紅の軌跡 第26話
「なるほど。良い指揮官を得た部隊とはかくも見事な戦いぶりを見せるか」
外郭陣地の状況を、上空を高速でフライパスした無人偵察機から得られた俯瞰写真を複数のサブモニターで眺めながら、ロンド・ギナ・サハクは感心したように言った。
各所にあばたのようなクレーターがそそり立ち破壊されつくした陣地に比べ、そこに配備されていたはずのザフトのMSは破壊された様子はほとんど見つからなかった。ところどころに破壊されたまま残っているのは、これまでにもお目にかかってきたリサイクル兵器のリニアガンタンクと対戦車ミサイルユニットのようだ。
おそらくは機甲部隊に追随する自走砲部隊による支援砲撃を無人兵器による応戦のみで留め、主力となる部隊は一時的に強固な壕内部に退くことによってやり過ごし、絶妙のタイミングで、続くMSの突進を迎え撃った・・・といった所であろう。
勝利を確信して突撃を行った地球連合軍MS部隊指揮官の狼狽したであろう様が目の前に浮かんでくるようだ。
実際に、塹壕主体の柔らかな外郭陣地を中心に地球連合軍のリニアガンタンクやストライクダガーが無数に擱座している様子も写真に映し出されている。その様は見ようによってはまるで何かの墓標のようにも見える。
さらに詳細に戦場跡を見てみれば、リニアガンタンクが主に陣地の外で擱座しているのに対して、ストライクダガーが外郭陣地内部で多く擱座しているのが大きな違いだろう。
「従来の兵器では、限定的とはいえ三次元機動を行えるMSを捉えるのはやはり困難・・・ということか。
連合も、それなりにMSの運用方法を検討しているようだな」
おおそよ写真から読み取れることを見て取ったギナは、一部のサブモニターに映し出す映像を切り替えた。
そこには、これからアフリカ反攻軍東部方面軍が大規模な戦力を割いて攻略することを決定したザフトの大規模な拠点が映し出されている。
「しかし、この地を押さえるとはなかなかよい眼を持っているな。
これでは、連合もうかうかとしてはおれまい。
先のザフトの奇襲と合わせて、これまでの楽観気分が吹き飛ばされて、今頃は上も下も大慌てといったところか」
自身が所属する連合軍の有様を嘲弄しつつ、それでもギナの眼は俯瞰映像と正面から映し出されている映像を見比べながら、敵陣地の攻略方法をシミュレートし続けていた。
山岳地帯からようやく平野部に大地が移り変わろうかといった場所に、無数の地球連合軍装甲車両が展開しつつあった。
中東北部を形成する山岳地帯を南北に貫く数少ない幹線道路のうち、東部反攻軍がメインで使用している最重要の道路とそこからさらに荒野の先へと分岐しているジャンクション。
そんな幹線道路が交差するポイントから十数キロ離れた場所に存在する丘陵地帯を、ザフトはこれまでの平野に築かれていた簡易基地と比べ物にならないほど強固な陣地、ある種の要塞陣地に変貌させていた。
そして、その周囲に展開しつつあるのが、その要塞を攻略するための砲兵部隊であるリニア自走砲を中心とした地球連合軍機甲部隊の主力であった。
周辺地域の地形上の問題で、ユーラシア連邦から延びる補給線がどうしても通らざるを得ない幹線道路に沿う形で、こうも堅固な要塞を築かれてしまっては地球連合軍としては攻略する以外の方法を取れない。
全ての戦略物資を空輸するという選択肢は輸送能力の限界という物理的ハードルがある上に、衛星軌道からの降下ポッド等による補給は制宙権の問題からまず不可能である以上、残された陸路において補給線を構築することは、侵攻を続ける上で絶対不可欠の条件だ。
そして、かの要塞はその補給線に打ち込まれた楔。
早く抜き取らなければ、何もせずとも大量の物資を消耗する部隊は今日明日とは言わないが数日中に身動きが取れなくなることは必定である。何しろ、近代以降、軍隊とは無限の胃袋を擁する最大の消費機関なのだから。
そのことを理解しているがゆえに、先鋒を務める師団は野戦におけるザフトの後退に追随し、その全力を持って逃げ込んだと思しき丘陵地帯へと殴りかかったのだが・・・・・・
外郭陣地で引きずり回され、地雷原を中心とする各種トラップにさんざん翻弄された挙句、あえなく返り討ちにあったという次第である。
兵は拙速を尊ぶとはいえ、いくらなんでも彼我の戦力をきちんと比較せずに自分の都合だけで戦端を開くのには限界がある。
おそらくは、これまでザフト軍基地を次々と攻略してきたという事実が司令官の頭にしがみついて離れなかった状態で、野戦での勝利を得たと感じた(おそらくはザフト側がそのように振舞って見せたのだろう)ことが理性の手綱を振り払う原因となったのではなかろうか。
客観的に見れば、ザフトの遅滞防御と機動防御を組み合わせた防衛戦闘によって、侵攻スケジュールは遅れており、戦力の消耗も決して馬鹿にできるものではないにもかかわらず、主観的な見ると、これまでにザフトによって奪われていたエリアを次々と奪回しつつあることが、自分たちは勝っているという意識を煽るのだろう。
そのように感じているのは末端の兵士だけではなく、むしろ全体の戦力差から楽観的な戦場判断を下す将帥が結構な数、反攻軍の中で増えつつある。
彼らの脳裏には、取り戻した地図上のエリアしか頭しかなく、それに伴って払うことになった犠牲がきれいさっぱり抜け落ちているのかもしれない。
確かに、軍人の位が上がれば上がるほど、自軍の被害を単なる数字でしか認識できなくなることが多くなるのは純然たる事実である。。
しかしながら、奪回したエリアがザフトと地球連合軍にとって如何なる意味を持つのか(というよりもザフトにとって食料を産出しないエリアはよほど戦略的に重要な地区でなければほとんど守備する価値を見出していない)を考えてみれば、楽観などできるはずもないのだが。
これは、ザフトの地上戦初期の電撃戦によっていくつもの上級司令部が、当時投入されたばかりのMSバクゥの持つ比類なき機動力によって急襲あるいは包囲殲滅され、熟練兵と同じく膨大な数の将官、左官、士官、そして下士官という軍隊の頭脳、神経、背骨を構成する人員が多数失われていることもその原因のひとつに上げられるだろう。
さらにもうひとつ、再構築戦争以来、大規模な戦争から離れて久しかったため、現在の軍の上層部は軍事的能力よりも政治的能力が重要視された布陣となっていることも無視できない。
ただ、それ自体は決して間違ったことだと決め付けることはできない。軍上層部、特に将官級の地位に座るような人材は軍事的能力だけではなく政治的能力も必要とされることが多いためだ。地球連合のように複数の国家が連合を組んでいるような場合ではなおさらである。
だが、実戦指揮官レベルにまで政治的能力に長けた人材が配置されるようになっていては、あまりにも有事に対しての備えがお粗末過ぎたといわざるを得まい。しかも、戦時になったことによる人材に交換をせずに、平時に配置された時の高級士官のままの戦闘を行わせるというオチもついている。
それもこれも、プラントの実力を見誤った政治家や官僚、軍上層部などの責任であるが、実際に責任を取るのは戦地で命を散らす一般兵士であることを考えると、何やら哀れを催してくるような気がする。
もっとも、平時の軍隊が政治の玩具となりやすいことは過去の歴史に何度も登場している事実であり、今回もその傾向からは無縁ではいられなかったということであろう。
まあ、そんなこんなの事情が前線にも影響を及ぼしているということだ。
おそらくは、ほとんど損害を受けることなかったであろう敵軍の反撃に友軍の攻勢は幾度となく撃退されたに相違あるまい。
そんなことをつらつらと考えつつ、リニアガンタンクやリニア自走砲、そしてストライクダガーに歩兵戦闘車などが次々と展開する周囲の様子をモニターに映しながら、比較的早めに第二陣に配属されたことで時間的余裕を得たロンド・ギナ・サハクが黙考を重ねる中、呼び出しの通信が入る。
「よお大将、俺たちの出番はあとどれくらいなんだ?
正直言って後ろで見てるだけってのは飽きちまったんだが」
「猛るな、ハレルソン。
出番はほどなく回ってくる」
いかにも戦いが待ちきれないといった雰囲気を全身に漲らせつつ、陽気に尋ねてくるハレルソンをたしなめるように言う。
自らの能力に絶大な自負を抱くギナだったが、ナチュラルでありながら高いMS戦闘能力を示す陽気な南米出身のエドワード・ハレルソンのことはなかなかに気に入っている。
もし、他の有象無象が通信を入れたのだったら、肺腑抉るような視線のナイフを返されたことだろう。
もっとも、ギナの台詞に嘘は交じっていない。
砲兵部隊が広く散開していくのを視野の隅で確認していたし、前方の部隊が突撃態勢を整えつつあるのは、戦術眼を持つものであれば十二分に見て取れる。
「この一帯は、これまで抜いてきたザフトの防衛線とは桁が違う。
そう易々と連中には抜けん」
「それはわかっちゃいるんだが、じれったくてよ」
陽気な口調のまま愚痴を流すハレルソンに、ギナの顔に薄くだが苦笑じみた表情が浮かぶ。
「いま少し待て。直に始まる。そうすれば、嫌というほど戦えるだろう」
そういうギナの言葉には確かな裏づけがあった。
何故なら、既に戦闘は始まっているからである。
ただ、それは陸上戦ではない。
要塞陣地から直線距離にして数十キロ離れた箇所において、集束爆弾あるいは燃料気化爆弾を搭載した地球連合軍の戦闘爆撃機をザフトの空戦用MSディンがインターセプトする格好で、熾烈な航空戦闘が行われていたのである。
爆弾を満載し著しく速力の衰えた戦闘爆撃機は、最高速においては劣るが運動性に勝るディンにとって葱を背負ったカモというべき存在だった。
6枚のウイングを展開しフェイスガードを下ろしたまま、猛禽が獲物に襲い掛かるかのように、のたのたと重い爆弾に喘ぎながら回避運動を行う敵機に、手にした90ミリ対空散弾銃を次々と連射する。
広範囲に散らばる散弾に貫かれ、1機、2機と被弾し黒煙と共に墜落していく機体が次々と出てくると、このままの状態はさすがにまずいと判断したのか、やむを得ず爆弾を投棄する機体も現れてくる。
これまでの通り魔的な攻撃と違って、ひどく積極的なザフトの航空反攻に当初の予定を狂わされた連合軍は、爆弾を搭載したままの機体を何とか目的地にたどりつかせようと、投棄済みの機体が僚機を掩護するために真っ向からディンに向かっていき、大空のあちこちで激しい空戦が繰り広げられていた。
そして、そんな空の戦闘に触発されたのか、あるいはいつまでたっても行われない爆撃を待ちきれなくなったのか、ギナの裏付けに基づいた予想は時を置かずに現実と化した。
まるでギナの台詞を待っていたかのように、展開を終えた砲兵部隊がその火蓋を切り、後方で腹に響くような重低音が連続して木霊し、同時に大気を切り裂く耳障りな音を伴って、多くの人間が注目する視線の先にその正体を叩きつけた。
地面に接触した瞬間、内蔵されていた着発信管が点火し搭載されていた高性能火薬が爆発する。局所的な人工の地震と同心円状に広がる衝撃波を発生させた重砲弾は、途切れることなく雷雨のように地面へと降り注ぐ。
たちまちのうちに、世界は爆炎と立ち昇る砂柱、硝煙の匂いと大気を震わす轟音に満たされ、この世の煉獄を現出させる。
不十分な支援砲撃の下に行われた第一波の拙攻がどれだけの被害をもたらしたのか学習することができたのか、今回行われている支援砲撃は凄まじいまでの火力が投入されている。
まるで、この砲火の下ではいかなる生命体も生存を許さないという意志を世界に押し付けるかのように。
砂漠の形成する細かい砂が、随所で逆円錐型にあるいは歪な半円形のように噴き上げられている。
