どよめきがやがて歓声に変わり、感極まって嗚咽すら聞こえ、ゼンガーは複雑な思いだった。
 彼らはそれ程弱くは無かった。自分が居なくとも、これほどまでに戦えた。前に進めたのだ。
 ……それを今まで、守護という鎖で縛っていたのかもしれない。
 邁進する気を削いでいたのかもしれないのだ。


「同じ轍は二度と踏まんぞ。俺は、大天使の剣であり……彼らと共に戦う、戦士」

〈少佐!!〉

「油断するな艦長! 敵の手はまだ退かれてはいない!!」

〈南西より熱源接近! 艦砲です!!〉


 沸いていた空気が水を浴びたかのように冷たくなったが、マリューの士気は落ちていない。


〈回避! まだ間に合う!!〉


 砂漠を滑る様にして、アークエンジェルが動く。
 その直後に、さっきまでいた地点に火柱が上がる。


〈どこからだ!〉    
 
〈南西二十キロの地点と推定! 本艦の攻撃装備では対応できません!!〉

〈……! 少佐!!〉


 それはゼンガーに助けを求めた声ではなかった。



〈あいよっ! スカイグラスパーいつでも出れるぞ! どうする?!〉

〈レーザーデジネーターを敵艦に照射願います! それを照準にスレッジハマーを使用します!!〉

〈了解っ!〉



 アークエンジェルのカタパルトから白い機影が飛び出す。
 既に制空権を確保している為、スカイグラスパーはほんの一瞬でその姿を消した。
 


〈次が来る! 回避運動開始!〉


 敵艦のものと思われる第二波攻撃に備え、すぐさま指示を出すマリュー。
 その読み通り、多数のミサイルが地平線の彼方から飛来してくる。
 先読みによる回避により直撃は避けられそうだったが、何発かは掠る事は覚悟するしかない。


「見事。ならば俺は俺の使命を果たすまで」


 弾幕を抜けた三機のバクゥが、ジリジリと伍式に対する包囲を縮めている。
 だが一気に飛びかかるほど無謀ではない。懐に入れば、対艦刀の振りが待ち構えているのだ。迂闊な事は出来ないでいる。


「どうしたっ! 俺と言う壁を越えなければ大天使へは指一つ触れられんぞ!!」


 一機が意を決して機体を躍らせ、上から伍式に飛び掛る。
 それに対し伍式は体ごとぶつかった。突き出した左肘がバクゥの首を直撃し、もんどりうって砂煙を上げるバクゥ。
 残りの二機が距離を離して射撃を開始した頃、アークエンジェルに対しミサイルが迫っていた。


「飛べ! 飛燕のごとく! 対艦刀ッ!」


 それを見たゼンガーは対艦刀を構えた。
 大きな動作で勢いをつける様は、バクゥと距離が離れている現状では一人相撲の様にも映る。
 が、ゼンガーの太刀は距離すら無視する。


「大!車!りぃぃぃぃん!!」  
 
“ブンッ!!”



 伍式の手から対艦刀が離れる。
 蓄積エネルギーが僅かな間ビーム刃を発し、その間に一機のバクゥが不幸にも掠ってしまい、背部のミサイルランチャーが切り落とされる。
 そのまま砂丘を飛び上がるようにして宙に舞った対艦刀は、進路上のミサイルをまとめて叩き落としていった。
 だがこれは敵に大きなチャンスを作った事になる。
 その最大の脅威である対艦刀が振るわれないとなれば、機動性に優れるバクゥなら幾らでも対処が出来る。
 喜び勇んでいるかのように跳ねるバクゥだったが、次の瞬間読みの甘さを思い知る事になる。


“ゴスッ!!”


 えぐり込む様にして放たれた必殺の正拳が、バクゥの腹に突き刺さった。
 伍式を始めとしたXナンバーの装甲強度は、位相転移装甲を展開している際はあらゆる物理攻撃を無力化する。
 ……逆に言えば、それだけの硬度を誇る装甲を、通常の兵器がぶつけられればひとたまりも無いのだ。
 拳の跡をくっきりと残しジタバタと落ちるバクゥ。残りの二機も再び慎重に見定めようと動きを止めた。
 だが……。



