「遂に一機やったって?!」

「ブリッツだってな!」

「凄え……流石は少佐!」


 ブリッツ撃破後、戦闘はアークエンジェルが戦闘区域を離脱した事で終了した。
 速やかに群島を後にしたゼンガーだったが、マガルガ他による追撃は無かった。
 実行できるだけの戦力が無かった事も有るだろうが、ゼンガーはそれ以外の理由を察する事が出来た。
 ……かつて、何度も逆の立場に立たされたのだから。


「ああ……諸君らがこの伍式を完全な状態にしてくれたからこそだ。礼を言う」

「またまたご謙遜を!」
 


 マードックが激しく肩を叩き、周囲の整備兵達も口々に祝いの言葉を発した。
 


「もう向かう所敵無しだ!」

「アラスカまでの安全は約束されたようなもんだぜ!!」

「……しかし、因果だな」


 追憶めいたゼンガーの静かな言葉に流されるように、周囲の熱気がすうっと消えていった。


「この伍式も、ブリッツも。元はと言えばネート博士の“夢”だったのだ。それを悪夢へと変貌させてしまった俺は……罪深い男だ」


 意表を突かれて戸惑う整備兵達だったがやがて、元々“これ”が誰の手で創られたか……思い返していた。


「ネート博士かぁ……美人だったよな」

「俺達にも随分気を回してくれたし」


 伍式そのものの開発に専念していたゼンガーと違い、ネート博士は密に彼らの元へと足を運んでいたので面識があったのだ。
 そして現場レベルでの意見を参考にして、アークエンジェルのXナンバー運用設備のレイアウト等を、より完成された物へと昇華させていった。
 当初の設計が改善された事で、マードックを除けば新米同然の彼らでも、今まで存分にその技量を発揮する事が出来ていたのだ。


「あんな良い人を殺したんだ……それだけでも万死に値するぜ、あの連中」


 その隙にゼンガーは一団から離れていたのだが、この誰かの呟きを聞いて思わず渋い表情をした。


「少佐……」

「本来なら一緒になって祝うべきなのだろうがな」


 後から来たフラガに対しても、表情は晴れない。
 


「……誰かにとっては、何者にも代え難い存在を奪い、奪われる。何時まで続くのか……」


 命を賭してでも、自分を止めようとしたブリッツのパイロット。
 そしてその死を、魂からの咆哮で悔んだ仇敵……。
 彼らには既に、使命を共にした同志を、二人も殺されている。
 しかし……一人命を奪った所で何も変わらなかった。この先、二人三人、遂にはククルらを全滅させても、決して失われたものは帰って来ないだろう。
 人の命を何かで補う事は……結局は不可能なのだ。
 では一体何の為に? 自己満足で無ければ、それはすべからく世界の為……より良い明日を目指し、力無き人々に安寧の時を取り戻す事が目的となる。その為に敢えて血で汚れる。何処かの誰かの血によって、敵が染まる前に。
 だが……。


「俺達は軍人でしょ? お上が終わらせてくれるまで……やるしかない」


「その上が……本気で戦争を終わらす気があるのか、疑問に思う!!」

“ガンッ!”


 ゼンガーの行き場の無い怒りはとても、格納庫の資材コンテナをへこますだけでは済みそうに無かった。
 ……大気圏突入からこのかた、連合からは一切の連絡も無い。
 既にアラスカへは相当な距離まで接近している。やろうと思えばコンタクトを取る事が出来る筈なのだ。
 それをしないと言う事は、最初からアークエンジェルの事等考慮していなかった……つまり、無視されていた。
 では一体何の為に、幾多の命を奪いながらここまで辿り着いたのか?
 何かで補えないのは……誰も命も同じだと言うのに。






「私が……甘かった!!」


 奪われた当人は、周囲の物全てを破壊する勢いであった。
 既に、彼女のロッカーは拳の後で原形を留めぬほど歪んでいる。


「おいククル」


 とうに着替えを終えたイザークが、咎めるように声を上げる。
 唯一無事な隣のベンチでは、ブツブツと悪態をつきながら頭を抱える、パイロットスーツのままのディアッカがいる。


