「さっきのは……何?」


 フレイも天が焦げるのを目撃していた。
 他にも整備班の一部がスカイグラスパー一号機の回収作業に当たっていたのだが……そこでもどよめきが広がっている。


「おい……二号機は何処行ったんだ?」


 アークエンジェル格納庫に戻って、言うのがはばかられてずっと黙っていたが、誰かがそう口にした。
 


〈……少佐? トール? 聞こえますか?〉


 通信機からミリアリアの甲高い響きが聞こえる。
 思考を進めたく無かったが、隣のフラガの強張った表情に、フレイも段々と事実を飲み込む羽目になる。
 ……トール“は”、やられたのだ。


〈現在、伍式、スカイグラスパー二号機共に、全ての交信が途絶です……〉


 まさか……とフレイは以前よりずっと太くなってしまった腕に、目を落とす。
 いや……無事に決まっている。大気圏突入と言うアクシデントに見舞われても、何事も無かったかのようにこの手を握ってくれたのだ
 ならば今はトールの心配をするべきだ。彼はそれほど……。


〈……もうやめろ。ゼンガー少佐、ケーニヒ二等兵は、共にMIAだ。解るだろう?〉


「はぁ?!」


 いかにしてトールを探し出すか思慮しているうちに、ブリッジでは勝手に話が進んでいた。
 その到底理解出来ない結論を聞き、フレイはスカイグラスパーの通信機に怒鳴った。


「解ってないのは中尉じゃない! 何考えてるの?!」

〈受け止めろアルスター二等兵! 割り切れなければ次に死ぬのは自分だぞ?!〉

「お気遣い結構! でも受け止めていないのはあなたも一緒よ……少佐の事何時までも曇り眼鏡で見てるんじゃないわよ!!」


 頑なとも取れるナタルの態度が、フレイは前々から嫌いだった。
 ゼンガーは厳しいながらも軍規の柔軟な使い方を心得ていた。
 これは本来懲罰ものだが……と時折秘密めいた調子で大真面目に教授するその姿は滑稽であり、とても親近感が湧くものだった。
 それなのにこの女は、何故こうまで雁字搦めに……と、内心鬱陶しくすら思っていたのが、今発露していた。
 今までに、あなたの道理が通じた事が一度でもあったかと、問い詰めたかった。


〈……!! 私は現実的な話をしている! いい加減、幻想めいた期待から……〉



 無論ナタルも反論する。
 ナタルは決してゼンガーを色眼鏡で見ては居なかった。
 むしろ、独創的な戦術眼を持った優れた軍人として尊敬もしていた。
 ……だからこそ、敵わないと早々から諦めていた。
 先祖代々、骨の髄まで規範的軍人をやってきたのだ。今更変える事はまず無理だと……。
 だから現状でベストと思われる選択を模索し、只それを実行する事が彼女の全てだった。
 それが遠回りにせよ、ゼンガーを支える事になり得ると信じて。


〈いい加減にしなさい二人共!!!〉


 マリューの声が雷鳴の如く響き渡った。
 思わず耳を抑えるフレイだが、次に聞こえて来た声は諭す様に冷静だった。


〈……現在ディン“二機”が接近中、会敵まで十分も無いわ……残念だけど、現状の本艦の装備では迎撃は不可能よ〉

「……! そんなに……」


 じゃあ何故、バスターなどを運んで来たのか。余計な事をしている場合では無かったと言うのに。
 主に回収に行ったメンバーは貝の様に口を噤んでいる。事情を聞いたはずであるマードックも目を沈めている。
 一体現場で何があったのか? もしトールが近くにいるならば大怪我を負っている可能性が高い。
 こんな所で彼を失っては……ゼンガーが嘆く。


