カーペンタリア基地への移動中、突然現われた連合の戦闘機。
ザフトの支配空域と油断していた為護衛も無し、空中機動飛翔体“グルゥ”も積載していない状況下では為す術も無く、乗っていた輸送機は程無く高度を落とし始めた。
輸送機のパイロットに急きたてられる様にしてマガルガへと搭乗したククルは、彼らの指示に従いマガルガで降下した。
機体ごと落とされては恥、と言うか面目が立たないと言うのだ。
MSはそのハイスペック故に、パイロットに要求される技能も高い。
その為三十を超える年齢では適性が厳しいのだ。
結果ベテランと呼ばれる人間は、彼らのように後方支援に回るしかなく、前線には若く未熟なパイロット達が台頭する事となったのだ。
誰もいないことをこれ幸いとし、憤りを吐くククル。
どこぞの無人島で擱座(かくざ)したマガルガから離れ、救助を待つまでの当面の対策を考えていた、その時だった。
物音に気がつき、鋭い表情で見上げると、そこには幼さの残る顔をした金髪の兵がいた。
岩陰から隠れ、銃でこちらを狙っていたのだ。
弾丸が砂浜を跳ねるよりもははるかに先に身を沈ませ、次の瞬間岩の崖を駆け上って姿を隠す。
非常パックは置きっ放しだったが、それが思わぬチャンスを生む。
こぼれ落ちた拳銃を見て、相手がこちらを丸腰かもしれないと油断したのだ。
思わず拾い上げようと相手が身をかがめたとき、ククルは素早く駆けた。
咄嗟に相手は引き金を引くが、狙ってもいない銃弾に怯むククルではない。
耳元で弾丸が横切る音を聞きながら、瞬く間に間隔を詰め、銃を持った腕を捻ってそれを落とす。
そのままの勢いで相手を砂浜に叩きつけると、ククルは背中に装備していたナイフをかざし、一気に頭上に振り下ろした。
相手から発せられた悲鳴に、思わず手の動きが止まる。
その刃は鼻先数ミリの時点で止まっていた為、彼女が吐く荒い息で刀身が曇る。
押さえつけている腕から伝わる鼓動は早いが、何処か伝わりが鈍い。
心身が弱いと言う訳ではなく……男には無い肉の壁が、音を遮っているのだ。
ククルは素直な感想を言っただけだったが、ヘリオポリスやバナディーヤに続いて、自分の“女”の部分をコケにされ、カガリは怒っていた。
カガリが持っていた拳銃を取り上げると、ククルは弾装を外して海に投棄した。
自分の手で人を“殺め”てきた、彼女ならではの生々しい文句だった。
死人である事を理由に、表ざたに出来ないような“汚れ役”を押し付けられた事は一度や二度ではない。
そんなククルに自らの命を握られているカガリは、生きた心地がしないでいる。
手足を縛られたまま、蛇に睨まれた様にじっとしている。
早とちりし過ぎたか、とククルは脱力する。
てっきり自分と同じく、何かを誓って生を捨てた存在かと思ったのだ。
少なく共それだけの意志を、目の前の少女の瞳からは感じられたから。
その内、遠雷が響いたかと思えば急に冷たい風が吹き込んできた。
その後には物凄いスピードで黒雲が駆け、彼らの頭上に痛いほど強い雨を降り注ぎ始めた。
言うや否や、先程縛ったばかりの戒めを、ククルはナイフで切った。
ピシリと釘を刺すと、ククルは救難パックをかついで足早に進む。
彼女の目が離れた事で一瞬逃げ出す事がカガリの脳裏に浮かぶが、彼女程のサバイバル技術が無い事に気がつき、渋々ながら後を追う羽目になった。
ケレン味と嫌味たっぷりに言ってのけたイザークは、ディアッカと共に大笑いする。
そんな二人に異常に気合が入った怒声を上げるニコルに、ディアッカは少したじろぐ。
が、イザークの表情は変わらず不遜だ。
そもそも急遽部隊を設立したのも、オペレーションスピットブレイクの為クルーゼが動けないからだ。
重要とは言え直接は関連しないアークエンジェル追撃について、これ以上の余力を割けないのだ。
