ドミニオンがポッドを回収して離脱を開始した事もあり、マリューは決断を強いられる。
先程から他の三艦と共に、この場の離脱方法を検討していた。
方角的にはドミニオンを撃破すれば一番楽だが、それではナスカ級を振り切るのにかなりの労力が必要となる。
対して、ナスカ級三隻を強行突破すれば、ザフト側は残った艦で救助作業を行うだろうし、ドミニオンはザフトとぶつかり合うだけの余力は無いので、足止めが可能となる。
だが今、ドミニオンが戦線離脱した事によりその前提が微かに崩れる。
バルトフェルド曰く、この作戦はラクスの発案だと言う。
ああ見えて中々どうして頭の廻る人物なのだが、ふとマリューは側のレーツェルの表情を窺う。
シースは無駄な犠牲を好まない。
カーペンタリア戦において、パワードスーツ相手にMSの火器を用いたにも関わらず、一人の死者も出さずに片付けた逸話は三艦の間では有名である。
そこまでしろとは言わないだろうが、レーツェルならばもう少し良い方法を考察しているのではと感じていた。
MS単体での戦艦無力化は可能であると、ゼンガーによって証明されている。
少なく共マリューはその結果を信じている。故に三艦による一斉射撃では、確かに目標は容易く沈黙するだろうが、それは力ですり潰す“殲滅”と呼ぶべきであり……連合・ザフトのやり方を髣髴とさせ、あまり諸手を上げて賛成する気にはなれないでいた。
レーツェルの正体が自らの予想通り――と言うか間違いなく正しいのだろうが――であるならば、彼はコーディネーターの偏った傾向により散々頭を悩ませ、遂には妻をも失う仕打ちを受けている。
それを苦々しく感じる事は当然と言えば当然と思われた。
そう言うや否や、先行していたエターナルとクサナギに浴びせられていたナスカ級からの砲撃が、ピタリと止んでいた。
指揮系統の混乱を狙う為に集中攻撃を試みていた、ヴェサリウスは未だ健在であるにも関わらずにだ。
不気味な沈黙の理由は直にマリューは気がついた。
ヴェサリウスのブリッジ直前に滞空している黒い影……マガルガ。
ビームサーベルを帯刀して佇むその様は、正に喉元に刃を突きつけられていると言って良いだろう。
事のきっかけはイザークの謀反だった。
ポッドを放出した後に出撃したクルーゼに対し、イザークのデュエルが何の前触れ無く発砲。
その戦闘能力を奪うと動きを完全に拘束したのだ。
残りの二艦とMS隊は、突然の反乱騒ぎに混乱し、浮き足立っていた。
そのスキを逃すほどクサナギとエターナルも余裕は無く、更に火勢を強めようとしたが……発射されたミサイルを追い越し、正に弾より速くヴェサリウス直前に肉迫した機影があった。
ククルはヴェサリウスのブリッジをマニュピレーターに掴ませ、離さない。
これでは迂闊な行動を取れず周囲のMS隊は沈黙し、エターナル側も慌ててミサイルを自爆させた。
通信回線に、兵士達の浮き足立った兵士らの声が満ち満ちている。
そしてクルーゼはそれに油を注ぎ込む。
今もコクピットにビームライフルを向けられている現状に置いて、クルーゼの落ち着きぶりは神経を逆撫でする様なものであった。
どちらかと言えば、周囲の兵士らもイザークの暴走であると捉えている事も、それに拍車をかける。
ナチュラル等殲滅すべき害虫程度という認識しか持たない事に軽く失望しかけたが、そう悪い事ばかりでもない。
何時だったか、ヴェサリウスで受領される筈だったゲイツの調整をしていた、アスランを酷評した整備兵によって、この事は伝えられたのだから。
周囲の誰もが黙殺する中、彼だけは自らの判断で……イザークの言葉は、彼も気付かぬうちに他者に届くほどの重みを持つほどになっていたのだ。
例え行き先が茨の道であろうとも、イザークは誰の導きも無く歩み出したのだ。
他の二艦に対し、アデスは正式に攻撃中止を命じていた。
いい加減彼自身、クルーゼの奇行に悩まされていた事も作用したのだろうが……一艦を預かる人間として、他に選ぶ道は無い事を心得ていたのだ。