〈新たな機影確認! バクゥです!! ですが……〉

「どうした?!」
 


 ミリアリアの声に当惑が混じっていた。


〈このバクゥは、ザフト軍の識別信号を発していません!!〉


 これにいち早く気がついたバクゥが、駆動音が響く地点へとミサイルを撃つ。
 だが、砂丘の照り返しで赤く染まったその影は、一向に歩みを止めようとはしない。
 逆に脚部に接続したロケットランチャーで、迷彩が施されたバクゥは反撃すら行った。
 


「レジスタンスか?!」


 それにしては装備が整い過ぎだった。
 MSを保有するレジスタンス組織等、ゼンガーは聞いた事が無かった。
 精々今もバクゥの周囲でランチャーを撃ちながら走り回る戦闘バギーが、精一杯なのが普通だ。
 第一これを動かそうとなれば、例え状態の良い頓挫機体でも絶対に必要な物がある。
 それは……。


〈そこのMSパイロット! 死にたくなければこちらの指示に従え!!〉


 いつの間にか伍式の側に来たバギーから、ワイヤー経由での通信が飛び込んできた。
 声から判断しただけでも、まだ若い女の声だった。
 


〈そのポイントにトラップがある! バクゥをそこまで呼び寄せるんだ!!〉


 ポイントを示した地図を送信すると、一方的に通信は切れた。
 それと同時にバギーの群とあの迷彩バクゥが走り去った。
 行き先はポイントの箇所と合致している。
 ……しかし本当に味方かどうかはまだ不明だ。
 最悪、アンドリューらアフリカ方面軍から支援を受けている、反連合レジスタンスの可能性すらあるのだ。
 物的証拠としては、MSの存在が一番だった。


「どちらにしても、行くしかあるまい!」


 意を決してゼンガーはバギー群を追った。
 どの道バッテリー残量は残り僅かであり、対艦刀抜きで後二機のバクゥを倒すには不安が残る。
 身体を左右に揺らし全力疾走する伍式。
 全長17メートルの巨体の走行速度は、歩幅が大きい事もあり実に時速百数キロに及ぶ。
 今でこそ砂漠の砂に“若干”脚をとられているが、その速度は前方を行く迷彩バクゥにもヒケを取らない。
     


「そこかっ!」


 指定されたポイントでは迷彩バクゥが伍式を待っていた。
 伍式もそこに降り立ち、十分に背後に迫る三機のバクゥを引き付けてから再度跳躍する。


“ドンッ!!”


 跳んだ瞬間地面が割れた。
 元々脆かった岩盤が、遠隔操作で爆破されたのだ。
 坑道か何かだった空洞に真っ逆さまに落ちていくバクゥが三機。
 それも内部に更に埋設してあった高性能爆薬によってあっけなく粉砕された。

 


〈状況終了です……お疲れ様でした。そして……おかえりなさい〉

「また世話になるぞ。艦長、後マードック軍曹にも苦労をかけると伝えてくれ。色々ガタが来てな」


 朝日が立ち上るのと入れ替わる様に、伍式の位相転移装甲が落ちていく。
 暗い灰色の味気ない姿となった伍式だが、目の前に突き刺さった対艦刀が威圧感を支える。
  


〈ったく、初出撃が落し物のデリバリーサービスかよ〉
 


 投げっぱなしだった対艦刀を、フラガがスカイグラスパーのワイヤーで運んで来たのだ。


「腐らないでくれ少佐……それで、敵は?」

〈“レセップス”相手に、攻撃は無理っしょ〉

〈レセップス?! アンドリュー=バルトフェルドの母艦……」

「矢張り奴が……」


 曙光に隠れたあの男を捜すかのように、伍式は対艦刀を掴み朝日を見つめていた……。





「撤収する。この戦闘の目的は果たした。残存部隊を纏めろ」


 当の本人は、砂丘の影からずっと戦闘を見守っていた。
 ヘリもMSも全滅という、ザフトアフリカ方面軍始まって以来の大敗北を喫したというのに、何故か飄々としている。


「矢張りクルーゼ隊が散々敗退しただけの事はあります……しかし、あの男はどうやってこの場所を? それ以前にこの砂漠をああも簡単に」

「半日間砂漠を歩き回ったら、嫌でもコツが掴めるさ。僕もそうだった」


 砂丘を見に行くと行ったっきり、バルトフェルドが丸一晩行方不明になった事を思い出すダコスタ。
 必死の捜索にも関わらず痕跡すら見当たらず途方に暮れて戻ると、何食わぬ顔で艦長室でコーヒーを飲んでいたバルトフェルドを見つけ思わずこけたものだった。
 何でもバギーが故障したので歩いてレセップスまで戻ったらしい。
 その甲斐あってかどうかは不明だが、それからの彼の砂漠における指揮能力が高まった。
 ……試したいとは思わないが。