地球の引力に引かれ、死にかけた当の本人であるディアッカだけに、説得力はあった。
相変わらずふざけ半分の二人に愛想が尽きたニコルは、乱暴にイザークを突き飛ばすと肩を怒らせ出て行ってしまった。
先程までのおちゃらけた態度から一片、イザークは深刻な表情で呟く。
雑誌を読んでいたディアッカの手も、完全に止まる。
その時、彼らに割り当てられた部屋の通信機から呼び出しがかかる。
何事かと受話器を取ったイザークは、みるみる顔色を悪くしつつ、叫んだ。
ディアッカはそう呟くと、読んでいた雑誌を放り投げ、面倒そうに立ち上がった。
それから数時間が経過し、周囲は漆黒の闇に閉ざされた。
見渡す限りの漆黒がアークエンジェルを包み込み、その白く輝く姿も完全に没してしまっている。
僅かな誘導灯の光に導かれ、スカイグラスパーと伍式が着艦する。
長い間の海中捜索により、伍式の各部からは海水が滴り落ち、格納庫に潮の香りが充満していく。
索敵手として座りっぱなしだったフレイにも、疲労の色が浮かんでいる。
夜間飛行が危険な理由としては、視界不良のほかに方向感覚の喪失が上げられる。
夜になると青々しい海も空も、境が無くなったかの様に黒く染まる。
海面を空と間違えて突っ込む事等、珍しくは無いのだ。
ゼンガーの苛立たしげな表情に、フレイは落ち着かない感じを抱く。
自分よりも遥かに出来上がっている筈のゼンガーでも、過ちを犯し、それを悔いている。
彼が自分と同じく不完全な事を知り、当惑を隠せないでいるのだ。
フレイに優しく肩を置いてから、ゼンガーは待機室へと向かった。
伍式の補給の為の僅かな休養時間を、自分を慰める為に割いてくれた。
その事に気がついたフレイは、自分の事で精一杯な自身よりも、遥かに彼が完成している事を改めて知った。
フレイはその好意に甘え、シャワーでも浴びようと機体から離れていった……。
何者かの視線にも気がつかず。
手が足りないと言って連れて来られたカガリだったが、その実殆ど役にたっていなかった。
やった事と言えば石や木を集めて来るだけで、火も、雨水も、今包まっている毛布や差し出された食料も、全てククルが提供したものだった。
相変わらず隙は無く、相手の意図が掴めない以上、その厚意に素直に喜べない。
カガリは口を尖らせて指摘するが、ククルの反論は思いのほか柔らかい口調だった。
しかしカップを口元に運び、口元を隠した途端声色が変わる。
その僅かな生き残りであるククルの言葉に、カガリは押し黙る。
情けは受けない、と気丈な表情で睨んでいたカガリだったが、身体は正直で腹の音が鳴った。
気恥ずかしさで真赤になるカガリだが、ククルは眉一つ動かさず真剣に繰り返した。
迷った挙句カガリは開き直った。
差し出されたレーションのパッケージを破り、かじりつく。
そんなカガリを何処か微笑ましげに見ているククルに、目を奪われる。
コーディネーターは皆そうだとはいえ、目の前の少女も端整な顔立ちをしていた。
しかもそれは外面だけのものではない。
内面から湧き上がる激情を、理性によって制御する事が出来る者特有の、落ち着いた雰囲気が彼女にはあった。
肉体的にも精神的にも、自分より五年は先に行っているのではないかとカガリは思う。
そんな目線に気がつき、微かに鼻で笑ったククルにカガリは焦り出した。
追い詰められている状況だと言うのに、不覚にも安らぎがあったのだ。
それを振り払おうと言葉を発したが、何かが砕ける音を聞き、カガリの息がつまった。
ククルの側にあった洞窟内の岩塊に、拳が振り下ろされて粉々に砕けていた。
一気に背筋が凍るカガリだったが、目の前の少女は再びカップを口に運び座り込んだ。
同族嫌悪と言うものを、ククルは感じていたと言うのだ。
四歳……幾らコーディネーターが十五歳程度で成人とされる世界だとしても、明らかに早すぎる真実との邂逅だった。