「私の甘さが……あ奴を殺してしまった……」


 自らを除けば、周囲は全て同じだと考えていた……。
 コーディネーターに前線も後方も無い。前線に出ている者達には、別に仕事を持っている者も多く、戦争をやっている自覚等無かった。
 後方と呼ばれる場所にいても、いずれ時が来れば戦場に赴く者が殆ど。そして脆弱な大地である以上、何時戦地となるか解らない。
 ……この曖昧さがザフト最大の問題点であったが、だからこそククルは割り切っていた。
 男でも、女でも。
 年下だろうが年上だろうが。
 一兵卒でも司令官でも。
 ……結局0を示すか1を出すか。このどちらかしか無いと。
 出来る、出来ないをきっぱりと見極め、曖昧な判断は下さない……それによってククルは動いてきた。
 ところが。


「何を期待していたのだ……何を望んでいたのだ、私は!」


 ニコルは違った。
 ニコルならば出来るかもしれないが果たして。
 ニコルでは出来ないかもしれないがもしや……そんな不確実な評価を、知らず知らずのうちに下してしまっていたのだ。
 外見に似合わない確固たる意志を持ち、常に弱気ながらもいざ戦場に出れば確実に任務をこなす。
 人見知りな所があると思えば大胆不敵で、意外と常識にも囚われない……。
 捉え所が無く、戦場での振る舞いだけで査定する事が出来なかった。
 それがククルの戦略を狂わせ、ニコルを殺した……。


「フン……奴はお前に目をかけられていたが……それに甘え過ぎたんだよ」

“ゴッ!!”


 叩きつける様なククルの蹴りを、イザークは両腕で受け止めた。
 足元で軍靴が擦れ、ゴムの焦げた臭いが充満する。


「イザーク!」

「そなたは黙っていろディアッカ……イザーク、貴様逝った者を愚弄する気か?!」

「事実を言ったまでだ! 奴はお前から期待を受けて舞い上がった挙句、力を見誤って死んだ! それだけだ……間抜け以外の何者でも無い!!」


 イザークの目が涙で滲んでいる事に気がつき、ククルも顔を歪ませて足を下ろした。


「ククル! イザークも止めろ! 俺達が討たなきゃならない相手は……ゼンガー=ゾンボルトだ!!」


 その名はククルの身体中を駆け回る。
 ……ゼンガーもまた0か1かしか無かった。
 但し他の凡庸な存在と違うのが、導く結果が殆ど究極の……生か、死か。
 今の自分達や、ラクスとアスランは……事情や実力に助けられ生き延びた。
 だがミゲルや、ゼルマン艦長、バルトフェルド……そしてニコルは、運と判断に見放され死に包まれた。
 妥協は無い。このどちらかしか無い……ある意味理想であり、悪夢。
 そして悪夢は終わらない……まだまだ続く、このままでは。


「……そうだな。奴を倒さねば何もならんか」

「俺も傷を貰った……次は必ず奴を討つ!!」


 身を翻して飛び出したイザークに、思わず手を延ばすディアッカだったが、やがて引っ込めて溜息をついた。


「気休めは言わん。次はお前が一番三途に近い」


 気も休まる暇も無い、容赦無い言葉が発せられた。
 ……バスターが伍式と相対する事は、それ即ち死を意味する。
 完全に砲撃仕様のバスターでは、懐に入り込まれたら逃げ切る手段が全く無いのだ。
 ならばやる事は自ずと決まってくる。牽制だ。
 あの大天使相手に、たった一人で……。


