紅の軌跡 第30話

 

 

 

 

 空の色が漆黒から群青色に変わるに従い、星々の姿は東の方から次々と消え始めた。

 水平線がおぼろげながらも見通せるようになると、それまでの星の光に変わって黎明の曙光が巡航する艦隊の姿を照らし出していく。

 海面を渡る風が、それぞれが掲げる旗を音を立ててはためかせ、寄せる波が鋼鉄の艦体にぶつかっては、飛沫となって砕けていく。

 「運命の日の夜明け、か」

 旗艦の艦橋で、明け染めていく海面を眺めながらダーレス中将は呟いた。

 彼の視界には、曙光を受けてその雄姿を現し始めつつある航空母艦、強襲揚陸艦などの幾隻もの大型艦艇、そしてそれらを取り囲むようにイージス艦、駆逐艦などの中小型艦艇が陣形を敷いているのが映っている。

 ダーレス率いる、大西洋連邦第4洋上艦隊を中心に形成されたオーブ侵攻作戦に従事する艦隊は、北米大陸西海岸の泊地を抜錨し、ハワイ諸島をかすめ、一路太平洋を横断し、同盟国であるユーラシア連邦と東アジア共和国の艦隊と合流した後は、太平洋をただ南下し続けてきた。

 そして、赤道を越えてからはオーブの中心であるヤラファス島を目指し、たどり着いた場所はヤラファス島北方150km付近の海域。。

 今日の日付は6月24日。時刻は5時48分。

 地球圏有数の戦力を持つ強大な艦隊が、やがて至る時を待って静かに牙を研いでいる。

 それもそのはず、周囲を見回すダーレスの視界内に見えるのは、率いてきた海上戦力のごく一部でしかない。

 歩兵や歩兵戦闘車などを搭載した揚陸部隊は、オーブからの長距離対艦ミサイルの危険を避けるため、攻撃艦隊の更に後方200km付近を遊弋しているし、潜水艦部隊も運用上の問題から直接指揮できるわけでもない。

 大きな権限を持っていることは事実だが、ダーレスはオーブ侵攻作戦の総司令官ではない。彼は前線司令官であり、オーブ侵攻作戦の総司令官はハワイ諸島に陣取っているロバート大将なのである。

 そもそも海軍と空軍と宇宙軍、そして同盟国の艦隊、さらに本国の様子を伺いながら作戦を統一指揮するにはどうあっても前線に出るわけにはいかない。通信能力が強化された揚陸指揮艦でも、これほどの規模の統一指揮には能力が不足してしまうのだ。

 おそらくは折衝につぐ折衝、調整につぐ調整に額に汗して駆けずり回っているであろう上官に、ダーレスは内心で手を合わせている。それと同時に、限界があるとはいえ、一介の軍人としてこれほどの戦闘力を持った艦隊を直接指揮できる喜びが、ダーレスの腹腔でふつふつとマグマ溜まりのように熱を放っている。

 

 既に朝日は水平線から完全に顔をのぞかせ、海面の波頭を白々と輝かせている。

 抜けるように青さのなか、アクセントのように浮かんでいる白いスコール雲が、ともに全天を覆っている。

 そんな戦時中とはとても思えない爽やかな朝を迎えながらダーレスは思う。

 今日の12:00までにオーブから「要求の受け入れ」という回答があるか、あるいは本国で180度方針を転換し「艦隊撤退」の命令が発せられるという奇跡でも起こらない限り、眼前の南太平洋は新たな血と鉄と涙、そして全てを焼き尽くす劫火で染まることになると。

 オーブから本国に対し、再三再四に渡って交渉の申し入れが行われていることは様々なルートを経由して彼の耳にも届いている。だが、おそらく本国の連中も自分たちが言いがかりに等しい要求をつきつけていることは認識しているはず。だからこそ、先に方針転換を奇跡と呼んだのだ。

 

 それはすなわち、本国がその交渉を受けることはあり得ないということである。

 

 そこまで思考を進め、ダーレスは深いため息をつく。

 ひとりの軍人として、決して戦闘を恐れるものではない。だが、ザフトの戦力が未だ健在な状態で新たな戦端を開くことに、ダーレスは内心では反対であった。

 これがもし、何らかの理由でザフトが戦力を失っているか、あるいは他方面に戦力を既に投入しており、南太平洋に直ぐには投入できない状態にあるのであれば、ダーレスも今回の作戦を是としただろう。上層部が言うように、継戦能力の低下を防ぐには、今すぐに使用できるマスドライバーは確かに必要なのだから。

 しかしながら、ザフトの陸戦用戦力の一部はアフリカ方面に移送されているらしいものの、海空戦力は依然としてカーペンタリア基地周辺に展開しており、一部の戦力は前方展開を開始していると聞く。そんな状態で地理的に隣接するに等しいオーブに侵攻するなど危険極まりない。

 もしも、オーブとの戦闘中に横撃を喰らったらと思うと、南国の太陽の下にいながら背筋が凍りそうだ。

 実際、その不安は彼だけのものではなく、漏れ聞くところによれば作戦立案時にザフトの介入が最大の懸念事項として挙げられていたという。これまでザフトに押される一方であったとはいえ、本国の統合参謀本部にいる連中も決して無能の集団ではなく、中枢にいるだけの才はあるのだから。

 

 だがしかし、現実としてダーレスと彼の率いる艦隊はここにいる。

 悲しい現実だが軍人である以上、上層部からの正式な命令には逆らいようもない。

 そして、シビリアンコントロールの元では軍人は政府の命令に従うしかない。

 仮にその政府が、一部の利益団体に半ば操られているような状態にあっても・・・だ。

 それでも、一人の人間である以上、理不尽な想いにため息のひとつやふたつは出るというものだ。

 「おはようございます、提督」

 「ああ。おはよう」

 「いよいよですな」

 理不尽な想いを消化するために周囲をぼんやりと流し見ながらしばし物思いにふけっていたダーレスに、仮眠を取っていた主席参謀であるペイス大佐が近寄りながら言う。引継ぎ事項を確認しつつ、そのまま彼の真横に立つと改めて聞いてくる。

 「本国から何か連絡はありましたか?」

 「いや。定時連絡はいつも通り[所定の計画に変更なし]の一言だけだ」

 「そうですか。

  やはりオーブはこちらの要求を受け入れそうにないわけですね」

 「おそらくな」

 ダーレスとペイスの付き合いはそれなりに長く、短いやり取りで意志の疎通を終える。

 そんな彼らの視線の先で、白波を蹴立てて驀進していた航空母艦から1機、2機と、艦載機がカタパルトによって打ち出されていく。夜通し哨戒任務についていた機体の交代機が発進しているのだ。

 高速で航行し、発艦を続ける航空母艦は少しづつ旗艦から離れていく。一部の艦がそれに追随し、それに伴って艦隊陣形が変わっていく。

 その様子を見ながらペイス大佐がごちる。

 「艦隊乗組員の練度も、だいぶ上がってきたようですな」

 「いや。まだまだ十分というには程遠いだろう」

 「おやおや。随分と贅沢ですな、提督は」

 「開戦前の時代を知る者として妥協はできんだろう?」

 「それでも、以前よりはましではありませんか?」

 「まあ、それは確かにそうだが、な」

 主席参謀の言にダーレスは顔を顰めながら頷く。

 ザフトによるカーペンタリア基地建設に伴う一連の戦闘で、地球連合の太平洋方面を主任務とする艦隊が大打撃を受けたのはおおよそ一年程前の話である。

 その後も、カーペンタリア基地を策源地として太平洋に進出しようとするザフトを相手に、地球連合軍は海空戦力を主力として、頻発する戦闘に臨み続け、その結果、多大な出血を強いられてきた。

 しかも、C.E.71年に入ってからだけでみても、台湾島攻防戦やパナマ攻防戦によっておびただしい数の船舶が失われている。つまるところ、爪に火を点すような努力によって回復途上にあった艦隊戦力は、再び大きく磨り減らされたわけだ。

 そして今回、何度目か数えたくもないが、被った損害を回復すべく矢継ぎ早に新型艦艇が太平洋方面の艦隊に配属されてきたことで帳簿上の戦力は相当に回復している。

 だが、失われた乗組員たちに匹敵する熟練の人材は、一朝一夕には育て上げることが出来るものではない。

 むろん、そのことを認識している現場の人間たちは、例えわずかな時間であっても配属された新兵に対し可能な限りの訓練を施し、練度の向上に努めてきた。

 彼らを率いる司令官として、ダーレスはそれらの努力が無駄だったとは欠片も考えていない。

 だがそれでも、現場の人間の努力でカバーできる範囲を大きく超える損害を受け続けたことで、客観的に見てハードウェアは揃ったものの、それを動かすソフトウェアに関しては不安が残る艦隊が出来上がったとダーレスは感じている。

 そんなダーレスの想いを見て取ったペイスは言葉を続ける。

 「他方面の人員を回してもらって相当梃入れを図りました。

  現時点で、これ以上の強化は不可能でしょう」

 「それはわかっている。

  こちらに主要な人員を引き抜かれた大西洋艦隊からは怨嗟の声が聞こえてきているしな。

  だが、オーブ軍の連中は、開戦以降ずっと訓練に明け暮れていたのだぞ。

  練度に関しては間違いなく向こうの方が上だ」

 「ですが、無い袖は振れません」

 二人の間にしばし沈黙が垂れ込める。

 ダーレスが言ったことは、おおよそ艦隊司令部に属する人間であれば誰もが承知していることだけに、ペイスにもフォローのしようがない。同時に、主席参謀であるペイスが意見したように、人材を回してもらうにも限度というものがあり、現時点でこれ以上の補強が不可能なことも事実である。

