光が駆け抜けた後の光路には、何一つ残っていなかった。
MS、艦艇、デブリ……全ての物質が完全に焼き尽くされ、塵と化した。
敵も味方もその恐るべき威力に全ての言葉を失い、脅え、唖然とするばかり。
ニコルに至ってはそれに加え、惨禍に対し混乱気味だった。
飛び出しかねない勢いだったニコルのブリッツを、背後からミゲルのカスタムジンが静止する。
プラント方面からはかなり離れた場所に進軍していたと言うのに、その威容は容易く確認できた。
せめてもの救いは、放出されたエネルギーが余りに強大だったが為に、敵も味方も等しく通信途絶状態にある事だ。
連合軍も浮き足立っているが、ザフトも同じ様なもので、双方ひとまず母艦へと機体を後退させている。
現状で安否を確認するにはそれが最も確実と悟り、ニコルも渋々ながら機体を後退させる。
が、先行していたエターナルに追随していた部隊は元から少数だったとはいえ、欠けてはならない人物が不在だった。
バルトフェルドの方でも確認が取れたらしく、ブリッジはにわかに騒がしくなる。
が、ラクスは心痛そうにかぶりをふって、一言呟いた。
歯痒そうに腕を抱くラクスの姿は、只身内を思う女性でしか無かった。
自分の母もまたこうして身を切る様な思いをし、地球圏の至る所で同じ様な事が繰り返されているのだとしたら……。
果たして、今しがた引き金は何の意味があったのだろうか。
防衛ライン上にあるヴェサリウスでさえも、まともな情報が入って来ない。
一般の兵には最終兵器、としか触れられていなかったジェネシス。
この大量破壊兵器の真実を知る者は……ククル以外ではほんの一握り。
元々宇宙研究施設を基とするプラント国家は、エヴィデンス01のみならず様々な未開宙域……特に太陽系外への関心が強かった。
それぐらいはイザークでも覚えているし、情勢が悪くなるにつれてあからさまにこの手の話題が消えていった事も、リアルタイムで体験して来た。
火星や木星といった、太陽系内の惑星調査ならば資源の確保等が期待できる。
だが外宇宙探査ともなれば殆どフロンティア精神のみで成り立っている様なもので、遥か未来への投資とも取れるだろうが、莫大な予算を必要とする割には実入りは無きに等しい。
パイロット控え室で、建前上ククルは尋問中となっている。
実際には飲料を携え、イザークとこうして語らうだけである。
此処に至って躊躇いも無いザフトのやり口に閉口してしまうイザーク。
やったらやり返すでは餓鬼の喧嘩と同じである。何時から自分達の戦いは、これほどまでに情けないものへと堕ちたのか……。
ククルでさえも解らぬ事を自らが知る筈も無い。
どうもイザークは置いてけぼりにされているようで気味が悪かった。
利用されると言う感触は、クルーゼによって再三味わっている。
今度のはそれに輪をかけており、パトリック=ザラが孤独に得体の知れない存在と相対している様にも思えて来た。
ジェネシスの攻撃によりいくばかの艦艇を失ったものの、連合軍の総合的な被害は軽微であったが、精神的な衝撃は極めて大きい。
こちらが核兵器と言う切り札を持つように、相手もジェネシスと言う前代未聞の破壊兵器を携えていたのだ。
地球の雲海を突き破って降り注いだ一条の光は、こめかみに突きつけられた銃口を連想してならない。
ナタルが出来た事と言えば、アズラエルの存在をダシに命令系統に割り込み撤退を指示した事ぐらいだろう。
戦争が終ると慢心した結果がこれ……強きには強きをもってと言う、ある意味当然の原則。
だがこれのタガが外れるとどうなるか……今身をもって経験する羽目になったのだ。
寒気すら覚える沈黙を振り切り、ナタルが問う。
信じられない事に、アズラエルは凄絶な笑みさえ浮かべていた。
