「少年少女の引率とはご苦労な事だ、ムウ……まあいい、おいでませ、原罪の地に」

「やかましいっ!! 直に黙らせてやる!!」
 


 撃墜されたシグーから飛び降りたクルーゼは、巨大な円筒状の建造物の内部に姿を消した。
 逃げ込んだ、と客観的には見えるが何かがおかしい……このままあの男の行動を許していては取り返しがつかない。
 そう、フラガは“感じていた”。
 幾多の戦場で交差し、その度に必ずその存在を確信する。
 死神のように纏わりつくプレッシャーを受けつつも、フラガは生き残ってきたのだ……他の誰かを失しても。


「……っ……う」

「くそっ、取りあえずアレ黙らせないとおちおち手当ても……」


 痛みに悶えるフレイを見て、フラガの声色に焦りが浮かぶ。
 が、それを更に銃弾が脳と一緒に振わせた。
 只の一吼えで……その華奢に見える腕に収まり切るか否かのギリギリのサイズの、大口径拳銃を携える少年の姿は、かなり劇的なものではあった。


「ムウさん!」

「坊主……!!」


 彼がほっとした様な表情で振り向いてきたので、思わず怒鳴って伏せさせようと考えたが……止めた。
 まさか只の一撃で……血に濡れた拳銃が上から降ってくるとは思わなかったからだ。
 金属パイプの様な柱の周りに、螺旋状のモニュメントが巡った複雑な構造だと言うのに、キラは正確に、上の階のクルーゼの拳銃を撃ち落していた。


「来たなキラ=ヤマト。矢張り主賓がこなければ話にならない!」


 自らの手を撃ち抜かれたというのに、楽しげに声が弾むクルーゼ。
 忌々しげに再び上を一瞥した後、キラはフラガの元へと駆け寄る。



「何で奴の懐に、態々!」

「サラの服を着込んだはいいけど、早速ボロにしちまってな……嬢ちゃん共々動けんかった」


 伍式だけでも操縦して戻る事も考えたが、伍式は無理な改造がたたり、歩行性能は安定とトルクはあるものの、振動は相当なもの。
 その為に大出力のスラストバインダーが背部にあるが、それとて振動は軽減される事は無い。
 思ったより深い傷を負ったフレイには……辛すぎる。


「……フレイ! その傷は……!!」

「大した事は……!」


 言いつつ油汗は浮かび、息も荒く眉間に皺が寄りっぱなし。
 痛々しくて見ていられず、キラは目を背けた……のではなく、上にまだいたクルーゼに向けて、何発か撃ちこんでいた。


「そう急くなよ! お色直しの時間ぐらいは必要だろうからな……何せここは君の故郷、心の準備は必要だ」

「ほざくな!」


 再び盛大に壁なり手摺が砕け折れ千切れる音が木霊するが、その後には遠ざかる足音しか残ってなかった。
 キラは舌打ちし、再びフレイの元へとしゃがみ込む。


「奴の言う事なんか、いちいち気にするな」

「ええ。あれに聞く耳はありません。“二度手間”ですから」


 フラガが吐き捨てるように告げ、キラもそれに同意して手当てを始めようとするが、フレイと目が合い手が止まった。


「……何」

「いや……あの……」


 コーディネーターである事を隠そうともせず、力を見せ付けた元クラスメイトを、憧れだった少女がどれほど怪訝に見ているだろうか……などと、キラは考えていた。
 砂漠で再会した時からまともに話一つしなかったし、出来なかった。
 覚悟はしていたとはいえ、矢張り気持ちの良いものでもないし、割り切る事も容易では無かったから。


「早くして、時間が無い」

「あ、うん」


 フレイは左手で軽く肩部の裂けたスーツ部分を指差し、キラに指示する。
 キラは言われた通り、傷に触れぬよう気を払いながら、ベリベリとパイロットスーツを引き千切っていく。
 これにはフラガさえ息を飲むが、フレイは身もだえせず、その非常識を受け入れた。


