紅の軌跡 第33話

 

 

 

 

 ヤラファス島での戦闘は激化の一途を辿っていた。

 ズズン、ズン、ズズン、ズンと周囲に着弾した敵弾が続けざまに炸裂し、コックピット内部にも爆発の重低音と振動が小刻みに伝わってくる。

 「こちらパンサー01。増援はまだか!

  このままでは戦線を維持できん。敵に突破されるぞ!」

 センサーで周囲を警戒しつつ、防護壁に隠れたアストレイのパイロットが緊張で荒くなった呼吸を抑えながら、マイクに増援の有無を確認している。

 彼らは戦域マップ上でQ5区域と呼ばれる戦場に配備されたMS部隊のひとつである。戦域マップはヤラファス島を縦横それぞれ20のマス目に分け、縦軸は数字、横軸は英字でカウントして表している。表計算ソフトを思い浮かべてもらえれば分かりやすいだろう。まあ、より大雑把に言えばヤラファス島の北東地域の一部だ。

 そのQ5区域で彼らは防衛戦闘を行っている。敵を最初に受け止めた前方陣地は、連語軍の二度の波状攻撃を受けたところで限界を迎え、次の主防衛陣地に下がったところであった。

 ところが、予想以上に早く敵の砲撃が再開され、味方の集結がうまくいっていない。主防衛陣地に篭るのは専ら歩兵部隊となっているようだ。さらにそこへ、放棄した前方陣地を乗り越えてきた敵部隊が相当数、散見されるようになっていた。特に敵部隊にMSがあることが懸念の材料だろう。訓練不足なのか他の兵種との連携はお世辞にもうまいとは言えないが、MSがいるというだけで防衛線にある種の重圧が生じることは否定できない。

 増援を要請するのもむべなるかな、といった状態である。

 彼の機体と同様に、遮蔽物の陰に隠れた部下の機体が砲撃が続く中で警戒しているのをモニター上で見やりながら耳元のスピーカーに意識を割く。

 「こちらCP。機動歩兵部隊が後方に展開、支援準備中」

 「機動歩兵だと!」

 後方の指揮車輌からの応答に、愕然とした声音が隊長の口元からこぼれる。

 「MSとは言わん。リニアガンタンクでもいい。何とかならないのか?」

 「直ぐに差し向けられる部隊は機動歩兵だけです。MS部隊、リニアガンタンク部隊、ともに再編が終わっていません」

 「敵の勢いを止める力が必要なんだ。機動歩兵じゃ無理だ!」

 通信越しの応答は芳しいものではない。さすがに、隊長の声も荒げられる。

 「約20分後に第28MS小隊が再出撃します。それまで戦線を維持して下さい。無理な場合、防衛司令部は後退を許可しています」

 戦場における20分。それは絶望的な数字と言っても過言ではなかった。

 「くそ。無茶ばかり言いやがって。今さがれるわけないだろうが!」

 マイクの送信をオフにして思わず毒づくが、直ぐに了承した旨の返答を行う。

 「こちらパンサー01、了解。極力、戦線維持に努める」

 そういってさっさと通信を終了する。望んだ増援が得られないのならば、これ以上話しても無駄だ。

 「隊長、どうやら景気のいい話はなかったようですね?」

 「ああ。MSやリニアガンタンクは人気抜群でいずこも満員御礼だとさ。

  代わりに機動歩兵が後ろに来ているそうだ」

 「ここに機動歩兵ですか?」

 「そうだ」

 「そいつはまた・・・」

 部下の応答に呆れたものが混じる。

 「まあ機動歩兵の皆さんには無理せずデコイの設置と起動、それとちょっとした支援に尽力してもらうとしよう」

 「そうですね。この状態で航空攻撃まで喰らうのは厳しいですし」

 「歩兵を馬鹿にするものは歩兵に泣くと言うし、俺たちが孤立していない証明でもあるわけだからな。

  まあ、やるだけやるしかないだろう。

  02、03、バッテリー残量チェック」

 「02、残量65パーセント」

 「03、残量60パーセント」

 「01、67パーセントだ。まだ一合戦できるな」

 「当然です」

 「それにあいつら、人様の庭に土足で入り込んでやりたい放題。04の仇をとらなきゃなりませんし、ここはがつんと一発、教育が必要ですぜ、隊長」

 「そうだな。他所様のところでは行儀良くしましょうって子供の頃に習わなかった礼儀知らずを教育してやるか」

 「「了解!!」」

 これから死地に向かうというのに、まるでそこらに出かけてくるかのように悲壮さの欠片も無い。そんなパイロットたちの気合に応えるかのようにアストレイのツインアイが強く光る。

 

 こうしてオーブの防人は、再び戦闘へと帰っていく。

 それは、祖国を守る軍人として誇るべき行動であり、同時に軍人としての正しいあり方でもあったろう。

 だが、軍人として避けられぬ運命であったのか、この戦闘の後、コールサインパンサーを有するMS小隊が基地に戻ってくることはなかった。

 それもまた、戦争の一面であった。

 

 

 

 

 

 地球連合軍の部隊が攻勢を続けるそのやや後方の上空では、地上部隊の援護を任務とした戦闘爆撃機部隊が展開していた。

 長距離砲弾を用いた艦砲射撃や巡航ミサイルによる攻撃でも十分に援護は可能なのだが、部隊の進撃がヤラファス島の内陸部に伸びるにつれて、即応できないケースが発生するケースが徐々にだが発生しつつあった。むろん、散発的に行われるオーブ側の対艦攻撃に狙われた艦艇が対処しなければならないことが主な原因である。そのため、一定数の戦闘爆撃機部隊を控えさせておくのが、ここしばらくの連合軍のパターンとなりつつあった。

 地上援護部隊を指揮するグレアム中佐は、部隊から先行し、ヤラファス島上空4000メートル付近にてウエポンベイを開き、鳥型の中低高度偵察用のユニットを投下した。

 投下されたユニットは、そのまま自由落下しながらグラスファイバー製の翼を開き、バッテリー駆動でプロペラを回し始める。そして回転が安定すると、身体を起こし水平飛行に移る。

 そのまま光学カメラで周囲の地形から現在地を確認すると、直ちにプログラムされたとおりのコースを飛び、一定のパターンを上空に描きつつ高度を落としながら前進していく。

 鳥型ユニットはバッテリー駆動のため、熱をほとんど発しない。そして、搭載された電子光学カメラと赤外線探知機で空中および地表の様子をモニターする。モニターした結果は、指定の方向に向けた圧縮レーザー通信で送り出される。

 その利点は、接近中の味方に定点観測情報を伝えられることにある。つまり、鳥型ユニットが上空に留まる限り、破壊された偵察衛星の機能をごく限定されたものとはいえ代替させることができるのだ。

 

 グレアム中佐は、コックピット中央のモニターに鳥型ユニットから送られてくる赤外線映像データを映し出した。

 モニターには無数の光点が浮かび上がっていた。まるで戦域の大半が燃えているかのようだ。むろんその多くは、オーブ軍が設置したデコイユニットが発する熱である。自分たちの攻撃開始に合わせてデコイユニットに本物そっくりの熱パターンを放射させているのだ。

 熱パターンの種類は自走砲、多連装ミサイルランチャー、対空ミサイルユニット、そしてMSと多種多様なものがよりどりみどりとなっている。はっきりいってこの大量のデコイの中から本物を見つけ出すのは、相当に手間だとグレアム中佐は思った。

 しかも、この中には自分たちにとっての毒針である本物の地対空ユニットも潜んでいる。制圧する際に、こちらにも損害が出るのは避けられそうもない。

 「イーグル・リーダーよりファルコン・リーダーへ。偵察ユニットからのデータを送る」

 「こちらファルコン・リーダー。データの受信を確認。問題はないようだ。

  ただ、デコイが酷いな」

 グレアム中佐の通信に、後続部隊を率いるケント少佐が応えた。

 「全部、潰せるか?」

 「おそらく無理だな、デコイが多すぎる。

  とりあえず攻撃を二波に分ける。最初の攻撃に対する対空ミサイルの発射ポイントを記録し、第二次攻撃で可能な限り本物を潰すしかないだろう」

 「了解。急いでくれ。あまり時間を掛けるとオーブ軍の商売敵が戻ってきてしまうからな」

 「わかっている。直ぐに攻撃を開始する」

 ほどなくしてファルコン部隊による攻撃が行われる。

 まず、二機のエレメントで戦場に突っ込んでゆき、中高度から搭載してきた爆弾を次々とリリースしていく。それに対し、幾つかの場所から対空ミサイルが放たれる。そのポイントが偵察ユニットの電子カメラに捕らえられる。狙われた機体がチャフ・フレア・ジャマーを放出しながら離脱にかかる。

 爆弾は上空3000付近で投下され、そのまま目標へと飛び込んで爆発した。反応が消える。

 だが、次の編隊は記録されたデータをもとにそれぞれ二発づつ誘導爆弾を、発射基に向けて投下した。

 投下された四発のうち二発は、地上に到達する前に25ミリ対空砲で撃破されたが、生き残った爆弾が完全に発射基を捕らえ破壊した。

 だが、その誘導爆弾を発射した機体は、MSからのビームライフルによる銃撃で1機を撃墜されていた。

 「ええい。やはり手強い!だが!」

 ファルコン・リーダーが罵声を上げながらも運んできた爆弾をリリースする。放たれた爆弾は先端部のシーカーに従ってフィンを操作し目標とした反応に突っ込んでいく。

 

 

 

 突如として発生した爆音が木々を揺らし、数瞬の間をおいて爆風が彼らの間を駆け抜けていく。

 「仕掛けたばかりのデコイが吹っ飛ばされたようだ」

 爆音と共に素早く伏せていた人影がむくりむくりと次々に身体を起こしていく。起き上がったその姿は人影のように見えるが、普通の人影と比べるとかなりごついものがある。

 「設置する端から潰されるんじゃやってられないぜ」

 「敵の弾薬を無駄に消費させたと考えるんだな」

 「そんなんですっきりするかよ」

 「おしゃべりはそこらで止めておけ。仕事はまだ残っているんだぞ」

 「「了解」」

 彼らの間に交わされる会話は間違いなく人のもの。だが形は明らかに異形。

 それもそのはず。彼らはオーブ軍のパワードスーツを纏った機動歩兵だった。倍力機能と走行補助機能によって通常の歩兵よりも遥かに高い機動性と攻撃力を持つ陸軍の花形兵種のひとつである。

 だが、MSという限定的ながらも三次元機動が可能な新たな兵種に対しては従来の強みが発揮しにくく、これまでのところ、目立った活躍は行えていない部隊でもあった。

 実際、今回のオーブ攻防戦においてもすべての部隊が派手な戦闘を行うわけではなく、前線を支援するデコイ設置という地味な裏方業務に携わっている。設置作業に最適なように部隊を分隊規模に分散した上で、だ。

 だが、彼らは口から文句を零すもののその地味な作業をきっちりしっかり文句のつけようがないくらいにこなしている。プロの兵士である彼らは、あちこちにセンサーを欺瞞するデコイユニットを続々と仕掛けて回る自分たちの作業の重要性をきちんと理解しているということだろう。これまで大戦に携わることなく訓練に明け暮れてきたおかげでもあるかもしれない。

