急遽かき鳴らされた警報は、半ば時が止まっていた司令部の混沌を招きよせる。
波の様に脅えと恐怖が伝染し、皆腰を浮きがちにして、ざわめきを発しつつ周囲を窺っている。
そこに来て、ようやくパトリックの声が飛んだのだ。
疑心のどよめきは期待の沈黙へと、徐々にだが変わっていく。
真意を問いただそうとした指揮官はいたが、全体の流れからすれば殆ど意味の無い意見であった。
パトリックの言葉を聞いた途端、誰と言わず我先にと出口に殺到し、意見した指揮官も人の波に敢えて逆らう真似はせず、そのまま眼界から消えた。
あれほど喧騒が渦巻いていた司令部には、もう四人しか居ない。
アスランはこっちまで流れてきたユウキの手を取ると謝罪し、それから痛ましい目で父親を見据える。
父親の呪縛から逃れる。
それはアスランが、幼少の頃から自らに課した最大にして最初の目標であった。
彼の世界は初め、彼を暖かく見守る母親と、彼を認めてくれた友によって成り立っていた。
殆ど顔を見せなかった父は、外部の存在であり異物であったが、そもそも現われる事も少ないので、暫くは無視できた。
ところがそれが自らの世界に干渉出来る存在であると知った時、事態は一変する。
何もプラント有力者の嫡子としての英才教育が不満だった訳では無い。問題はもっと別の場所に……そう、なにより自らの交友関係にまで口を出して来た事だった。
彼が父親に始めて抱いた感情は、得体の知れなさであり、それはやがて憎しみに変わり、巡りに巡って世界を護る為の決意へと変質していったのだ。父の思惑に踊らされる度に、自らの無力を噛み締めながら……。
自分を認める存在を守り、そうでない存在と対抗する。
生存と言う基本的な原理を、非常に悲しい形でアスランは学んでいった。
それが自分の責任だと、パトリックは自覚していた。
甘えてはならない。
強さが無ければならない。
余りに過酷な人生と、それを裏から見つめる邪悪な意志を知ったが為の、傲慢。
それがどれだけ息子に負担になっていたか、己の身では解る筈も無い。
しかし、安息を与えてはならなかった。
永遠にして耽美、単純にして雑把な“死”と言う終着を、妻同様与える訳には。
だから強さを彼に求め、逃げ場を用意したくは無かった故の態度。
彼が弱いとは思わないが、彼女は強過ぎたのだ。
規則正しく落ちる砂粒の中で、迷い込んだ金剛石。
その光は優しく、何者をも引きつける。並みの暗黒は太刀打ちすら出来ず、滅び去る。
協力と依存は似て非なるものである。
このままでは息子は堕落する。それを、何よりも危惧したのだ。
果たして、それは避けられた……代わりにククルが堕ちかけたが。
悔いる事は無かった。寧ろ望む所だっただろう。
檻(ここ)から出たい。それこそが彼女の夢。
青い大地からすれば一握の砂に過ぎないかもしれないが、それは向こうの都合。
何をするにも、砂時計は狭過ぎた。故に開放の時を待ち望んでいた。
硬い殻を突き破り、温い土塊を突き破って萌える、若葉の様に。
しかし、そこから先が性急過ぎた。
今ある苗を残す為に、どれだけの若葉が燃え尽きた事か、踏みにじられた事か。
偶然と信頼、そして枯れ果てた骸に支えられ、親から授かりしこの身は未だ健在。
それが成すべき事は……存外にも簡単な事であった。
あっけらかんな、ククルの言葉。
それは何も、確認の為のものだけではなかった。
それは意思確認だった。
この地獄に終止符を打つか、留まり続けるかの。
撃てば全てが終わる。
あの破壊力を見た後では、誰もがそれを確信していた。
二代三代に渡る苦難の日々。
言われ無き陵辱を耐え忍び、ついぞこの日が来たと言うのに……それが全て水泡と帰すと言う。
撃たなければ変わらない。勝たなければ終らない。
それが解るならば答えは明白、考えるまでも無い事だった。
だが。
それ以上の苦難を、勝つ為に被った者にとっては、今現在以上の屈辱は無い。
何の為に苦しみ、何の為に苦しませたのか。それらが有耶無耶になってしまえば、己と言う犠牲は何の為にあったのか解ったものではない。
いや、そもそも犠牲など無かった事にされるかもしれないのだから。
ニコルを筆頭に、シース所属の元ザフト兵らの腹は決まった。
全てを殺し尽くしてどうにかなる問題では無いと、彼らは身をもって実感しているのだ。
例えそれが実現してしまっても……次は新たな敵を内外から見つけ出すだけだとも。
