宇宙要塞ボアズを失い、プラントの防衛戦線は早くも崩壊した。
 元々理事国に対し秘密裏に組織していたザフトには、十分と言える戦力も拠点も存在しなかった。
 そこでニュートロンジャマーの投下によって、戦力と生産力を麻痺させた状態で電撃的な侵攻を果し、人員以外の資材陣地を奪取していった……このある意味、行き当たりばったりの戦法のツケを今払う羽目になっているのだ。
 ほんの一年にも満たない期間で基地機能を完全に掌握する事など困難である。
 故に地球上の大半の占領軍事施設は、連合軍保有時に隠匿してあった隠しルート等を用い内部から破壊されたり、もしくは基地構造上の問題点を突いた作戦により、プラントの予想以上のスピードで陥落する。 
 宇宙でも同じ轍を踏む事になったのは、油断故と言われても仕方が無い。
 資源衛星時の名残である縦横に入り組んだ坑道がそのまま残されていた為、核攻撃の熱と爆炎が飛躍的に広がり、只の一撃でボアズは壊滅したのだ。 
 現存する最後の大規模衛星基地、ヤキン・ドゥーエも、ボアズと同じく突貫工事により基地機能を持たせたに過ぎない。
 同じ様に核攻撃を受ければひとたまりも無い……これまで落ちれば、後はプラント本国へは一直線。
 核を用いずとも、戦艦の艦砲射撃のみで容易くプラントは崩壊し、血のバレンタインの悲劇の何百、何千倍もの惨劇と共に、コーディネーターという種は終わりを迎えるだろう。
 その為周辺宙域には雲霞の如き数のMSが集結していた。
 今更になって後が無い事を、多くの将兵が痛感している。
 戦意も十分だが、同時に恐怖も十二分。否応無しに自らの命と国を天秤にかけなければ、守るべきものどころか、自分の未来すら手にする事が出来ないのだ。
 生き残るには勝つしかない。
 悲壮とも取れる覚悟は誰にも等しくあり……それは勿論イザークも同様である。
 


〈ナチュラルどもの野蛮な核など! もう只の一発とて我らの頭上に落とさせてはならない!!〉


 脅威を煽り立て、戦意を殺ぐ様な演説。
 必死に声を上げる母、エザリアの手前、黙っていたかったが思わず言葉が零れる。


「言わずもがな」


 メンデル宙域における問題行動により、クルーゼは隊長の任を解かれ、部隊不在となったヴェサリウスには、イザークを隊長としたジュール隊が配属されている。  
 幾重にも張り巡らされた、艦艇による防衛ラインのほぼ最前線に位置し、受領した機体も殆どがゲイツという豪勢な編成ではあるが……戦力的には寧ろ大幅な低下である。
 何故ならカーペンタリアからここに至るまでの僅かな期間とは言え、それなりに勝手を掴み始めたばかりの部下を全員分散させられてしまった……戦闘経験のある人材が、いよいよ底をついたのだ
 撃墜マークさえ無い未熟な新米達は、ザフト軍部に持ち上げられるがまま、学徒兵で再編制された部隊の指揮を取るべく、喜々とした様子で離れてしまった。
 今居る新米らでは、物の役にも立ちはしない。


〈血のバレンタインの折、核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラルどもは再び裏切ったのだ!! 最早奴らを許す事は出来ない!!〉
 



〈隊長……私達は……〉

「言うなハーネンフース。我々は何時だって死力を尽くして来た」


 ただ例外的に、シホと数名の部下らは頑なに残留を希望。
 対大天使戦及びドミニオン戦、それに黄泉の巫女の襲来といった高密度の戦闘経験から、自らの実力では部下を殺すことしか出来ないと悟ったが為の行動だった。


〈ザフトの勇敢な戦士達よ!! 今こそその力を示せ!! 奴らに思い知らせてやるのだ! この世界の新たな担い手が誰かと言う事を!〉


 が、ザフトから見れば場を弁えない主張だったのだろう。
 この期に及んで懲罰のつもりなのか、彼らの機体のみ既存機種のバージョンアップ版……シグー・ディープアームズにジン・ハイマニューバと言った、外部特殊兵装による付け焼刃的な強化機しか支給されなかった。
 前者は二門の大型ビーム砲を搭載しているものの冷却システムに問題が存在し、後者は奪取されたエターナルに搭載された強化武装システムと同原理の推進機関を備えるものの、燃費が悪い。
 もっとも、長年親しんできたジン系やシグー系の方が勝手が掴めるという利点もある。
 特にこれについての文句は無い……現時点では文句を言える程実力は無いのだから。


