

 如何に連合軍が人的資源において圧倒的有利であるとはいえ、言語道断なキルレシオだ。

 だが、そんなある種現実逃避的な思考へと自らの意識の一部を割いているヴィットマン大尉の頭からは、ザフトが用いている手法のいくつかは、連合軍がアフリカから中東へと雪崩をうって敗走する際に用いられた手法の焼き直しであることがさっぱりと拭い去られていた。

 これもやったほうは己のしたことを直ぐに忘れるが、やられたほうはずっと忘れないという事例のひとつのバージョンなのかもしれない。

 

 戦車回収車によって、損傷した車両が片付けられ峡谷が再び通行可能とされていくのを見ながらミヒャエル・ヴィットマン大尉の黙考は続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その峡谷を全く逆の方向から見ているものがいた。

 

 「無様な・・・」

 低い声でコクピット正面のモニターの中の連合軍の醜態を評価する。

 全身を真っ黒に染め上げたノーマルスーツを着たパイロットのその声音はまるで氷のように冷たい。

 「まさか、これほどまでに連合軍の練度が低下しているとはな。

  ザフトの攻勢による人的損害はこちらの予想以上だったということか。」

 転送されてきた情報を見ながら、オーブ五大氏族のひとつ、サハク家の後継者の一人であるロンド・ギナ・サハクの視線が、モニターを満たしている巨大な人型達をざっと眺める。

 「だが、やはり数は力だ。たとえ1対1では勝てぬにしろ、局地的な戦場にこれほどの数のMSを投入できる地球連合とのパイプを切るわけにもいくまい」

 彼の視界一杯にグレイの四肢、胸部はダークブルーと赤のツートンカラー、左腕にグレイと赤とイエローの三色に塗り分けられたシールドをもち、ヘルメットを被ったような頭部を持つMS、GAT−01ストライクダガーが林立しているのを見ながらそうごちる。

 

 もしも事情を知っているものが見たら奇妙な光景ではあった。

 地球連合と一触即発の事態を招いているオーブの有力者中の有力者が、何故こんな中東くんだりの戦場にいるのか。

 

 その答えは、サハク家とアズラエル財閥との間に結ばれた水面下の取引にあった。

 ザフトによるオペレーション・スピットブレイク成功後に漂い始めた地球連合軍によるオーブ侵攻が、諜報機関の報告により噂だけでは済まないと判明した後、サハク家は大西洋連邦に強い影響力を持つアズラエル財閥に取引を申し出たのである。

 もともとサハク家は、地球連合軍のG兵器を共同開発したことからわかるように大西洋連邦内に太い政治的経済的パイプを持っている。

 そのパイプを利用して、地球連合軍の侵攻の主目的であるマスドライバーを非公式に地球連合軍への補給路として利用させることを申し出たのであった。むろん、中立を標榜するオーブが、公式にオーブのマスドライバーを地球連合軍に認めるわけにはいかず、あくまで裏約束に過ぎない。だが、中身や行き先を偽ったコンテナを紛れ込ませるといったことはサハク家の権勢を持ってすれば困難なことではない。

 しかしながら、サハク家がその約束を守るとの保障はない。書面で正式な契約を結んだのではない以上、のらりくらりとはぐらかされる可能性は否定できない。そして、今の地球連合軍にそのような契約違反を受け入れるだけの余地は残っていなかった。

 そこで、約束の保障としてサハク家の後継者であるロンド・ギナ・サハクが、オーブ製のMSと共に地球連合軍へ味方することになったのである。

 もちろん見返りは、地球連合軍によるオーブ侵攻の中止であることはいうまでもない。

 そして、アズラエル財閥からの大西洋連邦への働きかけの約束を取り付けたロンドは、自らの半身に後を託すと自身の愛機と共に地球連合軍アフリカ反攻軍に大西洋連邦からの援軍として加わったのである。

 

