地球において継承・熟練されていった既存格闘技を習得し、コーディネーターの身体スペックにおいてこれらを行使する……ところがこれには大きな落とし穴があった。
 格闘技のみならず、身体を動かすと言うのは“考える”事が必須となる。
 これを怠れば筋肉や呼吸器に余計な負担をかける事になり、持久力も耐久力も落ちる。
 こればかりは暗記等不可能で、ひたすら実践して身体に“覚え込ませる”以外方法は無い。
 もっとも、コーディネーターとは言え修練無しでは如何なる知識も技能も身につかない。なまじ肉体が整っている分感覚を掴むのが難しく、またそれだけに長い時間をかけ、堅実に覚え込むのだが……しかし、ザフトはそうも言っていられない。
 早期の地球侵攻を念頭に置いて、アカデミーのカリキュラムの中には当然、対人戦闘に関するものもあった。
 ところがそれは効率のみを重視したスカスカの内容で、実際問題実戦で役立った試しは無い。
 寧ろ己の力を過信して、掃討任務中逆襲に遭って死んだ者も多い。
 遺伝子を弄くったとはいえ所詮人の延長。
 骨や延髄は極めて脆く、首を圧し折られたり延髄蹴りを貰えば、それまで。
 MS戦闘においても、間合いの取り方が反映されるものの……標準的な格闘武器である重斬刀からして、叩き付けて断ち切る特性を持つ。
 機体にかかる負担も大きく、戦争後半に補給路の寸断によって弾薬が乏しくなった事で、各戦線において力任せにインファイトを実行した結果、機体そのものの稼働率ががた落ちすると言う、最悪の結果を招いている。
 ……故にそれらの技を正しく行使し、尚且つ発展活用出来た者は一握りでしかない。
 プラント主流の学術芸能とはかけ離れていたが為に、地位もそれほど高くは無く、その殆どが戦火に散っていった。


「ふっ!!」

「・・・・・・!」


 しかしその場にいた人間は思い知っただろう。
 大多数によって意図的に抑されていた存在こそ、この戦争の命運を握っていた事に。
 地下組織からザフトまでに至るまで、耐え忍び力を蓄えたパトリック=ザラも、アカデミーを堂々主席で卒業したアスラン=ザラも、そういった忘れられた人々からの業を、継いでいる。
 故郷と仲間を救う為の力を求め。
 想い人を解した上でその力とならんと願い。
 双方決して、地位や名誉など求めず、ただひたすらに何処かの誰かを守りたいと切に願っている。
 それをもって肉親が殺し合う様は何とも歪で、悲しいものだった。
 その想いは、どちらも決して過ちではないのに。


「力みおって。アカデミーの連中はコレにゲタを履かせたつもりか」

「まあ常日頃目障りな存在を潰し続けてきた、血気盛んな貴方には、物足りないかもしれませんよね」


 何合目かは既に記憶に無いほど、二人は疲弊しつつある。
 これほどまでに長く対面したのも、この親子はこれが初。


「それがかつての同志であっても例外無く」



 無言で呼吸を整えるパトリック。
 事実に一部の誤解があるが、訂正する暇も無ければする気もない。
 現実にシーゲル=クラインは、此処には居ない。
 


「プラントの未来を見据えた結果だ。痛みは持続するとその意味を失する。慣れていては、屈していては何もならん」

「……深い痛みは、奥の奥に永劫に残る! 先の晴れない何時かの為に、貴方はどれだけの痛みを強いるのか?!」 
 


 肉体が若いだけに、復帰も早い。
 額に前髪をへばりつかせたまま、アスランが疾する。
 舞い散る頭髪と、汗の雫。
 ここに真紅の水泡が浮かび出すのには、そう時間はかかりそうに無かった。









「もう無茶苦茶じゃねえか!!」



 ザフトの指揮系統麻痺は、拮抗を保っていた前線を大きく揺るがした。
 地の利と兵力の劣勢を補うような明瞭な指揮によって保っていた防衛ラインはズタズタに引き裂かれている。
 統制を失ったMSが配置を離れ、独断で遊撃に入っては連合のストライクダガー隊に包囲され、潰されていく。
 進路を誤った艦艇が残骸に衝突し、無残にも自滅していく。
 この場でもっとも重要なのは自己分析。
 与えられた情報のみならず、周辺状況を見極めて身の振り方を決めるしかない。
 自立を促す為か、早くから父親に放任されていたディアッカには、その重要さも苦労も知っている。
 日和見を決め込みつつ我を通す事がどれだけ難しい事か。
 アカデミー以前ならまだしも、そこから後はイザークやククルを筆頭とした濃い面々に囲まれたお陰で、色々な意味で鍛えられたものだ。
 その経験は今この場でも存分に役立っている。
 ここでは我を通す即ち、生き延びること。
 自分の立ち位置を弁え、それに見合った働きをして居場所を作り上げる。
 逃げ回っているだけでは他の我、生存本能と言う最も凶悪なシロモノに飲み込まれて御陀仏となるのだから。
 


