物資の補給を完了したアークエンジェルは、すぐさまザフトアフリカ方面軍の戦力圏を突破すべく、動き出していた。
これ以上時間を与えると、相手に戦力増強の機会を与えてしまう事となり、時間が経つに連れて不利になるばかりなのだ。
またそれは明けの砂漠にとっても同じ事……このまま突破口を見出せない限り、自分達もいずれバナディーアの様におもねるしか、生きる道は無くなる。
と、マリューは格納庫の隅に居たカガリを指差し、フラガは慌てて口をつぐむ。
だが当の本人は二人に全く気が付いていなかった。
スカイグラスパー本体と一緒に持ち込まれた、連合軍のフライトシミュレーターで、カガリは遊んでいた。
とは言っても本当に軍で使用される訓練システムであり、その難易度はゲーム所では無い。
事実、カズイやミリアリア等は開始後瞬殺されている。
珍しく神妙な意見を述べるフラガに、マリューはきょとんとした表情をする。
しかしマリューの反応を見て、フラガは自分の言葉そのものに反応したのではなく、“単語”によるものかと勘ぐった。
今度は格納庫の端から端まで駆け足をしている、フレイ達の様子を見る。
ゼンガーの視線を受け、黙々と走り込みを続けるフレイとトールの表情は、徐々に変化しつつあった。
少なくとも始めて出会った時とは見違えている。
現在フラガが搭乗しているスカイグラスパー一号機の隣にある、カバーを被ったままの二号機。
あわよくばこれも戦力に、と考えていたが、どうやらこれは予備機として置くしか無さそうだった。
只、他の皆がシミュレーターに夢中になる中、キラだけが白く輝く機体を見上げていた事に誰も気が付かなかった。
フレイは訓練が終わり、暗い部屋の中で電気もつけずにベッドに倒れ込んだ。
ゼンガーから課せられるカリキュラムは過酷そのものであったが、四六時中彼と共に居る事になるのだから大分苦痛は和らいでいた。
……が、身体の方が言う事を利かない。空腹と渇きよりも先に、休息を求めて瞼を閉じそうになった。
ノックの音がするまでは。
ドアが開き、現われた人影に目を覚ましたフレイ。
夕食と湿布を持ったサイが、躊躇いがちに入ってきたのだ。
戸惑い気味に見上げるフレイは、弱々しげに見えた。
が、それに対しサイは憐憫の表情をするでもなく、いつも通りだ。
一旦は背を向けたサイだったが、物言いたげな雰囲気を感じ立ち止まって振り返る。
ブリッジクルーは極めて人材不足であり、交代要員など無くかなりの負担を強いられていた。
しかしそれも、サイらが本格的にシフトに組み込まれた事によってかなり軽減されており、サイは立派に“任務を遂行”していると言えた。
それだけに、今は只足掻くしかない自分が、フレイは惨めだった。
苛立たしげな口調だったが、語尾になるとその勢いは消えていた。
そんなフレイの様子に、サイは何かを感じ取った。
何時に無く弱気な言葉に、フレイは顔を見上げた。
フレイは微かにサイから目線をそらした。
殺される側の気持ち等、考えた事が無かったのだ。
襲ってくる方が悪い、コーディネーターだから当然と。
……だがそれにだって事情がある。自分のように、ユニウス・セブンで誰か大切な人を無くし、これからそうさせない為にも戦う者だって居る筈だ。
その名を呼ばれ、フレイは目を見開いた。
それだけの覚悟が果たしてあるのか?
血で汚れて、誰も近寄らなくなり、一人で道を歩く事に……耐えられるのか?