「……腕、右だけ太くなっちゃって。もう水着なんて着れないわ」


 そしてフレイもまた、戦火に身を投じて変わってしまった自らに誇りを持っていたとは言え……矢張り躊躇いがあった。
 周囲の皆が非日常の一部と化したとは言え、その中でも突出して変質していく自分がどう映るのかは、知る由も無かったからだ。


「あ、いや大丈夫きっと。むしろ引き締まってカッコ良く……」

「想像したんだ、スケベ。それにその言い方だと、何だか“前例”があるみたいじゃない……意外と遊んでるんだ?」

「なっ……違う違う! “あれ”は事故、いやいや先生にはめられて……」

「……必死になる所が怪しい」

「誤解だ!」
 


 雰囲気を考えない言い合いに呆れるフラガ。
 だがそれを遮る事も咎める事もしない。
 雰囲気は変わるもの。
 例えどれだけ絶望的な状況下にあっても……変わろうと、変えようとする意思があるならば、どれほどの苦境も抜ける事が出来る。
 だから……。


「おいキラ」

「え?」

「やっぱりな。女の子に弱い所は……まだ、変わってなかったんだ」


 だから若いのに、好きに任せようと……年を食ってる事を認めるのは悔しいが、フラガは少し見守る事にした。
 いずれは絶望を振り払う……若者達を。






「ククルの話によれば反対側にナスカ級三隻……ドミニオンも健在だが、対艦戦闘能力は失われていると言って良い」

「だがあの三機の運用母艦としてはまだまだ使える……状況は大して好転しては居まい」


 ゴットフリートの直撃を受け、大漸駄無の損傷は無視できないレベルに達していた。
 現在三艦の技術者らが総出で取り掛かっているが、本体はともかく動的装甲は三軍共に実用化に至っていない実験兵装……その補修作業は予想以上に難航している。
 形式的にはオーブ軍が独自に開発したとされているが、クサナギには関連データは残されていない。アスハ家以外の派閥で計画建造されたが故との話だが……。


〈フラガ達が何か情報を持ち帰ってくれるか……くそっ誰の隊だ〉


 作業を彼らに任せ、ゼンガーはブリッジに上がり他の艦との作戦検討に入っていた。
 こちらの主力と言って良い面々が軒並み出払っている現状だが、動けないのならば慌てても仕方が無い。
 最悪動的装甲を排除しての出撃も選択肢の中にはある……不完全な状態では、動的装甲は寧ろ枷となりかねない。


「クルーゼ隊です……だからムウには解ったんだわ」


 バルトフェルドの独り言のような愚痴に、マリューが回答する。
 エターナル、クサナギのブリッジ要員は怪訝な顔をするが、大天使側はゼンガーやレーツェルを含め、納得して首を縦に振る。


「彼には解るのよ……何故だかは、自分でも解らないと言う事だろうけど……ラウ=ル=クルーゼの存在が」


 クルーゼとフラガの幾多に渡る因縁めいた邂逅を知らねば、眉唾物の話である。
 だが、首を傾げるラクスら同様、何も知らぬ筈のレーツェルには別の根拠があった。


「……かねてより、フラガ家は資産運用や商売において、不思議なカンを持つとされていた名門だった。ひょっとしたら、そうした感覚があってこその反応だったのかもしれん」

「そうだったのですか?」


 マリューにとっては意外な事実だった。
 明朗快活で、ナタル辺りなら弛んでるとも指摘されかねない大らかさを持ったフラガが……レーツェルが一目置くような一族の出だったなど、思いもよらなかった。 
  


「でもだとしたらおかしいじゃないですか? 戦争と商売は大分かけ離れて……」


 と、言いかけて途中でサイは言いよどむ。
 もし商売人と戦争屋が異なるものならば、ブルーコスモスの背後にあるコングロマリットが増長する事も無い。
 死の商人と言う言葉もあるのだ……完全に切り離して考える事は出来ない。


