ジブラルタル基地に到着して早々、ククルはイザークの懇願の声を聞くことになった。
ブリーフィングルームの椅子から手を挙げた、ディアッカの斜めに構えた姿勢に、同じ様に返すククル。
基本的に二人の間に深刻なわだかまりは無い。只、戦果を取られるのを面白く思っていない事は確かだったが。
何せククルは死人。彼女の上げた戦果はどこにも残らない。
決まりが悪そうに顔を背けるイザークだったが、ククルはそれ以上は追求しなかった。
彼にこのような傷を負わせる事が出来るのは、只一人しか考えられないからだ。
それを相手に、誓ったものがあるのだろう。
イザークが噛み付いたのに続いたディアッカに、驚きの視線を向けるニコル。
普段の彼なら、ここまで熱くは語らない。
矢張り砂漠で一矢酬いる事も出来ず、一方的にやられたのは癪だったらしい。
だがこの二人の反応以上に、ククルの言葉は辛辣だった。
モラシム本人が聞いていたら立腹間違いなしのセリフを、平然と吐くククル。
だがククルの認識も無理は無く、ザフト軍は技術的・質的に優位に立っているにも関わらず十一ヶ月も戦線を膠着させている。
これは全て不慣れな戦闘行動と認識の甘さ、言ってしまえば“ナチュラル如き”という根拠の無い優越感情から来るものだ。
最初こそククルは、機能的に遥かに勝るコーディネーターである以上、負ける筈が無いと考えていた。
だが戦場では、敵を前に引き金を引けるか、殺意を前に竦まぬか、銃弾を浴び生き残れるかで全てが決まるのだ。身体的な能力は大して関係無い、例えMSと言えど木偶に成り下がる事だってあるのだ。
実際そんな光景を何度も見てきたからこそ、言える言葉だった。
クルーゼは少し考え込んでこう言った。
イザークは気負った表情をしていたが、ククルは本気で驚く羽目となった。
他人事の様にディアッカが乗るが、ククルの戸惑いは本物だ。
イザークはプライドが高過ぎ、逆にニコルは臆病過ぎる。
ディアッカはこの通り余りにも物事に対し捻くれた考えが多い。
扱い難い事この上ないだろう。優秀だが、用兵側としては好ましくない。
それを平然と扱えるクルーゼだからこそ、今の地位にいられるのだ。
そして何よりククル自身、軍に籍を置いていない。
そんな幻の人員に対する補給体制の勝手など、そう簡単には掴めないだろう。
死人に弾薬・食料等、供えている余裕など今は無い。
懸念された運用面での問題は何とかなりそうだが、矢張りククルは自身の境遇を考え躊躇いを覚える。
それを見越したクルーゼが先手を取り、きっぱりと断言してしまった。
一応これで上官の命と言う事になってしまう。
無邪気に喜ぶニコルだったが、ククルは素直に喜べず、強張った顔をしたままだ。
それを崩したのは意外にもディアッカだった。
相変わらず不遜な態度だが、イザーク程憎々しげではない。
コーディネーターには禿の遺伝子など組み込まれていないが、二人共解って言っている。
ヘリオポリス崩壊直後の戦闘から、ディアッカもククルの実力を認めてきたのだ。
だからこそこんな掛け合いだってする。
イザークも快い反応とは言えないながらも了承する。
彼の場合邪魔さえしなければどうだっていいと考えているのだ。
……それがまず無理な話だからこそ、じろりと睨みを利かせたりもするが。
戦闘は終了し、カガリはようやく激しい揺れから開放された。
戦闘による振動や衝撃にはもう慣れている。明けの砂漠で戦っている間、バギーから振り落とされた事は一度や二度ではない。
だが戦艦の様に、自分では把握できない規模のものが揺れると対処が困難だった。
今もこうしてしこたま頭をぶつけてしまった。
自室に篭ってキラは布団を被ったままだった。
そんな彼をカガリは引きずり出そうとしているのだが、反応は乏しい。
拳を握って力説するカガリだが、キラは明らかに面倒げに見つめている。
知ってしまったから。
自分よりも遥かに頼りにしている人が居る事を。
感じてしまったから。
自分が彼女と深く語る事が出来ない事を。
気付いてしまったから。
自分が彼女を必要としているのに、彼女は絶対的には自分を欲していない。
……結局、彼女も自分を認めてくれなかった。
砂漠で戦っていた頃が懐かしかった。
全力の、ありのままの姿を曝け出し、周囲から褒め称えられ持ち上げられる。
明けの砂漠のメンバーとして、欠けてはならない重要なポジションを持っていた。
だがそれも終わった。
今はかつての様に力を抑え、コーディネーターである事が知られないよう、脅えながら日々を過ごす。
一度味わった“自由”は筆舌に尽くし難い、甘い果実。
もうこれなしでは生きてはいけない程だった……耐えるのは、辛い。
何故自分はここにいるのだろう?
