零式がコロニー内に突入した若干前、クサナギはようやく身動きが取れるようになっていた。
結局モラシムが船外に出て、ジャンクの中にあった重斬刀であっさりとストリングスを断ち切ってしまったのだ。
潜水艦隊を任せられただけに、宇宙、そして海中での船外活動についてはかなりの博学だった。
元々宇宙へ向かう訓練には、プール等で擬似無重力を再現して行う。それを考えると海と宇宙は別けて考える事は出来ないものだった。
クサナギの失態に憤りを感じているのはモラシムだけではない。
辛うじてラッセルと二機がかりでフォビドゥンを撃退出来たカチーナ等、酷いものだった。
脚なり腕なりをズタズタにされたフュンフの中、カチーナは怒りを通り越した虚しい目で周囲を見る。
レイダーの巨大な破砕球はハリケーンの様に周囲を破壊し尽くし、只中に居たM1部隊は何かしらの損傷を負う羽目になっている。
ラッセルが咄嗟にフュンフのエネルギーラインをクサナギに接続して、ライフルをオーバーヒート寸前まで乱射したのが功を制し、辛うじて追い払う事は出来た。
フォビドゥンはもっとえげつなく、相対したM1は全て、バラバラだ。もっともこちらは、いち早くカチーナが、そして駆けつけたフリッケライとバスターが迎撃したから良い物の……。
ラッセル機に支えられる形でクサナギへと緊急着艦するカチーナ。
矢張り量産型のカスタム機ではこれが精一杯。
もし相手が本気でかかっていれば、クサナギごと五回は沈められていた……それを考えて悪寒がすると同時に、不甲斐無さを痛感していた。
そんな風に戦力的に逼迫する中、キラとディアッカは新たな敵の出現におちおちしてはいられなかった。
フリッケライのベース機体は、上半身はマガルガとなっている。
マガルガ事X−303の本来の機能は指揮官機であり、ノイズ交じりとは言えククルの報告を聞き取る事が出来たのだ。
クサナギから離れ、港内のエターナルすら素通りしてシャフトに入り込むフリッケライとバスター。
先手必勝を狙いシャフトに入り込んだのは良いが、Xナンバーを含む三機ものMSと拮抗する戦力ともなれば、相当なものだろう。
挨拶回りと称してエターナルからクサナギに来艦した、やけにフレンドリーな金髪の青年と、ククルに付き従って甘えている少年が、キラの脳裏に過る。
だがディアッカが“あいつら”と一緒くたにしたもう一人は、顔すら知らなかった。
クサナギに来なかった事もそうだが、先の通信時ノイズのせいで最初の方が聞き取れなかったのだ。
シャフトを抜けた途端、羽虫の様な耳障りな音と同時に銃弾の歓迎を受ける。
その真っ白い機体は、右手に重斬刀を携えつつも、シールドと一体化した28ミリバルカンをばら撒いてくる。
その噂は師であるエクセレン伝手で聞き及んでおり、“危険”だとも警告されていた。
実際、今やザフト量産機としてはやや普及してきたシグーを、まるで最新鋭の機体の如き脅威へと変貌させている。
かつては遺伝子工学を主体とした研究都市として栄えていたが、バイオハザートによりγ線消毒が施されたメンデル内部は微生物一匹生存を許されない赤い大地に変貌している。
堆積物を巻き上げて着地したバスターは、上空のシグー目掛けてドッキングさせた収束エネルギーライフルを放つが、簡単にかわされ反対側の外壁を吹き飛ばした。
ヘリオポリスの悪夢が甦り、キラは叫ぶ。
誰も居ないとは言え、一つの大地を破壊する愚挙を再現してはならない。
ディアッカは舌打ちしながらも接合を解除し、射程が限定される散弾砲を放つ。
幸いにもこちらは多少の効果はあったようだが、シールドも使い巧みにいなしている。ダメージは皆無だ。
が、警告のせいでキラ本人の動きが遅れた。
赤い大地を砂煙と共に駆けて来たデュエルに弾き飛ばされ、フリッケライは大きく体勢を崩す。
ところがデュエルはフリッケライには目もくれず、ビームサーベルを抜いて我武者羅にバスターに向かっている。
入り込んできた相手側の言葉にハッとなるキラ。
ディアッカに声を掛けようとするが、彼はそれより先じた。
そう言い放たれ、キラは上から斬りかかって来るシグーの対応に専念するしか無かった。
フライトユニットを点火させ、空中戦に移行したフリッケライを横目に見つつ、ディアッカは迫るデュエルと対峙する。
バスターには近接戦闘能力は無く、斬りかかられたら脆い事は、経験上百も承知。
それより先に撃てば事足りる事だが……相手はまず間違いなくかつての同僚なのだ。
覚悟はしていたとはいえ、別れの言葉も無いままそれを成す事は出来なかった。
