ドミニオンから新型Xナンバーが三機、そして何機かのストライクダガーが出撃する。
対するアークエンジェル側の兵力はバスター、それにクサナギから発進したフリッケライとM1部隊。
数的には余りに差が開いてはいたが、それでも何故か、絶望的な気分にはなれないでいた。
楽観ではなく、不安があって……恐怖に備える事が出来ないでいる。
代わりにアズラエルに去来するのは底知れぬ焦燥感だけである。
世話話でもするかのようにアズラエルは語るが、それを聞きナタルは作戦の組み直しを本気で考えた。
ヘリオポリスからこの方、ゼンガーは奇策と奇襲で戦線を引っくり返す程の動きを起こしている。
あくまで奇異であり、異質と切って捨てれば楽だろうが、それは同時に、この艦ごと斬って捨てられる可能性を示唆するものだ。
戦場に常識は無い……師と、その親友たるゼンガーに実戦において叩き込まれた教えだ。
忘れる事も無いし、蔑ろにする事も無い……だが常識を知らず生き延びる事もまた出来ない。
現状の位置から右上方へ艦を移動させ、現在位置の右方向にミサイルをばらまく。
その意図が何を意味するかは、素人では解らない。故にCIC担当の士官らは必死に命令に従うだけだった。
何と無くね、とおどけるアズラエルだったが、ナタルは役立たずとばかり思っていた目の前の男の評価を、少し改めた。
相変わらず苛立ちを煽らずにはいられない事は、変わり無いが。
一方の大天使。
ドミニオンも確かに脅威だったが、それ以上に問題だったのは新型Xナンバー三機。
オーブ情報部がまだ健在だった頃、それぞれの機体についての大雑把なデータは収集できていたが……それによれば、一機一機がゼンガーが駆る伍式や漸駄無に匹敵する戦闘能力を発揮していると言う。
確かにマシンスペックは言うまでも無く高いが、それ以上にパイロットの技量も相当なものなのだ。
レーツェル曰く、人の身で人を超えた、正しき進化の形態……ブルーコスモスが積極的に関与したと言う、人材発掘プロジェクトで求められたのが、俗に超人類と呼ばれる人間だった。
その概念は物凄く曖昧であり、コーディネーターを超える秀でた部分があればそうだと言う意見や、ESP能力や予知能力等、サイキックじみた才能を持つ者がそうであると、各国でも解釈が異なっている。
戦前はそうでも無かったようだが、現状では軍事利用が最大の目的とされ、実体も公然と表面化した。
それに拍車をかけてしまったのが、ゼンガーら大天使の皆々。
只一艦で激戦区を殆ど犠牲なしで潜り抜けた能力は、軍部からすれば異常も良い所だった……故に、定義的にはマリューらも超人類扱いになり、何時の間にか人類の範疇から外されているらしい。
未来は自らの手でしか作り出せない。
故に、他人に阿った創造は願望でしかなく、他者に託してしまった“未来”、つまり当人らにとっては過去にしかならない。
瞑目したレーツェルは、静かに呟くとそのまま押し黙った。
彼もまた、未来の押し付けを控える事にしたらしい。
マリューがその気遣いを無にしまいと考えを廻らす一方で、レーツェルは只、現実だけを淡々と伝える。
レイダーは、フライトユニットの調整が完了したフリッケライが追撃しており、カラミティはその援護に徹している。
残るはフォビドゥンだけだが、これの偏向装甲は例え戦艦であっても直撃以外は無力化されてしまうだろう。
その時、ミリアリアが悲鳴の様な報告をする。
すぐさま最大望遠でクサナギを拡大した結果、まるで網に引っかかった鯨の様にもがく様が、飛び込んできた。
トノムラは大仰な仕草で溜息をついていたが、笑い事ではない。
マリューが特に警戒していたのは、コロニーのシャフトを張力によって支える、メタポリマーストリングス。
高分子化合物の複合体で、強靭かつしなやか、しかも肉眼で捉え難いほど細い。
無論それは宇宙空間での話であって、少し宇宙に慣れた人間なら警戒は怠らないし、やろうと思えば見極める事も出来る。
が、宇宙軍が存在しないオーブの人間にとってはそれは難しい注文であった。
正面から突っ込んでしまい見事に動きを封じられている。
キサカの指示により、ストライクダガーと交戦していた一機、アサギが乗ったM1がストリングスの排除に取り掛かった。
クサナギの甲板に降りると、ビームサーベルでそれを焼き切ろうとするが、梃子摺っている。
