アメノミハシラでの補給を終え、シース本隊は廃棄されたL4コロニー群へ、レーツェルは単独でクライン派を援護すべくヤキン・ドゥーエに向かった。
案の定戦闘が開始されており、クライン派が奪取したエターナルを防衛すべく参戦するが……大漸駄無の方が早かった。
ゼンガーはゼンガーで向かう場所があったにも関わらず。
何がゼンガーから失われたかを悟り、只瞑目するレーツェル。
例えそれが戦場と言う、自らの存在が何よりも優先されるべき空間であっても、他者を弔う心は忘れない。
それがレーツェルの強さ。
自らの為に行使する力を半ばで抑え、その残りを全て他者につぎ込む事が出来る潔さ。
……それは自らの半身が、誰とも知れぬ人々が居る、ちっぽけな箱庭の為に全ての命を捧げた決断には、程遠い覚悟ではあったが。
戦闘能力“のみ”を奪われ、じたばたと足掻いているMS群を尻目に、レーツェルらはエターナルと共に離脱。
航跡を悟られぬ様カモフラージュした後、シース本隊と同じくL4へと向かった。
一方、一部のシースの人員は既にアークエンジェルとの接触に成功していた。
オクト1とオクト2のフュンフが先導する形で、大型シャトル数機がコロニー群に辿り着いたのだ。
本当に階級の意味など無意味、といった風に、元オクト小隊隊長カチーナは無遠慮な態度であった。
部下として最後の生き残りであるラッセルはまたか、と胃をしくしくと痛めていたが、生憎マリューにはもっと不躾な男が側に居るので、慣れ切っていた。
しげしげと面白そうに睨むカチーナに、ちょっと戸惑いが隠せないマリュー。
文字通り違う目の色からではなく、またしても“濃い”同志が増えた事への、困った喜びからだ。
あらー、とがくんと肩を落としてみせるフラガ。
ひょうきんな動作だったが、目線はしっかりカチーナに向いている。
澱む事無く言い切るカチーナに、フラガはふうむと頷いた。
そこでカチーナは、ふと後でずっと見守っていたラッセルに目を向ける。
アイコンタクトのみでその真意を量ったラッセルは、マリューの前に出た。
シャトル誘導中に垣間見た、M1部隊の動きを観察した結果の判断だった。
何も無い所で回転したり、デブリに激突して火花散らすような醜態では、いざという時には物の役にも立たない。
青い顔をしてラッセルは自機の方へと向かう。
何を教え込むのか不安になったマリューは問いただそうとしたが、カチーナが背を向けたまま先んじた。
端整な口元をにやけさせゴキリ、と指を鳴らすその姿は、どうしようもなく凶悪に見えた。
喜々とした様子でアークエンジェルを飛び出したフュンフ。
持ち込まれたストライクダガーは全て、この二機の為だけにストックされる事となっている。
実戦投入から日が経ち、ジャンクも広域に流通しているジンや、一国専用の兵器として、効率性と量産性を高められたM1と異なり、ストライクダガーのパーツは調達が困難だった。
カーペンタリアで放棄したものも含め、かなりのMSを失ったシースだが……カチーナの狙いはクサナギに向いていた。
三十数機のM1が格納され、少なく共十数機は運用されている現状で、実力を鑑みてそのシートを奪う事は存外簡単だろうと判断したのだ。
コーディネーターを含む志願者のみで構成された殴り込み部隊がクサナギにたどり着き、ラッセルの下準備をぶちこわし、エリカやパイロットら相手に談判と言う名の小競り合いが発生した丁度そのころ。
アークエンジェルには、入れ替わるようにして変わり果てた伍式が帰還を果した。
最初その異形を見たとき、誰も同一機体とは認識出来なかった。
同様に自分もまた……と、フレイは中々コクピットから出る事が出来ない。
廃棄衛星へ行くと言い出したゼンガーに、着いて行こうと思えば出来た。
だが伍式の速力の問題や、宇宙戦闘に全く慣れていない自分の存在はゼンガーの枷になってしまう。
……彼は表情のコントロールがずば抜けて上手い。
楽しいときには本当に楽しそうに笑っているし、それを隠したいときはそれを全く気付けなくさせるほどに隠し通す。
しかし長く居る間に、ほんの少しの綻びすらも読み取れる様になっていた。それが果たしてこの場合、正しかったどうかは別として。
無表情の奥にあったのは……焦り。
一刻一秒も争うといった、只ならぬ雰囲気が見え隠れしていた。
そこで自らの我を通せるほど……フレイは愚かにはなれない。
星が流れぬ、壁に囲まれたモニターの画像を眺めていたフレイだったが、そうもしてられない状況が発生する。
慌てて無様に首を振る伍式の様は、矢張り情けない。
構造上直下の視界が取れていないのだから尚更……フレイは、意を決してハッチを開く。
途端に飛び込んできたのはフラガの顔。
頭を掻きつつ、いつもの調子で語りかけてくる。
下にも、変わらずこざっぱりしていないマードックが手を振っている。
