紅の軌跡 第27話
燦々と降り注ぐ太陽光が水面をきらきらと宝石のように光らせ、突き抜けるような蒼穹が広がる大空とわたあめのような白い雲が見事なコントラストを描いている。
その下を吹き抜ける風は海面を波立たせ、深蒼のキャンパスに白墨で線を引いたような模様を広げていく。
その中に点在する島々は、緑、黄緑、深緑と単一色で見事なグラデーションと南国のカラフルな花々で陽光を彩りしている。
そんな南国の色鮮やかな風景の中にかの国は存在する。
オーブ連合首長国
南太平洋、赤道近くのソロモン諸島北東に位置する火山列島で構成された群島国家である。
同時に、宇宙への資材打ち上げ用のマスドライバーを有し、コズミック・イラの世紀において工業国として大きく発展を遂げた国でもある。
首都であるオロファトは、オーブを構成する各諸島の中でほぼ台湾と同程度の面積を持ち、オーブ本島とも呼ばれているヤラファス島に存在する。オーブ本島に近接したオノゴロ島を初めとする主要な島の間は橋梁または海底トンネルによって繋がれることで陸路での移動が可能となっており、大戦下でも陸海両方を用いた国内活動が活発に行われている。
また、ヤラファス島の半分ほどが火山地帯で占められた活火山島でもあるため、Nジャマー下においても地熱発電によって電力の自給を行っており、原子力エネルギーに頼っていたプラント理事国のエネルギー的困窮を他所に、その電力を各諸島へも供給することで国内の使用電力の制限を受けることなく繁栄を謳歌している。
そんなオーブ連合首長国の首都オロファト。
南太平洋の雄として君臨する先進国の首都だけに、電気、水道そして通信などの社会インフラは充分に整えられ、街路では市民たちが昼夜関係なく街路に繰り出し平和を満喫している。
戦争に国力を割いていないため治安関係も非常に良く、戦乱に満ち溢れた地域から来た人間が見れば、地上における残された最後の楽園といった雰囲気を醸し出しているように思えるかもしれない。
だが、そんな戦乱という名の極寒のブリザードが吹き荒れる世界において、平和という名の楽園を運営するオーブ政府の重要施設である行政府の一角で、猛烈な怒声が響き渡っていた。
「最後通告だと!?」
前代表首長であり、アスハ家当主でもあるウズミ・ナラ・アスハが集まった皆の前で吼えている。
怒りに震え、凄まじいまでの怒気を身体中に漲らせたその様は、正にオーブの獅子と呼ばれるに相応しき迫力だ。
その怒気に身を竦ませる会議室内部には、現代表首長であるホムラを初めとして、全ての氏族の首長と政府の閣僚など国家の運営に関わる主要人物がずらりと揃っている。
むろんこれだけの重要人物がそこに集められた目的は、地球連合からの通告に如何に対応するかを協議するためであった。
ウズミが怒りに震え、他の首長たちがそれぞれに配られたあまりに高圧的な地球連合側からの文書に唖然とした表情をさらす中、この会議の議長役を務めるホムラが重苦しい表情で手元の通告文の続きを読み上げる。
「現在の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自国の安寧のみを追求し、あまつさえ、再三の協力要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、地球連合軍はその構成国を代表して、以下の要求を通告する。
一、オーブ首長国現政権の即時退陣
二、国軍の武装解除、並びに解体」
そこまで読み上げたホムラが次の文章を目を落とした瞬間わずかに息を呑む。
しんと静まり返った会議室の中に、その音は妙に大きく響いた。
それを振り払うかのようにひとつ咳払いをしたホムラは続きを読み上げた。
「・・・48時間以内に以上の要求が実行されない場合、地球連合はオーブ首長国をザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙するものである」
決定的な言葉が会議室に響く。
その瞬間、首長及び閣僚たちの間に押さえに押さえていたどよめきが走る。
各々の手元にある文書、それは外交常識から見て通告ではなかった。
それはどう見ても降伏勧告であり・・・そして、事実上の宣戦布告でもあった。
押さえようとしても押さえきれず、いずこからか湧き上がるざわめきの中、
「どういう茶番だそれは! 」
バン!と卓上の文書を捻じ伏せるように掌を叩き付け、再びウズミが吼える。
そこに長々と連ねられたオーブを糾弾する文章は、どう読み解いても地球連合が自分達の陣営を正当化するためだけに書かれたものでしかなく、それを見たこの場にいる誰もがウズミが茶番と言うのも無理はないと感じていた。
「パナマを落とされ、もはや体裁を取り繕う余裕すらなくしたか、大西洋連邦め!」
凄まじい眼光で手元の事実上の宣戦布告文書を睨みつけるウズミに首長の一人がわずかに左右に首を振りながら告げる。
「国防軍の報告によれば、太平洋を南下中の連合軍艦隊は明後日の正午にはオーブ領海に達します」
「艦隊が到着するまでに覚悟を決めろということですか」
「彼らが欲しいのはマスドライバーとモルゲンレーテ・・・ですな」
「その通りでしょうな。厚顔無恥にもほどがあります」
「盗人にも三分の理と言いますが、これはあまりにも酷すぎます」
ウズミの言に大西洋連邦への憤懣やるかたない想いが噴き出したのか、次々と通告に対する文句の声が上がる。
そんな中、ホムラが読み上げた文書をそっと卓上に置きながら、目前に仁王立ちとなっている兄の顔を見上げる。
雨後のたけのこのようにあちこちで非難の声が上がり、部屋中が地球連合の横暴に対する非難一色に染まる中、首長の一人があきらめのにじむ口調で現実を思い出させるように言う。
「じゃが、いくらこれが筋の通らぬことと声高に叫んでも、もはや大西洋連邦に正面きって逆らえる国もない」
「ユーラシア連邦は大西洋連邦と共に兵を出し、スカンジナビア王国など最後まで中立を貫いてきた国々も既に連合のくびきの下じゃ」
それに応じるようにもう一人の首長が顔をしかめながら言う。
そのやり取りで自分たちの立場を思い出したのか、三々五々喧騒が止まっていく。
「赤道連合は未だ地球連合に参画しておりませんが・・・・・・」
わずかな希望にすがるように別の首長が言うが
「いや、すでに水面下で融通を利かせてもらっている上に、長大な国境線で東アジア共和国の圧力を正面から受け止めているかの国に、これ以上の期待はすべきではなかろう」
ホムラに諭されるように言われると口をつぐんだ。
「・・・我等も選ばねばならぬ時、ということですかな」
ナチュラルか、それともコーディネイターか・・・
その選択の重さに会議室内部の雰囲気が一段と重くなる。
もっともどちらを選択しても、待っているのは明るい未来ではない。
「事態を知ったザフトからも再三に渡って会談の申し入れがきておりますが・・・」
「もし今ここでプラントと交渉したことが知られれば、大西洋連邦はその時点で交渉決裂と強弁するかもしれませんな」
「少なくともこの場で基本方針を定めるまでは、プラントとの交渉に応じるわけにはいかぬでしょう」
重苦しい面持ちで互いの目と目をかわす首長たち。
「・・・どうあっても世界を二分したいか!大西洋連邦は!敵か味方かと!」
そんな周囲に対しウズミが苦々しく吐き捨てるように言う。