 爆風で散った分隊を集結させた分隊長は、荷であるデコイユニットにテスターで問題がないことを確認すると、次の設置場所を目指して行軍を再開する。距離はそれほど遠くない。

 十数分の移動の後、目標の場所へ到着すると

 「ユニットを設置する。ぐずぐずしていると敵の攻撃があるかもしれん。警戒は怠るな」

 機動歩兵たちが指示に従って、あらかじめ地図上にマーキングされていた戦理に則った場所に新しい設置する。

 地面に設置し、ボタンを押すと車輪のついた小ぶりのスーツケースのようなものから小型の自動車を更に二回りほど小さくしたサイズの風船らしきものがあっという間に広がり、みるみるうちにデコイが完成する。今回設置するのは対空ユニットを模したデコイだ。

 膨らみきると同時に通電が行われ、熱放射が行われていることも確認される。

 「よし。動作に問題はないな。では、次の場所へいくぞ」

 デコイは、登録されたパターンに従って対空ミサイルや野砲といったものと同じ熱反応を放出する。それだけでなく、車輪部にゴムパッドの無限軌道を設定すれば一定範囲を動くことも可能な代物である。

 今は戦線が逼迫しているため手動で起動しているが、タイマーを使って自動展張させることもできる。爆撃で潰したはずのエリアに次々と熱源反応が起こり続けるようになれば、攻撃側は戦果の判定に戸惑うことは間違いない。それもまた、デコイユニットの目的のひとつである。

 パワードスーツを纏ったからこそ可能な、重量物を背負った状態での迅速な移動を行いつつ、黙々とデコイユニットを設置して回る兵士たち。

 オーブが善戦を続けられる理由のひとつに、彼らのような地道な努力が存在しているのだった。

 

 一方、間接的に味方を支援している機動歩兵たちとは別に、より直接的に前面に展開するMS部隊を支援するために重迫撃砲を撃ちまくっている機動歩兵たちもいた。

 彼らの目の前で120mm自動迫撃砲が毎分20発を超えるスピードで、何種類もの迫撃砲弾の雨を曲射弾道で敵部隊の上に降らしている。その効果は素晴らしいものがある。が、同時にそんな発射速度で弾を消費すれば当然のことながら弾倉交換も頻繁に必要となる。

 「弾切れだ。弾倉交換頼む」

 「おう。よいせっと」

 何とも気合の入っているんだかいないんだか分からない掛け声と共に、パワードスーツを身に着けた兵士が一抱えもあるような弾倉をよいしょとばかりに自動迫撃砲から抜き出し、傍らにおいてあった交換用の弾倉をはめ直す。

 「よし。砲撃再開!」

 自動迫撃砲に取り付いている兵士が、観測班からの情報を元に砲撃を再開する。再び勢い良く迫撃砲弾が敵目掛けて飛び出していく。

 倍力機能の発達に伴い、迫撃砲などの砲火力を有する部隊が展開する場合はパワードスーツ装備の兵士が重宝する労働力として定着している。

 既に上げた口径の大きい自動迫撃砲や対物狙撃銃など一人では重くて扱えなかった兵器も、パワードスーツを用いることで生身とは比べ物にならないほど簡単に運用できるようになっている。機動歩兵部隊だけでなく、野戦砲兵を中心とした重量物を扱うことが多い部隊にもパワードスーツは配備されており、陸上戦闘においては既にパワードスーツがある光景がさほど珍しいものではなくなっている。

 ただ、前線のパワードスーツは歩兵部隊すべてに配備されているわけではない。その理由は、やはりパワードスーツそのものの製造及び運用コストと電池を用いていることによる稼働時間の限界が主たる要因だ。

 もともと歩兵が携行する物資はかなり多い。そこへさらに長時間稼動するための電池を持たせるようなことになっては、せっかく向上した機動歩兵の移動能力が低下するという本末転倒な事態になりかねない。そのため、機動歩兵を運用する部隊には予備電池の運搬及び充電を行う支援車輌が不可欠となる。

 ただ稼働時間については、相手を待ち受ける防御戦においては事前に電池を集積しておくことで前線で十二分にパワードスーツを用いることが可能となる。また、仮に専用の支援車輌を用意できなくとも、砲弾を運搬するための車両の片隅に予備電池も一緒に載せてもらい、充電は時間が掛かるが太陽光によって行えば、運用上の問題もかなり解決することになる。

 国土防衛を主眼とするオーブ陸軍にとって、機動歩兵は制限はあるものの非常に有用な兵種であることが理解してもらえると思う。

 そのような背景を持ちつつも、十分な訓練を積んだオーブ軍機動歩兵は、てきぱきとまるで流れ作業のように迫撃砲弾を発射し続ける。発射された迫撃砲による弾幕は、装甲車輌と同時に展開しつつあった連合軍歩兵に対し著しい圧迫を加え続けていた。その事実は、戦線突破のための圧力が足止めされることを意味する。

 だが、地球連合軍もまた足止めされることの影響を十二分に理解していた。ゆえに多少の無理は承知の上で事態を打開する手段を取るのも当然のことであった。

 

 敵の頭上に迫撃砲弾をお見舞いしていたオーブ軍迫撃砲部隊が、報復がなされたと気付いたのは北の空に重砲弾の飛翔音と分かる鋭い音が響いた瞬間であった。

 「伏せろ!」

 指揮を執る分隊長が叫び、兵たちは一斉にその場に突っ伏した。数秒後、数十発もの敵弾が唸りを上げて落下してきた。周囲の至るところで爆発光が閃き、土砂が爆風に乗って舞い上がる。

 やがて、砲弾のひとつが至近に着弾した。

 火焔が踊り、複数の兵の絶叫が上がり、ただのたんぱく質の塊となったものが宙を飛ぶ。無数の弾片を喰らって五体を切り裂かれ、朱に染まって地面に倒れこむ。

 パワードスーツの装甲は、あくまで拳銃弾レベルの射撃と弾片防御を主眼に施されている。重砲弾の至近弾などという装甲車輌ですら耐えられないような衝撃に持ちこたえられるはずがない。さらにもう一発至近弾が着弾すると舞い上がった土煙で周囲がまるで見えなくなった。

 通り魔のような弾雨が降り止む。

 そこに残されていたのは、まるで月面のクレーターのように荒涼とした大地と、もはや人間であったことすら判別できないほどずたずたのぼろぼろになった機動歩兵たちの亡骸だけであった。

 生き残りは一人もいない。分隊全滅である。

 戦線突破支援のため連合軍艦艇による、周囲の味方の危険性を看過してまで行われた艦砲射撃はその役目を見事に果たした。しかも、全滅した部隊はひとつだけではなかった。片手の指では足りないだけの迫撃砲分隊が文字通りこの世から消え去っていた。

 

 オーブを守る防人がひとり、またひとりと失われいく。

 

 以降も、爆撃と迎撃、砲撃と艦砲射撃の応酬が繰り広げられていく。

 対空ミサイルユニットが爆風で横転し、近接信管による破片を被弾した機体が煙を引きながら避退していく。炎上する対空砲が黒煙を上げ、撃墜された機体が地上に奇怪なオブジェを作り出す。迫撃砲弾の弾片を受けた連合軍兵士が血塗れになって倒れ、艦砲射撃を受けたオーブ軍兵士がミンチとなって消滅する。

 こうして、双方とも次々と被害が積み重なっていく。

 だが、防衛線に攻撃を掛け続けた地球連合軍部隊の払った犠牲は無駄にはならなかった。

 爆撃と砲撃によって地上部隊の行動に制約が加えられたオーブ軍の反撃密度にムラが生じ、それを突くことで連合軍はついに戦線の一部を噛み切ることに成功したのである。

 それを知った後続の戦力がその突破口に向けて続々と移動を開始する。戦線に開いた突破口はアリの一穴になりかねない。もしこのまま対処を誤れば全面的な戦線の崩壊すら起こり得るだろう。

 むろん、オーブ側としてもそんな事態は願い下げであった。ゆえに早急な対処が必要とされていた。

 

 

 「Q5区域守備隊の損耗率が30%を超えました。さらに他区域からの敵戦力の流入を確認。

  このままでは戦線を維持できません!」

 「R5区域に新たな敵MS部隊を探知。大隊規模の装甲車両群を確認したとの情報あり!」

 「P4区域、敵戦力の増大を確認!」

 一段と喧騒を増した防衛司令部の中央センターに情勢悪化を告げる情報が続々と入電する。敵は突破口を開いたQ5区域を中心に圧力を加え、より一段と戦線の穴を大きくしようと意図しているのが周辺区域に増加した敵戦力から予想できる。

 それだけに、防衛司令部内部にも焦燥感が蠢く。

 「いかん。このまま敵に合わせていては、予備戦力を消耗し尽くしてしまう」

 「かといって、戦線を後退させるのは事だぞ。後退時につけこまれたら甚大な損害を蒙るかもしれん」

 「だがこのままではジリ貧だ。多少の損害は許容してでも防御ラインを下げるべきだろう」

 「許容範囲の損害で収まる保証はないのだぞ」

 参謀たちが角つき合せて喧々諤々の討論を行っている。どちらの言い分にも理があるだけに、なかなか落としどころが見えないようだ。だが、議論に割ける猶予はほどんどない。タイムリミットは差し迫っている。

 双方の意見に耳を傾けていたソガ一佐が周囲の参謀たちをざっと見渡すと、おもむろにカガリに近寄り進言を行う。

 それを受け、しばし考え込んだカガリは、顔を上げ、きっと鋭く正面スクリーンを見つめ

 「Q5区域の放棄準備。該当区域に展開する部隊を、所定の計画に従って後方区域に後退させろ。

  支援戦力を集中して一時的に敵を押し込む。回せる戦力とタイミングを割り出せ!」

 戦域からの撤退を決断し、そのための命令を下した。

 毅然と命令を下すその姿に、参謀たちは一斉に命令の遂行に走る。

 「了解。各部隊にQ5区域からの後退を指示。各担当官は、敵戦力の移動に留意せよ」

 次々と入り続けた情報により沈黙とは無縁の世界を形成していた司令部内の喧騒がひときわ大きくなる。

 後退の隙を突かれないないよう手厚く砲撃を加えるためには、他方面への支援を削る必要がある。そのあたりを上手く調整しないと、今度は支援を削った区域が危険な状況になりかねない。

 むろん、こういった場合のために戦域予備戦力が用意されているが、それでも繊細な戦力移動を必要とすることに変わりはない。同時に、こういった行動は慎重さだけでも駄目であり、果断な行動も必要とされる場合もある。

 いかに計画を練ろうとも、現実は予想を往々にして外れた事象を生じさせるがゆえに、指揮官は精神にヤスリがけをされるような日々を過ごすことになる。

 