そんなフレイの不安を察し、サイは一言こう言った。
最後に優しい微笑を残すと、サイは部屋から出て行った。
一人取り残されたフレイは、座り込んで動けなかった。
それは復讐を固めた彼女にとって枷にしかならない筈だった。
だが不思議な事に、フレイは僅かに残っていた苦痛がすうっと和らいでいく気がした。
実はバルトフェルド側も、大して戦力を増やせていなかった。
ジブラルタルに要請していたバクゥの補充も果たせず、代わりにやって来たのが伍式と同じXナンバー、そして先に降下したイザークとディアッカだ。
嫌味たっぷりのダコスタの返答に、バルトフェルドは苦い表情をする。
ザフトの士官学校とも言えるアカデミーにおいて、総合成績が十番以内の者にのみ、赤い制服が与えられる。
ただしこれは成績が判断基準なので、戦地での実績は関係無い。
大体ザフトでは優秀な人員が揃っている為、その中でエースとなるには相当の実力が必要となる。
バルトフェルド自身は宣伝誇張も入り混じった通り名だが、ククルや“龍”の異名を持つ少女は実力でもぎ取った。
その話を聞いて思いっきり難色を示すダコスタ。
まさかククルがその主席……アスランを無理矢理引き止めるためにやらかしたとは、思いもしなかっただろう。
そしてアスランも同じ事を考えていた為、歯止めが効かなくなってしまった事情も。
愚痴るのを止めて、二人は宇宙からの来訪者を出迎えるべく甲板へと向かった。
一応晴天だが、離陸する輸送機が巻き上げた砂で視界が遮られる。
砂でやられた目を瞬かせつつ、イザークとディアッカは敬礼した。
ちっとも心の篭っていない事を口にし、バルトフェルドはイザークの顔を見つめた。
傷が気になるのだ。
カッとなったイザークは、怒鳴るようにして訊ねる。
バルトフェルドはぶらぶらと歩くと、今しがた降ろされたばかりのデュエルとバスターを見上げた。
何と無くダコスタは不安を感じた。
今のバルトフェルドは、何処か伍式に、ゼンガーに魅入られているような気がするのだ。
ディアッカに訊ねられた時も反応が遅い。
止めにこの弱気な発言……ダコスタは自分の感覚を笑い飛ばそうと必死だった。
いかに相手が強大でも……砂漠の虎が敗退する事など、ありえないと。
幸先の良いスタートとは言えないバルトフェルドに先んじるかのように、アークエンジェルが動き出した。
アークエンジェルが目指すのは紅海、そして太平洋への脱出だ。
地球連合軍大西洋連邦最大の軍事拠点、アラスカへ到達するには直線ルートが一番早い。
だがそれにはザフトの欧州・アフリカ方面への足掛かりであるジブラルタル基地を突破せねばならない。
幾ら何でも戦艦一隻での強行軍は無謀すぎる為、止む無く迂回ルートを通るしかない。
仮にアフリカを突破できたならば、今後は海上航路を進む事になる。
制海・制空権はザフトに握られているとはいえ、陸上よりかは戦力が分散しているからだ。
既に全艦戦闘配備に入っている。
トールも“フレイも”それぞれの持ち場に着き、レジスタンスも後方からバギーで追いかけてくる。
噂をした途端に、鈍い地響きがした。
但しそれは一回。しかも地平線を撫でるかのように、広い範囲から黒煙が昇っている。
敵の予想以上の技術力に頭を抱えるマリューとナタルだったが、ゼンガーは沈着に眺めていた。
前座の様に戦闘ヘリが肉眼でも確認できる距離まで近付いている。
ここに来てナタルは、何故伍式での出撃準備を整えないのか……と、まだ居るゼンガーに対し疑念が湧いてきた。
先の砲撃等話にならないほどに艦橋を震わせた声に、ナタルは息を飲む。
それどころか多分、艦内スピーカーを通し隅々まで浸透した事だろう。
ゼンガーの、覚悟が。
敵を見据えたマリューの一声が皮切りになり、全艦が慌しく動き出した。
もうこの頃には、ゼンガーは消えている。
丁度カタパルトから飛び出した白い機体を眺め、マリューは言う。
