「少佐……」

「フレイか」


 自室に戻り、僅かな私物をまとめていたゼンガーの背中から声が響く。
 自然と振り向くゼンガーだったが、フレイの姿を見て暫く沈黙した。


「……どうしたのだ、その服は……!」


 それは地球連合軍で採用されている下士官用の制服だった。
 先程まで軍とは遠い筈だった少女が着ると、何処か現実味が薄れてしまう。


「志願、したんです……軍に」

 俯いていたフレイがパッと顔をあげ、潤んだ瞳でゼンガーを見上げた。


「だってこれで安心とは限らないから! いつヘリオポリスの時みたいに、戦争に巻き込まれるか……」


「……」


「だったら私はパパと同じ様に戦いたい! 何も出来ずに逃げ回って、ただ殺されるぐらいなら……」


「そしてあわよくば復讐を、と考えてはいないか」


 ゼンガーの一声に、フレイは声を詰らせた。


「……か、敵を討つ事の何がいけないの?! 私が女だから? 弱いから?! 素人は邪魔だって言うの? 少佐は……!」


「俺はネート博士の敵を討つ気はもう無い」


 思いも寄らない言葉にフレイは固まった。


「……俺はネート博士の平和への意志を継ぐ、それだけだ。アルスター事務次官の意志もまた、形は違えど平和を求めるものだった筈だ」

「だから私も戦うの! 戦って、戦って……一人でも多くコーディネーターを殺して……!!」


「復讐の念にかられ戦場に立てば、犠牲となるのは自分だけではない!!」


 凍り付く様なゼンガーの視線に見据えられ、遂にフレイは押し黙った。


「……俺の同僚にも同じ考えを持った人間が居た。妻と娘を戦火で失い、深い憎悪を糧に戦い続けたが……それで得られたのは己と上司と部下らの屍だけだった」


「!!」


「……死者に対する復讐を誓えば、同じく自身も冥府へと向かう事になるぞ」


 ゼンガーが静かに言った途端、艦内に警報が鳴り響いた。
 第一戦闘配備を伝えるそれに、ゼンガーはすっと立ち上がる。


「忘れるなフレイ=アルスター! 誓いは生者の為に行うものだ!!それが他者か、自分自身か……それはお前が決めるのだ!」


 纏めた荷物を置き去りにして、ゼンガーは慌しく格納庫へ向かった。


「私が……誓う人……」
 


 そう呟くフレイの視線は、真っ直ぐに走り去っていくゼンガーへと向けられていた。




 搬入作業で慌しくなっているデッキまで辿り着くと、そこではまだ避難民の移送が完了していなかった。
 予定ではメネラオスに移ってからシャトルで地球降下を行う予定だったが、大気圏内用支援戦闘機“スカイグラスパー”の搬入も重なり若干の遅れがあった。伍式すらまだ搬送されていないのだ、その混乱ぶりが窺える。


「ゼンガー!」

「あー、おいちゃん!」


 子供特有の甲高い声が響いた先には、イルイと、いつぞやの幼女が駆け寄っていた。
 無重力状態なので二人共不器用に浮き上がったが、ゼンガーはそれを大きな手で受け止めてやった。

