フレイも天が焦げるのを目撃していた。
他にも整備班の一部がスカイグラスパー一号機の回収作業に当たっていたのだが……そこでもどよめきが広がっている。
アークエンジェル格納庫に戻って、言うのがはばかられてずっと黙っていたが、誰かがそう口にした。
通信機からミリアリアの甲高い響きが聞こえる。
思考を進めたく無かったが、隣のフラガの強張った表情に、フレイも段々と事実を飲み込む羽目になる。
……トール“は”、やられたのだ。
まさか……とフレイは以前よりずっと太くなってしまった腕に、目を落とす。
いや……無事に決まっている。大気圏突入と言うアクシデントに見舞われても、何事も無かったかのようにこの手を握ってくれたのだ
ならば今はトールの心配をするべきだ。彼はそれほど……。
いかにしてトールを探し出すか思慮しているうちに、ブリッジでは勝手に話が進んでいた。
その到底理解出来ない結論を聞き、フレイはスカイグラスパーの通信機に怒鳴った。
頑なとも取れるナタルの態度が、フレイは前々から嫌いだった。
ゼンガーは厳しいながらも軍規の柔軟な使い方を心得ていた。
これは本来懲罰ものだが……と時折秘密めいた調子で大真面目に教授するその姿は滑稽であり、とても親近感が湧くものだった。
それなのにこの女は、何故こうまで雁字搦めに……と、内心鬱陶しくすら思っていたのが、今発露していた。
今までに、あなたの道理が通じた事が一度でもあったかと、問い詰めたかった。
無論ナタルも反論する。
ナタルは決してゼンガーを色眼鏡で見ては居なかった。
むしろ、独創的な戦術眼を持った優れた軍人として尊敬もしていた。
……だからこそ、敵わないと早々から諦めていた。
先祖代々、骨の髄まで規範的軍人をやってきたのだ。今更変える事はまず無理だと……。
だから現状でベストと思われる選択を模索し、只それを実行する事が彼女の全てだった。
それが遠回りにせよ、ゼンガーを支える事になり得ると信じて。
マリューの声が雷鳴の如く響き渡った。
思わず耳を抑えるフレイだが、次に聞こえて来た声は諭す様に冷静だった。
じゃあ何故、バスターなどを運んで来たのか。余計な事をしている場合では無かったと言うのに。
主に回収に行ったメンバーは貝の様に口を噤んでいる。事情を聞いたはずであるマードックも目を沈めている。
一体現場で何があったのか?
もしトールが近くにいるならば大怪我を負っている可能性が高い。
こんな所で彼を失っては……ゼンガーが嘆く。
これにはナタルも同時に聞き返していた。
が、マリューはそのまま押し切るように令を発した。
例え剣が健在でも、身体が動かなければ何ともならない。
この大天使の全てを預かるマリューの言葉である以上、従う他無い。
幾ら剣が強力でも、扱い手が居なければその力は激減する。
しかも双方の相性が良くなければ決して思い通りには振るわれない。
……遺憾ながらフレイにもマリュー以上の適任者は……今のところは……思いつかない。
だったら、次が見つかるまで……いや“成るまで”は……。
加速が始まり、アークエンジェルは揺れる。
ただ、やって来たミリアリアが格納庫でおぼつかない足取りをしているのは、それが原因ではない。
シミュレーターの前でへたり込む姿に、流石に声を掛けられなかった。
しかし……何故信じられないのか?
自分がゼンガーを信じているように、ミリアリアもトールの事を信じていたのに……何故こうもあっさり逃げに走る?
そして何故フラガは慟哭する?
何故マードックは歯を食い縛って泣いている?