「はっ、もう下半身全部浸かってるお前よりかは、マシだろう」

 一瞬固まるが、ディアッカはにやけた顔で振り返った。  
 ククルも何時もの様に邪笑でも浮かべようとしたが、上手く行かない。


「……だけど心配すんな。これ終わったら、引き上げてやる」

「……!」

「手向けさ。お前の為じゃない」


 ディアッカはひらひらと手を振りながら、ロッカーから制服を持ち出して、パイロットスーツのまま出て行った。
 残されたククルはやがて……一人で笑い出した、虚ろに。 
 


「皆……何故そこまでする? 何故与えようとする?! 奪う事しか出来ぬ、卑しき亡者であるこの私に……!」





「……迷惑だったか?」

「い、いえ! そんな事絶対無い……でも駄目、ちょっと待って!」


 与えられ、逆に何も与えられずに焦っているのは、フレイもだった。
 ……彼女は得意げに武勇談を語るトールに、何とも言えない危機感も覚えていた。
 殆ど同じタイミングで戦地に身を投じたが、実際に戦果を上げているのは間違いなくトールだった。
 タッシルでの復興支援、そしてブリッツ撃破の糸口を掴んだ事は鮮烈な印象を与えている。
 実際の実戦参加回数はフレイが三回、トールは一回だけだ。しかし結果は出せていない。
 ……折角“世界”を広げてもらい、“機会”も作ってもらった。なのに何故自分はこんな?
 間違っていたのだろうか?
 所詮自分は何も出来ない、その程度の人間だったのか……そんな疑念がもたげる中、ゼンガーから与えられたそれは過ぎた物に見えた。


「我が師の教えを継いだ、幼き匠が鍛え直したものだ。この通り、完全に修繕されている」


 それはオーブで出会った、あの青髪の少女が託されていたゼンガーの太刀。
 コズミック・イラに入り、高度な鍛冶技術が必要な太刀はオールドムービーだけでしかその存在を残さない筈だった。
 故に、破損した場合二度と修繕は不可能だったが……技術は、何処かで細々と、継がれているものだった。
 不安げな表情で、フレイは鞘から少し刀身を露出させる。
 案の定。そこにはフレイの思ったとおりの、情けない顔が映りこんでいた。


「こんな凄いの、私が預かるのは……」

「凄い、か……フレイ、他に刀剣を見た事はあるのか?」

「……博物館とか、偉い人の家に置いてあるのは見た事ある。これよりもっと大きくて、煌びやかで……でもこっちのほうが、怖い気がする。何か光が違うもの」


 格納庫の照明に照らされても、光を反射する様な事はしない。
 只克明に、全てを忠実に映すのみだった。


「それが解るならば、お前にはそれを取るに値する、フレイ」


 何を感心しているのかさっぱり解らず、ますます情けない表情をするフレイ。 


「剣は所詮加工品、普通なら刀身が光を乱反射し、雲って見える。その光をひたすら高めたのが“飾り物”。そして――摩擦を限りなくゼロに近づけ、あたかも止水の如き静かな面を持つのが、“武器”だ。これを見抜くには並大抵の心の持ち方では敵わぬ」


 確かに目を凝らせば、何処がどう違うか一目瞭然だった。
 しかし大抵の人間は目を凝らす事などせず、むしろ逸らす。
 ……殺人の為に金属の限界を超えてまで生み出された存在に、危機感と恐怖を抱くのは当然。
 だが今のフレイは違った。殺める事が当然の、狂った世界の只中にいるのだから……。


「やっぱり……私は頼りないから、これがいると思って少佐は……」

「逆だ……お前にはもう、自らの力で道を切り拓く強い意志がある。俺がとやかく言うのは、これからは逆効果だろう」

「……え?」


 段々とゼンガーの言わんとしている事を察し出し、途端に憂いめいた顔をするフレイ。
 


「アラスカにつけば、俺には必ず何らかの処分が下る。そしてフレイ、お前はジョージ=アルスターの娘として担ぎ上げられる事が容易に想像できる……主に、後方でな」

「そんな! 私は……!!」

「フレイだ。それ以外の何者でもない」


 頼もしいまでの断言だった。


「……自分が何も成果を出せないままで、只与えられ続けている事に納得がいかないのか?」

「それはそう……!」

「トールを見て焦るのは解るがな……無理はするな。すぐさまその力を生かして欲しいとは思っていない。第一俺が何か見返りを望んでいる訳でもない」

「!?」


「俺が望む事は只一つだ……フレイ、この混沌を乗り切り、生き残って己が為すべき事を為してくれれば嬉しい。それは俺が目指した物と……近いだろうからな」


 ゼンガーは何も欲していなかった。しかし大きな期待を寄せていた。
 今までは何処か、自らを型にはめて、そうでなければならないと自ら縛っていた。
 それが自分の居場所を得る為に、必要だったから……だが、今はもう違い、正しい限りは全てを許容してくれる人がいる。
 間違いを見つけたら遠慮無く戻してくれる人がいる……。
 いつの間にか、今まで堪え続けてきた何かが、ほろほろと滑り落ちていた。