「何も考えてねえ……」


 しかし彼の様に、自らの技能価値観が一切通用しない局面に立たされた人間は、殆ど居ないのではないだろうか。
 と言うより寧ろこれが初、と言う者を探した方が楽だろう。
 ザフトに階級は無い。能力に応じた役職が自動的に振り分けられるだけだ。
 クルーゼの様に意図的に実力を隠して振る舞い、後になってのし上がる者も居るが、殆どが現状に甘んじて行動する。
 恒久的に軍人をやるつもりは更々無く、出来る奴がやればいいと、言ってみれば投げやりな風潮がザフトには存在している。
 つい数ヶ月前までその同類だった分、ディアッカにはそれが如何に愚かで危険な事か理解していた。
 頼れる者が誰も居なくなった途端、足掻くのでは無く考える事そのものを放棄してしまっている。
 後はもう勢いだけ。
 恐怖を払うべく単純な行動ばかりを取る。例えばそう……。


〈ま、待ってよ! 私達は……!!〉


 行動不能になった敵機を、掃討する等。
 折角アサギが辿り着きかけたストライクダガーが目の前で弾け、それを仕出かしたジンが彼女のM1に対しても仕掛けていく。
 迎撃しても良かったのだろうが、彼女はしない。
 背後にはまだ動けない機体が残っている。動いたらそちらに弾が当たるのだ。


「……せえ」


 抵抗しないのを良い事に次々と銃弾が撃ちかけられる。
 アンチビームシールドに弾痕が刻まれていき、遂には罅割れ、左腕を道ずれにして吹き飛ぶ。
 悲鳴を上げつつもそれでも退かない彼女を見て、何も感じないのか?
 あまつさえ、他の機体まで呼んで嬲り倒そうとするのか?


「……せえよ」


 人のやる事に一々首を突っ込んでいては、疲れる。
 だが見ているだけでイライラする様な真似は矢張り見過ごせない。
 主体性の無い、考えていると言うフリは飽き飽きする。
 今なら恥じる事が出来る、自分に。
 波に嵐に流されるがまま、“我”を得る事が遅れた事に。
 だから。


「だせえよ!! お前ら!!!」


 大きなお世話と言われるだろうが、知った事ではない。
 納得出来ない事がある。
 ならば顔の知らないどこぞの輩にも、怒鳴り散らしてやるのだ。
 ……その為に、かつての友軍に銃を向ける事も、躊躇ったりはしない。






「脳味噌ワイてんのか?! ああ?!」


 奇しくも同じ結論に至った者が居た。
 その一人は、右手にストライクダガーの首間接、左手にメビウスの機首を掴み上げて、ギリギリと締め上げている。
 正に悪鬼羅刹の如きフュンフのプレッシャーに、誰もが気圧され動けない。


「ピヨってる奴殺って粋がってるんじゃねえよチキンが!! やるならやるでデカいのを狙えデカいのを!!」


 時折、零式によるミサイル迎撃で起こった核爆発が照らし上げる、ジェネシスの威容。
 MS隊もあそこまで辿り着きたいのは山々だったが、そんな事は無理だと諦めがあった。
 時間も無い支援も無い技量も無い。だがじっとしている事が出来ずにこの怒りを、この憎しみをぶつける相手を求めていたが……。


「何かしら理屈つけて腰が引けるか? そんなんだから今の今まで試験管野郎共に好きにやらされてたんだろうが!!」


 カチーナは極論で言葉を封殺して次、メビウスの方に向くとメキメキと装甲に指を食い込ませて機体を“掌握”する。
 パイロットは半ば錯乱状態だったが、それだけに怒声はあらゆる意味でキツかった。


「御守無しで行って見ろや!! テメエらの自己満足にどんだけ友軍犠牲にした?! 砂時計と引き換えに!!」


 ブルーコスモスの思想に染まっていたこのパイロットは、ある意味盲点を指摘された。
 コーディネーターは害悪で排除せねばならず……その為に、一体どれだけのナチュラルを苦しめたのか?
 奴らを駆滅して救おうと誓った人々を、今己が犠牲にした。
 それでは……本末転倒ではないか?
 