埋設されていた対戦車地雷、対人地雷が重砲弾や炸裂弾によって誘爆すると、それぞれの火薬によって黒い爆炎が上がり、それがまた新たな砲弾によって生み出された爆風によって吹き飛ばされる。
豪雨のごとき砲弾の雨によって丹念に耕されるように、丘陵地帯の最遠外郭に埋設されていた地雷原が無力化されていく。
そして吹き飛ばされた砂塵の内外には、砲弾の破片や誘爆した地雷の断片、要所に設けられていた引きちぎられた有刺鉄線や黒く焦げた支柱が散乱している。
それらの上に天空高く噴き上げられた砂が降り積もり、全てを虚無へと引きずり込むように覆い隠すこともあったが、次々と降りしきる弾着の爆風が、砂も、鉄も、何もかも全て一緒くたに吹き飛ばし、あるいは直撃よりさらに細かい欠片へと変化させていく。
複数箇所で同時に発生した爆風が渦を描くように合流し、一際強烈な暴風となって荒れ狂う。
あるいは、爆風同士がぶつかり合い、砂や鉄片を巻き上げ、轟々と音を立てて渦を巻く。
そこにあるのは人間の手によって人工的に作り出された砂嵐だった。
地球連合軍の今回が初陣となる兵士達の中には、この人造の嵐の中をコーディネイター達が生き残るなど不可能だと考える者も数多くいた。
だが、大量の航空火力や砲兵による支援火力の発揮は平地では絶大な威力を発揮するものの、綿密に構築された野戦築城陣地は、砲爆撃等の攻撃に対し恐ろしいまでの耐久力を発揮する。それが丘陵地帯の地形を念入りに活かした要塞陣地ともなればその耐久力がどれほどのものになるか言葉にするまでもない。
そしてその強度の高さゆえに、相当の砲爆撃を受けても大した損害もなく残存することができることは過去の歴史から見ても証明されている。
具体例を挙げるとすれば、海空を包囲され絶望的状況にあった硫黄島の日本軍守備隊の善戦あたり、あるいは人民の海に沈まぬと果敢に抗い続けた台湾の最前線、金門島あたりであろうか。
そして、地球連合軍が攻め寄せるザフトの要塞陣地は、かの激闘の島々ほどには追い詰められていない。
なぜなら、航空支援は途絶えていないし、戦況の悪化に伴って脱出することも可能、すなわち地形状の問題から全方位を地球連合軍に包囲されているわけではないからである。
さらに、地球連合軍がこの地の攻略に投入しているのは、陸上戦力で見ると重編成の2個機甲師団と3個機械化歩兵師団を中心に独立編成の増強砲兵連隊や軍集団直轄のMS部隊などを合わせて約9万である。
現在戦線に投入されている東部反攻軍集団の陸上正面戦力のうち約45%の戦力が、この要塞陣地を攻略するために集まっているわけだが、この丘陵地帯に設けられた要塞陣地に篭る約2万のザフト軍を完全包囲するには客観的に見て少々戦力が足りない。
攻者3倍の法則を満たしているとはいえ、それは敵味方の戦力の質が同等の時に適用される法則でしかない。今現在の地球連合軍とザフトの質が同等であるなどという妄想を信じるものは、本当にごく一部の限られた特殊な人種以外にこの地には存在しておらず、かといって、更なる戦力の蓄積にはより多くの日数が必要とされる事実を無視することもできない。
何より包囲網の背後を突かれないよう、かなりの部隊を南方に対して振り向けなければならないのが痛い。
特にザフトの運用している陸上戦艦には注意を払いすぎるということはない。
戦艦と呼ばれる存在の火力が、陸上部隊に対しどれほどの威力を発揮するのか、今改めて証明したいとは連合軍将官の誰も考えてはいない。
その上、順調に進軍してきたとは言え、それまでに被った損害は決して少なくなく、一時的な再編成に入っている部隊はそれなりに多いのだ。ましてや、交代した部隊にも損害は続出し続けている以上、再編成の終了した部隊は、引っ張りだこと言ってもいい状態になる。
さらに、ザフトのMS部隊による一時的な戦線突破&後方部隊蹂躙を許したことにより補給線の遮断、具体的には前線に近い燃料の大規模集積所が何箇所か焼き払われた影響が如実に出始めつつあるせいで、戦線後方に控えていた予備戦力を直ぐに差し回すというわけにもいかなくなっている。
元々、偵察衛星の目を逃れるため後方に広く薄く展開し、ひっそりと身を隠していなければならなかったため、戦力の集結にもそれなりの時間がかかった上に、基点から長く伸びつつある補給線を守るため、広く長く展開しなければならないことが大きなネックとなっている。
そこまで補給線の維持に気を配らねばならない大きな理由が、地球衛星軌道上の制宙権をおおよそ7:3ぐらいでザフトに握られている状態にあることだ。
そのため、反攻軍総司令部はオペレーション・ウロボロス開始時のように衛星軌道上からの強襲降下に対しても備えなければならないのだ。
プラント本土において大規模な増援が準備されていることは、情報局を通して総司令部全体に知れ渡っている。そのため、普段に倍する警戒を持って頭上を注視する必要に追われているのだ。
むろん、敵の勢力圏内に降下することは、一歩間違えれば降下した戦力の大半を無為に失うことに成りかねないため、ザフトとしてもそう易々と行える手段ではない。
しかしながら、地球連合軍としてはその可能性は無視できるほど低いものでもない。何よりオペレーション・ウロボロスの成功が、地球連合軍上層部の脳裏に拭い難い警戒心を植えつけたと言う事ができよう。
よって、地球連合軍アフリカ反攻軍は第一陣の正面戦力約80万のほかに、第二陣として用意していた戦力の多くを後方に貼り付けたままで戦闘を続行するという状況に陥っている。
こんな状況では、第二陣の戦力を戦線のすぐそばまで回すことは非常に難しいといわざるを得まい。
仮に回したとしても、補給線が再構築される前に戦闘部隊だけが前線に出てきては、双方で補給物資の奪い合いをした挙句、燃料不足で行動不能などという眼も当てられない事態を引き起こしかねない。
従って、地球連合軍は動かしうる最大限の戦力で持って要塞陣地の攻略に乗り出さざるを得なかった。それでも、可能な限りの戦力を集められ、さらに幸いにして弾薬については燃料ほどには被害を受けていなかったため、遠慮なく砲撃可能という点は地球連合軍にとっての良い知らせであろう。
大地が鳴動している。
猛射という言葉を自らで体現するかのように地球連合軍の砲兵部隊がありとあらゆる火砲によって射撃を放ち続ける。
ザフトのインターセプトを潜り抜けてきた戦闘爆撃機が、運んできた燃料気化爆弾や集束爆弾を次々と投下する。
砂塵の中に無数の閃光がひらめき、次いで土砂と黒煙が、逆円錐型を初めとする様々な幾何学模様の爆風に舞い上げられる。
乾いた大気が灼熱し、固形化し、形のない砲弾と化して陣地を襲う。
間断なくきらめく爆発の閃光と舞い踊る火焔が、空気中に含まれる水分すら蒸発させ、炎と水蒸気が荒れ狂う狂宴の巷と変えている。
しかしながら、ザフト側も地球連合軍の砲撃を黙って一方的に受け続けるだけではなかった。
次々と着弾する砲弾達が奏でる戦場音楽にまぎれて、これまた重厚な音がまるでシンフォニーのように戦場に紛れ込む。
ザフト軍要塞陣地内部の丘陵地帯の山腹に設けられたトンネル、そこから顔を覗かせた多連装ロケットシステムは事前に流し込まれたこれまでの砲撃を分析したデータに従って、自らの背負う戦術ロケット弾頭を上空へと向ける。
かすかな金属音と共に目標地域への指向を終えた無骨な枠組みは、次の瞬間、盛大な炎をを伴いながら、格納されていたロケットを射出し始めた。
格納されていたチューブを破り、一斉に放たれた戦術ロケット弾は、地球連合軍の砲弾がかき鳴らす高周波音とは別の不吉な音を伴いながらただ前方へと飛翔する。
丘陵地帯からまるで天地を逆にした雨が降るように、多数の戦術ロケット弾が戦場の空を埋め尽くす。
その様は、当然攻撃を行っている地球連合軍からもはっきりと見え、ロケット弾の進行方向に存在する部隊に緊張が走る。
その間に大推力による加速を終えた弾頭はそのまま慣性飛行に入り、自らのフィンを小刻みに動かしつつ大気の中を巧みに泳ぎ、目標へと向かって一目散にかつ高速に飛翔していく。
そして、目指す大地には規定弾数の砲撃を終え陣地転換に取り掛かっていた地球連合軍リニア自走砲部隊が存在していた。
無人偵察機を擁する警戒部隊からの連絡によって天空より襲い掛かろうとする災厄の使者を察知していた、砲兵隊の護衛についていたストライクダガー部隊が自らの持つビームライフルを天へと掲げ迎撃を開始する。
多数のパイロットが睨む照準にミサイルが捉えられ、引き絞られた引き金と共に、次々と地上から発せられる光の柱は、だが、なかなか目標を捕らえることができない。
砲撃によって巻き上げられた砂塵によって照準そのものが妨げられている上に、暴風と化して吹き荒れる熱風により温度分布に極端な差が生じ、ビームの進行方向に微妙なバイアスがかかっているのだろう。そして、そんな微妙な狂いをその場で修正指示を下せるほどのスキルを速成教育された彼らの誰一人持ってはいない。
だが、ひたすらビームライフルの引き金を引き続けるMSパイロットたちも不完全なレーダー反応と光学照準のみで落下軌道に入った弾頭を撃墜するのは、非常に困難であることは分かっている。
それでも必死に迎撃を続けた苦労が報われたのか、ひとつ、ふたつ、みっつと、大空に巨大な炎の華が広がった。期せずして、MSパイロットたちから歓声が漏れる。
戦果を得たパイロットたちは更なる成果を求めて引き金を引き続ける。
天空への光の槍が飛翔するミサイルを貫き、さらにふたつの炎の華が咲いた。
しかし、それが限界だった。
20キロ近い距離を飛翔してきたロケット弾は目標地点に到達し、内部の信管を起爆させ1000個を超える子爆弾を数百メートル上空から一斉に広範囲にばら撒いた。
ロケット弾1発の地上制圧範囲は直径約400mの円形を描く。
この弾頭をザフトが用いた多連装ロケットシステムは、1両あたり12基をを1セットとして一斉に発射する。
ごく大雑把に考えれば、縦0.8km、横2.4kmの広大な長方形の範囲に、無数の子爆弾が降り注ぐ計算になる。
本来であれば、この投網のような地球連合軍砲兵部隊を完全に子爆弾が降り注ぐ範囲内に収めるはずであった。
しかしながら、対砲兵射撃をもくろんで行われた攻撃は、Nジャマーによる電波障害で対砲レーダーが算出した地球連合軍による砲撃の弾道解析結果が満足のいくものではなかったせいで、当然のことながら発射位置の見込みが大きくずれていた。
また、連合軍の砲兵部隊がセオリーに従って砲撃後直ぐに陣地転換を開始していたせいもあって、過半数がオンターゲットからほど遠かった。
だが、事前に周囲の地形情報を収集しておいたことと、より広い範囲に攻撃を届かせるべく通常よりも拡散する航跡を描くようにプログラムされていた一部の弾頭が、目標であった敵砲兵部隊をその効力圏に捉えることに成功した。
空を覆うように広がった小さな、それでいて死をもたらすには充分な威力を持った黒い塊が一斉に降り注ぐ。
そんな弾雨を避けるため、それまでの迎撃を止め、必死でシールドを上空へとささげるストライクダガー部隊。
容赦なく降り注いだ子爆弾は、シールド表面の対ビームコーティングをものともせず、メタルジェットを妨害物であるシールド表面へと叩きつける。
ハニカム構造のシールド構造材を接触部からの勢いで一気に食い破るメタルジェットだったが、残念ながらシールドとMS本体の空間を渡りきるだけの力は残されておらず、一部の子爆弾が直撃により腕部や下半身を損傷させただけで大半の子爆弾はストライクダガーのシールドをぼろぼろにするだけで終わってしまった。
短い、だが命を刈り取らんとばかりに降り注いだ弾雨を生き残ったMSパイロットの口から、安堵のため息が漏れたのもやむを得ないことだろう。
