脚を無くしたデュエルを蹴落とすと、青いMSは最大強度の通信で呼びかけた。
無論、“今まで通り”広域周波だ。デュエルにも、周囲で竦んでいるMS隊にも。
言われるまでもなく、アークエンジェルを筆頭とした連合艦隊は全速だ。
その針路を、半信半疑であるザフトMS隊が遮ろうとするが……。
不幸にも前に出たジンが一機、頭部と四肢、それにバックパックを切り飛ばされた。
瞬きする間もない、刹那の出来事だった。
異様に小さくなったジンは、コクピットは無傷のまま落下し、友軍のディンに拾われ全速力で離脱を開始する。
他のMS隊も同様、デュエルも回収して一斉に踵を返した。
味方を巻き込んでまでサイクロプスを使用するなど、常識では考えられないし、ここで退いてしまえば作戦は失敗する……ゼンガーの警告を、素直に受け入れる事は出来ない。
だが……旗印ともいえるデュエルが下され、一機のジンがこうまで無残な姿にされたのを見て、それでも敢えて戦える将兵は……今のザフト地上軍には居なかった。
元々急遽編成された、ありあわせの軍団である事が、こんな所でも響いていたのだ。
ゼンガーの脅しに、簡単に屈してしまった。斬られたジンのパイロットには気の毒だが、本気である事を示す為には、そこまでしなければならなかったのだ。
一瞬考え込むような間が空いたが、やがて絞り出す様にマリューが答えた。
またしても、同じ事を繰り返す……。
力及ばぬばかりに、多くの犠牲が生まれる……。
この“翼”には、それを望まぬ多くの想いが込められているにも関わらず……ゼンガーは、その想いを果たせないでいる。
フラガが言った輸送機は、彼がアークエンジェルへと向かう為、第四ゲートで持ち出した戦闘機周辺に居た士官達のものであった。
フラガの警告を彼らは聞き入れ、辛うじて脱出に成功したようだ。
だがそれも、ゼンガーの話を聞いていなかったディン隊によって窮地に立たされている。
青いMSが、咆哮を上げるように“機関”を駆動させる。
それはバッテリー駆動の通常MSには決して無い、力強い、鼓動を打っている様にも感じられた。
ウイングバインダーから光が漏れ、一気に加速する青いMS。
アークエンジェルは既に最低安全海域までは達していたが、その十数キロの距離をものの数秒で駆け抜けてしまった。
光刃が煌き、背後から現われた機体に何も出来ぬまま、二機のディンが半身になった。
上空では上半身のみとなったディンを両手でそれぞれ掴み、輸送機の編隊と共に漸駄無が離脱していく。
眠たそうにそれらを見送ると、影は、今一度死神の鎌を振り下ろした。
足元のMSが、まるで痙攣するかのように跳ね上がる。
周囲にはザフトのMSばかりが、無残な屍を晒している。
巨大な甲羅の様な装備を背負ったそのMSは、ザフト軍の通信支援部隊を全滅させていた。
故に、気が付いた時には突入部隊は孤立無援。いかなる命令も、ゼンガーの声も届かなかった。
……中には異変に気が付き戻ろうとするものもいたが……“消した”。
影は甲羅を被ると、死屍累々の森林から飛び上がり、去っていった。
その直後、木々は突如発火し、足元のMSは残留推進剤が爆発する。
爆発はそれだけでは留まらず、物言わぬ死骸や、まだ生きている人間の内臓も膨れ上がり、弾け飛んで赤い霧と化す。
基地内の施設も砂の様に崩壊を始め、やがてその影響は海にまで達し、巨大な水蒸気爆発を招いた。
マイクロウエーブが全てを焼き尽くし、何もかもを飲み込んでいく。
天上のオーロラが照らしていく中、半径十キロもの地表は消滅し、北海の海水がどうと流れ込んでいった。
それは、今しがた起きた地獄を、一刻も早く覆い隠そうとする、この星の意志すら感じられた。