〈彼らの捜索はオーブに引き継いでもらいます〉

〈「オーブ?!」〉

 これにはナタルも同時に聞き返していた。
 が、マリューはそのまま押し切るように令を発した。


〈機関最大!! この空域からの離脱を最優先とする!! ……理解した?〉

「……艦長の判断に、任せるわ……」



 例え剣が健在でも、身体が動かなければ何ともならない。
 この大天使の全てを預かるマリューの言葉である以上、従う他無い。
 幾ら剣が強力でも、扱い手が居なければその力は激減する。
 しかも双方の相性が良くなければ決して思い通りには振るわれない。
 ……遺憾ながらフレイにもマリュー以上の適任者は……今のところは……思いつかない。
 だったら、次が見つかるまで……いや“成るまで”は……。
 


「トール……トールは?」


 加速が始まり、アークエンジェルは揺れる。
 ただ、やって来たミリアリアが格納庫でおぼつかない足取りをしているのは、それが原因ではない。
 


「そんな筈、無いんです……MIAだなんて、そんな筈……だから……」


 シミュレーターの前でへたり込む姿に、流石に声を掛けられなかった。
 しかし……何故信じられないのか?
 自分がゼンガーを信じているように、ミリアリアもトールの事を信じていたのに……何故こうもあっさり逃げに走る?
 そして何故フラガは慟哭する?
 何故マードックは歯を食い縛って泣いている?
 フレイには解らなかった、まだ……。






『君はもう、寄る辺無き者なのだよ』


 砕けた砂時計が視界を占拠する。
 それが全てを始まりであり、全ての終わりであった。


『何故だ……何故お前が生き残り、妻は……!』


 頼った男の鋭い言葉が、刃となって突き刺さる。 
 だがその刃を抜く事はしなかった。


『行かせはしない! どんな手を使ってでも、君を……これ以上!』


 刃がやがて自らの血肉となった時、それを引き抜こうとした者がいた。
 だが全ては遅すぎた。何もかもが手遅れ……。
 だというのに、だというのにしつこく……。


「……五月蝿い!! いっそ私を」

「……!」


 その瞬間、自分の者ではない小さな悲鳴をククルは聞いた。
 全身を包帯で覆われて、動きが取れない事もあったが……何より意識が覚醒し切っておらず、暫くしてから声の方を向いた。


「そなた……」

「気が、ついたか?」


 ベットの上に膝を置いて覗き込んでいたのか、極端に二人の距離は近い。


「ここはオーブの飛行艇の中だ。我々は浜に倒れていたお前を発見し、収容した」


 カガリの説明を聞き、まるで波が引くように、あっという間に理性が回復した。
 それを捨ててまで為そうとした事の結果は、一体どうなってしまったのか?


「……こちらではマガルガしか発見できなかった。伍式の残骸は……見つからない」

「私が五体満足でいるのだ。まさか消滅はありえん……全く、自爆装置も大した破壊力は無いものだ」


 当たり前である。
 確実に機体が吹き飛ぶような自爆装置が積載された兵器では、誰も戦える訳が無い。
 ジンでさえ、自爆用のシステムはCPU周り限定であり、それが多くの鹵獲機体を生む原因ともなっている。


「少佐と、やりあったんだよな……」

「……うむ。押されていた」


 素直に自分の劣勢をククルは認めた。
 今だからこそ……全てが終わったからこそ思える事だが……実は最初から負けていたのではないかとも。


「当然よな……奴は、私を越えて先へと邁進する気で居た。はなから死に場所を探していた私とは……」

「どうして……どうしてお前は、そんなに死のうとするんだ……?! さっきだって、ずっと言ってたぞ?! “殺してくれ”って!」


 震える声で問うカガリに、ククルは息を詰めた。
 そんな言葉を聞かれた事も問題だが、それよりも……彼女の支えでもあった男を葬ったかもしれない相手を、カガリが本気で気遣っている事に。
 


「……耐えられなかったのだよ」

「?!」

「……人は死ぬものだ……だが、身体より先に心が死ぬ時もある」


 ならば、とククルは口を開く。
 時が遅れた鏡面の如きその姿が、彼女に告白を促したのだ。


「生き残っても……誰一人として私を見ようとはしない。“ユニウスの奇跡の生存者”として報じられ、同情され、祭り上げられ……何時しか自分が何だったか解らなくなって来た」

