パナマ防衛は失敗に終り、遂に連合は全てのマスドライバーを失った。
 プラントに対する最期の足掛かりである、プトレマイオス・クレーター基地は、地球からの補給が無ければ維持が不可能。
 このままでは攻撃されるまでも無く、自滅する事になる。
 ……幸いにも、“ギガフロート”の運用が可能となり、必要最低限の生活物資は送り出す事は果たせている。
 しかし人工島の上に建造された移動施設と言う性質上、パナマ程の能力は無い。
 それに隠密性を最大の特徴とするこの施設で大規模な打ち上げを行おうものならば、たちまちザフトに察知される。
 先日も完成直前の所で襲撃を受け、あらかじめ雇っていた“傭兵”とギルド有志の協力という、保険と幸運に恵まれなければ、今頃は単なる魚礁と化していた事だろう。


「ビクトリア奪還作戦の立案も急がせてはおるが……マスドライバーを無傷で取り戻すとなると、矢張りそう容易には行かぬ」


 地球連合軍新最高司令部、グリーンランド。
 各国首脳は地下の海底展望会議室にて、互いに頭を抱えつつ顔を揃えていたが、誰も彼も有用な手段を持ちえていない。
 所詮、地球連合と言った所で各国の思惑が複雑に絡み合った仮初の同盟であり、自ら率先して傷を負おう等とは誰も考えて居ないのだ。
 全ては自国の、強いては己の利益の為。
 その為に“誰か”に代価を払わせる事については……誰もが躊躇しない。
 ……もっとも、その代価をアラスカで支払わされたユーラシア連邦は、その憎しみを確かに蓄積させ……復讐の為の“力”へと変えているのだが。


「オーブは?! どうなっておる!!」


 彼らに残された道は只一つ。
 マスドライバーの確保、もしくは奪還。
 しかし最有力候補であるビクトリアを奪還する為には相当の戦力を必要とする為、部隊編成が難航している。 
 このまま悠長な事は出来ないと、最も身近で、かつ遠い場所にあるマスドライバーも視野に入れていた。
 ……オーブが保有するそれである。
 


「再三徴用要請はしておるが、頑固者のウズミ=ナラ=アスハめ! どうあっても首を縦に振らん!」


 中立国であるオーブが繁栄を謳歌する要である事は確かだが、ウズミは何も欲深い訳では無い。
 ……連合の圧力に屈した場合、オーブの中立性は失われる。
 ではオーブで暮らすコーディネーターは? ザフトは?
 結局おもねったとしても、平和を維持する事は出来ない上、理念は消える。
 それが解かっていたからこそウズミは突っぱねてきたのだ。
 その事を……戦争そのものを理解出来ない愚か者達に、判れという方が酷なのだが……。


「おや? 中立だからですか?」


 解かってて言う、残忍な者も居る。
 この部屋に在席しているメンバーの中で、最も若い優男。
 軍事コンマグリットの経営者である彼は、戦争が何を生み出すかも、その損失がどれほどの物であるかも十分理解していた。
 ……それを差し引いてでも、得られる利益は莫大である。
 そう考える事が可能で、実際にそれを実現してみせる死の商人……ムルタ=アズラエル。


「いけませんねえ、それは。みな命を賭けて戦っていると言うのに……人類の、“青き清浄なる大地”の敵と」


 戦争は国と国とで行う物。
 必要な物、欲する物があるからこそ何処かで歯止めがかかるのである。
 しかしプラントにはそんな物は無い。
 だから“敵”とし、好きなだけ“駆除”する。
 


「アズラエル……そう言う言い方はやめてもらえんかね? 我らはブルーコスモスではない」

「これは失礼しました」 


 そこに何ら頓着する必要は無い……人でない何かの為に、心を砕く必要は無い。
 ……一件単純に見えて実は、理解の排除という、“哲学”の欠片も無い行為を推奨するブルーコスモス。
 その大元でもある彼にとって、オーブもそうなりつつある。
 いやこの場に居る全ての人間に、そうであると断言させるのが、今の彼の“目的”であった。