だから、敢えてそれを知ろうとするには……天上は余りに遠すぎた。
今しがたプラントに着いたククルは、この喧騒の真っ只中にいた。
国防委員会本部に一歩足を踏み入れた途端、これだ。
彼女自身は、軍に籍を置いて居ないが為にここの普段の様子は知る由も無い。
だが職員から指揮官まで、揃いも揃って殺気立っている事からも尋常では無い様子は窺えた。
この様な状態では、悠長に道案内等頼める筈も無い。
だから、ここで最も古い“戦友”の一人である、レイ=ユウキと再会できた事は幸運だった。
歳は少し離れているとは言え、二人は殆ど同期同然の間柄だった。
ユウキはクルーゼやバルトフェルドと同じく、一部隊を任された指揮官の一人である。
ザフトは民兵組織に近く、連合に比べ軍規がそれ程厳しい訳では無い。その為大抵の情報は現場指揮官までにならば行き届く物だが……それが無いと言う事はザフトの性質が徐々にで有るが変質しつつある事を意味していた。
なおJOSH−Aとはアラスカ基地のコードネーム。
憎き連合の最大拠点であると同時に、もう一つの意味もあったが……それを知る者は今、“当人ら”と一部プラント科学者を除けば地球圏に居ない。
それをやったであろう張本人の顔を浮かべ、沈鬱な表情をするククル。
今度ばかりは個人的な感情を脇に押しやる事は出来そうにも無い。
自分で分析して微かに悪寒を覚えるククル。
全滅ならば、クルーゼもイザークも無事ではないのだから。
クルーゼはともかく、イザークは失っては惜しい。
何時か部下にしてやる、と息巻いたのだ……やれるものならやってみろと思っていたし、アスランと同じく、“先へと進む為の”活躍を期待していた。
だが、あの地獄の大釜の中ではどんな希望も絶望も無意味。
月面で初めて使用された時もそうだったと、ククルは祈る思いで無事を願う。
しかし世は、常に何かを凌駕して進む物である。
そしてそれはいつも唐突であり、ククルも言葉無く、目を見開くばかりだった。
アークエンジェルは近くの岩礁で、ゼンガーを待っていた。
オーロラで狂ったように彩られた空から、生存者と共に飛来した青いMSに、誰もが歓声を上げずにはいられなかった。
やがて輸送機は二機のディンを回収した後そのまま直進、青いMSだけがアークエンジェルの前に降り立った。
先行した艦隊や戦闘機隊と合流しようとしているのだ。彼らにはどうやら、“アテがあるらしい”。
MSから降りるや否や、マリューと対面したゼンガーは彼女の肩を叩いた。
マリューは呆気に取られるが、これがスイッチとなったのか彼女は落涙した。
この様子にフラガだけは苦笑しているが、他はそうはいかない。
何せ、殆どがゼンガーを死んだものと決め付けていたのだ。合わせる顔が無く、俯く。
だが。
周囲を見回す様にして発せられたこの言葉に促され、クルー達も駆け寄ってきた。
彼らに対しゼンガーは、いつもよりも力強さが感じられる微笑で応えた。
一しきり喧騒が納まった所で、マリューが青いMS……漸駄無と呼ばれたそれを差す。
マードックが目を輝かせて答える。
完全でない状態でデュエルを、ザフトMS部隊を圧倒するこの性能……それがマシンスペックによるものでないと解るだけに、ゼンガーの希望は優先的に果たしてやりたかった。
それが彼に出来る、“信じる”事だから
今すぐにでも駆け出しそうな彼に、ふとゼンガーは一言言った。
これにはマードックだけでなく、全クルーが驚愕した。
未だ立ち上る巨大な水蒸気の雲を眺め、ゼンガーは言った。
切迫したやりとりがあちらこちらで響き渡り、それは中心部である執務室でも例外ではない。