 今の地球連合軍にとって、プロフェッショナルの艦隊乗組員はそれこそダイヤモンドのように貴重な存在なのだ。

 「・・・練度で劣る以上、物量で押すしかない。

  だが、脇腹を警戒しながらでは物量で押すのは難しい」

 暗にザフトの介入を示唆するダーレス。

 それに関しては主席参謀であるペイスも同意見だ。だが、これ以上そのことについて批判めいた意見を述べるのは司令官として好ましいことではないため、視線で自重を促す。

 それに気づいたダーレスはひとつ頷くと不毛な話題を変えようとし、咄嗟に思い当たったことを口にする。

 「そういえば連中の様子はどうだね」

 「はっ?ああ、あの連中ですか。

  そうですね。新型MSの整備に問題はないようです。受けている報告によれば、いつでも発進可能とのことでした」

 「なるほど。整備班は良いものを揃えているようだな」

 「おっしゃるとおりかと」

 どうやら変えた話題もあまり雰囲気を変える役には立たなかったらしい。双方にかすかながら「やれやれ」といった雰囲気が感じ取れる。

 まあ、員数外の戦力を押し付けられ、かつ、その戦力について指揮を十分に取れないとあれば無理もないかもしれない。

 「正直なところ、上層部はいったい何を考えているのかと疑いたいな」

 「・・・・・・」

 「本来、司令官がこんな愚痴をこぼしていてはいかんのだが、まあお前と俺の付き合いだ。聞き流しておいてくれ」

 「・・・熱い一日になりそうですね」

 「そうだな」

 司令官の言外の意味を汲み取ってペイスがそう応じ、それにダーレスも簡潔に頷く。

 

 戦争を間近にひかえながら、南国の日差しはますますその輝きを増しつつあった。

 

 

 

 

 

 赤、青、緑。

 紫、水色、黄色そして白。

 色光の三原色を初めとする色鮮やかな花々が咲き乱れる庭園は、そこにいるものの心を不思議と穏やかにしてくれる。

 木々の隙間を駆け抜け、肌をなぞる緑風。そして自己再生ガラスを通して降り注ぐ陽の光は、ここが宇宙に浮かぶ人工物の中だということをまるで感じさせない。

 「ハロ、ハロ」

 「ミトメタクナイ、ミトメタクナイ!」

 「オマエモナー」

 ・・・ただし、丸い形をしたこれまた色とりどりのロボットが飛び回っていなければという前提条件があればの話だが。

 もっとも、普通の人間が見れば呆気に取られるような光景も、ここクライン邸では日常の一コマでしかない。

 事実、持ち主(飼い主?)であるラクスは当然として、邸の主人であるシーゲル、そして食事の支度をした使用人たちも周囲を飛び回るハロたちにまるで動じていない。

 

 あっちへぴょんぴょん、こっちへころころ。

 あっちへころころ、こっちへぴょんぴょん。

 ハロたちは自分たちこそが、この邸の主であるかのように元気いっぱいに飛び回る。

 ・・・アスラン・ザラよ。史実でもそう思った人間は相当数に上ると思うが、いったい幾つのハロをプレゼントしたのだ?

 

 そんな一般人には少しばかりシュールな光景の中で、クライン親子は一緒に食事を取っていた。

 「ようやく新鮮な食材を不自由なく食せるようになったのですね」

 綺麗に透き通ったクリスタルガラスのような声音で、ラクスが喜びもひとしおといった風につぶやく。

 「ああ。ここまでくるのにかかった時間を考えると実に長かった・・・・・・」

 かつての自身の経験を思い出しながら、しみじみとシーゲルが娘の喜びに応じる。

 二人の感動の源、それは彼らの前にある食事である。

 ぱっと見ると品数は豊富だが何の変哲もない食事でしかないが、それらは全てプラント産の食材を使って作られたものである。

 プラント理事国によって食料輸入を厳しく制限されてきたプラントでは、新鮮な食材どころか、一山幾らといった感じで輸入されたレトルト食品が、朝昼晩の三食を満たしたことも珍しくなかった時代もあったことを考えると、ひときわ隔世の感がある。

 何しろ食糧事情の悪さは、一般市民だけでなく、プラントの上流階層というべきクライン一家をも逃しはせず、等しくプラントに居住する全ての人間を飲み込んでいたのだから。

 それが、今では三食全てに料理したての新鮮な食事を取ることができる。

 それもこれも全ては、プラントの食料生産工場としてその能力を十全に発揮し始めたユニウス市の頑張りのおかげであった。

 「食料の輸入はプラントの最大のアキレス腱だったからな。

  これでパトリックも一安心というところだろう」

 「食料生産コロニーへの改装はユニウス市だけと聞いていますが、それに続く改装の計画はないのでしょうか?」

 「少なくとも私が議長を務めていた時点では、そういう計画であったよ。

  それに戦争の行く末に、未だ目処がたっていない状態でこれ以上鉱工業生産能力を割くわけにもいかない。

  アイリーン達からも計画に変更があったとは聞いていないから、改装は当初の予定通りだと思う」

 「そうですか」

 「何、心配することはない。ユニウス市の食料生産能力は、プラントの全人口を十分に支えるだけのものを持っている。一部で成長の遅いものが不足するケースはあるかもしれないが、熱量ベースで不足するようなことはまずあるまい」

 ここでちょっと頭を働かせれば、プラントは耕作面積ではどう足掻いても地上には勝てないのは誰にでも簡単に想像できることと思う。

 にもかかわらず、「血のバレンタイン」の悲劇で失われたユニウス7を除く、わずか9基(ユニウス1〜5は現在改装中なので今のところは実質4基)のコロニーでプラントの全人口を支えようとするプラントの食料生産の特徴は、地上とは異なる植物の成長速度が鍵となっている。

 植物が成長するのに最適な環境を与えると、普通に地上で育てた時の数倍から数十倍の速度で成長することは旧世紀の水耕工場時代において既に確認されていた。

 それを時代に合わせてさらに発展させ、かつ遺伝子的に手を加え成長速度を強化した野菜や果物そして穀類に対し、半永久的に与えられる太陽光と、気温、湿度、与えられる栄養素まで完璧に管理された工場が用意されたならば、成長速度がいったいどれほどのものになるのか、地上の人間の想像を絶するものがあろう。

 古来より、食にかける執念が恐ろしいものであることは様々な寓話が伝えている。プラント市民が食に掛けたその執念もまた、未来において寓話のひとつとして語られるようになるのかもしれない・・・。

 「おいしい食べ物は、それを食すだけで人を幸せな気分にしてくれます。

  食料事情が安定したことでプラント市民が穏やかになって下さればと思いますわ」

 「そうだな。逆にもし、プラント独立闘争の原因のひとつに日々の食事にあったと指摘されたら、おそらく否定できる者はいないだろうな」

 苦笑を浮かべてそう言うシーゲルに、ラクスもくすくすと笑いを漏らす。

 食料輸入制限下の時代を笑って流せるようになったことが、ただそれだけで幸せだと感じることができる。

 食のありがたみをまざまざと感じる二人であった。

 そして、ひとしきり笑ったところでラクスは別のことを尋ねた。

 「ところで、お父様の携わっている作業は順調なのですか?」

 「うむ。問題らしい問題もなく、極めて順調と言えるよ。

  まあ、物が物だけに準備にいささか時間が掛かっているのはたしかだが、今回の経験が次回以降の作業のスピードアップに役立ってくれるだろう」

 と、こちらも笑いを収めて、鷹揚にラクスの問いに応じるシーゲル。

 父親の返事に、ちかりと瞳を煌めかせたラクスは今日初めて聞いたことを改めて確認する。

 「次回以降ということは、いま造られている脱出船だけではなく、次の船も用意が進んでいるということでしょうか?」

 「ああ。開戦寸前まで、ラグランジュ4にも新型のコロニーを建設する計画は止まることがなかったのはラクスも知っているだろう?

  プラント理事国は甘い将来を夢見て最後まで我々に必要な資材を作らせていたし、我々も決定的な瞬間の到来まで遅くなりつつも作業を進めていた。

  何しろ新型のコロニーは我らコーディネイターにとってもはや新天地も同然だったからな。

  結局、最終的な事態の悪化、すなわち開戦でコロニーの建設はいったんは中断することになったが、それまで建造した資材はそのまま残っている。それを流用するだけだから、既に完成寸前の分だけでもコロニー3つ分、全てを転用するなら最大で10個分に値する船を作ることができるだろう」

 プラントでは、行政区分である市が10のコロニーで構成されている。これは一番最初に完成したアプリリウス市の頃から続いていることであり、これ以降も常に10個分のコロニーを1セットとして建造していた。

 そして、今回シーゲルはその中でもっとも進捗率が高かったコロニーを惑星間航行用の船へと転用している。

 「3つ分・・・では、最低でも6隻の船が建造される予定なのですね。

  そういえば、作られている船が出発するのはもうすぐなのでしょう?」

 「人員の選抜はすでに終わり、訓練もほぼ完了している。

  物資の積み込みがすべて終わり、もろもろの最終確認が取れれば出発となるだろう。

  現時点での予定では、来週の終わりとなっている」

 少し喉が渇いたのか、手元のカップを口元に運びながらシーゲルが予定を告げる。

 「まあ。そんな時に、お父様が家でゆっくりなさっていて大丈夫なのですか?」

 「なに、ここまできたら私にできることはほとんどありはせんよ。

  せいぜいがパトリックに出発の最終許可を得ることぐらいだろうさ」

 出発まで間がないことを心配するラクスの問いに、自信を持ってそう応えるシーゲル。

 おそらくは部下たちの能力に全幅の信頼を寄せているのだろう。そのことは父の様子を見ているだけのラクスにも十分伝わった。

 「ならばよろしいのですが。

  ところで、脱出船の行き先は既に決まっているのですか?」

 「現時点では、最初の船の目的地は火星圏となっている。

  木星以遠の外惑星に進出するとなれば、火星軌道に橋頭堡が是が非でも必要となるからな。さすがに、最初から木星圏を目指すような冒険はとてもではないが認められるわけがない。

  それに外惑星へ進出するのならいろいろな面でマーシャンとの連携も欠かすことができないのはラクスにも予想が付くだろう?