「奴らは屑だ。そして奴らは俺達が屑だと言うだろう……だからこそ、互いに取り返しなんかつかない」


 仲間や同胞、家族や恋人程かけがえの無いものはない。それ以外の全ては切って捨てる事を、人はやる。
 自分だけでなく、他人もそうだろう。
 しかしそれを突き詰めてゆけば、きっと何処にも誰も残らない。
 実際問題、この一戦は全否定の為の小道具が揃い過ぎている。
 後一歩で、全ての破滅が待っている。


「楽に借りを返させるものかよ。何十何百何千何万と、じっくりしつこく求めりゃいい。互いにな……」


 
 許しはしない。
 彼女は決して許しはしない。
 戦友を笑いながら挽肉にしていったコーディネーターを。
 知った顔をニュートロンジャマーで飢え死にさせたプラントを。
 許されはしない。
 彼女も決して許されない。
 妻子ある敵を帰さなかった事。
 ブルーコスモスのテロを心の何処かで容認していた事。
 借りがある以上は貸しもあり、一方的な搾取は認められない。
 筋が通らないからだ。何より無駄になる。
 借りを返してもらわなければ、友の死が。
 貸しを返さなければ、敵の死が。
 それぞれの死を見取ったあの時の涙と慟哭は、記憶の中でしか残らずいずれは擦り切れていくものなのか。
 ……否。
 同じ醜態を曝す間抜けを曝さない為にも、両方残さなければならない。あり続けなければならない。
 途中惑うだろう、変わっていくだろう。
 それでも……そこには確かに、血によって成り立った大地がある。
 そこに立つ、自分が居る。


「この場で安く一括払いか、未来永劫分割払いか……どっちが得かは、頭にスが入っていても解るだろう……?」


 捕まえていたメビウスに装備されていた核ミサイルを、ジョイントごと引き千切る。
 前線とは正反対の方向、つまり連合側の陣営の方に向き直り、振りかぶって……投げた。
 暫く慣性で飛んだところで、もう一機のフュンフ……ラッセルの機体がそれを狙撃した。
 直後、放射能と熱のカーテンに阻まれ、ドゥーリットルから来た何発かの核ミサイルがその場で役目を終えてしまった。







〈だせえ事やってんじゃねえよ!! んな事やって茶を濁してるようなヘタレがよくもまあプラントを守るだなんて出鱈目吐きやがって!!〉


 あらゆる意味で吹っ切れたディアッカは実に饒舌であった。
 その八割方が悪言であったとしても、ちゃんと意味ある文になっていると言うのは、流石ではある。


〈ザフトのパシリじゃないと何も出来ないか?! 直そこにヤバイのが来てるって解っていて、何もせずに黙ってられないのは解る! けどなあ!!!〉 
  


 叫びながらもバスターはインパルスライフルでまた一発、核ミサイルを迎撃する。
 先程散弾砲で装甲をズタズタに撃ち抜かれたジンらは、黙って聞き手に回るのみ。
 


〈だったら前向けよ!! 怖いけどさ、やらなきゃもっと怖い予想がマジになっちまうじゃねえか!! 嫌だろそれは!!!〉


 広域回線を使用したが為に、大分後方に居た大天使にも、この声は届いている。
 当然、ミリアリアにも。


〈ミサイルを落とす!! 今それが出来なきゃ何にもならないって事ぐらい、解ってるだろう!! 他人任せにしてる場合か!!〉


 この間にも、勇猛果敢にバスターが核ミサイルを次々と撃墜していく。
 射撃のタイミングを間違えれば外れるし、下手をすると爆発に巻き込まれる。
 如何に位相転移装甲で守られていても、熱量と放射能までシャットダウン出来る程の性能は無い。
 死と隣り合わせにしても、不思議と彼に恐怖があるようには思えなかった。


「他人には任せられない……か」


 此処に至り、トールがどうしてあそこまで突っ込んでしまったか、解る気がした。
 ゼンガー少佐は負ける事は無い。フラガ少佐だって彼の次のトップエース。
 自分がそうそう頑張らなくても、きっと何とかしてくれる……そう納得させる事だって出来た。
 しかしそれは妥協。一欠けらの不安要素を無視した都合の良い考え。
 確かに彼らは負けることは無いだろうが……そこに至るまで、全くの無犠牲と言うのはありえない。
 フレイもそうして父親を失った。
 必死になって戦ったにも関わらず、守りきる事が出来なかった。
 ……それを仕方が無い、と妥協出来なかったのだ、トールは。
 後になって後悔しても遅い。前に覚悟していても足りない時がある。
 だったら今、この瞬間を守れるのは自分しか居ないのだと。


