そして結果的に、ゼンガーはコーディネーター潰しに専念できる……。
そうやって自らの評価を高めていけば、次第に彼の中での優先順位が上がる筈……。
フレイの決意は、感情的なものでは決してなく、打算的なものだった。
ゼンガーは確かに自分を守るだろう。だがその守りは他の多くの他者に向けられている。
亡き父にとっては真珠の如き希少さを誇っていた自分も、ゼンガーの中ではそのほか多数……言ってしまえばタダの石。
それを自分だけに……他の誰かを犠牲にしてでも守ってくれるよう仕向けるには、どうしたらいいか?
……彼女は見習う事にした。
かつてゼンガーが命を捨てでも守ろうとしたという女性……ソフィアを。
フレイはソフィアの名すら知らない。だがあのゼンガーが戦う理由とするに値する、立派な人間である事は間違いなかった。
僅かな間過ごしただけでも、ゼンガーが美醜に拘る性格でない事は解り切っていた。なら外面だけで勝負しようとしても太刀打ち出来ない。
……磨かなければならない。
自分と言う石を、価値ある物へと作り変えなければならない。
ゼンガーは一端フレイから太刀を取り上げた。
そして側にあった固く重い木片を拾い上げると、それをフレイに渡す。
拒む訳が無かった。
険しい茨の道だろうが、これが一番の近道である事をフレイは確信していた。
……父を殺し、自分を殺そうとするコーディネーターに対し、命ある間に一矢酬いるだけの力を得る為の。
キラは事態が飲み込めず暫くぽかんとしていた。
だがやがて、その表情を怒りに歪め、立ち上がろうとしてサイに止められた。
サイの物言いにキラは言葉を失う。
だからこうして、出来る事をやるのだ。
ブリッジでのオペレートにしても、ゼンガーなら出来ない事は無い。
彼はエリートだ。地球連合軍の中でも選りすぐりばかりを集めた、特殊戦技教導隊の名は伊達では無い。
しかしそれは自分でも出来る事だ。ゼンガーは己にしかできない事をやってもらいたい。
今のフレイを支える事もそうだ。サイは自分では友人としてでしか言葉を届ける事が出来ないと……悟っていたのだ。
キラは肩を震わせサイを睨んだ。
その時鋭い笛の音が、キャンプ内に響いた。
司令室で今後の方針を論議していたマリューらも飛び出してきた事もあり、ただ事では無いとサイは気がつく。
とたんにキラは踵を返し、あの迷彩バクゥへと走り出していた。
恐らくあの機体はキラが修繕し、彼自身が使用しているのだろう。
何故なら彼は……。
マリューはゼンガーの側へと寄ると、声を落して囁いた。
士官であるにも関わらずゼンガーはサイーブの話を聞きにいかなかった。
マリューがフレイの精神安定の面で行ってくれと懇願した為だったが、フレイにはそれが自分を任務よりも優先してくれたのだと感じ、一人笑みを浮かべていた。
緊張感の無いセリフだったが、フラガの表情はあくまで軍人のそれだ。
マリューが言うとフラガは自分とゼンガーを交互に差す。
それに対しマリューは黙って頷いた。
マリューが意図している事が今ひとつ解らず、首を傾げるナタル。
そんな彼女を一瞬放置し、マリューは走る二人に念を押す。
我先に志願したのはフレイだった。
本当はゼンガーと共に行きたいのだが、冷静に考えれば足手まといにしかならないと解っていたからだ。
有無を言わさぬゼンガーの大声を聞き、これはもう決定事項だなとナタルは溜息をついた。
このやる気は買うべきかと、ナタルも認識を改め動き出した。
スカイグラスパーが先導する様にして、伍式が夜の砂漠を疾走する。
MSの重力下での運用の際には、損耗率が倍以上に跳ね上がる。
重力が脚部に一点集中する為で、足回りのモーターやアクチュエーターは直痛む。
だがタッシルの街はレジスタンスの拠点から僅か数十キロ。この程度の距離ならば何ら問題は無かった。