  まあ、幸い彼らとは友好関係を今でも維持できているから、よほどのことが起きない限り問題はないとみているよ」

 パトリック・ザラに委任され、シーゲルが中心となって進めている、エクソダス計画の根幹を成す、ラグランジュ5の一角で組み上げられつつある巨大な惑星間航行船は、物がモノだけにプラントに居住する住人の大半が何らかの形で知っていると言っていい。

 それゆえ一部の強硬派から「負けることを前提とした脱出船を作るなど何事か!」という意見がちらほらと見受けられている。だがそれはあくまで少数意見に過ぎず、多くのプラント市民は予想もしたくない最悪の事態でも最後の希望が残されると肯定的な評価を下している。

 実際のところ、プラントはコーディネイターにとってようやく得ることの出来た安住の地であるが、「血のバレンタイン」によって、悪意ある者の攻撃には自分たちの足元が脆弱であることを強制的に自覚されられた市民たちにとって、逃げ場所があるということはそれだけで精神的な圧迫を軽くしてくれる存在であったのだ。

 さらに、先の選挙でクライン派はザラ派に主導権を奪われたといえる状態にあるが、このエクソダス計画をクライン派が音頭を取っていることで、戦争を主導するザラ派に対する複雑な思いを抑える鎮静剤として大いに役立っているという面も、派閥を率いる領袖として無視できるものではない。

 

 そんな一般家庭では「何それ」という感じの重要な事柄が、ラクスが質問しシーゲルが応えるという形で続いていく。

 本質はともかく、娘の持つほのぼのとした雰囲気に合わせるように、自らの事業を説明するシーゲルもいつになく朗らかに見える。

 そんな一般常識はどこにいったというやり取りが一段落したころ、ふとそれまでとは口調を変えてラクスが問いかける。

 「お父様、地球連合とオーブとの間でついに戦いが始まってしまうと伺いました」

 それまで同様表情には柔らかな笑みを浮かべたままだが、声音がわずかに沈んでいる。

 その声音に含まれるものを感じ取ったのか、

 「ああ。おおよその経緯は私も把握している。

  正直なところ、地球連合からオーブに対して発せられた要求は、独立国家としてとうてい受け入れられるものではない」

 重いため息を吐きつつ、シーゲルも少し居ずまいを正した。

 正直な話、ほんの数ヶ月前まで最高評議会議長としてプラントを率いていたシーゲルは、地球連合が提示した条件を眼にしたとき、己が目を疑った。

 これが仮にも国民に選ばれた政府が行う外交なのかと。

 「オーブ首脳部は何とか戦いを避けようと東奔西走しているようだが、地球連合は頑として自らの主張を変更する様子はない。

  すでに地上のザフトも介入するために展開していると聞いている。

  ほぼ間違いなく、先のパナマ攻略戦に匹敵する、いやそれを上回る大きな戦いとなるだろうな」

 かつて何度となく交渉した相手の苦闘を思い、ラクスに伝えつつシーゲルは瞑目する。

 

 力の裏付けのない言葉は、結局相手には聞いて貰えない。

 プラント独立のためにプラント理事国を相手に苦闘を続けてきたコーディネイターたちの根底には、大なり小なりその意識が流れている。

 そして、オーブに力の裏付けがないとは言わないが、力とは所詮相対的なものでしかない。

 つまるところ、オーブが陥っている状況とはそういうことなのだ。

 シーゲルも地球連合との交渉では同様の状況に何度となく切歯扼腕した記憶があるゆえに、リアル極まりないほどオーブが四苦八苦しているであろう様子が想像できる。

 同時に、議長を退いたとはいえ、鎮まる気配も見せず燎原の野火のごとく広がり続ける戦火に、プラント内の穏健派の中心人物として忸怩たる思いを禁じえない。

 だが、先の選挙でプラント市民はパトリックの押す強硬路線を選択した。

 シーゲルの路線では既に開戦から一年以上が経過しながら、未だに戦いの先が見えてこなかったことも市民の選択を後押ししたのだろう。

 さらにその上、地球連合は新たに議長となったパトリック・ザラが提示した講和の交渉をけんもほろろに拒否している。

 こうも悪い条件が積み重なっては、如何なシーゲルといえどもできることはほとんどなかった。

 

 「そうですか。それほどまでに・・・・・・」

 父の戦火の拡大を肯定する返事に、それまでの笑みを消し、憂い気な雰囲気を漂わせつつ、用意されていたカップをゆっくりとすするラクス。あるいは、気を落ち着かせる時を必要としたのかもしれない。

 「・・・申し訳ありません。おりかどの食事時に尋ねるべき質問ではありませんでした」

 「なに、気にするほどのことではない」

 そう言って謝罪してくる娘に、おおらかに笑って否定するクライン。

 彼にはラクスがそのような質問をした背景を想像できていた。だから、聡明だがどこか天然な面も併せ持つ愛娘に率直にそれを尋ねた。

 「キラ君のことが心配なのだろう?」

 「!?」

 唐突な父の指摘に、僅かに頬に朱が散るラクス。政治家の娘として、表情をコントロールすることにはそれなりに長けていたはずが、今回に限り感情が手綱を振り払ったようだ。

 あわててテーブルに戻したカップがいつになく甲高い音を立てるのを聞いてにやりと笑いながら

 「どうやら図星のようだね。顔が紅くなっているよ」

 とシーゲルは追い討ちを掛ける。

 続けざまの指摘に「えっ」と小さな声を上げ両手で頬を押さえ、ラクスは少しばかりうろたえてしまう。このようなラクスはシーゲルもほとんど見たことがない。だから心底感心したように言う。

 「アスランには申し訳ないと思うが、お前のそんな表情を引き出せたのはキラ君だけか。

  正直、彼を受け入れた時は、まさかこんなことになろうとは思ってもいなかったが・・・・・・

  だが、なってしまった以上、いろいろと今後のことを考えなければならんな」

 「お父様!」

 彼の言葉に一転して柳眉を逆立てて言い募ってくる娘を、たわいもないことでからかうことができることにシーゲルは新鮮な驚きを感じている。同時に、自分の娘であるということが想像以上にラクスに負担をかけていたかもしれないと改めて思う。

 歌姫と呼ばれ、プラント中から敬愛を受けているラクス。

 自身以上のカリスマを有し、様々な方面に才を見せてきたラクス。

 そして、私の全てを受け継ぐかもしれないラクス。

 そう思ったからこそ、彼女には自分の知る多くのことを伝え、導いてきた。

 クライン派と呼ばれるプラント内穏健派との人脈しかり、政治的な駆け引きしかり、そして、アスランとの婚約もしかり。

 アスランが良き若者であると、シーゲルは己が眼力にかけて断言することができる。未来に絶対ということはないが、彼と結ばれれば、ラクスを幸せにしてくれることは間違いないであろうことも。

 ただ、これまでの様子を見る限り、二人の間には友人としての親愛の情はあるが、男女の愛情と呼べるものはまだないことは承知していた。おそらくは、幼き頃から知り合いであったことが逆に親愛の情を愛情に昇華することを妨げていたのであろうことも。

 それでもこれから先、共に人生を過ごしていけば、やがて間違いなく愛情が生まれるだろうと考えていた。

 だが、そんな自分の考えがラクスの望みと一致していたかと言われると、今は疑問符を付けざるを得ない。

 これまでラクスは、いつも私の意向を微笑みと共に受け入れてきたが、その笑みは本心からのものだったのかと。むろん全てが偽りであったとは思わない。が、意に沿わぬことであっても私のことを思って受け入れていたのではないかと、いま、キラ・ヤマトという一人の少年のことを話題に上げられて頬を赤らめている娘を見てそう思う。

 ラクスは、明らかにアスランには向けていなかった男女間の愛をキラに対して向けている。

 そうだとすれば私は、ラクスの幸せを願うあまり少しばかり急ぎすぎたのかも知れないと、今更ながらに自戒の念が浮かんでくる。

 だからこそ、今の彼女の想いを大事にしてやりたいと強く思う。例えそのことでパトリックとの間に何らかの齟齬が発生しうるとしてもだ。

 「それにしてもキラ君の何がそんなにお前を引きつけたのか聞いてもよいかね?」

 そんな想いの込められた父の視線を向けられたラクスは、揺れる感情を収め、自らの心に真摯に向き合うこととした。

 ラクスが静かに想いに耽る間、しばし、そよ風が流れ去るささやきだけの穏やかな時が流れる。

 「思いもかけず地球連合の艦、アークエンジェルに救助され、今後の方針を決めかねていた中で、なぜコーディネイターが戦っているのかと疑問を覚えたのが彼を意識した最初のきっかけだったと思います」

 ふっとラクスが語りだす。

 「その後、彼がナチュラルの友人たちを守るために望まぬ戦いに身を投じていると知った時、その是非はともかく、彼に好意を覚えました」

 「彼が戦いに至ったおおよその経緯は聞いている。

  あまり良い状態ではなかったようだね」

 「おっしゃる通りです、お父様。

  キラは、ごく一部の友人たちを除いて周囲の理解を得られず、激化する一方の戦いに心身ともに消耗していき続けました。

  それでも戦いを止めないキラを見て、私は深い悲しみを覚えました」

 「ほう」

 「やがて、キラがアスランと幼馴染であることが周囲の友人の方々に知られ、その中の一部から強く非難されることとなりました」

 「そうか」

 シーゲルは痛ましげな表情を浮かべる。

 「それによってキラのぎりぎりで保たれていた精神の均衡が崩れたのでしょう。

  私が見つけたとき、彼はただ泣き崩れるだけでした」

 その時を思い出すかのように目を閉じながらラクスは言う。

 「私は、男の方が心底本気で泣かれる姿をあのとき始めて拝見致しました。

  どうもそれが、心に焼き付いているみたいなのです」

 「ふむ。なるほど」

 確かに歌姫と呼ばれ、プラントでも稀有の有名人であるラクスに泣く姿を見せる男はそうそうおるまい。そのことが強く印象に残っていると言われれば、なるほどという気がする。

 ただ、それは切欠に過ぎなかったのだろうとシーゲルは思う。

 これまでに、キラのようにラクスのそばで様々な面を晒しながらずっと居続けた男性は一人もいなかった。婚約者のアスランでさえも、ラクスに対して丁寧な対応を取り、紳士的な面しか見せてきてはいないはずだ。あるいは、プラントの歌姫としての声望がアスランにそのような態度を取らせてきたのかもしれない。