「所でダコスタ君。君はバナディーアに知った顔はいるかい?」


 指揮車に戻る途中、背を向けたままバルトフェルドが訊ねる。


「いえ……部下の付き合いぐらいでしか、繁華街へは出向かないので」

「かぁーっ! ダメダメ!! 若い青春フイにしてどうする?! たまにはハメを外して、遊べ」


 遊べなくしているのは誰のせいですか、と大人気無い言葉が出そうになったが抑えるダコスタ。


「……とは言っても、僕もコーヒー屋の店主ぐらいしかいないからねぇ。後は持ちつ持たれつの関係ばかりさ」

「何が言いたいのです?」

「つまり僕らコーディネーターにとって、地球は未だ遠い場所なんだ。損得勘定抜きではいられない」


 これにはダコスタも唸った。


「……聞くところに寄れば、特殊戦技教導隊はその活動範囲を選ばなかったそうだ。その関係で何らかのコネクションを、世界中に持っている可能性がある」


「あの男が?!」


「まあ、彼の場合むっつり無愛想だからねえ……だが義理堅い男だ。僕等の様に中途半端に恨まれはしないさ」


 バルトフェルドはレジスタンスの存在をそう表す。
 例えMS一機を保有していても、彼にとっては中途半端でしかないのだ。


「……しかし我々の間に中途半端は無い。全力でいかねば、大天使殿の豪腕かその剣によってあっさり蹴散らされるぞ」


 最後にバルトフェルドは、砂煙を上げてアークエンジェルへと向かうバギー群と、それに囲まれるようにして向かう伍式とスカイグラスパーの姿を見据えた。
   




「で、次のお客さんも一筋縄では行きそうに無いな」


 レジスタンスらはアークエンジェルのハッチの前で待ち続けている。
 敵ではない、と言う確証は無いものの、一度話してみない事には何も進展しない。
 マリューはとにかく会って見て、判断するしかないと決断した。


「俺、銃はあんま得意じゃ無いんだけどねえ……」


 スカイグラスパーから降りたフラガが、乗り気でないといった風に拳銃のカートリッジを確認した。
 愚痴を言いつつもしっかり付いてきてくれる彼が、只でさえ切羽詰っている状況では頼もしく見えた。


「あけるぞ」


 神妙な面持ちでハッチを開けると、早朝の冷気と細かい砂が一緒になって顔を撫でる。
 マリューは脚を踏み出し砂漠へと降り立つと、目の前で待っていた男達へと目を向ける。
 映画に出てくるような典型的な野戦装備を身に付けた彼らの中で、最年長と思われる恰幅の良い男が前に出る。
 髭も厚く、顔面にも大きな傷跡が残り、今も鋭い目でマリューを睨んでいる。
 が、大天使にはそれに匹敵する威圧感の持ち主がいるのだ。大して驚きもしない。


「助けて頂いてありがとう……お礼を言うべきなのでしょうね?」


 冷静なマリューの言葉に寡黙な目を向ける男だったが、興味をひかれている事は窺えた。


「地球連合軍第8艦隊所属、マリュー=ラミアスです」

「あれ? 第8艦隊ってのは再編制中じゃなかったっけ? ヘッドがやられて」

「アフメド」


 先程の男がジロリと睨み、このアフメドと呼ばれた青年を制した。


「俺達は“明けの砂漠”だ。俺の名はサイーブ=アシュマン……礼なんざいらんさ、解ってんだろ? 別にアンタ達を助けた訳じゃない。こっちもこっちの敵を討っただけでね」

「砂漠の虎相手にずっとこんな事を?」
 


 連合軍ですら歯が立たず、早々に劣勢に追い込まれたのだ。
 それでも未だ戦い続ける人間がいる事に、フラガは感心半分呆れ半分だった。


「……あんたの顔はどっかで見た事があるな」

「ムウ=ラ=フラガだ。この辺に知り合いはいないよ」

「へえ、エンデュミオンの鷹と、こんな所で会えるとはよ」


 小気味良い笑みを浮かべるサイーブにフラガは面食らう。
 ザフトと違い、連合のエースの戦果は低い。
 それでも一般常識から考えれば十二分の戦果を上げているが、コーディネーターはそれを更に突き抜けている。
 だから連合のエースについては殆ど誰も知らないのが普通なのだ。
 ザフトの場合広告代理店まで使って大々的に士気高揚の材料にする。砂漠の虎が良い例だった。
 ……ただ彼の場合、その評価は誇張一切抜きで実力でもぎ取った物だったが。 