「おいちゃんこれ」


 舌足らずな様子で言うと、幼女が小さな花を差し出した。
 花と言ってもそれは、お世辞にも綺麗には折れていない折り紙だったが。


「俺に?」

「うん。今まで守ってくれて、ありがとう」

「さ、行くわよエル」


 母親に連れられて、エルと呼ばれた幼女が手を振りながらゼンガーから離れていく。ゼンガーはそれに対し笑顔で見送った。


「また……戦い?」

「ああ。全くしつこい連中だ」


 それに対しコクコクと頷くイルイに、ゼンガーは不信がる。
 周囲を見回しても、誰も彼女を迎えに来る人間がいないのだ。


「親と……会えなかったのか?」
「大丈夫。エルと一緒に行くから。それに……」


 すっと自然な動きでゼンガーに抱きつくイルイ。


「私には……ゼンガーがいるから」

「イルイ……」

「ゼンガーが守ってくれるから……平気だよ」


 甘えるイルイに対しゼンガーが頭を撫でると、頬を赤くして微笑んだ。


「私、神様がゼンガーを守ってくれるよう……祈るから」


 ふわりとイルイは浮き上がると、ゆっくりとシャトルへと流れていった。


「……気合入れんといけませんな、少佐」


 珍しく神妙な顔のマードックに対し、ゼンガーは頷く。


「ああ。今までも……そしてこれからも、俺は彼らの未来を守らねばならないのだ……伍式で出る!」

「整備の方は完璧でさあ! ご健闘を!!」


 親指を立てるマードックに送られるようにして、ゼンガーは床を蹴って伍式のほうへと流れていった。 
        






〈よせイザーク!! お前はまだ〉

〈うるさいさっさと誘導しろ!!〉


 ガモフでのひと悶着を通信で拾ったククルは、ヤレヤレといった表情をしたが同時に安堵していた。
 ゼンガーから受けた傷はそれ程深くは無かった……いや、深いからこそ恥辱を削ぐ為に必死なのだろうか。
 電波妨害を開始した為に顔は見えない。しかしその表情が憤怒で歪んでいるのは容易に想像出来た。
 ……ラクスとアスランを引き渡した後、ヴェサリウスは全速でガモフと合流。更には途中ガモフと同じローラシア級ツィーグラーと合流して艦隊行動を取っていた。
 攻撃目標は足付き事アークエンジェル……そして第8艦隊。


〈これで足付きも終わりですね〉


 ガモフから出撃したブリッツが、マガルガの横に来る。
 ガモフとヴェサリウスの距離は大分あると言うのにだ。


「何故イザークらと行かぬ」

〈今のイザークはディアッカでも抑えられません。手が付けられないんですよ……迷惑でしたか?〉

「いやかまわん。確かに今の奴には近寄り難い」
 


 その返答に安堵したのか、ニコルは短く息を吐いた。


〈合流したツィーグラーにジン6機、ヴェサリウスに4機、そして僕達……これだけあれば十分です〉 


 まるで戦艦等脅威では無いと言わんばかりの物言いだった。
 それも無理が無い話で。ジンのメビウスとの戦力対比は一対五とされており、圧倒的優位を誇っていたのだ。
 そしてMA以上の運動性能を持つMSにとって、戦艦は誘爆する分的以下と考えられていた。
 


「そうだな。大天使は大気圏突入で忙しい……あの艦の戦力が振るわれないならば、智将ハルバートン恐れるに足りずだ」


 敵将であるハルバートンの実力はククルも、そしてクルーゼも買っていた。
 それだけに旧式の戦術・装備を駆使せねばならぬ彼を不憫にすら思っていた。
 ククルの前をツィーグラーから発進したジンが、三機編成で先行していく。
 ヴェサリウスを始めとした三艦も砲塔を旋回させ、青い地球をバックに展開する大艦隊へと艦首を向けていた。


“パッ”


 暗い真空の海に花が咲いた。
 ジンが交戦を開始したものとばかり考えていたククルは、それっきり失われた輝きにハッとなった。


「来るぞ!!!」


 前方で怪訝そうに索敵を行っていたジンが急に動きを止めた。
 そして、その機体が文字通り切り裂かれ、そこから現われた機影にククルらは愕然となった。


〈我が名はゼンガー=ゾンボルト! 大天使の剣なり!!ここを通らんとする者は、何人であろうとも、伍式対艦刀で一刀両断にしてくれる!!〉
 


 見慣れた赤い機体が無数のメビウスを従え、真っ直ぐ向かっていたのだ。
 しかも第8艦隊のメビウス隊は訓練不足と表されていたにも拘らず、しっかりと編隊を組んで伍式に付いて来ている。
 短時間で余程の訓練をこなしたのか、有能な前線指揮官が現われたか……。
 深く考えるまでも無く後者だろう、とククルは判断した。


〈そ、そんな……!〉

「守るべき機体を前面に押し出し、大天使を守るとは……我らの甘さが危機を呼んだかっ!!」


 アークエンジェルと共にアラスカへと降りるものとばかり考えていたニコルは、その予想外の展開に言葉も無い。
 だがククルはニコル程の焦燥は感じていない。心の何処かでこの展開を望んでいたに違い無かった。