そして苦々しい口調のまま周囲を見渡しながら言う。
「そしてオーブは、その理念と法を捨て、命じられるままに、与えられた敵と戦う国となるのか!」
「・・・・・・」
その問い掛けに皆が黙り込む。
先に非難の声を上げたように彼らとて地球連合、わけても大西洋連邦のやり口に苦々しい思いを抱いている。
だが、ことここに至って選択の余地はほとんどない。
国民の安寧を考え戦いを避けようとすれば、この場は地球連合に組するしかない。ないのだが・・・
「連合と組めば、プラントは敵。プラントと組めば、連合は敵」
ウズミの言葉に首長たちの迷いは深まる。
ザフトが地球連合の艦隊には劣るとはいえ、それでも巨大と呼ぶべき戦力をカーペンタリア基地を中心に南太平洋に展開しつつあるのはこの場にいる誰もが知っている。
それが意味することはすなわち
「例え連合に降り、今日の争いを避けられたとしても、明日はパナマの二の舞ぞ!」
「・・・・・・」
ウズミの指摘に首長たちは声もない。
それはウズミの指摘が正しいことを首長たちもわかっているからだ。
ザフトは、もしオーブが地球連合に下った場合、間違いなく攻撃をかけてくる。
それは確実な未来である。
なぜなら、オペレーション・スピットブレイクによって完成したプラントの地球封じ込めという戦略が、オーブのマスドライバーが大西洋連邦の手に渡ることによって崩れてしまうからである。
それを避けるにしろ、新たな戦略を構築するための時間を稼ぐにしろ、ザフトはオーブのマスドライバーを連合の手に渡すわけにはいかない。
となれば、マスドライバーが100%間違いなく攻撃を受けるであろうことは子供にでも分かる理屈だ。
まあ、都市に関してはオーブに移り住んだコーディネイターへの被害を避けるため、攻撃は免れるかもしれないが。
さらに、モルゲンレーテの持つ技術力も連合に渡すには危険極まりないことから十中八九攻撃を受けるだろう。オーブの技術を投入した兵器がどれほどのものになるのかは、Gを4機奪取したザフト自身がよく理解しているはずである。そして、陸海空の基地や造兵工廠を初めとする各種軍事施設、その他に主要港湾施設、飛行場を中心に大洋州連合への侵攻にあたって兵站を担うことになる施設も、まず攻撃を受けることは免れまい。
そう、連合の欲するものをむざむざと素直に渡させるほどザフトは優しくはなく、また自らの首を絞める行為を見逃すほど愚かでもない。
そのことを強く示唆するウズミに対し、首長たちが反論の言を持ちえぬのも無理はない。
そんな中、ウズミは鋭く言い切る。
「陣営を定めれば、どのみち戦火は免れぬ!」
「解っております。しかし・・・」
そんなウズミに対し、首長の一人がそれでもやむなく言葉を紡ごうとしたその時、別の人間の言葉がそれに覆いかぶさった。
「それでも、今この時に限ってはザフトと共闘すべきであると考えます」
「「「「「!?」」」」」
誰もがまるで予想もしなかった言葉を聞き、皆の視線が一斉に発言した者、現代表首長であるホムラへと向かう。
「今一度申し上げる。
今回に限っては、我がオーブはザフトと共闘すべきです」
兄であるウズミに似て、深く重みのある声で再び繰り返されたホムラの言葉が皆の脳裏に浸透し、その意味を理解した周囲の人間は顔面の表情筋を引きつらせた。
と同時に彼らは視界の中のウズミの身体が、ぐんと一回り大きくなったように感じ、ウズミの両隣に座していた人間は物理的に身体が押されたような感じを受け、さらに、周りの人間は室内の温度が上昇したようにも感じた。
むろん、いずれもそれは錯覚に過ぎない。
ウズミにはちきれんばかりにみなぎった気迫に押されたゆえに、そのように感じたのである。
同時に、周囲の人間が感じたその錯覚は、ウズミがホムラの言に凄まじいまでの怒りを感じているかを知らしめるものでもあった。
そのウズミの気迫を正面から受け止めているホムラもまた静かに気迫をみなぎらせている。
二人の間が帯電し目に見えない火花がはじけているのが幻視できるほどの緊迫した空気が漂っている。
そんな両者の様子に大半の者ががこれまで以上にウズミが激昂すると予測した。が
「・・・・・・理由を聞こう」
予想を裏切り、静かな力を感じさせる声でウズミは激発することなくホムラに対して先を促した。
その場の多くの人間が心中に驚きの念を浮かべる中、一部のものは小さく頷いてる。
それは、ウズミが実弟ホムラをこの場にいる誰よりも高く評価していることを洞察していたからであった。
実際、ウズミ自身はホムラの持つ政治的バランス感覚は自らを凌ぐと考えており、さらに冷静さからくる観察眼や分析力などに関しては、これまでもホムラの言に深い信頼を寄せてきた。そう、自ら退いた代表首長の座を譲ったのは決して血縁からだけではなく、しっかりとした根拠の元に行われたのだ。
そのホムラがこうまで断言する以上、その意見は傾聴に値するはずだとの考えがウズミに自制を促したのである。
そんな思いを乗せたウズミの視線を正面からしっかりと受け止めつつ、ホムラは自らの考えを語りだした。
「兄上、貴方がおっしゃることは間違いないでしょう」
「・・・・・・」
「陣営を定めることによって被る戦禍・・・
それはこの場にいる誰もが理解しているはずです」
ウズミは黙したまま聞いている。
「ですが、仮に中立を維持しようとし、味方する陣営を定めなかった場合の戦禍は、陣営を定めた場合のそれを上回る可能性があります」
さすがに聞き捨てならないその一言に、黙したままのウズミの目元がピクリと動くがそれでも口は開かない。すくなくともホムラの意見を聞くまでは反論するつもりはないようだ。
その様子に気付きながらも、それを顧慮することなくホムラは先を続ける。
「地球連合は戦争に勝つために是が非でもオーブのマスドライバーを必要としております。
ゆえに、たとえこちらから話し合いを求め、譲歩し、そして我らが如何なる条件を提示しようとも・・・
彼らは、自らが提示した条件を我々が呑むか、あるいは我々の抵抗を力ずくで突き崩しオーブを武力占領するかの二者択一の選択肢以外を取るつもりはありますまい。
つまり、彼らとの間に話し合いの余地は無く、武力衝突は必死ということになります」
そう言下に言い切る。
ホムラの広げた未来図に自分たちの行く末の厳しさを改めて実感したのか、そこかしこで首長たちが暗い表情のまま無意識のうちに腕を組んだり、額を押さえたりしている。
「確かにここ数ヶ月の国防軍の努力と経済界の協力によってオーブの防衛力は格段に高まりました」
ちらりとホムラの視線が制服組を向く。
「しかし、それでもオーブが単独で地球連合軍の攻撃を防ぎきれる可能性は、どんなに高く見ても3割に届きません。実質は勝率20%強といったところがせいぜいです」
代表首長としての言葉に、国防大臣を始め制服組は、彼我の戦力差を熟知しているだけに苦い表情を見せるだけで声もない。
その中に将官の一人として座っているカガリ・ユラ・アスハが、わずかに腰を浮かし口を開きかけるも、すぐに隣に座すレドニル・キサカ一佐によって肩を押さえられ黙って首を左右に振られると唇を噛み締めたまま下を向く。
同時に、オーブ一国と地球連合の間の巨大な差を再認識した文官たちがそれぞれ一段と表情を険しくする。
「では、このまま最後まで陣営を定めなかったとして、最も実現しうる可能性の高い未来はどういうものでしょうか?