「情報も色々とお持ちのようね。では、私達の事も?」

「地球軍の新型特装艦アークエンジェルだろ? クルーゼ隊を“振り切って”地球に逃げてきた。そんであれが……」


 伍式を見上げるサイーブの背後で、声が上がった。


「X-105……“ストライク”と呼ばれる地球軍の」


〈そのペットネームは古い〉

“バシュ” 


 その声を遮るようにして伍式のコクピットが開け放たれ、そこから人影が飛び降りてきた。


「この機体の名は“伍式”だ。多くの人間の遺志と、血で染め上がった……どうした?」


「……っく!」


 苦しそうに何かを堪えるマリューの様子に、ゼンガーは怪訝そうな顔をする。


「どーしたもこーしたも無いっしょ?! 何ですその格好?」


 フラガに言われて初めて自分の出で立ちに頓着するゼンガー。


「……矢張り似合わぬか」


 ……バナディーアでバルトフェルドが仕立てたと言う、あのアロハシャツ姿のままだったのだ。


「おい、あの男本当に……」

「“大天使の剣”って、あんなひょうきんなのかよ……」


 レジスタンスの間でもどよめきが走る。
 その中で、先程発言を遮られた金髪の少女が、一人ゼンガーの前に飛び出していった。


「お前っ……!! お前みたいなふざけた奴がっ!!」


 腹の探り合いをぶち壊しにしかねない軽率な動きだった。
 思わずフラガも拳銃に手を伸ばすが、その前に長身長髪の大男が立ちはだかる。
 所がこんな緊迫した状況であるにも関わらず、マリューは落ち着いてゼンガーを見守っていた。


“パシッ”
  



 案の定、少女のか弱い拳はゼンガーの掌で止められた。
 腕を引こうにもしっかりと掴まれ、身動きが取れない。


「はっ、離せっ!」

「……相手を殴る時は目を見るのだ。例えそれが、下から見上げるような形になってもだ」


 最初は悔しそうな顔をしていた少女も、ゼンガーに睨みを利かされ固まる。
 恐怖に思わず身震いするが、それは命の危機と言うよりかは、親の説教を恐れるかのような気分だった。


「さもなくば……」


「カガリに何をするっ!!」

“ガッ!!”


 背後から驚くほどのスピードで殴りかかってきた少年を、ゼンガーは片腕だけでいなした。


“ドッシャア!”
 


 自らの勢いを上手く利用され、自分だけ砂に突っ込む少年。


「っな?!」

「さもなくば足元をすくわれるぞ……彼の様にな」


「カガリっ! キラ!! お前ら何やってやがる!!」


 サイーブに咎められ、渋々引き下がるカガリ。
 唖然とした様子で砂の上に横たわっている、キラと呼ばれた青年を起こすと、仲間達の方へと戻っていった。


「しかしあんた……肝が据わってるな」


 ともすれば決裂を招きかねなかっただけに、冷やりともしなかったマリューの反応にサイーブは感心していた。 


「あの人ならば、少女を傷つける事無く事を片付けられると、解っていたからこそです」

「成る程、大天使の剣……名ばかりでは無い様だ」


 突如先程の大男が相槌を打ったので驚くマリュー。
 彼女自身はそれほど強気ではない。信じれる仲間が、信じてくれる仲間がいるからこその、先の態度だったのだ。





〈両名共無事にジブラルタルに入ったと聞き、安堵している。先の戦闘ではご苦労だったな〉

「まあ、死にそーになりましたけど」 


 皮肉げな笑みを浮かべ、ディアッカはクルーゼに答える。
 ……地球の重力に捕まり落下したディアッカとバスターだったが、彼のコーディネーター故の頑丈さと位相転移装甲の効力により、地中海へ無事着水する事が出来たのだ。
 イザークもまた、大幅にポイントがズレていたが無事だった。


〈残念ながら大天使とその剣を仕留める事は出来なかったが、君らが不本意とはいえ、共に地上に降りたのは幸いかもしれん〉


 何が不本意か、とディアッカは内心毒付く。
 第8艦隊との戦闘において、戦闘開始から終了までクルーゼは一言も命令を出していないのだ。
 電波障害と言えばそこまでだったが、普段から得体の知れぬ部分が多すぎるクルーゼを嫌っていた事もあり、不信感は募るばかりだった。