 そんな激戦が繰り広げられる陸上戦闘で、オーブ側が戦場の主導権を握ることができたのは、実質、上陸開始の初日だけだった。

 その日、一転集中された陸海空のオーブ軍は、地球連合軍の防衛網を突き破り、揚陸中の部隊や護衛部隊に多大なる損害を与えた。もし、逆の立場でオーブがそれだけの損害を受けたら、戦闘続行不可能になりかねないほどのものだった。

 もともとオーブは群島国家という成り立ちから、相対的に陸軍の比重が低く、変わりに海空の戦力の比重が高い。

 それでも、既にヤラファス島へ上陸した連合軍と比べればオーブ陸軍の方が数的に優勢であったが、如何せん、連合軍の本隊が未だ洋上で機動し続けているため、それに備えて要所の防衛体制を解けず、結果として戦力を集中することができないでいる。

 それほどの大兵力を一気に渡洋侵攻させられる能力を持つ大西洋連邦の底力は恐るべきものと言わざるをえまい。

 唯一の救いは、ユーラシア連邦がオーブ開放作戦に、海空の戦力はそれなりに提供したが、陸の戦力は微々たるものしか提供していないことであろう。これで、ユーラシア連邦までもが大兵力を渡洋侵攻させてきていればと考えるとぞっとするものがある。

 

 それでも、そんな巨大な陸軍を有し、渡洋侵攻能力を持つ国家の上陸部隊を相手にして、オーブ軍は八面六臂の活躍ぶりを見せ付けた。

 確定した損害の実数をレポートで見せられた大西洋連邦の参謀連中が、顔色を一気に青ざめさせ、自らの眼を疑い、何度もレポートを読み直すほどの予想を激甚にぶっちぎるほどの損害を与えたのである。

 後の世で、例え誰であろうともオーブ軍の健闘を称えること間違いなしの戦果を上げて見せたのだ。

 

 なれど、現実は非情だった。

 これが劇場であればオーブ軍の健闘に観客は拍手喝さいで物語は終わったかもしれない。だが、現実はそのようなことでは終わらない。

 そう、敵役であるところの地球連合軍の物量は、その膨大な損害に耐え切ってみせ、さらに連合軍はヤラファス島への上陸を続行し、築いた橋頭堡を確保し続けてみせたのだである。

 その上で、いったん上陸した連合軍は未だ残っている物量に物を言わせ、戦場の主導権を奪還したのである。

 それは、紛れもなく地球連合軍が決して弱卒の集まりではないことの証明であった。

 

 一方、健闘むなしく主導権を奪還されたオーブ軍は攻勢を中止し、構築してあった防衛ラインを徐々に押し下げながら防衛戦闘を余儀なくされていった。

 それでも、一気に崩されることなく、敵に多大な損害を引き出しながらの遅滞戦術が可能であったのは戦闘開始前の入念な準備の賜物であろう。

 特に、戦前に大量生産されていたデコイユニットは各戦線にて非常に重宝されていた。既に連合軍の攻撃によって破壊されたデコイユニットの数は、それだけで一軍を構成できるほどのものとなっている。もし、デコイユニットの用意がなされていなかったとすれば、それらは生身の兵士が犠牲の羊となっていたかもしれない。

 ただ、そういったマイナスを緩和する要件が幾つもあったとしても、全般的にオーブ軍が押されているという事実が翻ることはない。

 そのため、司令部には状況の変化を告げる報告とそれに対処を命じる応答がひっきりなしに飛び交いあう状態が延々と続いている。

 そこへあらたに撤退の命令が下ったのだから、喧騒も増そうというものであろう。

 

 そんな、撤退準備に追われる司令部に新たな連絡が入る。それは少なくともここしばらく入電し続けていた凶報ではなかった。

 「アメノミハシラより連絡あり。

  近傍宙域にて、ザフト艦艇と連合軍艦艇が戦闘状態に入ったとのことです」

 「そうか。不謹慎かもしれないが、これで、頭の上を気にせずに済む様になるかもしれないな」

 「楽観は禁物です。敵は衛星軌道からの目を失っても、まだ高高度偵察機や偵察ユニットが残っています」

 カガリがかすかに表情を緩め希望的な観測を述べるのに合わせて、ソガ一佐があえて悲観的な意見を表明する。そんなソガにカガリは解っているというように頷くと

 「敵の圧力が強まる一方では希望的観測のひとつも必要だろう。

  少なくとも入ってきた情報は我らの不利を告げるものではない。衛星軌道上に張り付かれて、ずっと見張られたままの状態より確実に状況は改善するだろう?」

 「連合側の索敵密度が下がるのは間違いないでしょうな」

 「ならば私は喜ぼう。それにお前たちがいる限り、私が油断で判断を誤るという事態は避けられると信じているからな」

 そういい切るカガリの顔には、全幅の信頼を置いた部下に対する疑いの欠片もない表情と共にかすかに疲れの色が見える。それに気付いたソガ一佐はカガリを十分に休ませることのできない状態に忸怩たる思いが内心に浮き上がることを感じながらもそれを表には出さない。今は耐えてもらうしかないからだ。

 実際、カガリはある程度の仮眠を取るだけで防衛戦闘全般を指揮し続けてきたのだから疲れているのは当然だ。一時的にソガ一佐を中心とした部下たちに指揮権を移譲することができなければ、その仮眠を取る時間すらひねり出すことはできなかったかもしれない。また、補佐に就いた優秀な部下たちの献身的な協力がなければ、とうの昔に倒れていただろうことは間違いない。

 だが、アスハ家を継ぐ立場にあるものとしては、それだけ苦労したかいはあったといえる。

 これまでの一連の戦闘において、カガリの武名は相当に上昇している。

 事前の準備に相当な手間隙をかけ、かつ優秀な部下たちの献身的な協力を得ながらであったとはいえ、自軍を上回る戦力を持つ連合軍相手に互角以上の戦闘を継続してきたのだから、武人として評価が上がるのはむしろ当然であろう。

 もともとアスハ家に好意を寄せている軍人たちはもちろんのこと、その他の派閥に属する軍人たちもカガリを見る目が明らかに変わっている。

 もっとも当の本人は、戦況の変化に対応するのが精一杯のようで、周囲の変化にまるで気づいている様子はない。

 あるいは人の成長というものは、自分では気付かないところで進んでいっているものであるということだろうか。

 少なくとも防衛司令部内に意思疎通の齟齬という事態はまかり間違っても起きそうにない。カガリを中心に指揮系統は一本化され、オーブ側の事態への対応が進んでいく。

 

 

 

 

 

 その激戦が繰り広げられるオーブの遥か上方、衛星軌道上のアメノミハシラからやや離れた宙域において複数の火線が飛び交っていた。

 互いにアンチビーム爆雷を射出し、アンチビーム粒子が散布された宙域を間に挟んで、遠距離砲撃戦と機動兵器同士による近接戦闘を繰り広げていた二つのグループのうち、味方の機動兵器が敗北したの受けて片方の光点群が速度を急速に上げながら移動していく。後先考えずとにかく離脱速度を優先しているのか、艦後方になびく推進炎が大きく広がっている。

 「敵艦、急速後退!」

 「追撃する、機関最大。

  周囲への警戒を怠らないで。エピクロスへも連絡を。

  MS部隊に帰還命令。戦闘はまだまだ続く。ここは補給に戻るよう伝えて」

 間髪入れず、艦長兼部隊指揮官の命令が下る。

 「了解。機関最大」

 「警戒を厳に」

 「エピクロスへ追撃開始を連絡します」

 「MS部隊に帰還命令を発信します」

 ブリッジオペレータたちが艦長の命令を復唱し、僚艦であるエピクロスを初めとする各所に連絡を入れる。

 その声音を背景に

 「よろしいのですか、グラディス艦長?」

 副長がそう尋ねると同時に視線で、ここまで追い払えば一応の任務は達成されていると言ってくる。

 グラディス隊を率いるタリア・グラディスはそんな副長に分かっていると頷き、周囲に聞かせることも兼ねて言葉をつむぐ。

 「いつまでも敵部隊に衛星軌道をうろちょろされるわけにはいかないわ。

  自滅覚悟で突っ込んでこられても困るしね。完全に追い払うか、沈めるかしないと」

 「なるほど。了解しました」

 「そうそう。アメノミハシラにはあまり接近しないようにね。向こうから撃ってくるとは思わないけど、余計な悶着を起こす必要はないから」

 「はっ。操舵士、今一度針路を確認せよ」

 「はっ。確認します」

 

 この部隊を率いるタリア・グラディスはMSパイロット適正こそないものの、部隊指揮に関しては高く評価されているザフトの俊英のひとりである。

 コーディネイターという存在に視野狭窄を起こしていると思われる地球連合軍は誤解しているかもしれないが、いかなザフトと言えども、ラウ・ル・クルーゼやアンドリュー・バルトフェルド、マルコ・モラシムといったMSパイロットとしても部隊指揮官としても、どちらも勤め上げるマルチな才能を持った人材を、打ち出の小槌を振るように無尽蔵に用意できるわけではない。むしろ、一部の能力に秀でた者の方が多いだろう。

 となれば、MSパイロットとしてだけ、あるいは艦長として、またあるいは部隊指揮官としてのみ、一部の能力に秀でた人物を適材適所にあてがうことが必要となる。

 そんな中、タリア・グラディスは艦長、あるいは部隊指揮官として優秀な人材であった。部隊指揮官として今次大戦を戦い続け、戦功を上げてきたタリアは、自らの才能が発揮できる現在のポジションに十分満足していた。

 

 「それにしても予想以上に逃げ足が速いわね」

 正面モニターに映る、全力で逃げ続ける敵艦艇の予測針路を見やりながら少しばかり困ったという表情を浮かべるタリア。

 本当に後のことは考えていないような全推力を使った見事な逃げっぷりに、それほど時間を置かずに追撃に移った高速艦として知られたナスカ級もなかなか距離を詰めることが出来ず、手を焼いているのが現状だった。

 「ひょっとすると、自分たちが捨て駒と気づいているのかもしれませんね。だから、生き残るために最大限の努力をしている」

 「その可能性も捨てきれないわね」

 タリアの独白じみた疑問に副長が自分の予想を披露し、それに相づちを打つタリア。確かに彼女の予想にはいくつかの点で強い説得力がある。

 現時点で衛星軌道上に展開している連合宇宙軍の艦艇が、もともと第八艦隊に所属していたものを中心とした寄り合い所帯であることは諜報活動によってすでに判明していた。

 地球連合軍内部での勢力争いはブルーコスモス派が完全に勝利を収めている。しかしながら、ブルーコスモス以外の派閥も決して消えてなくなってしまったわけではない。

 故人であるG開発計画を推し進めた第8艦隊司令官であったハルバートン提督も、ただ一人で計画を推し進められたわけではない。当然のことながら様々な協力を得た上で、計画を実現に持ち込んでいる。

 中心人物であったハルバートンが戦死したために、その集まりは活動を鈍らせることとなったが、それでも活動は低調になりつつも続いている。

 そんな彼らは、ブルーコスモス派からすれば、自分たちに従わない目障りな勢力にうつっているだろう。

 ならば今回、かなりの被害を被ることが予想される任務に第8艦隊の残存艦艇や主流でない部隊を出撃させたのも、当然のことながら対立勢力の勢いを削ぐ目的を含んでいることは想像に難くない。