「しかしまあ……なんだって皆様、この期に及んでそんな理屈を振り回している様な国を、優しく認めてやってるんです? もう中立だの何だのって、言ってる場合じゃあ無いでしょう?」


 慇懃無礼な口調だが、アズラエル当人にとって今のこれは会議ではない、ビジネスだ。
 ビジネスも戦争も、自らのペースに持っていけば色々とやり易くなる。何も遠慮して相手に合わす事は無い。
 ……そう、合わせる事は無い。
 合わないならば、初めから正面きってぶつかる事も避ける事だってする。
 ブルーコスモスも……ある意味その為の手段に過ぎない。


「オーブとてれっきとした主権国家なのだ……仕方あるまい」


 おざなりな返答が彼ら首脳の気持ちを反映していた。
 誰もがオーブの態度を苦々しくは思っている。力におもねることに慣れ切った体質である以上、それに逆らう事に対しては拒絶反応を起こす。


「地球の一国家であるのなら、オーブだって連合に協力すべきですよ。違いますか?」


 ……そんな悲しい習性すら、アズラエルは見通す。
 そして己はおもねるだけでは無く、おもねらせる事だってやってのける。


「……何でしたら僕の方でオーブとの交渉、お引き受けしましょうか?」

「何だと?」


 流石にこの申し出には虚を衝かれたのか、一同目を見開いた。
 そこに疑問の余地が入る前に、アズラエルはたたみかける。


「今はともかく、マスドライバーが必要なんでしょ、早急に。どちらか、あるいは両方」

「それはそうだが……」

「皆様にはビクトリアの作戦があるんだし、分担した方が効率いいでしょう? もしかしたらアレの“本格的な”テストも出来るかもしれませんしね」


 独り言のような言葉も、ある意味決め味となりつつあった。
 


「あの機体を使うつもりなのかね、君は?!」

「いやそもそもストライクダガーも大丈夫なのか?! 生還したパイロット全員、半年は動けんのだぞ?!」

「それは向こうの出方次第ですけど? ああストライクダガーの件についてはわが社は関係無い……のろくさやっておいてギリギリで急かした、貴方達の責任です」

「……っ!」

「とはいえ、それが仕事ですからねえ……ジブラルタルにはちゃんとしたのを送りますよ」


 パナマで投入されたストライクダガーは、初期ロットとも呼べる機体であり調整も不十分。
 そこにザフトのEMPパルスを食らいシステムが暴走……リミッターその他が解除されパイロットの手に負えない暴れ馬になってしまった……と、公では説明している。
 ……少なく共、“無垢な民”を納得させるにはそれで十分であった。
 何よりそれのお陰でパナマは落ちたものの、ザフトにも一矢酬いたのだから、その結果が大抵の責めを目立たなくしてくれているのだ。


「で……そのアスハさんとやらが、噂どおりの頑固者ならば……ちょっと凄い事になるかもしれませんねえ」


 静まり返った会議場で、アズラエルは勝利を確信し、嫌らしい笑みを溢した。
 ……かつて、ありとあらゆる意味で彼を凌駕し、如何なる手段をもってしても太刀打ちすら敵わなかった男。
 彼に比べれば、所詮この程度障害でも何でもなく、只の余興でしか無かった。






「……そうか、出発したか」

「やっぱりあの状況じゃあ……ね」


 レーツェルらは現在、ボスゴロフ級潜水艦でニュース番組や軍の通信を受信・傍受していた。
 何故潜水艦であるにも関わらず海上を行くのかといえば……実は、既にこの艦の潜水能力は失われている。
 この船はかつて、あの大天使とまみえた事があった。
 全てのMSを投入しての文字通りの総力戦であり、水中用MSを全機発進させた所で浮上、上部デッキからディンも射出しようとした矢先に、スカイグラスパー一号機による空襲を受けてしまったのだ。 
 たった一発のスマート爆弾であっても、格納庫内部で発生した爆発は致命打となった。
 次々と誘爆を引き起こし、火災を起こしながら沈降していくボスゴロフ級……。
 その危機を救ったのが他でも無いレーツェルであり、その後近海で魚の餌になりかけていた艦長であるモラシムを救い出したのも、彼と、彼女であった。
 ……彼女の方もアフリカ戦線において大天使、しかもその剣と相対して奇跡的に生き残っている。
 もっとも、砂塵の下に消え行く彼女を救ったのは、神出鬼没を常とするレーツェルではなく、彼女の想い人の副官と、寡黙なジャンク屋の計らいではあったが。