私は、地球連合軍によって降伏に追い込まれた後、地球連合に利用されることを恐れたザフトによるオーブ各地の主要インフラへの攻撃が行われるというシナリオが一番可能性が高いと考えます。
すなわち、我がオーブは地球連合軍とザフトの両者によって国土を焼かれる、ということです」
ホムラの最後の一言に、ウズミはくわっと目を大きく見開くがそれでも口を挟もうとはしない。
視線をホムラに据えたまま、じっと言葉を聞く姿勢を見せている。
それは、今のホムラの言に一理あるということを自身でも理解しているからであろうか。
「独立を守るため抗戦を選べば、地球連合によって国土に侵攻される。
国民を守るため戦わずして連合に降れば、それを座視するはずもないザフトに蹂躙される。
そして、どちらの陣営にも加担せず中立を守ろうとすれば両者による攻撃を受ける。
つまり、如何なる道を選ぼうとも我らの祖国は戦禍を被ります。
もはや戦禍を避ける術はないということを我々は肝に銘じるべきです」
どうしようもなく理不尽な現実を前に、暗い翳りを表情に浮かべつつ深いため息と共にホムラは言う。
五大氏族に連なるものとして、祖国を担う政治家のひとりとして、そして国家元首として自身の力ではどうしようもない現実を前にホムラの無力感はひとしおであろう。
同様に、より過酷な未来を眼前に提示された首長たちの表情も一様に暗い。
わずかなの間、沈黙の帳が会議室を覆い尽くす。
「ですが、このまま何もせずにいるわけにはいきません。
どう転んでも戦禍を被り、国民の血を流さねばならないのであれば、それが決して無駄なものであったと後世に批判されぬように。
今回の災厄を糧としてオーブが更なる発展を遂げたと将来に子や孫に胸を張って言い聞かせられるように。
我らは少しでもオーブ国民にとって、よりよい未来を掴むための決断を下す必要がありましょう」
「よりよい未来を掴む・・・か」
それまでじっと黙って聞いていたウズミが、おもわずぽつりとこぼしたといった感じでつぶやくように応える。
「はい。そのためにもこのまま何も手を打たず地球連合に降るという手段は絶対に取るわけにはいきません」
「「「!」」」
語気も強く言い切ったホムラに、一部の親地球連合派とでも呼ぶべき人間がわずかに表情を歪める。
「確かに今ここで矛を交えず連合に屈すれば、予想される戦禍の程度は3つの選択肢の中で、もっとも小さく抑えられるでしょう」
そんな表情を浮かべたものたちを含め、ゆっくりと周囲の者たちを見渡しながらホムラは続ける。
「しかしその結果、我々は我が国の技術立国を支えているコーディネイター達をすべて失うことになります」
その一言に愕然とした雰囲気が部屋の内部を満たす。
一部の人間は、切羽詰ったとはいえそんな単純なことを見落としていたとは、と驚きの表情が濃い。
「むろん、我が国の技術発展を支えているのはコーディネイターだけではありません。
多くのナチュラルもまた、国を支えるために額に汗して働いています。
ですが、オーブの先端技術の大半を担っているのはコーディネイターであるということもまた事実なのです。
もしも彼らを失うことになれば、オーブはこれまでの国としてのダイナミズムを失い、そう遠くない未来に今の地位を失うことになるのは確実でしょう」
淡々と、通常ならば何重にもオブラートに包む現実を、ホムラは赤裸々に表してみせた。
そのあまりの露骨さに幾人もの首長が苦い表情を浮かべたが、ホムラの意見にそのものには反発の色を見せることはなかった。
それどころか表情を歪めなかった他の首長は静かに肯定の頷きを繰り返している。表情を崩した者も、自らの意見を開陳することなく静かにホムラの続きを待っている。
だが、これは意外なことではない。
ここにいるのはたとえ考え方のベクトルが異なってもいずれもこのオーブを背負って立つ者たちである。
自国の現状を把握していない愚か者はこの場にはいないという何よりの証明なのだ。
実際にオーブ連合首長国の国土は狭く、人口もプラント理事国を構成するいずれの国家にも劣る(ただし、領海と排他的経済水域をあわせた管轄水域を含めるとオーブの国土面積は数倍に膨らむ)。
そんなオーブがプラント理事国に負けないほど繁栄している現在の源となったのは、
・地熱発電という発電コストが安価でかつクリーンなエネルギー源を自前で確保できたこと。
・マスドライバーを設置するのに適した赤道に近いという地理的な優位。
・全ての国民に対する充実した教育制度を成すだけの資本が整っていたこと。
そして、何よりも初期の頃のコーディネイターの積極的な誘致と自国内の医療機関によるコーディネイター化の容認がある。
C.E.15年の「ジョージ・グレンの告白」から既に半世紀以上が経過し、C.E.30年代の第一次コーディネイターブームから見ても40年以上が過ぎているが、オーブはそのブームの頃から少しずつオーブへのコーディネイター移住に取り組んできた。衣食住の提供をベースにモルゲンレーテを始めとする国営企業の仕事の斡旋を行うオーブの誘致策は、C.E.30年のパレスティナ公会議で権威が失墜したとはいえ侮れない勢力を有していた宗教界にはばかって、おおっぴらに行われはしなかったし、時代の変遷により誘致政策に投入される予算などには変化はあったものの、基本的に途切れることなくコーディネイターの受け入れは続けられてきた事実は変わらない。
今のオーブの繁栄の礎は、「国土とそれに付随して人口も限界を抱えるオーブの生き残る道は技術立国と貿易しかない」と見定めて、コーディネイターの誘致とともにマスドライバー基地カグヤ、資源衛星ヘリオポリスの建設に巨費を投じることに踏み切ったオーブの歴代首長の先見の明の賜物としか言いようがない。
そして、先人達の招きに従い移住してきたコーディネイター達あるいはオーブの地にて生を受けたコーディネイター達は、歴代首長たちの期待に違わず、科学技術の発展と資源衛星ヘリオポリス建設を中心にオーブへ様々な実りある果実をもたらしてきた。
オーブが南太平洋の雄として存在できるのも、彼らコーディネイター達がもたらしてきた数々の恩恵のおかげであると言い切ってもあながち間違いではないのである。
そして今現在も鹵獲したものを再生またはジャンク屋から購入したジンを用いた形成された、実験的なMS部隊テストパイロットは志願したオーブ軍に所属するコーディネイターによって構成されてきた。
そしてそのことは、この場にいる者にとって周知のことである。
ゆえに、ホムラの指摘したコーディネイターを失うことによってオーブが持つ数々の優位が消失する、あるいは国防上重要な戦力が稼動不能になる、それらのことがもたらす未来にうそ寒いものを感じずにはいられなかった。
迫害を避けるためコーディネイターの大半がプラントへと脱出し、地上からコーディネイターの姿が見えなくなって久しいが、それでも、地上に残った数少ないコーディネイターの過半数が居住するオーブにおいて、彼らの国家への貢献は今においても大なるものがあるのだから。
会議室にホムラの言葉が隅々まで響き渡っている。
それを聞く周囲の首長や閣僚たちも、国家の行く末に関わる大事とその言を襟を正して聞いている。
「・・・先に申し上げたように、今、この時のみを考えるのであればどちらの陣営に公式非公式を問わず味方しようとも、あるいはどちらの陣営に味方せずとも、国土が焼かれる結果に差異はありません。
ですが、今次大戦が終了した後においては大きな違いが存在することは理解して頂けたと思います。
むろん、それはやむを得ないことではないかという声があるであろうことは承知しています。
おそらく、好き好んで我々がそうするわけではないことを大半の人が理解してくれるでしょう。
ですが、肝心のコーディネイター達が、逃げ場を求めてこの地にやってきた彼らが、オーブに対する失望や裏切られたという思いを抱かないと誰が言えるでしょうか?」
その一言に内心で異議を差し挟んでいた者も口をつぐむしかない。
コーディネイターたちがプラント理事国の元でどれだけの辛酸を舐めてきたかを考えれば、その意見には反論しようがない。
それを十二分に承知した上でホムラは続ける。
「たとえ事実がどうであれ、オーブに見捨てられたと感じたコーディネイターたちが、地球連合占領下から脱したからと呼びかけたとて再びオーブへと戻ってくるでしょうか?
あるいは占領下で艱難辛苦の生活を送るであろうコーディネイター達が、再度オーブの再興にかつてのように協力してくれるでしょうか?