何事も無ければ、ククルは先んじて突撃し、ヴェサリウス他二艦のブリッジを潰して周囲のMS隊も徹底的に戦闘不能に追い込む所存であった。
戦艦程の規模ともなれば、司令塔を失えば各部署で現状維持を試みるのが精一杯であり、応戦など望むべくも無く、救助作業にも多大な支障が生じていただろう。
褒められ湛えられ、ちやほやされる事を望むのは自立とは程遠い。
それは相手の希望に即す行動を促す事であり自由意志とは少し違う。
自らを貫き、それでもそれを認め同調してくれる存在こそが、本当の意味での“仲間”なのだろう。
敵同士と言う事もあり多少棘がある言葉ではあったが……両者共微笑だけは優しかった。
それを引き裂いたのは痛々しいがまでの少女の叫び。
ヴェサリウス周辺で静観していたジンの一機が、我武者羅にマガルガに突っ込んで行ったのだ。
自らの言葉が届かなかった事を悔いつつイザークは叫ぶ。
だが彼は知らない……彼女は全て承知の上だった事を。
イザークが認めると言う少女……ザフト軍最強にして無銘の巫女が、自らの力量では正に天上の存在である事を。
天には敵わないと知りつつも、それでも自らの想いを守りたかったのだ。
……もっとも、如何にククルとはいえそこまで頓着する事は無い。
右腕でブリッジにしがみ付きながらも、マガルガは左腕のビームサーベルを無造作に横に払う。
重斬刀を持っていた右腕はあっけなくちぎれ飛び、手の中で逆刃に持ち替えたサーベルで、ジンの両の腿を一気に貫いた。
頭上を巨大な影が横切っていく。
イザークのもたらした時間は、三艦がその場を離脱するには十分過ぎる程の時間だったのだ。
脚部の機能を失った事により、まともに姿勢制御すらままならないジンを放置し、挨拶代わりかヴェサリウスのブリッジを軽く叩いてからマガルガは飛び去った。
最期の茶目っ気でもたらされた振動に耐え切ると、アデスはシートから立ち上がり……今度は味方としてではなく、敵として敬意を示し敬礼をしていた。
その反対側の宙域、連合の勢力圏まで後退したドミニオンでは、ナタルとアズラエルがブリッジから離れて格納庫へと急いでいた。
それはこの船の人間の中では、自分でしか対応できない様な中身であり……案の定、格納庫には場違いな泣き声が響き、警戒の為銃器を持っていた兵士達は途方にくれていた。
なんとも動きがたく困り果てていた兵士達はほっと溜息をつき、スムーズに持ち場に戻っていった。
残されたナタルとアズラエルは、未だすすり泣きが聞こえるポッドの中を覗き込む。
アズラエルの無遠慮な視線が、更に相手を竦みあがらせる。
が、それすらもかき消すようなナタルの強烈な批難の目線を浴び、すごすごとアズラエルは一歩下がる。
此処にいたって、ようやく相手はナタルの存在に気がついたようだ。
一瞬驚いた表情になったが、すぐに眉を八の字に曲げて泣きながらナタルに飛びついていった。
なるべく優しく声を掛けてやると、ナタルはしゃがみ込んで、母親の様に黙って胸を貸していた。
自らも、かつてのあるべき場所から乗り残され、弾かれた者という想いもあり、無意識下では微かな慰めを欲していたのかもしれない。
両手を柔らかい金の髪に添えて、互いの頬を涙で濡らした。
背後のアズラエル、そして上方のキャットウォークのオルガが呟く。
しかし温もりを貪る様に感じている二人には、矢張り何も聞こえてはいなかった。
ベッドの中で寝込む自分と、その側で見守ってくれる人。
かつての同じ経験を髣髴とさせるシチュエーションだったが、あの頃とはもう、互いに決定的に違う部分が多々ある。
既に彼は軍人でなく、自らは戦人(いくさびと)の一人と変わり。
かつてならばこの後叱り飛ばされたが、今では自らを認め、大切な存在として扱ってくれる。
そんな只中に戻っていったキラに多少同情するが、そんなものは大して障害にならない事だろう。
あれだけ苛烈な運命を前にしても、邁進出来るのだから。
ゼンガーとて、フレイが語った様な狂気を持つ相手には、そう遭遇した事は無い。