「ありがとう……」


 内と外、両方へと発せられた感謝の言葉。
 もう記憶の中にしか居ない彼と、真空の向こうに居る彼に……。 
 






「一々、ご尤もだ」


 イザークはディアッカの言葉を噛み締め、笑った。
 あれだけ打算深かった奴が、ここまで単純明快な意見を言うようになった事に、驚きは無論として若干の嫉妬があった。
 もう皆変わってしまった中で、自分だけが遅れを取っている事に。
 だがそれについて僻んでいる暇は、無い。
 しがらみを断ち切る後押しを貰ったのだ。これ以上焦らしても仕方が無い。


「……行くぞ!!」

〈……?!〉


 司令部の指示を待たずに、イザークは独自の判断で動き出した。
 ヴェサリウスの監督宙域から離れ、激戦によって戦力をすり潰した部隊に無理矢理加勢し、ミサイルの迎撃に加わった。
 当然、現場の指揮系統に混乱が生じるが、抗議されれば迷わずイザークはこう答える。


「文句言う前に、撃て!!」


 既にメビウスを介してのミサイル攻撃のみならず、ミサイル単体が大挙して飛来している状況である。
 一度放たれたミサイルは僅かな軌道修正のみで矢の様に突き進んでいく。
 迎撃チャンスはほんの僅か。幾重にも重ねた防衛ラインが健在ならば対処は可能だったろうが、そんなものは今や影も形も無い。
 後は個人の技量次第になる。もし司令部ならばアカデミーでの成績や部隊の総数で判断して動かしていくだろうが、どんな人間でも本番で全力を出せる訳が無い。
 先程駆けつけた部隊のパイロットも歓声を上げたぐらいだ。
 経験無しで出来る事などたかが知れている。その未熟者の指にプラントの命運を、機械的に押し付ける事は、過酷過ぎる。
 


「クッ、奴の真似ごとに過ぎないと言うのに、情け無いぞイザーク=ジュール!!」


 奇跡とも異常とも言える能力を発揮して、立ち塞がる敵全てを葬ってきた巫女が居た。
 たった一度の逸脱行為で、ここまで自分が追い詰められていると言うのに……よくぞ彼女は平然としていられたものだ。
 全てにおいて責任を果すのは自分しかいない。自身の命ならまだしも、でしゃばった結果仲間を傷つけたり死なせたりしかねない。
 ……組織に阿った力ではないからだろか?
 幾ら努力を積み重ねようと、自分には母の影があった。
 エリート一家としての責任があると同時に、イザという時の庇護も確かにあった。
 本当の意味で孤立し、追い詰められた時……戦う事を選べるのだろうか?


「独り」


 プラント方向で何度か小規模な爆発が起こっている。
 曰く、クルーゼが駆る新型が敵MSと交戦中らしいが……。


「……本当に独りなら、何もかもが馬鹿らしくなるものか」
 


 だから壊す。
 馬鹿馬鹿しいからやってられず、投げやりになる。
 一体何があの男をそう駆り立てるかは、イザークには知る由も無い。
 ただ……。


〈隊長!!〉

「……?! お前達、何故持ち場を離れた!!」

〈命令がありませんでしたから〉


 本当に独りならば、真の意味で戦う事は出来ないだろう。


「ならばアデス艦長に指示を仰げばいい。持ち場を離れた以上、俺は脱走兵に過ぎんぞ!」

〈艦長曰く言い訳はPXで聞くそうです……隊長。私達はザフトの為ではなく、プラントの為に働こうと考え、此処に居るのですよ?〉


 ある意味挑戦的なシホの物言いから、何を言わんとしているか察する事が出来た。
 何処までもイザークに付き合うつもりである。他のメンバーと同じく。


「……良いのか」

〈貴方の下でなら、生き残れる……私も、故郷も〉


 信じてくれる誰かが居るからこそ、戦える。
 信じられるものがあるからこそ、“生き帰る”事が出来る。
 巫女の力の源は、此処にあったのだ。







〈125から144ブロックまで閉鎖!!〉

〈推力低下、センサーの33%にダメージ!!〉


 一方連合軍側でも決定的な変化があった。
 ドゥーリットルを中心とした一部艦艇を除く殆どが後退を開始し、残ったこれらに対し大天使、そしてドミニオンが挟撃を仕掛けていたのだ。
 ブルーコスモスの影響が大きい人材ばかり集めたのだろう。頑なに核攻撃を続けている。
 プロヴィデンスの誘導がある為、もうメビウスでミサイルを直前まで運搬する必要は無い。
 その為発射される数も尋常ではなく、この物量では一発ぐらい防衛網を抜けても不思議では無い。