いいえ、いくら楽観的に考えてもそのようなことはありえないでしょう。
国内にいたものは国外へ、避難先にいたものはプラントへと考えるほうがごく自然です」
「・・・確かに代表のおっしゃる通りですな」
「左様、一度失った信用を取り戻すことが困難なことは、我らとてよく知っている」
「ましてやコーディネイター達は、既に一度他の国々に裏切られ、オーブを頼ってきた経緯を持つ以上、再度の裏切りは、一度目とは比較にならぬほど深い反発を招くでしょうな」
ホムラの意見に、表情は冴えず、しぶしぶといった様子ではあったが賛同する声があちこちから上がりはじめる。
そして、声を上げていないものたちも今のところ反論する様子はない。
それだけ、現実化する可能性の高い未来であると誰もが判断しているからであろう。
それを見計らい、ホムラはまたひとつ手札を晒してみせた。
「ならばこそ、我らは最後までコーディネイターを、オーブに居住する自国民を見捨てはしなかったということを具体的な事柄として現せねばなりません。
そして、その方法のひとつとして私はプラントとの共闘を選択したいと考えております」
「「「「!!!」」」」
動揺の気配が一気に立ち昇る。
これまでのホムラの話の流れから周囲の人間もおおよその予想はついていた。
しかし、いざ実際に言葉にされるとやはり精神への衝撃度が違う。
今、この時の決断で国家の行く末が決まるという重圧がそれぞれの精神にずっしりと掛かってくるのだからそれも当然か。
押さえきれず室内がざわざわとする中、ひとりがおずおずとした様子で言う。
「確かにプラントとの共闘を選べば、国内に居住するコーディネイターたちに対するまたとないアピールとなりますが・・・」
「ですが、これまでの政策を180度転換するとなると・・・」
「さよう、今の政策を支持する国民に対しての説明も必要ではありますまいか?」
黙したままのウズミを差し置き、これまでになくぐいぐいと会議をリードするホムラに流されてきた会議室の雰囲気も、さすがに現在の中立政策を破棄すると明言されたことで相当な揺らぎが起こっている。
そして、ついに黙っていられなくなった猪突猛進娘が側近の制止を振り切り椅子を跳ね除けて非難の声を上げた。
「叔父上、オーブの理念を、中立を破棄するとおっしゃるのですか!
他国を侵さず、侵されず、そして他国の争いに干渉せずとの国是を捨てるとおっしゃるのですか!」
「黙らんか、このうつけ者が!」
部屋中の空気がビリビリと震えるほどの怒声が瞬時に返り、寸前のカガリの声をかき消した。
こちらも椅子を跳ね除け、先のウズミのように仁王立ちになり全てを貫く剣のような視線でカガリを見据えている。
「理念、理念と唱えておれば世界の誰もがそれを尊重するとでも思っておるのか!
それを裏付けする物理的な力がなければ、そんなもの画餅に過ぎぬわ!」
まるで万力でぎりぎりと締め付けられるかのようにカガリに向けたれた視線の圧力が高まっていく。
「戦乱に巻き込まれぬように、巻き込まれてもそれに耐えられるように、皆が必死で力を蓄えようと努力しておるさなか、ヘリオポリスまでのこのこ出かけ、挙句の果てにはアフリカでゲリラと一緒にザフトと交戦するなどという、一歩間違えればオーブを戦争に巻き込みかねない行為をしでかした者がほざくでないわ!」
ずしりと腹の底まで響く大喝が飛ぶ。
「あれは!」
「あれは、何だと言うのだ!?
まるで関係のない国のゲリラに味方し、あまつさえ資金を提供するなどというオーブの中立を根底から危うくすることしておきながら、いったい何を言えるというのだ!」
「ぐっ!?」
「オーブの中立政策は、オーブ国民の生命・財産を守り、安全を保障するために最適であったからこそ国内で支持されてきたのだ。
決して理念のそのものが優れていたからではない。
中立とは、誰の味方もしない代わりに全てのものから敵視されるかもしれぬ、一歩道を誤れば奈落の底へと転がり落ちてもおかしくはない危険をその内側に孕んでおる。
中立と言う言葉の表面だけをなぞり、そんなことすらわかろうとせぬ愚か者に、この場で口を開く資格などないわ!」
さんざんに言葉と視線で散々に打ち据えられたカガリは、それでも眼の中の光を失ってはいない。
それでこそ猪突猛進娘の面目躍如!というべきであったかもしれないが、いかんせん経験不足ゆえ反論の言が浮かばず、最終的には萎れた青菜の如くうつむいて着座するしかなかった。
一方、まぎれもなくウズミと兄弟であることをその行動で示したホムラは2、3回大きく呼吸を繰り返すと姿勢を整えこちらも着座する。
一瞬で発生した暴風雨のごときやり取りに、先の代表の発言で動揺が納まっていない会議室内部は静まり返ったままだ。
と、そんな間隙を突くようかのように
「代表のおっしゃることももっともだが、公式にプラントに味方するとなれば地球連合からの正式な宣戦布告を受けることになるじゃろう。
事実上の宣戦布告文書を受け取っているとはいえ、情報部の報告によれば今回の攻勢において音頭を取っているのはあくまで大西洋連邦一国のみ。
それ以外の構成国は消極的賛成の立場を取っているに過ぎないという。
じゃが、正式に宣戦布告を受けるとなると今回の侵攻を凌いだとしても、次回以降は全力で殴りかかってくるプラント理事国を全てを相手にせねばならぬ。
ヘリオポリスを失い、予想外の疲弊を強いられた我がオーブの国力は、地球連合の二度三度に渡る攻勢に耐えられるほど大きくはないと思うが・・・」
そう放たれた台詞に皆の視線が発言者へと向かう。
一斉に向けられる視線の先には、静かにたたずむ花崗岩のような気配を持つ翁の姿があった。
「ホムラ代表。
ウズミ前代表の中立政策を破棄するのであれば、そのあたりについてのお考えも皆に伝えておくべきではありませぬかな」
「・・・コトー殿のおっしゃりようももっともですな」
わずかに間をおいてホムラも応える。
先のヘリオポリス崩壊の原因を担ったゆえに一時的に影響力が低下しているものの、地球連合各国の政治家へのパイプの太さは五大氏族の中でも別格で他の追随を許さない。
そんな五大氏族の一角を占めるサハク家当主コトー・サハクの意見には、そうさせるだけの十二分の重みがあった。
「確かに我がオーブの国力は低下しており、この状態で地球連合構成国と真っ向から戦いを演じるのは困難です」
そのコトーの意見に押されるように再びホムラに視線が集まるが、ホムラは動じることなくそれを受け止め、静かに己の意見を開陳する。
「ただ、それはオーブがザフトと共闘することを公式に宣言した場合において発生する事象と言えるでしょう」
「ほう。では、代表は中立政策の放棄を声明として発表する意思はない、とおっしゃるのか?」
「その通りです。
公式に中立政策の破棄を宣言したとして我らに一体何のメリットがありましょう。
いいえ、メリットどころかデメリットだけが降りかかるだけではありませんか?」
「・・・それはそうですな」
「ザフトとの共闘は あくまでザフトが地球連合の攻勢に合わせて勝手に動いたという形を取るようにもっていくつもりでおります」
「・・・それが可能だと考えておられるのですかな?