 ただ、生贄の羊として差し出された方も、そう易々と自分たちの命を安売りするつもりはないはずである。命令を果たしつつ可能な限り生き残りを図るのは、軍人としてごくごく当たり前の行動だ。

 少しばかり推測が多くとはいえ、タリアたちに対峙している敵部隊の見事なまでの逃げっぷりからは、そういった背景をうかがい知ることができる。

 だが、どんな背景を持っていたとしても敵であることに変わりはない。彼らが放つ攻撃によってナチュラルに比べ圧倒的に少数な同胞たちの命が失われていく。ならば、容赦など無用。

 「戦う気を失っている相手を追撃するのは性に合わないけど、本隊にわずかでも危険に晒すわけにはいかない。可能な限り追撃し、敵戦力を削ります」

 「はっ。了解しました」

 「敵の置き土産に注意して。今の状態で機雷をばら撒くとは思えないが、こんなところで艦を損傷させるわけにはいかないから。

  それから、後続艦艇に詳細な状況を送っておいて」

 「了解です」

 副長はタリアの言に頷くと、ブリッジオペレータたちに改めて命令を下していく。

 僚艦と共に敵艦の追撃が続く。

 

 それからしばらくは、静かな時間が訪れる。

 敵との距離を縮めるのには今しばらく時間が掛かり、その間は戦闘態勢を維持したままじっと待つしかないからだ。

 そんな中で、待ち伏せなどを警戒するオペレータたちは周囲の状況をつぶさに観察し続けている。

 周囲の索敵を彼らに任せたタリアは、周辺の宙域図を呼び出し味方部隊の展開状況とそれに対応する敵の行動を確認し

 「地上攻撃用の艦艇を展開する余地は何とかなりそうね」

 と、ほっとしたように言う。

 それを聞いた副長は艦長を振り返り、笑みを浮かべながら相づちを打つ。

 「連合に、衛星軌道を我々に明け渡すことがどれほど高くつくことになるか押しえてやれると思うと、心が沸き立ちます」

 それを漏れ聞いた一部のオペレータたちも同様に笑みを浮かべる。自分たちの生活する地に核攻撃を受けたコーディネイターの地球連合に対する恨みは深いようだ。

 プラントから出発した大規模輸送船団が運んできたのは、地上軍に対する補給物資だけではない。グングニールを初めとした地上攻撃用の各種兵器も多数運んできている。ただ、それら地上攻撃用兵器を使用するには一定の準備時間と展開する空間を必要とする。そのため、周辺宙域の掃討が順調に進んでいることにタリアは安堵したわけである。

 副長の応えにタリアも頷きを返しながら

 「そうね。今回運んできた戦力を叩きつければ、少なくとも中東で反攻に転じた連合軍に相当な打撃を与えることが可能でしょう。

  そして、衛星軌道から今回の攻撃を受けた連合は、同様の攻撃を防ぐために、十分に回復していない艦隊を投入せざるを得なくなるわ。

  戦力の逐次投入がどれほどの消耗を強いるのかは歴史が証明している。それでも、衛星軌道を我々の好きにさせれば地上軍が被害を受ける。

  連合軍内部で地上軍と宇宙軍の勢力争いが激化するでしょうね。うまくすれば、完全な制宙圏を確保できるところまでいくかもしれないわ」

 そう、近い将来に訪れるかもしれない戦況を語ってみせる。

 「そうなれば、万々歳ですね。

  プラント本土の危険性も著しく下がりますし」

 ザフト宇宙軍に所属する者には、プラント本土至近まで接近された第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を戦った者が相当数いる。自らの故郷に戦禍が及び掛けた過去は、彼らの心胆を寒からしめ、バレンタインの悲劇とは別の意味で、忘れがたい過去として脳裏にこびりついている。

 「そうね。でも、指揮官としての立場からはあくまで最悪の事態を想定して動かなければならないのが玉に瑕だけど」

 「ご愁傷様です」

 「言ってなさい」

 副長との軽い憎まれ口のやり取りの後しばらくして、敵艦の離脱を許したとの報がタリアのもとへ入ってきた。

 どうやら敵艦はこのままではこちらを振り切れないと見定め、一か八か座礁の危険を知りつつも暗礁空域に突入してこちらの追跡を巻くことを選択したらしい。捨て鉢になったのか、それとも勝算あってのことか。何はともあれ、それに付き合ってこちらの部隊を暗礁空域に突入させるわけにはいかない。敵艦撃沈というメリットよりも、こちらが暗礁空域で損傷するデメリットの可能性が高い。作戦行動がまだまだ続くことを考えると、ここで部隊に無用の損傷を受けるわけにはいかない。

 タリアはため息と共に追撃を断念することを決定。指揮下の部隊にその旨を伝えると新たな針路を選定し、部隊には哨戒行動を取らせるのであった。

 

 

 

 

 

 宇宙での戦闘が追撃側の不本意な終了で一区切りついた頃、ヤラファス島上の地球連合軍によるオーブ軍への攻勢は一段と勢いを増していた。

 海上の航空母艦から発艦した艦載機が次々と戦線上空へと詰め掛けている。短時間に多数の機体を集中して攻撃に回すそのやり方は、まるで上陸初日にオーブ側が行った一時的な航空優勢の確保をやり返すかのようだ。

 そんな攻勢を強める連合軍に対し、地上の滑走路を有する軍事基地を破壊されたオーブ軍は初動に後れを取らざるをえず、ほとんどの場合において後手に回るしかなかった。それでも、可能な限りの迎撃機を手当てし、不足する空域には対空ユニットを回しと必死の防衛戦闘を続けるしか今は方法はない。

 焦点となったQ5地区に開いた戦線の穴は、かろうじて予備戦力の投入が間に合い、残存部隊の後退・再編成と戦線の再構築が行われ、致命的な事態に陥ることだけは避けられた。そのことだけを見ればカガリの決断は正しかったと言える。

 しかしながら、それと引き換えに防衛部隊の後退時に被った損害も軽くはなく、決して楽観などできようはずもない状態が続いている。しかも、敵は一時的に開いた突破口支援のために全戦線において全面的な戦力の増強を行ってきている。

 そのため、元々配備していた戦力だけでは消耗に追いつかず、危険を承知の上で、洋上の敵揚陸部隊に備えて他戦域に配備していた戦力を激戦区に回す処置を行わざるを得なくなっていた。

 ただ、航空戦力の移動は比較的安全に行えるが、双方で活発な航空戦闘が行われている下での陸上戦力の移動にはどうしても航空戦力によるカバーが必要だ。にも関わらず、その航空戦力が北東部の激戦に回されているために、十分なものを回すことが出来ない。当然の結果として、侵攻してきた敵艦載機によって移動中による損害が生じている。

 誰も口にはしてはいないが、地球連合軍が持つ絶対的な物量の持つ恐怖がじわじわとヤラファス島全体を覆いつくそうとしているかのように、防衛司令部にいる要員たちには思われるほどであった。

 そして当然、それだけ陸海空全てにおいて活発に戦線が活動していれば全体を統括する防衛司令部の喧騒も常のものではない。そんな別の意味での戦場を切り裂くかのように、差し迫ったオペレータの警告が響いた。

 「レーダーに新たなアンノウンを探知!敵航空戦力と思われます!」

 正面スクリーンに次々と敵性ユニットを意味するマーキングが表示されていく。

 「機体識別。連合軍の戦闘爆撃機及び大型輸送機の集団です!」

 「馬鹿な!この状態で輸送機を投入するだと!いったい連合軍は何を考えている?」

 連合側の物量に押され後手に回っているとはいえ、練度の上回るオーブ側の防空戦力は未だ生き残っている。この状態で大型輸送機を戦場に投入するなど、実戦を知るものからすれば危険極まりない行為でしかない。

 ただ、先にも述べたように地球連合軍による戦線突破に伴う一連の戦闘に、オーブ軍はかなりの航空戦力を支援に向けていた。当然、それを阻止せんとする敵航空戦力とのぶつかり合いが生じ、空域には相当数のジャマーが散布され、双方とも著しく索敵効率を落としていた。その状況は、すなわちオーブ側の航空戦力による迎撃が、別の空域の敵戦力の対応に追われ、すぐさま差し向けることができないことを意味した。

 これは、偶然でもあり必然でもあった。物量に勝る側が、その戦力を多方面に投入すれば、数量に劣る側が対処しきれないケースが発生せざるを得ないからだ。

 むろん、迎撃の手段は航空戦力によるものだけではない。

 事実、対空ミサイルによる迎撃が行われ、周囲の護衛機と一部の輸送機に損害が生じていた。だが、全力で妨害に掛かっているのか、輸送部隊の損害はそれほど大きなものではない。周囲の護衛と思われる戦闘爆撃機も被撃墜機を出しながらも盛んにチャフ、フレア、ジャマーを射出し、ヤラファス島上空に混沌とした空間を作り出している。

 やがて連合の輸送部隊は目的の空域に達したのか、新たな行動を開始する。

 「敵、爆撃を開始!」

 こちらの迎撃を掻い潜った戦闘爆撃機部隊が、地上への攻撃を開始した。それは明らかに支援攻撃であった。

 「空挺降下か?」

 「この状態でか?」

 この段階に至っても一部の者は事態が信じられず、戸惑いの声が上がる中、さらに事態は進んでいく。

 「輸送機より投下される物体あり」

 「熱紋照合・・・これは、MSです!」

 「何!」

 「MSの空挺降下だと!」

 オノゴロ島地下防衛司令部全体に激震が走った。全く想定していなかった方法での敵戦力の投入であった。

 MS部隊による強襲空挺降下という戦術は、これまでの陸上戦闘において行われたことはない。すくなくとも正式な戦史に載る形でのものは確認されていない。従って、今回の地球連合軍による降下が事実上始めてのものであることに違いは無かった。

 大戦勃発後、戦線が地上にも形成されるにあたり、ザフトが空戦用MSを運用していることは知られていた。しかしながら、陸戦用MSをパラシュートによって空挺降下させることをザフトが行ったことはなかった。あるいは、これまでの戦場ではその必要がなかったのかもしれないが、そのような運用が行われなかったことは事実である。

 だが、これはまさにコロンブスの卵的な運用であった。同時に画期的な戦闘行動と評価されるべきものであった。

 なぜなら、空挺部隊は真っ当な機甲戦力を有しないことが長年の弱点とされてきたからだ。実際、歴史を振り返れば、空挺降下専用の戦車が製造されたこともたびたびあった。ただ、いずれの場合もその性能は本来の戦車に比べるまでもなく脆弱で、芳しからざる評価しか得られなかった結果に終わったが。

 先に参謀たちが疑問の声を上げたのもその点を考慮したからである。空挺部隊は精強な兵士で構成されるが重装備は有しないということは長年にわたる軍事の常識であったのだ。だが、その歴史に終止符が打たれた。それを打ったのが、プラントが開発したMSでるという事実は歴史の皮肉であろうか。

 そのような背景はともあれ、自力で空挺降下が可能な極めて強力な機甲戦力であるMS部隊を有した空挺部隊は勇躍してヤラファス島へとその第一歩を記したのである。

 

