クルーゼの嘲笑に初めて、苛立ちが浮かび始めていた。
プラントはジェネシスを、地球は核を用いて互いを潰しあわせ、共倒れを狙っていた彼の思惑は、目前にして頓挫しかけていた。
絶える事の無かったミサイルはもう、一発たりとて飛来して来ない。
核の光芒が照らすその下では、殺意では無く執念が渦巻いている。
生き、生かす為の、異なる者同士の懸命な戦いが。
盲信から、怠慢から、無関心から、また自らの思惑から知ろうともせず、目を背け、耳を塞ぐ者達が、次々と駆逐され、あるいは改心してしまっている。
流れ行く世界に身をゆだねて行くのが人のあるべき姿であり、それ以外は異端なのだ。
他を凌駕するものの命令を諾々と聞き入れるだけで良い物を……それを拒む者が、それに引きずられ癌細胞の様に増殖していく者達が居る。
哀れだ、とキラは思う。
クルーゼこそ、盲信と、怠慢と、無関心に加え、自らの思惑から知ろうともせず、目を背け、耳を塞いでいる。
人は善でも悪でもない。その両方の資質を備えた不完全で不恰好な存在なのだ。
善き行いで人を救う事も、悪しき欲望に従い人を苦しめる事も出来る。
回る回る。
互いに決して背を向けず、手こそ握らぬものの舞踏は続く。
代わりに握るは互いの命運。命を鷲掴みに、決して終るまで離れられない。
交わすは言葉と共に破壊の光。
弾丸と重粒子が飛び交い続けるが、その手持ちは圧倒的にクルーゼが多い。
プロヴィデンスの大型ビームライフルが、遂にフリッケライを捉え、左腕を凪いだ。
フリッケライが残った右腕のステークを振り下ろす。
しかし間合いにしては程遠い。
虚しく空を切るかと思われたが、刃金の杭は確かな手応えをもって、軋む様に中空で止まった。
クルーゼはその瞬間、確かに不快で何処か懐かしい感覚を覚えた。
だがそれに対応するだけの機敏を……彼が、この期に及んで無駄と切って捨てた感情であったが為、失っていた。
異常な加速をつけて突入してきたガンバレルに、プロヴィデンスは対処出来ない。
そのまま背部のドラグーンシステムに突き刺さるようにめり込み、残ったもう一機のガンバレルがダメ押しとばかり突入し、大爆発を引き起こした。
フリッケライがステークで引っ掛けたのは、ガンバレルのワイヤーだった。
零式より射出され、慣性によって加速していたガンバレルの旋回半径を狭める事で、急激に加速させ激突させたのだ。
申し合わせた様な連携だが、此処に至るまでキラもフラガも言葉は無かった。
そんな物が無くとも、目指すべきものは同じ。
背負う想いと、背負わせた想い。
友に、同胞に、愛しき人に……圧倒的にクルーゼを凌駕するこれらをもって、二人は舞踏を終焉に導き始めた。
喧騒の只中にあるブリッジを離れ、エルザムはドミニオン艦内を歩く。
応急処置だけで十分だと言って聞かないナタルの好意に甘える形だ。実際、多くのMSが友軍もしくは敵機を曳航しつつ戻る中、実質旗艦とも言えるドミニオンの司令塔が不在では混乱が生じるだろう。
責任感が強い事もあるが、純粋に気を使ってくれた事もあり、正直有り難かった。
自然に、静かに。まるで居はしない観客に気を使う様に彼は歩む。
狂った脚本によって破滅を演出させられた……かつての道化であり、舞台を降ろされた今となっては単なる古い知り合いを見取る為に。
アズラエルは虫の息であった。
手には拳銃が握られてはいるが、自害を図ったと言う雰囲気ではない。
何者かによって、長く苦しむように敢えて急所を外されていた。出血多量によりもう長くは無い。
散々人の不幸の蜜を吸ってきたのだ。心当たりは多々あるが、エルザムにとっては犯人の目星は一つに絞られていた。
それを証明するかのように、搭載されていた筈のXナンバーが、何処にも無い。
死を目前にしているにも関わらず、アズラエルは自らの正当性を疑っていなかった。
だがそんな強弁に対しても、エルザムは容赦無い。
ふと遠い目をしたかと思うと、エルザムは自らの拳銃を取り出す。
銃口を面前に向けられても、アズラエルは静かだった。
呆れるように目を伏せ、笑みさえ浮かべる。
エルザムは一息つき、黙り込む。
そして一言。
これを手向けとして、独りの役者に終止符を打った。
“運命”に抗うか、従うか。
同じモノに相対しながらも、全く逆の、正反対の道を選んだ二人の男。
それぞれがそれぞれの誇りや誓いを傷付け、破壊し合いながらも、結局は決定的な憎悪が生まれなかった。
片や、大局的にモノを見れない、無知蒙昧な人々に。
片や、大局的にしかモノを見ない、傲慢不遜な支配者に。
互いに、方向性が違えど類似した個を越えた向こう側に、その感情を持っていったから。
司令室は水を打ったように静かで、兵士達は畏怖をもってパトリックを眺め続けていた。
今現在躊躇い無く実の息子に凶刃を振るい、次には何億もの人々を滅ぼさんとする男を。
ジュール隊を筆頭とし、決して少なくない数の部隊が指揮系統を逸脱している。
積極的に他艦の救助作業に加わるならまだしも、指示も無いのに捕虜を保護していたりする。
最早そこに憎しみが入り込む余地は無い。ナチュラルを殲滅すると言う意欲は、何処かに失せてしまっているようでもあった。
ギラギラと互いに殺気立つ目でにらみ合いが続く。
濃密な敵意の中で、先刻アスランに撃たれ動けなかった兵士も、悲鳴を上げて後ずさる有様。