街そのものが松明と化していた。
スカイグラスパーでさえも、上昇気流に巻き込まれるのを恐れて旋回しているのだ。
それほど炎の勢いは凄まじい。
業火の中に猛然と突き進んでいく伍式。
位相転移装甲は熱をもある程度遮断する。その為に大気圏突入等という荒業すら可能にしたのだ。
……本来この機能は過酷な外惑星において、作業機械の故障率を低下させる為に考案されていた。
只でさえ孤立無援の外宇宙で、十分な物資等望めないからだ。
なお位相転移装甲については、当初様々な分野での活用が期待されていた。
主だったものとしては災害救助の面だったが、現在ではまだ、MSの防御システムでしかない。
震動で建物を倒壊させないよう、慎重に歩みを進めていくゼンガー。
それでも遠方では次々と建物が崩れ落ち、火の粉を巻き上げていた。
……その下に人がまだいたら、と思うとゼンガーは歯痒かった。
フラガが指定したポイントは町外れの丘の上だった。
ここならばまず火は来ないし、煙にも巻かれないだろう。
……それにしてもその人数はかなり多い。
伍式から確認できるだけでも、この街の規模と比してそう少なくはない。
丘の方へレジスタンスのバギー群が登って行くのを見て、ゼンガーはバルトフェルドの綿密な作戦に嵌った事を認めるしかなかった。
遅れてゼンガーらが丘へと辿り着くと、あちこちで妻や子供を抱きしめる者、夫にすがって泣き崩れる者、肉親の無事を確認すべく叫んで回る者の姿があった。
アークエンジェルからのバギーも、今しがた到着した。
サイーブもトラックで駆けつけ、避難民の中を歩き回って指示を出す。
カガリもアフメドとキサカと共に到着し、程無くして一人の少年と老人に気が付いた。
カガリの声にサイーブがはっと振り向いた。
安堵の篭ったその表情は、レジスタンスのリーダーとしてではなく、一人の父親の姿だった。
ただこの少年、サイーブの息子だけあって非常に気丈であった。
その様子にサイーブも安堵の息をつき、労う様にして頭を撫でる。
流石にここで限界だったのだろう。ヤルーは涙ぐんでしまった。
真顔に戻ると、サイーブは側の老人に問う。
その頃にはカガリや、ゼンガーらも事情を聞くべく近づいていた。
負傷者はいるものの死者ゼロという結果には、こんな裏があったのだ。
憤りの篭った声に、皆言葉を失う。
サイーブは拳を固く握り締めた。そんな怒りに沈んだ空気に横から淡々とした声が響く。
驚愕の表情でゼンガーを見遣るサイーブ。
ゼンガーは未だ燃えるタッシルの町並みを眺め、続ける。
カガリがゼンガーに掴みかかり――今度はしっかり上を見て問い詰めた。
そう言われサイーブがハッとなったが遅かった。
レジスタンスのメンバーらが、手に武器を取って次々とバギーの乗り込んでいたのだ。
男達のやり取りを聞き、ゼンガーは信じられないといった風に叫ぶ。
カガリはゼンガーに負けじと劣らない大声で怒鳴ると、仲間の方へと向かっていった。
見ると、あの迷彩バクゥも立ち上がり出撃しようとしている。
だが男達はサイーブの倍の声で怒鳴り返す。
最早聞く耳もたぬといった様子で、バギー群は走り出してしまった。
沈痛な表情で男を呼ぶと、サイーブもまたジープに飛び乗る。
ゼンガーとサイーブの間の沈黙は、解っていてもやらねばならぬ困難を、理解していたからこそのものだった。
行ってしまうサイーブを見てフレイは叫ぶ。
そしてサイーブに振り払われたにも関わらず、他の仲間と共に向かってしまうカガリにも。
……フレイに戦場の常識などありはしない。
ただ、ゼンガーの言葉は絶対であり常に正しい。それを聞き入れたサイーブもまた馬鹿ではないとは解っていた。
……その正論すら突っぱね何故行くのか?