 一方、それに対してキラは、繕う余裕すら失うほど精神と肉体がぼろぼろになっていたということもあって、何一つ隠すことなく己が真実の姿をラクスに晒した。

 数多くのコーディネイターを見てきたシーゲルの眼から見ても明らかにレベルが違う、類稀なる圧倒的な能力を持ちながら、こと精神面においては信じられないほどの脆弱さを併せ持つ少年キラ・ヤマト。

 その全てを薙ぎ払う剛さと、触れれば壊れそうな脆さというギャップが、ラクスを魅せると同時に豊かな母性を激しく刺激したと考えられる。

 結果として、キラ・ヤマトという存在はラクス・クラインという一人の女性の心に決して消えることのない深さで焼き付いたということだろう。

 そんなシーゲルの推測を他所に、ラクスの言葉は続く。

 「キラは優しい方です。本来であれば戦いと生業とする軍人にはもっとも不向きな人でしょう。

  でも、その優しさがキラを戦場に向かわせました。

  母国を守るという、その意志が」

 「そうだな。だが、守るという行為もまた、相手の意志を砕く行為に他ならない。

  そのことが持つ意味を彼は受け入れられるだろうか?」

 「敵を倒すつもりで戦うわけではなくとも、キラは傷つくでしょう。

  悲しいほどに優しい方ですから」

 戦いを選択したキラの考えを尊重しつつも、その選択に一抹の悲しさを湛えながら、ラクスは言い切る。例え一緒に過ごした時間は短くても、互いを理解することはできたという想いと共に。

 シーゲルもそれには同意する。

 「キラ君が、とても優しい人間であることには私も同意しよう」

 だが、そこでシーゲルの台詞は終わらない。

 「だが、優しいだけでは戦争を終わらす道は見つけることはできない。

  それに、兵士としては優しさは自らをも蝕む諸刃の剣になりかねない。

  連合軍の兵士とて、コーディネイターを憎むものばかりではない。

  譲れない信念、守りたいという意志、そして生きたいと願う心。

  そんな想いで戦う兵士がたくさんいよう。

  あるいは、まったく逆に何らかの理由で望まずして戦場に出てこざるを得ないものもいるかもしれない。

  自分の向ける銃口の先に、そういったもの達がいると気づいた時、果たして彼はそれでもなお戦い続けることができるだろうか?」

 「・・・わかりません。

  キラならば、たとえどんなに苦しくとも一度決めたことを貫き通すため、最後まで歯を食いしばって戦う姿が思い浮かぶと同時に、殺し合いに疲れ果てまるで病人のようになってしまう姿も思い浮かんでしまいます」

 クライン邸に運び込まれた後の様子を知るだけに、ラクスの声も重い。

 史実においてキラにフリーダムを託し送り出したラクスとは異なり、パトリック・ザラの考えを聞いて己が考える和平への道筋に迷いを持ってしまった今のラクスは、好意を寄せるキラを戦場に送り出したことにも迷いが残ってしまっている。

 確かにキラは心身ともに消耗し尽したどん底から再起することに成功した。

 だが、だからと言って二度と同じ状態に陥らないとは言えない。いや、むしろ戦場心理などを中心に様々に研究されてきた統計から推測するならば再び同様の状態になる可能性の方が高いと言える。そのことを考えると胸の中の揺らぎが一際大きくなるように感じるラクスだった。

 事実、今の二人には知る術のないことだが、史実においてキラは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後に隠遁生活に入っている。そうなったのは、心身の消耗が再び限度を超えたからと想像するのはあながち間違いではないだろう。

 「剛さと脆さを併せ持つ彼ならば、確かにどちらの姿になってもおかしくはあるまい。

  そうならないようにするには一刻も早く戦争を終わらせることが最善なのだが、実際には戦争は拡大の一途を辿っている。

  ままならないものだ」

 深く椅子に沈みこんでシーゲルは重いため息を吐く。

 「・・・パトリック叔父さまは、既に戦争終結までの道のりを描かれているように見えましたが?」

 そんな父の姿を見つつ、自身に迷いをもたらした、かつての彼とのやり取りを思い出しながらラクスは言う。

 そのことをシーゲルも首肯する。

 「パトリックはオーブ攻防戦への介入とは別に、新たなる作戦を準備しているようだ。

  詳細は一切分かっていないが、事前準備の規模から予想して確実にスピットブレイクを上回るだろうな」

 「そうですか・・・

  オーブの戦いだけでなく、さらに多くの犠牲者が出ることになるのですね」

 まぶたを伏せながら、悲しみを漂わせた声音でラクスは言う。

 ラクスは戦いを忌避したりはしない。戦わなければならないことがあることをきちんと理解している。

 ただだからといって、悲しみの感情までが湧かないわけではない。いやむしろ、大衆の心を揺さぶる稀代の歌姫と呼ばれていることからわかるように、内に秘めた感情は人一倍大きいと言える。

 そんな娘の思いを察しながらも、シーゲルは最近になって感じるようになったことを告げる。

 「私はナチュラルとの融和を模索することを念頭においてプラントを導いてきた。

  マルキオ導師を仲介に、再三に渡り地球連合との交渉を持ったのもそのためだ。

  それに対して、パトリックは敵を打倒することを優先しているように思う。

  おそらくは戦闘の規模が拡大することになろうとも、それが勝利に繋がると判断したならば躊躇わずそこへと踏み込むだろう。

  そんなパトリックに、少し前までは私は一抹の懸念を抱いていた。

  だが幸いというべきか、今のパトリックにはかすかに垣間見えていた危うさがほとんど消えているように私には思える」

 「消えた危うさ・・・ですか?」

 ラクスの優れた才能は父であるシーゲルも認めるところだが、四半世紀にわたり地球連合と丁々発止の攻防を繰り返してきたシーゲルとでは、積んできた経験の量が違う。残念ながら今のラクスにはまだ、シーゲルに見えているものが見えていない。

 だから、シーゲルの指摘にラクスは息を呑むことになる。

 「妻の敵を討つために、ナチュラルの大量殺戮を躊躇なく行いかねない。

  かつてのパトリックにあったのは、そういう危うさだよ」

 「!!」

 「パトリックにとって、レノアはまさに半身といえる存在だった。

  それを奪ったナチュラルに対する怒りと憎悪は、決して消えはすまい」

 最愛の妻を失った時の己の無力さに絶望し、そしてナチュラルに対しての許しがたい憤怒と憎しみは、パトリック・ザラという存在の一部を永遠に変貌させたことを、シーゲルは他の誰よりもよく知っている。

 「・・・それほどまでに、叔父様の傷跡は深いのですね」

 残されたものの悲しさはラクスも母親を失った時に味わっている。幼さゆえに全てを知ったというつもりはないが、まるで胸の真ん中に真っ黒い大きな穴が開いたように感じたことを思い出す。

 そして過去、妻を亡くし悲しみの淵に立ちながらも、その穴を塞ぐようにたくさんの愛情を与えてくれた父に改めて感謝の意を思う。

 「にもかかわらず、今のパトリックからはその憎悪に端を発する危うさが見受けられない。

  ひょっとしたら最高評議会議長としての重責が、パトリックの憎悪を抑え込んでいるのかもしれない。本当のところはあるいはパトリック自身にも分からないのかもしれない。

  だが、いまこの時にかつての冷静沈着なパトリックを得たことは天の配剤かもしれないと思う」

 「では?」

 「ああ。今のパトリックならば、更に多くの犠牲を払うかもしれないが、私には出来なかった戦争の終結を導くことができるかもしれない」

 「戦争の終結・・・・・・」

 願って止まない言葉を父から提示され、ラクスは自分で思っていた以上に衝撃を受ける。

 拡大の一途を辿る戦乱に対して、自分たちは有効な手を打てず、切歯扼腕しつつも、将来に備えて父に協力し様々な方面に手を伸ばしてきた。

 そんな自分たちを飛び越えて、力ずくで和平をもぎ取ろうとするパトリックをそうまで高く評価した父に、ラクスは驚きを禁じえない。一方で、「戦争を終わらせられるのならば手段を問う必要などなく、終わらせた方法が正しい方法だ」と、冷静に指摘するもうひとりの自分がいることも感じている。

 「戦争が長引けば、それだけ戦死傷者の数も増え続ける。大事な人間を失い、悲しみと痛みを抱える人たちもまた増える。

  ならば、戦争を長引かせぬよう、一切の甘さを排除して戦いに臨む。

  あるいは、それもまた優しさの現われのひとつなのかもしれないな」

 「・・・・・・」

 シーゲルの万感の想いの込められた呟きに、今のラクスは返す言葉を持っていない。

 確かにパトリック・ザラは終戦に至る明確なビジョンを持ち、それを現実のものとせんと動いている。

 対して彼女は、信念は劣るつもりはなけれど、現実の方法という一点に関しては間違いなく先を行かれている。

 パトリックの指導の下、これから払われる犠牲は決して無意味なものではない。そのことが情勢から読み取れてしまうだけに、今は流れの行き先を見るしかないことが心に染みる。

 「今の私たちには彼らの無事を祈るしかないのかもしれんな」

 「そうかもしれません」

 諦観のにじむシーゲルの言に静かにラクスは頷く。

 頬を撫でていく風は、先ほどと変わらないはずなのに何故か冷たく感じられた。

 

 と、突然それまでの真顔を崩し、笑みを浮かべながらシーゲルは思いもよらぬことを告げる。

 「そうそう。戦争が終われば、お前がキラ君と共にあることもできるようになるだろう」

 「は!?」

 まさか今の話からそんな風に話が発展するとは思っていなかったラクスが驚きの表情を浮かべる。

 「おやおや。

  私は、彼は軍人としては危ういかもしれないと思っているが、一人の青年としては好意を抱いているよ。

  彼ならば決してお前を不幸にしたりはすまいとね」

 「お父様!」

 シーゲル・クライン。

 最高評議会議長という重責から離れ、さらに後任についての心配が薄くなったせいか、どうにもひょうきんな面が顔をのぞかせやすくなっているようだ。それでいて、キラの身柄を預かった後、彼についての情報は可能な限り収集するような用心深い面はしっかり残っている。

 実際シーゲルが、マルキオ導師を信頼していても、それでも裏付けを取ってしまうのは、独立運動に長く携わってきたことの職業病みたいなものだろう。

 そうして集めた情報は、ヘリオポリスが崩壊してしまったため最近の情報に関しては漏れが多いが、それでも集められた内容からキラの誠実で優しい人柄は十分に読み取れた。そして、ラクス自身から人となりを聞いていたこともある。

 ごく限られた時間でそこまで娘の相手を調べ上げ、それを臆面もなく彼女自身に告げるシーゲルは、年頃の娘という立場から見ると非常に手強い存在に化けたかもしれない・・・・・・

 「もしも先の予想通り、戦争がプラントの勝利で終われば、パトリックも何か具体的な勝利の果実を市民に示す必要が出てくる。

  そこに婚姻統制の撤廃、そこまでいかずとも緩和を盛り込むだけならなんとでもなろう」

 「お父様!!」

 「アスランには迷惑を掛けることになるが、誠心誠意頭を下げるよりあるまい。

  人の心はままならぬもの。

  それはコーディネイターとて変わらぬよ。

  プラントの歌姫がオーブ出身の一介のコーディネイターと恋に落ち、婚約を解消する。

  それもまた一興だ」

 「お父様!!!」

 「そう何度も同じ言葉を繰り返すことはないだろう?