だが、その安堵と共に背後の様子を確認した彼らは、陣地変換に取り掛かっていたリニア自走砲部隊に舞い降りた災厄を目の当たりにすることになる。
ストライクダガー部隊が己がシールドを頼りに生き残るために必死になっていた時、リニア自走砲部隊も自らが生き残るための戦いを開始していたのだ。
驟雨のごとく押し寄せる子爆弾のうち、はずれたものが小さな砂柱を次々と、まるで妖精が遊んでいるかのように砂漠に描く中、見事に装甲車両の真上に命中した子爆弾も幾つも存在した。
成形炸薬の爆発によって目標上空でばら撒かれた子爆弾は、その小さな外見にもかかわらず装甲貫通力は優に厚さ10cmの複合装甲を貫くだけの威力を持つ。。
これは、地球連合軍に配備されている装甲戦闘車両のほぼ全ての上部装甲を貫くのに充分な威力であった。
そして降り注いだ子爆弾はその性能をカタログ通りにいかんなく発揮し、装甲によって守られている内部へと侵入する。
いつの時代においても重量の関係から前面や側面に比べて薄い厚さしかない上面装甲は、それでも性能限界まで耐えに耐えた。そして破断界を迎えた後、最初から存在しなかったかのように侵入者へと入口を開いた。
自らを邪魔する最大の関門を突破し、内部へと侵入した高熱のメタルジェットは、邪魔するもの皆を全てなぎ払うかのように飲み込んでいく。
備品も弾薬も、そしてアミノ酸とたんぱく質を中心に構成される生命体、すなわち人間も、一切を差別することなくその奔流に飲み込んだ次の瞬間、内部の弾薬が誘爆し黒煙を車体各所から噴き上げる。
内部を焼き尽くされがっくりと命尽きた車両がそれまでの惰性を失い、それこそ本当に命を失ったかのように停止する。
あるいは、車体後部に命中した子爆弾がパワーパックを直撃し、擬似的なスペースドアーマーとして乗員の命を助ける代わりに戦闘車両としての寿命を終焉へと導く。息の根を止められた車両から命からがら脱出した乗員たちは、降り注ぐ子爆弾によって傷つき倒れていく。
そんな中、一部の熟練兵が操るリニア自走砲は、機動性能の低下を承知の上で自らの上部に土のうを括りつけることで実質的な装甲厚を確保する車両もいた。
これは、炸裂弾を初めとする砲撃にはそれなりの効果を発揮し、特に相手が、比較的低火力しか持たない対ゲリラ戦闘や治安維持戦闘などにおいては非常に効果があるのだが、十二分に重火力を持つ相手との戦闘ではなかなか決断力の要る、一歩間違うと機動力不足で相手の砲撃にたこ殴りにされる恐れもある方法だった。
実際に一部の車両は子爆弾の命中による被害を土のうで防ぐことに成功していたので、この方法を真似る部隊が出ることは容易に予想できる。しかし、どれだけの経験不足の兵が、機動性の低下がもたらすデメリットを理解するかは予測が非常に困難であった。
そんな一部の例外を除いて、ザフトからもたらされた災厄は地球連合軍兵士たちの頭上に降り注ぐ。
そんな大きな被害を受けた連合軍の他の砲兵部隊は、仲間の仇討ちとばかり、より一層猛り狂って砲弾をザフト軍陣地へと送り込む。
人の認識を遥かに超える気が遠くなるほどの時間を掛けて造り上げられた山々の麓で、赤い血潮を持つ生き物たちは、自らの命を贄とする双方の重火力の協奏曲を奏で続けるのだった。
物理的な総合戦力に大きな開きがあることに比例して、砲戦力においても地球連合軍がザフトを凌駕する。動員されている兵力比ほどではないにしろ(人命を最重視するザフトの方が機械化率が高い)単純な数だけを比較するのであれば、この戦場における砲撃戦を制するのは地球連合であったという計算結果が出ていただろう。
しかしながら、それなりに起伏があるとはいえ平野部に展開する地球連合軍と丘陵地帯の防御陣地に潜んだザフト軍では、互いの火力の応酬による被害への耐久力が桁違いに違う。
続々と損傷が増加し続ける地球連合軍砲兵部隊は、射撃時間を短縮し、頻繁に陣地転換を行うことで被害の低減に努めざるを得ない。
結果として、ザフトに対して砲撃を行っている車両の数は相対的に減少し、双方の戦力差が数字ほどには表れなくなっていた。
やがて、相対的に互角の状況で延々と続く火力の応酬は、双方に発生した損害もあって徐々に数を減らしつつあった。
周囲を満たしていた戦場音楽が、その音色を穏やかに変えたと思えるようになり、実際に双方の砲撃合戦が一段落したころ、地球連合軍の第一陣が要塞陣地目掛けて進撃を始めた。
砲撃および燃料気化爆弾や集束爆弾、地雷掃討用のロケット弾などにより障害物は大方除去されたと現場指揮官が判断したのだろう。
ザフトの防御陣地に押し寄せる第一陣の先端に位置するのは、ストライクダガーとリニアガンタンクの混成部隊である。
ストライクダガーはシールドを正面に構え、重々しい足音と共に、リニアガンタンクは主砲をまるで騎士の持つ槍の如く振り立てて進撃する。直線行動を避け歪な蛇行を繰り返しつつ、両者とも走行間射撃を行いながら出しうる全速力を振り絞っている。
そんな前進する部隊を掩護するためだろう、それまでの重砲の着弾位置とはやや異なる箇所に着弾した砲弾から勢いよく白煙が噴き出している。
それは、まるで掴み取れそうなほどの密度を持つ煙幕であった。
しかも、熱映像を撹乱する粒子まで封入されているため、敵の照準を著しく阻害する役割を果たしている。
この隙に、敵陣地へと取り付くのだろう。
使い古された手段だが、それだけに堅実ともいえる。
実際、明らかに敵の命中率は煙幕展開前と比べて落ちているように見える。
突進する部隊も今のうちにとばかり、それまでを上回る速度を搾り出すようにひたすら前へと進んでいる。
このままいけば、それほど被害を出すことなく取り付くことができるかと一部の人間が皮算用を弾き始めた瞬間、敵陣からこれまでとは違う弾道を描く砲撃が行われ始めた。
高く高く、天まで上れとばかり上昇した砲弾は、やがて頂点まで達すると下降へと転じた。
その角度を計算する限り、標的は現在進撃を続けている第一陣だろう。
やがて、勢いよく落下してきた砲弾は、鳳仙花が弾けるように内部のものを地上へ向けてばら撒いた。
ばら撒かれた小さな物体は、わずかに第一陣の手前を覆うように地上へと落着する。
それをセンサーで捉えたMSは、一部の部隊は慌てたようにシールドを上に向け落下物を防ぎ、またある部隊は背部のスラスターを噴かすと、物体が広がった範囲を飛び越えようとする。だが、あまりにも急なジャンプであったため、推力調整を間違えたであろうMSが数機、それほど距離を稼げずに地上へと引き戻された。
と同時に着地した足元で小さな爆発が複数回起こる。
リニア自走砲部隊と砲撃戦を繰り返している部隊とは別の、比較的口径の小さい、その分ロケット弾搭載数の多い別の多連装ロケットシステムによって撃ち出された散布式地雷が、想定された閾値を超える圧力を検知して内部の炸薬を破裂させたのだ。
二足歩行を行うMSにとって、脚部の損傷は機動力を根こそぎ奪われる致命的な損傷に等しい。陸に上がった河童にも劣る存在でありながら止めを刺されていないのは煙幕のおかげでしかない。
擱座したストライクダガーのコックピットハッチが開き、パイロットが慌てて出てくると、昇降装置を使って地面に降り立つ。中には慌てるあまりハッチから飛び降り脚を骨折する粗忽者もいるようだ。実戦経験の少なさが冷静さを奪っていることの何よりの証であろう。
MS部隊だけでなく、広くばら撒かれた散布地雷は進撃中だったリニアガンタンクの履帯と転輪を吹き飛ばし、そこかしこで斜めに傾いた状態で停止した車両がかなりの数見受けられた。
だが、地球連合軍の進撃は止まらない。
一定の被害を受けるのは考慮済みである上、それに対処するためにあらかじめ第一陣に組み込まれていた地雷除去車両がずずいと前へと繰り出す。
二本のブームに支えられたシャフトがぐるぐると回り始め、シャフトに接続されている数十本のチェーンが唸りを上げて地面を叩く。
あるいは前に突き出されたフレームに支えられた巨大な金属製のローラーが地面を転がり始める。
ほどなく、地雷除去車両の前方で立て続けに爆発が起こり、大量の土砂が噴き上げられ始める。
自らを叩いたチェーンのみを道ずれに地雷は無念の爆発を起こす。
ローラーに圧し掛かられた地雷は、起爆によってローラーの表面に傷を付け、さらに緩衝用のゴムに負荷を掛けたのを最後に消え去る。
さらに、その後ろに隠れていた車両が背負っていた爆導索を発射し、数百メートルに渡る爆薬でできたロープが一気に地雷源の啓開を行う。そして、発射した車両は、直ちに後退し爆導索の補充に向かう。
形成された侵入路には他の地雷除去車両が突入し、ローラーを回しあるいはチェーンを振り回し、進入路の拡張に努めている。
一方、既存のリニアガンタンクに機動性能低下を覚悟の上で装備されたドーザーブレードを展開した車両の後ろにずらりと並ぶように続く他の車両は、可能な限り前方に展開したMS部隊に追いつこうとやきもきしながら進んでいる。
一部の車両は、一か八かの賭けに出たのか、あるいは経験の少ない戦車兵が戦場の重圧に耐えられなかったのか、一気に地雷原を突破しようとブレード付きの車両を追い越すように加速していったが、ほとんどの車両は地雷原を越える前に履帯を吹き飛ばされトーチカ役を務めることになってしまった。
無事抜けることができたのは、本当に一握りの幸運の女神の手を掴むことに成功したものたちだけだった。
砲撃によって誘爆させられた地雷の爆炎と、噴き上げられたまま空中に漂う土埃で視界は著しく悪化している。
下火になったとはいえ、降り注ぎ続ける砲兵部隊から放たれる重砲弾。
インターセプトをかいくぐり、面制圧兵器を叩き付けていく戦闘爆撃機。
だが、それらの理由は今そこにある極上の獲物をみすみす見逃す理由としてはいずれも弱かった。
陣地の各所からミサイルランチャーが顔をのぞかせ、次々と炎を煌めかせる矢が発射される。
放たれた矢は、画像識別にも赤外線センサーにろくな情報を得ることができないまま、白い煙幕の壁の中へただ真っ直ぐに飛翔する。
そして、突入したミサイルは純粋な確率論に従って命中するものと外れるものに分かれた。
直撃と誘爆の爆発力で砲塔を叩き落とされ、炎上しているリニアガンタンクがいる。
ドーザーブレードを破壊され、その破片が履帯を切断したらしく、動きを止めているリニアガンタンクがいる。
転輪と履帯を周囲にばら撒き、内部をさらけ出したまま傾いているリニアガンタンクがいる。
そして、ザフトからのミサイル攻撃を契機として、即席地雷原の啓開作業を行っている車両群を間に挟んで、一段落していた砲撃戦が再び激しさを増していく。
地上に落下した砲弾は大量の土砂を巻き上げ、目標を捕らえた砲弾は黒煙と火焔を噴き上げさせている。
軟目標用の榴弾が、至近距離に落下し擱座したリニアガンタンクから脱出した兵員を無数の破片によって切り刻み、あるいは爆風によって吹き飛ばす。運悪く地雷の上に吹き飛ばされた兵は、そのまま人体の一部を永遠に失ってしまう。
むろん、目標となるのはリニアガンタンクだけではない。
ブームの間からシャフトが吹き飛ばされ、結び付けられている多数のチェーンがメデューサのの頭髪のようにくねりながら宙を舞う。
フレームを引きちぎられたローラーが、地面の起伏に沿って宛てもなく転がっていく。
それでも地雷原を啓開する地雷除去車両たちはけなげに作業を続ける。それもこれも自立型AIによる無人車両だからこそであろう。そう、無人兵器の活用はザフトの専売特許というわけではないのだ。
もっともそれによって地雷原啓開作業が停滞しつつあるのは事実だった。
そのため、危険ではあるが大隊あるいは連隊単位で配備されている直属の砲兵部隊に連絡を取り、味方の車両ぎりぎりに砲撃を打ち込む荒っぽいことを行う部隊も現れているほどである。