理解出来なかった。
やり取りを聞いていたマリューからも雷が落ちた。
理不尽だと言う顔をしつつ、通信に答えるフラガ。
今はその相手を主にナタルがやっているが……。
正直クルーゼ隊以上に苦戦中だ。
常日頃から携帯していた非常レーションを取り出し、泣いている子供に差し出すナタル。
その場は泣き止み夢中でレーションを頬張る子供だったが、子供は一人ではない。
次々と集まった物欲しそうな顔の子供に取り囲まれてしまった。
この言葉にフレイは一瞬ムッとしたが、思い直したのか手をフラガに差し出す。
手持ちのレーションをフラガが全て出すと、フレイはそれをナタルに対し無造作に投げ渡した。
おろおろとキャッチしようとするナタルが実に愉快だったが、それよりもフレイのぞんざいな“善意”とやらが、フラガは多少気になった。
当然と言った感じで全速力でレジスタンスを追う伍式を見て、フラガはのほほんと呟いた。
後方で三機のバクゥと壮絶な死闘を演じるレジスタンスを、振り返りもせずバルトフェルドはこう表す。
バギーとMSでは話にもならない。また、整備不良のMSが一機あった所で何も状況は変わらない。
こちらのバクゥ一機を行動不能まで追い込んだものの、直弾切れを起こし、ヤケになったのか格闘戦を挑んだ所で逆に蹴倒され、真っ先に動かなくなった。
レジスタンスに鹵獲された迷彩バクゥを、バルトフェルドはそう呼んでいた。
ダコスタはてっきり、狐の狡猾さと犬の狂暴さを兼ね備えた相手として呼んでいたものと思っていたが、どうやら賢い狐にも従僕な犬にもなれない半端者としか見ていなかったらしい。
後から来たバギーに狙いを定めていたバクゥが、危うい所で巨大な刃から身を引いた。
しかし二撃、三撃と続く攻撃をさばき切れず、背部のミサイルポッドを、ビームの刃が無理矢理切り離してしまった。
段々とダコスタにもバルトフェルドの真の目的が見えてきた。
バナディーアでゼンガーを逃したのは、その場での被害を最小限に食い止める為だったのだ。
ゼンガー=ゾンボルトという男については、話に尾鰭がついていはいるがプラントにも伝わっていた。
曰く、その振りは岩をも断つ。
曰く、殺気を受けようものなら迷わずそれを断つ。
曰く、一度決めた事はいかなる障害にぶち当たろうと完遂する、不退転の志を持つと。
……もしこれが本当だとすれば、ゼンガーの戦闘能力はコーディネーターを上回り、毒殺等の手段を取ろうものならたちまち見破られ、例え望みのない戦いだろうとその身砕けるまで戦うだろう。
そんな事になったらバナディーアの指揮系統は一時的だが混乱し、最悪周囲一体火の海にされていたかもしれないのだ。
無論こんな風評ダコスタは信用していなかったが、バルトフェルドは違った。
広告心理学の権威でもあるバルトフェルドは、誇張や脚色のみではここまで大きくはならないと判断したのだ。
……そしてそれらが、まぎれもない真実である事をダコスタはその身で知りつつあった。
最大の戦力とは誰であろうバルトフェルド本人を指していた。
先程迷彩バクゥの攻撃によって頓挫していたバクゥが、ようやく復帰したのだ。
彼はそれを使うつもりだ。そして何よりの目的である、ゼンガーとの対決を果たすつもりなのだ。
ダコスタは一応抗議はするが、聞かない事は解ってるし無理に止める気もなかった。
何故なら彼もまた、“砂漠の虎”としてのバルトフェルドの活躍を期待していたからだった。
バギーごと宙に舞い、動かなくなった少年に駆け寄るカガリの姿を見て、ゼンガーは短く吐き捨てた。
そしてその憤りを、ひとまず目の前のバクゥへと向け猛然と踏み込んでいたその時だった。
突如乱入して来たバクゥにぶつかられ、一瞬体制が崩れる伍式。
ダメージはそれ程でもないが中に居るゼンガーはたまったものではない。激しく揺さぶられ、鎖骨が嫌な音をたて軋む。