 


〈来たなゼンガーぁ!! このアサルトシュラウドで貴様をぉ!!〉


 イザークもククルと同じくゼンガーとの対決を渇望していた。
 レールガンやミサイルランチャーが接続された、増加装甲を纏ったデュエルが伍式を追う。
 間に合わせとは言えザフトの技術力の結晶。その性能は素晴らしいものがあった。
 メビウスのレールガン程度は位相転移装甲を使うまでもなく弾き返し、各所に設置されたスラスターにより運動性能はむしろノーマルデュエルを超えている。
 にも関わらず伍式はビームを平然とかわし、ミサイルを難なく切り払う。
 


「矢張り機体性能が上がっても、乗っている奴の精神状態があれではな……」


〈そう思うんだったら手伝ってくれよぉ!!〉

 ディアッカは周囲に取り付いているメビウスの相手で忙しかった。
 ヒットアンドアウェイを徹底しているのか、一発撃っては離れを繰り返す為中々数を落とせないのだ。
 


「そうしたいのは山々だがこちらも動けん!」


 言いつつククルは何機目かのメビウスを両断する。
 今の戦場はとんでもない過密状態にあった。
 Xナンバーが全機、ジンが六機、そしてメビウスが数十機以上……。
 これでは格闘戦を主体とするククルは入り込めない。
 援護射撃をしようにも、専用ライフルは対艦刀に貫かれ、失われているのだ。スキュラを使うのは問題外だった。
 意外にも厄介なのがメビウスで、絶対に散開しようとせず、蝿の如くしつこく至近距離を纏わりつくのだ。
 そしてうっかりそれを撃とう物ならば、避けられた挙句確実に味方に当たるのだ。ディアッカもそれを恐れ、折角修理が終わったインパルスライフルを使えず、ちまちまとイーゲルシュテルンやミサイルランチャーで迎撃している。
 そして恐れていた事態が起こった。
 デュエルが放ったレールガンが伍式のパンツァーアイゼンに阻まれ兆弾。
 それが運悪く一機のジンの頭部に直撃し、モニターが死んだジンに対しメビウスの砲火が集中したのだ。


「イザーク!! 周りを見ろ!!」

〈やかましいっ!!〉


 爆発する友軍機を見て、他の隊のジンが一気に動きを鈍くした。
 同士討ちを恐れて攻撃の手が鈍ったのみならず、いつの間にか味方が半数に減っていた事に対し恐怖していたのだ。


〈な、何で! ナチュラルだろこいつら!!〉

〈冗談じゃない! こんな事ありえ……!!〉

“断”


 また一機ジンが対艦刀の餌食となり、残ったジン隊は半ば恐慌状態に陥りつつあった。
 それとは対照的に、乱戦状況にも関わらず伍式は的確に敵を見据え、次々と屠っている。
 


〈く、ククルっ! 撃たないとみんなやられます!!〉

「待てニコル早まるな!」


 味方が次々に落とされていく状況に、ニコルも焦っていた。
 ランサーダートが一機のメビウスに突き刺さり爆発するが、それが目晦ましとなってまた一機のジンが対艦刀の露となった。


〈ああ……!〉


「チッ!! 全機死にたくなくば散開せよ!! 我らはコーディネーターだが、対MS戦闘では素人なのだぞ!!」


 しかし誰もその言葉を聞こうとしない。
 メビウスがその数を半数まで減らした為か、伍式もろとも後退を始める。
 それに対しデュエルを筆頭に何も考えずに追撃していくMS隊。対応する様にツィーグラーとガモフも前進を開始した。


「ディアッカお前まで!!」

〈解ってるけどよぉ!〉


 と言いつつデュエルに付随する辺り全然解っていない。
 常に物事を側面から見る事が出来たディアッカも、味方のMS隊が壊滅するという事態に熱くなっていた。


「お前は行くなよ、ニコルっ!」


“ガシッ!”
 