彼の存在を忘れてのうのうと過ごせるほど……利口にはなれないから。
通信回線を開いた後、350ミリガンランチャー、そして収束ライフルを同時に前に引き出した。
本来インパルスライフル、もしくは装甲散弾砲に組替える場合は、片方は背後に残してから、接続する。
それをしないこの行動はイレギュラーであり、射線も取れず射撃武器としては使えなかったが……デュエルの見事とすら言える突進を止めるには十分な効果を発揮した。
丁度カチーナのフュンフが振り回すトンファーの様に、二つの銃器が即席の打撃武器として機能したのだ。
よろめいたデュエルは相手が誰であるかを知り、サーベルの刃を消した。
だが代わりにビームライフルを突きつけ、モニターに映るイザークは油断なく問う。
その時、シャフトに大穴を開けて乱入して来た者が居た。
メビウス零式に跨り、突破を果した……伍式。
問答無用と言った風に両の腕を構える伍式。
だが両者の間にバスターが割り込んで制した。
フラガは乗られている事も忘れて口が滑ったが、ばっちり聞こえていた。
師の機体のパーツを用いている以上、ぞんざいな扱いはしないが……集音センサーの真横で衝角を回転させられると中々にこたえた。
そのまま伍式は首を回し、杭と剣で鍔迫り合いの真っ最中である二機へと注意を向けていた。
イザークは当惑した様子を隠せずにいたが、背後から組み付かれた衝撃と伝わった声で、ますます状態が悪化した。
先程交戦し、振り切ったはずの機体……ブリッツとカスタムジン。
ここから聞こえる声もまた懐かしく、唖然となるには十分過ぎるインパクトがあった。
真面目すぎて、唐突な事態に対処出来ない部分はまだまだだな……等と苦笑しつつ、ディアッカはバスターのハッチを開けた。
両機共、機体の限界に迫る動きで相手を追い詰めるべく飛び回っていた。
フリッケライの大口径三連機関砲が、シグーのシールドをバルカン砲ごと粉々に砕く。
次の瞬間にはシグーの突き出された重斬刀の切先が、フリッケライの機関砲給弾装置を貫く。
互いに飛び道具を失い、後は肉迫した接近戦しか無い。
フリッケライが杭をシグーに突き刺さんと右腕を出すが、すんでの所で腰をそらされ空振り。
シグーの重斬刀が肩部装甲を伝い、そのまま背部のフライトユニットにずぶり、と浸透する。
失速寸前、キラはトリガーを絞り、イーゲルシュテルンをシグーの頭部に全弾叩き込んだ。
紙切れの様に装甲が吹き飛んでいき、数秒後には綺麗さっぱり首が消え失せ、周囲に鉄くずが舞い散る。
だがシグーは戦闘続行が可能だった。
マウントしてあった突撃銃をフリッケライに突きつけ、トリガーを絞ろうとしたが……。
スキを見て背後をとった零式から放たれたマイクロミサイルが、バックパックを吹き飛ばした。
更に、地上から猛然とゲイツが射撃し、四肢全てを貫いた挙句、最後の一撃がコクピット直下に命中、致命傷となった。
バラバラになったシグーのハッチが開かれ、余裕の表情でクルーゼが飛び降りた。
そこに、逃すまいと伍式の巨大な腕が迫る。
だが、クルーゼは陰湿な笑みを浮かべると、ホルスターから拳銃を抜き、コクピット目掛け連射する。
フレイの肩を焼けるような激痛が襲ったため、伍式は一時制御を失い重力に従う。
フラガは零式で拾い上げるようにして落下の衝撃を緩和したが、そのまま砂漠化したメンデルの大地に不時着してしまった。
只の拳銃でそこまでやるには、同一着弾点に向けてコンマ一ミリとてずらさず撃ち込む必要がある。
そんな事はあの不安定な状態では到底不可能……“神懸り”な何かが働いているとしか思えなかった。
機能不全に陥り、デッドウエイトにしかならないフライトユニットを、キラは躊躇い無く切り離した。
それさえ無くばフリッケライは軽量なので、脚部のスラスターのみで無事着地に成功した。
宥める様にミゲルが近付くが、そこにイザークは拳銃を突きつけ、離れさせる。
だと言うのにミゲルは怖い怖い、とおどけただけで、警戒も何も無い。
ニコルの言及に渋々ながら従い、イザークはホルスターに銃を戻した。
……どの道、この三人相手に銃を構えたところで敵わない事は明白。
アカデミーの頃から短気な自分を諌めてくれたディアッカ。
先輩として多くの経験を語り、いざという時には力になってくれたミゲル。
そして自分達の中でいち早く、大天使の剣に一太刀浴びせた気概を見せたニコル……。
誰もがイザークには無いものを持っており……同時に皆には無い物を、自らも持っていると彼は信じたかった。