 正面モニターから視線をサブモニターに移したロンドは、そこに映っている人物に問う。

 「それで、本国からは何も知らせは入っていないか?」

 「はっ。これまでのところ新しい情報は何も」

 有線ケーブル越しにオーブからつれてきたサハク家子飼いの整備兵が応える。

 連合軍のMS部隊は、リニアガンタンク部隊が峡谷での妨害を乗り越え、向こう側に展開したのを受けて続々と移動を開始し始めている。

 員数外とされている我々大西洋連邦からの増援部隊も、程遠からぬうちに行動を開始することになるだろう。情報が手に入らなかった以上、このままじっとしているわけにはいかない。

 「わかった。整備班は機材を搭載し、MS部隊に付き従え」

 「了解しました」

 その言葉を最後に通信が切れる。接続されていた有線ケーブルがあっという間に巻き取られ、整備班員たちが撤収していく。自ら選んで連れてきているだけに、その行動はユーラシア連邦の整備部隊よりも正確で手早い。

 まあ、オーブの精鋭とユーラシア連邦の一般兵を比べることがそもそもの間違いなのだが。

 「・・・・・・アズラエル財閥の働きかけも効果はなかったか?

  あるいは、約束を反故にするつもりか?」

 そもそも非公式かつ少数の戦力提供だけで、大西洋連邦の戦略判断を覆すことが簡単に出来るとは最初から思っていない。ましてや、事は地球連合内の政治バランスにすら関わってくる。この大博打が成功する可能性はせいぜい2割もあれば御の字といったところだろう。

 だが、座して危機を待つなどサハクの名が許さん。

 故にあえて確率の低い博打に打って出たのだ。

 むろん、目論みはそれだけではない。

 サハク家が進めていた地球連合とのMS共同開発事業は、ヘリオポリス崩壊という予想外の出来事によって大きな痛手を受けたことは周知の通りである。その上、プラント側からの事情説明により極秘で連合軍のMSを開発していたことが他の首長たちに漏れ、サハク家の影響力そのものにも大きなダメージを受けることになった。

 オーブの主にダークサイドを受け持つサハク家は、アスハ家を追い落とし代表首長になり名実共にオーブを導く存在になることを夢見ている。

 その夢への道筋が今回の出来事で大きく後退することとなってしまったことは、養父コトー・サハクへの彼らの面子を大いに潰したことになる。

 今回の博打は、先の失態を挽回するための一手でもあるのだ。

 また、それ以外の目的として自身の搭乗するMSが大規模MS戦闘でどれだけの能力を発揮するのか確認することも含まれる。

 実際、ストライクダガーが林立する周囲の状況の中で彼の搭乗する漆黒のMSは異色を放っている。

 

 MBF−P01−Re アストレイゴールドフレーム天

 

 それが、ロンド・ギナ・サハクの搭乗するMSの名前である。

 ヘリオポリス脱出時に失った右腕に加えて、兄弟機であるレッドフレームとの交戦で頭部を失ったゴールドフレームを、新しい頭部とオーブ近海で極秘裏に回収したGAT−X207ブリッツの右腕を用いて修復・改良を施した機体である。全身の装甲はステルス機能を持つ黒い装甲となり、初期の白い装甲の時とは見た目の印象が大幅に変わっている。

 また、X207ブリッツのパーツからの技術転用によりミラージュコロイドの正式採用・使用に成功しており、かつブリッツのパーツを使用しているため、右腕のみPS装甲を持つのが同型機との大きな違いのひとつである。

 さらに、ギガフロートでレッドフレームとサーペントテールのブルーフレームと戦った時の未完成状態から比べて、昨今のオーブの軍事用臨時予算の増強により当初予定よりも早く完全形態になり、背中に装備された「マガノイクタチ」がかつての姿を知るものにさえより禍々しさを強めている。

 主な武装として、ブリッツの右腕と共に回収したトリケロスを改造した攻盾システム「トリケロス改」と先述した敵MSのバッテリーを強制放電させ自機のエネルギーとして吸収できるという反則的な技の「マガノイクタチ」、通常のシールドなどあっさりと貫く威力を持つ「マガノシラホコ」と呼ばれる射出武器を装備する極めて凶悪なMSである。