月で親友と別れず、一緒にプラントに戻れば、こんな事にはならなかった筈……。
自分らしく今よりずっと、上手く生きれただろうに。
埒が無いといった様子で、カガリは肩を怒らせて行ってしまった。
その後でキラは激昂した。
戦う力がどんな結果を生むか、彼女は解っていない。
引き金を引くことで、どれほど凄惨な状況が生まれるか……。
断末魔の悲鳴、吹き上がる血飛沫、バラバラになる四肢。
知りたくも見たくも無い光景を、コーディネーターの能力が彼に見せたのだ。
……こんな酷い気持ち、誰かに解ってもらいたくはない。
特にカガリがそれを知るぐらいなら、いっそ一人で居続けたい……。
深い孤独の闇に落ちた彼には、かつての友が唯一残してくれた、思い出(トリィ)の声も、聞こえない。
再び敵接近の報が入り、艦内は慌しく動き出す。
トノムラを始めとしたブリッジクルーは、元々宇宙軍の人間だった。
故にバナディーアで調達したソナー等の操作に戸惑っていたが、先程の前哨戦のお陰でどうにか扱えるようにはなっていた。
お陰でマリューもフラガも、迎撃のみならず反撃の糸口を掴みつつあった。
MSの最大の欠点はその活動領域の狭さにある。
場合によっては戦闘機やMAよりも戦闘消耗が激しいので、母艦や基地からのバックアップ抜きではとうてい運用はできないのだ。
逆に言えば母艦など補給手段があるならば幾らでも戦力を投入できる。
今の伍式が対空・対潜能力を備えていない以上無理は禁物だ。
可能な限り顔を出す前に叩きたいというのが、マリューの考えだった。
マリューが躊躇うのも無理は無い。
キラと同じく彼女は民間人に過ぎない。
幾らシミュレーターでの成績が高かろうが、撃墜でもされたらたまらない。
直後、スカイグラスパーが敵艦予測位置のデータを受け取って飛び立った。
ナタルの説明を受けてそろって首を捻るサイ達。
空間認識に優れるコーディネーターが酔う事など、まず無いと言うのに……。
勢い良く海中にダイブした伍式を細かな泡が包み込んだ。
装甲の向こう側は重い水。宇宙と違い何をしようにも抵抗を生む。
だが宇宙よりはまだマシだ。
僅かながらも光が差すこの空間は、底知れぬ闇を幾分払ってくれる。
周囲を一切闇に囲まれるよりかは、海面というもう一つの“空”を見上げる事が出来るほうが、幾分気が楽だった。
浅い海底に着底すると、海泥を巻き上げつつ踏み込んだ。
そして視界に白い影が映った瞬間、動いた。
白い影……オフホワイトのMSグーンの背部が切り落とされ、ゆらゆらとした動きで海底クレバスへと落ちていく。
水中用MSは、例え装甲一枚配線一本でも喪失すれば、たちまち搭乗者に地獄を見せる。
宇宙空間も過酷と言えば過酷とはいえ、コーディネーターはプラントをその国土としている。
プラントが本来、宇宙空間での各種実験を行なう為に建造された研究施設だけあって、コーディネーターが宇宙空間について、ナチュラルよりも精通している事は確かだった。
だが自ら地球を捨てた彼らには、その大地の恐ろしさを数字でしか知らなかった。
知ってる世代もいただろうが、そういう人間は戦場に出る事が叶わぬ年齢だった。
後からもう一機のグーンが接近するのを見て、身をかわしざま機体にとりつこうとする。
だが側面警報音に気がつき、とっさにそちらに意識をやる。
向き直った時には、画面に魚雷が真っ直ぐ近付いていた。
イーゲルシュテルンで叩き落したが、激しい爆発と衝撃で吹き飛ばされる。
そして巻き上がった砂を掻き分けるようにして、緑の巨人が踊り出た。
グーンの後継機種、ゾノ。
多機能性よりも水中での格闘戦能力を重視した、重MSだ。
その巨大な爪で一撃で戦艦を撃沈させた記録が残るほど、パワーも高い。
そうしている間に、残った二機のグーンは浮上を開始し、アークエンジェルへと向かっていく。
伍式という最大の破壊力を抑える事が出来れば、アークエンジェルへの攻勢は容易となる。
今までは単に戦力レベルが高い順から、力押しで攻めてきた印象が強かったが、徐々に勝手を掴みつつあるのだ。
凄まじいまでのパワーで、水圧を無視して振り降ろされた爪から飛び退く伍式。
その後に放たれた魚雷を切り落とすも、再び衝撃に揺さぶられ体制を立て直す。