 敵MS部隊による戦線後方への急襲。

 戦前に最も恐れられていた事態が予想外の方法によって現実のものとなっていた。その事実が精神に掛ける重圧は凄まじい。たとえ、部下たちがどれほど献身的に補佐してくれていたとしても、決断したということ、それ自体はカガリの判断によるものだ。

 その判断によって、多くのオーブ国民の運命が変わって行く。その事実がもたらす重圧で、カガリの背中はにじみ出た冷や汗でびっしょりと濡れている。

 だが表面上は何事もなかったかのように指揮を取らねばならない。このような時こそ、上に立つ者が動揺してはならぬことはここしばらくのスパルタ教育で叩き込まれている。

 「付近にいる出撃可能なMS隊を回せ。強固な橋頭堡を築かれるとやっかいだ。最優先で対応しろ」

 「了解しました」

 予備戦力から、再編成が終了した部隊から、すぐさま回すことの出来る部隊のリストが作成され、戦況の優先度に合わせて振り向ける部隊が定まっていく。むろん、敵の主攻勢を受け止めている戦線への手当ても忘れてはならない。このような状況下で再び戦線に穴を開けられるようなことがあれば、一気に戦線崩壊へと持っていかれる可能性すらある。慎重かつ迅速に、短時間で最適と思われる部隊配置を行わねばならなかった。

 

 そうして再び戦闘は錯綜していく。

 

 そんな流動する戦闘に対処しつつ、空挺降下した部隊へ派遣される部隊リストに目を通したカガリは、そこにコードウェル隊がいることを確認してしまう。

 冷徹な命令を下した内心で、にぎやかな三人娘を思い浮かべ死なないでくれと内心で必死に激情を堪えるカガリ。

 ともすれば、自らもMSに乗って戦場へと吶喊したい思いが湧き上がるのを必死で押し殺す。その思いが匹夫の勇でしかないことは、既にカガリも骨身に染みて理解させられている。

 それでも、部下たちを死地に向けることしかできない自分の不甲斐なさ故に、どうしてもそのような思いが湧き上がることを止めることができない。そして、そのような思いはカガリの精神をガリガリと削っていく。

 今はまだ冷静な対処ができる。だが、果たしていつまでそれが可能なのか、致命的な誤りを犯し部下たちを無駄死にさせてしまうのではないか、という一度は乗り越えた恐怖が再び彼女に纏わりついてくる。

 そんな思いを振り切るように、カガリは参謀たちの進言を受け新たな命令を次々と下していく。

 今の彼女にできることをなす為に。それだけが、死地に赴かせた部下たち対する最低限の責任の取り方だというように。

 

 

 

 

 

 燃料気化爆弾は旧世紀のベトナム戦争から本格的に使用され始めた兵器で、面制圧兵器としてコズミック・イラとなったいまでも兵器体系の一角を担っている非常に息の長い兵器である。

 ちなみにナパームとしばしば混同される燃料気化爆弾だが、両者の破壊の仕組みはまったく異なっている。ナパームが地表の広い範囲を焼き尽くす兵器とすれば、燃料気化爆弾FAEは広い範囲を一瞬にして押し潰して破壊する兵器である。

 そしてその効能の違いから、空挺降下が行われる周囲に対し安全確保を目的とした燃料気化爆弾の波状攻撃が行われることは珍しくない。

 

 ヤラファス島に史上初のMSによる空挺降下が行われる数分前に、多数の燃料気化爆弾による爆撃がなされていた。

 燃料気化爆弾を搭載した戦闘爆撃機群は、降下部隊の降下予定ポイントに向かって次々と運んできた荷物をリリースする。

 投下された瞬間に信管のスイッチが入り、爆弾内の高度計が自らが炸裂すべき高度をじっと計算する。

 やがて、最適高度に到達した爆弾は信管を発動させ、目標の上空で炸裂して薄い容器に詰められていた液体燃料を霧状に飛び散らせた。そして燃料が空気と適度に混合したタイミングで点火され、次の瞬間、空中に巨大な火の玉を造り出す。

 地上に小型戦術核兵器にも匹敵するといわれる爆発が連続して発生した。

 これによって発生した衝撃波が、まるで巨大な岩石を落としたかのように地表に存在するあらゆる物体を押し潰す。地雷などの防衛用兵器はもちろんのこと、着地の邪魔となる樹木を初めとする地形の障害そのものすら圧力によって変形させてしまう。

 この世に現出した焦熱地獄がその姿を消した後には、縦横1kmを超える焦土が作り出されていた。だがその黒く焼き尽くされた焦土は、同時に地球連合軍に安全な降下ポイントを提供することを意味していた。

 更に念のための第二次攻撃が行われ、そこにあったものは何物であろうとも全て完全に焼き払われる。

 そうやって作り出された安全圏に、輸送機の群れが殺到する。

 「降下開始!」

 ロードマスターの指示で整然とそれでいて速やかに行動が行われる。

 輸送機の後部からストライクダガーが、生身の兵士が、砲や弾薬・食料コンテナ、高機動軽装甲車などが次々と飛び出し、空中にパラシュートが開いていく。

 そのパラシュートめがけて熾烈な爆撃を生き残ったオーブ側対空ユニットが砲火を向ける。ただ、その数はそれほど多くない。やはり、連合軍による大規模空爆による効果は相当なものがあったようだ。この周辺の防御火力が相当に低下しているらしい。

 それでも、いくつかのパラシュートが対空砲火で撃破され、地上へと死のダイブを敢行する。落下した補給物資のコンテナがひしゃげ、兵士がミンチになり、高機動戦闘車がスクラップになる。そんな中、唯一ストライクダガーだけは背部メインスラスター及び機体各所のスラスターを全開にして、何とか不時着を試みる。降下速度を殺しきれなかった機体は着地の衝撃を吸収しきれず脚部大破となってしまうが、それでもパイロットは無事、降下に成功する。もともと、MSはどの兵種よりも上下動を初めとする激しい機動が前提となる機体だけに、衝撃吸収機構が極めて高レベルで構成されていたのが功を奏したのであろう。

 これら、着地時で破損したMSは戦闘によって損傷するであろう機体の部品取りに回される。生き残ったパイロットも予備パイロットとして橋頭堡で待機することになる。

 むろん、スラスターを全開にしても思うように落下速度を殺しきれず、落下の衝撃で機体全損となりパイロット死亡となる場合もあった。

 しかしながら、奇襲となったことも鑑み、降下した部隊の90%近くが無事、ヤラファス島へと降り立つことに成功していた。

 一番危険な降下時に払った損害は、戦術的に見て十分に許容範囲内であると言える。

 ゆえに、降下に成功した兵士たちはすぐさま集合し、周囲の障害物へと走りより、拠点を設け、継戦能力を高めるべく全力を尽くす。降下時の次に危険なのが降下直後の部隊がばらけた状態に攻撃を喰らうことなのだから、鬼気迫る勢いで全ての作業が進行していく。

 そして、降下直後から戦闘可能なMS部隊はすぐさま降下ゾーンから離れ、降下ポイントの安全地帯を広げるべく周囲へと進撃を開始する。

 彼らの自由にさせたらオーブ側の戦線はずたずたにされてしまう。

 ゆえにオーブ側も、それを防ぐために陸上戦力において最も不正地機動力が高いMS部隊が派遣されるのは当然だった。

 ただ、地球連合側の進出とオーブ側の迎撃がが双方の予想を上回るスピードで行われたため、連合軍・オーブ軍共に想定していた接敵のタイミングが大きくずれた。さらに空挺部隊を支援すべく連合軍機による爆撃が行われ、それを避けるために予想以上に戦場が広がってしまい、かつ部隊の連携は崩され、そこここで少数の部隊による遭遇戦が頻発するようになってしまったのはオーブ側連合側、双方共に誤算であった。

 

 

 「やっぱり数で押されると辛いか」

 爆撃を避けるための回避機動を行っていたところ、僚機であるアサギとマユラ離れてしまったジュリは、敵MS小隊と遭遇し、1対多の戦闘を強いられていた。

 不幸中の幸いというべきか敵の発見はジュリの方が早かったため、何とか有利な地形によることが出来た。そうでなければ、この戦力差ではあっという間に撃破されていたことだろう。

 ジュリは、いかにも速成で作りましたといわんばかりのコンクリートの色合いを見せている防御壁に自機をを潜ませたまま、光学カメラに近寄ってくるストライクダガーを照準を合わせていた。

 ツインアイを通して正面モニターに映るストライクダガーはジュリの機体をセンサーに捉えているらしく、三角形の突撃フォーメーションを取りながら進んでくる。

 どうやらこちらが孤立していることを察知したらしく、随分と思い切りのいい行動に出ている。

 「むう。変にやる気を出されても困るんだけどなあ。

  まあ、しょうがない。私も死にたくないから、無理やりにでもこちらのダンスにお付き合い願いましょうか」

 自らの恐怖心を紛らわせるために意図的に軽口を叩きながら照準を定める。

 さらに、いくらこちらが孤立しているとはいえ、その行動はこちらを舐めすぎだということを教えてやる、と自らを強引に奮い立たせ、先頭のストライクダガーに有効な射線が通ったところで、すばらく防御壁から半身を乗り出し、自らのアストレイに連続してビームライフルを撃たせる。

 シュミレーションでの射撃の成績はなかなかだったジュリだが、実戦という精神的重圧の下、さらに障害物が多数存在する状態での射撃では命中率も落ちるようで一発目は見事に空振りだった。

 それでも、まったくめげることなく続けざまに射撃を繰り返す。

 2撃目、3撃目はストライクダガーが構えていたシールドに命中し、派手に残光を煌めかせるだけに終わり、4撃目にしてようやく有効打を与えることに成功した。

 シールド上部から出ていた頭部に命中した結果、突撃を続けていたためかなりの高速で移動していたその機体は、大きくバランスを崩し、そのまま勢いよく横倒しになるような形で地面へと倒れこんだ。

 パイロットが激しい振動に気絶あるは負傷でもしたのか、倒れた状態から動こうとしない。

 「よし、1機撃破!」

 ジュリの弾んだ声音がコックピット内に響く。

 大気中では、様々な阻害要因によりビームのエネルギーが削がれるため、射程距離は宇宙空間に比べて相当短くなっているとはいえ、1対多という劣勢の状態から敵を撃破したジュリの腕前は、なかなかのものだといえよう。

 だが、僚機をやられたストライクダガーがそのまま大人しくしているわけはない。ジュリの目から見てもなかなかに統制の取れた牽制射撃を加えつつ、彼女の隠れる防御壁に肉薄してくる。

 当然、ジュリも次の獲物を仕留めるべく、攻撃を繰り返すが、敵機の牽制射撃が、ジュリの攻撃を邪魔し思うように有効打が出ない。何度かビームを命中させたが、いずれもシールドに防がれ致命傷を負わせることはできなかった。