「っ……」

「助けを、求めたさ……親以外の人間を、初めてまともに頼ろうとしたが……突っぱねられた。それどころが何故生きいていると問い詰められた」


 皮肉げな笑みは自らを嘲っているのか。
 段々その声にも軋むような響きが帯びてくる。


「ならば、証しを立ててやろうと誓った。“生き残り”としてではなく、“死に損ない”としてな……!」
 
「何故だっ!!」


 カガリは怒りに顔を歪ませながら、締め上げるかのようにククルに組み付いた。


「解るだろう?! まだ温かい! 鼓動も感じるし息もある!! 眼も、閉じてないじゃないか……お前はまだ、死んでいない!!」


 先に挙げた全てを失い、只の冷たい肉として横たわった仲間達の姿が、カガリの脳裏に甦っていた。
 そうしたのは今手の内の中に居る彼女の仲間……だが、それは向こう側だって同じだ。
 失った者への怒りも……いつかこうなるという恐怖も、等しく同じの筈。
 ただ、今それはカガリの中だけで膨れ上がりつつあり、身体も戦慄いて来た。
 そんなカガリに、ククルの白い手がそっと撫で付ける。


「人が死ぬのは何時だと思う……?」

「え……?」

「身体が時に負けるか、心が世に疲れるか……これより先にもっと根源の意味での死は……人に、忘れられる事だ」

「!!」


 再会した友は、ククルを見なかった。
 もう何処にも居ない、戻らない、かつてのククルを求めてきたのだ。
 一層……その事は彼女に死を近づけた。


「それでも何故かな……幻像に過ぎぬ筈だった私は……いつしか黄泉の巫女として現世に戻っていた」


 誰が言い出したかは知らない。
 だがこの名は、例え記録に残らずとも、戦友達一人一人の“記憶”に刻まれた。
 


「皮肉だな。私を奪った世界が、私を再び与えてくれたのだから……」


 かつては否定した友も、婚約者と共にその存在を認めるようになった。
 戦友に至っては、そこにある彼女だけしか知らない。
 そして……。


『あ奴は、新たな私だけを知ろうとしてくれた……』


 幼さを残した、柔らかな少年の笑顔が過る。
 しかし彼はもういない。だが今は、不思議と遺恨も怒りも無い。
 ……何故なら直に向こう側に逝けるだろうから。


「?! キラ!!」


 言い訳なら、向こうで出来る……ククルはカガリをそっとどけようとした。
 向けられた銃口を、一身で受ける為。


「殺した……お前が……」


 棒読みの言葉が流れ出るが、その実身体は確実かつ正確だ。
 声は震えているのにも関わらず、銃を持つその腕は一ミリのブレも無い。
 躊躇い無く相手の額に射線を向け、キラは続ける。


「お前がトールを殺したぁ!!」





 同じ事を、ディアッカも言い放たれていた。


「何で……トールがっ!!」


 状況も似たり寄ったりだった。
 相手の持つ物はメスだが、ククルと違い完全に無援なのだ。
 怒りと憎しみの、爆発的な感情の塊りをぶつけられて平静ではいられない。
 凶刃から逃れようとベッドから転げ落ち、伝い落ちる頬の血も手錠のお陰で拭う事も出来ないのだ。
 



「トールが居ないのに、何でぇ!!」

「落ち着くんだミリィ!」

「ちょっ、誰か!!」


 
 仲間が駆けつけ、暴れ回る彼女を二人がかりで押さえつける。
 それにしても若い。
 三人共、自分達と殆ど同年代であり……そんなのに殺されかけたかと思うと、ディアッカは背筋が凍った。
 同時に彼は息を飲んだ。彼らの様なナチュラルを……少なくとも目の前の少女の恋人か何かを奪ったのだ。
 心当たりは痛いほどあるが、先日目の前で四散した一機の戦闘機の姿が真っ先に浮かぶ。