良く見るとスカイグラスパーのキャノピーには、二人分の頭が見えた。
それが誰だか解った時、ナタルは思わず息を詰めた。
フラガはアークエンジェルに接近する戦闘ヘリや、VTOL戦闘機を片っ端から牽制しては、落とす。
しかし余りに数が多すぎる上に、レセップスからの援護も侮れない。
全長250メートル、喫水線……もとい喫砂線から頭頂部まで60メートルを超えている。
超振動ユニットであるスケイルモーターによって砂を流動化し、それを制御する事で推進力に変えている。
艦の前後には連装砲が三基、魚雷発射管を両舷に五門、さらには垂直ミサイルランチャーと思われる発射管がいくつも確認できる。
もしこの艦の全火砲の射程にアークエンジェルが入ってしまえば終わりだ。
その強大な火力で、文字どおり粉微塵にされるだろう。
確かに数は多い。
だがフラガの技量とスカイグラスパーの火力はそれを僅かに上回っている。
機銃を前面に四門、カノン砲を大小合わせて三門搭載しているこの機体は、本来は伍式のストライカーパックにも対応している。
が、ソードを残して全てが破壊された以上、素のままで戦うしかない。
フラガは即座に機体を急旋回させると、その真横をバクゥのミサイルが横切った。
と、後部座席に目をやるフラガ。
そこには身体を強張らせながらも必死で状況を見守る、フレイがいたのだ。
再び急加速した為に思わず呻き声がもれるフレイ。
しかし目を閉じたりはしない。これはゼンガーと同じ視点に立つという、滅多に無い機会なのだから。
フラガが一人考えふけっているうちに、下のバクゥは頭をかち割られていた。
勢いをつけたまま伍式に突っ込み、こうなったのだ。
高度を落として射撃してくる戦闘ヘリに対してもパンツァーアイゼンを放ち、更にワイヤーを伸ばしたままムチの様に振り回してヘリを落とす。
だがこれでも焼け石に水だ。未だレセップスからは次々と戦力が吐き出されている。
そして、王手と言わんばかりに最大最強の戦力も、出陣しようとしていた……。
激した声イザークの声が、レセップスの格納庫に反響していた。
Xナンバーは単純な性能ならばレセップス搭載MSの中では随一を誇る。
にも拘らずこの采配。イザークには合点が行かなかった。
アイシャの辛辣な言葉にかっとなるイザーク。
バルトフェルドがたしなめると、アイシャは身を翻す。
が、いささかも反省の色は見えない。
ここでディアッカが止めに入り、一応の騒ぎは収まった。
が、二人共その目は何か企んでいるようで、混戦になったら何か仕出かす事は確実だった。
クルーゼ隊のある意味輝かしい戦果は、バルトフェルドも聞き及んでいる。
あの黄泉の巫女をもってして互角が精一杯。赤では無いにしろ、月でのグルマルディ戦線を経験したベテランすらも対艦刀の露に消えた。今の二人を含めたエリート達も大苦戦を強いられている。たった一人の、“武人”によって。
バルトフェルドの目には大天使が映っていなかった。そう……狙うはゼンガー只一人。
相手を待たせていると言うのに、自分の方が待ちきれない思いでいた。
矛盾した思いにバルトフェルドは、何ともいえない高揚を覚えている。
それはアイシャと共に愛機“ラゴゥ”に乗ってますます高まっていく。
バクゥの上位機種であるこの機体は、ビームサーベルを始めとしてXナンバーの技術が随所に反映されている。
今回はアイシャと言う凄腕のガンナーまでいる。多少の機体性能差はこれで挽回できる。
後は……それを操るバルトフェルドの技量次第であった。
モニターのダコスタも苦い表情をしつつも嬉しさが滲み出ている。
彼にとっては指揮官としてよりも、エースパイロットとしてのバルトフェルドの方が自然に写るのだ。
これが、バルトフェルドの勝ちの一手となる筈だった。
もう一つの絡み手と共に……。
代理人の感想
おりょ、一区切りかと思ったんですが。
まだまだ続きますか。
・・・それにしても原作と違って燃えるなぁw