「パナマは落ちた。だが流石にザフトも無傷とはいかなかったようだ」

「だからあの子達……アラスカと、今回のマスメディアの扱いに立腹してたし」


 アラスカにて合流した連合軍人は全員残留し、これにより“シース”の構成要員は一気に増加している。
 しかしコーディネーターはそうはいかない。
 ミゲルの様な“古参”や、未だ態度を保留しているニコルは残っているものの、マスメディアから得た余りに一方的なナチュラルの認識やパナマでの大敗から、ザフトに対する疑惑を振り切ってでも戻ろうとする者が続出したのだ。
 これによりシースは駆逐艦一隻、そして修繕した大半のディンを提供する事となってしまった。


「自らの人生を選ぶ権利は誰にでもある。例えその先にどのような結果があったとしても……」


 それでも収容したコーディネーターの三分の二であり、残りは現実に打ちひしがれ、自分の存在が何であるかと言う思考の真っ最中であった。
 なおそれを見て見下したり蔑視するナチュラルは、今更此処には存在しない。
 あの地での惨状を経験して、結局自分達は同じであるという認識を持っていたからだ。



「でもアンディの話だと、ザフトは衛星軌道上からグングニールを投入したのに……ハッキングにせよ何で動いたのかしら?」

「恐らくミラージュコロイドの磁場形成理論を応用している。ミラージュコロイドに使用される粒子にはエネルギー運搬能力がある。そこに電気信号……つまりMS用の量子コンピュータウイルスを詰め込んでいたのだろう。防御可能なレベルでなければザフトの機体も危うい以上、それ程の出力が出なかった事も災いしたな」


 ビーム兵器の実用化もこの磁場形成理論によるものが大きい。
 ビームを刀身状に定着させる為に使用するのだが、これが出来ないばかりにザフトはビーム砲が巨大化。
 開発初期段階では暴発という悲劇すら起こっている。
 


「……それにしても技術力が違いすぎる。矢張り“バラル”も本格的に動いていると言う事だな。所で……」


 レーツェルが唐突に言葉をかける。
 彼女は一瞬きょとんとするが、すぐさまレンズの下の彼の真意に気が付く聡明さがあった。


「今更オーブに行けってのもどうかと思うけど? 今同じ事考え居ている人、一杯でしょうから」

「ギガフロートの使用が可能になった。そちらからプラントに戻る事も可能だが……」

「こんな中途半端は嫌よ。それに、一緒に来て説明してくれなきゃアンディ怒るわよー」

「それは困る。彼のコーヒーは私も好きなのだからな……それならば仕方が無い、私のトロンベを回してくれ、アイシャ」

「どれ?」


 だが例え頭の回転が速かろうが、それだけの言葉で“トロンベ”を探し当てる事は、アイシャにも難しい。   
 端末を動かし、格納庫内でずらりと並ぶ“トロンベ”をカメラで追って行くが……取りあえずカンで選ぶ。
 レーツェルとて本気で言っている訳では無く、アイシャのお遊びに付き合っているのだ。
 


「これ?」

「惜しい。その右から三番目の方だ。一旦“里帰り”して“友”を拾わねばならないからな」


 それはアイシャの予想とは遠く離れた……と言うより選択肢にすら無かった機体だった。


「いいのかしら? この子は……」

「心配要らない。彼にも“里帰り”が必要だろうからな……一緒に連れて行く」 
 
 