案の定、流れ弾が同士討ちを引き起こしているが、その部隊の指揮官は許容範囲内の損害と割り切ったのだろう。再び車両群が動き出し、ザフト軍陣地へと進軍していく。もっとも、荒っぽいだけに完全な啓開など不可能で、進軍を再開した車両の一部は生き残っていた地雷によって擱座するという状況も引き起こされいた。
その様子を見て、他の部隊も覚悟を決めたのか、次々と味方ぎりぎりへの危険な砲撃が行われる。砲撃によって地雷の誘爆が連続し、地表で起きた爆発と地中で起きた爆発が合わさって、一際強烈な爆風が荒れ狂っている。
そして、複数箇所で発生した暴風が結びつき、あるいは衝突し、無秩序な暴風を、地表付近に荒れ狂わせる。それは装甲車両を揺るがすほどの威力を持っている
張り巡らされていたピアノ線は随所で引きちぎられ、あるいは杭ごと根こそぎにされている。そこに前後左右から苛烈な爆風が叩き付けられると、鞭のように舞い踊った。
連合軍の必死の作業を妨害するように新たな散布地雷を詰め込まれた弾頭が打ち込まれてくる。
守るほうも攻めるほうも、持てる兵器を次から次へと注ぎ込むかのように戦場へと送り込んでいる。
「ほう。なるほどな」
その様子を未だ後方でモニター越しに見守っていたギナだったがわずかに感心したような声を上げる。
「どうした大将?」
ギナに対してハレルソンが尋ねる。
「何、ザフトのアフリカ方面軍は軍需物資の蓄積に難があると聞いていたが、どうやら自前で何とかしたようなのでな」
「はあ?」
けげんな声をハレルソンが上げるが、ギナはそれ以上特に何も話そうとはしなかった。
そんな、ギナの搭乗するコックピットのサブモニターには、望遠カメラで捉えることのできた小型のロケットランチャーを多数背負った車両がしっかりと映し出されている。
そして、ギナにはその姿かたちに見覚えがあった。
早速検索してみるとライブラリーが照合した結果は、予想通り赤道連合製の輸出向け車両と合致していた。
その車両は、赤道連合がプラント理事国に対抗して製造した、安価で数を揃えやすく、整備性も高い上に、必要とされる運用スキルが低いという隠れたベストセラーと呼ばれるほどの売り上げを記録しているものだった。
過去何度も証明されているように、高性能兵器だけが売れるわけではないという事実のひとつであるが、それがここにあるということは、何らかのルートを経由してザフトに赤道連合の軍需物資が流れ込んでいる、あるいは地下のマーケットと接触があるというひとつの証明でもあった。
それをザフトアフリカ方面軍が物資の不足を自力で何とかしようとしたものと推察し、さらに兵器だけでなくそれ以外にも様々なものが流れ込んでいる可能性が高いと判断した上での先のギナの発言だったのである。
そんなやり取りが繰り返されている間も、硝煙と炎と黒煙と砂塵の輪舞曲は華々しく踊り続けている。
再びザフトから多連装ロケットシステムにより散布地雷がばら撒かれる。
ただし、連合軍砲兵部隊の阻止砲撃により先ほどのように均一に広い範囲にばら撒くというわけにはいかなかったようだ。慣性誘導装置などを組み込んでいない簡易型のシステムでは元々命中率など論ずるに値しないが、かなりのむらができた分布になっている。もっとも、阻止砲撃に戦力を割いた分、純粋な砲撃戦では連合軍がやや押され気味にるというデメリットを被っていたが、戦場全体からみるとそれだけの価値はあったろう。
その証拠である防御陣地内部に取り付くことに成功したストライクダガーが、指揮官の命令に従い陣地内部の防御兵器を破壊する。
土煙や黒煙と共に自動化され迫り来る連合軍に向けられていた迫撃砲や対戦車砲が次々と破壊され、あるいはストライクダガーに踏み潰されていく。
防御陣地の火力がストライクダガーの活躍が続くにつれ徐々に弱まっていき、その分、後続の進撃を間接的に掩護する。
その掩護により、地雷原を運良く抜けてきたリニアガンタンクも陣地の蹂躙に加わる。
さらに後続として、地雷除去車両が強引に道筋をつけた跡を通ってきた歩兵戦闘車から続々と歩兵が降り立ち、そのまま陣地内部へと浸透していく。
数が増え、徐々に取り付いた範囲が広がると共に、攻撃側の連合軍が被ってきた損害をこの場で叩き返してやるとばかりに周囲を蹂躙しまくる混成部隊。
そんな破壊の渦からこれまで自動化兵器のコントロールを深い壕に収まり集中管理していた車両群が我先にと後退していく。
それを逃すものかとストライクダガーがビームライフルを構えた時に、それは襲ってきた。
胴体に高初速砲弾の直撃を受けたストライクダガーが一瞬で火達磨になり、その場に擱座する。
擱座した車体を避けるため、側面を見せたリニアガンタンクが即座に貫通され、車体内で爆発を起こし、黒煙と炎と共に砲塔が高々と舞い上がる。
正面から直撃弾を浴びたストライクダガーは、刀で首をはねられたかのように一瞬にして頭部が消失する。
至近弾を喰らった車両が、背伸びをするように車体全体がのけぞる。そこに横合いから新たな直撃弾を食らうと、火達磨になりながら横転し、巨大な炎のオブジェと化した。
地球連合軍が数において勝り曲がりなりにもMS部隊を運用している以上、陣地に取り付かれることはザフトにとって織り込み済みであった。
だからこそ、それに対抗するために取り付いた部隊を射程に収める位置へと多数のザウートをカモフラージュしたまま配備しておいたのだ。
一時的な視野狭窄を起こし、手近な敵戦力掃討に気を取られている連合軍機甲部隊の先鋒に対し、満を持していたザウートが腹に響く音と共に砲弾を発射した。
そのまま着弾位置を確認することなく次々とザウートのキャノン砲が火を噴く。
獲物はそれこそ十分にいた。
ためらいなど不要だった。
そして躊躇いなど微塵もないザフトのMSパイロットたちはここぞとばかりに最高の技量を発揮し、怒涛の水平射撃を繰り出していく。
弾丸の津波をその身で受け止めることになった地球連合軍のストライクダガー及びリニアガンタンクはみるみるうちにその数を減らしていく。
戦術がつぼに入った際に起こる、戦場の虐殺が現出していた。
その虐殺を演出する立役者となったTFA−2ザウートは人型形態と戦車形態の2通りの変形が可能だが、今回は戦車形態で戦闘に参加している。
ザウートは地球進攻初期から投入しているザフトの地上用量産型MSのひとつで、後方からの火力支援を主な戦い方とする。元々はジンより前世代の作業用MSをベースに開発した砲撃戦用可変MSであり、実際のところMSと言うより、戦車、それも第二次世界大戦後に廃れた超重戦車に近い。
さらに開戦から一年以上が過ぎた時点では旧式化が進んでおり、火力こそ絶大なのだが、動きが鈍重で直接的な攻撃に弱く、兵士からの評判はあまりよくない。事実、砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルドも、補充で送られてきたザウートを見て嘆いたことは記憶に新しい。
だが、バクゥに比べ運動性や機動力において圧倒的に劣るザウートだったが、唯一火力だけはバクゥに圧倒するだけのポテンシャルを持つ。
そして、今はその圧倒的な火力が十二分にものを言っていた。
両肩部に装備された2連キャノン砲は息を吐かせず砲弾を吐き出し続け、同時に両腕の2連副砲も当たるを幸いとばかりに目標めがけて休むことなく連射を続けている。
さらに携帯武器である重突撃機銃も吼え続けており、まるで丘陵地帯に局所的な活火山が出現したかののごとく荒れ狂っているといえる。
例え旧式化しつつあったとしても、固定陣地に入り得意の砲撃戦を行う限り決して侮れない敵手であることをその機体の全身で証明していた。
そしてそのことを最も深く理解した、いや理解させられたのは標的とされた混成部隊であったろう。
リニアガンダンクの車体に命中の火点が閃くと同時に、そこが黒々とした穴に変わり、うっすらと黒煙が立ち昇る。
掲げるシールドからはみ出ていた頭部に命中し、ギロチンに掛けられた罪人のように首から上を失いよろめくストライクダガー。
回避するリニアガンタンクの背後を火箭が襲い、背面装甲をぶち抜き、エンジンブロックをむしり取り、文字通り尻に火が着く。
脚部に命中し、膝から下を失いもんどりうって倒れるMS。その下敷きとなって、文字通り巨人に押し潰されるリニアガンタンク。
砲声、命中弾の音、エンジン音、履帯音、断末魔の兵士が上げる絶叫、雄叫び、怒号といった無数の音源が、渾然一体となって、戦場を揺るがしている。
さらにザウートの攻撃が襲い掛かっているのは機甲戦力だけではない。
四方八方から飛んでくる無数の弾片が、士官、下士官、一般兵の身分を問わず、死神の鎌のごとく命を刈り取り、ただの肉片へと変える。
そして、同時に沸き立つ炎が、黒焦げのたんぱく質の塊へと更なる変化を強要する。
見る見るうちに死が量産されていく。
撃破され鉄製の残骸と化した周辺には、引きちぎられた履帯の断片や千切れ飛んだ装甲板の一部、外れた砲身、ねじれ曲がった同軸機関銃、公園に置き去りにされたボールのように転がっているMSの頭部、寝転がるように四肢を投げ出したまま胴部に巨大な穴を開けているストライクダガー、墓標のように地面に突き刺さっているビームライフルなどが、泥濘にまみれて散らばっている。そして、さらによく見れば、黒焦げになった肉片や骨のかけらが散乱している様も見ることができる。
むろん、連合軍も反撃している。
ザフトによる十字砲火の火箭を潜り、ストライクダガーの放ったビームにあるいはリニアガンタンクの高速徹甲弾に貫かれ、何機ものザウートが攻撃力を失い沈黙を余儀なくされている。
だが、罠を張っていたものと罠に掛かったもの。
その差は誰の目にも歴然としていた。
真夏の太陽の下に置かれた氷柱が見る間に溶解していくかのように、敵陣地に取り付きながらも次々と屍を晒しつつある連合軍第一陣。このまま放っておいては、真夏の炎天下に放り出された雪だるまのごとく全てが水泡と化してしまうかもしれない。
いくつもの地点で敵陣地を食い破ったと喜んでいた東部方面軍司令部は、当初のそれがぬか喜びでしかなかったことを否応なく悟らされ、さらに予想をはるかに上回る機甲戦力の損耗を苦慮させられ、タイムスケジュールを繰り上げ、直ちに第二陣の投入を決断せざるを得なかった。
司令部の下した判断を、通信部門の担当者が慌しく動き回り、控えている部隊へ連絡を回していく。
連絡を受けた部隊では、予定より早い行動に若干混乱する部隊も出ていたが、概ねスムーズに動き出し始めていた。そして動き出し始めた部隊の中には、大西洋連邦からの応援部隊も含まれていた。
「さっさと用件だけ伝えればよいものを。愚物が」
既に消し去ったモニターの向こう側にいるはずの自分達に対する出撃要請をくどくどと言い訳がましく伝えてきたユーラシア連邦の士官に対して辛らつな口調で吐き捨てる。
だが、これで目の前の戦場ををただ眺めているだけの退屈な時間から開放されることは確かだ。
それを考えると、先の愚物の長話もどうでもよいことと切り捨てる。
そして、自分の命令を待っている者たちにただ一言必要とすることばを通信機を通して告げる。
「命令が下った。往くぞ」
「待ってたぜ」
「了解」
戦闘可能時間の可能な限り大きくするために、ぎりぎりまで電源車に接続されていたケーブルが音を立てて外れる。
枷を取り払われ、屈んでいた鋼鉄の巨人たちがゆっくりと身を起こすさまはまるで神話の一幕のようでもあった。
「我らが突破するのは予定通り敵左側の陣地だ。
その他も特に変更はない。
各自、作戦命令通りに行動せよ」
全機がバッテリー駆動に問題なく移行したことをチェックリストで確認しつつ指示を下す。
「正面と右側はこれまで通り連中にお任せでいいのか?