  それに、そのような紅い顔で凄まれてもな」

 「!?!?」

 怒りのためか、それとも羞恥のためか、ラクスの顔はこれまでになく紅くなっていた。あるいは、頭の上に何らかの蒸気が噴出される様を幻視できる者すらいたかもしれない。

 「はっはっはっはっはっはっ!」

 シーゲルは大きく楽しそうに声を上げて笑う。その声がクライン邸に広く響いていくのに合わせてラクスの顔は下を向いていった。

 あまりに笑いすぎたのか、二度三度と目じりを拭くシーゲルとそんな父親の様子にラクスが頬を膨らませて拗ねているのがとても印象的である。

 

 少なくともクライン邸での1コマは、プラントが平和であることの証であった。

 

 

 

 

 

 その一方で、平和と程遠い状況が秒刻みで近づいてきつつある地域があった。

 

 日が昇っていく。

 青空は遠く遠く広がり、雲は薄く散り往く。

 白い花が枝葉に色鮮やかで、空色の背景とよく似合っていた。

 だが、そんな地上の様子とは真逆の雰囲気が地下のとある場所では漂っていた。

 「大西洋連邦から何か連絡は?」

 「いまだどこからも何もありません・・・」

 歯切れの悪い補佐官の返答に肺の奥から搾り出すようなため息をつくホムラ。そのままちらりと時計を見る。

 すでに地球連合の最後通告で予告された48時間のリミットまで、残すところ3時間を切っている。

 地球連合の侵攻は不可避と断じながらも、最後のひと時まで奇跡が起こる可能性を捨てず、ホムラの指示のもと、国内国外を問わず外交に携わる者は、ぎりぎりまであらゆる伝をたどって交渉による解決を目指してきた。

 だが、相手からの返答は、沈黙、だんまり、なしのつぶてのオンパレード。

 そもそも相手側にまったく交渉する気がないのでは、交渉を持ちかける側としても打つ手がほとんどなくなってしまうは自明の理。

 そんな状態でも最後まであきらめなかったホムラたちの外交的な粘り腰は賞賛に値する。手を変え品を変え、仲介者にわずかでも切り込み口が見えれば間髪入れずそこへ踏み込む。まさに、円熟の極み、匠の業であった。

 それでもなお結果は、皆の知る通り。

 和平成立の可能性が元からほぼ0であったことはウズミにもよくわかっている。ただ、その全力を尽くした努力が、結果につながらなかったゆえに後世の評価の対象にならないであろうことを残念に思うだけだ。

 「もはや実力行使しかない。そういうことなのでしょうな」

 「おそらくはな」

 諦念の吐息と共にそう会話を交わすホムラとウズミは、官邸近くのとある政府施設の地下に設けられた司令部にいる。ここは、緊急時における政府の中枢として動くことを目的として、万が一、核兵器が至近に直撃しても生き残れることを前提に構築された、国内でも屈指の強固なシェルターになっている。おそらく現存する戦術兵器でこれを破壊することは不可能であり、当面は彼らに危険が忍び寄る可能性はないと思われる。

 ただ、いかに強固な施設であろうと首都に留まり続けることは相当な危険を伴う。過去の歴史を覗いてみても、陥落しなかった城砦も要塞も基地もなかったことがそれを証明している。

 事実、側近の一部からは、敵の最終目的地であろうオロファトから離れるべきとの意見も出た。が、ホムラは最後まで首都に留まることを選択した。

 ホムラが最後まで首都に留まる決意を固めたのは、国家の代表が首都に踏み止まることの政治的軍事的アピールの重要さもあったが、同時に、カガリ・ユラ・アスハはオノゴロ島の地下司令部に、ロンド・ミナ・サハクはアメノミハシラに、他の五大氏族首長も国内要所に散らばっており、敵の攻撃によって指揮系統が寸断されることに備えた体制が整っていたことも大きな理由となっていた。

 やすやすと死ぬつもりはないが、万が一ホムラの身に何かあった場合の臨時の国家指導者の継承順位にも抜かりはない。つまりはそういうことだった。

 「それにしても、予想されていたこととはいえ忸怩たるものがあるな」

 「ええ。万策尽きたという言葉は、この立場にある以上決して言ってはならないのですが、これだけ手応えがないと思わず口に出そうになります」

 「相手に話を聞くつもりが全くなければ、話し合いなど絵に描いた餅も同然だからな」

 「確かに。まあ、連合もそこまで追い詰められつつあるという事情は承知しているつもりでがす」

 「それは、盗人にも三分の理というものだろう?」

 「かもしれません」

 ウズミとホムラの会話にも、どこか疲れたような響きが混じって聞こえる。

 ウズミ自身、ホムラが外交に専念できるようフォローに回っていたため、それなりの疲労が溜まっているのは変わらない。

 しかし、疲れてはいても双方共に諦めの色はない。

 二人が言っているように、もともとこうなることは予想されていたことだ。

 ならば、残された方法は唯一つ。連合がこちらの話を聞かざるを得ない状況を作り出すより方法はない。

 そして、そのための準備はオーブ全軍が全力でもって整えてきた。

 それでも、その状況を作り出すためにオーブ全土がかぶる被害は甚大なものとなるであろうことは確実だ。しかし、避けて通るわけにはいかないことは既にこの場にいる誰もが理解している。

 その後に入ってくる連絡も全て芳しからざるものばかりで、じりじりと皆が放つ焦燥の念でやけどしそうな雰囲気の中、

 「月を発進した連合の艦隊はどうしている?」

 開戦後に懸念すべき事柄についてウズミが最新情報を尋ねる。それに対して官邸付きの武官が手元の端末を確認しながら応える。

 「はっ!艦隊の一部が我が国の直上に移動しつつ、偵察衛星を放出しております。

  艦隊の残りは周囲に広く展開し、ザフトが配置したと思われる偵察衛星の破壊活動に入っております」

 「戦場の上を取る、か。セオリー通りと言えばその通りだが・・・」

 うーむというと呻きを上げるとそのまま渋面を浮かべる。

 そんなウズミにホムラが言外の意をすくって言う。

 「ザフトの艦隊が接近していることは彼らも承知の上でしょう。

  ほぼ間違いなく、犠牲を覚悟の上での艦隊行動だと思われます」

 「愚かな。あたら忠勇の軍人を・・・」

 渋面をさらに渋いものへとかえるウズミ。

 そんなウズミを横目にホムラがもっとも重要なことを確認する。

 「展開している艦隊がアメノミハシラに手を出す様子はないか?」

 「これまでに入っている報告ですと、その様子は全くありません。

  また、オーブ宇宙艦隊の主力がアメノミハシラに駐留していることは連合も察知していると思われます。

  ザフトの攻勢で連合の航宙戦力の回復は遅れておりますので、消耗することが確実な正面戦闘を仕掛ける可能性は低いと考えられます」

 「根を断てば、枝葉は枯れる。そのあたりを狙ってくるということか」

 「はっ」

 「本国が降伏した場合、自動的にアメノミハシラに新たな政権が立ち、オーブの航宙戦力全てがその指揮下に入る手筈になっていることぐらいは地球連合も察知しているでしょうが、防ぐ手段はありますまい。

  それでもなお、そう狙わざるを得ないところに地球連合の窮状が透けて見えますな」

 首都に残った氏族の長老の一人がそう言うのに合わせて、幾人かが同意の頷きを返す。

 史実においては後手後手に回ったオーブ政府だが、最低限の準備をする時間を取れさえすれば、この程度の準備は、彼らの手腕を持ってすれば難しいことではない。戦時下において、交戦国に挟まれるという地政学的条件にありながら、一年半近く中立を維持してきたのは伊達ではない。

 実際、アメノミハシラに多数の避難民を向かわせたのは、アメノミハシラに立つ次期政権の正当性を確保するためもある。民もおらず拠点もない政権は亡霊に等しいが、一定の人口を有し、堅牢な拠点を有する政権は、世界に対しての発言力を保持することができる。

 そもそも、オーブの戦力を対プラント用に使わせるつもりなど、ホムラにもウズミにも欠片たりとも存在しない。ましてや、貴重な航宙戦力となればなおさらだ。例え戦況に利あらず、本国が降伏のやむなきに至っても、移動可能な戦力はアメノミハシラに送り込む気まんまんである。

