プラント直前での攻防。
互いの命を天秤にかけられていると思われたそれは、その実片方が異常に傾いていた。
一心不乱に大漸駄無は撃つ。
手にする刃を振るう間も無く、圧倒的なプレッシャーをもって迫る三発の飛翔体を、再び狙撃。
一撃、二撃と推進部のみを破壊して動きを封じるも、一発が弾頭に直撃。
撃ち損じた飛翔体のみならず、周囲に漂うデブリも絶対熱量をもって、飲み込んでいった。
大型ビームライフルで牽制し、距離を離すプロヴィデンス。
その後方には既に、またしても三機の飛翔体、核ミサイルが迫る。
……量子通信を用いての誘導は正確無比。
長距離ミサイルにあるまじき機動力で、実に嫌なタイミングに飛来して来るのだ。
背部大型ドラグーンシステム三基に連動しているらしく、その本体が破壊された今、核ミサイルがクルーゼの新たな牙であった。
プロヴィデンスがシールドと一体化したビーム砲を二門斉射するも、大漸駄無は肩を突き出し動的装甲で弾く。
そのままの体勢で身体ごとぶつかっていくが、矢張り背後のミサイルに気を取られ、そちらに意識をやらざるを得なくなる。
こうしている間にも刻一刻とジェネシスの発射体勢は整いつつあり、焦りは募る。
その時、核ミサイルの機動を完全に予測した一撃が、これらを粉砕した。
ビームライフルが二条、レールガンが一条。まるで吸い込まれるが如き精密さで。
零式のそれに負けぬプレッシャーを感じ、プロヴィデンスが振り向き様にビームサーベルを振るうが、遅い。
懐に潜り込んだフリッケライが、まるでボクサーがフックを見舞うかのようにステークを打ち出し、胸部装甲を大きく抉った。
その間ゼンガーは、大漸駄無を急速に離脱させ、ジェネシスへと針路を向け直した。
既にこの一戦、彼に委ねられた事を悟ったからだ。
これは彼が勝つべき戦いであり……己にも、打ち勝たねばならぬ“運命”が待っている。
零式の下部ミサイルランチャーが、糸を引いて漆黒に突っ込んでいく。
再度、プラント全体を忌々しい程強い光が包み込んでいった。
エルザムが掌握したドミニオンでは、現状確認に全ての労力を費やしていた。
彼が動かせる戦力は巡洋艦・駆逐艦数隻程度である。
他は様々な手回しにより、月基地から出撃した補給艦隊と合流。大勢が決まるまで傍観する事を確約したに過ぎない。
プラントの理事国であった連合構成国家は、プラントそのものの損壊を望まない意見が殆どを占める。
戦争において磨耗した国力を回復するには、プラントの生産能力が、ある程度コーディネーターに譲歩してでも必須だった。
どの道勝利するならば戦力をすり潰すだけで事足りる。プラントには備蓄がゼロに等しいのだから。
ところが地球連合の主流勢力たる、大西洋連邦……もっと言えばブルーコスモスはそうは考えていなかった。
まるで憑かれた様にコーディネーター完全殲滅に固執し、エルザムからの事前提案にも耳を貸さなかった。
ニュートロンジャマーキャンセラーの技術を独占しているとは言え、その後の復興を省みない無謀が過ぎる行動である。
側ではナタルが呆然としている。
本当ならば医療室で治療するのが筋なのだろうが、生体CPUを扱っていた事で、エルザムの怒りを買う事を畏れたのだろう。既にもぬけの空だった。
止む無く陣形が近かった“チャーチル”に救援を要請し、スタッフを呼んでその場で治療を続行している。
自らの所業に酔うサザーランドと、ピースメーカー隊。
両者を哀れに思いつつも、エルザムは一切の容赦を覚えない。
自己満足と復讐心にかられるだけで、先が見えていない輩に未来等訪れない。
戦友がその命をもって証明してしまった、残酷な現実。
それを直視出来ぬ程に、彼らは溺れてしまっている。
今彼の懸念事項は先行しているMS隊である。
プラントへの長距離侵攻を念頭に置いていたためか、現在出撃している機体は推進剤の量が多い。
その為かなり深く敵陣に切り込んでいる現状で、背を向けるタイミングを間違えればたちまち餌食となる。
ナタルは意気込むが、他のクルーには戸惑いが隠せない。
とはいえ此処で逃げ出したところで、もしジェネシスが再び発射された場合艦隊ごと吹き飛ばされる。
ならば少しでも生存確率を上げるには、自分で何かをした方がマシかもしれない。
それ程の事は出来ない。しかし“それ程”を集約させ、意味ある巨大な力として運用する事が……この二人になら、出来るのかもしれないと思い始めていた。
エルザムは射撃管制席に流れると、持ち場に居た士官を尻目に、超高速でコンソールを操作し出した。
人間の反射神経と動体視力を無視した高速タイピングは、コーディネーター特有の技能だが、彼は違う。
彼はそんな、上等な者では無かった。