「私……私……」


 言葉が出ず、焦れるフレイを警報が急き立てた。
 その時、すっと大きな手が涙を払ってくれた。
 温かく、今までずっと護ってくれた、優しい手が。


「続きは帰ってからだ……待っていてくれ」


 
 ロッカーへと向かっていくゼンガーを、フレイはうんと優しい笑顔で見送った。
 帰ったらまたコーヒーを入れて、これから先の事をじっくり話し合おう。
 どんな事があっても、先を目指せるだろう……ゼンガーが、何処かで見守っている限り。






 南洋の静かな夜明けは無残に切り裂かれた。
 飛び交うビームと砲火、そして高速で飛び回る機影が、騒がしくアークエンジェルを追い立てる。



「アラスカまで後どれくらいだ?!」

〈とっくに交信圏内の筈だが、何の反応も無いな!〉

「はっ! これだからナチュラルって奴は!!」


 イザークに嘲笑まじりの返答を返したディアッカは、たった一人でアークエンジェルを圧倒していた。
 彼らは何度も砲火を交えた事で、自らの機体の運用方法と、相手の出方を殆ど把握している。
 今も発射管からせり出しかけていたウォンバットを、発射管ごと撃ち抜いて大爆発を引き起こした。
 何処に何があるか把握できれば、致命傷が与える事は容易だった。
 ラミネート装甲は、武装には施されていない。古来より砲塔直上は機関部に次ぐ戦艦のアキレス腱であり、ここを破壊されれば立て続けに内部崩壊を引き起こす。
 連合の宇宙艦艇でも、駆逐艦クラスはエンジンブロックを切り離す機能があるが、新型艦として、フレームにシステムが干渉し綿密に設計されているアークエンジェルには、そんな気の効いた機能は存在しない。
 遠慮無しに砲を撃ち続けた為、心なしか高度が落ちつつある。
 今のアークエンジェルは、昨日のククルによる砲撃によって、制御翼を片方失っている。
 その為にかつての様なキレのある回避運動はこなせないでいたのだ。
 


「あいつの分までやってやるさ!」


 皮肉を言う事も出来なくなった戦友達の分まで、ディアッカはトリガーを引いた。
 今までに比べ重い気がする。実際は最後の戦いと念入りに調整を重ねたのだ……そんな筈は無い。
 これは覚悟の重みだった。
 ディアッカは自ら引いた引き金が、どういった形で返って来るか、最初は解らなかったのだ。
 当初は戦艦やMA相手ばかりで、反撃も微々たる物でありものの数ではなかった。
 あのユニウスセブンの悲劇すら、何処か遠い事だと達観していた。
 ……それを覆したのは他でも無いゼンガーだ。
 倍返しどころではない。桁を越えた一撃を向こうは繰り出してくる。
 その一撃を最初に受けてしまったのが、ニコルだったのだ。
 次は自分かもしれないし、他の誰かかもしれない。
 どっちにしても御免だった。
 これ以上引き金が重くなれば……手に余るのだ、流石に。





「随分と余裕じゃないか、ええ?!」
 


 水平とは程遠い甲板上に、伍式は立ちはだかっていた。
 一時的に傾斜角度が大きく変化しても、巧みに足位置を変えて常にこちら側を見据えている。
 今度はマガルガも行動を共にしている。
 互いに発生する隙の合い間を縫って、攻撃のムラを無くしているのだが、それでも伍式は疲れ一つ見せずに相対している。 
 何故そんな事が出来るのかイザークには解らなかった。だが解らなくとも感じてはいた。
 ……これが自分達の敵であり、こちらの成長に合わせるどころか一歩先じて待ち構えている。
 一瞬だけでいい。あと一歩、もう一歩だけ踏み込めれば勝てるのだ。
 今の戦場に、かつての連合の様な絶望的な差は開いていない。恐怖に飲まれず、的確な踏み位置さえ解れば……そこを足場にして乾坤一擲の一撃で終わらせる事ができるのだ。
 ニコルはそれが出来なかった。恐怖を抑え付け過ぎて、鈍感になっていた。
 ……そうなってはならない。さもなくば、戦友が残した悲しい教訓は……全て無駄になる。