この場にそぐわぬリアクションに合点がいったナタル。
アズラエルは現在こそブルーコスモスの盟主だが、その内部構造は一枚板等では決してなく、様々な思想・利益が絡み合っていた筈だ。
そこに来ての対抗勢力の消滅……軍事コングロマリットの経営者であり、地球連合軍需産業連合理事であるこの男が、実質的に連合の覇権を握ってしまったのだ。
悪夢に等しい現実に打ちひしがれそうになるが、アズラエルが進めようとする未来は更に残酷だ。
ナタルの背筋が凍る。無意識に可能性を、今となっては確実に訪れる危機を排除していたのだ。
ゆったりとした調子でシートに座るアズラエルに、苛立ちは最高潮に達する。
とはいえもう、猶予は無い。
一々癪に障るとは言え、アズラエルの言葉は正しい。
例え捨て駒になろうとも、もう二度と撃たせる訳にはいかなかった。
ジェネシスはヤキン・ドゥーエにて制御されている。
原理的には単純なものとは言え、規模が規模である。ヤキン・ドゥーエのシステムは殆どこれの制御に費やされていると言っても過言ではない。
それに加え実質的な本陣としての役目も果しているのだから、その喧騒ぶりは壮絶を極めていた。
そんな只中にあって、氷の如き無機質さを誇るクルーゼの声は良く響く。
生返事を返すパトリックは、今のやり取りで微かに失望した。
だが例え、自らの行為が決定打とならずとも、その先にあろう輝かしい未来を信じて、立ち止まる事も諦める事も許されない。
……そんな権利は己には存在しない。
かつて野蛮なナチュラルが妻を奪ったように、自らもまた劣る者として、優れた未来を“摘んで”しまったのだ。
一度引き千切られた幹には何も花咲く事は無く、何者もその姿に頓着しない。
どれだけ美しい姿であったとしても……それを覚えている者が居たとしても……もうそこには、折れて萎れ果てるのを待つだけの、無残な残骸が残るだけだ。
だがまだ大地は見捨てていない。“根”はまだ張っている。
なれば、せめてその大地だけは残してやらねばならない。
何時かまた、己以外の誰かに向けた、その美しさが甦る事を信じて。
だがその時、オペレーターが危機を告げた。
連合軍は既に後退し、クルーゼの報告にあった三艦のうち、エターナルのみ前線で確認されたが、それもデブリ宙域へ退避した事が確認されている。
それなのに突如として、条理も何もすっ飛ばして、実に唐突に姿を現したのは……。
オペレーターは顔面を蒼白にし、口をぱくぱくとさせている。
第七宙域に展開していた艦隊から送られてきた画像が、スクリーンに映し出され、それらは多くに伝染していく。
今まで何もかもを覆し、それでいて自らは決して覆る事は無い……不退転を貫く一人の武人が。
MS単機での、敵陣強行突入。
ククルと同じ、エターナルに装備されていた武装モジュール“ミーティア”が可能にした奇策である。
核機関駆動型MS“フリーダム”とジャスティス”。
この半無尽蔵の破壊力を駆使するには、必然的に専用母艦たるエターナルの機能は限られる。
速やかに推進剤等の補給が可能な専用カタパルト、大出力エンジンによる高速航行能力と引き換えに、エターナルには従来艦程の火力は無い。
MSの戦闘行動に十二分に対応出来る程の速力を、最大の武器としている訳だが、迎撃能力の低さは決して目を瞑る事は出来ない。
それならば速やかに敵性勢力を排除すれば事足りる……そういった思想からミーティアは生まれた。
フリーダムもしくはジャスティスと動力源を同一とする事で、余剰気味の出力を最大限引き出す武装モジュール。
各種マイクロミサイルや大小エネルギーカノンで針鼠の様に身を固め、宇宙艇クラスの大型エンジンによって常識外れの速力を生み出す。