今はいなし続けているが、有効な打撃を与えられない以上好ましい状況では無かった。
有効な打撃を与えられないのはアークエンジェルも同じ。
むしろ、グーンはひっきりなしに海中へと退避する為かすりもしていない。
直接海面を狙える武器が、アークエンジェルには殆ど無いからだ。
ナタルの苛立たしげな声で、マリューは何かをひらめいた。
操舵中のノイマンにむかって叫ぶ。
クルー一同声を揃える。
バレルロールは先日キラが見せたが、あれは本来戦闘機が回避、もしくは急旋回急上昇に用いる為の挙動。
飛んでいて羽根が生えているとはいえ、アークエンジェルは戦艦。
重力下である以上、内部の物体はクルーもろとも文字通りひっくり返る。
ナタルもノイマンも揃って当惑を隠せない。
しかしマリューにはもう、理屈で彼らを納得させる時間など無い。
言いつつマリューはベルトを締め、他のブリッジクルーも習う。
ノイマンがスラスターを制御し、巨大な艦が傾き出す。
カズイで無くとも悲鳴を上げたい状況だったが、こんな状態で何か言えば舌を噛みそうだった。
やがて“頭上”に海が見え始め、そこからひょっこりと顔を出したMSを確認し、叫ぶ。
即座にナタルの号令が響き渡り、光条が海面に突き刺さる。
そしてグーンもろとも盛大に海水を爆発させ、水しぶきがブリッジを濡らしていった……。
その余りに非常識な戦法を前に、ゾノも思わず動きを止めていた。
それを逃すゼンガーではない。パンツァーアイゼンを真上に射出し、確かな手応えを感じた所でゾノに組み付いた。
刹那、総重量数十トンに及ぶであろう二体の巨人が、ゆっくりと浮上しだした。
背後からがっちりとしがみ付いている為、ゾノは身動きが取れずモノアイを向けるだけで精一杯だった。
やがて、二体のMSは海上へと浮上した。
海面ではない。既に足は海から離れつつある。
格闘戦の最中、両者は海面近くまで上昇していたのだ。
アークエンジェルは海面から離床しているが、その間隔は微々たるものでしかない。パンツァ−アイゼンが届くには十分な距離だった。
そしてアークエンジェルが姿勢を元に戻す際、糸を巻くようにしてワイヤーを引かせたのだ。
浮力による重量の減殺が無くなった途端、ワイヤーが千切れ飛ぶ。
伍式から開放され、海上からは数十メートル離れた地点に投げ出されたゾノに向かい、素早く体勢を整えた伍式が襲い掛かった。
海中でケリをつけるつもりだったモラシムの目論みは、大きく覆された。
ゾノには伍式ほどの汎用性は無く、いきなり空中に投げ出されてしまうと身動きが取れない。
水中では無敵を誇るゾノも、流石に陸上においては動きが鈍く、対艦刀の一振りを止める事はかなわなった。
ゾノは横に真っ二つにされた後に着水。そのまま沈んでいってしまった。
アークエンジェルではグーンを撃破した事と、ゼンガーの見事な奇策に湧き立っていた。
が……。
その報告を聞いて、ゼンガーもマリューも凍りついた。
フラガが詳細を説明しようとした矢先、黒煙を引きながら墜落していく機影が遥か向こう側の海面に激突、四散した。
冷たい沈黙が走る中、サイがデータ照合を終わらせた。
マードックの怒鳴り声が、艦内通信を通じブリッジへ、そしてゼンガーにも伝わった。
機体と彼女……どちらを心配しているかは言うまでも無い。両方だ。
ナタルに反論を言った後、ゼンガーは静かに続ける。
トールが立ち上がって叫ぶが、ミリアリアが当惑しつつも抑える。
ナタルのみならず、ノイマンを始めとした他のクルーも頷く。
それを見たサイ達は途端に明るい顔に戻っていた。
まだ希望が見えているのだ、自分達には。
戦闘による疲労が癒されないまま、次の任務を負わせる事が、マリューには辛い。
しかし他に方法は無い。
伍式が海上から飛び上がって、補給の為にデッキに上る。
そこから見えた落ち行く陽は、不気味な程に赤かった……。
代理人の感想
おおっ、一本釣りっ!
・・・・こう言う意外性の欠片もなかったから本編は以下略(爆)。
それはさておき、次はキラ君が男になる話かな?
アスランはいないからそっちの危険性(何の)は無いし(笑)。
そう言う展開好きなので期待してますw