「……!! あれは!」


 最前線からは若干離れた位置に陣取っていた大天使からも、ジェネシスの異常は察知出来た。
 先端部のユニットが大爆発を引き起こしたかと思えば、盃から水が零れるが如き有様で、レーザーが周辺宙域に乱反射していったのだ。


「第二射が撃たれた?! 地球を撃って置いてまだ物足りないか?!」

「で、でもあれじゃあ……」


 只のレーザーとしてならば、プラントを彩るイルミネーションにも見えるだろう。
 ……それが只ならぬシロモノであることを知る以上、悪寒しか浮かばないが。


〈あー大丈夫。物置と出島が吹っ飛んだだけっぽいな〉



 遠距離射撃に対応するバスターのみが、その優れた索敵能力を駆使して詳細な惨状を掴む。
 大天使はそれどころではない。
 ザフト・連合の交戦領域の後方に位置しているとは言え、状況的には完全に挟み撃ちにされている。
 余力がある、つまり長距離を進軍して敵編隊を突破出来る程の猛者に限って向かってくるのだから、対応する側としてはたまらない。
 


「お陰でその周囲は戦力が薄いようだけど……本当に、行ってしまうの? キラ君、ムウ……」

〈奴の喉下に喰らいつくには、もうこのタイミングしかねえ〉


 大天使側の応戦能力が低いのにはもう一つ理由があった。
 主戦場から僅かに離れた宙域で、エターナルと大天使の支援に徹していたクサナギ側に、フラガは零式ごと配置されていたのだ。
 ヤキン・ドゥーエを初めとした軍事衛星よりも更に後方まで、キラとどうしても辿り着かなければならず……MSを搭乗させてもなお高速で進軍できる機体は、ミーティアが全機出払った今では零式以外に存在しないからだ。


〈あの男がこの期を逃すとは思えません。核も、ジェネシスも気になりますけど、僕は……〉

〈ぐだぐだ言うよりとっととボコって、早く帰って来い!! 猫の手も借りたい現状なんだからな!〉


 対空砲火を掻い潜ってきたジンの頭部を、フュンフのトンファーが圧倒的速力で叩き潰す。
 カチーナとラッセルは本勝負に至り、ようやく大天使の指揮下に戻って来た。
 クサナギ側のパイロット育成が、思った以上に上手く行ったからと言うが……実質残ったのはあの三人だけだった。
 結局大半のM1はシースのメンバーが搭乗しており、修羅場を潜り抜けた猛者らしく、物量以上の奮闘をしている。
 


〈そ、そう思うならちょっとこっちにやるのは止め……あうわ!〉


 サブセンサーに切り替わる前に、ジンはクサナギ方向に蹴られ、慣性がついたたままアサギのM1に捕まえられる。
 クサナギ周辺には同様に半壊し、緊急着艦用に用いられるキャッチネットで拘束・鹵獲された両軍の機体が漂っている。
 


〈アサギの言う通りです。お気持ちは解りますが、これ以上の救助作業は困難……〉

〈そんな事は解ってる〉


 クサナギは実質戦闘には参加していない。
 艦長代理であったキサカは、ジェネシスの第一射に伴う詳細確認のために、席をカガリに預けている。
 エリカの様なブレインや、モラシムと言う実戦経験豊富なアドバイザーがあってこその、采配であったが……。


〈全く、この乱戦状況でこんな事を仕出かせるお前の頭を疑うな〉

〈ネジが緩んでるって? オッサン〉

〈いや、ネジが何本か抜け落ちてる連中相手によくぞ、と言った所だ〉


 クサナギは目標となる事も無かった。
 周囲で両軍の救出活動を行なっている以上、互いにそうそう手を出す事が無いからだ。
 これとてカガリは立派な戦いであると自負している。
 人を傷つけ貶める事は楽だが、人を救い守る事に何倍もの力が必要となる事を……彼女は知っていたから。