「MSだの核兵器だの、そんなものを言い訳にしているようでは勝ちは遠い」

〈では……?〉

「此処に至ってありもしない力を求めても後の祭りだ。現時点での全力で何とかするしかない……!」


 今にも押し寄せてきそうな、津波の如き連合軍の艦影……そしてこちらに勝るとも劣らない大量のMS部隊。
 ともすれば竦み上がるほどの威容にも、イザーク=ジュールは怯まない。
 


『俺が選んだ戦いは、これだ……! さあ、どうするお前達?!』


 きっと敵軍の向こう側から来るであろう友らを……彼は見据えていたのだから。
 






「おお、居る居る」


 カタパルトを開いた途端、無数の煌く光が視界を占める。
 これらは全て人造のものだが、矢張り全天の輝きと比べれば、染みぐらいの規模しかない。
 このぶつかり合いが、この先あっという間に忘れ去られる刹那の光芒に終るのか。
 それとも協調と慈愛による、永劫の船出の出発点を導き出せるのか。
 ……とはいえ、そこまでなるまでに生きては居ないであろうから、ディアッカは気楽だ。
 終末ともなれば一瞬だろう。後悔の暇(いとま)も無い。
 ただ一度のぶつかり合いで互いを理解するのは不可能。また何度も同じ事を繰り返し、破滅を避けるべく奔走するだろうから、矢張り後悔の暇は無い。
 


〈プラントも連合もかなりの戦力をかき集めたのね……〉

「まあな」

〈……私も怖いけど、あんたはもっと怖い筈……大丈夫?〉


 まだ頃合を見計らっている所なので、即応体制を整えつつも発進は無い。
 ミリアリアはそんな時間を……最悪最後の静かな時間を、彼との会話につぎ込んだのだ。


「んーむ、ビビッてると言えばそうなんだけどよ」

〈……何?〉

「ここで踏ん張らなきゃ、半分とはいえ残りが来るんだ。一人じゃ流石に辛いぜ」


 プラントに居ようが連合に居ようが、そうなる可能性はそれぞれ五分ある。
 どちらかの勝ち馬に乗る、等と考えるのはナンセンスだろう。
 先程の核攻撃を始め、双方逆転の手札をまだ伏せている筈だ。
 


「……一緒にやってくれて助かったぜ。皆が居るから俺も戦えた」

〈バカ。そう言うのは帰ってから言って〉


 ディアッカは一方で、最後の調整に余念が無いマードックらに向けて、バスターでサムズアップのサインを送る。
 忙しい只中でもそれに気付き、同じ様に返事を返してくれた。


「この二ヶ月、無駄じゃ無かったと思うぜ。アスラン辺りなら“頑張りましたけど出来ませんでした、では済まない”とか固い事言いそうだけど……今この場だけでも、理想の世界は再現出来たんだからよ」


 コーディネーターとナチュラルの共存。
 それが戦争と言う脅威に対する怒りから始まったものだとしても……犠牲の大小によって、理想の軽重は問う事は出来ないのだ。


〈じゃ……その出来合いを本場の味が出るように作り直さないとね〉   

「エプロンとか着てくれれば戦意高揚になるかも」

〈言ってなさい〉


 頬を赤らめたミリアリアを見れただけでも儲けものであった。
 ……二ヶ月ではこれが限界。
 心に出来た傷は癒える事が無い。ただその痛みを鈍く感じるほど、新たな安らぎを与える事で痛みを麻痺させるしかないのだ。
 


「二ヶ月……ククル相手じゃ辛かっただろうねえ。忙しくてAもBもCもあったもんじゃなかったし」


 痛みを麻痺させるにはもう一つ。
 安らぎではなく、更なる苦痛をもって感覚そのものを麻痺させてしまうのだ。
 ……当然、その結果は取り返しのつかないものとなる。
 


「これ以上、女の子泣かせたら男が廃るぜ。お互いファイトだ」



 世界の命運と少女の心。
 ディアッカにとって、どちらも等しく尊いものであった。






 世界は完璧で、平穏でなければならない。
 それを望む事が唯一の願いであり、今のところそれは変わっていない。
 銀の砂時計に映し出される光の明滅により、一つ、また一つと調和のとれた世界が崩壊する。
 その瞬間親が、子が、恋人が消えていく。失い難いものが、略奪されていく。
 ……何の寄る辺も無い人間は、この場には居ないだろう。
 故に今、殺し合っている存在にも世界があり、平穏を守るべくぶつかり合っている事を自覚している筈だ。
 ……こちらの大半は自覚していても、それを下らぬ偏見により排除しているだけだが、それももう終わりだろう。
 劣っているなら何故、こんな喉元まで彼らは迫るのか?
 どうして多くの犠牲を払いつつも、前へ前へと突き進んでくるのか?
 侵されたくないもの、犯されたくない事、冒されたくない人が居るからこそ、自分達と何ら変わらぬ多くを背負っているからこそと、いい加減気付いてくれる筈だ。
 