フレイには解らなかった、まだ……。
砕けた砂時計が視界を占拠する。
それが全てを始まりであり、全ての終わりであった。
頼った男の鋭い言葉が、刃となって突き刺さる。
だがその刃を抜く事はしなかった。
刃がやがて自らの血肉となった時、それを引き抜こうとした者がいた。
だが全ては遅すぎた。何もかもが手遅れ……。
だというのに、だというのにしつこく……。
その瞬間、自分の者ではない小さな悲鳴をククルは聞いた。
全身を包帯で覆われて、動きが取れない事もあったが……何より意識が覚醒し切っておらず、暫くしてから声の方を向いた。
ベットの上に膝を置いて覗き込んでいたのか、極端に二人の距離は近い。
カガリの説明を聞き、まるで波が引くように、あっという間に理性が回復した。
それを捨ててまで為そうとした事の結果は、一体どうなってしまったのか?
当たり前である。
確実に機体が吹き飛ぶような自爆装置が積載された兵器では、誰も戦える訳が無い。
ジンでさえ、自爆用のシステムはCPU周り限定であり、それが多くの鹵獲機体を生む原因ともなっている。
素直に自分の劣勢をククルは認めた。
今だからこそ……全てが終わったからこそ思える事だが……実は最初から負けていたのではないかとも。
震える声で問うカガリに、ククルは息を詰めた。
そんな言葉を聞かれた事も問題だが、それよりも……彼女の支えでもあった男を葬ったかもしれない相手を、カガリが本気で気遣っている事に。
ならば、とククルは口を開く。
時が遅れた鏡面の如きその姿が、彼女に告白を促したのだ。
皮肉げな笑みは自らを嘲っているのか。
段々その声にも軋むような響きが帯びてくる。
カガリは怒りに顔を歪ませながら、締め上げるかのようにククルに組み付いた。
先に挙げた全てを失い、只の冷たい肉として横たわった仲間達の姿が、カガリの脳裏に甦っていた。
そうしたのは今手の内の中に居る彼女の仲間……だが、それは向こう側だって同じだ。
失った者への怒りも……いつかこうなるという恐怖も、等しく同じの筈。
ただ、今それはカガリの中だけで膨れ上がりつつあり、身体も戦慄いて来た。
そんなカガリに、ククルの白い手がそっと撫で付ける。
再会した友は、ククルを見なかった。
もう何処にも居ない、戻らない、かつてのククルを求めてきたのだ。
一層……その事は彼女に死を近づけた。
誰が言い出したかは知らない。
だがこの名は、例え記録に残らずとも、戦友達一人一人の“記憶”に刻まれた。
かつては否定した友も、婚約者と共にその存在を認めるようになった。
戦友に至っては、そこにある彼女だけしか知らない。
そして……。
幼さを残した、柔らかな少年の笑顔が過る。
しかし彼はもういない。だが今は、不思議と遺恨も怒りも無い。
……何故なら直に向こう側に逝けるだろうから。
言い訳なら、向こうで出来る……ククルはカガリをそっとどけようとした。
向けられた銃口を、一身で受ける為。
棒読みの言葉が流れ出るが、その実身体は確実かつ正確だ。
声は震えているのにも関わらず、銃を持つその腕は一ミリのブレも無い。
躊躇い無く相手の額に射線を向け、キラは続ける。
同じ事を、ディアッカも言い放たれていた。
状況も似たり寄ったりだった。
相手の持つ物はメスだが、ククルと違い完全に無援なのだ。
怒りと憎しみの、爆発的な感情の塊りをぶつけられて平静ではいられない。
凶刃から逃れようとベッドから転げ落ち、伝い落ちる頬の血も手錠のお陰で拭う事も出来ないのだ。
仲間が駆けつけ、暴れ回る彼女を二人がかりで押さえつける。
それにしても若い。
三人共、自分達と殆ど同年代であり……そんなのに殺されかけたかと思うと、ディアッカは背筋が凍った。
同時に彼は息を飲んだ。彼らの様なナチュラルを……少なくとも目の前の少女の恋人か何かを奪ったのだ。
心当たりは痛いほどあるが、先日目の前で四散した一機の戦闘機の姿が真っ先に浮かぶ。
その時、ミリィと呼ばれた少女を全力で押さえつける、赤毛の少女の姿が視界に入り、ディアッカは目を見開いた。
オーブに潜入した時、ゼンガーの隣にいた少女だ。
あの時は娘なのか部下なのか、量りかねていたが……ミリィの片腕をねじ上げてメスを取り上げた手際は、一応エリートであるディアッカの基準からしても見事であった。
そしてこの、コーディネーターに対する徹底的な侮蔑の態度……憎しみが宿った暗く深い眼差し……。
何処かの誰かを思い出さずにはいられないものばかりだった。
だが最後の消え行く様な声が、決定的な違いを見せ付けていた。
このフレイも、本当は只の少女だと言うのに……まだまだ若気溢れる世代である。
そんな自分達が、何故こんな辛気臭くドロドロとした思いをしなければならない?