「僕は……何処の……」


 夜空の向こう、星々とはまた別の瞬きが……遠ざかる船の光がニコルを置いてけぼりにしていた。
 帰れる事を信じて……自らの足で在るべき場所へと帰る事を選択した仲間達。
 それに引き換え、ニコルは“脚”も動かないまま。それに動かす気も起きないで居るままだ。
 動かし、何処へ行く? また戻っても一体何の為に?
 また前のように故郷の為、家族の為に戦えば良いのか?
 ……遡る事は出来ないのに。もうかつての自分には戻れないのに?
 では今のままで有り続けていればいいのか? でもそれは……。


「誰の……為に……」


 自分に近い人間の為に戦ったのは、もう大分前の話。
 自分が“死んで”まで守ろうとしたのは、それらじゃなかった。
 それよりももっと遠く……それでいて心の中で、最も大きな存在の為に命を散らした。
 ……だがそれで、何か果たせたかといえばそうではない。
 寧ろ……自らの死が、自らの守るべき者を失する引き金に……。


「やー、行っちまったな」

「?! ミゲル……」


 軽薄めいた笑みを浮かべたミゲルは、今は杖をついているニコルの肩に、そっと手を置く。
 只、その笑い方も瞳も……何処か乾いている。


「どうして行かないんです……!」

「……多分、あいつらなら大丈夫だろうけどさ……俺はな」

「貴方には家族がいるじゃないですか? それなのに貴方はナチュラルと手を組んで……!!」

「親不孝もののお前にんな事言われてもなあ。お前の美人なお袋さん、わんわん泣いてるぜ絶対」


 ニコルの八つ当たり同然の言葉も軽く流すミゲル。
 しかしそこから先を言う事は未だかつて無かった。
 もう彼は気付いているのだ。後から来る人間を生ぬるい目で見守るだけでは、間に合わないと……。


「俺達両方、今やるべき事はザフトに泣きつく事じゃない……それを解かってて何で先に行けないかなあ」

「そんな事言っても……僕は……“馬鹿”ですから……」


 自分を責めるような言い方を耳にして、ミゲルはああ、と頷く。



「……まーたククルの奴が何か言ったな」

「え?」

「あいつは本当に蔑む相手に対しては何にも言わないよ。寧ろ口が多いのは、それだけそいつに期待してるって事さ」

「だったら尚更駄目じゃないですか……僕は……あの人の期待を裏切って……」

「……ああ。このままじゃお前は間違いなく裏切り者だな」


 辛(から)いミゲルの口調に肩を震わすミゲルだが、ミゲルが凝視している物が何か気づき、ふと手に取る。
 ……それはニコルの最期の出撃前、ククルが託した小さな鏡。
 


「そいつは神鏡って言ってな……お守りなんかじゃないぞ。こいつはククルの一族が代々継いだ……家宝といって良いもんだ」

「!!」

「代わりに砕ける事で、持つ者を災厄から守るとされている。だがククルのご先祖様も、ククルも、自分で持っていた時、一度たりとも傷すら付かなかった。どれほど破滅的な状況で、死よりも辛い痛みを背負っても……」


 だが今の神鏡には大きなヒビが入っている。
 これは受け取った時には無かったものだ。  
  


「守ってもらおうなんて考えてなかったんだよ、あいつは。只守りたい、守り抜く……そう思い続けてきたが、遂に守るよりも攻める必要が出て来た」
 



 ゼンガー=ゾンボルト。
 その名は未だニコルから離れようとせず、こびりつく。
 守るものを守れなかった事……成すべき事を、果たせなかった事。
 償い難い重課……それは彼のみならず、彼に関わる全てに関わり、敗北への恐れと教訓と言う、血肉となったのだ。
 


「でもそんな状況でそいつを託したって事は……どう言う事か判るか? マシンとして何もかもを捨てていく中で、たった一欠けら残していった人としての……“寄る辺”だ!」


 自分に、たった一人の馬鹿者の為に、彼女は何かをしてくれた。
 笑い、叱り、励まし……狂った世界の中で何時も手をとり導いてくれた。
 一年以上もの間、ずっと自分の事を省みず、何処かの誰かを守る為に身を砕いた彼女がいなければ……奇跡と言う名の偶然にすがるまでもなく、非情な現実を前に消え失せていただろう。
 与えられたならば、返したい。
 どんな僅かな事でも、等価とは程遠いささやかな行為でもいい。今度は彼女の為に何かをしたかった。
 ……しかし出来た事は、裏切る事。
 取り返しも、つかない。