好奇心と彼女自身の身体能力の高さが災いした。自力でヨットを動かし、遂にプラント最端まで到達してしまったのだ。
それはプラント社会の主たる、そして忘れてはならない凄惨な歴史の数々。
ジョージ=グレン暗殺から始まる受難の日々の記録だった。
これを只知識として自らの物としたククルは、後に行われた教育課程での、思想教化とも言えるやりかたに染まる事が無かったのだ。 それが今の、プラント社会の歪みを見抜き、危機感を抱く彼女を作る土台となっている。
痛々しい言葉を吐いたククルに、カガリはたじろいでしまう。
彼女にはもう、帰るべき場所が無いのだ。
その気になればいつでも帰れる、自分と違って……。
しかしカガリが幾ら呼びかけても、ククルの瞼は上がらなかった。
奇妙だった。
砂漠の砂のようにあっけなく、そして際限なく血を吸うような相手が、ちっぽけで弱いカガリを生かそうとしている……。
一度銃口を向けられ、引き金まで引かれたと言うのに、何故その相手を許す事ができるのか。
さっきも向かうならば叩き潰すと、言われたばかりだ。なのに……。
非力だから、敵意が無いから遊ばれているのかもしれない。
……それとも他に目的があるのかもしれないが、何にせよもう、カガリは目の前の少女に殺意を覚える事が出来ない。
それどころか信用しつつあるのだ、敵である筈のこのコーディネーターを。
もしかしたら彼女もそう思っているのかもしれない。
自分に似ている、と彼女は言った。
それは当の昔に置き去った、過去の姿……だからこそ奇妙な同情を抱いたのかもしれない。
同じ様な失敗を繰り返して欲しくないと言う、老婆心からなのだろうか。
考えから逃げるようにして目を背けると、そこには月夜に浮かび上がったマガルガの影があった。
後付の装備なのか、バイザーの様な遮光ユニットがカメラを覆っている為、そこに月光が反射して影にも表情をつけていた。
それが突然、意志を持ったかのように動き出す。
ゆらり、ゆらりと、かつては連合の秩序を守る為の存在が、その秩序に挑戦する。
腕を振るうたびに人が死に、足を蹴り上げるだけで日常が消し飛ぶ。
……実際は雲が月を覆った事による微々たる変化に過ぎなかったが、それはカガリに多くの犠牲を呼び起こした。
キラと共に見た、真空の闇へと消えていくヘリオポリス……おもねる事をよしとせず、自由を求め戦い死んだアフメド達……。
カガリは決意した。
中身がどうあれ、目の前の巨人は更なる悲劇を生む破壊者なのだ。
放置しておく事は、出来なかった。
もしばれれば、華奢な腕によって粉微塵に砕かれるのは、今度は岩では無く自分の頭だ。
今度こそあの冷たい表情を向けられ、自分は悲鳴を上げながら刃を突き立てられ、息絶えるだろう。
……それでもやらずにはいられなかった。
だが同時に止めて欲しいとも思った。目を開けてくれれば、笑って誤魔化し、元に戻れる……。
しかしその誤魔化しが更なる犠牲を呼び寄せる……どうすればいいと心の何かに呼びかけるが、返事が返る訳も無い。
その時、薪が火の中で弾けたかと思うと、ククルの目が開いた。
咄嗟に銃を掴んだカガリは、ククルに毛布を投げて飛び退いた。
毛布をはね除けたククルの手には、昼間自分を殺しかけたナイフが握られていた。
残念そうな顔をしているが、今度は躊躇わないだろう。
カガリは震える手で銃を握り締めているが、銃口を向けていない。
怪訝そうな顔をするククルが何か言う前に、カガリが叫ぶ。
驚いた顔をしてククルはじっと見つめてくる。
只の民間人かと思えば、Xナンバーの存在について事前に知っていた節があるのだ。
何かが気になる……が、構わずククルは刃を立てる。
淡々としたククルの口調に竦むカガリ。
殺すつもりなど無いのに、只あのMSを使い物にならないようにしたかった。
……しかしそれで何になる?
