「何だと? アスランが?!」

「え、ええ」


 カーペンタリア基地の復旧も終了し、イザークらは従来の予定通りプラントへ戻っていた。
 戦力の再編制の為ともう一つ、新隊員らへ支給される新型機受領の為に。
 ZGMF−600ゲイツ。
 Xナンバーの技術応用によって実現したビーム兵器の小型化を生かし、主武装であるビームライフルの他にも、エクステンションアレスターと呼ばれる、ビーム兵器内蔵の可動ワイヤーが装備されている。
 頭部イーゲルシュテルンやビームクローなど、随所に連合に通じる装備が添えられている。
 ……だがこれでは駄目だろう、とイザークは悲観的だ。
 複数のビーム兵器搭載による操作系統の煩雑化とエネルギー消費率の高さは……にわか育ちのパイロットらには、大きな枷となるだろう。
 無論これほどの機体、熟練者が乗れば卓抜した能力を発揮するだろうが、既にそれだけの人材はザフトには少ない。
 少数とはいえ、戦線に楔を打ち込めるパイロットの存在は、前線レベルでは重要となる。
 死地において無責任な文句で背中を後押しするだけでは不十分で、自ら先頭に立って部下を引っ張れる能力が無ければならない。
 特に、今後はプラント本土の防衛戦の性質を帯びている以上、守勢に回っていては物量で劣る以上容易く押し込まれてしまうだろう。
 そうした懸念もあり、自然とククルに匹敵する人材として、アスランの名をイザークは上げていた。
 何せあのククル相手に、最終的に腕をへし折られたものの善戦し、何発も良い一撃を与えていたのだ。
 自分を初めとした他の面々が瞬殺だったにも関わらず、だ。
 そうした格闘センスのみならず、アカデミー時代何度も主席の座を争って負けた事もあり……彼程の人間ならばと期待していたイザークの想いは、あっさりと砕かれてしまった。


「軍中枢部において何度もクライン派に情報を流していたようで……先日、ザラ議長に査問を受け、その事実を認めたそうです」

「隊長の同期で、ザラ議長のご子息の彼が、何で……」


 停泊していたヴェサリウスのMSデッキ内。
 他の隊員は新型機にかかりきりだと言うのに、シホだけは一団から離れてイザークの方へと流れてきた。
 カーペンタリアの戦闘以来、何故かべったり付いて来る。
 イザークは部下らに厳しく指導をし、恨まれこそすれ好意をもたれる様な真似は控えて来た。
 もう自分の時のように、面白半分で中途半端な気持ちでは、生き残るどころか敵一機落とせないと言う焦燥が、そうした行動に走らせたのだが……彼女だけは、めげないのだ、何故か。


「どうせ、元婚約者の事が忘れられなかったんじゃ……」

「ふざけた事を言うな!!」


 軽々しい意見を言った整備兵を、イザークは怒鳴りつけた。
 自分でモノを考えず、軍部やマスコミで風潮されるだけの意見を述べただけの単純な発想に、苛立ちを覚えていた。


「奴が本当にラクス=クラインを愛していたならば、間違いであれば止めて居た筈だ!! 理解する事は、綺麗な部分だけ見る事じゃない!!!」


 止めなかったのは、それが正しいと信じて……でも共に居るだけでは駄目だと、自らのやりかたでアスランは戦ったのだ。
 ……自分達は理解が足りない。
 ナチュラルの汚い部分だけを見て、自分達コーディネーターの正当性を主張するのは……誤魔化しに過ぎないのではないだろうか。
 コーディネーターも完璧でない。
 シース誕生の背景には、人の生き死にすら情報によって管理運営する、プラント社会の許容力の無さが下地にある。
 管理出来ないならば、排除すればいい……自由にならない、思い通りにならない存在を片っ端から潰していって、矮小な栄華を築き上げる事が、果たしてプラントの為、未来の為なのか……?


「言う様になったな、イザーク」


 先走る人間は、何時も何かの参考になる。
 悩みを自力でどうにかするのは非常に苦しく、それが良きにせよ悪きにせよ、後からの人間の指針となる。

「ククル! 戻っていたか」

「元気でやってるようで何よりだ」


 イザークの信愛とも敬愛とも取れる態度に、整備兵もシホも首をかしげている。
 無理も無い。
 彼女の存在を知るには、それこそ絶望を知らなければ無理だ。
 くず折れ、這い蹲り、折れ果てる寸前に、それでも絶望に屈する前に踏み止まり、命を削り立ち上がろうとする意志の前にしか、彼女は現われなかったのだから。
 諦めて死んだ者は語れない。
 只一人の少女が、死した後もその敵を討ち尽くし、弔ってくれた事を。
 諦めず生きた者は語る。
 黒い敵意を祓い、血と油で穢れていく巫女に理不尽な怒りを覚え、自らありもしない闘志を生み出し、再び立ち上がり歩む事をさせてくれた事を。