「もう……手遅れなのに……当てつけですか? 当てつけなんですね?!」

「黄泉の巫女を甘く見るんじゃない!!」


 不甲斐無い裏切り者を批難するとばかり、ニコルは考えていた。
 実際に批難はされたが、それはおおよそ予想だにしない意味でだったが。


「開戦からこの方修羅場を潜り抜けたアイツが、そう簡単にくたばるか! いや違うな……アイツは死ぬ事を許さない。成すべき事を果たすまでは、自らをこの世に縛り付けるつもりなんだ……そこでお前は彼女を縛る鎖を伝って、先に進むか? それともそれを引き千切り……出口の見えぬままさ迷い歩くのか? 二人でな」


 そのどちらもニコルは選べず、迷う。
 だが少なく共、一つだけ決まっている事はある。


 
「……解かりません。でも僕はもう……あの人を置いて行ってはいけないとは、思っています」

「で、お前は何をしたい?」
 


 そっけなく、だが決して少なくはない期待を込めた笑みが、ミゲルから向けられた。


「追いかけます。彼女が今何処に居るのかは……解からないけど。とにかく彼女の後を追います。追いついたら直に謝って……償えるものならば償いたい」

「……なら行くか?」


 ニコルは静かに首を横に振る。


「何故かは解からないんですが……ここは、ククルに近付いている……ううん、“近い”気がするんです。彼女が求めていく物に……」


 少なく共、今のザフトにはそれが無い。
 ニコルはそう思わざるを得なかった。
 “死なせない”努力を一切せず、犠牲を数と誇張ではやし立てている。
 “勝つ”為に手段を選ばず、只怒りと虚栄を満たす為だけの殺戮の数々。
 シースは……レーツェル=ファインシュメッカーはそれらを認めず、阻む。
 犠牲を忌み嫌い、怒りと悲しみを呑込まんとする勇気……ニコルはそれを、学ぶつもりで居た。
 そして今度こそ……彼女を、裏切らない。







「四十八時間……私達に残された時間は、それだけ……」


 修復作業が完了したアークエンジェル。
 そのブリッジで、マリューは帽子を握り締めてうめいた。
 アークエンジェル入港と前後するように、地球連合側からオーブ首長国連合に対し、通告が突きつけられたのだ。
 地球の一国家としての責務を放棄しているとした上で、現政権の即刻退陣、オーブ軍の武装解除及び解体を勧告。
 そしてこれが果たされぬ場合……オーブをザフト支援国家と見なし、武力をもって対峙すると。


「居直り強盗だって、もうちょいマシな理屈並べるぜ……全くたまったもんじゃない」


 常軌を逸脱した越権行為に対し、反論を上げる声は既に無い。
 赤道連合やスカンジナビア王国等、オーブ程の力の無い国はあっさり圧力に屈してしまった。
 世論も捻じ曲げられたアラスカとパナマの惨劇を伝えられ、妄信的にこれを支持している有様である。
 ……それどころか、開戦からずっとザフトを支援していたプラント非理事国である大洋州連合、そしてアフリカ共同体も根を上げ出している。
 元々プラントを所有して居ないばかりに、経済的に他の理事国から差をつけられていた国々であり、得られる利益と被る被害。それを考えれば徐々に降伏へと意見が偏るのも道理だった。
 


「……僕には理解できません。マスドライバーが魅力的なのは解かりますが、滅ぼしてまで手に入れようとするなんて……同じナチュラルじゃ無かったんですか?!」


 この事を伝えに来たのはキラであった。
 現在カガリがオーブ軍の幕僚的役割を担っているからである。
 例え跳ね返りでもアスハ家の跡取……という訳で半ばお飾り程度としか期待されていなかった。
 しかしそれに反しカガリは踏ん張る。キサカやキラといった人員を使い、各首長の影響が強い地域別の部隊を、どうにか一本に纏めようと奮闘していたのだ。
 ……そもそも真に期待の出来ぬ存在を置くほど、ウズミは愚かではない。
 僅かな期間ではあったが、“戦争の根”を学んできた彼女の可能性を、彼は買ったのだ。