 当然の様に後を追おうとしたブリッツを、マガルガは力ずくで押さえ込んだ。


〈離して下さい!! このまま……このままあの男をっ!!〉

「これが罠だと何故気が付かぬ!!」


〈その通りだニコル〉


 そこに今まで沈黙していたヴェサリウスから、冷静なクルーゼの声が響いた。
   


〈前方に戦艦と駆逐艦がてぐすねひいて待ち構えているぞ。どうやら大天使の剣は、ある程度戦力を削ってからワザと引いて、戦艦を呼び寄せたかったようだな〉

「……!! そこまで気が付いているならば早く指示を!!!」

 
〈電波障害が酷くてな……残念だよ〉


“ゴォォォォォォ……”


 その瞬間、ツィーグラーが第8艦隊から一斉に艦砲射撃を受けた。
 光の雨がツィーグラーに降り注ぎ、その艦体をあっという間に削っていく。
 一発の艦砲を撃つ間も無く、ツィーグラーはこの宇宙から消滅していった。


「クッ……」


〈これで大天使の剣の名は更に上がるな〉



 今しがた失われた命に対し、全くの配慮をしようとしないこの男に、ククルは殺意を覚えた。
 その深さは、ある意味ゼンガーに対するそれを上回るほど……。



 


〈Xナンバーか……〉

〈確かに見事なMSだな、少佐〉


 
 半数を失ったメビウス隊を率いて、ゼンガーは第8艦隊へと向かっていた。
 伍式そのものを最前線に立たせ、ザフトの攻撃力の要であるMSを一気に叩こうという目論みは予想以上の成果を上げた。
 たった一度の戦闘でMSを6機も撃墜する等、いかにエリート揃いの“教導隊”と言えど群を抜いた成果だった。
 メビウス隊もまた多大な犠牲を出しつつも、一機のジンを落としている。その戦果はアーマー乗りにとってどんな訓練よりも効果的だったろう。


〈だが敵に回しては厄介なだけだ〉


 ホフマンの冷ややかな声と同時に、ゼンガーの後方で駆逐艦が一隻、轟音と共に沈んでいく。
 次の瞬間には戦艦のブリッジが砲撃を受け、沈黙する。
 ……追ってきたデュエルとバスターによるものだ。
 


「グッ……戦闘による消費が激しすぎたか!」

〈補給なしで戦える兵器等存在しない! あれだけ戦えば当然だろう!〉



 ハルバートンの言葉は何の慰めにもならなかった。
 既に生還したメビウス隊の弾薬や推進剤も完全に尽きつつあった。
 飛んでいるのが不思議なぐらいの損傷を受けているものもある。
 そのうち一機に最後のジンが飛び掛った。
 ゼンガーに斬られ、メビウスに落とされ、更には艦砲によって蒸発した仲間の敵と言わんばかりに、メビウスの上に乗るとバズーカの銃口を押し付けた。


“ゴッ!”


 しかし引き金が引かれる直前に、ゼンガーはパンツァーアイゼンを発射しジンの腕をとった。
 そのまま力の限り引き寄せバランスを崩した所で、他の艦の護衛に当たっていたメビウスからの攻撃が命中する。
 蜂の巣になったジンは爆発し、これでジン隊は全滅した。
 


〈た、助かりました少佐……〉

「急ぎ近くの艦へ着艦せよ! それではメネラオスまで持つまい……!!」


 そうしている内にまた二艦が戦闘不能に追い込まれていた。
 ゼンガーが一機のMSを倒す間に倍以上の戦力を削っている……これがコーディネーターの圧倒的な力だった。
 今のままでぶつかれば、まず勝ち目は無いのは人類の方なのだ。


〈セレウコス被弾、戦闘不能! カサンドロス沈黙!! アンティゴノス、プトレマイオス撃沈!〉

〈戦闘開始からたった六分で……四隻をか?!〉


 それがたった二機のMSの為と言うのだから、流石のハルバートンも声を荒げた。
 自身が推進したG計画がここまでの成果を……しかも味方を潰す方に作用しているのは皮肉としか言いようが無かった。