「貴様を叩き折ってぇ! 大天使に一撃を!!」

“ゴッ!!”


 唐突にグゥルから飛び降りたデュエルが、伍式に対し強烈な蹴りを入れた。
 それを両腕で受け止め、甲板上で装甲を削りつつ後退する伍式。
 確かな手応えを感じたが……何処か違和感を感じ咄嗟にバーニアを吹かし飛び上がる。
 だが遅い。両腕を防御の為に掲げたまま、顔を上げた途端に伍式のイーゲルシュテルンが唸りを上げて弾丸を吐き出してきたのだ。
 肉迫していたのが災いし、アサルトシュラウドの一部が吹き飛ばされ、サブカメラにまで損傷を受けた。
 更に対艦刀を構え直す事もせず、柄尻の部分から発せられた小型のビーム刃を突き刺さんと迫ってくる。
 


「そうか……余裕など無いのか、お前も?!」


 ビームサーベルでの受け流しにどうにか成功するが、今度は左腕に握ったマイダスメッサーが襲い掛かる。
 こうなっては分が悪く、ジリジリと押される形で甲板から突き落とされた。
 下界は水深が浅い。もしまともに落下すれば海底に叩きつけられる。
 必死になって姿勢制御を行うが、そうこうしているうちに頭上からパンツァーアイゼンに押さえつけられ、頭から海面に突っ込んだ。
 皮肉な事に、これによって深度がやや深い海域へと落下位置が変化し、その隙をついてバスターがヘルダート発射管を、マガルガがバリアントを破壊する事に成功していた。


「チッ! 後はお前次第だ!! ククルっ!!」


 戦闘能力を失った以上、イザークに出来る事は近くの無人島へと主戦場を変えた、二人の宿敵(ライバル)を口惜しげに見送るしか出来なかった……。





 一方ディアッカは、遂に制御を失い無人島の砂浜へと突っ込んでいく、アークエンジェルのブリッジを狙う。
 これで倍返し……と息を詰めた瞬間、不意に足場を失った。スカイグラスパーが間一髪で援護に来たのだ。
 グゥルを失ったものの、まだ存分に戦えるだけのバッテリーは残っていた。
 即座に飛び上がって、邪魔者から先に排除すべく散弾砲を放った。
 だが相手は恐るべき運と、覚悟の持ち主だったのだろう。
 左翼に直撃を喰らったものの、すれ違いざまにきっちりと致命傷を与えてきたのだ。
 回転式カノン砲が右腕をまるごと粉砕し、その衝撃でバランスを崩したバスターは地表に激突。システムの大半を停止させてしまった。


「畜生!! ここまで来ておいて!」


 目の前の動けない獲物を前に歯軋りするディアッカだったが、それは自分も同じ事に気がつき、血の気が引いた。
 先程墜落したスカイグラスパーとは別の、もう一機がこちらに狙いを定め突っ込んで来るのだ。
 息を飲むがもう遅い。よしんばハッチから出れてもミンチより凄まじい状況になる事は明らか。
 ……どの道ここに居ても、導かれる結果は同じだが。


「うぉあぁぁぁぁぁ!!!」  
 


 ここに来てディアッカはプライドも何もかもかなぐり捨てて、叫んでいた。
 自らの最期を冷静に見つめられるほどの理性は、持ち合わせていなかった。
 結局自分もコーディネーターとはいえ“人間”だったのか……と、考えが廻ったところでふと気がついた。
 何時まで経っても炎に焼かれる事も、銃弾がコクピットに飛び込んだりもしていないのだ。
 ……恐る恐るハッチを開放させ外に出ると、その訳が解った。
 目前まで接近していたスカイグラスパーは、既にバラバラになっていたのだ。
 ……マガルガから投擲された、シールドの直撃を喰らって。