それを考えるとディアッカは、全てが馬鹿馬鹿しくなって来た。
戦争も、それに疑う事無く乗ってしまった自分自身も……。
キラは、確信を得ていた。
マガルガのシールドを拾ったときに……変わり果てた友の姿を見ていたのだ。
血も何も無かった。雨が全てを流し去った後だったのだ。
だがそれは確かに“有った”。更に見た目に反したずっしりとした重みが、何もかもを物語っていた……。
グリップを握る手に、汗が滲んだ。
儚げだが、投げやりではない応えがククルから返る。
震えながら喚くキラを前に、ククルが不意に目を閉じた。
だが次の瞬間開眼し、訴えた。
電光石火の一撃が、キラとククルを襲った。
加減無用の上、不意打ち。
つうっ、とククルの唇から血が流れ落ちた。
苦々しく歪んだカガリの顔が、前にあった。
キラもまた、滴り落ちる鼻血を止める事もせず、只唖然としている。
憤りがカガリの中で廻る。
何故こんな簡単な連鎖を、誰も解ろうとしないのか?
いや解っていても敢えて続ける事をどうしてする?
そこまでして手に入れた代価に、一体どれほどの価値があると言うのか?
かつて彼も言った。
悲しみは、飲み込むしかない……。
さもなくば暗い循環の輪は、やがて全てをどす黒く染め上げて……遂には、全てを無へと帰す。
そうさせてはならない……カガリは自問しつつ、決然とした態度で二人を見下ろした。
ノックと共にキサカが病室に入ったのだが……流血ざたを前に一瞬目を細める。
暗く思い詰めたまま、押しのける様にして出て行くキラに、カガリは溜息を洩らす。
同じ思いをしているに違いない、一人の歌姫を意識しての言葉だったが……。
何を勘違いしたか、カガリは慌てふためく。
ちなみにこれを聞いて、歩みを速めた者が一人居たが、ククルが関知するところではない。
この空気の変わり様は、カガリの影響が大きかった。
彼女は流動的なのだ。
一定ではない、激しいまでの感情のうねりが全てを決定する。
自らの考えに縛られる事無く、豊かに発展を目指す……それはまさしく、ククルが失ったものそのものだった。
かつて、全く同じ言葉をある男に告げた。
だがそれは拒絶であり、決別の意味しかない……今度は、違う。
すうっと、キサカに促されるがままに通路に出ようとするククルを、カガリが呼び止めた。
そのまま不意に首に手を回されたかと思うと、気が付いた時には首には赤い石がぶら下がっていた。
強い眼差しを受け、ククルはふっと笑って頷いた。
初めて名を呼ばれ、何か言いたげな彼女を、やんわりと手を挙げて遮った。
背中を向けたまま、そのままボートに乗せられ、ザフトのヘリに辿り着いた頃には……。
元に、戻っていた。
いやそれには語弊があるだろう。
彼女の世界は、更に広がっているのだ……もうかつての己は過去になり、過ぎ去っていた。
赤く腫れた頬を見せ付けた後、ククルは膝をついてハッチから手を伸ばしている、イザークの手助けを受けた。
惨状を寸前で阻止する事に成功したフレイに対し、ナタルが事務的だが素直な感謝の意を述べる。
だが今の彼女には黙って頭を下げる事が精一杯だった。
かつて、初めて捕虜になったコーディネーターも、ナイフ片手に向かってきた。
だがそれを、煙幕が立ちこめる中平然と払い落とし、一瞬にして組み伏せたやり方を真似ただけだ。
