再び闇が払われた時、立っているものは無数の墓標だった。
 糸が切れた様に佇む無数の人型。その中はがらんどうで、死者の残り香のみが微かにあった。


「隊長、これはどう言う……!!」

「俺らの不甲斐無さにイラついて、死に切れなかったんだろうよ」


 カーペンタリアに迫っていた脅威は去った。
 だが混乱は先の戦闘の比ではない。兵士一人一人の心の根底に、疑惑と言う名の復元できない傷を与えているのだから。
 ……襲撃者達はカーペンタリアの迎撃能力をマヒさせると、早々と宇宙に上がってしまった。
 イザークらが搭乗する為に用意していたシャトルもまんまと奪われ、連合から鹵獲した大型シャトルも、全て奪還されている。
 その代金と言う訳ではないだろうが、残ったのは自爆処理を施していない、彼らが用いたMS。
 あの青い武神や二つの炎、黄昏の騎士や伍式、それにストライクダガーは流石に持ち出したが、他の十数機のジン等がそのまま放置されていたのだ。どれもこれも酷くて小破止まりで、すぐさま実戦投入できるほど状態は良い。
 ……問題なのは内部コクピットである。中には家族や恋人の写真だったり、誰かの賭けで使用したのか電子手形などが残されていた。
 当初、殺されたであろう元の持ち主の事を思い、怒りを覚えた兵士達だったが……ふと恐ろしい事に気が付いた。
 それらの裏側やデータ内に、持ち主以外では考えられない様な改竄の後が残されていたのだ。
 簡単なメッセージ、しかもたった一言……“還って来た”という趣旨で。


「連合では無いのですか、彼らは……」


 一夜明け、イザークは動ける数少ないベテランとしてあちこちに借り出され、今ようやく事後処理が沈静化した後だった。
 思いの他基地機能への損害は少なく、シースが残したMSも動員すれば一両日中には復旧可能であった。
 皮肉にも、彼らの襲来が慢性的なMS不足に悩むカーペンタリア基地の現状を打破したのだ。


「地球軍は今ビクトリアで手一杯だ。こちらに構っている暇はない」
 


 ビクトリアとの連絡が完全に途絶えたのは、現在交戦状態に入っているからだ。
 戦況は芳しくなく、大量のストライクダガーやXナンバーの投入により……陥落は、時間の問題と言うレベルまで押し込まれている。
 パナマでの連合製MSの性能評価を、甘く見積もり過ぎていた事もあったが……矢張り一年以上のブランクが致命的となった。
 物量も、指揮系統も整え、対MS戦術を構築させていった連合軍は、MS偏重の戦術思想のザフト軍にとっては本物の脅威となりつつある。
 地球に順応する事が出来ず、天にも地にも見放された彼らの命運は、目を覆わんばかりの悲惨なものだろう。
 ……だから宇宙に上がるのだと言う。自らのホームグラウンドたる宇宙空間での戦術は、未だザフト側にアドバンテージがある。
 三次元戦闘に対する耐性もコーディネーターの方が圧倒的に上である以上、勝機が無い訳では無い。


「当面の目的を果した以上、暫くは顔を合わせる事もない……だが、ザフトに居る限り何時かは必ず廻り合う」

「……!!」


 第三勢力として振舞ってはいるが、連合が本格的に宇宙に上がるまでは、矢面に立つのはザフトしかない。
 極少数機で基地を制圧出来たのは、一人一人の戦歴が、連携の度合いが、士気のレベルがこちら側とは明らかに差があったから。
 ……何より楔を打ち込める実力者の多さ。
 それに匹敵する人物と言えば、ザフトではあの銀髪の少女以外ありえない……他では、自らも含め力及ばないだろう。


「帰るか?」


 イザークは敢えて怠慢な態度をとって、親指で上を指す。
 何処までも届きそうで、ちっとも広くはない青天を目にし、シホは首を横に振る。


「家に帰って、ベッドの片隅で震える様な格好悪い事……出来ません」

「フン、誰かと同じ様な口を聞く」


 目を細め、口元を吊り上げてせせら笑う。
 それに尚々、シホは自尊心をくすぐられたのか、強い調子で睨んでくる。
 真顔に戻って頷いてやると、途端に彼女は破顔した。
 自分が今、唯一認める上司と中身の上でも近付いていなければ、単なる嫌味にしかならなかっただろう。