「難しいからこそ、やるしかないだろ……エリカ、リニアカタパルトの調子は」

「電力は十分です。後は」

〈カガリ様ー! 針路上に障害物無し、いけますよー!!〉

〈両軍のパイロットもクサナギに収容完了……ってあああシースの人説得ならもっと穏やかに極まってます極まってますから?!〉

「ご苦労さんジュリ、マユラはその……頑張れ」

〈そんなー!!〉


 これほどの修羅場だと言うのに、いつも通りに踏ん張っている三人が、カガリは少し羨ましかった。
 勿論彼女らの中にも恐怖がある事を忘れては居ないが、それでも自分を保てるだけまだマシだろう。


〈カガリ、あまり根を詰めないで……〉

「そうしたいけどさ、お前が頑張るって言ってるのに私がのうのうとしてる訳にもいかないだろ?」


 クサナギのカタパルトは二本のブレードの様な構造物で構成されている。
 原理的にはアークエンジェル級ともナスカ級とも同一だが、規模が若干巨大な為、格納庫からの正規手順を踏まずとも使用が出来る。
 先程ゼンガーのミーティアを一気にジェネシス周辺宙域に送り込んだように、零式にまたがったままフリッケライを“撃ち出す”事が可能になっている。


「私が……誘ったんだからな」

〈僕はそれに感謝している〉


 手伝ってくれると嬉しい。
 そんな何気ない言葉でカガリとキラは戦う事になったのだ。
 地球を離れ、宇宙の果てで最終戦争の只中に放り込まれるなど、考えもつかなかった。
 世界の残酷さを誰もが認識していなかった。うねりと言うのは、正しく容赦無用。


〈自分の起源(ルーツ)を知らないままでも、あの男は来た。その時僕は何が出来ただろうか……〉

「お前……」

〈あれは僕らの“闇”だ。起源が無ければ僕はきっと、飲み込まれていた〉


 何時の間にか、互いに自らの本質を求める事に執着していた。
 国という殻は既に無く、中に残った微かな内容物を守る為に。
 それこそが、己を己足らしめる、最重要の要素に他ならなかった。


〈でも……僕は決して同じにはならない〉


「そうだな。お前が“闇”だったとしても、安らぐ事が出来る優しいもんだ」


 キラの言葉を心の中で反芻しつつ、凛とした声で令を発した。


「行って来い!! キラ!!!」

〈了解、キラ=ヤマト、フリッケライ出ます!〉

〈同じくムウ=ラ=フラガ、行くぞ!!〉


 二人は行く。
 鮮烈な業火に潜み隠れる、何処までも深い闇を祓う為に。
     


〈行ってしまったわね〉

「鷹は頼りになるんだろう?」

〈ええ〉


 二人が待つ。
 眼球ごと脳髄を焼き尽くす程の光源の只中、目を開けてられるほどの優しさが戻るまで。







「これが望みか? 貴様の……」


 連合軍の中にはジェネシス撃破を目標としていた部隊も、勿論居た。
 濃密な防御陣を前に総数を十分の一にまで減らしていたものの、ジェネシスを目前としていた。
 そこに自らを省みると言う感情は無かっただろう。
 仲間を、家族を、故郷を奪われた理不尽を、敵にぶつける事で自我を保つしか無かった。
 


〈私のではない! これが人の夢、人の望み! 人の業!!〉


 しかし、喜怒哀楽全てを憎悪にやつしたモンスター相手には、余りに矮小であったとしか言い様が無かった。
 お陰で人としての理性を……畏れを取り戻す事が出来たのは皮肉であり、幸運であった。


〈他者より強く、他者より先へ!! 他者より強く!!! 競い、妬み、憎んでその身を喰い合う!!〉

“斬!!”


「お為ごかしは終ったか、狂人風情が」


 漆黒の只中で微かに光った機動端末が、切断される。
 その爆発を後光の様に背負い、搭乗者同様仮面を被った重MSが浮かび上がる。


「マイウス市へ行け。我らの協力者が匿ってくれる筈だ」


 進退窮まっていたストライクダガー隊に一言告げると、ゼンガーは対艦刀を起動させる。
 


「貴様の理屈に付き合っている暇は無い……そこを退け」


 量子通信システムによる高機動兵装“ドラグーン”。
 ガンバレルシステムを超えたより自由度の高いオールレンジ攻撃を可能とした、大小計十一機のそれらは、たった一人と一機を前に、手も足も出ぬまま撃破された。
 本来なら小隊単位の目標さえ撃滅可能なそれも……実力が拮抗した魔人と武人同士では、寧ろ手数が多い分雑把に動きを読まれやすかったのだ。
 人の身体は一つで、腕と脚は二対しかない。
 この認識は、例え宇宙に出た事で空間認識能力が高まっても変わる事が無かった。故にドラグーン・システムは、現状の人類には完璧には使いこなせない。
 意識と感覚が自らの認識を超えているのならば、その分総合的に力が落ちるのは当たり前だった。