 

 ロンドは、配下の者たちが整備車両に乗り込んだのを確認すると、アズラエル財閥より指揮下に組み入れられた者へと通信を開く。

 「ハレルソン、ソキウス、前方の部隊の移動が終了したら我らも移動を開始する。

  準備を整えておけ」

 「了解だ!」

 「了解」

 同じ承諾にも関わらず、一方は太陽のごとく、もう一方は月のごとく感じられる返事があった。

 だが、そんなことには一切頓着せずにロンドはカメラアイを動かし、今、返事をした者達が登場するMSを正面モニターに映し出す。

 「MSの数を揃え、その上、あのようなMSを製造するか・・・

  恐れるつもりはないが、やはり侮るわけにはいかんな」

 そう静かに呟く彼の視線の先では、ストライクダガーとはまるで異なるカラーリングのMSが佇んでいた。

 

 GAT−X133 ソードカラミティ

 

 それが、かのMSの名前だった。

 開発ベース機であるGAT−X131カラミティを白兵戦に特化させた派生機である本機は、X131カラミティをベースに装備を改変することで多様な戦術シチュエーションに対応可能な万能機を目指した「リビルド1416プログラム」の一環として誕生している。

 ソードカラミティ最大の特色は、X131の主力兵装である長射程ビーム砲シュラークを、X105ストライクが装備する対艦刀シュベルトゲベールに換装した点にある。また、両肩部にマイダスメッサー、両腕部にパンツァーアイゼン、両脚部にアーマーシュナイダーを装備する。

 一方、胸部複列位相エネルギー砲スキュラは、X131に比して70%の出力に抑えられた。外装にはX131と同様のトランスフェーズ装甲が採用されている。

 X131カラミティとほぼ同時期に開発を終了し、3機がロールアウトしたX133ソードカラミティは、2号機と3号機が今回の反攻作戦に大西洋連邦からの援軍として参加している。

 2号機は大西洋連邦に併合された元南アメリカ合衆国戦闘機パイロットであったエドワード・ハレルソン、そして3号機はナチュラルへの絶対服従を埋め込まれたコーディネイターのひとりであるフォー・ソキウスが搭乗している。

 

 両者のMSパイロットとしての技量は、ロンドから見てもかなりのものであった。その上に次世代Gとしてのマシンスペックが加わる以上、その総合戦闘力は推して知るべし。

 だが、現実の戦場は未だその戦闘力を発揮する場を与えていない。

 それもこれも全ては

 「ザフトの部隊運用は見事というしかないな。

  芸術的なまでの引き際の良さ、さすがは名将サキ・ヴァシュタールといったところか」

 これまでの戦場を思い返しながらそうごちる。

 「だが、あまりにも見事な引き際を続けられてはこちらとしても都合が悪い」

 このただでさえ確率の低い博打を、多少なりとも賭け率を良くする為には戦果が必要なのだ。それも比類ないものが。だが、現状では連合軍の先鋒はさんざんにあしらわれ、ザフト軍の殿に噛み付くことすら出来ていない。

 この状況では、如何に強力なMSを要していようとも戦況に関与する余地がない。まさか、外様の自分達がただでさえ関係のギクシャクしつつあるユーラシア連邦と大西洋連邦の関係に楔を入れるわけにはいかない。少なくとも大西洋連邦によるオーブ侵攻が中止されたとの確証が得られない限りは。

 その確証は、先の連絡では未だ状況は好転していないらしく、得られるまでに相当な苦難の道が続いているようだ。

 まあ、侵攻ラインが砂漠の山岳部に差し掛かり、Nジャマーの影響も目一杯かかっている状態では、はるか彼方にある本国とのリアルタイムの連絡は不可能である。

 特にNジャマーによって長距離通信が軒並み妨害されている現在、増強された有線ネットワークから一歩でも外れた地域に踏み込むと、その途端に情報伝達に大きなタイムラグが発生することになる。