結構苦戦しているように見えるが?」
「放っておけ。自らの不始末は自らでつけさせろ」
「分かったぜ」
「敵砲撃、来ます」
「突撃せよ」
新たに戦術行動を起こした部隊をいち早く捉えたザフトの砲撃が来る。ただ、砲撃戦のさなかであるため数は多くない。
牽制に等しいそれをMSの持つ機動力で振り切りながら、ロンド・ギナ・サハクの静かなそれでいて熱を孕んだ進撃命令と共に、軍団はそれまでの沈黙を破り、敵左側陣地へ助攻を行っていた第一陣の攻略部隊をすり抜けるように怒涛の勢いで要塞へと進軍する。
それを阻止せんと、ザフト軍陣地から砲火が向けられるが直接照準が付けられない分、命中精度が著しく低下している。Nジャマーによって対人・対物レーダーが精密射撃に必要なパラメータを産出できなくなって久しく、変わりに画像及び熱映像系の技術を用いて砲戦は行われているが、展張されている煙幕は熱映像を撹乱する素子を含んでいるため、まともに使用できない。画像追尾式についてはいわずもがなだ。
それでも、砲撃は間断なく続けられる。
例え照準が狂わせられようとも、確率論に従った命中を見込めることに変わりはないからだ。
そこかしこで、運悪くめくら撃ちの射撃に被弾した機体や車両がくしの歯が欠けるように隊列から消えていく。
「お前たちは私が開けた突破口に続け」
そう言い捨てると、ギナはスロットルを大きく開いた。
機体各所のスラスターが命令に従って噴射を開始し、ゴールドフレーム天を空へと押し上げる。
「ミラージュコロイド展開」
即座に散布されたコロイド粒子が、磁場の導きに従い機体各所に定着し、ゴールドフレーム天はまるで空に溶け込むようにその姿を消していく。
最後に強大なスラスターの噴射を行うと、その姿は完全に視界から消え去った。
ミラージュコロイドを唯一観測可能な赤外線は、煙幕によって撹乱されており、まぐれ当たりを除けばゴールドフレーム天が被弾する可能性は低い。
単独で敵陣に切り込む侵攻用の機体として開発されたGAT-X207ブリッツの系譜に連なる機体として水を得た魚といえよう。
そして、操縦するギナ自身がこんなところで被弾することなど微塵も心配してはいない。
砂塵を巻き上げない程度の低空を、背後にわずかなスラスター炎を引きながら加速してきたゴールドフレーム天は、ほとんど減速することなしにザフトの陣地のやや奥へと突入する。
そして、事前にセンサーで見つけていた敵機のうち、正面に捉えた機体に攻盾システム「トリケロス改」を文字通りに叩き込む。
大質量の金属同士が激しくぶつかりあう轟音が砂漠の大気を派手に揺さぶる。
ほぼ完全に近い奇襲による直撃でザウートを撃破するのと同時に、追撃と周囲への牽制を兼ねてイーゲルシュテルンで掃討する。
なぎ払うように火の雨が周囲に降り注ぐ。
トリケロス改によって開けられた破口に、追撃を喰らった敵機が派手に黒煙を上げながら爆発する。
ミラージュコロイドは展開したままだが、それだけ派手に戦闘を行えば隠蔽の効果などあってなきがごとし。
砂漠戦用のジンがこちらに向かって発砲してくるのを、攻撃を一時中止して避ける。
「ジン・オーカーか。
悪い機体ではないが、私の相手としては役者不足だな」
そう呟くと、機体を迫るMSに正対させる。
TMF/S−3ジン砂漠戦仕様は、通称をジン・オーカーと呼ばれるザフト軍の主力MSジンをベースに開発された派生機であり、その本来の目的は、地上戦用四足歩行型MSバクゥの戦術支援にある。
オーカー・タイプには、バクゥとの共同運用を可能にするための様々な改装が施されている。最大の変更点は、運用範囲を地上に限定したことで不要となった機動スラスターおよび冷却系などの宇宙戦装備の全面撤去と、その結果生じた空きスペースへの補助電源の搭載である。
追加バッテリーとガスタービン発電機の装備により、オーカー・タイプはオリジナルのジンを大きく凌ぐ駆動時間の延伸を実現した。この他、外見上の特徴として挙げられるのがオリジナルと比べて飛躍的に重要性を増した各部エアインテイクへの防塵フィルターの増設と、駆動部に対するフレキシブル・パーツ類の追加措置である。
頭部のセンサー・アレイは、地上での全天候性能向上を図るため、全面的な見直しが行われている。具体的には低光量テレビの性能強化と、新規に装備されたメインカメラ同軸の超音波タイトビームスキャナーおよびパルス圧縮地中レーダーである。後者は砂嵐に対処するためのもので、砂漠専用機ならではの特筆すべき装備といえよう。
脚部には、接地面積を拡大し地盤の不安定な砂地での運動性を向上させるための折りたたみ式補助接地プレートが装備されている。この他、外見上には表れていないが機動プログラムの調整に加え、内装サスペンションのバネレートやダンピング比など、各種パラメータの変更と再設定が行われている。
他の新規装備としては、右肩部設けられた3連装スモーク・ディスチャージャーと、左右の腰部に増設された多目的コンテナがある。このコンテナには主に予備弾薬や食料・飲料水、消耗部品などを格納し、長期間の作戦行動に役立つようになっている。
砂漠での戦闘に特化した局地戦用MSといってもあながち間違いではない。
そんなジン・オーカーに対して、先に叩き込んだトリケロス改を手元に引き戻すと同時に、ゴールドフレーム天が両手にビームサーベルを引き抜く。
そのままミラージュコロイドの展開を中止し、その見るものによっては禍々しい姿にも精悍極まりない姿にも見える機体を陽光の下にさらけ出す。
と同時にフルブーストで一気に相手の懐へと踏み込んだ。
コックピットのギナに圧し掛かるようなGが加わる。
列強各国が生産したMSの中でも特に機動性に優れるアストレイシリーズの系譜に連なるゴールドフレーム天の加速はその血統に恥じないものを見せ付ける。
まるで一筋の閃光のように相手に向かって突進するゴールドフレーム天。
予想を遥かに上回るスピードにジン・オーカーの対処が遅れる。
それでも名だたるザフトアフリカ方面軍に所属する兵士が、木偶のように倒されることはない。
反応が遅れた分、距離が近くなりすぎ射撃では相手を止められないと咄嗟に判断した機体が、手に持った重突撃銃をそのままギナに向かってぶん投げるという荒業に出た。
「むっ!?」
咄嗟に右腕を盾のようにかざす。
飛んできた重突撃銃は、激しい衝撃と重低音を道連れに脇へと弾かれた。
「やってくれる!」
幸いにして右腕にのみ装備されているPS装甲の防御力によってダメージらしいダメージはない。
衝撃によってわずかに進路がぶれたが、既にカウンターをあて元へと戻している。
重突撃銃を放った敵機は既に指呼の間だ。
防御のために掲げていた右腕を突き出すように切り掛かる。
と見せて、重心をずらし左腕のビームサーベルを切り上げる形で相手の胴部に叩き込む。
最初のフェイントにつられていたジン・オーカーは本命の斬撃を避けきれない。
装甲版とビームサーベルが接触し、眩い火花が盛大に飛び散る。
が、ジン・オーカーは最後まで抵抗を諦めず、装甲板を切り裂かれつつも強引に機体を捻ることでぎりぎりのところで致命傷を受けるのを免れた。
その執念はギナをもってしても見事というほかはない。
もっとも、胴部脇から切り上げられたビームサーベルがコックピットを直撃しなかったというだけであって戦闘不能状態に陥ったことに違いはなかった。
瞬時に、敵機の陥った状態を読み取ったギナは、切り払いの勢いを殺すことなく機体を旋回させ、もう一機のジン・オーカーへと右手のビームサーベルを横様になぎ払う。
それを抜き放たれたジン・オーカーのビームサーベルが受け止める。
コロイド場によって形成される刃が周囲の大気を攪拌し、零れ落ちるエネルギー粒子が砂漠の熱風をより熱くする。
「ほう。ジン・オーカーの装備にビームサーベルはなかったはずだが。
既存の機体でも扱えるビーム兵器を既に前線に投入していたか」
受け止められるとは思っていなかったギナが、ショックアブソーバーでも吸収しきれない戦闘機動による激しい振動を全く感じさせず、そうごちながら絶妙の重心移動で右腕を引き戻しながら円を描くように左のビームサーベルを流れるように振り抜く。
ゴールドフレーム天の重心移動によってほんのわずかに前のめりになっていたジン・オーカーは、自らの右腕を犠牲にすることでその攻撃を防ぐ。
が、そのまま一回転してまるでバックハンドブローのように襲い掛かってきた右のビームサーベルを防ぎきれず、頭部を切り飛ばされる。
ギナは、自らが切り飛ばした頭部が重力に引かれ地面につく前にその場を飛びさすり追撃に備える。
右腕と頭部を失った胴体部にも損傷を受けたジン・オーカーがよろよろと後ろへよろめき、そのまま崩れ落ちるように倒れる。
全高18メートルを超える人型兵器が倒れるその衝撃は、局所的な地鳴りとなって大地を揺らす。
そんな自分の戦果をよそに、両腕にビームサーベルを構え、胸部から開放された熱排気を手負いの獣の咆哮のように吐き出しながら、油断なく周囲の状況を伺うゴールドフレーム天。
王者のごとく戦場に君臨する漆黒のMSの姿に、ほんの束の間戦場を静寂が支配した。
が、我に返り、瞬く間に三機のMSを沈黙させられたザフト軍防御陣地に無音の衝撃が走る。
そして、相手が並みならぬパイロットであると認識した彼らは、その脅威を叩き潰すべく行動に移る。
数機のジン・オーカーがシールドを掲げつつ、投網が広がるように散開していく。
そして、逃げ場のないように着実に広げた包囲網を縮めようとするザフトMS部隊であったが、注意をゴールドフレーム天に向けすぎていた。
一部の機体が、はっとしたように機体の向きを変えようとするのをみながら、
「いい判断だ。だが、遅い」
静かにそう告げるように言うギナに応えるかのように、赤い流星がその場に飛び込んで来る。
「いーーーやっっっっっほう!」
飛び込みざまに手近にいたジン・オーカーに巨大な剣が振り下ろされる。
標的となった機体は避けようとするも、相手のあまりの素早さに右の肩口から斜めに切り下ろすように上半身が切り飛ばされる。
続けて切り返しざまに、下半身の脚部が両方ともばっさりと切断される。
あまりの早業に動揺したのか、ゴールドフレーム天を包囲する部隊の反応が鈍った瞬間、光の奔流が包囲網の左側の一角を飲み込んだ。
「敵包囲網の分断に成功。
戦闘目標を変更する」
淡々とした声音と共にもう1機のソードカラミティが戦場へと飛び込んでくる。
「このまま敵を蹴散らす。
両翼を固めろ」
「わかったぜ」
「了解」
全ては計算どおりという雰囲気を漂わせた声音で命じるギナにそれぞれが応える。
素早くゴールドフレーム天を先頭に、両脇をソードカラミティが押さえたパンツァーカイルを形成する3機。
そして、躊躇することなく敵MS部隊へと切り込んでいく。
それにやや遅れて続くストライクダガー部隊。
それを阻止せんと立ちはだかるザフト軍MS部隊。
真っ向からぶつかった両者の間で、一瞬のうちに何十という大規模なMS戦闘が発生することとなった。
防御陣地正面で、砂塵の向こうに、めくるめく閃光が幾つもきらめいた。