それを逃すフォビドゥンではなく、混乱していたクサナギの対空網に引っかかる事すら無く、アサギ機の目前まで肉迫していた。
目前に現われた死神とその鎌に悲鳴を上げることすら出来ず、只恐怖で顔を引き攣らせるアサギを……。
油汗すら沸騰しそうな、熱の篭った怒気が襲った。
気付いた時にはカチーナのフュンフが、ドロップキックでフォビドゥンを引き剥がしていた。
急き立てる様なラッセルの言葉と同時に、彼のフュンフはアサギ機のすぐ側に着地すると、すかさず上空へと斉射を開始。
M1部隊を鉄球で吹き飛ばしつつ迫っていたレイダーを、一端離脱させる事に成功する。
何か言いたげに佇んでいたラッセルのフュンフだったが、やがて帽子の鍔を下げるかのように頭部センサーを収納し、飛び去っていった。
クサナギに足を引っ張られる形になったが、こちらはこちらでドミニオンが居る。
そちらの対応もせねばならない以上、これ以上の援護は困難であった。
フレイの報告を受け、ゴットフリートの砲身が回頭し、艦尾のミサイル発射管が開かれ、幾線かの軌跡が生まれる。
同時にドミニオンも左舷の同じ武装を展開、怯む事無く撃ち掛けて来た。
互いに側面を見せ合っての砲撃……まるで旧世紀の艦隊戦の如き様であった。
性能が全く同等、いやクルーの慣熟度を考えた場合、先に撃った大天使の方が圧倒的に有利だった筈。
……だがここは、空虚にして混沌の、墓場の海なのだ。
直後、ゴットフリートの射線を大天使がかわした。
続いて飛来したヘルダートも、イーゲルシュテルンで無事迎撃。
ところが、刹那に垣間見れたドミニオンは実に静かなもので、黒い船体を悠々と進ませていた。
大天使側の攻撃がコロニーの壁材等の強固なデブリに阻まれたのに対し、ドミニオン側の一撃はそれらの薄い部分を貫き、あるいは避けて飛来して来たのだ。
しかも、これだけでは済まされない。
右舷へと踊り出た伍式が、背部の衝角型量子無線端末を腕部に接続させ、そのまま増加装甲と共に射出する。
それらはミサイルの軌跡をなぞるようにして飛翔していき、ミサイルを文字通り引き裂いて舞い戻る。
撃破した数は全てではないが、密集していたが為次々と誘爆していった。
激しく振動する大天使と伍式だったが、分厚い胸部装甲に守られフレイ本人の揺れは然したるものでは無かった。
……代わりに、何処をどう密封しても浸透して来る殺意を、味わっていたが。
爆炎を振り切って現われたカラミティの、背部カノン砲の一撃を衝角で拡散させ、伍式はカラミティにぶつかるようにして大天使から離れてしまった。
時限式の地雷原を即席で造り上げ、それすらも目晦ましとしてMS隊の活路を開き、そのスキに後方に回り込む……必死になって要領を得ない部下に指示を下しただけあって、見事にその目論見は果されていた。
かつての船を沈める事を躊躇っているとも取れる問いにも、アズラエルは望んだ答えだけを返した。
同時にそれは後戻りできない責任を負っている事を、否応が無しに認識させる。
……既にこの身は連合に組み込まれ、歯車として回り続けるしかない……。
意志薄弱な己が心では、そうである事でしか、この世界の為には働けないから。
……先の命令でもそれは明白だった。
機械の様にある事を強いて、結果が出るまでクルーにあったのは疑惑と不安のみ。
誰にも自らの本質は、アテにされていないのだ……そうナタルは諦めがあった。
満悦だったアズラエルが本気で怯え出し、クルーの間にも動揺が走る。
そうしている間にも、常軌を逸した速度で敵は迫る。
この恐慌状態は、何を言っても直には回復出来ないと悟り、ナタルは只命令を下す。
何かをしていた方が気持ちが楽になる……それは剣同様大天使を守り続けた男の考えでもあった。
果たして、到底逃げ切れぬほどのミサイルがMSに迫ったが……信じがたい事に、それらは一秒たりともその歩みを止める事が敵わなかった。
正面のミサイルは両断され、肩や脚部に直撃した筈のミサイルも、着弾した装甲が激しく揺れ動いただけで、後は何事も無く無傷の容貌が保たれていた。
連合でもまだ実験段階である、衝撃緩和システムを敵MSは搭載していた。
弾力性の高い衝撃緩和剤を装甲と本体の間に充填する事で、着弾時に装甲そのものが揺れ動く事で、その衝撃エネルギーを緩和する代物。
真紅と蒼のアーマーはまるで……鎧武者を彷彿とさせる配置であった。