「いや……」


 だが、一人だけ心当たりはある。
 世界を堕とし、自らの世界を侵食させる事のみを生きがいとするような、邪悪を。
 


「あの男……ラウ=ル=クルーゼはまだ動く筈だ……」



 上官であった時から、その蛇のような執念深さには幾度と無く感心させられ、悪寒を覚えたものだ。
 彼は躊躇わない、省みない。
 部下の命は勿論の事、自らの命すら賭すその姿勢は尊敬さえ覚えたが、今となってはそんな無知な己を恥じる事しか出来ない。
 軍人は殺すのではなく、守るのが本懐。
 それを知らずに、危うく単なる殺戮者へと成り下がるのを防げたのは……クルーゼより遥かに尊い者が居たからに他ならない。
 それは天と地であり、光と闇であり、決して相容れる事は無けれどどちらも偉大。
 今ではないかもしれない何時か、大地にも空にも、真なる平穏をもたらさんと戦い抜いた、あの二人が居たからこそ……。


「思い通りにさせてたまるかぁ!!!」



 デュエルから放たれた実弾、ビーム兵器全てが、冗談の様に薙ぎ払われた。
 前線は、たった三機のXナンバーによって切り崩されている。
 カラミティの砲撃でMS編隊どころか戦艦さえ落とされ、防衛ラインが破られつつあり。
 フォビドゥンのトリッキーな攻勢により多くの機体が鎌の錆と化し。
 レイダーの機動力を生かした牽制により、イザーク自身も身動きが取れない。
 そうしているうちにも、三機の後からは忌まわしい機影が迫っている。
 長大なミサイルサイロを抱えたメビウス……その中身は今更言うまでも無く、核だ。
 大戦初期にユニウスセブンを吹き飛ばした、核攻撃専用の装備を施しているタイプで、ニュートロンジャマーの実用化で無用の長物と化した筈の悪夢が今蘇ったのだ。
 他の機体もこれに気がつき迎撃を試みるも、例外無く、カラミティの砲撃で爆散。
 イザークも隊のメンバーとどうにか持ち堪えているか、このままでは同じ運命を辿る事は明白。
 ……とても核ミサイルの発射を、食い止めるどころでは無かった。


〈ああっ?!〉

〈隊長っ!! 核が……!!〉


 そして遂に、引き金は絞られた。
 シホらは悲痛な叫びを上げ、プラントへと向かっていくミサイルを只見送った。
 彼らが思わず目を背ける中、イザークは目を見開き、最後の最後まで諦めず、ライフルの照準を合わせようとした。
 余波でプラントが損壊するのは避けられないとはいえ、直撃だけは、防ぎたかったのだ。


「間に合ってくれっ!!」


 祈るような思いで、イザークはトリガーを引いた。

















 宇宙が激震した。
 ホワイトアウトしたモニターが回復すると、その先には変わりなくプラントが健在だった。
 全身の力が抜けるほどの安堵をイザークは感じたが、ふと戸惑う。
 誘爆があったにせよ、あれだけの核ミサイルを一度に迎撃する事は不可能だった筈。それが綺麗さっぱり消え去っていると言うのは……どうもおかしな話だった。


〈存外に苦戦している様だな〉

「!!!」


 信じられないといった思いと同時に、矢張りと言う感慨がイザークの胸に溢れる。
 後を振り返ると、宇宙艇程の大きさのモジュールに埋没したマガルガの姿があった。


「ククル! どうして……」


 返事をする前に、マガルガは右腕を振りかぶり、それに対応して砲塔も動く。
 その先端から光の奔流が溢れ、剣を形取る。
 そして迫っていたストライクダガーを十数機程まとめて両断した。


〈……同じ轍は誰にも踏ませるものか。誰にもな〉

「お前……」


 彼女は何処までも、故郷を愛していたのだ。
 文字通り身を粉にして、今も汚名や罵声を浴びせられる事を承知の上で、舞い戻ってきた。
 思わず顔をしかめ、歯を食い縛る。今此処で、特に彼女の前で無様に熱い物を溢れさせる訳にはいかなかったから。