 やがて、ストライクダガーの射撃が正確さを増し、ビームに砕かれた防御壁が彼女の機体を叩き、至近をかすめたビームの粒子による装甲の損傷が目立ち始めた。

 「このままじゃ、ちょっとまずいかも」

 ジュリは正面の圧力に耐えかねるように、じりじりと焦燥感が募っていく。彼女の目には残った2機のストライクダガーがこのまま火力でリディアを圧倒できるとほくそ笑んでいるかのように見える。

 ほとんど絶体絶命とも言うべき状況だが、ジュリは激しく脈打つ心臓とにじみ出る冷や汗を意識しながらも、ぎりぎりで恐慌状態に陥ることだけは踏み止まっていた。

 「大丈夫、訓練通りにやればいい」

 祈るようにそして自らに言い聞かせるようにそっとつぶやく。彼女を支えているのは、ただただこれまでに培ってきた訓練だった。

 訓練通りに。訓練を思い出せ。訓練は裏切らない。

 何度も口に出して言ったことで無意識のうちに自己暗示になったのか、強張った顔にかろうじて笑みらしきものが浮かんだ。そして、心の中でタイミングを計る。

 やがて、左右のストライクダガーがこっちを挟むために機動を変え、結果としてわずかな時間、こちらへの牽制射撃がまばらになった。

 「今!」

 言うが早いか、ジュリのアストレイコマンドは一足飛びに敵に向かって距離を詰める。狙いは右側の機体。

 地面を強く蹴り出し、背部スラスター全開。機体が浮き上がった刹那に左翼のストライクダガーにバルカンをばら撒く。

 ストらライクダガーと比較してアストレイシリーズが圧倒的に優勢なポイントである出力重量比を存分に活かし、敵機パイロットの想定外の速度で肉薄。

 左側の機体にはぎりぎりまで牽制としてバルカンを放ち続ける。

 加速Gで身体全体をシェイクされながらも、予想もしていなかったジュリ機の行動に標的となったストライクダガーはその動きに追随することはできない。もう1機もシールドを構えてバルカンを防ぐので精一杯だ。彼女の動きを遮ることはできない。

 標的の直前で急制動。脚部で大地を蹴りつけつつ腰部のビームサーベルを引き抜く。

 「たあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 知らず知らずのうちに叫び声が上がる。

 灼熱の鋭剣が呆然としたように固まっているストライクダガーの腹部に力強くビームサーベルを振り上げる。赤化した刃は機体に深く食い込み、それはコクピット辺りまで達した。

 機体中枢部に強烈な一撃を喰らったストライクダガーは、まるでゾンビのようにガクガクとした動きで前に進もうとするも、唐突に力尽きぐしゃっと崩れ落ちる。

 だがジュリは既にそいつには眼もくれていない。致命傷を与えた時点で間髪を入れず機体を翻し、もう一機に詰め寄る。アストレイコマンドの機動性の高さを存分に生かし突進するジュリに向けて、奇襲から立ち直った残った1機はビームライフルを放つ。

 咄嗟の行動ゆえに正確な照準であるはずもないが、距離が近かった。避けられない。構えていたシールドの上部に直撃し、塗布されたビームコーティングが限界を迎える。シールドが破断し、威力を弱められたビームが肩部装甲に命中する。アストレイシリーズ独特の発泡装甲が吹き飛び、その破片で頭部ブレードアンテナ及びツインアイお左眼も破損した。

 防御力、通信能力、索敵能力いずれも低下。されど、未だ戦闘行動は可能。ゆえにストライクダガーの次射の前に、ジュリ機のビームサーベルが届いた。

 「今度はこっちの番よ!」

 緊張のためか、あるいは恐怖のためか甲高く裏返った声を上げつつも、先ほどと同様に躊躇なくビームサーベルを振るう。

 スラスター全開で得たスピードを十分に乗せた強力な一撃が、ストライクダガーの頭部を切り飛ばす。くるくるとまるでボールのように宙高く舞う頭部。メインカメラとサブカメラを同時に失ったストライクダガーの動きが数瞬とまった刹那、残ったバルカンを至近距離から叩き込む。

 着弾の衝撃で操り人形のように機体をぐらぐらと揺らしながら十数メートル後ずさったストライクダガーは、バルカンの弾切れと同時に崩れ落ちるとそのまま誘爆する。

 爆発の閃光でコックピット内部が照らし出されるまま、ジュリは機体を止め、荒くなった呼吸を繰り返す。

 「やった・・・やったわ・・・」

 窮地を脱し、滝のように汗を噴出す身体を深くシートにもたれさせ、あえぐようにつぶやく。

 操縦桿を握った手は、いまだ硬くこわばったままのためかグリップを離すことができない。死の恐怖が身体の髄まで染み込んでいるかのようだ。

 もしできるなら、このまま何も考えずに一眠りしたいほど身体が疲れきっていることが感じられる。

 だが、今の彼女にとってそんなことは夢のまた夢でしかない。

 なんとか、かすかに落ち着いてきた鼓動とともに操縦桿をいったん離し、そして握りなおす。

 さらに大きく深呼吸をすると先ほどからひざまずいた状態のままの愛機を立ち上がらせようとしたその時、センサーが警報をがなりたてた。

 「!?」

 まるで彼女の緊張が途切れることを狙っていたかのようにさっきとは別の2機のストライクダガーが接近しつつあった。とっさに戦闘態勢を取ろうとするが、先ほどの極度の緊張の反動か、身体の反応が鈍く、彼女の思うように動かない。

 そんなあせる彼女をあざ笑うかのように、構えようとしたビームライフルに敵の攻撃がかすめる。サブモニターにライフル損傷のマークが点く。既にバルカンを撃ちつくした彼女に中遠距離での反撃手段はない。

 「くっ!」

 それでもあきらめずに何とか回避運動を行おうとするが、運悪く回避しようとした機体を動かした時にビームが右腕に直撃。発泡装甲は完全に溶解し、内部構造もぼろぼろとなる。さらに粒子の余波を受けたビームライフルが誘爆し、完全に右腕を死なせてしまう。

 「きゃあぁぁぁ!」

 全身を揺さぶる激しい振動にたまらず悲鳴が上がる。と同時に変な浮遊感をジュリは感じた。

 回避運動に移ろうとしていたことで重心がずれており、急に質量バランスが崩れ、被弾の衝撃もあって彼女の機体は斜め後ろに倒れたのだ。

 この状態では逃げることも反撃することもできない。

 「やられる!?」

 死の恐怖が彼女を包み込もうとする。

 だが、既に一度乗り越えたおかげか、絶対に最後まであきらめないという意志の下、体勢を立て直し、シミュレーションでさんざんやらされたシールド防御を行う。

 できれば障害物へ退避したかったが、さすがにそれはさせてくれないらしい。

 一撃

 二撃

 三撃

 防御体勢を取った彼女の機体に、ストライクダガーからの攻撃が命中する。構えたシールドに直撃したビームが飛散し細かな粒子となる。同時にもう1機から放たれたグレネードランチャーが周囲に着弾し、激しい振動が彼女の機体を襲う。

 耐ビームコーティングが施されたシールドはかろうじて持ちこたえた。だが、シールドに隠れきらない機体の各所がはじかれたビームの粒子により細かく傷つき、グレネードの破片によっても機体の損傷が増えていく。

 「何か手はないの?何か?」

 起死回生の情報を求めて、祈るようにコックピットを見回すジュリだが、残念なことに逆転の端緒となるような手段は見つからない。

 そして、正面のディスプレイに彼女を志向するビームライフルの銃口が映る。既にビームコーティングが剥離しつつあるシールドでは、次の直撃は防げないだろう。

 これで終わりなの?

 あらゆる手段が尽き、ついに心が折れそうになったその瞬間、真横からの攻撃を受け彼女に止めをさそうとしていたストライクダガーのビームライフルが爆発する。

 ジュリの表情にぽかんとしたものが浮かぶ。死を覚悟しようとした瞬間に、映画ばりに救いの手が現れるなんてことはさすがに創造の埒外だったらしい。

 そんな呆けている彼女を他所に、もう1機のストライクダガーにも攻撃が降り注ぎ、腕部に被弾。ビームライフルを取り落とした。

 不意の攻撃に損傷したストライクダガーが、慌てたように攻撃を受けた方向にシールドをかざす。

 そのストライクダガーに向けて更に攻撃が続く。

 呆けていたジュリは、ようやく意識を取り戻し生き残っているカメラで自らの救い主を探す。

 回避行動に移ったストライクダガーに攻撃を続けるアストレイコマンドがカメラに写る。同時に頼もしい仲間の声が通信越しに聞こえた。

 「ジュリ!生きてる!?」

 「大丈夫、ジュリ!?」

 絶体絶命のピンチを映画かドラマのように救ったのは、先ほどの空爆を避けるためにはぐれてしまったアサギとマユラの搭乗するアストレイコマンドだった。

 こちらの増援を確認した敵は最初の攻撃で主武装を失ったこともあり後退を始めている。追撃を牽制するために残った武装で断続的な射撃を繰り返しながら交互に離脱していく。

 ジュリの救援を最優先と考えていたアサギとマユラは、ひとまずジュリ機の安全を確保し、退却する敵を攻撃しながらも追撃はしなかった。

 敵が完全に射程外に離脱するのを確認すると

 「た、助かった・・・」

 生き残れたことをしみじみと実感すると今度こそ身体の力が抜け、ぐったりとシートに寄りかかる。

 「ジュリ、返事をして!」

 「生きてますか!」

 ジュリの機体は頭部を初めとしてかなり被弾し、傍目には損傷大に見える。しかも、先の通信への返答を送っていなかったものだから仲間二人が必死な様子で声を掛けてくる。

 その二人のスピーカーから響く友の声が、ジュリにはまるで生を尊さを賛美する天使の声に聞こえる。だが、いつまでも心配させるわけにはいかない。

 「大丈夫よ二人とも。ちゃんと生きてるわ」

 「「ジュリ!」」

 ようやくのことで返事を得られた二人は喜びの声を上げると、アサギが周囲を警戒しながらマユラが跪いたままのジュリ機に手を貸し機体を立たせる。

 幸いにして、下半身に致命的な損傷はないらしく、多少ぎこちないものの無事立ち上がることができた。

 「ありがとう二人とも。おかげで何とか生き延びることができたわ」

 「だいぶやられたわね。身体のほうはなんともない?」

 アサギが改めてジュリ機の損傷具合を確認しながら心配そうに尋ねる。実際、シールドは破断し、頭部は半壊、肩部及び腕部損失と機体の損傷は確実に中破、見ようによっては大破判定が出てもおかしくはない。

 「確かにぼろぼろだね。本当に無事で良かった!」

 ジュリ機を支えるマユラがしみじみと同意する。

 「とりあえず自己チェックプログラムを流すわ。警戒はお願いね」

 「任せて」

 返答を頼もしく思いながら、急いでコマンドを打ち込み自己チェックプログラムを流す。やはり損傷箇所のチェックに時間がかかったのか、通常よりも応答が遅かったものの、表示された結果をみると幸いにして下半身の損傷はかなり軽いようだ。

