キラの激昂も意に介さず、シャニの操るフォビドゥンは次々とM1を切り刻んでいた。
第二波に備え戦力を増強させたのは、何もキラ達だけでは無かった。
シャニはある程度友軍と動きを同調させて、存分にそれを利用していたのだ。
露払いをするのは自らではなく、友軍の方だ。
ある程度突破口を開いた所で、何の考えも無しに戦力の空白地帯へと突っ込んでいくストライクダガー隊に、オーブ軍を疲弊させているのだ。
艦隊本部からの能動的な指令が途絶えたとは言え、余りに迂闊な動きではあった。
だがそれも無理は無く、この一年……何一つ出来ぬまま、只成すがままにされていた連合の不甲斐無い状況からしてみれば、今度の戦役における快進撃は、これ以上無い鬱憤晴らしの場であった。
機関砲が駄目ならとあっさり射撃を止め、フリッケライは大きく息を吸い込むような動作を行う。
刹那、胸元が持ち上がり、腹部辺りから何条もの光線が撃ち放たれる。
複列位相転移砲……この機体がマガルガであった頃でさえ、数度しか放たれなかった大物では有るが、それ故に修理状況が完全ではなく、エネルギーの奔流が不自然に拡散してしまっている。
それでも、通常のMSを貫くには十分な出力があり、巻き添えを食らった周囲のストライクダガーは次々と撃破されるが……。
本命たるフォビドゥンに対しては、装甲一枚焦がす事すら敵わなかった。
背部の甲羅の如きユニットから突き出したシールドが、前に展開してビームを“曲げた”のだ。
偏向装甲……連合がフォビドゥンに試験的に搭載した兵器であり、エネルギー体の針路を強力な磁場で捻じ曲げるという、特徴的なシステムである。
フリッケライの機関砲が届かなかったのもこの為で、多少の質量体ならばその運動エネルギーすら減殺してしまうのだ。
その間にレイダーが破砕球を投擲して来た事に、キラは気付くのが遅れた。
何の変哲も無い鉄球が、ロケット噴射によって向かってきたのだ。
その質量エネルギーは計り知れず、不吉な音を立ててフリッケライはまともに吹き飛ぶ。
先には、不気味な死神がてぐすね引いて待ち構えていた。
やられると思ったその瞬間、瞬く間にフォビドゥンの姿が眼界から消えた。
そのスキに脚部のスラスターを全開にし、どうにか体制を立て直すフリッケライ。
M1には標準装備されているフライトユニットの調整は、今度の戦闘には間に合わなかった。その為実質的な完成度は著しく低いのだが、キラはねじ伏せる様にこの機体を扱っている。
盛大に地面を削りながら、どうにか止まった事を確認するキラだったが……次の瞬間絶句した。
突如フォビドゥンの横腹を蹴り飛ばした未知の機体の正体を、キラは直感的に何であるか見抜いた。
MSにしては軽やか過ぎる挙動、的確に急所を狙った攻撃……そうしたクセのみならず、黒と金の体躯と言い、遮光バイザーと言い、偶然にしては明らかに出来すぎであった。
とはいえ語り合う暇は無かった。
飛び起きたフォビドゥンが大鎌を振るいマガルガを翻弄し出し、レイダーも変形して空中から猛然と射撃をこちら側に向けていたのだ。
キラは動揺し、息も絶え絶えながらもククルを追及する。
まるでトランポリンの上で跳ねているかのごとく、風を切る鎌から逃れているマガルガ。
だが突如空中で止まったかと思うと矢の如くフォビドゥンに襲い掛かった。
空中に飛び上がった瞬間にリフターを呼び戻し、上下反転の状態のままでリフターを蹴り上げたのだ。
何も無い筈の空間にマガルガは足場を得た事になり、勢いの付いた掌底を食らってフォビドゥンは地面にへばりつくようにして倒れた。
粘着質にキラを狙っていたレイダーが、横から吹き飛ばされ突っ込んで来たカラミティに激突される形で、絡み合って墜落する。
余りに唐突な出来事に周囲の時間が一瞬止まる。
砂煙を上げつつ着地した、青き武神が立ち上がるまでは。
その時キラは、ククルの満足げな溜息を聞いたような気がした。
その間遠巻きにストライクダガー隊が包囲を行おうとはしていたが、何処か腰が引けて動きが鈍い。
それを見越したかの様に、漸駄無とマガルガは互いに背を向け周囲を見る。
鎌を支えにフォビドゥンが立ち上がり、カラミティもレイダーも互いを引っ掴みながらも復帰しつつある。