〈こらこら呆けるな。第二波が来たぞ?〉

「!!」


 イザークはククルに対応し、メビウス隊の第二陣に対しレールガンとミサイルを連続斉射する。
 ジュール隊のメンバーも戸惑いながらもこれに同調し出した。 
 漆黒の海を漂うプラントに、破滅と言う名の夜明けを迎えさせぬ為には、敵だの味方だのを論じている場合では無い。





〈裏切り者め、どういう事だ!!〉


 ヤキン・ドゥーエの制御室には動揺が広がっていた。
 元々最終防衛ラインである本基地には、大戦初期に負傷し、MSの操縦や艦隊勤務が困難な人材が固まっていた。
 彼らの中には、ククルによって九死に一生を得た者も少なくは無く、黄泉の巫女の復活か? と浮き足立つのも無理は無かった。
 これを軍事衛星側から見ていたエザリアは茶番と唾棄し、兵らに惑わされるなと警告するものの……。


「構うな。好きにやらせておけ」

〈は?!〉


 ヤキン・ドゥーエに詰めているパトリックは平静そのものであった。


「背後霊の様なものだ。我々をとり殺すつもりならまだしも、守護してくれるなら精々活用し、後で“供養”してやればいい」


 散々ザフトの兵員に動揺を与えた反逆者に対するものとしては、極めて甘い処置である。
 この供養と言うのも柔らかいニュアンスであり、断固たる処置は期待出来そうにも無い。
   


〈しかし! あの者の変わり身の早さに反感を持つ者も多く……!!〉

「君の周囲だけの話だろう……多くの兵は無視するか、此処の連中の様に浮つくか、どちらかだ」


 モニターのエザリアが苦い顔をして、パトリックを睨む。



〈開戦当初から疑問でしたが……議長、貴方はあれに甘いのでは無いのですか?!〉

「……」
 


 パトリックは答えない。
 代わりに別のモニターを一瞥し、静かに告げる。


「ジェネシスは最終段階に入る。射線軸上の味方機に退避勧告」

〈……!!〉


 不満を滲ませながらも、エザリアは一礼して通信が切れる。


「……どちらかと言えば地縛霊だろうな。そうさせたのはこの私だ……」


 パトリックは黙想の後、決意を込める様にこうも呟いた。



「……あれほどの逸材、“奴ら”の贄にさせるものか!!」








「……ん?!」


 ククルはふと、背後に気配を感じ、振り返る。
 そこには太陽の光を反射し煌くプラントが……と、ククルは何かに気がついた。



「ミラージュコロイド……?」


 
 かつて、ニコルが撃墜された時同様、太陽光線を浴びる筈の箇所が不自然に欠けている。
 そんな疑問符が浮かんだ直後、風景が歪んだ。


〈ククルっ!! 下がれ!〉


 司令部から退避命令を受け取っていたイザークが、ククルに必死に呼びかけていた。
 だが……まるで雲海に埋もれていた月の如き、巨大な円形の椀を見た途端、ククルの表情が憤怒に歪んだ。


「ソーラーセイルシステムの……イグニッションレーザーか!!」


 業を煮やしたイザークが、ジュール隊総員に命じ武装モジュールごとマガルガをヴェサリウスの方角へと牽引させる。


〈ジェネシスだ! 開発が進められていたと言う最終兵器だと言うが……知ってるのか?!〉 

「最終……兵器だと?」


 不気味な沈黙が訪れる。
 それも直終わり、今度は軋むような嫌な笑い声が、イザークの耳に飛び込んだ。


「ふ……ふふふふ……ふっふっ……」


「く、ククル?」


「……ふざけるなよ!! パトリックぅぅぅぅぅ!!!」




 刹那、戦場を“細く”鮮烈な光が迸った。
 主戦場を瞬く間に駆け抜け、遥か後方に位置していた筈の地球軍の戦列を貫く。
 横切っただけで二、三隻の艦艇は焼き尽くされ、運悪く奔流そのものに飲み込まれた艦に至っては塵一つ残さず消滅する。
 決して多くは無いが少なくも無い被害を与えても光はまだ止まらず、何も無い虚無を少しだけ通り過ぎた後……。
 遂に、青き星へと突き刺さった。
 

 

 

代理人の感想

考えてみると無茶苦茶な代物だよなぁ、これ。

かなりの艦隊を巻き込んだということは、それなりに拡散しているにもかかわらず、

有効射程が少なくともラグランジュポイント(多分)から地球まであって、

しかも大気を貫いて地表にそのまま被害を与える程の威力。

まさにザフト脅威の技術!(爆)

 

と、言うところでCMです。

 

 

・・・・・いや、なんかそんな感じじゃないですか、話の区切り方が(笑)。