「所でシホ隊員。俺は隊長じゃないぞ」

「いや今の所クルーゼ隊には、貴方しか適任者が……その……」


 恐る恐る窓の下を覗き込むシホ。
 すぐ直下には下半身と泣き別れし、胴体のみがビルにめり込んでいるディンがあった。
 大漸駄無によって両断された地点から、軽く数千メートルは飛ばされた事になる。
 これだけの衝撃を貰えば命は無い筈なのだが、クルーゼは軽い打撲だけで済んでいる。
 


「大したバケモノだ」


 と、その真性が知れた元上官を卑下するイザークだった。






「あんの仮面野郎!! 次こそ、次こそ八つ裂きだ!!」


「中尉、傷に響きますから落ち着いて……」



 腕を吊り、頭には幾重にも包帯が巻かれているのに、機上の人となったオクト1は元気だった。
 仮面のエース、ラウ=ル=クルーゼ。
 その残忍で容赦無い戦法を前に、彼女が辛酸を舐めたのは一度や二度では効かなかった。
 だからこそ、MSを手にすることで同じ土俵に立ち存分に借りを返す所存だったのだが……第一ラウンドは惜しくもKO負け。
 背後からの正確な射撃が主たる原因だったが、コクピットを貫通する事を避ける為に無理に体勢を変更した事で、関節が焼き切れた事がトドメとなった。
 だが彼女とオクト2のフュンフを含め、ストライクダガーは全機パーツ単位に解体されている。
 元々絶対数が少ないストライクダガーは、オーブで合流した機体の半分、両手で数える程度しか実戦運用していない。
 後は予備パーツのストック送りとなっていたので、復帰は容易だ。
 ……作戦が万事上手くいけば多数のジンや少数のシグー等も打ち上げる事が叶ったのだが、生憎クルーゼの姦計によりHLVは使用不可能に。
 止む無く殆どの機体は捨てたのだが、連合とは縁を切ったとは言え、流石にザフトに機密を売り渡すような真似は出来なかった。
 


「静かにしろ」

「……あ?」


 オクトワンが横を見ると、心底迷惑そうに睨むゼンガーと……。


「ん……」


 安らかな寝息をたて、ゼンガーの肩に身を預けるフレイが居た。


「この状況で寝れるとはね……あれだけ暴れたんだ。普通昂ぶってそれどころじゃ無い筈だが」

「彼女にとっては、敵の只中にあって安らげる場所など無かったのだ……察してやれ」


 フレイは屈しなかった。
 幻惑され、甘言をちらつかされても、仮面の男の策に嵌まらなかった。
 彼女は只この瞬間を……自分が望んだ場所へと帰る時だけを信じ、頑なに自らを律し続けた。
 だから、ゼンガーが間に合った。
 守るべき者を三度……弄ばれる前に。


「そのまま寝かせて、どっかにやった方が良くないか? 邪魔になる」

「それをやって、この様な辛い思いをさせたのだ」


 言葉に詰ったオクト1は、腕を組んで唸る。
 関係無いと言って話を切り上げる事も出来たが、関わったら最後まで見届けたがる性分が、それを許さないで居た。
 フレイが受けた苦しみをオクト1は理解出来ない、いや理解などしてはいけない。
 彼女の苦しみは彼女だけのものであり、他人の尺度でおいそれと測れるほど軽くは無いのだから。
 しかし見て見ぬフリ等は論外。
 そうなると解決策をそれとなく促すのが筋なのだろうが……そんなに都合良く妙案は浮かばない。


「あたしは七面倒くさいことは嫌いでね。どいつもこいつもガタガタ言い過ぎた……それより先に目ぇかっぽじって凝視すりゃ良かったんだ」

「直感的にこの戦争の意味を理解しているようだな……そうして積もり積もった互いへの不信が、爆発的な物へとなった。無知もこれほどまでに膨れ上がれば罪悪となろう」


 優しい手つきでフレイの肩に触れるゼンガー。
 するとすがり付く様に腕が伸び、指を絡めていった。


「……とにかく、根元からどうにかしなきゃならない訳か」


 柔らかいには程遠い、力が篭ったフレイの甘える様を見て、厄介事になったと苦笑いする一方、片付け甲斐があると俄然やる気を出すオクト1。


「……どうでもいいけど、大気圏突破時のGは関係無いのかあの人ら」


 先程まで身じろぎどころか口を開くことさえままならなかったミゲルは、ベルトを外し息をつき、前方の丈夫な一団を見てまた一息ついていた。







「鍛え方が違うのよ、鍛え方が」

「アンタが言うと途轍もなく説得力があるのは何でだ」


 シャトルの操縦を受け持っていたモラシムが、コントロールを隣のアイシャに移し、立ち上がる。
 既に重力圏を離脱し、機内は地球の重みから開放されているが、まだ身体中のあちこちに重みを感じていた。
 反面、同じ様に青い大地の抵抗を受けていた割には、アイシャはコキッ、と小気味よく首を一度鳴らすだけで、後は鼻歌すら唄っていた。