「うむ、どちらも他人が創り上げたものをより有効に利用する面では共通するな……だが、そういった巨大な組織になるにつれ、同族に対しては敏感に反応する事もある」


 味が気に食わなかったのか、それとも懸念が多すぎるのか、ゼンガーはチューブ入りコーヒーを飲み切ると、渋い顔をしていた。


「近ければ近いほど、感情は苛烈に膨れ上がる……彼らの場合、それは“嫌悪”として浮き上がっているようだがな」


 それはどちらかを殺すまで継続するものなのか……そんな不吉な思いを抱き、マリューは憂いた目でメンデルを見つめていた。






「何なんだ、ここは……?!」


 クルーゼの後を追った一同は、踏み入った部屋の光景に目を奪われた。
 特に、最も軍人として戦闘能力が高い故に先陣を切ったアスランなど、先程のキラとの何年ぶりかの再会の事も吹き飛んでしまっていた。
 床の下は青い液体を湛えた冷却槽になっており、下には一メートル半程の装置が12、浸かっている。
 その上にはモニターが並んでおり、恐らく中身の様子を随時モニタリングする為のもので……しかも、今もってそれは稼動していた。


「驚く事なの? コーディネーター」

「何……?!」


 右腕を庇い、左腕で伍式から持ち出した刀を杖にしていたフレイが問う。
 以前ラクス開放の折に二人は関わっているのだが、矢張りアスランもフレイの気丈さには圧倒されていた。
 終始周囲の女性には押されているとはいえ、慣れないものは慣れない。
 ゼンガーから継いだと言う業物の存在もまた、一役買っている。



「あんた達はこうやって、機械の中で生まれるんじゃないかって」

「いや、確かに受精卵は施設で調整するけども、余程の事が無い限り胎児段階まで発育させることはない……と言うか無理だ。機械じゃ胎児以降の発育を制御する事が難しい」


 だからここは、何かがおかしかった。
 モニター上に映し出された映像と、高速で流されていく文章を読み解いていけば……この竃(かまど)の様な装置の中には人間の胎児が格納されている事になるとアスランは察した。
 フレイに述べたように、受精卵が細胞分裂を続け、おぼろげながら各器官が完成すれば、それはもう人間の一歩手前であり細胞ではない。
 人が手を加えるには遅すぎ、機械で維持する事が叶わない、最も重要かつデリケートな段階と言える。
 それを考えれば目の前の光景は無謀の極みであり……間違いであれば良いが、彼らは総じて人の形を保って居ない。
 嫌な考えを振り切りながら、冷却槽の十字路を抜けて奥の部屋へと踏み込んだが……今度ばかりは自らの聡明さを呪わずには居られなかった。


「何よ……?」

「み、見るなっ!」


 部屋の棚には幾つもの標本が並んでいたが……それは全て、ヒトの胎児そのものだったのだ。
 これは何者であっても耐え難い光景であり、特に女性であるフレイには……というアスランなりの配慮だったが、彼女は眉間に命一杯皺を寄せて、嫌悪感を顕わにしただけであった。


「胸くそ悪いわね。人のやる事……これが」

「そ、それだけ……?」

「もっとえげつない事も、生きてるうちには沢山……!!」


 ふいに、フレイが刀を放り出し。左腕でアスランの頭を押さえつけた。
 伏せた二人の頭上を、メスらしきものが横切り壁に突き刺さる。
 


「ラウ=ル=クルーゼ!!」


 今ので射源を掴んだのはキラだけで、撃ち返したもののクルーゼは既に奥の暗がりへと消えている。


「懐かしいかねキラ君、君は此処を知っている筈だ」

「何をバカな……?!」


 頭ごなしにアスランは否定する。
 こんなおぞましい場所に……そもそもキラはL4等に足を運ぶ理由などありはしない。
 ひょっとしたら上官となり得た男の奇天烈な言動に反動を覚え……。


「それはいい!! 僕は貴方に聞く事がある!!」


 思いもよらないキラの反論に、嫌な胸騒ぎをアスランは感じた。


  