……宇宙環境適応手術。
ブランシュタイン家がジョージ=グレンが提示したコーディネーターの設計図に頼らず、独自の理論・技術で実行した所業。
コーディネーターと異なり受精卵段階ではなく、身体が成熟してから施される処理であり、それ故に適合・不適合の揺らぎが大きく、彼らの中でしか広がらなかった。
効果も劇的では無く、簡易な疫病耐性や平均感覚の強化程度しか表立っては現われない。
それはブランシュタイン家が、人類に代わる種を創り上げる等と誇大妄想を抱かず、寧ろ人類として、未踏の世界へ足を踏み出す為の人材を育て上げようと考えていたからに他ならない。
故に今のも、単なるエルザム自身の努力の賜物である。
コードを打ち込んだ後指が痙攣し、誰から見ても無理をしている事は察する事が出来た。
だが無理をしてでも、片をつけなければならない問題が、すぐ側に。
ナタルが言うまでも無く、ドミニオンはヘルダートを連続斉射してミサイルを迎撃。
ドゥーリットルからの砲撃も艦首を向けてかわし、ローエングリンとバリアントを展開しつつあった。
攻撃を予期し、適切な武装選択の後の方向修正。
全ては一瞬であり、鮮やか。 例え馬だろうと戦艦だろうと、エルザムはその力を上手く引き出せるのだ。
今更、と言った風に一同コンソールに向き直っていた。
生き残る為には“敵”を倒し、戦い、そして未来を見据えなければ無意味。
それを促してくれた彼を、どう責める事が出来るのか、と。
ヤキン・ドゥーエでは激戦を見守りつつも、ジェネシスの第三射の準備が進められている。
プラント近辺での核の爆発には……パトリックは目もくれない。
寧ろ毒ガス攻撃や歩兵によるテロリズムが無くて安堵しているぐらいだ。
“奴ら”ならばそれぐらい、やりかねない。
モニターにちらりと映った機影を見て、またしてもパトリックは皺を深める。
片方はクルーゼのプロヴィデンス。どの道好きにやらせて置くつもりは無かったので、図らずとも足止めになっているのでこれは良しとする。
問題は相手の見慣れない機体――フリッケライ。
旧マガルガやアストレイ系の継ぎ接ぎによって構成されたこの機体を、パトリックは察知していなかった。
クルーゼを大漸駄無と対峙させるる事で、双方共に疲弊させ残存した側との決着を容易にしたかったが……良い動きをしているとは言え所詮寄せ集め。とてもクルーゼとプロヴィデンスに長く持つとは思えなかった。
最早慣れ切ってしまい、感慨も何も無い。
連合の弾圧、幾度ものテロに見舞われる度に失望が過った。
だがそれに屈していては何も生み出せない。何も守れない……故にパトリックは歩み続けたが、それは“省みる”事をしない日々だったのかもしれない。
何せ失望したのは他者のみならず、己自身であった場合……いや寧ろ、こちらが主流か。
ラクス=クラインの遠吠えが聞こえる。
彼女は根本から解っていない。
相手はこちらの痛みが解らない。そもそもそういった概念が存在するかも怪しい程なのだ。
“奴ら”に対しては全身全霊をかけてぶつかり、対抗する以外は他に無い。
その為の刃に過ぎたる物はない。現状では幾ら背伸びをしても、届かぬ域に“奴ら”は立っている。
……だが、それに踊らされた彼らナチュラルは何だ?
痛みを知っておきながら、故意に気付かぬフリをして、それどころか泣き叫ぶ同胞にも我慢を強いる。
悪質を越えて邪悪に他ならない。ここで止めなければ、癒える傷も癒えず、そこから腐れ爛れた腐肉が世界を全て犯す。
冷酷で、達観……否、諦めとも取れる言葉がパトリックから漏れる。
誰もそれについて言及できぬ中、たった一人挑む者が居た。
呪詛と共に無数の銃弾を吐き出させる、一人の青年。
誰もパトリックの闇を理解出来ぬ中で、ある意味誰よりもそれを理解していた。
嫌悪し、憎悪し、侮蔑し……そんな形でしか、青年はパトリックを理解する事が出来なかった。
自らの半身であるにも関わらずに、だ。
ザフト全軍に向けたメッセージの途中、ラクスは胸騒ぎがして声を止めてしまった。
かつてククルが死んだと伝えられる直前に感じたそれと、良く似ている。
意味は全くの正反対だが。
その時は不気味な不安としか感じられず、デマを呆気なく信じてしまったものの、真の意味は戦人としてその心身を磨耗させ、朽ち果てようとしていた巫女が、生まれ変わりを果した歓喜であった。
しかし先程の予感は異質で、おぞましいものであった。
まるで大切な誰かが、かつてククルが通り過ぎた彼岸へと、向かってしまうかの様な……。
エターナルはその速力を生かし、ピースメーカー隊と護衛のストライクダガーがプラントに到達せぬよう遊撃し回っている最中。