それを機に二機の動きが精彩を増す。
竹を割ったようなゼンガーの即答。
対するククルも迷う事無く言ってのける。
そのすぐ後、言葉無きまま影が飛んだ。
一言で互いに十分だったのだ。
今この場でやるべき事が何であるか……何者かの正義に寄る事無く、己が道に疑いが無い事を。
そして……まだ、互いの決着を流す意図が無い事の……確認としては。
戦況は変わりつつあった。
破竹の勢いで進撃していた連合軍の行軍が、徐々にだが鈍りつつあるのだ。
旗艦艦隊の損傷、空中支援の途絶……これだけでも大変だと言うのに、漸駄無とマガルガという特機の存在。
連合側のXナンバーはそれらの相手で精一杯で、戦線に楔を打つことができなくなっている。
主力たるストライクダガー隊は調子を崩され、浮き足立っていた。そこへ態勢を立て直したM1部隊やフリッケライの様なカスタム機が押し戻していく。
……様な、というのは、この頃もう一機アストレイ系列の機体が戦場に現われたのだ。
漆黒の影がアークエンジェルに迫っていたストライクダガー隊を、一機一機殴り倒していく。
左腕に装備された手甲の様なパーツが帯電し、電子的にも物理的にも相手を破壊していた。
上空の航空機を交えての迎撃が開始され、胴部に集中した増加装甲が着弾の度に揺れる。
だが殆どの一撃は煤すら残していない。
退避作業をギリギリまで続けていたモルゲンレーテが、フラガの要請に遂に折れたのだ。
伍式同様、ヘリオポリスから持ち出されていたアストレイ試作1号機を引っ張り出し、簡易な強化パーツ付きで“貸し出した”のだ。
……だが期限は三日以内とはっきり明言されている。この戦争の行く末を既に読んでいる事に、フラガは僅かばかりの嫌悪感を抱かずにはいれなかった。
一方、反撃によって大多数のストライクダガーが行動不能に陥ったのを見て、上空の戦闘機隊が目標を変え、アークエンジェル目掛けて旋回する。
ところがその編隊は、後方から発せられたビームによって吹き飛ばされる。フラガのアストレイともアークエンジェルとも異なる地点からの思わぬ援護射撃。
周囲一帯にはM1部隊が展開していない為、一瞬戸惑うブリッジ。
そこに耳慣れぬ声が響いてきた。
海岸線にインパルスライフルを携えた、バスターの姿があった。
そのパイロットからの通信だったが、これが誰であるかはミリアリアしか気付かなかった。
その声はディアッカのものだった。
何故、とうの昔に釈放した彼が残留し、しかもバスターに搭乗してまでこちらを援護するのか?
腑に落ちないものの、ミリアリアの胸の内には何か熱い物がこみ上げていた。
ただこんな言葉が聞こえて来たので、思わず萎えてしまう。
彼は自分が逃げる為に態々こんな事を……といった考えが過る。
だが何故か、ミリアリアはそれは違うのではないかと、予想とも期待とも取れぬ感触があったが。
渋々といった風にアークエンジェルが巨体を滑らせていき、そのスキにバスターがシェルター入り口まで跳躍していった。
そこで膝をついてハッチを開けたバスターだったが、ディアッカ自身は降りる事無くそのまま立ち上がった。
その言葉と、足元に残された一人の人影を見て、全てを理解した。
彼は逃げ遅れた避難民を連れて、態々ここまで来ていたのだ。
その後もシェルターに迫るストライクダガーに対し、壁になるように反撃を行っていた。
……敵である筈だった存在が、自分達と同じものを守ろうとする。
奇妙であったが、同時に言い様の無いあたたかさを皆感じていた。
やがてフラガが駆けつけ、動けぬ事を良い事にバスターを弄っていたストライクダガーを粉砕する。
一瞬だけ動きが止まるが、フラガの只の一言で決着が付く。
絶望の只中で生まれた微かな光……それにすがってでも、彼らはまだ戦い続けていた。
一方、ゼンガーとククルが現われた戦線は、連合軍が海岸まで後退していた。
揚陸艇や沿岸の艦艇からも、必死の迎撃行動が行われているが、位相転移装甲を前にしては蟷螂の斧ですらなかった。
ただ巻き上がる砂塵が三機のXナンバーの動きを多少は助けている……それだけであって効果は薄い。
海岸の様な開けた場所では、それこそ撃って下さいと言っている様な物であり、戦力の絶対数の多い連合側が有利な立地の筈だった。