「無事に脱出できて何より。かつての同胞の誘導に感謝せねばならないな」


 部下の様子を見に行ったモラシムと入れ替わって、レーツェルがコクピットに入る。
 アズラエルが送ってきた塩……それは、カーペンタリア基地から脱出した複数のシャトルを、連合側が敵性判断しない為の偵察機による誘導。
 成層圏ギリギリまでエスコートしてくれたが無論、ここまでしろとはアズラエルも言っていなかった。
 ……偵察機の機長がレーツェルの正体に気付き、最後の最後まで手を貸してくれたのだ。


「貴方も顔が広いのね」

「前方投影面積が広いのも困りものだが。被弾率が高まる」


 味方の倍は敵を作っていたレーツェルだったが、そのお陰であらゆる意味でその名は知れていた。
 実家の関係上財界、政治界にも顔が通用する為、知名度のみならゼンガーを超えている。
 ……もっとも、正邪はともかくその奇天烈な振る舞いを忘れろという方が、難しいのだが。


「どうするの、このまま一気にゴー?」

「推進剤が足りない。アメノミハシラで取引をして補給する。実家から持ち出した金塊が役に立つ」

「頼るんじゃ無いのね」


 鋭いアイシャの探りに、一瞬レーツェルの赤眼鏡が暗くなった。
 だがそれは一瞬で、単に機体の旋回で太陽光が遮られただけのようだった。

 
「無理を言う訳にはいかん。あれにはあれの都合がある」


 素直にそれを認めると、他のシャトルにも同様にその旨を伝えるべく、通信機を取る。
 無論ニュートロンジャマーの影響は健在なので、光信号やワイヤーでの直接通話、もしくはメッセージポッド等を使用するしかない。
 うち前者二つは盗聴の危険性があったが、機密度は低い上に大気圏離脱直後。
 そうまで熱心に警戒する事では無かった。















 だが何処の世にも“バカ”はいた。
 途中の過程をすっ飛ばし、只純粋に結果のみを求め、志向する本物の探求者は。


〈ようやく舞台に上がったか……フッ、相も変わらず目立ってるな、俺〉


 カーペンタリアでの異常事態に気が付き、ミサイルでのシャトル撃墜を試みたビクトリアの軍事コンピューターを、“またもや”無力化したのも過程に過ぎない。
 それによって連合の侵攻スピードが飛躍的に速まり、撤退する間も無くザフトが殲滅される事になっても。


〈こんな事が出来るのも、このイン……うむ、本命が動いたか。ならば後はなる様に……〉



 闇の間を縫い、影は蠢く。
 それがもたらすものはほんの気まぐれで……十の災厄の中に一の幸運を生み出す、といった具合だった。













 無論その余波は、果てしなく拡散していく。


「……何、特務隊が……」


 パトリックに届いたのは凶報だった。
 彼は司法局や親衛隊とは別に、軍部の有志を使った特務隊を密かに派遣していた。
 が、彼らはシーゲル=クラインとその同志の潜伏先を突き止め、包囲した時点で連絡が途絶えていた。
 増援が駆けつけると、そこには変わり果てた特務隊の姿と、焼け落ちた屋敷の中に判別不可能なほど炭化した人間の死体しか無かった。
 その数は丁度把握していたシーゲル一派の数と合致する。


「DNA判定は不可能か。まあいい、何者だろうとそこまでする存在から逃れられるとは思えん……ご苦労だった」


 知らせを運んだ補佐官を下がらせると、パトリックは沈痛な面持ちで唇を噛み、力の限り机を叩いた。


「“影”に付け入られおってからに……そんなにも後の世に課題を残したいのか! シーゲル!!」


 彼らは栄光も、苦渋も共に過ごし、耐えてきた。
 コーディネーターの能力を自覚し、それを最大限生かしてきたが……辿り付いたのは全く別の場所だった。
 片や優越性の否定、片や劣等因子の否定。対極に位置する価値観を手にした二人は袂を別つが、双方共プラントの、コーディネーターの未来を見据えたが為の決断だった。
 だがその片側が、半身が……今影に呑まれた。
 “拉致した”シーゲルを一体どの様なタイミングで場に出すかは解らない。
 しかし結果は目に見えており、更なる“混沌”を招く呼び水となるのは……避けられない。