「当たり前だ。“元”隊長殿……いや」
 


 イザークも理不尽を覚えた。
 ……こんな少女に負けている自分を、彼女を討とうとするナチュラルを……そして、彼女を戦い続けさす、ザフトに……。
 だから言うのだ。
 ザフトが、プラントが覚えていなくても……共に戦い抜いた戦友を、もう一つの名で。



 



武神装攻ゼンダム

其拾三 「黄泉の巫女」






「「!?」」


 案の定、何も知らない二人の新兵は固まった。
 アカデミーでも、噂の類ではその名は知れているが、実在するとは思っていなかったのだろう。
 ケタ外れの戦果、驚愕すべき戦闘能力……そのどれもがプラントの常識に無く、理解の外にあった。
 故に多くの人間が目を背けたのだ。理解できず、管理できないとして……彼女を、殺した。


「部下を虐めて、サディスティックな快楽を追及するな」

「打たれなきゃ鉄も柔らかなだけ……熱を発する只の物体だ」

 シニカルな会話に息が詰る整備兵に、ククルは一枚の書類を手渡した。


「議長の特命により、この機体は私が受領する。横槍を入れてすまんな、イザーク」

「……何があった」


 既にパイロットスーツまで着込み、準備は万端。
 艦内にはアラートが鳴り響き、一番機……本来クルーゼ用に調整が進められていたゲイツの発進準備が進められつつあった。


「アスランがクライン派の手引きで逃げた。私が追う」

「……!」


 簡潔な説明をすると、ククルはゲイツに飛び乗ってしまった。
 イザークはその背中を追わねばならないと言う、不思議な感覚に囚われていた。
 ここで止めなければ、もう二度と戻らないようで……。


「……達者でな」


 予感は的中した。
 その一言で全てを理解したイザークは、暫し迷った後、エアロックへ退避させようと必死なシホに促され、ゲイツの前を離れる。
 全ての人員がMSデッキから退避したのが確認され、前方のハッチが開放される。


〈ククル! たった今、新型艦が何者かにジャックされた。恐らくアスラン=ザラもそちらに合流する筈だ!!〉

「ふむ、面倒よのアデス」

〈こちらからも僚機をつけるか?!〉

「不要。これ以上“集っては”悪いからな」


 相変わらずの渇いた物言いでアデスを戸惑わせつつ、ククルのゲイツはヴェサリウスから出撃する。
 これが、ククルの最後の出撃になる事を知るだけに……万感の想いで、イザークは切り取られた丸い星空の一点を、見送った。






 


 ジャックされた新型艦の名は、エターナル。
 本来フリーダム、ジャスティスの機動母艦として開発された高速戦艦で、主砲は一門のみ。
 後は多数のミサイルランチャーと二機の武装モジュール、ミーティアを接続している。
 従来の高速戦闘艦ナスカ級に比べ、遥かに速力が向上しているこの船は……その実力を、遁走によって遺憾なく発揮していた。


「あれがエターナルか……」


 護送中だったアスランは、軍部に潜入していた協力者、及びラクスから仕向けられた使者であるダコスタの助けもあり、今の所順調に脱出に成功していた。


「物資の補給、クルーの乗船は完了しています……しかし直前のタイミングで逮捕だなんて……」


 腑に落ちないと言った風にぼやくダコスタに、小型機に同乗していたアスランは頷く。
 特務隊や司法局を行ったり来たりしている内、アスランは奇妙な違和感に気がついていた。
 通常の任務をこなす時の、腫れ物でも扱うかの様な雰囲気。
 最初は親の七光りだろう、とやっかみが入ったものかと思ったが、それにしては性質が違いすぎる。
 裏でクライン派と接触する時の、焦らされたかのような何者かの視線。
 気付いたのはほんの数日前だが、出たくても出れないようなジレンマが、追跡者らにはあったのかもしれない。


「父上、いやザラ議長に踊らされていたのか、俺は……」


 呪縛から抜け出したとおごる事は無く、かと言い気味の悪いパトリックからの扱いをどうこうする事も出来ず……こうして誰かの手を借りなければ何の運命も切り開けない事に、アスランは自らに幻滅していた。
 本当の意味での自立は……まだまだ先なのだと思うと余計に。