これが正しいかどうかは、やった本人に聞かないと解らない。だが……。
とうとうナタルも疲れてきたようだ。
医務室に捕虜であるディアッカを、鍵を掛けずに放置すると言うこの失態……全ては士気の崩壊故である。
ディンの追撃を振り切りアラスカへと到達して早数日……上層部からは何の通達も来ない。上陸許可も無い。
ヘリオポリスからこの方、激戦を潜り抜けた末のこの仕打ち……クルーの間に慢性的に怠惰感が広がっても無理は無かった。
何よりも……失い難い者を失ったこの船には全体的に覇気が薄れつつある。
報告を聞いていたマリューが、急かす様なナタルの言葉を遮る。
何か言いたげな表情をするナタルだが、この場は黙って従った。
艦長室の椅子から腰を浮かし、マリューは目線でフレイに対し外に出るよう促した。
憮然とした表情で退出するフレイに続くマリューに、ナタルは声を投げかけた。
だがマリューは、その意見を微かに硬い表情で、蹴る。
どうもストレスが溜まっているのか、マリューの言葉には少し棘があった。
ところがナタルは、その棘の意味を知った上で受け止めた。
フレイもミリアリアも精神的に張っている状況なのだ。
ここで配慮をしなければ、彼女らの悪い空気は伝染するばかり……。
ナタルは言葉そのものにも注目していた。
そこへ進んで、躊躇う事無く突き進み……二度と正道と言える軍規の世界に戻らなかった人物を想起したのだ。
広い視野と情勢を見極める、的確な判断能力があったにも関わらず……軍に従うがままであらず、時には命令を曲解してより良い結果へと導こうとする。
軍と言うシステム内では危険極まりない存在だった。だからこそ、今はもう居ない……。
料理と乗馬と、自らの妻をこよなく愛したかつての教官を意識し、一体どうすれば指揮官に相応しい振る舞いが出来るのか、ナタルは悩んだ。
車椅子の後ろでからかう金髪の青年に、右腕と両足が完治していない少年が抗議する。
……曰く、“運が良かった”らしい。
青年の方もとある人物を相手にして殺されかけたが……我を忘れた斬撃を前にして、場数を踏んだ彼だからこそ致死には至らなかった。
少年の方はその逆……同じ人物が障害の排除のみに専心していたが為、動力系統を寸断する為にたまたまコクピットから少しだけズレた場所に一撃を叩き込んだのだ。半分、偶然もあったが……とにかく、死んではいない。
初めて会った時と同様、おどけた態度で緊張を和らげようとしている青年。
その心遣いは嬉しかったが、敢えて少年はそれに反した問いをする。
潜水艦の甲板にいるのだが、そこには今、丁度塗装作業が終わったMSがある。
グーンだ。しかもその色は、落ちていく日に追随するかのように漆黒であった。
他にも強行偵察用のジンやバクゥも同じ色で塗られているが、個人で持つには度の過ぎた装備であった。
……何より、このミゲル=アイマンを始めとして、日に日に増えていく人員は……。
“あの人”の口真似をしつつ、答えをはぐらかした。
仕方がないと言った調子で、少年はひび割れた鏡を覗き込んだ。
代理人の感想
うーむ、こちらでも兄ちゃんは裏方担当のようで。
しかし自分が使いそうなMSは全部リペイント済みですか。
ここまで来ればご立派・・・・・・・・・かも(爆)。
しかし、少し話の筋を変えるだけであの原作がどうしてこうも面白くなるかね(大禁句)。