横を見れば、タラップの方から駆け下りようとしているミリアリアとサイの姿も。
ザフトに捕らえられ、ゼンガーに助けられて戻って来た今まで、一度たりとも彼らの顔が浮かばなかった。
生きてはいまいとは感じていたが、死んだと断じるだけの要素もなかった筈なのに。
余りに眩し過ぎた希望のお陰で、他の一条の光はかき消されていたのだ。
こうやって一歩下がる事で、ようやくそれらを見つめ直す事が出来た。
それらもまた、目に優しくない強さがあり……思わず、目元が滲むフレイだった。
クサナギの通路の一角、未だキラは一人で惑っていった。
ウズミから渡された遺品とも言えるそれは……カガリの中の、父親としてのウズミの存在を粉砕しかねないものだった。
だからこれは、今の彼女には見せられない。
一人の女性に抱きかかえられた、髪の色の違う赤子。
一人は薄い茶、もう一人は金……その子らの名前は、裏に書かれた言葉が正しければ、“キラ”と、“カガリ”と言うらしい。
“失敗作”は死あるのみ、もしくは自らの師の様に命懸けで逃走した筈。
自分の様に、平然と日常に溶け込み欺いているものは居ない。
偽りを構成する一パーツを続ける事無く、キラ=ヤマトと呼ばれる動的な“個”として動き出すに至った、重要なきっかけ。
その後も同じ道を歩み続けた、かけがえの無い自らの一部だった。
……それが自分と同列に扱われる事に関して、違和感を禁じ得ない。
主観的な意味ではそれは構わない。カガリと共に歩みたいと願う、この気持ちは偽り等ではない。
しかし客観的な視点で……キラ=ヤマトと言うバケモノと彼女が、同じ系統に属するとは、考えたくも無かった。
肩に手を置かれ、思わず向いた途端に頬を突かれた。
困ったように眉を曲げると、相手は軽く、でも何処か寂しげな影を残して後に下がった。
キラ以外誰も見舞いには来ない……否、来れなかった事をすねているのだ。
キサカはクサナギの運行にかかりきりで、エリカは宇宙に上げたM1の調整作業を突貫作業で行っている。
ジュリらはM1の慣熟度を少しでも上げようと奮闘してる。
……そしてククルは、挨拶も無いままにプラントに戻ってしまった。
それは笑う、と言うよりかは亀裂に近い表情だった。
そんなものを許す事が出来ず、キラは足場が無く、ふらふら漂うばかりのカガリを捕らえ、離さない。
泣き喚いても、カガリは決して握る手を離そうとしない。
それは躊躇いがあり、それでも縋るような、必死な有様。
キラは断言し、尚々カガリを離さない。
苦しげな息がカガリから漏れるものの、それは捕まえると言うより、荒々しいまでの抱擁だった。
月でも、アスランが一番の友になったのはそれが原因だったかのかもしれなかった。
彼もまた、コーディネーターの中で類稀なる優秀さを発揮し、キラと同位に並ぶ数少ない人物だったから。
互いに実力が拮抗し、追い越し追い越されを繰り返すその様は、方向性はどうあれ健全な自己形成に繋がった。
ところが、そうして培われたキラ=ヤマトと呼ばれる存在は……ナチュラル社会においては通用し難いものでもあった。
余りに彼らの常識を逸脱した力を持つ事を、キラは無理矢理にでも自覚せねばならなかった。
波風を立たせぬよう、自然と力を抑え、つられて自らの人格も抑圧させていく中で……本来の自分を、誇る事が出来なくなっていた。
MSという力を操り、慢心した挙句仲間を殺し。
平和と言う大義を得て、それに拘泥して肝心な部分で役に立てず。
……そんな風に歪な形でしか結果を生み出せない自分を、とてもじゃないが誇れない。
猛虎は自滅し、友は引き際を誤り先走った。
心技のバランスを崩し、先が無い奈落へと堕ちていく人々を見送り、明日は我が身と慄く日々が続いた。
……全てが狂っていると妥協してしまえば、決してそんな感情は生まれない。
だがそうじゃない……その狂いすら“調整”できる人が居ると確信しているからこそ、認識可能な恐怖。
キラが笑う。
戸惑いはあるが、拒絶ではないぼんやりしたカガリの反応を見て、自分は力の使い道を違えなかったのだと確認できて。
カガリも笑えた。
自分が何も出来ないのでは無く、何かを出来る可能性が先にあると……彼女の心を占有している男に、言ってもらえたのだから。
後は、互いに言葉だけでは足りぬ部分を、改めて全身で感じるだけだった。
それを歪ませた全ての元凶……メンデル。
船窓から映る呪われた試験管を……満足気に身をゆだねてるカガリに悟られぬ様、キラは見据えていた。
自らの、真の故郷を。
代理人の感想
お、ヘタレ返上?
現状ではまだ兆していどでは在りますが・・・・
あ、カチーナから多少血を抜いて輸血すれば丁度いいのかも(笑)。
ちなみに「慇懃」というのは「丁寧な」という意味でして、「慇懃無礼」は「馬鹿丁寧な態度で人を侮辱する」事です。