「もうっ……大人しくなさい!!」



 その時、ミリィと呼ばれた少女を全力で押さえつける、赤毛の少女の姿が視界に入り、ディアッカは目を見開いた。
 オーブに潜入した時、ゼンガーの隣にいた少女だ。
 あの時は娘なのか部下なのか、量りかねていたが……ミリィの片腕をねじ上げてメスを取り上げた手際は、一応エリートであるディアッカの基準からしても見事であった。
 


「何で?! 何でフレイ……っ! あなただって……!!」 
 


「殺す価値も無いわ……こんなの!」


 そしてこの、コーディネーターに対する徹底的な侮蔑の態度……憎しみが宿った暗く深い眼差し……。
 何処かの誰かを思い出さずにはいられないものばかりだった。


「それよりっ! 何で信じてあげないの?! 何で死んだって決め付けるの?! 私と違うじゃない! パパと違って、目の前で殺されたのでもないのに……何で……何で信じないのよ……生きてるわよ……少佐も……」


 だが最後の消え行く様な声が、決定的な違いを見せ付けていた。
 このフレイも、本当は只の少女だと言うのに……まだまだ若気溢れる世代である。
 そんな自分達が、何故こんな辛気臭くドロドロとした思いをしなければならない?
 それを考えるとディアッカは、全てが馬鹿馬鹿しくなって来た。
 戦争も、それに疑う事無く乗ってしまった自分自身も……。
  





「友達、だったのに……別れて次に会った時には戦っていて、それで、気が付いたらこんな……!!」


 キラは、確信を得ていた。
 マガルガのシールドを拾ったときに……変わり果てた友の姿を見ていたのだ。
 血も何も無かった。雨が全てを流し去った後だったのだ。
 だがそれは確かに“有った”。更に見た目に反したずっしりとした重みが、何もかもを物語っていた……。


「優しかった! 僕よりもずっと強かった!!」


 グリップを握る手に、汗が滲んだ。


「何で殺したんだ!! 少佐とやりあってさえいれば、トールまで巻き込まれはしなかったのに!!」


「……守る為だ」


 儚げだが、投げやりではない応えがククルから返る。


「友を守る為……それに連なる多くの人々の命を、現世に留め置こうとする者達の為……私は躊躇う事をしない。あの男も、そのトールと言う者も、同じだったろう……」


「違うっ! お前なんかとは、絶対に同じじゃない!!!」


 震えながら喚くキラを前に、ククルが不意に目を閉じた。


「そう、我らは違う……それが許容出来ない程故に、殺し合う」


 だが次の瞬間開眼し、訴えた。


「守るべきものが……ある限りな! さあ、そなたも躊躇う事は無い!! 我が命を糧とするだけのものが、そなたにあるならば!」

「言われなくと……!」


 
“ゴスッ!!”


「っな……」


“バシッ!!”

 
「っ……」


 電光石火の一撃が、キラとククルを襲った。
 加減無用の上、不意打ち。
 つうっ、とククルの唇から血が流れ落ちた。


「やめないかお前らぁ!!」


 苦々しく歪んだカガリの顔が、前にあった。
 キラもまた、滴り落ちる鼻血を止める事もせず、只唖然としている。


「何が違うんだ、ええ?! 怒りもするし憎みもするし! 悲しんだり笑ったりもする! 流れてるものだって、同じだろうが!!」


 憤りがカガリの中で廻る。
 何故こんな簡単な連鎖を、誰も解ろうとしないのか?
 いや解っていても敢えて続ける事をどうしてする?
 そこまでして手に入れた代価に、一体どれほどの価値があると言うのか?
 かつて彼も言った。
 悲しみは、飲み込むしかない……。
 さもなくば暗い循環の輪は、やがて全てをどす黒く染め上げて……遂には、全てを無へと帰す。
 そうさせてはならない……カガリは自問しつつ、決然とした態度で二人を見下ろした。