 続けてホムラが、戦力としてカウントできないが、自身の戦略にとって重要な駒について確認する。

 「戦場レポーターは既に配置についているか?」

 「はっ!全員が配置についており、いつでも放送可能です」

 「連合軍による初期の攻撃は、これを全てリアルタイムで世界に対し放送し、彼らの非道を鳴らす。

  これだけは必ず成し遂げなければならない」

 最後まで交渉を諦めず、結果としてオーブ側からの先制攻撃を戒めてきたホムラにとって、その放送は是が非でも成功させなければならない事柄だ。

 その映像は、戦後にオーブが被害者であることの何よりの証拠となるのだから。

 より多くの人間にその映像を見てもらうため、各国への通信回線を確保することには細心の注意を払って準備してきた。それでもなお、強制的に回線が遮断されることに備えて、オフラインで映像を持ち込む準備もきっちりと手配済みである。

 必要事項の確認が一通り終わったホムラに、ウズミが静かな視線を向けて尋ねる。

 「ホムラ、放送の効果をどのように見込んでおるのだ?」

 「大西洋連邦内に関しては効果はないと思います。即効的なものは。

  あるいは最悪の場合、全く効果が無いことも考えられます。それだけ、彼らの生誕種差別感は根強く、決定的でさえありますから。

  さらに大西洋連邦ではマスコミは喜んで戦争に協力するはずです。

  旧世紀より大統領選挙という4年に1回の大規模なメディア合戦という熾烈な経験を積んできたかの地のマスコミは、おそらくは世界最強です。

  そのマスコミが煽る正義を旗印にした戦争ですから、事実は覆い隠され彼らに都合のいい真実が提供されるでしょう」

 深く静かにホムラが存念を兄に告げる。

 実際、ホムラの指摘通り、イメージ戦略、扇情的スローガン、スキャンダル暴き、レッテル貼り、泣き落とし、だまし討ちとそれこそありとあらゆる世論操作と権謀術数が総動員されたかつての米国の大統領選挙は、まさにメディア界のオリンピックと呼ぶに相応しい。

 そして、そんな環境を土壌として成長した今の大西洋連邦のマスコミがあるのだから、ホムラの言う通り「事実は都合のいい真実に隠される」可能性は甚だ大きいと言わざるを得まい。

 「そこまで分かっていながら、か?」

 「はい。兄上。

  例え大西洋連邦に対して効果がなくとも他の場所では浸透できます。

  そして、戦後のオーブにはそれが絶対に必要なのです」

 「ふむ。未だゲリラ活動が止まぬ南アメリカ合衆国、ユーラシア連邦の圧力に屈したスカンジナビア王国、東アジア共和国の圧力を受けながらも中立を維持する赤道連合・・・」

 「プラント勢力圏の大洋州連合、アフリカ共同体へもザフトの検閲を受けるでしょうが映像を流すことはできると見込んでいます」

 ウズミが上げた候補にホムラが追加する。確かに地球連合にとって不都合のある事実をプラント勢力圏で流すことにそれほど支障はないというホムラの予測は無理のないものだ。

 「周辺諸国において、大西洋連邦を弱者を踏みにじる悪の帝国に仕立て上げる、か。

  ふむ。さらに上手くすればユーラシア連邦との間に亀裂を生じさせることも可能かもしれないというわけだな」

 「かの国に手綱をつけるには、それでも足りないでしょう。

  それほどまでに彼らは強大です」

 「確かにな。強者だからこそ傍若無人に振舞える。

  その味を一度知ってしまえば、我慢することなどそう簡単にはできはすまい」

 「今回の戦闘を凌ぐことができても、数ヶ月後に再び攻められるようなことになっては、今度こそオーブは占領されることは免れますまい」

 「それを防ぐつもりか?この先の舵取り、決して容易いものではないぞ?」

 「生き残ることができたら、その時は兄上にも馬車馬のように働いて頂くことになります」

 「こやつ!」

 ホムラの言に大きな笑い声を上げるウズミ。

 彼の弟は愚直なまでに未来への道を掴み取ろうとしている。ならば、その座を譲ったものとしての責務は果たさねばならない。

 「いいだろう!その時は、我が全身全霊を持って事態の解決に注力することを約束してやろう」

 「ありがとうございます、兄上」

 共に視線を合わせ、ふてぶてしくにやりと笑みを浮かべる両者。

 その様は、まさしく鏡に合わせたようにそっくりだった。

 

 そんなやり取りの後も、ホムラが伸ばしていた伝から次々と連絡が入ってくる。

 が、いずれも芳しいものではなかった。

 そして、これ以上は限界と思われていたリミットがとうとう来た。

 「・・・どうやら、いったん我らの仕事は終わることになりそうだな」

 「どうやらそのようです」

 さすがに落胆の色は隠せず、無念の雰囲気を漂わせながらホムラが頷く。

 これ以降、ホムラにできることはそれほど多くはない。いや、政治的指導者がいったん戦端が開かれた後にできることといえば、事実上ひとつしかないと言っていいかもしれない。

 それは「戦闘停止命令」である。

 それが降伏のための命令なのか、あるいは停戦のための命令なのかという差異があるにしても、出す命令が持つ意味に違いはない。

 その命令が出されるまで、オーブ側の主役は、カガリのいるオノゴロ島地下の防衛司令部となる。

 「長い日々になりそうですな」

 「ああ。そうだな」

 これから先、自分たち二人には期限の見えない忍耐の日々が待っていることを承知の上でそう言い交わす。

 彼らの眼には、すぐそこにまで迫っている戦争という名の全てを呑み込む大瀑布がありありと映っていた。

 

 

 

 

 

 南太平洋に今まさに生まれ出ようとする新たな戦場があれば、既に熱い戦いが繰り広げられている戦場もある。

 

 中東、反攻に出た地球連合とザフトの激烈な地上戦が行われている地。

 

 格納庫に寄りかかりながら向けていた視線の先で、ぬっとバクゥの頭が横穴から出てきた。

 そのままわずかもふらつくことなくスムーズな動きでバクゥがこちらへと進んでくる。

 その後ろでは後続の機体が次々と顔を出し、そのまま同じように中へと入ってくる。その動きには何かこうピンと一本通ったものが感じられる。それだけで熟練のパイロットたちが操る部隊であろうことが見て取れる。

 「グレッグ直率部隊のご帰還か」

 その様子を開け放たれた格納庫から見ながらウォーレンは呟いた。

 

 ウォーレンがいるのは、丘陵地帯要塞のうちでかなり起伏が激しい一帯に掘られた巨大な洞窟のひとつである。そして、その巨大な洞窟の中に鎮座しているピートリー級陸上戦艦の格納庫から部隊の帰還を眺めている。

 客観的に見て、ザフトは陸上戦艦を非常に重宝しているが、本来機動的に運用すべき陸上戦艦を拠点防衛に投入するのは珍しいといえる。なぜなら、陸上戦艦を運用するということは、海上で航空母艦を運用するそれに近いと思って間違いないからだ。

 航空母艦が艦載機の運用に必要なものを全て備えているのに対し、陸上戦艦もまたMSの運用に必要なものを全て備えている。違いとしては双方の搭載数の格差(航空母艦の方が圧倒的に多い)があげられるが、その代わり陸上戦艦には大口径砲がオプションで付いている。陸上戦艦の艦砲を用いた一斉射撃は、単位時間あたりでみた場合、確実に航空母艦の艦載機全力によるアルファストライクよりも弾薬投射量が多くなる。その膨大な火力は陸戦では決して無視できるものではない。

 さらに、陸上戦艦は膨大な物資を格納して高速巡航が可能である。それも、それまで実現不可能だった陸上における低コストでの大量輸送という形でだ。

 それはまさしく陸戦における常識がひとつ崩れ去ったことを意味している。

 

 それほどまでに貴重な陸上戦艦を投入してこの地域の防衛を図ってきたザフトの意気込みは、地球連合軍を見事押し留めるという形で報われている。

 だが、無限に彼らを押し留め続けられるわけではない。ウォーレンが自分の陸上戦艦からグレッグ隊を訪ねてきた理由もそこにある。

 

 洞窟に入ってきたバクゥの部隊は、一部がそのままピートリー級陸上戦艦の格納庫に入り、残りが艦外に設けられた野戦用の整備施設に収まっていく。

 整備兵たちが収まった機体へとわらわらと群がり、間髪入れずに整備を開始する。プラント製MSの稼働率は勝手の違う地上においても非常に高いレベルで安定しているが、やはり砂漠地帯は精密機械に優しい環境とは言えないので、稼動後の整備は欠かすことができない。いざという時に動きませんでしたでは、自分たちの処刑執行書にサインするも同然だから、整備兵たちは手に持った端末に機体各所の消耗度合を映し出しながら、作業の段取りを整えていく。

 そうしてたちまちのうちに始まった喧騒の中、ウォーレンは最初に格納庫に入ってきた機体に徐に歩み寄っていく。

 「よう、グレッグ!」

 「ウォーレンか」

 バクゥから降りてきたパイロットにウォーレンが片手を上げながら陽気な表情と共に声を掛ける。

 グレッグは駆け寄った整備兵と二言三言話をし、ひとつ頷くとヘルメットを抱えたままウォーレンの傍らへと歩いていく。

 そんなグレッグにウォーレンが楽しそうに尋ねる。

 「一当たりしてきたんだろ?連合の様子に何か変化はあったかい?」

 「いや特に変化はない。これまで通り、だな」

 「へえ。やっぱ物量頼みで押してくるかい」

 「ああ。数で攻めるのは戦闘の王道だが、幸い地形がこちらの味方だからな。今はまだあしらうことができている。

  もっとも、連合軍のMS部隊で手強いのは、例の黒と赤の機体を有する部隊と、もうひとつ銀色のカスタム機と思しいMSを5機か6機備えた部隊だけだ。

  それ以外ではMSに乗せられているパイロットがほとんどというのも、奴らをあしらえる大きな理由のひとつだな」

 「そいつに関しては俺も同感だ。

  整備班から上がってきた撃破した例のストライクダガーっていうMSの調査結果を見たが、大半の機体がOSの設定がどうやら初期設定のままだったらしい」

 「やれやれ、まともなカスタマイズもせずにMSを乗りこなせるはずがないんだがな。

  まあ、実際に戦うこっちとしては非常に助かるが」

 「連中がMSを実戦配備してまだそれほど時間が経過していないし、パイロットも戦車兵や航空機パイロットから移籍が大半だろ?