ナタルは断言し、イーゲルシュテルンやミサイル発射管を次々に潰されながらも、ドミニオンに射撃を強いた。
結果、斉射された重粒子は大天使に襲い掛かる事は無く……直前で踊り出た敵MSに吸い込まれる様に着弾した。
良く知るであろう敵MSのパイロットを嵌める様なやり方に、こみ上げる吐き気を抑えつつ、CIC要員に確認を急がせるナタル。
が……。
と、何か諦め切ったアズラエルの様子に眉をひそめ……絶句し、ほんの少しの安堵と多大な絶望を一度に飲み込む事になった。
吐き気等、一瞬で吹き飛んだ。
大天使の方から投擲された一刀が、恐るべき速度でドミニオンに迫る。
大半の対空砲火を潰されており、そもそも推進剤も何も用いず、熱すら帯びぬ凶器を捉える事すら出来ず……その真紅の刃は、ゴットフリートの砲塔に深々と突き刺さった。
それを易々と引き抜き、両腕で構える敵MS……大漸駄無。
ゴットフリートの直撃を受け、装甲は焼き焦げていたが……それだけだった。
肩部の円状の回路から火花が飛び散っているだけで、それ以外に外傷は無い。
そう、ヒロイズムに溺れ勝利を逸する事は、彼は……ゼンガー=ゾンボルトは一度たりとも無かった。
数知れぬ死体を乗り越え、数知れぬ犠牲を払いつつも……かの者は、確実な勝利を求め歩み続けていたのだ。
例えそれが軍規を逸し、局地的なものであっても……大局と言う言い訳で、見捨てる者を生み出したりはしなかった。
冷酷で、情けも何も無い事実だけを突きつけるゼンガー。
が、今この場にいる、ナタル=バジルールと言う軍人にとって……その配慮は有り難いものではあった。
現実的な理由をもって、艦長として正しい範疇で……退く事が出来るのだから。
沈黙していたもう一方のゴットフリートの砲塔をレールガンで破壊した後、大漸駄無は離床していく。
その後、余りに一方的な敗北を到底許容出来ず、クルーに沸いてくる不満がナタル只一人に向けられるが……。
爽やかと言って良い態度でアズラエルがナタルの肩を叩いていた。
叩けばボロボロと装飾が崩れそうないびつな笑顔であったが、ナタルは我慢する。
艦長どころか軍のバックにいる大物の言葉だ。
流石にそれを無視出来ず、無理矢理にでも納得させてクルーらは不満を引っ込めた。
値踏みされていた事に憤りを隠せず、ナタルの命令は苛立ちが篭っていた。
クサナギの戦線復帰を待たず、ドミニオンは満身創痍の格好で後退していく。
対する三機のXナンバーはまだまだ健在で、それぞれ相手にしていたフュンフ、フリッケライ、そして今しがた駆けつけたマガルガに最後の攻撃を放って、下がっていった。
気に食わなかったとはいえ、一度は仲間であったのだ。
何の抵抗も無く、命令に従って向かってくるならば、完全に嫌悪し憎悪に転換させて討つ事も出来ただろうが……戦闘前の降伏勧告はフレイも聞いていた。
あれは策謀めいた考えでは、出来ない声色だったのだから……。
クサナギに追いすがっていたストライクダガー隊を瞬く間に戦闘不能に追い込み、返し刀でカラミティとぶつかり合っていたククルは、あれだけ激しい闘舞を感じさせぬ、落ち着きはらった口調だった。
それを聞いてマリューが上ずった声を上げた。
ナスカ級はエターナルを除くザフト現行艦では、最も速力のある船。
ヘリオポリス脱出時同様、発見された場合撃退せねば振り切る事は敵わない。
マリューやククルの戸惑いを他所に、フラガのメビウス零式がフル装備で飛び出していった。
一瞬怪訝な顔をしたククルだったが、やがてそのまま追跡し出した。
かつて自らを利用し、またフレイも彼を利用した……クルーゼの口添え無くしては、伍式の修復及び大幅強化は望めなかっただろう。
……だが此処にいたって違和感が生じる。
本当の意味で戦力化するならば、速やかに解体した後プラントで分析した方がより確実で、大きな成果を得られていた筈。
それを、その場しのぎの改修を行って、あまつさえ捕虜に扱いを任せる……筋が、通っていない。
マリューの返答を全て聞く前に、伍式はアークエンジェルを蹴ってメンデルの方へと加速していった。
今更世話を焼いてくれたあの男に未練は無かったが……放置できるほど、無関心ではいられないのだ。
代理人の感想
むう、なんかスラムキングと太刀持ちみたいな師弟二人(爆)。
それはそれとしてカチーナのダンナ・・・もといアネゴ、次回が怖いかもw