〈大天使は今後、地球駐留部隊の標的となるだろうが、君達も暫くの間ジブラルタルに留まり、共に追ってくれ……無論、機会があれば討ってくれてかまわんよ〉


 最後にクルーゼが余韻タップリにそう述べると、通信は途絶した。  
 大天使を逃した挙句、部隊の大半を失ってこの態度……好きになれと言う方が無理な相談だった。


「だってさ。宇宙には戻って来るなって事?」


 吐き捨てる様に言うとディアッカは椅子を回して背後のイザークに顔を向け……動きが止まった。


「おい……イザーク……」


 イザークは顔の半分を覆っていた包帯を解いていた。
 そこには大きく斜めに横切った傷跡が、その繊細で怜悧な顔に残っていた。
 ザフトの医療技術を持ってすれば傷など残さず治療可能なのにも関わらず、だ。
 


「機会があれば、だと?……討ってやるさ! 次こそ必ず、この俺がな!!」


 怨嗟の叫び声を上げるイザークを見て、思わず竦むディアッカ。
 顔は傷で引き攣り、食い縛った歯が歪んだ口元から露出している。
 それほどまでにイザークにとって屈辱だったのだ。自らを敵とすら認識しなかった、あの男の行為が。


「……けど、どーやって生き残ったんだろうかね、あのオッサン」


 ディアッカは関連がありそうなデータを、そのまま通信室で検索を始めた。
 最初にヒットしたのはつい先日、ジブラルタルを横断してアラスカ方面へと消えていった未確認飛行物体についてだった。
 だがこれはすぐさま除外する。信憑性が薄い上、速度その他を考慮すれば無人偵察機の可能性が高いからだ。
 その他の目立った動きは観測されておらず、大天使と同じく砂漠に降下したと結論するしかなかった。
 


「駄目だな、こりゃ。どんな荒業使ったんだか」


 彼らですら、海面に着水する事で辛うじて機体が無事だったのだ。
 MS単体が砂漠に落下すれば、まずバラバラになる筈なのだ。


「そんな事はどうでも良い! 現実に奴はアフリカに降り立ち、バクゥと立ち回りを演じた事は明らかだ!!」

「ま、確かに」


 深く考える事を止め、ディアッカは機体の修理が終わるまでどうイザークを諌めるか思案し始めた。
 ……ここでもう少し考えれば、ディアッカとて気付いたかもしれない。
 先の未確認飛行物体について、情報が極端に少ない事、また積極的な調査がされないままになっている事を。
 実はジブラルタル方面軍にとって、この情報は明かすわけにはいかなかったのだ。
 “黒いMAが制空権を突破した挙句、迎撃部隊を全滅させた”という事実を、何としても隠蔽したいが為に……。
  


 



「本当に、戻ってくれるなんてな」


 なめらかな砂の海にポツンと立った岩山に、アークエンジェルは着低していた。
 先程の戦闘区域から東へ二百キロ程離れた場所だ。
 岩山に取り囲まれた崖下は、サイーブら明けの砂漠のアジトとなっていたのだ。
 ここならば簡単に見つからないとはいえ、アークエンジェルの白い巨体は矢張り目立つ。
 なのでサイらは隠蔽ネットを手分けしてアークエンジェルに広げていた。


「生きた心地がしなかったよ本当……」

「カズイ、本来少佐とはあそこでお別れだったのよ? なのに何で志願なんか……」

「少佐が居なくなるって知ってたら、しなかったよ!」
 


 そうなのだ。
 彼ら学生グループは未だアークエンジェルに残った挙句、正式に軍に志願してしまっていた。
 そのきっかけはフレイの志願が最もなものだったが、それもゼンガーが居るからと油断していた部分があった。
 合流時の混乱で、ゼンガーが第8艦隊に残ると遅れて知った時、後戻りは出来なかった。


「んー、艦長も頑張ってくれたし、不思議と怖くは無かったな」

「でもそうやって慣れていくのって……嫌だよな」


 一歩引いたサイの言葉に皆沈黙する。
 どれだけ絶望的な状況であろうと、自分達は大天使と言う強大な力を持って乗り越えてきた。
 ……所が世界中の戦線で戦う一般の連合兵にそんな物は無い。絶望に対し絶望を持ってでしか、戦えない。
 その事を危うく忘れそうになり、ミリアリアは背筋が凍った。