そのスキを逃さずバルトフェルドが他の二機と連携してミサイルを撃ちかけるが、それよりもゼンガーの復帰の方が速い。
機体を限界まで逸らし、そのまま後にひっくり返る伍式。
だがその両手はしっかりと砂漠の大地に付き、勢いを殺さぬまま両腕で飛び起きた。
その鼻先でミサイルが互いにぶつかり誘爆した。
スラスターで盛大に砂塵を巻き上げ、一瞬その姿を隠す伍式。
程無くして晴れた先に見た影に一機のバクゥが再びミサイルを使用する。
爆炎が広がり、その向こう側の勝利を確信したが、あったのは失望だった。
煙の先には、対艦刀しか残っていなかったのだ。
では何処に?と周囲を見回していたバクゥが、上から押さえつけられた。
……ゼンガーは対艦刀を支えにし、勢いをつけて宙に舞っていたのだ。
頭部を踏み潰され、戦闘不能に陥るバクゥ。
もう一機が脅えたようにミサイルを乱射するが、今しがた撃破したバクゥを持ち上げ盾代わりにする伍式。
激しい爆発の向こう側から、滑る様にして滑空して来た伍式の拳が迫り、またしてもバクゥのカメラが破壊された。
バルトフェルドが乗ると思われる最後のバクゥが、躊躇わずに突っ込んで来る。
対艦刀を再び拾うと、伍式は真っ向からバクゥとぶつかっていく。
すれ違った二機の動きがピタリと止まる。
先程残骸と化したバクゥから、ほうほうの体で這い出したパイロットが砂漠に落ちた途端、伍式が膝を付いた。
止まったままのバクゥからバルトフェルドが降りた、かと思えば全速力で駆け出した。
バルトフェルドが砂丘へ頭から逃げ込んだ直後、前足を胴ごとずらしたバクゥが崩れ、爆発した。
ダコスタが乗ったバギーが猛スピードで、脱出したバルトフェルド達を回収し、去っていった。
矢張り砂漠は勝手が違う。
何より地球に降りたコーディネーターは、思った以上にタフだった。
宇宙の腑抜けと言っていい者達とは、明らかにレベルが違う。これからは容易くは行かないと、ゼンガーは気を引き締めバルトフェルドらを見送っていた。
戻ると、物言わぬ亡骸達を前にサイーブらが沈黙していた。
カガリの嗚咽が、その悲壮感を一層引き立たせている。
ゼンガーの胸倉を掴むと、カガリは片手で遺体を指す。
そこには先走ってバルトフェルドに向かった、殆どの人間が冷たく横たわっていた。
あのアフメドと呼ばれた少年も、その列に加わっていた。
何かを押し殺した様に、ゼンガーは言う。
鼓膜を震わすその声に、その場にいた誰もが押し黙る。
カガリなど尻餅をついて、目を見開いてしまっている。
カガリは振り向いて、炎に包まれている迷彩バクゥを見た。
そしてその側で心も身体もボロボロになり、呻き声を上げて座り込むキラを。
……キラが居た事でMSも手に出来た。罠を作ってバクゥを三機も倒す事が出来た。
それが全て、自分達の力と思い上がり、本当の実力を見誤ってしまったのだ。
勝った事実が一人歩きし、その理由を、最大の功労者を顧みようともしなかった。
それに気が付いて、カガリは叫ぶようにして、喚いた。
そんな彼女達を、深い悲しみの眼でゼンガーは見守る。
鎮魂の火群(ほむら)如く燃え上がるバクゥ。
今まで死んでいった者に対し、これでは全く足りないだろう。
では何時までも火は絶えないのだろうか?
過ちに過ちを重ね、何時しか全てを業火が包み、地獄と化すのを見るだけなのか。
……そうではないとゼンガーは首を振る。
その火元を断つ事もまた……軍人として、大天使の剣として科せられた使命なのかもしれないと。
代理人の感想
おー、フレ公はやはり真っ黒でしたか(爆)。
最近は黒さが薄れると共に人気も下降線の一途ともっぱらの評判(そうか?)ですが、
この頃は本当に黒く輝いてましたね、このフレイ・アルスターと言う女はw
さて、哀れなのは本来主役のはずだったと言えなくもないような気もしないではないキラ君ですが・・・。
まぁこんなものかも(爆)。