最前線からは若干離れた位置に陣取っていた大天使からも、ジェネシスの異常は察知出来た。
先端部のユニットが大爆発を引き起こしたかと思えば、盃から水が零れるが如き有様で、レーザーが周辺宙域に乱反射していったのだ。
只のレーザーとしてならば、プラントを彩るイルミネーションにも見えるだろう。
……それが只ならぬシロモノであることを知る以上、悪寒しか浮かばないが。
遠距離射撃に対応するバスターのみが、その優れた索敵能力を駆使して詳細な惨状を掴む。
大天使はそれどころではない。
ザフト・連合の交戦領域の後方に位置しているとは言え、状況的には完全に挟み撃ちにされている。
余力がある、つまり長距離を進軍して敵編隊を突破出来る程の猛者に限って向かってくるのだから、対応する側としてはたまらない。
大天使側の応戦能力が低いのにはもう一つ理由があった。
主戦場から僅かに離れた宙域で、エターナルと大天使の支援に徹していたクサナギ側に、フラガは零式ごと配置されていたのだ。
ヤキン・ドゥーエを初めとした軍事衛星よりも更に後方まで、キラとどうしても辿り着かなければならず……MSを搭乗させてもなお高速で進軍できる機体は、ミーティアが全機出払った今では零式以外に存在しないからだ。
対空砲火を掻い潜ってきたジンの頭部を、フュンフのトンファーが圧倒的速力で叩き潰す。
カチーナとラッセルは本勝負に至り、ようやく大天使の指揮下に戻って来た。
クサナギ側のパイロット育成が、思った以上に上手く行ったからと言うが……実質残ったのはあの三人だけだった。
結局大半のM1はシースのメンバーが搭乗しており、修羅場を潜り抜けた猛者らしく、物量以上の奮闘をしている。
サブセンサーに切り替わる前に、ジンはクサナギ方向に蹴られ、慣性がついたたままアサギのM1に捕まえられる。
クサナギ周辺には同様に半壊し、緊急着艦用に用いられるキャッチネットで拘束・鹵獲された両軍の機体が漂っている。
クサナギは実質戦闘には参加していない。
艦長代理であったキサカは、ジェネシスの第一射に伴う詳細確認のために、席をカガリに預けている。
エリカの様なブレインや、モラシムと言う実戦経験豊富なアドバイザーがあってこその、采配であったが……。
クサナギは目標となる事も無かった。
周囲で両軍の救出活動を行なっている以上、互いにそうそう手を出す事が無いからだ。
これとてカガリは立派な戦いであると自負している。
人を傷つけ貶める事は楽だが、人を救い守る事に何倍もの力が必要となる事を……彼女は知っていたから。
これほどの修羅場だと言うのに、いつも通りに踏ん張っている三人が、カガリは少し羨ましかった。
勿論彼女らの中にも恐怖がある事を忘れては居ないが、それでも自分を保てるだけまだマシだろう。
クサナギのカタパルトは二本のブレードの様な構造物で構成されている。
原理的にはアークエンジェル級ともナスカ級とも同一だが、規模が若干巨大な為、格納庫からの正規手順を踏まずとも使用が出来る。
先程ゼンガーのミーティアを一気にジェネシス周辺宙域に送り込んだように、零式にまたがったままフリッケライを“撃ち出す”事が可能になっている。
手伝ってくれると嬉しい。
そんな何気ない言葉でカガリとキラは戦う事になったのだ。
地球を離れ、宇宙の果てで最終戦争の只中に放り込まれるなど、考えもつかなかった。
世界の残酷さを誰もが認識していなかった。うねりと言うのは、正しく容赦無用。
何時の間にか、互いに自らの本質を求める事に執着していた。
国という殻は既に無く、中に残った微かな内容物を守る為に。
それこそが、己を己足らしめる、最重要の要素に他ならなかった。
キラの言葉を心の中で反芻しつつ、凛とした声で令を発した。
二人は行く。
鮮烈な業火に潜み隠れる、何処までも深い闇を祓う為に。
二人が待つ。
眼球ごと脳髄を焼き尽くす程の光源の只中、目を開けてられるほどの優しさが戻るまで。
連合軍の中にはジェネシス撃破を目標としていた部隊も、勿論居た。
濃密な防御陣を前に総数を十分の一にまで減らしていたものの、ジェネシスを目前としていた。
そこに自らを省みると言う感情は無かっただろう。
仲間を、家族を、故郷を奪われた理不尽を、敵にぶつける事で自我を保つしか無かった。
しかし、喜怒哀楽全てを憎悪にやつしたモンスター相手には、余りに矮小であったとしか言い様が無かった。
お陰で人としての理性を……畏れを取り戻す事が出来たのは皮肉であり、幸運であった。
漆黒の只中で微かに光った機動端末が、切断される。
その爆発を後光の様に背負い、搭乗者同様仮面を被った重MSが浮かび上がる。
進退窮まっていたストライクダガー隊に一言告げると、ゼンガーは対艦刀を起動させる。