オーブが正式にプラント側に組するとなれば地球の情勢にもかなりの影響がでるでしょう。
そんな得難い成果をみすみす見逃すようなことをプラントが許すとも思えぬのですが?」
コトーがホムラの存念を細部まで確かめるかのように言葉の剣を突き刺してくる。
ホムラはそれを同じく言葉の剣で正面から受け止める。
今この場での主役は間違いなくホムラとコトーのふたりへと移っている。
「もちろん、再三に渡る同盟の申し込みをはぐらかしてきた経緯もあり簡単なことだとは私も思っておりません。
ですがアイリーン・カナーバ議員との交渉次第でしょうが、付入る間隙は充分に残っていると思います。
強硬派の領袖であったパトリック・ザラ議長とクライン前議長との和解はその可能性を示唆しております。
ただ、そのためにはそれ相応の代償を支払わねばならないでしょう。
表立ってプラントに組みしたと他の地球連合構成国に思われるわけにはいかない以上、それもやむを得ないと判断しております」
「代償ですと?一体何を差し出すおつもりですか?」
「ザフトの潜水艦部隊が最も欲しているであろうデータ・・・
これまでオーブが集めた北太平洋を中心とする大西洋連邦周辺の海域データを渡そうと考えております」
「「「「!!!」」」」
ホムラの予想を遥かに超える思い切った決断に周囲の人間は息を呑み、顔を激しく引きつらせる。
それは交渉ごとにおいて海千山千のコトーも例外ではなかった。他の人間ほどではないにしろ、一瞬呼吸が止まり、さらにかすかに目じりの辺りが引きつっているのが見て取れる。
同時に、国防省からこの会議に参加している制服組、特に海軍軍人たちの驚きはひとしおだった。
その様子からはいずれも国軍の最高司令官たる代表首長がそこまでの考えを持っていたとは想像もしていなかったことが見て取れる。唯一、国防大臣だけが事前に相談を受けていたのか、静かにホムラの発言を聞いているのがかえって目立つほどだ。それほどまでに彼らの動揺ぶりは激しいものがあった。
実際、地球上の各海域のデータはコズミックイラの時代においても各国軍部における秘中の秘、機密中の機密のひとつである。
科学技術の発展の恩恵は、海中における索敵ということに関しては忘れ去られたかのように進歩がない状態が続いており、旧世紀と変わらず音による探知が主流を占めていることがその理由である。
今も昔も海水中での音の伝播は複数多岐にわたり、潜水艦を探知するときの大きなネックとなっていることは既に述べた通りである。
天候、季節、風浪、潮流、潮速、塩分濃度、水温差、深度差、海底の地形、在質などの影響を受け、音は増減、反射、散乱、屈折、分断、遮断、攪拌されたりとさまざまに変化する(ちなみに世界でも有数の水中音響特性を誇るのは日本近海である。四周を海にかこまれた日本周辺は黒潮、親潮、対馬海流、宗谷海流、津軽海流、リマン海流などの多数の暖寒流が交差する。海底も浅深度から深深度まで千変万化の様相を呈している。加えて、日本の四季がもたらす気象変化によって音響はさまざまに変わり、まさに海中の万華鏡と呼ぶに相応しいといえる)
それらの貴重なデータは民間の研究機関が調査したデータならばともかく、軍事目的に国家が調べた情報が日の目を見ることはまずないと言っていいだろう。
ことに各国の沿岸部は、大洋に比べて海水温度と塩分濃度の変化が大きく潮流も強い。さらに複雑な海底地形の反射が大きく、また河川からの真水の混入、沿岸住民の漁船の活動動向など対潜戦を困難にする材料に満ち満ちている。
そんな貴重極まりないデータはたとえ相手が同盟国であってもその情報は秘されるほどのものをプラントに渡そうというのだから、制服組の驚きも国防に関わるものとしては無理もない。如何に、渡す情報が限定された海域のものとはいえ、相当のリスクを犯すことに違いはない。
なにより海域データの収集には近道はない。
測量船でもって地道にこつこつと手間隙と時間をかけて情報を蓄積していく以外に方法はないのだ。
その貴重極まりないデータを渡すということは、これまでの苦労を全て台無しにするに等しいのである。
しかしながら、それでも制服組の人員の誰一人としてホムラに対して反論の言葉を出すことはなかった。
今のオーブが置かれた状況がいかに苦しいものであるか、この場にいる誰よりも理解しているのが制服組メンバーだったからである。
それに、もし地球連合に下った場合は、これらオーブの国防上の秘密もよほど巧妙に隠したもの以外は根こそぎ大西洋連邦に収奪されることになるであろうことが予想できたからでもある。
で、あるならば使えるうちに取引材料として使うという国家元首の決断は、正しいと瞬時に判断した面もあるからかもしれない。
だが、そこにホムラは更なる爆弾を放り込む。
「これでも不足するような場合は、アークエンジェルの建造データも付けるつもりです」
「「「「!!!」」」」
驚愕の上に驚愕を重ねると一体どういう表情になるのか、その実例がここにあった。
顔面の表情筋を限界まで引きつらせ、額に脂汗を浮かべながら首長のひとりが恐る恐る尋ねる。
「本気で自国の持つ最新鋭の軍事技術すら渡そうというのですか?」
「・・・既にプラントには4機のGのデータが渡っています。
その4機のデータバンクの中には母艦であるアークエンジェルの情報も一部含まれていました。
遅かれ早かれ、プラントは断片的な情報からでもアークエンジェルのおおよその全容を把握するでしょう。
彼らにはそれだけの技能を持った人材を多数持っていますから。
それにコストの問題から我がオーブでアークエンジェル級の艦艇を建造する予定もありません。
ならば、ザフトの名だたる部隊が攻撃を仕掛けながら最後まで撃沈することが出来なかった浮沈艦としてのイメージが廃れていない今こそが、データの売り時ではないでしょうか。
我がオーブは交易を持って成り立つ国。
例えそれが軍事機密であろうとも売り時を見逃すのは癪でありませんか?」
ホムラの言に僅かに苦笑を浮かべる者、一理あると認めたのか表情を引きつらせたまま頷く者、最新鋭の軍事技術の流出などとんでもないと否定的に顔をしかめているものもいる。
その様子を視界に収めながらもさらにホムラは自説の根拠を主張する。
「それに、プラントの戦略目標を考えれば海域データの提供はそれほど大きな失点にはならないはずです」
「どういう意味でしょうか?」
「今次大戦の開戦のきっかけを思い起こして頂きたい。
プラントが望むのはあくまで自身の独立に過ぎず、地球上における覇権や領土を欲しているわけではないのです。
プラント理事国の経済は、独立によって資源とエネルギーの金のなる木を失い大打撃を受けるでしょうが、言い換えればプラント理事国でない我らに大きな影響はありません。
むしろ、独立によってプラントとの貿易額は増加するかもしれないのです。もしも、そうなった場合はオーブにとってプラントは友好国という位置づけになるわけです」
改めてホムラに基本的な事実を指摘され、間近に迫った危機に自分たちがどれほど視野狭窄に陥っているか気付き愕然とするもの達がいる。
「それに通告を受け入れ地球連合に下った場合、オーブのデメリットが大きすぎます。
それが、私がプラントに組することを選ばざるを得なかった最大の理由でもあります」
「いくつかは予想もつく。
が、確認も兼ねて説明してくれるか?」
ここに至って、ウズミが口を開き重々しくホムラに頼む。もっともそう頼むウズミ自身は既に理由の大半を察しているようだ。
それにひとつ頷くと、ホムラは理由を説明する。
「基本的に、大西洋連邦の望むものはプラントとは真逆の自らの地球圏における覇権です。
それは、通告文を見れば誰の目にも明らかだと思います」
周りを見渡しながら、それについては異議がないことを確認する。
「まず、地球連合の通告に従い、彼らの膝下に入った場合を考えてみて下さい。