「ぼやかないで下さい。これだけの協力者を得る事が出来たのは、貴方の働きかけのお陰なのですから」

「声を掛けただけで、決めたのは彼らだ」

「それでもです。最初の一言を発する事は、とても難しい事なんで……」


 そんなダコスタの慰めも、背後から迫る白い機影によって途切れた。
 ジン同様、マントの様に巨大なバックパックを背負い、機関砲ではない何か長物を携えた機体を見て、アスランは肝を冷やす。


「ゲイツか?! 実戦投入は少し先になったと聞いていたのに……!!」

「新型ですか?!」

「ビーム兵器がある。射線に入るとまずい!」
 


 ダコスタはそれに従い、機体をさかんに捻ってはランダム機動で回避を試みる。
 ところが、背後のゲイツは影法師の如く、戦闘機並みの運動性でぴたりとついて離れない。


「……!」

「なっ……何てとんがった動きだ! エース級を差し向けてきたのか?! これでは……」


 ゲイツの接近に気付き、後部ハッチを開いて小型機を迎え入れようとしていたエターナルでも牽制が開始される。
 近接防御システム(CIWS)やミサイルランチャーが展開し、濃密な弾幕が襲い掛かるが、そのことごとくが避けられ、もしくは腰部エクステンションアレスターによって掃討されていく。
 コマの様にさかんに回転しつつ、一定以上同じ箇所には決して留まらないその姿は……忙しなくは無く、寧ろ優雅とすら映る。 
 その回避行動の合い間を縫って、ゲイツのビームライフルが小型機の翼を掠った。


「ぐあっ! や、やられる!」

「……いいや、それは無い」

「ええ?!」


 切羽詰った表情をしているダコスタとは対照的に、アスランは安堵にも似た笑みを浮かべていた。
 


「……“彼女”ならば、当てる時は一撃で当てるさ!」


 減速した小型機を捕らえながら、ゲイツは閉じつつあったエターナル後部ハッチをビームクローで引き裂き、突入していった。 
   



 
 
 


「――ククル?」

「ふむ、変わり無いようで何より」


 敵機の突入を許し、早くも緊迫した空気に包まれたブリッジは……エレベーターからひょっこりと現われた少女の前に、時間を止めてしまった。
 各部署に戦闘配備を通達したと言うのに、何処も要領を得ない戸惑いの返事を返すばかりで、皆事態を飲み込めずにいる中、ハロ達だけが先んじてエレベーターの前へと飛んでいき、彼女の登場を歓迎していた。


「おやおや、こいつは思わぬ飛び入り参加だ」


 まだショックを隠せない陣羽織りの少女に変わり、副長席に座る隻腕隻眼の男が立ち上がる。


「ほお。そなたも渡し賃が用意出来なかったか」

「豆につぎ込んでね。拘りがある男ならではだろう?」

「隊長、それは散財と言うのです」


 疲れた風にツッコミを入れるダコスタに対し……パトリック=ザラによってエターナルの艦長に抜擢されたにも関わらず、即裏切ったアンドリュー=バルトフェルドは豪快に笑った。
 ゼンガーによって重傷を負わされながらも生還し、奇跡の英雄としてはやし立てられていた彼を取り込んだ事は、こうなってしまうと仇になったとしか言いようが無い。
 だがそれすらも、パトリックが張り巡らした予定表の一部なのではという、漫然とした不安がアスランを覆う。


「……大丈夫ですかアスラン? どこか具合でも……」

「構うなラクス。どうせ見えもせぬ悪意に脅えているだけだ」


 歌姫にしてクライン派筆頭たるラクスに対して、ククルは久々の再会だと言うのに冷たい態度を取る。
 その変わりように表情を曇らすラクスだったが、その意図をアスランは読み取った。


「しまった、ヤキンの部隊か……!」


 刹那、ブリッジに警報が鳴り響き、宇宙要塞ヤキン・ドゥーエから出撃した約五十機にも及ぶMS部隊の襲来を伝える。
 宇宙要塞ヤキン・ドゥーエは、元々資源衛星を改装して建造されたものであり、本土防衛最後の砦とされている。
 資源衛星時代に小競り合いはあったが、軍事要塞化した後の戦闘はこれが始めて……よもや内側からの脱出者を迎撃する事など考慮していなかっただろうが、その動きは本土防衛の要に相応しく、精彩だ。  


「まだ安心出来ぬと言う事だ、ラクス。気遣いは良いが、見るべき影はそこではない」


 指導者として、艦長としての表情に戻ったラクスは、艦長席に戻る。
 バルトフェルドも戦況を凝視し、ダコスタはオペレーター席へと着く。


「ま、出てくるだろうがな……主砲発射準備、CIWSは……さっき君が大分痛めちゃったからねえ」

「兵が見ているうちに裏切りの素振りは見せられぬ。これでも時間は稼いだ方だ」
 

 確かに網を張る以前に、プラント側からの追撃があって当然だ。
 それが無かったのは単(ひとえ)にククルの存在が大きく、彼女が半ば本気でエターナルを攻撃していたからこそ、他の部隊は安堵……否、尻込みしていたのだ。
 


