発動機が雄叫びを発し、指先・つま先・トサカに至るまで力を流し込む。
暴れる銃身を押さえつけ、罅割れた滑走路を蹴り、メインカメラが影を追うべくレンズを絞る。
相手は地を這い、滑る様に来る。
間合いに入られるまで、イザークは一度たりとも当てられはしなかった。硝煙に飲まれ飲み込む炎を、そう簡単に捉えられれば苦労はしない。
下段からの連続のアッパー、折らんばかりの速度の足払い……どれもこれも、電気仕掛けの自動人形を超越した、異次元の動き。
その境地に辿り着く為、かの男が“門”を開いたのだ。
まだ見ぬ大地を踏む為、そこに広がる難題を打破する為の鋼鉄の肉体。
安寧の大地から抜け出した意思が、そこに納まり完成となる究極の進歩。
人機一対を個とし、どちらか一方が欠ける者の追随を許さない……それが、眼界の存在の正体。
かの男が切り開いた険しき道を、それとは別の道から入り込み、追いつき、合わさり重なった戦士。
それはかの男がとうに通り越した境地。これからずっと、それを追い続けたとしても、決して同じ場所へは辿り着けない。
それでもいいのだ。
それでも己が、己の力だけで辿り着いた道であるならば……その過程に、結果に後悔など入らない。
ライフルを捨てる。が、サーベルには手を伸ばさない。そんな暇は無い。
相手の獲物はビームサーベルでも無ければナイフでもない、只の無骨な鉄塊だけ。
それぞれ両の手で振り回されるそれらは、闇を裂いて無慈悲に刈り取る。
倉庫の壁が粉砕され、照明塔が折り飛ばされる。
暴力の竜巻が迫る。
自然の権化を前に、人の知恵で何が出来るものか?
鋼すら砕く存在に、より強い鋼を創造したところで問題の解決にはならない。
脅え、恐怖する己は依然としてそこにいるのだから。
先を行く遠い誰かを見るよりも先に、目の前でうろつく己の弱さを叩き潰す。
何者の力も借りず、己自身の力を振り絞って。
己が手に入れた全てをもって、己が把握する何もかもを動員して……!
“決闘者”が遂に炎を捉えた。
頭蓋寸前の鉄塊を押し止めたのは、鋼で編まれた五本の指。
如何なる演算も必要とせず、只腕を動かしただけだ。。
元来交わる筈が無い両者が、何者かが組んだ因果で共に居る。
味方ですら無い、簒奪者に過ぎぬ彼を、他ならぬ決闘者が守り抜いてきたのだ。
戦いを前に、自動的たる死を前に立場も思想も関係は無い。
奪わんと迫る者が同じならば、それは互いにとって等価であり……。
只の、敵である。
今の彼と決闘者に……もう距離は無い。
何を敵とし、捉えるか。
思想という色眼鏡から開放されたシースには、その相手は余りに多い。
自らの存在を、生存を脅かす全ての事象・意思がそうなるが為、例えかつて肩を並べた存在だろうとそれは変わらない。
旧人類を脅かした巨大甲冑が、今度は新人類に牙を剥く。
海に、陸に、空に、帰巣と言う原始の欲求を追及する者達が押し寄せる。
ここにも炎が燻っている。
鎮火したのではなく、火力を解き放つ時を待っているだけだ。
……その時が来る事を、必ずしも望んでいる訳では無い。
命は脆い。
地球と言う巨大な存在にとっては、ほんの微かな身じろぎでも命取りになる。
特に人は、火にも、水にも適応しない。只地に張り付いて生きる事しか知らなかった。
……そのくびきを解き放ってから、何かが狂ったのだ。
自然の鼓動を感じず生きて、死んでいった者達がごまんと居る時勢になった。
造り上げた完璧の中で過ごした存在に、命の定義を理解する事が、本当に出来るのか?