〈だからって嬢ちゃん無茶だ!! その対艦刀は完全じゃねえ!!〉

「現状で、十太刀は打ち込めるんでしょう、これ」



 


       
 


  


 マードックの警告を聞きつつも、フレイは本気だった。
 伍式は大天使の甲板上で巨大な一刀を携えていた。
 一刀と言うよりかは、出鱈目な鉄の塊りと言った方が言い。
 ダークブルーのフレームに埋め込まれた刃の刃渡りは、元祖対艦刀以上ある。
 ……いや、実はこちらの方が元祖なのだ。
 零式対艦刀。
 MSの接近戦闘に、MAでは対処方法が無く肉迫されればそれまでだった。
 それを解消すべく、特殊戦技教導隊でテストが進められていたのがこの一刀だったのだ。
 本来はメビウス零式の尾翼に当たるものであり、大加速をもって目標にぶつかり、莫大な推力をもって押し切る事を目的としていた。
 確かにテストではMSどころか戦艦すら真っ二つに出来る破壊力を示したが……前者はMSに当てるにはかなりの技量を要し、戦艦程の装甲を断つには瞬時のGが凄まじすぎて、とても生半可な訓練では使いこなせない事が判明し、プランごと破棄されたのだ。
 それをエルザムが探索・発見して所持していたのを、今では伍式が使用しているのだ。
 


「もうこれ以上は待てないでしょう?!」

〈……っ〉


 伍式も、大天使も損傷が激しい。
 衝角型量子通信端末は、一本核ミサイルを道づれにして、喪失している。
 機体の構造上、射撃武器は余程の大型のものでなければ扱えない以上。残るは量子端末一本とこの一刀のみ。
 本来MAに固定して使われるものをMSで振り回すとなると、腕の負担は多大なものとなるが……ある意味、改造された現状の伍式にぴったりともいえる。
 有り余るパワーを生かす機会が無かったが為に、伍式はそれ程戦術に幅が無かったのだから。


「艦長!! 発艦許可を!!」
 
〈でもそれは……〉

「相手のカタパルトと砲台を潰すだけ。それでいいでしょう?!」
 


 こちらを気遣ってのマリューの言葉を、少し嬉しく思う。
 射撃武器で撃ち落すのとは訳が違う。
 相手の動揺さえも感じ取れるような距離まで肉迫して、肉の砕ける音と赤い霧を見させられる事になるのだから。
 あのキラでさえも、最初のうちは戸惑ったと言うのだから相当なものだろう。


〈……そうね、どの道迂闊にあれは沈められない〉


 全く途切れる様子の無い砲撃からして、かなりの数のミサイルが格納されている事をマリューは察していた。
 ローエングリンでも撃ち込めば流石にケリはつくだろうが、そうなると残りの核が一気に爆発しかねない。
 ここまで近付いている以上、タダでは済まないだろう。
   


〈頼むわ。援護射撃と同時に加速し、まず主砲を潰して! カタパルト破壊を焦らないでね〉

「……了解!」


 大天使からの援護射撃が始まったとは言え、向こうは僚艦からの砲撃も加わりかなり苛烈な弾幕を張っている。
 これを抜けるには至難の業だ。


〈フレイ、各艦の性能と被害状況を検討した結果、右十五度の方向が死角になっている。砲塔の対応速度から考えて15秒ほどなら無傷で抜けられる筈だ〉

「随分と無茶言うわねサイ。他人事だと思ってない?」

〈ご、ごめん〉

「嘘よ。私の力を信じた上でのアイデア……有り難く頂くわ」


 甲板装甲がへこむ程の強さで伍式は蹴る。
 同時に背部スラスターを全開にして、重粒子の柱を縫うようにして突っ込んでいく。
 彼女を潰そうと迫る光の奔流も、こうなると単なる道標にしかなっていなかった。
 


「ひとぉつ!!」


 着地の瞬間減速せず、そのままの勢いで砲塔に体当たりを仕掛け、一基潰す。
 艦のイーゲルシュテルンの兆弾音と警告音を意識の外にやり、急速に砲塔を向けつつあるもう一基に衝角を向ける。
 