「この艦にMSは?!」


 そんな風に危ない橋を渡らせ続けるものか、とアスランは意気込むものの、バルトフェルドの返事はそっけない。


「あいにく出払っててね、こいつはジャスティスとフリーダムの専用運用艦なんだ」


 思いがけない答えを聞いて、アスランは戸惑い……難しい顔をする。


「……ゼンガー少佐もククルも、一箇所に留まる様な人じゃないのに、何でよりにもよって専用艦?」


 ある意味この艦最大の武装たるミーティアも、二人の戦術志向からして無用の長物と化すのでは、という危惧すらあった。


「うーむ……今思えば素直にナスカ級二隻にしとくべきかと思ったんだがね、やっぱり新型艦と言う誘惑には勝てなかったと言うか何と言うか」


「……お二人共、言いたい事があるならばはっきりと仰って下さい」


 静かに命じられて固まる大の男二人。
 他のクルーも肩を竦める中、ククルのみが滑稽そうに肩を震わせていた。





 そうこうしている内にも着々と包囲網は狭められ、怒涛の勢いで進攻してくる。
 プラント内で行ったのと同じ様に行われた、ラクスによる全通信チャンネルへの呼びかけも流石に効果が薄い。


「ま、難しいよな、いきなりそう言われたってよ……迎撃開始!」


 たった一隻の艦に対し、ジンから対艦ミサイルや短距離誘導弾が放たれ、それを更に多くのエターナルのミサイル砲撃がジンごと沈めていく。
 だが数は余りに圧倒的。動けるMSも無い状況での迎撃は無理がある。



「ミーティアは使えませんか」

「あれはまだ戦闘が可能な状態では……起動させるにも最低でも60秒かかります!」

「だったら、俺がゲイツで時間を稼いで来る!」


 真剣な意見を口にするアスランに、ラクスを含め一同の視線が集まる。
 こんな状況で外に出れば、いかに新型機と言えど数分持つか持たないかで、回収も不可能になる。
 だが迎撃システムが追いつかない以上、それぐらいしか確実な脱出方法は無かったが……。


「いや……その役目は奴らに任せておけ」  

 苦しい選択を強いられたラクスに対し、呑気な調子でククルはモニターの一点を差す。
 後方から迫っていたミサイルの光点が、それを上回るスピードで横切る一つの点によって、一斉に消滅していったのだ。

 間髪居れず、ある一点からマイクロミサイルやビームライフルが迸り、エターナルに迫っていたジンを根こそぎ戦闘不能に追いやっていく。


 何の冗談か、中には肩部をドリルの様なものに抉られたものまであった。


〈おーっす! 元気かアスラン、ククル!!〉

「いいっ?!」


 二機の不明機が現われた直後にエターナルの甲板に立った二機の機影を見て、アスランは正に、幽霊でも見たような顔をした。
 オレンジ色が映えるジンに、初めて伍式に撃破されたXナンバー……ブリッツ。
 暫く思考が停止してしまったが、ブリッツからの急かす様な要求が飛び込み我に返る。


〈砲台代わりになります。電源の確保と攻撃目標の指示を下さい〉

「あ、ああ……って、ニコルだよな?」

〈急いで下さいよ〉


 ミゲルと同時に映し出されたニコルの姿に、余りに自分の知る像とかけ離れていたが為に、惑う。
 甘く優しかった幼い同期の姿は何処にも無く、怜悧さすら垣間見れる戦士の瞳があった。
 


「変わらずだよミゲル。そなたも無駄にハイテンションだな」

〈陰鬱なテンションじゃあ死神が寄って来るだろうに〉

「違いない。それとニコル、ご苦労だった」

〈ククルも。新型と新型戦艦奪取なんて、随分と欲張ったみたいで……〉


 ミゲルの時とは明らかに違う、優しげに目を細めるククルの姿は……アスランにとって、足元が崩壊する程の破壊力を秘めていた。
 辛うじて踏み止まったアスランは、親の敵……もとい、親に匹敵する敵を見るような目で、仰角へとゴットフリートを向け、迎撃を開始したブリッツを眺めていた。  
  
 

 




 
 
 

 

代理人の感想

アスラン(笑)。

アスラン(笑)。

アスランッ(爆笑)!

 

 

ナイスだw