弱さを知らない限り、強さに繋がる事は無いというのに。
かつての敵(ザフト)が警告する。
彼らは、弱さを知った。
だから、これがどれほど無謀で、絶望的な行動であるかが痛いほど解る。
グティは一世代前の戦場においては多用された、パワードスーツの一種。
全高はMSの十分の一も無く、小型で小回りは利くがそれしか能が無い。
……戦争初期、ザフトも戦力展開に余裕が無かったのだろう。
最前線はともかく、場末の戦線ではちらほらと見かける事が多かった。
無論そんな事情に構わず、連合として戦った。
結果は無残だった。
幾ら身体能力が高いコーディネーターとはいえ、航空支援や戦車砲の前でマトモに動ける筈も無く、呆気なく殲滅されていく。
だが、当時は恐ろしかった。
自らの死の恐怖ではない。相手の死に対する感覚である。
生還は殆ど困難とも言うべき作戦だと言うのに、躊躇無く突っ込み、その責務を果していく様は、まるでマシン。
後に解った事だが、彼らは通常のコーディネーターとは多少事情が異なる……有体に言ってしまえば“欠陥品”であった事を知る。
家族も無く、試験管から生まれ出た彼らには、与えられた仕事をこなす事だけが、自らの存在意義だったのだ。
……この時ほど、揺り篭を得ない命がどれほど無機的で、冷たいものだと実感した事は無かった。
警告する。
自らが同じ様に冷たく、マシンで無い事を確認する意味でも。
組織と言う歯車として磨耗し続け、それに気がついてしまった時からずっとそうしている。
心の芯まで削られる前に、今の上司に出会えた事は僥倖としか言えない。
傍若無人、常識はずれ、我慢が出来ない暴れん坊……恐るべきは、自らと同じ様に身も心もすり減らしてなお、そうであり続ける事が出来ている事だ。
何故、と聞いて“仕置き”を受けたが、彼女ははっきりと応えてくれた。
……彼女は自分を見失う訳にはいかなかったのだ。踏み越えた友の為にも、殺してきた敵の為にも。
何処までも真っ直ぐで、義理堅い……何処までも純粋であろうとする彼女に、惹かれるなと言う方が難しい相談だった。
脚部クローラーを変形させ高速で迫る、グティの狙撃を試みる。
数は十。
機体の頭部が開放され、トラック・センサーが目玉のように標的を追う。
三度、四度、ピントを合わせるかのように上下左右に動き、中心部の三つのレンズが詳細な位置情報をコクピットに流し込み、トリガーを引く。
極限まで収束された重粒子は、光の奔流ではなく、殆ど線。
引っかかる様にそれに薙がれたグティは、次々に転倒、戦闘不能に追い込まれる。
そこから蜘蛛の子を散らすようにして、搭乗者が這い出しすのが目に映った。
ライフルを上げ、今度は飛行場付近に近付いていたMSの頭部を狙う。向こうで暴れているであろう彼女は、後ろが弱い部分がある。
元々、あちら側の機体はイーゲルシュテルンすら取り払い、各部の冷却装置を増加させた近接専用機なのだから致し方ないが。
再びトリガーを引く。
敵MSが首をごっそり吹き飛ばされ、戸惑う間にもう一撃。
ねじ切られるようにして倉庫の屋根に腕が転がり、痙攣する。これもまた戦闘不能と判断し、パイロットがベイルアウトしていく。
犠牲が出る事を畏れている訳では無い。
……タガが外れ、“殺人機”になった己自身を想像して忌み、恐怖しているだけだ。
光の弓が自らの母港に放たれていく。
力で侵されたら力で侵し返す。何故その判断をしてしまったのか。
彼らには力があった。人を超える肉体、知能、感覚。それを何故、旧人類と同じ土台で行使したのか。
人は何者かを凌駕する事で、充足する。
本能からずっと続く事だ。強いものが淘汰し、弱いものが淘汰される。
その様な獣じみた概念から解き放たれるべくして現われた新人類が、何故この様な無様な真似を仕出かすのか。
時間を逆行し、黄昏が波を滑る。
闇の狭間にある、弱い残り火。それは今際の時だと言うのに、血の様な光をあらゆる場所へと伸ばしていくのだ。
その瞬間、世界は変わる。
明でも暗でも無い、果て無き紅が周囲を支配する。
それが黄昏。そしてこの黄昏もまた縦横無尽。
光の弓がすれ違う寸前、そこにも黄昏の手が伸びた。
二本の重斬刀が弾頭と本体を分断し、破砕。
炎壁を抜けた先の迎撃用ランチャーにそれを投擲、粉砕。
通過した潜水艦が全て爆砕……が、これは黄昏によるものではない。
海面に海坊主が顔を出す。
漆黒のステルス塗料でリペイントされた、グーン隊だ。
モラシムには勝手知ったるかつての我が家である以上、その弱点や短所は把握していた。
潜水艦の地下ドックの構造が狭い事や、機能を集約させた為に海上に余剰スペースが無い事等がそれであり、適当な艦艇に爆弾を仕掛け、座礁させれば瞬く間に湾口機能が停止してしまった。
オーブ戦で回収したマガルガのリフターが一気に黄昏を加速させると、続いてグーン隊も後を追った。
矢張り、警告を事前に発していたがために脱出に成功した多くのザフト兵を尻目に。