「二つ!!」


 爆発に巻き込まれ、衝角は戻って来ない。
 残念に思いつつも一番近場のカタパルトに意識をやる。
 飛び上がるのではなく、宇宙服の磁力靴と同じ要領で、戦艦の上を走っていく。


「三っ……!?!」
 


 丁度、核ミサイルが放たれた直後で、眼前にミサイルが迫っていた。
 このまま只単に避ける事が一番楽だったろうが、そうはしなかった。
 フレイはギリギリまで踏み止まって、激突寸前の所で胸を逸らし、衝角を失った左腕でミサイルを掴んだ。
 暴れ回るミサイルを押さえつけ、右腕の対艦刀で推進部だけを切り落とそうと試みる。


「てやぁぁぁぁ!!」

“斬!!!”


 それでは、済まなかった。
 振りかぶった対艦刀の勢いは、そのままカタパルトに刀身をめり込ませ、盛大に火花を散らせていた。
 同様に、ミサイルとの出会い頭の衝突こそ無かったものの、反対側のカタパルトも破壊する事に成功する。


「っ?! 何で諦めないのよ!!」



 これで核ミサイルは封じる事が出来た筈だった。
 しかしドゥーリットルは攻撃の手を緩める事無く、通常ミサイルで容赦無く大天使に攻撃を仕掛けている。
 


「そこまでして、何がしたいのよ……!」


 早く止めなければ今度は大天使が危険だった。
 だが、フレイは出来ずにいた。
 この巨大な一刀でブリッジを叩き潰せばそれで終るだろうが、何処かで怖がっている。
 


「誰も殺して居ないなんて……詭弁じゃない!!」


 それをフレイは押し付けた。
 押し付けて、覚悟を決めてブリッジに飛び掛ろうとしたその時だった。







〈ゴットフリート、てぇーっ!!〉
 


 
 艦の後方からの砲撃が、ブリッジに突き刺さった。
 閃光にやられ一瞬目を瞑ったが、次目を開けたときにはブリッジは影も形も無かった。
 


「あ……」


 この艦の甲板を走り回っていたときに、確かに人影は見えていた。
 だが今は何処にも無い。死体すら見当たらない。
 


〈大丈夫か、フレイ=アルスター〉

「あ、貴女……!」


 接近してきた艦影はドミニオンだった。
 沈黙したドゥーリットルを押しのける様に艦隊に割り込んだドミニオンは、他の艦艇に改めて呼びかける。
 


〈見ての通り、ブルーコスモスの企みは潰えた。それに組した事について言及する気は無いが……後に続くと言うのならば容赦はしない〉


 今の攻撃でサザーランドが戦死した事もあり、他の艦はエルザムの脅しに簡単に屈し、後退を開始した。


「……」

〈余計な事をした、と思っているか?〉

「だって……」

〈私は軍人として、女としても先を行っている。だから君は、面倒な事はあまり考えるな〉  


 フレイが一線を超えてしまう事を、良しとしない気遣いはありがたい。
 だがその為にボロボロになっていく人を見るのもまた、望むべきではない。


「少佐……ゼンガー少佐の所に!!」

〈無茶だフレイ! 機体も君も、芳しい状況では……〉

〈行ってやれるかな〉

〈?! 少佐!!〉


 ナタルに横槍を入れた思わぬ人物に、フレイは目を丸くした。


「レーツェル……さん? 何時の間にそんな所に?!」

〈何時の間にかだよ。それと、今の私はエルザム=V=ブランシュタイン。以後お見知りおきを願う〉


 眼鏡が取れただけで本質は変わってないなあ、とぼんやりと浮かぶフレイだった。


〈アレは目的の為ならば手段を選ばん男だ……見ていて心臓に悪い〉

「それで……?」

〈支えると同時に、引きずり戻す役が必要だ。出なければ奴は何処までも邁進してしまう〉

「それを私にやれと……私がやって構わないと?」

〈誰かに資格を求めるつもりは更々無い。必要なのは、やり遂げようと言う意志だけだ〉




 伍式が顔を上げた。
 向いているのはプラント。そしてその中に浮かぶ歪な椀、ジェネシス。
 ……中の少女の決意を反映するかのように、伍式のツインアイが強く輝いた。  

  

 

 

代理人の感想

燃えるなぁ・・・・特にフレイの辺り。

ノバさんのHPの方に置いてある作品読んだ時にも思いましたが、

やっぱこう言うシチュエーションはお上手ですねぇ。