  
 


「まあ待ちたまえ。同行した皆々にも解る様にせねばな」


 壁に刃の半分以上がめり込んだメスを見る限り、投擲だけでも相当の破壊力を有すると判断して、一同は部屋のソファーに身を隠す。
 キラはそれを援護すべく最後まで銃をかまえていたが、不意に写真立てと分厚いファイルが投げつけられる。
 写真立ての中身は……キラがウズミから託されたあの写真とそっくり同じものだった。
 そしてファイルから飛び散った写真の一枚には……。


「……親父?!」


 フラガは驚愕し、目を見開く。
 端整な顔立ちの男と、彼が肩車する幼児は……フラガの面影が色濃くあったのだ。


「……」


 かすかに反応するものの、キラは振り返らない。
 闇から浮かび上がったクルーゼが、右指の隙間に何本ものメスを構えて近付いているのだ。
 しかも、よくよく見れば手の甲にはどす黒い穴が空いたままである。


「ヒトの飽くなき欲望の果て……進化の名の元に、狂気の夢を追った愚か者達……彼は、その息子なのだからな」


 銀の仮面が光り、アスラン達の怪訝そうな表情を映し込む。
 アスランは無論、フラガとフレイにとってクルーゼという存在は嫌と言うほど知り尽くしている。
 冷酷かつ精緻、執念深く狡猾……ザフトにおいて二人と居ない、恐るべき智将である筈なのだが、目の前で自己陶酔しつつ語り続けるこの男は、これではまるで只の狂人であった。


「君は“知っていた”のだな? 今のご両親が君の本当の親では無い事を」

「貴様っ! 何を!!」


 身を凍らせたのはアスランで、脳裏には月で度々世話になったキラの両親の姿が浮かんでいた。
 温和な父親と、しっかりものの母親……何かと家を空ける事が多かった自らの両親とつい比べてしまい、羨望があった事は否定しない。
 それをニセモノ等と断じられては黙ってられなかった。
 否定の言葉を期待したが、何時までもキラはクルーゼを睨んだままだ。


「知らなければ……何の影も無く、普通の人間として生きてきたでしょうね……僕が踏み台にした命も知らずに」


 そしてこれ以上無い、肯定の言葉が紡がれてしまった。


「ふむ……その物言いは“失敗作”もしくは“優秀作”に吹き込まれたか?」 


 揶揄する様な声を断ち切ったのは銃弾だった。
 クルーゼの頭髪が何本か舞い散るが、本人は歯牙にもかけていない。


「あの人の何が解る!! 自分の居場所を自分で勝ち取って、それに誇りを持っているあの人を、何だと思ってるんだ!!」


「彼女達の肉体は蟲惑的だ……よく肉欲を振り切れたものだ。あわよくば君の遺伝子を狙いそうなものだが」

「生憎だが……あの人はそんな“安い女”じゃないんだ……!!」


 クルーゼの物言いを本人に言ったら蜂の巣にされるし、その前に巨大な杭で撃ち貫かれるかもしれないな……とキラは考えつつも続ける。


「何故貴方は知ってるんだ……ヒビキ博士の人工子宮、それで生み出された幾人もの失敗作……そして、その唯一の成功体である僕の事を!!」


 アスランは只、呆然とキラの言葉を聞いていた。
 隣室の冷却槽の中身が思い浮かぶ。
 あれがキラを生み出した……?
 どこか愛嬌があって、優しくて、それでいて意外にも頑固者な親友が……物のように並べられ、うち捨てられ……ひょっとしたら標本の一つになっていたかもしれないと思うと、こみ上げる吐き気を抑える事が出来なかった。


「しっかりしなさい! バカ! アレの与太話に一々呑まれていたら持たないわよ!!」


 散々クルーゼの甘言に振り回されていただけに、フレイにはある程度の覚悟はあった。
 とはいえ、目の前で展開される口論は余りに狂気じみており……内心中々にこたえていたが。