動物は根源的に火を恐れる。
本能が生み出す自己防衛であるが、人はその禁忌を破り、今や“神の炎”すらその手で操る程まで高みにのぼった。
では、人は本能を忘れ動物を超えたか、といえばそうではない。
矢張り人も炎を恐れる。それを多くの知恵と理性で抑えているに過ぎない。
……その理性が外れてしまうのだ、戦場は。
故に、鮮烈な炎は本能で忌み嫌われ、目立つ。
ゼンガーが構築した“剣戟プログラム”を組み込んだ二機のダガー、“5”(フュンフ)は、闇に紛れ願いを成就させんとする同胞から、目を逸らさせる為のものなのだ。
また、導を失った寄る辺無きもの達を照らす、ささやかな灯火としても。
だが、人は本来、火以上に恐れるものが存在する。
……闇。
尤も、闇も火同様安らぎを与える事が出来る。
安らかかつ静かな眠りは、明ける事が確定した闇によってもたらされる。
ところが常に闇の只中にある砂時計では、その安らぎを久しく忘却し、恐怖しか残っていない。
享楽の中にあった彼らには、その闇すら自らが制していると言う思い上がりがある。
闇の根源たる、宇宙と言う大海。
確かに新人類は最も闇に近付いているとも言えなくも無い。だがその真理を解さぬ以上、その距離は遥か遠い。
闇が動く。
炎も光も、風すらも巻き込んで、闇を知らぬ者達に、骨の髄まで染み込ませる。
駆け抜けた後に残るは、泣き別れした胴と腰。
立ち止まりし時は、紅蓮の業火が周囲を包む。
振り返りし瞬間、鋼が軋み巨体が吹き飛ぶ。
誰も手が出せない。
知らないものを相手に何をどうすればいいか解らない。
知る事が全て、解する事に寄りすがり、そこから先へと進めない。
……その誤りを教え込む為の破戒の舞踏は、開始されたばかりだった。
押し返せない。
誰もがそれを感じていた。
敵は航空支援も何も無しに、此処まで辿り着いた挙句、思うが侭に蹂躙している。
その要因は何か?
レーダーサイトの一時的故障、総合戦力の不足、司令系統の混乱、他基地へのネットワーク障害、特にビクトリアについては一切の交信が途絶えている。
どれもこれも、偶然としては出来すぎた、ありえない事態。
だがそれは紛れも無い現実……何故惑う、何故見ない?
凶刃を前にうろたえるだけで、何も出来ずに死んでいく道を何故選ぶ?
正しいと信じ、理想のみを知る若い戦士達には、それがとても理不尽だった。
では、相手はそれ以上だと知った時は?
ディンの様な空戦用MSは無いにせよ、グゥルの様な飛翔体も戦闘ヘリも出撃したというのに、漆黒の鎧武者はその全てを砕き、考えうる最大の速度で出撃していった友軍を、次から次へと舐め回す炎の獣……あるはずの無い札が場に現われたイカサマを、納得できない。
生まれ持った頭脳で理論的に思考するまでも無く、状況は絶望的だ。どの様な計算をしても、彼らを打破できる要素が見当たらない。
絶望に負けるのか?
本国の臆病者の様に、ひた寄る恐怖を抱えつつそれにすがって生きる?
それとも、自分に負けてそれすらも尽き果てる?
情けない。それは情けない。
自らがどれほどの手間を、どれほどの時間をかけて在るのか?
与えられた目標をこなすだけの、澱んだ生の為ではない。
成すべきを成す。それこそが今の自分の意味。
勝てない、敵わない。
それを感情が否定する。理性を避け、隅に寄せる。
勝てないなら勝つ手を、敵わぬなら敵う技を見つければいい。
……彼の様に。
火消しと化し、何者も恐れず炎へと突貫する、敬愛する上司の様に!
……心が揺れ、足が挫けた。
胸が締め付けられ、目の前が真っ赤になった事で……シホは、自らの機体の異常を察した。
バックパックに反応が無い。
腰関節が噛み合わない不気味な音を立てる。
右腿も装甲が消え失せている。
一斉にかき鳴るアラート。
瞬きする間に失ってしまった機体の各部。
故障とか、そういったレベルではない。ごっそりと、抉られるようにその部分だけが消失している。
唾を飲み、目元をくすぐる汗を拭おうともせず、機体をモニタリングした結果がそうだ。
しかしこれだけやっても、何が起こったか何一つ解らない。
振り向いてはいけない。
解ってはいけない。
認識してしまえば、その情報が自分の全てを侵食し、犯す。
なのに、見てしまった。
解らない事が怖くて……何も知らずに、死ぬのが怖くて。
それが入ってきた。
頭の中一杯に広がり、押し出されるように息が漏れる。
その吐息は一瞬で……その中にはありったけの勇気やら何やらが詰まっていた筈。
それが逃げてしまい、もう余計な事は考えられないでいた。
代理人の感想
本日の見どころは、イザークVSカチーナの姉御のガチンコバトル、そしてダイゼンガー!
・・・・・・・・・・・・・の、筈なんですが。
怖いよフレイさん(爆)。
すっかり往時の「フレイ様」大復活ですな〜。
まさかとは思いますが、こちらでは本当にラスボス化・・・は無いにしても
竜頭蛇尾に終わった原作で果しえなかった大暴れを見せてくれそうで期待しております。