〈……そなたは、生きろよ〉


 完全にバスターの機能が停止する前に、通信機がそう伝えて来た。





「トール……」


 両者共、大地に脚が付いたか付かないかのタイミングであった。
 ……トールの出撃はイレギュラーだった。
 相手が不倶戴天の覚悟で来る事が解っている以上、生半可な技量の持ち主では戦力にならない……そう判断して二号機の出撃は見合わせていた筈だった。
 だが目の前で砕け、物言わぬ肉塊となったのは……。


〈……随分冷たいではないか。そなたにとって、奪われる事も茶飯事なのか〉

「馬鹿なっ……!」


 目の前でトールを死に至らしめたのだ。怒りを覚えない筈が無い。
 例えそれが……戦闘能力を失った敵兵に対する、性急な行動の結果であったとしてもだ。
 学生グループのムードメーカーであり、ミリアリアの精神的支えであり続けた、優しく強い青年だった。
 だが……ゼンガーは今まで憎しみに身をやつして、何一つ得られなかった……ちっぽけな復讐心を充足させる事すら敵わなかった事を……ヘリオポリスから、今までの戦いで学んだ。
 しかしだからと言って、こんな風に割り切れる自身に納得がいっている訳では無かった。
 かつての友の様にはなれないとばかり思っていた自分が……今一人の戦友の死を、呆気なく飲み込もうとしている。
 ……この嫌悪を払う事は、もう生涯出来ないだろう。
 本当の意味での……犠牲の意味を知った以上は。


『ラクス=クライン……図らずとも君の求めた答えが、近くなった』


 かつて、犠牲の意味を問い掛けた一人の歌姫を思い出すゼンガー。
 彼女は若くして聡明だったが、それだけに自身に降りかかるであろう悲劇を、予期していたのだ。
 このままいけばクライン議長を始めとした穏健派は、パトリック=ザラに駆逐される。
 ゼンガー自身、以前からパトリックの政治能力に疑問を感じていたが、バルトフェルドの話を受けていよいよ確信に変わった。
 あの男ならば容赦はしない。例え、自らの義娘であろうとも……。


『だが君に答える事は叶わないだろう』


 対艦刀が弧を描いて光跡を残す。
 同時にスコールがビームに接触し、バチバチと耳障りな音を響かせる。
 


『俺は……君達のかけがえの無い存在を奪う……!』


 犠牲は、それ以上の犠牲を防ぐ為にある。
 等価で無いが故にその罪は……深い。
 





 既にマガルガは、最初から何事も無かったかの様に待ちの姿勢を取っている。
 そして……。


「殺されるから、殺す……これぞ我らの真理」
 
〈……お前も、結局はそうだったのか〉

「悪いか? そこまで私は利口ではいられぬさ……皆臆病なのだ。足元が確かで無い故に」


 ククルも、そうだった。
 既に何も考えないで居る。彼女は戦闘行動を中断している……。
 そう、もう彼女にとってこれは戦争ではない。


「我らは原始的なのだよ。喰うか喰われるかの最中、理性等邪魔でしかない。こうなると、コーディネーターと言えど獣(けだもの)と変わらぬ」


 ユニウスセブンで、故郷のあらゆる存在と共に、吐き出された筈だった数々の想い。
 しかしそれは、ぽっかり空いた穴から吸い出される前に、何かに詰って留まっていた様だ。
 その何かとは何だったのだろうか? 
 愛を注いでくれた両親や、アスランと共に駆けた大地……そこで得たものまでも、失う事は無かったのだ。 
 まだそれらはここにある。自らの一部として。