言い終える前に、パトリックの手元には拳銃が握られていた。
だがアスランもとうにその動きに気が付いていた。
射線から逃れる事無く真正面から、脳天目掛けて真っ直ぐにナイフを振り下ろすべく、突っ込んでいった。
一度見たら目に焼き付く様な憤怒の表情を浮かべるアスランに対し……パトリックの眼光は、何処か褪めた色を帯び始めていた。
それには答えず、無慈悲に零式のレールガンが直撃する。
プロヴィデンスはダメージこそ位相転移装甲で抑えるものの、反動によるよろめきは致命的なスキとなる。
不意にフリッケライの腹部位相転移砲が展開しても、受け切る事しか出来ない。幾つかの装甲が吹き飛び、焦げる。
クルーゼの視線はジェネシスへと、フラガの意識は手と手を取り合う敵同士の姿に向いていた。
今この瞬間だけでも、フラガの胸に渦巻くものは計り知れない。
仇敵を前にしての怒り、焦燥。
一方で共に戦う少年ら仲間への信頼と不安。
同じにして遠い戦場で戦う人への恋慕と信頼。
そして顔も知らない逸脱者達への、共感と感動。
全てを綯い交ぜにしても尚、フラガはそれに押し潰される事無く戦えている。
だがそれは……。
未来があると信じられるから。
この男は、そこから他と違う。
この仮面の男に未来は用意されていないのだ。
その傲慢、キラに撃鉄を引かせるには十分過ぎるものだった。
彼の中で弾けた怒りは火薬となり、意志のバレルを介してその爆発を力に変換する。
撃ち出された一撃は問答無用で、自己完結した論理をその容器(いれもの)ごと貫いた。
コクピットにめり込んだステークがゆっくりと引き抜かれていく。
その動作には安堵も悲観も無く。
果てない決意。
それのみであった。
同時刻、ヤキン=ドゥーエ内部でも、二発の銃声が鳴り響いていた。
暫し、その場に居た全ての人間が唖然となる。
ほんの数秒前、エレベーターから飛び出してきた、一つの影を除いては。
おびただしい量の血が肩を濡らすのも構わず、少女は立ち上がっていた。
生臭い鉄の臭いに汚される事の無い、美しい髪を広がらせながら。
親子二人、同時に叫んで駆け寄ろうとする。
だが今度ばかりはアスランが遅れた。手の内にあった筈のナイフを弾き飛ばされた衝撃が、未だ後を引いてしまったのだ。
彼女の言う“また”が、自分の知らない時間の事だと気が付き、パトリックは少し当惑する。
かつては銃弾こそ用いなかったが、もっと凶悪で無慈悲な手段を用いて彼女を“殺し”たのだ。
今この場で恨み言を言われて当然と覚悟していた。それどころか……。
それ以上は言えなかった。
彼の背後で、空中を漂いつつも辛うじてバランスを取り、アスランのナイフを撃ち落したユウキの活躍が無ければ……恐らく、自らの銃弾ばかりかアスランの刃も、その身に受けていただろう。
そこまでして、どうして庇い立てするのか?
カッとなって拳銃を抜いた所で、アスランを仕留める事は難しかった。
放っておけば憎むべき自分は、確実に終わっていたと言うのに。
パトリック以上に、アスランの方が驚愕し、戦慄いていた。
無理も無い。究極的には彼女の為にと実の父を敵に回したと言うのに、彼女は彼を認め、許すと言う。
忘れられる訳が無い。
ユニウスセブンの数少ない生き残りであった彼女を大々的に報じさせ、プラントの反連合感情を高揚させ、それに嫌気がさして抗議した彼女に対し、とんでもない暴言を吐いて突っぱねた事を、そうそう簡単に許せる筈が無い。
ニュートロンジャマーキャンセラーを実用化した事も、クライン一派を指名手配にした事も、ジェネシスを軍事転用した事も、全てが気に食わない筈だ。
……だとすると何故、彼女は決断を下したのか?
この期に及んで大義の為に自己を抑える必要は無く、罪を咎める事だって出来た筈なのに……。
最悪の考えがアスランに過った。
彼女が過去に受けた屈辱を、恐怖を、苦痛を超える何かが、控えているのだ。
だからこそククルは、自らの事を再び棚に上げてでも……あのパトリックの“殺し文句”を受け、彼の庇護から飛び出した挙句、クルーゼに拾われザフトに身を置いたように……やるべき事が、あるのだろう。
暫しの迷いの後、パトリックの目は二人に据えられていた。
アスランと、ククル。
妻を奪われ、プラントの命運を背負うと言う呪縛から抜け……彼は再び父として、純然たる戦士として向き合っていた。
意を決して語り出したパトリックを、急に人工音声が遮った。
それが読み上げられた途端、三人は凍りつく。
モニターの詳細を読み上げて、ククルは更に息を飲んだ。
ヤキン=ドゥーエの自爆シークェンス。
それはプロヴィデンスの識別信号消失と同時に発動し、しかもジェネシスの発射と連動している。
ジェネシスの操作も、自爆装置も解除不可能と解ると、彼女は思わずキーボードを砕いていた。
代理人の感想
クルーゼ散る!
原作では主人公がラスボスに言い負かされた挙句逆切れ
という凄まじい流れでしたが、やはりこの話のキラはこうでないと。
強い人間が正しいとは限りませんが、「勝った人間は正しくなくてはならない」のです。
そうでない場合は、すなわちその話自体が悲劇と言うことに他なりません。
言い換えれば現実でそうであるか否かを問わず、「正義は勝たなくてはならない」のです。何事でもね。