安易な手段に甘んじては……堕ちるだけなのだ。
真の意味で故郷の為に、挑む者もいた。
ジェネシスの射線軸上にはヤキン・ドゥーエが存在する。
ジェネシスが発射された場合ヤキン・ドゥーエの自爆を促進するかのように構造物を貫き、結果その残骸が高速でプラントに飛来する。
ミサイルと異なり、隕石とデブリと化したヤキン・ドゥーエの残骸は、攻撃するたびにその規模を縮小させつつも、総数を増大させていく。
そうなると迎撃は間に合わず、プラントは蜂の巣と化すだろう……宇宙を居とする以上、デブリに対する警戒は基本の筈なのに、それに気が付いた者は余りに少ない。
ザフト、プラント、はたまたコーディネーターとしての総体意識が高まり過ぎた故の、体たらく。
肝心な危機に対応出来ないばかりか、自分とその周囲だけでも守れない様ならば……救いようが無い。
此処まで来て躊躇する者は皆無。
警告と共に発砲して来たゲイツを、イザークとその部下らが蹴散らしていく。
苛立ちを隠そうともせず、イザークは行動不能になったゲイツを乱暴に押しのけた。
眼前では既に、直衛部隊との激しい戦闘が繰り広げられている。
“誰”であるかはもう、容易に想像出来た。
その渦中に一刻も早く飛び込まんと、力むデュエル。
ところが、禍々しさを湛える物が、何もジェネシスのみでは無い事に、危うい所で気が付いた。
MS隊は対応できても、追随していたヴェサリウスはそうはいかない。
艦首を二条のビームが貫き、装甲が沸騰するように膨れ上がる。
呼び止める為に伸ばされたのはプラズマの弾丸。
咄嗟にシールドを犠牲にして後退したものの、相手はまるで待ち構えるかのように動かない。
地球での悪夢を想起するも、今現在の方が余程混沌めいている。
それを考えると幾分気が楽になったが……このカラミティ相手では油断など出来よう筈も無かった。
アークエンジェルが連合軍を押さえ込み、クサナギが中間宙域で救難作業に専念する中、エターナルのみがジェネシスを射程に捉えつつあった。
正直、訳が解らなかった。
どうして連合の旗頭とも言うべき三機のMSレイダー、フォビドゥン、カラミティが、地球に照準が向いてあるジェネシスを守る様に立ち塞がるのか。
非常に、苛立たしかった。
その強さは群を抜いている。こちらの呼びかけに賛同した極僅かな人間が、次々と炎の中に消えていく。
究極的にはプラントのみならず、地球に住む多くの人々をも救う事が出来ると信じて、ここに来たのに……現実はそれを嘲笑うかの様な奇怪な有様だ。
彼らは何を望むのか?
後戻り出来ない所まで、どうして自らを追い詰めようと言うのか?
それとも自分達以外は何がどうなっても構わないとでも考えているのだろうか?
何の違和感も感じず、未だパンドラの箱を守り続ける悲しい同胞と同じ様に。
一瞬、エターナルの艦橋を漆黒の一刀が横切った。
本来持ち手であるはずのMSよりも巨大、それでいて鋭利であった。
立ちはだかったジンが胴と足が泣き別れし、艦艇からのミサイルすらもろともしない。
それどころか艦艇を勢いよく蹴り飛ばし、その反動で更にジェネシスへと突貫していく。
こんな風に言われれば、ラクスは呆気に取られる他無かった。
瞬きする間に、破烈のイルミネーションに沈んでいった伍式を、エターナルのブリッジ要員は皆目を丸くして見送っていった。
ダコスタが気を使って声を掛けようとするが、バルトフェルドが目線で制し、首を振った。
彼女は勢い良く立ち上がり、その清んだ瞳に故郷を……友と共に愛し続けた世界を、人々を焼き付けた。
その姿は、彼女の真の姿を幾らか垣間見ていたダコスタからでも、前の数倍は活き活きと輝いている様に見えた。
それからラクスは、バルトフェルドに対し振り返った。
バルトフェルドの冷静な言葉に眉をひそめるラクス。
それは無理も無い話で、言葉と行動がかみ合っていない。
既にデータバンクに目を通し、ジェネシスの構造上の弱点を目で追っていたのだ。
ダコスタが声を張り上げ、バルトフェルドとアイシャが笑い合った頃、エターナルは全ての推進器を全力で稼動させた。
代理人の感想
うーむ。
なんかこう、「ここで目立たなきゃ後が無いぞ」とばかりにキャラが動いてますねぇw
こう、見てて楽しくって楽しくって。
それにしてもどう収拾をつけるつもりでしょうか、この状況・・・さてさて。