「そう……我が名はククル! 黄泉の巫女!! 黄泉比良坂から舞い戻りし、一匹の羅刹ぞ!!」


 ……これはもう、殺し合いだった。
 真剣勝負や死闘といったものからは程遠い、優美の欠片も無い組みあいであった。
 活殺自在の両者の技はなりを潜めている。あるのはひたすらに“殺”を求めた業。
 相手を殺し、己すら殺す……既に型は失われ、手段を選ばない強引な手が相手を、そして自らも追い詰めていく……。
 対艦刀が大きく振るわれ、マガルガの右腕が宙を舞い、かとおもえばマガルガの左腕と両足のサーベルが煌き、伍式の左肩を吹き飛ばした。
 至近距離からのスキュラの発射は伍式のコクピットをかすめていくが、目晦ましにしかなっていない。
 しかもそれはククルも同じ。そのスキに伍式の鉄拳が頭部を殴り潰したが、それでもマガルガは動く。
 頭部を失った人型が動く様には、魔物めいた圧倒感があった。


“バチッ……!”


 鉛色の空で続いた怒りの狂宴は、遂に終幕へと向かって行く。
 唐突に伍式が右わき腹に相当する部分から火花を散らし、一瞬脚を折ったのだ。
 奇しくもそれは、ニコルが死ぬ間際に与えた傷の場所だった。 
 


「僥倖(ぎょうこう)!!」


 戦慄にも似た確信を得て、ククルは飛び掛る。
 だが……。


“ヴゥン……”

「?!」


 左腕は虚しく宙を薙いだだけだった。
 ククルは何が起こったか一瞬解らなかったが、発振機に不具合が発生して、ビームサーベルが掻き消えてしまった事に気がつく。
 ……無理な体勢でシールドを投擲した事が、こんな所で響いてきたのだ。


「冥府から招き手されているというのか! この私がっ」

〈否……死人は何も為す事は叶わぬ。それ故に生者に全てを託すのだ!!〉


 くず折れる事無く、伍式は立ち上がった。
 満身創痍の体躯の傷口からは、額を血で染めたゼンガーの姿が垣間見れた。
 


〈立て! そして俺の屍を越えて、お前が目指す未来に向かうがいい!! やれるものならば!〉


 その瞬間、両者共位相転移装甲が落ちた。
 対艦刀からも光が消え、装甲が雨空の中へと溶け込んでいく。  
 


「……解っていたさ、その様な事」

〈……?!〉

「何も出来なかった……変えれなかった……救えなかった」


 ククルの瞳には冷静な光が灯っていた。
 だがそれは余りに冷たすぎて、テンキーを押す動作も極めて機械的だった。
 


「……私はそなたの何者にも、なるつもりはない……」


 ―あんなに一緒だったのに― 


 モニターから唐突に全ての表示が消え、十秒間のカウントダウンタイマーだけが表示された。


 ―夕暮れはもう違う色―


〈……?! 自爆だとっ、ククルっ!!〉  


 ―ありふれた優しさは君を遠ざけるだけ―


「悪いな……そなたは私と戦士として決別したかったのだろうが……」


 ―冷たく切り捨てた心は彷徨うばかり―


「そこまで……素直では無いのでな」 


―そんな格好悪さが生きるということなら―


「共に、逝こうぞ。私にとっては……あるべき場所へと」 


―寒空の下 目を閉じていよう―






















「何故だ……」


 マガルガは雨空の中に消える前に、炎となって照り映えた。


「何故、死なねばならん………!?」



 それは血の様に、大地と見届け人と、戦士を染めた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

出ぇたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

出た出た出た出ましたよレッドフレーム。

つーかこいつが赤フレームだなどと、一体だれが予想しえたであろうかぁっ!

 

・・・・・え、四人組登場の時点で推測はつく?

アストレイのガーベラストレートの話知ってて「幼き匠=アル」と連想ができれば十分判るだろうって?

 

こりゃまた失礼いたしました(爆)。

 

 

まぁそれは置いておいても燃える燃える。

ゼンガー対ククル、死闘死闘死闘。

原作では唯一戦闘シーンで感銘を受けた回でしたからねー。さすがにやってくれます。

 

※つーか、両手両足からサーベル出せるなんて設定があるなら最初からそう言う戦い方を見せておけ(爆)

 

さらっと流されたトールですら、話をキッチリ盛り上げてくれています。

尤もある意味彼の出番はこれからなんですが。