彼女ならばきっと、新たな武器を手に、来る。
かつて聞いた言葉が全く違う意味に聞こえる。
例え想いが通った相手でも……筋の通った理由で戦っていても、“敵”と言うただそれだけの理由で殺し合わなければならないのか?
そんな事は嫌だ……只、守りたいだけなのに……。
遂にカガリは考える事を放棄した。
彼女は真っ直ぐで、問題から目をそらしてしまうには潔すぎた。
だが若い彼女にはもう限界だった。考えがヘビの様にのた打ち回り、頭がパンクしそうに苦しかった。
そうやって悶えていると、ククルの切羽詰った表情が目前まで迫っていた。
ナイフを持ったまま、ククルが押し倒してきたのだ。
何が起こったか解らずぼんやりしていたが、転がった銃から硝煙が上がっているのに気がつき愕然となった。
カガリは逃げる事も撃つ事も出来ず、その凶器を放棄するという最悪の手段を実行してしまったのだ。
銃を投げた衝撃で暴発し、あわや自殺する寸前だった。
そう言うとククルは微かな呻き声を上げた。
そこでカガリは、彼女のパイロットスーツが裂け、血が滲み出ている事に気がついた。
だがカガリは、ククルが手を伸ばしかけていた非常パックを奪い取って、うっすらと涙さえ浮かべて言った。
ククルの表情が一瞬固まったが、やがて苦笑を浮かべた。
と、言うよりそれは、普段イザークらに見せる様な含みのある笑顔だった。
言われて初めて気がついたカガリは、がばっと座り込んだ。
心底可笑しそうに笑うククルに、カガリが再び考えを廻らす。
純度百パーセントの殺意を向けてきた相手は、同時に冷静で物知りで、しかも感情豊かな只の少女だった。
それが等身大の“敵”……それを相手に、カガリはどうしても引き金を引けなかった。
夜中も絶え間なく続いていた波の音に、鳥のさえずりが混じりだす。
彼らは早速餌を求め飛び立つのだが、朝日を行く真っ黒い巨大な鳥に驚き、警戒してしまう。
いや鳥ではない。MSの大気圏内飛行を可能とする空中機動飛翔体“グルゥ”に搭乗した、ブリッツだ。
傍から見れば大きな土台の様な物に乗っかっている様にも見えるが、完全無人化が為されたこのシステムはかなりの速力を誇り、ザフトの活動圏拡大に一役買っていた。
カーペンタリアを発ってから、もう何千回目にもなる呼び出しを続けるニコル。
一夜を通して呼びかけを続けていた彼だったが、未だ応答は無い。
既に推進剤も乏しく、二重遭難の危険があった。だがそれでも、何か手がかりが見つからない限りニコルは帰れない。
帰る気は無かった。
絶望すらしかけたその時だった。
待ち望んだ優しげで、しかも力強い一言が返ってきたのは。
一言一句が身体中に染み渡り、疲労も何処かへ押し出されたようだった。
安堵したのはつかの間だった。
突然海中から放たれた一撃がグルゥを貫き、咄嗟にニコルはブリッツを退避させた。
黒煙を上げつつ海面に突っ込んだグルゥに続き、ブリッツも機体が海中に没する。