「……同じだから、な。同じだからこそ、“関係無い”では済まされず、“殺してでも奪い取る”って言う残酷な選択だってする……誰だって負けたくないんだよ。だから無様に虚勢を張る」


 それはフラガとて同じだ。
 何もそこまで賭けるものが無かったからである……と言うより普通に生きていれば、それ程までに恋がれるものは無い。
 少しの時間と努力があれば、大抵の物は手に入る。何より他人の物等、手に入った途端無価値になる事がしばしばなのだ。
 しかし大き過ぎる富はそれを覆す。
 想いの無い、只の力として……眼を曇らせていくのだ。
 だがエンデュミオンの鷹は、爪ばかりでなく、その眼光すら鋭い。
 そんな彼が見出したものは……他にはそれこそ、その他一名であり捨て駒であっても……彼にとってはその他全ての何者よりも尊いのだ。
 


「だから俺は、“殺してでも奪わせない”。お前もその覚悟は出来てるだろうな……?」

「……ええ」


 とは言え、余り状況は良くない。
 オーブ国内でも不穏な動きが目立つのだ……特に、モルゲンレーテが。
 オーブ軍に配備されているM1は相当な数では有るが、そのロールアウトが間に合わなかった機体・データ・資材その他が軌道エレベーター“アメノミハシラ”へと移動している。
 緊急時に備えての事だろうが、同行したスタッフがサハク家に近い者ばかりである事が引っかかる。
 現に、モルゲンレーテはフラガの機体提供要請を一切無視したばかりか、回収整備が完了したバスターまでも持ち出されてしまった。
 これにはキラも焦り、復元作業中であったマガルガにも無理矢理登録番号を与え、現在軍の方で作業を続行している。
 


「……それでキラ君。此処に来たのはアークエンジェルの動向についてでしょう?」

「はい。マリュー艦長、結局貴女がたは……」

「艦長は止して。私はもう、軍人ではないの」


 しかし誓った物はこの胸の中にある。
 今着る軍服を脱ぎ捨てる事は簡単だが、あるべき理念まで捨てては一体誰が正道に戻すのか?
 最後の良心等とおこがましい事は言わない。だからマリューは恥じない。
 この服に正義を誓った……己自身を。


「じゃあ……マリュー……さん」

「おお? 俺を差し置いて呼び捨てとはいい度胸してるじゃないか坊主」

「ど、どうすればいいんですかそれじゃあ?!」

「っふふ……どうもしないでいいの。ムウもからかわない」


 これから重要な話があるというのに何と呑気な……キラはそう思うと同時に羨ましかった。
 余裕があると言う事は、それだけ事を重大に構えている事だ。何も考えていなければ、他人を安心させるような笑顔を作れる筈が無い。


「……既に、来るべき時が来るであろうとは、全クルーに通達を完了しています。現在退艦の意思を示している者は11名」

「じゅ……?!たったそれだけ?」

「アラスカでの出来事が堪えたみたいでね……ギリギリまで選択の余地を与えている為、前後するかもしれませんが……とにかく、彼らに対しての保護を、お願いします。残った私達は……」


 微かにフラガと目を合わすマリューを見て、ああ、まただとキラは悩む。
 自分に無い物を求めるというのはこう言う事なのかと。
 奪っても意味は無く……自分自身が足掻いて、その手に掴まなければならない代物だけに。


「……地球連合軍との対決を、選択します」



 それは信愛。
 互いに信じ、愛する事で……一人でも二人分、いやそれ以上の力を引き出す事が出来る。
 それをこの手に掴まなければ……頷くキラは思わず、その手を握り締めていた。
 
 
      


管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

おお、何か久しぶりにキラを見たな。

アズラエルも何時も通りに、素敵な理論を振りかざしてますし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親分、名前さえ出てこなかったなぁ