その場合の最大のデメリットは、オーブという国家が大西洋連邦に併合されこの世から消えてしまう恐れがあるということです」
はっきりと言い切られたそのホムラの一言で会議室内の雰囲気が大きく揺れる。
政治家や官僚であっても祖国に愛着を持っている。ならば、自らの祖国がなくなると言われればそれも当然か。
「その理由は、開戦劈頭に南アメリカ合衆国に対して大西洋連邦が行った行為を思い起こしてもらえれば充分でしょう」
淡々と事実を指摘し、ホムラは皆の埋もれている記憶を呼び起こしていく。
南米大陸をその勢力圏としていた南アメリカ合衆国は、当時の最高評議会議長であったシーゲル・クラインの呼びかけに応えプラントとの優先貿易協定を結んだ。そして開戦後、その協定を理由に大西洋連邦に侵攻され、全土を軍事制圧された後、そのまま併合されている。
「さらに考慮にいれなければならないのは、地球連合に占領されたならば、オーブ軍はプラントとの戦争の前面に駆り出される可能性が大であることです。
それは、大西洋連邦が併合した南アメリカ合衆国の軍をユーラシア大陸に送り込み、第一線に立たせていることからも容易に予測がつくと思います」
事実、武装解除された南アメリカ合衆国の正規軍は、大西洋連邦の元で再編されたあと相当数がユーラシア連邦への援軍として投入されている。
おそらくは、南アメリカ合衆国正規軍による組織的なゲリラ活動を未然に抑えると同時にユーラシア連邦に貸しを作るという、一石二鳥を目論んだものであろう。
「軍人は戦うことがその任務であります。
ですが、何ら自分たちとは関係ない戦場に送り込まれ、それも侵略という戦場で戦うことを望んでいるものは、オーブ軍の中には誰一人としていないであろうことを私は信じております」
そう言いきるホムラに何人もの制服組の軍人が静かに頷いている。
甘いと言われようとも国家元首その人にそう言ってもらえれば、制服組としては喜びの感情が浮かぼうというものだ。
「もし地球連合に下ったならば、当然オーブ軍は地球連合軍の指揮下に置かれることになります。
その場合は、その地理的な要因からザフトの要衝であるカーペンタリア基地攻略のため、陸海空の三軍共に動員されるでしょう。
そして現状、双方の保有する戦力および戦術的判断からして直接カーペンタリア基地を攻めることはないと考えられています」
そこでちらりと視線を国防大臣に向け、視線の先で大臣が肯定しているのを確認する。
「ゆえに、オーブ軍が外に向けて振るう刃の切っ先は、大洋州連合への侵攻・・・
そうなる可能性が最も高いと考えるべきです」
そこで一呼吸置くと最後に強く言い放つ。
「長きに渡り国家防衛のために整備されてきたオーブ軍が、よりにもよって他国への侵略に用いられることになるのです」
ホムラは声を荒げることなく静かに丁寧に分析・解析された事実を積み重ね、予想されるであろう未来について話している。
だが、その内容はしっかりとした調査に裏付けられた事実に基づいており、かつ展開される予想も非常に理路整然としたものだ。
従って極めて説得力が高く、周囲の人間は心の奥底にまで鋭い切っ先を突き刺されたように、安易に逃げることなく深く重くそれを受け止めざるを得ない。
ひとしきり地球連合の軍門に降った場合についての予想を語ったホムラは、一息入れると今度はプラントについての話を始める。
「一方、プラントに味方した場合を考えてみて下さい。
おそらく彼らは諸手を上げてとまでは言いませんが、地球連合とは比べ物にならないほど好意的にオーブを迎え入れてくれるでしょう」
手元を操作し、スクリーンに南太平洋を中心とした地図を映し出す。
「オーブがプラント寄りになることによって、プラント同盟国である大洋州連合の東側に強固な防壁が築かれたも同然の状態になります。さらに、南太平洋から地球連合の影響力は一掃され、南アメリカ合衆国で活動する部隊の兵站線を新規に構築可能となり、同時にこれまで以上に双方の間で交易が行われるのですからそれも当然です。
ヘリオポリスで地球連合の兵器を開発していたことはマイナス要因となるでしょうが、それを補って余りある利益がプラントにもたらされるのですから大きな問題にはなり得ないはずです。
さらに重要なのは、地球連合とは違い、先にも述べたようにプラントが求めているのは独立であって覇権ではないことです。
宇宙に自らの居住地をいくらでも増やすことのできるプラントは、安全保障上の要地を除き地上における領土など求めはしません。というよりも、迫害されたコーディネイターが彼らから見れば無数のナチュラルが居住する地上に戻ろうと考えるでしょうか?
いいえ、そうは思えません。
よって、オーブがザフトによって占領される恐れは極小であり、オーブ軍はその本来の役目である国土防衛に邁進できるはずです」
ホムラは自身が命じて作成させた各部門の資料をもとに次々と説得のための札を切っていく。
実際のところ、こうしてホムラが並べた札を見てみると地球連合とプラントでは、圧倒的にプラントに味方したほうがオーブにとって利があることはこの場にいる誰の眼にも明らかである。
ただし、
「しかしながら、今述べたことはプラントが敗北した場合、全てご破算になります。
そしてプラントが敗北した場合は地球連合の矛先は残されたオーブに間違いなく向けられます。
そのような事態に陥った場合、我が国に抵抗の余地はありません。
無理に抵抗しても被災者を増やすだけで何ら意味もありません。
つまり、その時点で私たちには全面降伏する以外の術は残されていないでしょう。
その場合、このまま地球連合に従った場合と比べてみれば、より厳しい条件を突きつけられる可能性が高いと見るべきです」
そう、ホムラ自身の言う通りプラントが敗北した場合、オーブにはより過酷な試練が襲い掛かる可能性は低くはない。いや、むしろ高いというべきだろう。
それでもホムラはプラントに味方する意思を曲げず、その利点を強調する。
「現時点での情報部からの報告を見る限り、この戦争の勝者は未だ定まっておりません。
つまり、プラントに味方し祖国の独立を守り通せる可能性は低いものではないということです」
今次大戦の推移には、単純な国力比較だけでは説明できない事情が多く、地球連合内部の相克やブルーコスモスの暴走など多数の要因が複雑に絡み合い容易に勝者を見通すことができない。
本来であれば、圧倒的な人口比を誇る地球連合が最終的には自力で押し切るとの見方が多かったが、プラントが示唆しているNジャマーキャンセラーの存在が、勝者の行方をより混沌の彼方へと押し戻してしまった。
可能性としては極小だが、核による衛星軌道上から飽和攻撃を繰り出された場合、制宙権の大半をザフトに奪われている地球連合宇宙軍にそれを阻止する術はない。
そのことを背景に、ホムラは粘り強くプラント側に付くことへの同意を求め続けた。
「また、これは前回の会談において非公式に打診された話ですが、オーブがプラント側に付いてくれればプラントはヘリオポリス再建の費用を供出する用意があるとのことです」
この一言に眼の色を変えたのは、オーブの財務官僚たちである。
崩壊したヘリオポリスの難民に対する対応もただではないし、ましてや昨今の軍備増強による支出の増加はあらゆる財務官僚の胃を痛めつけるに充分な効果を及ぼしている。
そんなさなかに突然持ち出された黄金の蜘蛛の糸に喰いつかないようであれば、それは財務官僚として失格であろう。
「もしも為政者が国のために賭けをしなければならない時があるのだとすれば、今この時がそうであると私は思います」
ホムラはそう言って周囲の反応を見る。
室内はホムラの言を吟味する国家の重鎮たちが発する重苦しい空気に包まれている。
いずれもがここが決断のしどころだということを重々承知している。それゆえに、普段使わないであろう脳の隅々まで思考領域を広げ、自らの判断の一助にさせようとしている。