「これからは自分の力を、量らないといけないんだね……」

「そう、その中で出来る事をやってくしかないだろう? 俺達は」

 その出来る力を全て使っているレジスタンスを見て、サイは思う。
 今も周囲を見回せば、あちこちに積み上げられた武器弾薬が物々しい雰囲気を出している。
 こんな砂漠の最果てでは、生きる事すら精一杯なのに良くやると、素直に感心する。
 何より……。


「ここの人らは、その“出来る事”がアレだもんなあ……とても真似できないよ」


 カズイは焚き木によって影が揺れている、四足の獣へと目を向けた。
 サンドイエローで塗り潰されたボディに、翼の部分から体のいたる所に白いラインが這っている。
 しかもラインは意図的に途切れ途切れになっており、その切れ目もドットの様に細かい。
 レーダー技術が極めて進歩した今日だが、ニュートロンジャマーによってその技術は無用の長物の化し、変わって迷彩技術等の時代遅れの戦法が復活しつつあった。
 それにしてもこれは、砂漠の人間が思いつくセンスでは無いとサイは感じた。


「あの……アークエンジェルのクルーですよね? 少しお聞き……!」


 サイらの視線に気がついたのか、迷彩バクゥの側からレジスタンスの一人が近づいて来た。
 日も落ち、その顔の判別がし辛かったので、互いにその顔を見るのが遅れた。


「え?!」

「!!」

「お前……キラっ!!」


「みんな?! どうしてアークエンジェルなんかに!」


 その時、アークエンジェルの甲板上でネットを張っていた伍式が、降りてきた。


“ズゥゥゥゥゥン!!”



 と言うより落ちたといった方が正しい。
 操縦がままならず、砂煙を上げて尻餅をつく羽目になっている。


<こらー!! ぶっ壊すなって言っただろうが坊主!!>

「すんませーん軍曹! で、何サイ?! 俺にも俺にも!」

「トール?!」

「へ?!」


 野次馬根性丸出しで、コクピットから身を乗り出した彼の姿を見て、キラは明らかに動揺していた。
 無論それはサイらも同じだったが。


「何でお前がこんな所に?」

「あ、いやあの……それよりも、あのMSのパイロットは?」


「……そんな事はどうでもいいから、まずお前の事話せよ!」


 てっきりゼンガーがここに居ると思い赴いたキラだったが、サイらを始めとしたクラスメイト達に質問攻めに遭い、それどころではいられなかった。   
 サイの態度に何処か意図的なものを感じはしたが、キラは素直に級友との再会を喜ぶ事にした。
 



 


 それは誰であろうと慄くであろう出来事だった。
 自分の居る街が、地面が、空が……日常を構成して来たありとあらゆる要素が、声を発する間も無く取り除かれていったのだ。
 誰も望みはしない。誰も止められはしない……逃げ惑う相手に対してもその一つ目の鬼は、その巨大な手を伸ばし、次々と命を食いつぶしていく。
 鬼は強く、無慈悲だった。
 いかなる壁も超え、打ち破り、どんな所にでもその魔手を伸ばしていく。
 家を崩し、大地を砕き、空を割り……とにかく全てを奪い去ってしまった。
 遂には最後の壁も壊され、自分も鬼に食われる寸前に、それは現われた。
 それも鬼だった。街を、空を、日常を断ち、比類なき力で命を求める。
 だがその手はこちらには向けられない。それは鬼のほうに向いていた。
 逃げ惑い、命乞いをし、それでも例外無くその身を引き裂かれる鬼達。
 狩られる側へと追いやられた鬼は無力だった。矢張り邪悪は払われる運命だったのだ。
 報いを与えてくれているのだ。無力な自分の代わりに。
 世界を崩壊させた理不尽に対し、何も言わず、逃げる事無く立ち向かう。
 それはもう、新たな世界と言ってよかった。
 しかも……かつての世界が自分と言う真珠を守る為の貝殻だとすれば、今の世界は金庫だった。
 あらゆる災厄からの干渉を断ち、その身も絶対に砕けない。