太陽がまぶしいほどに降り注ぐ下にありながら、まるで無数の蛍が乱舞するような光が、北から南へ、あるいは東から西へ、目まぐるしく往復し、光のイルミネーションを構築する。
その光ひとつひとつの下でいったいどれだけの命が失われていくのか、誰も知るものはいなかった。
「諸君、忙しい所集まってくれたことに感謝する。
だが、時間は有限だ。直ちに討議に入りたいがよろしいか」
正面に位置する席に座したレイ・ユウキは周囲を見渡しながらそう告げる。
彼に集まっている視線に反対の雰囲気はない。
「特に異論はないようなので会議を開始する。
では、まとめの意味を含めて、現在までに判明していることについて司令部から説明を行いたいと思う」
視線を横の参謀に向けつつ、進行を求める。
それを受けた参謀が立ち上がり、中央部に立体的な宙域情報や戦術情報を中心とした地球圏全体の図を映し出しながら説明を始めた。
「では、基本的なことから報告させていただきます。
昨日未明、月面プトレマイオスクレーターより地球連合宇宙艦隊発進の至急報が入りました。
その報を受け取った統合作戦本部は直ちに詳細な情報を集めるよう指令を下し、月面付近及びラグランジュ1に張り付いている情報収集艦がその任に就いております。
その後送られてきた情報により判明した敵艦隊の艦艇数は全部で24隻。
ラグランジュ1をラグランジュ4方向に迂回する、連合輸送船団の定期便と同様の航路を取りつつ地球に向かって進んでおります」
説明が進むと同時に、立体図に月から赤い矢印が中央の地球に向かって右に曲がりながら伸び始める。
「出撃した艦隊の内訳はネルソン級5、ドレイク級20です。
アガメムノン級は確認されておりません」
「現在判明していることは以上だ」
参謀の説明が終わると同時にユウキが後をつなぐ。
「約半個艦隊・・・・・・中途半端な数だけに判断が分かれるところだ」
ユウキの発言に何人かが頷く。
「今、この時期に半個艦を出撃させる意図が掴み難いが、まあ、それはいい。
基本的な状況は認識してもらえたと思う。
問題は、我々がこの艦隊に対してどのような対応を取るかということにある。
もし仮にこの艦隊を迎撃するとした場合、回せる部隊はどれほどある?」
「通商破壊の任についている部隊を回すことになります。
現時点では、ウルフ12及びウルフ16が戦闘可能宙域に存在しますが・・・」
それまで説明を続けてきた参謀がわずかに言葉を濁しつつ告げる。
無論、ユウキにも彼が何を慮っているのかは充分に分かっている。
さすがに戦力差が大きすぎるのだ。
約5ヶ月前の低軌道会戦では地球連合軍第8宇宙艦隊をわずかな数の艦艇で圧倒する戦闘能力を見せ付けたザフト宇宙艦隊だが、それは、文字通り第8艦隊がアークエンジェル護衛と避難民の受け渡しおよび補給のために低軌道まで艦艇を下げていたという条件付の艦隊戦だったからである。
掩護のためにアークエンジェルから発進したキラとムウが、重力に引かれる描写があったように、本来宇宙空間では発生しない上と下という概念が、低軌道では有効となったわけだ。
一歩間違えれば、重力によって大気圏に引きずり込まれるという状態で、かつ、上を取られ、さらに護衛対象が離脱するまでは脱出できないという極めつけのハンデ戦である。
いくら練度に段違いの差とMS部隊を有するというアドバンテージがあるとはいえ、そうでなければ勇猛をもって鳴るザフト将兵でも、あれほどの数の差(艦艇数だけをみるならば10倍以上)を引っくり返すことはさすがに出来はしない。
そういった事情を鑑みれば、この艦隊を迎撃するために、ナスカ級2隻で構成されているハンター部隊を差し向けるとしたら、相応の損害を覚悟しなければなるまい。なぜなら、通商破壊戦で行っている輸送船を守りながら戦うというハンデすらない、完全にフリーの状態の純粋な戦闘艦隊への攻撃なのだから。
「その2部隊のほかで、多少時間がかかっても回せる部隊は?」
「半日から1日以上の時間差がありますが、さらに3部隊が戦闘可能となります」
先の2部隊と合わせて合計5つの青の部隊を現すマークが宙域図に浮かび上がる。
「・・・敵艦隊の目標が未だ不明なのが問題だな。
最新情報による今の針路は?」
その問い掛けに対してモニター上の、月から伸びた赤い矢印が右に迂回する形で地球に向かう様子が点滅しながら描かれる。
「艦隊が分かれる様子はないか?あるいは他の部隊と合流する気配は?」
「現時点で、その報告は入っておりません」
「そうか」
それまでわずかに乗り出すようにして聞いていたユウキは、わずかに姿勢を正す。
少しざわついたような雰囲気が立ち込める。
集まったメンバーの中にあった情報の差異が解消され、互いの考えを手近な人間と相談しているものもいる。
だが、このまま意見を待っているほど悠長にするつもりはユウキにはなく、その視線をとある人物へと向ける。
「敵の目的について情報部では何か情報を掴んではいないのか?」
そのユウキの発言で、室内の視線が一点に集まる。
皆の注意を集めた情報部に所属するサマンサ・マクミランは、視線による重圧が物理的に作用しているかのようにたじろいだ様子を見せながらも、しっかりとユウキを見据え、
「現在も情報収集活動は継続していますが、残念ながら敵艦隊の目的についての確定情報は未だ集まっておりません」
と、柔らかなそれでいてよく通る声音で応えた。
「そうか・・・・・・」
今回の敵艦隊出撃が予想外のものであり、かつ事態が発生してから間もないため充分な情報を集めるだけの時間的余裕がなかったことを認識しているだけに、このような応答が返ってくることは事前に予想できていたことだが、それでも少々落胆してしまうのは避けられない。
だが、ユウキがそう思うのは少々早合点であったようだ。ゆえに、
「ですが、情報部直属のアナリストから現時点で判明している事柄に基づいた分析結果が既に上がってきており、一応の予測は立っています」
「・・・何?」
続けて発せられた彼女の言葉に、応答するのが一瞬遅れてしまう。
そんなあっさりとそれでいて重要な発言を成した情報部からの出席者により一層視線が集まった。
先ほどよりもさらに重圧を増した視線にサマンサはやや小柄な身体を竦めるようにして、
「よろしければ最初から説明したいのですが・・・
多少時間を頂くことになりますが、かまいませんか?」
と確認を求めるだけだった。
そしてこの会議の議長役を務めているレイ・ユウキにできることは
「ああ。よろしく頼む」
と承認するだけだった。
「現在の宇宙には、地球連合の標的となりうる箇所は4つ、いえ現時点という枠組みを考慮に入れるならば5つ存在します」
視線をユウキに向けたまま、自らの役目を何としても果たさねばという意気込みを感じさせつつ、静かにしかし毅然と判明している情報をつむぐ。
「まずひとつ目の標的として考えられるのは、ここ、プラント本土です」
その発言が成された直後、会議室にざわざわとした雰囲気が湧き出す。
幾人かの表情にはいくらなんでも極論過ぎるという色が浮かんで見える。
だが、ユウキは無言で周囲を黙らせるとそのままサマンサに続きを促した。
「しかしながら、今回の目的がプラントである可能性は極めて低いと分析結果では判断しています」
一番最初こそややたじろいだ様子を見せていたものの、説明が進むにつれ、周囲に臆することなくただ判明している情報だけを開陳し続けるサマンサ。
優しげな風貌からは分かりにくいが、意外に勝負度胸は据わっているのかもしれない。
「なぜなら、ご存知のようにプラント本土の防衛力は開戦時に比べて飛躍的に強化されているからです」
そう言いながらサマンサは手元の端末を操作し、プラントとその周辺宙域を拡大してモニターに呼び出す。
「資源衛星を改装したヤキン・ドゥーエ及び移送したボアズの両要塞によって形成される防衛線は、ちょっかいを掛けるだけで最低でも3個艦隊、本気で攻略を考えるならば5個艦隊は動員せねば突破することはできません」
ヤキン・ドゥーエとボアズに駐留する戦力をモニターに表示しながら説明を続ける。
「そして、地球連合宇宙軍の主戦力であるナンバーフリートは未だ戦闘によって負った損害を回復しきれてはおりません」
今度はモニターの表示を月に移動させながら、そう断言する。
そして今度の発言には、多くの人が腑に落ちたように頷くものが多い。
諜報/防諜面において、地球連合に一日の長を認めざるを得ないザフト情報部であったが、地球連合軍宇宙艦隊の現在の状況に関してはかなり正確に把握している。
もっともそれは、情報部の実力というよりも優秀なアナリストに負うところ大であった。
まあ実際のところ、プトレマイオスクレーターに搬入される資源・資材、工作機械、そして艤装のための各種部品などから宇宙艦隊の損害回復状況を類推することは、理数系に優れたコーディネイターのアナリストであれば易しい作業に入るだろう。
そんな諜報の対象となっている地球連合軍宇宙艦隊、通称ナンバーフリート。
それは地球連合宇宙軍のうち正規に艦隊ナンバーを付与された艦隊を指す。
一応建前では、地球連合に所属する各国の航宙艦によって構成される制度上の宇宙艦隊だが、プラント理事国の主導権争いを反映して、それぞれの国の航宙艦が1つの艦隊に集中しているのが実情である。
正規艦隊として第1から第8の8個艦隊から編成されており、1個艦隊あたりおおよそ50隻+α程度の航宙艦で構成するのが基本となっている。
政治的な母胎を反映して主導権争いなど寄せ集めとしての面も持っていたが、まぎれもなく今次大戦開戦前において地球圏最強を謳われた、人類の歴史上最大の航宙戦力を擁した戦闘集団であった。
あった・・・・・・
そう、過去形で語るべき存在なのだ、彼らは。
開戦当初の未曾有の巨大な宇宙艦隊も度重なるザフト宇宙軍との戦闘で多大なるダメージを受けており、現在の戦力は最盛期の頃とは雲泥の差がある有様である。
そんなナンバーフリートが開戦以降に被った損害状況を簡単にまとめると次のようになる。
第1艦隊:C.E.70年2月22日「世界樹攻防戦」にて半壊。残存艦艇を第3艦隊へ編入。
第2艦隊:C.E.70年2月22日「世界樹攻防戦」にて半壊。残存艦艇を第3艦隊へ編入。
第3艦隊:C.E.70年2月22日「世界樹攻防戦」にて半壊。第1、第2艦隊の残存艦艇を統合、再編成後、「グリマルディ戦線」に投入。
C.E.70年6月02日「グリマルディ戦線」にて壊滅。
第4艦隊:C.E.70年7月12日「新星攻防戦」にて半壊。
第5艦隊:C.E.70年4月17日「第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦」にて半壊。
第6艦隊:C.E.70年4月17日「第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦」にて半壊。
第7艦隊:C.E.70年7月12日「新星攻防戦」にて半壊。
第8艦隊:C.E.71年2月13日「低軌道会戦」にて壊滅。
こうして改めて大規模な会戦の結果をみると、開戦から1年間たらずで被った地球連合軍の損害の大きさには眼を覆うほかはない。