モニターに映った機影を見て、ニコルは歯軋りした。
後一歩と言う所で……よりにもよって最悪の敵が目の前にいたのだ。
言える筈が無かった。
母艦は来ていない……自分一人で、しかも無断で出撃してきたのだ。
正直帰るアテも無い。それどころか生きて無事に帰れるか……。
それでもニコルは恐怖を飲み込み、震え気味の腕を抑えつつ敵を見据えた。
ニコルは目の前の真っ赤な機影めがけて、ブリッツを前進させた。
小さな島に響き出した振動や爆発音に、カガリも眼が覚め飛び出してきた。
喜ぶ所では無い、複雑かつ悲しい状況にカガリは息を飲む。
互いの言葉にそれぞれ驚くが、動きが止まるのは一瞬だ。
そう言われククルは、ヘリオポリスでも避難民を庇う様にしてゼンガーが立ち回っていた事を思い出した。
きっと目の前の少女も、そうして助けられたのだろうと納得する。
改めて思えば自分との共通点は多いように見えた。
親愛なる存在を奪われた怒り、弱者への配慮、敵である存在への情け無用の果断の数々……。
しかし結局は他人だ。限りなく近く、それでいてもっとも遠い……その身が果てるまで決して忘れぬであろう、仇敵なのだから。
そんな風に状況を見守っていると突然、背後の海が爆発した。
一度ではなく、二度三度、断続的に続くそれに奇妙なものを感じたククルは、マガルガのセンサーを使って射源を確かめた。
それにニコルが通信を送ってきた方角やブリッツの性能データも付加させた所、信じがたい結果が導き出された。
今しがたの爆発は、狭い島内で発砲した為反対側のこちらまで流れ弾が飛んできたのだ。
敵として何度もまみえていたククルには、ゼンガーのポリシーとも言うべきものが解っている。
だからこそ、目の前でブリッツと死闘を繰り広げる伍式に、何処と無く違和感を感じていた。
トリケロスから発せられるビームサーベルを掻い潜り、あるいは受け流しながらライフルを放つ伍式。
だが軽快な動きでそれをかわしたブリッツは、逆にランサーダートを放って来る。
咄嗟にバーニアを吹かし逃れるが、着地に失敗して大きく姿勢を崩す。
余りに酷い伍式の完成度に、キラはイライラしていた。
ゼンガーが休んでいる間に密かに伍式に搭乗し、強奪同然の事を仕出かしてここまで来たのだ。
彼はカガリの遭難に誰よりも責任を感じていた。
下らない事で悩まずに行っていれば、こんな事にはならなかったのだ。
自分の事しか考えずに誰かを、しかもよりにもよって一番守りたいと思う人を危機に晒してしまった。
……それがキラにはどうしても許せなかった。何としても罪を償わなければならなかった。
その為にはどんな事をしても構わない……例え目の前にいるMSのパイロットを殺してでも、カガリを失うと言うあってはならぬ罪を犯してはならない。
……他の罪はどうだっていい。
幾らでも汚れてやる……堕ちてやる……何もかも奪われても構わない。
たった一つの彼女の命、奪われるぐらいならば……!