でも、今この場で揺らぐこの想いは……果たして、そう呼ぶに足るものなのか。
迷いから逃れるよう、厳しい口調で問うイザーク。
ディアッカは決然と睨みつけ、後の二人はあっけらかんと言ってのける。
ニコルは憎悪さえ篭った声で。
苦笑しつつもミゲルも断言した。
ディアッカは、鋭い目付きのままイザークを見据え、言い放った。
薄汚れた世界……その言葉にイザークは胸を痛める。
“黄泉還り”を果した人間は体面を果す為だけに殺されかけた。実際何人かは帰らぬ人となり、残りは完全にザフトを見限り、シースに身をやつした。
先日も、恐らくシースによって密かに配送した遺品により、偽の手紙や報告書まで用いて、巧妙に隠されていた家族の死を知り、絶望と激しい疑念を抱いた人々の姿をプラントで見た。
……そして多くはそれを知らず、只勝てばいいと、邪魔なものを全て消せば後は安泰と、単純で思慮の無い望みに酔っている。
心底その事を後悔する様な、搾り出すような声。
自己を責めたてる姿を見てはいられず近寄ったイザークに、ディアッカは掴みかかる。
その手を振り払う事も出来ず、息苦しい状態のまま耐えるイザーク。
友としてその苦しみを理解は出来ても、軍人としては認めてはならないと言う、相反する主張の中、葛藤していたのだ。
ニコルがディアッカを引き離したお陰で、ようやく開放されるイザーク。
ディアッカはそれでも、熱くなりかけた頭を無理矢理冷まさせて、結論を述べた。
落ち着きと熱意。
かつてのディアッカには見られなかったこの二つが、確かに今の彼には宿っていた。
引き止める為の、最後の忠告も跳ね除けられた。
彼の父、タッド=エルスマンは最高評議会の一員で、どちらかと言えば穏健派に近い中立の立場。
ディアッカの現状が知られれば面倒な立場になる事は必須だが……父としてはそのあり方を否定しそうにはない。
もうこの男を止める事は出来ない……そう悟り、無駄とは解っていても後の二人に目を向ける。
ミゲルは相変わらず前向きで、朗らか。
苦笑しつつも、軍規の縛りが無い今の彼ならば……確かに範囲はともかくやれる事は多いだろう。
彼はそのほか全てを切り捨ててでも、家族を守る事を選んだのだ。
残りはニコルだったが、彼に命を捨てさせる覚悟をさせるような女性(ひと)が居る事は、最早このメンバーでは周知の事実。
敢えて問う事は無粋だったが……。
つまりこの二人、密かに潜入して家族と接触していたと言う事になる。
ミゲルはともかく、ニコルの父ユーリは現在新たな軍事プロジェクトを立ち上げているのだ……ニコルの言葉が正しいならば、それは真の意味でザフトの為の物なのか、疑惑が生じてしまう。
イザークは衝撃的なニコルの告白に絶句した。
確かにパナマでのグングニル発動は、成功していればザフト側による徹底的な虐殺になっていた。
元々ザフトには捕虜の概念は稀薄であって、ナチュラルをまるで害虫のように駆除する事に……つい最近まで自分すらそうだった……抵抗を覚えない。
当然、地球側もブルーコスモスの苛烈なテロを見るまでもなく、コーディネーターを病巣の様に取り扱う。
今までの倫理観もあっけなく覆し、核さえ使って来るのだ。
……だがニコルは備えと言った。
核兵器による再攻撃や連合軍本土侵攻は、いずれ訪れるであろうと予測し、ボアズ建造やヤキン=ドゥーエの移動をもって、ザフトが対応している。
それなのに、ニュートロンジャマーキャンセラーや、漸駄無にマガルガといった機神を生み出した天才、ユーリ=アマルフィが必要に迫られて、突貫作業で取り掛かっている備えとは、一体何に対してだろうか……?
ニコルは釈然としない表情をするが、それがでまかせではなく本当に解らない故の惑いである事に、イザークは気が付いた。
今までこれほど、真摯な表情で思い悩む様は見た事が無く……まるでずっと、先を見ているかのようで。
代理人の感想
ゲルググはシャアが乗ってもアムロに完敗してたんですけど、強いですねー。
つか変態仮面、原作に比べても人外っぽくはありませんか?(爆)
あの隙間撃ち、精度的に拳銃でできるわけがないとゆーツッコミには
あれはワンオブサウザンドだった((C)北条司)
との解釈で答えておくとして(爆)、まがりなりにも宇宙空間で使用する兵器の構造物を、
いくら装甲の隙間とは言え拳銃弾で貫くのは・・・ひょっとして、このことあるを予期してわざわざそう言う隙間まで作ってたんでしょうか。だとしたら人外級の馬鹿かもしれません、変態仮面(爆)。