確かに祖国が消滅する危険を承知の上で降伏などしたりしたら、後世に売国奴との汚名を残しかねない。
政治をつかさどるものであれば、絶対に避けたいワースト3に入るであろう称号だろう。
ただし、最後に切られたプラントによるヘリオポリス再建資金供出という切り札の効果と、ホムラの真摯で論理的な説得に、かなりの人間がプラントに付くのもやむなしと決断を下している様子である。
人を動かす理由となる大義と利益をうまく提示してみせたホムラの手腕は見事というよりほかにない。
それでも、明確にプラントへ組するのはと躊躇する様子を見せる者たちに、ホムラは更なる手札を提示する。これほどまでの切り札を用意するとは、この会議のためによほど念入りに準備を整えてきたことが窺い知れる。
「先に申し上げた通り、プラントに味方することを公式発表するつもりはありません。
ただし、地球連合の通告内容を地球圏全域に向けて公表します。
その中で、オーブが地球連合に無理難題を要求されていることを強調します。
そして、最後まで交渉による解決を目指しているがその可能性は高くないことも同時に広く伝えます」
「なるほど、加害者は地球連合軍であり、オーブは被害者であるとの立場を強調するわけですな」
「その通りです。
さらに、彼らの狙いがオーブが有するマスドライバーであることを示します。その上で戦争に利用されるぐらいであればマスドライバーを爆破する用意があることも伝えます。
戦闘の結果如何によっては意味を成さなくなるかもしれませんが、やっておいて損はありません」
「本気でマスドライバーを爆破するおつもりですか!?」
「戦闘工兵部隊による爆薬設置は実施します。
可能性は極めて低いですが、マスドライバーが手に入らないと判断した大西洋連邦がオーブ侵攻を中止するやもしれませんので」
「なるほど。では、実際の爆破は行わないのですな?」
「行いません。ただし、部分的な爆破の可能性はあります」
「どういうことですか!?」
「大西洋連邦に、我々の行動をブラフではないと思わせるのに必要であれば部分的な爆破を行います」
「許されないことですぞ!そんなことは!」
「いいえ。戦闘行動の一環として行われる作業のひとつとして、法律上問題ないことは確認済みです」
冷静に自らの対応を伝えるホムラ。こういった反応があることはおそらく織り込み済みだったのだろう。
「主要部分は破砕するつもりはありません。対象となるのは外側の派手に壊れても影響の少ない場所に絞る予定で、既に工兵部隊とマスドライバーの設計部門による選別は完了しております」
他に意見のあるものはいないかと視線で促すが、ここまで見事に対応されると意見も出しにくいものがあるだろう。
「・・・オーブは最後まで戦争に加担しようとはしなかったという、コーディネイターに対するよいアピールになるやもしれませんな」
ようやくそのような意見が出されるが
「さらに通告の公表に合わせて、オーブ全土に戒厳令を発動します」
ホムラのその一言で、場は再び騒然となる。
「戒厳令ですと!?」
「それは危険なのではありませんか?」
「左様、避難命令だけで事足りるのではないでしょうか?」
戒厳令の意味を理解している主に年長の首長たちが少々過激ではないかとのニュアンスを含めて尋ねてくる。
「いえ、戒厳令でなければなりません。
親族にコーディネイターを持つ家族全員に国外、またはアメノミハシラへの強制疎開を命令するには、避難命令だけでは弱すぎます」
「強制疎開ですと!?」
「そこまでの行為が必要とお考えなのですか?」
「いささか過激ではありませぬか?」
「いえ、これは必要不可欠です。
万が一、オーブが連合軍に制圧された場合のことを考えれば決して譲ることのできない行動だと思われませんか?
もしも、オーブ国内のコーディネイターたちが大西洋連邦に連行されるような事態になれば、我々に打てる手はなくなくのですぞ!」
国内のコーディネイターたちは何があっても守られなければならないことをくどいほどに強調するホムラ。冷徹に現実を見据え、必要な取捨選択を行いオーブの国力の源泉を守ろうとするその姿勢に揺らぎはまったく見られない。
首尾一貫した代表首長の主張に自然と反論の声が静まっていく。
そんな周囲をぐるりと周囲を見渡すと目当ての人物に対して止めとばかりにとある依頼をする。
「コトー殿、ロンド・ミナ・サハク殿を地球連合軍との戦闘開始前にアメノミハシラの全権を預かる責任者として派遣して頂きたいのですが、かまわないでしょうか」
「ミナをアメノミハシラの責任者に、と?」
「左様です」
「ふむ・・・
なるほど、モルゲンレーテに勤めるコーディネイター達にも避難の理由を与えるおつもりか」
「はい。
自らの避難を是とせず、危地に残ろうとする志ある者たちこそ国の宝。
そのような者たちこそ何としても逃がさねばなりません」
「そのためには大義名分が是非とも必要じゃからの・・・
その点、サハク家の跡継ぎにして自身もコーディネイターである我が娘ミナなれば最適ということか」
そういいながらもコトーはホムラの言外の意味を汲み取っている。
ヘリオポリス崩壊により発言力を低下させているサハク家に花を持たせることで、政治的な和睦を図ろうとしているのだと。
「言語道断な行動に出たカガリも、最近は後を継ぐものとして意識に目覚めてきておりますが、適任という点ではミナ殿にかないますまい」
更なるホムラの言葉に、コトーは横に座する自らの愛娘に向かって答えを促す。
ホムラの言の裏を読み取れていないカガリが頬を膨らませている様子がちらりと目に入る当然無視する。
「どう考える、ミナ?
わしはこの要請を受けるべきだと思うが」
視線で自らの思うところを述べよと告げる。
それに対し軽く笑みを浮かべると、不敵な光をその両目の中に際立たせながら真っ直ぐにホムラに視線を据え、彼女は口を開いた。
「ホムラ代表の言には理がございます。
ましてや父上の命とあれば、このロンド・ミナ・サハク、如何なる任であろうと果たして見せましょう」
「ということじゃ、ホムラ殿」
「アメノミハシラに関することは全てお任せします。
既に必要と思われる人員と資材は送り込んであります。
それでも足りないものがあれば、時間の許す限り最優先で対応させます」
「委細承知。送り込んだ人員と物資の一覧のみ早急にお渡し願いたい」
「こちらに用意してあります」
ホムラの視線に指示された秘書官のひとりが用紙とデータパックの双方をミナに渡す。
ざっと一覧に目を通しすミナ。
「確かにアメノミハシラの全てを引き受けました」
「よろしくお願いいたしますぞ、ロンド・ミナ・サハク殿」
アスハ家とサハク家の間の確執を承知の上で大任を任せようとするホムラの度量に対し、器が小さいと思われるような行為を取れるはずもない。内心の思いを別に大局的な判断を下したロンド・ミナ・サハクは笑みを浮かべながら力強く請け負うのであった。
そして、最大の懸念事項を解決できたことはホムラにとっても肩の荷が下りた思いなのであろう、それまでになかった笑みが薄っすらと浮いている。
ただ、直ぐにそれを消し去ると視線を閣僚たちへと向ける。
「戒厳令の発令はこの会議が終了次第手続きに入ります。
担当の方々は迅速なる対応をお願いいたします」
既に決定事項であると柔らかで丁寧な表現でありながらも断固として命令を下すホムラ。
「かしこまりました。所定の計画に従って直ちに準備に入ります」
それを受けて直ちに活動を開始する閣僚たち。
「戒厳令か・・・
子供等が時代に殺されるようなことだけは、避けたいものじゃが」
「そのような事態を招かぬために、我らが動くと考えるべきでありましょう」
ざわめきを増した中で年配の首長が呟くのに対し、ちょうど傍にいた若手の閣僚が応える。