……少なく共上陸時にはそうであったが、こうまで後退を続けていては逆効果であった。
先ほどまで制圧していたトーチカや堤防をM1部隊が奪還し、そこから射撃を続けている。
その攻撃はストライクダガーのみならず、揚陸艇にも深刻なダメージを与えていく。
一隻、二隻と傾き海岸に座礁していくその様子は、前線の兵士達を精神的に追い詰めていた。
もっとも、そんな心労とはオルガは無縁であって、何処か他人事の様に戦況分析を行っている。
フォビドゥンやレイダー単機では、漸駄無とマガルガ、そのどちらも相手には出来なかった。
スキをついてはオルガが援護射撃をしているのだが、そうして作ったチャンスを、キラのフリッケライが介入する事で潰してしまっている。
彼らは実に息の合った連携を見せている。
敵として相対することで互いのクセやパターンを熟知し、また互い研究する事で高みを目指していたからだろうが、つい最近まで敵だった存在によくも迂闊に背中を任せられるものだと、オルガは呆れていた。
レイダーの破砕球がマガルガの腕を捕らえるが、そのまま腕を引き込んだ為レイダーが失速する。
そのスキをついてフォビドゥンが喜々として大鎌を振るうのだが、背後から漸駄無に蹴りを入れられバランスを崩し、気付いた時にはマガルガが眼前まで迫り強烈な肘うちを食らわされていた。
追い討ちをかけようとフリッケライが突っ込んで来るが、流石にオルガも放置はしないで、プラズマ・サボット・バズーカを撃ち込んで牽制する。
ついでにカノン砲を放ってM1部隊を陣地ごと吹き飛ばしたが、それが二機の注意を引いてしまった。
それこそ親の敵と言わんばかりの勢いで手刀を、ビームサーベルを掲げてくるマガルガと漸駄無。
堪え様の無いスリルと恐怖を味わいつつ、オルガは万歳をした。
降参したのではない……バズーカとシールドを掲げ、それぞれの獲物を受け止めたのだ。
当然、両方に弾薬は未だ装填されていた為、程無くして大爆発が起こる。
爆炎に巻き込まれる前にカラミティは後ずさり、腹部位相転移砲を放つ。
無論相手側もとうに空中に退避していたが、そこはレイダーやフォビドゥンの独壇場。自然と戦闘は空中戦へと移行していく。
その間、適当に他の戦力をあしらいながらオルガは何者かと言葉を交わす。
微動たりとも、口を動かさぬままである。
アークエンジェルの下、林を挟んだ海岸線で踊るようにストライクダガーを翻弄する黒いアストレイ。
だが、それに対しオルガの相手は一笑の後否定する。
その時、沖合いの方から何かが撃ち上がった。
ミサイルの類ではなく、すぐさま四散し色付きの煙が辺りになびいていく……信号弾だった。
相手の気配が掻き消えたのを感じ取ると、オルガはカラミティを飛び上がらせ、無理矢理レイダーの上に圧し掛かる。
沈黙し、すごすごと退却を開始するクロトとシャニ。
そんな二人の様子に頓着する事無しに、オルガは先程の言葉を咀嚼していた。
本来の黒いアストレイの持ち主は、彼らでさえも警戒すべき存在である。
あのアズラエルとすら何らかの密約を結んで、色々と暗躍を続けているのだ。
一応コーディネーターの排除という目的のみは共通しているが、その他については慎重に、何も明かさないでいる。
不安要素はなるべく消去……その為の“自分達”だというのに、それ相手に関しては大して役にはたっていない。
……“アポロン”と俗称される、その人物には。
一心不乱に揚陸艇へと向かっていく連合軍に、ゼンガーは何もしなかった。
時より味方の敵(かたき)とビームライフルを向けようとするM1もいたが、漸駄無の無言の圧力によって行動を阻止される。
……戦争は終わっている。少なく共、この段階では。
それでもなお罪を重ねる事を、ゼンガーは許さない。
唐突にマガルガのハッチが開き、汗でぐっしょりと濡れた髪を解くククルの姿が目に映ってくる。
決してあの戦闘は楽なものではなかった。双方無言のまま、只目に映る敵を無力化するだけで精一杯だった。
……精一杯。そうは言っても連合に甚大な損害を与えた事は事実であり、オーブを一時とは言え、護り切ったのだ。
その汗は見苦しいものでは決して無い。
ゼンガーは無言でラダーを使って降りた。