受け手がこうであっては、果たして正確な情報が来ても、正しく分析できるか疑問である。
いきなり別の問題に関心が飛ぶ辺り、ますます疑問符は増えるばかり。
今やるべき事が何かを見極めれば……そんな事は後回しでも良い筈だった。
理論が飛躍していき、報告を続ける補佐官と秘書官らにも当惑が浮かび出す。
しかし構わず男はデスクを叩き、怒鳴る。
逆に言えば、今口走っている推論がその程度のレベルにまで落ち込んでいると言う事でもある。
自らの失敗した賭けについての追及である。
随分と自分に都合の良い解釈である。
いい加減恐れをなしてきた補佐官らは、慌てて部屋を出ようと踵を返す。
そこで初めて、このやり取りを客観的かつ、冷ややかに見つめていた少女の存在を見出した。
双方喧嘩腰の冷たい視線に、当事者以外は戸惑いを隠せないでいる。
現議長であるパトリックに、敬語も使わず挑発的な言葉……何より気配を感じさせずいつの間にか入室していた事に。
しかしそれも、パトリックが無言でドアを見据えた事で霧散した。
とにかく早く出て行けと言う事なのだろう、と。
二人きりになり、椅子に沈んで額に手を当てるパトリック。
その心労は極限にまで達している事は、誰にだって解る。
目の色が尋常ではないのだ。
有無を言わさぬ物言いでククルの意見を遮るパトリック。
諦めと失望を露骨に示し、ククルはモニターの方へと目をやった。
MSの上半身と、その手前の二つの人影。
一人はあろう事か連合の旧式のパイロットスーツに身を包み、もう一人はふわりとしたドレス姿……。
実際、そうだったのだろうと苦笑する。
これでは捏造と言われても仕方が無いさらけぶりであるが、今のパトリックがこうであっても、ここまでいい加減な事はしない。
険しい表情で吐き捨てるパトリック。
ともすれば“義娘”にも成りえていたのだ。その憤慨は人一倍大きいだろう。
暗い目でククルを見上げると、パトリックは微かだが眉をひそめた。
自分の期待通りにならず、腹立たしげに息子を見る親……。
自分とは全く正反対のこの様子に、ククルは他人事ではいられなかった。
この世は表裏一体。運命がほんの少し天邪鬼であれば、こうなっていたであろうから……。
だからこそ嫌だった。気に食わなかった。自分の裏を、見るようで。
嫌だから、気に食わないから避けるのではなく、変えてやる……と。
アラスカに置けるゼンガーの登場は、全ての情報の中で最も多く伝えられていた。
相変わらず誇張の多い表現ばかりだったが、それは青い新型MS……フリーダムと直結するものが殆どである。
伍式を回収し、大天使の剣が潰えた事を大々的に示そうとする目論見はここで崩れ……むしろ、更なる危機感を呼び込む羽目になってしまったのだ。
そんな曰くつきの機体は、大天使の剣もろとも早急に折らねばならない。
そうでなくとも、プラントではゼンガーを始めとした特殊戦技教導隊の研究が盛んに進められている。
ナチュラルを超えたナチュラル……その原理を解明し、それを超えるコーディネーターを生み出す為に。
そんな考えだからこそ、永遠に彼らを超える事は不可能なのだが……既にゼンガーは人間扱いされてはいない事は確かだった。
またしても、自らの事を棚に上げて。
無言の末、机が激しく揺れた。
倒してあった写真立てが激しく位置をずらす。
NJCは核分裂を抑止する、ニュートロンジャマーを無力化する装置だ。
これさえあれば核機関の使用が可能であり……核兵器も再投入出来るのだ。
彼女の故郷を奪った、あの核を。
ククルはなじる。
一体、何の為の243721人の死だったのか……之程までの犠牲を出して、何も変わらないものなのか?