〈私は結果だ!! 全てを知る!!〉
 
「人の業すら受け止めれない輩が物を口にするな!」

〈人では無いからなぁ!!〉

「例え人外であっても、与えられた命の中で、全力で駆け抜ける存在も……居る!!」


 ドラグーンを全て失っても、クルーゼの重MS“プロヴィデンス”の戦闘能力はまだまだ健在であった。
 フリーダム、ジャスティスに続く核機関搭載型のこのMSは、テスト運用もままならぬ状態で、実戦での細かな調整と改良が加えられてきた、大漸駄無のパワーを上回っている。
 


〈貴様の言うのは命では無い! 後に続く事が出来ない不恰好な泥人形に過ぎない! 実のならぬ樹は只貪り、やがては枯れ果てる!! 人類の大半は無論の事コーディネーターも同様に、必然的に訪れるであろうプログラムを、私は加速させているに過ぎない!!〉


「……呆れて最早、笑う事すら出来ないな」

〈何?〉


 プロヴィデンスの顔面に、クルーゼでも対応不可能な程の速度で鉄拳が“飛んだ”。
 左腕部挙動加速用のブースターが作動したのだ。握りこぶしの不意の一撃によってブレードアンテナを一本持っていった。


「命の価値は遺伝子情報のみにあらず!! その奥底に眠る個性や多様性……幾千幾百幾億と紡がれて来た“種(シード)”にこそ本懐がある!!」

〈芽吹かぬ種などに価値は無いではないか! 淘汰され、消え去るのみを宿命とするならば!!〉

「貴様は彼らを、明日への礎となった者達を踏み台程度にしか考えて居ないのだろう……舐めるなよ。人は何も残さず消滅する事など出来はしない。人は生きた限り、残る者達に有形無形に残留して共に歩む事になる!!」

〈!!〉


 衝撃によって引き離されたプロヴィデンスは間合いを取る。
 大漸駄無も一端は構えを直すが、不意にプロヴィデンスの後方に意識が行った。
 



〈……個としての安定を求めるだけならば、やがてはシステムが硬化し破局が待つ……成る程、生かさず殺さずのままな理由がようやく解った〉

「貴様……!!」

〈お前達は“剪定”されているのだ! 美味なものだけを、やがて“神”の懐に収める為にな!!〉   
 



 一切の躊躇いも無しに、大漸駄無は全ての火砲を撃ち払った。
 ところが一撃たりともプロヴィデンスには当たらず、代わりに遥か後ろで莫大な熱量と放射能を撒き散らす。


〈私が“代理人”だ!! 奴らのなあ!!!〉








「核攻撃隊(ピースメーカー)が独走? まさか……まさか!!」


 先程まで上機嫌だったアズラエルは、この報告を聞いた途端一転。愕然とした表情で声を引き攣らせていた。


「理事?」

「……あの三機はまだ動かないと?」

「彼らは限界だったのでしょう……まだ暫くは昏倒状態にあるかと」


 そんなヤワな“存在”では無い事を、ナタルと違いアズラエルは承知している。
 この大事な時期に彼らが動かないと言う理由は、二通り。
 一つは彼が望むように、全てが手中に入った場合。
 もう一つは……全てを失った場合。



「っがぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」

「!!」

「ここまで来て……ここまで来て横から掻っ攫われただと!!!」


「つまりは手詰まりと言う事か」


 唐突に、穏やかかつ容赦の無い声が、彼の後から飛び込んできた。
 アズラエルはガチガチと歯を鳴らせつつ、その声の主に対し、懐の拳銃を突きつけた。


「なんで、お前は、一々向かってくる!!」   

「私が選んだ運命だ。従うも抗うも私が決める」

「ェェエルザムっっ!!」


 銃口を前にしても冷ややかに、レーツェル=ファインシュメッカー、もといエルザム=V=ブランシュタインは、呆れを込めた溜息と共に丸眼鏡を外した。
 大天使から抜け出した彼は、そう遠くない位置に居たドミニオンに密かに潜入した。
 手引きしたのは、艦隊侵入方向をカバーしていた戦艦数隻丸ごと……MS隊にも話は通していた。
 目的はずばり、ドミニオンの奪取。
 下準備はあったものの、決断は“ジェネシスの第一射”によって下していたのだ。 