だが、現状の大漸駄無とマガルガでは装備が干渉する事は無いにせよ……ゼンガーとククルの戦術志向とはかけ離れていた。
そもそも彼らの戦闘で求める結果は殲滅では無く、撃退である。
目的の為には過ぎた力であり、悪戯にそれを求めるほど双方心脆くは無かった。
……しかし立ち塞がるものが“過ぎたるもの”であれば、行使する事について躊躇いは無い。
加速するにつれてジェネシスの威容がゼンガーに迫る。
プラントもそうだが、ジェネシスもコーディネーターの高度な技術力が生み出した常識を超えた創造物。
だが……ゼンガーにはこれが、同じく尊いものであるとは到底思えなかった。
彼女は自らと引き換えにプラントを一基守り、このジェネシスは地球の命を糧としてコーディネーターと言う種を存続させようとする。
それが正しいと信じたからこその、無謀。
そして己もまた、己が流し、流させた多くの血が、未来へと繋がると切に願っている……修羅。
だが彼女と自分にはあり、眼下の鏡椀には未だ宿らぬものがある。
後方からは、必死になってゲイツ隊が追撃してくるが、推力の差がありすぎて全く距離が縮む事は無い。
全身を締め上げるようなGにも、ゼンガーは屈しない。
全てを賭す一撃である以上、意識を手放す事など論外である。
大漸駄無の背部が爆発する。
ミーティアとのエネルギージャケットを強引に爆破して、切り離しにかかったのだ。
飛び上がるようにして大漸駄無は離脱するも、ミーティアはその勢いを殺す事無く、真っ直ぐジェネシスへと突き進んでいく。
此処に至るまで一度も使われる事が無かった、数十発にも及ぶ対艦ミサイルと、残存する推進剤を内装したままで……。
直後、光の渦が再び戦場を駆け巡った。
本来ジェネシスは、核反応で生み出されたエネルギーをレーザーに転換し、それを第一次ミラーと呼ばれるユニットで扇状に反射。
盆のような第二次ミラーで拡散させる事で目標へγ線を放射するのだが……。
月方面へと向かっていったγ線は、確かに月面に巨大なキノコ雲を生み出してはいたが、只単にクレーターを一つ増やしただけだった。
目標とされていたプトレマイオス・クレーターからは、実に数百キロは離れたポイントに着弾したのだ。
それだけならばまだ救いはあっただろう。が……。
ジェネシスの周囲には破壊の嵐が生み出されていた。
無人であった事がせめてもの救いだが、幾つものステーションが炎を上げている。
パトリックが怒鳴り散らすが誰も何も言えない。
たった一人でジェネシスの発射を食い止めたナチュラル……ゼンガー=ゾンボルト。
最早ナチュラルと言うカテゴリーでは説明しきれないその果断に、敵ながらも圧倒されていた。
そして皮肉にも、彼がもたらした大破壊が、ヤキン・ドゥーエの将兵に、自らの所業を恐怖させた。
……一歩間違えば、焼き払われていたのはプラントだったのだから。
それ程の破壊力を、自らが本当に制しているのかと、疑心にかられていた。
虚脱していたオペレーター達の顔が引き攣る。
司令部に詰めていたレイ=ユウキもまた、思わず声を上げていた。
その先に何があるのかと言う、多くの人々の疑念を無視し、パトリックは振り返る。
そうクルーゼを睨みつけると、パトリックは興味を失した様にモニターに注視し直す。
クルーゼが司令室を去り、ドアがパトリックの背後で閉じる。
それは果たして、誰に向かって発した言葉だったのか。
ともかくパトリックは表情を殺し、ひたすらに自らの“責務”を果そうと努めていた……。
代理人の感想
大漸駄無、ボトムアターックッ!(爆笑)
いやー、デンドロビウム丸ごとのボトムアタックとは景気がいい!(違)
つーか、無茶苦茶だよゼンガー。
そして僕たちはそんなあなたが好きさ(笑)。