 「チェックが終了したわ。

  とりあえず自力で移動することは可能みたい。ちょっと支えている腕を離してみてくれる?」

 「了解。放すよ」

 ジュリの依頼にマユラはゆっくりと支えていた腕を少し離した。むろん、不意に倒れたりしないよう注意は怠らない。

 そんなマユラ機を他所に、直立したままの状態からジュリ機は危なげなく自分で一歩を踏み出す。そのまま何歩か前進し支障がないことを確認する。

 「どうやら移動には問題ないみたいね」

 アサギがそんなジュリ機の様子を見て言う。

 「シールド様様といったところね」

 「全くだわ」

 マユラの軽口にジュリは深く同意する。

 実際、正面のモニターに映る映像はメインカメラが損傷しているせいで視野の一部が歪んでいる。どうやらツインアイの全損した側だけでなく、もう一方も拡散したビーム粒子により破損しているようだ。それに対して胴体部のカメラはシールドでカバーされていたせいもあって、まるで支障はない。なればこその同意なのだ

 そんなジュリに対し、周囲の警戒を続けていたアサギが声を掛ける。

 「ジュリ、いったん後方まで引くわよ。

  こっちは機体の損傷はほとんどないけど、エネルギーをかなり消耗しているの」

 「そうね。この機体もまだ動くけれど、できれば予備機に乗り換えたほうがよさそうだし」

 「賛成」

 意見の一致をみた三人は、周囲の警戒を怠らず、ジュリ機を先頭に後退を始めた。その後ろをアサギ機とマユラ機が周囲の警戒をしつつ続く。

 幸いにして今のところ敵機が寄ってくる気配はない。

 一定距離を離れたところで

 「それにしても一人で3機を撃破か。凄いじゃない」

 「本当、凄いね」

 ジュリ機から送られた戦闘記録を参照した二人がそんな褒め言葉を言ってくる。

 彼女たちの機体には損傷した僚機の戦闘データを回収できるシステムが搭載されている。それは、未だMS戦闘の経験の少ないオーブ軍にとって、実戦データは一欠けらたりとも零れ落とすことのできない貴重極まりない代物であるゆえに、多少のコスト増大を承知の上で搭載された機能であった。

 「そんな、ほとんど偶然みたいなものよ。

  それにアサギ達だって私を助けてくれた時に敵に損傷を与えているじゃない」

 「うーん。でも、完全撃破したわけじゃないから」

 「敵の戦力を削ったことには変わりはないでしょう」

 「それもそうだね」

 確かにジュリの指摘の通り、戦果を上げたことは事実だ。それに何より乱戦の中で3人とも傷一つ無く生き残ることが出来たこと。それだけでも僥倖というべきであることを3人とも理解していた。何故なら、既に彼女たちも部隊の同僚を何人も失っていたからである。

 

 その後、恐れていた敵機に出会うことなく彼女達は無事、後方地域に到達した。彼女たちのほかにも、損傷や補給で戻ってきた部隊も多く、周囲はごった返している。

 そんな中、アサギとマユラは自機へエネルギーと弾薬の補給及び機体の簡易チェックを行い、ジュリは己が機体を整備班へと引き渡す。その結果、損傷著しいジュリの機体は後送ということに相成った。

 むろん、乗機を失ったジュリにはただちに予備機が与えられた。オーブ軍には訓練を積んだMSパイロットはそれほど多くない。ジュリのような古参ともいうべきパイロットを遊ばせておく余裕などないのだ。ただ、まだ生産数の少ないアストレイコマンドは予備機にはストックされておらず、ノーマルのアストレイに搭乗することになった。

 アストレイコマンドに慣れつつあったジュリだったが、無いものねだりはできない。素直にアストレイに乗り込み、一通りの設定を終えた後、補給が完了したアサギとマユラに合流、再び出撃する。

 

 むろん、彼女たちが後方に下がった間も、空挺降下した連合軍と現地に急行したオーブ軍による戦闘は継続して行われていった。

 MS同士の機動戦、生身の歩兵による対装甲車輌戦、対空戦等々、双方とも規模は小さいながらも激しい戦闘が繰り広げられ、おびただしい損害を出していた。

 これら一連の闘いの結果、最終的にオーブ軍は地球連合軍の橋頭堡拡大を阻止することに成功した。虚を突かれながらも迅速に対応した防衛司令部の果断な指揮の賜物といえよう。

 しかしながら、空挺降下した部隊は、未だ侮ることのできない戦力と共に最初に確保した橋頭堡に陣取っている。

 そして忘れてはならないのは、空挺降下に対応するために回した戦力が、本来は地球連合軍の主攻に対する予備戦力の面を持っていたことだ。さらに、橋頭堡を完全に制圧するまでは投入した戦力を自由に動かすことができない。場合によっては更なる増援すら必要になる可能性すらある。つまり今のオーブ軍は、連合軍の助攻に対応するために予備戦力を相当数減らしてしまっているのだ。

 むろん、今回の空挺降下が完全なる成功を収めていれば、オーブ側の戦線は崩壊していた可能性がある。そういった意味では、助攻とは控えめすぎ、第二戦線の構築と言うべきかもしれない。だが、たとえどう表現しようとも、オーブ側の戦術的な選択肢が酷く狭められた事実に違いはない。

 地球連合軍の有する物量。その途轍もない圧力がじわじわとヤラファス島全体を押し潰そうとしている。戦況全般を見渡している司令官たるカガリには、そう見えているかもしれなかった。

 

 

 

 そんなオーブ攻防戦の行く末を当事者に匹敵するほど注意深く見守っている存在があった。むろんそれは地球連合と敵対しているプラントに他ならない。

 実際、地球連合軍によるヤラファス島への上陸作戦が始まった直後の時点で、すぐさまプラントへと至急報が伝達されていた。偵察衛星、高高度偵察機、潜水艦など取りうる手段の全てを用いてオーブ攻防戦の推移を監視していたザフトが、上陸作戦の開始という重大事を見逃すことがあろうはずもない。

 もっとも、既に予想されていた戦況の変化に対して、ザフト統合作戦本部は第一報こそ迅速にプラント最高評議会に連絡したものの、詳細についてはある程度上陸作戦が進展するまで保留としていた。

 理由は単純で、その段階では報告すべき事柄があまり出揃っていないからだった。上層部への報告は、迅速に行うべきものと一定の情報量に分析を加えたものを提出するケースがある。特にプラントの方針を決める最高評議会にて正式な報告を行うならば、それ相応のものを提出する必要がある。

 ザフト統合作戦本部は、判明した事実を列挙した迅速な報告を行うと共に、先に述べた偵察手段を用いて継続的に情報を収集し、集めた情報を分析し、戦況の推移と地球連合軍及びオーブ軍の予測損耗状態などある程度報告すべきことがまとまった段階で、改めて最高評議会に連絡を入れた。

 それを受け、地上にて精力的に外交に携わっているアイリーン・カナーバ議員を除く全評議員によって、速やかに最高評議会が開催される運びとなった。

 

 ザフト統合作戦本部から最高評議会が赴いた高官が、現在までの経緯をおよそ1時間程度に渡り説明していた。

 評議員間の認識のずれを防ぐ目的もあって、これまでの戦闘の経緯、現状における双方の戦果と損害推定、今後の予想される戦局の推移を簡潔かつ分かり易くまとめた報告がなされていく。

 「以上で、報告を終わります」

 「うむ。ご苦労」

 全ての説明を終えた高官を、議長であるパトリック・ザラが労う。そして、周囲を見渡しながら議論の切欠となる話を始める。

 「さて諸君。我々の当初の予想通り、連合軍によるオーブ国内の主たる港湾区域への攻撃は行われていない。

  やはり連合は、この戦いの後にオーブをカーペンタリア攻略の拠点として使用するつもりとみていいだろう」

 「確かに。そう見るのが正しいだろう」

 これまでの連合、オーブ双方が被った損害情報を正面スクリーンのヤラファス島周辺地図に重ね合わせて表示しながら意見を表明したパトリックに対し、タッド・エルスマンが同意する。

 「カーペンタリアは太平洋で活動するザフトの中心だ。オーブが陥落しそこを拠点として圧力を加えられるようになれば、カーペンタリア防衛のために多くの戦力が必要になる。

  そして恒常的に圧力を加えるつもりならば、連合はオーブに艦隊を常駐させると見るのが妥当だろう」

 「やはり、空港よりも港湾の方が復旧に時間が掛かることを見越しての攻撃目標の設定でしょう」

 引き続き意見を述べるパトリックへエザリア・ジュールが己の意見を開陳する。そんなエザリアの意見に多くのものが賛意を表す。

 実際、港湾部はガントリークレーンを初めとして、空港よりも巨大建造物が多い。そして、戦場となった場合繰り返し出撃拠点となる空港と違い、一度出港した艦隊が頻繁に帰港することはほとんどない。

 本来ならば双方の施設に重要度における違いはほとんどないと言っていい。どちらも国家にとって極めて重要な社会インフラであると同時に貿易の拠点でもある。

 だが、今回の侵攻作戦に限っては空港の方が攻撃優先度が高くなるとプラントでは事前に判断しており、連合による空港に対する攻撃はあっても、港湾に対する攻撃は行われないだろうと見ていた。そして、実際に戦闘が始まってみると予想通りの結果だったというわけだ。

 これは単に予測が当たったと素直に喜べる状態ではない。

 パトリックが表明したように、もしもオーブの港湾施設が丸々地球連合の手に入れば、カーペンタリア基地に対する軍事的圧力は現在の数倍に跳ね上がると推察されている。それほどまでの能力を海洋立国たるオーブの港湾施設は備えているのだ。

 ただ、これまでの偵察結果をみると、オーブ軍も港湾部に連合の攻撃が行われないと判断したらしい。少なくとも各種偵察手段からもたらされた情報では、防空戦力を他の地域に回してしまっているようだった。だからもし予想が外れて港湾部に攻撃が行われていた場合、オーブ軍は大損害を被ったであろうことは想像に難くない。それでもなお、それを行ったオーブ軍の決断はたいしたものというべきだろう。

 もっとも、プラントもオーブ側がその危険を犯さねばならない理由があったことは承知している。

 連合軍による初手が巡航ミサイルによるものであることは、多少なりとも軍事をかじったものであれば誰にでも予想できることだった。

 当然、プロフェッショナルであるオーブの軍人たちもそのことは予想しており、それに対する準備も当然行われている。その際たるものが防空ユニットの増強であった。

 C.E.の時代、固定目標に対する巡航ミサイルの攻撃をジャミングを主とするソフトキルで防ぐのは難しい。

 なぜなら巡航ミサイルに用いられている技術は、一部を除いてどれも十分に枯れ果てたというべきレベルまで熟成が進んでいるので、チャフやフレア、ECMなどの手段だけでは満足のいく効果を得ることができないからである。

 ソフトキルで対応できない以上、どうしても直接的に巡航ミサイルを破壊するハードキルが必要となってくる。

 だが、巡航ミサイルの飽和攻撃に対応する為には、それ相応の防空ユニット群が必要になる。そして防空ユニットとは、ごく大雑把にまとめると各種レーダー&センサーと対空ミサイルがセットになったパッケージ一式を指す。旧世紀に比べれば単価が安くなっているとはいえ、それなりに値が張る装備であり、一朝一夕で大量に揃えられる代物ではない。