量子通信システムによる高機動兵装“ドラグーン”。
ガンバレルシステムを超えたより自由度の高いオールレンジ攻撃を可能とした、大小計十一機のそれらは、たった一人と一機を前に、手も足も出ぬまま撃破された。
本来なら小隊単位の目標さえ撃滅可能なそれも……実力が拮抗した魔人と武人同士では、寧ろ手数が多い分雑把に動きを読まれやすかったのだ。
人の身体は一つで、腕と脚は二対しかない。
この認識は、例え宇宙に出た事で空間認識能力が高まっても変わる事が無かった。故にドラグーン・システムは、現状の人類には完璧には使いこなせない。
意識と感覚が自らの認識を超えているのならば、その分総合的に力が落ちるのは当たり前だった。
ドラグーンを全て失っても、クルーゼの重MS“プロヴィデンス”の戦闘能力はまだまだ健在であった。
フリーダム、ジャスティスに続く核機関搭載型のこのMSは、テスト運用もままならぬ状態で、実戦での細かな調整と改良が加えられてきた、大漸駄無のパワーを上回っている。
プロヴィデンスの顔面に、クルーゼでも対応不可能な程の速度で鉄拳が“飛んだ”。
左腕部挙動加速用のブースターが作動したのだ。握りこぶしの不意の一撃によってブレードアンテナを一本持っていった。
衝撃によって引き離されたプロヴィデンスは間合いを取る。
大漸駄無も一端は構えを直すが、不意にプロヴィデンスの後方に意識が行った。
一切の躊躇いも無しに、大漸駄無は全ての火砲を撃ち払った。
ところが一撃たりともプロヴィデンスには当たらず、代わりに遥か後ろで莫大な熱量と放射能を撒き散らす。
先程まで上機嫌だったアズラエルは、この報告を聞いた途端一転。愕然とした表情で声を引き攣らせていた。
そんなヤワな“存在”では無い事を、ナタルと違いアズラエルは承知している。
この大事な時期に彼らが動かないと言う理由は、二通り。
一つは彼が望むように、全てが手中に入った場合。
もう一つは……全てを失った場合。
唐突に、穏やかかつ容赦の無い声が、彼の後から飛び込んできた。
アズラエルはガチガチと歯を鳴らせつつ、その声の主に対し、懐の拳銃を突きつけた。
銃口を前にしても冷ややかに、レーツェル=ファインシュメッカー、もといエルザム=V=ブランシュタインは、呆れを込めた溜息と共に丸眼鏡を外した。
大天使から抜け出した彼は、そう遠くない位置に居たドミニオンに密かに潜入した。
手引きしたのは、艦隊侵入方向をカバーしていた戦艦数隻丸ごと……MS隊にも話は通していた。
目的はずばり、ドミニオンの奪取。
下準備はあったものの、決断は“ジェネシスの第一射”によって下していたのだ。
鬼気迫るやり取りに唖然となるブリッジだったがナタルは更に混乱の極みに居た。
何故、自らの師が……忌まわしき事件と共に軍を去った彼が、どうしてこの様な男と真剣に言葉を交わすのか?
彼女の知る彼ならば、この様な輩は最も忌むべき……いや敵と言っても良い筈なのに。
そうなっても仕方が無い事情が、彼にはある。
だがそうだとしても……自分の中に残留した“彼”が汚れていくようで、かといって認識を改める事が辛く、ナタルはうめくだけだった。
この様なシニカルな言葉をエルザムがのたまうまでは。
変わっていない。そう確信に至るに十分過ぎる一言だった。
逆上したアズラエルの指に力が篭る。
が、弾き出たのは、鉛玉だけではなかった。
飛び出した結果、背中に弾を受けてしまったナタルは、儚げな息と共に血を吐いた。
血球が周囲に舞うが、エルザムは一度声を上げただけで後は冷静だった。
憤怒に顔を歪ませつつも、まだ考える余地はあったのだろう。
エルザムが向けるハンドガンに比べれば豆鉄砲に等しい拳銃をもったまま、アズラエルはエレベーターに駆け込んでしまった。
か細い腰を真紅に染め上げていく彼女の血。
エルザムは自らの袖口を躊躇う事無く引き千切り、的確な処置を施し続けていく。
この緊急事態に際しても咎める事無く、それでいて真剣味を帯びた言葉にクルーらは即座に動いた。
慌しく統制は取れていなかったが、それでも今、やるべき事を心得ているようだった。
完全に艦を掌握するべく立ち上がろうとしたエルザムの裾を、ナタルの手が引く。
ナタルは弱々しげながらも、安らいだ表情で頷いた。
士官学校時代、この様な人物にならば命を預けられると、理想としていた憧れの人。
大天使から離れ、常に一人だと思えていた自分には、そんな期待が込められていた……そしてそれを裏切る事が無かったと、彼が見せた笑顔で実感したのだった。
代理人の感想
あれ、アズラエル今回で最期だと思ったのに(笑)。
エルザムが美味しいところを持ってく所までは予測できなくもありませんでしたが、
アズラエルにもまだ「役」が残ってるのかな?