 連合軍は、補給ラインの確立と同時に戦場における有線ネットワークの拡張も実施しているが、広大なエリアに敷設しなければならないことからその回線数は多くはなく、当然のことながら軍の命令伝達が最優先されている。

 そんなネットワークに裏のある情報を載せられるはずもなく、タイムラグがあるのを承知の上で情報の収集に当たらざるを得ない。

 もっとも、需要のあるところ供給ありということで、こんなところにも情報屋と呼ばれる存在は足を伸ばしている。従って、当然この地の情報屋に接触できるようであれば接触するように指示は下してあるが、こちらも差し当たって目ぼしい情報を入手したとの連絡はない。

 「そろそろか・・・・・・」

 最高レベルのコーディネイトが施された頭脳をフル回転させながら、ほとんど意識せずに手足を動かし自らのMSを峡谷へと続くMS部隊の後ろへとつける。

 ハレルソンとソキウスが操るソード・カラミティ、そして彼らに属する大西洋連邦所属のストライクダガー部隊も何ら問題なく続いてきている。

 そのことをサブモニターで確認すると視線を前へと戻す。

 峡谷の入口がまるで門のように構えている。

 そこへ巨大な人型が続々と入っていく。

 「あまり時間は残されていない」

 自機の歩みを上下動の振動で感じながら

 「だが、焦るつもりはない。

  いましばしの時が立てば、必ずやザフトの阻止線にぶつかり連合軍の進撃が止まるはず。

  その時こそが、我の力の見せ時であろう」

 そういい切ると、後は沈黙を保ったまま自機を歩ませていく。

 

 そこに迷いはなかった。

 ロンド・ギナ・サハクのオーブを得るための戦いはまだ入口にたどり着いたに過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 第三次αは1週目を終了。

 続けて2週目をやるのは味気ないのでギレンの野望を引っ張り出して正統ジオンでプレイ中。

 そして思う。

 塩沢兼人氏。貴方は亡くなるのが早すぎた!

 いや。マクベとキシリアの会話を聞いている時にふとそう思ってしまったもので・・・・・・

 ともあれ、本編の方は比較的早めにお届けすることが出来たのでよかった良かった。

 内容は、相変わらずごてごてと修飾されているわりに進んどらんのが悩みの種だが(汗)

 でもまあ最近は開き直り気味なので、それでも読んでもいいという心の広い方向けということで自分を納得させる日々が・・・・・・

 

 >とりあえず感想サイトや二次創作だけで十分です。

 >監督が変わるか最低限嫁がかかわってないなら見てもいいかと思いますが(笑)>3期目

 確かに(苦笑)

 シナリオもしっかりしていると安心して楽しめるのだが、さていかなる未来となるのやら?

 

 >戦記物ではある程度必須の要素ではありますが、今回はちょいと蛇足っぽいものが多いような。

 調子に乗って書き込みすぎて何が何やらわからなくなってますな(汗)

 >後、プラントの社会構造を妙に理想化してるのが気になりました。

 一応コンセプトがプラントに都合の良いSEED世界となっていますので、このあたりはさらっと流してください(爆)

 

 にしても、最近の感想掲示板の絨毯爆撃状態はひどいですね。なんでわざわざあんなことをさせる必要があるんだろうか・・・・・・

 

 

 

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代理人の感想

つえーなー、ザフト(笑)。

まぁ相手が88組と砂の薔薇組で、しかも部下が新兵ばかりではさすがのヴィットマンもどうしようもありませんか。

MS三機道連れにして散華したりはせんだろうなぁ・・・・。

 

>種第三期

「BLOOD+」の後の枠だけは取ってある、しかし具体的には決まってない。と言う話もありますが・・・

正直「今更ガンダムでもねーじゃん」と思わなくもありませんけどね(爆)!