「矢張りXナンバーを倒せるのはXナンバーのみなのか……」



 ゼンガーは全ての生き残りのMAが近くの艦艇に収容されるのを見て、バッテリーを気にしながら再び対峙すべく転進する。
 只ならぬ勢いで迫るデュエルに対し、伍式の対艦刀を構えた瞬間、ハルバートンから全艦隊に向けて通信回線が開かれた。
 



〈メネラオスより各艦コントロール。本艦隊はこれより、大気圏突入限界点までのアークエンジェル援護防御戦に移行する〉

「?! このタイミングでか!」


 ハルバートンの無茶な命令にも驚いたが、言い出しは間違いなくマリューだとゼンガーは悟った。
 上官が上官だと部下も部下だ……と、ゼンガーは自分の事を棚に上げて苦笑した。


〈厳しい戦闘ではあると思うが、かの艦は明日の戦局の為に、決して失ってはならぬ艦である。陣形を立て直せ! 我らの後ろに敵を通すな!!〉


 嵐のようなデュエルとバスターの攻勢に圧倒されていた前線が、ハルバートンの一声により奮い立った。
 そして何よりこの戦場には“大天使の剣”がいる……赤き守護神が、自分達と共にある事が何よりの励みとなっていた。


〈地球軍の底力を見せてやれ!!〉


 その言葉が宙域に響いた時、デュエルのビームサーベルが伍式の目前に迫っていた。





「……俺一人倒せぬお前達に、我ら地球軍を倒せると思うな!!」

“ガキッ!!”


〈なにっ!!〉



 パンツァーアイゼンの爪を発射せず、左腕で固定したままデュエルの右腕をホールドする。
 ギリギリと腕を振り下ろそうともがくデュエルだが、伍式の腕はぴくりともしない。


「戦いは常に真剣勝負! そのことを理解できぬ輩にこの俺は倒せん!!」    


 そのまま右腕を振りかぶった伍式は、デュエルの頭部に拳が当たると同時にパンツァーアイゼンを発射する。
 拳の衝撃とパンツァーアイゼンの推力によって大きく引き離されるデュエルだったが、すぐさま爪から脱すると肩部ミサイルランチャーを使用する。



〈ガタガタ抜かさず俺と戦えェ!! ゼンガー!!〉

「……その闘志、本物だな。よかろう来い!! ザフトの戦士よ!!」

 対艦刀でミサイルを一気に全て払い落とすと、ゼンガーはデュエル目掛けて前進した。
 そこにバスターがインパルスライフルをお見舞いするべく狙いを定める。


〈うぉりゃあ!!〉


 が、それは四発同時のピンポイント攻撃によって阻まれた。


「フラガ大尉!!」


 ガンバレルを展開したメビウスゼロが、バスターに撃ちかかったのだ。
 勿論撃ち返すバスターだったが、メビウスゼロはするりとかわしていく。


〈二代目襲名するにはまだまだですけどね……俺だってアーマー乗りの意地があるんでね!〉
   
「頼む!!」


 バスターの足止めをフラガに任せ、ゼンガーはそのままデュエルとの交戦を続ける。
 眼下にはアークエンジェル。しかしその白い姿は何故か揺らいでいる。
 アークエンジェルのみではない。その近くにいるメネラオスも、バスターもメビウスゼロも、目の前のデュエルも全て……。
 そう、ゼンガーらは地球に近付き過ぎていた。大気圏ギリギリに近いこの場所は、正に灼熱地獄への一歩手前だった。
 そこへ好き好んで突っ込んで来る、もう一隻の戦艦があった。


〈ローラシア級接近!!〉

〈刺し違えるつもりか!〉


 デュエルとバスターが開けた第8艦隊の陣形の穴を抜けてきたガモフだった。
 既に砲火に晒され満身創痍だったが、猛然とメネラオスへの砲撃を続けていた。


「そこまで……だが、させん!!!」


 今までバッテリー節約の為に、殆ど発生させていなかった収束ビーム刃を起動させるゼンガー。
 突然のガモフの行動に虚をつかれたデュエルのスキをついて、ゼンガーは一気にガモフに肉迫する。


「対艦刀ぉぉぉ!! 縦一文字斬り!!」

“斬!!”