人一人変える事が出来ぬほど……死は無力なのか。
……そう考えるとやりきれなくなり、ククルは歯軋りした。
オクト1とオクト2。
彼女らはアークエンジェルから離脱した艦隊によって救助されていた。
辛うじて離脱に成功したとは言え、マイクロウエーブの影響は甚大だった。
真っ先にCPUが破壊され、正常な飛行すらままならなかったのだ。
他の艦艇も軒並み同じ話で、あそこでアークエンジェルと同じく速度を落としたら、エンジンが止まる危険性があったのだ。
止まりたくとも、止まれなかったのである。
現在は戦力的に完全な空白地帯となっているが、早いところ離脱しなければならない。
まず、一番に来るのは連合だろう。そこで戦線離脱者として新たな生贄にされる事は目に見えていた。
そんな事は御免であるから突き進んでいたのだが……ここで、思わぬ協力者と合流する事になった。
一隻のボスゴロフ級潜水艦を中心とした、ザフトと思われる艦隊と現在合流し、停止している。
船舶機関のダメージは元より、負傷者の数も甚大だ。
特に後から合流し、エンジントラブルの為緊急着水した輸送機には……既に、死体となってしまった人間もいる。
彼女も彼も動ける為、手助けをしている最中なのである。
奇しくもピートリーと呼ばれた、元アフリカ方面軍の駆逐艦上でも、同じやり取りが為されていた。
但しオクト1程“現実の厳しさ”を知らぬ少年が一人、嘔吐していたが。
慰める様に黒髪の女性が、少年を気遣う。
豊かな髭を蓄えた男が、MSゾノのコクピットを覗き込んでいた。
近辺の海域には、同じ様に浮かんでいるMSが多数見える。アラスカ海域から流されてきたそれらを、可能な限り繋留しているのだ。
だがそれはまるで、死んだ魚の様に動きが無いまま。
何故ならば、恐らくこのゾノの様に……中には“誰も居ない”だろうから。
あるのは只、血と、肉と何かだけ。
多分、首があったであろう所の近くから、黒焦げになった鉄片を掴む男……マルコ=モラシム。
これでもう何十個にもなるドック・タグを、拾い上げた事になる。
その時、ボスゴロフ級潜水艦の甲板上に、五機のジンが現われた。
真っ黒い装甲に施されたエングレーブ風の彩色が一際目を引く、ジン式典用装飾型だ。
生化学プラントによって作り出された素材をふんだんに利用した、ボルトアクション式のライフルが最大の武器である。
しかしそれは死を与える物ではない。死を……弔う為のものだ。
摸擬サーベルを掲げた隊長機の指示を受けて、弔砲が放たれた後、ライフルからボルトアクションにより薬莢が排出され、それが鐘を鳴らすような音を響かせた。
コーディネーターと共に一緒になって作業をしていた者も、無用に警戒し、銃を持って周囲を警戒していた者も、何もする気が起きず、絶望に打ちひしがれていた者も……これには誰もが目を向けた。
隊長機から流れた落ち着いた声が、周囲に響いた。
有無を言わさぬ迫力があったのは彼の声だけではなく、黙祷を捧げるべく出撃したこの五機のジンもだ。
この機体は態々、空砲を撃つ為だけに存在する……破壊しか能の無いと思われていたMSの意外な姿を見て、連合の将兵は誰もが息を飲んでいたのだ。
名前も知らないかつての敵を、親しかった友人を、共に戦った同胞を……誰が誰に対し祈るかは千差万別だったが、少なく共誰もが、二度と会うことは無い人々に対し、別れを告げた。
それから暫くして、唐突に隊長機のコクピットが開け放たれ、連合側の兵士からどよめきが走った。
名も無き兵士の突っ込みは、虚しく流された。
ウエーブのかかった金髪は美しいが、赤い丸眼鏡が全てを台無しにして疑念を呼ぶ。
だが、それは解っていてやっている事、試練だ。
見かけを疑うようでは……根源から違う二つの勢力が、手を取り合うことは出来ない。
ここで話しについていけないようならば……まず抗う事は無理なのだ。
真剣な表情で皆レーツェルを見上げ、あるいはモニターごしにそれを見つめる。
コーディネーターの兵士が、思い当たる節があるといった風に眼を伏せる。
圧倒的な力、MSを手にして何をしたか……それは決して、必要な事ばかりではなかった。
連合兵士は、このままでは帰れない。
逃げる事も出来ないのだ……押し付けられた犠牲から逃れる行為は、“愚者”にとっては許される事ではないのだ。
レーツェルは語り掛ける様な口調だったが、最後だけは迫っていた。
彼らに、決断を。
管理人の感想
ノバさんからの投稿です。
意外と・・・大人しい活躍の仕方でしたね、親分の新型(苦笑)
ま、元のアニメと同じように銃器の塊じゃないですしねぇ。
刀一本では、流石に広範囲に無差別攻撃はできませんか。
さて、このまま順調にいくと次の話ではあのトリオが出てきますね。
今回も一人出てましたけどねw