  まともな機種転換訓練をやってたら大変なことになるから、どうせ促成教育しか受けてないだろうし?

  それに、そもそも砂漠でバクゥに挑もうってほうが無茶だしな」

 「正確な情勢判断だが、油断は禁物だ。実際、連合の白い悪魔のようなケースもある。

  今は自分用のカスタマイズさえできないレベルでも、やがて使いこなす連中が出てくるだろう」

 「アレは例外中の例外じゃないのか?

  それに、確かに連中もMSを使いこなす日がやってくるかもしれないが、それが今日明日というわけじゃないだろう?」

 戦歴の長い二人は、地球連合軍がMSを運用し始めたという現実をきちんと認めた上で今後の情勢を話している。そこにあるのは自身の経験に基づいた予測だけで、プラント育ちのコーディネイターに見られるナチュラルへの見下した見方はない。ウォーレンの軽い口調も、単なるポーズだということを付き合いの長いグレッグは知っている。

 「まあ、それはそうだろうがな。

  もっともだからこそ、今のうちに連合の戦力を削れるだけ削っておきたいという思いもある。でなければ、今後苦労することになるのは俺たちだからな」

 「その件についちゃ同感だが・・・・・・」

 わずかに顔をしかめながらウォーレンが同意する。

 「それと、MS部隊はともかく、このところ歩兵による浸透攻撃が激しい。

  今はまだ、こちらの歩兵とトラップ代わりの地雷で押し留めていられているが、このままではやがて連中の物量に押し切られる可能性が高い」

 「あー、確かに散開して接近してくる歩兵にMSをぶつけるのはオーバーキルもいいとこだしな。

  かといって、歩兵部隊にこれ以上負荷を掛けるのもなんだし」

 「さすがに、向こうのMS部隊を相手にしながら歩兵まで相手にし続けるのは少々厄介だ。

  実際、こっちの歩兵の死傷者数も増えてきている。そろそろ潮時と考えるべきだろうな」

 「やっぱり、グレッグもそう思うか?」

 「ここ数日が山場だろうな。それ以上粘っても、それ以降は損害がいたずらに増えるだけだ。

  サキからも無理はしないでいいと言われている。ここで踏ん張り続ける必要性はもうなかろう」

 「撤退の頃合、か」

 「サキに要望された時間は既に稼ぎ出したしな。

  それに連合もこっちの目を欺いたのは見事だったが、奇襲にこだわったせいなのか、事実上の戦力の逐次投入になっている。引くにも都合がいい」

 「おいおい。その逐次投入された戦力に押し戻されたんだぜ、俺たち」

 「押し戻されたことは事実だが、それにたいした意味はない。

  要衝を除けば、別にサキは占領地の拡大になどこだわってはいないし、その要衝ですら時と場合によっては平気で捨てるだろう。あいつは戦いの勘所を見抜くのが上手いからな。

  中東北部まで戦線をを広げたのも、前回の戦闘で連合が大きく崩れたから、単に押せるところまで押してみただけだっただろうし。

  そして、連中が踏み止まり押し返してきたから無理せず兵を引いた。今回の一連の戦闘の流れは、そんなところだろうな」

 グレッグの言にウォーレンも、まあそんなとこだろうなと内心で思う。

 そもそも、拠点攻略の主役となる歩兵部隊が連合に比べて圧倒的に少ないザフトでは、広範囲の占領地の獲得&維持など最初から考慮に入っていない。基本的にザフト地上軍は、ごく一部のどうしても必要な場所を除いて都市の占領は放っておき、敵野戦軍の殲滅を軍事ドクトリンとして採用している。というよりも、大規模な歩兵部隊を人口の問題で用意できないザフトはそれを採用せざるを得ないというのが現実というべきか。

 そして、占領地に固執しない指揮官を頭にいだいているせいもあって、彼ら二人の隊長には事前に撤退の可否の判断を下す権限が預けられている。

 これは将兵を大事にするサキ・ヴァシュタールの気質だけではなく、戦力さえ温存されていれば如何様にでも戦いようはあると考えているのだろうと二人は判断していた。

 これまで彼らを縦横無尽に指揮して戦い続けてきた指揮官に対する信頼は極めて厚いものがあるのだ。

 「ところで、また地下通路が見つかったようだが?」

 そういえばといった感じでウォーレンがグレッグに尋ねる。

 「ああ。いくつか出入り口を押さえられたんで爆破した。

  追尾していた戦力を生き埋めにできただろうが、脱出路を確保する意味も含めて、後でまたジオグーンで穴掘りをしなけりゃならん」

 「そりゃご苦労なことで」

 ぱたぱたと片手を振るウォーレンに、じろりとグレッグの視線が突き刺さる。

 

 UTA/TE−6ジオグーン

 

 水中用MSであるUMF−4Aグーンを地中も移動可能に改修した機体であり、周囲の土壌・岩盤を粉砕、液状化させるスケイルモーターと制御・駆動用の光ファイバーがボディーに張り巡らされている。

 ただ、史実ではジオグーンの名が与えられるのは今次大戦後のはずであり、形式番号もUTA/TE−6Pとなるはずであった。

 しかしながら、パトリック・ザラの介入によりオペレーション・スピットブレイクが成功した影響を受け、アフリカ方面軍が戦力を維持することに成功。その結果、史実で戦力不足により戦線崩壊に至ったアフリカ方面軍が、今においても地球連合軍の反撃に押されつつあるが、戦線を維持し続けている状態を招来してしまう。

 そうなると方面軍司令官としては、例えどんな戦力であろうとも使いこなそうとするものだ。

 それが例え正面戦力としてではなくトンネル陣地という穴掘りに八面六臂の活躍を見せることとなっても、である。実際、砂漠や荒地が多いアフリカ方面の方が活用できるとみなされ回されて来たので、それほど本来の用途から外れてはいないだろうし。

 しかも、当初想定されたいた奇襲攻撃とは別にスケイルモーターによる地中移動が陣地構築に役立つと分かったジオグーンは、史実では合計で三機しか生産されなかったところを後方支援用も兼ねて一定数生産されることが決定し、追加生産された機体が、つい最近プラントから送り出された補給船団にも何機か積み込まれているはずだ。

 まあ、そういったある意味悠長なことができたのも地上戦力の大量消耗が起こらず、戦線を維持するだけの戦力に一定の余裕があることの賜物ではあったのだが。

 「穴掘りもそうだが、撤退するとなると改めて敵の予想侵攻ルートに蛇と蜘蛛を配置しなければならんな」

 「そういえば最近はトラップ代わりの無人兵器の供給が増えたような気がするんだが」

 「ああ。そういえば増えたな」

 「やっぱ、そういうことか?」

 「上はそう判断したということだろうな」

 「やれやれ、世知辛い世の中だこと」

 そう言いながらウォーレンは、ぽりぽりと頭をかく。

 

 比較的制御のし易い海空の無人兵器に対して、陸戦用の無人兵器は、その研究開発が大々的に進められるようになって、旧世紀も含めると一世紀以上経過しているが、いまだに攻勢作戦に用いられることは極めて少ない。防衛用としては現地で改修したリニアガンタンクを初めとして様々な種類の無人兵器が投入されているが、攻勢作戦に従事する部隊に随伴し、適時最適な行動ができるほどの無人兵器は未だに実用化されていないためだ。

 そして、この丘陵地帯に防衛用としてばら撒かれている主な無人兵器は、先の会話で出てきた「蛇」と「蜘蛛」という通称で呼ばれている代物だ。

 その姿かたちはそのものずばり「蛇」と「蜘蛛」である。

 大きさは、蛇が長さおよそ2m弱、蜘蛛が30cm弱といったところ、重さも見た目通りといったところだ。

 この二種類の無人兵器の主武器は、このサイズでは重火器なぞ当然載せられないので、圧搾空気で射出する針を用いている。

 針の射程はそれほど長くないが、命中率は高くかつほぼ無音で発射されるため、歩兵の待ち伏せには適している。

 しかも、その針は人体に刺さると体温と血液に反応して返しが開くようになっている。

 返しのついた針がどれほど有効かは、矢や銛といった原始的な武器から、釣り針といったレジャー用品まで見れば想像できると思う。事実、返しの開いた針を抜き取るのには、相当な深さで幅もそれなりの切開手術が必要となる。

 

 兵士を殺さずに重傷の負傷者を量産する、まさに極悪な兵器であった。

 

 プラント側は、これら動物や昆虫を模した無人兵器を知能化地雷の一種とみなして生産しており、MSの無人化とは別プロジェクトとして生産しているが、地球連合にとってはある意味MS以上に剣呑な兵器といっていいかもしれない。

 現場の運用にあたっては、カモフラージュとして自分で砂の中に埋まったり物陰に潜んだりする上(もっとも、ザフトの兵士が最初から適切な場所に配置することが多い)、プラントの技術力を用いた小型軽量バッテリー駆動によって活動時間も長い。

 こうした兵器に、いつ、どこから狙われるか分からないという恐怖の効果は相当なものがあり、この反抗作戦に投入された連合軍兵士からは文字通り蛇蝎のごとく嫌われている。

 これら多数の無人兵器と数は多くないがザフト側の熟練した歩兵が、連合の歩兵部隊による攻撃を効果的に防いでいる。

 そして何より忘れてはならないのは、先にもいったように陸戦用無人兵器は攻勢作戦には向かず、防衛作戦に向く代物であるという点である。

 その無人兵器の供給が増えたということは、ザフト上層部あるいはプラント最高評議会が、現在の戦況を攻勢から防衛に切り替えるべき転換点に差し掛かっていると認識していることを示している。

 実際、丘陵地帯要塞では地形効果と練度の違いによって連合側に多大な損害を強いているが、数に任せた攻撃にザフト側も塵が積もるように徐々に死傷者が増加しつつある。その数は、もともと人口の少ないプラントにとって決して無視できるものではない上に、同じような戦闘を繰り返せば、連合側の速成教育された歩兵の練度も向上していくことになる。