丁度通信中継機として飛び回っていたジン強行偵察型が通ったので、その通信履歴を拝借していたのだが……。
予感は的中、ラクスは拳を握り締め、切ない表情で戦場を眺める。
ザフト側の動きが見るからに精彩を欠いて来た。
認識が甘いのだ。
彼らにとっては、自分らの後ろにはザフトがあり、ザフトがプラントを守るのだと、集団意識が働いているのだろう。
その後ろ盾が無くなった途端、プラントを守る為に具体的な行動をどう取るか、判断出来なくなってしまった。
幾らでも理論的かつ効果的なプランは組み立てる事は出来るだろうが、それを実行した場合のリスクや、失敗時の責任などを考えると具体的な行動に移れない。
第一波の時に比べ、突破されていく部隊が多くなっていた。
当然それぞれには、巨大なミサイルを懸架したメビウスが付いて回っていると言うのに。
その判断は正解だったが、最善では無かった。
彼らもまた、現状維持以上の事を行うだけの、余裕が無かったのだ。
そんな中、余裕が無いと言うのに更に余裕を無くす者も。
イザークらも、ヴェサリウス周辺での防空行動にも限界が出始めていた。
ククルのミーティアは狙いを確実にする意味で、静止したまま砲撃を続けている。
その効果は絶大で、核ミサイルを含めば三桁に届く勢いでその進軍を阻んでいた。
だがそれも、イザークらが完全にガードしていたからこそ、可能だった成果……。
鈍い音が耳に入った途端、マガルガはミーティアから飛び出した。
直後、ミーティアは内部から膨れ上がり、爆散。
大多数で包囲された結果、流れ弾を受けてしまったのだ。
お礼と言わんばかりに、マガルガはミーティアを落としたストライクダガーの小隊を蹴散らす。
最後のストライクダガーを蹴り飛ばした脚を、そのまま勢いをつけてメビウスに振り下ろす。
機首から真っ二つに折れ曲がったメビウスは、ミサイルを抱えたまま爆発。核反応だけは起こらなかった。
と、言いつつも機体をヤキン=ドゥーエの方へ向けるマガルガ。
最後のほうは、ミサイル撃破の影響で電波障害が起こり聞く事は出来ず、そのままマガルガはヤキン=ドゥーエへと突入していく。
シホの突っ込みを聞き流しつつ、イザークは再度連合の攻勢に備える。
こちらの都合など御構い無しに、彼らは真っ直ぐ突っ込んで来る。それしか出来ないといった風に……。
果たして、イザークの予想通りだった。
ユウキが戸惑うのも無理は無く、最終決戦に備えヤキンの内部警備も最高レベルにまで引き上げられている。
彼の様な侵入者が居れば、即射殺されても可笑しくなかった。
しかしそれすらも、アスランの戦闘能力には及ばなかったのだ。
アカデミー時代でも、ナイフを用いた近接戦闘授業において、教官を瞬殺してしまったと言う逸話が残るぐらいだが、それと同じ様に現実でも動けるかといえば、否である。
あくまで形式に則った形で、刃こそ真剣だったが一対一。大多数の敵を相手にするには、余り役には立たない……筈だった。
咄嗟に行動できたユウキとパトリック以外無力化に成功し、アサルトライフルは用を終え、捨てられる。
彼を甘く見て粉砕された兵士らから、奪ったものだったのだろう。
それを好機と取り、ユウキは背後に手を回すが……動けなかった。
そうこうしている間にも、アスランは間を詰め切先を眼前に向けていた。
ナイフを逆手に持ち替え、柄尻でアスランは強打した。
ユウキは脳が揺れた、かと思うと既にオペラハウス状の司令部から投げ出されていた。
重力は無いので落下する事は無いが、切れた口から流れる血が水球として後を続き、漂う。
下の管制センターの兵士達は、たちまちパニックに陥っていたが、そちらに意識をやることは無かった。
敬意も信愛も塵と感じぬ、無機質な問答。
こうして見るとお互いとても似通っている。頑強な意志を秘めた瞳、磁力靴を使用しているとは思えない軽快な足運び……。
だが何故?
どうしてよりにもよって、実の父子同士が殺しあう事で、それを確認せねばならないのか?
パトリックは名刺を取り出すかのような手馴れた手つきで、厚ぼったい軍用ナイフを取り出した。
地下活動を行っていた頃から、その業(わざ)を駆使せざるを得なかったが、真逆それを、肉親との対決に用いる事まで想定はしていまい。
パトリックの表情には、明らかに陰りがあった。
呼びかけは届かない、キャッチボールは続かない。
後はもう、風の悲鳴と鋼の咆哮が、二人の唯一の意思疎通の手段だった。
代理人の感想
うわ、強いぞアスラン(爆)。
つーかそのアスランの腕をへし折って後方送りにしたククルという更なる化け物もいるわけですが。
でもナイフコンバットとは思わなかったなぁ。
ガンダムチックな哲学戦闘だとばかり思ってたのにw