「守って……ね……」


 ぽつりと漏れたその言葉に、誰か返事を返してくれる筈だった。
 自分は今、かつて無い程強大な庇護の翼に包まれているのだから。


「ああ……案ずるな、フレイ」


 声を聞いて、閉じていたフレイの瞼がピクリと動いた。
 ゆっくりと目を開けるとそこには……望んだ姿があった。


「少佐……!」

「具合はどうなのだ? 慣れない事の連続で辛かったろう」


 その何気ない気遣いがフレイには疎ましかった。
 この態度はフレイがフレイであるからではなく、彼女が弱者で有るが故のものなのだ。
 これを自分だけのものにしなければ……真の安息は、訪れない。
 他の級友達もそれを知ったからこそ、自分に続いて軍に志願したに違いない。
 ……それに遅れるわけにはいかないのだ。


「いいえ……辛くなんか無い。少佐の苦しみに比べれば、私なんか……」


「フレイ……?」


 寝ている間ずっと肌身離さず抱いていたものを、フレイは差し出した。
 それはゼンガーが置いていった……太刀だった。





「ずっと気になってたんだ。あの後、お前がどうなったか……」


 二人っきりになった所で、サイは重々しく口を開いた。
 他のメンバーは伍式をハンガーに戻す作業に没頭している。最初マリューが使っていた簡易OSでやっとの思いで動かしているのだが、ゼンガーの様に全手動でやれば腕一つ動かない事は間違いなかった。


「……ごめん」


 客人事カガリを追って、自分達とは全く別の道へと別れたキラ。
 もうその道は二度と交わらないのか、と覚悟していただけに、この思わぬ再会はサイにとって喜ばしいものだった。
   


「で、そのお前が何であんなものに乗ってるんだ? しかもレジスタンスって、お前……」

「色々あったんだよ……色々、ね」


 カガリに文字通り振り回された今までの事を、キラは振り返る。
 ヘリオポリス崩壊後、カガリはすぐさま地球に降りると言い出した。
 そこでキラは、自分も行って良いかと彼女に聞いてしまったのだ。
 ……ヘリオポリスが無い今となっては、彼の“正体”を隠せる手段は失われていた。
 オーナー国であるオーブへと帰るには、通常の手段ではどうしても暫く連合の管理下に置かれなければならない。
 そうなったら面倒ごとに巻き込まれるのは間違いなく、何としても避けねばならない事態だった。
 幸い、カガリの保護者……と言うよりお目付け役らしいレドニル=キサカは事情を解してくれた。
 と、言うより最初からキラに思うところがあった節が見えたが、その時は気にはしなかった。
 カガリも色々言って来たが、命を救われた手前結局は納得し、無事キラは地球へ降りれた訳だったが……。


「行き先が砂漠だとは一言も聞いて無かったよ……」

「とんでもないな、カガリって子……」


 呆れて開いた口が広がらないサイ。
 所が当の本人は悪い気では無い様だった。
 


「ん……でもまあ、勝手に付いて来たのは僕だし、キサカさんにも色々迷惑をかけたし……」

「だからってお前……」


 例え砂漠であろうが何だろうが、そこまで行けたならオーブまでの定期便はある筈なのだ。
 それなのに残っているというのは、かなり酔狂な考えをしている。


「それにさ、何かほっとけないんだ。カガリの事……彼女、危なっかしいから」


 お前の方がよっぽど危ないと、サイが口を開こうとしたその時だった。


「ちょっと待って! 私は本気よ?!」

「だが断るっ!!」


 何やらフレイに懇願されているゼンガーが、アークエンジェルの外部ハッチまで逃れつつあった。
 何事かと思い、岩塊の影に隠れる二人。
 


「冗談で言ってるんじゃないの!! 私は……私は少佐の力になりたい!」


「 フレイよ、自分の言っている事が何を意味するか本当に解しているのか?! 俺と共に居れば、否応が成しに戦火に巻き込まれるぞ!!」

「どうせ何処も戦火に包まれるわ!! 中立だったヘリオポリスも、傘のアルテミスも、只の農業プラントだったユニウス・セブンもそうだった! もう私に逃げ場は無いの! だったら……戦うしか、無いじゃない……!!」


 太刀を抱いたまま崩れる様に座り込むフレイを見て、思わずキラが立ち上がろうとする。


「黙って見てるんだ……」

「え?!」

 だがサイはそっと手を置いてその動きを制す。
 ゼンガーの瞳の奥から察せた雰囲気は、とてもじゃないが他者の干渉を許してはくれそうになかったからだ。
 それが例え、サイであっても……。



 
       

 

 

 

代理人の感想

は、多分次回にw