 もともと死守する予定がなく、上層部の意向も防衛に傾いているのであれば、撤退の時期を見極めようとするのは隊長という立場に就くものとして至極当然であると言えた。

 「そう言えばそろそろオーブの方でもドンパチが始まるはずだったな」

 「ああ。そうらしいな。

  連合の洋上艦隊が相当数、展開しているようだ」

 「こっちにこれだけの戦力を回しながら、中立国を攻めるとはねえ。

  奴らの底力もたいしたものだ」

 少しばかりうんざりしたようにウォーレンが言う。まあ、確かに潰しても潰しても一向に減ったように見えなければ、そう思ってしまっても無理はない。例え頭の中で、連合に与えた損害をグラフで描けるほどしっかりと数値を把握していても、迎撃に出るたびにわらわらと押し寄せてくる連合の部隊を見続ければ、疑問のひとつやふたつも浮かんでこよう。

 そんな同僚の愚痴っぽい感想に、グレッグは頭を振って応じる。

 「確かにそうかもしれんが、同時に地球連合の焦りの現れでもあるのだろうな」

 「ほう?やっぱり中立国を無理攻めする背景には理由があるとお考えで?」

 「当たり前だ。その程度のことが分からなきゃ部隊の隊長なんてやってられん」

 わかっているくせに聞くんじゃないと視線で文句を言う。その文句にウォーレンは明後日の方を見ながら口笛を吹いて誤魔化す。

 視線の圧力が増し、口笛が止む。

 「ま、まあ、空の上ではお仲間が張り切って頑張ってくれてちゃっているわけだしな。

  もっとも、そのお返しを受ける立場としちゃ少しばかり困ったものでもあるが」

 「・・・・・・こっちの苦労はともかく、正面から戦力を叩き潰すより効果的だからな」

 月との通商路が切断されたことが、地球連合の足元に火をつけ、その結果として自分たちの受け持ち区域で連合軍によるこれまでにない規模の反攻が行われている。二人の認識はその点で完全に一致している。

 もっとも、それに対してウォーレンは愚痴り、グレッグは効率の点からそれを評価するというように行動が正反対となってはいたが。

 「さてさて、こうやっていつまでも話をしているわけにもいかないか。

  結局、撤退のタイミングはどうするんだ?一応の目安ぐらいは立てたんだろ?」

 「そうだな。次か、その次の連合の攻撃を撃退した後あたりが適当だと思う」

 「じゃ、それでいくか。まだ少し余裕はあるけど弾薬も結構使っちまったし」

 「連合の大規模なMS部隊の投入で、すこしばかり消費量の目算が狂ったからな」

 「おいおい、それに見合うだけの戦果は上げているはずだぜ」

 「それはお互い様だ。単に計画が狂った原因を指摘しただけだ」

 「へえへえ」

 「腐るなよ。じゃあ、細かいところは副隊長を交えて詰めるとしよう」

 そう言いながら二人は指揮所に上がるため階段を上っていく。

 彼らのような隊長クラスともなれば他の方面の情報にも気を配れて当たり前だが、さすがに自軍の数倍の戦力を相手に奮闘している現在の状況では、オーブ近海における遥か彼方の新たな戦場については、当面は棚上げせざるを得ない。それよりも、今は少しでも多くの連合軍の戦力を削り、そして一人でも多くの味方を生きて脱出させる方法について検討することのほうがはるかに重要なのだから。

 

 

 

 

 

 だが、彼らにとってはそうでも一方の当事者にとっては目前の出来事である。

 

 

 波音と風鳴りが辺りを包み込んでいる。

 日は中天にあり、陽光をさざめく様に反射する海面は眼が痛いほどである。

 ターコイズブルーとオーシャンブルーに分けられた水平線まで、宝石のような輝きが連なっている。

 その光り輝く海原に、鋭い刃物でさっと筋を入れるように艦艇たちは白い航跡を引きながら進んでいく。

 

 カチッ

 

 空調の音だけがかすかに響いていた室内に、あえて設置してあるアナログ時計の長針と短針がそろって上を向き重なった瞬間の音が妙に大きく聞こえた。

 

 現地時刻、C.E.71年6月24日 12:00

 

 運命の時の訪れである。

 それまで身じろぎもせず、ただ時間の経過を黙って待っていた人影が静かに声を上げる。

 「オーブからの回答は?」

 「相変わらず本国に対し交渉を求めるものだけです。こちらからの要求に対する回答は一切ありません」

 最終確認を求められた通信参謀が断言する。この時のためにわざわざここに詰めているのだ。誤りはない。

 「本国からの連絡は?」

 「何もありません」

 「ロバート大将からの連絡は?」

 「作戦を遂行せよとのことです」

 「そうか、了解した」

 (やはり奇跡は起こらなかったか)

 ダーレスは内心で呟き、かすかの間、自らの信念に従い黙祷を行った後、かっと目を開いた。

 「これより我が艦隊はオーブ連合首長国に対し攻撃を開始する。

  全艦、事前の作戦計画に従い行動を開始せよ!」

 全ては決したとばかりに、それまで内心の逡巡をまるで感じさせることなく、凛とした声音の命令が響き渡る。

 「了解。攻撃を開始します!関係各所への伝達急げ!!」

 司令官の作戦開始を告げる命令に対してペイス主席参謀が応じた次の瞬間、限度いっぱいまで張り詰められていた弓のように、満を持していたオペレータたちがそれこそ放たれた矢のように迅速な行動を開始する。

 「各艦、所定の計画に従い対地巡航ミサイル発射開始。上空の戦闘機部隊の哨戒ラインを前進させる。

  それに合わせて哨戒機も前進だ」

 「対ミサイル防御を再確認。オーブからの対艦ミサイルによる反撃に注意!」

 「こちらのミサイルへの迎撃状況を分析の後、上陸予定地点への爆撃を開始する。担当の戦闘爆撃機部隊は、ミサイルによる第二次攻撃開始まで待機せよ」

 「艦砲射撃担当艦は、所定海域に到達次第、砲撃開始!」

 「哨戒ヘリ部隊は艦砲射撃担当艦の前面に展開せよ!」

 

 上空を哨戒ラインへ向かって銀翼を陽光に輝かせながら戦闘機部隊が突き進んでいく。哨戒ヘリ部隊は、艦隊主力から一定の距離を離れた低空でゆっくりと旋回しながら、海中の音に耳を澄ませている。

 その下を研ぎ澄まされた刀のように海面を艦首で切り裂きながら、砲戦担当の艦艇がヤラファス島へと驀進していく。砲塔から伸びる砲身は、天を衝く槍のように一点を目掛けてそそり立っている。

 後に残った艦艇の甲板上の装甲ハッチがドミノ倒しを逆回しするかのように順番に開放され、次の瞬間、白煙と共にミサイルが射出されていく。その様はまるで海底火山が噴火したか、あるいはスコールが天地逆さまに降り注ぐかのようだ。

 天に向かって伸びた白煙は、蛇が鎌首をもたげるように先端をヤラファス島へと向け、そのまま海面近くまで高度を低くするとプログラムされた通りの経路を飛翔していく。

 

 

 

 後に地球連合側呼称「オーブ開放作戦」、オーブ連合首長国側呼称「本土防衛戦」と呼ばれることになる一連の戦いの幕はついに切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 ようやくここまでたどり着きました。オーブ攻防戦の始まりです。

 いやー長かったなあ(^^;

 書き始めたのが04/04/25だから約4年?よくもまあ続いたものだこと。

 自分で自分に感心してしまうぞ。

 

 ところで、ガンダムOOですが、妙に地味に感じるのは私だけでしょうか?

 更に、この番組の主人公誰?と思ったりしたりしませんか?

 きちんと欠かさず見てはいるものの、何かこう足りないというか、うーむ・・・。

 

 深夜番組で見ているグレンラガンの方が熱いぞと思っているのはここだけの話だ(爆)

 

 >そしてやたらに逞しい、というか頼りがいのあるカガリ。覚醒すると強いんだよなこやつ。

 司令官という立場で種割れできるかは微妙ですけど(苦笑)

 

 >ところで安田さん、まだ独身ですか?

 あえて自ら地雷原に踏み込む、代理人の勇気を称えます(笑)

 

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

まー、カガリは司令官向きの性格はしてないよなぁ。担ぐ御輿としては結構化ける可能性もあるんだけどw

それはそれとして、グレッグとウォーレンが広い戦局の話をしてるのにすっごい違和感があったり。

まぁザフトの隊長格ならある程度は当然なんですが、原作の二人は単なる傭兵ですからねぇ。

お前らそんなに深くものを考えるタマじゃないだろう、と(酷)。

 

>これが仮にも国民に選ばれた政府が行う外交なのかと

ここらへんはシーゲルも甘い、というかよく言えばさすがに良識派というか。

似たようなことは歴史上たまに(結構、とはさすがに言わない)あるんですが。

まぁ実際の外交だと段階的に首を絞めるように要求していくから、いきなり自治権放棄要求ってのはさすがに古今例はないでしょうけど。w

 

>ツーアウト、もといガンダム00

まー、地味っつーか・・・「エンターテイメント」として作ってませんからねぇ。皆無ではありませんが少なくとも00の場合、最優先してるのはMS戦闘とテーマの描写だと思われます。

加えて敵味方の勢力が入り乱れてる上にキャラクターも無用に多く、主人公の描写やメインストリームに割ける尺はそれだけ少なくなります。

要は詰め込みすぎで消化不良なんでしょう。

テーマとか主人公の過去話とか葛藤とか、ざっと五勢力以上はある敵方それぞれの思惑とか(複雑と言われたZガンダムだって敵味方合わせて三勢力だ!)、何がしたいかさっぱり分からないお団子とか、脇役同士の因縁とか恋愛とか秘密とか、メカの販促とか販促とか販促とか、背景キャラを襲う喜劇とか悲劇とか、コーラとかコーラとかコーラとかコーラとか。

なんぼ黒田さんの腕がいいとは言え、これだけ詰め込んでりゃーちゃんとしたドラマ作りが出来るわけもなく。いや、最後のひとつは箸休めとして是非とも必要ですが(ですよね?)。







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