「ふむ、少し小休止といこうか……“ぼくは、ぼくの秘密を今明かそう”」


 呪文の様にクルーゼは言葉を紡ぐ。
 歩きながら、謳う様に。


「“ぼくは、人の自然そのままに、この世界に生まれたものではない”」


 それは世界の摂理を引っくり返した、神殺しの言霊。
 ファーストコーディネーターと呼ばれる、全ての根源にして原因たる、ジョージ=グレンの言葉だ。
 CE15年、自ら設計した木星探査船でのミッションに挑む直前、彼はこの言葉と、自らの遺伝子操作技術に関するデータを世界中のネットワークに公表して旅立ったのだ。


「人類最初のコーディネーター、ジョージ=グレン。奴のもたらした混乱はその後何処までも闇を広げた」


 究極的に言えば、この戦争でさえも彼の所業故とも言える。僅か半世紀足らずでコーディネーターは人類に迫り、今やそれを駆逐せんとしているのだから。


「あらゆる容姿、あらゆる才能が全て金次第で自分のものになる……まるで装飾品(アクセサリー)の様に、正確を期すならば自分の子供の、と言うべきかな……しかし上手くいくばかりでも無かったのだ」


 欠陥、不適合、早産、流産……それは遺伝子を幾ら弄くっても避け難い宿命。
 ククルの両親もまた、そうやってそれを受け入れ、彼女を育てたのだ。
 ……だがそうは思わない人が殆どである事を、プラント社会の只中に居たアスランは知る。


「高い金を出して買った夢だ……誰だって叶えたい、誰だって壊したくはない。故に……君の父は挑んだ」


 キラの本当の父親は、ユーレン=ヒビキと言う。
 メンデルの有能な科学者であった彼は、母体こそがコーディネーター最大の不確定要素であり、常時安定した環境を自ら作り上げようと試みたのだ。
 彼は自ら設計した人工子宮で数々の実験を繰り返したが、ことごとく失敗。
 遂には自らと妻の受精卵すら、その生贄に利用したのだ。
 その受精卵は二つあり……本来ならば同じ母体、同じ瞬間に祝福を受けるはずであった双子は、こうして決定的に断絶してしまう。
 そうして人工子宮で育てられた受精卵は、最後の試みにして無事成長したが……その後、ブルーコスモスの手と思われるバイオハザードにより、メンデルは施設と研究員共々壊滅したとされていた。
 だがしかし……この双子だけは事前に逃された。
 ヒビキ夫妻の妻方の妹夫妻に預けられ、更にそこにオーブが絡み……キラはヤマト夫妻の元に留まり、カガリはアスハ家の養子となっていたのだ。
 


「そんな事はいい!! 貴方は一体何者だ!!」


 キラは荒々しく問う。
 自らの出生については既に聞き及び、その後も自らネットワーク上に残留する微かな断片をかき集めて証拠を固めていったが……それをどうして、ザフトの将が知り得るのか?
 確かにメンデルをγ線消毒したのはプラント側だと言うが、そんな事は余り関係にならない。
 師もクルーゼの危険性は警告したものの、その正体までは教えなかった……自ら到達せねばならない領域だからだろうか?