「所詮“奴ら”から与えられた役の重みなど、そんなものだ。自らの役は自らで心得なくてどうする? アズラエル」

「やかましい!! 元から多くが手の内にあったお前に何が解る!!」



 鬼気迫るやり取りに唖然となるブリッジだったがナタルは更に混乱の極みに居た。
 何故、自らの師が……忌まわしき事件と共に軍を去った彼が、どうしてこの様な男と真剣に言葉を交わすのか?
 彼女の知る彼ならば、この様な輩は最も忌むべき……いや敵と言っても良い筈なのに。


「どうせクルーの幾らかは貴様の息がかかってたんだろう?! 月基地にもどれだけの便宜を図った!!」

「“インダストリー”を経由して色々と根回しさせてはもらった。新造艦だったので融通も利いたしな」

「フン! 矢張りな……そうやって無知無能な連中を翻弄して悦に浸っている……お前も俺と同じだ!!!」


 そうなっても仕方が無い事情が、彼にはある。
 だがそうだとしても……自分の中に残留した“彼”が汚れていくようで、かといって認識を改める事が辛く、ナタルはうめくだけだった。


「悪くあるだけなら誰でも出来る。“悪”とは、その先に確固たる目的があるからこそ正しく機能する」

「っ!!」


 この様なシニカルな言葉をエルザムがのたまうまでは。
 変わっていない。そう確信に至るに十分過ぎる一言だった。


「独りよがりが過ぎたな。それでは役を演じ切る事もままならなかっただろうに……」

「五月蝿いぃ!!!」


 
 逆上したアズラエルの指に力が篭る。
 が、弾き出たのは、鉛玉だけではなかった。







「ナタル!!!」


 飛び出した結果、背中に弾を受けてしまったナタルは、儚げな息と共に血を吐いた。
 血球が周囲に舞うが、エルザムは一度声を上げただけで後は冷静だった。



「クッ……貴様!!」

「まだやるか」

「っつ!!」


 憤怒に顔を歪ませつつも、まだ考える余地はあったのだろう。
 エルザムが向けるハンドガンに比べれば豆鉄砲に等しい拳銃をもったまま、アズラエルはエレベーターに駆け込んでしまった。


「……っ、お久しぶりです……少佐……」

「君にしては随分と非効率的な対応だな、ナタル=バジルール」


 か細い腰を真紅に染め上げていく彼女の血。
 エルザムは自らの袖口を躊躇う事無く引き千切り、的確な処置を施し続けていく。


「……すまんが、救護班を寄越してくれ」

「は、はい!!!」


 この緊急事態に際しても咎める事無く、それでいて真剣味を帯びた言葉にクルーらは即座に動いた。
 慌しく統制は取れていなかったが、それでも今、やるべき事を心得ているようだった。
 


「……流石ですね」

「余り喋るな。後で聞こう」

「……っですが、一つだけ……」


 完全に艦を掌握するべく立ち上がろうとしたエルザムの裾を、ナタルの手が引く。


「少佐にとって、私は……」

「……誰とも知れぬ人間には、この名馬は扱えぬ。私は最大の配慮をもって、君を選んだつもりだ」






 ナタルは弱々しげながらも、安らいだ表情で頷いた。
 士官学校時代、この様な人物にならば命を預けられると、理想としていた憧れの人。
 大天使から離れ、常に一人だと思えていた自分には、そんな期待が込められていた……そしてそれを裏切る事が無かったと、彼が見せた笑顔で実感したのだった。 

  

 

  

 

 

 

代理人の感想

あれ、アズラエル今回で最期だと思ったのに(笑)。

エルザムが美味しいところを持ってく所までは予測できなくもありませんでしたが、

アズラエルにもまだ「役」が残ってるのかな?