「迎えが来た……と、何があった?」


 ノックと共にキサカが病室に入ったのだが……流血ざたを前に一瞬目を細める。


「……何でも無いんです……何でも……!」


 暗く思い詰めたまま、押しのける様にして出て行くキラに、カガリは溜息を洩らす。


「あいつには……解って貰わないと困るってのに」

「もどかしかろ、男が思い通りにならぬ事は」


 同じ思いをしているに違いない、一人の歌姫を意識しての言葉だったが……。


「なっ?! 馬鹿、違う! そんなんじゃ……いきなり変な風に言うなぁ!」



 何を勘違いしたか、カガリは慌てふためく。
 ちなみにこれを聞いて、歩みを速めた者が一人居たが、ククルが関知するところではない。


「大丈夫だ。私の友にも良く似た奴がいるが……何とかなるさ」

「根拠ないぞ、お前っ」


 この空気の変わり様は、カガリの影響が大きかった。
 彼女は流動的なのだ。
 一定ではない、激しいまでの感情のうねりが全てを決定する。
 自らの考えに縛られる事無く、豊かに発展を目指す……それはまさしく、ククルが失ったものそのものだった。 


「そなたに、感謝を」

「え?」


 かつて、全く同じ言葉をある男に告げた。
 だがそれは拒絶であり、決別の意味しかない……今度は、違う。


「まだまだ私の“世界”も狭かったと言う事だよ……そなたは何からも逃げようとしない。道理や、運命からも……」

「……ちょっと待て」


 すうっと、キサカに促されるがままに通路に出ようとするククルを、カガリが呼び止めた。
 そのまま不意に首に手を回されたかと思うと、気が付いた時には首には赤い石がぶら下がっていた。


「ハウメアの護り石だ。お前も、お前の友達も……護ってもらえ」

「そなたの友を殺した、コーディネーターであってもか?」

「……もう、誰にも死んで欲しくない」



 強い眼差しを受け、ククルはふっと笑って頷いた。


「それは私も同じさ……カガリ」


 初めて名を呼ばれ、何か言いたげな彼女を、やんわりと手を挙げて遮った。
 背中を向けたまま、そのままボートに乗せられ、ザフトのヘリに辿り着いた頃には……。


「貴様ぁ! どの面下げて戻って来やがった!!」

「こんな面だ」


 元に、戻っていた。
 いやそれには語弊があるだろう。
 彼女の世界は、更に広がっているのだ……もうかつての己は過去になり、過ぎ去っていた。


「……っ、それだけ口が聞けるなら大丈夫だな」

「だが病人だ。優しくしろよ?」

「自分でそう言う奴の、何処がっ!」


 赤く腫れた頬を見せ付けた後、ククルは膝をついてハッチから手を伸ばしている、イザークの手助けを受けた。  
 





「ご苦労だった、アルスター二等兵」  
 
「……はい」


 惨状を寸前で阻止する事に成功したフレイに対し、ナタルが事務的だが素直な感謝の意を述べる。
 だが今の彼女には黙って頭を下げる事が精一杯だった。
 かつて、初めて捕虜になったコーディネーターも、ナイフ片手に向かってきた。
 だがそれを、煙幕が立ちこめる中平然と払い落とし、一瞬にして組み伏せたやり方を真似ただけだ。
 これが正しいかどうかは、やった本人に聞かないと解らない。だが……。


「この件も報告が必要、ですかね……はぁ」


 とうとうナタルも疲れてきたようだ。
 医務室に捕虜であるディアッカを、鍵を掛けずに放置すると言うこの失態……全ては士気の崩壊故である。
 ディンの追撃を振り切りアラスカへと到達して早数日……上層部からは何の通達も来ない。上陸許可も無い。
 ヘリオポリスからこの方、激戦を潜り抜けた末のこの仕打ち……クルーの間に慢性的に怠惰感が広がっても無理は無かった。
 何よりも……失い難い者を失ったこの船には全体的に覇気が薄れつつある。
 