「今はまだ早い……今は“奴ら”と戦う力が、抗う意志が、まだ……」


 無念を込めて爪を掌に食い込ませるが、ふと髪をくすぐる一陣の風が吹いた。
 


「何が足りぬと言うのだ、パトリック」


 声の方へと身体を向けるパトリック。
 意を決して見開いた瞳には、銀の煌きが飛び込んでいた。
 


「……何時来た」

「つい先程。知らせを寄越さなかった事は謝ろう」


 昂ぶった精神が、冷水を頭から被ったかのように冷えていく。
 機械的に常時濾過されている水とは違う。
 無駄とも言うべき巨大なサイクルの中で、ゆっくりと浄化された清水の如き純粋さ。
 とはいえ、身体が冷えたならばそのまま凍えぬ様、急激に体温が上がる。
 それと同じ様に次に飛び出した言葉は熱の篭った咎だった。
 乱暴な音を立てて、立った拍子に座椅子が下がる。


「ジャスティスは、フリーダムはどうした!!」

「双方共に折れ果てたよ」


 それでは温い、と言わんばかりに更なる冷気を呼び込む。
 抵抗するのが馬鹿らしくなったのか、パトリックは銀髪の少女、ククルをしげしげと眺めた後、ようやく腰を落ち着かせた。 


「……話せ」

「目標を追跡中、連合のオーブ攻略戦に巻き込まれてな……途中経過は端折るが、結果フリーダム、ジャスティス共に失われた」


 物は言い様だ、とパトリックは内心嘲笑う。
 アラスカ以来フリーダムと言うMSの存在は抹消されているし、ジャスティスも彼女の物となった時点でその名も捨てられている……つまり、“最初からそんなものは無かったのだ”。
 それを観測し、報告したのが早いか遅いかだけで。


「その後はオーブの“避難民”に紛れ宇宙に脱出したが……ビクトリア攻略等が重なってな、おいそれと通信できる状況には無かった」

「……バックアップ体勢が疎かだった事は認めよう。で、ニュートロンジャマーキャンセラーは」

「“信頼できる筋”に預かって貰っている。“連合とは敵対関係”にある以上、機密漏洩の可能性は低い」


 さも当然といった調子で言葉を列ねるククル。
 それらが等しく真実である以上、余計に性質が悪く、耳障りに聞こえた。
 ……だが彼女との間に居心地等求めてはいけない。
 求める資格は無いのだと……パトリックは自重した。


「らしくない失態だな」

「言い訳はせん……では次は何処に流す? 私を殺せそうな戦場は、今や有触れておるが」


 純粋な不信を漂わせる瞳。
 彼女は強い。だからこそ死なない……とはいえ力ある者が等しく戦うとは限らない。
 聡明な者程戦争の非生産性を嘆き、狡猾な者ならその力をもっと別のベクトルに使う。
 只局地的な、契約に基づいた勝利に酔い、破壊と死の中から再生を産み、ありもしない理想郷をゼロから構築したり……。
 しかしそのどれも彼女は選ばず、戦場の只中に居る事を固執した。
 愚かだから。どうしょうもなく、愛しい程に。
 見限る事も、目を背ける事も出来ず、遠い約束と遥かな友の為、命を浪費する事を心から歓迎するのだ。
 


「何処にもやらん。今後は本土防衛に専念せよ」

「……私に背水の陣をひけと?」

「不満か」

「大いに」


 刺し貫く程の目が交差する。
 互いに一歩も引く気配が無く、真っ向からぶつかり合う。


「やれと言うのならばやるさ。只人事に都合はつけたいものだな」

「勝手にしろ。だが……“あれ”については諦めるのだな」


 苦々しく吐き捨てるパトリック。
 それを聞き一瞬眉が動くククルだったが、一言だけ返して踵を返した。


「それは残念」


 浮かんだ微笑はとても陰惨で、凄絶かつ容赦の無いものだった。
 こうして二人は、決定的な決別を果した。



     

 

 

代理人の感想

そーいえば、某総集編では遂に「彼女」の声が変更になったそうで。

ああ、やっぱり・・・と思うことしきりな訳ですがそれはさておき(爆)。

 

 

シーゲル・クラインもパトリック・ザラも、そしてククルも、自分の道を信じればこそ

袂を分かたねばならなくなってゆく・・・さすがにここまで重いのはそうそう有りませんが、

それでも曲げられないものがあるが故に友と袂を分かたねばならない、というのは実際にないわけではありません。

絶対に後悔しますけれども、友情を折るか、信念を折るか、そのどちらかしかないという事は本当にあるんです。

叶うならば、そんな状況がこれを読んでいるあなた方に訪れませぬように。