開戦初期の頃にほぼ2個艦隊を完全に喪失しており、残りの艦隊もその後に軒並み半壊状態に陥っている。さらに注目すべきなのは、完全損失となった艦艇数が間違いなく当初の半分である200隻を超えていることだろう。海面を航行する船は一定以上の損傷で沈没という終わりを迎えるが、航宙艦は気密と推進力を確保できさえすれば非常に高いサバイバビリティを発揮するにもかかわらずである。
さすがに、C.E.71年にも入ると補充艦艇によって再編成が進んでいたが、それでも第8艦隊が失われるなど、完全復活には未だ時間を必要としている状況にある。
自らの戦力回復のために苦しい台所事情の中から可能な限りの艦艇を地球との通商路保護に艦艇を割くことは行っているが、それ以外の艦隊活動は極めて低調というのがC.E.71年に入ってからの実情である。
しかも、C.E.71年4月以降にザフトが通商破壊戦を活発化させたため、なけなしの護衛艦艇もその被害状況を表すグラフは大きなカーブを描いて増大しているはずであった。
それを踏まえたサマンサの説明が続いている。
「彼らがこれまでのペースで戦力を回復していくと仮定すると完全回復するのは早くとも9月〜10月、遅ければC.E.72年以降になると見込まれています。
よって、この艦隊がプラント本土を突く可能性は極小であると断言してかまわないと思われます」
その分析にもあちこちで頷く姿が見られる。
連合軍の戦力回復については、総司令部を初めとして情報部だけではなく別系統も含めて(例えば連合の予算とか人事異動とか)あちこちで情報を収集しており、そこから得られた予測と大きなずれがないのだろう。
その間に、中央の立体スクリーンではプラントの存在するラグランジュ5には攻撃目標1とのマーキングがなされていた。
「二つ目の標的として考えられるのは、地球−プラント間を往復する輸送船団です」
コップの水で喉を潤し、集まる視線の重圧に慣れてきたのかしっかりとした声音で説明を続ける。
「食料供給プラントに改装されたユニウス6およびユニウス7〜10は、その生産量を順調に伸ばしつつありますが、プラント本土が必要とする量を全てまかなうには今しばらくの時間が必要とされているのはご承知の通りです」
端末から現在のプラント本土の食料自給率と今後の自給率の上昇過程をグラフにして、中央のスクリーンに呼び出す。
そこからは、植物工場における水耕栽培(主に葉野菜)の生産量増加率を初めとして、露地栽培を中心とした根野菜、巨大な生簀での魚の養殖、各種食肉などの主要カロリー源となるものは、いずれのグラフも全ての生産量が着実に上昇していることを表しているが、同時に現時点における生産量全てを加算しても自給率100%のラインを超えていないことが見て取れる。
「ゆえに地球、具体的には大洋州連合と赤道連合からの通商を遮断できればこの戦争が地球連合の勝利で終わることは誰の目にも明らかなことです。
ましてや、我々が活発に月−地球間の通商破壊を行っている以上、同じことをやり返そうと考えるのは極めて自然と言えましょう」
手元を操作し、スクリーンの表示をザフト地上軍が展開している領域のものに切り替える。
「また、地上に展開している部隊も補給を断たれては連合軍の攻勢の度合いにもよりますが、二、三ヶ月程度持たせるのが限界でしょう」
新たにザフト地上軍の物資消費量をグラフ表示させながら言う。
「確かに、大洋州連合と赤道連合から一部の軍需物資は調達でき、それがザフト地上軍にとって干天の慈雨のごとき効果を発揮しているのは事実です。
特にアフリカ方面軍の補給に関しては、一部の武器弾薬に関しては以前に比べて大分改善されました。
ですが、ザフトの主力であるMSを調達することは出来ません。
それゆえ、プラント本土との補給線の切断がどれほどの意味を持つことになるかご理解いただけると思います。」
サマンサは、そこで一呼吸おく。
ここまでの説明に無理はなく、十二分の説得力を持つ。
だが、残念ながらこの目標にも懸念すべきポイントはある。
それを見逃すことなど情報部に所属するものとして絶対にできない。
だから最後に、それを指摘する。
「ただ、通商破壊を行うには彼らの戦力を一箇所に集めすぎているのが疑問点として挙げられます。
我々同様に数隻単位の小集団を形成したほうが効率的に襲撃が可能であることは、連合軍にもわかっているはずです。
そのため、通商破壊の可能性はそれなりに高いものの他の目的があるのではないかと情報部では予想しています」
そう言葉を締めくくり、端末を操作する。
中央の立体スクリーンに地球からプラントに向けて緑の線が引かれ、攻撃目標2とのマーキングが施された。
「三つ目の標的として考えられるのは、地球連合の輸送船団への通商破壊に携わっている艦艇群です」
「ハンター部隊かね」
「はい。
先にも言ったように、月−地球間の通商破壊戦は地球連合の戦時生産に大きなダメージを与えています。そのため、初期戦力を失った彼らは、物量で押し潰すという方法を取りにくくなっています。
そして、部分的な技術の突出はともかく全般的な戦力の質において、連合軍がザフトを上回るということは極めて考えにくく、そのことは連合軍上層部も承知していることでしょう」
「むろんだ。ナチュラルはコーディネイターの能力を恐れたらからこそ、何とかしてくびきの下に捕らえようとしてきたのだからな。
その際たるものが今次大戦だ」
苦々しげにはき捨てるやや年配の将官。
とは言っても、あくまで周りと比べて年配というだけで、せいぜい30代前半といったところだ。
仮に地球連合軍だったら若僧扱いされる歳であることは間違いない。
「・・・もっとも、ナチュラルの中にも極少数だがコーディネイターに匹敵する能力を持つものがいる。
それを考えれば、油断するわけにはいかないが」
その将官は最後にそう言って、視線でこれで自分の意見は終わりだとサマンサに伝える。
それをひとつ頷いて受けると、視線を議長席に戻す。
「確かにおっしゃるとおりかと。
ただ、それはあくまで例外でほとんどの場合はコーディネイターが勝利します。
これは単純に統計の結果として示されている事実を提示しているだけで、決してナチュラルを見下しているわけではありません」
真摯な表情でユウキを見つめながらサマンサが言う。
その視線を受け止めながらユウキは鷹揚に頷く。
「そのことは了承している。
情報部におけるナチュラル蔑視を可能な限り排除するよう指示したのは議長だからな」
「はい。ただ、通達以前からも情報部においては可能な限り客観的な分析を行ってきたと自負しております」
そう言い切るサマンサに、若干の苦笑いを浮かべる。
彼女も、今後わかっていると知っていても、言わなければならない役目につけば分かるだろうと内心思いながら。
「それはともかく、全体的に見て質において劣る彼らの取りうる方法は何とかして生産量を回復し、圧倒的な物量による正攻法の正面戦闘というのが最も簡単で確実な方法です。
質を量で押し潰した戦訓は、過去の歴史の中に大量に存在しますから核兵器を使えない以上、迷うことはないと考えています。
ただ、それを成すには地上の工業力と月面の鉱物資源が有機的に結びつく必要があります。
連合が構築した月面の工業力も決して小さなものではありませんが、地上と分断されているか否かで発揮できる能力に雲泥の差が出来ますので」
そういってサマンサは、通商破壊が行われている現在とハンター部隊が殲滅され通商破壊が中断された場合の地球連合の戦時生産能力の予測グラフを表示させる。
そこに写し出されたものを見る限り、誰の目にも両者の違いは明らかであった。
「その分断の主たる要因であるこちらの部隊に対し、ハンターキラーに出たという可能性は小さなものではないと考えられます」
「だが、それだとこの艦隊が地球を目指していることが不可解な点として残るのではないだろうか?」
サマンサの正面に座っている将官がおもむろに疑問を提示する。
それに大きく頷くサマンサ。
「情報部においてもその点が問題として指摘されました。
確かに衛星軌道上においても襲撃は行われていますが、暗礁空域から出撃する部隊もそれに負けず劣らず敵の輸送船団に被害を与えています」
「その一方を無視するというのは、明らかに片手落ちと言わざるを得ないな」
「その通りです。
さらに、出撃したこの艦隊自身も迎撃を受ける可能性は考慮に入れているはずです。
にもかかわらず、基地への帰還が容易いラグランジュ1および4へ向かわずに地球へ向かうのは、ハンター部隊だけを目的であると考える場合、かなり無理があります。
ただ、主目的を補完する副目的としては充分に可能性はあると判断しています」
中央の立体スクリーン上のラグランジュ1とラグランジュ4、そして地球を取り巻くように存在するデブリベルトに、攻撃目標3とのマーキングが施される。
「四つ目の標的として考えられるのは、地球衛星軌道上に配置されている偵察衛星群です」
そのサマンサの言葉に、幾人かがわずかに首を傾げる。そして、そのうちの一人が口を開く。
「今現在も散発的な連合軍による破壊は行われているが、それとはまったく別のものということかね」
「はい。今回の目的は、地上で進行中の地球連合軍による大規模な作戦を補助するものと考えられます」
そう言って、サマンサは地球を拡大表示させ中東と南太平洋にマーキングを行う。
「焦点となっているのは、サキ・ヴァシュタール司令官率いるアフリカ方面軍と戦闘中の、主にユーラシア連邦と東アジア共和国による反攻作戦がひとつ。
そして、大西洋連邦を主力としたオーブ侵攻作戦がひとつ。もっとも、こちらはまだ戦端が開かれていませんが。
いずれにせよ、どちらも近来まれに見る規模の作戦です」
手元の端末を操作し、それぞれの戦場に連合軍が投入している戦力の予測値を追加で表示させる。
ここにいる人間は、全員がその数値をみるのは初めてではないはずだが、それでも思わずあちこちから低い唸り声が上がってくる。
まあ、2つの作戦に投入されている兵員数は単純な数だけで見た場合、ザフト地上軍の総数を上回るのだからそれもやむを得ないところだろう。そして、同時にこの場にいるものは皆、地球連合の持つ数の力の恐ろしさをきちんと理解しているということでもある。
「ただ、戦争を制するのに戦力だけではなく情報も必須なのはご承知の通りです」
頭の片隅で提示した資料による周囲の雰囲気の変化を認識しながらもサマンサは説明を続ける。
「その中核を成している偵察衛星群による警戒網が今でも維持されているのは、ひとえに宇宙軍による地道な設置作業を途切れることなく続けてきたからにほかなりません」
「制宙権の多くがザフトのものだからこそ成しうることだな」
「はい。先に説明に上げたように連合の航宙戦力が消耗していることが我々の警戒網の維持に大きく寄与していることは間違いありません。
また、ごく限られた宙域の制宙権しかもたない地球連合宇宙軍は、我が方の偵察衛星を撃墜するために衛星軌道に長く留まるよりも、自らの安全の為に手に届く範囲の衛星の破壊しか行ってこなかったことも大きく影響しています」
これまでに散発的に破壊されてきた偵察衛星の被害状況をスクリーンに映し出しながら続ける。