「そうだ!! 大体貴様如きが偉そうに……!!」


 言いたい放題の現状にフラガは堪らなくなったのか、クルーゼの方へと銃を向ける。
 だが銃弾が放たれても動じはせず、すぐさま柱の影に隠れてしまう。


「いやいや……私にはあるのだよ! この宇宙で只一人……全ての人類を裁く権利がな!!」

「ふざけるなこの野郎!!」


 フラガは毒づくが、クルーゼは悪びれず続ける。


「覚えていないかな? ムウ……私と君は遠い過去――まだ戦場で出会う前、一度だけ会った事がある」

「何だと……」

「私は己の死すら金で買えると思い上がった愚か者、貴様の父アル=ダ=フラガの、出来損ないのクローンなのだからな!!」

「な……!!」



 クルーゼは凍り付く様な笑みを張り付かせ、高らかに宣言した。
 これには、フラガは無論の事キラを含むこの場の全ての“人間”は絶句した。
 



「お、親父のクローンだと……そんな御伽噺、誰が信じるか!!」

「私も信じたくは無いがな……残念ながら事実でね」


 フラガは先程のファイルの事もあり、声に迷いが宿っている。
 


『そうか……フラガ家の異常に高額な寄付はその為に……』
 


 キラは口には出さないものの核心に至っていた。 
 今も昔もクローニング技術は禁止されていたが、恐らく当時、アル=ダ=フラガは優秀な跡取を望んで巨額の研究資金をヒビキ博士に融資したのだ。
 何時の世も、自分以上の後継者は存在しないと考える。その致命的な問題点に気付く事無く。


「間も無く最後の扉が開く……私が開く!!」


 人類のエゴから生み落とされた男が、声高に叫ぶ。


「そしてこの世界は終わる……この果てしなき欲望の世界は、もっと忌まわしく、もっと呪わしく、もっともっと惨たらしい世界へと、創世されるのだ!!!」


 明後日の方向に向かって吼えるクルーゼの姿は、全身から狂気が滲み出ていた。
 その異常性のみならず、身体中から溢れ出す異様なプレッシャーは、既に、人間の次元では説明がつかないほどであった。


「全ては……“神の望むまま”にな!!!」

「黙って聞いてれば、好き勝手!!」


 傍観者のままで耐え切れなかったのは、フレイも同じだった。アスランの静止も無視し彼女は立ち上がり、その太刀に手をかける。
 だがそれよりも先に、耳まで裂けんばかりに口元を歪ませたクルーゼが、右腕を振う。
 


「速い!」


 フラガの反応よりも先にメスが飛来するが、アスランが自らの動体視力を駆使し、とにかく勢いを殺すべく全て撃ち砕く。
 しかしその破片も十分な速度を持っており、何枚かの刃が彼女の頬や腕を切り裂いた。


「フレイ!!」

「……っ!! 次、させるんじゃないわよ!!」


 痛みに耐えつつ、フレイはキラの方へと太刀を投げ渡した。
 咄嗟にそれを掴んだキラは、重々しい刀身を引き抜くと惑う事無く踏み込み、クルーゼの脳天目掛けて振り下ろした。
 だが、周囲には金属音が一回だけ響き、クルーゼは只よろめいただけだった。


「……!!!」


 仮面の前に掲げていたメスが切り落とされ、下にあった仮面も徐々に切れ目が生まれ、遂には割れ落ちた。
 そこから現われた顔を見た途端、キラは凍り付いていた。
 フラガの父のクローンと言うからには、遺伝子の一部である、テロメアに記されている細胞分裂回数もそのままの筈。
 つまり、生まれた途端にアル=ダ=フラガと同じ年数分、細胞が老化している筈なのだ。
 クローンの寿命が総じて短いのはこういった問題がある為であり、今もってそれは改善されていない筈なのだ。
 だが……脅えるキラの前で爛々と燃える瞳と、嘲笑に歪んだその顔は……フラガ以上に、生気に満ち溢れたものであった。
 


「はっ! 貴様らだけで何が出来る!!」


 少なく共見た目はそうだが、吐き出される呪詛の如き声はとても重みがある。
 千年、万年では利かぬほどの永きに渡って沈殿した、怨讐の様に。


「もう誰にも止められはしないさ! この宇宙を覆う憎しみの渦はな!!」


 間近に迫った刃から即座に後退し、クルーゼはそのまま闇に消えていく。
 思わず太刀を構え直して斬りかかろうとするキラだったが、背後でフレイが精魂尽きて倒れ伏したのを放ってはおけず、悪霊の如きクルーゼの下卑た笑い声を振り切る様に、この場を離れる事にした。
   
 

 

代理人の感想

うーむ、うむうむ。

アストレイ編が欲しいとこですな、今回の展開は(笑)。

まぁ、「杭」の一語でどこの誰かはわかると思いますが。