しかも、ゼンガーならば今でこそ過去で語れるが、“今”を徘徊する妄執の肉を相手取るには、この少女は心も身体もまだまだ脆い。
耐え切れるか否かは支えてくれる存在の有無にかかってくる。
それが出来るのが、今となっては自らのみだと言う事実をゼンガーは痛感していた。
フラガは、殆ど当事者として深く疲れ果て、今もマリューと共に話し合っている事だろう。
エンデュミオンクレーター、第七艦隊と立て続けに仲間を失った彼が、鷹としてではなく一人の“男”に戻れる場を、ヘリオポリスと言う土壇場で見出せた事は……殆ど僥倖であった。
支えてくれる者を失したばかりに、狂気に走った仲間達を多々知るだけに。
彼によって殺された父や、多くの人間の為にも……それだけは、阻止せねばならない。
ゼンガーは固い意志を孕んだ表情で、フレイの手をそっと握った。
それはフレイの道を援ずる為の行為だったのだろうが、フレイはその手をとって、自分の頬まで寄せていった。
そこから伝わる温もりは、狂気に曝されすっかり冷えてしまった自分の心を、芯から温めてくれるようだった。
弱気な声を出して頭を抱えるアスラン。
ロクに挨拶も無かった事も有り、キラに連れられてクサナギに再来訪したのだが……丁度その頃カチーナ主導の反省会(と称した乱闘騒ぎ)の真っ最中であった。
キラは慣れていたので即座に逃げ出したが、取り残されたアスランが巻き添えを食らった。
後から事情を聞いて素直に謝罪したカチーナが、責任者だから一発殴れとアスランに命じたのだが……ククルに匹敵する格闘能力を誇るアスランである。加減をしようとしたがやり切れず、一発KOと相成った。
三人娘とかは諸手を挙げてこの勇者を湛えたが、後が怖いとはこの事であり、ラッセル他からは海よりも深い同情の目で見られてしまっていた。
キラは部屋からカガリが顔を出しているのに気がついた。
アスランとの、理由はどうあれ砕けた空気に惹かれたのだろう。出撃前の悲壮感は殆ど無い。
キラに促され、アスランが自己紹介している間に、キラはメンデルから持ち出した写真をそっと仕舞った。
これで、彼は同じ写真を二枚持つことになった。
確かに、部屋から足を踏み出すまで彼女の様子は、何処か疲れてるようにも見えた。
それがキラの顔を見ただけで変わったのだから、如何に鈍いアスランとて大体の事情は察せる。
……実際には大分捻じ曲がった現状なのだが、それを知るのはこの世ではキラ只一人である。
笑顔はキラそっくりだったが、彼には無かったエネルギーがアスランには感じられた。
そしてその強さもキラに似ていた。
この三艦に集まる人間は誰かしら過酷な運命に遭っているが、どうしてこう、自分らのような若い人間もそれに巻き込まれるのか?
それを理不尽と感じつつも、守られるだけでなく、限られた力であるとは言え全力で抗う事を自分達は選んだ。
とはいえ根底では、それが過ちである事を感じている。
あってはならない事だと嫌悪している。
ならば繰り返してはならない。例えこの場で自らが傷つく事になっても、同じ事が次に起きないならばそれはきっと無意味ではない。
思えば、あのジョージ=グレンも、遥か未来居るか居ないか解らないような、新たな種との掛け橋となるべく、その自らのデータを明かしたのだろう。
だが今の姿をもし、彼が見守っていたならば……その資格があるのは遺伝子調整された存在だけでは無い事に、気付く事だろう。
自分の為、誰かの為……それだけではなく、他の誰かと誰かの間に入れる存在は、全てその資格があると。
アスランは目の前の二人や、共に戦う多くの仲間達に、ふと呟いた言葉に当てはめていた。
代理人の感想
アスラン君、不幸!
まんざら不幸ばかりでもないようですが、本当の不幸はさらにこれからやって来ますからね。
がんばれw
それはともかく、そーいやすっかり存在を忘れてましたガンエデン様(爆)。
こうなると持ってくるものと乗ってきた人と、果たしてどちらが巨大な爆弾なのだかわかりませんねぇ。
さて、どうなるやら。