 ザックリとめり込んだビーム刃が、ガモフ艦内に次々と誘爆を引き起こした。
 また対艦刀の切り口からみるみるうちに熱が入り込み、その崩壊を飛躍的に早め、遂には内部から装甲が膨れ上がり、弾けた。


「ハルバートン提督っ!!」



 メネラオスはまだ辛うじて持ち堪えていた。
 が、既に突入限界点を突破したこの艦が、地球の引力を脱する手段はもう無かった。


〈見事だ少佐……迷いの無い一太刀、見せてもらった〉  
 
「提督、脱出を!!」

〈いや、ここまで来てあれに落とされる訳にはいかない……避難民のシャトルを脱出させる!〉


 メネラオスから一機のシャトルが放出され、徐々に姿勢を制御して離れいった。
 ……それがメネラオスに搭載されている大気圏突入可能な、唯一のシャトルであるにも関わらず。


「提督……」

〈いいか少佐! 強者が力を振るう時、迷いは禁物だ!! 迷えば、その力を信じる人々までをも危機に晒す!!〉


「!!」

〈願わくばその力で、多くの人々の希望とならん事を! 今後の躍進を期待する!!〉


 遂にメネラオスが燃え上がり、その船体がバラバラに砕ける。
 その様を至近距離で見守っていたゼンガーの視界が、涙によって歪んでいく。


「人々の希望……俺が……」


 ゼンガーはどんどん降下していくアークエンジェルと、先程離脱したシャトルをそれぞれ見据え……。
 ハルバートンの思いに答えるべく、動き出した。





「がっ……ガモフがっ!! ゼルマン艦長ぉぉぉぉ!!」


 対艦刀によって、文字通り断たれてしまったガモフの最期を、イザークは見ていた。
 これがこの戦争において、対艦刀の犠牲となった初めての船だったが、それを見届けたイザークも衝撃が大きかった。 
 例え度重なる砲撃によって損傷していたとしても、一撃で戦艦を斬り倒したMSなどザフトにもありはしない。


「くっそぉぉぉ……ゼンガーめぇ!!」


 その時イザークの視界を横切ったものがあった。
 メネラオスから放出されたシャトルだった。
 しかし翼に若干の損傷があるようで、その動きは実に危なっかしかった。
 放っておいても燃え尽きる可能性が高かったが、イザークはそれを見逃すほど甘くは無かった。


「逃げ出した腰抜けがぁ!!」


 デュエルのビームライフルからビームが放たれる直前、デュエルは背後から激しい衝撃を受けライフルを取り落とした。


「!!」


 無様に体制を崩しているデュエルの横を、悠然と伍式が横切った。
 その瞬間デュエルの手から離れたビームライフルが、赤熱して燃え落ちた。


「逃げ出す腰抜けの為に……そんな事をする位なら俺と戦えぇ!!」


〈そんな事……腰抜け?〉


 伍式がシャトルに取り付いたところでビームサーベルで切りかかろうとするデュエル。
 だがサーベルは程無くして溶け落ち、徒手空拳のまま近付いたデュエルは伍式の左手に首を絞められる。


〈ふざけるな!! 故郷を失い、生きる術さえ失った人々にまで、その力を振るわねば足りぬか!!〉


「な……!」


 位置的にシャトルの船窓が見えたイザークは愕然となる。
 そこから映る顔には、まだ幼い幼女の姿すらあったのだ。

〈そうまでして血を望むか……そうまでして乱を望むか!! 同族以外の存在を、戦う術を持たぬにも拘らずそこまで恐れるか!! そんな貴様らに……先の貴様の言葉をそのまま返す!!〉


 それだけ言うと無造作にデュエルを突き放す伍式。
 暫く只漂っていたデュエルだったが、やがてその体躯を震わせるようにして起き上がった。


「誰が……誰が……誰が腰抜けだぁぁぁぁ!!」


 シールドを捨て、デュエルの手を自由にしたイザークは絶叫する。
 シャトルを支えつつ、左肩のマイダスメッサーを掴もうとする伍式の動きを制して、イザークはシャトルに取り付いた。