先に身体を晒したのはククルだから、という訳では無い。
ただ自然と、その潔さを示すかのようにゼンガーは動いていた。
ククルも同じく、素直にマガルガから離れる。
これで、お互いに決着をつけるチャンスを捨てた。
しかし果たすべき決着の形は、嘘と妥協で塗り固められたものでは満足が行かない。
だから二人は、鎧を脱いだのだ。
背後のM1部隊が思わずライフルをククルの方へと向けるが、キラはそれを制した。
気持ちは解らなくはなかった。二人が発している空気は友好的とは程遠く、寧ろ一触即発。
このオーブを守る為にはゼンガーの力が不可欠な以上、得体の知れないザフトの兵を野放しにする訳にはいかない。
……それでもキラは、この先に何が起こるか大体理解した上で……このままやらせるしかないと、息を飲んでいた。
その頃には軍司令部からカガリも辿り着いていた。
戦いは終わった筈なのに、先程とさして変わらぬピリピリした空気に、カガリは息を飲む。
アークエンジェルからもバスターとアストレイが駆けつけていたが、近寄り難いといった風に距離を置いている。
互いに、信じる事が出来なかった。
自らを凌駕し、奪い、苦しめ、憎み……それでも同質であり、同等の、強き者が居る事を。
余りに大きな物を相手にし続け、そうした感覚が麻痺しかけた矢先に現われた……。
奪われる事も、奪う事も……その意味は、例え違う存在であっても変質はしていない事を、忘れかけていた。
諦めがあったのかもしれない。
幾ら自らが足掻こうと、それに応える者が居なかったから……酬いが無かった事が。
守る事は出来ても、変わる事が無い……それでは、死に至るまでの微かな時を稼ぐだけ。
……それを二人が、盛大に壊したのだ。
守る事にも、奪う事にも死力を尽くさなければならぬ緊張感。それは皮肉にも、戦況と同じく停滞しつつあった彼らの意識を大きく揺さぶった。
変わる事を期待せず、変える事に意思を向けるようになったのも、この出会いがきっかけだった。
何者かに期待するよりも先に、自らの力にもっと信を置き、惜しむ事をしない。
だから今度も、そうであった。
チープとも言える打撃音と共に、ククルが仰け反り砂浜に倒れる。
ゼンガーの豪腕が、彼女の顔面に飛んでいたのだ。
バスターから降りてその様子を見ていたディアッカは思わず声をあげ、隣のフラガは銃のスライドに手をかける。
……ゼンガーもまた、腹にめり込んだつま先に腹の空気を押し出され、膝をついて咳き込んでいたのだ。
打撃音の正体はこれであった。
カガリが顔面蒼白のまま、転びそうな勢いで駆け寄って行った。
だが、恐れ戦(おのの)くカガリの様子を察したのか、しっかりした口調でククルが応える。
銃弾が頭部を掠ると、弾丸そのものが音速を超えている為衝撃波が発生し、脳に直接影響が出る。
常人なら気絶必須だが、コーディネーターの彼女であれば立ちくらみ程度しか生まれない。
だが砂浜に残る踏み込んだ跡、そして破れたノーマルスーツから見えるゼンガーの腹筋を見る限りは、もし防御が遅れていれば何メートルも吹き飛ばされただろう。
……二人共平然としてはいるものの、手加減無用の一撃を相手に放っていたのだ。
……言葉ではあれ以上は語れない。
そう判断した二人が導いたのは……実に原始的だが、有効な意思表示。
“拳で語れ”をそのままの形で実行したのだ。
お互いの力を隠す事無く、また胸の内に秘める想いをも曝け出した一撃を繰り出す事で。
只、互いに何処かに残っている疑惑を取り払うだけの為に。
それは倒れていたククルに、いち早く復帰したゼンガーが手を差し伸べ、ククルがそれを手にとって起き上がった事で補完される。
周囲にあった漫然とした疑惑も消えていき、オーブ兵も顔を見合わせながら銃を下ろしていった。
心底心配していたカガリは涙を溜め切れなくなっていた。
人目はばからず大泣きする彼女に、二人は目と目を合わせ、苦笑する。
座り込んでしまったカガリを起こすゼンガーに、肩を抱いて慰めるククル。
その光景は、とても数刻前と同じ人間が発するオーラとは思えない、安らぎさえ感じるものがあった。
代理人の感想
・・・確かに馬鹿だ、うん。
でも、思わずにやけてしまうんですよねぇ、これが。