一途なまでの狂気が、彼を……そして伍式を突き動かしていた。
ぶつぶつと何やら呟き、舌打ちや悪態をつきつつ伍式のキーボードを叩くキラ。
だがその間も伍式は果敢にブリッツの攻撃をいなし続けているのだ。
ビームを紙一重でかわした瞬間も、まだキラの手は止まっていない。
一瞬、伍式のメインカメラが明滅を繰り返したが、すぐさま安定した。
それに対応するかのように明らかに伍式の動きに変化が見えた。
まるで頭と身体が別物の様なぎこちない動きだったのが、今では人機一体の様になめらかに飛び回る。
もうブリッツからの遠距離攻撃は掠りもしない程、その動きは見違えていた。
機体の両脇から射出されたナイフをつかみ、伍式が砂浜を駆ける。
瞬く間に距離が詰ったブリッツに対し、キラはコクピット目掛けて刃を向けた……。
つもりだった。
それより先にブリッツのピアサーロックが伍式の顔面を掴んでいた。
……そう、確かにキラはコーディネーター故の高い技能を持っている為、ゼンガー並に伍式を動かせた。
だが技量は遠く及ばない。
相対したニコルは何度もゼンガーの対艦刀から逃れ、今まで生き延びて来たのだ。
高いセンスが要求される接近戦においては、キラの何倍も経験があった事になる。
……相手が悪かったとしか言いようが無い。
ビームサーベルが目前まで迫り、キラは思わず叫んでいた。
だがそれは己の不甲斐無さを悔いるのでも、恐怖の余り絶叫したのでもなかった。
それは自分が果たせぬであろう義務を、最も強く、頼れる人間に託す為の懇願だった。
だが……それを許すほど甘くない。
外部スピーカーを通じなくとも、海を割りつつ突き進んでくる白い機影に誰もが動きを止めた。
海面すれすれを飛び、機動状態の対艦刀が海面を切り裂きつつ迫っているのだ。
ブリッツの目前、一瞬スカイグラスパーがガクンと機首を落とした。
刹那、ビームが海水に接触し、一気に水蒸気が周囲を覆い尽くした。
……それが晴れた時、ブリッツは両膝をついて倒れていた。
腰より下、人間で言うモモの部分に対艦刀の直撃を受けたのだ。
海水に極端に触れた為ビーム刀は消えてしまっていたが、実体剣の方は相変わらず、位相転移装甲を無視して損傷を与えていたのだ。
羽根を休めていた海鳥を散らし、林を割って現われた黄色の女神。
その手につかまる少女は妖精か神官か……少なく共キラにとっては、こちらの方が女神だったが。
ぱあっと表情を明るくしたカガリは、ゆっくりと足場が降りていくのを感じた。
マガルガがその手を昇降機がわりにして、カガリを降ろしたのだ。
ブリッツを警戒しつつ旋回していたゼンガーは、スカイグラスパーの機首をアークエンジェルの方向へと向けた。
身動きが取れないブリッツを背負ったマガルガに、カガリは叫んだ。
あれだけ長い間いても、自分から名乗る事が出来なかった。
最後の最後になったが、マガルガは軽く片手を上げて、それに答えてくれた……。
昨日も言った言葉を繰り返し、彼女は転進していく伍式とスカイグラスパーを振り返った。
既に彼女との記憶は微妙にぼやけ、妙な脚色がなされつつあった。
含み笑いが聞こえたのか、ニコルが怪訝そうに尋ねてくる。
ニコルが無断で基地を飛び出した後、イザークとディアッカは緊急事態だとカーペンタリア司令部を急きたて、本来明朝に準備が完了するはずだった母艦を深夜のうちに受領。ブリッツの後を追っていたのだ。
それは大天使、しいてはゼンガーを倒す為に彼らが選んだ戦略だったが、イザークにしろディアッカにしろ、ククルとニコル抜きの作戦は頭に無かったのだ。
思わぬ言葉をかけられ、ニコルは完全に舞い上がってしまった。
そんな様子をまた笑われるニコルだったが、やがて落ち着きを取り戻し表情が固くなる。
――ひょっとして自分は、ゼンガーを始末できる最初で最後のチャンスを逃したのでは、と。
MSならともかく、戦闘機相手ならば遅れは取らない筈だった。完全に奇襲に嵌まってしまった自分のミスが悔まれる。
でも……今の自分達ならば、幾らでも機会を生み出せるのではないか、という前向きな考えもニコルには芽生えていた。
代理人の感想
ヒーローは、常に遅れてやってくる!
ベタと言わば言え、この流れこの展開、これぞ王道よ!
とまぁ、そんなノリで終わった今回のお話。
メインはククルとカガリの邂逅、そしてキラ君『男の戦い』であるにもかかわらず
ピンポイントで出てきただけでしっかり存在感を主張してるのが実にらしいというかw
個人的にはニコルを応援してやりたいんですけどねー、割とw
イカサマでもなんでもいいから生き残ってくれないかなぁ。