「……それはそうとして、遺品の整理はまだ……」

「ナタル」


 報告を聞いていたマリューが、急かす様なナタルの言葉を遮る。
 何か言いたげな表情をするナタルだが、この場は黙って従った。
 


「それについては私が監督するので……後はよろしく」

「は? しかし、その……いえ、解りました」

「お願いね」


 艦長室の椅子から腰を浮かし、マリューは目線でフレイに対し外に出るよう促した。
 憮然とした表情で退出するフレイに続くマリューに、ナタルは声を投げかけた。


「甘いです、艦長……割り切らなければ、死にます」


 だがマリューは、その意見を微かに硬い表情で、蹴る。


「正論だけで世の中は動かないわ。時には、邪道に寄る事もしないと……」


 どうもストレスが溜まっているのか、マリューの言葉には少し棘があった。
 ところがナタルは、その棘の意味を知った上で受け止めた。
 フレイもミリアリアも精神的に張っている状況なのだ。
 ここで配慮をしなければ、彼女らの悪い空気は伝染するばかり……。
 


「邪道、か……」


 ナタルは言葉そのものにも注目していた。
 そこへ進んで、躊躇う事無く突き進み……二度と正道と言える軍規の世界に戻らなかった人物を想起したのだ。
 広い視野と情勢を見極める、的確な判断能力があったにも関わらず……軍に従うがままであらず、時には命令を曲解してより良い結果へと導こうとする。
 軍と言うシステム内では危険極まりない存在だった。だからこそ、今はもう居ない……。


「それを解っていてやると言うのは……苦しくは無かったのだろうか、あのお方は……」


 料理と乗馬と、自らの妻をこよなく愛したかつての教官を意識し、一体どうすれば指揮官に相応しい振る舞いが出来るのか、ナタルは悩んだ。
    




























「ま、アカデミートップ10の赤を着たお前だ。解らん事はそうそう無いと思うだろうが……ほら、例えば“何で生きてるんですかぁ”とか」

「い、いや別に……と言うより、聞きましたからもう」


「何ー?! 先輩を立てる事をしないか?! お前!」

「そんな事言われても困ります!」


 車椅子の後ろでからかう金髪の青年に、右腕と両足が完治していない少年が抗議する。
 ……曰く、“運が良かった”らしい。
 青年の方もとある人物を相手にして殺されかけたが……我を忘れた斬撃を前にして、場数を踏んだ彼だからこそ致死には至らなかった。
 少年の方はその逆……同じ人物が障害の排除のみに専心していたが為、動力系統を寸断する為にたまたまコクピットから少しだけズレた場所に一撃を叩き込んだのだ。半分、偶然もあったが……とにかく、死んではいない。


「んんー、本当に全然無いかなぁ? 聞いて置きたい事?」


 初めて会った時と同様、おどけた態度で緊張を和らげようとしている青年。
 その心遣いは嬉しかったが、敢えて少年はそれに反した問いをする。


「あの、ミゲル先輩」

「おうっ! 何だ?!」

「……どうしてミゲル先輩は、“あの人”についていってるんですか?」


 潜水艦の甲板にいるのだが、そこには今、丁度塗装作業が終わったMSがある。
 グーンだ。しかもその色は、落ちていく日に追随するかのように漆黒であった。
 他にも強行偵察用のジンやバクゥも同じ色で塗られているが、個人で持つには度の過ぎた装備であった。
 ……何より、このミゲル=アイマンを始めとして、日に日に増えていく人員は……。


「……そいつぁ……“いずれ解る”」



 “あの人”の口真似をしつつ、答えをはぐらかした。
 仕方がないと言った調子で、少年はひび割れた鏡を覗き込んだ。  
  







 

 

 

代理人の感想

うーむ、こちらでも兄ちゃんは裏方担当のようで。

しかし自分が使いそうなMSは全部リペイント済みですか。

ここまで来ればご立派・・・・・・・・・かも(爆)。

 

 

しかし、少し話の筋を変えるだけであの原作がどうしてこうも面白くなるかね(大禁句)。