「ナチュラル等を誰が恐れるものか!! こんなシャトルなんぞ!!」


 イザークはアサルトシュラウドに接続されていたレールガンも切り離し、全推力でシャトルの機動を安定させた。
 それを見た伍式も同様に反対側からスラスターを吹かし、シャトルを支える。
 自分でも何をやっているかイザークにも解らなかった。
 熱で頭がどうかなったのかとも考えていた。
 ……実際そうだった。しかしそれは、大気圏突入時における機内温度によるものではなかった。
 ゼンガーの言葉が、イザークのプライドを超えた何かに触れたのだ。


「フン! ナチュラルの工業製品はポンコツばかりだ……とっとと行け!」


 程無くしてシャトルはコースを安定させ、滑る様にして降下していった。
 


〈……貴様〉


「ゴタクはどうでもいい! 俺と……うおっ!!」


 カタログスペックではXナンバーは位相転移装甲のお陰で大気圏突入すら可能にしている。
 だがそれはきちんとした突入体勢を取り、アンチビームシールドを掲げて辛うじて可能と言うレベルだった。
 決して本来の安全基準通りではない。
 しかもデュエルは度重なる戦闘により、機体各所に重大な損傷があった。
 このままでは姿勢を保てず、メネラオスの後を追う事は確実だった。 


〈……今、ここでお前とやりあうつもりはない〉


「何だとぉ! ここまで来て……」

“ガッ”


 落下しながら伍式がデュエルを押さえ込むと、そのまま横方向へと押し出した。
 それによってデュエルは突入角を適当な状態に保てるようになった。
 これならば大気圏に弾かれる事も、突入角が深すぎて燃え尽きる事も無い。
 


「おま……」  

〈命あらばまた会おう! さらばだッ!!〉

「待てっ! ゼンガー!!!」


 そのまま深い角度で地表へと落ちる伍式を、イザークは目で追うことしか出来なかった……。




 


「おいちゃんが……」



 無論この様子はシャトルの避難民にも見えていた。
 皆船室の窓に張り付くようにして、二機の奮闘を見守っていた。
 何故助けてくれたかは解らない……しかも片方は、散々アークエンジェルと戦った機体の一機だと、誰もが知っていた。   
 モニターごしに殺気を撒き散らしながら、自分達を襲っていた相手が何故……と疑問に思う。
 だがどちらにしても助かった事は確かだった。その代償として、今正に自分達の守り神が燃え尽きようとしているが。


 
「イルイ……」

「大丈夫……大丈夫だよ……」
 


 泣きそうな表情で必死に祈るイルイを見て、エルも一緒になって祈り出した。
 こうなってしまえばもう、それぐらいしか意味がないと、子供心に感じていたのだ。
 しかし子供は大人と違う。
 エヴィデンス01の発見により、三大宗教を始めとした多くの“神”がその存在を否定された今でも、純粋に“神”の存在を信じる事が出来るのが子供だった。
 道理など関係無い。只自分達を守ってくれる存在を無心に願う……。
 その願いが叶えられない事を知った時、子供は大人になる事が多いが……今回は違った。
 本当に、“神”が手を下したのだ。


「何だ!!」


 避難民の一人が何かを指した途端、船窓一杯に黒い影が横切った。
 巨大な翼に比する長大な爪、そして口腔部が醜く空いた人型の頭……。
 胴体に棘のある球体を抱えたそれは、一瞬シャトルを横目で見ると、すぐさま伍式の方へと向かっていったのだ。
 


「何あれ! おいちゃんを狙っているの?」


「違うよ。あれはゼンガーを守ってくれる」


 
 いつの間にか目を開けたイルイが優しく言った。
 その眼は自分の母親のそれよりも、遥かに落ち着いているようにエルには感じられた。


「あれはゼンガーと同じように、私たちを守ってくれる……」  
    



武神装攻ゼンダム 其三 「守護者」




 
 

代理人の感想

出たっ!

 

・・・・・・・・・・・つーか、あれ人間の顔がついてたんだ。知らなかった(爆)。