 さらにその上、どこの国の軍隊にも予算という絶対に勝つことの出来ない最強の敵が控えている。制限のない軍事費など、それこそ夢の世界ぐらいでしか実現しようもない。

 その限りある予算の範囲内では、湯水のように防空ユニット群を揃えるというわけにはいかない。それは、祖国防衛のため国債の増発を中心に臨時予算を組んだオーブといえども例外ではない。

 それでも出来る限りの努力を払って多数の防空ユニットが購入された。その増加した防空ユニットを含めてもなお、連合の攻撃からヤラファス島全土を守るには数が足りないとオーブ軍上層部は判断を下した。そのため、より重要な拠点や地域を守るために限られた防空ユニットを割り振らざるを得なかったのであろう。

 もっとも、そういった苦闘の下で割り切ったオーブ軍は、攻撃がないという前提の下、大容量のバッテリーを多数港湾区域に設置したという未確認情報も入っている。どうしてどうして、オーブ軍もしたたかだと言える。

 まあ、オーブ市民には平和ボケした者が多くいたようだったが、国防を担う軍人は切磋琢磨を忘れていなかったということか。

 

 「オーブが連合に屈した場合のシミュレーション結果には既に目を通して頂いていると思う」

 プラントの誇るウルトラギガトンケイル級量子コンピュータを用いた精緻なシミュレーションが、現実化する可能性の高い幾つかの予測される戦後の姿を描き出していた。それらの結果をまとめた報告書は、オーブ攻防戦が始まる大分前に全評議会議員に渡されていた。

 「オーブ政府の、少々彼らにとって都合がよい申し出を受け入れたのも、そのシミュレーションの結果に基づけばこそだ、ザラ議長」

 タッド・エルスマンが少しばかり笑みを含みながら言う。

 「まあ、オーブ側が申し出た海洋データの譲渡というメリットが見逃すには惜しい魅力を持っていたということも事実だが」

 とニヤリと笑みを深めながら最後にオチも付ける。

 「オーブから得たデータは極めて有用でした。これにより、太平洋で通商破壊任務についている部隊の効率が上がることは間違いありません。結果が出揃うまでの時間の問題です」

 タッドの軽口に対し、エザリア・ジュールが生真面目に代償の有用性を強調する。

 「それに、オーブが口先だけでなかったことはその行動が示しています」

 「そうだな。私の目から見てもオーブは健闘を続けていると言える」

 そうタッドが応じる。それに応じて複数の同意が表明される。

 「確かに」

 「国土のあちこちを破壊されていますが、継戦能力は保たれていますね」

 「うむ。まずは見事と呼べる防衛戦だな」

 オーブが地球連合の兵器を開発していたことで悪化していた対オーブ感情は、当のオーブが地球連合に攻め込まれたことでかなり払拭されていた。同じ相手を敵とする同志的な感情も湧き上がっているのだろう。評議会議員の多くがオーブの健闘を称える言葉を口にする。だが

 「だがしかし、地球連合軍によるヤラファス島上陸作戦によって築かれた橋頭堡は拡大を続けている」

 そんな言葉を断ち切るかのようなパトリックの言が発せられ、同時にヤラファス島を俯瞰する地図と地球連合軍の展開状況が表示される。

 「オーブ側の粘り強い抵抗によって、連合軍は大きな損害を出している。そのことに関しては私も異議を挟むつもりはない。

  だが、忘れないで欲しい。連合軍は未だオーブを制圧するのに十分な戦力を有しているということを」

 地球連合軍においてこれまでに生じた損害の推定と未だ有していると推測される戦力がグラフとして重ねて表示される。

 「先の説明を受けた上で、既に事前検討の行われている通りの行動を起こすのか、あるいは別の行動を選択するのか、諸君らの忌憚のない意見をお聞かせ願いたい」

 そう周囲を見渡しながらパトリックが告げる。

 しばしの沈黙の後、議員の一人から意見の表明がなされる。

 「地球連合の消耗を狙って、このまま傍観するというのも一つの手だが?」

 「それはあまり現実的な選択とは言えませんでしょう」

 まずは議論の糸口とばかりに放たれた言に即座に否定の言が返る。

 「ならば、申し出を断るという選択肢は存在しないということですか」

 「傍観した結果、オーブが地球連合の軍門に下るようなことがあれば、南太平洋戦域に大きな影響を及ぼします。介入は必須と考えるべきです」

 「カーペンタリアの活動に掣肘が加えられる上に、大洋州連合との信頼関係にも影響が出る恐れがあります。傍観という選択は、可能な限り避けるべきでしょう」

 「やれやれ。集中砲火を浴びている気分だな」

 次々と表明される反対意見に苦笑を浮かべるとパーネル・ジェセックがそうぼやく。

 「むろん、傍観することの危険性については分かってはいる。ただ、一応選択肢として提示しておくべきかと思ってね」

 「では、議論も活発化したところで現実的な選択肢について討議するということでよろしいでしょうか」

 エザリア・ジュール議員が念を押すように尋ねる。

 「むろんだ。続きをお願いする」

 そして改めてオーブ攻防戦についての討議が行われていく。

 

 C.E.70年初頭のヘリオポリス崩壊を機に、プラント−オーブ間の関係は冷却していたが、先に述べたようにオーブが地球連合と敵対関係に陥ったことで好転の兆しが随所に現れている。そのため、オーブを見捨てるべきという感情的な意見はまったく表明されなかった。

 それはプラントの利益にならないと判断されたからである。

 そう。その程度のこともできないものが評議会議員に選ばれるはずもない。真摯に将来を模索するその姿は、何よりもプラントにとって何をなすべきかを考えるもの達が最高評議会議員に選ばれた証であり、プラント市民の選択が誤りでなかったことの現れでもあった。

 その後、既定の計画に対して新たに検討すべき事柄がザフト側から丁寧に整理されていたこともあり、討議は理性的かつスムーズに進み、以下のことが確認された。

 

 ・オーブ攻防戦介入にGOサインを出す。実際の介入タイミングは太平洋方面司令官に全権を委任する。

 ・衛星軌道上に展開するザフト宇宙軍(輸送船団の護衛戦力も含む)は、地上軍からの要請に全面的に協力する。

 ・オーブに対し、介入実施の連絡を行う(オーブ側の迎撃を避けるため)

 ・介入の結果に基づき、オーブが負けた場合と勝った場合のそれぞれの対応計画を発動する。

 

 特に4番目の項目については議員の間でも議論が白熱した。最初から負けるつもりで戦闘を行う指導者はいないが、現実はたびたび予想外の事態を引き起こす。ゆえに、戦闘に関する決断を行う場合は最低限、勝った場合、負けた場合、引き分けた場合の3パターンについて考えを巡らしておくことが組織を主導するものとしての責務である。そのため、議員たちはシミュレーション結果に基づき様々な対応策を協議しては、批評し、修正し、更なるシミュレーションを行うという結論へと流れていく。

 一連の討論が終わりを迎えた時点で

 「では、以上でよろしいですな。何方かまだ意見のある方はおられるか?」

 ザラ議長が周囲を見回しながら確認を取る。議論すべきことは全て片付けたはずだが、最後になって意外な地雷のような意見を放り込んでくることもあるので、議長としては最後まで気が抜けない。

 と、一人の議員が口を開いた。

 「意見というわけではないが」

 「何でしょう、エルスマン議員?」

 「此度の介入を恩に着せ、オーブから更なる譲歩を引き出すことを期待したい」

 「ああ。それは確かに」

 「おっしゃる通りですな」

 「ふむ。同胞の血を流す以上、それ以上の価値を掴まねば、我らがこの椅子に座っている意味はありますまいからな」

 次々とエルスマンに同意する声が上がる。

 それを聞いたパトリック・ザラは内心、表情をわずかに苦いものにする。

 クライン派の勢力を政治的術策で押さえ込んでいるものの、外交面に関しては未だ強い勢力をクライン派は持っている。当然、オーブから譲歩を引き出す交渉では再びクラインを主軸とせざるを得ない。

 そして、外交面において成果を上げられれば、それに見合ったものをクライン派に報いなければならなくなる。たとえ対立する派閥であっても、信賞必罰はしっかりと行われないと評議会議長としての鼎の軽重を問われることになりかねないからだ。

 議長に就任してからの数々の決断とその成果から、今のところザラ派とクライン派の勢力が逆転される恐れは皆無に近いと言える。だがそれでも、わざわざ対立する派閥が手柄を得易い状況を用意するようなことは一方の派閥の長として好ましいことではない。

 だが、タッド・エルスマンの意見はこの場において妥当なものと判断せざるを得ない。そして、評議会議長としては妥当な意見は真摯に聞き入れる必要がある。ゆえにパトリックは素早く損得を計算し、最適と思われる手段を導き出す。

 「ふむ。では今現在地上にいるカナーバ議員に連絡を入れ、より一層の成果をもぎ取ってくれるよう依頼しよう。

  また、ザフトにも戦闘に差し支えない範囲で、極力、カナーバ議員への便宜を図るよう通達する。

  このあたりで如何か?」

 「そうだな。妥当なところだと思う」

 「はい。それでよろしいかと」

 タッド・エルスマンとエザリア・ジュールが賛意を表し、その他の議員も了承したため、議長であるパトリックの判断がそのまま承認された。そして、さらに他に意見のある者がいないことを確認した上で、パトリックは閉会の言葉を口にし、今回の評議会を恙無く終わらせることとした。

 

 こうして、宇宙(そら)の上にてオーブ攻防戦という舞台に、ザフトという新たな登場人物が参入することが正式に決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 今回もあんまり話が進んでません。

 容量自体は結構あるんですけど。不思議ですねえ?

 それにしても、パトリックが出てきたのはいつ以来だろう?(爆)

 

 スーパーロボット大戦Z購入しました。

 現在、ランド編をプレイ中。妙にPPがインフレ起こしているのは何か意味があるのかなあ。

 何はともあれのんびりとプレイしているので終わるのは当分先。それまでに次のゲームを物色しておかんと。

 

 さて。恒例のガンダムですが・・・

 ファーストシーズンと同様にやってきましたね、キャラクターサバイバル合戦!

 果たしてどれだけのキャラクターが生き残ることができるのか?

 既に結構死んでるじゃんという突っ込みはスルーの方向で(笑)

 えっ、内容についてですか?

 はっきりいって、もうどうでもよくなってます(苦笑)

 この段階から納得のいく終わらせ方があるなら、やってみせてみろ!という感じでしょうか。

 ダブルオーもSEEDと同じように問題点解消を目指したSSが登場しそうですねえ(爆)

 まあ、それはそれでいいか(核爆)

 

 

管理人の感想

おおう、何年ぶりの感想だろう?(笑)

三人娘は生き残りましたねぇ

まあ、シンの家族が生き残ってるくらいですしね。

でもきっと物量にはやはり勝てないんですよね。

このままズルズルと・・・

どんな落ちになるんでしょうかね?

 

色々とあって、スパロボZもダブルオーも見れてないのさー(涙)