ホムラの強い意志に感応したのか、常になく覇気に満ちるその言葉に老齢の首長も苦笑を浮かべる。
「そうじゃな。お主の言うとおりじゃ」
「武力侵攻に対する国家防衛計画、そしてオーブ在住のコーディネイター避難計画・・・・・
無駄になってくれることを祈っていたのじゃがな」
「徒手空拳で今日の事態を招くことがなかっただけでもよしとせねばならぬということじゃろうて」
もう一人の年配の首長がしみじみというのに合わせて、苦笑を浮かべたままもう一人が慰めるように言う。
実際、地球連合軍と真正面から戦った場合の勝率は低いとはいえ、オーブ軍はここ一ヶ月ほどで武器弾薬の蓄積および新規車両や艦艇、航空機の調達などかなりの増強がなされている。
プラントからもたらされた大西洋連邦の侵攻の情報が疑いでしかなかった段階では、もっぱら弾薬の集積と未就役艦艇の早期戦力化など、周辺国の緊張を高めぬよう対外的に物騒に見えない範囲での行動が中心であったが、情報部の活動により侵攻がほぼ間違いないと判明した段階で急速に増強のペースを向上させていた。
空軍は継戦能力の向上に主眼がおかれ、対空・対艦ミサイルのストックの積み増しと航空燃料の分散配備が中心であったが、予備役パイロットの動員による戦闘攻撃機や爆撃機などの正面戦力の増強以外にも輸送機による準戦時態勢への移行、戦闘準備に大きく貢献してきており、今現在もそれは続いている。
陸軍では、これからの陸戦の中心となるMSの増産と在来戦力の向上という両面で強化がなされている。
予備役動員による部隊数の増加を中心に、地対艦ミサイルや対空ミサイル、重砲弾を初めとする弾薬類の蓄積は当然のこと、リニアガンタンク部隊、リニア自走砲部隊、戦闘ヘリ部隊、対空ミサイル部隊など軒並み定数一杯までの増強がなされており、一部では定数以上の増強が行われているほどである。
施設部隊による陣地構築は疑惑が確信に変わった段階でそのスピードを数倍まで引き上げられ、第一抵抗線となる陣地を構築した後は、第二次、第三次となる抵抗線の造成をしゃかりきに行っている。まあ、予備陣地の有無が戦線維持にどれだけ貢献するかを理解していれば、その必死さもわかろうというものであろう。
海軍は、さすがに大型艦艇を新規建造というわけにはいかず、建造途中の艦艇の就役を早めることに注力されたが、短時間で建造可能な小艦艇、とくに高速戦闘艇(ミサイル艇、魚雷艇、砲艇等)や無人潜航艇等については相当数の隻数の増加(一部のミサイル艇は赤道連合からの緊急輸入が行われていた)が見られる。
もしオーブが大洋において大西洋連邦の大艦隊と向き合うというのであれば、高速戦闘艇の出番は無きに等しかったろう(敵航空制圧下では小艦艇が生き残れないことは過去の戦史で繰り返し証明されている)。
だが、群島国家であるオーブ防衛戦では必然的に戦場が多島海となり、高速戦闘艇が生き残れる条件である沿岸地形や島嶼の利用が可能となる。さらに知り尽くされた天候・気象・海象がその運用をサポートし、本土近海という条件が不足する策敵能力をフォローする。
さらに高速戦闘艇本体の艦体の小ささから来る隠れ場所に比較的困らないというメリットが合わされば、地の利を活かして十二分に活躍することは十分に可能であろう。
その上、一定のサイズ以下では渡洋侵攻能力に欠ける高速戦闘艇の整備は、他の艦種に比べて周辺諸国の軍事的緊張を煽りにくいというおもけもついており、中立を標榜するオーブにとっては非常にメリットの高い軍備であるといえよう。
そんな実情をつらつらと頭の中で考えながら、彼らは計画上真っ先に成すべきことを思い浮かべる。
「・・・まずはモルゲンレーテの社員からですな」
「左様、まずはそこからでしょう」
「ミナ様の準備はいかほど掛かりますでしょうか」
「いくつか手配せねばならぬことがあるゆえ、しばしの猶予をもらいたい。
そうだな、明日の10:00の便には間に合うと思う」
「了解いたしました。そのように手配します」
「うむ。頼んだぞ。
それで、父上はいかがなされます?」
「ふむ。五大氏族の当代と次代の当主が一緒に消えるのは国民にマイナスの影響を及ぼすやもしれんのでな。
老骨はこの地で踏ん張るとしよう」
「あまり時間は残されておりません。速やかな対応をお願いいたします」
ホムラが注意を促すように声をかける。
それに頷きながらコトーは安心させるように応える。
「わかっておるよ。計画通りに動かすだけならばわしらのような老いぼれでもできよう。
ホムラ代表には他にすべきことがあろうしな」
言外の意を汲んだホムラは静かに頷きながら答える。
「はい。ご推察の通り、今現在もオーブに滞在しているアイリーン・カナーバ議員と会談を持たねばなりません。これまでの経緯もありますので心苦しいものもありますが、これは、現オーブ代表首長としての責務ですので」
「会談がよき実りをもたらすことを祈っておりますぞ」
「ありがとうございます」
ホムラの返事を受けたコトーとミナは、連れ立って会議室を出て行く。
それに合わせて、閣僚たちもその場で出せる指示をあちこちへと出し始める。
ホムラはいい意味での喧騒に包まれれ始めた周囲の様子を見渡し、そして、ゆっくりと座ったままのウズミへと視線を向ける。
ほんの一時、兄弟の視線が真正面から絡み合う。
しばし、ホムラの視線を受け止めたウズミはゆっくりと口を開く。
「・・・今のオーブの代表首長はホムラ、お前だ。
成すべきことを定めたらならば、躊躇うことなくそれを成せ。
私もできるかぎりのことは手伝おう」
「兄上・・・ありがとうございます」
ウズミの自らの決断を後押しする言葉に、言葉にならない思いが湧き上がる。
ホムラにとってウズミは常に尊敬に値する存在であった。
その兄に認められたということが、ホムラの胸の内に熱い何かが未来への展望に強く明るく光を点す。
いまの一言で、今日の日のために様々に動いてきた苦労が全て報われたような気がする。
そんなホムラにウズミが言う。
「礼など不要だ。
お前が中立政策を今の段階で破棄するのは、戦後に中立政策を復活させることを考慮に入れているからだと理解している」
ウズミには、ホムラが中立政策を掲げた自分の理想と冷徹な現実の間で何とかしようと足掻いたであろう様が手に取るようにわかった。そして、その間でぎりぎりのバランスを取って今回の挙に出たのであろうことも。だからこそ、この言葉だけは伝えておかなければならない。
「・・・例え我ら二人の互いのスタンスが違っても、我らは共に民の未来を掴もうとしていることに違いはあるまい」
「・・・はい。ハウメアに誓って」
「やはり、私は得難い弟を持てたようだ・・・
そのことをハウメアに感謝せねばなるまい」
「兄上・・・」
皆が見守る中、席を立ち静かに歩み寄ったウズミとホムラは共にオーブを担う一人の政治家として力強く握手を交わす。
C.E.71年6月22日、オーブの未来を左右する決断は下された・・・
あとがき
オーブ攻防戦開始まであと少し・・・じゃないな、多分(苦笑)
いろいろとこまごまとした小話が残っているしなあ。
それにしても、会話のテンポはうまく書けないし口調もいまいちだし、成長の跡が見られん(爆)
しかし、書き直せば書き直すほどぐちゃぐちゃになっていくと、書こうという気力がごりごりと削られていくしなあ
やはり、私は書くよりも読んでいるほうが好きということか(しみじみ)
だが、こんなところで投げ出しでもしたら代理人の神罰代行がぁぁぁ!?(謎)
代理人の感想
そりゃ! 当然!(違)
それはそれとしてなんというか、ウズミって首長としてはともかく親としては・・・と痛感させられる一幕でしたな(爆)>カガリ
原作よりははるかに評価上昇しているとは言え、こっち方面での評価は何ら変わらないというのが泣ける。
そういう意味ではサハクのほうが随分とマシだったんですねぇ。