「しかしながら、今回の大作戦を上からずっと見られ続けるのは地上軍に取って看過できないことものであり、そして、地上部隊からの強い要請に連合宇宙軍が断りきれず、それに応じざるを得なかったと情報部では推察しています。
ただ、今回に限ってはユーラシア連邦と大西洋連邦の間に何らかの取引があった可能性も捨て切れないと、一部のアナリストは強く警告しており、情報部内でもその意見に賛成するメンバーは少なくありません」
立体スクリーン上の地球を囲うように緑色の線が引かれ、攻撃目標4とのマーキングが施される。
「五つ目は、一時的な制宙権の掌握です。
具体的には地球衛星軌道上、特にユーラシア大陸中央部と南太平洋上空の限定された領域を確保することです」
地球の立体図が拡大表示され、その中のサマンサの指摘した宙域が赤く表示されると同時に、攻撃目標5とのマーキングが施される。
「五つ目は、厳密には四つ目から派生しているも同然のため別にカウントするには違和感があるかもしれません。
ですが、仮に偵察衛星群を破壊したとしても代わりの衛星を直ぐに運び込まれては、とうてい目的を達したとは言えません。
それを防ぐためには、どうしても一定期間制宙権を確保する必要が出てきます」
「だが、それにしては数が少ないように思われるが?」
「はい。分析結果でも、その点が指摘されていました。
今のところ、四つ目で指摘した取引に何らかの関係があるのではないかと推測されています」
「なるほど、了解した」
質問してきた士官がとりあえず納得したようなので説明を再開する。
「制宙権を仮に連合軍が確保しなかった場合、ザフトは一時的に破壊された偵察衛星の代わりに航宙艦を衛星軌道に陣取らせることも可能です。
そうした場合、より詳細な情報を我々が得てしまうことになり、当初の目的からすると本末転倒と言えます」
「確かに、使い捨ての衛星よりも艦艇の方が情報収集の機器は充実しているな」
「そういった事態を避けるためには、かなりの危険を冒してでも現在地上で進行している作戦のうち、短期間で終了するであろうと予想されるオーブ侵攻作戦実施期間中に限り、制宙権を確保しようと考えているのではないかと予想されます」
そういってサマンサの説明が終わる。
現在予測される敵艦隊の目的全てを説明し終わったサマンサは、少々疲れたようにしかし任務を無事果たした安堵のため息を吐く。
周りの人間は、提示された目的を自らの持つ情報と照らし合わせつつ、小声で隣席の話したり、あるいはスクリーン上の情報をじっと見つめたり、またあるいは黙考したりと様々に考えをめぐらせている。
そんな中、5つの可能性を提示されたレイ・ユウキはしばし脳裏で5つの選択肢を吟味した後サマンサに尋ねた。
「情報部で、現在もっとも可能性の高い目標はどれだと推定しているのだ?」
「現在入手できている情報から判断する限り、この艦隊が目標としているのは衛星軌道上の偵察衛星群ではないかと予想されます。
そして、偵察衛星群撃破後にそのまま衛星軌道へ一定期間陣取る可能性は非常に高いと分析結果では出ています」
「ハンター部隊に対してはどうかね?」
「衛星軌道への航程においてハンター部隊や輸送船団を補足した場合、目先の目標に襲い掛かってくる可能性もそれなりにあります。
おそらく、この艦隊の司令部が勝てると判断した場合は躊躇なく攻撃に出るでしょう」
「では、今回の敵艦隊の出撃は衛星軌道の偵察衛星撃破を第一目標とした限定的なものの可能性が極めて高く、可能であればより戦果を拡大するであろうと情報部では判断しているわけだな」
「あくまで現時点で入手している情報に基づいてはという前提条件ですが・・・」
「そこまで杓子定規に表現しなくてもいい。
戦争において100%確実な情報を手に入れることなどできはしないことは皆も承知している。
だが、時勢はそんな不完全な情報を元に、我々に決断を下すことを要求していることも確かだ」
そこで周囲をゆっくりと見渡すとおもむろに決断を下す。
「通商破壊任務についている部隊は、敵艦隊の迎撃は行わずあくまで送り狼に徹するように通達する」
「よろしいのですか?」
「むろん、敵艦隊が分散するまでだ。
分散後は、各部隊の指揮官の裁量で襲撃可能な部隊への戦闘を許可するものとする」
「敵艦隊が分散するまで送り狼に徹した場合、全ての艦を撃破するのは困難になりますが?」
「一時的な偵察情報の途絶を嫌って、貴重な戦力を消耗するのは避けたい。
何よりも重視すべきなのは熟練した兵士たちの命だ」
「ですが・・・」
地上軍への影響を重視しているのであろう将官が食い下がる。
「まあ、少し待て。
それで、アフリカ方面軍への増援部隊が発進するのは予定通りなのか?」
その将官を片手を上げることで制し、次の質問を投げる。
「変更の連絡は入っておりません。予定通り14時間後に出発するものと思われます」
「わかった。では、衛星軌道上に再配置するための補充の偵察衛星と輸送船の手配を進めろ。
増援部隊出発までの残り時間で可能な範囲でいい。
必要ならば本土防衛部隊から艦艇の供出を議長閣下に依頼する。
必要に応じて連絡を入れてくれ」
「了解しました。直ちに手配します」
「増援部隊司令部に敵艦隊の予想目的を伝える必要もある。
それと、事前にエザリア・ジュール議員にも話を通さねばならないが、おそらくは輸送船団護衛後に敵艦隊撃破に向かってもらうことになるだろう」
「はっ、議員の面会のアポイントを取ります。
ですが、かまわないのでしょうか?」
そこまで会話が進むと、先ほど食い下がってきた将官に一度視線を向ける。
分散した敵艦隊をそのまま放置するのではなく、充分な戦力が調達されるまでの限定されたものであり、かつ偵察衛星網も可能な限り早急に再建されると理解したのか、その将官は視線を受け頷く。
「地上部隊の目が潰されるのを一時的なものにするためにも、今回は止むを得まい。
ジュール議員を初め、各部署に多少無理をしてもらうことにする。
ただ、機種転換訓練未了の部隊を回すことになるのが、少々気になるところだが・・・」
増援部隊を護衛する部隊の構成は、パトリック・ザラの側近として動いているユウキも把握している。
今次大戦を優勢に進めているプラントにも戦力が余っているというわけではないため、今回の護衛部隊は、ジンからゲイツに機種転換を行った部隊が、最終訓練も兼ねて同行することになっている。
そのため、一時的にMS部隊の練度が低下している状態にあるのだ。
「まあ、後手を踏んだのは確かだが、挽回不可能からは程遠い。
それに、大規模な戦闘が後に控えていると分かれば、パイロット達も航行中の訓練に力が入るだろうしな」
「地上部隊にも連絡を入れる必要がありますな」
「当然だ。
最優先でジブラルタルとカーペンタリアに警告も兼ねた情報を送るよう手配を頼む」
「はっ!直ちに!」
指示を受け、次々と人が動き周り、それまでの静の空間が動の空間へと変化する。
その場で可能なものは次々と必要な箇所に連絡が飛び、また、その応答によってさらなる連絡が行われる。
あるものは、足早に自分の所属する部署へと会議室から歩き去り、あるいは今後の行動を相談しつつ居なくなる。
そんな彼らの行動はきびきびとしており、自らに課せられた指示の重みをよく理解していることがうかがえる。
そして、徐々に人が去り少しづつ収まりつつある喧騒の中、とある依頼をするためにユウキはサマンサを傍に呼び寄せた。
「・・・再調査、ですか?」
「再調査というにはいささか大げさだが・・・
だが、今回の敵艦隊の出撃は、彼らにとってあまりにも危険性が高い。
もし、敵艦隊の目的が先に推定した通りであればどんなに楽観的に考えても艦隊が無傷で月に戻れる可能性は0に等しいだろう。
これではある意味博打と言ってしまっても間違いではない」
「・・・確かにおっしゃるとおりかと」
「戦争にはどうしても賭けに出ざるを得ない時があることは私も承知している。
だが、今がその時であるとは思えん。さらに連合も戦力が有り余っているわけではない。
いやむしろ、航宙戦力に関しては少しでも余分に蓄積しておきたいはずだ。
にもかかわらず、ここまで賭けの要素が高い行動に出るからには何らかの理由があると考えるのが妥当というものだろう」
「賭けに出た理由・・・ですか?」
「そうだ。ゆえに出撃した艦艇の詳細をより注意して再調査をして欲しい。
元の所属艦隊、乗組員の構成、出身国、搭載しているMA、MSの練度、とにかく分かるものは全てだ」
「・・・この艦隊が出撃するに至った背景を突き止めるための材料集めということですね」
「そういうことだ。
大西洋連邦とユーラシア連邦、同時に相手取るにはいささか大きすぎる。
強大な敵は分断できるならば、そうするに越したことはない」
「承知致しました。
情報部の威信に掛けて、必ず裏の事情を調べだして見せます」
静かに言い切るユウキに対し、サマンサがこれまた静かに答える。
ただ、その瞳の輝きを見れば気合が十二分に漲っていることは誰の目からもうかがえた。
「では、本部に戻り裏づけ情報の確認に取り掛かりたいと思います」
「よろしく頼む」
一礼して去っていく彼女を見送りながら、ユウキは背もたれにゆっくりと体重を掛ける。
そのままの姿勢でしばし瞑目し、頭の中をひとつひとつ整理していく。
そして再び目を開いた時には、ひとつの決断を内部で下していた。
「やはり、ここで敵戦力を削ることができるか否かによってオペレーション・ルナクエイクの前提条件も変わる。
迎撃の結果いかんによっては、作戦の一部変更の検討を議長に進言すべきだな」
そう言うとおもむろに自らも立ち上がり、そのまま足早に部屋から出て行く。
最後の住人であったユウキが去り、ゆっくりと扉が閉まり自動的に内部の光が消える。
誰もいなくなった会議室には、ただ静けさが漂うのみであった。
あとがき
第三次スーパーロボット大戦α2週目終了。
クォブレーとアストラナガンは最後まで強かった。巷で最強説があるのも頷けるぞと。
にしても、ファイルサイズ的には過去最大でありながら、あいも変わらず話が進まない。
書けない自分が愚かとわかってはいても、なんか書く意欲も下がり気味。
あまたの長編作品が未完のまま放り出される理由が納得できる気がする(核爆)
>まあ、それはそれでありかとw
代理人殿の了承を得られたので基本は脇道を追いかける方向で(爆)
>しかし黒い、黒いぞデュランダル。
>正直なところ結婚詐欺師にしか見えん(爆死)。
本編でも思いっきり不倫してましたしねぇ(^-^;
タリアも子供が欲しいからといって振っておきながら・・・ねぇ?
代理人の感想
あー、個人的には戦記物のこういう個別の戦いって結構辛いんですよね(爆)。
正確に言うと客観的な描写だけが延々と続くのが面白くなくて、無名のライアン二等兵でも
黒騎士と仇名される凄腕の戦車乗りでもいいんですけど、「個人の眼から見た主観」でないと
戦闘描写が面白く感じられないのです。なんでかなー。
まぁあくまで個人的な意見ですし、世の戦記物を好む人がどうなのかもわかりません。
その辺、どうなのか好きな人に伺いたいところです。